#目次

最新情報


田中智章 (田崎) - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全13作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


かざみどり

  田崎

おおくが欠けている
垂直のきりたった湖面の繭に
かざみどりがある。
レンズは青根蔓を束ね
夕方が視域をころげまわる。
深さははい色となって(あおいろを揺りおこし)、
湿地帯の風が注いでいる
その湖に
パレットの絵具がくわれて
いろんな色の煙に
水底はつつまれた。
かもしれない、
と言うのは、
湖面の向こうがわの
風見鶏が
やねが、
家、が
曇る野はらにあるのか
湿った窪地にあるのか
そもそもそっちの世界が
ふくらんだ湖面奥
揺られているからで



湖の厚さは
どんどん増大していく。
巨大な線香花火が湖底で燃えているように
けむりは湖底と湖面を引き離す。
かざみどりの像はいつまでも幼くて、
ぼくはとしを取っていくので
なにもみえないことはないかもしれないけど
たまに
湖水が清んだり
わずかにだけあふれたり
たまに
湖のむこう側に見える。


平原

  田崎

ぼくのくちびるがきれる、くさのひとつびとつがそれぞれのふるえ
をもち、同時に波状の真円をくるったようにかさねていく湖のみず
うみのようなそれは


平原ではない
ゆうがたになりあさになりよるになり、よるになりあさになりつい
に真昼になり、だれもがふみしめてさりゆくしめった触覚も、みず
がくさのひとつびとつに付着することで遍在をおびただしいものに
して表面張力をうしない、重力にとめどなくひきのばされるままに
じめんをたぷりしめらせていく遠いなき声もそれは


平原ではない
くさというせいめいはおおくのこえを透過して同時に沈溺させてい
く、みどりとあおと透明のまじるたいらなスクリーンの映像を、そ
のはだに無数に移植させながらそのかずは虚数にまでいたって、と
きにたいようを歓待しかぜになぎはらわれあめに受精するをくりか
えし、ほのかなくさのかおりを旅人よりとおくまでひびきとどけな
がらぼうばくと存在するその場所は


平原ではない
からまりあういろとりどりの羽は垂直にむきをかえておどりながら、
おおきな展望台へかぜがこうしんしていくきょだいなおとを、実体
をもつかどうかというちがいで、あるいはそのあいだにあまりにお
おきな断絶があるという理由で、あるいは相互に蜜をあたえあうと
いう関係性のゆえに、あるいはその中心によこたわる時間のふかい
へだたりのために、そのために、ただしずかにみつめていることし
かできなかったそこは


平原ではない
手がみみずばれしていた、そうやっていつのまにかからだはきりひ
らかれほどかれる、そうやっていつのまにかからだはきりひらかれ
ほどかれてしまった、ひろくひろくひろくひろくひろくひろくひろ
くひろく、誕生月まで希釈されていく、ぼくのまぼろしとぼうだい
なくさのスクリーンとがよるに、それぞれのいろを濡らし滲ませ、
ひとつびとつがそれぞれの語りをよぞらにはなしとどけようとする
その中層の、その中層にたたずみながら、くさを纏い身をたおして
いくゆらぎに似たその土地は、


平原ではない
いつまでも


遊ぶ、夜

  田崎

主観の青がりが、無慈悲に生まれて
花を擦りぬける、温みは円い
片一方の足が、線香みたいで
不恰好だ
何もしらないので、わからず
分からないので、悔いない
切れかけた、街灯が
弛んだり、ふざけたり
たのしい
体温は、もう
どうでも好いので
はやく、心臓のおとで
はやく、安心したい
風が鳴っている、夜にふさわしく
きれいな、おと
まだ、すこしもじゅんびできない
風が鳴っている、夜ににつかわしく
きれい、なおと
宿題が蒸発した、そのそらが
みごとな紫に光り
あてどもないのに、わたしはそまり
私でなくなった
そうすることを仕組んだのは、私ではなく
わたしの通ったあしあとでも、私のほころびでもなかった
ただ、夜は紫で
わたしは夜を遊んでいた
そうやってどうしようもなく
夜がふける


