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atsuchan69 - 2015年分

選出作品 (投稿日時順 / 全12作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


暁のエクスタシー

  atsuchan69

細身の女は、
恐ろしく小さな核ミサイルを抱いて
なぜだか不思議と人通りの少ない
一匹の異様に痩せた野良猫の、
か細い瞳で睨んだ薄汚い裏通りに
幾年月も在り続けたベンチさえ置かれていない露天のバス停に佇み、
小雨の降りしきる一日を
当て所ないジプシーのように立ち尽くして
血管の浮き出た白く透明なかぼそい首に、
「私は、捨てられた人形です」
 と、
赤いマジックインキで書かれたベニヤの板切れを下げていた。

通りすがり、そして女なら誰でも良く
昼日中からE、F、G、の次がしたくなった私は拳大のペニスを硬直させ‥‥
目敏く、真っ赤なラム革のミニスカートを穿いた細身の彼女を発見するや、
行き過ぎたレクサスをわざわざバックさせて
おもむろにバス停の真横に車をぴったり停めた。

速やかに電動スイッチを押して助手席側の窓を開け、

それでも幾分、はにかんで
赤らんだ、拳大のペニスみたいな顔を覗かせて
――乗らない? 送るけど‥‥
そう云った。

「この子‥‥名前は『永遠』です。いつも温めていないと、いけないから」

そこで私は、車から降りて助手席側へ回るとおもむろにドアを開いた
「君は、捨てられた人形だろ? だからボクが拾ってあげるよ。さあ、乗って‥‥」
「あのォ、この子は、半分、日本製だよ」
得体のしれない彼女の話など、ただただGの次がしたいだけの私には上の空だ

そうして、ホテルのウォーターベッドにミサイルを挟んで二人は仰向けに並んだ、

「この子を、立派に♂発射させてあげたいの」
アチラ訛りのある細身の女は、
白く滑らかなミサイルの胴体を摩りながら言った
「ああ。それはヒジョーに難しい相談だぜ」
「お願い、そのためなら、私。なん度でも貴男を喜ばせることできるヨ」
「‥‥」

夕暮れにラブ・ホテルを出ると、鬱陶しい雨はもう止んでいた。
レクサスは高速道に入り、やがてナビの案内で海へと向かった

「子供のころ‥‥砂浜で、夏の夜に花火大会をしたのを思い出すナ」
「私は、黄昏のビーチで『北の家族』とバーベキューをしたこと、が、ある」

濃い潮風が、夜の渚に佇む二人の髪を揺らしている
傍らに、茶褐色のハングル文字で
恥しげもなく『偉大なる永遠』と記された
醜い大人の玩具のような核ミサイルを砂浜に転がして
二人は、幾度も口づけを重ねた

「核実験と、マスターベーションってよく似てるよな」

「男の人のことは、知らないけど。でも、そういうものなのかしら」
「しないと、さ。もう、本当にダメっていうか‥‥」
「ガマンできないんでしょ」
「うん。できない」

「もうじき、迎えがくるわ」
「迎えって誰が。君をかい?」
「いいえ。私じゃなく、この子を‥‥眩しい朝が、この子を迎えに来るの」
「でも君は、こいつを、早く発射させてあげたいんだろ」
「ええ。ゼッタイ、そうだと思います」
「じゃあ、早くしないと。スイッチはどこに?」
「スイッチは、、ここ」――彼女は、服の上から両の乳房を触った。
「あーん。どうやって?」
「まず右の乳頭を3秒長押して、次に左のを5秒間押すとカウントが始まるだよ」
「発射までの時間は?」
「約15秒」

「わかった。じゃあ、始めよう」

「発射台のかわりに‥‥」
転がった円筒を彼女は抱き起すと、
「噴射時の衝撃からミサイルの体を支えるための垂直な穴を掘る、出来るかしら」
いくぶん強い口調でそう言った。
「それなりに‥‥随分と、手間がかかるんだナ」
長袖シャツの両腕を捲って、しぶしぶと私は従った

