#目次

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2005年09月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ボート・ピープル

  ケムリ

麻袋からこぼれた星たちが
爆撃機が置き忘れた飛行機雲が
夜空で溶け合う手のひらの群れに
砂鉄に埋もれる花の匂いがする

水面をゆらす小船の足跡に
目のないさかなのひそやかな発光が
水面に並んだミルクの王冠に
船出の櫂はいつも流木から作られる

流線型の波紋はうろこのかたさで伝わって
繋がれない耳たぶを静かになめとっていく
くすり指で触れたこめかみと
つま先で紡ぎあう人たち

舌さき湿らせて砂粒を集めていく
水平線で交じり合おうと
櫂がゆらした異国のペットボトルと
流木につかまって眠る羽根のない虫たち

海をきりさいた三角の波紋を
目のないさかなは追いかけていく
繋がれない手のひらの微かなひかりが
星たちを空から掻きとっていく

水平線で交じり合おうと
子どもたちは波打ちぎわでシャツを振って
ひかりのカクテルにまぶたを焼きながら
サンダルにくっついた貝をポケットに入れた

眠りをゆるされたくびすじに
櫂を抱いてまっすぐおちていく
ひかりのカクテルにほどかれながら
水平線に交わっていく


海が眠っている

  真二郎


「海が眠っているね」
 
いつか
幼いあなたが 言った言葉
 

ああ
海は眠っている

 漁火の子守唄に
 月は夢を照らしている

今も
やさしく 海は眠っているよ


十六夜

  雪香

水が割れるのです
いま、
指先の銀の引き潮に
水が割れるのです

うなじを笑い
去ってゆくものたちには薄氷の影の匂い
たちこめてゆきます
たちこめて
ゆくのです

むらさき色の風呂敷包みには水母が群れています
案じてくださる必要などは微塵もありません
病みが染みついているのは寧ろ、あか
舌先ひとつで嗅ぎ分けて
うまく此処まで辿り着いたつもりです

鉄の肌触りに濡れている夕刻が
ながらく凪いでいた岩礁の果てに
そろり、そろりと爪を研いでいるのです
その耳を丁寧に閉じて
みてください

ほら、
指先の青の満ち潮に
雨が誘いをかけています
傘を持たない灯籠はそうして土へと溶けてゆくのです


涙のすべてにやさしき羽を
柏手ひとつで
流れるように
涙のすべてに
やさしき羽を

黄色の小花の表門にて
うつむく瞳を小指で持ち上げます
いま
吹き閉じてゆく
雲の真下で


童心

  キメラ

いしきとまる裏通りの星にふれ
かぜにひかりながら
まきあがった燐屑のポケット
スペースから既に世界は切り取られ
創傷な気圧はとても静かな私をうけいれた
しばらくの沈黙 またたき彩られた荘重
私をつれさり 繋ぎに赤い火花の絶音
にがりしめやかな強烈よ

ゆめ甘露と鼈甲飴に薄くひいた
自転のチューブを横水にくぐらせ
鬼の百夜ひそか レンゲ燃ゆる春のまぶしげや
めまい散らう 幾ばくかの変心光が
水晶石の洪水となり深緑をうめつくす

なんだ なつかしい匂いじゃあないか

きらきらひかり さらさらあそび
いろあせず とおくまであるく
もえていたのは 硫黄かそらか
すぐよこのほころびに 蒼い冷酷の点在
火花を放ち ずいぶんおおきな古代のかおも
ながれながら明滅したものだから
わたしはいそいで星なみをかつぎ 
おどるくちぶえに 漆夢を弛ます


たそがれていた夕刻のかわき
メンタリティードロップ 麗らかに
口端でなめして想う童心から

あめがふれば あさのうち曇り


はばかり

  りす

現代では便器中の排泄物の詳細な観察が可能になり
色艶 形状 サイズを容易に調べることができ
その気になれば写真に収めて持ち歩き 「最近俺に似てきたな」などと
まんざらでもない笑みを浮かべる生活もできるのだが
まだ便所が汲み取り式であった時代 排泄物というものは
肛門から落とした途端 深い暗闇へと消えていくものであり
わたしたちに姿を晒すことなく密かに存在するのものであった
しかしその存在は決してわたしたちの追跡をくらますことはなく
時が経てば大きな柄杓で汲み取られ畑の土に撒かれることで
肥料となり 茄子となり胡瓜となり わたしたちの体の養分になるという
見事な循環の足跡を残していった
もちろん水洗トイレから流された排泄物の行方にしても
下水道を通って下水処理場へという分かりやすい履歴を辿ってはくれるが
まさか下水処理場で待ち伏せするわけにもいかず 水洗レバーを押したら最後
穴に吸い込まれ匿名の存在に変わり果てるのを わたしたちはただ 見守ることしかできない
さらに最近では 望みさえすれば肛門を洗って乾かしてもくれるという厚遇に浴することもでき
不覚にも まるで排泄行為など なかったかのような錯覚を覚えてしまうこともあるのだから
わたしたちと排泄物との断絶は はなはだ深刻であるといえるし あの
汲み取り式トイレの黒い穴に無防備に直面し 不安に震えていた
あの お尻の表情がもう永久に戻ってこないという事実については
もう少し真剣に驚いてみる価値があると思うのだ
記憶を辿ってみれば あの時のお尻の 宙吊りにされたような不安定な姿勢
時おり股下を通り抜ける冷たい風 次第に痺れてくるふくらはぎ
そもそもなぜ こんな不自由な姿勢をしているのかという疑問さえ持たず
ひたすら排泄物を奈落に落とすことだけに集中していたあの瞬間
排泄行為というものが 不安と快感を同時体験するものだという始原へと
わたしたちを導いてくれたあの時を はばかり という名前とともに
もう一度 蘇らせたいと思うのだ


羊膜内外

  葛西佑也

羊水 に 浸されていた
へその
   緒
つながれていた
束縛

母体から
出てくる
小さな人

子ども(創造物)じゃない
無力も無邪気も
勘違いだった

朝焼けの土手
    草の上
     孵化寸前
卵膜の裂け目
もれる 羊水

無意識に知っていた
(羊水 が 海水)
塩分が
濃ければ
分娩は
容易に
   なる

  小さな人
  海の民 から
  陸の民 に
       なった
  モノのこと

陸に
打ち上げられた
クジラ
潮吹きでもって
       証明される
海の民
  捕鯨は禁止 されて
           いる

海水が
   恋しいモノ は
いつまでたっても
大きい人 にはなれ
         ない
そう、潮吹き で
        もって

だが、
小さい人 も
大きい人 も
陸の民
   (ではないか)

ならば
いちばん近い
存在
  虫
孵化
  された
     小さな人
やがて
   なる
     大きな人

潮吹きは
    もう
できない
    もう
恋しくはないか
 海水。


学校にはいなかった/ホンジュラスの海の底で

  コントラ

ゴルフの試合中継が映るテレビ
だれもいない居間
昼休みが終わっても
僕は学校には帰らなかった

体育館の裏で
座りこんでいる僕を見た
という証言があっても
それは僕ではない

そのとき僕は
意識の小さな空洞にいて
体育館の窓から
透明な煙があふれだすのを
遠くから見ていた

ゼロックスのレーザーで
網膜が傷ついたOL
閉めきった下宿で空き瓶に
囲まれた予備校生
友達のいないレジ係
みんな砂利のうえに
膝をついていた

そこは金日成広場のように
草ひとつ生えない
かわいた校庭
体育館のカマボコ屋根のてっぺんには
いつのまにか
巨大なビルボードが掲げられていて
僕はその数字を読んだ

[34000]

空港の検疫係の手にはめられた
白い手袋と
蛍光灯の通路が
どこまでもつづく
スーパーフラット
戦後のこの国を出国していった
ひとびとの数は
バルト三国やCIS諸国
のつぎに多いと
最近のニュースが
言っていた

僕は学校のことを考えていた
何かが僕の首をはげしく
ゆさぶりつづける
食べかけの弁当箱がすべり落ちて
レタスや鰹をまぶしたご飯が
黒い床に散らばっていた

鉄筋コンクリートの教室
うず高く積まれた机のあい間で
背を低くして
生きなければならない現実

その現実は
遠いホンジュラスの海で
魚を口にふくんだ子供や
酷寒の首都で広場に献花する
名もなきひとびと
腹の出た独裁者の手のしわがきざむ
時間の

ながい
どこまでもながい
列のいちばんうしろで
たったひとかけらの
砂糖の配給を
待ちつづける

校長先生は「みどりの日」の由来について
えんえんと話をつづけていた
かがやく太陽の下
棒立ちになった人影が
少しずつの間隔をおいて
倒れていった

回っている
揺れる椰子の木の残像が
ゆっくりと
視界に近づいたかと思うと
体育館の丸い屋根をこえて
飛びさっていった

同じころ
東へ10000Km離れた
ホンジュラスの港町
ラ・セイバ
雨が上がったばかりの
小さな目抜き通り
その目抜き通りの突端にある
岸壁で
海をみながら
彼女はきいた

海の底では
たくさんの人をのせた
地下鉄の音が聞こえるっていうけど、
ほんとう?

