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2013年09月分

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


みずについての二つの詩

  前田ふむふむ

   


みずの描写


          
   1
みずが生まれる
一滴ずつ
その無数の点在は
やがて わずかな勾配ができると
引きつけ合うように集まり
生き物のように流れて しかも
かたちがない

   1
眼をとじて
ひとたびの微睡みの気分にひたると
みずはさらさらと
ひかりのような
音をたてて
わたしの
はるか内部を流れている
その穏やかさは 
やすらぎであり
遠く
胎児だったときの
不思議な
なつかしさが感じられる
その音の抑揚は
出自をかたどる
原景を形づくっている

    1
みずは
浄化のいしずえである
その流れは
個人の一滴のなみだから
都会の喧騒の濁流まで
わたしが
日常に溜めてきた
負債でできた
こころの汚れた隙間を
砂漠をうるおすように
水位を高め
少しずつ埋めてくれるのだ

    1
みずは気まぐれでもある
時として
わたしの内部に
隠れている傷口を
発見して
鋭い輝きを放ち
いつまでも
監視するように
留まっている

それは
傷口を不断に
やわらかく包みこみ
冷たく癒してくれるのであるが
同時に
いつまでも澱ませて
少しずつ
腐敗させるのである

そして
わたしがそのことに自覚する頃
あたらしい勾配ができると見るや
すべてを忘れるように
勢いよく
おのれ自身の内部から
撹拌して
きれいに
洗い流していくのである

    1

みずがはじめる
自由な
そのざわめきがなければ
わたしは自らを
ふりかえることはないだろう
きっと世界を再定義する
高邁な理想も
持とうとしないだろう
それが切望ならば
わたしは進んで
搾り出すような
汗を流すこともあるだろう

ちょうど
在らぬ意志が湧き出るように
みずは
肉体の奥深く
意識の胎盤に
横たわり
途切れることなく
いまも
わたしを生んでいる




みずのなかの空想


           
    1
相手があれば
その所作にあわせて
自由にかたちを変えて
自然の意志に逆らわずに
かならず 上から下へ流れる
その潔さ

    
みずのなかにいると
わたしの透けそうな肉体は
やわらかで 感覚をうしないながら
すこしずつ
みずの性質に溶けている

    1
みずのなかで
冷たい揺りかごのように
重力に逆らうことなく
なすがまま
身をまかせていると
この地上の重力に抵抗している
わたしの生き方は 自然に逆らう 
ならず者に見えてくる
恋人と
街を闊歩している姿は
言うまでもない
うやうやしく 神社にぬかずいて
神に祈るときですら
重力に逆らって
その両手を合わせて
柏手を打つのだ

それがみずのなかではどうだ
ただ みずのなかで
ものを見ることもなく
浮いていればいい
おそらく 水葬は 
ならず者の汚名を返上して
自然との調和をちかう
儀式なのだろう  

    1
みずのなかでは
上からあかるいひかりが
ゆれながら降っている
なんとしずかなことだろう
それは死の感覚を帯びている
丁度
棺のなかの落ち着きのようで
今まで生きてきた 過去のあらゆるものが
こころのなかで 俯瞰できてくる

    1
こうした ゆったりとした
五感を徐々に麻痺させる
みずの性質は
大きな楕円のような
感情の循環をつくり
おだやかな共生を生みだしている
そして
わたしは ここちよく
もう長い間
わたしの意味を
肯定されることもなく
否定されることもなく
みずのなかを漂っている


等間隔であるのに、むしろ不均衡

  

その人は、亡くなるためにやってきます。
その人が、治らないからだの病気をかかえているのなら、
わたしはすぐ病院に行って、治療をすすめることができます
その人が、涙もでないほどのこころの病をかかえているのなら、
わたしはそばによりそって、話をきくことができます。
その人が、生きるはりあいをなくしているのなら
わたしはいっそ、蜂蜜色の熟しすぎた洋梨を両手いっぱいに抱え、あぁ困りました、
ジャムを煮たいのですが、とつぶやいて、その人とともに台所に立つでしょう。
何もない部屋に、その人を案内するのはほかならぬわたしです。
その人の娘というひとも続いて入ります。
しずかな部屋に、三人が取り残されたかのような、
それぞれの距離は等間隔であるのに、むしろ不均衡な空気がただよっているのなら、
それは親子である2人がもっと近づいているべきだからかもしれません。
そして、その人のまくられたセーターからこぼれる腕の静脈のひとつひとつを「ひかり」と呼べるほど、
その人のぎこちのない笑顔に慣れていないわたしがいるからかもしれません。
その人の、ひとすじのかがやきながらながれる時間のきっさきにこの部屋があるとするのなら、
この娘というひとのなかに、どれほどのしたたる時間をかけて、一緒に暮らすという形では親を大切にできなくなるという思いに埋もれていったのでしょう。
二人で暮らしてきた幾年ものあいだのどの時点で、心に思い描いていた老いとゆとりとのバランスが、まぜこぜになってしまったのか、わたし自身、知ることができません。
もしかするとそれは、そのひとが噤むこととなった言葉の数が、
ささやかな日常のながれに、「緊張」という種をととのえながら落ち着いていった真昼のことかもしれない。
いや、それよりも、かなでるようにくちずさんでいたはずのうたごえは、
亡くなった愛するひとにたむける、だけどその曲の名をだれもいえない、そのような。


