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軽谷佑子

選出作品 (投稿日時順 / 全33作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


序詩

  軽谷佑子

牛が牛を食む昼間
ぼくたちは列をつくり
列は花輪をつくった
いちめんに咲きみだれていた

あさい水たまりのうえに
彼女のきれいな顔がうつる
グレー・トーンに埋もれた
いきものがそっと渡っていく

ただ過ぎていくだけの
だだ広い平地
水の涸れた川に
小便をそそいだ

膨れた腹
膨れた脚を隠さない

なんとなく失くした
たくさんの死体が川を行く
知らぬうちに生まれ変わり
つぎつぎと
引き返してくる


an early morning

  軽谷佑子

いつだって
あなたとしんでいたい
つめたい床に並んで
よこを向いて

なつのひかりの前で
かれらは凍ってしまいそうだ
すでに遠い距離にある


アパートの裏では
とかげが蟻に食べられている
肌が油を刷いたように
ぎらぎらとかがやく

わたしの飲む麦茶は
汗を誘うにおいがする

朝は
いつまでもあかるい
目をつむった残像に
なにひとつ思い当たることがなくて


ファインレイン

  軽谷佑子

友だちのサンダルは規則ただしく坂をくだっていって落葉の
温もりがそのうえに降り積っていってわたしは
胸をしめつけられる
のでした


彼女はうつくしくとてもわかい
朝にはあかるさが満ちている

(あかるいのは光が射しているからだ
風景を組成するこまかなもののすきまというすきま)


落葉は幾層も幾層も坂に降り積っていって冬が
終われば消えてなくなりますがほんとうは
ずっとずっと降り続けていていつかわたしたちは
頭まで落葉にうずもれる
のです


(彼女を組成する光のすきまというすきま)

つまさきまでびっしょりと濡れて
門脇に立つ朝の
湿り


友だちのあとをついて歩くわたしの運動靴は
なんの躊躇もなく落葉を踏みつけていって
彼女は眉をひそめわたしはかなしいかおをつくり
彼女のほうをじっと見つめる
のです