ナタリー

  田崎


二度めの呼吸はいつも。繋がれたくさりをい
じわるく撫でて、繊維しつが秋になって。零
度の窓がはためいて、波紋は青い水空の臓物
になっていく。ナタリー。を紙に書いて、お
おごえでこごえで、呼ぶ。海が彼女を忘れる
のは早い。くるってしまわないのは、わたし
たち、こ供だからですこどものわたしたち、
演そうする。

暗くくらく
少年も
(わたしも)少年も/
      /十二分に厚ぎをして
       乱立をちいさくながめている
       ひとたちに混じって
       顔をかくしてきみは
       罅われをかぞえて
      /失くされ
ボールを青い林になげると/
なかから誰か
かえしてくれた

ナタリー、そうやって、青い壁が空ではがれ
ていくでしょうしらないうちにしずかにゆら
れて、きづいたら逃げられているわたしたち。
そうそこに、リンパ腺があって、チョコレー
トいろにみえるのは、人こうの遷移点だ。わ
たしも一緒くたになってゆれているから。け
しきがとけている。わたしも一緒にゆれてい
るから、

しろい貯水池の
ものかげに
裂れない窓がある/
      /そして上映はおわる
       人々が引き揚げていくなかで
       空気をかむように口を開閉し
       さむさを思い出してきた
       君は
      /立ち上りいくけむりをみる
隙まから/
みずが滲み出してくる
ふれるたび何も欠けて

ナタリー。笑わないで。いくつもの遷移体が
あそんでいる空で、からだの震えがふえてき
ます。花も偶にはおいしい、ぼくも彼もわた
しも、つめたい水が沁みてきてる。夜空なん
かじゃないここで、ひとびとのさざめきが聴
こえますかれらは、初めからここに居ない。
わたしたちはせいいっぱいこどもになり、わ
たしたちの演奏に、耳をかたむけます。


少年

  田崎

傾けられた夏に
泣いた少年も遠い林、
たくさんの雀はきえ、
陽炎はひっそり凪いで、
十三ヶ月の
生長の後、
高柳は
空にとけ
飛ばない羽根を漉して、
早生の少年は
風に肩鳴らされるまま
投げる眼差しを
いつもの遠景の
一際高い樹にくゆらせる
なぜでもない。
林は啼き何も知らず
ただ朽ちた樹の、
褥を荒々しく均し、
細かく刻んだ音を
(無人の宅地に撒いていて)
、木、よ
、林は
、どこですか
少年きえて、
林充ちる、
年を重ねる証に
灰を落とす
少年、
君は
林の外で、
林の中心で、
一際
高い樹に見下ろされて
幾つまで
過ごしたのでしたか
少年
いつもなつです
遠い林は啼き
とおいあなたの
足跡を
腐します


雪の交信

  田崎

真昼のひかりのねつによって
融解熱をあたえられたぶぶんは
しとやかにほろほろ溶けていたので
わたしのからだが転がるにつれて
悦ばしいくらい暖かいわたしのコートは
雪を起毛にとらえていき
わたしがまわりながらとおったあとは
フラクタルの曲線をもつくものように
説明のつかないうつくしさで
これからこの一帯はかげりゆくけれど
うつわとなってひかりのけつらくをためる
この窪みのかたちがうっすらと
じっとこらしているとわずかにわかるていどの
やみばかりのなかでこそひかえめな陰影を
それとわかるひとがいなくとも
かたちづくっておいてほしいとおもう
いまはまだ猶予がある
やけにくすんだこの雪原だけれど
ちからをぬくようにねころんでいると
みみのうちがわはるかかなた
そらがあたらしくつくられている作業場のおとが
きこえるようなきがして
雪の下かおもたい雲のなかにいる
はかない交信設備と通信士を夢想する


ワールド・ライト

  田崎

重力の演奏が、あた  乾燥し、聖文字の様
りには散乱している、 に去勢された植物が、
カーテンが何かを隠  森のあちこちで絵を
し、塗り潰された色  描いているから、足
の部屋、大きく息を  を振って距離を取り、
吸い、自分勝手に、  引かれる髪にはむら
色をつけていく、そ  が生まれ、歩いた道
の時の右手の静脈だ  の残り香に、こども
けが、ただ赤い、温  が群がっている、夜
みを絶ち切られる、  が降りてきている、