ローカル線

  ヌンチャク

えんじの色の座席の上に
落ちる日溜まり昼下がり

さっくんは僕の隣でこっくりしている
トミカを落としそうになっている

今日もお目当ての靴はなかった
もうすぐ春になるというのに

さっくんの柔らかい髪の毛が
陽に透けて茶色く光る

ローカル線は日がな一日
ガタコンガタコン行ったり来たり


TUMBLING DICE。

  田中宏輔




●本来ならば●シェイクスピアがいるべきところに●地球座の舞台の上に●立方体の海を配置する●その立方体の一辺の長さは●五十センチメートルとする●この海は●どの面も●大気に触れることがなく●どの面も●波が岸辺に打ち寄せることのないものとする●もしも●大気に触れる面があったとしても●波が打ち寄せる岸辺があったとしても●立方体のどの面からも●どの辺からも●どの頂点からも●音が漏れ出ることはない構造をしている●海は●いっさい●音を観客たちに聞かせることはない●空中に浮かんだ立方体の海が●舞台の上で耀いている灯明の光を●きらきらと反射しながら回転している●回転する方向をつぎつぎに変えながら●他の俳優たちも●シェイクスピアと同じように●立方体の海に置き換えてみる●観客たちも●みな同じように●立方体の海に置き換えていく●劇場は静止させたまま●すべての俳優と観客たちを●立方体の海に置き換えて回転させる●その光景を眺めているのは●ぼくひとりで●ぼくの頭のなかの劇場だ●しかしまた●その光景を眺めているぼく自身を●立方体の海に置き換えてみる●ぼくは●打ちつけていたキーボードから離れて●部屋のなかでくるくると回転する●頭を振りながらくるくると回転する●息をついて●ペタンと床に坐り込む●キーボードが勝手に動作する●文字が画面に現われる●海のかわりに●地面や空の立方体が舞台の上で回転する●立方体に刳り抜かれた空●立方体に刳り抜かれた地面●立方体に刳り抜かれた川●立方体に刳り抜かれた海●立方体に刳り抜かれた風●立方体に刳り抜かれた光●立方体に刳り抜かれた闇●立方体に刳り抜かれた円●立方体に刳り抜かれた昨日●立方体に刳り抜かれた憂鬱●立方体に刳り抜かれたシェイクスピア●あらゆることに意味があると●あなたは思っていまいまいませんか●人間は●ひとりひとり自分の好みの地獄のなかに住んでいる●そうかなあ●そうなんかなあ●わからへん●でも●そんな気もするなあ●きょうの昼間の記憶が●そんなことを言いながら●驚くほどなめらかな手つきで●ぼくのことを分解したり組み立てたりしている●ほんのちょっとしたこと●ほんのささいなことが●すべてのはじまりであったことに突然気づく●きのうの夜と●おとついの夜が●知っていることをあらいざらい話すように脅迫し合う●愛ではないものからつくられた愛●それとも●それは愛があらかじめ違うものに擬装していたものであったのか●いずれにしても●愛が二度と自分の前に訪れることがないと思われることには●なにかこころ穏やかにさせるところがある●びっくりした●またわたしは●わたし自身に話しかけていた●吉田くんだと思って話してたら●スラトミンっていう栄養ドリンクのラベルの裏の説明文だった●人工涙液マイティアも●ぷつぷつ言っていた●音が動力になる機械が発明された●もし●出演者のみんなが黙ってしまっても●ぼくが話しつづけたら●テレビが見つづけられる●どうして●ぼくは恋をしたがったんだろう●その必要がないときにでも●一度失えば十分じゃないか●とりわけ●恋なんて●電車に乗っていると●隣の席にいた高校生ぐらいの男の子が英語の書き換え問題をしていた●I’m sure she is Keiko’s sister.=She must be Keiko’s sister.●これを見て●ふと思った●どのように客観的な記述を試みても●書き手の主観を拭い去ることはできないのではないか●と●死の味が味わえる装置が開発された●人間だけではなく●動物のも●植物のも●鉱物のも●なぜなら●もともと●人間が●他の動物や植物や鉱物であったからである●では●水は●もっとも必要とされるものが●もっともありふれたものであるのは●なぜか●水●空気●地面●重力●人間は砂によって移動する●人間は砂のなかをゆっくりと移動する●人間は直立したままで●砂に身をまかせれば●砂が好きなところに運んでくれる●砂で埋もれた街の道路●二階の部屋にも●五階の部屋にも行ける●砂で埋もれた都会の街●しかし●砂以外の街もある●といって●チョコレートや納豆やミートボールなんて食べ物は陳腐だし●ミミズや蟻や蟹なんて生き物もありふれてるし●汚れた靴下や錆びついた扇風機やどこのものかわからない鍵束なんてものも平凡だけどね●瞬間成型プラスティック・キッズ●火をつければすぐに燃え尽きてしまうし●腕や首を引っ張ればすぐにもげてしまうけど●見た目は●生身のキッズといっしょ●まったくいっしょ●笑●ニーチェは●自分の魂を●自ら創り出した深淵のなかに幽閉する前に●道行くひとに●よくこう訊ねたという●わたしが神であることを知っているか●と●ぼくは●このエピソードを思い出すたびに涙する●たとえ●それが●そのときのぼくにできる最善のことではなかったとしても●それがぼくにできる最善のことだ●と●そのときのぼくには思われたのであった●父親をおぶって階段を上る●わざと足を滑らせる●むかし●父親がぼくにしたことに対して仕返ししただけだけど●笑●博物館に新参者がやってきた●古株たちが●あれは贋物だと言って●いじめるように●みんなにけしかける●ところで●みんなは●古株たちも贋物だということを知っている●もちろん●自分たちも贋物だっていうことも●階段を引きずって下りていくのは●父ではない●母でもない●自分の死体でもない●読んできた書物たちでもない●と●踊り場に坐り込んで考える●隣に置いたものから目をそらせて●発掘されて掘り出されるのはごめんだな●親は子供の死ぬことを願った●子供は死んだ●子供は親が死ぬことを願った●親は死んだ●どちらの願いも簡単に実現する●毎日●繰り返し●恋人が吊革だったらうれしい●もちろん●自分も吊革で●隣に並んで●ぶらぶらするって楽しそうだから●でも●首を吊られて●ぶらぶらする恋人同士っていうのもいいな●会話のなかで●ぜんぜん関係もないのに●むかし見た映画のワン・シーンや音楽が思い出されることがある●いや●違うな●ぼくが思い出したというより●それらが●ぼくのことを思い出したんだ●賀茂川●高野川●鴨川の●別々の河川敷に同時に立っているぼく●年齢の異なる複数のぼく●川面に川原の景色が映っているというのは●きみの姿がぼくの瞳に映っているとき●ぼくがきみの姿を見つめているのと同様に●川も川のそばの景色や空を見つめているのだ●雨の日には●軒先のくぼみに溜まった汚れた水が見つめているのだ●雨の日の軒下にぶら下がった電灯の光を●汚れた水が見上げているのだ●憧れのまなざしで●動物のまねばかりする子供たち●じつは●人間はとうの昔に滅んだので●神さまか宇宙人が●生き残った動物たちを人間に作り変えていたのだ●じゃあ●やっぱり●ぼくが海のことを思い出してるんじゃなくて●海がぼくのことを思い出してるってことだ●呼吸をするために●喫茶店の外に出る●喫茶店のなかは●水びたしだったから●店の外の道路は●市松模様に舗装されている●四角く切り取られた空●四角く切り取られた地面●四角く切り取られた川●四角く切り取られた海●四角く切り取られた風●四角く切り取られた光●四角く切り取られた闇●四角く切り取られた円●四角く切り取られた昨日●四角く切り取られた憂鬱●四角く切り取られたシェイクスピア●見ていると●それらは●数字並べのプラスティックのおもちゃのように●つぎつぎと場所を替えていく●シュコシュコ●シュコシュコ●っと●シュコシュコ●シュコシュコ●っと●なんだミン?


黄色い紙で種を包んで

  深街ゆか


わたしどこまでも祖母を踏みたい


ラベンダー色の瘡蓋を剥がしたら
鮮血が滲み出して、こんな真夜中に
顔も知らない先祖の末裔であることを
知らされる、黄色い紙で知らされる
その紙で傷口をふさいだら
先祖の顔に血をぬることになるんだろうか
黄色い紙に付いた血液はやがて
わたしの子孫へのメッセージになる


墓に造花のガーベラを手向けたら
祖母は眉間に皺を寄せた
怒りを表す地上絵
ガーベラの花言葉で緩和する
造花の半永久的いのち
祖母は造花のガーベラを押しやるように
生きたクロッカスを手向けた
かわいいだけの踏みやすい花だ
わたしに背を向けた祖母の
首すじの疣が花開いてる
この花に誰かが
インチキな花言葉を与えるまえに
わたしはそれを摘んでポケットにしまった


種を撒き散らすまえに摘まれた花の美しさに興奮する
庭や道や河辺で恥ずかしげもなく
開花したやつらの透明遺伝子
張り巡らされた電話線と
繋がっている感じ
繋ぎ止められている感じ
そこから突きつけられる黄色い紙


やっぱりわたし、どこまでも祖母を踏みたい


ぺしゃんこになるまで踏んで
彼女が子宮を持たずに生まれたこと、踏みつぶして
一切と繋がっていない花言葉を与えたい


−2

  しんたに

汚れた波に壊れた時計が映る。そっと手を添えると脈打って、光の代わりに色の無い球体が水の中で揺れている。流されていく血液に逆らいながら、分裂するきみをぼくは見守る。石灰洞に取り残された高い街は白く塗られ、はじまりに戻される。

(黒い卵から生まれてくるのは犬だろうか? 英雄だろうか? 吠えるのは宣伝され、塔になった英雄だろう。最初の村の周りで雑魚敵ばかり倒していた、ぼくには塔の天辺に居る中ボスは倒せそうにない。愛しあおう、そうしよう、と言って村の女の子と結婚して、木の棒でも売っていれば良かったのだろうか?) 

