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2005年04月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


けふのうた

  みつべえ

ほんとうのわたしは
まいにち風のなか
けふをたべるための
おかねをかせごうと
せっせと お客さまを
まわっているのでした
わたしがおすすめした商品を
お買いあげいただき
まことにありがとうございました
これで けふもくらしてゆけます
むかし父が まいにち風のなか
せっせと かせいで わたしたちを
やしなってくれたように
わたしも こどもらのために
そしてなによりも あいする妻に
どやされずにすごすため
つつしんで おべっかもいいます
おかねよ おかねよ
すてきだね
ぶきような わたしは
ほんのわずか きみたちを得るために
あがなうべき けふの
大半をついやしてしまうのでした
お客さま ほんとうに感謝いたします
あなたさまがお買いあげになったのは
だれが売ってもおなじ商品ですが 
サルでも金魚でも散蓮華でもなく
「わたしがおすすめした」ものですから
わたしが付加価値だったのですね
ふふふと笑って へとへとでかえった夜
わたしは かせいだおかねよりも
さらにまずしい詩など
あいくるしく
かいてみたりするのでした


アイス

  佐藤yuupopic

俺はまだゆく気はないよ
おまえと春午子(はるこ)をおいてゆく気はない
時々島のよに飛び石のよに記憶が途切れる
けど大丈夫
何一つ失くしてはいない

透明な液体が身体を巡り
栄養がしみては漏れ
血を脈打たす
俺は
点滴につながった一本の
生かされた
管だ
でも
まだゆく気はないよ
少なくとも黙ってゆく気は

痛む背骨を裂いて
黒い鳥が躙り出ようとしているのが
わかる
飛び立つ気配
近づく
でも、まだ、
その日ではない
俺はまだ
放つ気はない

器の蓋によそった粥を
一匙一匙忍耐強く口に運んでくれる
(少しも欲しくないからもういいんだよ、と思うけれど
おまえが平気な素振りで、眉をわずかしかめるのが、つらいから、俺は、ゆっくりゆっくり飯粒を噛んで、ゆっくりゆっくり飲み下す)
おまえの指がうんと好きだ
最近淡い色に爪を塗っているね
春午子が生まれてからだったか、それより以前のことなのか
定かではないが、いつしか止めてしまったようだけど、近頃、また
塗り始めたね
(初めて出会った大学の構内が思い出されて、
胸に何かが灯ったみたく、あたたかくなる)
おまえの指が好きだ

窓の外は吹雪いているようだね
風が強いのだろう
引き千切った紙片のよに舞う

いや
雪じゃない
そうだ、四月だもの
ああ
桜か
あれは桜なんだな

(まるであの日みたいだ)

桜吹雪く昼下がり
産院へと続く急な坂道を
俺は上って
おまえ達に会いに往った

何か欲しいものはあるかいと訊ねた時
おまえは
「アイス、アイスがたべたいの」
と、しきりに云ったね
覚えているかい
俺は覚えているよ
今も
先刻観た夢の続きのよに
あの日の続きにいるみたく
思うよ

ミルク色の手足を持って生まれた娘の名前をアイスにしようと云った時
おまえが強固に反対するから
止めたけど
冗談半分のふりで結構本気だったんだ
アイス
「いつか 誰かを 愛す」
なんて
好い名前だと思わないかい

愛す
愛す
おれは
おまえを
春午子を

(酷く

怖い

でも、

おまえには

決して

云わない)

そして

あの
春午子が生まれた
薄桃に降りしきる花びらの午後を
苺のアイスを二人で頬張った午後を
いつまでも
愛す



黒い鳥よ
どうか
まだ、

はばたくな


  丘 光平


女は 
壁をみつめている


壁の中央に
黒の焦点がある
それは
僕の目に届かない声
僕の耳に写らない映像


いま
彼女は
流れるものが流れるようにごく自然に  
落ちるものが落ちるようにごく自然に
人間を辞める



僕は
歩いてゆく
彼女の
街へ
その街で 僕という体温は
現実と世界と事件という細切れの記号にさえならない
ただ
彼女が始まると
僕は終わる
僕が終わると
彼女は生まれる
彼女が生まれると
僕は帰ってくる
それは
回帰 あるいは始原
彼女と僕との輪廻の断崖ぎりぎりに
壁はある



