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2007年06月分

月間優良作品 (投稿日時順)

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


落下

  みつとみ

 荒れ地に伏していた。身体の自由が効かない。目を開けると、そばに灰色の蛾の死骸が見えた。風でうすい翅がゆらめいている。翅の鱗粉がかすかに光る。蛾の数本の細い脚が、宙をつかみ損ねていた。

 日が暮れはじめ、濃さをます闇に蛾が見えなくなる。自分の放りだされた腕、手、指も見えなくなる。暗がりのなかでわたしは呼吸をしている。石が当たるので、身体を反らす。風が周囲で、湿った音を立てている。枯れ草が互いに触れ合い、傷をつくる。胸が痛い。眼鏡のレンズを通して、暗い空を見つめる。

 息をする。まだ生きているらしい。ジャケットのポケットに両手を突っ込み、真上の闇を見続ける。あの闇の厚みはいったいどれくらいあるのだろう。次第に闇は深さをましていく。
 湿った風が額をなでる。ほとんど何も見えない。
 落下してくる。まだらな雨が降り出した。顔や地面に当たる。指先にも。眼鏡のレンズにも雨粒が落ちる。周囲に音がつぎつぎとあがる。
 雨の激しさが加速する。体中にあたる水滴が痛い。耳元で破裂する。わたしは強く目を閉じる。閉じたまぶたから水がしみこむ。永く続くかのように、降りそそぐ水の玉。つかのま身体は熱く、そして次第に寒くなっていく。もう空腹感はない。麻痺したのだろう。濡れた体の重さ。地に埋もれる。わたしの重さで、地平がゆっくりと傾いていく。あの蛾も、きっと流されてしまったのだろう。
(わたしも、このまま雨に流されてしまってもいい)

 雨音が聞こえなくなった。目を開けると、眼鏡のレンズに雨が当たっている。けれども、自分の呼吸の音しか聞こえない。眼鏡のレンズは水に覆われている。耳元に流れる雨水。
 
 わたしはまた目を閉じる。ふたたび熱い。自分の体が熱をおびている。
(このまま燃えてしまってもいい)
 やみが自分を中心に渦をまく、そのくらみのなか、だれかが、わたしのジャケットをひっぱっている。が、動きがとれない。その闇には、光の帯がゆらめく。閉じた目を開き、首をわずかに曲げる。
 見ると、一頭の狼がわたしのコートの肩の部分をくわえている。食らう気はないのか、狼の目が、わたしに起きるようにうながしている。この狼は、月の目をしている。
 手を、伸ばす。濡れた狼の頬に触れる。柔らかな毛から水がわたしの指へと伝わり、しずくとなって落ちていく。狼は鼻をわたしの首筋におしつけ、匂いをかいでいる。手の感触で、狼が痩せているのがわかる。地に手をつくが、起きあがれない。手を伸ばすと、狼が自らの頭で下から支えた。

 稲光がして、地上にもたれるわたしと狼を照らした。流水で枯れ枝が流されていく。雨のなか、ふたり息をしている。地から仰ぐ、その雷光が、雷鳴とともに、わたしたちに向けて墜ちた。突き刺す槍に弾かれ、音もなく発火した。

 地上には、わたしたちの姿が見える。ひとりの人間と、いっとうの狼と、そしてあたりを包む暗がりと。ふたつの身体から炎だけが、闇のなかに舞う蛾のようにゆらめいている。


  りす

月あかりを踏んでも
つまさきは冷たく
閉めわすれた窓に
あとすこし 手が届かない
またひとつ 星を噛み砕いた犬が
青い光を零しながら路地の
ほそながい暗がりを横切る
あした あのあたりで あなたは
冷めた星の破片を拾うだろう、そんな
うそをつく
あいてもなく
すきま風が膝を撫でて
かたい骨からなにか一本
抜いていった


