#目次

最新情報


2007年08月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


時のない街

  ミドリ

ポップコーンを奪い合う
スニーカーを履いた犬たちで賑わう通り
そこはタータンチェックの
ミニスカートを穿いた女の子たちの足元に広がる街だ

牧師はいつも
教会の前のデッキチェアに寝そべりながら
コーラを飲んでいた

赤いスニーカーの犬が
牧師に時間を尋ねると
決まって彼はこういった

「菜の花畑で そろそろ彼女が
鍬を手にする頃だ」

犬は腕時計に目をやりながら
ぜんまいをキリキリと巻いて 
その時間に 時計の針を合わせるのだ

この街では
ポップコーン屋はいつもごった返していた
買い物カゴをぶら下げた犬たちが 
奪い合うようにして
カゴの中にポップコーンを詰めこむのだ

牧師はいつも
教会の前で
その光景を見ていた

彼の奥さんはクジラで
この街ではあまり見かけないタイプの動物だったが
牧師は夕刻になると酒場へ行っては
犬たちにそのことを自慢していた
料理が上手いだとか あっちの方も最高だとか
犬たちは黙って聴いていたが
あまりよい顔をするものはいなかった

一匹の犬が
牧師に尋ねたことがあった

「あの奥さんとどこで知り合ったのですかい?」

牧師はいつものように
こう答えた

「菜の花畑で そろそろ彼女が
鍬を手にする頃だ」

犬は黙って頷き
腕時計のぜんまいをキリキリと巻いて
その時間に 時計の針をあわせるのだ


メッセージ(4稿

  ワタナベ

教室の扉をあけると机が整然とならんでいる
錆のこびりついたロッカー、同じような景色の描かれたいくつものデッサンが壁に貼られている。窓から俯瞰された線画、L字型の校舎と塀に囲まれたグラウンド、校舎は塀にむかって屈折し屈折部分は低く腹ばいになっている。その突端で塀は切れており、そこから鞄をたすきがけにした、学生服が入ってくる。塀から上だけは、すべて青く塗りつぶされている。
(どこからか耳の奥に響く声)
窓際の机に鞄を置き、窓枠に力をこめる、つまさきが少しだけ浮く、雲のない空。

校門に立っている、数メートル先には玄関があり、靴箱が並んでいる。レンガ造りの玄関の左手にはグラウンドが広がり、奥には三階建ての校舎が建っている。玄関をくぐり、靴を履き替え、廊下を進んでいく。下穿きが廊下をこする音が響く。突き当たりに階段があり、左には教室が並んでいる。

カルトンと画用紙、HBの鉛筆を、机に置いた鞄から取り出す、そして窓から外を眺める、空は青い、まず腹ばいになった校舎の屈折部分を描く、そして、塀に沿って線を引く、空間部分はグラウンドにする、校門が目に付く、アスファルトがちらりと見えている、鞄をたすきがけにした学生服をそこに配置する、塀から遠く街並みが見える、何も描かない。
空を見る、雲はない、すいこまれ、視界が青く溶けていく。
いつものチャイムが鳴る、画用紙に青い絵の具をしぼり出す、筆で塀から上を塗りつぶす。
(耳の奥に響く声)
並べられたデッサンの端っこに、画鋲で画用紙を貼り付ける。

突き当たりの階段を三階まで上がっていく、教室の扉を開ける。中を見回すと、机が整然とならんでいる。
(耳の奥に響く声)
教室の後ろの壁には、同じような景色の描かれたいくつものデッサンが貼られている。窓から俯瞰された景色、すべてのデッサンの上半分は青くぬりつぶされ、校門には鞄をたすきがけにした学生服が描かれている。いつものチャイムが鳴る、窓際の机に鞄を置き、窓枠に力をこめる、つまさきが少しだけ浮く、雲のない空。

校門に立っている、またぼくは校門に立っている、頭の中で響く声。ぼくの影がながく伸び、レンガ造りの玄関は夕日に照らされている。声がする、ぼくはぼくの校舎に入っていく、靴箱いっぱいに靴は並び、下穿きはない。靴のまま、校舎の中に入り、三階の教室を目指す、声がする、扉を開け、壁一面に貼り付けられたデッサンを剥ぎ取り、破り捨てる、声がする、頭の奥で響く。
画鋲がばらばらとふりそそぎ、手の甲をひっかき、数多にぼくの教室を反射し消えてゆく。ぼくは一心不乱にデッサンを剥ぎ取り破り捨てる。
鞄を投げ捨て、窓枠に力をこめた。
手の甲の傷に、しずくが、ぽつり、ぽつりと落ち、染みこんでゆくたび、遠く燃える空が、頭上からゆっくりと、とうめいな群青に染まり沈む。
ぼくは投げ捨てた鞄の中から、カルトンと画用紙、HBの鉛筆をとりだし、窓から見えるだけの街並み、ひとつひとつの家、ビルディングをできるだけ丁寧にデッサンし、それらの無数の窓からもれるささやかなひかりを、こまかく塗って、教室の後ろの壁に貼り付けた。
ぼくはしばらくそれを見つめて、階段を降り、靴箱の横を通り、玄関から外に出る、校門で学生服とすれ違う、振り向くと、暗闇の中で、学生服が呆然と立ちつくしている、校舎は見えない。
その足元には、一枚の画用紙がぼんやりとひかりを帯びている。
ひかりの中から、矮小なぼくのさまざまな声が聞こえてくる。
学生服は耳を塞いでうずくまり、頭のてっぺんからどんどんと画鋲になり、崩れ、画用紙の上に音をたててふりそそぎ、はねた先の暗闇に消えてゆく。
画用紙を拾う、そのあかりをたよりに、ぼくは歩き出す
あらたなもうひとつのひかりの中へ


戦後ノスタルジー

  ベイトマン

ここは浅草 山谷の掃き溜め 音に聞こえたカッパの松が チャンコロ野郎に殺されて いまじゃ新橋 奴らの天下 デンゴロ食えねえ日本人 泣く泣くドヤに移り住む
さあさあ 御用とお急ぎで無い暇な方はちょいとばかしお耳を拝借させてくれ 聞くも哀しき語るも虚しき話だよ なに銭はいらねえし 荷物にもならねえさ

