#目次

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2005年08月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


清い流れ

  軽谷佑子

そでなしの服で
着飾った女の子
たちが列をなして
あるいて
いきます

いつか
砂地にあしをうずめ
立っていたとき転ぶことも
できなかった

清い流れを
せきとめる中洲のなつくさ
は砂を喰い水を喰い
昼をとめて溢れる


女の子
たちははなやかなにのうで
むぼうびに焼けた
ひたい

あしをひたす
ことのできた清い流れ
いやがり泣くわたし
を誰ひとりとして
ゆるしてはくれず遠ざかって
いきます


プラトニック・スウサイド

  Nizzzy



ベランダの手すりが、染まっている。
鳥達が歩いている。反射する光。金光の中で、影だけが動いている。
僕はそれにむかって歩く。砂の城。

午後に降った夕立ちのあと。僕らが傘をさしたまま
歩いている。みんなが空を見上げている。人々の水位。


彼女はしゃがんでいる。太陽はすでに、砂に、城が崩れていた。
僕は彼女の手をとって、崩れ落ちた十字架に手をのせる。

ゆうべのうちに雨は止んでしまっていた。


十字架の下の、奥深く濡れてしまった砂の下の、
幾度なく通った歩道の下の、
訪れることの無い映像にまで、二人が重ねあう。

歩いていた。歩道の上を、
足元から灰色に戻っていく。誰よりも遠くなってしまう。


彼女は泣いている。いつまでも目をつむっている。
波が彼女のつま先にふれる。僕にはとどかない。

そこには風がある。砂がある。
そうして波の音があった。二人がいた。


下水道からあふれている。水が反射する色に、海。
それは海。

飴色には、あまりにも過ぎてゆく彼方に、海。
それは海。


白い長靴をはいて歩いている。雲の合間、顔をふせる。

彼女は目をつむっていた。
波は、ようやく僕のもとに届きはじめていた。

アスファルトに、波の音だけが残っていた。
そうして二人、傘を、さしかけたままで。


骨格捕り(習作)

  浅井康浩

いつの日からか やわらかな微光にとけこみはじめていたあのみなそこで
みずからの殻を閉じていったあなたの 透きとおっては満ちはじめた繊維質のその稀薄さを 
透過性がそのまま一面に降り散ってゆく青となって 見送っていたような気がした
水質とのどのようなかかわりでさえ あやまった動きとしてくりひろげられてしまうあなたの身体にあって
甲殻類の殻の一片としての 殻の成長、脱皮などにより分裂してゆく微細なものとしてのわたくしの響きを 
あなたに感じ取られることなどできはしないのだけれど。
かすかに残されたあかるさの痕跡に反応しては気泡にくるめて消し去ってしまう
ただそのためだけの存在であるわたくしは
あなたののぞんでやまない内骨格さえかたちづくることなどできはしないのだけれど





甲殻類、甲殻類、
切ないまでに正確に、あなたの甲殻をかたちづくってゆくことだけを
みずからの細胞質の運動に接続されたものにとって
甲殻という形態の痕跡をうずまき状に透かしだしてゆくあなたではなく
形態とその循環性が析出される前段階から消去していってしまうあなたを
記名する物質としての やわらかなむねのふくらみですらもつことはかなわないのだから
わすれちゃってゆくのだけれど
あなたがその先にみすえたままのみずからの肢体そのもの
のもつ内包性のカテゴリーのなかに
ザラザラって硬い甲殻なんてものはふくまれてはいないみたいだから
わたくしたちのもっている被膜性なんかももういらないみたいだから





蜜に包まれてゆくものたちの、そのエッジ、その突起や溝をみていたら
満ちはじめ、やがて消え去ってしまうようなみちすじが
そのさきのはじまりにかすかに、見えてしまった気がしたから
やがてあらわれてくるはずの隠喩としての水域を
そこにいるものすべてに絡み合う蜜の半透明な明るさに浸されてしまう水域を
ほぐれはじめることでなにものでもなくなってしまうような口ぶりで、はじめから語り始めようとしていた
でも いつだって
お互いにより添いながらながれてゆく液体は
拡がることで 触れ合うことで 織り合わさってゆくものだから
いまはただ
水世界/蜜世界というそれだけではまだうすあおいままの世界に身を浸しながら





ときとして、
かなしみのために透きとおってしまう指先があるように、
また、その桃のようにあまく伸びきったつめさきへと潜りこんだあたたかな予感が
とめどないほどの蜜の香りをしたたらせてしまうことがあるように





どこまでも蜜そのもののやわらかさのなかに溶けいってしまっては
しぃん、としたうすあおさにくるまれてしまう
くるまれることで
避けようもなくはじまってしまう中性化にあやかってしまうことの
その気はずかしさにほてっては
頬をそめるほどの微熱でもって蜜との結び目がうるんでしまう





けれども どうしてあなたはそんなにもやわらかに
零れはじめて とけだすばかりで
かなうなら
みずからのなかに血脈をこえた本能を隠し持ちながら
くるおしく繰りかえされてきた連鎖を生きはじめてしまう甲殻類たちへ


霧(ミスト)

  光冨郁也

 女はわたしといっしょに海の中に入りたいと言った。女には尾びれがあり、わたしには足があった。わたしたちはあのとき、海に入っていった。女が先に進み、わたしは後ろからついていく。波が胸元まで来たところで、手を握りあい、先に進んだ。波は繰り返しやってくる。小雪はやみ、霧に変わった。
 気づけば、わたしはまた病院のベッドの上にいた。
「−−さん、あなたは漂流していたのよ」
 看護師はそう言って笑う。