* 注
ホンジュラス=ホンジュラス(Honduras)共和国の名はスペイン語のhondura(深さ、深み)という言葉に由来する。むかし征服者たちがこの地に上陸しようとしていかりを下ろそうとしたところ、深くて海底にとどかなかったことからこの名がついた。


あほみたいに知らない

  一条

ビルは「ゴッド・セーブ・ザ・クイーン」を熱唱しながら、あやまってテッドのポケットに手を突っ込んだ。遅れてやってきた弓子の機嫌が幾分よろしくない。弓子とは初対面のテッドが、弓子に向かって軽く会釈をするが、その方向にすでに弓子はいなかった。の〜ふゅ〜ちゃ〜、と歌い終わったビルが、テッドのポケットから手を抜き出して、分厚いソングブックをめくった。あたしにも何か歌わせて、って弓子がビルからソングブックを奪い取り、別の曲のイントロが流れ、佐藤がビルから奪い取ったマイクを握り直し、だけども、握り直したマイクが、佐藤の手からするりと抜け落ちた。

弓子は酒に酔い、店員に絡みはじめ、ビルはビルで、あやまってテッドのポケットに手を突っ込みながら、ぼくはぼくで、佐藤とにらめっこしながら、カラオケ屋を後にした。海に行きたいと言い出した弓子、そして、ビルが指差した方向には、車が停まっていた。ビルの運転はひどく乱暴だったけど、ぼくたちは、よく知らない、あほみたいな海になんとかたどり着いた。途中、犬ころを何匹も轢き殺したり、大幅に道をはみ出したりしたけども。ぼくたちは、あほみたいに騒いだ。海は、とても静かで、夜の空の星が、あほみたいな映画みたいに輝いている。

そして、ぼくはあやまってビルを爆破してしまった。閃光が海面を跳ね、爆音がぼくたちの耳をつんざいた。何事かが起きてしまったのだけど、何事が起きたのかは、まるきり誰にもわからないような意外性を伴ってビルは爆破された。なんてことだろう。ぼくのくだらないジョークのせいで、ビルは爆破されてしまった。でもさ、ビル、こんなことは誰にでも起こりうることなんだぜ。あっちを見て、と弓子が指差した方向には、真っ白いしゃれこうべが転がっていた。それはまぎれもなくビルのしゃれこうべだった。しゃれこうべの周りを囲みながらぼくたちは、あほみたいに何も喋れなかった。

夜がうっすらと明けた。海の向こうは、アメリカなんだよな。佐藤の言葉を各自が反芻しながら、ぼくたちは、海の向こうを見た。それから、おもむろに立ち上がった佐藤が、おれさ、昔野球やっててさ、ピッチャーだったんだよねって言いながら腕をぐるんぐるん回した。おれが、ビルを故郷に帰してやるよ。佐藤は、ビルのしゃれこうべを抱きかかえた。アメリカまでどれくらいあんだろ、知らない、100万キロメートルくらいじゃない、100万キロか、ふうーーーーーん。それから、佐藤は、振りかぶって、投げました。ひゅーーーーーーーーーー、おーすげえ、ーーーー、アメリカに届いちゃうんじゃねえか、ーーーーー、なにも見えなくなった。ビルのしゃれこうべが消えた。本当にビルのしゃれこうべはアメリカまで届いたのかもしれないな。海の向こうを黙って、黙って見つめながら、ぼくたちは、黙って見つめた。しばらくして、さっき、ぽちゃんって音がしたよって、弓子が言った。

そもそもビルがアメリカ人かどうかすら、わからなかった。ビルがアメリカ人じゃなかったら、一体テッドはナニ人なんだよ。だけど、今さら、ビルがナニ人だろうとそんなに大切じゃない。ビルはぼくたちの大切な仲間だ、じゃんけんに負けたぼくが帰りの運転を任された、ぼくには運転免許がなかったけど、一番大事なことは、車の中にガソリンがどれほど残されているかということだ。気がつくと、佐藤も弓子もテッドも全員寝ていた。途中、何度か、犬ころを轢きそうになったり、道を大幅にはみ出したりしたけども、元の場所になんとか戻ることができた。ぼくは車を置いて解散するつもりだった、だけど、それからアクセルを踏み込んだ時の気持ちは覚えていない。

ここ、どこ、って一番最初に目覚めた弓子が、寝ぼけながら辺りを見回した。知らない、知らない街さ、ふうーーーーん。ラジオって、どうやってかけるんだろ、ってそこいらのスイッチを弓子は手当たりしだいにいじっている。佐藤はあやまってテッドのポケットに手を突っ込みながら、すやすや眠っている、ラジオから、知らない曲が流れた、知らない曲か、知らない曲さ、ふうーーーーーーん。弓子は、その知らない曲を口ずさんでいる、あほみたいに眠る佐藤とテッドを車に残して、ぼくと弓子は外に出た。弓子は口ずさんでいる、ぼくもつられて口ずさんでいる、ぼくたちは、どこへも行きたくない、ところで、ビルってナニ人だったんだろうねって弓子が笑っている、知らない街の空には、雲がいくつか浮かんでいて、それはまるでビルのしゃれこうべみたいだ、とぼくは口ずさみながら、ぼくたちは、このまま、何が起こっても永遠にやぶれない


ミルクの街

  ケムリ

夜を蹴とばすバスケットシューズの痛みで
焦げた雨の匂いに避難案内が空を指してた
路上でカノンを弾く女の子は
透き通る指先に鉄のアメンボを抱いてる

爆撃機のベースラインで崩壊する街並み
窓枠から夜の虫が舞い上がっていく
神様は教会でネクタイを締めなおして
うんざりするくらい匂う焦げた夏の雨

おやすみのキスも雨の塩気で錆付いてる
三本弦のギターに止まった白い鳥
夜が明けるころ 子ども達は空へ泳ぎ始める
雲の花が咲いてる 眼球さえ溶かす色彩で

金属質の指なのに なんでそんなに優しい音なのかな
しまい忘れた夏のセーターから匂うような寂しさで
白い水面を踊る鉄の指先から 垂れるミルクの音がしてる
避難標識の指し示す方向へ 光る虫の羽根を集めて

街をミルクが満たしていく
みんな空を見ながら手を打ち鳴らした
ノイズの数だけ確かになる匂いがある
窓から伸びる手と手は繋がっていく

音が満ちて息さえも出来ない
指先は滑らかな水滴のリズムで踊り続ける
長い髪が星を射抜くように揺れて
ミルクの街は沸点さえ越えていく

鉄の味の唇に古代の蛇を這わせて
手のひらに落ちた星を飲み込んだ
願ってもいいならあの子に会いたくて
バス停でずっと待ってるイメージで


「サヨナラ」の言葉

  ミドリ



冬の西日が射し込む病室で
みっちょんが見舞いに来てくれた

「朝一番の新幹線で
 大阪から来たんだよ
 お見舞いには何がいいか
 オカンと喧嘩しちゃった」

そう言って笑ったみっちょんに
サイドテーブルの林檎を掴んで
投げた

「40度近くも
 熱出たそうやね」

器用に果物ナイフを回しながら
涙声で言った

親の監視を逃れて
会っていた学生時代が懐かしく
これが同じふたりだと
思えないくらいの
今があった

自称 非行OLのみっちょんは
一週間の有給を取って
靴下とパンプスを脱ぎ
ベットの上にあがり込んで
「何しようか?」
なんて言ってる

「あした東京タワーに行ってくる」
クリスマスの準備の始まった
街のイリュミネーション
僕らはサンタクロースの
ラッピングされた人形みたいに
横になって
テトリスみたいに
体位を変えた

学生の頃は
朝までスーパーファミコンをして
東京の会社に
内定の決まった朝も
ふたりのマリオは
クッパと闘っていた

白いウサギのポシェットから
みっちょんは
東京のアルバイト求人誌の
広告の切り抜きを取り出し
「へへへ」と
気味の悪い声で笑い
「あんたと生きたいの」と
言った

「手術せにゃイカンだろ?」と
体を通る
カテーテルの熱量が増す
みっちょんの看護婦さん宣言に

僕は「サヨナラ」の言葉を
少しずつ
探し始めていた


せみ

  まーろっく

弥陀の内耳は夏空の高さだ
せみの声がわきあがっている
それはサイダーの気泡のように
空の青みを漂白していく

親不孝者は無花果の木の下で寝そべっている
母親は仏壇に供え物をし、花を飾る
焼けた赤い土の上で待ちながら
ふたりともひからびてゆくだろうか?