真夏の陽射しが四畳半の狭い部屋を照らしつづけた。威勢のいい行商人達の掛け声、遠くから聞こえる子供達の笑い声──胸糞が悪くなる。
台所の片隅で、眼球が白濁したネズミの死骸に群がった五匹のゴキブリが、茶色い触覚を震わせてうまそうに腐肉をついばむ。
湿気で不快にべとつく腋の下、異臭漂う室内、蚤が跳ね回るぶよついた畳は不潔に黒く変色し、たまげるばかりの太陽の輝きが思考を腐らせる。
蒸し暑い。毛穴から吹き出す汗の雫が熱気で蒸発した。外を見やった。道の脇に捨てられたイワシの残骸。ぼやけた陽炎。土ぼこり。
腐敗したイワシの眼窩へもぐる無数の黄白色の蛆虫どもが身をうねらせながら歓喜した。──汚らしいギンバエの羽音がやまかしく石川の鼓膜を障った。
柔らかい熱風が吹いた。吐き気を催すイワシの悪臭が風に混ざって部屋へと流れ込み、汗、畳、ネズミから立ちのぼる異臭とイワシの腐臭が嫌味なくらいに絡みつく。
前頭葉を刺激する強烈な匂い──石川の脳裏に淋病持ちで鼻持ちならなかった娼婦の姿が浮かび上がった。うつろな視線が宙を泳いだ。
灰色の膜に覆われたこの世と胸裏深くに根付いた虚無感だけが己の因(よすが)を浮き彫りにする。石川は力なく笑った。ただ、力なく笑った。

六尺に足らねえ五尺の、十に足らねえ九(ここのつ)の半端モン ボロ着た浮浪者 かっぱらい 星の旗振る兵隊さんが横流し バイ人達も大喜びだ

戦争帰りの傷痍兵 徒党を組んだ中国人と朝鮮人の小競り合いがやかましくってしょうがねえ あの三国人どもがいい気になりやがってよ

日本人に償う必要はないぞ 俺はあいつらがパンパンと乞食をいじめてやがんのを知ってんだ 確かじゃねえがそうなんだ 

サイホン引きのイカサマ博打 ゴロゴロ転がるのは四角いサイコロの目ん玉よ 目、目、目がでねえ 俺の目がでねえなあ いくらサイコロ振ってもよ 出ねえもんは出ねえな

頭に来て文句いってやったらよ 飛んできたのは直刃のドスだよ 俺はすぐさま土下座した 勝ち目が無さそうだったから あいつら俺を根性が無ねえだとか好き勝手にほざいてたよ

だからあいつらが油断して後ろ振り向いた瞬間に転がってたドス握って背中ぶった斬ってやったさ ざまあみろだ

GHQが警察から拳銃取り上げやがった 今じゃあ黒いのと白いのが街中で女と餓鬼をレイプしてんだ みんなあいつらの横暴に見てみぬ振りを決め込んでたさ
 
野良犬やら野良猫やらをドラム缶にぶちこんだモツ煮の饐えた匂いが胃の辺りをくすぐる 人の活気と熱気ほどうっとうしいもんはねえよ メチルで作ったバクダン カストリ 

石ころみてえにゴロゴロ転がっていくよ 明日なんぞを信じてる馬鹿どもが 石ころみてえに我慢して石ころみてえに冷たくなって

穴が開いちまったテント張りの店 ほつれたゴザしいて品物を並べただけの粗末な露天商 呵責ねえ三国人の罵声に若い巡査はたまらず泣き出しちまった

大の男がよ 俺の目の前で泣いたんだよ 大粒の涙こぼしてよ 顔クシャクシャにして泣いたんだよ チャカが欲しいな 中古のS&Wが欲しい それにギョクも 

バタヤンが新宿第一劇場でショーやってんだ あんたは七十円に一十八円足らねえ生活した事あるかい 俺がもし風船だったらなあ

そうだ 風船玉だ タタキやりながらふわふわ風にゆられて西へ東へ自由気ままな極楽トンボ そんでパーンと破裂してよ どこで野たれ死にしようがかまうもんかい

百円で買った名も知らぬ女の瞼に口づけする。眉間に縦皺を刻み、僅かに震える女の眼球──薄い皮膚を通して石川の唇に伝わった。
舌先を緩やかに瞼の隙間に這わせて直に舐めた。眼球は完全な球体ではなかった。角膜の舌触り──石川は微細な凹凸を知覚した。女の小さな耳朶を前歯で軽く噛んだ。
くすんだ肌の匂い。石川はこの匂いが嫌いではなかった。尿道が痺れる。首筋に触れた。指を肌からゆっくり滑り落とした。柔らかい。
女だけが持つ果肉の豊穣──男の本能を呼び起こす肉の感触。十本の指が無意識に蠢いた。女の喉くびに食い込む。指先から女の激しい脈拍が伝わってきた。
掌が熱をはらんだ。視神経が真っ赤に染まる。高ぶった。ベテルギウスの幻影が見えた。身体は芯まで火照るくせに、心はやけに冷えてくる。石川はじわじわと指先に力を込めた。
不条理な殺人に直面した女は爪で石川の腕を力の限り掻き毟った。腕の皮膚に血が滲む。石川の心臓が女を殺せと急かし、胸板を激しく乱打した。
見開かれた瞳──女の鼓動が消えうせた。女の顔が蒼白く──やがて紫へと退色していく。石川は息をのんだ。
女の股間からぬめつく褐色の糞便と小便がこぼれ落ちる。こぼれた糞尿が太腿を伝った。
女を仰向けに寝かせて汚れた太腿を両手で開き、石川は女の性器を覗いた。左右非対称の肉片、灰色のラビアは細長く、決して美しくは無かった。
糞便に混じり腐った魚のような臭気が鼻腔粘膜を強烈に刺激した。横隔膜を刺激する匂い。沸騰した胃液を逆流させながら石川は女にのしかかった。
食道の焼ける感覚が一種の感奮をもたらし、反吐をぶちまけながらも何故か心地よかった。つらい眩暈がした。激しい酩酊感が体を襲う。
獣のように吠え、獣のように女の内部で暴れる。ペニスの根元が痛みに叫んだ。生命の温もりを残す女の子宮に石川は断末魔の如くザーメンを放った。
己の乾いた血で黒ずんだ女の指を噛み千切り、石川は何度もほお張っては咀嚼する。爪と骨が大部分を占める指は旨くもなんともなかった。
舌腹に女の生酸っぱい錆ジャリの味が突き刺さる。口腔内でざらつく骨片──石川は痰とともに地面へ吐き捨てた。骨肉の混ざったぬめる痰唾が地面にビチャっとへばりついた。

