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はなび - 2009年分

選出作品 (投稿日時順 / 全20作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ミクララムラハウスのこと

  はなび


1-1 真夜中の温度計
ミクララムラハウスの電話が鳴る
時計の針は深夜1時25分
温度計の針は摂氏23度
湿度計の針は75%を指している

1-2 湯沸かし器
笛のついたヤカンを火鉢に掛けておくので
年中湯の沸きたつ警笛のやかましいこと
青白い口火が酸素を奪うので息苦しいよ
「そのままでいいのよさわらないで」
「いいこだからそのままさわらないの」
「いいこね」

1-3 発酵
年中イーストを水に溶いて
窓際へ置いてあるのが疎ましい
ブクブクブク

1-4 部屋の中の蘊蓄
彼女の平衡感覚によると
この部屋は右に25度傾斜しているそうだ
試しにビーダマを転がすと
そのガラス玉は斜面を登る

2-1 蓄音機
彼女はレコード盤が終わったあとの
同じ周期の雑音がゴソゴソいう音で
オルガスムに達すると言う

2-2 アフォガート
溺れなくちゃ助かりっこないじゃない
溶けてしまいなさいよ

2-3 溺れる夜光虫
phosphorescence

2-4 風上の炎上
海水から塩分を
人間から骸骨を
搾取せよとの指令

3-1 星の百貨店
ご希望のビームを暮らしの中に

3-2 宇宙三輪回転木馬
宇宙は「キャバレー 牧場」のホステス送迎運転手の職に
もう少しで近づけそうだったのにあきらめてしまった
自分をこのまま三輪車の上で傷つけてしまいたかったが
勇気がないので今日も回転木馬の肩代わりをして
西部劇ジョニーのネルシャツのほころびを縫っている

3-3 腹上死
上原大五郎氏、念願叶ったり
煙草を燻らすユミコ
受話器に手を伸ばす
窓の外ではいつでも戦争をしている
爆撃の振動で上原の二の腕がふるふると揺れている

3-4 上原大サーカス団大観覧車御礼祭 
上原は派手な男であったので金に任せ妻に猛獣を飼育させていた
熊や虎や大蛇はみんなミクララムラハウスの庭へ連れてこられた
庭で鎖を解いてやると遠くの遊園地の観覧車が仕掛け花火の様に
順番に爆発を始めた。裏の神社からお囃子の太鼓や笛が聞こえる。


la respiration d'un dormeur 寝息

  はなび


ねいきのといき
あたたかいゆげみたい

といきのすきまから
ゆめがみえる

ゆだんしている
すきまから

くちをあけて
よだれをたらした
そのすきまから

うしがくさを
たべてるゆめが
よくみえる

うしのゆめなんかみて
ゆめのないおとこ

どうしたらわたしが
ゆめにとうじょうできるか
かんがえているうちに
あかるくなって

しろいひかりのなかで
とりになったゆめをみてる
わたしもにたようなもの


我儘なスイートピー その翻り加減

  はなび

blablabla…blablabla…

ちかごろの飲み屋の女の子の文句とかバブルの頃のエトセトラ
バカじゃないのあんた あんたが悪いって言ったら
すごく悲しそうな顔になって
そっか俺がいけないのかダメだなぁ…なんて言った
その言葉は私を泣かせた
とても乱暴な言葉を言ってしまって恥ずかしくなった
泣きたいのは俺のほうなんだぜと彼が言うので
私は本当に恥ずかしくなった

ゆうべその人と寝た理由は水中花になったような
気分にさせる時間の経過だったのだと思う

私は
パーティーでまあるいガラスの水槽にシャンパンを流し込み
そこに金魚を入れる様な類いのパフォーマンスがあるクラブで働いていて
ママとか他の常連のお客さん達はそういう事が好きだったし
なんだかそういう事で人が興奮したり癒されている景色は
店内の雰囲気にとてもよく似合っていた