コップのなかのせみしぐれは念仏にかわっている
それは弥陀の頭蓋に沁みてはいるのだが
弥陀のまぶたは閉じたままだ
五劫のねむりをねむったままだ

僧侶は丘の楡の家か
森のなかの橡の家か
飛んでまわっているのだが
念仏するほどに死んでいくのだが
無花果の家は夕暮れの果てだ

 父さんの三度目のお盆ですね
 郷里のお墓は壊しましょう
 いっそ石も骨も粉にして
 撒いてしまったらどうですか?

庭先に落ちたせみは念仏の恍惚に踊っている
犬の前足と戯れているのは
ぬけがらにすぎない
隣家の打ち水にすぎない

僧侶はおそらく息子の親不孝をなじったのだ
正直で小心な母親に向かって
小さなからだをこれいじょうなく丸めて
念仏に聞き入っていた母親にむかって

空はおそらく赤く燃えていたのだ
僧侶は玄関の引き戸をあげて
薄い羽を広げて舞い去ったのだ
母親は何も見せもせず、知らせもしなかったが

 母さんあそこで燃えているのはお坊さんです
 燃えながら父さんのところへ落ちていくんだろうか?
 ああ、真っ赤だ。空もお坊さんも骸骨も真っ赤だ。

親不孝者が午睡から醒めてみると
庭でせみが動かなくなっている
もう蟻がたかっていて
せみの薄羽をはぎとっている


お嬢さん 日傘を忘れないで

  りす

お嬢さん 日傘を忘れないで
届かない残暑見舞いの差出人は
黄金比に似合う言葉が
もう見つからないそうです
葉書の四角い無地が
映画館のスクリーンほど妬ましく
西日にさらして 放置しているそうです

太陽の未練は 偵察飛行しながら
お嬢さんの白い肌を狙っています
白と黒がせめぎあっては許しあう
テキトウなこの世界で
俺は お嬢さんのためなら 台風の夜
ポンズダブルホワイトを買いに
ドラッグストアまで走ってもいいんだ

お嬢さん 日傘を忘れないで
受け取った名刺の数だけ
日焼けの痕が複雑になるから
花の刺繍が美しい その日傘で
名前の散弾を しのいでください
俺は その名前をリュックに詰め込んで
はとバスに乗るから


なにも書かずに投函したそうです
最近は 青いポストもあるそうです
白い葉書の軽さは
残暑のGに逆らって
太陽の隙間をくぐりぬけ
ふわりと舞っていくような
そんな気持ちになったそうです


お嬢さん 日傘を忘れないで
陽射しをさえぎった小さな世界は
街を移動しながら 裏切っていく
影の エージェントの 俺の
道しるべになるのだから


 My music

  葛西佑也

十字路を抜けると
三日月がありました
その周りを
星たちが輝いていたので
光で眩暈がしたのです

その光はハリウッドからか
ロンドンからか
パリからか
分かりませんでしたが
世界中からなのかもしれない
そんな気がしたのです

別にぼくへ注がれる光ではないと
分かっているつもだったのに
なぜか高鳴る鼓動

静かにバイオリンを弾く少女が
月の中にいるような気がして
その少女の髪から
微かに地球の匂いがするのです

少女の髪の匂いを
ずっと忘れないでいたいと
思ったのです

こんな感覚が
みんな羨ましいのかもしれない
そんなことも思ったのです

バイオリンの音は
不思議と響きませんでしたけど
ぼくのヒステリックグラマーが
月の光で少しかっこよく見えまして
それだけで幸せだったのです。


バラ線

  光冨郁也

銀色の刺に、凍える、空気は、
青い空の下で、
白い、息をつき、声がもれる、
頬の骨に、拳が石のようにあたる。

わたしは、
バラ線を後ろに、殴られる。
放り出された、ランドセルの黒い光。
ふった手の指を、銀の刺で切る。
数人の笑い声を後に、
片方、靴のぬげた足を、見ながら、
膝を曲げて、土の上で丸くなる。
鼻をすすりながら、体をゆすっていた。
後ろに首を曲げる、
バラ線が、銀色に光る。

学生鞄を投げつけられる、体育館。
ブレザーをひっぱり、
何度も、級友たちが、
わたしに群がり、床に倒そうとする。
遊び半分のしつこい、数人相手に、
わたしは、声をあげて、つかみ、
(本気で)蹴りをいれ、腕をあげる。
見上げる高い天井が、回転し、
目に見えるものが、入り乱れ、
ネクタイが舞う。

/殴られ/
目を・見開き/
わたしの/腕の・白い包帯/
教師の・叱責する声/
校舎の・裏で/蹴られる/
わたしの・手の・ひらに/鉛筆が・ささる/
教室の・床に/点々・と・落ちる/
血が・黒い/
(みんな・敵・だった)//
床に・頭を・うちつける/
ジャムだらけの机の中。

わたしは片膝を落とし、
こらえ、姿勢を立て直す。
囲む影に、声が共鳴する。
彼らの一人に、ターゲットをしぼり、
腹に拳をいれ、
かがんだ背に肘を落とす。
動きのとれにくい中に、
繰り返す蹴り、床をはう彼の、
「なんで・俺ばかり・狙うんだ//」
悲鳴に近い、ふてくされた声。
頭を抱え、うずくまる彼は、
蒼白の、わたしの姿だった。
わたしは、
わたしに、
蹴りをいれつづける、
足がしびれる。
顔をしかめ、目を見開き、
喉をつまらせながら、
わたしは、
わたしの背に、痛みを与えつづける。
沈んでいく、体が重い。

小さい手で、
花のない刺に、自分の指をからめる。
残りの靴をひきずり、ランドセルを拾い上げ、
だれもいない道を、歩きだしながら、
わたしは下唇をかみ、
空をあおぎ、肩をゆすり、
声をふるわせ笑う、空気がゆれる。
わたしの握り締めた、
声のだせない、バラ線。
その向こうには、
雑草にゆれる空き地に、
石の上に、放られた靴のかたわれ。


檸檬

  丘 光平

 ふれてくる これは
 耳の中の空が破れてゆく 声の
 においがくる あれは
 目の奥の時が燃えてゆく 影の

 冬 
 冬を降り積もらせる
 雪のまだ少ない旅だというのに私は       
 細く長い夜を追い越してしまうとそこは
 川 
 川よ せめておまえは
 ひとの胸の数だけあるという
 月の痛みを酔わせ               
 おまえらしく流れてゆけ この星の私の

 水 
 水を駈け昇ってくる
 銀の鏡のうらがわに異国の窓はある

  霧のピアノが灯っているよ そのために
  光を落としたのだろう          

  氷の絵筆が踊っているよ そのために
  歌を持たないのだろう         

 ああ
 いくつもの
 雪の手のひらが
 結び目をとかれた私の胸に
 ふれてくる 遠くから
 においがくる こちらへと

 朝 
 朝を切る羽ばたきに
 川の月の花びらが              
 ひとりしずかに枯れ落ちるころ         
 腹底の
 冬のこげ跡に私は感じる        
 こどものように鳴いて咲くひとかじりの
 赤らむ檸檬を