 診察室で医師と向かいあう椅子から、外を眺めていた。わたしは島の近くを漂流していたらしい。その話を医師から聞いた。マーメイド海岸から船で一時間ほどの距離。歩いては渡れない。
 看護師は、体温計を持ってくる。薬がなくなったので置いていく。わたしはコップの水を飲む。パジャマに水がこぼれる。薬を口に含み、また水を飲む。
 看護師は、点滴を打ちにくる。わたしはいつもトイレが近くなる。点滴スタンドを動かしながら、部屋を出る。廊下を歩く。前にも歩いていたような気もする。誰もいない廊下は、長く感じる。
 点滴のチューブを血が逆流している。透明な液に血がまじる。霧のよう。わたしは用を足し、ゆっくりと部屋に戻る。
 窓からは海は見えなかった。
 けだるい。テーブルの上の薬袋。ここの病室にはTVがない。個室のベッドでCDをヘッドホンで聴いていた。誰かの忘れ物を借りた。その音楽を聴いていると、体が揺らぐ。波間にいるよう。

 目が覚める。トイレに立つ。汗をかいている。誰もいない暗い廊下を歩く。用を足し、水を流す。蛇口をひねり、水を出し、手を洗う。鏡で自分の顔を見て、部屋に戻る。眠る。目が覚めそうになる。わたしは何かを考えている。何かを話している。でもそれが何なのか、わからない、つかみきれない。そのまま、何かが流れていってしまう。
 波にもまれる。何かが消えていきそうになるが、今度は忘れない。女の手がわたしをつかむ。海の中、わたしは、握り返す。波がわたしを押し返す。手が離れてしまう。漂う。わたしは仰向けになる。空を見上げながら、流される。どの位たったのだろうか、頭と背に砂地の感触。わたしは再び、霧に包まれた。

(わたしは漂着したのだろうか、それともまだ漂流しているのだろうか)


後の野で

  軽谷佑子

だれの制止もきかず
駈けていくユートピアの
光を追って

草木は伸びきり
枯れることもない
日に日に満たされていく土地

あんまり速く
駈けるものだから

家のなかに三人で立っている
何人もの父親母親がわたしたちの頭
を撫でていったけれど立ち止まるひとは
一人もなかった

追いつけないわたしたちを忘れて
どこへいくの

どうしてそんなことを
するの といいながら
わたしたちは許容し組み敷かれ
うずめられて
高揚した

剪定された
庭の光からのがれ
立ち止まったまま

ユートピアの光が
渦となり土地を燃やしていくわたしたちを
忘れて土地は満たされ草木は
いつのまにか枯れて土に
はりつく

もういちど ともとめながら
口に出さなかったことを
とがめた

光の真中で
ぐるぐるまわっている
なにも思い出さない光が
消えてもわたしたちはずっと
残っている


せかいのはて

  ケムリ

いまここは世界のはてのアパート
みんなまた吊るされていったよ
夜になるとシャム猫がくるから
釣瓶おとしをずっと見ていた

ロシナンテ型永久機関の列車が
西空のむこうでカーブしていく
ほおずきくゆらせる煙をすいこんで
ここはいま世界のはて

動物ビスケット齧って夕食にしてたら
お隣さんがさんまを焼いている
手紙をはこんできた人たちが
みんな歩くことを忘れてしまったみたいに

ねこが眠るトタン屋根みたいな街で
青インク沁みる夕暮れのふちで
ことばをさがすことに疲れた人たちが
土なべで焦げるご飯のにおいがする

買ったばかりの自転車で河川敷を走っていた
光る石をポケットに入れて
カレーの匂いのする軒下を走り抜けた
ここはいま世界のはて

塀の上を両手ひろげてあるく影が
道に忘れられたかたっぽのサンダルが
街並みに汽笛をひびかせた
ここはいま世界のはて


冬のくじら

  丘 光平


   知っている
   朝を焼く音を あれは
   鳥たちの羽ばたき

   そして
   気づいている 
   羽を貫く冬を それがきみの
   最も正しい姿勢だ


     *


   屋根に降り積もる 雪
   私の中に降り続く 雪

   ならば
   雪に願いを立て
   雨と流れてゆけ


    *


   いたるところ
   息のけがれた雨はある
   息を枯らした川がある

   北行きの風に
   海のありかを尋ねたなら
   潮は来るだろう

    おお らおお らあ
    おお らおお らあ

   私はくじらだ
   波を伝ってゆけ


     *


   かつて
   海に閉じ込めた 母
   母を迎え入れた 海

   くじらは鳴いた
   救い出したなら
   帰ってよいのかと

   海はこたえた
   星たちとの語らいに
   陸の言葉はいらないと


     *


   時の頂きを泳ぎ
   星の海に羽ばたくものは 
   ふりむかない

   冬の最果て
   夜よ 
   白く咲いてゆけ


move

  こもん


きみはすいかを近くと遠くでころがして、
動物みたいに
移動して
いた。まだ生まれていない、生まれる手前の
これから来るだろう
ものは、そして
すでに死んでしまっている
ものは、生まれる
手前で死んでいる、
時間がうまくいかずに、ここで
いま
きみはすいかを
ころがして、
移動する