私は
自転車でその店に通った
雨が降って濡れて帰ってもお店の熱気が体中からなかなか抜けてくれない
どんなに酔って帰っても眠る前に牛乳を沸かして飲んだ
ミルク臭い匂いがすると高校の時付き合ってた男に言われた

このところ激しい暴風雨が続いている

私は
タクシーで自転車と一緒に出勤した
自転車にはカゴがついているから普通車が迎えにきたらトランクのふたは開けっ放しにしないとならない
この嵐の中文句ひとつ言わないこの運転手変わった人だけどいい人なんだと思いチップをはずんだ
彼はチップを断った 私が若い女だという理由で

私は
親切だからと渡したチップを丁寧に断られた
親切の押し売りはよくないわと運転手に言ったからだと思う
タクシーは私の自転車をびしょぬれにしながらトランクのふたをふわんふわんさせて
都心の国道をまっすぐ進んでいた
運転手がずっと黙っているので私はラジオを聞き流していた
ラジオから聞こえる日本語はアジアの音声として耳元を通り過ぎた
どこか違う国にいるみたいだった 毎日ひどい嵐

高校生の時好きだった男の子に赤んぼうみたいな匂いがすると言われた
いつも寝る前にきちんとシャワーを浴びてあたたかいミルクを飲む
そうしないといつまでもお酒や話し声や笑い声が聞こえて眠れない

品のいい調度品とお金持ちだけど淋しい人達が集まって
小さな赤いおさかなの動きに見入っている
黄金の泡だけが水槽の中で生き続けてる

私は
どの水槽に生けれられた花なのか
あの人の顔は魚眼レンズで覗いたみたいに広がって真ん中になるほどとても近付いて見える
私はとても恥ずかしかった

「おまえは無知で恥知らずで責任がないからそういう事が言えるんだ」
そして彼はこんな事二度と俺の口から言わせないで欲しいと言った

私は
それまで知らない男になんか興味がなかった
一瞬だけ水槽から出られる気がした
とてもきれいなピアノの旋律が聞こえたから


ケセランパサラン

  はなび

わたくしたちはおそらく
からすみをたべ 
また かすみをたべ

耳をあかくし
唇をあおくし

三角形の
モビールのごとき
鋭角のきらめきと

愚鈍にからまる
にぶいひかりの
アイダとを

ごろごろ転がり巨大に成長した
塵のようなものでありましょう

座布団の金糸 漆の椀

アコーディオンの吐息は
白や黒のため

繻子のオモテに天鵞絨のウラ

からだに苔を繁茂させた老若男女
羹に懲りて膾を吹くのだが…

アッ!