クルンテープ

  コントラ

赤い湿疹が体をおおう夢をみた
5階建てのドミトリーで
寝がえりをうつ深夜

ベランダにでると
デルタ地帯からの風が吹いていた
吐き出すクレテック煙草の甘い煙と
のどの痛み

生あたたかい闇のなか
はすかいに見える古い旅社では
白いワンピースを着た女が
長く暗い廊下の奥へと
しずかに消えていった

真昼は血液が氾濫する恐怖のうちに
すぎていった
チャイナタウンの排水溝
香菜と煮込んだ肉が薫る
路地をぬけてゆく
眼のみえない犬

歩道橋の陰で
寝そべる
片足のない子供たち
ダンキンドーナツの紙カップの底には
わずか2、3枚の
銅のコインがはいっていて
彼らが音をたててそれを振るとき
きまって
雨がふるのだった

夕方4時
ラマ4世の交差点
スモッグにおおわれた空
追い抜いていったホンダの
後部座席では
横座りした若い女が
建設ラッシュの高架に
微笑を投げ

夕日を背に渋滞する車の列
その前方には
青いSANYOのネオンサインが
ひかっていた

国鉄の線路をこえたむこう
荒地のまんなかに立つ
白い病院の屋上には
アドバルーンが
浮かんでいた

細い注射器に満ちてゆく血液
流暢な日本語を話す医師の名刺には
大阪大学医学部卒
とあった

夜は眠られるまで
脈拍を数えていた

飛行機に乗る夢をみた
大地に影を落として飛ぶ機体

窓から見おろすと
湿地帯を蛇行する川が
赤い三日月形の沼を
つくっていた

クルンテープ


ギムナジウム

  寺崎正志

目をとじて
君は殴られる
まぶたの裏に光がひろがる
目をとじて
君は抱きとめられる
しっかりと、やさしく

君の胸の中にある
白く、明るい、真四角のテニスコート
悲しみなんか額にかかった小さな影
君が動けば形をかえる

たとえば、祈りを胸に
どこまでいけるだろう
目をとじて
僕は殴られる
僕は
人間の体が意外に頑丈だという話を聞くと
うれしくなる
大学は、そっと未来に祈りをささげる場所

その僕の胸に立ち上がる あの体育館
僕は毎週 そこのプールで泳いでいる

僕は抱きとめられる
しっかりと、やさしく
神様に抱きしめられ
その腕の中のこの場所に
無作為にあつめられた僕たちは
であって チームを作り
二人一組になって ボールを投げたり 屈伸したりして
この施設の中で


希望は悲しみによく似ている
同じ方向にある
君は歩く、強い風の中を、顔を上げて、ゆっくりと、
まだ、見えていない景色について、規定するすべてを耐えているのだ
君の歩いている姿を見た人々はみな
いつのまにか見たこともない体育館の話を始める
僕は夜の夢の中で
神様の荷物を運ぶ、神様を席まで案内する
座りやすいように神様のために椅子を引く
もし大学が人間だったら絶対首絞めてるね絶対
ドアを開け、神様を先に通す
あとは、神のみぞ知る

目が見えなくなり
耳が聞こえなくなり 口が聞けなくなって
全身がしびれ そのまま 殴られ続けるだけの
抱きしめられ続けるだけの

僕は残らない
空白の中にあの体育館だけが残っている

むこうの方で音がしたから、返事を返した
君が、見たこともないそれを覚えているから、僕もそれを思い出すことができる
いつか僕も、思われることのなかったものたちの大きさに
飲み込まれてしまうかもしれない
昨日も明日もひどく遠くなるだろう
まるで一方通行のむこうがわへ望みをつないだ
祈りのようにたちあがるあの施設

僕は忘れる
あの体育館だけが残っている


Mother stood

  軽谷佑子

母親は
どこで誰が死んでも
悲しいので
あなたは母親です と
言うしかない

しかたのない光を
たしなめることもなく
立ち続ける
光は
光のままに

恩寵の花環は
あなたとおなじ顔を
している
目をとじて
積み重なって

けがれを知り
血をながす
ほんとうは許されないのよ と
ほほえむ
あなたは
母親


ハラタキ

  望月 悠

はらたき


からべ湾の入り江に太陽が射した。春の風が匂い立つように肌にふれてき
て透明な足をうごかすようにして風のまわりを風が音もなくつつんでゆくの
であった。なまあたたかい風をやりすごして、少し冷えた磯の岩場に足をは
こぶ。磯の岩は干潮のときには地肌を露わにする。悦子は、磯を泳ぐむすう
の魚にやわらかな眼差しをむける。ごんずいの群れは、悦子が差し出した手
には目もくれず、きらめきながら岩肌の海藻にわけいってゆくのだった。そ
のたびに海藻が、こぼれるように打ち震えては、したたるような艶を張り出
している。ふと、赤い小さな海老が岩から、ゆれるようにして磯の中央まで
泳ぎ出てきて、悦子の心をとらえる。悦子はのびあがるようにして海老の独
壇場を見守る。海老は、わずかにゆれるようにして悦子の鼻先を見つめるま
まに、ふたたび暗がりに消えてゆくのであった。
 からべ湾の朝は早い。悦子がこうしている間にも、幾人もの大人の女が、
浜を通りすぎてゆく。「はらたき」というこの地にしか生息しない奇妙な二
枚貝を掘り起こすことを、女たちは毎朝の日課としているのだ。うつくしい
流線形の形状をゆびでなぞったら、指に血がにじむ。そう言われるほど、鋭
くそれでいて凄絶なほどにうつくしい貝であった。悦子の白く細長い指が、
はじめて「はらたき」に触れたとき、血はにじまなかった。悦子は、そのこ
ろまだ幼く、血がにじまなかったことを悔しがりひとしきり泣いた。なぜか
わからないが、止めどもなく涙が溢れ出てくるのであった。貝にふれて、血
が流れる。その残酷なまでに不思議な感触を早熟な悦子は、感受していたの
かもしれない。実際の貝は、からべ湾の荒波にもまれて、その大抵が、すり
へってやわらかな形状になっている。だから、ふれても血がにじむことなど
なかったのだ。それとなく、そのことを悟った、幼いころの悦子は、まだ生
まれたばかりの、無垢な美しさを保った、「はらたき」にふれてみたいと思
ったのだった。
 今、眼前では大人の女たちがそのささくれだった手で、「はらたき」のい
くつかを洗いながら籠に入れている。実際「はらたき」は、水深二・三メー
トルの浅い砂地に生息していて、その気になれば容易に手に入る貝なのだ。
しかしながら、当時幼かった悦子は、それはとてつもなく深いように感じら
れたし、貝殻のほとんどは、浜辺に打ち上げられた、砕けたものしか、手に
とったことはなかったのである。昔を想起して、悦子は苦笑する。いましも、
磯のごんずいが切り返して悦子のほうへと泳いでいるときであった。


