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軽谷佑子 - 2005年分

選出作品 (投稿日時順 / 全12作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


序詩

  軽谷佑子

牛が牛を食む昼間
ぼくたちは列をつくり
列は花輪をつくった
いちめんに咲きみだれていた

あさい水たまりのうえに
彼女のきれいな顔がうつる
グレー・トーンに埋もれた
いきものがそっと渡っていく

ただ過ぎていくだけの
だだ広い平地
水の涸れた川に
小便をそそいだ

膨れた腹
膨れた脚を隠さない

なんとなく失くした
たくさんの死体が川を行く
知らぬうちに生まれ変わり
つぎつぎと
引き返してくる


an early morning

  軽谷佑子

いつだって
あなたとしんでいたい
つめたい床に並んで
よこを向いて

なつのひかりの前で
かれらは凍ってしまいそうだ
すでに遠い距離にある


アパートの裏では
とかげが蟻に食べられている
肌が油を刷いたように
ぎらぎらとかがやく

わたしの飲む麦茶は
汗を誘うにおいがする

朝は
いつまでもあかるい
目をつむった残像に
なにひとつ思い当たることがなくて


ファインレイン

  軽谷佑子

友だちのサンダルは規則ただしく坂をくだっていって落葉の
温もりがそのうえに降り積っていってわたしは
胸をしめつけられる
のでした


彼女はうつくしくとてもわかい
朝にはあかるさが満ちている

(あかるいのは光が射しているからだ
風景を組成するこまかなもののすきまというすきま)


落葉は幾層も幾層も坂に降り積っていって冬が
終われば消えてなくなりますがほんとうは
ずっとずっと降り続けていていつかわたしたちは
頭まで落葉にうずもれる
のです


(彼女を組成する光のすきまというすきま)

つまさきまでびっしょりと濡れて
門脇に立つ朝の
湿り


友だちのあとをついて歩くわたしの運動靴は
なんの躊躇もなく落葉を踏みつけていって
彼女は眉をひそめわたしはかなしいかおをつくり
彼女のほうをじっと見つめる
のです


外へ

  軽谷佑子

しろい
しろい地面をけがす

のさむい
さむい朝

ぜんぶ
外にあけてすくわれる
夕べの痴態は
ゆるして
もらえた

泥みずはながれ
ながれてさらされるもとの
雪のままでいたかった


いつまでも
溢れている
こばまれるこの
みち

地面
いちめんにあけて
ゆるして
もらえた

ながれてさらされる
朝の陽に燃えたかった
燃えたかった


四月の遊び

  軽谷佑子

学校には桜の木があります
たくさんの墓もあります学校で
死なずにはいられなかった人たちの



新入生だけが声をききます
お昼にはそろって帰ります皆
しんと黙って一列になって
歩くときにだけきこえます


わたしたちには前が見えない
春はあまくとてもみじかい


眼前にひろがる
景色はすべてあなたのもの
すきなだけ眺めてください
そのあとちゃんと壊して
おいて


春はあまく飲みこめばにがい


友だちのうたう
賛美歌が花ぐもりの
昼の呼吸を濃密にします
それは四月の
うつくしい遊び


いつか誰もが学校に慣れます
墓は土くれを撒き散らしながら
拡がる期待に満ちて
います


GHOST

  軽谷佑子

いつまでも続く
昼に飽きていろいろなものを
詰めたのでした女の子は
トゥエルブかサーティーンが
いちばんきれい

ほとんどは遊びの
話しであったけれど
わたしがいきているなら
駈けてみたいと思いは
した

勝手にはたいたり
口にいれたりたまには舌を
使ったり

そんなにべとべと
どうするの と母のこえがして
振り向くと首筋がひかりに反射
していて産毛の海に溺れるひと
がみえた

女の子が
男の子を呼ぶようにではなく男の
子が女の子を呼ぶようにわたしを
呼んでくださいそうすればはやく
わすれることができます


サタデー・ナイト

  軽谷佑子

オフィス通りの半ば
南町のバス停留所で
カーキ色のミリタリー・パンツをくるぶしに下げ
乳首を剥きだした若い男が
いっしんふらんに握りしめて
しごいている

時刻表の右側に立っているので
蛍光灯の光はかれを
おびやかさない
暗がりに沈んだ肌のりんかくが
あたりの風景を切り離し続ける

わたしはかれを見ているがかれはわたしを見ない
その連続の運動に没頭する
なめらかな手

こぼれた精液をぎゅっと
踏みしめわたしはうっかり
避妊しそこねてはらんだ気分になる

夜はまだ更けない
靴をぬいで自転車のペダルを
踏みこんで
いく


西へ

  軽谷佑子

今年は三人も男性が入ったんですよ、といったら
横河先生はへえ、とうなづいたあと
じゃあ、数少ない精子を今年は確保できたってことだ、
と言った、
わたしの専攻はいつも女性が多くて、一人二人の男性がいつも
閉じこもったり引きこもったりしてそれが専攻全体の慢性的な悩みであったから
三人も入ったらそれも解消されるだろうし上の男性にも嬉しいことかもしれない、と
思ってよかったなあ、って口にしたのに
横河先生は、
だってそういうことでしょう、と
英文の本をながめながら言って、
この先生はなんでそんなふうに言うんだろう、と英国趣味な研究室の、
アンティークな椅子に腰かけベルガモットのキャンディーを口に含んでいる、
正直言ってこのにおいはそんなにとくいではない、
研究室の中のたくさんの本の一ページ一ページにまで染み込んでいる気がする、
共犯者になりつつあるわたし、は
早くチャイムが鳴らないかな、と耳をすまして、

