#目次

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2009年05月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


思い出

  ミドリ


藍子の話をしよう


始まりは
   市民プールの
      プールサイドだった

彼女はまだ高校生で
当時流行の 花柄のビキニを着ていた

ユルい風が
  右から左へと流れ
   植え込みのパンジーを
       たなびかせていた

俺たちは/晴れた真夏に陽盛りに
プラスティック製の/ベンチの上で
寝そべっていた

「オネーちゃん!片乳がはみ出してますよ!」

その時
俺たちの周りの空気が
一瞬にして凍りついた

ブーメランタイプの
    モッコリ水着
      俺たちのモノも
        同様に硬かった・・・(*^^*)b

藍子はハミ出たものを
厚手のビキニのパットの中に
右手であっさりと押し込むと
まるでコウモリのような顔で
俺たちを睨みつけた

コウヘイに杉下によっちゃんに 
そして俺を

「見たの?」
「見たよ」

俺たちは上ずった声を合わせて答えた

「何を見たの?」
「色々」
「イロイロだよな」
「おー いろいろだ」
青くなった顔を見合わせ
てんでに答えた

事態を重くみた市民プールサイドは
              午後の1時に
南面のプールを全面封鎖し
そして俺たち4人は  その後
藍子の事情聴取を受けた

「まず」
と藍子が口を開くと
4人は固唾を呑んだ

「名前と住所と それから血液型と星座
所属する団体名を答えなさい」と彼女は言った
隣の杉下の顔を見ると
今にも泣き出しそうに見えた

「そこのゴボウみたいな君!君から・・」

藍子は手帳を開くと
ゴボウと名指しされた
つまり よっちゃんに目配せをくれた
よっちゃんが俯いて黙ったままでいると

「おい そこのゴボウ!ブツは上ってんだよ!」

その藍子の罵声に
俺たちは縮み上り
そして心の中で
”ブツって何やねん”と
密かなツッコミを入れていた

30分くらいして
藍子の友達の
千春がやってきた

「あー!藍子 コイツ等?」

”コイツ等はないよな”と
また俺たちは小さなツッコミを
当然のごとく胸の中で入れ
千春は藍子の隣の席にガンと座ると
メロンフロートを注文した

「スイマセン俺たちも何か注文していいっすか?」

俺たちの中で一番根性のある
コウヘイが切り出すと
他の3人は
肝をつぶした(><*)

バン!と
藍子は思い切り丸めたコブシでテーブルを叩いた
「別にいいじゃん藍子
  ねぇオジサン!カツ丼4つ!」

”あのスイマセン
 何が欲しいか訊いてくれません?”
みたいな/しごく真っ当な要求を
口にできるものは/いなかった・・
俺たちは/激しく俯き
強く/強く/下唇を噛み締めた

杉下なんかは
  噛みすぎて
    血を流していた )))

「ゴボウはもうどうでもいいから
  次の そこの何だ?ナスビ!(><;)」
藍子は杉下を睨んで言った

”おい/また野菜系かよ”みたいな
俺たちはまたソコで激しくツッコミを入れていたが
店の時計が5時に差しかかろうとも
誰一人として口を割るものはいなかった

      団結は/固かった

藍子の隣で千春がアクビをしていて
「そろそろ2次会?」
みたいなことを言っている

あの 
  スイマセンけど
     そのへんのノリ的なところ
          統一してもらえません?

みたいな
真っ当なことを口にできる勇気のあるものは 居なかった

「しのぶと美香とかも呼ぶ?」
みたいなことを千春が口にする

俺たちはその夜
さらに取調べが強化されること知り
恐怖のあまりに
テーブルの下で
両膝をブルブルと震わせていた


地蜘蛛

  りす

子供のように
子供の真似をして
尖らせた唇の頂に
春をのせて歩く
咥え煙草の灰が
落ちるのをためらうほど
見晴らしがいい
此処では

縦書きの縊死 
横書きの寝返り 
今日も何か書こうとする手の日陰に
一匹の地蜘蛛が生まれる

 これが地蜘蛛だよ。
 字蜘蛛?
 そう、地蜘蛛。
 地中に細長い袋を編んで
 獲物を待ってるんだ。
 待ち伏せ?
 そう、待ち伏せ。

春は一瞬の集合だから
絶えず何かが落ち続ける
湿った若葉を路肩に探り 
鼻を潤す野良犬
その澄んだ眼が捉える 
開かずの踏切でじっと待つ 
人々の骨格
その灰白の林へと
字蜘蛛は滑り込んでいく

背骨をそっと這いのぼる 素早く  
あるかないかの溝に脚をかけ 
そろそろと肋を巡る
頚椎の中庭で蜘蛛は考える
何が姿勢を支えて
人は倒れないで
何かを待てるのだろう
胸骨に巣を仕掛け
字蜘蛛は待ち伏せる
遠くで聞こえる警笛よりも
骨の軋みは騒々しい

新緑が陽に透けるように
人も明るく透ける
野良犬は目を細めるが
嗅ぎつけたものにしか
興味がない 
鼻が承認したものだけを
舐め尽くす
きょう見えたものは
あしたには見えない

野良とは
そのへんにいる
という意味ではない

書くことと書かないことの
わずかな隙間を押し拡げ
光と見まがう闇の中へ
縄を一本垂らす
だらりと 
わざと
だらり、と
鳴るような手つきで

見晴らしという言葉を捨てる
身軽になるために
暗い裂け目へ降りていく
ここは字蜘蛛の故郷

この縄は
字蜘蛛が吐き出して撚った
意図だろうか

 罠にはまるとどうなるの?
 ムシャムシャ。
 食べられちゃう?
 そう、ごちそうさま。

野良犬とは
気がつくといない
イヌのことである


道のはた拾遺(1.2.3)

