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2009年07月分

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特別作品 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


スカシカシパン

  草野大悟

太陽の海でポチャンと跳ねてみたい
そう思ったんだ
光の波を浴びて
金色の魚になって
ただポチャンと跳ねて
彼女のなかに沈んでゆこう
そう思ったんだ
温かそうで
幸せそうで
ぽかぽかぽかぽか
氷もとけるかなあって
でもね
聞いて
ここからが大切なんだ
でもね跳ねてみるとね
太陽って
凍えるくらい寒くって
木星か冥王星のほうが
まだましかなあ、って思った
ぼくはね
よく
思うんだよ
ひとは夢と言うけれど
ぼくは
これまで夢というものに
出会ったことがなくて
よく理解できないんだ

それでそのことを
知り合いの牛に相談したわけ
そしたら牛は太陽よりもっと凍えて
俺の守備範囲じゃないから
海牛に聴け
だって
海牛と言われてもねえ
だいいち
海ってなに?の世界だから
もう、えっ!?
って固まるしかないわけねこれが
困りに困って
う〜ん、なんて唸っていたら
よけい分からなくなって
あれ、なにしてんだろ
あれ、って
考えてんだか固まってるんだか
分からんない物体が腕組みしてるんだな、これが


偽物の猿の目は黒い(前編)

  ぱぱぱ・ららら

0、
 これから僕が話すのは、偽物の猿についてだ。それはアルコール中毒のトランペット奏者についてでも無ければ、昨今問題となっている黄色人種に対する大虐殺の話でも無い。
 でも正直に言って僕が偽物の猿について語れることは、あまりにも少ない。まず根本的な問題として、僕は本物の猿について絶望的なまでに何も知らない。動物園で猿を見たことはある。でも、動物園の猿を本物と言うことができるのだろうか。誤解してはもらいたくないのだが、これから僕が話すのは動物園の猿についてではない。僕は本物の偽物の猿について話す。偽物の猿について話すことによって、いつか僕らは本物の猿について、何かしら知ることができる日が来るかもしれない。
 
1、
 僕の彼女は売れない舞台役者だった。僕も冴えないフリーターだったから、僕らは互いに金を持たざる者として仲良くなっていった。ある夜、稽古帰りの彼女は言った。「良い役を貰ったの、主役よ」。僕はそれを聞いて素直に喜んだ。これまでに何度か彼女の所属する劇団の公演を観たけれど、彼女はいつだって小さな役しか与えられていなかった。居なくてもいいような、彼女じゃなくてもいいような、そんな役ばかり。一度なんて大根の役をやらされていた。料理をする主演女優。買い物袋に入れられた彼女。主演女優は包丁とまな板を取り出し、彼女を切り刻んだ。トントントン、と包丁がまな板にあたる音がしていた。彼女は悲鳴ひとつあげなかった。舞台上は彼女の血で染まり、最前列の観客には血しぶきが飛び、観客達は悲鳴をあげた。僕は最後まで観てられず劇場を出た。公演が終わるまで、向かいの道路のガードレールに寄りかかり、煙草を吸っていた。僕以外に劇場から出てくる観客はいなかった。
 公演後、「これはあまりに酷いじゃないか」、と僕は演出家に訴えた。演出家は僕よりずいぶん歳上に見え、髭も伸び放題だった。「しょうがないでしょ、彼女下手糞なんだから」、と演出家は言った。「死んじまえ!」、と僕は悪態をついて彼の元を去った。
 
2、
 彼女の主演する舞台のチラシを見た。『サラジーヌ』という題名だった。一番先頭に彼女の名前が書いてあり、演出家は僕が死んじまえと罵った男だった。チラシの裏には、『迫真の演技。体当たりのベットシーン。』と黄色い文字で書いてあった。
 僕はその公演を最前列で観た。チラシの通り、彼女と主演男優によるベットシーンがあった。熱いキスの後、男の舌は彼女の胸を舐め、左手は彼女の股へと伸びていった。彼女は演劇用のよく響く声で喘ぎ、腰を激しく動かした。僕の席からは彼女の表情がはっきりと見えた。彼女は本気で感じているように思えた。僕は最後までその劇を観たけど、ベットシーン以外なにも覚えていない。
 公演後、僕は彼女に言った。「何が『迫真の演技。体当たりのベットシーン。』だよ。そんなにリアルなベットシーンがしたいなら、本当にヤっちまっえばいいじゃないか」。僕はそう言ってチラシを破り捨てた。「だいたい何でお前みたいな下手な人間が主役なんだよ。お前なんか野菜の役で十分だろ」。僕はいくらか酔っぱらっていた。「どうせこの役もあの髭野郎に抱かれて貰ったんだろ」、と僕は言った。彼女は左手で僕の頬を叩いた。「最低ね」、と彼女は言った。「最低ってなんのこと?」と僕は心の中で呟いた。
 