用意が整うと、彼女は、ブラウスを脱いでブラジャーを外した
ちょうどその時。灯台の明かりが届いて、痩せた彼女の胸を赤裸々に照らした

「ちがう、ある。そっちは左。あなたからの右じゃなくて」

「あ。そうか」
「じゃあ、押してみてほしい‥‥15秒だと、一体どのくらい逃げれる‥‥ですか?」
「男子100メートルで世界記録は10秒を0.2秒切るくらいだろ」
「とにかく起動したら、すぐに走る。よろしいか? あなた、はじめる、どうぞ、ゴー!」
素晴らしく長い脚の彼女に促されて従うと、
「起動・しました」
小さなミサイルは、日本語で音声報告をした

「逃げよう!」

「発射まで・あと15秒です‥‥」
私は立ち上がり、次の瞬間。――裸の胸のままの彼女の手を引いていた
「ブラジャーを忘れちゃったわ」
「そんな。取りに行く暇なんかないぞ、走れ!」

「発射まで・あと・10秒・です‥‥」

「ええと、もしミサイルが飛ばなかった場合は‥‥」
走りながら、とつぜん緊急な疑問が生じ、私は叫ぶように彼女に訊いた
「いますぐ、ここで爆発するだけ」
「ちッ、マジかよ!」

「9・8・7‥‥」

「もう、だいぶ走ったんじゃないかな」
ふり向くと、そこで私は彼女の手を放した。

「3・2・1‥‥0」

真っ暗な砂浜には、波の音しか聞こえない

「あれ? 飛ばねえぞ‥‥」
と言う、私を、見事に裏切るかのように、
忽ち、ミサイルはシューンンンンンという高熱ガスの噴射音と、
凄まじい化学反応が生んだ色鮮やかなオレンジの光と白煙とともに
星々の煌めく夜空へと
火炎の軌跡を残して 消えた

「終わったわ。これですべて」

「で、あれはどこまで飛んで行くの?」
「‥‥」
彼女は僕の質問に答えなかったが、
ややあって、デミタスカップに収まる程度の溜息を吐いた後、
「行きたいところは、もちろん今から美しい『永遠』のはじまるところよ」
そう言って、外されたブラウスのボタンを不安げに弄りはじめる
「ふーん。じゃあ、とにかく街まで帰ろう」
「いいえ。まずブラジャーを取りに行かないと‥‥」

細身の女は、果てのない海のどこかを見つめると、
ふたたび愛のない捨てられた人形の顔をした

「あ、ミサイルの飛行距離って?」
ふたたび海辺へと向かう彼女を足早に追いかけて私は訊いた
「たいして飛ばないと思う。だから、はやくブラジャーをつけないと」
「え?」

とつぜん、薄闇の空が真昼のように明るくなった
何かが生まれたことを告げる雷にも似た声が、そのすぐ後に全天に轟くと
世界中の「捨てられた人形」たちが、
たった今、輝かしい胸に蒼褪めた色のブラジャーをつけて
両腕を通したブラウスを堂々と大きく開き、

「主よ、来りませ」

と、それぞれの言葉でしっかり呟くと
私と、肉眼で見えているこの古びた不確かな場所とを道連れに、
やがて始まろうとする深刻で悲惨な朝を迎えることなく
すべてを、一瞬で消滅させた。


春めく色たち

  atsuchan69

  第一幕 (森の妖精たち)

   矢継早に、四方より登場

わたしは、碧――
贅沢に華を散らして
眩しい朝の陽を浴びた葉桜のように
濃淡の影も爽やかなみどり

わたしは、黄色――
麗らかな山麓に菜の花が咲き
キャラメルを一欠けら頬張った子らの
愛らしい笑みも声もきいろ

わたしは、紅――
背いた罪の数ほど美しく
威風堂々と山里を染める紅枝垂
裂けた葉の無数のあか

わたしは、蒼――
あてどなく彷徨うごろつきの
転がる石も雪融けの水に呑まれ
沈み流れて仰いだ空のあお


   暗転

 
  第二幕 (湖畔に立つ女のシルエット)