  鈴屋

1.電柱


一叢のカタバミ
埋もれた茶碗のかけら
蟻の巣など
道のはたの
一隅
灰色の棒、電柱が立っている
剥がし残したビラが
風になびき
突き出ているボルトをたどり
腕金
トランス
碍子
黒い
   線 線 線
   線  線  
    線  線
    線     
青空

はるかな
虚無に
ジクジク
刺さってゆく
光る棘
曳く
一すじの
飛行機雲
昨日死ぬべき者は昨日死んだ、今日死ぬべき者は今日死につつある
線をよぎる
  鳥
      鳥
苦情受け付けます




2.田園 


春のひと日
はからずも
ここまで来た

町の外れ
造成地は放置され
土ほこりが道を這う
日がな歩き暮らすほかない、わたしは
労働者だが、無職だ
おお、無職、このさびしく歪んだ呼称を愛す
この自由のさびしさを愛す

野に出でて
日差しに背が汗ばむころ
菜園と草野が青々と広がり
とおくちかく、緑わきたつ森に囲繞され
はるか電柱がならんでいるあたり、道はつづいていく
雲は光り輝き、とうとつに
風が狂えば
畑も森もいっせいに白々、世界をひるがえす
おお、無職、この五月の田園のただ中で
わたしの無職は雄雄しいか

泥をふみ
草をふみ
道はたによれば
雀、ツメクサ、ベニシジミ 
スイバ、カナヘビ、蜂、ハルジオン
おお、無職、不吉な人影よぎるとも、かれらは
わたしにしたしいか




3.河 


杭が立っている
女が立っている
犬が舌を垂らしている
 
杭と女と犬が動いたり動かなかったりしている
世界にはこれぐらいのことしかない
じゅうぶんだ

木が枯れていく
砂が水を吸っていく
わたしは人をやめ、夕日になるつもりだ
いや、枯れ木でもいいし、犬でもいいし
河でもいい

日と鳥が空に固定している
魚と貝が水に固定している
そのはざま、木と草と虫と獣が陸に固定している
世界は壁の痕跡であり
人についても、どこかに掻き傷くらいあるはずだ
といって、どこにも記憶などありはしない

杭が立っている
わたしが立っている
いや、わたしは流れているのであり
河だ


道のはた拾遺 4.

  鈴屋


4.日暮れ


闇が
畑野や町を
慈愛のように潤して
まだ暮れのこる茜空

血の雫が
てんてんと
長い坂を馳せおりて
外灯の明かりのもとにしゃがみこみ
はげしく放尿した
女になって爛れたかった
明るい眸で

街道をゆくトラックから
塩漬け肉が
もんどりうって転げ落ちて
はげしく泣いた
男になって腐りたかった
澄んだ口笛ふいて

町で一つの
駅舎に灯がともるころ
着いた電車から
蛆がいっぱい這いだした
路地の闇にちりぢり潜りこんで
世間になりたかった
病気の

朧月夜の田舎道
血の雫の女と
塩漬け肉の男が
より添いながら町を出た
深い森のまんなかで
女は男に犯罪をねだった
血よりもきつく
匂いたつ


ピーマンの午睡

  りす


膨らみの
ほとんどが空洞であり
貧しい綿に巻かれ
眠るだけの空間がある
たえず青臭い思想に囲まれ
翠緑を振りあげても朝は
壁ごしに完成するだけだ

両の乳房を持ち上げる
持ち上げる
と思わなければ
計量できない幸福がある
いつしか重さの欠けた胸に
誰のものとも知れない欲望で接触し
耳を 傾けるようになった

調べるのが好きな あなた
右でも左でも
どちらでも好きなほうを
裂いていいのよ


ファルス
挽いた肉を詰め込まれた
無口な少年が食卓に並ぶ
どこをくぐり抜けて来たのか
油っぽい頭脳を光らせ 
青い胴体を割ってみせて
ここが家庭ですか、と
火の通った内部で笑う

ナイフとフォーク
を握って
いずまいを正す君に
肉食獣の明るい孤独が
つかみかかるとしても
習い覚えたテーブルマナーが
君の暮らしを守ってくれる

チッと音を立てて
ナイフと皿が出会うたびに
君は頬を紅潮させて
ファルスを口に運ぶ
冷めないうちそれを
君の乳房に運ぶのが
僕の仕事なのだ
弱肉をいつまでも
生かし続ける喜劇のために


ピーマン
チラシに載ってた 
バラ売りの
ピーマン
安いヤツでいいの
ピーマン


なにかを探すとき
その名前を繰りかえし呟いて
引き寄せる手応えに
飽いてはいけない


膨らみの
ほとんどが夢であり
夢を掴み出すと鋭い苦味が
こめかみを走るだろう
綿を剥ぎとると寒さで
目が覚めるだろう

平台に高く積まれたピーマンの
崩れそうで崩れない斜面を
僕は 遠巻きに見ていた


オレンジ

  ゆえづ


セピアに染まる線路沿いの廃ビルが
ゆらゆらと踊っていた
陽炎立つ夏の暮れ
夕空のほころびからひり出された果実は
情熱の膿を孕んだまま
でっかい車輪に牽き裂かれる
あれがありふれた青春の末路です
あれが母さん私であります
似つかわしいと笑うてください
私達のほとんど総ては悲しみで出来ていた
またその延長線上に見つけるほとんど総てが幻で
かさぶた、じんじん滲み出す血漿の
橙色したうろこ雲は
空一面にばらまいた夕陽の薄片

