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2009年08月分

月間優良作品 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夏にうまれる

  ひろかわ文緒

日傘の陰にちいさく
鈴が鳴って夏はあかるく
なってゆきます
青くたおやかな風に
葉脈は波うって
けれどやがては、
おさまるようにわたしも
素直に日を抱いていたいと、
おもうのでした

 ・

川辺をあるくことが
とてもすきです
水鳥がはばたいたあとの
水面や、泡を
眺めている時間が、すきです
熱をもった土の蒸発や、
モンシロチョウの
息をひそめる様子を
眼をつむっても
おもいうかべられるから
わたしももうすぐ
川辺のけしきになる
のでしょう

 ・

まきあがる真砂に
わたしのほねぐみはもろく
かたかたとふるえます
擦りあうすきまと
すきまの水に
空気が混ざって
ひとつ、
ひとつ、
つぶれてゆく音です、耳から
ではなく、体内をつたわる
いとおしいふるえ、

 ・

空、空、空、
繰り返してゆく四季に
いきるのはむずかしいと
蜩は云うのでしたがほんとう
でしょうか、
あなたはいともかんたんに
フラフープをくぐって
尾びれをなびかせているから
いきるのは泳ぐよりも
ずっとたやすいのだろうと
おもって、いた

 ・

おさない子どもが
タタンタ、と駆けて
階段を降りてゆきます
コンクリートの石粒が、宙に
無造作に
ほうりだされて
たよりなさそうに
みえたのは、なつかしい
母のつくる夕餉の
においがふと、
鼻をかすったから
なのでした

 ・

日傘をとじて
もう陰のない足元をたしかめ
あるいています
わたしはすきな
ことばかりをして、いきて
日の暮れるのをおしみ
手をふること
さえも、できずにいました
けれどさいごには
家にかえるしか
残されていないように
きょうという日も
きょうという日に
かえそうと、そっと
かなしんだあとに腕を
あげてやわらかく、指を
ほどいてゆくのです


SUMMERHEAT

  軽谷佑子

おととしきた幽霊が
家をあらしていった
寒そうに厚着をして
いつまでも謝っている

わたしは口をゆすぎ
身をあやまって
いったもえあがる
家でテーブルの
したで

ふれるものは
皆よごれる
こびりついた詩句を
こそいでは口へ
運ぶ


くらいままの道を
遠ざかっていった
かおを拭いて
戸をたたくおとがする

仕事へ行くまでに
雲がはれて
建物のかげが
座席を埋めつくした
皆いっせいに
消えうせようとしていた


  鈴屋

額にあてた手を顎までしぼって汗をぬぐう
ベンチに座って
親指と人差し指の爪を立て
桃を剥く
噛みつくように食う
陽は錆びついたまま動かず、空は地平よりも暗い
02年、夏
「ブッシュ、バカよ」とイラン人が言った
「ブッシュ、バカよ」と私が復唱した
私はトヨタの99年式ランクルをイラン人に売った
 
桃を食う
すする
果肉を歯と舌でねぶり、つぶす
遠くの丘陵の崖が崩れ赤い土が剥き出しになっている
崖の上で樹木が風にあおられている
私もあおられ頁が繰られるように薄くなっていく
翼竜が空を渡っていく
立ち上がって、丘のむこうへ消えるまで見届ける
プテラノドンだろう
手の中の桃がぐちゃぐちゃしているのを思い出し
あわてて手の甲のほうから汁をすすりあげ、座りなおす

指も口辺も濡れる
甘いな、甘いな、甘いな、と喉がごくごくするが
舌の根もとが、わずかに苦い
夏風邪かもしれない
複葉機が空中戦している
レッドバロンのフォッカーがソッピース キャメルを追い回し、撃墜する
黒煙を曳いて丘の中腹に激突する
目の前を、刻々と時をうつしながら
零戦がゆっくり過ぎていく
プロペラの回転、胴体の日の丸がくっきりしている
悲劇の戦闘機
なんのことだか、かまいはしないが

