『穏やかな斜光の中で
左目が潰れてしまった、きみと
冷えていく景色が
すれ違っていくカレンダーの
色を、ひらり
一枚落とした。
そうして、彼女は言った。
風が邪魔した。』
僕が彼女に向けた最後の言葉はなんだっただろうか。彼女が僕にくれた最後の言葉はなんだったのだろうか。忘れてしまった、のか、それとも自分の心を守るためにそっと心が鍵をかけてしまったのか。空白の言葉の中に黒い蟻が点々と繋がっていくように、滲んだ手紙に隠されたような、そんな言葉を思い出そうか。そう。彼女と僕の、あの時の言葉。最後の言葉、を思い出すのに、一番始めのことを思い出すのはナンセンスなのかもしれない。だってそれから何年も彼女と一緒だったし、彼女の不在からもう何年も経っているのだからそんな事を探ったって。でも。順番は大切だ、どんなことでも。
『はじまりの歌が聞こえて来た
それは常にあなただった
忘れていた飛行機雲の
その先に
呼ぶ声が、歌だった
電話は3分で終わった
浮かび上がり縛られていく
幾多の彫刻たちの
その足の裏を覗くように
高層ビルの上から靴の先にこびりついた汚れへと
伝うように蜘蛛が
ゆっくりと下がっていく
もうどうでもいい、と
酒の中に沈む石の煌めきが
揺らした
琥珀色に灼けた
のどの奥から漏れ出してくる
堪えきれない言葉の中に
「涙」という一文字と
「あなた」という三文字を
僕は書かなかった
書かなかったんだ
『空に向かって喇叭を吹き鳴らした。透明の嬰児たちが浮かび上がり、風に震える。セロファンを目に貼り付けた光景の、その薄さに肌寒さを覚え。鍵括弧で括られた消えていくはずの子らが、流される。途端に声を失い。』
ベッドの上に針を落とした
回り出す残響が
ぷつぷつと
雨を降らしはじめ
断片がそぼって
凍りついた毛布を
とかしていく
残され
滴る事をやめた
血液が
黒く
黒く
染み付いたのだ
天井の蜘蛛の巣が
くるくると回る
『不在通知は
雨に掠れて届かない
知らぬ間に忍び寄っていた
灰色の震えを
左側の切断面に
ひくひくと呟いた
行方しれずの心臓の紐が垂れ下がり
緞帳を瞑らせ
骨なくして
指なくして
不便よりは
零れた赤が地面に絵を描く。』
なにが面白いのか
子供の頃はくるくる回って
目を回して
それこそぶっ倒れてしまうまで
回転を愛した
天井が回り
目を瞑れば
セカイが回った
なにも知らない
矮小な世界だったが
僕は
そのセカイを愛し
十年以上のちに
きみも
このセカイを愛したはずだった
囁かれた
天井と僕との間に
ひきずられていく
煮溶かした
呼吸の中に』
リンと電話がなる。というのはもちろん比喩表現で当時の着信音は「your song」でいまとは変わってしまってる。追憶。そうそう電話がなったのだった。声が聞こえる。始めての人の声、単純な用件を伝達するだけの電話はしかし夜通し続き、顔もしらない彼女に恋をした。なんの話をしたのだっけ?ピアノとエンデとアゴタ・クリストフの話。二つの嘘が始まった夜。
『信じられないといって
噛みちぎって行ってしまった。
だから僕の半身は
ここにはないのだ
僕の右手は
寂しい左側をなぞる
ごうごう風が行き過ぎる
耳鳴りの音も半分で
半分の呪いが
食べ残されたように
僕の体にわだかまる【and she said.】』
嘘つきな僕と正直未満の彼女が吐き出した嘘が日常を覆い隠すまでに時間はかからなかった。電話での顔のないやり取りは2ヶ月続き、初めて顔とそこに貼り付く表情を眺めた夜、二人は口づけすらせずに寄り添って寝た。それは果たして啓示だったのか。いやそんなはずはない。僕に神はいない。彼女に神がいなかったように。彼女はキリスト教が好きで、その偶像が好きで、フレスコ画が好きで、ロダンの地獄の門が好きだった。二人でよく西洋美術館に出かけては、何も言わずにロダンを見つめた。僕はそれを見つめている彼女の真剣な頬が好きだった。お互い宗教については曖昧で、なんだか、神様という言葉を玩具のように扱った。憧れ。かもしれない。ドゥオーモの鐘がなり、幸せな花嫁がライスシャワーを浴びる。きらびやかなステンドグラスと磔にされた男の姿。響くパイプオルガン。遊戯的で意味もわからずに。そうか。嘘ついたんだっけ。ピアノの話。共通のある好きな音楽のピアノで弾き語りができるよと部屋に誘った。わかりやすい嘘、僕の部屋のシンセサイザーは当時の「ラ」の音が出なかった。Aマイナーの曲なのに。笑ってしまう。もちろん弾き語られる事はなく、響いたのは彼女の方だった。
『「一人の男が死んだのさ」マザーグースの歌のように。「とってもだらしのない男」』
神の言葉を僕が感じられる訳がない、姦通し姦淫を好み、蛇の様に赤い舌で絡め取った粘膜は僕の悪徳だから。初めてお互い肌を触れ合わせてからは、とどまることを知らず、ただ求めあった。お風呂場でのセックスというのは不思議なもので、もしそこに水の精が存在しているのだとしたら、きっと笑って、ちゃぷちゃぷ笑って、そしたら思わず僕らも笑ってしまう。照れ臭くてなんだか幸せで。幸せというなんだかわからないものの形を模倣するように何度も何度も繰り返し抱き合った。