間隙

  ミドリ



バスタブにはった湯
地方都市のホテル
モジュラージャックを抜いた
壁のカーテン
テーブルの上のミネラルウォーターが
温度を上げていた

駐車場にバックで
車を止めると
梅雨が明けたばかりの海
シーリングファンの
揺れる部屋
身体が疲れ果てていて
南風に伝ってくる

シャワーを浴びた舞が
濡れた髪を梳かし
タオルを巻いて出る
クッと背を衝かれるように抱いて
またキスをする

煽られて取れた
胸に巻いたタオルが
足元に落ちて
カマンベールチーズに
ゆっくりと指を入れた
ガブリと頬に膨らむ
カツサンド

5年前
会社の酒宴で
向かい合わせになった舞と僕
悪戯っ子のような笑みを浮かべ
僕の顔を覗き込むと
シャンパンを抜くみたいに
話かけてきた

2本の足をブラブラさせ
パーカーフードを被ったその瞳は
ピンク色した頬を
髪を顔にうずめ
銃ていで叩くように
テーブルにつっぷした

六本木で飲んだ後
ふたりは初秋の夜風を
ポケットに突っ込んだ

その場所で
星屑を寄せ合うように
ふたりは唇を重ね
そして突き放すようにして
交差点で別れた

ドンとふたり
仰向けになったビルの屋上
「会社を辞める」といった舞の
その五感をくすぐる声が
緊張の割れ目から
突き刺さったみたいに
空を見ていた

舞はバックから
リゲインを2本取り出し
パキッとあけて
「うっせー やつらだぁ!」と
大声で叫んだ後

ガブガブ飲んで
空になったピースの箱を
ヒョイとビルの隙間に向かって
思い切りスローイングした


Contra- No.558

  コントラ

枕崎の海岸に打ち上げられた記憶は
入管で取調べを受け
入国を拒否された

係官が彼らのシャツをはたくと
砂がぼろぼろと落ちてきた

それは
上陸できずに
浅瀬に埋まっていた
みたされないおもい

あやうく県知事肝いりの
護岸工事で
テトラポッドの重みの下に
沈められてゆくところだった

生協スーパーのまえでは、旗を手にした
主婦たちが集まって
スピーカーで何か叫んでいた
手にしたチラシの山
カラー印刷の光沢をすべる真昼の光線
彼女たちは「子供たちの未来を守るために」
声を張り上げる
「アジアのひとびとと連帯するために」
スピーカーをますます高くかかげてゆく
交差点はかたちを変え
信号機のランプは青から黄色へ、そして赤へとかわる
でも彼女たちの声のトーンがあがればあがるほど
街からは陰影がきえてゆく
公園は無人になる
残ったコンクリートの堆積で
区切られたアブストラクション
そのうつろな質量を「平和」と呼ぶ

天気図は60年前のあの日と
同じ配置をしめしていた
南西にちぎれゆく雲
その親指ほどのすき間に
顔をのぞかせる アジアの島々

ゆるやかに南下する海流
その軌跡は若い兵士たちの足どりを
なぞっていた
目を閉じて足をひたして
流れてゆく

高いヤシの木にまもられた
マングローブの入江
丸太で組み立てられた小さな埠頭で
手を振る男たち

海流はそっといだく
大人もこどもも
ヒステリックな女たちがかかげる
スピーカーも
仏壇に目を閉じ祈る祖母の背中で
振り子時計が8時を打っていた
あの朝も

この国の歴史教科書には海がない
かつて船で見送られていったひとびとが
かいだ潮のにおい、故郷への想いや
はるか遠い世界をみすえたまなざしは
海の底
乱反射するガラス瓶の集積のむこうに
いまも癒えることはない

一夜あけたいま
海岸には土砂を積んだトラックが何台もとまっていた
集まったライトグリーンの作業服の男たち
トラックの窓から煙草をふかし
見つめる先には今日も
眠気をさそう
波ひとつないアジアの海


宇宙船のさっちゃん

  ミドリ




宇宙船がひまわり畑に着地した
宇宙人たちは
30分で着替えを済ませ
ハッチをしっかり閉じ
キーホルダーをポケットに仕舞った

クリーム色の彼らの肌は
人目を引く

チュー坊と言われたひとりが
ハンカチで額を拭きながら
「ちょっとウンコしたい」と言った

リーダーのポン太が軽く目配せすると
チュー坊は茂みの中にしゃがみ
ひとときの思いを過ごした

さっちゃんという女子中学生が気を利かし
そっとティッシュを手渡してやると
チュー坊はすまなそうな顔でそれを受け取り
きっちりと拭き取りながら
「悪いね」と言った

リーダーのポン太が重要な発表を仲間たちにした
「地図 持ってくんの忘れた・・」

カバちゃんという受け口の男が
交番に行っておまわりさんに訊けばいいと提案
彼は一度地球に来たことがあって
みんなから頼りにされている

「みんなで手分けして交番を探そう!」
ポン太はテキパキと仲間に指示を下した

果てしなく続く
カラカラの夏
宇宙人たちには汗腺がない

チュー坊は
星に残してきた妻子を思っていた
そう言えば上の子は今年 小学生だ
妻にいつまでも
内職の仕事をさせてすまないと思った

さっちゃんが
ふらりとソープランド街へ入って行くと
客引きがもの珍しそうに店内へすっこんで行った
茶髪のスカウトマンがホープを咥えてやってきて
さっちゃんに
「ねえーちゃん エエ乳しとるやんけ」
と軽くジャブを打つ

さっちゃんはビックリしてホッペを赤くした
彼女は農家の娘さんで
夜這いとかで
色んなえっちも経験済みだが
お金で体を売ることについては 両親も反対している

「まー 事務所で茶でもどや」
という誘いにまんまと乗った
押しの弱いさっちゃんは
宇宙人の
地球での就職組 第一号だ


リアルフレイズ

  


その
濡れた前髪から
滴るみずおとが

あたしを震えさせて

ひたひた
夜が染みてくるのです

あなたは

何もいわずに
けわしい眸で
あたしの服を脱がせて

まきつけたタオル越しに
ついに骨ばかりになったからだを
きつくだきしめるのです

夜はひたひたと
かみなりを連れて

ノックの音もなく


  まーろっく

旗を振れよ

あらゆる窓からバルコニーから
何にも属さない、きみの旗を
それはもって生まれたきみの模様
変わることがないきみの色彩

旗を振れよ

放課後の校庭からビルの屋上から
それはかげろうにゆらめく蝶の羽
陽に透けて見える毛細血管
きみがきみであるためのしるし

夏の空になげうたれる色彩
時のうちに崩れ行く意匠
小さな手が、若い腕が、老いた肩が
風にあらがって旗を振っている
誰かに向けて
何かに向けて

旗を振れよ

地上を覆いつくした蝶の群れ
祈りは乾ききったとしても
今ここにいることを告げようとして
旗がゆれる
町がゆれる
きみがゆれる


一グラムの夜

  丘 光平

 紅茶の午後は
 ひとさじのブランデーと一枚のうたを添える


 となりの部屋で
 郵便配達がベルを鳴らす5分前
 忘れていた秋からの便りは届く



  画廊の中空にたゆたう湖
  若い女の氷が
  あざやかに燃えている

  名を呼びつづける
  森の恋びとは
  生まれて初めて
  朝のうしろ姿をみつめた



  K家具店では
  硝子の椅子がよく売れている

   ―主人には
    出来のいい双子の息子がいたね

   ―ひとりは
    一歩も外へ出ることなく
    行方がわからないんだ

   ―ひとりは
    占い師になって
    木曜日に美しく狂ってしまったよ



   ヒトイロ欠ケタ
   虹ハ
   旗ノヨウニ
   歌ッテイル

   ミツバチノ
   群衆ガ
   麦ノヨウニ
   指差シテイル



  屋根を持たない礼拝堂
  茎の折れた花嫁は
  石を胸に抱き乳を与えている

  束ねられた男たちから
  花のように
  こどもたちは帰ってきた



  終わらないカルタ遊び 
  薔薇のとげに
  蛍がしんしんと流れてゆく

  窓辺には
  踊りつかれた白いブラウス
  そして
  青い少女の音



 となりの部屋で
 二度ベルが鳴る5分前
 遅れていた秋からの便りは届く


 紅茶の午後は
 ひとさじのブランデーと一グラムの夜を添える


NO TITLE

  浅井康浩

                        RIRI SWITZERLAND Style

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
                                    


                                   
                                   充さ
                                   溢さ
                                   しや
                                   てか
                                   しな
                                   まう
                                   うる
                                   こみ
                                   とで
                                   のも
                                    っ
                                    て



                                             NO TITLE NO SCENE




繊維質の輪郭       わたしが「蜜につつまれていった」という文字でしめくくられるはずの言葉を記すために
をどこまでも       これから書きはじめようとしている序章でありまた中間にも位置する言葉たちの成立をお
なぞってゆき       もえばどうにもいたたまれなくなってわたしたちにとって甲板とよばれる場所へとたどり


あいつ おそら
がぽう く記号
ぽうと では下
鳴きだ 降線状
すのは にあら
決まっ わされ
て夜に るだろ
なって うシラ
からだ ブルの
とよう 内部へ
やく重 と滲ん
い口を だその
あけて マッス
しゃべ はここ
りはじ ちよく
めるた 耳にな
めのプ じんで
ロロー ゆくか
グとし とおも
ての船 えばす
長の話 ぐに浸
のその 透しは
とっか じめる
かりの のだけ
断片を れどふ
たしか わふわ
に聞い ぷにぷ ところどころで起こってしまうある種の変質をみとどけようと
たはず にとい 描写をこころみようとすれば
だった う質感 たちまち記述の線はみずからのゆびさきの指紋のきれはしとつながり
がその として あとはするするとあなたが指の先っちょのほうから内側へとなだれゆく変質そのものと
声とも しかあ なってしまってしまう
つかな らわす ときおり、
い語尾 ことの 
の発音 できな 
の余韻 い形態
だけが が固有
妙に耳 の名詞
の内側 という
になじ ものを
んだか 名付け
とおも えない
うまも という
なくわ 不気味
たしは さをじ