指も口もべとべと
私は零戦が好きだ
踏み切りのむこうで日傘の女がこっちを見ている
知っている女のはずだが・・・
捨てたか捨てられたかした女のはずだが・・・
笑っているようにも泣いているようにも見えるが・・・
コンテナ貨車がよぎる
いや、アパートの二つ隣の奥さんかもしれない
急な支払いに「持ち合わせがなくて」と言って
ひと月まえに六千円借りにきた、一万円渡したがまだ返さない
道で出会っても会釈をよこすだけ、金のことは一言もない
日傘をかたむけ変幻自在、小首かしげてルージュが伸びきり、みごとに頬笑む
回る日傘が遠ざかる
銀色のタンク貨車がよぎる
シェルのマークがつぎつぎよぎる
亭主のことを「十七ちがうの」「わたしだけがたよりなの」
訊きもしないのにわざわざ言っていた
また借りにくるはず
 
09年8月1日 米ドル/円 94.25円
欧州ユーロ/円 134.50円  ポンド/円 155.32円  
桃を食う
すする
果肉を歯と舌でねぶり、つぶす
汁が指の隙間から肘へ伝い、汗まじりの雫がサンダルの爪先の先に落ちる
砂が吸う

あるかなきか命がけ
の味がする

パイプがむき出しの蛇口が見える
そばの日陰で犬が寝そべって上目遣いしている
犬は空を絶対に見ない
三つ四つ蟻の巣がある
黒い点があちこち動めいているのがわかる
まだ果肉がくっついた赤紫の種を放ってやる
蟻よ
集まれ
蛇口まで手と顔を洗いにいくつもりだが
指と顎を垂らしたまま
ぐずぐずしている


Brownbear(暮らし)

  ひろかわ文緒

ヒグマ、凍える氷の中にいる
君の遥か頭上に雪解けの水が流れ、
その脇には肉食や草食の、または雑食の
生き物が群れをなしたり単独で
暮らしたりしている

気に病むことは何もないだろう
幸い僕には
ささいな妻もいれば、二歳になる子供もいる
子供はテレビの中の
うたのおねえさんがすきらしく
おねえさんが体を左右に
ゆうらゆうら、と揺らすと
食卓の周りをはしゃいで駆け回ったりするから
君が気に病むことはないんだ
妻のキャミソールが空に高く舞い上がっている
まっしろい布は夏に映え美しいよ、
床にしゃがみぐずつく妻の肩を撫でる
、おそろしいほどなだらかな肩
そうしたら僕はもう、働くしか
ないよなと、眉山をなくしてわらうのだった
白昼、食卓に置かれた素麺は大抵いつも余り
排水口を流れて少しずつ、
天の川に織り込まれていく
明後日あたりには
彼方の銀河に辿り着いて、きっと
天文学者たちを席巻する
だから
君が気に病むことは何もないんだよ

ラジオのヘルツを合わせていくのは
祈りにとてもよく似ている
聞こえてくる声や音楽は
さして重要ではなく、聞くという行為で
僕はゆめをかなえようとしていたんだと思う
(はて、ゆめなんて大げさなものだったろうか)
(分からない)
ただ勿論聞くだけではかなえられるはずもなく、
息継ぎや発音などの研究も必要で
それは魚の鱗を削ぐくらいにくるしかった
空の底に家を建てて隠れて暮らすのは
僕たちがとても弱いからだろう
窓際のラジオに電磁波が届く
くるしい、

蟻の足を一本ずつ抜いてみせる友だちの器用な指先に魅入り、
こめかみの汗も拭わなかった
小学校からの帰り道が、ふとよぎる

 動けなくなった蟻が
 土の上
 バッタの祝婚歌を
 うたって

勾配の激しい森を抜けると
次第に視界がひらけ
コケモモやコマクサ、黄褐色の土、大小角張った石の影、硫黄の匂い、
雲は集散を繰り返して、速い
やっと立ち止まると
背負ったリュックがずんと重く
たまらず道の端に座る
お先に、と下山する
ふくよかな中年の女性―目尻や首筋に心地よい疲労が皺よっている、に
軽く頭を下げつつ、水を飲む
ひんやりとした感触が体の隅々、
血管を通り染みていく速さで巡った
長めの呼吸を二、三回してから
立ち上がる
急いではいけない、でも
のんびりもしてはいられないだろう

雲はうねりながら、巡って

砂をかんたんに叩き落とし
足下を確かめ再び、歩き始める
ざ、ざん、ざ、ざん、
すぐに足音だけのせかいになり
祈ることは無意味になってしまう
忘れられ、かなうこともないそれは
枯れて蒸発し
やがて冬になれば空から
連絡する
降る雪に君は遠吠えを、