『湯気が隠す
湾曲した愛情と愛情を歌う欲情と浴場に眠った秘密の情景が
シャワーカーテンを濡らす
びしょびしょのまま
足跡をつけて追って来いと獲物が呼んでいるので
あとをつけた
息を殺さねばならない
一撃で仕留める約束だから』
一日の構成物質がふたりの分泌液にまみれていくように、カレンダーを塗りこんだ。僕の舌が辿らなかった場所はなく、地図に描かれていない空白の場所に慎重に道を引くように、僕はシーツに彼女を描いた。そのうちに彼女自身が僕の舌になりひらひらと赤く蠢き出す。僕は饒舌なのできっと彼女も姦しかったのだろう。僕がしゃべる度にシタになった彼女もひらひらとよく踊った。
『その天井の木目を何度数えただろう
終わるまでの時間に震えが走り
連結した時間の切り取られた風景
それはそこかしこに眠るベッドで
揺籃を揺らす手はもう失って
噛みすぎた薬指の赤が
押しつぶす他人の重力の回数に染まる。』
不思議な舞踏は熱帯魚を思わせる。様々に人工的交配を繰り返され、色とりどりに染められたベタが争う様に、絡みつきそうして鱗を剥ぎ傷つき、しかし美しく。しなやかに背を反らせて、彼女はうめき声をあげる。声。そうだ声だ。僕たちは時に耳になった、そばだてるように、すべての音を取りこぼさぬようにと、録音しいつでも再生できるように、澄ました。僕らには光学磁気のシステムはついていなかったから。粘膜の立てる音、セキやクシャミ、そんな他愛のない肉体の立てる音に共時性を見出し、渇いたように、貪欲に。波形が絡み合うように。疲れるとそのままで眠った。塗りこまれ、赤子のように濡れた肌のまま。
『白詰草を編んだ
つながっていく絡まりが
空を閉じ込めた
眼球に
転がる草原の草笛の音が
拡散し溶けて
広がったスカートが染まる
青は醜いと
王冠を放り投げ
王様は裸の罰を受けた』
いつも眉を顰めて眠った。夏には可愛らしい小鼻にプクリと汗を浮かべて。でも苦しそうだった。彼女の出自には実は映画の様な秘密が隠されていたのだけれども彼女はその事を知らない。僕もその事を知らない。知らない世界が多すぎてだからこそ二人の嘘がなり代わり視野をつぶし「u r all i see」まさにそうだった。お互いにとってお互いは常に他人で片割れで共犯者で、かといって当事者ではなかった。猫が好きだった。そうだ、野良猫に餌をやっていたっけ。小さなアパートで真っ白い猫。覚えたてのフランス語で名前をつけた。ネージェ。雪という意味らしい。後で分かった事だけれども、Neigeはネージュと発音するのが正しい。知った時、互いに顔を見合わせて大きな声で笑ったんだ。ネージェは、人懐こい猫で、窓を開けて名前を呼ぶとどこからともなく現れて、一声鳴いた。実家で猫を飼っていた彼女はことの他喜び、その顔を見るのが僕も好きだった。やがてネージェは黒い猫と結ばれて、沢山の仔をもうけた。名前を呼ぶと必ず一緒に仔猫を連れてきて、彼女に抱かれた。僕も抱いた。仔猫はふわふわした毛玉の様で、それが生きているものだとは俄かには信じられなかったけれど、確かにあたたかく、軽い命を燃やしていた。愛おしい生命の具象として猫がいて、なんだか誇らしかったのを覚えている。ネージェが急に訪れなくなった日、庭に彼が死んでいた。
『だから言った。私は言った。直立した朝に出棺した、夜夜の戯れを葬る。短すぎたネックレス、折れた爪。そしてペディキュア。猫も笑わない真空の月の光が、まだ照らしている合間に。出ていけと、不実な果実の搾りかすに。発酵して湯気を立てる前に。』
酔い潰れるまで、酒を煽る夜があった。自らの腐臭を焼く為に酒を飲む。ままならぬ世界にべったり甘えたまま、からんと音を立てて飲み込んだ。そんな僕に辟易したのか、それが、最後だったのか、否。彼女と僕は、その場所に「同時に存在していなかった」。けして明かす事なく、部屋の片隅で静かに腐っていく僕の触角は(ほのめかす事すらしない)恥、だ。気づいていなかったのはもしかすると僕だけだったのかもしれないけれど。酒。彼女はあまり飲めなかったけれど、僕との時間を愛した。色々なバーを渉猟しいろいろな物語を紐解いた。妖精の話やダ・ヴィンチの話、転がったおにぎりの実在論的解釈。くすくすと微笑みを分け合いながら。酒を飲んでほんのりと染まる背中に残酷に刻んでいく言葉と体温をきっと嫌いになれるわけがなくて、だから傲慢だ。支配されていたのはきっと包まれていた僕なんだ。
ああ。喉が渇く。
『穏やかな朝から出発した
穏やかな一日
が連なる
いつ覆るかわからぬ不安
に
気付かぬふりをして
穏やかに
穏やかに
水を飲んだ
水道のからん
ひねる
冷たい
そういう日
私の中の水がへり
少しずつこぼれ
私は自分の体液で溺れているのだと
思う
海はきっと私の
中にあるのに
切り離された小さな雫のうちに
溺れる
それは』
