#目次

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2005年07月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


海の上のベッド

  光冨郁也

 点滴を打たれながら、病室の窓から海を眺めていた。看護師が言うには、わたしは雪の降り積もる中、マーメイド海岸でひとり倒れていたらしい。音もなく波が白くよせている。意識が戻って二日たった。熱が下がらない。
(わたしはどうしてここにいるのだろう)
頭が痛い。片手をつかい、ティッシュで鼻をかむ。丸めたティッシュをゴミ箱に捨てたら、外れた。視線を落とすと、床が水で濡れていた。二人部屋の隣のベッドは空いている。その隣のベッドの下まで水がきている。どうして。点滴は半分になっている。そばの台の、TVの横に装置がついていて、カードを差し込むようになっている。残り時間の少ないカード。することがなく、TVをつける。イヤホンをつける。
 ワイドショーのニュースが放送されている。ずっと眺める。評論家が何かコメントしている途中でCMにはいった。

 紺色の海。空は曇っている。ひとりの青年が海岸を歩いている。マーメイドが姿を現わす。〈マーメイド海岸〉の文字と音声。

 TVのカードの残り時間が切れた。電源の切れた暗い画面に、自分と背後の窓が映る。たわむ色のない世界。物音しない病室。点滴はもう液がなくなりかけている。そろそろ看護師が来るころだろう。二の腕にさしている点滴のチューブを見つめる。透明な液がわたしに流れている。
 何かの気配があったような気がした。イヤホンを外す。TVとは反対の窓のほうを見る。
 女がベッドのわきにいた。動きがとれない。女は長い爪でシーツをつかんでいる。女は手をのばし、わたしの自由のほうの二の腕をなでる。女の手は濡れて冷たい。女は顔を近づける。緑色の瞳がわたしをとらえる。しばらく見つめ合った。キレイだ。海の底、深く透明な色をしている。女は、

 ノックとともにドアが開く。看護師が点滴を片づけに来た。熱をはかるよう体温計をわたされた。体温計を受け取り、脇にはさむ。時間に追われる看護師が退室する。白衣の後ろ姿、閉まるドア。TVの暗い画面に映る、わたしと女。女のほうに首を曲げる。女の肩口から、大きな尾びれがゆっくりと上がる。床に海水が満ちてきて、波打っている。ベッドの周りは海だ。紺色の海。電子体温計が鳴る。空気が冷えてくる。室内に小雪が降り始めた。寒い。女は、体温を求めるように、指をからめてきた。女の髪がわたしの頬にかかる。緑色の瞳。被さる女。唇がふさがれる。震える。静かに、電子体温計が海に落ちた。

 海の上のベッド。もうすぐわたしは、女に海の底へとひきずりこまれる。海の中は思ったよりあたたかい。


ヘッドフォン・チャイルド

  ケムリ

鼓膜を針が貫いた 部屋の隅っこは膨張していく
矯正器具つきの歯で笑う君が好き
ヘッドフォンは外さないから ハリネズミは今日も転がってく
そんなことはみんなわかってるよ 女の子が見せ付ける心の傷みたいに

あんなに待ち望んだ消えない虹がかかったのに
立ちすくんだままチューインガム噛んでた
歩道橋の淵から女の子は泳いで行った
ヘッドフォンチャイルド テレビの液晶を歩くよ

迷子の影が焼きついていく
喫煙所で孤独が層を成していく
なんで飛ばないの? 不思議な言葉は金属質の匂い
ヘッドフォンチャイルド マイナーコードの隙間で膝を抱いてる

蝶番が落っこちたから 最初の森へ帰りたがってる
七つ足の古代の生き物みたいに 
明日にはきっと高潮が来て みんな同じシャツを着たまま
窓を開けたら瞼が溶ける夜 ハリネズミは膨張を続ける

鋼鉄の雨が降る海でもがいてた 原初の繋がりを求めて
両手を広げたら 小さな心臓が軋む音がした
そしてみんな息をする 脳を貫いた針の痛みを知って
ヘッドフォンチャイルド 並木道は空へ続いてく

