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2005年02月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


真っ黒い炭酸水

  佐藤yuupopic

「壊れてしまった、もう鳴らない」
真っ先に思った

夜の海で落としてしまった、いや俺ごと落ちたと云う方が正確だろう
堤防が途切れる処で
ただ、島を
見たかっただけだった
イヤな事が続いて酷く酔っ払っていたんだ
ケータイどころじゃない
俺だってあやうく死ぬ寸前で
見上げた海面が炭酸水みたく泡立ってた

水は
冷た過ぎると痺れるなんて知らなかった動かないが手足は未だあるのか眼球膨れる鼻とハラワタ喉の奥捻じ上がる塩辛い痛い痺れる痛いいやもう痛くない何故か頭の中に炎上するビルが浮かんだ月の光がひんやり射して静かでキレイだキレイだけどそれが何だ、て云うんだああ、こんな処で終わるのか音が無いこの泡は俺が吐いているのか最低で終わるなんてそれこそ最低だ、どうか、
どうか、
俺に
起死回生のチャンスをくれないか

真っ黒に水を吸って
全身真白に膨れ上がった
俺は
夜の浜辺をそぞろ歩いてた
男の恋人同士に
消滅寸前で
助け出された
ごめん、ムード台無しにして
俺はまさに無様の中の無様王だ
でも
無様でも何でも構わない
あんな処で終わりたくなかった

有り難う恋人達
二人は優しかった
舌焼ける缶コーヒー
自分らの上着にくるんで
ずっしり濡れた身体を両脇から捉えられた宇宙人みたく抱え国道脇まで寄り添い
タクシーを止め
ケータイも財布もポケットの中一切がっさい落とした俺に
札を何枚か握らせ
「そんな事どうでも好いのよ。しっかり帰って眠りなさい」
連絡先も名前も教えず
いたわりながら後部座席に押し込んだ、
バックミラーの中小さくなってゆく手をつないで見送る二人を
塩で焼けただれ半ば潰れた目で
見送った

彼らに出会えて好かった
すげえな神様
きっと
あなたはそこにいるんだな
生まれて初めて、
心から、有り難う

なのに真っ先に思ったのが
「壊れてしまった、もう鳴らない」
だなんて
他に考えるべき事なんて
いくらでもある筈だったろう
お前
単なるバカだろう
だからこんな目に遭うんだろう

「番号がわからない 下の名前と生まれた町しか メールもやらない、て 今時めずらしくないか 故意じゃない でも、もう会えない 去年 空港で 出会っただけの あの子に」
なんてな
メモリーがなんだ
大バカ野郎

生きていれば偶然だってあるだろう
本当に会いたいと願いさえすれば
いやもっと
他にも願うべき事はあるだろう
あの二人に何か返す事だって
それから
彼ら以外にも

歯がガチガチ云う
俺、生きてんだな
運転手さん、暖房上げてくれて有り難う

魂込めて起死回生図れ、


ファインレイン

  軽谷佑子

友だちのサンダルは規則ただしく坂をくだっていって落葉の
温もりがそのうえに降り積っていってわたしは
胸をしめつけられる
のでした


彼女はうつくしくとてもわかい
朝にはあかるさが満ちている

(あかるいのは光が射しているからだ
風景を組成するこまかなもののすきまというすきま)


落葉は幾層も幾層も坂に降り積っていって冬が
終われば消えてなくなりますがほんとうは
ずっとずっと降り続けていていつかわたしたちは
頭まで落葉にうずもれる
のです


(彼女を組成する光のすきまというすきま)

つまさきまでびっしょりと濡れて
門脇に立つ朝の
湿り


友だちのあとをついて歩くわたしの運動靴は
なんの躊躇もなく落葉を踏みつけていって
彼女は眉をひそめわたしはかなしいかおをつくり
彼女のほうをじっと見つめる
のです