舞ちゃんのこと

  ミドリ



舞ちゃんは
しののめ高原鉄道に ひとりで乗っていた

かわさきにいた頃から 白血病で
彼女をあいする男はみな
無口でなければならなかった

そして一緒にねむる時は
ミッソーニのパジャマを着て
クマのプーさんの絵本を
ていねいな物腰で
朗読しなければならなかった

もう明日の朝には
舞ちゃんの魂は
この世を
さすらってしまうかもしれないのだ

「本当に会いたい人とは
 ついに会えなかった・・」
というのが舞ちゃんの口癖で
その時 君の丸顔は
とても怖いほど 正直なカタチをしていた

死ぬ3日前

一人で外出したいと言った舞ちゃん
その大きな瞳の
星空のような目や
流星群が堰きとめられたような和音

いつものアダージョなキスをして
生まれたてのこどもが
裸で必死に這い上がろうとする
あの勤勉な頬のゆるみを残し

少女がこの世に譲っていったものを
僕はうっかり
奪うことができない


セントロの南

  コントラ

キャップを目深にかぶった
ガム売りの男
木蔭で涼んでいる
セントロの公園 午後2時

胸元まで開いたシャツに
滲む汗

半島には川がない
ライムホワイトの大地は
地上にふる雨を
ゆっくりと濾過し
地下の空洞に
巨大な水甕をつくっている

古代マヤ人には聖なる泉と呼ばれた
その水甕は今日も
水をはねて遊ぶ子供を見まもる
慎ましやかな
若い母親たちで
にぎわっていた

Ciudad Blancaの日曜日
市庁舎のまえの仮設ステージの
上では 花柄の刺繍の入った
白い衣装の女たちが
耳がわれるような音量の
メロディに合わせて
眠くなるようなダンスを
踊る

彼女は言っていた
中南米は暴力と犯罪の温床だけれど
この土地はずっと平和
きっと神様がまもってくれている
んだと思う

月曜日
図書館で読む本をカバンにつめて
朝、市場の南側でバスを降りた
まっすぐに伸びる60番通りからは
オールド・プラザのアーチが半分だけ見えて
いつも道に迷わずにすんだ

朝日を受けて空を刺す
カテドラル

石畳の中心地区はさいきん
政府当局の意気込みで
スパニッシュ・コロニアル調に
化粧直しした

その通りに面した
大きな羽根扇風機が回る店で
僕は友達に絵葉書を書いた

6月は雨が降らなかった
乾期の巨大な太陽は夕方
教育学部の正門でバスを待つ
僕の目の前を
見たこともない色に反転させた

帰り道
身動きのとれない
バスや
乗り合いタクシーの列
そのすき間を縫って
放縦にひろがってゆく
ラッシュの人波

排気ガスで壁が黒くなった
通りで
ビンの底に映ったような
洋服屋や新聞屋台のかすんだ
光を抜けながら

さきを急ぐ彼女の横顔に僕は
東洋的な沈着さをみた

学生証があるから大丈夫
と言う彼女の後ろにかくれ
お金を払わずに
街の南にくだるバスに乗った
午前0時

一街区おりるごとに
外の闇は濃さを増し
目だって増えた
道路の継ぎ目や水溜りが
つぎつぎと
バスの車輪を呼び止める

セントロの南
シャッターを下ろした
トルティヤ工場

一列につづく街灯のオレンジ色の光は
半裸のままで空き箱をかこむ
肌の黒い男たちを
ときどき
しずかに浮かび上がらせる

彼女のお母さんは
サンフランシスコ教会の
ちかく
マヤの男たちが
闇にまぎれて泥酔する
街外れのタコス屋で
働いていた

鈍く光る
路上のフォルクスワーゲン
セメントづくりの
低い家並みがつづく路地で

ときおり
エアコン付きの長距離バスが
排気ガスの匂いだけを置いて
遠くに旅立っていった

あぶり焼きの肉からしたたる
脂の熱量が、一日の疲れに盲目な
癒しをあたえている
小さなタコス屋のテーブルで
彼女から
いちばん長いスペイン語の単語を
教わった

メリダ・ユカタン

老婆もヘアピンで蝶をとめる
あか抜けた自然
岩盤の下の水甕にいだかれた
この街で

ひとびとは
脂肪を蓄えるのに余念がない

そして今日も
トラックでやってきたマヤの男たちは
長距離ターミナルのまえで
木箱にならべたガムを売る
40ペソの日当のために

* 注
1.セントロ=街の中心部、ダウンタウン。中南米の都市は碁盤の目のところが多く、たいていその真ん中にカテドラル、市庁舎、広場などがあつまっていて、その一帯をセントロと呼ぶ
2. Ciudad Blanca=直訳で「白い街」、「白亜の街」くらいか。観光プロモーションの文脈で、この街はこう呼ばれることもあるが、地元のひとはあまり使わない表現


ガム味のスピカ

  he

みんなみんなふらふらなんです
ぬるい希望を飲み干して
ただいまぷらぷら中とやらなんです
刺す様な痛みとか
去るような友達とかは
もう全く要らないのです
嘘や傷口で塗り固めた小屋へ移り住み
架空の小人と大きなブランコで
雨上がりの西の病んだ空には
やばいくらいに奇麗な虹が掛かります
たまに思うんだ 