なあ、女に惚れたことあるかい? なあ、惚れた女はいるかい? こんな俺にも惚れた女がいたよ その惚れた女がよ

三年間愛した女がいた 惚れた腫れたで一緒になって ふたりで一緒に幸せ掴もうなって 煤だらけになりながらリヤカーひいて銅線、鉄くず拾い集めてよ

だけど、だけどよ あいつはただの死体になっちまった 野原の隅で ススキに囲まれて ズタボロになっちまって 無残な姿になっちまって

あいつに買ってやった浅草神社のお守りもあいつの事 守っちゃくれなかったよ 痛かっただろうな 辛かっただろうな

糞ったれ あのチョン公めらが 戦勝国民 戦勝国民ほざきやがって好き放題しやがって 挙句の果てにゃこれかよ ポリもよ 俺達にゃなんにもしちゃくれなかった

だからよ だから俺は堅気やめたんだよ 堅気やめてよ 俺は外道になったのさ

泥んこにまみれちまったお守り握りしめてよ 取ろうとしても指の間でつっかえちまうんだ 身体中あざだらけで それでも それでもあいつは綺麗だったよ

たまらなく綺麗だったよ だから──俺はあいつを食ったんだ 眼から鼻から涙がダラダラこぼれてよ 口がひん曲がるくれえ肉が塩っ辛くて それでも俺は食い続けたよ

何度も何度も吐き戻しちまって それでも俺はあいつを食い続けたよ お日様が沈んでいくよ 俺のお日様が沈んでいくよ 俺のお日様が遠くにいっちまう

俺もお前も所詮は虫ケラ だかよ虫ケラにゃ虫ケラの意地があらあな ダンピラくぐってドス突き刺しゃあよ ちいとはポコペン野郎も大人しくなるだろうさ

徒党を組んだ三国人渋谷署を襲撃した。己らの威光と恐ろしさを世間に見せ付けるためだ。力だけが──暴力だけが全てを支配する時代だった。
三国人の集団を相手に真っ向からたちふさがったのはジュクの万年東一を筆頭とする愚連隊──その当時、三国人に怯える市井の民を守っていたのはヤクザと愚連隊だった。
神戸では三代目山口組組長田岡一雄率いる「山口組抜刀隊」が、ここ新宿では殺された「カッパの松」こと関東松田組組長松田義一が無力な警察の代わりをつとめていたのだ。
石川は他の愚連隊仲間とモクをふかしながら三国人の襲撃を今か今かと待ち構えていた刹那──鼓膜をつんざく銃声が闇の中で轟いた。安藤昇が先陣を切って散弾銃をぶっ放す。
拳が空気を切り裂いた。加納貢のストレートパンチが三国人の顔面に決まる。鼻骨を砕かれた三国人が哀れな声を出して地面にうずくまった。

浮世の憂さ晴らしといこうかい あのポコペンどもを叩きのめしてやる 命が惜しけりゃ引っ込んでやがれ どうせ人間死んじまえばただのオロクよ

善人も悪人もねえ ただのオロクよ そんでよ 燃えて砂利になって風に流されていくだけだあな おい、見ろよ 加納貢のメガトンパンチを

相変わらず凄げえな おっと、あそこにいるのはピスケンじゃねえか

直刃のドスがうなりあげるように吠えた。石川の握ったドスが男のドテッ腹に食い込む。鮮血が飛沫をあげた。怒号、絶叫、叫喚、あらゆる叫びが錯綜した。
割れた傷口から湿った空気の抜けるような音が漏れた。男が驚愕の表情を浮かべた。躊躇せずに石川は腹に突き刺したドスを滅茶苦茶にねじり回して男の腸を切り裂く。
己を凝視する男の悲壮に満ちた眼差し──石川の背筋に冷たい快感が走った。生温かい男の血がドスを握りしめた手を濡らす。狂乱が脳天を打ち砕いた。
ドスを引き抜いた。突き刺す。ドスを引き抜いた。突き刺す。ドスを引き抜いた。突き刺す。ドスを引き抜いた。突き刺す。ドスを引き抜いた。突き刺す。
こめかみに浮き上がった血管が激しく脈打った。心が、感覚が、魂が激しい憎しみに氷結した。血溜まりに息絶えた男の身体を転がし、石川は次の獲物を探し始めた。
初めて人を殺した感触──石川は無意識のうちに射精していた。

そんなわけでよ 俺は今この府中刑務所にいる 女も殺した チョン公もチャンコロも殺した 思い残す事はもうねえさ


クアウテモク

  宮下倉庫



マルセロはふり返らない
白熱灯を封じ込めた
日輪
土くれが小さくめくれ
蒸発していく路上
扉をあけ放した
なめらかな白壁の家
サッカーボールのように
転がるマルセロの


アステカのスタジアムで
石板を掲げた預言者は
地球儀を奪い合うインディオたちの中で
最も高く飛んだ者に
イヴァンの名を与えると宣言した
削り取られていく版図
白く輝く 南アメリカの
太平洋を臨む場所
海岸線に定規をあてる
金色の和毛(にこげ)を蓄えた手が
ここからも見える