バード

  光冨郁也

 一人でいることに、何年も飽きなかった。シートの、海に伝わる神話を読みながら、永く暇をつぶしていた。精霊の女、の横顔の表紙。空腹の中、海に向かう道、カセットで、オペラを聴きながら、わたしは車を走らせた。食事をとる場所を探す。風が、目に当たる。細める/道の脇/女の顔が転がる。ブレーキを踏む/ハンドルを横に切る。
 女の顔は白い。軋むかのような声で、鳴いている。翼を抱えて、鳥の体の女はわたしの目を見て、鳴く。光る目が、心に残る。ドアを開け/風が流れ込み/鳴く。それに近寄る。歯が白いが、鋭く、わたしのほうに転がる。わたしは屈み、抱きかかえる。
 シートで、女の顔を押さえる。鳥の体は羽毛が柔らかい。片方の翼を痛め曲げている。
「ハーピーか」と、わたしの声に女は鳴く。
 それは、ひとの食事を邪魔するだけの存在だが、わたしは後ろのシートから、乾いたパンを出し、カップの牛乳に浸し、与える。女は笑うような目で、わたしを見上げる。わたしの股の上で、喉を動かす。次第に、激しく、水分をふくんだパンを、くらう。髪は赤茶で、ウェーブがかかる、その線にわたしは触れる。女の体は重い。

 わたしは、女と車を走らせる。風が、女を喜ばせる。笑い声がする。ただ走っているだけなのに、うれしいらしい。海が眼下に広がる。崖/ブレーキ踏む。ハンドルを静かに回す。鍵のアクセサリーの翼を、女は唇でつつく。わたしを見ては、何か言いたげに、ねえねえ、と目で話す。
 どうすれば、この時間を延ばせるか、わたしは、女の頬に指をあて、撫で続ける。
 雨でも降るのか、窓からの風は湿り、辺りは薄暗い。無言の時間が過ぎる。サーチライトをつける。舗装された道が続く。何年かぶりに女と話したくなる、が言葉はない。車内の沈黙に、ラジオをつける。
 DJの声はなく、歌声がある。
 ラジオに、女は聴き入る。女の横顔は、本の表紙の精霊に似ている。首を伸ばし、翼を拡げる。目が青く、海を思わせる。その深み、に触れたくなる。
 女は歌う。白い喉が震えている。その声は、わたしを眠りに誘う。ひとに死をもたらす、セイレーン、であるかもしれない。
 向こうから、ひとをおそう、女の仲間が来る、前に、わたしは、ラジオのボリュームを上げる。アクセルを踏む。女を窓から放り捨てるべきか迷う。片手で女の口をふさぐ。女が指にかみつく前に、わたしの体は眠りに傾く。

(死ぬな、これは)
 ハンドルを切り損ね/道の脇/落下する。

 女はそこにいた。シートに、挟まれ身動きできない、わたしの胸の上でうずくまり、頭をこすりつける。頬と頬がすれあう。女は鳴いた。わたしは夜の曇った空に、女の仲間が来ていないことを知り、はぐれた者同士、そのままの姿勢で、朝まで眠ることにした。携帯電話、を持たないわたしは、誰にも連絡をとれない。遠く、で波の音だけがする。キーを回す、がエンジンは動かない。キーの、折れ曲がった銀の翼が揺れる。本を台にして、コップに水を注ぐ、暗がりの中で。二人だけの沈黙に、女はむせぶ。

 女の目は濡れている。その縁を指で、たどり、こもるような声をかける。寒い暗がりの中で、わたしと女は互いの体温だけを頼る。片方の翼を、わたしは撫で続ける。
 女は笑うように、目をつむる。


ミドリンガル

  鈴川夕伽莉

(一)

窓の外には隣のアパートの
野ざらしの階段です。
寝静まる闇の囁くような轟音の
出所は隣の地下のライヴハウスです。
この街のちょっと有名な場所だと知ったのは
引っ越してきて数ヶ月の過ぎる頃でした。

半年に一度くらいは両親が訪れます。
休みの取れないわたしはほとんど相手をせず
両親は平安神宮やら北野天満宮やら
散策に出掛けては
さくらんぼ(左近の桜から落ちた)やら
梅の枝(道真公の梅園に落ちていた)やら
拾い集めては得意げに示します。
それらは国道四十一号線沿いの名もない里に運ばれ
うららかな風で呼吸するうちに
ひょっこり若い芽を吹いたりするのです。