 その時には分からなかったが、今考えてみればこの瞬間に偽物の猿は生まれたのだと思う。僕が彼女に叩かれた瞬間に。僕の頬と彼女の左手を両親として。偽物の猿は生まれた瞬間に死んだ。詩や映画と同じように。だから僕が実際に見たのは、もう死んでいる偽物の猿だったのだろう。でももちろんその時には気づいていなくて、僕は死んでいる偽物の猿を生きている偽物の猿として扱っていた。
 
 
(前編 終わり)


侘び住まい・六月

  鈴屋

雨期がつづく 
耳のうしろで河が鳴っていて、困る
部屋にひとり座し
壁など見つめていれば
列島を捨てて大陸へ行きたく、はや 
赤錆びたディーゼル機関車が原野を這う 
地平線のむこうから
雨、雨雲、山岳、狩る人、狩られる獣、村、など
風景がひりだされる

自分の顔を知らず 
片手で鷲掴みしてみる 
このヌルとした凹凸 
手指は私だが、まさぐる顔は他国者
指のすきまに小窓が見え、つかのまの青空
十字格子にかかる
白い月の
そのなけなしの清しさは、さあれ
苦もなく黒雲に仕舞われる

流し台の蛇口の先から
蛇がこちらを覗いている 
かわいい
縞蛇の女かもしれない
喉元の青白い鱗から絶えず雫が滴っていて
パッキンを取り換えねばならないが  
雑貨屋があるのは町の東
ディーゼル機関車は西へ西へ

無人駅のまわりには
ルビー蝋貝殻虫の集落がこびりつき
そのはずれに、角蝋貝殻虫が三つ四つ
白蝋の屋根を寄せ合っている 
その一つに私は寄宿し
雨の日は 
清潔を好み、幸福を好み
ふたつながら得ている

耳のうしろで河が鳴っていて 
鉄橋を機関車が渡っていくので、よけい困る  
「召しあがれ」と、窓辺に
姫沙羅の花を添えて
枇杷が置かれ、隣家の小さい傘が去る 
雨期がつづく
平野では河が溢れ、湿地帯に草が茂り樹が茂り
やがて石炭が出来る


グッドバイ

  チャンス

新聞、テレビ、インターネットに
俺の脳ミソ
お前のくちびる
みんな
同じもんが貼り付いてる

それは未曾有の経済危機で
それはマックのポテトフライだ

各メディアで話題沸騰の
マックのポテトフライを
表情ひとつ変えずに
お前は口にする

あー、うめー
あー、これは、まさに、ミゾウのうまさだ
とか言う

俺は別に
その未曾有さが気にならないし
ポテトだって食いたくはないのだが
明日を生き抜くために言うのだ

いっぽん、くれ、と


今夜は
かぼちゃの入った
カレーを作ろう
肉は厚切りの
ベーコンにしよう
しめじも多めに
きざんでみよう
と、収穫に向かうその道には
街灯が、ない


ぼくは
まっくで
ちーずばーがーせっとをかって
おれんじいろのゆうひと
ならぶがいとうにてらされながら
ぽてとふらいのみぞうさを
ちびちびと
つまんでかえった

じゃっちぇいちゃん、ちぇいちぇいちゃん

きゅーじゅーねんだいのじぇーぽっぷ
あむろなみえのひっときょくが
ゆうやけぞらをみあげた
ぼくのみみから
ながれだして
ぼくのめからは
なにもでなくて
ただ
しろくなってた
ぼくのくろめが
ひぐれとともに
くろをとりもどす
ここちがしたんだ

じゃっちぇいちゃん、ちぇいちぇいちゃん

みみからひびく
おとのかたちは
じつはながーい
おびのふめんで

ふねふねふねふね
ちゅうをおよいで

ふねふねふねふね
ゆうひにのびてく

ぼくはそいつをながめながら
あーなんだろうこのかんじょうはと
くちにしかけたぽてとふらいを
ひとりぼっちで、みちにほうった

ぽて、、と、おち、た、、、


信じてる道は
まっすぐに生きよう
と、かかれたもじが
まえをよぎって
でもぼくには
そのしのいみが
これっぽっちも
わからなくって
ただ
そうかかれたしろいふめんが