女は 
壁をみつめている


壁の中央に
白の焦点がある
それは
僕の目に届く声
僕の耳に写る映像


いま
彼女は
人間を辞めることによって
人間を辞めることの出来ない
僕に
直接 触れる



彼女は
歩いてゆく
僕の
街から
その街で 僕という匂いは
虚妄と社会と偶然という細切れの記号にすぎない
ただ
僕が始まると
彼女は終わる
彼女が終わると
僕は生まれる
僕が生まれると
彼女は帰ってくる
それは
記憶 あるいは螺旋
僕と彼女との輪廻の断崖ぎりぎりに
壁はある

 

女は
壁をみつめている


その
壁の中央に
全ての焦点がある


ふと
僕の街に
レモンの酢えた香りが流れた


午後三時

彼女と僕は 
美しく
敵となる


しろ

  月見里司

ぼくが終着駅の三つ先で降りた日にはもうそこら中が真っ白で
世界の終わりなんですと言われたらそのままそうですかと納得してしまいそうな光景だった。
錆びた二色刷りの看板を眺めたが大切な部分を示すはずの赤文字は
とっくに消え去ってしまっていて何を言いたかったのか全く解らなかった。

(きっと本当にひとりぼっち)

そのまま真っ直ぐ、時に曲がりつつ歩いた。
周りを見ても白いかまたは白としか名づけられない色でぼくの経験不足を思い知り、
そこに満ちている光までどこまでもいつまでも白いような気がしてならなかったのだが
絵の具の白程度じゃ全てを塗りつぶしてしまうには到底足りっこないのが残念でならなかった。

『影がひとつずつ
 ぽつりぽつりとぬけおちて
 すっかり白い部屋に
 声が
 ただ広がって消えてゆきます』

世界の色が白いか黒いかそれ自体は非常にどうでもいいことで、
ただ重要なはずなのは黒が抜け落ちてしまったという寂寥だけなのだ。

ふと視線を上げ、耳を澄ますと
町だった光景はすっかり消え果ててあとにはただ真っ白な始まりか終わりしか残っていないようだったが
その中からなじみぶかい終わりだけをいくつか拾ってそのままぼくは歩いていったのだった。

(発信音はまだ鳴っている)


  光冨郁也

 冬はまだ続いている。海からの光で、部屋は青に包まれている。神話の本を繰り返し読んだ。岬には女の顔をした鳥、ハーピーがいるという。元は風の精ともいわれている。そのハーピーが舞う岬から、水平線の彼方を見てみたい。

 朝、薬を飲んでから、部屋を出る。鍵を閉めた。
 ヘルメットをかぶる。コート姿で、リュックを背負い、アクセルを吹かす。スクーターを走らせる。風が眼鏡にあたる。薄い雲が空にのびている。舗装道路。エンジンの音が続く。
 左手には海岸線がある。白いガードレール。右手の雑木林、時折、建物が見える。岬までの、距離を示した標識を過ぎると、地図で確認した峠がある。乗り越えれば、岬に立てる。坂道に、アクセルを吹かす。
 危ないので、バスに道をゆずり、4WDに追い抜かれ、岬の近くに着いた。雑木林の脇にスクーターを置く。鍵を抜き去り、ヘルメットを置いて、岬に向かって歩く。空に揺らめく影。
(あれは何の鳥だろう)
 茶色の翼の鳥が小さな群れを作っている。展望台と店がある。
 階段を上がり、店員にポップコーンを注文する。品をもらい、展望台の階をもうひとつ上がる。
 ふいに羽ばたく音がある。茶色い翼の、鳥が目の前に飛び込んでくる。
(ハーピーだ)
 わたしは身をすくめる。手にしたわたしのポップコーンをハーピーがさらう。反射的に、手を隠す。ハーピーが群れをなして上から横から、茶色の翼を羽ばたかせている。