外へ

  軽谷佑子

しろい
しろい地面をけがす

のさむい
さむい朝

ぜんぶ
外にあけてすくわれる
夕べの痴態は
ゆるして
もらえた

泥みずはながれ
ながれてさらされるもとの
雪のままでいたかった


いつまでも
溢れている
こばまれるこの
みち

地面
いちめんにあけて
ゆるして
もらえた

ながれてさらされる
朝の陽に燃えたかった
燃えたかった


四月の遊び

  軽谷佑子

学校には桜の木があります
たくさんの墓もあります学校で
死なずにはいられなかった人たちの



新入生だけが声をききます
お昼にはそろって帰ります皆
しんと黙って一列になって
歩くときにだけきこえます


わたしたちには前が見えない
春はあまくとてもみじかい


眼前にひろがる
景色はすべてあなたのもの
すきなだけ眺めてください
そのあとちゃんと壊して
おいて


春はあまく飲みこめばにがい


友だちのうたう
賛美歌が花ぐもりの
昼の呼吸を濃密にします
それは四月の
うつくしい遊び


いつか誰もが学校に慣れます
墓は土くれを撒き散らしながら
拡がる期待に満ちて
います


GHOST

  軽谷佑子

いつまでも続く
昼に飽きていろいろなものを
詰めたのでした女の子は
トゥエルブかサーティーンが
いちばんきれい

ほとんどは遊びの
話しであったけれど
わたしがいきているなら
駈けてみたいと思いは
した

勝手にはたいたり
口にいれたりたまには舌を
使ったり

そんなにべとべと
どうするの と母のこえがして
振り向くと首筋がひかりに反射
していて産毛の海に溺れるひと
がみえた

女の子が
男の子を呼ぶようにではなく男の
子が女の子を呼ぶようにわたしを
呼んでくださいそうすればはやく
わすれることができます


サタデー・ナイト

  軽谷佑子

オフィス通りの半ば
南町のバス停留所で
カーキ色のミリタリー・パンツをくるぶしに下げ
乳首を剥きだした若い男が
いっしんふらんに握りしめて
しごいている

時刻表の右側に立っているので
蛍光灯の光はかれを
おびやかさない
暗がりに沈んだ肌のりんかくが
あたりの風景を切り離し続ける

わたしはかれを見ているがかれはわたしを見ない
その連続の運動に没頭する
なめらかな手

こぼれた精液をぎゅっと
踏みしめわたしはうっかり
避妊しそこねてはらんだ気分になる

夜はまだ更けない
靴をぬいで自転車のペダルを
踏みこんで
いく


西へ

  軽谷佑子

今年は三人も男性が入ったんですよ、といったら
横河先生はへえ、とうなづいたあと
じゃあ、数少ない精子を今年は確保できたってことだ、
と言った、
わたしの専攻はいつも女性が多くて、一人二人の男性がいつも
閉じこもったり引きこもったりしてそれが専攻全体の慢性的な悩みであったから
三人も入ったらそれも解消されるだろうし上の男性にも嬉しいことかもしれない、と
思ってよかったなあ、って口にしたのに
横河先生は、
だってそういうことでしょう、と
英文の本をながめながら言って、
この先生はなんでそんなふうに言うんだろう、と英国趣味な研究室の、
アンティークな椅子に腰かけベルガモットのキャンディーを口に含んでいる、
正直言ってこのにおいはそんなにとくいではない、
研究室の中のたくさんの本の一ページ一ページにまで染み込んでいる気がする、
共犯者になりつつあるわたし、は
早くチャイムが鳴らないかな、と耳をすまして、

西野先生はお気に入りのキーボードのまえでジャズの楽譜にとめたクリップの位置を気にしている。
校庭では今体育の授業中だけれども、わたしがここにいることになにもいけんはない、
と笑顔で言う。
福正宗はおいしいけれどもやっぱり立山だと思う、
竹葉もおいしいと言われるけれどいまいちだ、
だらだらと会話は続く、
朝六時に起きて七時には県境をこえている、
まったく分刻みのスケジュールを六年間こなしたんだ
あっという間だった、それでも今は怠惰だ。
今日はウエストまで行かなくちゃならない僕はいつ故郷に帰れるんだろう、
わたしはいつ帰れるんだろう、
去年も今年もシロツメクサの季節に家に帰ることはできなかった、
野原一面にびっしりと咲いたシロツメクサの茎の長いのを選んでつんで、
花輪をつくるのがいっとう好きだったんだけれど、
この辺のシロツメクサはちいさい、
夜の仕事をするようになってから人間関係が希薄になっていく気がしてしかたがない、
けれども実際はそんなことはないんだ。
わかっているけれども拭いされない、

アフターを付き合った
ヘンリーさんは孤独になるのがとてもじょうずで、
きっともてるんだろうと目のすわった横顔を見て思う、
わたしは腕なんか組みなれてないからどうしてもひきずられているようにしか見えないんだろうけど
かれにとってはそんなことはどうでもいいらしい、
かれがとくいなのはブルースハープだ、
いつも茶色の小さなかばんの中にボーイという名のケースをしのばせている、
黒服ばかりカウンターに五人のバーに行ってビールを飲んで六千円払ってエレベーターに乗るんだ、
送りに出たマスターにそのネクタイはヘルメスかと聞いてヴェルサーチですとなおされている、
ヴェルサーチですとダブルのボタンのなかから取り出してロゴマークを見せている、
黒服のマスターはとても自慢げだ、
わたしは飲み残したかれのグラスがかわいそうだと思う、
これからどこに行くのかなんてぜんぜんわからない、
それでもついていくんだそれはしかたがない、そうだ
エレベーターはベータと略すのが正式だと教えてくれた、
アルファはどこだろう、と一人だけで。