月を眺めていました貴方の中
でっぷり肥え太った月
架線にぶらんと垂れ下がった
高架上のあの激しく脈打つオレンジを
覗いた天体望遠鏡の中の怪物
あれは貴方に似た
密に張りめぐらされた血管の
律動するさまが不気味に美しく
貴方に似た、

 私は待っていた
 あらかじめ私のために揃えられた世界の
 はっきりとよろめくそのときを
 同時に忘れて泣いているのに
 なおも世界の喧しい揺らぎを歌いながら

飛び乗る列車に月の胎動を聞いたんだ
群青に抱かれている私の肌のわななきと
ぽっかり浮かんだ夜空の車輪あれが
まさに今日の私達であったことも知らず
運ばれるままに敷かれたレールを辿ってゆけば
はりつけにされたオレンジが潰れた私達を踏んづけ
ぎしぎしときしり音を立てて走っていた

朝焼けに染まる列車から
目まぐるしい万華鏡を眺めている
錆びついた嗚咽は
のびやかな波紋をつくる川面で
まばゆい黄金の子宮を描く
予感に揺らいだ光彩と
膿んだ球根の匂いが満ち満ちた
このあたたかなオレンジエード
私達またでっかい炎の車輪となって転がり帰ってゆきます
そうしてすべては回っていましたか母さん


ポップソング

  泉ムジ

おぼえたことも忘れていたポップソングからメロディを捨ててつぶやけば、お経みたいね、
って、よく熱したフライパンに無塩バターを転がす小鳥がハミングでメロディをついばん
で、乳色に泡立ててとけてゆく中にたまごがふたつ割り入れられひとつになる、そうだね、
そんなうただった。ひとつなのに孤立した半熟のきみたちが薄い膜をふるわせ続けている、
そんなうただった。ありきたりで、きづかずにいくつもの言葉やメロディが変質している、
そんなうたを小鳥とふたりでうたいながら、なべに苺のジャムができあがり、カリカリに
焦がしたトーストが2枚と、ケチャップで口が描かれてスマイルになった目玉焼き。とて
も得意気に笑うから、ほんとうは醤油で食べるほうが好きだなんて、けっして言わない。
そんなことより、トーストに苺のジャムをたっぷり乗せてうれしそうな、小鳥とふたりで
うたっていられたなら、おぼえたことも忘れていたポップソングからメロディを捨ててつ
ぶやけば、お経みたいだ、って、すっかりつめたくなったフライパンの表面の、あぶらの
薄い膜がゆびさきにしっとり馴染むのを、たしかめるように何度もなぞっていると、火に
かけていたなべから、苺と砂糖が泡立って、焦げるにおいがキッチンにひろがって、とま
らない。食パンを口につめこんでつぶやきを止めて、小鳥がしてたみたいに、ハミングで
メロディをかなでようとするけれど、なべからたちのぼるけむりで息苦しくて、呼吸のし
かたを忘れていて、食パンを吐き出して、どんなうただったかな、小鳥、きみじゃないと
うたえない、小鳥、小鳥、小鳥、おぼえたことも忘れていたポップソングからメロディを
捨ててつぶやけば、お経みたいね、って、うん、お経なんだ、って、平熱をしめす体温計
を手渡す。かなしいくらいかんたんに破れてしまう薄い膜をふるわせ続けて孤立している、
そんなうただった。それでも、ぼくたちはひとつで、そのことの証明として存在している、
そんなうただった。ありきたりで、きづかずにいくつもの言葉やメロディが変質している、
そんなうたを、あのキッチンで、小鳥とふたりでうたっていたんだ。


Euglena

  ミネタネミ


台風三号は
わたしたちの知るはずもない海のうえで
消滅してしまった。
つめたいの
だけが記憶よ って
酔って砂浜を
ほ乳るいとして歩いた、も
消滅した。
空の底辺とてっぺん
くじらの背をうつ音、波、すきとおる、宙の、海。
 海って水からできてるんだって
って五才のわたしがいう。
雨が降るカレンダー、
降った数字の、たくさん。
台風三号 は
きっとまた、うまれるから
わたしは母と、庭に
消滅してしまった三号の
おはかをつくった。

声がみどり色の
子どもはパンジーの花びらを
滑っている。
あか色やおれんじ色や、の
はしたない を。
つつつつつつつつつ
と、指でなぞったあとには
体温 と 産毛 が
うねりぬねりと
踊っている。
子どもたちは
茎のなかに落ちていっては
茎の表面をよじのぼって
また滑っていく、回数が回数でなくなるまで滑る
らしい。
花びらは土まみれに
なって、せぴあ
風に揺れている。

「傘をさすと
ずいぶん切迫 した
気持ちになって傘なんて、
放り捨てたくなるのだけど
捨てたら捨てた、で
(ちゅうもく )されて
ちまつり、にあげられるん」
だってーそれってそれって、七ふしぎ! 
なんてもんじゃなく今日は
睦月です と
テレビのなかの(…の)
なかから膜をかぶったままの
キャスターがにこやか
です

ユー・ノウ? と
お早う の
違いについての戦争を
繰り返しているのは、もはや
人間くらいで
わたしは町に
(猫は川原に)
その残骸を拾いにいく。
 ウイスキーの壜
 (魚のほね、とうめい)
 チューイングガムのべとべと
 (蛩のあしあと)
 月のかたちの首飾り
 (みずからの尻尾)
家はまたつくればいいと
父親が子どもの頭を撫でた。
子どもの頭はころがって
うん と
いったみたいだった。