 もう少しで、岬に立てる。
(この先に何があるのか)
 浜辺を歩いた。風が吹く。わたしの背後から、ハーピーたちが群がり追い越していく。羽ばたく音を聞きながら、わたしはいつまでも曇った空を見上げている。女の顔が浮かぶ。
 岬に立った。その水平線の彼方は、微かでわたしにはまだよく見えない。わたしは片手を上げて、雲を消し去る風の精を呼ぶ。来てくれるのか、青の中に戻されるのか、わたしにはわからないけれど。


外へ

  軽谷佑子

しろい
しろい地面をけがす

のさむい
さむい朝

ぜんぶ
外にあけてすくわれる
夕べの痴態は
ゆるして
もらえた

泥みずはながれ
ながれてさらされるもとの
雪のままでいたかった


いつまでも
溢れている
こばまれるこの
みち

地面
いちめんにあけて
ゆるして
もらえた

ながれてさらされる
朝の陽に燃えたかった
燃えたかった


殺伐にいたる病

  フユナ




砂浜になぜか
まるのまま打ち上げられたりんご
いつからあるのか
りんごはなかば透き通っている


食べたらひどくだめそうなのに
僕はそれを舌にのせる
のを逐一 想像する
おいしいようなひどいような
それはつまり
取り返しのつかない味だ
僕たちは
またぐことも
無視することもできない


セロファンを重ねた空の
剥落
ぱらぱらと降りそうな
血が散った
と思ったら風船だった
風船売りが
あわてて空を仰いでいる


放置されたまま
これは砂浜にかえるだろうか
さらさらと
そうだろうか
そうは思えなかった
人が通り過ぎていく
少しのりんごの死臭をまとって
僕たちは
またぐことも無視することもできない

僕は思うのに



たまに気付いた人が
苦笑して目礼していく



今りんごをたべたとして
これ以上追放されうる場所などありはしない
のを
みんな知っている
北の地 北の海 海のむこう
何も容れてないはずの
空き瓶
の中の空の剥落



間違って放った風船を
浜でこどもが受け取っていた

あげるつもりじゃなかったのだと
誰もが言い出せないでいる
 
 


マクドナルドは休日

  一条

娘をつれて、休日、マクドナルドに行くことが、多くなった。おれは、どうにも苦手なのだが、娘の希望を最優先するのが、親の務めだろう。と、勝手に思った、娘は、ハッピーセットを、おれは、なんでもいいから、適当に、メニューで目に付いたセットを、頼んだ。愛想のいい店員は、笑顔で、おれを見てくる、おれは見ない。その、輝きのあふれた笑顔は、どこで覚えたのだろう。と、待つことほんの数分、ふたりのセットが用意された。ついでに、空いているテーブルに誘導された、が、ちょっと窮屈、しかも、隣の若いカップルは、いやな感じだった。足を組んでいる、女のパンツが、見えそうで見えない。娘は、バーガーを、ぱくつく。見えそうで見えない、娘は、ぱくつく。男は、どうやら、別れ話を、女に切り出された様子。男は、半泣きで、バーガーを、ぱくつく。娘は、ぱくつく。おれも、ついでに、ぱくつく。女は、男を残し、店を、出て行った。結局、見えそうで見えなかった。今、おれの隣で、一組の男と女が、別れた。と、娘は、おれを、ちらと見る。そして、最後に、ぱくついた。その、娘の仕草が、キュートだ。おれは、馬鹿だ。おれは、結局、何も、見なかった。見えそうで見えなかった。女が、出て行った後の、休日のマクドナルドの店内は、少し混んでいた。おれと、男は、残りのバーガーを、残りのバーガーを、残りのバーガーを。ぱくついた。娘には、見えたに違いない、残された男の悲しみと、残される男の悲しみの、両方が。娘は、それも、ぱくついた。おれは、平日のマクドナルドのことを、少しも知らない。