ふねふねふねふね
そらをゆくのが

ふねふねふねふね
たのしろそうで

ぼくもからだをくねらせて
そらを
とぼうとしていた





                      *『Chase the Chance』安室奈美恵


屋根の上のマノウさん(改訂版)

  Canopus(角田寿星)

そうして空にはいくつもの
ちいさな泡のような放物線と
とんびと
海のむこうの出来事が
屋根の上にはマノウさん
わたしたちは
目を閉じて見上げよう
歩道沿いにはあやめの花壇が
街角のアパルトマンには
大きな鏡が

マノウさんは屋根の上にいる
むくどりが鳴いてやかましい
あるいはホイッスルかもしれない

長い腕をした
山からの風がふいて
タバコの灰は はらはらとこぼれ
砂に埋もれるようにわたしたちは眠る
親しく思っていた
顔を持たない人から
「ちいさな善意や励ましや何気ない笑顔が
 どれだけ人を傷つけているのか
 考えたことがあるか」と
吐き捨てられる

マノウさんは屋根の上にいる
はにかむように
かるい会釈だけのあいさつを交わす

昼下がりの青空には真っ赤な鉄塔が
もみじ色の夕暮れには緑の浮き島が
夜には 汽車のあかりが
わたしたちは
目を閉じて見上げよう
もしかするとわたしたちにも
見えるかもしれないから

誰かを焼いてるたなびく煙とか
伏せられたままの写真立てとか
泣きながら迷い子がさがし求める視線の先とか
公園のベンチから立ち上がれない若者とか
人知れずついたわずかなためいきも
過ぎたことを悔やみつづける声も
手をはなれてただよう風船とか
これでもかと言うくらいあたたかい空だとか
屋根の上でどこかを見ている
マノウさん
とか


野球の規則(改)

  DNA


(崩落する車輪
 から滲み出た
 暗い空 が二つに
 わかれ
 水星の前輪と金星の後輪で
 疾駆する 子盗りの
 群れ)

おまえがうまれそこなわずにすんだときいておれもうまれてくることにした おれたちのあいだには野球の規則がよこたわっており  しかしおれはおまえがよもや野球をえらぶなどとはおもいもせんかったから おまえが野球の規則をぬりかえることに 精魂こめとるなどと はなからしんじておらず てっきり競輪選手になるために にちや自転車をこいどるものとおもとった 野球の規則はおまえに半分属しておって 子盗りと一緒におまえがきえてしまいよった日 おれは出発したのだ どこへ? 指先へか? (指のきっさきに何があるというのか) おまえはおまえのつむぎだすはずのことばから中産階級のにおいがのぼりたつのにいらだつ ゴキジェットを紙のうえにまいて ひとつひとつことばを仮死の状態にして しかし最初からしんでいるのだ おれはしにかけの生きものの胴体をゆさぶって 「おきろっ」と喚いているに等しい かなしくもなく 誤認。 サクゴハムコウニシテ でかけよう おまえは残酷な球の投げ方をするだろうから すぐにみわけがつく (おれはいま病院にいて 三連音がひっきりなしに壁のうえからひびいており サインプレーをだしつづけるのだ 三日間だ ((おまえにはとどかないだろう こんな静寂にみちた緑色の部屋からは トイレからみえるポプラはいつのまにやら刈りとられ おれは おれの手足と眼玉を接ぎ木して おまえをさがしにでかけるんよ 暗い夜だ おまえがうまれそこなわなかったかわりに おれはしにそこなったのかもしれない (((それは嘘です ソレハギモウコウイデショウ?  
 病人がだんけつしてひとりひとり ここからぬけださせ おれにも おれのじゅんばんがやってきて おそとにで 三年間だ おまえをさがしつづけ 

きょう 審判はタイヨウの暴発を悟って ナインを避難させた (ここはどこだ? あすこだ) おまえの投げた球は まっくろにこげきっており おれは (たぶんわらいな/きながら) 丁寧にマウンドにそれを埋めた   
 
「おれとおまえ 野球の規則をぬりかえるために 恋人になったとしったら いったいなんにんの にんげんが一笑にふして くれるんやろか (あほな おまえのせいで もう半分はおれのせいで だれも夏に野球なんてやらんなってしもたよ 

 *

ここは緑色した壁に囲われた小さな部屋です ひんやりとした感触のほかにわたしの楽しみはありません 今年もまた夏がきたのですね わたしは夏になるときみとみた子盗りの群れをおもいだします お元気ですか またいつか野球ができる日のくることを楽しみにしています