   重いピアノの伴奏がつづく

わたしは、透明――
硬く、そしてつめたく
淡海まで凍りついた冬の終わりに
囀る鳥の声を聞いた、とうめい

   雷、雷、そして暫くの沈黙

 でも、きっと――
彼は雷鳴のように轟く声で
わたしにつよく何かを叫ぶと
疾風ように丘を駆け降りてきた

 でも、きっと――
彼は迷宮のように行き先を隠した
朽ち葉のつづく深い森の道を抜けて、
漸く夜の終わりに熱いキッスを届けたの

   (ピアノの伴奏が止る)

   七色の光を浴びた女と、
   その背後に立つ四人の妖精。
   静やかに弦楽合奏からはじまり、
   管楽器も加えた穏かな牧歌が流れる

 ええ、乳白色の朝靄のなかで
彼は陽光を背にして凛々しく立っていたわ
――だから今わたしは、
あなたが望む何色にだって染まるの

   女を囲み、踊りだす四人の妖精

   そして静かに緞帳が降りてゆく

   ――エピローグ (囁くような声で)

 でも、わたし 本当は
とても気紛れな虹色なの・・・・


らりぃ・アリス

  atsuchan69

アリスはそこへ乱暴に投げだされ
黒い瞳に大粒の涙をためた
やがて朽ちてゆく散らされた意味の
灼熱に乾いたサハラカラーの砂漠の丘に
一面、蒼く鮮やかに咲く魔の花の
雑音交じりの夢へといざなう、

 【邪まな・・・・】

邪まな罪の香りをキッスのあとに嗅ぎ、
あれは許されざる声の生まれる
たった数秒、縺れ、ざらつく舌のうえで
言葉になるはずだった君への想いが
熱いフライパンに落としたキューブバターのように
たちまち融けて変色してしまった

 【愛という・・・・】

愛という熱病に冒された、
ピンクのノースリーブワンピースに痩せた身を包んだ
地下の駐車場で待合わせた牝のバニーが一匹、
青いサテン地のシーツを波立たせ
たった一度きりではない過ちを再び犯して
笑いながらパンティを下ろしはじめる

 【こっちへ来て・・・・】

こっちへ来てと牝のバニーが言い、
鏡の中からまだ帰れない私は
今いる場所を懸命に探そうとする
濡れたラビアにリング状のピアスが輝いている
音符の描かれた水色の爪がその周囲を這う
――こっちって、どこ?

 【きっと私は・・・・】

きっと私は鏡の中のアリスだった
ベッドのまわりには四人の女装した私がいた
あんたの濁った眼で私を見ないでよ
ちゃんと心の眼で見なさいな、
この服、ラフォーレで買ったエイチナオトよ
本当の私はさあ、可愛い少女なの!

 【そしてアリスは・・・】

そしてアリスはよく澄んだ瞳を瞬かせた
ベッドには人間を食べる水玉模様の巨きな花が咲き、
またベッドでは人間の言葉を話すイルカが仰向けに泳ぎ
そしてベッドの真ん中には不思議な穴があいていた
恐るゝ穴を覗くと、ああ。なんだ私は私だった
とつぜん私は♂になって俄然、牝の乳房に食らいつく


ガーデニア

  atsuchan69

避暑の家の涼しげな夏草の茂み
その影もまた深い碧に沈み、
淡く邪気ない木漏れ日が窓辺を揺らしていた
暗い六月の雨をしっかりと含んだ土の濃さが匂いたち、
やがて腐敗へとつづく露骨な大地のプロセスを
梔子の甘く優美な香りが蔽い隠している

彫刻のある楕円の鏡に映った二人は
鏡台に置いた一輪挿しを想わせるグリーンの瓶、
――多忙な夫からのプレゼントだという
花を模したキャップのある洒落た香水に眼をやり
禁断の部屋の猫足の椅子や家具たちを尻目に
その艶やかな白い花の匂いを嗅いだ