どうにもこうにもたまらなくなって

またぞろ唾液で指を湿らせ
やわらかな薄明かりの障子に
コッソリ穴をあけにみえるのです

サテ
わたくしたちの愛する愚かは
ぐらりぐらりと煮立つ鍋の中に
鎮座ましましておりますかいな

しかしホラ
いかにもここは空気が濃厚


un murmure ささやき

  はなび


みみもとで
くびすじで
くりかえされる
あまい
くすぐったい
かんびなささやき

ことばは
あたまのなかで
とけてようかいして
きえる

どうでもいいこと
むかしのこと
いろんなかおがうかぶ
うかんできえる

いったいいくつのことばが
あたまのなかで
ひろがってきえたのか
それすら
どうでもよくなってきえる

あめのひには
あめのように
きえる

かなしいひには
なみだみたいに
きえる

うれしいひには
わらいみたいに
きえる


Je veux savoir ce que je veux

  はなび

Je veux savoir ce que je veux
私が言う 
わたしを食べてしまいたいと

Je veux savoir ce que je veux
わたしは答える 
私はわたしを食べてしまいたい

Je veux savoir ce que je veux
私がこうも言う 
わたしを飲み込んでしまいたいと

Je veux savoir ce que je veux
わたしは答える 
私はわたしを飲み込んでしまいたい

Je veux savoir ce que je veux
わたしは知りたい わたしの欲望

Je veux savoir ce que je veux
わたしは知ってる私のことを

Je veux savoir ce que je veux
わたしは私の言う事なんて聞かない

Je veux savoir ce que je veux
食べられるものなら食べてごらん

Je veux savoir ce que je veux
飲み込めるものなら飲み込んでごらん

Je veux savoir ce que je veux
欲することがわからないわたしについて

Je veux savoir ce que je veux
欲することがわからないとは何なのか

Je veux savoir ce que je veux
わたしは私の言うことなんて聞かない

Je veux savoir ce que je veux
私はわたしを抱きしめてはくれない

Je veux savoir ce que je veux
私はわたしを騙してはくれない

Je veux savoir ce que je veux
私はわたしに心地良い嘘をついてはくれない

Je sais ce que je dis
そんなことはすべて恋人にまかせておいて

Je sais ce que je sais
わたしは私を侵蝕するのだ
あらゆる庭
あらゆる草原
あらゆる原生林のミミズのように
フリーダ・カーロの繋がった眉のように
蔓延る蔦の曲線のように
まっすぐに生きるのだ


位相

  はなび


それはとてもきれいで
めちゃくちゃな
物理学の宇宙のように
すぐにわたしを虜にしたの

現実感がないわ
そうね 子供の頃に絵本で見てから
わたしの脳裏で成長しつづけたような 
そんな景色よ

地獄の閻魔様がもし
いい男だったら会ってみたい

ぼんやり中空をながめていると

光や粒子みたいなものがたくさん降ってくるのまぶしいくらい狂おしさでお腹が痛くなるすべてを吐き出したくなる植物のいとなみを真似て肉を焼く時には鉄をよく熱くしてから赤黒く熱した剪定ばさみを触れた瞬間にするちいさな蒸発と炭化肉が常温に戻れば傷口にピンクの岩塩を振りかける装飾品のようにして

結晶

涙なんか鼻水以下の存在だとわたしのアレルギーは主張する梵天様が台所で増殖する研ぎ澄まされているのは包丁だけだ母なる肉体にブロンズのエロスを降臨させるロダンのダンテ冷蔵庫の血管をめぐりエレクトリックな振動音が夜を支配するすこし前

ステンレス

葡萄酒をあけたばかりで
ミルクみたいな香りがして
あ、

あのひとがそろそろやってくる
時間

わたしはお花のようにわらう
つるのように触手をのばす
炎に

熱は砂糖を焦がす
壺の底の方であまいにがい香りがして
あ、

あのひとがやってきた
魚の目みたいにちいさな穴からあなたを覗くと
ちいさなばらの花束をもっているのが見えた
ピンクとキイロとアカのチカチカした花束よ
いとしい人はたのしい人よ 
いつも 
ばかみたいに
やさしくて

ほら

しろいお皿の上で余熱が仕事をしてるあいだ
わたしたちはキスをして
それから
なにか実を結ぶようなことをはじめる

刃物とか炎とか臓物とかとろとろに凍ったウォッカだとか
泥とかたまごとかポッサムキムチ
干した果物や肉や魚や海藻なんかが
無秩序にあるべき場所に収まっている
そうして
自分という他者が何者でもないわたしを
内蔵と皮膚の外側を 関係づける場所

位相

あのひとはなんでも
のみこんでくれる

ばかみたいに
かわいいチカチカの花束に似てる

「恣意的に存在する理由なんて誰も立証できないはずだとそう思うわ」
ってわたしが言ったらあのひとは

「そうだね」
って言ってから全然違う話を始めるチカチカの花束みたいに

「たとえばきみが好きなことを話してごらん」
とか…そんなくだらないことを言うわ

わたしは自分がバラバラなのをわかってる
刃物とか炎とか臓物とかとろとろに凍ったウォッカだとか泥とかたまごとかポッサムキムチ
干した果物や肉や魚や海藻なんかが無秩序にあるべき場所に収まっているのに似てる

それらはとてもきれいでめちゃくちゃな物理学の宇宙のように
わたしを虜にしたままわたしの脳裏で成長しつづける
解決という決着が訪れるまえに擦り切れてゆくためには時間を解散させることが必要なのだ


