日の暮れ方の川辺り、湯女(ゆな)の手の触るる神の背の傷痕、
──その瘡蓋は剥がれ、金箔となつて、水の中を過ぎてゆく……
(魚(いを)の潰れた眼が、光を取り戻す、光を取り戻す。)
日の暮れ方の川辺り、湯女(ゆな)の手の触るる神の背の傷痕、
──その傷口より滴る神の血、神の血は、砂金となつて、水の中を過ぎてゆく……
(……、刮(こそ)げた鱗(いろこ)や鰭々(ひれびれ)が、元に戻る、元に戻る。)
神の背を流るる黄金(わうごん)の川、湯女(ゆな)の手、湯女(ゆな)の手の椀に、溢れ、零れ、溢れ、零れ……
それでも、わたしは、わたしの
──傷はいやすことのできないもので(ミカ書一・九、罫線加筆)
わが目は絶えず涙を注ぎ出して、やむことなく(哀歌三・四九)
わたしの目には涙の川が流れてゐます。(哀歌三・四八、歴史的仮名遣変換)
打ち網の網目、絡みつく水藻、、水草、、、川魚、、、、
──わたしの涙は、昼も夜も、わたしの食物であつた。(詩篇四二・三、罫線加筆及び歴史的仮名遣変換)
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浮子(アバ)
浮子(アバ)
湯女(ゆな)の手が解(ほぐ)す、繭屑で拵へたる嬰兒(みどりご)、
──竹箍(たけたが)締めの木の盥(たらひ)の中、解(ほど)けた繭屑が、魚(いを)となつて泳ぎ出す、泳ぎ出す。
さうして、わたしも
──わたしの肩骨が、肩から落ち(ヨブ記三一・二二)
わたしの骨はことごとくはずれ(詩篇二二・一四)
悲しみによつて溶け去ります。(詩篇一一九・二八、歴史的仮名遣変換)
──主は彼らの水を血に変らせて、その魚を殺された。(詩篇一0五・二九、罫線加筆)
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浮子(アバ)
浮子(アバ)
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雨が流れてゐる。
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雨が流れてゐる。
川の中では、ひつきりなしに、雨が流れてゐる。
──古い雨だ。
栞(しをり)、胙(ひもろぎ)、箒(ははき)持ち、虫瘤、馬塞棒(ませぼう)、燐寸箱(マツチばこ)、……、
──みんな、古い雨だ。
湯女(ゆな)の手の触れし、神の背の傷痕、
──神の背、神の背を流るる黄金(わうごん)の川、
其は、地に墜つ、湯女(ゆな)の手、湯女(ゆな)の手の椀に、溢れ、零れ、溢れ、零るる、黄金(わうごん)の川、
川の中では、ひつきりなしに、雨が流れてゐる。
a
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浮子(アバ)
浮子(アバ)
網代(あじろ)、簀子(すのこ)、礫石(さざれいし)、
──古い雨だ。
──みんな、古い雨だ。
湯女(ゆな)の手の触れし、神の背の傷痕、
──神の背、神の背を流るる黄金(わうごん)の川、
其は、地に墜つ、湯女(ゆな)の手、湯女(ゆな)の手の椀に、溢れ、零れ、溢れ、零るる、黄金(わうごん)の川、
川の中では、ひつきりなしに、雨が流れてゐる。
川の中では、ひつきりなしに、雨が流れてゐる。
先に訪ねて来たものも、後からやって来たものも、もう、ゐない、……
もう、ゐない、……
、……
石垣に濡れた雨、
だれもゐない橋上(けうじやう)、
雨も、雨に濡れてゐる。
雨も、雨に濡れてゐる。
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雨蛙(あまがへる)、
a
雨蛙(あまがへる)、
輪禍(りんくわ)の轍(わだち)、
その骨の罅(ひび)に触れる処、
最新情報
2017年11月分
月間優良作品 (投稿日時順)
次点佳作 (投稿日時順)
- 秋台風 - maracas
- 生命力 - 霜田明
- 比喩の練習 - 芦野 夕狩
- 水溜まりの机 - NORANEKO
- 葬儀 - あさぎ
- 影像係争 - 鷹枕可
- 家 その他三編 - 田中恭平
- 瓶の中 - 北
- のりたま - 紅茶猫
- 業 - 佐久間直子
- 季節は、消えて、髪に、花を飾って。 - 深尾貞一郎
- 怖がりなカタツムリのためのメソッド - 黒曜あかる
- 成り上がり - 朝顔
- A couple of - アルフ・O
- 暖かい場所 - 宮永
- スクランブルエッグ - 北岡 俊
- 掃除をしていたら降ってきた話たち - 田中恭平
- おっぱいの揉み方がかっこいい奴 - 泥棒
- 柊 - アルフ・O
- 今詩を書いている - いかいか
- ハルピュイアの柩 - 白犬
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
陽の埋葬
火、ノ 懐胎
月星のない静寂から夜が満ちる
溢れた金属音と女の嗚咽
あらゆる穴から垂れる体液に塗れた
肢体はまだ幼さを残す
覚醒した野性は眼を瞑ったまま
裸体の女は翅を閉じていく
てふ、てふ、てふ、てく、てふ、
固く閉じた蕾の名前を知らないように
逸失で異質で遺失であった
深い藍色に揺蕩う流木の破片は
放浪者の道標となり
設定しない目的地へと足を運ぶ
転がった眼球が事の顛末を記録している
以下、それを記す
漆黒の森で白い女は堕胎する
幾つもの爆ぜた火の粉を天へと散らし
掻爬されて舞う炎
切り離されて落とされる
細切れの燃え盛る胎児(のようなもの)
ただ此処にある風に受け止められ
回収される幻影、或いは不確かな実存が
小さく積み上げられる
保たれた均衡に
臓腑は緊張と緩和を繰り返す
込み上げる汚濁の愛おしさ
胎内は丸い空洞になり
生温く対流する(これは風ではない)
喪われたのは本当に胎児(のようなもの)であったか
それとも流星であったか
触れられることに抵抗する発光と熱に
ひきつれた風のケロイドは美しく
闇夜の皺となる
ドレープ状のオムライスに似た
規則正しいそれは、
太陽の聖骸布
瞑ることのない瞼に
燃え続ける履き違えた愛の残骸
上がりすぎた熱に冷たい汗が滲む
微かに雨の匂いをさせて
女は蒸発していく
その最中、滑らかな軽薄さで
風と抱擁して新たに孕んだ生命の種
白白と明ける空に
不在のまま焼失した月と星の灰が降る
さながら陽だまりの埃のように
全ては自然であるように焼き尽くされて
風はその重力のまま沈黙した
鴉に攫われたガラス玉のような眼球
煌めく宝箱の中に閉じられる
封印された、時の記録
途切れていた虫の音が辺りを浸す
熱い呼気を吐くものはいない
何も語ることもない深淵の森は
ただ一つの痕跡を残す
隕石に似た炎の痕
それは、蒼い星そのものであった
陽の埋葬
苦悩というものについては、ぼくは、よく知っているつもりだった。しかし、じつはよく知らなかったことに気がついた。ささいなことが、すべてのはじまりであったり、すべてを終わらせるものであったりするのだ。たぶん、ぼくはいつもどこかで苦しみたいと願っていたのだろう。古い苦しみを忘れて新たな苦しみを見つけようとするところがあるのだ。愛が、ぼくのところにふたたび訪れるというのはよいことだ。たとえ、それがすぐに立ち去ってしまうものであっても。一つの微笑み。その微笑みは、ぼくの記憶の一部でしかなかった。それなのに、その微笑みは、ぼくの喜びのすべてを代表して、ぼくのこころを、その微笑みでいっぱいに満たすのだ。マコトが近づいてきた。彼もまた一つの傷であった。ぼくの傷になるであろうものであった。ぼくの横に腰をおろした。マコトは髪を少し伸ばしていた。きょうで、会うのは三度目になる。はじめて会ったのは、公園の便所の洗面台のところでだった。ラグビーをしていると言っていた。たしかに、そんな感じだった。日に焼けた顔に、きれいに生えそろった白い歯が印象的で、ボーズ頭が似合っていた。そのときは、何もなかった。マコトがトイレの中で済ませたばかりだったからだ。相手の男は、ぼくの顔をちらりと見ると、マコトを置いて、さっさと立ち去った。二度目に会ったときには、詩人がまだ生きていたときだった。ぼくは詩人と話をしていたので、マコトは、詩人とぼくの前を、ただ通り過ぎていくだけだった。マコトは、ぼくの顔を見て、「カッコええよ、宏輔さん。」と言ってきた。風はあるが、生あたたかく、つぎからつぎに汗が吹き出てくる。何度も裏返したり、表にたたみ直して使っていたので、ハンカチは汗と脂でベタベタしていた。ぼくが、ハンカチで額の汗をぬぐい取りながら、「そんなことないよ。」と言うと、マコトは、ぼくたちの前を通り過ぎていく一人の男を見て、「アウト・オブ・眼中。」と言った。ぼくのことは、と訊くと、「インサイド・範疇。」と言う。一見、ぶっきらぼうに見えるが、それは、マコトがそう見えるように振る舞っているからであろう。ありがとうという、ぼくの言葉の後に、しばしの沈黙。愛するとき、いったい、ぼくのなかのなにが、ぼくのなかのどの部分が、愛するのだろうか。ぼくは、マコトの顔といい、身体といい、その表情や、身体の線やその陰影までもつぶさに観察した。細部の観察によって、より実感を感じるというのは、精神がよく働くからであろう。思い出されるまで過去が存在しないように、観察の対象になっていないものは、少なくとも、まだ観察されていないときには、存在していなかったものなのだ。彼のまなざし、かれの唇を細部にわたって、ぼくが見つめているのは、いま彼をより強く、ぼくのなかに存在させるためだった。事物や事象がはっきりとした形をとるのは、こころのなかだけだからだ。川に映った、月の光や星の光がきれいだねって言うと、マコトは、近視だから、よけいにきれいに見える、と言った。光がにじんで見えるのだ。ふたりとも近視だった。ぼくたちは、Dについて話した。Dを服用するようになって、記憶力がどんどん増していくのだった。マコトよりも、ぼくの方が服用するのが早かったので、マコトは真剣な表情で、ぼくの話を聞いていた。熱中してしゃべっている間、鳴く虫も鳴かず、流れる水も流れなかった。ぼくの耳は、ぼくの目と同じように、マコトの息遣い一つ聞き逃すまいと注意を払っていたのだ。耳というものが注意を払ったものしか聞こえないというのは面白い。目が、目に入るものすべてを見ているのではないように、耳も聞こえるものすべてを聞いているわけではないということだ。そういえば、死んだ詩人は、こんな実験をしたことがあると言っていた。河川敷のベンチの端に横向きに坐って、目をつむり、藪のなかで鳴く虫の声と、川を流れる水の音のほうに、左右の耳を傾けて、片方ずつ、聞こえる音に意識を集中させてみたらしい。