清い流れ

  軽谷佑子

そでなしの服で
着飾った女の子
たちが列をなして
あるいて
いきます

いつか
砂地にあしをうずめ
立っていたとき転ぶことも
できなかった

清い流れを
せきとめる中洲のなつくさ
は砂を喰い水を喰い
昼をとめて溢れる


女の子
たちははなやかなにのうで
むぼうびに焼けた
ひたい

あしをひたす
ことのできた清い流れ
いやがり泣くわたし
を誰ひとりとして
ゆるしてはくれず遠ざかって
いきます


後の野で

  軽谷佑子

だれの制止もきかず
駈けていくユートピアの
光を追って

草木は伸びきり
枯れることもない
日に日に満たされていく土地

あんまり速く
駈けるものだから

家のなかに三人で立っている
何人もの父親母親がわたしたちの頭
を撫でていったけれど立ち止まるひとは
一人もなかった

追いつけないわたしたちを忘れて
どこへいくの

どうしてそんなことを
するの といいながら
わたしたちは許容し組み敷かれ
うずめられて
高揚した

剪定された
庭の光からのがれ
立ち止まったまま

ユートピアの光が
渦となり土地を燃やしていくわたしたちを
忘れて土地は満たされ草木は
いつのまにか枯れて土に
はりつく

もういちど ともとめながら
口に出さなかったことを
とがめた

光の真中で
ぐるぐるまわっている
なにも思い出さない光が
消えてもわたしたちはずっと
残っている


Mother stood

  軽谷佑子

母親は
どこで誰が死んでも
悲しいので
あなたは母親です と
言うしかない

しかたのない光を
たしなめることもなく
立ち続ける
光は
光のままに

恩寵の花環は
あなたとおなじ顔を
している
目をとじて
積み重なって

けがれを知り
血をながす
ほんとうは許されないのよ と
ほほえむ
あなたは
母親


ソフト

  軽谷佑子

水辺に立つ
女の子をつき落としたくなる
枯れくさはかるく
あかるく

あたりに白い光
冬に近づくうすい
白い光

やわらかなからだを
こわばらせる理由の
いちぶになりたい火が燃える
台所消えていく家具に手をのばす

水にながれる
あなたのふくあなたの髪
水辺にはいない
まだ陸に立つあなたの
カーヴ

放り投げられるたくさんのしぶき
(水にながれて)

やわらかなせいしんを
おびえさせる理由の
いちぶになりたい火が燃える
まえの台所すべて自分に
ふりかかるよう


green

  軽谷佑子

わたしたちははしるあのひとは
死んだので皆もとにもどる

(かたあしを
踏みそのあいだにかたあしを
曲げ踊っていましたいつまでも
踊っていなければ)

わたしとわたし
とでわたしたち
もうひとりはしまっておいた
けれどもとうに失くした

あらされた家の
墓土を踏みかため
階段のしたのとおい


(枯れた木の
まわりをぐるぐる
と眩暈もせずいつまでも
まわっていなければ)

しめりけをもつ
草千里をはしりぬけ
わたしたちはもう
生きなくてもいい

(階段の
したで眠っていた誰か
を誰も起こさなかった
あのひとの死を知らしめよ)