嘘つき。それは知っていた。いつしか二人の間で交わされていた約束。嘘をつき続ける事。その一つの嘘は僕にもわからない。本当を求めて、失われた半身に出逢えた喜びを悦びにすり替えていた二人は、嘘に酩酊していくのだ。ふらつく足で塀の上を歩く様に。
『手を離すと落ちるよ。それはよくわかる真理で。その痺れが、僕らを繋ぎとめる。いずれにしても、溶けていく消えていく、だから。骨だけはしっかり残そうと、ふたり。情景がぼやけていく中で、底のない川に金属製のオールを突き立てるように、笑った。』
騒々しい一夜。ベネチアングラスが割れた夜。彼女がお土産に買ってきてくれた、揃いのグラス。透明な赤がとても綺麗で、大のお気に入りになった。ワインを注ごうよ。飲めないくせに、バローロなんて買ってきて、赤が赤に沈んで行く様に瞳を輝かせた。生きているみたいだね。そうかな。僕は彼女の胸に耳をつける。静かの中でとても柔らかいノイズが蠢いていた。ベネチアングラスは透明度が命なんだよ。光に透かしてみて、黒く澱んだ部分がなかったら、一級品なんだ。野暮ったい蛍光灯を消して、蝋燭に火をつけた。わだかまる、黒い影が、無数にテーブルを彩り、後ろ暗い愛を囁いている。僕は微笑む。そうして彼女の耳を齧る。
「嘘つき」
明かされてはいけない本当の嘘が、物語の帳を破って。その数ヶ月後、ベネチアングラスは故郷に帰るように窓から飛び出した。破片がまるで血の様だった。
『割れてしまった
ベネチアングラスの縁が
足を裂く
傷口は深くない
が
天使の欠けた足裏の
ミケランジェロの思い出と
ダビデ像を、旅出像と
勝手に思い込んでいた君は
ゴリアテの片思いも知らずに
えへへと笑い
ワインにその顔を
浮かばせる
共振する相手を
失った、赤の右側が
ゆっくりと冷えて
伝わるのが
血液なのだとしたら
やはり君は
えへへと笑い
そうして、言うのだろう
何度も聞いた言い訳を
何度も塞いだその唇で』
同じようにゆがんでいたから、同じように求めあったのかもしれない。そのあわいには真空に潜むエーテルの神秘が残り、その不条理がさらに二人をゆがめていった。
『沈黙が木の葉を揺らし、冬が手紙を落とした』
抱きしめた時の体温が冷えていく。何時キスをしたのか分からない、少し薄目の形のいい唇が、ゆがむ時がやがて訪れるなんて。皮肉なものだね。
『咥えたまま、しゃべることもできずに、頷いた、それは肯定なのか否定なのか、自分でもわからずに、ただこの時間に溺れていたかったその契約を、レースに署名した。引き千切られる、その前に。』
ああ、こんな話面白くない。最後の言葉、最後の言葉なんだ、思い出せない。どうして思い出そうとしたのかさえ思い出せない。最後の言葉。あなたがいなくなった日。月並みだけれども、世界が反転した。すべてが敵にまわってしまって、僕の歯車は欠けているのに、太陽は上り月は上り朝は騒々しく網膜を焼いた。生きている、その事をいっそないものにしようかなんて、笑っちゃうね。でも、現実として水すら飲み込めない凍りついた時間が足元に転がって僕を苛んだ。だから?
『だからいった。わたしは言ったんだ。
胸を叩いて、嗚咽した。彼女が残したのは、なにも入っていないマグカップとティースプーン。
それから彼女は沈黙した。沈黙した。沈黙した、だけだった』
そして。
耳は瞑れない。
ゴッホはカミソリで切り落としたよ。
丁寧に封筒の中にいれて、
レイチェルの元に自分で届けたそうだよ。
さあ。
僕は。
最新情報
脈搏 (goat)
選出作品 (投稿日時順 / 全12作)
- [佳] 【and she said.】 - にねこ (2012-12)
- [優] 【coreless。】 - にねこ (2013-03)
- [優] healthy - にねこ (2013-04)
- [佳] 夜蝉 - にねこ (2013-08)
- [優] 喪失少女。 - にねこ (2013-09)
- [佳] 消毒 - にねこ (2014-02)
- [優] 欠損(再度) - にねこ (2014-07)
- [優] 岐路 - にねこ (2016-05)
- [優] 内向き世界(We’re gonna take the country back. - goat (2017-05)
- [優] 記憶iv - goat (2017-11)
- [優] ありふれた音声 - goat (2018-01)
- [優] e2.(黒スグリを擦りつけた壁に映える一輪の。 (2018-07)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
【and she said.】
【coreless。】
骨のない魚が窓の外を歩いている
靴がないと 振り返った
(がんじがらめの嘘が
ぺらり浮かんで消える)
この世で一番大きなワニが
捕食するその顎で 噛み砕くその前に
一息つかせておくれよと
飲み込むと喉が灼けるようで
目を白黒させた
胃を守るために美味しくいただくはずだった
フュメ・ド・ポワソン
には地獄が渦を巻いているそうで
震えて濁らせた
スープの澱がやがて
眼球の新鮮さを失うようで
わたくしは?