看板のない女

  はなび


看板のない女は
名前のない女優のように
緑色の夕方
港に立っている

塩を舐めライムを齧り黄金色のテキーラを流し込む
深緑色のビールの小瓶から世界を覗き込む
黒くつややかなレコード盤とダイアモンドの破片が
耳の奥でざりざりと鳴っている

看板のない女は
キース・ジャレットが好きだった
けれどもそれは昔の話
一緒に暮らした男が置いていった
たった一枚のレコード

ねえ、あなたって
水からあがったばかりの
アシカの皮膚みたいな
クラリネット吹くのね

床に置いたレコードプレーヤーの脇を裸足で歩く

モノラル音源のような漆黒の髪の看板のない女

窓辺でベビードールを着たまま下の道路を眺めて
動かない黄色のタクシーの列を見ています

いやらしい男の目は見ない
かなしくなるから?
ジャズなんて
吐いて捨てるほどあるのよ
そんなことしったって
なんの役にも立ちやしない

赤毛のお人形はギンガムチェックの
ボタンダウンのシャツとステッチのはいった
デニムのジャンパースカートを着ていました
ベティという名前でした
マリィにするには少し湿度が足りないそうです

もしあのきれいな男の子がうちにくるなら
お部屋の花瓶には少し枯れた花を生けておく
男の子はアシカのウナジみたいな魚の匂いがする
ナイフみたいに 少しだけ死のかおりがする