佇立

  軽谷佑子

陽がさして
暮れて生活するひとの
せなかは満足して
いる

夜のとばりが
おりてうつくしい夢ばかり
みる遠景はどれもおなじ
かたち

火はあつく

わたしたちは鎮火する
小春日和のために最も
古い方法をつかう

鎮めるわたしたちは燃えながら

夜のとばりが
おりて内がわは明るく
外がわだけ暗く
なるこわいものはこない

遠景はどこまでもおなじ
ゆるされなかった
小春日和に近づいていく
境界をおかす


花風

  軽谷佑子

ともなわれ手を引かれて花畑
を転々としたわたしはこちらがわ
でありむこうがわ

手をしばり
つなぎあって死んでいく互いを
さしてばたばたととりが死がいをついばみに来る

いっせいに開いた
中心に立ちかこまれる顔は
ののしりのかたちに裂けて

後列から引かれいちまい
いちまいが回転をもつわたしをするどく
のける花風

手をしばり
つなぎあって死んでいくからだは水浴び
のあとのかたちとりが死がいをついばみに来る


静止

  軽谷佑子

野を更地に剥き
木をたおし眠っている
こどもはたおす木の
もと

知らぬことをみずにつみあげる
鳥がわずらわしくひどく気にさわる

またたきのうちに
うばわれる日踏み
つぶすはなふさ

縛りをはずし
切り刻みわたしはよく
うたう知りながら吹く


野を更地に剥き
身をもどせ眠っている
こどもは木の
もと


土底浜で

  軽谷佑子

わたしはきちんと
めをとじてよこたわっている
かおにはぬのがかけられ
うえをひかりがすぎていく

うみはしずかにひき入れ
ではいりをじゆうにしはいいろにしろく
あおくさやく

かつてわたしをはずかしめたひとの
手が近づいてきてすこしこわい

土底浜のくいはゆうがたを苦しく呼吸する
うみはしずかにひき入れ
とりは一日中鳴いて
まだ鳴き足らない

ほんとうはなにも
こわくはなく手はすこしも触れずに
わたしのうえをすべる

帰宅すると
寒さがなくなっていて
知らすべき終わりもすでにおわっていてほんとうに
なにもこわくないとおもいながらほのおがいくつもまわる
ほしをみている


別離

  軽谷佑子

長いあいだ見えなかった
逆さまに走る
ばらばらに散る

波頭に跳ねてとんで
いくたびのうつくしい夢
月日に身を投げて

遠くまで見通せる
場所に立っていつまでも見ている

髪を伸ばすことに躊躇しない

人のいる寝床を欲しがる
すこし温かくすこし熱い
だんだん崩れていく

おおぜいの水辺に立ち
腕はもうとうに
自由がきかない


挽歌

  軽谷佑子

人が死んだらしい
日めくりの薄紙には
書かれなかった

挽歌、と書こうとして
漢字を知らないことに気づく
あらゆる制約のなかで
途方にくれる

車は牽かず
見送りもしない
死んだあとの暮らしは
冬のさなか
ただつめたい風の吹く


捨て野

  軽谷佑子

王は野原の王
歩き続けたので
野原も際限なく続いた

刈りとった束を
引きずって歩く
あんまり引きずるので ああ
とても重い音がする

麦わらのようにギシギシ、
切りわらのようにギシギシ、

むすめたちは旅の中
先頭は動物の群れ
しんがりは生きていない
たくさんのものたち

野原はいちめんの実り
上着にも下着にも
べっとりと残滓がつく

噛みくだいても
麦わらのようにギシギシ、
腕が何本も
からだから生えてくる
切りわらのようにギシギシ、
噛みくだいても

王は野原の王
いつも誰か一緒にいて
嬉しかった
嬉しかった

川をまたぎ越す
動物の背にはみな
むすめたちが乗って

実りが道を汚す
しんがりのまた後について
麦わらのようにギシギシ、
触らないまま
切りわらのようにギシギシ、


SPRINGTIME

  軽谷佑子

わたしの胸は平らにならされ
転がっていく気などないと言った
そしてなにもわからなくなった
柳がさらさら揺れた

井の頭の夏はとてもきれい
友だちも皆きれい
わたしは黙って自転車をひく
天国はここまで

暗い部屋で
化粧の崩れをなおしている
服を脱いで
腕や脚を確かめている

電車はすばらしい速さですすみ
わたしの足下を揺らし
窓の向こうの景色は
すべて覚えていなくてはいけない

除草剤の野原がひろがり
枯れ落ちた草の茎を
ひたすら噛みしめている
夢をみた

そしてわたしはかれと
バスキンロビンスを食べにいく
わたしは素直に制服を着ている
風ですこしだけ襟がもちあがる


人を送る

  軽谷佑子

口をきかずとも
人は知ることをまなべ
うつくしい目のひとよ
どこにあっても
救いのあるように

したたるみどり
穏やかなひざし五月の
最もうつくしいとき
心はずむままでいけよ
戻る必要のないように

机のうえの紙いちまいにも
たましいのやどる昨今だ
気をつけていけよたましいに
心を痛めすぎないように

なにも残すものなどなく
きみはどこにもいなかったといえ
できることなら
きみひとり安らかであるように
うつくしい目のひとよ


ウィンターランド

  軽谷佑子

まどの向こうに降る雨をみている
だけならとても好きなんだけど実
際に外へ出て雨に濡れるのはいや
なのだとあのひとは言って皿に残
るソースの染みをみつめていたの
でした

夏の木の緑をずっとおぼえていた
ので力だけはうしなわずにここま
で来ることができたのだと思いま
すわたしは引き返せないたくさん
の時間をずっととてもちいさなこ
とに使いつづけていてそれはとっ
ても楽しかった

明けがたにセミが鳴きだすのはい
つもきまって午前四時十七分あの
ときはいつも目が覚めていたので
鳴きごえはすべて理解できて手あ
たりしだいにつめこんでいました

ビルとビルのあいだにみえるちい
さな夜空が好きでたばこを吸うあ
のひとに言ったらそれはめずらし
いみかたをするね空はいつでも広
いものだといわれてそうかしらん
と首をかしげたあのひとは海王星
に行って死ぬ