骨がないからどんな風にでも
折り曲げられる と言ったのは
だれか高名な生物学者だったか
「ガクジュツテキには
とブリーフをずりあげながら語る
(摩擦ではげた頭が赤い)
「ヒセキツイドウブツです
「ヒジョウにコウドな
「キワメてマレな
早すぎた熱放出を終えて
急速に冷めていく高名なアレなキトウが
咳払いする
「さしずめキミは
「ゼンドウドウブツです
「ウゴメクようでしたので
「もしかすると
「カンケイセイブツかもしれない
「千匹
「キミのセキニンだ
ティッシュに丸め込まれた
論議の終焉
意味のなかった祈祷と
添加される責任のアスパルテームの神殿が
飲み込めない
「しばらくチリョウのために
「ペニスのソウニュウをつづけます
「ケイカをみるため
「ツウインしなさい
それはどこか遠くの国の風習ですか
高名な生物学者は
高名なお医者様でもあったので
ごっこ遊びにぬかりはなかった
丁寧に小骨一本も残さぬように
指をならせば
丁寧にみつ折にされた
骨のない魚の密猟が
ウミウシのアメフラシ儀式を形作る
しってたかい
貝殻を体内にかついで
あのぬめぬめとした
さびしいイキモノは生きているんだぜ
「それはチガイます
「そもそもギョルイではありません
生臭いミルクが急速に乾燥して
塩分とミネラルとショ糖が
原始のスープキューブに
固められたトマトソース
ワニの背のゴツゴツしたウロコが
削っていくチーズの
こんがりと焼かれてしまうその前に
雨を降らせてこの火照りを冷まさなければ
魚は靴をはかない
まして長靴は はかない
水の中で無意味な靴は再生し
L・フェニルアラニン
のような強い甘味が
喉を灼くから
とてもとても薄い貝殻で
守らなきゃいけないものがある
貞節というのは時代錯誤なのか
骨のないわたくしが
いがらっぽく呼吸するので
誤解だらけの靴紐が結べない から
再生しワニに食べられるまで
気泡をぷくぷくと口のふちに
しろい粘膜上皮がふるると鳴いた
(あ
昇天
致しました)
大気圏の層の奥ひだから見下ろしたのだ
たっぷりのチーズをかけて
こんがり焼かれたラザニアの
帰れない山脈が背骨だというのならば
やはりわたくしは
骨のない魚に違いないと
ロッキーの拳骨がしたたかに
(がんじがらめの嘘が
陰毛と一緒に
喉に絡まる)
海洋生物が
進化と淘汰の
淫乱な交わりで
その欠陥が
補完されてさらにケッカンが
形成される
流動する
まるで性器みたいな
ゼンドウするインビなセイブツが
骨がないから何も言えない
わたくしを
めぬぬと陵辱していく
ワニの大きな顎が噛み砕く前に
たとえばそれが
薄汚れた落書きだらけの
駅のトイレの神殿に
いかにも恭しく供えられている
芯なしのペーパーのように
簡単に剥がされていく
オルガスムでも
水にながせよと
ばくんと
蓋を閉じた
healthy
花の蜜はとても濃厚だ。痺れさせるほどの甘味は苦味とまがうばかりで、苦い生活ゆえに乾きまた喉を潤す蜜を探すのだと、そういった。いつか薔薇の中に潜る小さな虫のようにその甘みに耽溺して。苦き世のうつつを過ぎる尊さに。あなたが、甘い。
を、
食んでいました
咀嚼するその音に拘束された、瞳が
嚥下されるその前に
私は屠殺されてしまうのでしょう
柔らかな枕とハミングに挟まれて
の、
栄養成分を栄養士に聞かなければ
無視できない痛みを負う事はままあることだからと。蜂蜜を傷口にぬる古い風習のままいった。抗うべきことが多すぎるのだ、しかしその繰り返しで。あなたの愛くるしさは生きていけるのだと、その素振り、あくまで自然に。
は、
確かに消化は良さそうです。
嘘つきな
腕にすがる
私を遠ざけないでくださいと
不在が小指を噛みちぎる前に
どうか、と
冷たい枕と沈んだ寝室での晩餐
わたしとあなたの
不健康はきっと
偏ってしまったからなのだ
残酷に奪うのが奪い合うのが
甘い 甘い
夕暮れ時になるとどこからか聞こえてくる笛の音が私をハナムグリの憂愁にさそい。
の、
毒性については、
夜蝉
反響する、草にむせる
誰でもない
咳、ひとすじ
またたくように
歯噛む、隠れ、
隠し音の涼やかな虫
羽根、その羽根、
ふるえる律の階段を
降りた
走査される、感情、
朽ちた木が幾重にも
剥がれて
その声が、積む
額縁化された抜け殻の果て
ひらひらと
「散っていくのですね」
渦巻き叫べ
「ここにはありませんでした」
夜半の楽譜に彩る
気違われた数々の詩に
僕は死に
撓む背骨の質量を
天秤にかけた
心臓が打つ数だけ愛したと
指を舐め数えるしたたかさを
眼鏡についた指紋の曇りを
拭くふりをして通り過ぎる
鍍金した言葉と
あなたへの葬列
不確かな
とても不確かな
こえ、?
『聞こえますか、いまでも』
汗だけが生きているように
背中を流れていきます
公園には私ひとり
水銀灯が震えている
影を隠すように植物が佇んで
それだけで十分でした
それだけで十分でした
泣けました
泣きました
ほんとうは
泣けませんでした
水分は汗にすべて使ってしまって
むしろ私が涙でした
それを静かにすう、植物、
は、優しい…?