ふしぎと猫が寄りつかない庭で
ひるま 鉄砲ゆりが咲いた
三番目の来客は
煙草を吸っていった
ゆりの株をわけてほしいと
乾いた土を掘り返す背中に
根は洗わないようにと 言おうとして
どこにでも咲く花だと 言っていた
煙草と土の匂いが庭を渡り
またひとつ 
まぶしいだけの 午後をかぞえた


名刺を畳んで青銅の
灰皿へ放り込むと 
ゆっくり
かぶった灰を押しのけながら
はじめの 
かたちへと 
戻ろうとする 
うごくので
燃やそうと
火をつけて 
ふと
生まれかわりたいと
おもった


一番目の来客は 
白い箱を置いていった
つまらない箱だと言いながら
置いていった
この箱を開けるにはどこから
破りはじめればよいか
四隅が とても似ている
四隅を 鼻の先でさわる
いちばん痛かった角をつぶして
きょうの目印にして
戸棚の奥に仕舞いこむとうしろで 
廊下をさすらってきたあなたが
降ってきたよと
窓を閉めていった


Red

  ふるる

(R)
ぜいぜいと肩で息をしている硬いダイヤモンドのような鳥だった。その鳥の目は錆びた空き缶の淵のようにギザギザだった、切れそうなほど。ドアーの向こうから光が差すのに鳥は這っても行けない。天井にある剥がれかかったポスターの「R」の文字が気にかかる、どうしてあの文字だけが赤いのにいさん、と妹は尋ねる。裸で見上げた天井のポスターには大きな白い鳥が人の目をしてこちらをじっと見下ろし、鳥の左の翼は取れかかっていた、右の翼はひどく小さかった、前の翼はだらりと垂れ下がり、後ろの翼は刺さっていた、それは確かに刺さっていて、矢のように鳥をいつまでも苦しめ続ける。
どうしてだかは分からない、もうおねむりよ、とにいさんは言いました。私たちもうお母さんもいないしお父さんもいないし、ほんとに果物やの床に潰れているようなさくらんぼのような二人だと思うの。にいさんは黙って私の髪を撫ぜて。どうしてと聞くのはもうやめましょう。答えはきっとここにはなくて、あのポスターの「R」はとても赤いけれども、描いた人だって決して悲しんで描いたわけではないでしょうし。また朝がくるのかしら。グラスに注がれた光るお水が私たちのところにも流れてくるのかしら。ああ、喉が渇いてしかたがないの。あの赤い「R」。私は喉の渇きを我慢して、冷え切った乳房をたぐりよせて暖めるの、にいさんあなたの手で。「あの鳥は俺たちだ。罪にさいなまれる」ごつごつしてかたい手、それで冷たくて動かない荷物を運んだわね、今日も、明日も、運ぶのでしょう。


(e)
夕暮れ近くまで二人は水浴びをしていた浮かび上がる黒い影と真っ赤に染まりながら滴り落ちる水。
水を浴びるたびに鳥肌がたったけど嫌な感じではなかった外は生暖かくて夕焼けは燃えるように真っ赤。お父さんが雌鳥を殺したことを覚えている。雌鳥は抱きかかえられてとても大人しかった一言も鳴かずに大人しく横たわったくるりと細い首をねじられた首が。無駄のない慣れた手つきで。別の雌鳥は激しく鳴いた首を切られる時暴れさせて血を抜くんだ、とお父さんは言いました暴れさせて血を。私は一生懸命書き取りの練習をしていたけれどどうしても「e」の字が逆さになってしまうの。にいさんは私の手を取って辛抱強く教えてくれました、逆さでない「e」。くるりと回して書けばいいんだよ。あの雌鳥はどうして逆さに吊るされているのかしら逆さにすると大人しくなるからだよ。大人しい雌鳥も首を切り取られて血が出ていました。真っ赤な血が滴り落ちていたのです私の身体にも。どうして「e」だけを逆さに書いてしまうのかしらええわかっているわ私はにいさんに手を添えられて書き取りをするのが大好きだから書けないふりをするの、夕暮れの水浴びは少し冷たいわね真っ赤に染まった水がぽとぽとと二人の髪から落ちるの。ああ恐ろしいほど真っ赤。雌鳥は真っ赤な血を出して終わってしまったのね死んだのねあのかわいそうな雌鳥は。全てには終わりがあるのでしょうにいさんだけど何度も何度も水をかけて。この水は何度でも注がれるの水滴になってはまた桶に溜まり桶に溜まってはまた水滴になるから。こんなに真っ赤なのにどうしてかしら私は全然怖くはないの。