すると、虫の鳴く声に意識を集中すると、虫の声がだんだん大きくなってゆき、それにつれて、流れる水の音が徐々に小さくなり、さらに虫の鳴く声に意識を集中させると、流れる水の音はほとんど聞こえなくなってしまったという。反対に、川を流れる水の音に意識を集中させると、水の流れる音がだんだん大きくなり、それにつれて、藪のなかで鳴いている虫の声が徐々に小さくなり、さらに水の流れる音に集中させると、虫の鳴く声はほとんど聞こえなくなってしまったという。聴覚に意識が影響を与えるということだが、詩人は、この話をぼくに聞かせただけでなかった。このことは、詩人の残したメモのなかにも書かれていた。マコトは工場に勤務しているという。何を作っているのか訊いてみると、精密計測機器だという。ぼくは大学では化学系の学部で、そういった機械のことは、いくらか知っていたが、それ以上のことは訊かなかった。「宏輔さんは、数学の先生だったよね。オレは、数学なんか、ぜんぜんできひんかったし、嫌いな科目やったかな。」ぼくは、マコトの膝の上に手をおいた。マコトが、そのぼくの手の上に自分の手を重ねた。ぼくの手より分厚く大きな手だった。その手のまなざしを受けて、ぼくが唇を、マコトの唇に近づけると、マコトが目をつむった。唇が唇を求めて、はげしく絡み合った。その唇と唇のあいだで、何かが生まれた。それは愛だった。愛ではなかったとしたら、愛よりすばらしいものであった。それはこのひとときに生まれた悦びであり、後々、思い出されては胸に吊り下がるであろう悲しい悦びであった。手をふくらみの上にもってゆき、かたくなっていたのをたしかめた。マコトの手も、ぼくのかたくなったふくらみの上に置かれた。これ以上のことがしたくなったと言うマコト。ぼくが、マコトのジーンズのジッパーに手をかけると、ここでは嫌だと言う。じゃあ、ぼくの部屋にでもくるかい、と、ぼくは言った。まるで他に行くところがあってもいいかのように。
ぼくたちは立ち上がって、川上から川下に向かって歩き出した。ふと視線を感じて振り返ると、ぼくが坐っていた場所に、死んだ詩人が坐っていた。しかし、ぼくにつられて、マコトが振り向いたときには、詩人の姿は消えていた。マコトがぼくの腕に、自分の腕を絡ませた。ぼくはマコトの手をぎゅっと握った。勃起したペニスが、歩くたびに綿パンの硬い生地にこすれて気持ちよかった。
責任
一
猫を見ていると、生理的なものと精神的なものの距離が、人間においてよりも近くあるんじゃないかと感じることがある。
座っている猫に愛情を示そうとすると、猫は僕が餌をくれるんじゃないかと思って立ち上がる。あるいは、座ったまま眠たそうにまばたきをすることもある。
猫はきっと、生理的な優しさというものを知っている。
一
君を見ているとわかる
覚えていることよりも
忘れていくことのほうが
つらい
二
フォークシンガーの高田渡に「山はしろガネ」という歌がある。「スキー」という唱歌の替え歌で、この歌が歌われると、聴衆からやじが飛んだり笑い声が起こったりする。
借りたお金はウン百万を超えてきた
眺める月日の風切る速さ
困るよ困るよと言われちゃこっちが困る
がたがた言うなよそのうち返す
高田渡 『山はしろガネ』
高田渡が金を借りたまま返さないというのは事実だったらしく、返ってこないと知りながら、それでも貸す人がいたというのも事実だったらしい。
僕は昔、金を借りるというのは、立派な能力だと書いた記憶がある。高田渡は酒の飲みすぎで突然倒れて死んだ。56歳のことだったが、必然のように死んだ。
二
歩くために歩いたことなんか
一度もなかった
でも、愛するために愛したことは
なんどもあったという気がする
三
ソファーに寝転びながら本を読んでいると、猫がやってきて、僕の上に乗ろうとしたが、上手く行かずにそのまま立ち去っていった。冬になると、猫は人肌が恋しくなるらしい。
僕はニュース番組を見ていた。九人の首を切ってクーラーボックスに保管していた男が逮捕された。
最近、天気予報の外れることがなくなった。友部正人の「ぼくらは同時に存在している」という曲の歌詞に、「天気予報は外れたけれど」とあるが、これからは通用しなくなるんだなと思った。
僕は猟奇的という言葉がこの頃、嘘のようにしかテレビのテロップを飾れないことを見ていた。
三
倫理性というのは
自分がどう振舞えるかという問題だ
他人がどう振舞ったかを
裁くためのものではない
四
最近になって、息子というのは母親の作品なんだと真剣に思うようになってきた。でも、この言葉はいろんな意味で反発を食ったり、誤解されるだろうと思って、どこにも書かなかったし、誰にも言わなかった。
僕はものを書く機会さえあれば、何度も何度も、爽やかだという言葉を使ってきた。それは朗らかという言葉の上位概念だと、何度も書いた。天気予報が当たるようになると、新聞の見出しの言葉は「ソフトバンク優勝」の一言さえ嘘のように思われるのは、爽やかなことだと感じていた。
四
他人を裁くときには
無責任に裁くしかないのに
自分自身が裁かれるときには
責任を負う形で裁かれる
五
紙幣は価値を持っていないのに、お金は価値を持っている。それは、人間が価値に対して臆病なことに関係しているのではないかと思う。
僕はお金を使うのが怖いという感覚を、詩的現実として信じているが、暮らしの中でその感覚を持ったことがなく、むしろお金を持っているという意識のほうに恐怖を感じることがある。
それはどちらも、通帳に乗っている文字のような抽象的な意味合いでのお金ではなく、実際にお札の手触りを感じているような、具体的な意味合いでの「お金」の話である。
五
エゴイズムは自分が存在することに
責任を負わねばならないからこそ起こるのだから
善悪は、意味を持っていても
なんの価値も持ってはいない
六
「鬱病は心の疾患ではなく、脳の伝達機能の疾患です。」
「批評を読むのはよしなさい、美を台無しにしてしまうから」
僕は思う、現実は、想像される価値と、思考される意味という、二枚の合わせ鏡の生み出す像のようなものだ、想像されることも、考えられることも、掴むことのできない領域として、個別性として立ち現れるのが現実自体なのだと。
本物の母親というのは、個別の母親なんだ。母親という価値でも、他者という意味でも、掴むことのできない現実の「あなた」が、本物の母親ということなんだ。
六
関係することは
一人でいることではない
それでも君に出会ったとき
僕はどこにもいなかった
七
二人でいることには内部がない。君といる時、僕は君と隔たっているから。
僕は「僕といる君」と一緒にいて、君は「君といる僕」と一緒にいる。それらは完全に隔たっている。
でも、そこには二人でいることがある。二人でいることには内部がない。でも、そこには二人でいるということ自体が、僕らよりもたしかに存在している。
七
身体が君より先にあって
世界には誰もいなかった
鈴の細い音が身体からこぼれようとする液体の
君の落下を止めようとするのを聞いた
八
僕は君と出会うことでもっとも強く現実を意識する。それは君が明らかに個別の君だからだろうか。
八
出会うことの冷たさと
別れることの冷たさは似ている
出会っている間の暖かさより
ずっと深いところで触れる冷たさがある
九
平等という言葉の流行とともに父権が消えていく。新米の寿司職人が十年間もシャリを握れないことの無駄な時間が、父権を育てることの空間だったのではないかと思う。
父権がなくなってしまった今、誰が誰を叱ってあげられるだろう。
現代を憂えているわけではない。
ただ、死んだ人をかえってはっきりと目に見ることがある。
九
死にながら生きているという言葉の
解釈の冷たい底に触れたとき
僕は僕を取り巻く羨望たちの
優しい声を聞いた
十
冬と君の身体は似ていると思うことがある。僕がそばにいてほしいときに君がいないということだけが優しさだと感じられることがある。
十
意味はいつも遠くて
価値は重たい
君を遠ざけることは
僕にとって重たい
十一
吉本隆明の「フランシス子へ」という本を昨日読み返した。吉本隆明は政治的な意味合いで、とても胡散臭いところに位置づけられてしまっているように感じる。
ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる
もたれあうことをきらった反抗がたおれる
吉本隆明 『ちいさな群への挨拶』
僕は彼から「思想」の二字を学んだ。それから彼が書いた言葉は全面的に正しいと思いこんでいた時期を経て、次第に誤りの多いことを学んできた。そして振り返れば、それが僕の学びの全てだった。
十一
存在することよりも先に
君に欲望されることがあったから
冬の街を目的もなく存在し暮らしていくことが
責任のように反芻される
十二
吉本隆明は死ぬ直前に口述したその本の中で、死んでしまった猫について話していた。吉本隆明の長女曰く、その猫が死んでしまって、その後を追うように、彼自身も死んで行ってしまったらしい。
遊ぶわけでもなく、ただじっとそばにくっついている猫が自分の「うつし」のように感じられる。自分にそっくりだと感じられながら、人間と猫の間の微妙な誤差が振る舞いの中にどうしても出てきて、その誤差に猫のたまらないかわいさがかえって出てくるんだって書いてあった。
十二
誰かと一緒に話していても、話を聞いてくれる人は
死んでしまった人ばかりだという気がしてくる
死にながら生きているという言葉を
口をつぐんだことの冷たさに覚える
紅葉狩
ほんとうに小さな骸骨が、なめらかな彫刻のうえに乗っている。彫刻のうえを、鉄道が横断している。鈴が、音を切りきざむ。鈴は、仔象の色である。
「骸骨」
衣服がたゆみ、老人たちは、そこら中にあらわれた。川底からわきあがる水のように、木漏れ日のように。
「毛布」
十字路を組み合わせ、街をつくり、交通渋滞を、無くそうとした、文明人は、道にあいた、溝のなかに、落っこちてしまう。
「庭」
うすもや、曇天、くもり空、すりガラス、もや、しろ、くもり、はれ、きり。耳をつんざく、音の数。交通渋滞をひきおこす、パフォーマンス集団。
「くもり空」
葉っぱ。アンテナのように伸びた、点。白い籠のなかにたくさん入っている。
「庭」
電波の悪い地域には、古くからその地に伝わる、舞があった。電波の悪い地域で、おこなわれる舞は、太刀や木の枝を持って、まわるものだった。小鬼が横並びになり、海の波のように、少しずつ動く。
「舞」
ゆれる、かげ
黒い、鳥のような形をしたものが
空の中ほどで燃え盛っている
そういえば太陽はどこへ行った?