おまえも、みどりがないのは寂しいに違いない。

そういって両親が持ち込んだのは
ポトスの鉢植えです。
両親が手塩にかけたものでなく
そこらのホームセンターの安売り品だったので
わたしは安心しました。

冗談じゃない、やっとみどりから逃れられたのに。



(二)

小学生の頃、クラスでめだかを飼っていました。
理科の授業の一環でしたので、水槽の掃除係は特に決まっておらず
そのうちものぐさなこども達によって放置されました。
ある日、ガラスに粘液にくるまれた卵がへばりついていました。
わたし達はそれらがめだかの卵であると信じてスケッチをしましたが
本当はめだかをさしおいて繁殖したタニシの卵でした。
それに気付いたわたし達は、水槽の掃除をしました。
そしてタニシをひとつひとつつまみあげ、
全部ベランダに叩き潰したのでした。

こまかい藍藻類の増殖も観察されました。
いわば水槽の雑草と言えますが、
それらは水中の酸素を奪うことで
水槽の動物の生存を脅かすのだそうです。

タニシを殺した空は雲ひとつありません。
地上は水の底であるべきなのかも知れません。
藍藻類の萌える。



(三)

こころは階段を踏み外し
ボタンを掛け違え。
段差に潜むくろぐろとした穴は
日に日に膨らみます。
ラピュタが来るのを待つため
空を見上げます。

北向きの窓の外には先ず水田
国道四十一号線のノイズ
以外の音をほとんど奪われて
隣の屋根とふたつ隣の民家
を越えたら山が連なって
まるで水槽の淵のように見えます。
切り取られ水面となって揺れる
青さに足許を掬われるのですが
実際のところ満足に
飛ぶことも出来ません。

ラピュタが来ないのなら
水槽の淵で死にたい。
蔦に絡まれ苔に侵され
土に埋もれたい。
最終的にきれいな空気になれれば
風も呼べましょう。



(四)

  窓の外の薄っぺらい鉄製階段を
  蟻ん子のように行ったり来たり
  せわしない足音が続きます。
  向かいのアパートの住人が
  引越しをするようです。

  遮光カーテンの外はどうやら
  うららかな日曜日。
  光合成に勤しみたいところですが
  この部屋の住人は
  私に水もくれずほっぽり出したまま
  朝も早よから仕事に出たきりです。

  ペパーミントの亡骸が
  やはり放置状態で
  私の隣にあります。
  彼女の父親が性懲りもなく
  また鉢植えを持ち込んだのですが
  私のような虐待に強い植物でなければ
  この部屋に棲息するのは難しいでしょう。

  彼女は自分の部屋を満足に掃除する
  余裕もありません。
  私のみどり色は
  彼女のささくれ立った神経を
  逆撫でするようです。


  ああ おまえはまだ いきているのだね。

  或いは

  ああ おまえはまだ いきていてくれるのか。


  彼女は帰宅してもこころの休め方を知らず
  張り詰めたまま暫く放心し
  突然折れるように眠りに就くのです。


  ああ きょうも みずをやらなかったね。
  ざんこくな わたしなど しんでしまえばよい。

  或いは

  ああ きょうも みずなどやるものか。
  そのまま いつまで いきていられるか。


  アートの窓の外が空に通じないのは
  彼女にとっては幸いなことでした。
  たとえ住人が引越してしまっても
  ただの空き家でも
  そこがみどりでなければ良いのです。

  取り敢えず今日は生きてみようかと
  思えるらしいのです。


ふっとう

  一条

音が水にひたされている
どこからながれてきた水なのか
こんなところであぶくのはれつにすいこまれてしまった
こんなところでてのひらにすくわれてしまった
だれのてのひらにすくわれたのか
すくわれたぼくはだれなのか
しょうたいのわからない
水がながれ
音がきえ
てのひらのすくうぼくがきえた
冬のしっぽが
春らしく
ちぎれながら
そのすべてがあっけなくうもれてしまった音にすべてのあっけなさにあぶくがたった
つぎのあぶくがたった
ふっとうですかと声がきこえる
どうにもならなかったぼくがふっとうをこばみつづけるどうにもならなかったぼくを
ふっとうさせるのですかと
そういう音が水にひたされている