みんな路上に張り付いたまま
ヘッドホンを耳に当てて 手首の傷で繋がろうとしてた
世界が終わる間際にしか生まれない子どもがきっといるんだ
ヘッドフォンチャイルド 泣きながら歩くよ

天井から落っこちてくる爆弾の空想
青空にへばりついたトカゲみたいに
喫煙所の無言は手を繋ぐ僕らの暗号
ヘッドフォンチャイルド 循環コードから落っこちていく

* THE BACK HORN 「ヘッドフォンチルドレン」へのオマージュです。


飛ぶ

  無名生

(詩集収録にあたり削除)


追悼 焼きそばパン

  ミドリ




ローソンで僕らは
ポケットの中のつり銭を握りあう

地下鉄のトンネルの
心のスキマを煮詰める対流から
溢れだした 泡のようなティーンエージャーたちの
コンビニ前のたむろ

都議選のラウンドスピーカーは 
彼らの胸をつく高さになく
エビアンの
凍結するような一気飲みが
サボテンたちの
言葉だ

知り合いをもたない顔の
街たちが少しずつ似ているせいか
携帯の中の
「愛している」たちが
一組ずつ空中でイク
ガンガン激しく 空が破けるほど腰をふり
いまシテイルけれどまたシタイ
一組ずつ輪になって空でイク

トーキョーでリビドーが
ガンガン岩盤を突き上げる
シブヤでシマネ出身のロッカーが
摩天楼を6弦の指にまわし
イスラエル出身のマチルダが 六本木で
黒人のベンに9秒台の大陸間弾道弾を打ち込まれ
日本人の僕らは
すしバーでサイダーと中トロからはじめる

中指を世界の中心で垂直に立て
サンクスに寝巻きのまま買出しに行き
賞味期限切れの焼きそばパンの前で
サンブン的な行列をしよう
アキハバラの電子記号の中に
ネイションのキセキを聴こう
カブキチョウの片隅で
メソメソしている華僑をみつけたら
肩に手をまわし
円の皺をていねいに引き伸ばし
シュウマイのようにくるんで差し出そう

トーキョーからマンハッタンへ
ロンドンからソウルへ
デリーからマラケシュへ
行列の先頭は
いまセブンイレブンの焼きそばパンの前にいる
明日の君かもしれない


ヒロシマ

  丘 光平

   朝
   風は白いハンカチのようにゆれ
   ワタシの空は
   さよならといった

   張りさける悲鳴とともに
   熱と波の
   おおきな花火は
   かなしみを生むかなしみの花火は
   降りくだった


    そこから先をああワタシは覚えていない

   覚えているのは
   母たちは手を振っていたこと
   男たちは汗をながしていたこと
   こどもたちは
   目をこすりながら
   手のひらを帰りを待つはずだったこと


   ごらん
   陽は
   昇ることも落ちることもやめ
   ひとはひとであることを失い
   おんなじ色の形の影絵になってしまったよ

   ごらん
   涙を血をいのちを流すことさえゆるされず一瞬に焼かれた
   いくつもの
   いくつもの影絵に浮かぶ
   蛍を
   蛍たちの声なき灯火は紅の川になり
   川は川のなかに沈んでいったよ



    ワタシはそれらが
    昨日のようであり何十年も前のような気がする

   変わらないのは
   いまもなお
   母たちは手を振っていること
   男たちは汗をながしていること
   こどもたちは
   目をこすりながら
   手のひらを帰りを待っていること


夜とボタン

  紫名

夜の正しいシステムに則り
この静かなおはじきの上で
男と女は、カーテンで包装された篭の虫になり
幸せそうに彷徨っている

晩餐の途中
胸のボタンが外れてしまった
おそらく そろそろ解れかけていたのだろう


       ―ボタンは円独特の転がり方で 平らに回る


どちらかのボタンかは すぐ分かるように
どちらかが印をつけていた
ボタンは暫し 浮遊するように舞う
それを凝視していたら
もう包れることなどないと女は 知る


離陸した夜
女は背中に乗っていたが
昨日の汗と共に
降りろと、言わんばかりに 男が
手をじたばたさせる
もうお前を落とせなくなったのだ と
汗の中に 沈んでいき
そのあとデカイ水風船みたく
泣いて破裂したので
女は その場を下りた