雪崩れのような歓声が轟いている
偏西風の吹きぬけていく方角で
あけ放たれた扉の向こうに
髑髏を象った砂糖菓子が飾られている
私は跪き
裸足の足跡にくちづける
顔を上げれば
くり貫かれた両目に
蛇を踊らせる
黒髪の少女が
なにかを 胸に抱きしめながら
歩き去っていく


荒地

  いかいか

荒地


さようなら私たちの懐かしい荒地
実りを知らない荒地の春
私たちの残り香だけが香る
私たちの稲の家は
荒地の春に燃やされて
私たちは駆けていく
どこまでも遠くへ

例えば、例えば、と、
子供の様に聞く
それは私たちが知らなかった春
何れ会うことになるでしょう
あなたたち
私たちの乳母は未だに
狼の群れの中で
炎の晩をしているのだから
私たちは出て行ける
そして雨が、雷が
私たちの荒地を打つでしょう、
雨が止まる瞬間、
私たちは待ちましょう、
どこまでも長い時間の中で、
どこまでも下っていく時間の中で、


そして原野へ

私たちの野に開かれた田畑
夜、田畑につみあがる子供たちが降りてこない
私たちはそしてまた出て行くでしょう
私たちの背骨から生える
多くの原野よ
私たちの春を知らない
春の友人たちよ、
湿地帯を越えられない多くの友人たちよ
あなたたちが醜く引いた線も
いつかは雪に覆われて
この世から消えてなくなるでしょう
だから私たちは駆けていくでしょう
この荒野という緑の極地から
戦うために私たちの乳母が知らない原野へと
さようなら荒地へ逃げる春の友人たち


[教室が蝉]

  香瀬


[教室が蝉]





.        黒板の前に立って、教室のなか、窓のない教室のなかは、ドアもなく、取っ手もないので、
何もつかむことができない、そんな取りとめもないことを筆跡に託す。



.                                活字と変らない彼方の会話を、私は
一つ一つタペストリーにするために縫い合わせていたところなのですよ、えぇ、その流行りのフォントで話
しかけてくるのをやめていただけませんか。



.                    木製の机に備え付けられた金属の義足は重たいよね、はにかみ
ながら云うもんだから私は、いつだって抱きかかえることができるように鍛えたものです、いつでも座って
いただいて構いませんよ。



.            それぞれの椅子にはそれぞれの座り方があるので、はい、座りなおしてください
ね、発言する時には手を挙げるように云ったはずです、(窓の外では)(窓はないのに)誰も入ってこられ
ない行列。


.    鍵をかけておきました、ドアに、そのドアにねじこんでやりました、ので、ひらいても構いません
が、入ってこられるでしょうか、黒板に蝉の絵を書くのだけは、早めていただきたい。



.                                       、は止めていただき
たいのは、/爪を立てて声を出す真似をすること/止めて、患ったままになった機械の窓に螺子が、螺子を
書いたチョークで、ああ、またこの窓も開くことはできない白い粉ですから。



.                                    蝉は取っ手の内側にいる生
き物だから、彼方も(そして私も)まがまがしい、強いられた内臓のデッサンを(チョークで)行なわなけ
ればなりません、外では夕日が(窓はないのですが)ドアを焼いているというのでしょうね。



.                                           空調は壊れ
たまま、焼かれた空気を吸った私たちの肺も、灰に、焼けてしまったのですね(彼方!)羽を持つ生き物で
あったならば、この空気を啼くこともできたのかもわかりません、(抱いて、と)。



.                                     黒板はとけて、蝉は、焦
げ臭い私の(そして彼方の)鼻腔を侵す、(お菓子(を)ください)排気を覚えておくことだけで、今はい
いのだ。



.   時計の針はいつも正午です、椅子から立ち上がることで残った靴下、彼方のフォントからかけ離され
た(足蹴にされた)床、這う、彼方、なぜ、そこに、いるの、でしょう、か。



.                                   足蹴にした(その脚部の付け
根に大きな穴がありました)私は(彼方を、)踏み、床は、何処までも私の顔をしていました、彼方が這う
から。



.  本当はそんな生々しい(生易しい)、教室の、とけた黒板に蝉が、今はもう内臓も(描かれているから)
忘れました、忘れてしまいました、思い出すために。



.                         窓はなく、彼方が、私は踏まれている、ドアの取っ手
を、あの吐き気を催すフォントは排気したい、ひねって、刻まれた(外にいた人々の行列は、はたして、)(
足音も跡もなく)消えてしまった、誰も彼もが。



.                      蝉が(私は教室、鍵をかけて、ドアはないのに、窓に残る指
紋をふいて、向こうの景色は見えず、四方はすべて彼方、壁ですので、何も見えず、聞こえず、臭えず、床も
天井も違いなんてあったかしら、内臓のデッサンがとける、フォントもとける、口をひらいても穴はなく、味
わえず、感ぜず、ただ淡々と)、啼く。


秋の眠り

  疋田

深海に無数の驢馬が横たわっている。それらを泥雨がひたすらに打ち付け、海中なのに、と呟いた父親は、秋を知らない。そんな父親が瞼を閉じれば、水圧はいよいよ上昇し、眠りが具象して顔を持つ、唇しか無い巨大な顔、もう父親は居ない。半開きになった口からは涎が垂れ続けているというのに、拭う手も無く、全ての驢馬は縮んでしまい、海の底に私は無い。肥大する、眠りが肥大する、肥大している。顔を持った眠りが、多くを思い出そうとして、無いはずの瞼が何枚も何枚も、閉じていく、だから泥雨は見えない、思い出すものなんて始めから無いのに。眠りは。肥大する眠りは深海を埋め尽くし、私は、その中で確かに死んでいたのだろう。泣き続ける、秋の眠りを追って。