(d)
その墓には同じ苗字を持つ男女の名が記されていたどちらもJr.でありきっと兄妹だったのだろう二人は同じ日に死んで同じ墓に入ったのだからずっと一緒に長く暮らしたのだろう、しかし奇妙なことに父親と母親の名はない。画家はしばらく立ち止まり墓を見つめていたがもはや死んだ者には用はないのだと言うようにカンバスを広げた、墓の絵を描こうと思った。赤を基調とした大きな絵を。しかし描きすすめるうちに白ばかり塗りたくっていることに気づいた。白は死者の色なので画家は好んでそれを使わないのにその白は確信を持ってカンバスに広がってゆくよく見ると鳥の形に見えなくもない。鳥は好んで描いていたものなので画家は筆に任せて鳥を描き続けた、赤い墓はどこにも見当たらない。
夢中で描き続ける画家に日差しはますます厳しく照りつけるのだったまるで白しか見えない世界のようにカンバスも白く白く白く塗りこめられていく、ようやく彼が筆を置いたとき時間はそれほど過ぎてはいなかった。どこかよその世界で描いてきたように時間は進んでいなかった、影も伸びていなかった。その絵は奇妙な鳥がもがいているような絵だった。人の目をした鳥の左の翼は取れかかり、右の翼はひどく小さく、前の翼はだらりと垂れ下がり、後ろの翼は刺さっていた、ぜいぜいと肩で息をしている硬いダイヤモンドのような鳥だった。画家はその白い白い画面に「Red」と文字を入れた。Rの字は赤く。彼は赤を好んでいた。「どうしてあの文字だけが赤いのにいさん」「あの鳥は俺たちだ。罪にさいなまれる」声が聞こえた気がして画家は振り返ったが炎天下の墓場に誰の影も認めようがない。


  宮下倉庫



それは妻がメレンゲを作るために、ボールに落とした卵5個分の卵白をホイッパ
ーでかき混ぜている時のことだった。5重苦よ、結婚してから、わたし、これで
もう5つめなのよ。そう言うと妻はホイッパーを卵白の表面に対し鈍角に投げ込
む。僕はどこかからの大事な電話に出ていたのだが、彼女が卵の数の話をしてい
るのではないことを悟り、受話器を置いていそいそと5歳の娘を幼稚園まで迎え
にいく準備を始める。あなた、お母さん方の眼があるのだから、赤い口紅くらい
さしていってね。それはもっともだと僕は、洗面所で赤い口紅を再現不能な気分
で一直線に2本塗りたくって×を作り、キャップも閉めずにぽいと投げ出し、黒
くて真四角の家を出る。そういえば娘を迎えに行くのは今日が初めてだった。そ
んなことを考えていたせいだろう。最初の角を折れたところで、猛スピードで突
っ込んできた車に僕は吹っ飛ばされ