改札口

  佐藤yuupopic

Tさんが来ると云うので、水炊きでもしようと
新聞紙にくるんだ土鍋を出して
それから
改札口まで迎えに行った

私が、台所に立っている間、
Tさんはすることもなく
テレビもレコードも、荷解き前の
しん、と静かな午後に
水をひたひた、春菊、
じゃくん、じゃくん、と刻む音だけ響いて

鍋を囲めばなおさら、口数少なく
湯気をかきわけ
ただ、宮崎地鶏をつつくほかなし

私が、お皿を洗っている間、
Tさんは
洗濯機のホースのゆるみを直し
サッシに油を点し
それから、なおも口数少なく
縁側に並んで
麩饅頭をいただきながら
あまく薫る、静岡茶を飲んだ

夕方になって、
Tさんがそろそろ帰ると云うので
今度はアパートから駅まで、先刻来た道を

Tさんは
切符と一緒に
改札口に、吸い込まれていく

一度、振り返って、もう一度振り返って手を、ひらひら
三度目は、もう振り返らない
ホームの柱と、夕陽の陰になって
もう見えない

次の約束もせず
私たちは二度と一緒に住むことはないのだと

胃の上の辺り
ぎゅうう、と
初めて逢った時みたい
に、なって
痛い、
塩っからい、
苦い、
熱い、
何かが、ぽたん、
と手の甲に落ちて、ああ、
「おかえりなさい」、て云いたい
自分から手、離したくせに、今更
どうかしている、と

電車はTさんを乗せて
がった、ごっと、しゅう ごーう

小さくなって、
消えた


波状

  守り手

五月の草原は
見えざるものたちの管弦楽団
風の指揮にそって 浅い夜を音楽にひたす
草むらに埋葬された僕を 星の視点から僕が見ている
なんて滑稽な図式 しかしうつくしい夜想曲
滑稽な美しさに 視界が曖昧にされる
ぼやける もしくは とじていく

まぶたのうらで
水底は深く澄んでいた
川を 葬列が渡る 散った波状は音もなく
むこうがわへとかれらを渡す
波状は立ち消え 水面はまた流れだす 音もなく
僕の葬列は行ってしまった

ここで飛ぶ
鉄塔群 逆光 遠い八月
複製された空を 飛ぶ 街を抜ける
まなざしの先の運命を まばたきの裏の恒久を
うつむきの奥に流れるだろう見知らぬけもの その血で
残滅する 瓦解させる 崩落の声 どこかできいた
鉄塔群に棲む冬猿 潔白のために殺した

裂いて 薄い肩の平穏を 待って
目をふせた星たちがおとす きらめく影の中で
五月になった 季節が呼んだ 五月になれと 季節が云った
ざわめきつづける鳥たちは声をうばわれて
海は静謐な凪に犯されている
そっと夜になり 押し寄せた闇がまぶしい
世界は管弦楽にただよったまま
すべてを放棄した

少女 と呼ばれるたびに
壊れていく地平がある そこでは
雷が蜘蛛の巣のように増殖していく すこし薄まった空気
思い出してもでてこない 少女の名前
また どこかで地平が崩れる

たぶんそう きっと つけたのだろう名前を
僕は 告げたのだろう名前を あのとき
思い出すのではなく創造すること そうして
波状を描いて 交差する世界の静脈

また戻して
葬列が跳ねていった川の水
黒く澄んだその浸食を風がなぞる
たゆたうように回る惑星のだれもしらないかたすみで
音楽は鳴らされて 幾つかの夜に溶けていく
解体された牡牛のそばでじっと動かない僕は
やはり 埋葬されているのだろう