砂丘に無数の驢馬が横たわっている。それらを泥雨がひたすらに打ち付け、秋から秋へ、いつまで経っても冬が来ない、だから私は秋しか知らない。そして何にも考えず、ただ、何処へも行かない気球を眺めていた真昼間。開いているはずの瞼がもう一度開き、私は、ジグソウパズルに成った自分の体を必死に組み直していた。どうしたってピイスが足りなくて、一瞬の永遠はしっかりと私の腕を掴む。やけに世界が近かった。遠くでは二匹のアラビア調のアブラ蝉がこそこそ話をしている。暗雲がおどろおどろしい、雨の降りしきる砂丘でだ。眠りは。眠りは泥雨の間で一層深まり、おいてきぼりにされた私は、また、瞼を開けることになるのだろう。泣き続ける、秋の眠りを追って。


ペンギン

  みつとみ

一年に一度だけ、
わたしと母は、海草をとりに、
江ノ島に向かう、
その途中に、枯れ木の門がある。
昔、「厚生病院」と呼ばれた場所の前を、
母の運転する車で通る。
信号待ちで、助手席から、
裏庭はどこかと目で追う。
車窓にはりついた、
すねたペンギンのグッズが、景色の中に浮かぶ。

少年だったわたしは、
病院の裏庭で、
たったひとりで、
ウルトラマンの人形をもって、
笑いながら走り回り、
(あの曇った空を)
飛ぼうとすることに熱中した。

母が、急性の腎不全で入院し、
わたしは、ヒーローの人形を片手に、
父の手を、もう片手に、
強く握り締めながら、
母のベッドの脇で、
表情だけは笑いながら、うつむきそうになりながら、
必死な思いで立っていた。

六年後に、
父は、中古の家と、
だまされて購入した、別荘用地を遺し、
肝臓癌で他界した。

「お前は近所のひとが、
『お母さんの見舞いに、いっしょに行くか?』と声をかけても、
『ぼくはあとでお父さんと行くからいいんです』といって、
ひとをものすごい目で、にらむような子でね。
大人しそうに見えるけど、ほんとうはガンコで……」
母はハンドルを握りながら、
老眼で信号を注視する。
その脇で、
わたしは泣き笑うような顔を隠している。

走りだした車。
母の昔話を聞きながら、わたしは黙って、
窓の外を見る。
名前の変わった、病院の建物が遠くなる。
曇り空を背景に、ペンギンの黒い頭がゆれる。
(飛ぶことができずに)
海につくころ、雨が降りはじめた。


眷族

  軽谷佑子

陽ざしは強く、ながくのばした髪を浜に引きずり、わたしたちは力をこめて綱を引く。うすい殻を破っては肉をくらい、波打ち際に寄る海草を拾う。塩を噛んで、わたしたちの寄る辺はせまい潟、帯のあいだにはそれぞれの生きものが挟まれて、暮らしはまじないをつくることから始まる。

あのね、昔々わたしたちがここへ来たときには、本当に白かったの。つめもまだ桜色で、着るものも飾りだらけだった。わたしたちは試練のこどもだったから、日がたつにつれて飾りはうしなわれていったけど、けして全部いっぺんにではなかった。ひとつひとつ、うしなわれていったの。わたしたちはそのことを忘れてはいけないのよ、

この岸辺には多くの人がいる。岸辺は土地のものをよく知っていて、陸はここまで、陸はここまでと言っているのに渡っていってしまうから、仕方なくいちいち印をつけている。舟がゆっくりと潟を横切り、眷族のうちの誰もお互いを知ることはない。足を這いのぼるフナムシをはたき落とす、その指はどれもこわばっている、

花嫁は舟にのって、塩の海をすべっていくのよ、飾りを落としたぶんだけ花冠が増えていくの。連れ合いは花嫁をみるたびにかわいそうなくらい勃起して、隠す余地もないんだけど、でも誰だって花嫁をみたらそうなるものだから、とがめるひとはいない、静まりかえったなか花嫁だけがたいそう賑やかなの。

ひとりでに車軸が外れて油がこぼれる、車輪だけが移動を開始する。陸地は姿が恐ろしいので、離れていけ、離れていけと必死に櫂をつかう。流れが速いから遠ざかることはたやすいけれど、みえなくなった途端恋しさがつのって、結局また戻っていってしまう。いつまでも繰り返すからいつまでも変わらない、

ほら、大きく口を開けてないと乾かないわよ。わたしたちのまじないはとても強いけれど、わたしたち自体は強くないのだから。忘れてはだめ、砂地に水がしみこむように、起こったことを記憶するの。どんなに一日がながくても、血はながれないし、だいいちわたしたちは無血なんだから。

いましめがほどけ、車輪が土地に到る。つっかいのかわりに大きな骨をかませている。水だけがとめどなく溢れ、またすぐに乾いていく。塩を噛み、フナムシの群れがばさばさと音を立て、支配だけが積み重なる、眷族を殺し、その腕で舟をこぐ、わたしたちは砂の一粒となって陸をけずり、このままずっと。


平原III

  田崎

ひとつふたつみっつよっついつつむっつななつやっつここのつとお
ひとつふたつみっつよっついつつむっつななつやっつここのつとお、
くさのおのおのはじぶんをかぞえつづけるかぜにゆられるたびまた
いちからかぞえなおして、重力のいろは蛍光とりょうににているか
らひろびろとふりつもることであぶらのしきさいをその体表のうえ
にゆらしているそこは


平原ではない
ひとつともることでふたつともりふたつともることでよっつともり、
そうやって加速的にほしぞらのようになる表面はまぶしくなればま
たいっせいにきえて、はじめにともるくさをしることができないの
でくりかえすその現象をぼうぜんとかぞえつづけるそのかずに比例
してわたしからなみがうちひろがりまたうちよせてくるそこは


平原ではない
わたしからわたしになりそのわたしがわたしになることはねのあま
いにおいにとうすいすることにもにていて、あしはもうとうぜんの
ようにつちにうまっているからわたしはわたしがわたしであること
とわたしがこのばしょであることとの区別に論をくむことができな
いいっぽうでわたしはくさと相似だから、べつのわたしがずっとわ
たしをみていたそこは


平原ではない
そうちょうはずっととおくまでわけへだてなくきりになり、飽和し
たくうきは内包しきれないげんごをくさのもとへと結露させるから、
密集することで乱反射をすくなくしたきりのつくる垂直のすいまく
の、その無限にりんりつするはんとうめいのスクリーンのむれが退
化のこんせきのようにひとつとしてなにかをうつすことのないまま
きりにぬれていたそこは