「ここはどこだ?」

クラゲなんか浮いているから困るんです
もう、早く居場所へ帰っておくれ
根拠のない慰めは止めてくれ
どうせ一生息苦しいさ
上の空 
心は一生息苦しいのさ
ほらスピカ、乙女座のアルファ星
今は見えない、まるで意味がない
ガムと一緒、味がなくなってきて・・・

なくなってきて

ほらこっちきて、抱擁してあげる
長い靴がマイクを持って唄いだす
晴天では洗濯物は乾かない
まるで精神グラデーションみたい
この身体は口を開ける度に色を変え
軽蔑した
もう全く要らないのです

さようなら


ふらふらさん
ぷらぷらさん。


姉妹(星空の中で)

  守り手

私の妹は
天文学者ではないので
あの星と
遠くはなれた
あの星を
ひとさし指で結びます
何か、と聞くと
お姉ちゃんのおなかのあとだと云いました
ベッドに腰かけた妹に
そんなに広くないよと笑ったら
すこしだけ痕が
いたみました

私のいない夜に見つけた
気高いひとり遊び

妹の
想像した
星座群が
夜空を
うめつくして
いきます


私が星を見つけると
それをあかない瞳が追います

私たちは姉妹でした

昼も
また夜も


No Title

  浅井康浩

わたしは添い寝をする あなたの
あどけないくちびるへと 甘酸っぱいやすらぎが染みこんでゆくように
わたしは添い寝をする あなたの
黒目がちの眼にかぶさるまぶたに 香ばしいほどの夢が降ってくるように

あなたはどこまでもどこまでも透明になろうとして
カーテンを閉めきったり 部屋の明かりをぜんぶ消したりして
誰もしることのできやしないどこか底の底のほうへと
カラダのすべてを使ってしずみこもうとしている そうやって
あなたは眠りこもうとしているのだけれど
あなたの横たわっているベットのまわりが暗ければ暗いほどわたしには
あなたのカラダの輪郭が人恋しさをともなってほの白く
この深いよるに 浮かび上がってくることを知っていのだから
いま、はじめて、
わたしはあなたの輪郭だけをすすり それが 今夜 あなたとちがう夢をみる夜の合図となって 
はじける 何かが、はじまるために、まず、
ほつれさせてゆく夢というものがあって、いま、わたしは添い寝をはじめる
もしかしたらあなたの
そのまぶた まつげ 頬 わたしの視線がなぞった先に
あなたがゆるやかに起きはじめてゆくのではないかとの不安はあるけれども


氷塊

  丘 光平


   夏は夏になるのをやめようとする
   蝉が蝉の音をどこかへ置き去りにしたのか
   足元から広まってゆく冬は答えた
   ぼくの中の雪を降らす雪のせいだろうと

   陽にけむる
   あの真昼の月に触れたい
   空と空のあいだに立ちつくしているのは
   氷の鳥の群れ

   背後をとなりを目の前を
   悲しく溶けてゆく
   川になり雨になり水になったひとは教えてくれた
   地図に載らない海があると

   泳いでも泳いでもたどりつかない
   永遠と一日の地平線
   そこからぼくはまだ許されないのだろう
   夏のない氷塊のようにこの夜の果てで


牛飼い

  ミドリ



アメリカのポートランドで
夜はバンドでドラムを叩き
昼間はバスの運転手

昼下がりの公園で
君と目と目が合った瞬間に
大事なことが
僕の胸ん中で目覚めたんだ

恋人をつくることも
酒を飲むことも
無駄ではない
確たる結論を
僕らはきっと
生きていたんだ

ポートランドの午後11時
地下鉄でサラリーマンが
長椅子に座って
欠伸をかみころしている

彼はきっと牛飼いで
スラム化した現代の
人々の胃袋にヒレ肉を送り込む
店舗マネージャーにして
スーパー営業マン

鉄筋コンクリート19階建ての
その1階にフックされた店内を
せかせかと歩き回る牛飼いは

時計の真ん中で
まっすぐに12を指し示し
立ち上がる長針たちの
放牧マネージャー

タミル語とイタリア語と
ベンガル語とカンボジア語の入り混ざる
店内の
文明を預かる
まるで梵語研究者

そして僕らはそのミシガンという店で
ブルーノ・ノッリの曲をサラダ料理にして
即興で曲を叩く
まるで街は錆付いた沈殿物を
底で抱えるように変身していく人々の顔は
その止まり木のような店で
音とリズムを南へ運んでいく

人々はまた懐かしがって
アインシュタインというカクテルや
ベートーベンというジンを分厚い手で握りこみ
いかにもクールに
そして突発的に
その手つき口元へ次々に運んでいく