しょーもない しょーもない と娘はがらんどうの室内で唱えている。いつも、
あんな感じですか、娘は。ええ、いつも、あんな感じですよ、娘さんは。僕と保
母の会話を尻目に、娘は室内の中心で砂遊びを始める。娘よなにがしょーもない
んだいと聞くよりも早く、娘は砂を襟元まで積み上げては崩す、そんなことを5
回繰り返した。最近は、これが流行ってるの、そう言うと娘は再び襟元まで砂を
積み上げ、再現不能な気分で崩す。5回繰り返す。そうこうしていると、園長だ
というおっさんに話があるからと奥の部屋に呼ばれ、保母に娘のことを託し、僕
は奥の部屋に移動する。園長の話はこうだ。うちではもう娘さんをお預かりでき
ませんな。どういう意味ですと問うと、園長は眉ひとつ動かさずに、まあ煙草で
もいかがですと、長いやつを箱ごと眼前に突き出す。それじゃと手を伸ばすと、
実は当幼稚園は全面禁煙でしてな、そういって長いやつを短くして懐にしまって
しまう。それでまたどういう意味ですと問うと、園長は眉ひとつ動かさずに、ま
あ煙草でもいかがですと、長いやつを箱ごと眼前に突き出す。それじゃと手を伸
ばすと、実は当幼稚園は全面禁煙でしてな、そういって長いやつを短くして懐に
しまってしまう。それでまたどういう意味ですと


今や保母の姿は見当たらず、娘はたくさんの園児と、砂を床一面に敷きつめてい
る。全面に敷き終えると園児達は、今はこういうのが流行っているからと、砂の
上を裸足で歩き始める。その程度のもののために僕たちは生きたり死んだりして
いるらしく、まだ起きていないもののことを、僕は知らない。水のように自由に
歩き回る園児達が一歩踏み出す度、きゅうと砂が鳴く。5歩踏み出せばきゅうき
ゅうきゅうきゅうきゅうと鳴く。僕も歩いてみようとするが、おじさんみたいな
人は、まずは襟元まで積み上げてからと園児達に窘められてしまう。彼らよりも
ずっと背の高い僕は、何度試みても砂を襟元まで積み上げられない。すると唐突
にお母さん方の眼を感じて僕は、口紅を塗り直さなければならないことに思い当
たる。しかし家の灰皿に溜まった吸殻には、すべて赤い口紅の跡が残されている
ことさえ僕は知らない!


妻の苦しみのふたつかみっつは、僕や娘のせいなのだろう。しょーもない、とは
そういえば妻の口癖だ。僕については、いえ、しょーもない主人ですが。僕の仕
事については、いえ、しょーもない仕事をしてまして。僕らの黒くて真四角の家
については、いえ、まったくしょーもない家でして。それはもはや僕たちの生活
に不可欠の冠詞のようですらある。娘の手を引き幼稚園の門を抜けて振り返ると
、室内では園長だというおっさんが僕みたいなやつと、再現不能な気分でやりと
りを繰り返しているのが見える。ああ、僕は永遠に痕跡として刻みつけられてし
まったのだなあ。そうひとりごつと、私たちの生きる理由なんてその程度のもの
なのよと娘に窘められる。この子はよく知っている。手をつないだ家路の途中、
曲がり角にさしかかる度、赤い口紅をさした人が車に吹っ飛ばされる光景を目の
当たりにする。そういえば僕も車に吹っ飛ばされたのだけど、それもやはり、再
現不能な痕跡なのだ。ひとつ前の角では、妻みたいな人が吹っ飛んでいた。とな
ると次の角では


既にして妻は家にいなくなり、メレンゲは恐ろしく泡で、机の上の灰皿には口紅
の跡がついた吸殻が山積みになっていて、洗面所では口紅が床に転がり、しかも
再現不能な気分で一直線が2本塗りたくられていて、それらは落下する黒い立方
体の中で、落下する黒い立方体よりも少し速い速度で速やかに落下を始めようと
している。それは私たちのせいなの、と娘は本当によく知っている。僕は電話の
前で待っている。どこからか分からないが、どこかから大事な電話が掛かってく
るはずだ。恐ろしく泡や、吸殻や、一直線の口紅や、娘に、順番に×がつけられ
ていく。いよいよ僕たちは真っ四角に落下を始めたらしい。すると電話が鳴り、
受話器の向こうの僕の痕跡は、僕や妻が車に吹っ飛ばされたことをゆっくりと告
げる。そんなことを5回繰り返す。そして静かに受話器を置くといよいよ僕にも
×が