歩道橋から見える景色
ネオンが上下に流れながら どこかへつながっていく
先のことなどは、このように見えるものだ
手混ぜる先には 黒い服のボタン
足取りも顔の表情筋も
いつもと変わらない
女は何も見ずに 男の元へ急ぐ
何もかもを生け捕りたい一心で



点滅しているものを にわかに吐き出せば
楽になると知っている
どっちが先に染まるかを 期待して
そして絶望するのも知っている



ひとつになった振りをした後
それから晩餐は始まった
落ちたボタンは 早速
二人に秒読みを強いた
 さあ 早く 拾って くれ と



何も変わらないまま二人の脈は穏やかに打ち続ける
夜のシステム通り、誤りは一つもない


休日ですか

  あらい

目が覚めてベランダに立っている
気分はいつも不意にやってくるから
なんだか損をしているような気がしてならない
いつもと変わらない朝
植木に水をあげる
早々に
扉をあけた
思いつくように行動するのはきっと
一人の方がいい


センター街の八百屋で白菜を見ていると
みっちゃんに 見つかる

休日ですか
・・・・・・・
そのようです。

前掛けを弄りながら
店の暗がりから昭夫の長身が覗いてる
おまえの所の野菜は買わない

暇人。
ほめられて店をでる
もし私が そんな素敵な気分なら
八百屋で油を売るのだろう

雲行きが怪しい

煙草に火を点けて
淀川沿いを歩く
嫁のことを思いながら
そしてまた
我が家に帰って行こうとする

あの死んだムシ
先週きちんと買い物に出ていれば
我が家にも訪れたかもしれない
汚れた白菜の中から
不意に
完成して

私達の追い払う手を擦り抜けて
開け放たれた窓をくぐり
八百屋の空へと帰っていくのだ
長い
休日を賭けて


灯し樹の下で

  ケムリ

このままゆらゆらしてたら世界は終わってた
そんなのが最高だって ずっと思ってる
背中に羽根をつけて海を目指す人たちみたいに
むせ返る夏の声と 降り注ぐ蝉の街へ

葉脈をリタリンが駆け抜けていく
鍔迫り合いの痛みが戦場に花を咲かせた
玩具のピストルの弾痕からは真っ白の花が咲いて
吸い上げる幹に緑の痛みが 濃い果実酒のように

眠れ眠れ 銅のうさぎみたいに
青く燃える海に水銀船が幾何学模様を描いていく
波打ち際に落ちた白いワンピースと
麦わら帽子にすがりついて泳ぐ女の子

夜にしか飛ばない鳥の群れが ビル群に着地していく
赤銅の錆に似た虫たちが 五つの足で涙を塗りつけて
嘘つきの唇から揮発していくアルコールのように
吸い上げる痛みに大樹は朽ちていく

灯し樹の下で 女の子は海を見ながら
ゆっくりブラウスを脱いで それから両手を空に突っ込んだ
麦わら帽子をさらった風は 蔦に捲かれてゆっくり腐っていく
葉脈を駆け巡る音の中 灯し樹の下で


No Title

  浅井康浩

いまゆっくりと、散乱する光が微粒子の浮遊している器官を通り抜けるのを、眠りはじ
めた触覚をとおしてからだのどこかに感じながら、わたしはふっくらと水を包み込みは
じめていた。すると、透明な上層鱗によって花蜜の内部へと沈められた幾重もの無色の
光線たちは 澄みきった一瞬のみだらさに色付いて、紫、青や黄色へと幾筋かの束へと
結ばれることで、光としてみずからを散乱し、その向こうにある黒色鱗粉へと吸収され
てゆくのだった。この反復を繰り返し、色彩をなくした透明な光線の幾筋かをからまり
あわせながらわたしは網状の構造をつくっていった


蝶の翅に張り巡らされた器官としての気管支になった気分ったら、ないよね
こうしてとめどない充溢によって輪郭をもつことのない寒天質、その内部に閉じ込めら
れたBlue Lineを見ていると きみのなかで分泌されている羊水が、なによりも青くそ
して甘い蜜だとおもいこんでいたぼくの翅脈が透けはじめてきて、水溶性のひかりへと
なってゆけそうな気がしていた