臍の緒

  はなび


台風がやってくる前の日の夕方 わたしは草履をはいて健ちゃんと商店街へ買い物にでかけました 衣の厚い天ぷら 天ぷら 天ぷら ばかりが並んでいる 定食屋 ビール 物干し ランニング ここにはUNIQLOがなく 速乾性なのはペンキだけで 揮発するシンナー 燃えるようなトタン屋根 陽炎 などがとても安い

暴力 というか 喧嘩 だったり 涙だったり 叫びだったり するもの達は 実はひとつなのだと 昨日知りました それらは 違うものとみなしていたほうが 世の中に分散してゆくので都合が良いのだと 健ちゃんは言います いろんな種類があるようですが ほんとうはひとつなのだそうです お墓の隣に ピンク映画しか上映されない映画館がありました それは神社の裏手に位置します

アスファルトに打ち水 鼻腔が反応します 眠っている猫の背中に鼻を擦りつけた時の匂いに似ている 似ている 似ている すきなものは みな似ている わたし以外のものはみな 健ちゃんに似ている 盛塩 玉砂利 濃紺の暖簾 引き戸をがらがら鳴らす 清潔な笑顔 ここの天ぷらは紙細工みたいに 夏のお魚を抱っこしてるから 残酷なことと幸福なこととのアンバランスが よく似合うのかもしれません 

台風の夜はよく眠ります 貪るように貪欲に眠るので ながい ながい ながい おそうめんを啜る夢をずっと見ました 口笛をふきながら啜っていると おそうめんは 熟成しながら何か別のものに変化しようとしていました 体内に流れ込んだおそうめんは お腹の中でだんだん膨れあがって もう破けそう

台風がやってくる前の日の夕方 わたしは草履をはいて健ちゃんと商店街へ買い物にでかけました 買い物はしないまま ごはんを食べて家に戻りました ながい ながい ながい 商店街を歩きながら 健ちゃんは いろんな話をしてくれました さいごに また旨いものでもくいにいこうな と言って 大きなてのひらでわたしの顔をさわり 焼けた石の匂いがしたのと同時に青い夜がやってきて わたしたちは笑顔でわかれたのです


無題

  ミナミ

「中指を立てたらファッキューという意味なの?」

と万由子がいつものように、泣きそうな顔をして俺に聞いてきた。
だから俺は「そうだよ」と言って、優しく頭を撫でた。

窓枠には老人が腰掛けていた。
無言のままで、呼吸の音だけが聞こえてくる。
四畳半の部屋にベッドは居心地が悪くて、
老人はいつまでも電車の音に耳を傾けていた。

「じゃ、じゃあ、親指を立てたら?」

と万由子は俺の目の前に親指を突き立てた。
生温い風が吹く午後、寝ぼけ眼に意識が飛んだ。

俺は同じように親指を宙に突き立てていた。
昔の映画にこんなシーンがあった気がする。

曖昧な視力で見るこの部屋は簡素だった。
ベッド、テーブル、たんす、老人。
万由子は笑っていた。泣いていた。
もしくは何処にもいなかった。

「じゃあ小指を立てた場合は?」

ひとつだけ聞いて、それで安心して眠るのが万由子だった。

彼女の小指に小さな切り傷があった。

俺は「テレフォン」と答えた。


雲の瞳

  草野大悟

あなたには教えてあげないわ
そう言って海がからかうので
べつにきみから教えてもらわなくてもいいんです
そんなだいそれたことでもないし
いそいで答えを出す必要もないことですから
と、いくぶん拗ねていると
青空を泳ぎながら話しかけてきたんだ
はじめてのことで
おれが教えようか、なんて
びっくりぎょうてんが走り回るほど驚いて
思わず
ありがとうほんとうにありがとう
涙目でこころからお礼を言うと
いやあ
照れ笑いして赤面している
ぼくらが
ぼくらの波長で答えを出そうとしていることなど
冥王星の輝きがここにたどりつくずっと前から知っているくせに
にんまり腕組みして言うんだ
俺たちを忘れそうになったら
風だ
きっと戻ってくるから
きみらの明日になって戻ってくるから
なんて


  なつめぐ

 
 
 
目くらまし、
してるみたいに
光が光を奪い去っていく
街は、
だから夜は、
熟れていく程に汚い
思い、とか、
生ぬるい風に全部
洗われることがないままでいる
 
 
 
凍えてしまう夏の夜、 
ひとりが笑えば、
もうひとりが、笑う、
またもうひとりが笑っても、
笑えない、人の、
数と、沢山の、捨てられたものたちの、
足跡が、
密やかに、意図もせず、
重なっていきながら、
交われないことに不安を覚える、
 