雨降りの街で、鈴を付けたヒトに連れられる、
ジャンク・フードがそこいらで、再生されて
行き、あまもり、振動、頚動脈の触感、携え、
地下で心を失くし、エンドレスの、雨音、吹
き出してくる、波の泡と、どこかへ消える階
段、服のきれはしは、見事に踏みにじられ、
小児科の前で白服のヒトが演説をたれている、
鈴の音は、水てき浮く肌を打ち、遠きを近く
にして、踏み鳴らすおとさえ彩色に、豊かか
ら、獣がうまれおちて、子を生そうとする、

重力の演奏が、あた  乾燥し、聖文字の様
りには散乱している、 に去勢された植物が、
折り紙の手で、カー  タイルの脹脛に亀裂
テンを掻き分ける、  を入れ、その線記号
手から情報誌がぽろ  をこどもらに話して
ぽろおちて、それが  聞かせる夜、こども
蛾になる、部屋は水  らも植物も、何をも
浸しで、蛾が耳のな  怖がらないから、自
かに入り、なにもか  由時間の猶予を与り、
もが、綺麗だった、  つい、遊び惚ける、

雨降りの街で、鈴を付けたヒトに連れられる、
そのヒトが歩いた跡、打ち身めいた腫れが浮
かび、街は挨拶をしないヒトであふれた、急
患、と叫びゆくヒトは罪過を振り撒き、季節
の隙間に入っていく、卵黄をつぶして子供た
ちが遊ぶと、夕方になり、むしろ静まった空
は、軽業師のようだった、切れてゆく切れて
ゆく、から、繋がり、ぼくらが一斉に逮捕さ
れゆく夕闇に、街に除光液が降り頻り、身体
の冷えていく僕を、路地の奥で見つめる獣、


平原III

  田崎

ひとつふたつみっつよっついつつむっつななつやっつここのつとお
ひとつふたつみっつよっついつつむっつななつやっつここのつとお、
くさのおのおのはじぶんをかぞえつづけるかぜにゆられるたびまた
いちからかぞえなおして、重力のいろは蛍光とりょうににているか
らひろびろとふりつもることであぶらのしきさいをその体表のうえ
にゆらしているそこは


平原ではない
ひとつともることでふたつともりふたつともることでよっつともり、
そうやって加速的にほしぞらのようになる表面はまぶしくなればま
たいっせいにきえて、はじめにともるくさをしることができないの
でくりかえすその現象をぼうぜんとかぞえつづけるそのかずに比例
してわたしからなみがうちひろがりまたうちよせてくるそこは


平原ではない
わたしからわたしになりそのわたしがわたしになることはねのあま
いにおいにとうすいすることにもにていて、あしはもうとうぜんの
ようにつちにうまっているからわたしはわたしがわたしであること
とわたしがこのばしょであることとの区別に論をくむことができな
いいっぽうでわたしはくさと相似だから、べつのわたしがずっとわ
たしをみていたそこは


平原ではない
そうちょうはずっととおくまでわけへだてなくきりになり、飽和し
たくうきは内包しきれないげんごをくさのもとへと結露させるから、
密集することで乱反射をすくなくしたきりのつくる垂直のすいまく
の、その無限にりんりつするはんとうめいのスクリーンのむれが退
化のこんせきのようにひとつとしてなにかをうつすことのないまま
きりにぬれていたそこは


平原ではない
おいていかれる、わたしはねむることでわすれるしわすれられたわ
たしはわすれつづけるしかない、いっこにこさんこよんこごころっ
こななこはっこきゅうこじゅっこいっこにこさんこよんこごころっ
こななこはっこきゅうこじゅっこ、くさはすこしだけ生長した、わ
たしのたいえきをあげるからもっとくさでありつづけてください、
わたしのねもともにすこしずつのびていく