きみは赤い線の上で迷っている。ぼくは行かないと伝える。歌のように。嘘。ぼくは何も伝えられない。ぼくはぼくの話を語るが、誰もそれに興味が無いし、そもそもぼくもぼくの話がしたい訳ではないので、ぼくは新しい街にぼくを作る。

(荒野では黒い卵が並べられ、木の棒で叩き割られていく。スイカ割りみたいに。中に居た犬も英雄もきみとぼくも離れ離れになっていき、炭鉱の街には誰も残っていない。鬼ごっこが恋で、かくれんぼが愛なのよ、とミセス・サンダーライガーは言って)

高いところを飛ぶ鳥の翼を引っ張り、引きずり下ろす。メーメーメー。そう、これは怒りである。

(道端に咲く花に意味を付ける為に、動く。たとえ、血が流されようとも。昆虫達は名も持たぬまま飛んでいった。空へ。時々、雨が降って、花は濡れた。ぼくはそれを窓越しに見ていた。暗くなる前に、着古した洋服を埋めにいく。新しい服を着て、香水も少しつけた。公園では子供達が影ふみをして遊んでいる。小さな女の子にスコップを借りて、深く穴を掘る。道ばたで音楽プレーヤーを拾う。再生ボタンを押すと、美術館に飾っておいた絵が泡のように消えた。青色で描かれた女神は祈るのを止めて、橋の上で踊り始める。停止ボタンは用意されておらず、止めるすべは無かった。ビルの改装工事が始まる。屋上に住んでいた猫は高く飛び、夕刊の小さなニュースになる。机の上に置いていたメトロノームが壊れた。これで、音楽家は音楽を作り始めるだろう。三ヶ月が過ぎた。ぼくがロックンローラーだったら、死に包み込まれているのだろうか。いまさら。窓を開けると、いくつかの影が、部屋から飛び出していった。手に止まった小さな虫をそっと潰すと、世界の反対側で電気技師の亡霊がコイルの電源を入れた。バリバリバリと音を立てて、地球が割れる。トリュフォーの短編映画を観ながら、最近、目の隈が濃くなってきたの、と言う人の横腹を掴み、引っ張る。挨拶の代わりに哀しげに微笑むから、眠いの? と嘯いて)
 
今はどこか別の大きな都会で映画を撮りたいと思っている。愛の映画かと言えば、もちろんそうだ。なぜなら、あらゆる映画が愛について語っているのだから。
                    ━━(レオス・カラックス)


虚空に繁る木の歌

  前田ふむふむ


序章

薄くけむる霧のほさきが 揺れている
墨を散らかしたように 配列されている
褐色の顔をした巨木の群を潜る
そして
かつて貧しい空を飛んでいた多感な白鳥が 
恐々と 裕福そうな自由の森に向かって
降り立つという逸話をもつ 
大きな門に
わたしは 夕暮れとともに
流れ着いた
そこは 眩いひかりを帯びていた

門の前では 多くの老婆が 朽ち果てた仏像にむかって
滾滾と 経文を唱えている
一度として声が整合されることがなく
錯乱した音階が縦横をゆすり
ずれを暗く低い空にばら撒いている
うねる恍惚する呟きは 途絶えることがない

わたしは 飽和した風船のように膨れた足を癒すために
曲折するひかりを足に絡ませて 草むらにみえる、
赤い窪みに 眼から倒れるように横たわる
少し疲れがとれると
それから 徐に 長い旅の記憶を攪拌して
老婆たちの伴奏で 追想の幕をあげるのだ

      1

海原の話から始めよう
それは 真夏であるのに ほとんど青みのない海である いや その海は色を
持っていたのだろうか どこまでも 曲線の丸みを拒否した 単調な線が 死
者の心電図の波形のように伸びている海である 時折 線の寸断がおこり 黄
色の砂を運んでいる鳥が 群をなして わたしの乗る船を威嚇する わたしは
その度に 夥しい篝火を焚いて 浅い船底に篭り 母のぬくもりの思い出を頬
張りながら 子供のように怯えていた
そのとき いつものように手をみると 必ず 父から受け継いだ しわだらけ
の指がひかっている わたしは 熱くこみあげる眼差しをして その手でくす
んだ 欄干を握りしめるのだ
線が繋がるまで

気まぐれか 少し経って 線は太く変貌する
一面 靄を転がしている浅瀬ができる 船は座礁して 汽笛を空に刺す 林立
する陽炎が 立ち上がり 八月の色をした服を纏う少年たちが 永遠の端に
立ち止まっている みずの流れを渇望して わたしに櫂をあてがう わたしは
櫂を捨てようとすると 少年たちは 足首を掴み なにかを口走っている 彼
らの後ろには 仏典の文字のような重層な垂直の壁が 見え隠れしている わ
たしは 少年たちが なにを話しているのか 言葉がわからずに かれらが眠
るのを待って 急ぎ逃走するが いけども声は 遠くから聴こえて わたしか
ら 離れなかった それは なぜか 遠き幼い頃 聴いたことがある懐かしい
声に似ていて 気がつくと 目の前を 幼いわたしが 広い浅瀬のなかで ひ
とり泣いているのだ 
線が細さを取り戻すまで

やさしい日々も思い出す
船上でのことだ
古いミシンだっただろうか
わたしが 失われたみどりの山河の文字の入った布を織る
恋人は潤んだひとみで 書いてある文字を わたしに尋ねた
わたしは 生涯教えないことが 愛であると思い
織物の文字を 夜ごと飛び交う 海鳥の唾液で
丹念に 白く消していった
線は さらに細くなり 風に靡いて

老婆たちは 経文を唱えつづけている
仏像にむかって
眠りながら 唱えている
門にむかって

わたしは 門を眺めながら 棘のようなこめかみを
過ぎゆく春に流し込む

    2

そうだ 都会の話をしよう
それは 楕円形にも見えたかもしれない 整然としたビルの窓が いっせいに
開かれていて カーテンが静かな風に揺れている 暑い夏の眩暈のなかで 人
の姿の全く見えない街が 情操的な佇まいを見せている白昼 街の中央の方か
ら 甘い感傷の酒に酔った音楽が流れてくる わたしは 寂しさと 湧きあが
る思いを感じて その音色を尋ねてゆくのだが 音色の下には 瓦礫の廃墟が
一面 広がっているのだ 若い父がいた 祖父がいた 祖母がいた すぐに
わたしは 声をかけたが 声は わたしの後ろに響いていって 前には届かな
い 逆光線だけが 少年になっている わたしを 優しく包んでくれている
溢れる汗を浴びて 声のあとを 振り返ると 世界は 時計のように 着実に
冷たく 賑やかに普段着で立っていた

こうして 内部で訂正された始まりから
楕円形はさらに 色づけされながら
わたしは 耳のなかで 立ち上がる
ぬるい都会の喧騒を 眺望すれば
やわらかい季節の湿地に
殺伐とした抒情の唇がせりだしてくる

にわかに 門は轟音をあげて 閉じる
老婆たちの口は 唯ならぬ勢いを増して
読経の声がもえだしている
脳裏を
幼き日の凍るような古い運河にある病棟の記憶がよぎる
眼を瞑れば
逝った父は わたしのために書き残せなかった白紙の便箋に向かって
闇をつくり昏々と眠っている
蒼白い炎が 門を包む
その熱によって
わたしの血管の彼方に滲みこんでいる春の香かに
きつい葬列のような月が またひとつ 浮ぶのだ

わたしの溢れる瞳孔をとおして
音もなく いまだに復員はつづいている
闇のなかに遠ざかる感傷の声が
書架の狭間で俯瞰する鳥の声が
沈黙してゆく門をみつめて


喪失少女。

  にねこ

夏の歌がすれ違いざまに果実になる
もぎ取る手はやつれた楓、意味を途絶させることなくキスは続きその痕も焦げて致命傷へと、仮面を被った電球の光さえ余計だと思ったうずくまる吐息、その中に貯蔵される沈黙の双丘の絞らるれば勿論赤く、かつヘモグロビンの用意はないのだろうきっと、
白き窒息柔性、
ゆえに、無垢なる いろどりと知る

放課後、
木机の下で交わされる秘めやかな囁きが夕暮れのカーテンに巻き抱かれた白い足をすすぐ
生き延びた哀蚊が空に呪文を描くように幾何学としなやかな筋肉が掛け合わされた
逃走寸前のふくらはぎが漲るそれは何か分からないものの迸りを受けて
秘密だらけだった紐解かれるはずの指の絡まりが世界の全てだった頃
自分の歪みに合わせた姿見にあなたを探していました