平原ではない
おいていかれる、わたしはねむることでわすれるしわすれられたわ
たしはわすれつづけるしかない、いっこにこさんこよんこごころっ
こななこはっこきゅうこじゅっこいっこにこさんこよんこごころっ
こななこはっこきゅうこじゅっこ、くさはすこしだけ生長した、わ
たしのたいえきをあげるからもっとくさでありつづけてください、
わたしのねもともにすこしずつのびていく


数多のあなた(9稿

  ワタナベ

数多のあなたから
発信されることばに
わたしは固くまぶたを閉じる
それらを愛さないために

西側の、部屋
窓に切り取られた風景のなかで
遠く稜線がたそがれてゆく
そう
書いたときにはすでに
稜線は稜線ではなく
大学ノートの余白が
網膜に焼きつく

反転

退屈な授業中
いかにも古文という顔の好々爺が
文法についてのんびりと語っている
大学ノートの余白に
「アリス」と書く
「アリス」はみるみるうちに
空色の服と金色の髪をした小さな「アリス」になって
大学ノートの上を走り回る
アリスは背丈ほどもある僕のシャープペンを
両手でよいしょと持ち上げると
よろめきながら大学ノート全体に
四角い枠を描く
とたんに枠内は夕暮れに染まり
遠く稜線がたそがれてゆく
アリスはこちらを振り向き
シャープペンを軸にくるりと踊ると
手品のように消えた
大学ノートの余白には
「アリス」「稜線」の文字
間延びした声と
教室の外の青い空

だんだんよわく

真夜中の汀に
星々のまたたきが降りそそぎ
あわい波がうち寄せては
かなたへとかえってゆく
水平線から
ゆっくりと仰ぐ
とうめいな天球体の外側に
敷かれたレールと
さまざまに散りばめられた
みずがめや、わしや、こと
そして、白鳥座の傍を
列車が音もなく走ってゆく
それらに包まれた


砂浜に沿って走る国道の
街灯の下で見つめる
わたし
国道に車はなく
遠く影のように横たわる山際に見えなくなるまで
街灯が等間隔に並んでいる
わたしは
オレンジ色の明かりをたよりに
僕を包む天球体と
僕を描いて
そっと
ノートを閉じる

塞がれたまぶたに
遮断されたことばたち
わたしがすべてを愛する
それはなにも愛さないということ

そして
わたしはすこしずつ
目をひらく
あなたの一遍のことばが
そのイメージをたち現せ
まぶしく瞳にうつる


舞妓さん

  兎太郎

紅藤色(ライラック)のぼんぼりに灯りをともしたその立ちすがた
花かんざしに 銀のかんざし 珊瑚珠(だま)
人形液でしあげられた白い顔
うしろすがたもあでやかに、だらりの帯はおしりをかくし
きみとぼくと舞妓さんの日々がはじまった

舞妓さんはくまさんのリュックを背負って(きみは舞妓さんのこどもっぽさをバカにする)
これでいいの。鏡にふりむき訊いてから バレエのお稽古へ、伽羅(きゃら)の薫る頬をして
ヨーイ、ヤサー。とアラベスク
きみとぼくは舞妓さんの舞台をみにいった
ヨーイ、ヤサー。で ゆきうさぎたちはいっせいに跳ね 
桃色や空色の花がさきそろう
どれがぼくたちの花なのか ぼくにはわからなかったが

舞妓さんの誕生日にぼくが買ったつげの櫛(千鳥の抜き彫りされた櫛 それはきみのものになった)
ちいさな千鳥はながれる髪の上 すべるようにとんでいき 
たおやかに整えられていくぼくたちの日々
きみが電話するといつでもすぐ  
ドールハウスから 紅藤色(ライラック)の振袖をはためかせ 舞妓さんはやってきた

セーラームーンのような恋にあこがれている舞妓さん
薔薇色に薫る頬をして 短いスカートひらひら 薔薇色のくらげのように
きみとぼくの先を小走りにかけていく、
セーラームーンになったつもりで 喫茶ソワレのゼリーポンチにむかって

暴飲暴食。
とうとつに舞妓さんがいった
あきれたおかあさんのようにきみが説明する、
まいちゃん今日は、かき氷ふたつとジュースさんぼん。 
舞妓さんのぽっくりは こみあげるしあわせの笑いをふくんで艶やかに沈黙する 
空には色とりどりの駄菓子がうかんでいた

雑貨屋のうさぎがだっこをせがむ
しょうがないからだっこして きみはあかるいおどろきの声(うさぎの下半身には砂鉄がつまっていた)
新生児の重さ
きみはよこだきにして 
きみとぼくの眼にみえはじめる そのうすい前髪のあたりをそっとなでる
それは舞妓さんがひとりで産んだこどもだった

まいちゃんには友達いない。
きみがいじわるいったことがある
おるもん!
花かんざしに 銀のかんざし はげしくゆれて 
舞妓さんの泣きだしそうな声(その声はぼくの口からでたようでもあった)
ごめん。ごめん。
そのときのきみこころは すなおな珊瑚珠(だま)
それからぼくたちは松彌(まつや)で 金魚と風鈴と花火のお菓子 三にんぶん買ってかえった
………………………………