熱帯魚達はそろそろ陸にあがる準備を始めている
よるの暗闇の中で黒く縁取られた大きな目だけが
ぎょろぎょろとせわしなく動く影のようにあるく

看板のない女の看板のない日曜日

名前のない女優のような名前のないふくらはぎのながい線 

気の抜けたコカ・コーラのような甘たるい瞼 

キューバ産の葉巻のような重たいまつげ

看板のない女はあかいスカートひらひらさせて裸足で木登りをする

まるでサーカス小屋のオウムのように

まるでヨットハーバーのように

まるで紙ふぶきのように

まるで野球場のように

まるでビンゴゲームのように

まるで看板のない女らしからぬ愛嬌でもって


Le test de Rorschach

  はなび


鳥をかぶった猫がライオンの噴水の様に
東と西で番をしています

犬の性格を持ったオオカミが性格の為に
従順に見える眼を光らせています

オオカミは上品なお姫さまのかんむりを
頭に乗せています

犬は怒っています
オオカミは考えています
太ったフクロウがそれを見ています

建物の手前に三人
裏手に五人の人がいます
三人の立っているそれぞれの場所は入り口です

五人は輪になって話し合いを
昔からの方法で儀式の様に行っている
一人は若者

彼以外の四人は賢者で砂の上に座っています
長い時間をかけるのがしきたりです

黒い影と白い洞窟があります

もうすこしでダンスがはじまります

ダンスの影がとても大きく地面に映っています
影が立ち上がりダンスを続けます

影はそのうち地面から離れてゆきます


un radeau automatique et les oiseaux aux pommes

  はなび

林檎の木に鳥が止まっています
川上から機械じかけのイカダに乗って猫がやってきました

機械で猫は林檎の木で鳥のためにイカダをこしらえ
林檎は猫のための鳥機械を発明し

鳥は機械のために腐った林檎を猫に集めさせます
イカダはひとりで流れてしまった

林檎が川に飛び込んでイカダを戻そうと必死
鳥は林檎を捕まえに猫は鳥を捕まえに

川はにぎやかどんどん流れを急にして
急にして流れて渦になってバラバラにして

もういちどはじまります

りんごのきにとりがとまっています
こんどは
かわかみからねこがおよいでやってきました

猫が鳥を食べたら羽が生える
イカダが機械を食べたら林檎の実がなる


つる子さん Mademoiselle Tsuruko

  はなび


つる子さんはカニかまぼこが好き
カニかまぼこと緑豆春雨とたまねぎスライスと
きゅうりの千切りをマヨネーズで合えて食べるのが好き

つる子さんはお散歩が好き
土曜日の午後あまり有名でなくてなんにもない
川沿いの公園を歩いていて犬に足を噛まれました

つる子さんは1月生まれの山羊座
真面目な性格でAB型です

つる子さんは幸司さんとデートしました
白いスカートをはいて行ったのに
喫茶店で紅茶をこぼしてしまった

お昼にカレーを食べました
特別おいしいカレーではなかったけれど
幸司さんがおいしいと言ったので
つる子さんもおいしいと言いました

幸司さんはとりの唐揚げが好き
つる子さんの事を大切に思っています
幸司さんのティーシャツの背中の右のところに
小さな穴があいていますが誰もその事を知りません

つる子さんには夢があります
それはNHKの深夜番組で見た
大きなメキシコの川

誰でもいいから
つる子さんが死んだら
そこに灰を撒いて欲しいんだって


臍の緒

  はなび


台風がやってくる前の日の夕方 わたしは草履をはいて健ちゃんと商店街へ買い物にでかけました 衣の厚い天ぷら 天ぷら 天ぷら ばかりが並んでいる 定食屋 ビール 物干し ランニング ここにはUNIQLOがなく 速乾性なのはペンキだけで 揮発するシンナー 燃えるようなトタン屋根 陽炎 などがとても安い

暴力 というか 喧嘩 だったり 涙だったり 叫びだったり するもの達は 実はひとつなのだと 昨日知りました それらは 違うものとみなしていたほうが 世の中に分散してゆくので都合が良いのだと 健ちゃんは言います いろんな種類があるようですが ほんとうはひとつなのだそうです お墓の隣に ピンク映画しか上映されない映画館がありました それは神社の裏手に位置します

アスファルトに打ち水 鼻腔が反応します 眠っている猫の背中に鼻を擦りつけた時の匂いに似ている 似ている 似ている すきなものは みな似ている わたし以外のものはみな 健ちゃんに似ている 盛塩 玉砂利 濃紺の暖簾 引き戸をがらがら鳴らす 清潔な笑顔 ここの天ぷらは紙細工みたいに 夏のお魚を抱っこしてるから 残酷なことと幸福なこととのアンバランスが よく似合うのかもしれません 

台風の夜はよく眠ります 貪るように貪欲に眠るので ながい ながい ながい おそうめんを啜る夢をずっと見ました 口笛をふきながら啜っていると おそうめんは 熟成しながら何か別のものに変化しようとしていました 体内に流れ込んだおそうめんは お腹の中でだんだん膨れあがって もう破けそう

台風がやってくる前の日の夕方 わたしは草履をはいて健ちゃんと商店街へ買い物にでかけました 買い物はしないまま ごはんを食べて家に戻りました ながい ながい ながい 商店街を歩きながら 健ちゃんは いろんな話をしてくれました さいごに また旨いものでもくいにいこうな と言って 大きなてのひらでわたしの顔をさわり 焼けた石の匂いがしたのと同時に青い夜がやってきて わたしたちは笑顔でわかれたのです


Je ne sais pas 知らない

  はなび


濃いいみどり色のゆうがたコケのようなもの
ぶあつい葉っぱのようなもの
不器用なてのひらが つかむにぎるはなす

放たれた錆びた線路に続く壁のようなもの
白いコンクリートのようなもの
不器用なてのひらが つつむほどくゆるす

スーパーボールすくいと朝ごはんをたべる またすくわれたねって言って言って言ってよ 川と土手のさかいめで 足首がぐねりなりそうな位置で また放られるのはすこしかなしい またキミかまたキミかまたキミか ここにはキミしかいないの? そうなのここにはわたししかいないの 髪をつかまれるのが好きなのだから乱暴にしていいよ