褥の深海が
静かなのにとてもうるさい
優しいのにとても痛い
だから眠るのだと思います
耳がいたたまれないから
電気を消して
風景を捕まえる

例えば残された
手紙としての歯型が
柔らかく波打つ白い肌を透して
やがて沈殿するでしょう
夜着をはだけたままの乳房で

わたしではないものが
わたしとおなじになって
わたしの鼓動を鳴らすみたいで、こわい
わたしが流出していくのがわかるようで
うねる、うず、
その答えが、影になり
理由のない罪悪をわたしに背負わせる
なにか、が、
紙にくるまれて捨てられる
伸ばした足は痙攣して
そうして消える消えて、ゆく

揺する戯のそばに転がる指の白さ
宙に描く螺旋の文字は『の』
の、の、

所有を露わにする皮膚がひらり、ほろり
脆弱性を擦り合わせた夜
鈴虫なく
空間に型どられた
細動に崩れていく積み木の塔が
目に鮮やいて
やはり無垢する指を染めた

おちる、手のひらに、似た葉の
その葉脈は
まるであなたへの手紙のようでした

『 前略
こんど生まれてきたら、頭足動物になりたい
あなたが誰かと囲んでいる晩餐のテーブルに
どさりと重い音をたてて飛び降りたい
粘液質な皮膚のままで
砂に塗れた饒舌と引き換えに
かしこ 』

ふと開けば、胸乳
帰れない稜線の果て
遠き少女を、
想う


歌仙『悪の華』の巻

  田中宏輔




連衆  林 和清
    田中宏輔



FAX興行  自 1992年5月12日
       至      5月24日





○初表

発句   発心は月砕けちる夢のうち   和 「旅へのいざなひ」の定座

脇    F君には、いろんなものが憑依する。  宏
     この間なんか、電気鉛筆削り器が取
     り憑いちゃって、右の指をガリガリ
     齧り出しちゃったんだ。ぼくがコン
     セント抜いてやるまでやめなかった
     よ。次には、何が憑依するんだろう。

三句   電磁場のささなみわたる寒水魚   和 

四句   「牛魔王」というニックネームの女   宏 「巨女」の定座
     の子がいた。高校三年の時のクラス
     メイトだ。弓月光の『エリート狂走
     曲』に出てくる「大前田由紀」そっ
     くりの超超超ドブスだった。本人の
     前では、だれも口にしなかったけど。

五句   牛の首どさりと天地花吹雪   和

折端   ぼくがキリストに興味があるって言   宏
     ったら、友だちがビデオで『奇跡の
     丘』を見せてくれた。パゾリーニの
     映画は初めてだった。画面に映った
     監督の名前をみて驚いた。イニシャ
     ルを逆さまにするとい666になる。

●発裏

折立   夏荒野(あらの)身ぐるみの次なにを剥ぐ   和 「賭博」の定座     

二句   「先生、美顔パンツってご存じです   宏
     か」とA君が真顔で訊いてきた。教   
     師が首を振ると、「ぼく、包茎なん
     です」とA君は続けた。教師はさも
     自分が包茎ではないような顔をして
     話を聞いていた。ごめんね、A君。

三句   重陽の重なりあやし賀茂(かも)社(やしろ)   和

四句   円山公園の市営駐車場入り口近くに   宏 「幽霊」の定座
     公衆便所がある。昔、そこで男の人
     が首を吊ったという話を聞いたこと
     がある。生前によほどウンがなかっ
     たからか、死ぬ前に、ただウンコが
     したかっただけなのか知らないけど。

五句   鳥辺野に来てただ坐る雪の昼   和

六句   ビートルズのアルバムはどれも好き   宏
     だ。とくに後期の作品なんか、毎日
     のようにかけてる。なかでも、よく
     聴くのは『ホワイト・アルバム』だ。
     "Cry Baby Cry"にタイミングを合わ
     せて、キッスしたりすることもある。

七句   唾液かわくにほひや杉の花しきり   和 「異なにほひ」の定座

八句   教科書に載ってる顔写真てさ、落書   宏
     きしてくださいって言ってるような
     もんだよね。「鶏頭」の俳人、正岡
     子規って「タコ」にする人が多いけ
     ど、あれは横顔だからで、正面の写
     真だと、「ヒラメ」にすると思うな。

九句   ほととぎす聞かぬ詩人も一(ひと)生(よ)なれ   和

十句   『そして誰もいなくなった』を久し   宏 「救ひがたいもの」の定座
     振りに読んでたら、吉岡実の「僧侶」
     が、そのなかに出てくる童謡に似て
     るような気がして、林に電話で言っ
     たら、「それはクリスティじゃなく
     て、マザーグースが元だね」だって。

十一句   赤子老いてそのまま秋の麒麟草   和

十二句   弟がまだ幼稚園の時、いっしょに遊   宏
      んでたら、瞼の上に傷させちゃって、
      ぼくにも同じところに、同じような
      傷があるから、さすがに兄弟だと思
      ってたら、テレビに映った俳優の顔
      にもあって、なんか変な感じがした。

折端    雪霰霜霙みな信天翁   和 「信天翁」の定座

○名残表

折立   ハインラインなんて好きじゃないけ   宏
     ど、『夏への扉』は文句なしに素晴
     らしい作品だ。コールド・スリープ
     とタイム・マシーンが出てくる恋愛
     物語だ。ぼくにとっては、やり直し
     のきく人生なんて、地獄的だけどね。

二句   生前に春ありて水の底あゆむ   和

三句   オフィーリアや、ハンス・ギーベン   宏 「寓意」定座
     ラートは、ビタミンCのとり過ぎで
     頭がおかしくなって入水したらしい。
     亡霊の姿となったいまでも、「ビビ、
     ビッ、ビタミン!」と言って、水藻
     や水草をむさぼり喰ってるって話だ。

四句   桃の実のうちなる歓喜湧きて湧きて   和

五句   『走れメロス』に出てくる、あの王   宏
     様ってさ、自分の息子や妹なんかを
     殺しといて、後でメロスたちの友情
     見て、改心しちゃうんだよね。でも
     さ、そんなに安易に改心されちゃあ
     さ、殺された方はたまんないよねえ。

六句   人体のひとところにつねに秋のあり   和 「憂鬱」の定座 

七句   また、今日もぶら下がってた。吊革   宏
     を握った手首が。どこから乗ってき
     たのか、どこで降りるのか、知らな
     いけど、だれも何も言わないから、
     ぼくも何も訊かない。そいつは吊革
     といっしょに、ぶらぶらと揺れてた。

八句   鳥葬のみな黙しをる雪催ひ   和

九句   電話があった。死んだ母からだ。も   宏 「理想」の定座
     う電話はかけないでよねって言って
     おいたのに。いまのお母さんに悪い
     からって言っておいたのに。わかん
     ないんだろうか。自分の息子を悩ま
     せるなんて、ペケ。ペケペケペケ。

十句   摩耶マリア夜桜は地に垂れてけり   和

十一句  小学生の時のことだけど、学校でい   宏
     じめられたりすると、蝉なんかを捕
     まえてきて、翅や脚を切り刻んだり
     腹部や肛門を火で炙ったりして、そ
     の苦しむ姿を見て、自分を慰めてた。
     仔犬の首を吊ったりしたこともある。

十二句  夏草の根はからみあふ墓の下   和 「墓」の定座

折端   脚の骨を折り、二年ほど寝たきりで   宏
     祖母は過ごした。祖母の火葬骨には
     黒い骨が混じっていた。生前に患っ
     ていたところが黒い骨になるという。
     ぼくの死んだ妹は精薄だった。家の
     なかで迷子になったまま帰らない。

●名残裏

折立   転生のこゑひびき来る夕紅葉   和

二句   十年ほども前、飼ってた兎が逃げた   宏 「腐肉」の定座
     ことがある。兎は鳴かないので、い
     くら探しても見つけることができな
     かった。何日かして、普段使ってい
     ない部屋に入ると、死んでいた。死
     骸が腐りはじめた甘い匂いがしてた。

三句   汁の実に冬の木霊をあつめけり   和

四句   ローソンで買い物をしていたら、カ   宏
     パポコカパポコという異様な音がし
     たので振り返った。舞妓さんがあの
     格好のまま入ってきたのだ。異様な
     雰囲気を漂わせながら、舞妓さんは
     ひたすらオニギリQを選んでいた。