せいそう。
成層圏をこえたらさあ
星と星と星、星星と星とと が
感染して
しあってて、
俺にもうつんのかなあって
思ったんだけど
感染しなかったよ
という、こいびとの
背中のまっくろの 子(ふく数)
潜伏 しているから
秘密 なんだから
早くシャツ着てって、いってってててて
わたしに いう。
(へんじ)
わたしたちの子どもよ
あなたがうム、のよ
知らないまま、うムの よ。

サボテンの棘を
とがった部分を
マルく研磨しておくこと は
おばあちゃんの遺言で
だけど家には
アイビーしかなかった。
のび、伸びて伸びすぎる、
はさみで切られていく、
ような
アイビーしか ないの

土を掘り
掘って
掘ったら砂になる、砂は
一時も沈もく。したくなくて
のたうちまわる
から腐ることはなく、
火傷する。
火傷はいたいから
一刻も早く。病院にいきましょう
いやだ、っ
いやーだーいたいっかむっらっ
や、なぁーのー、の
のたうちまわってるミイラ。
掘るのやめたら腐って、シなないんだぜって
どうせ嘘だろう、
って、わ らった?
あきらめたよに
わらった腕は腐って
溶けながら、垂れていく。

飛ぶ。
飛ばない鳥の羽根の
じゅんぱくで。
垂れた腕、は
だらんとぶら下げたまま
飛ぶ。
たちうちできない
生地の
海は水でできている
五才のてつがく
つめたいの
だけが記憶よ って丸い消滅。
空は
めくれあがって背の高い、
裏面はきっとモザイクで
保護 されている、
いるの は、弱いって知っているから、
底は、てっぺんは。
つぎは
(つぎつぎ、は)
くじらが腹をうつ音、たわんだ宙に、も一度、うつ。
飛ブ。
(鳴く、 )
まだうまれないものたちを
横切って
波のつぶとつぶのあいだを反る、
(シなない)
(シなない、)
ここは、ここ は
海じゃなく空 じゃ な く
すみきった、眼の。

眼の、虹の。


くらげ

  なつめぐ

 
  
 くらげ、
 
 
ひかりを/すかして
みずになる
それを
あるものとして
うけいれる/ことを
じゆう と
する
  
つかめない
から
つかめない
ものは
うつくしく 
それは
あいすること の
ように
どこまでも
むじゅんで
だから
うつくしいの
でしょうか、
  
 
 うみ、
 
 
べつ/べつ/の
ものが まざりあう
ための、
ばいかいで
かまわない
  /けれどくちびるは、
    ふかい こきゅうを おそれつづけて/
 
いまだとうめいには
なりきれない
ひかりは、
ただ ひかりで
みずと
ひとつにはなれない
  ( から/
     もとめてしまう、 ) 
 
 
 じゆう、
 
 
どこまでも
じゆう、
そのようにある
そらも/また
ただの かがみでした
 
どこまでもおおきな
おおきな
みずたまりを
およぐ ことばを
じゆう、
それもまた/いつわり
なにも
みえない
  
 
 いのり、
  
 
ふかいふちに
ねむる といきの
おもいだけが
たしかなものだと
はじめから
 しっていました
 
( いつかの、
      いのりさえも )

たしかなものへ
かえて ゆけるように
そこに
ひろいあつめてきたものを
つみかさねてゆけたら
いいね
  なん て、
かたちのない
もののように/ゆられて
いたい、
  なん て、
これも
いのりの、
ひとつ
なのでしょうから
 
じきにかすれて
きえてしまう と、
 
( せめてあらがうことを
     わすれていけたら )
  
 


永遠

  丸山雅史

 1人でプラネタリウムを観に行った帰り
 僕の祖父が務めていた路線バス会社の事故により
 君が永遠の眠りについた北海道旭川市
 毎年君の命日になると市のシンボルである旭橋の下を流れる
 大雪山系石狩岳の西斜面に源を発する石狩川に灯籠を流す
 瞳を瞬かせながら眺める嵐山からの故郷の美しい風景からはいつの日も
 空と涙に沈んだ街並みに美しい虹が架かっているのを見つけることができる
 
 「宇宙とは私達地球内生命体の故郷である」
 と豪語した変わった宇宙物理学者がいたけれど
 今 僕の頭上に広がる澱んだ東京の宇宙(そら)と
 北国で2番目の人口の都市で見た澄んだそれは実は全く同じで
 記憶の中の君の麗しい瞳の無数の星が絶え間なく輝く 黒き瞳孔をまじまじと思い出す
 君は驚き続けながら
 広大な宇宙の外側の白い世界をじりじりと浸食する
 其れは僕と見た旭川市青少年科学館の
 プラネタリウムが君にとって特別である
 何よりの証拠なのだ

 ≪宇宙の膨張=瞳孔の拡張≫
 又は
 ≪宇宙の収縮=瞳孔の萎縮≫
 又は
 ≪宇宙の膨張=瞳孔の拡張≫
 又は
 ≪宇宙の収縮=瞳孔の萎縮≫
 ・
 ・
 ・
 又は
 有限の反復
 又は
 神の束の間の心臓

 いつの間にか天球のスクリーンは
 満天の星空に変わっていた
 僕達は草むらに寝転び
 君と2人で手を繋ぎながらそれを眺める
 満面の笑みで見つめ合った君のスクリーンには僕が映っていて 
 君と此処で1つになれたら と
 そんな空想を思い描いているうちに 短過ぎた夜が明けていく
 濃い朝霧の中 僕と君は常盤公園前のバス停の前に立ち
 やがてやって来た番号の表記されていない始発の路線バスが
 死者の君を乗せて何処へ走り去っていく
 僕は生憎 それに乗り込むことはまだ許されていない