 
( だから、ここで、全部おしまいです )
 
 
ひとつに、なれない、
ひとつに、なれない、
それは、
悲しいという、言葉の表皮に、
悲しいくらいに、付着していて
剥がせば全部、
だからそう、おしまいなんです。
 
区切られた、
寂しいの中では、
さようならも、ありがとうも、
錆付いている
街には、やさしい
そんな言葉が流行りはじめて、
手を重ねあう、
温もりの隙間から、
深い、
夜がこぼれて、
点々と、道になり、
呼吸に変わり、
消えない染みになっていく 
 
 
 


AIR

  mei

 
 
(もううんざり!!)
 ほらほら、教室から飛び出した鳥、夢のなかの数学の授業で先生が言っていました、「死が我々の隣にないのであれば私たちは消えてしまうしかない!」って。――ねえ、先生、もし私が神様だったらどうします? あの、ごめんなさい、実は神様なんです、私。何でも思うとおりです♪ でも死なんてあげません、欲しいって言ってもあげないのです。鳥を追いかけるのは燃えている青、(青を燃やしているのは太陽。私は月? 星かしら? 私は神様なのですが、気になります。)何だって良いのだけれど私は先生の祈りだけは拒否しますね、これだけは絶対。神様も疲れているのです。全員の祈りを聞いている時間もないのですね、来週からテストでしょう。勉強に忙しいのです、私。――そうだ、教室を砂漠にすれば先生は渇いて死んじゃうのかなっ? だから優しい私は教室を先生が死ぬまえに海にしてあげます♪ それだと先生は溺れて死んじゃうのかなあ。あのっ、順番はどっちがいいですか? 選んだほうと反対のほうを選んであげますねっ。でも死はあげないの。(ごめんなさい!)先生の言ってたとおり人間は死なないと消えてしまうのでしょうか? そこにすごく興味があるのです、私。消えないのであれば2007歳の先生が見てみたいな。骨だけになって私に死をくださいと祈る先生の姿を見てみたいのです。私、悪い子ですか? あ、でも死がなくなると本当に「我々」が消えるのであればそれはそれで見てみたいと思うのです。


(ああ、先生は鳥を追いかける燃えた青でしょう。鳥になりたいのですか? 鳥はだめですよ。先生は燃えて追いかける青。青だって太陽から逃げているのですよ。太陽になりたい人は多いので私は月で良いです。あ、月はひとつだから競争率高そうですね。どちらにしても苦しむ先生を見下ろせるから星でも良いです。そこは神様ですから遠慮してあげますね♪ 鳥だけが自由、ばさばさと好きなところへ飛んでいく、みんなはそう思っているからみんなは鳥を選んでしまうでしょうね。人気なのは鳥と太陽と月、不人気なのは青ですよ。だから先生は燃えている青。私はそれを嬉しそうに見てるんだろうなあ。ほら、先生、早く何とかしないと燃え尽きてしまうよ。消えてしまうよ。みたいに、うふふ。私は本当に先生のことが好きだなあ)


 フジ―サンフジ―サン
隣の席の男の子が声をかけてくる、きみは太陽っぽいね。
眩しい。きみは眩しすぎるよ。
私は太陽とは交われないのに。
「あ」窓の外では鳥が空へと飛んでゆき、燃えた青は鳥を追いかけ 空へとのぼっていった。
私は神様なのに、
私は神様なのに、
先生は教壇のうえで「我々は隣に死がないと消えてしまうものなのだ!」と叫んでいる。
今は国語、ほんの少しの違いしかない。大丈夫、先生はきっとこれから燃えるのだろう。
好きだよ、先生、
死はあげないからね。
約束、約束だよ、先生。骨だけになって私に祈ってください。突然消えたりはしないでね。
ふふふ。と私が笑うと先生は真面目な話だぞ。と言った。太陽が不思議そうに私を見ていると、先生が青くなってきた……、
気がしない?♪