ヒグマ、僕ははじめてしぬからせめてやさしく噛んでくれないか
氷の中


はだかバスに乗って

  蛾兆ボルカ

がたごととほこりを立てて、砂利道を
はだかバスが入ってくる。

はだかバスに乗るときは服を脱がなきゃならないが、
この辺りにははだかバスしか走ってはいない。

女子高生も、隣の奥さんも、はだかバスに乗ったら
みんな裸にならなきゃいけない。
脱いだ服は網棚に上げるし、靴は椅子の下に入れる。
急停車する場合があるので、たってる人は皮につかまる。
男性の勃起は、マナーとして、禁止。
法律じゃないけど。

一週間働いてだいぶ疲れたから、
僕は今夜、はだかバスに乗るのさ。
ときどき見かける少女も乗ってて、
いつもどおり、乳首がピンクなのがちょっと嬉しい。

はだかバスはがたごとと進む。
霧が深くて、月が見えない。
はだかバスに乗って、僕は君に、会いに行くよ。
セックスをしようよ。


01

  いかいか

(ハツカネズミは影絵を抜け出しパリで求婚する。)

 

 巣の中には、二人の娘が残り。一人は赤い髪の毛を結ぶことを当の昔に忘れてしまったかのように放り出したままぼんやりと外を見ている。もう一人は、黒い髪の毛を幼馴染のように優しく手の指くるくると回しながら床を見ている。二人がいる部屋にはいくつもの絵が飾ってありどれもこれも肖像画で一人の男性の顔が描かれている。男性の顔は旱魃で喘いだ土地のように深い皺で満ちており今まで一度も水の恵みを受けたことのないような乾ききった肌に大きい黒い瞳がその土地に雨が降らないようにまるで監視するかのように鋭い目つきでこちらを睨んでいる。

 瞳をめぐる物語をしよう。瞳がまだ開いていないころ、月の裏側には水銀の海があった。それは決して、観測されえない地図として、私たちの手元にあった。水銀の海では、多くの人々がいまだ分かれない形で留まったまま深く潜っていた。潜っていた瞳は、開かれないまま水銀に浮いていた。瞳を与えられた、人の中に、瞳を開いた人がいた。それは、初めて重力の喜びを知った思い出として、いつまでも私たちのまぶたの裏にある。瞼の裏に地図を描くこと―地図は鉛筆とコンパスでは示されない海を眺めていた―。初めて開いた瞳を閉じたとき、そこにはいくつもの影絵が見えた。暗闇の中で動く無数の影が踊っているのを、何がそれらを照らしているのか僕にはわからなかったが、優しく神が僕の肩を噛んだ。そしてその記憶を忘れた。

 

 (二匹のハツカネズミは求婚するために逃げたオレンジを探すために穴倉から外へ出る)

 

 男の乾いた土地を渡る風の間を二匹のハツカネズミが歩いていく。二匹の足取りは重く、足はあっちこっちへと方向を定めずに行ったりきたりを繰り返し、一向に先に進まない。雨の降る気配はなく、二匹の舌は最初の乾きを感じてからすでにもう、ゆっくりとこの土地の印を刻み始めていた。小さく裂けて、ひび割れていく舌の上に、またひとつ土地が開かれようとしている。男の目がその土地を見てさらに鋭さを増し、少しだけ喜び満ちる。農奴達が遠くからやってきて、二匹の舌の上で開墾を始める。男の瞳はそれを見つめている。一人の農奴が舌の上で死に、舌のひび割れた大地に帰っていった。その農奴の焼かれた骨をやさしく包む二匹のひび割れた大地に、男の瞳が閉じられた最初の月にようやく雨が降る。ハツカネズミは一匹となり、すべてを忘れる。初めての雨にハツカネズミの毛は濡れ、丹念に雨粒に折りたたまれていく。

 祝祭を祝う人々の群れの中に、一人の神が姿を現し、髪の毛を洗っている。神の髪の毛を洗う女たちがひそひそ声で、「今日、この方は結婚される。」と言っているのが聞こえる。「人間の男と、、、。」。神はその話を聞いていないかのような姿で髪の毛を洗っている。ところが、その神は男で、まさにこの男神は今から人間の男に抱かれるために、髪の毛を清めているのだと、僕はそれを見てひどく安心すると同時に、言い知れぬ恐怖に打ちのめされ、吐き気を催す。

 

 (ハツカネズミは一匹になりお互いのことを忘れる)