ホットケーキ

  ケムリ

月曜日の足取りに シーツに残った日曜日の残り香
四つ切りの太陽に八月の蜜をちょっと垂らして
誰もがネクタイを締めて歩き出す頃
柔らかいほこりの中クロールする

並木道を歩いていくイメージから
ずいぶん遠いところで眠ってた
鉢植えのサボテンに小さな花が咲いたから
ホットケーキミックスに悲しいニュースは聞かせたくないね

ミルクの柔らかさと指先が舐めた甘さ
フライパンの上で陽炎が踊ってる
新聞の折り目から苦い味が立ち昇って
飛行機が落ちるってみんな囁いてた

明日は晴れるって聞いたのに 誰も信じないんだね
立ち上がる気泡の数だけ悲しいニュースはあるって
フライ返しでひっくりかえしたら
香ばしい世界に八月の蜜を

四つ切りの幸せに八月の蜜を垂らして
三枚重ねの朝日にナイフを入れて齧ろう
オレンジジュースにカンパリ垂らして
朝のニュースさえ愛せる八月のホットケーキ

さよならを手首に巻いて歩くひとの群れが
街並みに鳥の声を響かせて
硝子窓はもう眠気を忘れてしまった
蝉はまだ眠ってるのに 蝉はまだ眠ってるよ

まばたきするくらい長い季節に
柔らかな喧騒が世界を愛しくさせた
焼きたてのホットケーキ 四つ切の太陽に八月を添えて
聞こえる寝息くらい街並みを優しくさせた


ユーフラテス

  一条

わかって欲しい
ぼくはシャッタルアラブの星
泳げるヤツは
溺れないらしい
右手の金を掴む、髪の梳かれたギャールの愛
チグリスは栄養のある女性だった
だけどヤツの売りさばく金融商品がハイリスクハイリターンであることを
誰も知らないなんて
ならば奪え!出来るだけ運動をさせたまま
鎮魂を握り締めた左の右は
そんなふうに、シャッタルアラブの星が降る
頭を上手に使えないヤツに告ぐ
逆転のチャンスならさっさと忘れて欲しい
そこのおまえ、ぼくの声が届く場所を知っているか
ケルベロスの首を洗うのは希望みたいなのをゆるく感じた朝がいい
そこには窓があるから
覗かれる窓を剥き出しにして、ぼくたちは
きっと夕方のアニメを見る
母親の帰らない
懐かしいあれを
鮮明に思い出せ!


垂直のトルソー

  丘 光平


   振り向けば死ぬだろう

   鏡の
   奥の奥から
   山と溢れる 壁

   壁の
   木乃伊たちは
   眉尻を上げている

   手当たり次第 
   女を広げマントに羽織り
   十一階を突き破り
   勢い駆け上がる

   おおブランコ
   白いブランコ
   おまえは今日も遠すぎる

   やや遅れて
   大地へ帰る垂直のトルソー

   降りくだる冬は
   青苦く
   アーモンドしている


あめのあと

  キメラ

ほんのりあまき内在にひろがり
くうかんのふちに輪舞するはもんを
凍ったひとみでいつまでもながめていた
ひるがえす そのひどくやつれた鋭角に
うらぶれる一閃のかぜ 死といわれるものやら
うっすらひとつ灯 なにかの色火がともる

亜響フィトクロム ゆめのあとにくぐらせ
暗いくらい日本歌謡オルゴールがわたしを燈籠にする

なにひとつの あかるいとしるものもなく
ゆるやかな光波の偏光 オリオンが媒介したあしもとに
ほしのかけらを砕いてとかす
とうめいがふれてくる

もしも ゆるされることがあるなら
それはきっとあなたからもたらされた
青い鳥のためいき かわされたやくそく
いくせんのしんでいったおもかげが
あのとおいような 掌にとれるその宇宙から
しんしんふらすエンジェリティーを結晶した


あいをおぼえた あめのあと
こいをうしなったまどべから
ぬれた賛歌のつぎめから
ひかり はじかれ
あふれだし
こえにならぬものがふたたび燃えあがる
 

はじめてだれかをまもりたいとおもった

あめのやんだ星欠けのテラス
あなたが あなたのこえが
わたしにはすべてだった


(希望)(堕落)(幸福)

  佑也

(白い服の犬が、)(僕をおとしめて、)(死んだ。)
(何もないことになれて、)(何も求めずに、)(死んだ。)
(日の光が、)(緑の葉を照らして、)(死を悲しんでいた。)

(僕の朝は、)(遮光カーテンの隙間からの、)(光で始まる。)
(トーストの味は、)(良くわからなくて、)(ジャムの甘さだけが残る。)
(母の包丁の音と、)(父の階段を下りる音が、)(一番の喜びだ。)

(求めることをやめずに、)(意志を貫けずに、)(生きていける。)

(僕は声が、)(出ないことを、)(望んでいる。)
(言葉なんて、)(必要がなくて、)(核兵器のようなものだ。)
(沈黙だけの、)(いつものような朝に、)(戻ればいいのに。)

(いつも不安を隠したくて、)(下を向いて、)(歩いてしまう。)
(無理をしててでも、)(前を向いて、)(歩きたい。)
(明るい夜は、)(やって来ることが、)(できるのだろうか。)
(僕の不安を、)(取り除いて、)(やってきて夜。)

(今日もまた、)(階段と包丁が、)(危うい。)


ローリング・ストーンズ

  一条

職場で世話になってる
先輩の家行ったら
やすっぽいCDラックがどかーんとあって
ローリング・ストーンズのCDがたくさん並べられてんやけど
ローリング・ストーンズ好きなんすかって先輩に訊いたら
そや、好きや言われて、よっしゃ、お勧めの曲かけたるわって
よう知らん曲聴かされた
ま、ローリング・ストーンズの曲そんなに知らんから
よう知らんのはおれだけかもしれんけど
そないかっこええ曲でもなかったから
どや、ブルージーやろって言われても
はあ、そうっすねって生返事して
そのおれのよう知らん曲が終わった頃に
先輩のお母さんが部屋入ってきて
あんた、財布から金抜いたやろ、って先輩の頭はついた