((((ひしゃげた空は黒檀の瞳の海に浮かぶようでした、街灯の独り立ち、その下でうずくまる、うずまく黒髪の中に守られているという本質が、しっぽりと闇に蒸れる夜に、プリズムのネオンが、うつくしくそうして不安定な)))
、まま。
「ひかりが欲しかったのです」、「塩辛い海から掬い上げてくれた断絶のハサミのような」、「冷酷が仄温かく下腹部を満たしていきます」、「声をかけられているのでしょうか」、「それとも罵声でしょうか」、「細すぎた足が樹皮に傷をつける前に」、「滴ったのは血液ですか」
、それとも。
(((たなびく前の、白い、
しいたげられた息を凝る)))
(((呼ぶ声、声がくちびる
震え耳が浸透していく)))
セックスしましょう、セックスしましょう、
あなたのことが好きなのです
だから、どうしてもセックスしましょう
私は孕みます
私によく似た
私の子供を
そうしてその子もまたあなたの名を呼びます
セックスしてください、
あなたが眩む万華鏡の底で
とても不安なこの体を埋め尽くすのは
あなたの名前に他ならない
あなたとして私の愛を受け取るために
あなたとあなたが交合する
その愛を
(((しんとした面持ちさんざめく
残響、の恐懼の破片)))
(((青ざめたるは、褐色の)))
腹に何かをいれねばなるまいと、
そう思って空を開けた、冷え切った空には
いつ買ったのかわからぬビールと
干からびたチーズ
展望台より落下する速度で、
啜り上げた涙では酔えぬと
左頬、かじりついたあと、
私が半月になる
(((嘘つきの羽が空に粘液を綴る、
星々をひいて、物語となる、それは、
治療です、あなたを漣む、
満ち引きの命、たとえば)))
恋やもしれぬ、空蝉の
接続されていく
埋没された記録、その軌跡
誰のものでもない
紐解けない物語
という、ひゆ、
打ち捨てられた
殻の中には不思議な紐が残っていました
すべてが琥珀色に透ける中に白い懐かしみが
あえかに震えるエニシダの枝のようで
どうしてこんなにも白いのでしょう、
あなたに結びついた黄昏
手折るのは容易いけれど、
「残しておきましょう」、「きっと彼は帰ってきます」
紐の先っぽはぐるぐる巻いて
空を飛んであなたに会いに行くこともない
迷い込んだ夏の夜の
角を曲がるたびに細くなっていく
あなたへの想いの迷宮が
こころもとなくて
/しがみついて泣いた
/しがみつけるのなら泣いた
/しがみつけなかったから泣かなかった
/かなかった、かなかな、
/なかないかなかな、かった
/なかったかなかなかな
/なかなか
、いない、。
大きく息をすった
この身体にはもういらないものが多すぎて
たくさん捨てていく
本当に大切なものを手にするためには
私の体は小さすぎて、
だからあなたの栄養を
分けてもらいたかった
私の中にわだかまる命の
震えがいま、私を産んで
だからわたしは空っぽなんだ
その空っぽを闇に浸して、
声を限りに、
なけ (いた、いない、ない、声、
呼ぶ声が聞こえる、
この息が尽きたら死のう、
この死が尽きたら息よう、
わたしが欲しかった光は
いつしか無数に林立する街灯に紛れ込み
わからなくなりました
そのしたにたっていたあなたの
すがたもかげに紛れてしまって
どうしてわたしがないているのかと
問うてくれる人もいませんでした
だからわたしは朝を待ち
それから、ご飯を食べにいきます
あなたがくれなかった栄養と
光を浴びて
誰かの叫びを保存し続ける
脆弱な皮のまま
水分を静かに吸いあげる
植物になりたいと、
そう思うのです
喪失少女。
夏の歌がすれ違いざまに果実になる
もぎ取る手はやつれた楓、意味を途絶させることなくキスは続きその痕も焦げて致命傷へと、仮面を被った電球の光さえ余計だと思ったうずくまる吐息、その中に貯蔵される沈黙の双丘の絞らるれば勿論赤く、かつヘモグロビンの用意はないのだろうきっと、
白き窒息柔性、
ゆえに、無垢なる いろどりと知る
放課後、
木机の下で交わされる秘めやかな囁きが夕暮れのカーテンに巻き抱かれた白い足をすすぐ
生き延びた哀蚊が空に呪文を描くように幾何学としなやかな筋肉が掛け合わされた
逃走寸前のふくらはぎが漲るそれは何か分からないものの迸りを受けて
秘密だらけだった紐解かれるはずの指の絡まりが世界の全てだった頃
自分の歪みに合わせた姿見にあなたを探していました
褥の深海が
静かなのにとてもうるさい
優しいのにとても痛い
だから眠るのだと思います
耳がいたたまれないから
電気を消して
風景を捕まえる
例えば残された
手紙としての歯型が
柔らかく波打つ白い肌を透して
やがて沈殿するでしょう
夜着をはだけたままの乳房で
わたしではないものが
わたしとおなじになって
わたしの鼓動を鳴らすみたいで、こわい
わたしが流出していくのがわかるようで
うねる、うず、
その答えが、影になり
理由のない罪悪をわたしに背負わせる
なにか、が、
紙にくるまれて捨てられる
伸ばした足は痙攣して
そうして消える消えて、ゆく
揺する戯のそばに転がる指の白さ
宙に描く螺旋の文字は『の』
の、の、
と
所有を露わにする皮膚がひらり、ほろり
脆弱性を擦り合わせた夜
鈴虫なく
空間に型どられた
細動に崩れていく積み木の塔が
目に鮮やいて
やはり無垢する指を染めた
おちる、手のひらに、似た葉の
その葉脈は
まるであなたへの手紙のようでした
『 前略
こんど生まれてきたら、頭足動物になりたい