 スターバックスの緑の香り。アメリカの赤も、日本の白も、グアテマラの水色も、含まれていない緑の中に、一人椅子に座り、外のとおりを眺めている。椅子の一つ一つから湯気が沸き立つのは、使われている木材がすべて亜熱帯のジャングルから切り出されてきたものだろうか。息を吸い込む。隣に座る男女が笑顔で話している。二人の会話の甘い香りが鼻に入って、耳で噛み砕かれて言葉になる。外は突然の雨、多くの人が走り出し駅に向かっている。水は歩道をすべり排水溝へと行き着く間に、駆け出された足に踏まれるのではなく、その足を包むようにして、少しだけ地面から浮かばせる。雨が人々の足をやさしく包んで、少しだけ空中へ押し上げるとき、僕らは気づかないうちに重力を信じなくてすむ。

 ブレードランナーのように、と、昨日友人が話していたことを思い出す。その友人は、ワーグナーをなぜか信じている。それを日記に書き始めようとするがうんざりする。

 

 つまらないやめた


遠い国で中国女と出会う夢を見た。そこがどこの国かはわからなかったが、女はいかにもなアジア人のとんがった目つきで服を脱いでベッドに横たわっている。それを見て、僕はその女の肩に「狐が憑いている」と突然思う。女から離れて、椅子に座ると、女はそのまま眠りこけてしまう。すると、女の右手が突然上がり、手招きをしはじめる。扉が開く。男が入ってきて、中国女の布団にもぐりこむ。女が大きな声で言う。「この狐憑きめ!」と男を罵って、男は逃げ出すかのようにして退散する。


メークレイン

  破片

まっしろな、
日の下を、自覚した、
旅している真昼に
飽きないか、と聞くと
飽きてはない、慣れただけさ、
と流暢な言語をくれ、
足元の、
歩みを見やると、
君と同じか、という
呟きが、
裏側へと、降り注いだ。

かつて、歌は鷲になり、
はるかに、
緑の稜線を、越えて、
境をなくした、
真昼は、それをみてこう言ったという、
「何度、同じ、翼が焼け落ちたことだろう」
そう感じるなら、
まひる、お前は姿を消せ。

ゆっくりと、夜が、
明るく感じられる、
ことばたちは、
月を、
なりきれない贈呈とは思わない、
ところから生まれ、
その裏側には、
ニセモノを、悪く言わない、
象徴が、
それならせめて、
何もかもを盲いたほうがいい、と
明るい、夜を、照らし出した、

統べた鷲の翼が、おちてくる、
かがやかしさは、
点々、と、覆っていく、
恵みと呼び、
両手に着地した、
うすく、むらさきの、
大気はあたたかく、湿されて、

潤いを求め、
けれども、
雨を欲さない生物、
突き動かしようもなく、
濡れてしまう、
そして、雨に
屈辱させられ、
もらう、溢れだす潤い、
手一杯の量、以上を見ない。
憂いは同調するのに、
思惑が、次元を分かつ、

雨が降るのだ、
降ってくるのを、見つけた、
ビルの屋上、精一杯、柵を越えて、
私は待っていようと思う、
雨を降らせる者、
を。

鉄扉の、錆びた、動作と、

小刀の、生れた、閃光は、

とうめいなひとかげを、
待ち望んでいた、
雫の質量を、こわし、
真っ赤なあたたかみが、
ぬけていく頃、
雨は降りしきる、

わたしが、雨を、ふらせて、


(無題)

  

バスタブで生まれた水神をたらいの下に隠して育てていた

ある日かえって風呂場を開けると
弟が陰茎をしごいていて
水神が面白そうにそれを見つめていた

私は弟を叩きのめし
水神を抱いて一緒に家を出た

とうとうと流れる川
水神は大地の血管だと喜ぶ
私は草むらからのぞく髪の毛がはみ出したビニール袋に
ここにはいられないと水神の瞼を覆った

給湯室はかしましい女達の城
ここをオスとお湯が出るのだと教えると
いつまでもジャージャー垂れ流してる
バインダーに挟まれた「7:00」のメモ
記憶が吐き気にまみれる

公園は支配されている
水たまりにつきとばされブランコから隔絶される可哀相な水神
公衆トイレの濁った水
水神の居場所はどこにもない

不意に温かな雨が降る

ハレルヤ?