Vivi、球根を踏みながら きみは いたずらに歪曲を拒みはじめた あの、交差路の
死体を覚えてはいないだろう おとぎ話にも似た いつでも「そこ」へと消え去る
ことのできる被膜が いつだって きみの語り口を心細さのうちに約束していたの
だから きみは 服飾というもののもつ色彩や その手ざわりの細部から 起こっ
た出来事の背景や そのすべてを読みとろうとするだけでよかった いまでも 
きみはあの物語を話したくはないのだろう 互いにわけあたえてきた、そんな甘い
芳香のもつひめやかさを軸として 何ひとつ痕跡を洩らさないまま 経験したこと
のない過去の中で輝こうとする そんなきみのゼリー状の夢のなかへなかへと 
流れ込む鱗粉の薄明るさが 仮象の翅脈となって ぼくたちの官能を満たしつづけ
てきたのだが

Vivi きみの 網膜へと降りつづく ゆっくりと侵されはじめたフォルテの感触が 
ほの白いばかりの残響に書き換えられようとするたび きみの 希薄さと静けさだけ
でつらなる 水明のような一面の空白は どこまでも不安で満たされていったというのに


わたしたちが満たされている、青をふくめた薄荷の匂う空間で、あなたはとろけながら侵
蝕しあう形態としての座標。

きみたちは言語の意味の転覆を、鮮やかな転覆として転覆の痕跡を残さないままに
語彙の反復として実践しようとするのだが、

(どのような地点へ行きつこうとも)
あてどない液状化へとたどり着いた、そのような言葉たちの漂っている都市へと
Vivi、きみは記号となって還ってくる


ゆるやかに水中を浮遊する、水沫を痕跡とした翅膜が、
ガラスの内側で満ちているかなしげな青の色にひたされてゆくとき、
つつまれる翅はポリフォニー
語り尽くされるということをしらない。
液体の総和としてもつ 透きとおっては散乱してゆくみずからの形状としての不安の記憶が
言葉として、花の器官として
表面のしなやかさへとなじむことのないひとつの仮象となって
触れることのない別の器官へと みえていたはずの終わりをずらされては
吸いこまれてゆく
その ほのじろくながれている水の微光のなかへと溶けこみはじめてゆく


ハロー、Mr. チャボ(Mr. チャボのテーマ)

  Canopus(かの寿星)


ずっと
胸のエンブレムを隠して生きてきた
正義のヒーローが
ひとりいた
今どき分りやすい悪なんて
そこらそんじょに転がってるもんじゃないし
ギターが弾けたらよかったのに
古い劇場の丸屋根の上で
下手な口笛をふいていた

風を呼んで さけんで
やんなっちゃって やっぱりやめて

イヌのケンカの仲裁はキライ
口のなかがイヌの毛だらけになって
気持ち悪いから
警察にはしばしば職質された
ヒーローという職務上
嘘はつけないことになってるんで
恥ずかしいけど答えるんだ 正義のヒーローです
お巡りさんは
深いため息をついて
その後 こんこんと説教をくらう

ハロー ぼくはここが好き
ハロー ぼくはお日さまが好き
ハロー ぼくは君が好き
ハロー ぼくはみんなが好き

だからこうして丸屋根の上でマントをひるがえして
幸せ祈って
ずっと口笛ふいてるんだ

風を呼んで さけんで
やんなっちゃって やっぱりやめて
風を呼んで さけんで
やんなっちゃって やっぱりやめて


青い燐光を抱き

  望月悠

青空をみあげると
猫の晴れ着がふんわりとよせられて
階下の乳母が手をうごめかす
光線の薔薇のふとしたやわらかさに
水をしぼりながら
猫の晴れ着が乳母の腰肩をなでてゆく
死にかけの夢にふれて


青い星から燐光が散り
水面のなめらかな海綿質を
なでるように逃げとってゆく
夜空のふれぐあいを確かめると
光りながら沿岸を疾走する
猫の晴れ着が発光をはじめ
美しい燐粉がきらめくと
闇のしろさを強くしてゆく