あなたが誰かと囲んでいる晩餐のテーブルに
どさりと重い音をたてて飛び降りたい
粘液質な皮膚のままで
砂に塗れた饒舌と引き換えに
かしこ 』
ふと開けば、胸乳
帰れない稜線の果て
遠き少女を、
想う
消毒
内在する盗掘の地へ
朝光が射したその影に
切り取られた 四角い
枕が静かに佇んでいる
不在の枕に
喘ぐ声すら危うく吸い込まれ
その湿った落下寸前の思い出を
柘榴と私は名づけた
きらきらと銀鱗を反射させて
流れる川は魚である
魚の腸には 豚の死骸 人の死骸
あらゆるものの死骸が納められていて
だから海は濁るのだ
夕焼けをみてキスをするすべての
恋人を呪う事が出来ないように
感傷的な夕陽が 海を消毒する
だから 腸に飲み込まれる前に
私たちも クレゾールだ
点眼する
世界を明るくしなくてはなるまい
左側に少しこびりついた痕があり
そこには小さな蟻の巣がある
と思えば
右側の目尻、その少しくぼんだところには
蟻食が舌を出しやすいように穴があいている
ぽろぽろと染むように涙を流す
それは クレゾールだ
夕陽が眩しい から
と語り尽くされた時間を羨んで
柘榴の一粒一粒を 消毒
してしまえば良かったのに
そんな事を思っていると海風が
切りすぎた前髪をそよがせた
その隙にもぺろぺろ
舌は右から左へと繰り出されている
ところで
海の見える街角には犬がいる
いや
どの街角にも決まって犬はいるのだ
そうしてそこにいるその犬は
決まって盲目なのである
皮膚病が凝り固まって
誰かの顔にみえる赤剥けを
朽ちはじめた木々が蔭せば
四角くきちんと折り畳まれた陽の布を
口に咥えて
高層窓硝子の点滅を丁寧に拭き始める
だから 夜には気をつけた方がいい
彼らの尾をけして踏んではならない
きゃんと鳴く 噛みつく力もないくせに
そして
誰もいなくなるから
みんな幽霊になってしまうから
海鳴りが広小路を通過する
夜をくぐり抜ける電車にのって
行く先は確かに知っていたのだが
忘れてしまった
他に乗客もない
きっと懐かしい場所へと連れて行ってくれると
信じているのだ 電車そのものが
私の鞄はいつもごちゃごちゃで
中に何が入っているのか見当がつかない
だから切符は枕の旅に出ているのだろう
はるか彼方を 優雅に墜落しながら
私をおいていってしまうのだろう
鳶がくるりと旋回するような
明晰な目線がもしあったのなら
クレゾールなど
噴出しなくても よかったのに
ああ そうか、それを
探しに出た旅なのかも知れない
私もその後を追わなければならないのだろうか
自問する
答えは出ない
鳴る音、寝る音 波の押し寄せるままに
いびきの音がどうしても許せなかったのは
それが玄関にまで響くからだ
玄関のその向こうにあるやすらぎが
きっと汚れてしまうから
淫靡な陶酔の余韻が呼び鈴を鳴らす
顔を伏せ私は眠ったふりをする
隣人のその奥さんも隣人であるが
密やかな潤んだ粘膜質の吐息が
ケムリとなって立ち上ったらどうだろう
あるいは 雫となって背筋をしめらせる
鼻を塞がなくてはならないかもしれない
もしくは
鼻腔を押し広げる工夫をしなければ
消えない 消したい
枕を
変えれば良いという話もあるには あるのだが
犬はしがみついたままだし
私は私によってもはや
盗掘された後だから
いやむしろ盗掘したのは 君なのかも知れないが
眦に蟻食を飼い続ける訳にはいかなかった
あのちろちろとした舌
まるで蛇ではないか蛇ではないか
きっと蛇なのだ
腔から漏れ出る炎のようなもの
なんだか分からない熱いものを
回収する舌が伸びる
それはとても ふけつな行為で
私は
、
だから君は台所のテーブルの上に
いたみはじめた一輪の薔薇を飾って
白い便せんを一枚添えたんだね
とても清潔な
四角い白い 便せん
ポストに向かう
手紙を出す為だ
小川添いのガードレールには
花が手向けられていた
角を曲がればそこに
盲目の犬がいて
裂けた口に柘榴を咥えて
笑っている
かもしれない
欠損(再度)
裂き、はしられる
との、文言がゆるやかに伝達されていく、それを私は読むのだろう、1時間後、或いは一週間後、とき、ほぐされていくのは、許されたなにか。
犬の声がしたと思って、振り返る。そこには何も居ない、水たまりに油が薄く広がり、虹色が縁を離れた。
流木を刻む音が、太ももを滑り
虹色が縁を離れた、円形であろうとする弱さを、私達は球体にもなれない背骨に抱えている、ほんとうの姿は、分裂すらも起こりえなかったその時、二人がまだ出会わなかった時、夕陽が落ちたのにも気づかない、雲の細さ、
仕込みの朝は早く、ことの終わりを
告げる光こそ、にくければ
送られるべき手紙、透けて見えたその向こう、或いは付着した香りの静寂、問いかけられるべきは金木犀のある風景だろう。そこに私はたしかにいた。ふるい瓦葺き、いく世代もの雪を凌いできたその欠けた場所に嵌る答えを探していく、ひらひらと咲け、
見失いがちに潤っていく、季節の花よ、
心音、永遠と付き合い続けなければならない汚れていく音と、隙間を探すように流れ続ける川の滔々とした行く末を接着する、繰り返す
塗布、膿んだ患部が、痛む
、さざなみ
つま先を濡らしていく、誰もしらない時間には、そこにわたしは居なかった、伸びすぎた影が爪の先の白さを割る、ぎざと赤い筋をつけていくために
しらず、私達の影が、薄く傷つけたのは手のひらの中で祈りを転がすあなた達ではないはずだ、