たちまち雨雲は逃げ
慌てて水神は後を追う
待って
待って
あたしは水神なの
一緒に連れて行ってよ

気がつけば海
雲はとうにムラサキに輝き
海にさえ還れず立ち尽くす
幼い背中

帰ろうかと呟くと
小さな娘はただ泣いた


暴虐!怪人ホウセンカ男(Mr.チャボ、怒りの鉄拳)

  Canopus(角田寿星)

怒っている
しめった風の吹く夕方
私鉄沿線最寄り駅前「鳥凡」の店先に坐りこんで
怪人ホウセンカ男が
怒っている
風鈴の音色は不快にやかましく
日もまだ暮れないうちから
すっかり酔っぱらって
上半身は裸で 怪人ホウセンカ男が
怒っている

わめき散らし 周囲を睨みつけ
なあ そうだろーお と
遠巻きの野次馬たちに同意を求めるが
誰に何を言ってるのやら
見当もつかない
止めに入ったらしい戦闘員A氏が傍で傷んでいる
鳥凡のおっちゃんがカウンター裏で苦虫を噛みつぶしてる
ぼくは
急報で駆けつけたものの
つまりこの酔っぱらいをどうにかしろというわけですね
あまりな惨状に一瞬 呆然と立ち尽くした

怪人ホウセンカ男がカンシャクを起こすたび
頭頂部が噴火みたくはじけて
こまかい種が放射状に飛び散り
あいたたた
こりゃまたハタ迷惑な武器だと思う
戦闘員A氏と目が合った
これはフラワー団のミッションと…
「まったく関係ありません」
ということは勝手に酒飲んで酔っぱらって駅前で暴れてると
「チャボさんお願いです 殺さないでください
 悪のフラワー団幹部として
 きちんと更生させてみせますから」
わかった とりあえず黙らせるよ
さて
(たまには強いとこみせないとね)

ゴールデンチャボスペシャルブローが炸裂して
正義は今日も勝った
具体的には
殺せ 殺しやがれ
という声がしなくなるまで
目をつむって思いきり殴りつづけた
へんな体液がたくさんくっついて気持ち悪かった
怒ってんのは
お前だけじゃないんだ
と言おうとしてなんだか言えなくて
うつむいた

野次馬の人ごみのなか
正義の勝利をたたえるおざなりな拍手がぱらぱらと聞こえ
遠い日の出来事のように
ぼくはうつむいたままポーズを決める
チャボ かっこいい どこからか声がして
社交辞令とわかっててなお
泣きそうになる

じゃあ これで と
ぺしゃんこになった怪人ホウセンカ男をひきずって
駅前を後にした
ひきずられる体液がべったり舗道に染みこんで
なめくじの這った跡が
ぼくらのながい影といっしょになる
怪人ホウセンカ男は
いろんな液体で顔をべしょべしょにして
俺の人生てなんなんでしょうねと しゃくり上げてる
空には
無数のあかい凧があがってて
ぼくは口の奥でもごもごと反芻し続ける
ぼくらは
改造人間だから
人間のナントカとか存在するナントカとか
そんなものは もうないんだよ
そう
もう ないんだ
そうなんだ もう