磨かれてゆけ
あるいは
私たちの

草たちの踏み分けを始点とした
もろみのやわらかさに
磨かれてゆけ
夜空の白さは依然として間近だ
ふみこんだ音楽に踊りながら
溶けそうな白波に
ふみ足をかぎとって落ち果ててゆく

するどく光輝く彼方から
水のよせかけをしめらせて冷たくしてゆく
星の反射光を水に汲みとり
私たちの輝きは全身へと及ぶ
夢の中で猫の晴れ着をきちんときこなし
浮世の白波に頬をよせて
いましも
青い星の燐光が沿岸から
私へと寄せてくる

やはり
磨かれてゆけ
あるいは
私たちの


星霜はこぼれ

  ヒズム

渋滞を編む車窓から
光を集束する夕日レンズ

いつか嗅ぎ合ったアルコールランプ
散り散り燃える雲の匂い


鉄橋で泣いていた少年は
手にこびりついたサビをなめた

収穫を終えた田園で
今日を締めくくる狼煙が上がった



こんな虚しさ

ただの夢なのかもしれない

鋭い月を受け入れて
天空で揺れる銀色シンク

満杯になっていた星霜は
そろそろ順にこぼれていく


当然のように


急速に冷えていく手すりを握る
秋の温度を思い出す


ちにく

  砂木

ゆうらんせん に
ぼろぼろ つめあわされた

ちの かたまった
けあな が すっているのは

どすぐろい よだれ

くんしょう に にぎわう
きれいな まちに

ぺたり ぺたり と
つぶされた めが むかう

うつくしいだろう
そうかい

そして
どぼどぼ となぞってくる あらい いきは
マストを からだに
さしこんでいく

ないぞうは
くわない


Blue bossa

  ケムリ

少し古いジャズの音 甘ったるいピース
転がる海月と音のない街 街路樹に縛り付けられた三日月
青い夜に鼠が鳴いてる 階段を昇る歌声
香水の匂いがするステンドグラス 林檎の入った紙袋

西日の丘に落っこちた爆撃機から
タンポポの種が飛び散って 夜の街に花開いた
浮遊する言葉は二十五時の鐘に寄り添って
千鳥足の魂は旋回する 星空に放つショットガン

気まぐれ四行詩 四言絶句で言葉は死んでく
賛美歌の降り注ぐ街で鼠が鳴いてる
階段に座り込んだ子どもは 星空の向こうの悲しい大人のために
カクテルグラスに十円玉をたくさん入れてる

世界は三人連れの女の子でいっぱいなんだ
猫を連れて歩いて行こう みんな幸せだったふり
音楽と酔っ払いの世界を探してる
あとはもう無くていい

ドレッドヘアに指先からませて笑おう
女の子の足首にはいつもコウモリの影がある
ただただ言葉を紡ごう 意味なんて無くていい
生むために殺して 殺すために生もう

十字交差点の真ん中から人々は羽化していく
鼠は屋上に昇って力尽きる ヒマワリの種をポケットに入れたまま
セックスを覚えたての高校生みたいに 覚えたての英単語撒き散らして笑おう 
伸ばした手は空を掴むポージング 高層ビル群に降り注ぐ燐粉

もう言葉でさえなくていい 十代の性欲みたいに撒き散らそう
誰もが飛び去る時ちょっと悲しい顔をした 
街はオーガズムを迎えてる 律動にあわせて腰を振るんだ
屋上で乾いていく鼠のために(望んでいいなら幸せなあの子のために)

ピアノソロが終わらない 苦しみに似た絶頂
溶解した言葉が流れ込んで来る ぬるい夜風に鼠は砕けて行く
そして誰もが微細な粒子を吸い込むように歌った
同じシャツを着て手を繋ごう 言葉は孤独じゃない