棘蛾の繭が固い、そこに穴を開け笛にする ((吃音に紛らわせた、影法師
父もまた、行っていただろう、その裂け
声に出して、私はよむ、声に出して、声に
戻っては来ない 切手ははらない 。
岐路
草を噛んだ苦い汁が頬を染めてわたしの緑に変わる。解った嬰児たちの微笑みと空の移り変わり。頬を撫でるのは皺だれた手の温もりとくすんだ紫。
紫蘇を揉んだ手は人を殺した手に似ていて、祖母の首を締める手拭の縞はかつて流れた雲の形にも似ていて。
飛び立ったのは蝶でしたか、蝶にはなんと名をつけましたか。
昔ながらの呼びかけに答えられる口は羽化して、抱卵前の柔らかさにドキドキします。
わたしの歯は苦い葉の汁に染まりその歌声に添います。そっと。
それは母が告げてくれた弔問歌にも似ていて。
飛蝗が跳ぶ。
紫からキレイに分離された澄んだ青と濁った赤の脈拍は薄い、白い薄い皮膚に丁寧な水路を穿ちました。
だしぬけに背骨から青空にかけて、
この季節は美しい季節です
仰るとおりですね、風の行路がほらくっきりと見えるようで、たくさんの歯、が笛を吹きます。
うるやかな吐息。
先っぽだけ泥濘んで、頬杖をついた記憶の中に肘が破れているのではありませんか。あなたは眼鏡を直して、ずっと前を見続けていました。ほころんだ私達の空気に飛蝗が斜線を引いて、とんとんと巻きました。きっと良い繕い物が出来るのでしょうから。
凸型レンズの向こうに焼け焦げた麦がみえ、
染むように整えられていった、母の髪には
ほら、焼け焦げるような雨が、止むことをしりません。
袖の直しが終わらないままにうめつくされた冷気が花咲いてとてもなめらかに沈んでいました。
あなたは静かに涙ぐんでいるようでしたが、絞られた朝露でもありました。梅干しの壺は重いからと、ためらわれた一口に面白いように歪んだ歯と、影が飴玉と一緒にポッケからこぼれ落ちていきます。
遠くを見たいものです。ただしい風景の沈む泡泡のなかで、
同じ質量に閉じ込められた窓際のコップに
わからないまま揃えられた前髪は戦ぎ
浮かんでは消え、浮かんでは消え
草を編んだ苦い汁が手から溢れて、そうしたら黄色い帽子を被ってあなたはそこの角を曲がり
見えなくなってしまうでしょう。
見えなくなって、飛蝗が跳んだ。
つまむ手の形をそのままで。
内向き世界(We’re gonna take the country back.
コーヒーには
不穏が淀んでいます。
そういってヨシコさんは旅にでた
ヨシコさんは祖母の介護をしてくれてたから
ちょっと困った
祖母はヨシコさんのことなんか
あっという間に忘れてしまって
今日もサフランの絵を描いている
深く焙煎するのがすきだ
そんなに知識があるわけじゃないけれど
香り高く燃え尽きようとしているのを
みているのが楽しい
とても苦く深く
そして熱い
コーヒーには人生が淀んでいる
とは言わなかったな、ヨシコさん
彼岸花が咲く季節になりました
この花の根っこは百合に似ていて
美味しいのだそうですよ
お団子にしたら
コーヒーにあうのかしら
それから
ちょっと変わった豆を手に入れたの
おばあちゃん
記憶iv
たとえば差し込んだ朝の光にまばたきするように鳥が訪れを告げたとして
たとえば寒闇にくしゃみをするように紛れた蝶が不在通知を運んだとして
その比喩に私たちは星が流れるような或いは願いという傷を託したとして
救いという器は言葉では満たせない
伸びる蔦のような
芽吹いた先になにをつかむのか
けれど冷えることをいとわない
あたらしいゆび
海をみるのが好きだった
今はと聞くと目をそらした
影だらけの町には
海の記憶の欠片もなくて
それは空だという人もいるけれど
私にはわからない
大きなお風呂場のようだ
とても塩辛く残酷に打ち寄せる
それは浮かぶ大きな嫉妬のようだ と
海を知る 鳥たちが落とした杖には記されてあって
子供の頃に担いでいたランドセルの
端から突き出したリコーダーが
勝手に風になるような
そんな不可能を想像したりもする
膝小僧を泥で汚したまま
自由だなんて簡単にいうのね
たしかな重みを引き抜きぬいて
そうして星がひとつ転がり込んだ夜
もどかしさが初めての煙草に似ていた
ひどぅんめもりー
虫食いだらけの肌色が
自由というケムリにほだされる頃
右回りに吸い込まれていく
ささやかれたくちびるが残像になる
あまりの残らない
割り算を教えてください
だいじょうぶ
言葉の縁が欠けているのに気づかずに
薄くながれていく血液の梢
落ちた小鳥がはらわたから腐っていくような
同類項に綴じられる憂鬱
またうらぎられるの
とても陳腐だ
とても綺麗だ
その匂いが海に似ているなんて
だれも教えてくれなかったね
瞳のなかに沈殿した
光がながれだすと声がきこえる
抱きしめると胸が汚れる
巻き取るように開かれた
未だ脂にまみれた指は
何かを告げる文字を描き出し
それはきっと誰も読めない言葉だけれど
もしかするとやがてこのよをにぎりしめるものかも
しれない
ありふれた音声
……
【wieder】
水色の色鉛筆が机から落ちる
直前まで描かれていた絵の中に戦争が広がる
無数の死と痛みのない熱の中で
あおいひかりのなかの
少女をみつめる
【1】
それは夕陽であったか、テクスチャのうすい眼差し
ある、という現象のないその他、祈り
厳密に定められた、あなたにすり替えられた数字の
舌打ちと喜びと消費されていく時間/箱