西野先生はお気に入りのキーボードのまえでジャズの楽譜にとめたクリップの位置を気にしている。
校庭では今体育の授業中だけれども、わたしがここにいることになにもいけんはない、
と笑顔で言う。
福正宗はおいしいけれどもやっぱり立山だと思う、
竹葉もおいしいと言われるけれどいまいちだ、
だらだらと会話は続く、
朝六時に起きて七時には県境をこえている、
まったく分刻みのスケジュールを六年間こなしたんだ
あっという間だった、それでも今は怠惰だ。
今日はウエストまで行かなくちゃならない僕はいつ故郷に帰れるんだろう、
わたしはいつ帰れるんだろう、
去年も今年もシロツメクサの季節に家に帰ることはできなかった、
野原一面にびっしりと咲いたシロツメクサの茎の長いのを選んでつんで、
花輪をつくるのがいっとう好きだったんだけれど、
この辺のシロツメクサはちいさい、
夜の仕事をするようになってから人間関係が希薄になっていく気がしてしかたがない、
けれども実際はそんなことはないんだ。
わかっているけれども拭いされない、

アフターを付き合った
ヘンリーさんは孤独になるのがとてもじょうずで、
きっともてるんだろうと目のすわった横顔を見て思う、
わたしは腕なんか組みなれてないからどうしてもひきずられているようにしか見えないんだろうけど
かれにとってはそんなことはどうでもいいらしい、
かれがとくいなのはブルースハープだ、
いつも茶色の小さなかばんの中にボーイという名のケースをしのばせている、
黒服ばかりカウンターに五人のバーに行ってビールを飲んで六千円払ってエレベーターに乗るんだ、
送りに出たマスターにそのネクタイはヘルメスかと聞いてヴェルサーチですとなおされている、
ヴェルサーチですとダブルのボタンのなかから取り出してロゴマークを見せている、
黒服のマスターはとても自慢げだ、
わたしは飲み残したかれのグラスがかわいそうだと思う、
これからどこに行くのかなんてぜんぜんわからない、
それでもついていくんだそれはしかたがない、そうだ
エレベーターはベータと略すのが正式だと教えてくれた、
アルファはどこだろう、と一人だけで。


清い流れ

  軽谷佑子

そでなしの服で
着飾った女の子
たちが列をなして
あるいて
いきます

いつか
砂地にあしをうずめ
立っていたとき転ぶことも
できなかった

清い流れを
せきとめる中洲のなつくさ
は砂を喰い水を喰い
昼をとめて溢れる


女の子
たちははなやかなにのうで
むぼうびに焼けた
ひたい

あしをひたす
ことのできた清い流れ
いやがり泣くわたし
を誰ひとりとして
ゆるしてはくれず遠ざかって
いきます


後の野で

  軽谷佑子

だれの制止もきかず
駈けていくユートピアの
光を追って

草木は伸びきり
枯れることもない
日に日に満たされていく土地

あんまり速く
駈けるものだから

家のなかに三人で立っている
何人もの父親母親がわたしたちの頭
を撫でていったけれど立ち止まるひとは
一人もなかった

追いつけないわたしたちを忘れて
どこへいくの

どうしてそんなことを
するの といいながら
わたしたちは許容し組み敷かれ
うずめられて
高揚した

剪定された
庭の光からのがれ
立ち止まったまま

ユートピアの光が
渦となり土地を燃やしていくわたしたちを
忘れて土地は満たされ草木は
いつのまにか枯れて土に
はりつく

もういちど ともとめながら
口に出さなかったことを
とがめた

光の真中で
ぐるぐるまわっている
なにも思い出さない光が
消えてもわたしたちはずっと
残っている


Mother stood

  軽谷佑子

母親は
どこで誰が死んでも
悲しいので
あなたは母親です と
言うしかない

しかたのない光を
たしなめることもなく
立ち続ける
光は
光のままに

恩寵の花環は
あなたとおなじ顔を
している
目をとじて
積み重なって

けがれを知り
血をながす
ほんとうは許されないのよ と
ほほえむ
あなたは
母親


ソフト

  軽谷佑子

水辺に立つ
女の子をつき落としたくなる
枯れくさはかるく
あかるく

あたりに白い光
冬に近づくうすい
白い光

やわらかなからだを
こわばらせる理由の
いちぶになりたい火が燃える
台所消えていく家具に手をのばす

水にながれる
あなたのふくあなたの髪
水辺にはいない
まだ陸に立つあなたの
カーヴ

放り投げられるたくさんのしぶき
(水にながれて)

やわらかなせいしんを
おびえさせる理由の
いちぶになりたい火が燃える
まえの台所すべて自分に
ふりかかるよう

文学極道

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