四月の遊び

  軽谷佑子

学校には桜の木があります
たくさんの墓もあります学校で
死なずにはいられなかった人たちの



新入生だけが声をききます
お昼にはそろって帰ります皆
しんと黙って一列になって
歩くときにだけきこえます


わたしたちには前が見えない
春はあまくとてもみじかい


眼前にひろがる
景色はすべてあなたのもの
すきなだけ眺めてください
そのあとちゃんと壊して
おいて


春はあまく飲みこめばにがい


友だちのうたう
賛美歌が花ぐもりの
昼の呼吸を濃密にします
それは四月の
うつくしい遊び


いつか誰もが学校に慣れます
墓は土くれを撒き散らしながら
拡がる期待に満ちて
います


浴室

  ルイーノ

 
さくら
ももいろの夕やけ
油彩の黒鳥が横切る
巨大な空の建築性は
すべて
心臓の枷を締めあげる

不思議な庭の王侯貴族
全身を煙で洗わせて
恍惚は
切実な逃避への青い旅券
夕陽差し込む浴室では
拭いきれない泥を
吸い出してみせた唇が
床に牛乳の薫り広げた

委ねれば
心くすぐる程の雨だよ

いつか人生が終わるなら
きみと二人で浴室がいい
 
 


供花

  そら


     「嘘つきな紳士に捧ぐ」

   装わなければならない 理性の衣 道徳の靴
   感情のヴェールさえも まことしやかに
   ひとりの淑女を でっちあげる

   今宵 葡萄の熟れる夜
   わたくしという 装飾に
   羊皮の手袋で 触れてくる あなたの手




     「飾る花」

   清潔すぎるバラしか
   あなたは 愛せない

   ニセものでない証拠に
   甘やかな午後
   花びらは 匂い立ち
   あなたの 指先を 不意に 裂く




     「届かない声」

   わかっているのに なぜ想う
   求めても 得られない 哀しみは
   朝露を 浮かべる 野の花
   どこにも届かない 声を出して
   静かに 泣いていたい 朝




   


乳房

  丘 光平

眠れなくて
台所の電気をつけると
女の乳房が転がっていた

そっとつまみあげ
くんくん匂いを嗅ぎ
その化石のような黄いろにかじりつき

歯形から
血のようなものがにじんでくる

とりあえず
冷凍室へ突っこみ
もう一回、奥へと仕舞いこむ

あれは、これから
かりかりに凍ってゆくのだ

僕は
赤い舌をうずくにまかせ
壁際に
少し傾く


柿の木

  望月(望月裕道)

柿の木の腐りゆくさまは、なんとみものであろうか。わずかに、異臭を暗がりに放ち、ほとぼりが冷めるまでの年月を、奇妙なまでに再現しているのだ。村の各所からふらふらとつられるように出てきた衆は、もくもくと煙のように、腐りかけた果実をもぎ取るとやおら振り上げて、その角度を目線で愉しむ。とはいえ究極の快楽であった。腐りつつ、柿の木の周辺に散らばるように生息しておったのだ。そういう手順は必ず守り、たしかなまでに確実に生息しておったのだ。夜になると、鐘のように骨盤が揺れているから外出は控える村人が続出するなか、おぼつかない足取りで、骨盤をゆらしながらあの腐りかけている柿の木に、すこしずつ、すこしずつ、近づいてゆく若者達がいた。絶景かな、柿の香りになずませる呼吸は、目線よりわずかに上辺に位置していたために、若者達のわずかに毛細血管の走った赤い血走った目は、くるめきくるめき遊ぶように、てんてんと落とされてゆくのだ。月の出が悪いから、今夜はすぐにしぼんでしまうであろうと、誰もが思った。しぼむものしぼんで、それとて当然であるのに、若者たちは、とうとうしぼんでしまうに任せてしまったもので、あとには、残骸までもが死に掛けた魚のようにして、ことづけを待っていたものだから、柿の木は余計に腐り、腐りしてしまうのだ。ああ、これこそ絶景かな。そういう道理に、従うべきして従う、そう、絶景かな。柿の木は、いよいよ本調子で腐り始めたものだから、周囲はひえびえとして偽の小雪が降り注いで、それゆえ、ますます腐り腐りしてしまう。若者達も、揺れる骨盤の狭間に、横たわるようにして月の出を待ち構えていたものだから、月は、骨盤と骨盤の狭間で動けぬように固定されて、だから、こうこうと月は激しく、柿は腐りゆくに任されてゆくのだった。まだ、静かに飯の食える、結露の季節であった。