境界

  田崎


 見はるかす奥まりに、灰色の吹きだまりが、零れ散る身で曲線を
引き入れ、こちら側の、青みの溶けた硫酸の雲まで、滴り落ちない
からこそ生糸の、弧を招き入れる、その街の対角線に沿い、雪のよ
うに猫が降り頻り、そうして二つに分離された街の境界を、一匹の
猫が、精確に歩いていく、その足取りを、静止して、遠く眺める私
は、雪原に向こうへ、点々と形成されゆく瞬間々々を、猫がかたち
づくる時間の連なりとして、やはり、静止しながら、じっと見てい
た、


 足跡よ、猫の汗に湿り、その体躯の重さ分、雪原の体積を空白に
して、あの猫の手足が、次々と新しい複製を作る、あなた方は、境
界となって、一つのものを、二つにして、あなた方の一列を、作っ
ていった猫の姿を、どんな思いで見ているのですか、


 上を見ると、雲から次々産み落とされる猫は、中空で、爪を立て
るように身を屈め、蝦のように反り返る、雪原に到達するのを待た
ずに、溶けてしまうから、あの猫達の空は、残像で埋め尽くされて
いて、雪原には境界が、ずっと真直ぐ引かれ続け、


雪道の四景

  田崎



*


小さい橋が覆われている雪に
街灯を胞子として映して
この道も失くなる向こうで交差する道路では
人の気配を感じない
自動車の車体が
音もない距離から
私の映像をなぞっている


*


川のような道から
中空を掻き毟る粉の雪が
いくつも青の糸を咲かせて
上げていく視線に粘る暗闇が
回折をグラデーションさせ
あの車庫の上部は消えている


*


通りに光は円を描いて
震えて影は場所を移動する
電飾は冷え
無いはずの音を
やはり無音として響かせる
電飾は冷える


*


トンネルのように照らされたこの通りより
脇へ入る小道の方が
漏れる光は清冽で
(どの道も渡り切れないだろうから)
踏み込む雪を
鳴らす音を
いくつも憶えておく


祖父

  田崎

私は と言うことに決意はない
ただ、雨垂れの音を数えている
増える楽員の鼾の影に
落ちている胎動
(挨拶が殖えていく森の
 緑の溜め池)

血色のいいりすがいる
潤んだ目がとんぼのように膨張し
白い腹には水銀袋が詰まっていた
「私のための
 特異なりすのための
 不安、という言葉」

辺りに埋まった小石が
孵化して
小さな生命
を持った
持ったから
祖父は泣いたのだと思う
私たちの足許に蟻が

私は 私は という言葉を
私たちが口にするたび
蟻は住み処を追われていった子どものように祖父は
泣いたという私たちの足許に 彼の不安に


  田崎

私は摩周湖で幽霊を見た

青い光輪に切られる
蜜の溜る枝の下
多重な声の挨拶が響いた
幽霊の記憶は肌の白
幹の青黒さを激しく汚す

幽霊は私にとって
小海老の腹のように
欲を抱かせるもので
埋葬の音を
聞き取るほどには
私は子どもではなくて
指で一杯の青を咀嚼して踊る


(私は(作り話が巧いのだから)
見えるものを信じてはいけない
((たとえば)幽霊が(私の)愛する)人でも
そんなことは(私の)視覚が間違っている(から)
((けっして)そのまま)信じてはいけない))
私の((作り)話や)言葉は)
私を(さえ)騙すのだ)(から))

幽霊を少しずつ湖から逃がしていく


海岸帯

  田崎

振られ、凝っていく海に、
服の切れはしが散り、
「家なし」の、私たちは
体がやけに海に似て
組成式は樹となり
色んな元素を孕んで
空には光子が走り回り
気圧はスペクトラムをつくる――一層砂浜は拡がる。
分解して、蒸発したり
生成して現れたりする外縁は、
行き場のないこの入江を
連続して定義しつづけ
壊れているのを
組上げることで
相殺しようとする。
水は清く
微細に振動している。流体はなにも
含まずただ温みを撫でるだけ、鴎も海猫も
いない、鴎も海猫もずっといない、鳴き声の存在が消去された途端、
鴎も海猫も、
時間には関係なくいなかった。
そうやって色んなものが足りないけど私は、
この海岸に組み込まれることを許されていた。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.