金色の月

  野々井夕紀

<<白い猫が一匹、三叉路の真ん中に横たわっている。
雲は忙しく夜空を廻り、外灯の伸びた先に貼りついている月は笹の葉たちのお喋りにも耳を貸さず、ぼんやりとうなだれて、何だかを考えているようだった。
すう、と息を吸っては、すうう、と再び息を吸ってしまったり、それはもう、不自然な様子なのだった。
心配したトモルは、大きな雲の群れが行き過ぎたのを確かめて、月に精一杯声を張って呼びかける。
「おうい、お月さんよう。そんな風にしていたらもう、ぐんにゃりとしてしまうぜ。顔だって蒼白じゃあないか。」
月はトモルに気付き、首をどうにかもたげて顔をその方向へやる。
「ああ、トモルか。こんばんは。いや何ちょっとね、考え事をしていたんだ。」
云ったあとにしばらく口の周りをまにまにと動かして、また、すううう、と息を吸った。
「どうしたって云うんだい。明日にはきっと金色に光るぞ、と昨晩は溢れんばかりに張り切っていただろうに。キエルだって、もうすぐ来ちまうよ。」
「それだって仕方がないさ、考え事ばかりしているんだから僕は。」
月はもう黙ってしまい、体ごと丸めて頑なに息を吸う。
ワルツのステップを見せてやってもレンゲ草の踊りだす周波数を教えてやっても、これならどうだ、とアルミニウムの真似をしてみせても、どうにも返事をしない。
トモルはすっかり見放してしまいたい気持ちをこらえて、吐いてしまいたい息をこらえて、とかげが三百匹入るくらいの、四角い銀色の缶ケースをごそごそやった。その中の底の方からやっと真っ黒いジーンズを引っ張りだし、高々と翳してやる。
「何だい? それは。」
月は訝しげな表情をしておずおずと、トモルの広げた布地を覗きこむ。
「これはな、ジーンズって云うんだ。足の二本のやつが履くのさ。格好いいだろう。」
「ほう、ジーンズと云うのか。遺伝子とは何か関係があるのだろうか。」
「全くとは云いきれないが、大方関係のないはずだろうよ。」
「ほう、ないのか。しかしなるほど、こいつは全く素晴らしい夜だなあ。」
「ああ、とてもへんてこだろう。」
月は嬉々として、ほう、この編み目はなかなかどうして、ほっほーう、と幾度も感嘆し、いろんな角度からジーンズを眺めた。
顔をうかがってみると、どうやら血色が良くなってきたようである。感嘆したことで、息をまた吐けるようになったらしかった。
やれやれ、という風にトモルはうつむき首を振る。
「もう充分見ただろう。そろそろ、しまうからね。」
すると月は大変慌てた様子で
「そんな待ってくれ、あと少し見せてくれないか。ジーンズとやらを見ている間は不思議と考え事を忘れておられるのだよ。お願いだトモル。」と懇願した。
「おれだって、そうしてやりたいが広げているのだってくたびれるのさ。それに君はもう、今りっぱに金色だよ。水溜まりに映してみるといい。」
「いや違うんだ。実を云うと僕は金色なんかじゃなくていいと思っているんだ、もしくはトモル、君が僕の考え事を代わりに考えてくれないだろうか。図図しい頼みだとは分かっているが、もう大変くるしくっていけない。代わってくれるのなら僕はたっぷり金色でいよう。」
トモルはほとほと困り果ててしまって、でもお月さんがずっと蒼白でる方が皆(キエルもじきに来てしまうだろうし)、「ほとほと困り果ててしまう」だろうと思い、考え事を受け取った。
それから月は、ああほんとうにすっきりしたという風に伸びをして、ぴかぴかと金色に輝きはじめた。
すう、と息を吸い、ふう、と息を吐く。ほう、正しい呼吸というものは考えるまでもなく、生まれたときに既に、自然と出来ていたものであったなあ! と喜んでぴかぴかした。
はてさて、と考え事を受け取ったトモルは、手に余るほどの考え事をどうしたものか、頭を悩ませた。
そうして悩んだあげく、仕方なしに食べてしまうことにした。
噛み砕き、胃へ運んでしまえば酸が自然と分泌されて、やがてなくなってしまうのではないか、という期待もまた、ほんの少しあったのだ。
おそるおそる口に運ぶ。
なかなか美味しいものじゃないか、と胸を撫で下ろして、もそもそ食べはじめる。口に含む瞬間はハッカのような心持ちで、味は九官鳥、歯ざわりは固めなのだが、喉を通るときにはぬめっとした、滑らかな感触である。
しかし、しばらく食べても、はたまた食べても一向に減らない。
きゃっきゃっと噛み砕く音が夜に響く。腹ばかりがまんまると膨れて、消化する気配はない。満腹にもならない。
どうしてどうして、と思いつつそれでも黙黙、粛粛と食べ続けていると、空はもうゆっくり、ガーゼを捲っていくように薄く、するすると明けていってしまった。(ああもう間に合わない、キエルが来ちまうよ!)北の方角にある林から、ほくろうの声が聞こえる。梨もようよう熟れる頃だろう。
トモルは空の編み目を眺め何故だか涙がとまらず、顔をぐしゃぐしゃに崩しながら考え事を口へときゅうきゅう詰め込んだ。
やがて入りきらなくなった考え事を唇から溢れさせ、そこでようやく意識はなくなり、トモルはぱたりと、倒れてしまった。
矢印のように折れ曲がった尻尾のとなりには真新しい夜がきちんとたたまれていて、月は輪郭がぼやけながらもその真っ黒を見るとやはり、ふう、と生温い息を吐いてしまい、トモルの滑らかな毛並みは月の吐いた息に心地よく、高原に吹く南風のように、波打つのだった。>>