窓辺の椅子

  丘 光平

扉を開けて
そっと 足を踏み入れる
次の瞬間
厚みのある匂いが鼻孔にからみつく

夏は夕暮れ

窓辺の
白い椅子に
蝉のような生きものが座っている
その 
爪ばかりがきりきりと伸びた指さきは
たまらず 求めてしまう


光 それは
まだ 家に帰りたくはない子供たちの頬を
薔薇色に染めてゆくのだろう


喉を枯らした僕は
生ぬるいソーダ水を飲み
外から窓を覗いていたことを
ふと 
思い出す

夏の終わり

椅子は 
音もなく 倒れている
夕焼けの窓辺に


ねじ式クロニクル

  藍露

折れた 爪 破れた 膜 割れた 唇 かき混ぜて
こどもの輪郭を形作ろうとしても
流れ出す泥のようにとめどなく
もう還れないとわかっていて
それでも尚、巻き戻そうとする
ねじ式クロニクル

鍵穴を覗いたのは あの子
樹海へと続く 道
幼い蜜蜂を呼んでいる 花園
柔らかな肌は誘惑に弱い
知らないことを知らない秘密、は
甘酸っぱい味がする

底のない沼があるという
それは少年少女を呑みこんで
ずぶずぶと成長していく おとな 
おおきなものがちいさなものを食べる
食物連鎖、の一部

あちこちに散らばった 羽根
毟ったのは 後ろ向きに堕ちたものたち
飛び立てない駝鳥の舌
卵の殻は 固い
岩にぶつけても 皹が入るだけで
中身を見ることはできない

いくつもの頭が泡の向こうに消えていきそうで
沈んでは浮かび、浮かんでは沈む
カメレオン、カメレオン、
きみはどうして隠れているんだい
いいえ、隠れてなんかいないさ
周りと同化してるのさ

帰り道はない

風の音色になった見えないこども
ひゅうひゅう、と吹いている
ひとり、ふたり、さんにんー途絶えることはなく
次から次へと鍵穴は作られて
見つめる瞳が待っている

もう還れないとわかっていて
それでも尚、巻き戻そうとする
ねじ式クロニクル

金属質の鈍色、
ぽろぽろと耳から零れ落ちている。


ベロベロ

  一条

二枚目の舌を おととい切られちゃいました
ないことを あるように言っちゃう舌が 切られたのですから
いよいよ降参するしか なさそうですね
ところで おとといというのが 明日のことなら
私たちは万事休す かもしれません
そんなこんなで 乗り越しちゃいましたが
その吊革で 首をお吊りになるつもりですか
もしくは ぐるりと回転できますか
ぐるりじゃなくて ぐりぐりとネジをしますから
そっち側から腰をくねくね してみたらどうでしょう
そうしないと ネジは馬鹿になりますが
私たちは いち早く馬鹿でしたから
二駅ほど向こうに 乗り越しちゃいましたね
慌てて飛び降りましたが
そこで 新しい二枚目の舌を見つけたのは 誰かの仕業に違いありません
せっかくなので この舌で 今から私はべろべろと嘘つきますから
なかったことは あったことになりますよ 
で ネジは なるべくゆるくして下さい
なんだか私たちは ゆるい感じに慣れちゃいましたから


闇は私を取り持つ

  望月 悠 (望月からHN変更しました)