はばたきのうた

  ゆえづ


ネムが唄っているよ
ながい睫毛にファンキーピンクのマスカラを乗せ
南国の貝殻細工のように唄っている
クジャクの羽の耳飾りは
遥か楽園の風を織っていたね


さみしがりのきみは小鳥の言葉で話した
舌の上でしゅるしゅると空気を束ね
土の匂いに喜ぶ猫みたいに

さようならしかないのに
なんでこんにちはしちゃうんだろう
わたしたち

とろんと微睡んだ夕陽は
地平線へ伸びやかに流れだす
見惚れていたぼくらは
ついばんだ木の実をうっかり落っことしてしまう


痩せた肩をひとり抱く夜は
まだ捨てきれない秘密を
ぶきっちょな毛布にくるんだ
みんなすっかり透けてしまう朝にも
目覚めたがらないきみとぼくで

いいの


どんぐりあげるよ


果の石像

  シンジロウ

 俺の疲れた帰り道に
 あなたはいつも視線を外して
 立っている

 俺は疲れた体を
 中国人の女に癒してもらう
 あなたはそこに立っていろ
 
 立っていろ

 その脚がやがて石になり
 そこが 永遠に
 あなたが立ち続ける 場所になるように
 コオロギ達に歌わせよう
 
 俺は中国人の女に
 固い背中を 愛撫されながら
 その歌を聞いて眠るよ


太陽の沈んで行く公園で、彼女は話続けている

  ぱぱぱ・ららら

 夕焼け空。夕日は高層ビルで隠れている(いた)。僕らは公園のベンチに座っている(いた)。真っ黒なカラス。ホームレスの象徴たる鳩。遠くから聞こえてくる(きた)サックスの音。彼女は話を始める(めた)。
 公園のベンチに座っていると、なんだかユスターシュの白黒映画に出演しているような気分になる(なった)。彼は神経衰弱を演じていた。そして本当に自殺してしまった。ブローティガンも死んだ。カートも死んだ。サックスの音色につられて、ホームレスの食べていたピーナッツが踊りだす(した)。ワルツを、もしくはタンゴを。「白いワンピースと黒い長髪の結婚」、と踊り疲れたピーナッツは言った。「なんだい、それは?」、とタカーロフは聞いた。『ホームレスに死は訪れない。ホームレスに生はないのだから』、と言ったタカーロフ。『芸術と宗教は似ている。どちらも絶望の子供たちだから』、と言ったタカーロフ。「二人の子供は茶色い革靴さ」、と答えるピーナッツ。「本当にそうか? 茶色じゃなくて黄色じゃないのか?」、とタカーロフ。「黄色は死んだ。茶色に殺されたんだよ」、とピーナッツ。「だが……」、とタカーロフが反論しようとしたところで、ピーナッツはホームレスの口の中に入れられ、黄色い入れ歯で噛まれていく(いった)。
 サックスは鳴り続け、太陽はまだ沈み続けている(いた)。タカーロフは家に帰り、彼女はまだ話を続けている(いた)。僕はピーナッツみたいに食べられるのを待っていたが、大きすぎたせいか、まだベンチに座っている(いた)。
 六月に死んだ女の子が、七月に死ぬことなない(なかった)。僕は本当は六月に死んだ女の子について、書きたいのだけれど、結局僕には書けないのだろう(書けなかった)。
 サンフランシスコの片隅で、動物園から脱走したキリンとペンギンが殴りあいをしている。中国女とフランス女が観客だ。中国女は娼婦で、小さな部屋に住んでいる。エアコンはない。一回6980円で抱かれている。フランス女は表参道の道路に設置された喫煙所でタバコを吸っている。背は高く、細い体に洒落た服。でもフランス女はフランス女ではなく、ベラルーシ女だ。チェルノブイリで父を亡くした女の子。祈りはどこにも届かない。
 太陽は沈み、空には月が出てくる(きた)。彼女はまだ話を続けている(いた)。僕はその隣で話を聞いている(いた)。退屈な話だ。たいした内容ではない。ホームレスは芝生の上で、缶ビールを飲んでいる(いた)。サックスは鳴り止み、月は僕らの知らない形へと変わっていく(いった)。それでもまだ彼女は話続けている(いた)。僕もずっと隣にいる(いたかった)。


夢みればいつも

  草野大悟

夢みればいつも
きみは風


ぼくの右腕をまくらに
くうくう眠っていたきみは
もう、そこに吹くことをやめ
だれも頼れない青空へ
旅立ってしまった


夢みればいつも
きみは光

ねぇ、無責任な風の吹く
あの夏に戻ってみない?
草いきれの深夜
満月に放精するサンゴの
うす桃色の未来に
やあ、と声をかけて
あら、こんなところで
真実が死んでいるわ
なんて
月の光に囁いたりしてみない?


夢みればいつも
きみは虹

落ちてきたんだ
みごとに
ポトン、と
海に
よく知っている連中に言わせると
やっぱ、空に飽きたんダロ
ということになるけれど
どうもそうではなく
地中深く潜行し尽くした後に空に昇って
華やかに、どうよ!!、という生き方に
愛想が尽きただけ
ということらしい


夢みればいつも
きみは夢

海そのままに
腕と腕をしっかりと絡め合いながら
一生に一度だけの交接をするコウイカが
ふたりの命を持ち去ったとしても
満月が笑う夢の中を
ぼくらは
今日も
風たちを探して
彷徨ってゆくんだ


cosmos

  凪葉


閉じていく夏の、ひんやりとした風が、開け放つ窓から窓へと、流れていった。波のようにゆれるレースは、窓際に敷かれた布団の上、寝転がりながら外を見ていた妻の顔先をくすぐっているように見えた。とても小さな背中。不意に、寒い、と、言ったような気がして傍に近寄ると、いつの間にか眠っていたのか、寝ぼけた顔をこちらに向けた。
妻は、「おなか、あたた、めて。」 と、寝言のようにそれだけを呟くと、一息吐いて眠ってしまった。
風が流れ込む度、レースが大きく波打って、顔やからだをくすぐった。
 