悪書

  りす

目が悪くて ちょうどそのあたりが読めない
世田谷区、そのあたりが読めない
悪書でお尻を突き出している女の子の
世田谷区、そのあたりが読めない
もはや 言葉の範疇ではない
もはや ストッキングが伝線している
伝線を辿ると たぶん調布なのだ
それを誰かに伝えたいのだけれど
目が悪くて 読み間違えるので
ストッキングを被ったような詩ですね
と書いてしまい アクセス拒否をされたのは 
世田谷区、ちょうどそのあたりだと思うのだ

眼球が腰のくびれに慣れてしまい
女を見れば全て地図だと思い
上海、そこは上海であると決めつけ
あなたの上海は美しいですね、と褒めておくと
行ったこともない癖に、と怒られた
この場合の「癖に」は、逆算すると
北京、だろうか
やはり 言葉の範疇ではない
やはり 世田谷区はセクハラしている
それを誰かに伝えたいのだけれど
目が悪くて 読み間違えるので
かわりに読んでもらおうとしたら
上海は書く係で 北京は消す係で
読む係はいないのだと教えられ
どうしても読んでほしければ
世田谷区、そのあたりで読んでもらえると
悪書を一冊渡された


ポエムとyumica

  一条

わたしがブンガクゴク島にたどり着いたとき、そこは、無人の島だった。わたしは、長年連れ添った嫁を捨て、町で偶然拾ったyumicaを連れて島にやって来た。yumicaは、どちらかというと何も知らない女の子だった。わたしたちは一緒に島を探索し、寝床になるような洞穴を見つけ、そこで生活することにした。島での生活にも慣れた頃、朝、目が覚めると、yumicaの姿がなかった。しかし三日ほどして、yumicaは戻ってきた。どこに行ってたのかを尋ねると、yumicaは、これを拾ったのよ、と一冊の古びた書物をわたしに見せた。そこに書かれている内容は、わたしにはひとつもわからなかった。おそらく、ブンガクゴク島の住民が残したものに違いない。yumicaは、それを楽しそうに読んでいる。そこに書いてある内容が君にはわかるのかい、とわたしはyumicaに聞いてみた。全然わからないのよ、とyumicaは答えるのだが、相変わらず楽しそうに読んでいる。その晩、わたしは、なかなか寝付けなかった。昼間のyumicaの楽しそうな姿が目に焼きついて離れなかった。わたしは、yumicaが寝ていることを確認し、彼女のそばに置かれた例の書物を手に取った。わたしは、ペラペラとそれをめくった。やはり、わたしには、そこに書かれている内容がさっぱりわからなかった。翌朝、わたしは、yumicaに何が書かれているのか教えてくれないか、と頼み込んだ。だから、全然わからないのよ、とyumicaは答えるだけだった。わからないものが読めるわけないだろ、とわたしは、幾分いらついた口調でyumicaに詰め寄った。そして、わたしは、yumicaを殴りつけた。yumicaは、逃げようとしたが、わたしは、彼女を逃がさなかった。紐でyumicaの両手を縛りつけた。この書物にはなにが書かれているんだ、とわたしはyumicaを問い詰めた。三時間後、yumicaは重い口をようやく開いた。yumicaの説明が一段落すると、わたしは、yumicaを解放したが、彼女は力なくそこに倒れこんだ。死んでしまったようだ。しかし、わたしは、さきほどyumicaがわたしに与えた説明をにわかに信じることは出来なかった。それから半年が過ぎた。わたしは、例の書物をペラペラとめくることを日課にしたが、やはり、わたしには、さっぱりわからなかった。yumicaが説明してくれた「ポエム」というものが、まるでわからなかった。わたしは、yumicaの腐乱した死体を呆然と眺めた。そして、わたしは、不思議な夢を見るようになった。夢の中で、わたしは「ポエム」を書いていた。死んだはずのyumicaが、わたしの「ポエム」を読みながら、これは「ポエム」ではない、と言う。これは「ポエム」だと言い張っても、これは「ポエム」ではないとyumicaは言うばかりだった。君に一体「ポエム」の何がわかるんだい、と怒鳴りつけると、決まって目が覚めた。それから、半年が過ぎた。その間も、いやな夢は続いた。わたしは、夢の中で「ポエム」を書き、yumicaに読ませた。yumicaは、わたしの「ポエム」を読むと、これは「ポエム」ではない、と言うばかりだった。わたしは、yumicaを喜ばせるために、夢の中で無数の「ポエム」を書いた。こんなことを続けて一体何になるのかわからなかったが、わたしは、しつこく書き続けた。そのたびに、yumicaはこれは「ポエム」ではない、と言った。わたしは、目が覚めると、ブンガクゴク島の住人が書いたと思われる例の書物をペラペラとめくった。わたしには、そこに書かれている「ポエム」と、わたしが夢の中で書いている「ポエム」の違いが、まるでわからなかった。yumicaは、ここに書かれている「ポエム」を楽しそうに読んでいた。わたしは、ここに書かれている「ポエム」とまったく同じような「ポエム」を書くことにした。最初はうまくいかなかったが、少しずつ同じような「ポエム」が書けるようになった。それでも、yumicaは、これは「ポエム」ではない、と言った。わたしは、頭が混乱し、yumicaの両手をふたたび紐できつく縛った。わたしは、目が覚めると、例の書物を何度も読んだ。夢の中で、わたしは、「ポエム」を書いた。両手を縛られ、ぐったりとしているyumicaは、これは「ポエム」ではない、と言った。わたしは、「ポエム」を書き続けた。死ぬまで、書き続けた。わたしは、無数の「ポエム」を書いた。しかし、それはすべてが「ポエム」ではなかった。わたしは、夢の中で、「ポエム」を書いた。目が覚めると、わたしは、例の書物に書かれた「ポエム」を読んだ。わたしには、そこに何が書かれているのかまるでわからなかった。