けさはずっとへこんできたのだ。音もなく
餌場にはなやぎをかんじた私は、左手にま
さかりをにぎったまま山に入りました。日
が暮れるよりもさきに雑草のにほいが着物
のすそに入り込んでくる。時代のゆれは激
しく私はなんども揺さぶられたのだ、まだ
なおも。背中に向かって走ってくるものが
突き抜けられずに親指の先で停滞している
捨て駒のかいてんは早いのだ。あまりに早
いので私は目を回す、山のおそろしさが結
局はうるささに負けてしまうとき、餌場の
おがくずに混じっている異物をまさぐる手
がとまる。私の手ではない。もっと白くて
もっと滑らかな回転率だ。私が作業をとめ
ると、そいつも作業をやめておがくずがは
らりはらりと散りゆく。私の重みがかけら
れると、痛みに涙が出てくるだろう、竹筒
につたわってそれは土くれに潜む蟻の親子
に注がれる。ぷかり、ぷかり。 叩かれる
と啼かないが、地面は踏み固められるごと
に泣き叫ぶ、それは私を中心に痛んでゆく
鳴き声だ。私は走った。もう一人のそいつ
がおがくずから抜けてあの密林に逃げ込む
のを目撃した私の足は、自然に踏み固めら
れた美しい軽石の上だけをぬけるようにす
べってゆく。美しいだろう、軽石。臼でつ
いたあとのように湯気の立ち上るような、
軽石、そいつのあとを追って、私の背中は
影になっていた。涙はまだ軽くならない。
林をぬけると、ひときわ際立った沼があっ
た、睡蓮の花のまわりをわっかが、取り成
して、そいつはまだ笑っている、嘘の音楽
がながれているがこれは罠だ。騙されては
いけない。私は、遠い力の引き合いに取り
持たれて涙を糸のようにあの空に舞い上げ
ている。それはそいつも知っていたことで
それは、そいつの髪の毛が伸びすぎたから
静かに静かに、夜の闇に溶かしてゆくので
あって、それはたしかに私の足の重みすべ
てを理解するだけの闇の深さであった。

・・・闇は、私を取り持つ

それは、まだあの暁の先端まで走らなけれ
ばわからない秘密。それは、そいつさえも
知らない秘密。綺麗な森林です。それは、
腕をまぶしくして、目を開けなければいけ
ない速さでまだ、まさかりは、まさかりは
私の左手に、それはそうして、黒光りして
いる。あの星は太古の森林の狼なんだよ。
そいつは、笑っている。ここからどれほど
いっても、何かが軽くなるということはな
いのに、なおも、私はそいつを追いかけて
それは、私の闇を取り持っている。どこに
それはあるのでしょうか………。


椅子

  丘 光平

椅子が 倒れている


椅子は
なぜ倒れたのか僕は知らない
なぜ倒れたままなのかを僕は感じる
ただ
僕には椅子に触れるべき手がない
僕の手には重さがない


声が
聞こえてくる
僕の中へ
都市の
極寒から
極寒の
荒野から
荒野の
戦場から
その空へ
両手を突き伸ばす子供たちの枯れ木
この無数の枯れ木でさえ森と呼ぶ世界
まだ僕らがなんとか呼吸している世界
その焦点に


椅子が 倒れている


それは
主人を持たない椅子
倒れたままの椅子
ただ
僕には椅子に触れるべき手がない
僕の手には温度がない


眼球体

  藍露

曇り空、雲の行方、煙る世界、窓に指をあてる。意味のない 形 と 文字。
ぱしゃぱしゃと打ちつける 音、流線形を描く水滴。眼球の動き。
すれ違う電車の速度 と 交差する 視点。無言のサイン。

色とりどりのパラソル 紫陽花が咲いた。
かたつむりを見つめる子供の時間は止まっている。

透明な室内は水槽のようで
赤い服を着た少女はスカートの裾を
ひらひら
ひらひら
金魚の残像がまぶたの裏に
水草のような観葉植物
濡れて 揺れて 
揺れて 濡れて

静かな時間の空気。浄水器からコップへと注がれる 水、溢れる しずく。
ほとばしる、ほとばしる、光の粒。眩しそうにまばたき、せわしない睫毛のはばたき。
手に目があったのかと 
身体中にあったのかと
こんなところにも
あんなところにも
ぐるぐるとしっぽを追いかける犬のしぐさ

回る

めまい、かすかな音が聴こえる。すべてに通じる耳の奥底から、何かを知らせるように。
頬を撫でる風の気配。誰もいない部屋で 深く息をする。
めまい、かすかな音が近づいてくる。美しい痙攣を奏でる楽器、それは四肢を震わせて。