忘却も物語もない時間が短い針をまわし、
唇と唇がふれ、渇いた心が水を欲しがるように
不条理な夢が理不尽なまま永くつづくように、
いつか死に等しい罪にもふたり手馴れてしまっていた
隠蔽し続けることが真実を知る者の答えか否か?
偽りの昼の姿かたちはベッドへと転がった

繭のようにシーツで蔽われた二体のむくろ
容赦ない残酷な夏の光が、一切を白日に晒して


名もなき夏の島にて

  atsuchan69

真下に拡がる海原は
厳しく削られた岩の入江を包み、
とうに半世紀を過ぎた
今しも汽笛の鳴る港へと
煌めく漣(さざなみ)を寄せて

夏の賑わいが恋人達とともに
古い桟橋を大きく揺らして訪れる
そろって日に焼けた肌や
水着姿の往きかう坂道だの

あの日、キスばかりして
砂浜に忘れた浮輪とパラソル

燥(はしゃ)ぐ声を砂に埋め、
渇いた唇で忙しく即興の台詞をならべた
渚に残したいくつかの記憶は
失くしても、きっと悔やみなどしなかった

白いペンキの眩しくかがやく
樹々に隠れた丘の家で
時折、海を眺めて沈黙した
夕凪の吹くテラスの粗末なテーブルに
君が仲直りのカクテルを運ぶと
ふたたび口論をはじめて・・・・

「いつかまた逢いましょう
化粧をする鏡の中で
別れ際にそう云ったから、
君が立ち去った後も
ずっと僕は此処に留まったんだ

そのうち俄(にわか)漁師でも演じて
博打で船を一艘ぶん捕れば
ようやく君を忘れてもよい頃だと思った
時化(しけ)の夜に船を出し、
やがて大波をかぶり海の藻屑と消え‥‥

――つづきを話そう、

強い風に鳥たちが流されてゆく
気紛れな海は忽ちにして豹変した
岩場に叩きつけられた白波が砕け、
それは遥かに人の背よりも高い

僕は一羽の海猫に生まれかわり
今日も必死で、この辺りを飛んでいる


夜の軋み

  atsuchan69

滲んだ肌に香水が匂う、
視覚からこぼれた淡い影たちが
発せられない声とともに
音もなく、永遠へとむかう
冷たい未来の交じった
柔らかな過去の感触がまだある

つい今しがたも、
昨日も、
生まれる以前も
窓の景色はいつも夜だった

ふたたび自由の風をおこし
燻ぶった愛を烈しく燃やすと、
忽ち、大地の裂けた下腹部は潤み
女は深淵の火照りをあらわに孕んで
嘘のない黒い瞳孔を大きく見開き、
いくども果て、
そしていくども痙攣した

滑らかな唇の
卑猥かつ命の凛々しさ
唾液に濡れて
濃密な舌に絡めた、
アノ感触がどうしても消せない

背く愛ゆえに列車は軋み、
白い合成樹脂の吊革を見上げては
いつか公園で乗ったブランコ、
たわわな胸をゆらす女の歩くさまを想い
するとまた淫らな血が騒ぎだす

やたら空席の目立つ、
長い年月を乗せたシート
その疎らな隙に乗じて
朝夕の犇めく乗客たちの残像は、
足早に何処へともなく
遠く走り去ってしまった

別れ際に足りなかった言葉が
急いたこの胸を焦がし、
古びた夜の闇に鳴る踏切へ
いつしか進路を遮られては
想いは置き去りのまま
夜の軋みに掻き消されて

窓の硝子に映るのは、
裏切る者の顔

歓楽街の夜景を透かして
巡りあうことのない筈の言葉たち
 (唇から 唇へ
艶やかな花、彼処の花へ

最新のテクノロジーがもたらした
瞬時に流れ去る世界の
消毒液に浸された昼と夜
鮮やかなブルーに灯る
電光の文字と符号に
あまねく溺れてゆく声たち
――或いは、

 水に映ったナルシサスの恋

終わらない物語の原型をなぞって
反自然の、難解なドグマを妄信し
可能なかぎり理不尽に敷かれた
罪に塗れたモラルの軌条を
人々は今日もただ闇雲に走るだけだ

 (見馴れた駅
 渇いた円環の内側で

覚えているのは、
指の蜜と棘の痛み。//
既に無人のホームへ降り立ったとき、
新しいメールを一件削除した。

きっと明日も刳りかえし、
逢瀬を刳りかえし

それでも一切をかなぐり捨て
ふたり逃げる勇気もなく
さても狂おしい
巡りあうことのない未来の
唇から 唇へ


震える、声を発して‥‥




 