清冽な蒼ではなく
曇天の灰色でもなく
衰弱して色褪せた空で
黒い、鳥のような形をしたものだけが
青白い炎をあげている
ふと気がつけば
街は瓦礫の山に
僕たちは薄暗い影に
なってしまっていた
(何が起こったのだ?
今さらそれを聞いて何になる?)
●お前たちが
●鼻で笑っていたことが
●現実になったのだ
●空想上のグロテスクな獣が
●いきなり目の前に現れて
●お前たちの喉を食い破ったのだ
●念のために言っておくが
●これは比喩だ
(では死んだのか
(僕たちは?
だとしたら何だというのだ?)
今までだって生きていたか?)
すべての問いかけは
虚しい答えに中和され
やがて僕たちは諦めた
それだけは許されていたから
●失われた
●元に戻った
●旅に出た
●帰ってきた
(どうでもいいね
そうだ、どうでもいいのだ)
遠くで音楽が聞こえる、と
かつて誰かだった影が
僕の隣で囁いた
いったい誰だったのだろう
いや、それ以前に
僕は何者だったのだろう
そう思う頃には
もう音楽の意味を忘れていた
曖昧な影である僕たちは
埃のたちこめる瓦礫の山の
あちらこちらで揺れている
そうだ僕たちは
それ自体が墓標であり
次に訪れる者たちへの
教訓を秘めた道標であり
決して浄化されることのない
濁った大気の底で蠢く
新種の絶望生命体なのだ
そんな奇妙な確信が
それぞれの間を瞬時に伝い
世界中に林立する僕たちは
ひときわ激しく身をくねらせた
非詩の試み
よくされる話だけど、僕と君とは何か使命をもってこの世に生まれてきたわけではない。
世界平和も戦争も町内会の清掃活動も、僕らの運命とは何らかかわりのないことだ。
そして、言ってしまえば、僕が君を愛することも、その逆も、僕らの運命とは無関係である。
運命とはつまり自らを導く道程を信ずるかどうかによってその性質を変え、
一度空虚を味わった人間は、運命とは空虚そのものである、と知るのだ。
フランスのアランという哲学者が、
愛は感情に属するものではなく意志に属するものである
と記した書物があったはずだ。
この言説はいささか現代的ではないかもしれない。
というのも、この言葉の内部には人間のどうしようもない自己承認欲求を満たせない何かがある。
愛が感情によるものではないのだとしたら、
自身に愛をそそぐ者は意志によってその行為を貫いているのであり、
結論として、どうしようもなく、空虚な答えを導き出してしまう。
つまり、愛する者の対象は決して自分でなくともかまわないのではないか、という結論を。
コーヒーを淹れようとした手が震える
雲雀の声だけがどこまでも遠く響き渡ってゆく朝
ただ、僕らはどうしようもなく時間的に、空間的に、制限されており、
例えば地球の裏側にぴったりとお互いの隙間を補い合える相手が存在すると仮定したとしても、
その相手と出会うことはとても面倒な話だろう。
たとえ同じ町内いたとしても、そんな悲劇とも呼べぬ悲劇はざらに起こりうるのだから。
選び選んで選び抜いた相手ではなければこそ、それが我々が呼ぶ運命とは似つかない代物であるからこそ、
愛はたえざる意志によって選び取らなければならないものだということを知る。
それは多分に空虚なものであり、ときに愛されるものの心に、遅効性の毒を植え付けてしまう。
けれども、お互いなにかの間違いで、
ちょっとした空調の誤差かなにかで生まれおち、
賽子の偶然によって隣に居合わせ、それを少しだけ心地よいと感じたこと。
愛するという選択と、そうではない選択の扉が、
合わせ鏡のように延々とゆくさきを遮っている
と、ここまで書いて、これでは詩とは呼べないね、と笑っていられる朝
これが詩でないのなら、詩ってつまらないものね、と君が笑ってくれる朝
放熱
とくとくと途切れない雛鳥の鼓動について
無垢な夕闇と電波の悪い話をする
温かな臓器をおさめた柔らかな腹の上で
金色に光っていたうぶ毛も
今は感触だけを残し
薄い輪郭は静かに上下して
お前の優しい声を思い出す
柔く撫でる手のひらの重力
その為に月は満ち欠けを繰り返す
打ち上げられた鯨の骨の中で揺られながら
煌めく砂礫に埋もれる偶蹄類の夢をみた
乾いた音を立てて崩れていく残骸の始まり
捨てられたものに残る熱を
宝物みたいに扱っている
冷めたらただのゴミ屑に成り下がる
僅かな時間に野良猫のような愛を囁く
退屈しのぎに見つめ合った鳥は線を引いて錆びた森に帰った
白々しいほど美しく
灰色に映る月明かりは沈黙している
雲は次々に死んでいく
眠りの浅瀬で瑞々しく横たわるお前を静かに反芻する
滑り落ちる魂を転がしてその跡を愛おしむ
消えない光が遠くなっていくのは
関節が外れていくからだ
ひたひたと溢れる窒息しそうな水溜まり
そこに満天の星空が落ちているので
幾つもの星に届いてしまった
かつて一滴の冷たい雨を温めた手
遠くの海の底に沈んでいく痩せた老犬は少し白濁して消える
黴臭いシーツの上で分厚い本を開き同じ頁を繰り返し捲っている
お前はこんなに饒舌なのに
文字は蝶となって飛び立っていく
「気はとうに狂っていた」
耳元で呟かれた羽ばたき
ちらちら光る埃が絡みついて歪んだ天井の染みに張り付く
痣のようなそれに触れたいと思った
記憶iv
たとえば差し込んだ朝の光にまばたきするように鳥が訪れを告げたとして
たとえば寒闇にくしゃみをするように紛れた蝶が不在通知を運んだとして
その比喩に私たちは星が流れるような或いは願いという傷を託したとして
救いという器は言葉では満たせない
伸びる蔦のような
芽吹いた先になにをつかむのか
けれど冷えることをいとわない
あたらしいゆび
海をみるのが好きだった
今はと聞くと目をそらした
影だらけの町には
海の記憶の欠片もなくて
それは空だという人もいるけれど
私にはわからない
大きなお風呂場のようだ
とても塩辛く残酷に打ち寄せる
それは浮かぶ大きな嫉妬のようだ と
海を知る 鳥たちが落とした杖には記されてあって
子供の頃に担いでいたランドセルの
端から突き出したリコーダーが
勝手に風になるような
そんな不可能を想像したりもする
膝小僧を泥で汚したまま
自由だなんて簡単にいうのね
たしかな重みを引き抜きぬいて
そうして星がひとつ転がり込んだ夜
もどかしさが初めての煙草に似ていた
ひどぅんめもりー
虫食いだらけの肌色が
自由というケムリにほだされる頃
右回りに吸い込まれていく
ささやかれたくちびるが残像になる
あまりの残らない
割り算を教えてください
だいじょうぶ
言葉の縁が欠けているのに気づかずに
薄くながれていく血液の梢
落ちた小鳥がはらわたから腐っていくような
同類項に綴じられる憂鬱
またうらぎられるの
とても陳腐だ
とても綺麗だ
その匂いが海に似ているなんて
だれも教えてくれなかったね
瞳のなかに沈殿した
光がながれだすと声がきこえる
抱きしめると胸が汚れる
巻き取るように開かれた
未だ脂にまみれた指は
何かを告げる文字を描き出し
それはきっと誰も読めない言葉だけれど
もしかするとやがてこのよをにぎりしめるものかも
しれない
日記
あれは、
木漏れ日、
雨のなか、
難産で、生まれた、
雲雀、
鳴き声は、
まだわからない、
こんな夢を見た、
何度も夢のかなで、
訪れた、村外れ、
回りは、水田で、水だけが、張られ、
薄暗い夕闇だ、
遠くから、街頭が灯る、
そして消えては灯り、
近づいてくる、
ものがいる、
彼は近くまで来て、
ほら人の腹を殴れば光る、
といって笑う、
街頭の灯りは、太った人で、
くくりつけられている、
彼は、
隻眼で、片足の、
男で、
お前は俺が好きか、
と、私に聞く、
そして
私に接吻を、して、
唾液を流し込んでくる、
離れた、彼が、
人を殴れば光る、
簡単だろうといって、
街頭を殴って、
去っていく、
お前がよく光るように腹を大きくしてやる
と叫んで
目が覚めた、
時に、彼の唾液の味が、
甦り、
何かがお腹に流れ込んでくる、
様な感覚があった、
生まれることが、
流れていく、
どこに、
または、流れるように、
生まれる、
ことが、
生まれないことなら、
生まれることは、
流れをとめることなのだろうか、
生まれるは
とめること、
一体何を、
雲雀が落ちてくる、
木漏れ日に、
私はまだ、
鳴き声を知らない
図形・詩
「 雨め 」
ゴークとゴークとい、う
石礫ぶてがおちて、
雨まどいのよこから
吹きあげ、屋根から
かわら、かわら
+++、サビれ、黒ろく
+++、あらわれ
菱 つ ぶ て
戸 ひ し び
と も れ る
++++、 ++
+++
い ろ う
雨 め
い ろ う
か ぶ し
、 ら 、
じ ら 、