                    かこいこまれるためにあるものとしてうまれ落ちるあなたたちの
                         安堵ともあきらめともつかないあのさわやかな感謝は
                                           わたしたちを
                  つつみこんでゆくためにあるものとしてうまれさせてゆくこととなり
                                              同時に
                        うまれてくるわたしたちのうぶごえのひとつともなって
                                        わたしたちのなかに
               つつみこまれているものたちのもつ胎内のあおい羊水のなかへと静かに響き


さながら  
     あまい蜜  
          を体内に  
               ひめたる  
もののよ  
     うにふる  
          まうこと  
               ではから  
ずも溢れ  
     てしまう  
          液体によ
               ってみず  
からの身  
     体へとふ  
          るふるふ  
               るえるみ  
ずみずし  
     さが浸潤  
          するにま  
               かせてふ  
くませて  
     ゆくこの                    
          誘惑に。
                   



ささやかなうるみでもって充溢してしまう





中性化された地形図は
ふりかえられることない水脈で満たされ始めていて、よかった
拡張してゆく輪郭は
疾走し、直交して、あらゆる領域を座標化していって、好きだった
いつものように
夜明けともなれば、森林管理署の砂礫地から軋みの音が聞こえはじめて
あたりいちめんを湖沼の記号へと変換してしまうはずだった
ぼくたちの街の、あの地形図の白にまぎれながら
空間のなかの堅牢を記号として、液状の空隙へと写しかえているものがあるとすれば
それは灰色のオオカミだから
とめどない流出にさらされている地形図の
色彩を抹消することで全体の記号を溶解してゆく手際を見てしまう前に
[記録[分類[表象[配置[切断
析出という部位に隠された現実の繊細な手ざわりを受け止めながら、ぼくは、
あらゆる建築的質量を奪われてしまうだろう地点へと、
立ち戻ってしまわなければ、ならなかった


襲撃

  

コンクリートの波頭で
私は水平線の大きな射精をみました
どうして男たちは抗うのでしょう
どうして孤独に甘んじないのでしょう
もしかして私が見た大きな射精は
男たちの癒しようもない孤独だったのでしょうか
私は海から出現した
その山のような噴出物に驚いて
もう美や芸術を捨てました
それよりも もっと
身近なものを信じたかったのです
私は自分の買い物籠付き自転車を
今までに増して愛用しました
それでもふっと襲われるのです
夜に白熱街灯の道路をたどって行くと
それが男たちの愛の道標をたどっているようで
私は逃げ出したくなるのです
買い物籠付き自転車を止めて
今日買った物を
ひとつひとつ
泣きながら確かめるのです


少しだけ詩を書いた夜

  リョウ

高校生だった僕は
泣いて
泣いて
チンピラに憧れて
チンピラになりたくて
夜の街を歩いていたのです

高校生だった僕は
お金も無くて
遠くに行けずに
ただ地元の真っ暗な商店街を
あても無く歩いていたのです

100円ライターとタバコと
虎の子の120円を持って外に出ると
夜の風は知らん顔をして吹きぬけて行くのです
それでも僕は
チンピラに憧れて
泣いて
泣いて
夜の暗い商店街を歩いていたのです


毎朝使う駅は既に眠っていて
その前に頭を抱えてしゃがみこむ制服の男子学生が一人
酔いどれ天使のギター弾きが二人いて
僕は少し離れて座り込んだ
甘いコーヒーが好きだった

酔いどれ天使が歌う
ブルージーな「愛を取り戻せ」に
チンピラになりたかった僕は涙を流した
学生はずっと頭を抱えている
僕と同じ中間考査で悩んでいるのだろうか
隣に座ればわかりあえたかもしれない
でも僕は動けなかった
彼がいなくなればいいと思った

目の前を
千鳥足ですらない裸足の女神が引きずられて歩いてゆく
僕はチンピラになれない事を知っていて
少しだけ神様にお願いをする

どうか僕を不幸にしてください

チンピラになりたくなくなった僕は
家に帰って
少しだけ詩を書いて眠った
チンピラになんてなりたくない
不幸になんてなりたくない



家のベッドはやわらかくて暖かかった
120円の缶コーヒーを幸せにしていた夜は
もうすぐ開けてしまう


銀の鈴参り

  ヤギ

それは不思議な行列でした
新月の夜でしたのに
ぼんやりと照っていたのです
そこかしこからケタケタと笑い声が聞こえましたのに
誰も笑っていないのです
一行は静々と厳かに歩みます
この世の者ではないようでした
その中の一人が竹を担いでいました
竹には幾枚かの紺色の短冊と
幾つかの銀色の鈴が揺れていました
鈴はしゃりんしゃりんとかき氷の溶ける音を立てて
それがなんだか懐かしく思えまして
私は後について行ったのです
暫くして竹を担いだ男はこちらを向いて
薄うく笑い
ぽつ、と一枚短冊を取ってくれました
指を触れると仄かに青白色に光ります
私は小指で願い事を書きました

・・・・・・・・・・・る力をください

短冊は自然と舟の形に折られてゆき
その中に水が湧きました
夜の川の色です
いつしか笑い声は止んでいて
私はそれを飲まなければいけない気がして口に含みました
ほとんど匂いも味もなく心地よく冷え
鼻に抜けるごく微かな甘みに胸がすき
とても優しい気持ちになりかけたのですが私はその水を

吐き出しました

男はそれに怒るでもなく
笑うでもなく
悲しむでもなく
ちょうど墓石を前にした人が見せる独特の無表情さを見せて
すいっと背を向けた拍子に消えてしまい
私は取り返しのつかないことをした気持ちになりながら
見知らぬ山道に一人
笹舟を手にして立っていたのです


八月三十一日

  月見里司

珍しく定時に上がれる嬉しさに軽い虚脱感を感じながら冷房の効いた会社を出る
迎えるのは夕方の熱気
残暑と表現するにはまだ残酷な気温、湿度
黒ずんだ街路樹には蝉が大量に止まっている
かれらは声を上げ続け
交通量の多い国道は場違いな蝉時雨で埋め尽くされる

もう夕方と言っていい時間帯だが子供の姿はあまりない
少し考え 今日で八月が終わることに気付く
ランドセルを背負った子供が
一心不乱に塾の宿題を片付ける下り電車

駅からアパートまでは歩くことにした
日は 夏至の頃よりももう 大分短い
数本しか立っていない街燈が
ジジ、と耳障りに鳴って頼りない光を灯しはじめる
前を行く女性が避けていった蝉の亡骸を道の脇に移して