管弦楽に耳をかたむける聴衆
露草を滑ったちいさな色彩は透きとおって

星の流したなみだは
ひどくきらめいて消えた


ダンボール二十五箱分

  佐藤yuupopic

厚手のシャツやレコード盤と、共に
折りたたんでしまわれていく
日々

昭和アパート、の二階
肉屋のコロッケ
常食
窓から覗く黒い川
昼なお暗い
俺の部屋

考えるな
ガムテープ三十センチ余りで
びーッ、
と閉じてしまえ
全部。


掃除機をかけるたび現れる
ぎくり、と刺す
亡霊
(ちぐはぐな、ピアス)

(ゆるんだ、アメリカピン)

(甘く、香る瓶)

(髪のように長い、もの)
お前たちはもう死んだ、
いらない

潰れた店の跡 更地、元の光景はおぼろ、記憶の曖昧
流れて寄せて
俺の事実も
波が引く如く消えて往くだろう、
半月もすれば


この町が
俺を忘れ去る前に
爪跡ひとつ残さず
消えてやるのだ

最後に鍵をかちり、
と云わせたら
さらば、
汽笛上げる間もなく
出て往くつもりだ

たったダンボール二十五箱分の
俺は。


Pointe (ポアント;つま先で)

  Canopus(かの寿星)

ぼくの知らない光
ぼくの知らない舞台
ぼくの知らない地平

君は舞台の袖で出番を待つ
淡い照明が
ツンと顎をあげた横顔を浮かべる
新しくおろしたシフォンのチュチュ
柔らかな菫色のトゥ・シューズ
小さな希望に膨らみかけた胸 覚えたてのパ
君は舞台の袖からまぶしくプリマを見つめる
アダジオからアレグロへ そしてパ・ド・ドゥ
速度を増していくピルエット
アラベスク・パンシェ グラン・ジュッテ
君の 外側を向いた指先とつま先が小刻みに震える

君の知らない闇
君の知らない北風
君の知らない茨の荒地
いや 本当は
ぼくもまだ知らない

コオル・ド・バレエにも
ぼくは君だけに視線を送るだろう
君の指先からつま先から こぼれ落ちる光の曲線を
ぼくは喜んで仮面の男になって
すべて飲み干そうとするだろう

プリマの賞賛に鳴りやまぬ拍手のなかを
君は両腕をあげ つま先をたてて
群衆の一人として旅立っていく
ぼくの知らない舞台 ぼくの知らない地平へ


自由をめぐる空想(第四稿)

  ワタナベ

正直、高校を卒業した時の成績はよくなかった
偏差値にして40前後
空を飛ぶ試験にうかるには絶望的な数字

なにしろそのころ
空を飛ぶための試験を通過するには
偏差値にして60くらいの成績が必要だった
そこそこの数字だ 今と変わらず倍率も高い 当然か

当時、楽観主義者だった僕はあたって砕けろで試験を受けて
見事粉砕して1年間勉強をしなおすことになったわけだ
もっとも楽観主義者なのは今も変わらないけれど

高校のころうんざりするほどやった基礎公式
(50kgの人間が30cm空中に浮くのに位置エネルギーがどうとか)
こむずかしい理論
(気候と飛行の関係)(酸素濃度の変化が人体に及ぼす影響)
などなどひととおり勉強した

おもえば
あの1年間は僕の人生の中で一番熱心に勉強した期間だったようにおもう
子供のころから空を飛ぶことに対するあこがれは人一倍もっていたし
飛べないよりは飛べるほうがいい、と単純に信じていたし

その甲斐あってなんとか試験には無事合格し
今では天気がよくて風レベルが3くらいまでの日だったらもんだいなく飛べる

たとえば今日のような日は格好の飛行日和だ
そろそろバイトの時間
僕は肩から鞄をさげて
玄関からふわりと飛びたつ


ある日、空があまりにもきれいだったのでふらふらと空中散歩していたら
向かいのラーメン屋(ほっとい亭)の主人が
やはりふらふらと空中散歩しているのを見かけた
ほっとい亭の主人は典型的な職人肌の人で声のでかい、豪快な人だ
空の飛び方もいくぶん乱暴で
買い物帰りの奥さんと空中衝突しそうになってはしょっちゅうけんかをしている