花嫁

  まーろっく

ありもしない町で、あなたはタクシーを降りる
花嫁だというのにあなたを迎える人はいない
あなたは、ありもしないわたしの郷里で
ありもしないわたしの家をさがす

タクシーは色あせた舗装路を駆け去ってゆく
日傘の薄い影の下であなたは
後部座席のカバーの白さを思い出すことだろう
もうあなたはそこに座ることは無い

めざとくあなたを見つけたのは
ありもしないわたしの家の
ありもしない斜向かいの
ありもしない魚屋の親父で

濃い血の色に光るカツオのはらわたを
際限も無くあふれでるはらわたと臭気を
包丁でかきだしながら見るものだから
あなたのブラウスはもうだいなしだ

あなたは泣きたい気持ちになっている
しかしありもしないわたしの家を
探しまわらなければならない

隣人の、傷口にさえ舌をあてがう人々の
同じ顔をした(ああ、まったくわたしと同じ顔の!)人々の
あいだをあなたは歩き回り、たずね回り
好奇と、警戒と、嘲笑にさらされてやがて、
陽が牛の吠え声のようなサイレンの音に
溶けてゆくのを目にするだろう

婚礼の場も、宴席もここにはないのだ
あなたは花嫁だというのに

しかしわたしは見ているその一部始終を
町外れの丘の、ありもしない先祖の墓にもたれて
あなたを欺いたわたしの頭を
墓石にうちつけながら


海と山と土と

  萌黄

海の男が陸に上がる時 
波はうねり高く
勇魚の鰭 甲板に潮打ち上げ
黒潮は流れ 魚群はるか望み
打ち込む銛は
張りつめたまなざしの先で
錆びつく予感につめたく震撼する
永遠に流れ止まない血の匂いは
やがて赤黒い汚点となり
かつて生を営んだものの
殺戮と転生のあかしとして
男の脳裏に
深いしわを刻むだろう

山の男が里に下るとき
風が吹き荒れ
大鷲の翼 山肌に烈風吹きつけ
怜羊のうるんだ眼差し 断崖にたたずみ
ねらい定める鉄砲は
凍てつくまなじりの先で
木々の梢を揺らしながら咆哮する
永遠に流れ流れる血潮は
雪の上に鮮やかに刻印され
生けるものが
生けるものへと手渡しされてゆく運命を
男の心に
今更のように刻みつけるだろう

海の男と山の男が
酒くみかわす
年々細くなってゆく赤銅色の腕を
さすりながら
大地を耕し 種をまき
命はぐくんでゆく喜びを
言葉少なに語り合う
太陽はすっかり黒く輪郭となってしまった山のむこう
から昇ってゆき
今はおだやかに凪ぐ海の涯てへと沈んでゆく
太陽と土と水と
彼らの命もまた 長くない日に
土に還る


とれちあ

  he

本を読む
目が文字を耕す
センテンス
雑草は生える
何度も読む

居場所はない
澄んだ空にも
病んだ雨にも
居場所はない
海岸線を飲み込んだまま
境界の糸に
ぶらさがったまま

トレチア
トレチア
に首根っこを掴まれる
夜の川だ
落とされてしまえば
拾う木のようなイエロウ
ハッとする、細身の悪魔

プロペラは
夜の巣を見た

月がふたつ
明日には4つになる
今日をしぼり
明日のたしにする
洗濯をして
性器を洗う
煙草も吸う

等間隔に転がる傘の柄
が、金魚の砂の上、に
暗い色の整列

さめた性器が硬直する

死んだ輪郭を撫で付ける
止まない痙攣のまま地面を蹴った
逃げないように縫い付ける
トレチア
蹴るトレチアだ
トレチアは服の中に手を突っ込む
かみのけのなまえをすばやくゆい
足の裏側を舐める
何も見ていない
瞬きより上下するはやく頭
で描くのは
鮮明過ぎた四角い視界