、 と、
菱 ++++++ 全ん身を
戸を ++++ 真ん中か を
+++
+++、
+、進すみでて
+、立ちふさぐ
+
+++ 生滅すること
++
季節はあらず
+++、
+ +
、
、
ゴークとゴークとい、う
しずくが滴たれる
肉くのよこから、+ 菱
ヒシメク ++++ 戸
トザス
アマリ +++
サケル ++菱 ++
サキ ++ 戸 、
+ 菱 戸
++
+++ あ雨めの垂れ
++ あ網みの目
+
糸吹き
開らき +++++、ひ
散るら +++ し
++++ び、し、び、し
、 口ち が、ひし 、
ひ し 、どよめき、、
戸の先き、雨めの、夢め
降る糸が、破ぶけて
飛びで、+る 口ちが
吹き散る+ 先きが
無我が夢中に、たわむれ
++た
++て
++ぶ
+ ++、
+、菱
、 雨
、
、
ゴークとゴークとい、う
雨めの礫てが、
肉くのよこから、なかを、
中かから、破ぶける
、 +
、 ++
+ 、雨まどいが
天井の、菱に
、、
、横こたわる
、
「オベリスク」
―――――――
―――――――――
―――――――――――
/\――生――/\――
◇◇\―い―/△△\―
◇◇◇\立/△△△△\
◇◇◇/ち\▽▽▽▽/
◇◇/―消―\▽▽/―
\/――え――\/――
/\―去らば―/\――
◇◇\―――/△△\―
◇◇◇\逝/△△△△\
◇◇◇/か\▽▽▽▽/
◇◇/―ぬ―\▽▽/―
\/――も――\/――
/\――砂――/\――
◇◇\―足―/△△\―
◇◇◇\踏/△△△△\
◇◇◇/む\▽▽▽▽/
◇◇/―人―\▽▽/―
\/――と――\/――
/\――為――/\――
◇◇\―り―/△△\―
◇◇◇\に/△△△△\
◇◇◇/し\▽▽▽▽/
◇◇/我れは\▽▽/―
\/未だ一歩も\/――
/\踏みしめぬ/\――
◇◇\―白―/△△\―
◇◇◇\砂/△△△△\
◇◇◇/青\▽▽▽▽/
◇◇/―松―\▽▽/―
\/――の――\/――
/\――ア――/\――
◇◇\―ラ―/△△\―
◇◇◇\べ/△△△△\
◇◇◇/ス\▽▽▽▽/
◇◇/―ク―\▽▽/―
\/――:――\/
/\生い茂みる/\――
◇◇\―育―/△△\―
◇◇◇\つ/△△△△\
◇◇◇/椰\▽▽▽▽/
◇◇/―子―\▽▽/―
\/――の――\/――
/\――密――/\――
◇◇\―林―/△△\―
◇◇◇\の/△△△△\
◇◇◇/夏\▽▽▽▽/
◇◇/―夏―\▽▽/―
\/――夏――\/――
\/――:――\/――
;
想像の遠近法
真鍮把手に無窮階段を
ベルの花籠が婦像を糊付けるまで
浮腫腫瘍に紛れる
麻酔医達の精神指針は
廃墟構内精神病院に
紙の城砦を焼く
絨緞由来の扁桃人物達が
盲目の乳房を
黒檀簡柩に花被-被殻の様に創物と看做す
それは陰鬱の縮膨現象、
心臓腑界の輸液翰壜であるインク
車轍であり門扉の柵でもある
白薔薇の徽章
靴底を蹂躙攪拌鏡より
分身へ
陰の天球体グラス白熱燈より
偶像機構
投影装置より鳴響する
蝶翅鱗粉時計の
城と月蝕遠近法に
絶無具象体たるわたしがいる
酸い橄欖
或は書簡の鳩尾
蒐集家の靴跡が去る様に
永続命数速度計は
加速してゆく
純血主義の終焉までを
酪乳色へ紐解かれた
塑像幌と静物瓶の
遅遅と、そして硬い鉛球は
融錫鍋からなる近代機械翻訳機つまり
習慣的彌撒の亡霊であって
宮殿画そしてその建築家達を
爾後刻の散逸期に
猖獗女鳥『ハルピュイア』が
鉤裂の帆を
離れて散ったグラス白熱燈に燃える薔薇へ孵す
それは絶鳴の音叉ではない
二〇一七山岳作業綴り
九月二十四日、山岳作業は終わりをむかえた
時折吹く風が心地よいのは、達成感などではなく
虚無感が体中を支配していたからだ
疲労はすでに枯れている
八月二十七日、すでに廃道化した林道を刈る
橋が無い林道を歩くのは奇特な釣り人と獣くらいだ
鬱蒼とした林内にカケスがジャーッと鳴き、駆け飛ぶ
オオイタドリは二メートル以上丈を伸ばしている
九月二日、山岳道を作業するための荷は重い
会話を吐き捨てる隣人も居ない
話しかけるとすれば、木や草や岩だけだ
九月三日、すれ違う登山者の、その平和さが疎ましい
まるで、私だけ他国の戦士のようだ
汗が異様に塩辛い
血から抽出された塩分が皮膚をつたう
九月九日、県境尾根から入る
早朝のライトを消せば、暗澹たる登山口がある
私のためだけにある、生き地獄
そこにただ、何も言わず歩き出すだけだ
九月十日、朝の闇を照らす光源は穏やかだ
なにかが始まる気配もなく、静寂だけが地上を這っている
作業場までの道のりの途中
夜明けの雲海が小さな町を覆っている
九月十一日、たおやかな稜線の作業の痕を眼で辿る
あきらめに似た、貧しい感覚が蚊柱のようにかすめる
まったく、愚かな所業だ
夕刻の山頂には、蛇の抜け殻があった
九月十七日、東に進む低気圧が直撃する中
風が鳴り、木の葉が狂ったように震える
風は姿を見せず、木々を殴りつけることで存在を見せる
激しく鳴れ、嵐。私も嵐となれ
九月十八日、雨
雨の気配があたりを支配する、森林のそのまた向こうにも
湿気が体中に満たされ、言葉も濡れている
峰にたどり着く、夕刻
明日の好天をつげるように、空はひらかれる
九月二十三日、現場まで八キロ、その道のりを向かう
立ち止まるたびに藪蚊は集り、口を突き刺す
何十と殺すが、蚊は死を恐れない
ぼうっと浮かんだ先に、八十里越えの道標が見えた
九月二十四日、山岳作業は終わった
私には、ただ、なにもない
虚無感に浸り、体中がそれに満たされていた
そして、なにも言葉を発っすることはなかった
秋台風
チューブから虹色の光がしぼり出された。虚ろなメロンジュースが飛び出してくる。イチゴ色の文字列が螺旋階段を上った。もうすぐ空き箱の雨が降るだろう。震え始めた手のひらを温めながら執拗に追いかけてくるイベント関係者から逃げる。誰もいない連絡通路を歩く。白い不安が足元を温める。水蒸気はぐるぐる回り24時間以上彷徨い続けているイベント関係者めがけて収束する。ぽろぽろ落ちるピアノの鍵盤。眠りたい気持ちが空からぶら下がっている。黒い石畳の道を歩くと年老いたイノシシの悪臭が鼻腔に染み渡る。ぼろぼろになる髪の毛と歯。あらゆる農耕放棄地をうろつき回り放棄された農作物を貪り食うイベント関係者が虚空を見る。透明感のある唇と迷路のような国道を周回するパトカーの赤色灯を混同する。震える手がピアノを叩くと誰もいない岸辺にぼろぼろの打楽器が打ち上がる。腫れた手が心臓の柔らかな毛を撫でた。目の前の人間に手のひらを見せるとその人間は占い師に変化した。戸棚の中の甘ったるい外国のお菓子が占い師の脳内を占領した。ろくに食べていない宇宙飛行士が宇宙空間から落っこちる。宇宙空間から宇宙空間へと動いた。ピアノは腐りかけている。白い壁紙の凹凸をみずからの歩く迷路に見立てた彼の脳みそのように。おもちゃを渡してくれない子どもに向かって砂をかけて遊ぶ。浮遊する微生物が砂の中で笑っている。空間に満たされた流動しない世界。ふっくらとしたものが炊き上がった。真っ暗なショッピングモールの摩擦のない床の上をせわしなく移動している大量のイベント関係者。永遠の恋人のもとへ行くと彼は知らない人となって笑っていた。楽しそうな予感が耳に聴こえない音とともに近づいてくる。占い師はその存在を売却しその占いは海のように静かになった。色彩の微粒子に没入しみずからをかき混ぜることが可能であるのは選ばれた少数の人間だった。真っ暗なショッピングモールの中でみずからの過去に干渉することができなかった彼はまったく関係のない人となって消えた。
「イベント関係者」
馬上から失礼します。
この坂を登るのは大変でしょうね。
なにしろ壁のようですもの。
宗教の違いによって
タイミングの違う空から
馬が落ちてくるそうですよ。
わたくしは坂を登らずに
ここで見ていますことよ。
「坂」
沿岸部というものは、青く、そして、緑の水辺だろうと予想していた。実際の沿岸部は、寸分違わず、その通りの場所だった。白い蛸が現れたり、固まりの蟹が消えたりした。もうすぐ楽しいパーティが始まる。ボロ、ボロボロと、楽しい機械音が空から聞こえ、楽しさを撒き散らす機械が、沿岸部に到着した。青と緑の水辺に、青と緑の邸宅がある。そこの主人が招いた客が、機械音を伴ってやって来るのだ。沿岸部は、青く、そして、緑の水辺であり、哀しき岩礁とも言うべき静けさのなか、ちろちろと海水が流れ込んでいる。空から見た沿岸部は、非常に美しく、大いなる海を切り取っていた。
「沿岸部」