量産された神話
として打ち付けられた楔と
膨大な虫取りの姫
打ち込まれる弾幕に陽違いとルビをふる
【2】
常に戦い続けることが
歌うことであると説く
そのこころに滑り込むチャプター
えぐり出された心臓に
ほら沢山のてつがくが
花束になってかれていくよ
かれていく時間もないほどの
よるとあけられたとびらに
発火するような絹糸と人影
紛れた裂くようないのりは
アバターに発疹する
舌のような詩語
【3】
新たな武器をひき
また血の色を脱色し
あなたはあなたたちは
水色の鉛筆でえがかれた
例えば宇宙の
例えば深海の
その例えは境界線上の
汚れ/していくポエムマシン
たくさんの星屑が沈殿していく
気がするのは熱と風と
音とおと遠とでした
【4】
悪魔が集合していく
あくまでもあくまで
その概念が
正義として
あくまでも破壊されていく
それは戦争ですか
きっと
無数の個人情報に散華する
定型の呪詛のようだ
回すものと回さぬものと
たけやぶやけた たぶらかされた
深夜に灯り続ける雪のさき
爆撃のおとを、ゆるくたばねる
無傷に傷つけられていく呪われた「ぶ」分
結晶化して六淫の蛇を従えた
私たちのダイスが贈与した頂礼
【5】
季節の恋人よ
あなたは
恋物語に恋する女性でしたか
あなたは
亡びた国を背に負う隻腕の剣士
あなたは
たくさんのブックマークを
死斑のように浮かべて
窓という窓に
つもれよ、ゆき
とおく耀く陽違いの亡霊と
たわむれる
ふりおろされた きっさきにふれる
刻印のように解放された きとう
それは(墓の添書きの添削
戦争と自由と
はきちがえられた
あかい、靴
くるくるとまわり
【6】
雑踏に
どこか戦争をこびりつかせた
にこやかなテクスチャと弾薬の雀斑
肌触りはすこしいびつで
やさしくただいまを吸う
筆箱に封じられた水色の鉛筆が
ちびていくのを忘れたふりをして
切り取られた空は
まるで空のようでした
剃毛された性器を撫で上げるように
ふたたびガラスの窓をなぞりあげ
たくさんの雪がふる
輸精管を妖精が這い上がるような
語彙に埋められて
わたしたちの足跡は
朽ちたバルコニーに吹かれた奏楽
見慣れた小鳥が飛びたって/ゆき
ふりつづけるかぎり
やまないことを
しりながら
忘れたふりをする
【re:rollen】
少女の輪郭を描く
とてもか細く頼りない線は
きちんと削られた円錐
その先端がしめす
未来というものがもしあるのならば
殺戮、死、怨嗟、友情、愛、再誕、傲岸、
便利な言葉だ
水色の色鉛筆が書き始める空の色は
ふたたび 投げ棄てられた
色
悪徳、憐憫、阿諛、懶惰、有情、無情、
便利な言葉だ
くんと一声あげて死ぬ
位相に噛み千切られた 空があることを
忘れた顔色の
空
【robocopy】
C:\Users\いのりさえ D:\BackupData\いのりなど /mir /R:1 /W:0 /LOG:robocopy.log /NP /TEE /XD "INetCache" /XD "Temporary Internet Files" /XD "%temp%" /XF "*.tmp" /XJD
e2.(黒スグリを擦りつけた壁に映える一輪の。
染み出していくたびに抜け落ちていく。吐き出すたびに産まれてくる。飽和した会話のレ、と、ラ、を溶かしこんで、フロアに熱帯魚が泳ぐ。鱗が光を乱反射する。撃ち込まれて息を止めたら負けだ。名前も知らない観葉樹に君をこぼして、口唇を躱すのだ。夏や秋、冬それから春、閉じ込められる事を望むように人工のソラを見上げる。周遊するいくつもの星に願いなんて届かない。トイレで誰かが交尾をしてる。そしてその横で喉奥を中指で犯し続ける。染み出していくたびに抜け落ちていく。吐き出すたびに産まれてくる。G線上を曖昧に通り過ぎるだけ。叫び声ともつかない嬌声が粗雑に僕と君を編み込んでいく。
アイロンを買った。シーツに地図を描くように滑らせる。ベッドの端と端にいる王子さまとお姫さまは出逢わない。知らない背中に押し潰されて、きっと死んでしまうんだね。熱が冷めたら海になる。髪の毛が一本皺に隠れてる。出ておいで、他人のように問いかける。揺らめく植物ように、静かならよかった。
誰もいない駅舎の壁、グラフィティに知っている顔を探す。割れた鏡の肉質に救われて、ようやく切り出した身体。血管には透明な時間が脈を打ち、つま先から耳朶まで窒素を送りこんでゆく。慣れない歌を口ずさみ誰かに似た僕の死を君に捧げたら、先行した言葉を脱ぎ捨てて、靴擦れに絆創膏を貼ろう。
猜疑心にまかせて脳に降りしきる灰色を筆にのせた。暗い収穫に曲げる背。烟る背景に太い線を走らせて、コンビニの光って眩しすぎるって思う。渇きに言い換えたけものを柔らかく追い立てて、甘すぎる言葉を啜ろう。敏感な突起を探りあて、光を灯したら、未分化な僕の舌が先鋭すぎる聴覚を曇らせて、レ、と、ラ、そしてソを溶かし込むだろう。一枚ずつ剥がれて言葉の海に揺蕩う咎、なんてシャワーを浴びて。転がした寂しさを詩人はなんて名付けるのだろうか。
僕と君の企みは未遂のまま夜明けを迎える。弔うほどの明るさに鎖された、遠のいていく騙りにただただ満たされていく。他者性なんて難しい言葉は知らない、ハンバーガーを噛むようにして君を飲み込むんだ。帳が降りるように丁寧に塗りこまれていく黒スグリの香りが、僕から駆け出して、君の亡骸を痕跡へと変えていく。