インタホンが鳴るまで
ピアノみたいな声がビロビロ散って
蟷螂は握り潰され
静かになくなる
止まない痙攣のまま体を蹴って
無口に入れる舌を
いやぁな、ながさ、を

壁を/血の付いた/叩き続ける
木目/意識/薄れ
柄の無い傘を差していた
ビスケットの割れ目

本を読む
目は文字を耕す
雑草が生える
繰り返す
         
金魚の尻尾を千切り 



     の
             た
      炭
 十      酸水     、
架字 十        浸
 架           け   
           
            に
                ひ。


西へ

  軽谷佑子

今年は三人も男性が入ったんですよ、といったら
横河先生はへえ、とうなづいたあと
じゃあ、数少ない精子を今年は確保できたってことだ、
と言った、
わたしの専攻はいつも女性が多くて、一人二人の男性がいつも
閉じこもったり引きこもったりしてそれが専攻全体の慢性的な悩みであったから
三人も入ったらそれも解消されるだろうし上の男性にも嬉しいことかもしれない、と
思ってよかったなあ、って口にしたのに
横河先生は、
だってそういうことでしょう、と
英文の本をながめながら言って、
この先生はなんでそんなふうに言うんだろう、と英国趣味な研究室の、
アンティークな椅子に腰かけベルガモットのキャンディーを口に含んでいる、
正直言ってこのにおいはそんなにとくいではない、
研究室の中のたくさんの本の一ページ一ページにまで染み込んでいる気がする、
共犯者になりつつあるわたし、は
早くチャイムが鳴らないかな、と耳をすまして、

西野先生はお気に入りのキーボードのまえでジャズの楽譜にとめたクリップの位置を気にしている。
校庭では今体育の授業中だけれども、わたしがここにいることになにもいけんはない、
と笑顔で言う。
福正宗はおいしいけれどもやっぱり立山だと思う、
竹葉もおいしいと言われるけれどいまいちだ、
だらだらと会話は続く、
朝六時に起きて七時には県境をこえている、
まったく分刻みのスケジュールを六年間こなしたんだ
あっという間だった、それでも今は怠惰だ。
今日はウエストまで行かなくちゃならない僕はいつ故郷に帰れるんだろう、
わたしはいつ帰れるんだろう、
去年も今年もシロツメクサの季節に家に帰ることはできなかった、
野原一面にびっしりと咲いたシロツメクサの茎の長いのを選んでつんで、
花輪をつくるのがいっとう好きだったんだけれど、
この辺のシロツメクサはちいさい、
夜の仕事をするようになってから人間関係が希薄になっていく気がしてしかたがない、
けれども実際はそんなことはないんだ。
わかっているけれども拭いされない、

アフターを付き合った
ヘンリーさんは孤独になるのがとてもじょうずで、
きっともてるんだろうと目のすわった横顔を見て思う、
わたしは腕なんか組みなれてないからどうしてもひきずられているようにしか見えないんだろうけど
かれにとってはそんなことはどうでもいいらしい、
かれがとくいなのはブルースハープだ、
いつも茶色の小さなかばんの中にボーイという名のケースをしのばせている、
黒服ばかりカウンターに五人のバーに行ってビールを飲んで六千円払ってエレベーターに乗るんだ、
送りに出たマスターにそのネクタイはヘルメスかと聞いてヴェルサーチですとなおされている、
ヴェルサーチですとダブルのボタンのなかから取り出してロゴマークを見せている、
黒服のマスターはとても自慢げだ、
わたしは飲み残したかれのグラスがかわいそうだと思う、
これからどこに行くのかなんてぜんぜんわからない、
それでもついていくんだそれはしかたがない、そうだ
エレベーターはベータと略すのが正式だと教えてくれた、
アルファはどこだろう、と一人だけで。


♂ゴール記念日

  ミドリ



ブラウスのボタンをはめながら
舞ちゃんはいった
「コンドーム付けてなかったでしょ」

とてもわかりやすく 僕はうろたえた
さっきまでの幸福感は
まるでモネの静物画のように 静止している

舞ちゃんお目は怖かった
いつものような
愛にパトスを送る
恋愛のフィールドに
ファンタジーを与える
あの優しい目ではなかった

それでも
結婚とか どうなのよとか
そのへんのややこしい事情を
持ちださないのが
舞ちゃんの性格だ

とりあえず僕は白いブリーフをもち上げ
気をとり直して
お茶のむ?
なんて言ってみるが
まるでバルチック艦隊のように
横っ面の銃砲が
こちらを向いているのがわかる

あーそうか
やっぱコーラか
普段は反米反帝である僕も
こういう時には
合衆国の偉大なカルチャーの力を借りる


夕べ舞ちゃんと2週間ぶりに 飲みに行った
仕事がうまくいっていないだの
金欠だの
みっともない愚痴を
ダラダラ言っていた気がする

しかしホテルにチェックインしたのが
10時前だとすれば
舞ちゃんにはまだ
終電というものがあったはずだ
最初から僕とえっちする気で来たのか

とにかくそれが
付き合いはじめて4ヶ月目の
僕らの♂ゴール記念日だった

ホテルで向かえた朝
すっぴんで寝ている舞ちゃんの浴衣

ウーム

僕はタバコを咥え
コトを終えた狼らしく
深々と煙たいものを肺に送りこむ

しかしだ
子供ができたらどうするんだ?