 桜の舞う季節には君を自転車の後ろに乗せて石狩川の堤防の坂道を下り
 旭橋の近くの花火大会と 桜桃のように可愛らしい2人の線香花火が滴り落ちる夏
 京都市左京区の「哲学の道」ではないが
 路線バスを乗り継いでやって来た
 落ち葉の絨毯を敷き詰めた 果てしのない神楽見本林の先の
 まだ幼かった自分達の未来が見えなかった秋
 そして数々の君との思い出が白く凝結した溜め息へと変わり
 それら全てを地面と積雪の隙間に眠らせる季節
 そんな故郷 北海道旭川市を僕は愛おしく感じている
 
 時間の観念と深い関係を根差す 季節 が繰り返されるように
 生き物達は宇宙のように同じ生を何度も繰り返しながら
 その度に生きた証を不滅の魂に刻んでいく
 そうして次の生涯を前回とは異なり楽に生きていく
 故郷とは鮭が死ぬ前に生まれた川へきまって還って来るように
 僕達を生かし続ける為に本能的に溯上させ 心を癒す為に在ると
 僕は君の死から学んだ
 
 僕のスクリーンには今日も君への詩が満天の星空を映し出している


飛田新地

  ゆえづ

つつましく正座した少女らは
灯籠の薄明かりの下
客引きのおばさんが手招く先々で
剥製のようにしゃんとすましている
浮世絵さながらの色街
一枚の座布団だけが優しさで

僕は今月一枚きりの万札を
ぎゅっとジーンズのポケットで握り締め
時代に取り残されたこの一画へと足を踏み入れた
すれ違う宿はどれも泥垢に塗れ
ゆらめく街をまっすぐに見据えている
空ろな眼差しを投げ
路上で膝を抱えるホームレスそっくりに

ここは極彩色のどぶ川だ
ゆらゆらと水底を踊るコースティクス
逆さまに仰ぎ見ている少女は
糸の切れた風船だった
焦点の定まらない眼が天井を泳ぎ
遠い空を漂ったまま帰ってこない
だらしなく濡れそぼる膣口は
ぱくぱくと力なく開閉を繰り返し
透ける身体は屏風や僕にぶつかりながらも
水流の勢いに乗って浮き沈みする
今にも死にそうな魚のように

誰が少女の傷みを慮るだろう
酒の酔いもさめる頃
せめてもの心付けと砂利銭をかき集め
無様な善人を装う僕こそが救えない


浮かび上がる赤は鯉の死骸だ

ぐあぐあ
インディゴの夜空いっぱいに翼をひろげた白鷺が
冷たい大人になるなと鳴いている


西脇弓子

  大女

スペースウォークを見ているレモンジェリーのような虹がかかる小型自転車で色鮮や
かなフードをかぶった子供たちはスケートボードの最中にビルの谷間で熱を放射する、
タバコの吸殻はビッグ・シティのクリップだ、考えるな、西脇弓子の母が保育園に娘
を置いてホテルに向かう、熱帯低気圧が北上する風船を売り歩く男は紙芝居の中盤で
クマのぬいぐるみに着替える、鈍器が山積みされた野原は見知らぬ人が西の空を見上
げホワイトボードに嘘の行き先を書いてぼくたちは帰ってきません、石のように硬い
象がブラックプールを練り歩く、弓子のドレスを脱ぐ西脇弓子の母は娘を保育園に置
いてホテルに向かう、タートルネックの葉型ブラシが首に触っている鏡越しに土曜日
の沙汰で野原は見知らぬ人で溢れたうがいの後に手ほどきを受けるがまんざらではな
いぼくはスペースウォークを見ているレモンジェリーのような虹をハサミでちょん切
るお遊戯サーカス小屋の大女おおおんなは西海岸で絶叫マシーンの魚臭い港に果物を
腐って、フライングブイの翼はとれた記憶にない、鈍器を売り歩くクマのぬいぐるみ
に着替え西脇弓子の母は未婚に違いない娘を保育園に置いてホテルに向かうクマのぬ
いぐるみを追いかける、熱帯低気圧が北上する見知らぬ人がブラックプールで溺れ互
いに助け合い明日には嘘の行き先に辿りついた、もう一度心の底から歌って欲しいと
思うことがあるだけどそれは、西脇弓子の母は母の娘を保育園に置いてホテルに向か
い西の空は歯形が残るフライングブイのようだ翼は、とれた嘘の西脇弓子はおおおん
なだった、鈍器弓子はドレスに着替えホテルに向かうぼくたちは帰ってきません


看板のない女

  はなび


看板のない女は
名前のない女優のように
緑色の夕方
港に立っている

塩を舐めライムを齧り黄金色のテキーラを流し込む
深緑色のビールの小瓶から世界を覗き込む
黒くつややかなレコード盤とダイアモンドの破片が
耳の奥でざりざりと鳴っている

看板のない女は
キース・ジャレットが好きだった
けれどもそれは昔の話
一緒に暮らした男が置いていった
たった一枚のレコード

ねえ、あなたって
水からあがったばかりの
アシカの皮膚みたいな
クラリネット吹くのね

床に置いたレコードプレーヤーの脇を裸足で歩く

モノラル音源のような漆黒の髪の看板のない女

窓辺でベビードールを着たまま下の道路を眺めて
動かない黄色のタクシーの列を見ています

いやらしい男の目は見ない
かなしくなるから?
ジャズなんて
吐いて捨てるほどあるのよ
そんなことしったって
なんの役にも立ちやしない

赤毛のお人形はギンガムチェックの
ボタンダウンのシャツとステッチのはいった
デニムのジャンパースカートを着ていました
ベティという名前でした
マリィにするには少し湿度が足りないそうです