橋は燃えている。燃えているので渡れない。別の橋を探す。人で溢れかえっている。群衆をかき分けて橋を渡った。山を登る。竹の根元を掴んで傾斜を登る。道へ出た。鏡を見れば僧侶となっている。血の色の袈裟。清浄な精神。脳みそがはち切れる。おっと。僧侶は真空になった。
「真空」
赤だよ。黄色だよ。赤だよ。黄色だよ。赤だよ。黄色だよ。赤だよ。黄色だよ。六角形の穴に落ちてずいぶん時間が経つ。赤だよ。黄色だよ。赤だよ。黄色だよ。赤だよ。黄色だよ。赤だよ。黄色だよ。六角形の穴に落ちてずいぶん時間が経つ。赤だよ。黄色だよ。赤だよ。黄色だよ。赤だよ。黄色だよ。赤だよ。黄色だよ。六角形の穴に落ちてずいぶん時間が経つ。
「穴」
尻の穴を連続で叩くと、気圧の変化を感じる。
「穴」
波乗りしているこの感覚をどう表現したらいい?ギターのジャンとベースのラブがおマヌケな顔してこっちを見ている。オレは知らぬふりをする。オレは犬を放り投げたか?波は砕け散った。無秩序な運動がちりぢりに弾けた。破断する波だ。涙じゃないんだ。ジャンは色褪せた赤。ラブは馬鹿みたいな白。おマヌケな顔してこっちを見ている。オレは知らぬふりをしている。
「波乗り」
獣の匂いのする部屋に連れていかれた。黒く細長いドアを持ったエレベーターに乗せられ、おそらく25階、不自然な動作で、エレベーターを降りる。獣の部屋は迷路であった。入口と出口しか無い迷路。黒い服を着た人間は、不気味な笑みを浮かべながら、最初からそこに存在しなかった。ぼくは取り残された。取り残されたぼくは、髪が伸び続ける人形のイデアを内蔵しながら、夜が明けて朝が終わるのを待った。エレベーターは壊れながら到着した。真っ暗で細長いエレベーターに乗り込み、青白い顔でエントランスへ向かう。枯れたダンスホールのようなロビーは不気味な真紅色であった。黒い服を着た男女が一組存在し、ぼくに普遍的な言葉を投げかけた。そのあまりの普遍性に、ぼくは思わず身体をよろめかせた。すると黒い服を着た男がぼくの身体を支え、ぼくの夢がさめるのを見守った。
「夢」
生命力
めをさましたのは
めざましどけいがなったから
めざましどけいのなる音が
近くてさわがしかったから
食べたいものならある
食べられないものなんかない
それでもおなかがすいたから
寝ぼけていることをやめにする
君も目を覚ましただろう
目覚まし時計をかけて
君は自分のちからでは
目覚めることができない
濡れたままの時間を
忘れ去られていくために
君は壁掛け時計のように
待つことだけで生きながらえている
あんまり眠たかったから
眠ったことだけ覚えている
僕には身体があって
一人ではおどけられなかった
君は待っていることでだけ
愛することが言えるのだろう
待っている人に恋することは
遠く離れていくことだった
悲しい言葉しか知らないのかと
思ったよ君は話さないから
僕が話し始めると言葉は
世界の背中の水を打つように響いた
君は冷たかったし
僕も冷たかっただろう
励まし合うなんて嘘だって
僕らは分かっていたはずだから
優しい気持ちになっている日には
いつもより君を遠く感じた
眩しい夕焼けが一瞬だけ
時間を止めたのを僕は見た
裸にされてしまったあとの身体は
分からないものだけで出来ていた
どうしても君がわからないと思っている時間が
君を愛している時間だった
それでも僕らは
お互いの場所にいたはずなんだ
そうでなければ二人でいても
一人でいるのと同じだっただろう
終わることさえも
何も分からない電信柱が立っていた
夜の端を断つ裁縫ばさみの
照り返す光の生命力よ
僕はもう身体を持つことに
耐えられなくなってしまったのかな
遠くへ出かけていくことだけが取り残されている
君はずっとわかりやすいだろう
距離につれて景色は広がっていくのに
僕の世界は変わらない
部屋に帰ると昨日の僕は
贈り物ばかり集めている
比喩の練習
ましてや他人の子供だからさ。と、うつむけた額と額でキスをしたら、まるでニューロンが結びつき合って
強く、強く生きていけるね、と(信じてるみたいに)、二つの大きな影が、寝室へと消えていく
気を付けて その敷居は国境線だよ 声にしたくてもなりえない
夜の、夜の、夜の、夜の湖のように、ね。それなら、僕も
神様の見えない運動が僕を作ったんだと信じてもいいかい?
いや、それはむしろ宇宙の摂理だよ
と神父さんが笑う。わかりやすく言えば宇宙だって
朝、目が覚めて腸が動いていないうちに朝飯をかっくらって
10分そこらで髭を剃って歯を磨いて家を出て
KAWASAKIの250ccにまたがれば、その振動でいやでも糞をしたくなる
君を作ったのはたぶんそのKAWASAKIの250ccの振動だし
糞だっておしとやかに言えば、神様の見えない運動とも言えなくもない
神父さんは神を冒涜するのが好きだ
そして孤独だった
2005-06シーズンのフィラデルフィア76ersのアレンアイバーソンみたいに孤独だった
寸分の狂いもなく正確に客席に狙いを定められた3ポイントシュートみたいに
無意味だったし
その軌道を愛していた
あなた知らないの?
とエミリーは8頭身の人形がたくさん置かれた部屋で目を丸くしていた
ある人形はぴたりと腰に右手をのせ、もう一方の手でその金色の長い髪を払っているところだった
知らないなら教えてあげましょうか?
僕にはそのポーズが何を表しているのかわからなかった、けど
何かを表していることはわかった
神様の見えない運動
エミリーがそう耳元で囁いたとき、たぶん、世界は止まっていたと思う
家の門を開けて
玄関にたどり着くまでのあいだには
必ずフリックが駆け寄ってきて、僕の帰路を少しだけ遅らせてくれる
庭の脇におかれたフリスビーを投げると
フリックは一直線にその軌道の先を捕まえようと走り出す
僕はその後姿が好きだ
迷いもなく駆け出せる足が好きだ
遠くで、太陽が沈んでいる
まるで寸分の狂いもなく正確に客席に狙いを定められた3ポイントシュートみたいに
いつまでも得点は入らない
あまり遅くなるとパパとママが心配するからね
フリックをおとなしくさせて、家のドアを開ける
果たして僕は、彼らの子供に似ていられるだろうか
水溜まりの机
書くことがなくなって久しい。ところどころ亀裂の入ったアスファルトより散った破片の礫を靴底で転がしながら、脳裡に机上を空論する術を見つけては放り投げた。雨がぽつぽつ降り始めたのはきっとこの行為のせいだと、道端に広がる掘り返されて剥き出しの農地に出来た水溜まりのなか、薄曇りの空となかよく逆立ちしたセカイ系の亡霊が、しかしおさな子の柔い産毛に包まれた頬を赤らめて言った。
泥のなかに斑模様を描くいくつもの反転した世界で、反転したいくつものセカイの白い首に俺のいくつもの腕が伸び、いくつもの指が食い込む。
俺は紫色の顔をビニール傘で遮りながら、この道に影を作る新幹線の架道橋を霞む視界で見上げる。剥き出しのコンクリート一面に貼り付いたカタツムリたちが垂らす透明な粘液の名前を知らないまま生きてきたことを今知った。俺は背負ったリュックの前ポケットから丸い、喘息用の吸入器を取り出し、それがカタツムリによく似ていることにそこで気付いた。俺は紫色の蓋をスライドさせ、中のつやつやの吸気口を剥き出し、紫色の唇で接吻した。勢いよく息を吸い込んだ。
拝啓、田村隆一様。俺はまたシジンになり損ねてしまいました。眼鏡を忘れたことに気付いたときにはもう、車道を走り抜ける自動車の一群が疾走する花火にしか見えなかった。俺はセカイ系の亡霊が逃げた足跡の青い花火を見つめ、追いかけようとして、やめた。振り返り、振り返り、前を見て、俯いて、水溜まりのなか、びっしりと、カタツムリに取り付かれている逆さまの俺が灰色の花火になって溶け出す。その光景を、水溜まりごと掴んで放り投げた。
書くことがなくなって久しい。ところどころ亀裂の入ったアスファルトより散った破片の礫を靴底で転がしながら、俺は剃り残した頬の産毛を撫でた。剃刀の替刃を買おうと決めて、空論のまま、いくつもの机が転がった田園を逆さまに通りすぎていった。
葬儀
幾億千万の瞬きに
いつも反らせていた眼差しを
生まれて初めて覗きこもうと
した
気
が
する
私の記憶のお饅頭の餡子は
もしかしたら
覚えているの
かも
しれない
感覚
「可哀想ね」
「頑張ろうね」
「長生きしようね」
初対面の老婦人の言葉は虚しくも皆
窓から羽ばたいて逃げました
逃げたかったのは
逃したかったのは
勿論
私の饅頭の皮
だけど
無謀にも見える私の企みを
知ったのか 感じたのか
何故?
その言葉を口にしたのか
貴方の中のお饅頭は
今はどの位 萎びてしまったのか
私たちに知る術もないのだけれども
心や魂は何処へ宿る?