全身は眼球に吸いこまれて
あるいは
眼球が全身に埋めこまれて

見つめる

雨は降り続いている。


恋人

  キメラ

淡い彗星到来
さわりぞら
沖網に掛かる
幾千の廃絶が決心を垂らす

鉱石の連鎖
明滅の香澄
二重のIラインが
悲しく咽び濡れ

散ったのはいつだ
散るのはいまだ

微かな声を
手探りでさがし出す
午後は纏まらず
幾ばくかの敗北と
薄紫のレインコートから
水滴だけが在為を知らせた

遠い汽笛と吸い込むべき気圏には
いつも
清々しい想いでが空を創る


君よ
白いセスナの羽を翔け
より栄える真紅の吐息と
蜘蛛の巣から
細くたなびくひかりの糸に
油性の湿りけを
与えつづけよ

ああ
人里離れ
寂しげを
私の永い黒煙に纏い
岩戸や閉鎖の怖い風刃にも
泣くなよ恋人

岸壁の庵
儚いしゃぼんと白熱灯
黙殺された純真に砕けたのは
確かに四月とわたしで

ゆらいだ紅を水面に溶かす世界が
暗寂をはねつけ
君の香りがひろがる


嘘なんてなかった


この世界で生きたい


白い自転車(オラシオ・フェレール「白い自転車」より)

  Canopus(かの寿星)


みんな
まだ覚えているかい?
白い自転車に乗った少年の神様を
くすんだベレー帽を耳までかぶって
よくとおる口笛でポルカを吹いていた
あの痩せっぽちだよ

少年の時代がかった白い自転車が
大通りを 商店街を 路地の津々浦々を
車輪を軋ませて走っていった
この町の誰もが少年を見かけた
少年の自転車が通ったあとには
彗星のしっぽのような白い光がベール状に広がり
懐かしいポルカの旋律がいつまでも残った
そしてこの町の誰もが その光を浴びたんだ

その瞬間から
町の小さな揉め事は解決し 車の中で悪態をつく人はいなくなった
いじめられっ子は友達と楽しく遊び 寝たきりの老人にお見舞いカードが届き
親に虐待される子供は姿を消し それどころか全ての子供たちが
デザートとプレゼントをもらって 仲良くそれらを分け合った
政治家たちは心の底から人々の事を考えて 涙を流して政敵どおし抱擁した

そんな突然で闇雲な
優しさと幸せに包まれて ぼくたちは
正直どうしたらいいのか分らなくなり しまいには激怒して
寄ってたかって少年の白い自転車を叩きこわしてしまった

少年の神様はしばらく自転車の残骸を見つめていたが
やがて無言のままどこかへ行ってしまった

みんな
もう再会したかい?
あの懐かしいポルカに 彗星の自転車に
町のみんなに笑顔を分けようと必死に頑張ってる
ちっぽけな少年の神様に

風の便りで きいたんだ
町のあちこちで 少年の神様をひっそりと見かけたって
あんな目にあっても どうして
この町を見捨てないのか分らなかったけど

この町にはまだ 深い痛みや憎しみや
暴力や嫉妬や悪意があふれていて
道ですれ違っても挨拶ひとつ交わせないけど
どれだけ心が豊かになったとしても
生きるかなしみは 消えはしないけど

夕暮れのひとり 帰り道
花屋の前に 電柱の上に みんなの心のなかに
曲乗りをしてくるりと回る
白い彗星の自転車に乗った少年を探しているんだ
みんな
覚えているかい?
人間が好きで好きでたまらない
健気な少年の神様を

今度会った時には もう間違えない
もう間違えたくない
ようこそぼくらの町へ ぼくらの心へ
白い自転車の少年の神様


あなたの目の前で、私は

  Nizzzy



真新しい水そうの中
闘う、私は白い魚
私は、冷たい水
未現像の、若き一人称



頬づえをつく、あなたの
もの憂げな夢の群れが
湖の上を、散開している


その影跡を追って泳ぐ
あなたに言えなかった言葉
遅れてやってきたランガージュ
闘う、私は白い魚
私は、冷たい水
どこへでもなく通ずる
外延の無い桟橋


栗色の髪を切った、あなたの
あなたの目の前で、私は
どこへでもない、桟橋のふもと
あなたに、言えなかった言葉
泡沫に映る、未現像な、千切れた魚


首絞め街道

  望月 悠 (望月からHN変更しました)