もしあのきれいな男の子がうちにくるなら
お部屋の花瓶には少し枯れた花を生けておく
男の子はアシカのウナジみたいな魚の匂いがする
ナイフみたいに 少しだけ死のかおりがする

熱帯魚達はそろそろ陸にあがる準備を始めている
よるの暗闇の中で黒く縁取られた大きな目だけが
ぎょろぎょろとせわしなく動く影のようにあるく

看板のない女の看板のない日曜日

名前のない女優のような名前のないふくらはぎのながい線 

気の抜けたコカ・コーラのような甘たるい瞼 

キューバ産の葉巻のような重たいまつげ

看板のない女はあかいスカートひらひらさせて裸足で木登りをする

まるでサーカス小屋のオウムのように

まるでヨットハーバーのように

まるで紙ふぶきのように

まるで野球場のように

まるでビンゴゲームのように

まるで看板のない女らしからぬ愛嬌でもって


散文の雨(反転)

  いかいか

散文の雨(反転)


(ハツカネズミは故郷を思い出し、
   オレンジを切る手から逃げる)


セーターをたたんだ、冬からは遠く、夏からは遠く、
ひらがなのセーターはちぢんだまま、
知らぬ人に送り、
返りを待って、踵を打つ、

水平に、
体は、横にならずに、
口から七日間の雨、
傘を差したまま、
燕は巣をつくり、
軒先では、蛙が、
セーターを着込む、
オレンジを切る手から、
ハツカネズミが、
故郷を思い出して、
季節に返る、


朝がまぶしくはなかった、
カーディガンを洗う、
蛙と一緒に、
回る洗濯機の中で、
泳ぐ、緑の、
一匹が、手のひらに、
つかまるまで


巨人

  丸山雅史

 GW中 実家からの帰り道 車内に漂う埃を見て子供は
 「雲みたい。車の中が空の中みたい」
 と言った
 なるほど と僕は相槌を打った 子供の想像力はなんて素晴らしいんだと思った
 埃は眩い日差しを浴びて更にありありとその姿を現した


 手掴みでその雲達を握り潰し 掻き乱す子供
 その様子を見て僕はほっと安堵した
 この幸福な時間がもっと続けばいいなと思った
 つまり日差しがずっと車内に射し込んでいて欲しい ということだ
 子供がこんなに何かに夢中になって物事に熱中している姿を最近見ていなかった
 別の視点から言うと自分はめくりめくる日々に気を取られ過ぎていて
 子供のことをよくよく考えていなかったということになる
 罪悪を感じながら 無心で普段気付かなかった埃の存在に窮屈さを感じていた
 しかし子供と同じように埃の中に身を浸そうと意識し始めると次第に日差しの暖かさと
 親密さを感じ自分達がエベレスト山よりも大きな巨人になったような気分になった


 高速を下りて信号に捕まると
 子供と一緒に埃を掴み始めた
 それはシャボン玉のように
 鷲掴みすると姿を消していった
 子供は
 「どうして雲が無くなっちゃったの?」
 と不思議そうな顔をして僕に質問すると
 「ちゃんと手の中にあるよ」
 と優しく答えた
 すると子供は
 「雨の味がするかなぁ?」
 と舌でぺろりと手の平を舐めて しょっぱい! と顔を歪ませた
 信号が青に変わったと同時に僕はハハハ!! と笑いアクセルを踏んだ
 暫く走ると分厚い雲が見えてきて雨がぽつりぽつりと降ってきて
 フロントガラスに付着し始めた


 日差しが消え 車中に埃の姿が見えなくなると子供は突然泣き始めた
 渋滞にも捕まり 子供は落ち着きを失い サイドシートで暴れ出した
 子供を宥める為に 僕は渋滞から抜け出し 裏道を通ることにした
 シャワーのように降る天気雨で一変した風景の先に 光が一筋射しているのが見えた
 スピードを上げて雲を抜けると 再び車の中に埃が姿を現した
 「あっ!! また雲が出てきた!!」
 と子供は歓喜の声を上げ 一心不乱に埃を掴み始めた
 僕は自然と笑みが零れ 自宅に向かって進み 眠気を覚ます為にミントガムを噛んだ


現代詩

  ぱぱぱ・ららら

僕がみどりの草原をヤギと一緒に
歩きまわるということはない
 
あの黄色い花は何?
僕は知らないな
 
コンビニの前に落ちてる
小石だって歌うんだぜ
 
動物園にいる猿たちが
僕のリンゴを食べることは無い
 
羊飼いはどこに行ったの?
最初からいなかったっけ?
 
高層ビルに囲まれた木と
森の奥で太陽の香りを放つ木との
違いなんて無いのさ
 
美しい詩の言葉は
遠く遠くで
桜の花びらのように
散ってしまった
 
それは1941年の7月7日のことだった
 
きっと今日と同じように
空は青く
太陽の柔らかな光が彼らを包み
それから風が吹いていたのだろう
 
その日、詩は燃えてしまった
 
僕らに残ったのは灰だけか?
 