五句   われの中にをんな住みゐて花ざかり   和 「呪はれた女達」の定座

挙句   生涯、仕事をしなかった父は、情婦   宏
      のところにいる時以外は、骨を題材
     にして、アトリエでグロテスクな絵
     ばかり描いていた。ぼくは、父の書
     斎で、『血と薔薇』を盗み読みした。
     『陽の埋葬』は、父への挽歌である。


以下の話はフィクションです、あるいは幽霊的なものです

  お化け

えーと、端的に言うと2013年の8月某日、彼は死んだ。死因はショック死なんじゃないかな。彼の直接の死因は僕にはよくわからないんだ。でも電気椅子で死んだわけではないのはハッキリしている。縛られて電気を流された、というものではないってこと。多分カミナリに撃たれたものかな。多分雨降りの日、人生でいちばん泣いた日みたいな土砂降りの日に外に飛び出て偶然当たって死んだ。多分そういう感じじゃないの。死因はわからないけど彼の気持ちなら僕にはよくわかる。彼は外に飛び出て叫びたかったんだと思う。彼は僕とよく似ていた。とてもよく似ていた。身体つきまでソックリだった。ガッチリした体型。彼は僕とほとんど同じ身長と体重だった。身長は180センチぐらい。多分寝て起きてすぐ測ったら多分181センチある。部屋のドアのところ、出入り口で少し頭を下げなきゃ頭がぶつかってしまう。そこが180センチあるって裏に住んでいたひとつ年下の友達のお母さんが言っていたのを覚えている・・・。面倒だから僕は身長を聞かれたら180って言っている。体重。彼が死んだときの体重は75~76kgぐらいだったと思う。生前は僕と同じで体重は結構変動した。太ったり痩せたり。太るのは簡単。痩せるのはそれより難しい。いちばん成功したダイエット方はウイスキーダイエット。なるべく食べないように生活して夜に腹が減ったら食べ物を吐きたくなるくらい安いウイスキーを飲む。ラッパ飲みするか、コップに氷をいれて冷やして飲む。店で飲むとはいつも後者。店で飲むとき「飲み方は?」って聞かれて「ロック」って言うのが何だか恥ずかしいね。カッコつけてるみたいで。だから「コップに氷入れてそのまま注いで下さい」って言う。まあ面倒なときはロックって言ってしまうけど。何回か行った店で顔覚えてくれているところだと「ロックでいい?」って言われて、うんって無言で頷くだけですむからいいね。でも店で飲むと高くつく。いつもブラックニッカかトリスってやつをコンビニで買って飲んでた。安いのはブラックニッカ。値段通りトリスの方がちょっと美味しい。でもこの2つのウイスキーはあまり美味しくない。ニッカウイスキーのフロムザバレルって51度のウイスキーは豊潤でとても美味しいけど、そういうのと比べると美味しくない。フロムザバレルは僕にとっては高いからあまり買わなかったし、コンビニには売ってなかった。バーボンウイスキーも飲んだ。アーリータイムズかジムビームが安め。バーボンは甘いから飲みやすい。ハーパーとかジャクダニエルはその2つより美味しいと感じるんだけど、ちょっと高いからあまり買わなかった。ハーパーやジャクダニエル買うならワイルドターキーの8年を買ってしまう。ターキーが大好き。ワイルドターキーの12年ってやつあるけど高いから飲んだことない。美味しいんだろうな。これ手土産に持ってきてくれる人がいたら大体のことは許しちゃうだろうか。スコッチもたまに買って飲んだ。酒屋で適当に安いスコッチ買ってたけど名前とかあまり詳しくない。でも特徴的な味がするから飲んだらこれスコッチだなってわかる。どうでもいい話だね。

彼は酒を飲んで外に飛び出たとき酒が入っていたと思う。人生でいちばん泣いた日みたいな土砂降りの日に。僕は彼の気持ちがよくわかる。僕はたちは似ていた。それで、彼は「人生でいちばん泣いた日」ってのはいちばん勘違いして欲しくないところって思うんだ。小学2年生のときだったと思う。僕たちは公園にいた。近所の子供たち10人以上は集まっていた。僕より2つ歳上の男の子と男の子がジャンケンをしている。サッカーをやるための「チーム決め」をするためのジャンケン。勝った方のチームに欲しい人を選んで取っていく。僕はいつも最初に選んで欲しかった。戦力になるって思って欲しかった。そんな気持ちがあって力を見せつけてやろうとか思ったんだと思う、僕は大きな石を持ち上げて力いっぱい投げた。そしたら石は前じゃなく後ろの方に飛んで、そこにちょうどいたひとつ歳上の男の子の頭に当たった。血を流して倒れた。動かない。そこからは何があったのか記憶が曖昧だけど、僕は泣いていた。男の子たちが協力して倒れた子を持ち上げて何処かに運んでいる。何とかしようとしてみんなで頑張っている。僕はその輪から外れていだ。僕は彼らについていながらただ泣いている。僕は殺してしまったと思っている。いつの間にか大人たちがいた。救急車がいる。僕よりひとつ年下のしっかりとした男の子が僕のところにやって来て「おい、泣いてないで謝れよ」って言った。僕はその子に対して泣きながら「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」って何度も言っている。「俺じゃなくて、あいつの家族に謝るんだよ」ってってその子は僕に命令するように言った。とても恥ずかしくて悔しかった。僕は倒れた子の母親のところに行って泣きながら何度もゴメンナサイゴメンナサイ。僕はこれから警察に捕まるんだって思っていた。このときが僕がいちばん泣いたとき。結局、僕は警察には捕まらなかったし、倒れた子は死んでいなかったけれど、これ以上泣くことは僕の人生でもうないと思う。そして僕が思うに、彼が死んだとき降っていた雨は、多分こういう涙みたいな土砂降りの雨だったってこと。あとよくわからないが、部活してなかったけど中学生の頃、校砲丸投げが学年いちばんだった。

あの日、彼はとても悲しかった。いちばん泣いた日がいちばん悲しかった日とは限らない。14歳の冬に近い秋ごろ、そこらへんの時期がいちばん悲しかった。身体の力が全部抜けていくような喪失感。父親が仕事で上手くいかなくなって転校しなければならなくなった。母親は精神病院に入ることになった。転校先で僕は無口にだった。誰とも関わらないようにした。友達はいなくなっちゃったし、つくろうともしなかった。そんな感じかな。嫌な思い出だからあまり話たくないね。まあこれは僕の話ではなく彼の話だけどね。昔は友達がいたんだけど、その時期から今でも地球人には友達と言える人はいない。地球人ではない友達ならいる。火星人の友達。水星人の友達。木星人、金星人、土星人、それから無数の幽霊たち。みんなとっても優しくしてくれる。僕と彼には共通の変わった友人ができてた。向こうからすれば僕たちが変わっていると思う。彼は死んだのだから僕には幽霊の友達がひとり増えたことになる。友達がひとり増えて嬉しい。僕は彼に会って「首釣って死んだ人を探して」とお願い事をした。あの日会えなかったから。小学3年生のときだったと思う。僕は木の棒を持っていた。家にあった壊れた椅子をさらに壊して武器になるような棒の部分だけを持ち歩いていた。僕の後ろのには棒を持った子供がたしか5人いた。そのうち2人は女の子。そのひとりは同級生。もうひとりはひとつ歳上。そして僕の目の前には制服を来た警察官がいた。僕がいちばん歳上というわけではなかったけど、おそらく僕がいちばん身体が大きかったから、僕が悪いことをしたリーダーにされていた。その棒で窓ガラスを割ったんだな、とか警察官は見当違いのことを言ったけど、面倒だから弁明はしなかった。僕はたしかに窓ガラスを割ったけど、ボールをぶつけて割った。ちょうど鍵のところが割れたから鍵を開けて入った。まあ、僕がリーダーでもいいし、窓ガラスを割ったのは本当のことだったからどうでもいいと思った。僕たち経営者が首吊り自殺して閉鎖したって噂の工場のガラスを割った。割って工場の中に入った。出てその辺をうろついているときに警察官に呼び止められた。誰かが見ていて通報したのだと思う。工場に入ったとき、暗くて怖くて、結局、僕たちは入ってすぐに外へ出てしまったんだけど。今度は見つけられるかな。首吊りした経営者。彼はもう子供じゃないんだし暗いところも怖くないと思うよ。