パコーンってええ音がして
あんた、なんぼ抜いたんやって歩み寄られて
知らんがな、って先輩しらばくれてるけど、知ってる顔や
かなり居心地悪いな、おれ、やから、もいっかいローリング・ストーンズの
先輩お薦めの曲かけたら
今度は、なんやさっきと違うて
えらいええ曲に聴こえてきた
なんか心にしみってくる
あんた、その金で何買うたんやって言われても、どうせしょうもないことに使うたに
決まうてるから、先輩黙っとるわ

はよ、仕事行けやって先輩足蹴しながら
お母さん追い出して
な、ええ曲やろ、っておれの方振り向いて、ええ顔してんで
先輩、よう金抜くんすか、って思わず訊いたら
おう、金ないと欲しいもん手にはいらんやろって
ああ、ええ曲ですね、この曲なんていうタイトルですか
知らんねん、英語はさっぱりや
でもええ曲やろって
それから、化粧したお母さんがまた部屋入ってきて
あんた、私の結婚指輪どこやったんやって
まさか、先輩って思ったけど
先輩、あっさりと、あれ、売ってもうた

ほんで、それから
よう知らんけど、なんやかっこええローリング・ストーンズの曲を聴きながら
知らん間に、おれ、寝転がってて
隣で先輩、ちっこい寝息立てて寝てんねんけど
起こしたらかわいそうやな
先輩、このCD借りていくで言うて、EJECTボタン押して
CD生でポケットに入れて
部屋出た
ら、お母さんが、ちょうど仕事から帰ってきよって
お邪魔しました、って挨拶したら
めちゃくちゃええ笑顔で、また遊びに来たってな
言われて
なんや知らんけど、おれ、めっちゃ涙出たし
外出たら、とっくに朝で
しょんべんくさい街抜けて、家帰った


とある駅

  山田三平

長雨が続いて
気持ちが濡れてしまった旅人たちが
何時までも
改札で待っている

行列はどこまでも続いていて
隣の自然保護区の動物たちまでもが
濡れはじめている

どこか遠くの空が開いてくれないかと
その向こうばかりを眺めている


雨の底にて

  ケムリ

眠れない女は乾いていく
窓辺で泣いてる仔猫の前足に
シルバーリングはめた薬指に
雨が強くなる

バスルームでママが腐っていく
疲れすぎた鉄の壁に覚めていく景色
ラジオから戒厳令 こどもの頃見た冬の夜空みたいに
「ネスカフェがお送りしました」

扉の前で千切り取られた前足と
冷凍庫で分解していく薬指に
部屋の隅で誰かが泣いている
蛍光灯の紐が引き千切れた

ショートピースの缶に星が落ちていく
息を切らせた年寄り犬の匂いがする
それは神々の体臭
あるいはポータブルトイレの底で眠るあなたに

複眼のこども達が並木道を歩いていく
虫の羽根に似た透明さで
くちびるにへばりついた煙草の葉を飲み下すとき
雨が強くなる

月の傾きを数えていた掌に
このまま真っ直ぐ揺らめいていける
水銀の銛を喉元に打ち込んで 彼らは真っ直ぐ歩いてくる
二十一錠の安らぎを連れて

ラジオから伸びた指先が 脳をくすぐる痒みに
こども達は肩車を重ねて月へと伸びていく
喉元から垂れる水銀啜って
雨が強くなる


ダチョウの足元に気をつけろ

  ミドリ



鉄くず工場で
僕らはビックバンに台風の目を埋め込む
ボイラー労働者

まだ幼いコドモをステテコに背負い
女教祖がM字開脚する
その黄泉のつぼみへ
ハートのBボタンを16連射

星でNASAが盗撮した
ジャージ姿の宇宙人の
ハレンチでオーボーなタレこみネガを
金ゴテで焼き

最終兵器を念力で操れる
C組ののぶ子ちゃんの
ブラ姿を見たさに居残る
体操服 黄昏時の放課後

カブトガニの甲らを
やや深めにかぶり
黒電話のダイヤルに
しがない人差し指を鍛える
しろたえのエクトプラズム

ブチックが3軒できれば
銀座通りと名づけられた田舎の商店街の街で
いまものぶ子ちゃんの入れたての
ぬるいスープのバイブレーションを感じる

校庭の楡の木にみんなでのぶ子ちゃんを縛った
僕らはみんながガンダムのようにヒーローで
バッファローマンのキン消しを
国語の時間に後ろ手にまわしあった

生徒会長のまさのぶの
チヤクラを啓くような朝礼の独演
僕らは中間テストに
孕んでいく記憶をカズノコのように
次々と産み
たこ焼きのような整然とした
教室の40マスの一つ一つに
それぞれの飽和を
ピクリとも動きやしなかった

マラソン大会でいつも宇宙と交友するように
先頭を駆け抜けて行ったやすしは
今年も資生堂のアンカーだろう
彼はいまも風のスコラ哲学を両足で駆け抜ける
マンタ

どこかで何かが崩れていた
C組ののぶ子ちゃんのランドセルに入れた
僕らのバイブなたて笛は
今も怪しげな光沢を放っている

あの駅前のインベーダーゲームにためらい
そしてゲームオーバーを叫んだ
のぶおの祈祷のようなベイブな表情が
白痴を噛むような
僕らの表情のどこかで
後ろ側からヘッドロックを
今もしっかりと入れている