蝶たちがみずからのすがたをあちらこちら刺繍していたあの街で
きみとぼくと舞妓さんの花が咲いていた


火災現場からのレポート

  狩心

ニュースでやってた
どうやら、隕石が衝突したらしい
隕石の中からはたぶんエイリアンが出てくるはずだよ
あーあーあー、マイクマイク、テストテスト
壊れた腕時計を見ると、時刻は午前二時(深夜)、しかし!
私の意識は、暗闇が影の中にひっそりと身を潜めた明け方の朝なので、服を全部脱ぐ
風呂場
あーあ、いい湯だな〜、梅酒のんで〜、生ハム&チーズ、けけけ、の最中にシャワーの穴から、誰かの悲鳴が聞こえてきた、
シャワーを受話器のようにして、もしもし、もしもし、大丈夫ですか?、と語りかけてみたが、返答がない、
鏡に映る自分の姿を見て、いや、むしろ、俺が大丈夫か?、と自分を疑った、
丸裸でこんな
303号室
日当たりは抜群なんだけど それはむしろ 吸血鬼にとっては不都合で
左右対称の部屋 美しすぎて 逆に疲れてくるので ここから抜け出す事にする
腕時計が チッチ チッチ 舌打ちして 憂鬱なムード
そんな空間を漂い 時間に囲まれる前に 二足歩行で ここから抜け出そう
壁も天井も床もミシミシ いっている (いや、四足歩行でもいいけど)
私の影の足跡もミシミシ いっている (いや、二人三脚でもいいけど)
それに加えて今日は、プスプス いっている
ドアノブが熱い、皮膚が付着して、片手が焼け爛れて、
じゅーじゅー、じゅーじゅー、ぎゃーぎゃー、ぎゃーぎゃー、
利き腕が機能しなくなってもいいや、ここから抜け出そう!
廊下
切断された利き腕から、血がポタリポタリとリズムよく落下するんですけど、
火事を知らせる緊急警報がピーピーうるさいので、
部屋の前のドアには、住人たちの削ぎ落とされた耳が転がっているので、
ああ、そうですか、そういう事ですかと、全て一人で納得する廊下
そして そこから見える沢山の部屋の中はー
炎の渦ですー 温度は最悪に上昇 地獄ですかここは。
生身の体を持った者たちがキャーキャー言いながら焼失していく中で
機械化された者たちがウィーンウィーン言いながら余裕かまして
テレビを見たり、ゲームをしたり、音楽を聴きながら踊っている、ポテトチップス
袋詰で売られている、情報の世界で首を180度うしろにひん曲げて笑顔
妖怪のように舌を伸ばして、口だけで呼吸、舌が体に絡みつく
体がネジのようにねじれ始めて、建物の骨組みに打ち付けられる
トンカチの音と共に裁判にかけられて、自殺未遂容疑で実刑判決、キリストの張り付け
火はどんどんと燃え広がっていく廊下 そしてそこにある沢山の部屋
丸焼けになった死体がどんどん出現してきて 廊下 はきだめになる
食欲をそそるステーキの匂いが充満し始める 廊下 はきだめになる
ナイフで切られた肉の断面は丁度いい赤さで 一時的な生の躍動かな? 幻覚です
得体の知れない変な汁がじゅるじゅる出てる 老化現象かも しれません
滴る液体を全て吸い尽くす吸血鬼のおっさんは私です 光速で若返ります
302号室
隣の人は生きているのか
インターフォンを鳴らす
返事さえ返ってこない
立ち尽くす私の顔は 顔面漂白剤 立ち尽くす私の顔は 顔面漂白剤 撮影中 生本番!
顔の皮膚がボロボロと剥がれ落ちる ヤバイ ワタシガ エイリアンダト バレテシマウ
身近な人間同士で言葉が通じない 身近な人間同士でエイリアンごっこ 身近な人間同士で極秘スパイ大作戦 身近な人間同士で政治的な侵略
非常階段
上か下か迷うけど
とりあえずのぼれ
それが人だ
助かるか助からないか
そんなのは二の次だ
とりあえずのぼれ
なんていう声が聞こえてきて、半ば強制的に体を動かしました、先生! 竹槍を持ってぼくぁ、宇宙人に立ち向かいます、ぼくぁヒーローなんです、先生、ヒーローは世界と愛する人とどっちを助けるんですか? 愛する人よりも世界の方が大切ですか? せんせい・・・走って逃げた ばかやろう 頼りにならない先生 でも ありがとう!
屋上
満天の星空だ イェーイ ☆ しかし誰もいない、うそーん
みんな逃げるのに精一杯なんだろう
リモコンボタンでポチッと夕焼けに変更 ポチッと雨上がりの快晴で虹が架かる!
ポチッと南国の浜辺 ポチッと火星人襲来 ポチッと地球の危機に変更 そして、
落下してくる隕石たちが、この町に降り注ぎ、建物を破壊し、火の手を揚げ始める
ヘリポート
防火服を着た連中が空から降ってくる
手には銃を持っていて 射殺
顔は一様にガスマスクで 大気汚染
戦争でも始めるつもりだろうか
真上を轟音と共に戦闘機が走り抜けていき
ミサイルを発射して隕石を粉々に粉砕している 干渉の嵐
飛び散った破片が雨となって
町の舗装された道路に突き刺さっていく 感傷の嵐
それを踏み潰していく戦車に乗っているのは赤ちゃん
親を探しに遥か外国まで行くその姿は、熱狂的な支持を受けてアニメ化に至る
エレベーター
私は降りていく
自動で動かないエレベーターを手動で動かせ
屋上から、9、8、7、6、5、エレベーターを止めて誤解で降りろ
誤解の廊下は目が痛くなる位、煙が充満しているので
コミュニケーションはいつも誤解から始まる
506号室
人の声がする
ドアを開けたらバックドラフトで全身火だるま
私は黒い影
悪魔の化身
血も肉もない骸骨戦士
私の姿を見て
小さな子供は悲鳴を上げながら
ベランダから身を投げた
そんなつもりじゃなかった
壁をすり抜けて
505号室
有毒ガスを吸い込んで
体、動かなくなった老人と
手を繋いで
螺旋階段
スキップで駆け下りる
言葉なんていらない
二人は災害の中
共通の体験
老人と合体して
あなたの死に耳を傾ける
104号室 204号室 304号室
ドアのない部屋もあるらしい
私は黒い影
悪魔の化身
壁をすり抜けて
404号室 504号室 604号室
終わらないアパートで
存在しない部屋を求めて

人々は移動する 火災現場からのレポート


破裂みそ

  苺森


妄想用の缶詰をまた一つ調達した
それをいつもの素振りで並べ終えてから
気付くのだ明日の意味
私ごと転がって
端っこからすべて倒しきる
すっからかんを
テトリスのようにガシガシと組み
てっぺんから瓦解する