綿の木をそだてていたときに裏の
日あたりがわるいところで植木鉢
のプラスチックの白さがいつも湿
気ていたのをおぼえていますあの
ときはとても暖かかったけれど綿
の木はそだたなかった

いまは冬の国に住んでいてここは
庭なんの心配もなくスカートをひ
ろげて座っていると空からたくさ
んの冬が降ってきて髪の毛や腕を
おおいわたしは地面とかわらなく
なります


ジャンプ イントウ アクアリウム

  軽谷佑子

ジャーンプ、イントウ アクアリウム、
かれはいつもあかるい、
熱はわたしの目をさます。
ジャーンプ、
走っていく向こうの船は、
大きな魚だけでできている、
手をふるといっせいにこちらを向く、
ぎょろりとした目、目、目。

抱きしめてほしくてしかたがない、
わたしの熱はとびあがる。
ジャーンプ、
向こうの船はスクリューをまわす、
したからうえへ、はてないたかみへ、
ジャーンプ、
雨は目のまえ、水槽の底、
アクアリウム、アクアリウム。

ジャーンプ、
じゃけんにあつかうことを知ってる、
かれは邪悪でいつもあかるい、
水槽のエアはきっと切れてる。
ジャーンプ、
船のスクリューはまわりつづける、
ぐしゃぐしゃに濡れてほおにはりつく、
わたしの下の毛、毛、毛。

やがてばたばた落下していく、
小さな魚は一列に並ぶ、
ジャーンプ、イントウ アクアリウム、
もういちどいちどもう一度、
かれはあかるいあとをのこす、
甘くておもたい。
こちらを向いてそのままでいる、
邪悪なかれはいつもあかるい。


眷族

  軽谷佑子

陽ざしは強く、ながくのばした髪を浜に引きずり、わたしたちは力をこめて綱を引く。うすい殻を破っては肉をくらい、波打ち際に寄る海草を拾う。塩を噛んで、わたしたちの寄る辺はせまい潟、帯のあいだにはそれぞれの生きものが挟まれて、暮らしはまじないをつくることから始まる。

あのね、昔々わたしたちがここへ来たときには、本当に白かったの。つめもまだ桜色で、着るものも飾りだらけだった。わたしたちは試練のこどもだったから、日がたつにつれて飾りはうしなわれていったけど、けして全部いっぺんにではなかった。ひとつひとつ、うしなわれていったの。わたしたちはそのことを忘れてはいけないのよ、

この岸辺には多くの人がいる。岸辺は土地のものをよく知っていて、陸はここまで、陸はここまでと言っているのに渡っていってしまうから、仕方なくいちいち印をつけている。舟がゆっくりと潟を横切り、眷族のうちの誰もお互いを知ることはない。足を這いのぼるフナムシをはたき落とす、その指はどれもこわばっている、

花嫁は舟にのって、塩の海をすべっていくのよ、飾りを落としたぶんだけ花冠が増えていくの。連れ合いは花嫁をみるたびにかわいそうなくらい勃起して、隠す余地もないんだけど、でも誰だって花嫁をみたらそうなるものだから、とがめるひとはいない、静まりかえったなか花嫁だけがたいそう賑やかなの。

ひとりでに車軸が外れて油がこぼれる、車輪だけが移動を開始する。陸地は姿が恐ろしいので、離れていけ、離れていけと必死に櫂をつかう。流れが速いから遠ざかることはたやすいけれど、みえなくなった途端恋しさがつのって、結局また戻っていってしまう。いつまでも繰り返すからいつまでも変わらない、

ほら、大きく口を開けてないと乾かないわよ。わたしたちのまじないはとても強いけれど、わたしたち自体は強くないのだから。忘れてはだめ、砂地に水がしみこむように、起こったことを記憶するの。どんなに一日がながくても、血はながれないし、だいいちわたしたちは無血なんだから。

いましめがほどけ、車輪が土地に到る。つっかいのかわりに大きな骨をかませている。水だけがとめどなく溢れ、またすぐに乾いていく。塩を噛み、フナムシの群れがばさばさと音を立て、支配だけが積み重なる、眷族を殺し、その腕で舟をこぐ、わたしたちは砂の一粒となって陸をけずり、このままずっと。