 
胸元までかけてある、薄いタオルケットの中のお腹に手を当てると、不自然なほど大きくふくらんでいるお腹は、思っていた以上につめたく、冷えているみたいだった。
一息ついて、目を閉じる。お腹全体を包み込むようにして、ゆっくりと撫でていく。
指先でほんの少しの圧力を加えながら、どこが頭だろうかと、そんなことを思いながら、あたたかくなれよと、熱を込めていく。
 
 
さっき見た時計の長針は、九時辺りを指していた。驚くほど車の通りの少ない、道路から建物をひとつ挟んだところにあるこの家の付近には、生い茂る草や木が他よりも多いのだろうか、虫たちの声が、目立って聞こえる。
ただひたすらに、同じ間隔で、静かに、暗い夜に響いていく声。
かなしいくらいに、あたたかく、無差別にやさしいと、思えるような、そんな声。
 
 
目を閉じたままその声を聴きながら、ふと、世界、を描いてみた。夜の、暗く先の見えない空の、果て。その遥か、ずっと向こうにある、見たことのない宇宙を、胸の奥底で描いてみた。
星から星へ、ひかりからひかりへ、果てのないものへと繋ぐ、小さな祈り。のような。
閉じていく夏の、ちいさく空いた隙間から、取り残されたものたちが、一斉に、けれどひっそりと、静かなる声と共に深く、深く落ちていく。
肌に触れていく、風は宇宙へ、窓から、窓へと、少しだけ肌寒さを残して、またひとつ、流れていった。
 
 
この膨らみの中、眠る、子は、たったひとつの宇宙の中でくるまりながら、同じように眠る母の肌から、伝わる、風のそよぎを、散っていくように鳴き続けている虫たちの声を、感じているのだろうか、この手の温みに、あたたかな宇宙を、描いているのだろうか、
そんな、とりとめのないことばかりが、小さな宇宙の中で、生まれては消え、生まれては消え、絶えることなく明滅をくりかえしていく。
 

いつか、星が生まれて、消えていく。消えた星から、また、星は生まれて、くりかえされていく、か細い道に、
星から星へ、ひかりからひかりへ、果てのないものへと繋ぐ、小さな祈り。手のひらから宇宙へ、宇宙から手のひらへ。どこまでも、あたたかく、遥か。まだ、世界はこんなにも、うつくしく、限りないのだと、不思議なほど、胸の奥底でひかりのように瞬いて、いつまでも、閉じていく夏の、夜に、消えない。
 
 

 


護岸

  bananamellow



「眼底で
 悴んだ指の
 さき の震え、
 鳴っ ている音。
 から発光したので
 す」 



岬へ!
その
途上にて
オチ 窪んだ岩石
に潜在する
ワシュロ
の観念のうえ
さかしまに
なぞられ/た内海 



  (灯台守
   の書き、留めた
   三通の封書
   から
   の転落)
 


数本の指のあいだ
から露光した
牝馬の四肢 
その、
白さよ! 

ちいさきもの
ども、の
向日性だけが 
最後まで
抗する術
を纏っていた 



隠れた
瑕疵の歩幅
ヒソヤカ、
に暴れで
散れ!
紅い河の
逃亡する
放縦な手首
陰る六面体の



夜半、誰
からの報告も拒んだ
鳥群が旋回し

(あたうる限りの冷たい眼球に触れたきみの黒点 
は決して減少せず わたしたち、の護ってきた岸辺
に 今朝 漂着していた)


クマのヘンドリック、ラーメン屋さんでアルバイトをするの巻!

  ミドリ




3丁目のタバコ屋さんの角を曲がった
ラーメン屋の入り口で
刃物を持ったヘンドリックが泣いていた
しかもガラスの自動扉に挟まって
動けないでいたのだ

とっぷりと太ったお腹がギュッとへっこんで
痛そうだった

何してるんだよ
見ればわかるだろ!

ヘンドリックは声を張り上げた

ドアに挟まってんだよ!
お腹へっこめれば出れんじゃねぇーのか?
ムリだよ!(><;)
ムリなことあるもんか
本人がムリだって言ってるんだからムリなんだよ!о(><;)о

ぼくはヘンドリックの手をギューっと
引っ張った

痛いだろっ!
ガマンしろ!男だろっ!