長く薄暗い
緩やかな下り坂を
ゆっくりと
取り戻すように
懐かしむように
歩む

降りてゆく

風通しの悪いアパートの中
すこしだけ濃い闇には まだ夏がまとわりついていた
電気は点けず 窓をしずかに開ける
生ぬるい夜気とともに 秋の虫の声が部屋にしみ込む

出ていない月の光に照らされ
蝉はずいぶん遠くで鳴いているのだろう


午後のペンギン

  蛙の庭

「南極はどっちの方ですか?」
訊いてきたのは四羽のペンギン
子どもとはぐれた午後遅い動物園で

南はたしかあっちだけれど
もし南極へ行くのなら北に向かって
近場の海に出るのが現実的かな

(そうだ海だ)(おゝ海だ)(海をめざそう!)
ぼくの言葉に反応するペンギンたち

だけど南極はけっこう遠いし
サメとかクジラとかクラゲとか
おっかないやつもうようよいるぞ

(船はどうだ?)(船に乗ろう)(密航だ!)
それでも盛り上がるペンギンたち

こんな地方の港からは
外洋に出る船などめったにいない
と言いたかったが言えなかった

たとえば超高速の台風のような
トラックが行き交う車道とか
津波のように人間たちの足が
押し寄せて来る横断歩道とか

どうやって抜けていくつもりだい
第一、きみらはまだ檻の中だぜ

(南極までの遠さを思えば
(それはささいな問題に過ぎません
(ぼくらは思い煩うのは苦手なんです

きみたちはすごいなあ、
なんでそんなに前向きなんだい
というぼくのこころの声は
まるで聞いていなくて

ペンギンたちは揃って
北を見ている

潮の香りでもしたのだろうか


  樫やすお

私は貧血のまま図書館の椅子に座り続けていた
はじめ目の前がしらしらしてきて、まっ黒になったのだ

目を開けていた

太陽の温かさを感じたが、光の痛みを感じなかった
私は視力がもどるのを待っていた

私は目に見えないものを一切信じない
梢のはずだから、その音を潮騒とは思いたくなかった

静かだ、右前に座っている人の感じが掴めない
血が再び色を染めればまた現れるだろう
きっと、そこにある

光は見えなかった

私の視覚はいま何を映しているのだろうか
そもそも何を見てきたのか
いま見る私とかつて見ていた私は何か

私は神に、種明かしを、本物を見せてくれと祈りかけた
理性はそれをすんでのところで喰いとめた
そして永遠の墓標にそれを刻みつけた

        *

安楽が訪れた、視覚が回復した

私がまず見たものは、
所々の影が白く塗り潰された図書館だった

右前の人は顔を伏せて
青く細長い指に支えられた本を眺めていた

彼女、はいきなり身を乗りだして私の喉に噛み付いた

        *

こうして私は白いベッドの中で四つ目の視覚を得た
 


九月のけもの(再投稿)

  真二郎

九月の海辺
九月の夕べ
九月の海辺の夕べの十字路
小さい子らが 屋根裏部屋から
じっと よそ者の僕を見る


夕べのよそもの
夕べのけもの
夕べのよそもののけものの姿
女たちは 夕餉の湯気越しに
遠いため息をしている


薄暗い夕べ
薄暗い海辺
薄暗い夕べの海辺の港
漁師たちが 酔い潰れて眠るとき
薄暗い九月の十字路に立つよ


背中

  まーろっく

切られたり
刺されたり
ましてや
撃たれたり
したわけじゃないが
どうにも背中は傷だらけだ

新しい肉の盛り上がったのや
飴色がかった古いのや
妙なかたちの火傷のあとや
傷ばっかりが増えていく

それでいて口笛を吹いたりする
それでいて酔って歌ったりする

背中の傷がうずくから
うめきたいのを黙ってるうちに
やがて牡蠣殻やフジツボまでが
いまいましくも張り付いて
肩ごとずり落ちてしまいそうな
重さになる

それでも硬く押し黙っている
それでも皮を厚くしてこらえている

そんな背中がエスカレーターで運ばれてくる
階段口からよろめきながら溢れてくる
細長いプラットホームの空
この世の隙間から見上げるつかの間の朝
みないっせいに反った喉から声をもらすのだ
ひげの剃り跡をふるわせて

背中を脱ぎ捨てた声が昇っていくのだ
低く太い声が交じり合い、響き合って
地上の隙間から空に向かって
太古から続く生物の音声で

煤けた電車が狭い空を遮る
有無を言わさず押し込まれ
シュっといって缶に蓋がされる
また押し黙った背中の缶詰がガタガタと
巨大な工場に運び込まれる

きまった時間に
きまった量だけ


庭木の皮

  樫やすお

私は知れないと悟った
それでもたくさん近くで見た
アスファルトに、
川辺で、


あれです
街路樹の数千の鱗
――その思惟をとらえる

憶えています
すすきの原っぱに居りまして、
生殖がごわごわしておりまして、
――その思惟をとらえる
だから引き抜いてあげました
――アア、
引き抜けば
彼らはケラケラ笑って死ぬ

部屋にいても
街にいても
耳の後ろがイライラする
夜の草むらのコオロギ
触りたい

思惟
南山を見る
あら思惟
ああ
思惟です


殤心

  キメラ

面影はなくなったのだ
そこにはたらくちからを
しばらく考えもする
不条理ではない 赤い血だもの
とくべつはひかりを放ちながら
平楽のなか 潤いはかぜだったか
中核にむかい やがて永い花屑な時節にすら
罅をえがき 淑やかに染みいる囁きなら
なにを罰とすればいいのだろう

特異なるはひとの変身也
否 戒律から逃れれば
或いは救われの岸辺に
恐ろしく曲々しき電発性の対価
灰色ではなかった黒雨
曇り空にくぐらなかった
あまりにも甘美なる逃走への残骸よ

塗り込んでは そこから傍らに強く靡いていた
なぞるようないのりと 淡き幼さへの終焉奏
ことごとく尖った水泡ひとつ
まもりとおした希少な日光日和よ
残響は充分ななれあいを砕き
面影
ああ面影

ひさかたのうたはこれから埋葬されるのだ


挟み撃ち

  りす

団地の砂場で アメリカザリガニを見た
子供たちの輪の中で 大きなハサミを
低い空へ 突き上げていた


団地の集金当番が回ってきた
住人たちは ドアの隙間から 腕を突き出し
無言で自治会費を手渡す
そそくさと部屋に引っ込む姿は あの
アメリカザリガニ得意の すばやい後方移動に似ていた

アメリカザリガニの背中が 赤く色づく頃
僕たちの平熱は上がりはじめ  夏が来る
ハサミウチ! を合言葉に
僕たちは 前と後ろに網を仕掛けて 
アメリカザリガニを捕まえるのが 作戦だった

集まったお金を見て
「このお金持って逃げちゃおっか」なんて冗談をいう妻の顔は
「このザリガニ茹でるとおいしいよ」とバケツを覗いていた
母親と似てきたようだ

アメリカザリガニの赤い背中を追いかけて
用水路を辿っていたら 隣の町に来ていた 
僕たちは 重たいバケツをぶら下げて
街灯に光る用水路の 青い筋を頼りに
家に帰った


誰もいない砂場に アメリカザリガニがいた
小さな背中をつまんで 持ち上げてみる
体のわりに大きすぎるハサミが
重そうにたれさがっていた

アメリカザリガニは狭いところが好きだった
水草や岩の間
僕たちも狭いところが好きだった
押入れや納屋の奥

アメリカザリガニを帰す場所がないので
部屋に持ち帰ることにした
妻はおそらく アメリカザリガニを 知らない


枯れ木

  丘 光平


 さがしているのか 鳥
 空とわたしのあいだを
 まわりつづける

 羽のきしみ それを
 かなしみと呼ぶのは 
 わたしが
 陸に生きることを選んだから

 やがて
 陽をつつむ羽ばたきに
 冬の声がにじむのは
 わたしのなかで
 水が水を追い越してゆくから

 この
 枯れたむらさきの手のひらで
 鳥が終わる そのとき
 地図に載らない
 森という森に倒れるものたちから
 いっせいに放たれる

 弓矢よ
 わたしのしらない
 空の鍵をまわすためなら
 幕をかけおろす
 ばらの肌をつらぬいてゆけ

 ひらかれてゆく
 夜を生む夜のまぶたから
 水は降りくだる ああ
 森をのみこみ
 わたしの呼吸を焼く それは

 海 海とは
 この星の感情なのだ と
 わたしはわたしの
 腕をおり足をきり
 鳥の歌の名残でゆわえた
 孤高のいかだとなって

 もはや
 水は水を
 歌が歌をあやめることのない
 風のみちびくところへ
 船出する


463987BEATS KEMONOSTYLE

  abu

1
この国のプリンスと幸せに暮らす お姫さまが好きなんだ

お姫さまは
山を一つ越えて 人間共やフルーツが沢山いる街の先にある
白い 立派なお城に住んでいるのさ

白い 立派なお城の上には 赤い三角があるんだ
白い 立派なお城の素敵な窓は 全部で百四つさ
その中で 彼女が顔を出す窓は たった一つさ
一番上の 一番左側

この国で 一番きれいな彼女は
     一番が似合うんだ
世界中の 一番が 彼女に恋をしてるんだ

ぼくは いつもみてる
彼女が
毎晩 一番輝く 星を観てから
   一番暗い 星を慰めて
それから きまって夢の中で眠ること

彼女がこの国で 一番 やさしい
        一番 きれい
        一番 すき

2
たった一度だけ 彼女に触れたことがあるんだ
でも あれは夢だったのかもしれないな
たとえ夢であったとしても いいんだ

すごくうれしかったから

3
その夜も いつものように山を越えて
人間共やフルーツが逃げた街を通った
白い 立派なお城に来て
ぼくは
彼女の 一番輝く 星を観てから
    一番暗い 星を慰める のを観た