すまし汁を一杯のむと、もうとっぷり夜は
ふけていた。この家にはこの家なりのやり
方があるようで、何本もの腐りかけの鍬を
軒下からつらねるようにぶら下げているの
にはたまげたが、今夜はとまっていきなさ
い、としきりに泊まりをすすめてくるのに
は、怪しむほかない。わけをきくと、帰り
道には、首絞め街道をとおらなければなら
ないから、妖怪にでくわしてはならぬとい
う配慮であった。おかみさん、大丈夫つす
よ。そんなの信じやしません。かえります
かえります。月のまばらな時間帯であった。



月がいやに眩しい。わけありの眩しさであ
った。くろぐろとひときわ密林のつづく地
帯にさしかかって、音もなく街道のわきか
ら開かれつつあるなにかにたいして、足腰
がふるえてゆくのを感じた。時間が混血さ
れてゆく気色だけが、体を、とくに四肢を
中心に流れてゆくようでみつつ、よつつ、
くらいの気概ではどうにもなりそうもない
力が、周囲からのびあがってくるようであ
った。

せばめて、せばめて、
ゆくしかない
精一杯、せばめて
私、
街道を越えるには
命を懸けて
せばめて
こうして、呼吸のひとつ
みだりに唱えてしまい、
首から
すこし汗が
殺気立ってゆくまで



首絞め街道の周辺は、あきらかに違ってい
た。不穏な力とでも言おうか。おそろしい
力を感じた。体がせばまってゆく気がする
いや、そうしなければこの街道を生きてぬ
けてゆくことなど不可能だろう。月光がま
ぶしい。なにもかも、ひかれるままにつま
されてゆくのだ。私の気概とて例外でない。
死ぬということはすなわちそういうことで、
私は、街道を抜き足でかけてゆく。せばま
る道筋にそって、息がのばされてゆく。生
命の力は、それに反して薄れてゆく。言葉
のひとつや、ふたつ、かけてからの時間の
ほうが、よほど長く感じることをいまさら
気付いて、泣いた。眩しい月に作用して、
どうか命だけは、と泣き崩れた。首絞め街
道は、音もなく、しかしなにか音を成して
いた。月ばかりが眩しくて、私はそのまま
意識が消えてゆくようであった。


すまない・・・
まだなにかしてやれることも、あつたろう
に、このやうないきざまは、くれゆくしげ
みから、すまない。わたしは、すまない。
となきつかれても、おしいくらいに・・・


見つめないで下さい

  ミドリ



モガディシオの海岸に

その美しく輝く君の裸体を寝かし

TBSからカメラ一台をかっぱらって

世界中に生中継したい

時代は1970年代が良い

ベトナムでコーンフレークの缶詰を開く茂みの黒人に対して

あるいはサルトルがもの欲しげな指を組合わせる

サンジェルマン・デプレのカフェテラスにおいて

穏やかな心を取り戻す為のすべての人々の戦いの為に

夏の終わりのJR中央線

乗り遅れたおっさんが

ドアーに挟まれて言った言葉がそれで

「あまり見つめないで下さい」

多分そのおっさんは51歳で商社に勤める

肩書きは次長で

東大を2浪して入った卒業を間近に控えた息子が一人おり

普段から家族に憎まれ

生きてきた50年とやらの歳月に自信をなくし打ちひしがれ

挟まれたドアーの中で告白してしまったのだ

「あまり見つめないで下さい」

多分日曜日の朝

選挙に行くと言って戻らなくなるタイプが

こんなおっさんだ

例えば美しい女を見かけると

俺はDNAを駆け上がる激しい血の流れを感じてしまう

そしてアンドロメダの流星群に向かって祈りを捧げてしまう

大事なのは死ぬ前の愛だ

人の言葉はロゴスの祭壇を駆け上がるえくりちゅーるの勝利であり

カラの言葉を狂い抱く重層な音楽だ

地球からは今争いはなくなった

戦争はテレビの中でしか起こらない

君らはみな丸腰で愛に満ちている

愛について語り合うための

十分な長い夜もある

文学極道

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