八月

  軽谷佑子

ともだちにくびを傾げて
這いずるゆかはつめたくしける
焼けていく脚をみつめながら
ひとのことばかり考える

おしつぶされた
部屋のすみで話をきく
長いあいだほうっていたの
これからもきっと

離れた場所から
すぐに戻ってくる
コンクリートの壁は
声をとおさない

ともだちを犠牲にして
雨のなか帰宅する途中の
まっしろに水をはねあげる
舗装道路

道の向こうに
近づいて遠ざかる
影になごり惜しく
腕をさしのべる


晩秋

  軽谷佑子

階段をかけおりていく楽しさを
思いだして日は暮れる
いつまでもあかるい気のまま
立ちどまっている

食卓のうえに
ながいあいだ置かれて
すこしも動かなかった
声もあまりださなかった

乗りものの中で
たくさんの家の窓辺に立つ
風景は割れてとんで
皆うまれた町の
幻をみる

降り注ぐ落葉の下
誰も彼も起こしてまわり
ひとの名残を
みつけてはないた

立ちあがる夕暮れに
両腕をさしのべる
迎えようとするつもり
建物のかげで
鳩が垂直に降りて


練馬区

  軽谷佑子

ふしあわせな
作品をかいてとても
嬉しそうに笑っている
あのひとは疲れて
話しことばをひとつも
みつけられない

霜ばしらを踏む
ために水を浴び陽を
浴びて

平穏の光が射し
もうなにも残っていなかった
夢が来た

町のうえにある
ほのおが垂直に落下する
ブロッコリー畑を焼き
家を焼き学校を
焼いて電線の鳥が
くちばしもあけず
こちらをみている

何度も目をあける
熱のこもる部屋にいて
隣には、
隣には、


  軽谷佑子

よごれた床に
寝てひとの指を
手のひらをわすれて

戸口はあかるく
きれいな赤い土や生木や
枝が積まれる

風もひとりのとき
はすきまをかける草が生え
草が生え

陽が射して
後を追うひとびとの
声がする出かけていく

草を切り
草を切りたましいだけ引きずって
からだとこころはきみにやる


夢をかなえる

  軽谷佑子

シャッターが風で鳴る
どうして
みていなかったの
いつも歩いていた

駅へ行って
夢をかなえる
高架をつくる
鉄骨のなかときおり
吐き出されるほのお頭が
のぞく

おおぜいの
一部になる温かい
まだいきているとりをくちに
ふくむ

シャッターが鳴る
したに吹きこむ風が奥の
ひとの気配をつれてくる
目のまえをとび交う
名を知らない

駅へおいで
壁を這う大きな
虫の背にふれるすこしも
恐くない という


SUMMERHEAT

  軽谷佑子

おととしきた幽霊が
家をあらしていった
寒そうに厚着をして
いつまでも謝っている

わたしは口をゆすぎ
身をあやまって
いったもえあがる
家でテーブルの
したで

ふれるものは
皆よごれる
こびりついた詩句を
こそいでは口へ
運ぶ


くらいままの道を
遠ざかっていった
かおを拭いて
戸をたたくおとがする

仕事へ行くまでに
雲がはれて
建物のかげが
座席を埋めつくした
皆いっせいに
消えうせようとしていた


宿り

  軽谷佑子

改札口のむこうに
家路があり
台所ではコンロが
火を保つ

雲がおしつぶすような
屋根のしたの暮らし
一人でいる時間はながく
短い諍いをくり返す

腕が枝になり
折れ引き裂けて川べの
夏草はことごとく枯れ
地面に伏せたばったの
顔があがる

今日になるごとに
明日のことばかり
かんがえる外のことは
わからなくなった

いつかかやつりぐさを
逆さまに持ち
かけ回るいつまでも
消えることのない火花


挽歌

  軽谷佑子

帰らなくとも
家はいつまでも家
冬至が過ぎて
まだながく続く冬の
片手をそっと引いた

町がひかりを区切り
高いところで
飛行機がちいさく移動していく
冬の空は色が薄いので
はさみで切った紙のかけらが
はりついていてもわからない


わたしたちはそのまま
落下していく夜の水辺に星は
かがやきやがてすべてはがれおちて
しかたがない と
口に出して

名残の日々がいちめんに満ち
作業だけがかたちをのこす
あまりにも暗い
朝のなかもはや知らない
風景のなか

わたしたちはいつでも
学ばない水位のあがった川の
したいきたえたひとたちによびかける
冬のきまりにしたがい
枝と葉は別れをいいかわす

文学極道

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