花冷え

  如月

そして
指の隙間から
こぼれおちてゆくものの
行方を
わたしは知らない
目線よりも
少しだけ高くで
懐かしい声が遠い

 てのひら
柔らかく包みこむ
体温の空は
魚のように広く
なだらかに泳ぐ
浮遊する午後の岸辺

 声
寄せては帰す
波の狭間で
声の鳴る
燃やされた地平線の
向こう側の白く
あたたかな内陸

 夜
発芽する緑の呼吸
桜の裸体がいっそう
夜を美しく散らして
空に広がる
指先の凍えた隙間から
こぼれおちてゆくものたちの
かすれた声が鳴る
ざらついた四月で
あなたが
少しだけ遠くなる花冷え
 
 
 


(無題)

  debaser


国道沿いの吉野家の看板に
びっしりへばりついた蝉の死骸が鳴いている
あいつらは死んでいるのか死んでいないのか
そんなことを考えながら
知っている女かたっぱしに
宛先のない手紙を書いて投函した
それが女たちに届く可能性は何パーセント?
ゼロじゃないよな、ひとりくらい
けれど手紙はどこにも届きっこないと思うぞ


フランクフルト

  如月



本当の歌に喉を鳴らした
小学校の帰り道
どこまでも伸びていく影と
私たちの身長と
今日を数える指遊びを覚えている

 *

学校と家の間ぐらいにあった
スーパーの跡地がいつまでも
手付かずのまま放置されていた
その傍らに広い草むらがあった
「入るな危険」の看板が立っていて
フェンスが張られていたので
真ん中がどうなっていたのかは解らなかった

草むらの周りには面白い植物が沢山生えていた
その中でも特に不思議な植物があった
大人の身の丈以上の大きさの細い枝の先端に
ホワホワとした棒状の茶色い
綿のようなものが着いていた植物だ
私はその植物に
フランクフルトと名前をつけた

学校が終わるといつも友達と
「フランクフルト取りにいこうよ」と
草むらで寄り道をして帰った

 *

あらゆる身長が伸びやかに
屈伸を繰り返す夕暮れ
家に帰ると
左利きの姉が
いつも絵を描いていた
何を描いていたかはわからないが
いつもただ黙って
絵を描いていた

しばらくすると
母が仕事の合間をぬって
夕飯の支度に帰ってきて
姉と私の夕飯をテーブルに並べて
忙しなく仕事に出掛けて行く
姉はまだ
夕飯と出掛ける母に目もくれず
何かを描き続けている

私たちの食卓テーブルには
数の足りないお箸と
からっぽで
口の回りが塩分で固まった醤油さしが
いつも不揃いに並べられている

 *

土曜日
昼下がりの帰り道
くたびれた午後に音はなく
ただ静かに広がっている空の真下で
足りない私の身長が
屈伸を繰り返して
小さくなっていく友達の
遠い背中にいつまでも手を振って
またね
またね、って
声を落として唇を
固く結んで
運ばれていく友達の
帰る場所を
私は何も知らないのだと
少しの空腹の中で思う

 *

家に帰るとやはり
姉は絵を描いている
土曜日は学校の給食がなく
母は仕事を抜ける事が出来ないので
テーブルの上にいつも五百円だけがぽつん、と
冷たく置かれている

私が家に帰って来た事に姉は気付くと
絵を描く事を止め
テーブルに置かれた五百円を握りしめて
「今日、何食べる?」と
嬉しそうに笑いながら
一緒に買い物に出掛けた

左利きの姉が私の手を引く
私と手を繋ぐ時はいつも
姉は右手だった
閉じられた姉の左手が私に開かれる事がないのは
きっと
私の身長が足りないからなのだと思う帰り道
家の近くの空き地で
フランクフルトが不揃いに風に揺れていた
ここにもフランクフルトがあったのだと
私は初めて知った