死んだとき彼は31歳だった。「俺らの同級生の女はもうみんなババアだな」とプレハブの休憩場で30代前半のヤクザのお兄さんたちがそう喋っていたのを思い出している。19歳のとき短期間、泊りがけでする土木の仕事をして、そのときはじめて送られた現場がたまたまヤクザのお兄さんばかりのところだった。昼休みのときお兄さんたちの誰かに缶コーヒー買ってもらってて、喉乾いていたから、いつも貰ってすぐ蓋開けてガーって一気にガブ飲みしてたら「もっと味わって飲め」って怒られた。頑張って仕事して、刺青をした人たちと大浴場に一緒に入って、ご飯食べて、いちばん目上の人の部屋に集まって酒飲ませてもらった。両手の小指がない40代後半の人が知っている人がやっている風俗に連れて行ってくれると約束してくれた。内側から見たらいい人たちだった。別の面では悪い人たちなのだろう。風俗に連れて行ってもらう前に仕事は終わって関わりはなくなった。あの時からもう10年以上経っている。僕は今31だ。彼は31歳で死んだ。僕の同級生の女の子今はもうおばさんみたいになっているのだろうか。僕のなかでは中学2年生の姿で止まっている。転校する前に最後に学校に行った日、違うクラスの女の子が僕が次に住むところの住所を聞いてきた。幼稚園のときがいちばん中が良かった同級生。家が近かったから幼稚園には一緒に歩いて通っていた。僕は「わからない」って言った。その日あったお別れ会で、クラス全員のメッセージが書いてある色紙を2枚もらった。男子の色紙と女子の色紙。転校して何ヶ月かあと、その色紙を見つけた僕は破って捨てた。いちばん仲が良かった友達のメッセージだけはカッターで切り取って机の中に放り込んでおいた。「負けるな」って書いてあった。僕はこの言葉に励まされたわけではない。あいつが書いたものだから捨てちゃいけないと思った。それに僕は彼を裏切っていたかもしれなかった。僕は転校するということを自分の口から一切話さなかったから、多分もう裏切りたくなかった。そのとき僕は負けていたのか、負けていなかったのか。勝っていなかったのは確実なことだ。全部嫌だった。転校先の中学校では砲丸投げが2番だった。野球部の人に負けた。

もう嫌だね。僕は小さな教会へ行こうと思う。そういう気持ちだね。僕は無宗教で、自分のお葬式はお坊さんが来るのかもしれないなという意味でなんとなく仏教徒なのだが、教会に少し知ってる女の人がいるから行く。元気かなと確かめるために行く。行くのは他の理由もあるがそれは言いたくない。教会の彼女と会ったのは、彼が死ぬ数ヶ月前。僕は祖母が入院している病院に行くため駅の前から出発するバスに乗ろうとしていた。バス停に、おとなしくて恥ずかしがり屋みたいな感じの、20代半ばぐらいの外国人の女の人が立っていて、時刻のところじっと見ていた。俺はその近くのベンチに座った。バス待ちの人が並んでいた。外国人の女の人はその列には並ばないで、ずっと時刻のところを見てる。バスがきた。並んでいた人が乗り込んでいく。外国人の女の人はいちばん最後から乗り込んで行ったけど、運転手の人に話しかけてすぐに出てきた。またバス停の時刻のところをじっと見ていた。そのバスではないバスに乗るための人がバスに並んでいる。俺は立ち上がってその外国人の女の人に「どこまで行きたいんですか?」って聞いた。そしたら行く場所教えてくれて、俺が次乗ろうとしていたバスに乗ったらで止まる場所だったから「もうちょっと待っていればきますよ」って言って、僕は戻って、またベンチに座った。そしたら、ゆっくり迷うように僕はのベンチの近くにきた。僕は隣に座るように勧めた。恐る恐るという様子で端っこに座った。バスが来たら一緒に乗り込んで、椅子がもう空いてないから立つことになった。どうもありがとうございます、とかいってポケットティッシュ2個くれた。その人教会の人で、その関係で日本に来ていて、って話になった。「勧誘じゃないんですけど、もしよければ」ってパンフレットくれた。そのパンフレットはもうなくしてしまった。覚えているのは「死にたい人はきて下さい」というようなことが書いてあったこと。その教会行ったら彼女に会える。その日、祖母がいる病室でカップラーメンを食べていたら看護師さんが入ってきてカワイイと言っていた。少しいいことをしたから少しいいことがあったのだと思うことにした。

何だろうね僕は。終わっている。何がしたいのだろう。何かはしたいんだよ。未来の人が僕がしたことの記録を保存し続けてくれるようなこと。本のカバーのところに著者の顔写真がついているときあるよね。著者が長生きしたときは写真は老人。そういうのちょっと気になる。例えば、太宰治は38までしか生きていないからそれ以上年取ったときの顔はない。太宰治は老人ではない。太宰治とは「あの顔」ってことなる。歴史の記録として。哲学者のバートランド・ラッセルなんて98歳まで生きたからもう老人。僕が前に読んだ本についていた写真では老人だった。ラッセルさん、老人でも結構いい顔なんだけど。若い頃の写真見たらもっといい顔している。本を書いているような有名人って晩年の写真が使われる印象がある。人生があって、時間が流れの中で顔が変わっていく。自分の本当の顔って何歳ぐらいだろう? それがわかったらそのぐらいの時期に死ぬべきだよ。本当の顔で記録に残りたければ。女の子は不利かもね。なんだかんだ言ってやっぱり20代ぐらいの若い頃がいちばんいい。10代がいいって場合もある。若くなきゃ興味ないだろうなって思う女の人は結構いる。そういう人はセックスがしたいような女としての部分で勝負している要素が強い感じがする。鳥居みゆき、って知ってる? 芸人。本も出しているらしい。僕はまだ読んでいない。その人は僕と同じぐらいの歳みたいだけど、30歳ぐらいのあの人は可愛いと感じた。男は、年取った方がいい場合はありふれている感じがする。まあ、今している話は、記録に残ることしなきゃ意味ない話だ。彼は記録に残るようなこと何にもしてない。それは僕も。頑張ればこれから何とかなるかもしれないって思いたい。何でこんな話してるのかな。最近はほとんどテレビ見ないな。

相談したいことがあるんだった。そういえばして欲しいことがある。ロクデモナイ僕の話をここまで僕の話を聞いてくれているロクデモナイ君にロクデモナイコンビニに行ってほしい。ロクデモナイ・セブンイレブン限定。ロクデモナイ店に入ったらロクデモナイコピー機の前に行って。そしたらロクデモナイ・コピー機の画面があるから「ネットプリント」ってところをタッチして欲しい。ロクデモナク番号を聞かれると思う。ロクデモナイから「83015566」と入力する。そしてロクデモナイお金の投入口に20円入れて手続きを進めていったらコピー機からロクデモナイ白黒の顔写真が出てくる。これが一枚目。2枚目の番号は「22156740」。3枚目の番号は「21211569」。3枚だから全部で60円かかる。僕にはこれを強制できる権限なんてないから60円払いたくないし、面倒って人は自分がしたいようにした方がいい。どうせロクデモナイ写真だから。ロクデモナイコピー機から出てくるロクデモナイものは3枚とも死んだ彼の顔写真。いま彼の葬式の写真にどれを使おうかなって、迷ってて、僕は君の意見が聞きたい。ロクデモナイ葬式の写真を決めなくちゃならない。60円払ってくれた人はどれがいいか選んで欲しい。選んだらできればメールで教えてくれたら嬉しい。だけど、実はその写真、正確に言えば僕の写真なんだけどね。彼の生前の写真が見つからなかったから、僕の写真でもまあいいかなって思って撮った写真。僕と彼は似ているって言ったよね。あ、でも、もっと正確に言えば写真は僕の写真ではない。この誰かさんは正確に言えば本当の自分ではない。少し美化した自分というのが正しい。何枚か撮って「よく映った」と思ったやつだけを選んでいる。そういうものだよ。実際に僕と会ったとしたら、自分が選んでいないものをたくさん見せることになる。君も僕にその面を見せることになる。僕たちは僕たちが選んで生まれてきたではない。僕たちは僕たちのこの遺伝子も選んだわけじゃない。男になるとか女になるとか、こういう顔になるだとか、数学が得意だとか苦手だとか。だけど、僕たちは選んだものではないものを受け入れなくちゃならない。他人に対しても自分対しても。ロクデモナイ現実でも現実に向き合って生きるのがきっと正しい。逃げたら何も「出来事」と言えるものはは生じないんじゃないかな。摩擦、矛盾と言うかね、そういうものが自分の痕跡になると思うんだよね。僕が「誰か」でなければいけないとしたら、僕は何かを刻むために産まれてきたし、何かを刻まれるためにも産まれてきた。傷つくことを恐れてはならない。逃げるたびに僕は何者でもなくなってしまう。僕は目をそらさない。本当のことがわかったら壊れそうなとき。