「それが未来だとは思えない」と
舞ちゃんが起きてきたら
泣いてみようか
それとも今度はゴムをしっかり付けて

ダメ押しのゴールを
舞ちゃんに決めようか


八月の狂詩曲

  T.T


『八月の狂詩曲』



なぜに べったりと
這いつくばって ば
いきてにゃいけんのー 
のー って
それよか はよー 掘りー
でっかい穴 掘りー
埋めんねん 家ごと埋めんねん
まだ亀も埋められんとね
これじゃ いけんねん
家ごと埋める穴掘るねん
電波で聞いてんねん 受信してしもうたんや
焦土と化すねん
べったりと 這いつくばって ば
いきてく土地も無くなるとよ
地下生活者の手記書くねん
くんでー 凄い炎 北から
くんねん ボタン押すねん
笑いよってな ポチッとね 押すねん
水爆落しまっせーコスミタ いってはってん
皆殺しにしちゃいまっせっーコスミタ いってはってん
本気や
死なばもろともでっせーコスミタ いってはってんぞ
かーちゃんは?
刺したわ ごちゃごちゃ
いうから 刺したわ
この期に及んで ごちゃごちゃ
いうたら あかん
コミニケイション・ブレイク・ダウンやね
掘れ!
いいから 掘れ ないねんぞ 時間
這いつくばってでも いきんねん!
家ごと日本に埋めんねん

そやけど よかったわー 
家ば ごっつ 小さくて。

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宇宙船の着水

  末上シン




雨が止んでしまった

希望はいつも
振り返ると消えてる 霧のように
懐かしい匂いだけ残して
ここ(町)を離れてく

誰かに、伝えるはずだった
愛しさは
僕の肺に吸い込まれ
また迷路みたいな宇宙で苦しんでく

ねぇ、孤独を黒く塗り潰したいよ
泥だらけの水溜りに飛び降りても
汚れてゆくのは、真っ白なスニーカーだけ
僕はずっと本物になれない

今こころは
誰を求めて、だれの自由を探してるの
世界は夢になって
僕だけが眠れずにいる

二度目の雨が止んだ後
スニーカーの先が宇宙船に見えた
アディダスのlineを流れる泥だけが
地面にゆっくり点をつけ、
弱い音で 着水してゆく


夜の子

  ケムリ

息を潜めて 夜の隅っこに座ってたんだ
ポケットから煙草を取り出して 火をつけようとしたら
空に向かう夜鷹の群れの 柔らかな発光を見た
きっと寂しくないなら だれも空なんか飛ばないんだろう

ねえ 窓を開けようよ
猿の手がノックした窓辺で
女の子は僕を見て やっぱり孤独だった
ねえ 窓を開けようよ

日が沈むまでは西日の丘でゆらゆらしてればよかったんだ
引き絞った林檎の弦で 太陽さえ縛れそうな気がしてた
柔らかいくるぶしが水面を撫でるような
満潮を迎えた海に小石を投げるような気持ちで

枯れ葉色のバスが置き去りにしたギターケースから
また夜鷹が飛び立って行った
汗が引いても走り出せなかった人のために
まどろんでるあの子のために

街路樹で眠る鳥と繋がる夢を見た
世界の隅っこから聞こえる子猫のリズムで
暮れて行く世界から消えていった燃える葉の甘さ
鼻に絡む痛みを懐かしく思った

ねえ 窓を開けようよ
子猫のリズムでノックしたけど
じゃれつく指先から指輪が落っこちた
ねえ 窓を開けようよ

濡れてしまったポケットの手帳を開いて
言葉の海に溺れる落葉を待った
あの子の言葉が少しだけ湿ればいいと思って
窓枠を抱いて眠った

文学極道

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