夜霧のパピヨン

  atsuchan69

霧につつまれた煉瓦通りを突当たり、
古いビルの地下にその店はあった
暗い夜の匂いが滲みついた長尺のカウンターには、
いつしか様々な顔と顔が並んでいた
俺は雑音の混じるオスカー・ピーターソンのピアノを肴に、
ほろ苦いカンパリをソーダで割ったやつを飲んでいる

青髭はパピヨン(♀犬)みたいな顔の女と一緒で、
紫煙を燻らせながらパッシモをタンブラーで飲んでいた
そしてシェークされた無色透明のカクテルが既に女の前にある
「酔っ払うには、まだ早すぎる」と男が言ったから、
たぶんそいつはギムレットだったに違いない。

案の定、パピヨン(♀犬)は最初の一口で咽てしまった
「だって酔わなきゃ」と、鼻を押さえて
男の胸から取りだされた白いハンカチを受けとった
「私、棄てられたの!」
――途端、キャンキャン吼えて泣いた
青髭はすまなさそうに店内を見回し、女の背中を擦った
パピヨン(♀犬)はカウンターに顔を埋めたが、
困ったという顔の青髭は、なぜか私と眼と眼があって
眉を下げたまま「梃子摺らせやがる」と、さも言いたげだった

左手でロメオ・Y・ジュリエッタを硝子の灰皿でつぶし、
「ご迷惑では?」と、俺に訊いた。
「お気を遣わずに。こちらも、関係なく一人で飲みます」
すると、パピヨン(♀犬)がとつぜん上体を起こした
「そうよ、私だって飲むわ!」
涙で溶けた化粧の下に、毅然とした別の女がいた
「わかった。よし、とことん飲もう」
青髭はそう言って、
「アイリッシュ・ミストで・・・・二人分作ってくれ」
やや髪の薄いバーテンダーに注文した

「ミスティか」と、俺はついうっかり口にした。
「ええと――」
初老のバーテンダーが尋ねる、「音楽も・・・・ですか?」
万事よろしい笑みを浮かべて青髭は言った、
「ジョニー・マティスの歌で頼む」

五十年を経た、黒い合成樹脂の円盤に針を落とし、
甘い声で彼が唄いはじめるや否やまったく理由もなく、
店の入口となった狭い階段から、
そして通気口からも地上の霧が降りてくる
いつしかドライアイスの煙のように真っ白な霧が
青髭とパピヨン(♀犬)の足元を包みはじめ、
やがては店中が夜霧のなかに沈んでしまった

「君は・・・・彼を、愛しすぎたのさ」
深い霧の中で青髭はパピヨン(♀犬)へ言った
「そう、きっとそうね」
「でも今夜からは、きっと違う。君は、もう昔の君じゃない」
「裏切られたもの。二度と愛なんて信じないわ」

そして霧の中で、俺はそっと小声で言った――
なんだ。これって青髭が毎度つかう落しの手口じゃん・・・・


スヴァスティカ

  atsuchan69

  ○
   。 
  。 ゜ 〇
ぶくぶくと発酵し、
白く泡立ったパロールが
プチン、パチンと弾ける刹那
闇に包まれた沈黙の森へ
微少の琥珀金を含んだ飛沫を散らす、
ランゲルハンス細胞の 突起

煮えたぎる
夜と、
瀝青の黒に映える
 「ワン・センテンス/椀子蕎麦

俯瞰するイメージは、
血まみれの過去を遠く置去りにした
 女//
無限遠の被写界深度によって
像をむすんだ、南高梅
赤い楼閣の建ち並ぶ 永谷園
食卓のクローズアップ・・・・