鋭利な葉っぱで指を切って鉄の味がして 電話を切ってから切ってから気づくのはいつも まだ話をする前の静かな沈黙はたぶん こころがけしきに溶け込んで溶解されてからそれで 分離した溶液と沈殿した個体(中原中也ふうに言えばまるで珪石かなにかのような非常な個体の粉末のような)それら粒子の集合体なのだけれど わたしが放られることを望むのは放られないことを望んだときにその沈殿の成分が2度と浮遊することもなく固まってしまいそうだからこわいというただそれだけの理由で人生 みたいなものをないがしろにしてしまったということがまだだれにも告白できずにいる ということ

そしておおかたの人間がそういう沈殿を保ったまま
ごはんを食べたり、買い物をしたり、仕事をしたり、している。
そしておおくの人間がしんせつでやさしい。

あなたの生命線がながいかみじかいか
わたしの運命線がながいかみじかいか
さわらないとわからなかったみたいに


La maison anonyme

  はなび

ひとけのない家で
静物画が死んだように飾られている
それは自然な存在である

生物はなにかといきいきしてみせる
悪い癖があるのだから

ひとけのない家で

猫が踊っていようと

椅子が恋焦がれていようと

ひとけのない家では

価値があることだとか
価値のないことだとか以前の
自然な存在の仕方だけが
通用している


Cadenza

  はなび



わたしたちは夜通し
サム・フランシスごっこを続け

部屋の中は
青と赤と黄色で
とても素敵だった

わたしたちは
偽物のサムだったから
終わりというものがわからない



音楽をききながら
細い腰を引き裂くように
台所で居候がヨガのポーズをしている
夜中に
あしたのあさのヨーグルトを顔に塗らないで

朝日や月との瞑想は
ひらくようなとじるような
はなのような行為だけれど

ぼくはとても淋しかったから
ずっとさみしいなんて
そんなはなしを
なきながらきくようなおんなはきらい
カタツムリくさい
キュウリみたいな顔



水彩絵具に水をたっぷりやるのよ
みんな黒くなる
青と赤と黄色がまざって黒くなる

フェルディナンみたいに
海を背景にして小さくなる
ブラウン管のテレビの奥の
テクニカラーの奥の
青と赤と黄色の奥に
わたしたちの部屋がある


   ■


crabe en octobre 十月の蟹

  はなび

ライオンの口から 
緑の水あふれ
わたしは目を閉じる
ほとぼりの冷めぬ朝

男は後悔している
焼け爛れた野原に立って
ポケットに銀の
シガレットケースを
貼り付かせて



茫々とした美しい蟹が
さわさわと鳴る

「よく噛んでよく噛んで」

咀嚼された海燕のスウプが
大海へ流れ込む

野牡丹の花びらが 
紫色の煙になり
シガレットケースに 
仕舞われる

わたしは 
よくある飲酒癖の放浪者にたずねる 
道や信号の色の変化について

「パリでは…パンは棒ではなく船だ」

ゴム底の靴が鳴る 
傘をとじる



船は下水道を通り
わたしの頭上に鰯雲をつれて
出現する ある日

5月は温めている
10月の家で沈黙を

植物を象った刺青は
地図そのものの様に
彼らを奥深く導く
枯葉の下で行われていること

狼の銀色の尻尾を
きれいに片付ける扉



昆虫が風にさらわれ
複眼が野ざらしである

シフォンの羽の粉砕
10月の呼気

地下鉄が乾いた音を立てはじめると
わたしは目を閉じる
男の背中にてのひらをあてる
嚥下運動のゆくえに耳をすます


やわらかなもの

  はなび

ふくらんだ風船
おなか おっぱい おしり
ほっぺた くちびる まぶた
カブトムシの幼虫
モンサンミシェルのオムレツ

うたごえ
ねてるひと 加湿器
かなしいなみだ
あくびの温度 
カーテンをゆらす風

おはようのキス
おやすみのキス
こんにちはのキス
さようならのキス

おふとん
まくら
ゆめのなか
おさけ
ねむりくすり


  はなび

わたしはちがうことばかりかんがえてるあなたがじぶんのことばかりはなしているあいだじゅうずっとわたしはあなたのことばなんてきいてないあなたのことをじっとみてるじっとみてるあなたみたいなうそつきはわたしのなかでしんだほうがましわたしはちがうことをかんがえてるあなたがじぶんのことしかはなさないからずっとあめがふっていてあめがちがうことをかんがえてるあなたのあめがふりつづいてるわたしはずっとちがうことばかりかんがえている