その答えは未だ解明されてはいないけど
その答えを導き出す行為はもしかしたら
とても無粋で野暮であろう
そんなことより たいせつなのは
餡子同士のテレパシー
皮同士のテレパシー
黒い眼に光はあれど
何故か 何処か 擦り硝子越し
一生 私は貴方に触れることはないだろうと
一生 私は貴方に触れないでおこうと
決めていた事 思っていた事
擦り硝子がそれを破って
餡子同士の 皮同士の 饅頭同士の 以心伝心
ゆれあい
ふれあい
すれ違い
貴方は私たちを置いて
いつか必ず辿り着くというその場所に
旅立つ支度を済ませていて
それを止めるものも 何もなくて
「他人(ひと)の目を見て話しなさい」
それはとても危ない罠
本当はとても失礼な事
覗き見た瞳に移る光は
極彩色の曼荼羅だったり
モノクロの鉄格子の中だったりするから
餡子も皮も黙らせたいなら 他人の目など見てはならない
影像係争
白い瓦斯室に
市営納骨所の柔らかな安寧にも
火薬庫の影像を胸像鏡に抱くものか
普遍乾板に憂くも
白昼の捕縛が躊躇わず
心臓の腑より白銅錘鍾を
一撃の花束を堕落飛行艇のプロペラに瞠る毎に
純粋機械器は立止まりつつ躍進する、
風圧計に調整弁に
草樹に繋る速度時計に
そして幾度かを市民は
指鍵指向標-刻銘針を
存在なき優生学的な優悦の、
被懲役徴兵令-国家機構へと邁進してゆく
誤謬の椿花
真冬の様な統制に
叛体制家達の徽章修飾は
憎悪の照準、
死線へ牽かれゆく
沸騰する錫の巨花鉢に拠る乾燥献花の相貌の様に
黒薔薇色の市街列車
或は
霊柩、その巧緻鏤刻線が閾を
終始を亙る夥多なる抜殻より崩落する
別の命運を縫い合せられた
人物群は果して、
よもや
私と謂う個人への
余命数代筆たる蒼白い手套でも在るのかも知れず
簡素流麗な
螺条旋の厚紙、白薔薇
渦巻く海縁を靴跡一つ残さず、
国家より
異端者の確かな汚濁純粋に
書翰仮説の神々は愈々
後衛的な、
酷く
前時代的な影像への出自を顕し、
叫喚呵責をやや緩めつつ
被造体の、
血髄と硬い檸檬樹樹花からなる
死への自働小銃装置であり
離縁婚姻者たちでもある
六十基の凱旋門に穿たれた多翼熾天使たちの鱗翅目の一つを、
最終列車の
絶滅収容所の果てに
家 その他三編
家
その声は少し歪んでおり
脳のなかにいるかのようだが
どこまでも追いかけてくる、
ハニートーストをかじっていても
ホット・ミルクを飲んでいても
偽りの童心が浮かぶのみ、
逃げ込んだトンネル
幽霊が、
幽霊が怖いんだよ
世界が薬を飲み干して熟睡、
悪意は寄せては返す波のよう、
郊外の町中なのにね
いっそ放り込んでしまえ
自分自身を
ダダイズムから禅へ
禅から個の全へ
自己暗示で宜しい、
あたらしい遊び
本気、
本気の遊び、
最近眠れないぜ、
──ききあきたシーディーがあれば売って下さい
そんなに神経が鈍麻な奴がいるのか?
今日もノイズ、にヘッドバンキング
見つめているんだ
逃がさない奴を
そいつに近づくと
そいつは泣いてしまうんだ
俺は消えると取り繕って
ミルキー・ウェイ・キャンディをやるんだ
やれやれ
これで家族だなんて。
再訪するあなたへ
妖しい、妖しい、
最期の煙草は
煙突として
白いミルクの蒸気を吐き、
みんな妙に
怖れているみたい、
わたくしもその内に含み。
気にしていた一日鳴りつづく警報機が止まり
安堵の溜息を吐いても、
なにかしらの進行が
止まっただけなのだ、
アーメン、
スパゲティを平らげて、
すこし元に戻してしまうことの、
儀式はどこかで
密やかに行われている、
痛みを、
痛みを。
アーメン。
聖痕の、
額から肺にかけて、
飛び立つ勇気は、
理想のみ、
で、
歯痒い。
クイカイマニマニ歌いつつ
ホームに還ってきて、
くれて、
ありがとう。
さびしかったんだ。
きみの、
いない五日間。
塔の中で循環していた。
ELEGANCE
幽体に近い、
この体は、声は。
朝の活力を求める、
枯葉の滴を原因として。
たかぶる、
闇夜激しく
愛しあった
夜と曙は。
ミルクの中から
熱を帯びてくる、
コップはとうに下げられてしまって、
天使の翼は本当は汚い。
あちらこちらを飛んでいるので。
というのを、
視ている目は
路傍に置かれており、
花を愛している。
花に、毎日、ラヴレターを
書くほどに。
すべての音を消して、
アールグレイティーに神経を注ぐ。
神経は弛緩していたのだが、
張りつめる。
動悸がする、
薬を服す。
飲んだ薬は天上で回収される、
それもきれいなものではない。
朝焼けがきれいだ、
旅人もきれいだ、
これを憧れというのでしょう。
どこへもいけないものになってしまって
旅は
こころの中。
嗚呼、背骨より天へ逃げる諸々の感情たち。
サムバディ・タッチド・ミー
いのちが先行して歩いていく
俺は冷えつつそれを追いかける
天国まで行くつもりだろうか?
帰るつもりだろうか?
いざこざを
愛するひとをそのままにして
俺は、
いのちが先行して歩いていく
風のようなスピード、
流行歌を歌いながら
さっきまで
肩を並べていたのに
たった一言に
いのちの態度はキレた、
どんどん歩くスピードが速くなっていった
ブロック
ポケットに紙
電子タバコ
もやもやしている煙がしろく光る夜
俺は俺を見失い
途方に暮れていたら
花に水が滴って、きれいだった
鳥が鉄のような声を上げ、
ハーモニカを吹きかえそうとしたらなかった、
ああ、哀しみという伝染病
あなたの写真を眺め
祈りを捧げた
祈りは聞き入れられ
俺は路傍に一人じゃなかった
あたたかいのか、つめたいのか
確かに手が触れた
誰かが俺の背中に触れていた。
瓶の中
表面張力なのか、水面の上に針先を落とせば、
波紋に拡がる緊張が貴女に溢れてゆく。
もしも、星の端末が肉声を受信しているならば、
記憶の原点は振動する希望に雪崩れ込むのだろう。
添えて、なんというありふれた結末、
始まりの向こうは常に心臓へ還ってくるという。
薔薇に刻印される賭博の薫りは、
鎮魂された汗を琥珀に眠らせている。
嗚呼、氷河のような温もりで、
せめて心のひと雫を解きたい。
この世に宇宙が誕生した138億何前の大爆風が、
一枚の枯葉を枝からそっと剥ぎ取ったその慎ましさで、
君と僕を隔てないでください。
骨が血飛沫を浴びるまで、
二人を善悪で隔てないでください。
のりたま
握手した
指を開けば
血だらけ
「君と僕」
乖離
海里
帰り道
噴水に躓いた
「セレクト」
僕にしか分からないこと。
君にしか分からないこと。
増えてきた
生えてきた
「木かげ」
月といふ眼座りて
夜笑ふ
「みかづき」
死の影
水の上を動く
「凍る」
手のひらに
乗せて
冷たい
鯨の睡眠
「フラット」
まるい空
まるい星
何も
「書けない」
せめぎ合い
泳ぐ言の葉
きらきらと
「ふるい」
業
女は同族嫌悪の中において蛇に巻かれ飲み込まれ死につつ
死につつもこの中には何もなくただあるのは憧れであったが反社会的な幼稚な玩具であり毛皮を深く抱き止めども
抱き止めども子どもは腕をすり抜けて行ってしまう。行ってしまう子どもは罪悪感を湛えるもゴルフクラブを振り振り繋ぎ止められ、がんじがらめから抜け出そう
抜け出そうとするほどに紐が絡み付くのは仕方のないことで幾度ともなく誘惑し、何度も離れよう
離れようともしないのは百も承知、そもそも鎖など何処にもないのも重重承知しているだろう
いるだろう。犯人はいるだろう。何処にいるだろう。此処にいただろう。ああ、この女だ。早く捕まえろ。手繰り寄せろ
手繰り寄せろ。そんなことが出来る訳がない。抱きつけば死、網を被せても死。被っても死
被っても死というのなら、生け捕りにする意味もないだろう。絡ませても死というのなら、いっそ絡まってしまう
絡まってしまう中で踊るのは地獄、地獄で踊るのは道化の性。道化の性は愚か者より愚かしい
愚かしい女は同族嫌悪の罪悪感の地獄の鎖の網の毛皮の腕の中において、永遠に果てつつ。
季節は、消えて、髪に、花を飾って。
木々を凍てつかせる風が、
あしたと、きのうが、窓に打ち寄せる。
眉間をたたく。
日が割れ、床に悪寒が飛び散り、
陰影が吹き込んで湧き立つ。
かなしみとは、
わたしたちの頬をつたう
白い蛆虫の群れ。
暗いひかり、
季節は、消えて、
髪に、花を飾って。
指先が熱を帯び、兵士が、
飛び跳ね、
ヘッドライトが眩しく照らす。
幼い子らは座る。
街の屋根は赤黒くてサファイアのよう。
朝。コンクリートの部屋、
青空はあり、
常緑樹の梢は濃い。清い光が射し込む。
小さな未来が、またあがる。
椅子や机は蒸気をあげ、
現実は取り繕う。
怖がりなカタツムリのためのメソッド
一、鳥の囀りによって生じる痛みを愛すること。痛みは敵ではないこと。好きになる努力をすること。
一、腐った苺を恐れないこと。それは貴方を傷つけ得る力を持たない。
一、貴方は小さく、弱い存在であることを認めること。そのひっこめることのできる瞳を、弱さと認めること。
一、その殻は何のためにあるのか、忘れないこと。最大限、有効に活用すること。
一、くらやみに親しむこと。くらやみは貴方の源であり、帰る場所である。
一、貴方はのろまで、全く何一つ器用にできないこと。
一、死とは哀しい安らぎである。最期に貴方を救うのは、死を於いて他にないということ。
成り上がり
横町の角をひとつ曲がる
薄鼠色のビルの1Fに
赤い屋根の小さな雑貨を兼ねたシフォンケーキ屋がある
ついこの間まで
自分が作っていた小間物を
しっとりとしてきた手に取って
「ああこれは
障がいのある可哀想な人たちが作っているんだ」
とふと思い
私は愕然とした
店に来た
あの同級生も
あの近所のおばさんも
そんな思いでレジに立つ私を見つめていた
のに違いない
と
私は
背筋をしゃんと伸ばして
かつての仲間の作った薄紫色の七宝焼きのイヤリングを買う
「三百円です」
長財布から
悠々とした素振りで一万円札を出して
私はそれを買う
耳たぶを偽のアメジストで飾って