日本からアイルランドへ流れる
進化の動きをくいとめなければならない

自慢の前歯にレジスタンスを喰いとめ
赤信号に立ち止まるダチョウの群れの背を押し
唐突な平和への降伏を極限状態へ追いやり
JRの駅長さんが誘導する
中心への無条件降伏の朝を
バーゲンセールの前かごの利他行為を見張り
異端とみなされないための
斜め45℃体温を背に持ち
連合国側の不発弾の眠る
ジョシコーセイの体を
65歳 定年後のにわかオタクたちを
すみやかに
そしてゲンジュウに包囲せよ


蛮族のいる風景

  りす

 幼稚園のスクールバスには カーナビがない
 かわりに
 「男か女かわかんねえなあ」 
 と園児に言うのが口癖の 私という名の運転手が付いている
 園児という蛮族を乗せるのに 行き先なんてどこでもいいのだ
 いつだって めちゃくちゃなリズムで踊っている君たちの
 その軽快なステップのルールを 私に教えてくれないか

 
 バスの車体に描かれた巨大なひまわりは 
 週末には「じゃあな」と言って 激務で疲れた体を鉄板からひっぺがし
 赤羽あたりのストリップにもぐりこむ
 ウーロンハイを舐めながら年増女の裸を丁寧に批評し 心のケアを怠らない


 「ひかる」という名札をつけた園児のお父さんは私の隣人で
 妻と家庭内別居中なので ベランダにテントを張って寝起きしている
 ベランダ越しに彼と世間話をしていると 
 ときどき「ひかる」ちゃんが顔を出し コンニチワ と 
 私たちに かわいい挨拶をしてくれる
 「ひかる」ちゃんが男か女か わからない
 彼も知っているかどうか

 
 今日は遠足なので 保母さんの不安は増大している
 お弁当を忘れた子供が何人いるだろう?
 彼女は園児のトラウマを最小限に食い止めるために
 早起きして予備のお弁当を10個作ってきた
 ムーンサルトをキメたのに 着地する地面が無い感じ?
 と彼女は不安の種類を説明してくれた
 彼女も週末には不安を蹴飛ばして合コン女王に変身し
 男のたくらみにも体勢を崩さず 自信を持って見事な着地をキメている
 「普通の女です」とのことだ 

 
 学校法人 きぼう  ひまわり幼稚園
 この部分を特に念入りに洗うように ワックスもかけてね
 君もマーケティングの一翼を担っているのだから
 と園長先生から言われている
 蛮族には きぼう という不細工な言葉がよく似合う
 蛮族=希望 私は希望を乗せて走っているから疲れやすいのだ
 それにしても 洗車する週末に ひまわりはいつも留守なので
 彼はいつも埃まみれだ
 たまには 空っぽのバスで ひまわりを迎えに行くのも いいかもしれない

* メールアドレスは非公開


大トランポリン駅にて

  Canopus(かの寿星)


3か月前にあたしをふった
彼氏が旅に出るってんで
40度の熱があるのに あたしはたたき起こされて
着のみ着のまま
葛西シルチスのアマゾン鳥が啼く金町方面
あたしひとり 駅まで彼氏を見送りに

プラットホームには この駅始発の列車がもう待機していて
そのむこうには彼氏がはじめてのデートの時のように
大きく手を振って笑顔であたしを呼んでいた

ただあの頃と違っていたのは
駅の構内が全部トランポリンで
あたしも彼氏もぽんぽん弾んで
彼氏なんか完全な球体で 器用にぽんぽんぽんぽん
あたしはぽんぽん揺られて高熱でうんうんうなされて
彼氏に急いで近づきたくても入場券しか持ってないから
うっかりバウンドがはずれて列車に乗っちゃったら死刑だから
膝とおしりで慎重にぽんぽん
発車のベルが今にも鳴りそうだった

「なんだいそのカッコは」
球体の彼氏はにやけて舌舐めずり
口を裂いて大きな舌から触角を伸ばして言った
そうだ あたしたたき起こされたんだっけ
ベッドでうんうんいってたままの格好だ
髪はぼさぼさ
パジャマの下 はいてなくて
おまけにゴムゆるゆるのパンツで
寝る前にちょっといじった所にシミがついてて
トランポリンが弾むたんび そんなとこがまる見え
胸もお腹も少しはだけて 隠そうと思ってもうまくいかない
ぽんぽんあたしは丸まって 「お前のシリ サイコー」
そうだあなたはあたしのヒップラインが好きだったんだっけ
あなたは触角の先から目を突き出してにやにや
久しぶりに視線が痛い
たくさんの突起を伸ばして あたしをさわって
長い舌であたしのお腹を舐めまわして あたしはのけ反って
高熱で頭が痛いのに あ と小さく呻いてしまう 彼氏の喜ぶ声

あなたとの思い出は 別れる前に交わしたいことばは
こんなんじゃないのに
ほかにもいろいろあるはずなのに
こんなことありえないのに どうして
ぽんぽん がんがん

でもね
あなたとあたしって
同じ高さにちょっとの間しかいないじゃない
バウンドの高さもリズムも まるで違うから
いつもいつも擦れちがってしまって ほんとはね
あたしもあなたといっしょに行きたいんだけど
列車に乗ったら死刑だから 死刑になっちゃうから
しかたないじゃない さよなら
あたしはあきらめたように少しだけ泣いて にっこり笑って
別れのキスも出来ないで