水玉の丘

  はなび


なになになあに
わたくしたちが
なくしたものは
みずたまのおか

なになになあに
わたくしたちが
あいしたことは
たいようのした

たいようのした
たいようのした
おなかのなかに
てをいれあって

ぎゅっとつかんで
ひっぱるように
おだんごになって
ころがってゆく

みずたまのおか
そしてちかづく
たいようのしたの
なになになあに


英国式紅茶

  はなび

 「二重振り子」という名前のお店の階段でわたしたちは出会いました。出会ったというよりすれ違ったというほうが正しいのでしょう。当時なおゆきさんはドラアグクイーンと呼ばれる服装をしていてけばけばしく、南国というより天国からやってきた鳥のように輝いていました。当時わたしはボリス・ヴィアンにかぶれてジュリエット・グレコみたいなブカブカの男物の黒いスーツを着ていました。お店の中は非常に混んでおり、お酒や煙草、体臭と香水、いろんな国の言葉や楽器の音が混ざりあって、まるでごった煮のスープ鍋。朦朧とした視線の先に泳ぐもの、風船のようなあたまで、ここがどこでもどうなってもいいような、そんな心地がしていました。

「いいかげんということについて」わたしはおそらく長いこと考えていた。

 突然、頭の高いなおゆきさんがツカツカと彗星の様に接近してきて「かわいいコ」と言ってわたしのほっぺたにキスをしました。それはほんとうに突然の出来事でした。その途端、パンッと弾けた音がしました。「アッ!惑星の衝突!」と思う間もなく、わたしはそのままハリウッド映画の死体のように手すりから地下のダンスフロアまでまっ逆さまに滑り落ちてゆきました。罵声、叫び声、泣き声、ぶらさがったミラーボール、覗き込む、あるいはよける人波。
 重たい鈍痛とともに耳の奥で高くくぐもった音がキーンと鳴り続け、わたしの視界は白く白く眩しくなり、そうしてだんだん黒く黒く真っ黒になってゆきました。

 目が覚めると、頭が割れそうに痛く、なおゆきさんの白い部屋の大きな窓のわき、天蓋つきの大きなベッドにいて、誰か(とてもおしりのきれいな誰か)が裸でキッチンに立っているのが見えました。アイスノンが20個くらい枕元にちらばっていた。オカマの修羅場に巻き込まれたわたしはスケスケのネグリジェーを脱ぎ散らかして着替えると、首筋を触った。首の骨が「グキ」と鳴ったのだけは鮮明に記憶されていた。

 わたしを殴ったのはモントリオールからやってきた体躯の大きな男で、スキーの選手だったという。おしりのきれいな誰かは、ほんとうに甲斐甲斐しく、立ち働いていた。お父さんの転勤でイギリスでの生活が長かったというその、おしりのきれいな誰かは、曇り空の似合う憂鬱な顔でとてもおいしいミルクティーをいれてくれた。そしてわたしたちのせいであなたには申し訳ないことをしたという旨のことを小さな音楽みたいな声で言った。

 部屋の中にはおかしな機械みたいなものが一見乱雑に、しかしなにか一定の秩序をもっておかれていました。アンティークの香水壜が窓辺にたくさん飾られていて、やけに晴れた冬の日差しが香水をあたため、揮発のスピードと継続をゆるやかに促していました。
 甘く甘く甘ったるく気怠い空気に満ちた部屋の中で、彫刻のようにしずかなうつくしい流線型を描くおしりだけが、何より優雅な存在として許されているおだやかな午後でした。

 おしりのきれいな誰かに「あなたは誰か」と尋ねることはしませんでした。ただこんなひともいるし、あんなこともあるのだ。とだけ思うことにした。そして「二重振り子」では英国式のミルクティーが飲めることも。

文学極道

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