なけなしの詩を片手に引っさげて
私は
華やかな引きこもり達の集まる
高級ホテルの詩会に
堂々と足を踏み入れて
ゆく
A couple of
“応え(こたえ)から一秒遅れて吹く風に、カーディガンすら甘く弾けて”
「そうね、みなしごだって思うのあたしたち。貴女のイニシャルが施された胸の印を鏡で見る度に、屋上の柵の上に立って歩いてみたくなるわ。今なら俄か雨だって操ってやるの。広すぎるこの天蓋をすぐさま地上に引き摺り下ろすだけの力も、呪文も、貴女は知っているのにいつまでも使ってくれないから。鼓動が共鳴しているのが判ったってどうしようもないじゃない。ねぇ、だから抱き締めていて、もっと強く!」
“むつごとは羽根を散らして果てるのみ君の名の海はなほ遠のきて”
残骸が散らばっている。ガラスの空の残骸が。竜骨を蝕まれながらこの船は何処にも到達しないことを、ふと想う。傍には自分よりはるかに、さらさらと光を含んだ、長さはお揃いの栗色の髪。血の代償を省いて徒らに虚無を孕んでゆくこの身体に、できることなら君を触れさせたくなかった。けれど、もう遅い。もはや私は私に、呼吸すら赦していない。バイオリンの声を永遠に穢したのだから。抱き留めるならそのまま心臓を潰してよ、
“底に降る雪を掬いて灌ぎける融けきるまでの熱の交換”
「息を殺さないで、ただでさえ凍え死にそうなのに。泣けなくなった分だけ感情が貴女の身体から逃げ場をなくしているのなら、あたしの胸に直に触れて。そうしてお互いに脈をコントロールしてしまえばいいわ。知ってるでしょう、愛は無限に有限なんだって。折りたたまれたページにそう書いてあったわ。あたしもその言葉をたよりに生きるから、ねぇ早く、彷徨っているあたしの半身をここまで叩き落として」
“傷負いて疾る君の背を見送れり口つぐむべしナトリウム灯”
そしてこの廃屋でどれほど立ち尽くしていたのか。みずから揺らし続ける視界はもはや数年経って咲くはずの花も迷いなく腐らせている。(砕ケ散ルホドノ嘘ヲ私ニ施シテクダサイ)。耐えられなかった君。幸か不幸か空を飛べるように契約したから、これから手渡せなかった魔法を振り撒きに行くよ。Maybe it’s raining as saying farewell.
暖かい場所
刻々と退色してゆく視野を割りながら走る
信号待ちで
ハンドルを抱え
陽のなごりを探して左を見やると
流れていた
二列に背を向けて並ぶ
家々の間に用水路
秋も終わりだというのに草が生い
西洋朝顔が大輪に青をひらく
水か
日差しか
そこは暖かい場所なのだ
背に小さな園(その)を従えて
家々に
住む人どもは幸せだ
そこにはたぶん薔薇の茂みもあって何よりも
緑の下草が
音もなく
萌え続けている
スクランブルエッグ
秘密を仕舞う
どこに?
頭に決まってる
背中に隙間ができる気分を誰にも
そんなの、もちろんだけど
誰にも観られたくはない
彼は僕に、彼自身が透明であるのに
秘密を教えてくれるって、約束をした
ーー感覚って?ーー
ーーその時のだよーー
ーーその時……通り過ぎるだけだよ。ほら、セネカだって言ってるだろーー
ーー誰それ?ーー
僕の質問に彼は悩み、それから
ーーごめん、やっぱなんでもないーー
彼の歯が見える
パパの顔を忘れた
必要のないことを入れておくと
必要なことを落っことす
頭はそういうもの
とりあえず
ただ会った時に
久しぶりって答えれば
覚えていたことになる
ポジティブな言葉は便利に使うんだ
ーーあんな酷い女。いや、女とか男とかそういうのは関係ない。全く関係ない。男でも女でも酷い奴は酷い。だけどな、何もかもが自分しかないような奴は単なる生き物だ。あんな酷い生き物は、俺は他に見たことがないよーー
パパはそう言って泣いた
全くかっこ悪くってなんていうか
そう、情けなくなった、そうだよそれ
ああはなりたくない
誰にも、誰にも喋ってはいけないこと
それはつまり、喋れば
糸がほつれて縫い目から全部出るってこと
秘密だけじゃない
嘘や、それについた脂肪とか
もうとっくに腐敗しきってそれが何なのか
何だったのか
誰にも分からない
腐敗しているっていうのはわかるだけの物たちと一緒に
シーツを被って近づいてくる
ーーきみのパパもママも、悪い人じゃないと思うよーー
僕はベッドの中から言う
ーー悪くはないよ。僕もそう思うーー
ーーそうだね、たぶん、人に生まれたのが間違いだねーー
ーーどう言うこと?何だったらいいの?ーー
しばらく黙ってから彼
ーー肉じゃないものだねーー
何それ、と、僕は困った。それを見て彼は
ーー本とか映画の登場人物とかーー
ーーじゃあ漫画でもいいの?ーー
ーー漫画でもいいね。とにかく肉じゃなければねーー
ひとりで夕食を食べた日は
金曜日だったはず
ママはとにかく帰りが遅くて
夜の中に迷子になったんだと思ったけど
子供の僕にはどうしようもない
パパが探しに行くよ、仕事から帰ってきたら
そう思って
カップヌードルのシーフードに
お湯を注いだ
ーーねぇ、秘密ってなんなの?ーー
僕が言うと
彼はシーツの穴から出た目を
くるくる回してから
ーー楽しい?ーー
ーーえ、何が?ーー
ーー秘密を、そうやって聞くのだよーー
もちろんだよ、僕はできるかぎり
楽しそうに答えた、はず
ーーそっかーー
とだけ、彼は答えた
ママは卵が嫌いだった
子供を食べるのは良くない
とよく言った
けど、パパはスクランブルエッグが好き
硬くてぐちゃぐちゃで、ケチャップに沈んだスクランブルエッグ
それを見るたびに、ママはため息をついてた
最近じゃ、卵を食べるけど
けどいいと思う
好き嫌いは良くないし
そうやって、克服ってことをしていく
間違ってない
パパが出てってからは
僕もスクランブルエッグを食べる
何にもママは喋らないけど僕は
そうだね、
彼の秘密は臍の緒みたいに巻きついて
だから、今を、僕は
うん、構わないとおもう
掃除をしていたら降ってきた話たち
年賀状が出せない話
そろそろ年賀状について考えてもいいころだ、と思って今年はどういうデザインにしようか考察していると、喪中はがきが届いている。
この家は確か去年も喪中で寒見舞いを出したような気がすると調べてみると、かれこれ五年喪中をもらいつづけていたのだった。
こういう時である。死神の存在を確信するときは!
チューニングメーター
ギターを調弦しようとしたが、その機械チューニングメーターがない。
仕方ないので自分の耳で調弦するが、自分の耳はおかしいので何度やっても失敗する。
仕方なし、おかしい音のギターのままでブルーズなどを弾く。あんまり耳汚しなものだがら、ギターの裏側を叩いて音を出す。両手を使って音を出す。楽しくなってくる。
それを聞いた森の動物たちが集まってきて、仕方がないので寒いがキャンプファイヤーを行った。
目が覚めるとお礼なのか、マッシュルームが沢山葉っぱの上に置いてあった。
髭
髭という存在が解せぬ。大体髭を伸ばしている人間の方が少数ではないか。髭が文化だった時代も終わり、清潔感やら、チラシを見れば健康志向というのが今のご時世だ。
頭の毛も要らぬ。すね毛も要らぬ、要らぬ、要らぬ、と断捨離をつづけていった結果、自分のあしあとさえ消してしまって
何で自分は生きているのだろうか、はてな、などという現代人が現れる。なるほど、髭はそのために生えていたのかと、その存在を解した。
カフェイン
今年は日記を中断した。変わり映えのないセピア色でもしていそうな生活を活写して何になるのだ、というか飽きた。
代わりに毎日コーヒーを飲んだ。しかし、毎日日記を書いて三年目になるんです、と人にいうと、ほほう、と何か感銘を与えられるかも知れないが、三年間コーヒーを飲んでいます、というと
別段風が吹くのみというか、だから何やねん、つまり、物を書くことは,物を摂ることの上位にあたるのである。
本当にそうか?という自分がラーメンを食べたあとの欠伸をしている。
大道芸人の死
ある夜のこと 冬の寒さで大道芸人が腐りかけたベンチの上で死んでいた。
ポリスは躊躇したようである。この大道芸人のメイクを落としていいのだろうか。
結局身元確認の為に、大道芸人の死体のメイクは落とされたが、それを落としたポリスはそれ以来夢というものを見なくなった。
味気ない人生になってしまった、と思ったそうである。
詩人の夢
詩人は夢のなかでも詩を書いている。Aが詩人になった理由は夢で詩を書いていたからだそうである。しかもそれはたいそう長い詩で最初、
よからん報せと草花は言う
の一行しか覚えていなかったらしい。時々同じ夢を見ては二行目、三行目がわかるのだが、それではいつになったらその詩は完成するのか。
Aは口の悪い親戚から早く天国に行ってしまえ、といわれている。
使命
ある日散歩コースをテクテク、テクっていると、絶対に風邪をひいている、という着ぶくれにマスクをかけた男が座っていた。
彼はなぜ風邪をひいているのにベッドで横になっていないのだろうか?気になった僕は「大丈夫ですか?」と声をかけてみた。
男は無言のまま手をさしだしてきた。五百円玉を一枚のせてあげると「もうすぐ子供たちの帰る時間だ。俺には子供を守る使命がある」と言った。
僕は何か間違っていると思いながら、何の価値もない自分の人生にいたみいるばかりだった。
コンビニエンスストアの煙草
ある夜のこと 禁煙しているが思い切ってコンビニエンスストアへ入ると
そこにはやはり壁一面に煙草が二百種類くらい売られていて、みんなスベスベしてきれいだった。
これぞ文化、といおうか辞めた身からすれば一体人間は何をやっているんだと思いつつ、ルル滋養内服液を買った。
風邪の神様が、「目で読める嗜好品を書くのが詩人です!」と云っていて、うるさい夢だった。
ペニスが二本あってもしょうがない話
ペニスが二本あるひとが世界を動かしている。そのコンプレックスゆえにそんな下らないことをするのだ。
さて、わたくしは上記発言で誹謗中傷を受けるだろうか?