冷房のきいた図書館の
大きな窓から外を見ると
たくさんの名も知らない
木々たちが風に乗って踊っていた


(無題)

  debaser

帰ってこない、と妻は言うので、ぼくは、帰ってこない妻は妻ではない、と言った、妻は、どのような妻であるにせよ妻は妻ではないという言い方が気に食わない、と言うので、どのような言い方にせよ帰ってこない妻は妻ではない、とぼくは言った、帰ってこいよ、とぼくが言えば、妻は帰ってくるのかもしれないが、ぼくは、帰ってこいよ、とは言わなかった、先に、帰ってこない、と言ったのはお前だ、とぼくが言うと、妻は、先に妻ではないと言ったのはあなただ、と言った、ぼくは、ならば帰ってこいよ、と先に言うと、わたしはあなたの妻ではありません、とお前は言った、お前が妻でないならば、とぼくが言うより先に、帰ってこない、と言ったのはぼくではない、とわたしが言った、同じことを何回も言わないで、と妻が言うので、何回も同じことを言っているのはぼくではないお前だ、と妻に先に言った、あなたの妻はわたしではありません、とぼくではないお前が言うと、わたしは、妻は先に妻ではない妻であればお前は妻ではないと言わざるを得ないではないか、と言わなかった、帰ってこない妻は妻ではない、とあなたは言ったと言うので、言ったかもしれないが、同じことを何回も言っているのはお前だ、と言うと、妻は、帰ってこいよと言わなかったことを、先に言ったのはあなたの妻よ、と言うので、ぼくは言ったことを言わなかったと言うのは、先に、お前が帰ってこない、と妻が言ったことを言ったからだ、それなのに、わたしはあなたの妻ではありません、と帰ってこない妻が言うので、帰ってこない妻は妻ではないのだからお前がぼくの妻でないのは当たり前の話じゃないか、と言うと、それは言わなかった、と妻は言った、ぼくは、言った言わないの話をしているのではない帰ってこないと先に言ったのは先にぼくの妻であったお前じゃないか、と言わなかったことを妻は、それは、言い方が気に食わない、とわたしは先に言ったと言うので、先に言ったことはおまえがぼくに帰ってこないと言ったことそれが一番先だ、と言うと、妻は、先に、あなたの言ったことを言ってるのではなくてあなたが言わなかったことを言っているの、とぼくに言った、わたしは言わなかった、とぼくに言うので、お前は言った、と言うと妻は妻ではない、と妻が言うので、そうだお前は妻ではないが妻だった、と妻に言うと、ぼくは帰ってこいよと言わなかったことを言ったのにお前は帰ってこないという言い方が気に食わないと妻ではない妻が言うので言わなかったんだ、と言うと妻はそれなのにあなたはわたしにお前は妻ではないと言わなかったと言ったのはそれより先にわたしが帰ってこないと言ったことを言わなかったせいなの、とわたしに言った、わたしはお前はそれでも妻であれば言わないことを言ったと言わないでくれと言ったではないか、とぼくは言わなかった、妻は帰ってこない妻は妻ではないと言わなかったらわたしは先に言わなかったと言うのでお前はいつも同じことを言っているだけで言わなかったことを一度も言ったことがない、と妻は言うと、ぼくは帰ってこない妻に帰ってこいよとは言わないなぜなら帰ってこない妻に帰ってこいよとは言わないからだそれは言い方の問題ではなく帰ってこないお前の問題だあるいは帰ってこない妻の問題だ、とわたしに言うので、あなたはいつもわたしが言ったことを言うだけでわたしが言ったことについてはなにも言わない言わないどころか言ったと言うのでぼくはあなたの妻ではないとはわたしは言わなかったのにぼくはおまえは妻ではない妻ではないと言わなければならないぼくはぼくではないと言ったことはないとお前が言うのでぼくはお前が言うのではなくぼくが言ったことだと言うと帰ってこないどころか帰ってこないと言ったのはぼくではなくわたしだと言うので、妻はわたしはお前の妻ではないとぼくが言わなかったのはお前がわたしのぼくではないと先に言ったからだ先に言わなかったらお前は妻ではない妻と妻ではない妻ではないと言ったので帰ってこないのは妻ではない


”クラッカー”

  ミドリ


いいかい?

問題は連中が風変わりな帽子を被っているってことなのさ。この際はっきりさせようじゃないか。ドレッシングのたっぷりかかったサラダを一掴みすると、クラッカーと呼ばれた男はカウンターに肘を付き、大袈裟に肩をすくめてみせた。

連中はその帽子を一体どこで手に入れるんだい?

初老の紳士が小さく顔をしかめ、その質問を終えると忙しなげに体を左右に揺すり、クラッカーを見つめた。

生まれた時から帽子を被っているのさ。驚いたね。ソーセージみたいなもんだろ?チクワに穴が開いてるのと一緒さ!そりゃ幾らなんでも問題だろ?問題はそれだけじゃない。というと?

むし暑い夜だった。シーリングファンが俺たちの頭上で静かに回る。そっちの窓を閉めてくれないか?クラッカーは少し神経質に苛立ちながら言った。あぁ、用心してくれ・・・。クラッカーは額の汗を右手で2度拭った。

黙って聴いてくれ。驚いたりするなよ。ああ、驚くもんか!驚いたりするもんか!クラッカーは俺たち一人一人を順番にゆっくり見つめると。声を潜め、やはり彼は、俺たち向かって、驚くべきことを口にしたのだ。バーに一台だけある。カウンターの向こうの霜付きの台下のSANYOの冷蔵庫の中に、腐りかけのレモンが一切れと、チーズが一箱しかないのが見えた。

俺たちはその夜のことを、誰にも漏らさないと口々に誓い合い、夜中の3時半には、てんでに帰路についた。あの夜からもう3年と4ヶ月が経つ。風変わりな帽子を被った連中は、相変わらず俺たちの街に居坐り続けたし、クラッカーが街のバーに入り浸ることも変らない。ただ一つだけ言えるのは、秘密の共有がこの街の人々の間で急速に進み。生活は何一つ変らないままだという、この奇妙な事実が、俺たちの生活に今も、重くのしかかっているということだ。