小ぢんまりとも大胆に

 すかころからん


今日もスーパーのレジが叩きだす7:3
明快な響きで突き抜ける

 がちゃがちゃチーン


まるごと飛んできそうになだらか7:3
おとんの額の傾斜でムーンウォーク
滑り足らない奈落の底
バーコードは7のばして3残す美学

残念ながらくす玉のように
引っ張ればパカッとはっきりするしくみでもって
できてはいない脳みそ
めでたいことには変わりないのだよ私の場合


死ぬまで踊れ球の上


おかんが五臓六腑をジップロック
チンで解凍 5、6分
適当野郎危機一髪
樽に突き刺す剣の慎重さで
解凍ボタン押してほしい

閉ざした頭で黒ひげサーカス
垂直に飛んでけ樽の上


レンジで割れるくす玉が生煮え
飛び出た垂れ幕には
「ハズレ」と書かれてあるといい
舞い散る紙吹雪のなか私は
ウィーアーザチャンピオンと歌う

缶をチンしてがちゃがちゃチーン
ビビビビ火花のなか
死ぬまで踊れ
小ぢんまりとも大胆に



 ――破裂、


揺れ

  いかいか

たった一冊の詩集を読むために
僕は朝早くから肘をつき
頭を垂れる

7インチLPから流れる"揺れ"と共に挿入される小鳥のvoiceが部屋に充満し
Vibrationする異次元空間へ平面からの逸脱をそれは朝もやの中からの起床
起立させられた音階のすべてにはにかみSmileする君の顔からまた新しいVibs
の波紋が部屋中の壁にぶつかり"拡散する"砕け散る波の集合が僕を覆った時に
Coffee makerから湯気立ち上りすべてをもやの中に帰した喚起の声がアンプ
から開放され縦横無尽に"世界を駆け巡る"すべての方程式の中で呼吸し圧力の重さ
の中で僕は俺へと変わる"Vibration"する文字

すべては"揺れ"の奥へ


八月二十六日 八女

  soft_machine

全て乾いて
回り続けた
車窓に滲んだレールの錆が
鵲の群尾に一つ文字を願い 回る
回って、それは
草みどり 瓦屋根
白熱灯と傘 老女の舌先
流れてゆくのは
車窓に滲んだレールの錆が

県道三○一号線の朱に解ける午後
欄干をはだかの少年がバランスよく渡る
矢部川の支流に飛び下り
透明な太陽が飛沫を上げ
耳納連山の痩躯を揺する
棚田の幾つかは人手なく涸れて
コブラの飛行演習だけが盛んで
発電所はいつの間にか送水管を無くし
遠く街の方から巨大な煤煙が見ていた
レーダーサイトに反射して
あなたは それが美しいと言って泣く

問い掛ける
回り続けて
何かの沈黙に
竹を割ってゆく
熱風に静かな墨を滲ませ
問われたそれに
ひやっとして
あなたは それが美しいと言って泣く

裸布、筆痕、蕎麦の匂
山猫、産婆、黒雲の精
眼底に熱写された童唄の世界
枯れ果てた因習に耳を澄ますと
全て乾いて
剥き出しにされたそれ
私は神社の外で玉虫が割れて
ダムは日々懐をヘドロが膨らませていた
あなたは底々の家が魚に住まれ
水は足を膝まで歪ませ
凌霄花が道に垂れ
背中は鳴き続け
土葬の賑わいの裏で訪問者が
立ち尽くし帰れないでいる
深い谺に侵されてゆく廃屋
届かないもの
夏は今年も本当の姿を見せぬまま
空は真空で敷かなく蒼でない
通り雨が土間を這うそれが
白い筋が闇に浮ぶそれ
骨を濡らし始める
遠ざかるもの

豚舎の娘が宿題の絵日記を抱え込んだまま
明日を考えることもなく活かされ 許され
仔牛は干草の重さで 諸事の芯を嘗め取り
命の短さを嵌めあい 眺め尾を振る
饒舌で無血な
陰りない陽光
赤子の夢見
線虫の蠕動
へそのおに静かに湛える
爛れたアスファルトに砂を敷く

全て乾いて
回り続けた
車窓を震わす孤りきりの汽笛
マンホールに僅かな塵が降り 回る
回って、それは
団扇風 蚊屋遊び 梟の密会
山火事 腐った畳 蛍の葱灯
歪んでゆくのは
あなた 遠く手招く遥かな海






  鵲=かささぎ
  朱=あけ
  解ける=とける
  矢部=やべ
  耳納=みのう
  凌霄花=のうぜんかずら
  諸事=もろごと
  無血=むけつ
  蠕動=ぜんどう
  葱灯=ねぎあかり


境界

  田崎


 見はるかす奥まりに、灰色の吹きだまりが、零れ散る身で曲線を
引き入れ、こちら側の、青みの溶けた硫酸の雲まで、滴り落ちない
からこそ生糸の、弧を招き入れる、その街の対角線に沿い、雪のよ
うに猫が降り頻り、そうして二つに分離された街の境界を、一匹の
猫が、精確に歩いていく、その足取りを、静止して、遠く眺める私
は、雪原に向こうへ、点々と形成されゆく瞬間々々を、猫がかたち
づくる時間の連なりとして、やはり、静止しながら、じっと見てい
た、


 足跡よ、猫の汗に湿り、その体躯の重さ分、雪原の体積を空白に
して、あの猫の手足が、次々と新しい複製を作る、あなた方は、境
界となって、一つのものを、二つにして、あなた方の一列を、作っ
ていった猫の姿を、どんな思いで見ているのですか、


 上を見ると、雲から次々産み落とされる猫は、中空で、爪を立て
るように身を屈め、蝦のように反り返る、雪原に到達するのを待た
ずに、溶けてしまうから、あの猫達の空は、残像で埋め尽くされて
いて、雪原には境界が、ずっと真直ぐ引かれ続け、

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.