ほっとい亭の主人は空を飛ぶ試験を受けていないという
そのことを聞いたら主人は
「兄ちゃん、空を飛ぶのに学なんていらねぇ
こころってやつが自由だったらからだも自由だろ?
ま、頭が軽いからそのぶん飛びやすいってのもあるかもしんねーけどよ
がっはっは!」
なんて言って笑っていた とんでもない人だ
でも僕はそんな主人がなんとなくうらやましかった

「こんにちは きれいな夕日ですねぇ」
と声をかけたら
「おお 兄ちゃんか でっけぇ夕日だなぁ」
といつもの調子でかえしてきたので
二人ならんでふわふわしながら
地上で見るよりずっと近い夕日をうっとりとながめていた


夜はたまに夜景を見にゆく
しずかにしずかに夜空をただよう
星空が近い
まぁこのなんともいえない恍惚とした気分は
空を飛べる人ならだれにでもわかることだから
想像におまかせするとしよう

でも
空を飛べない人はこんなすばらしい気分を味わえないのだから
かわいそうだな
なんてちょっとおもったりもする


僕は彼女が空を飛んでいるところを見たことがない
彼女はいつもりんと胸をはって歩いている
「飛ばない」のか「飛べない」のか
でも単純なぼくは
飛べるのに「飛ばない」はずはないと勝手におもいこんでて
きっと彼女は飛べないのだろうとおもっていた

そんな僕が彼女と知り合ったのはつい最近のことで
僕が「君は飛べないの?」と聞いたら
彼女はまぶしそうに空を見上げながら
「さぁ どうかしら?
空から見たら歩いている私はとても不自由そうに見えるかもしれないけれど
わたしはいつも自由にこの空を飛んでいるのよ」と答えた

僕は彼女がなにを言っていたかいまいちよくわからなかったけれど
そんな彼女がとてもきれいに見えたので
最近はいつも空から彼女が歩いているのをぼーっとながめては
くるりくるりと宙返りをする


回帰

  丘光平

窓の向こう
初春の風
花、緑、そして虫たちが
ざわざわ ざわざわ
わたくしへ流れてくる

あなたは
わたくしの蕎麦の枕で
音もなく
眠っている

あなたの素朴な肉体は
いつも
ひんやりとして
その引締まった肉体は
陽光の陰に照らされ
すこしずつ
固まってゆく

阿呆なわたくしと結ばれたばかりに
つましい暮らしは
あなたの肌に爪を立て
そっと触れたい
あなたのふくよかな肉体は
遠く
どこか 遠く
わたくしから見えないところへ帰り着いた

窓の向こう
初春の風
花、緑、そして虫たちが
ざわざわ ざわざわ
わたくしへ流れてくる

わたくしの無骨な掌から
この世の中で
一等うつくしい
砂流が
はらはらと
はらはらと降り積もってゆく

たとえば
あなたが
わたくしの母
あるいは 敵になったとしても
あなたが生きて
此処にいる
ただ
それだけで
わたくしは大地をぐっと踏みしめる
ぐっと踏みしめる

ああ
なれども
春は塩辛く

あなたは
わたくしの蕎麦の枕で
音もなく
眠っている

あなたの許しは
わたくしをちりぢりに
ちりぢりにとかしてしまいそうで
笑っていたい
その僅かなこころの傾きだけが
なにものか
高鳴るものへと
わたくしを向かわせてゆく