僕も胸が痛いのだが。
秋の月
すっかり十二月下旬の寒さといわれるが、ある日の夜月が人をおかしくすることにも飽きてしまった、と相談の電話をかけた。
対応したケースワーカーの体は徐々に自分の体がカルシウムになってしまっていることに気づかなかったようである。
段々白熱する電話に、ケースワーカーは全身の汗でとけて消えてしまった。
ルーティン
金が欲しくて働いて眠るだけ と忌野清志郎は歌った。僕の人生もおおまかにいえば御金が欲しくて働いて眠るだけである。
ただ僕はテレヴィを視る代わりに自分の夢をみているのである。
それでルーティンという語感がポッキリと折れそうなところを、なんとか今宵も耐え抜いているのである。
ぼんやりとした不安
芥川竜之介は大変なヘヴィスモーカーで一日に百本煙草を吸っていたそうである。
その彼の遺書の「ぼんやりとした不安」だが、煙草というのは恒常的不安感を作りだすと、アレン・カー著書の「禁煙セラピー」に書いてあった。
芥川は煙草のことを悪魔が持ち込んだだか悪魔だが、どうのこうの書いていたが、煙草によって殺されたのかも知れない。
個人的に、私は私の年齢より下(三十歳以下)で煙草を吸っている子に憐れみを覚える。
いいじゃないか、禁煙一日目、全身がボロボロになって作動しないという地獄に身を置けるおまつりが味わえるのだから。
自殺つながり
カート・コバーンは現在でも広く処方されている睡眠薬、フルニトラゼパムとシャンパンをカクテルしたものを嗜んでいたらしい。
そうしてラリリして気持ちよくなっていたところは直接的な自殺の原因ではないとして、ところできみはしっかりとした靴を履いているか?
私は毎朝仕事の為に安全靴を履いているが、なかなか良い感じである。地に足ついている感じが大切なのである、と嗚呼、説教臭くなってしまった。
たまに白樺の木に安全靴でキックを入れていい気になっているのは内緒である。
おっぱいの揉み方がかっこいい奴
彼女が
Bまでしか駄目だと言う
今は
絶対にBまでしか駄目だと言う
受験が終わるまで
何があっても駄目だと言う
僕は
もうっ待てない
僕は
はやくCまでいきたいっ
もしも
この世に
めっちゃかっこいい、
おっぱいの揉み方があるならば
誰か教えてほしい
僕は
おっぱいの揉み方がかっこいい
そんな奴になりたいんだ
かっこよく
それが出来たら
彼女も
きっと今すぐっ
Cまで許してくれるだろう
そして
受験が終われば
ついに
Dまでいける
僕にとって
Cは通過点にすぎない
誰か
はやく教えてほしい
僕に
かっこいい、
おっぱいの揉み方を。
僕には
もうイメージできているんだ
DやEやFも
はっきり言って
QやWのあたりまで
もう
完璧にイメージできているんだ
参った
勉強が頭に入らない
なんで
Bは
こんなにも難しいんだ
高い高い壁
その向こうへ僕は生きたい
誰も見たことがない
Zの風景
そこに咲く花々は
きっと
おっぱいよりも
おっぱいだと思うんだ
誰もいない空地で
おっぱいに挟まれながら
イメージだけが
炸裂して
誰にも届かない
すべての共感はまぼろしだ
押忍!
僕の悩みは
文学にならないから
世界よ、
ありがとう
すでに
見渡す限りのおっぱいが
風に揺れているではないか。
柊
「眠る仕度を始めてる、
「細動する複眼。
「贋作だって知ってるくせに。
「両手でその血を受けてあげる。
「棘だらけの心臓に、
「音も無く氷柱が立つ、
「架る吊り橋は解体されてゆく。
「見たくないんでしょう。
「受け入れるの、
「あたしたちかしこいから、
「使い終えた魂を削ぎ落とす、
役割だから。
「必要悪だから。
「施さないで。
「待ち人のもとへ帰って。どうか、どうか、
「春は奪われた。
「それも、嘘?貴方の、
今詩を書いている
室内に雨は
降らない、
紫陽花に、
人の話が実り、
思い出す、
夢
古い、時代
女は三途の川を、
渡る際、
初めての、
男に、手を引かれて、
わたったらしい、
つまり、愛する、
男では、ないかも、
しれない、男が、
ある夢の、
中で、長い木造の、
橋を渡った事がある、
渡った先には、
からぶきやねの、
家々があり、
人がいない、
ただやけに、
空気が清んでいる、
と言う感覚があった
一人の、少年が、
皆、上流に
いった、と言い、
突然、浅い、川底の、
川の中心に、
腕組みをした、
男が腕を組んで、
川下を眺めている、
光景に変わる、
私は川岸からこの、男に、
村の人は皆どこへ、
と、聞いたが無言で、
仕方なく、私も、
川に入り、男に近づいて、
再度、聞いた際に、
女たちを、
連れに、皆行った、
で、また、途切れ、
夢から覚めた時に、
一つの、イメージが、
残った、
あの世の、花には、
人の名前が、名付けられ、
死んだ女達は、
それを、摘んで、
仏に、供えるのだと、
若くして死んだ子の、
名前を言って、
花を摘み
また、死んだ見知らぬ、
男の、名前を、
言って摘み
そして、現世に、
ひまわり、
に、人の話が、
あじさいに、
あらゆる、花に、
人の、話が実る、
あの村は二度訪れた、
二回目は、
姉妹に、つれられ、
翁に会った、
翁は、
釣りをしていて、
やはり、私は前回と同じように、
村の人は、と訪ねた、
夢はそこで終わる、
男と、翁は同一人物なのだろう、
昔、
生まれ故郷の、
川の、水源地に行った時、
小さい、水源の水溜まりの中に、
小さい鯢がいた、
これも、あの翁であり、
男だろう、
花は人の、
名前を宿している、
未だ生まれていない、
ものの、名前も、
だから、実る、
人の、話は、
気持ち悪いのだ、
ハルピュイアの柩
光
刺す
透明な柩に
全ての 形式の形骸に
射す
静かに
柔らかな内蔵は
温かかった
啄む
高い
高い空は
とても冷たい
でも 私には翼があるから
あなたの内蔵は
生温く 温かだった
ハルピュイア
予め穢れた唇
喰らい
撒き散らす
糞尿を
私
ハルピュイア
密猟された魂よ
密猟する魂よ
傷と傷は癒着している
切り離せないそれを
私の嘴で
つつく
啄む
抉る
貪る
あなたのシャンデリアに
糞を落とし
きぃきぃと笑う
私 は ハルピュイア だから
風と同義
羽根を毟って
足を折って
私を殺して
息の根を止めて
きぃきぃきぃきぃきぃきぃきぃきぃきぃ
鳥の躰に猿の顔で 甲高く笑う
この世界は汚穢の花です
私の魂の奥深くに流れ続けるそれを
私の黒目は見つめ続けている
逸らすことは許されていない
あなたの
胸を抉り
血と汚物に唇を濡らし
晩餐を
微笑みながら
微笑みながら
糞まで喰らい尽くしましょう
そしてあなたの骨に 糞をして
私は飛び立つ
満月が美しかった
形式の形骸の空を飛んだ
散る 羽根
撃ち落とすあなたはもう居ない
私が食べてしまったから
交錯線
私の唇は歌を吐かない
私の嘴は笑いを吐く
ふいに
哄笑が止まらない
空を飛びながら
がぼがぼと
笑う喉から
血が溢れる
これは、あなたの血?
私の血?
私はハルピュイア
哄笑
哄笑
哄笑
白い花が胸から咲くよ
乳房を突き破り
あなたを食べたからだろうか
あははきぃきぃあははははきぃきぃきぃきぃあはははははきぃきぃきぃきぃきぃきぃきぃきぃ
キィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィ
地に 落ちる
空は 私の柩だった
もう 要らない
花が咲く
私は吐瀉物と血と泡を口から溢れさせ
裂けた内蔵から半消化のでろでろを垂れ流す
空に踊るウロボロスにキスをしようか
青い空を見上げて
柩が閉じていく
捻れた羽根で
千切れた羽根で
形式の形骸の頭蓋を撫でた
幸せだよ
柩の蓋が、閉じる
ハルピュイアの柩