刃こぼれした拙いことばや
陰影の醸しだす強い生命の匂い。
脂の効いた軽やかな厚味、
独特な切り口でみせる 
濡れた金星(Venus) その日常の悶え

枯れ落ち葉のうかぶ沼の安らぎと
敷き詰められた権威が澱む深緑の面に
構・築・さ・れ・た 基礎を一瞬にして壊す、
 わずか一滴の毒にも似た
淫らな蘇芳に染まる 起立した♂(アソコ)

怪奇なるマーブル模様の波紋を描いて
ざわめく数式の破綻 と、怯え
薔薇の花弁を這う仮面のラング・ド・シャ
濡れた舌の精緻な軌跡さえ狂う、
あまりにも乱暴な筆致の――オチンコ。
想いは、嵐の海に泣き叫ぶ 声
 「あはあ、あはあ・・・・

薄墨色の空に渦巻く、ルーン文字
破れはためく帆を幾度もたたき照らす光
 ――ドドンガーガー!
大粒の雨と吹きずさむ、異界の風と叫び )))

 暗転/
爽やかな慈愛にみちたエーゲの牡蠣、
 おお、スヴァスティカ。
――「歓び」そのもそのよ!

今しも死者を乗せた船に
セイレーンたちが降り立つ
やがて波に呑まれてゆく陽気な言葉たち
美しい音色を残して砂の海へと沈む

 「いやーん、ワン・センテンス/ワン・タン、麺。

なんて卑猥で下賎な飛沫なのだろう
 呪われた言葉よ、魔物たちよ
  泡立つパロール、
――「歓び」そのものよ! 


星と砂粒

  atsuchan69

満天の星空をつつむ静寂の下
潮騒を聴きながら横たわる身に纏う砂粒
はてしなく投げた仕掛けを海に任せて
ケミカルライトの点る竿先を微かに揺らし、
甘い潮風がコーヒーの苦味を慰める