彼女なら その後
静かに窓を閉め 部屋の灯りを吹いてから眠る

でも そのときは違った

お姫さまは ぼくの方を観た

4
十センチぐらいの 隙間が
 ぼくの 脳 と 会話する

ぼくは 星になった       (十センチほどの)
ずっと そう願ってた      (約十センチの間)
星に お願いした日もあった   (十センチの日に)

ぼくは星になったんだ
つまりさ
 ぼくは ぼくから解放されたのさ

つまりさ
 ぼくが ぼくでなくなる というのは
 とても大事な瞬間さ
 その一瞬のため
 その出来事のため
 なによりもぼくのため
  (この後 少しの間 十センチがキーワードになる)

5
彼女のシルエット だけが目に映る
彼女の陰はなにやら 動いている
ぼくは 彼女の十センチ先に出掛けたままの
視線を それとなく
    しかも注意深く
    引っ張る

十センチは ひどく長い
十センチは たんぽぽの身長
十センチは ぼくの指の爪
十センチは ぼくのこゝろ
十センチは ぼくの目に映る
      きみの陰の部分

十センチがやっと戻ってきた
ぼくは彼女を確認している
彼女は  おいでおいで  としている
ぼくに?
まさか    いや ぼくに

6
もう一度 ぼくは いなくなる(トリップする)

一番輝く星をみた
一番暗い星をみた
一番上の赤い三角はいつもより 尖っている

 それから 羊飼いに教えてもらった星座をみた
 オリオン座 乙女座 獅子座 牡羊座に天秤座
 土星の輪を観て
 光を食べる真っ黒も観た

いろいろみてから 一度 白だけになった

そして ケムクジャラの頭が視えた
    ケムクジャラ頭は 何かを視ているようだ
    ぼくは
    ケムクジャラに気付かれないように
    ケムクジャラの視線にぼくの視線を
    そっと のせた

  ケムクジャラは ケムクジャラをみている
そのケムクジャラが またケムクジャラをみて
それが終わらないで ずっと 長い間 それだけで
ぼくは ぼくばかりみて恐くなった
(ぼくは ぼくを視たことが それまでなかった)
   
   終わりが先か 始まりが先か
   おわりはあお はじまりはあか

7
目の前をとんだ 虫の羽音に恋をする
恋はリアルを知って奇妙に驚く

今流れているだろう 時間に再び帰る

後ろからの視線がぼくを誘うけど 振り返らない
なにしろ 彼女が呼んでいる

ぼくはうれしくなって 足が急ぐのさ
気持ちも急ぐから バランスがいいんだ

こゝろが踊る
十センチのタンポポが歌う
先の尖った三角がトランペット
一番輝く星は鈴をならす

一番暗い星は これから と ぼく

8
立派なお城の門は ぼくを入れまいと 閉じたまま
しょうがないから高い 高い塀を乗り越えたのさ
木登りは得意だから かんたんさ

ただ 塀の天辺にあった 
立派なお城の一番上にある赤い三角よりも
鋭く尖った 固い三角に
腕をひっかけて 皮が裂けたのさ
少し痛いけど どうでもいいんだ
血が大きく踊りだすけど どうでもいいんだ

一番輝く星はまだ鈴をならしているし

一番暗い星は これから に 急ぐぼく

9
立派なお城の中に入った
急ぐけど静かに 虫の寝言のように悪戯に

中には 赤い立派な絨毯が敷いてあった
さっきよりも ダイナミックに踊る血は
 赤い立派な絨毯の上に 音になって消える

 したっ したっ したっ 
            ぴっ ぴっ ぴっ
  したっ したっ したっ 
             ぴっ ぴっ

10
階段を登るのさ
一番上の一番左側
流れる血とダンスさ
赤い絨毯が 丸くなる

11
彼女の部屋のドアは開いていました

好奇心と二人で 中をのぞくと
 お姫さまが 笑って中へ どうぞ と入れてくれました
彼女は ぼくの 踊り疲れて力の入らない腕をみて
 そっと 撫でてくれました
血は踊るのをやめて
 まるで 踊らなくなって
 丸くなった絨毯と一緒に眠りました  

12
彼女は ぼくの ケムクジャラの腕に 
       白いキレイを巻いてくれたのさ
彼女は ぼくの 首の下 や 裏 を 
          優しく撫でてくれたのさ
ぼくは 暖かさに気持ちよくなって
       何度も眠りそうになったけど
ひどく眠りたくなくて 目は絶対に閉じなかったんだ

   立派なお城の門がぼくを入れなかったように
   ケムクジャラは眠りを入れない
   しかし ケムクジャラがお城に入ったように
   眠りは ぼくに入ってくる

その後 彼女と 絡まってほどけない毛糸で遊んだ

彼女は ぼくのケムクジャラ頭を撫でたり
ぼくは 彼女のきれいな髪を触ったりした

   ぼくが 一番上の一番左側の窓から 眺めた景色は
   眠りが ぼくのこゝろで 触れたものと同じだろう

ぼくは眠ってしまったんだ

13
もう
 トランペット も すず も ぼく も 
                  いなかった
夢をみた
ぼくとお姫さまは 絡まった毛糸で遊んでいた
 足首に巻いたり
 手首に巻いて
  首に巻け

14
ぼくの視界は 
 目の表面をみて
 
  赤い三角をみて
  赤いお城をみて
  赤い絨毯をみて
 
  一番きれいな赤があって
  一番赤い赤だ

  赤いキレイをみて
  真っ赤なぼくだ

 目の裏側をみた

15
夢に続きなんてないだろ?
だから 全部夢だったんだ
まるで ぼく まで夢だ

0
プリンスは憎い奴だ
 だって 
  あいつは ぼくを殺したんだからな


ドアボーイ

  ケムリ

どこかの部屋であなたはシルクのドレスを試着してる
テーブルに咲いた花 灰の匂いがする
ビルディングはマネキンだらけ
窓を開けたら爆撃機がコールサインを出した

夜は清潔 どこを舐めても冷たい味
ドアノブに触れてはじけた真っ赤な輪廻
そっと燻らせた空爆警報
その始まりをずっと祈っている

ドアにはデタラメなネームプレート
片っ端から開けてたら 入れ違いの嘘つきが歩いていった
非常階段の隅で女の子が腐っている
屋上の鳥は飛びたてないまま石像になっていった

そっと火をつけて夜の底に消えていきたい
窓に映るのはいつだって誰かの顔
猿は着飾ったまま非常階段を走り抜けて
43階のドアは全て開け放たれている

真っ赤なリンゴが載った藤の籠に
羽根のない虫が集っている
腐り始めた鉄の柱に
爆撃の始まりを祈っている

伴奏者を忘れたピアノソロ
高まりながら解けていけたらいい
ドアボーイは口笛を吹きながら亡命する
あなたはドアを開けようとはしない

腐り始めた世界の隅で まだ開け放たれないドアを探して
想像を終わらす爆撃を待ちながら
未だあなたは想像の果てにいる
音が消えたら死んでしまえるといい


ひたり火

  キメラ

まるで偏執な物体が希少に向かいあい
執拗に岸辺を凌駕しきれないでいる
“失う”とは時になんと甘美な転生なのだろう
在るべき場所にモノが無くなる便宜上の不備
モノローグの反響が外界の冷旋に浚われたような失念
肌で覚えたシンパシーから
その琥珀を埋め尽くす 風光の彩よ

凍りついた警醒と溜め息は
心の触れあいからのみ賜る 柔らかき球体枠に
いつしか枯れた吐息を吹きかえし
物憂げな窓辺 焦点を失った終焉の唖響
銀河軌道の亡き半世紀を媒介し 乱れとぶ蒼羅漢
慈愛のヴェール 妖艶は地平の尺度に犯され
のち刹那に狂絶したままの幻暈の汽笛が
かすめに絶叫している

“とうめいが触れてくるのが解るか?”


様々に流れだした 宵のひたり火
かえれない祭囃子
永劫を纏い
世界の側線から
いま

いちじるしきおもかげに砕けよ

文学極道

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