クラッカーのその後について、もう少し詳しく話さなければならないだろう。世界中に偏在するバーナキュラー建築がその土地の風土に適した形に適合するように、彼が俺たちに語る風変わり帽子の連中に纏わる秘密も、時間の変遷とともに形を変えていった。

深夜のファーストフード店でクラッカーは、フライドポテトをつまみながら誰かに電話をしていた。ショップの店主によると、彼は酷く落ち着かない様子で身振りを交えながら激高していたという。

クラッカーは公衆電話の受話器を乱暴に戻すと、残りの小銭を数枚ポケットに突っ込み。トレイをダストボックス投げ込むとショップのドアを乱暴に押し開き、前のめりになって車に急いだ。彼は何度もポケットの中のキーを握りしめ、その顔は蒼白に青ざめていたという。

俺たちの街では。彼の噂を言外に持ち出すことは暗黙の不文律として、タブーであると認識されている。なぜか?俺たちは本当のところ。彼、いや”クラッカー”を信用しちゃいないのだ。こんな話がある。誰にも言っちゃならないことだが、実はクラッカーも風変わりな帽子の連中の一味であり、バーに入り浸り、酔っ払った市民から本音を引き出し。俺たちをスパイしているのだという話は、まことしやかに囁かれる噂だ。

なぜなら、あんな恐ろしい秘密を大っぴらに喋れるのはこの街で唯一クラッカーだけであり、風変わりな帽子の連中に睨まれることをもっともおそれる俺たちにとって、畏怖すべき存在であると同時に。疑わしい存在でもあるのだ。物事には常に二つの可能性がある。それはコインの表裏の関係だ。3年と4ヶ月という月日が、俺たちと、俺たちの暮らすこのちっぽけな街の中にも流れた。その時間はとても多義的であり、俺たちの目の前に投げ出された、まっさらな運命をいっぱいに描きこめる一枚の白いキャンバスとて、それは同じことなのだ。


粘土

  田崎



水面に映る赤褐色の肉体に 覗きこむものの顔がふやけ、千切れ、ぼやけ
  (節度ある顔が汚れた声を発している)
草原で 撫でるように刈られ
息を吐き終えた架空の草
それがはらりはらりと水にも汚れる
  (幽かな手招き)
遠く 粘土が音をたてて、一歩一歩歩いている
  (私の手だって 汚れていない訳ではないのだが)
粘土は誰もの母親のようでもあり 死んでいるのか生きているのか
どちらとも言えない人のようでもあった
草原の刈り取りは 私が幼かろうと行われて然るべきだが
水が振り切れるように開花する頃に
音よりも光よりもはやく起こってしまってもいい
いいとは言え 今は私にはなにも言えず
粘土が幾人か 私の知らない国のことばで
悦ぼうとも 叫ぼうとも
万が一 恥じようとも
どこかで見た、厳かな振りをして 知らない国のことばを
  (間違いなく、知らない――)
草はことばとなり
水に合わせて息をし 時を待たず息たえて
汚れた架空のイメージを 私の許可も求めずさらに汚し
  (元から汚れていないのが想像できないくらいで
   却って美しいと思えなくもなかったが)
幼い私はそこで止まると
止まり切らずに捻じ曲がっていた


鉄塔に登る

  右肩

 嵐の夕暮れ、鉄塔へ登った。
 雨は、剥がれ落ちる神様の体。
 百億個の小さい海。
 天の花園へするする伸びる時間の、
 とがった先端で私は、手を振っている。

 こんにちは。丸井のビルの赤いマーク。
 こんにちは。『北園克衛詩集』。
 私もしばらくは人間でいてみます。
 
 こうして高いところでは、
 嵐は生きている。嵐は、言葉も知らないのに、
 大きな声で一生懸命に何か言うので、
 私はただ、はためいている。
 引きちぎれるほどの幸せです。
 生きていて、本当に楽しいこと、何もないよと、
 自信持って元気よく言えます。

 シンデレラのガラスの靴も、
 ひとの魂の破片も、ハンバーガーの包み紙も、
 ボーイングの旅客機も空を飛んでいく。
 昨日の私と明日の私が飛ばされていく。
 昨日私はいなかった、明日私はもういない。
 今そこに光る、稲妻のように孤立した、
 無垢の今日、今日の私。
 
 私は、人から離れて、空を行く記憶となって、
 誰とも何ともつかないものを、
 熱烈に愛しています。





*『北園克衛詩集』

朝(詩集『火の菫』より)

 冬が手套をはく
 銀行の花崗岩に木の枝と小鳥が写る
 怠け好きな友よ
 お
 人間でゐよういつまでも
 午前十時の街を歩く
 太陽が歯を磨いてゐる


Le test de Rorschach

  はなび


鳥をかぶった猫がライオンの噴水の様に
東と西で番をしています

犬の性格を持ったオオカミが性格の為に
従順に見える眼を光らせています

オオカミは上品なお姫さまのかんむりを
頭に乗せています

犬は怒っています
オオカミは考えています
太ったフクロウがそれを見ています

建物の手前に三人
裏手に五人の人がいます
三人の立っているそれぞれの場所は入り口です

五人は輪になって話し合いを
昔からの方法で儀式の様に行っている
一人は若者

彼以外の四人は賢者で砂の上に座っています
長い時間をかけるのがしきたりです

黒い影と白い洞窟があります

もうすこしでダンスがはじまります

ダンスの影がとても大きく地面に映っています
影が立ち上がりダンスを続けます

影はそのうち地面から離れてゆきます

文学極道

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