アタリなく、瞼腫れて
ふたたび巻く糸の手につたう空しさ
針に残る、細かなイソメ
――食逃げしたのは何処のどいつだい! 
無惨な餌の痕に、ひとり愚痴をいう

渚を這うように現れては消える灯光
遥かとおく、明滅する航路標識の夜明かし
つかの間にわが身を曝すかと思えば
やがて水際に足元を濡らしては退く、竿立と椅子

硝子瓶の酒を手にして浅く眠り
ふと目覚めれば水平線に望む曙光
星々は滲み、東空に孤高にかがやく星ひとつ
欲深な釣人が不愉快なのか波音も高鳴る

白濁を集めては崩し、
はやくも海は荒れはじめた


キングコング岬

  atsuchan69

艶かしい光感受性受容器が視神経を通じて見てはいけないアレの端末を脳中枢へと運ぶ。見てはいけないアレの端末であるグロテスクな映像には言葉にしていけない文字である淫らなアナタ自身の当たり障りのない日常的な動作が含まれており、モダンな部屋の壁の色や置かれた家具の配置なども言葉にしていけない文字である淫らなアナタの感性とはまったく関係なく見てはいけないアレの端末は単なる【信号】として時間軸の曖昧な未来へと伝達された。ただそこに別の映像である記憶が無数に紛れているのを見てはいけないアレの端末をすでに脳中枢へと運びおえた言葉にしていけない文字である淫らなアナタは少しも関知していなかった。今しもベッドに横たわる不可視の「見るべきモノ」と文字のない「読むべきモノ」を、昨日の続きを演じるようにまるで理解など無用といった脳天気な顔で言葉にしていけない文字である淫らなアナタは事務的に片づけはじめる。しかし見てはいけないアレの端末は記憶の中では白い砂浜のつづく地球のどこか南の島の海岸でサマーベッドに寝そべっていた。そのとき見てはいけないアレの端末は、赤らんだ嫌らしい顔を少し大きめのサングラスで隠し「すなわち、はげわし、ひげはげわし、みさご、とび、はやぶさの類、もろもろのからすの類、だちょう、よたか、かもめ、たかの類、ふくろう、う、みみずく、むらさきばん、ペリカン、はげたか、 こうのとり、さぎの類、やつがしら、こうもり」と言った。つまり言葉にしていけない文字である淫らなアナタへの愛の告白で、さらに「人がもしその頭から毛が抜け落ちても、それがはげならば清い」とも言った。記憶のなかでは見てはいけないアレの端末は、詩人で魔法使いでもあった。彼が「時よ止まれ」というと時間は止まり、「時よ動け」と言うと時間はふたたび動き出した。たった今、束の間に、この部屋にいて、すべての許されない事柄は、けして言葉にも映像としてのイメージにさえもなりえないタブーの領域に封印されていた。それでも窓の外を覗くと、あの日の波の音ともに見てはけないアレの端末とふたり岬の先端から眺める夕映えの海の景色がよみがえった。彼は言った、「イメージするんだ、今こそ俺の真実を話そう」そしてサングラスを外すと、「いくぶん突飛な喩えだが、俺は優しいキングコングは嫌いだ。なぜなら映画に出てくる奴は偽善そのもので真実からは遠く離れているからだ」そう言うと、彼はしばらく押黙った。言葉にしていけない文字である淫らなアナタは彼がこれからとても重要なことを話そうかどうかいくぶん躊躇していることを悟った。「お願い。言って、どんなことでも。私、びっくりしないわ」すると彼はニヤリと笑った。「じゃあ、もう一度イメージするんだ。つまりその、映画の中では登場しない、隠された、キングコングのアレを」言葉にしていけない文字である淫らなアナタは少し困った顔で言った、「アレって、アレのことかしら? つまり、とんでもなく大きくて、ぶらぶらしている‥‥」見てはけないアレの端末である彼はかぶりを振った、「そんなんじゃない。もっと、もっと、よくじょうして、かたくなった、とてつもなくでかい、アレだよ、アレ‥‥」言葉にしていけない文字である淫らなアナタは、そのとき大波の飛沫のとぶ岬の突端で雄叫びをあげながら胸を叩くキングコングの姿を見た。「見える、見えるわ! つまり、あなたはTVではとても放送できない、天を向いて、そそり立つ、あの股間の‥‥モザイクだったのね」


郭公の見る夢

  atsuchan69

 朝露に濡れた葉のギザギザ。地表を這うように草木を透かして訪れた地獄の陽を浴び、緑に燦然とかがやく【ヤマソテツ】と呼ばれる羊歯を踏みながら言葉なき森の奥深く、「幸」住むと人のいふ原始の密林を駆け巡る雛の雉が歌う、♪サカ菜/サカ菜ァ、そしてサカ菜という野菜を食べると頭が良くなって僕はパンツを穿き、発条式の両眼をとび出させて啼く山鳩の声を背に猛烈に新聞を配りはじめ、ついでに各家庭にヤクルト400も届けてやる。

 大審問官ラギの秘めた笑みの裏側に零れた微量の涙など知らない、派手な猫革のジャンプスーツを着た宇宙人が朝から元気に立ちんぼをやっている。

 「俺と遊ばないかい? 
 「嫌だよー、ベーっ! 

 ゲルダの鐘が鳴り響く午前6時9分。有刺鉄線を張巡らした希望なき地方都市中心街栄町2丁目3の11にもカオスの陽光が射しはじめ、隣家の窓を覗けば「ふーふー、はーはー、ラマーズ式で味噌汁を啜るあこがれのしずかちゃん(w)。するとビビズ・ナ・メコシ谷に住むモモラ人バネット・クレイシーさんが、しゃかしゃかミルバを振って踊る姿がパネルに映り、キャラ弁をつくる若妻たちの深き欲望を隠した微妙な雲はみごとな朝焼けの色に爛れた。

 ビナ、ホエーッと吼え、叫びながら飛び立つピンクフラミンゴモドキの鳥人の群れ。

 ラギ、ゲルダ、そしてビナという【意味】をあまり持たない言葉たちが真っ赤な嘘とミルバの音にあわせてスキップする。そこにボナ、サルヴァンも加わって踊りだす。 )))