虫の夢

  神谷めぐみ

 荷馬車が影の中を行く。私はその音を聞いて目覚めたが、眠っているふりをしていた。風で部屋の銅鈴が、鳴らされている。
 荷馬車が行ってしまった。もう音が聞こえない。
 この時刻は午睡時と言われてほとんどの民衆は活動せずに休息している。午後が溜まった暑い時間だ。
 私の、長い、長い、撫でられるために伸ばした黒い髪が枕をこえてはるかに広がっている。目をつぶったまま撫でてみる。体温より冷えたそれを、指で何度もなぞる。目を閉じる。
 開けた瞳の上に、風の空気をたくさん抱えた部屋の天上があった。それを真下から垂直に見ている。それと、部屋のものの気配。植物と花の気配。あれは百合だったか。それとも龍舌蘭だったか。植わっていた、その花弁に留まる天道虫がいた。真っ赤なつやの強い甲殻にかわいい黒い足をつけていた。細やかな動きに指を出すと、一瞬躊躇してすぐ私の指にのぼった。触れていることを感じようとしなければ感じられない虫の動きを感じようとしている。部屋の中に私だけがいて、風を孕んだ部屋のなかに銅鈴みっつの音が渡っている。隣家の窓辺でギタールを弾きながら歌う声も渡ってくる。この空気の濃さだと、こんなに陽が盛っていても黒雲が雨にしてしまうかもしれない。指先の天道虫を顔に近づけて、唇を寄せると虫が逃げようと飛び立った。その先に窓が開いている。太陽光がたっぷりつまっている午後の町が開けている。私が花の陰で口を半開きにして立ち尽くす。一点の虫が去っていった。
 熱風のなかでがらごろ、がらごろ、銅鈴は鳴り止まない。ギタールが民謡をうたっているのもやまない。
 また、寝台の上にいた。花壜は卓上で花をそよがせている。目の前を通る風は熱の匂いがする。本当に雨が降るかもしれないが、私はまだ起きあがろうとしない。


紙の家

  みつべえ

指、夜のうすい被膜を
ひっ掻いて、ひっ掻いて、
わずかな肉と貧しい血のぬくもり
銀色の、穴のなかの森へ
捨てに行くのを誰かに見られた?
うすらあおい雪の層に
まだ熱い、恥辱と凶器を埋めた?
よく冷えた父の骨灰を寝床に撒いて
眠りたくない、ふっと気がつけば
丘の上で洗濯している母
どうしても背中しか思いだせない妹
あっ、ああっ
逃げだした拍子に金屏風をふみ破っちゃった
階段から落っこちちゃった
台所の床は水浸しで、銀色の
穴のなかの森から
ヤマオニユリの大群生つながって
壁のやぶれから花火のように
突入してくる、のたうって、ぐちゃぐちゃに
気をつけろ、離れるな、お箸を忘れずにね
みんなの声が交叉して
みんなの影が大きくなったり縮んだり
ゆらゆら
ゆらゆら
電灯の下の、食卓の上の
紙の家


(無題)

  オルレイン

あめ あめ

  あめ   あめ

ざーざーぶりの雨の中
やぁひさしぶりなんていいながら
ずぶ濡れのだれかさんがやってくる  あめ
かさはきいろ色でれいんこーともきいろ色だ
れもんの香りがすこしだけするよ
むかしからなにもなかわってないね
ときどきどもるのもかわってないよ
そのどもりの奥には20年前の生まれたばかりの

きみがいるって知ってるよ

ここはどこだろう?

だいじょうぶ不安にならなくていいよ
足はしっかり地面についている
ほら音もする パンパン(手を叩く)
ぱんぱんぱんぱん
そうか三年前に耳が聞こえなくなったんだってね

それでもだいじょうぶだよ

手をにぎりあえば
きりんかシマウマにあえるから
ほら今日もチーターが勢いよく走ってるよ

どこにいくんだろうね?

"9回の裏 ホームランが出ればサヨナラ!"

アナウンスが響き渡るそして喚声が

あしあとはのこしてきたの?

ここにきたことがばれると
またおこられるよ
でも雨ですべてながされて
気の知れたいぬもついてこれないよ

あめ

    あめ

あめ

 ざー ざー

わーわー

今日も家に上あがらず
げんかんで夜があけるのを
いっしょにたのしもう
あたたかいれもねーどをいれてくるから

"伸びる伸びる!場外フォームラン!打ちましたサヨナラです!解説の.....”

文学極道

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