彼は死んだ。僕は死んでいない。彼が死んだとき僕は羨ましかった。僕はこれからも死にたいと、彼を羨ましく思っていく。逃げないと死にたいと思う回数は増える。自分から行かなければつかめない。赤ちゃんの生きる目的は? 人間はみんな最初は生きる目的なんてなかった。頑張らなければならない。頑張っていればいいことに出会うことができる。それ以上にわるいことにも出会う。どうすりゃいいの。でも頑張るしかない。僕は同じことを何度も言うだろう。色んなことに影響されてブレてしまうから。僕はもう若いとは言えない。僕に残された時間の中で僕は頑張る。こんなにたくさん人がいる中で、僕は僕が会う。ん、? こんなに人がたくさん人がいるから、仲間を探すのは難しい。「名前未定詩人会」というのを立ち上げた。人間と人間の関係性が紡ぐ意味の世界にしか僕が望む自由がない気がしている。誰もいないところで一人で暮らしている人が持っている自由を羨ましいと思わない。何か出来事を作りたい。僕はメンバーと会う。生きた人間と人間が会う、何処でも生じていることだけど、いま現実に会っている人と比べて、その人より近いと感じる人がいるなら会うべきだと思った。だからメンバーの条件のひとつは「会える」ってことにした。僕が住んでいるのは北海道。札幌近郊ぐらい。そのぐらい地域だと会いやすい。メンバー募集。「名前未定詩人会」に興味がある人はメール下さい。ああ彼の葬式あるな。写真選ばなきゃ。「さようなら」って言ってくるよ。コピー機のネットプリントの写真は多分、気まぐれでそのうち登録を削除してしまうだろう。忘れたいことがたくさんある。もういいか。





































ito_obake@icloud.com


流産

  かとり



つちくれを
つかんでは箱に投げる
乾燥したふるいつちの
はじける煙をかぶって
衣服や靴に粒子が付く
髪や 瞼にも粒子
目を開くとじぶんの
肉や筋が思いどおりによく動く
まったくみすぼらしい表情だが
そこには指示語も何も必要がない
うるさいヘリコの音
わたしは仕事を終わらせてはやく手を洗いたかった


スフィンクスが言うところの夜
指先が3本目の
足に変わっていく
わたしの年老いた歴史が
奇形児たちにむけて
彗星をフリックする
オイディプスは小人症で
声が小さくてよく聞き取れない


涙はついにでないし
言葉にすべきことも
許せないこともない
ただ何となくわたしは
いじけているのだと思っていた
そしてポケットに
手を突っ込んで
底の方にあった手ざわりをつまみ
たき火の中にぽとぽとと落として
昇る火の粉に微笑んで
坐りこんでその場所で眠ってしまう
そんな夢をみた
そんな上演があった
観客は すくすくと育ち
演目は けして悲劇にはならない
舞台だけが その場所に残り風化していく


厚く
水底に積もっているのは
流産への恐怖だ
黙って
耳を澄ませていると
予感として 
余韻として
叫びが聞こえる
冷たい
泥を掬う手が
乾燥して衣に
暖かさを移して
美しくずるい男女が
やさしくなっていく
また会おうと
つぶやくこともなく
つぶやきながら


(無題)

  板尾創路


時計を買った
色黒い人の腕を被う、影の方から
演劇を好む男を諭すように
助詞の数を減らす 引き合った腕の痕がなによりの証拠
と、噂される土地の少年を、雨の手から庇う冷たい建物の高さ
指一本でも、落ちてほしい


親父の遺言

  草野大悟

○ ガラスびんポリ容器のふたはかならすとる
○ ガラスびん
       ふたをとり水洗の上資源ゴミ
       油びんは埋立てゴミ
       ふたは金属のものは資源ゴミ プラスチックは埋立ゴミ
                              ↓
                            燃えるゴミ
○ その他のびん 陶器のものは埋立てゴミ プラスチックは燃えるゴミ
○ ポリ容器 資源ゴミ フタは金属は資源ゴミ
○ 発泡スチスロル 小さくして燃えるゴミ
○ 紙 ハガキより大きいものは 紙袋に入れて出す
○ ガラス類はびん類と同じく資源ゴミ
○ 傘、蛍光灯等ひもで結束し埋立ゴミの袋を巻いて出す
○ 燃えるゴミ、埋立てゴミは所定の袋に入れる




その他従前通り


Tokyo

  コーリャ

Tokyo
かなしさをないまぜにするひとたち
あなたがいちばん卑怯だとしらせてくれる街
どうしても伝わらなかったことばが
ひかりの花弁になって
舞う町
あなたの生をふむステップが
無視されるところ

命を削っても
祈りを抉っても
別れていくひとびとに
Tokyo
ごらん、あなたのやさしさが
あなたにしか知られず
咲き誇って
枯れる

燃やされる
あなたの打算が
かいでごらん
あなたの体臭の
あなたの汗が
どんなふうに
ひとの汗にまじって
どんな匂いがするのかを
かいでごらん

そして、地下鉄の
副都心線の
おたがいのやさしさをもちよって
つり革にもたれかかってる
夜さ
どこまでも
Tokyo
あたまの悪いやつらの
天啓に
あなたが
教えられながら
Tokyo
改行ばかりの
Tokyo
Tokyo

いちばんすなおになれたときに
鳴っている音楽の
ヘッドホンの
声の
声の
声よ


ノルウェーの猫

  


家の軒先から猫があらわれるたび人間たちが押し寄せ、ふさふさとした金色の毛にくるまれた四肢を撫でまわすかとおもえば、膝の上へ抱きあげふっくらまるい身をあやすように湿る鼻頭に頬擦りを繰りかえす、あるいはマタタビをちらつかせ喉元へ一斉にマイクを立てるなど、嬉々として騒ぎだす。しばらくすると猫は喧騒の中するりぬけゆったりした足取りで歩をすすめ、地にだらり横たわり人間たちへちらと眼をなげあくびする。猫については昼夜様々に飛び交っていて、たとえば、よく晴れた春の日にお向いの塀をよじのぼり太陽をころがしていた、しきりに雲をかきむしっているうちねむりこんでしまった、ぽつぽつと雨降りの日に銀髭を弾く雨粒の一粒一粒へ耳をそばたててないていた、夕空にうっすら架かる虹を舌先でちろちろなめあげ肩口へなでつけながらきえた、など。家主によるとノルウェーの道中で足元をうろついていた野良であり、いざ連れ帰ってはみたもののニャーニャーなくばかりで好きにさせている、また、ある日の深夜に突如魚をくわえたまま窓の庇をけりあげとびさっていき、尾っぽをぢりぢりかがやかせて隣町のビルの谷間へ無数の白い線条をひいておちていくのを見た、とも。