 葦の茂る河原にひとり佇むラダン。――半獣半人。
 かつて旧ソヴェト連邦では秘密裏に遺伝子操作した狂犬病ウィルスに侵されたリカントロピー患者による政府公認の仮装舞踏会(x)がさかんに行なわれた。

 眩い紫を帯びた放射光が花弁のように開く大地の底より、七色の風に揺れる僅か5メートルの深紅の蛇の舌‥‥先が二つに割れ、強欲な女神を祀った神殿につづく地獄の消化器官開口部からチョロチョロと出し入れするそのさかんな動作は、ついに磁性軸(y)を一方向に保つことができなくなった電場の揺らぎにも似て放電しつづける地殻内浅部マグマの不混和二相流による重力分離時の熱プラズマさながら、放射光の集まったドーム状のダリアを想わせる女装の美しい男性の姿かたちと相俟って荷電化された郭公の見る夢のようにひどく猥褻に感じられる。

 「逝っちまったよ、チャーリー。
 逝っちまったブンド(ブント)に もはや用はない。

 コードネーム≪ペコ≫。――以上はお前のために暗号を使って書いている。国際的共産主義者の仮面の下で日々タコ焼きをひっくり返すガマ親分。オイこら、毛糸の腹巻に左手を入れやがって、ワレ。紅生姜もっと入れんかい、ワレ。さて、金融資本と共産主義の利害は何等矛盾しないし、ウインドウズとリナックスみたいな「奪うやつ」と「与える側」の不可思議な共存関係や果てしなくつづく角型と丸型のモデルチェンジのくり返しだの賃金抑制策としてのジェンダー思想および男女雇用機会均等法にみられる操る側にとって好都合な仕掛けを甘い白玉イチゴに隠して夫婦共稼ぎ。恋愛、結婚、不倫、破局、再婚のストーリーを順序正しく行なう愚羊の群れに放った牝の狼こそ≪ペコ≫、おまえだ。着用する下着はコサベラの【Never Say Never】のタンガ。色はアイボリーでなければならない。この作戦においては資金はいつも通り自己調達となるが、たとえ非合法であっても手段は問わない。ただし行く前には必ずイソジンで嗽(うがい)すること。僕を被ったべつの僕のわたしは、今しも昨日ふたたび女性となって戻って来たオルランドとメイクラブの最中だが‥‥ペコ、とにかく行ってこい。希望はまったくない。

 w,x,y=肉体こそが唯一の答えだ、≪ペコ≫。


逝く前に、鮨だ! 

  atsuchan69

オメエ、死ぬのかい
――だったらよう、
せめて逝く前に鮨食おうぜ
肝っ玉据えて、俺と鮨食えよ

粋な麻暖簾くぐってさ
どうぞ勝手に席へ就いちまいな
捌いたネタと酢飯の匂い、
舎利の温(ぬく)みを感じるか?

――わかんねえ、
なんて言わせねえ。
そんな奴は胡瓜でも齧ってろ
薄紅のガリを抓まんでよ、
涙巻き喰らって笑いやがれ

煮蛤に、海鼠に、鮟肝だ、
縞鯵、寒鰤、栄螺、九絵
急ぐなら、よし握って貰おう
海胆、小肌、蝦蛄に岩牡蠣、星鰈

酒は久保田か菊姫か
よっしゃ、海老の踊りでも頼もうかい

お猪口でちょこっと酒呑みねえ
烏賊の印籠詰めでえ、喰ってみろ
鮪の背トロもいいけれど
おう、玄界灘の天然黒鮑だぜ!

なんてぇ豪勢な歯応えなんだい

――ええと。
それでオメエさん‥‥

首吊るんだったっけ?
じゃあ、スマン
逝く前に俺の分も勘定払ってよ
二人で、たったの四万円

今日は本当に御馳走さん、
あの世でも、どうかお達者で――

文学極道

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