あたしはぽんぽん うまく弾めるようになって
彼氏は突起を下に伸ばして ぽーんと飛び上がったかと思うと
不定型になって窓の隙間からにゅるにゅる
列車にさわやかに乗り込んで
発車のベルが鳴って
でもあたしはそれを見ていなかった
あたしもいつの間にか完全な球形になって
ひとつの眼球になって
ゆっくりとあたしにあたしの瞼が覆い被さった
瞼の内が熱いのは高熱のせいだろうか
あたしの眼を閉じたその瞼をあなたは
いつまでも覚えていて

ください


夏のへだたり

  りす

水道の蛇口をひねると
秒針がざっくりと出てきて
洗面台を埋めてしまった
仕方がないので 
それで顔を洗った朝
君に会いに行く

紫外線の指揮する音符が
足元に絡み付いて離れず
歩くたびに 電柱を数えろ と命令する
電柱の数だけ嘘がある
電柱の数だけ権力がある
電柱の数だけ争いがある
そんなデタラメを吹き込まれながら
君に会いに行く

ハンドバッグにいつも
銀色のストップウォッチを忍ばせている君
正確さと意地悪さが双子だとは知らずに
僕の脚力を値踏みしている

夏だというのに蝉は鳴かないし汗もかかないところをみると夏ではないのかもしれない
都会の蝉は声が悪いから追放されたのかもしれない
汗は外側ではなく内側に流れる仕組みに変わったのかもしれない
夏が個人的に語りかけてくる時代はもう終わったのかもしれない

長すぎる時間軸と 短すぎることばの射程距離は
生来 肌が合わないから
いくらデートを重ねても
つないだ手の冷たさに いつも少し
うろたえてしまう

プール帰りの子供たちの 日焼けしたうなじに
走る風はすみやかで 少し濡れている髪の重さを
未来の方向に運んでいる


高級娼婦になりたかった女は

  リョウ

少しだけロリータ少女になったらしい
風の噂で聞いたんだ
彼女はロリータ少女に








****






「私はね、高級娼婦になりたいの」
彼女はそう言った
「そうか」
そう答えた
そうとしか答えられなかった
煙草を吸う 煙を吐く 精一杯だ



「私はね、政界を動かすような高級娼婦になりたいの」
彼女は詳しく言った
「そうか。愛してるよ」
そう答えた
そうとしか言えなかった
髪を撫でる 事しか
出来なかったんだ


彼女は思ったよりも容易に股を開き
数々の男を飲み込んできたらしい
(願ったり叶ったりだったよ)

「高級娼婦になりたいの」
彼女は微笑んだ
「愛してるんだよ」
俺は呟いた
煙草はとっくに燃え尽きて
フィルターが露出している事に気づかず
下を向いて缶コーヒーを蹴飛ばした
高級娼婦になりたい彼女は
甘い煙草の香りが好きだった














*****


高級娼婦になりたかった彼女は
ロリータ少女になったらしい
風の噂で聞いたんだ
今はあの煙草を吸わなくなった


海辺の地図

  葛西佑也

未完成の地図
適当にぽつんと
現在地を記して
空きビンにつめた

知らなかった
地図の海
地図の空
見えない国境線

海辺には
知らない国の文字が
刻まれていて
波が打ち寄せるたび
一文字
また一文字と
きえてゆく
僕の名前

地図に無い国に忘れてしまった名前
読むことのできない名前

今更しょうがないと
いつもと同じように
水平線が明るめば
忘れてしまっている



名前の無い地図を見つけて
ぼくは海辺の地図と名づけてみた
うっすらと書かれた記しが
ぼくの海辺を思い出にした。


  丘 光平

                       いくつもの小さな
                       窓がささやかに灯
                       っていたいくつか
                       の小さな窓にかな
                       しみが灯っていた

         海ほどに深い月夜
         時はしんしんと降
         り積もる私はまる 
         で尋ね人のように
         中空を漂っていた

                  いずれ手ばなさな
                  ければいけないこ
                  の風景こそ物言わ
                  ぬものたちの詩あ
                  るいは沈黙の音楽

天に美しく吊るさ
れてるあの四人の
坊やたちはきっと
神さまと私の孤児
なのかもしれない

                     彼らの失った視界
                     が左右どちらかは
                     知らないただそれ
                     がどうして片眼な
                     のかを私は感じる

           いくつかの小さな
           窓がささやかに灯
           っていたいくつも
           の小さな窓にかな
           しみが灯っていた


サマーソフト

  一条

店内は、静かな音楽が流れているかのような場景であったが、実際は誰の耳にも音楽など聞こえていない。テーブルには、赤と白の格子模様のごわごわした布地のテーブルクロスが掛けられ、店の正面口の方向から、客の出入りのたびにそっと潜り込む風に、テーブルクロスの垂らされた一部分が規則正しく揺れ動かされている。男はいなかった。テーブルには、食べ残された料理の皿が無造作に、あるいは規則的に並べられ、女は男の不在について少し前から考え始めた。店内には静かな音楽が流れているかのような雰囲気のみが漂い、男は正面の壁に掛けられた絵画を眺めながら、自分の不在については特に何も思わず、女の話に相槌でも打とうかと考え始めたのは、今よりも数時間も前のことであるが定かではない。テーブルには、赤と白の格子模様のテーブルクロスが掛けられ、テーブルから垂らされた一部分が風に揺れ動き、数時間前もしくは数分前に確かにそこに男と女が座っていた。それは、ほんの数秒前の出来事かもしれないが、数分後には誰の記憶の中にもない。

文学極道

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