夕方の
帰宅ラッシュの時間
夕日ヶ丘の駅の改札口から
ダッと人の流れが押し出される

ママ!クマさんがドアに挟まってるよ!

5歳くらいの女の子が
母親の手を引っ張った

見ちゃいけません・・

そりゃそうだ
刃物を振り回しながら
自動扉に挟まってるクマなんかみたらトラウマだ

よし もう少しだ!
んーーっ о(><*)о
・・・スポンっ!!

ヘンドリックのお腹が弾けた瞬間
ぼくらは勢い余って歩道に投げ出された
ヘンドリックはエビ反りになって
顔面からアスファルトにめり込む
手にした包丁は
右手にしっかり握ったまま・・

ヘンドリックは1ヶ月ほど前から
このラーメン屋さんでアルバイトを始めたのだ
怒られてばっかりなので
定休日のこの日
こっそりと包丁さばきの練習に来たというわけだ

間が抜けているが
彼にしてみれば感心なところもある

救急車呼んでくれ!
大袈裟だな
包丁なら俺が教えてやるのに
お前に教わるくらいなら
死んだほうがマシだ!
バカ言え・・

ぼくはハンカチでヘンドリックの血のついた
顔を拭ってやった
全く
バカなやつさ


八十八夜語り ー 、ー

  吉井

二十九夜
 あの上でもなく
 この上でもなく
 その上で停まっているあなたの記憶
 セラミックの凶器で
 切断されたばかりのシナプスの稜線に
 下ろし立ての黒いクレヨンで描く
 読点読点読点そして読点


Je ne sais pas 知らない

  はなび


濃いいみどり色のゆうがたコケのようなもの
ぶあつい葉っぱのようなもの
不器用なてのひらが つかむにぎるはなす

放たれた錆びた線路に続く壁のようなもの
白いコンクリートのようなもの
不器用なてのひらが つつむほどくゆるす

スーパーボールすくいと朝ごはんをたべる またすくわれたねって言って言って言ってよ 川と土手のさかいめで 足首がぐねりなりそうな位置で また放られるのはすこしかなしい またキミかまたキミかまたキミか ここにはキミしかいないの? そうなのここにはわたししかいないの 髪をつかまれるのが好きなのだから乱暴にしていいよ

鋭利な葉っぱで指を切って鉄の味がして 電話を切ってから切ってから気づくのはいつも まだ話をする前の静かな沈黙はたぶん こころがけしきに溶け込んで溶解されてからそれで 分離した溶液と沈殿した個体(中原中也ふうに言えばまるで珪石かなにかのような非常な個体の粉末のような)それら粒子の集合体なのだけれど わたしが放られることを望むのは放られないことを望んだときにその沈殿の成分が2度と浮遊することもなく固まってしまいそうだからこわいというただそれだけの理由で人生 みたいなものをないがしろにしてしまったということがまだだれにも告白できずにいる ということ

そしておおかたの人間がそういう沈殿を保ったまま
ごはんを食べたり、買い物をしたり、仕事をしたり、している。
そしておおくの人間がしんせつでやさしい。

あなたの生命線がながいかみじかいか
わたしの運命線がながいかみじかいか
さわらないとわからなかったみたいに


つぐみ

  森のめぐみ

女の子だったら「つぐみ」にしようと思っていた
「つぐみ」っていう本があったよね
それよりも前に語感から「つぐみ」がいいと思っていたんだ
妊娠の予定さえなかったのにね

鳥だってことは知っていたけど、どんな鳥かも鳴き声も知らないで、
もしかしたら鳥でなくてもよくって、
「つぐみ」がいいと思ったんだ

そんな理由で女の子は命名される
字画とか気にしないから、
後々の人生の不備を親のせいだと責められるだろう
女の子は結婚すれば姓が変わって運勢も変わるのよ、と
答える用意はできている
なにしろ私の人生ではないのだから、
私だってそうだったように
与えられたものから踏み出して行くしかない
変な当て字でも足して字画や文字数を調整されれば、
一生親の息がかかっているようなものだ

「つぐみ」には、似合いの人と結婚してほしい
林だとか平野だとか奥山だとか、
そういった似合いの人が好みとは限らない、だから
選ぶ自由はあなたにある、男にはなかなかない権利だから

いつまでも
生まれる予定のない子供つぐみ

私は、あなたを名付けました

文学極道

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