姉の肩が目線の少し上の方で
ゆっくりと
屈伸を繰り返している

 *

母がいつものように忙しなく帰宅し夕飯を作る
姉はまた絵を描き始めていた

不揃いなお箸と
からっぽの醤油さしと
右利きの私と
左利きの姉が
忙しなくテーブルに並べられ
いっぱい笑いながら
いっぱい食べて
私たちは食器と同じように洗われて
おやすみなさい
おやすみなさい、って
今日を流し台に仕舞う夜の
瞼を閉じた時間だけ
開かれる夢、
のような夢の狭間で
壁の向こうから
父の声とテレビの音が
もごもごと聞こえる

隣のベッドでは姉が
左手でタオルケットの端っこを
大事そうに握りしめながら寝ている
姉の見ている夢がどんな夢なのかやはり
何も知らないのだと思う私の
閉じられた狭間で
草原のように風に揺られて
屈伸を繰り返している
フランクフルトの真ん中で
私の身長が
伸びやかに開かれていく
 
 
 
 


マナグア

  コントラ

6月の首都は厚ぼったい水蒸気のなかにしずんでいた。インターコンチネンタルプラザの最上階からは、社会主義時代の古びたビルの向こうに湖がかすんで見えるのだが、そこまでどうやっていくのかはわからなかった。今朝、夜行バスでターミナル近くの安宿に着き、昼過ぎまでシーツをかぶって眠っていた。微熱が続いており、体は水分を求めつづけている。2時間ほど眠ってはふらふらと街を歩き、再び疲れては眠る。今日一日はその繰り返しだった。朦朧とした意識のなかで地図を開く。錆びた下水管と蔦のからまった鉄条網で区切られた路地がどこまでも続く貧民街を、旧いアメリカ製のボンネットバスが縦横無尽に結んでいる。フロントガラスに書かれた行き先はどこも聞きなれない地名ばかりで、僕はガイドブックを見るのをやめ、バスに乗るのをあきらめた。

夕方、それでも少しは無理をして湖の方向へ向かって植込みのある道路を歩いてみる。片側二車線のアスファルトはところどころに穴があき、緑地帯はガラスの破片や投げ捨てられた空き缶で埋まっている。空には水蒸気を含む灰色の雲が結集し、雨の時間が近いことを知らせていた。道路が湖の手前で途切れる地点が見えてきたあたりに、公園への入り口があった。そこには同じ色のシャツを着た人々が幾人もあつまり、その向こうの教会前広場にはマーチングバンドが入場していくところだった。フェンスにもたれると、ちょうどとなりにいた男に話しかけてみる。「これから何がはじまるんですか」「旧革命政権の集会ですよ。もうすぐ大統領が出てきて演説するんです」。巨大な広告塔に描かれた大統領の顔に、解放戦線を率いた30年前の面影はなく、髪の薄くなったただの50がらみの男にすぎない。

そこを通り過ぎてなおもいくと、ペンキのはげたガードレールの向こうに湖が見えてきた。道路が湖岸に出るところは大きなロータリーになっており、その円周に沿っていくつかのレストランが並んでいる。スピーカーから巨大な音量でサルサ音楽がながれているが、テーブルに客の姿はない。そのロータリーを斜めに横切って歩く。雑草がところどころ顔をだしたコンクリートの階段を下りると、排気ガスで葉が萎れた木陰で中年のカップルが肩をよせあっている。なおも歩く。防波堤までくると三角形の電波塔が空に向かってまっすぐ立ち、それと同じ形の塔が湖岸に沿っていくつも立っている。不意に街宣車のスピーカーからかつて革命戦士の名をたたえる呼び声が聞こえてきた。ビバ・サンディーノ!。ビバ・サンディーノ!。その声はひどく間延びしていて、耳の奥で金属的に鳴り響いた。

翌日、警備員にガードされた首都のターミナルで、国際バスに乗る。カウンターの若い女性に日本のパスポートを差し出す。チケットはできれば現地通貨で購入したかったが、足りないので仕方なく米ドル札をだす。この国の通貨は米ドルに対しつねに下落を続けている。急な変動はないが、それは切り傷から流れ出た血がとまらないかのように、絶え間なく続いている。申し訳なさそうに彼女は、きっと国境で両替できますよ。と言うと、言い訳のように、日本大使館で日本語を教えているのを知っていますか、と言った。もっと気の利いた答えを返せばよかったものを、数日の微熱のせいで、僕はただ中身のないことを口ごもっただけだった。「首都に来ていらい風邪を引いてしまって、どこも見ていないのです」。彼女は再び申し訳なさそうに僕をみると、ニカラグア・コルドバの札束を僕の手に差し戻した。

* 発起人・選考委員による投稿 (選考対象外)

文学極道

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