塩時計には音がない

  るるりら

【記憶の塩漬け】
 



すべての壁は白い  それぞれの壁が白さの中にも蔭を落し
直線で構成された 迷路
一陣の風がふいて 一粒一粒の白砂が
皺やよじれとなり集まり
山となり谷となり
白と 白が宿した黒だけの
道の果ては 無い


原爆資料館の前を通ると
建物の白は 今日も際立っていた
それもそのはず この建築が建造された頃
世界はモダンアートの時代であり
シンプルな 白さを誇った建物 の 
夢をみた


夢の中では屋根のない 白い巨大迷路だった
迷路から抜けると 山や谷や河までもが
すべて 白い世界だった それから私はしばらく
あれはなんであったのかという想いに囚われた
塩だと思った。あの世界には 音がなかった
夢とはおもえぬ質感の世界だった
なじみのある質感だった あの粒子は塩だ
しかも 目覚めた今も
夢の中の地形を明瞭に 想い浮かべることができる
あれは 広島だった

塩漬けの 広島



もう一度、夢にでてきた街並みを確かめながら 広島を歩く。
夢の中では 迷路としてあらわれた建物のあたりを 確かめながら歩く。
ちょっと見ただけでは四角い形にしか見えない建物は ゆるい扇を描いていて
建物の中に訪れた人々に見せたがかっている物が 正面に見える。
原爆ドーム。
建物は、原爆ドームをまっすぐに見ることができるように建築されている
閃光と爆風により このあたりで唯一建物の骨格を残した産業奨励会館
かつて 産業を奨励していた建物は いまでは ガランドウで 
建物中央の円形は光を よく通すカメラのようだ。 

ドームというカメラは そのネガに 
今という時間の空を 焼き続けている 。
いまも 音という音を奪われつづけ 
ドームは 静謐な眼力で 命という命が形をなくした世界を映し続けているかのようだ。


あの八月六日が 来なくとも
平和公園のあたり 中島町という街は 祈りの場所だった 。
寺の多い街で 信心深い人たちの住む地域だったのだ。 
宇宙を 黙読しつづけている塩となった人々
溶けつづけた路
空すら 白く霞み
山も谷も川すらも 白い粒子でできた止まった街

塩時計の中では
放埓な命たちの記憶の塩漬けが そのまま粒子となり 
砂時計の砂は いまも 蓄積されてゆく

【塩回廊】 


海辺にある空港は 霧のため 飛行機は いつも旋回した後に着陸した
丁度 死体に純白なシーツを覆うように
逝く手を はばんでいたものは 放埓な塩の手招き

住んでいた家が壊されて 引っ越しをよぎなくされた女の子が
亀を生き埋めにしてしまったと泣いているが 声は聞こえない
 
想いを黙読する私の耳は 塩で出来ていて
耳の穴には 絶えず塩の粒子が吸い込まれてゆく

誰かの思いを黙読しようとするたびに
この耳は 大気中の塩を この身にひきよせて
耳の形が形成されているようだ  

あ「かめさん かめさん」という思いが聞こえた と思ったら
塩の亀が わたしの目の前の道を 横断している
亀の甲羅も体も 塩でできているから
いつかは また 風に解けてゆくだろう

亀が海を目指している 
それでも ゆくのだね







【海へ】

亀と一緒に
どれほど 泳いだろう
白いと感じていたのは黒だったのかもしれない
しらじらと しらんでいく空に
遠い海ほど しろい海
赤い鳥居が見えた時

心臓が 一発 波打った




水平線から朝日がのぼり
光の道が私を照らす
ヘリコプターの音がする
虫が鳴いている
船が挨拶の音を出す
いろとりどりの色が躍る 救急車が走る 観覧車が回る



わたしの耳が
ちゃんと
騒音も
とらえ はじめた



終らない音は 
ひとつもない 
音 それは命


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あのこ

  


宝物は怪獣大全集
ウルトラマンに登場する怪獣
38になるのかな
一度貸してくれたとき
手にすると少し重くて
表紙が照り光っていて
そこそこ年季が入っている
売ればお金になると言うと
苦笑いをして首をふった
大事なものなんだと知った
ダイヤモンドのように見えた
肌身離さず持ち歩くのは
そのためなのかな。


舟券売り場がお気に入りで
お茶や水がタダだと言うので
競艇に興味はなかったけれど
行ってみるとそのとおりで
熱々の緑茶がおいしかった
暗算が苦手だからと
ゆっくり裏側へ書きつけて
答えをだすための舟券も
束になって置かれていた
どの職場でも大変で
臨時の仕事ばかり続くのは
そのためもあるのかな
役所にわからないように。


ご無沙汰しているけれど
どうしているのかなと思う
仲間がいると話していたし
悪さもされていないというし
元気なんだろうけれど
それでも心配にはなる
家にいては電気代がと
詰めこんだバッグ片手に
通行人を眺めているのかな
ケータイが鳴ったと思えば
公衆電話からで切れてしまう
ぐんと寒くなるだろうし
どうしているのかな。


一度牛丼をおごったとき
店員さんに水をこぼされて
さすがに困った顔をして
パンツ濡らしたままで食べて
おかしくてずっと笑った
よく見れば中々イケメンで
ウルトラマンに似ている
とさかなどはないけれども
横顔あたりが時々とても渋い
ウルトラマンなのかな?
まだまだがんばらないと
年中部屋にわくっていう
害虫退治するためにも。


風光

  腰越広茂





ごちそうさま
長く永い みちのりでありました。
ひさしの
蜘蛛の巣ごしにみえる
青空は澄んで高く
深まってゆく秋です。
すこしすこし
冬はちかい
手をあわせる
まなざしは仄暗く
さしこむ影は
じっとうごかずしっとりしています。
だれもいない
丘の上で。
雲ひとつなく
産声がそよぎ
引かれあって在る
ひとつの観念
海がないで遠くを
みつめる。果して
みえるか。光が増せば
影の濃くなる自分は
影である。独り
回旋塔の葬列をみおくる


君へ

  NORANEKO

斜め射す、陽に翳る枯れ枝を引き裂く指に這う滴りがある。真珠の柔い虹彩が伝い、枯れ野に落ちて銀貨となる。(歯軋りが漏れている、私の)

銀貨を指の腹で摩り、陽の反照は冴え渡り錐のように左目を刺した。(盲いた、骨の夢)

襤褸の包みをほどき、風葬する永久歯。(ベアトリーチェもナジャも、さよなら!)

虹色の指で、なぞる、梨の皺。

骨の破片が裂いた空から、滴る脂肪で指先に、灯した燐の穂を浸す。

はしる、緋色の光が川となり、影送りされる物質の岸辺で、微笑む。あの、居もしない君が 。

―― 知っている、灰の君も、影の君も、荒地の君も、曇天の君も。光には、もう、居もしない、君のこと。

(塊が、油彩の、斑の球のような音楽の、塊が、君とか、そういう、取り返しのつかない遺失物の斑の油彩じみた音楽が、胸を破ろうとして、絶叫になろうとして凍てつく、静寂がたゆたう。(水平線みたいに、私と君の曖昧な深淵に、凍てつく、粒子らの波))


waterproof

  WHM

雨が降っている
空から雨が降っている
地面に雨が降っている
マンションの5Fの一室で雨は降らない
窓ガラスにおでこを付けている
私の上に雨は降らない
私の上には天井が
天井の上には誰かの足があって
私の下には誰かの天井が誰かの頭上に降っていない
窓ガラスは雨を通さない
だからマンションの5Fの一室の
私と床は雨で濡れていない
私と床は水で濡れていた
水が止まらなくて4Fの私の天井から水が
白い天井は白くて水が落ちても雲ではない
雲にランプシェードはぶら下がってない
雲の下の天井の下のランプシェードと床の上の私
私が見つめる通信衛星からの雲のシグナル
雲の下の私たち
点滅を続ける画面から水は流れ出してこない
窓ガラスにおでこを付ける
私と床は濡れていない
雨は地面を流れている
傘を差した誰かが帰ってくる
今はまだマンションはマンションで
今のところ5Fは5番目の階
見ている雨は何番目だかわからない
数える必要もない
数える必要もないものに呑み込まれていく

文学極道

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