途中まで

  Haraguchi

 
 
 
 
歩幅がずれて
肩は並んでいた
知らない音楽を聴いていて
聞こえなかった
外したかったけれど知らなければならなかったから
知りたくはないけれど幸せそうに唇を動かしつづけているから
歌っているみたいで
だから歌いはじめたのはきっとちがううただったからずっと知らずに
外さないでいて
交わらないでいることだけを聴いているから
聞こえないで走りだして歩幅をひろげて歌いながら肩は離れ幸せそうに遠ざかる唇の
ちがううたはちがうままで歌いつづけて聞こえないのをずっと知らずに聴いているから知らず知らずに手をひろげて
手をひろげて
手をひろげて
 
 
 
 


Station

  いかいか

#砂浜、足跡を消し去って、

 砂浜を歩いている。私が自分の名を砂浜に刻んでいる。そして、波が、文字をさらっていく。そして、また書く。また、さらわれる。カモメが一匹、私に向かって、「砂浜に刻んだその名を消せ」と言う。

#放火魔の右目は青い、

 一人の放火魔が今まさに処刑されようとしている。多くの民衆は、彼の姿よりも、彼の頭上にあるギロチンを凝視して、固唾を呑んでいる。放火魔の右目―青く、海を連想させる―から波が起こり。民衆を飲み込む。一匹のネズミが彼の右目に噛み付く。黒服の処刑人達はざわめき。彼の背中に一つの烙印をおす。彼は燃え続ける。彼は永遠に燃え落ちない。そして、誰も彼に触れることができない。青い右目、ネズミの口で青く輝く。そして、ネズミの舌は青く苦い。

#展覧会で喪服の人々は、

 絵の展覧会で喪服の人々は、一人の画家の肖像画の前で泣き叫び。別れを惜しんでいる。肖像画の瞳は遠くを見つめ、喪服の人々の事すら見ていない。彼の座る椅子の下でネズミは、ネズミ捕りにかかりもがいている。其の光景をキャンバスに描いていく画家が一人。彼のキャンバスは未だに白紙のままで何も描かれていない。

#今日、夜の農場で、娘と父は

 若い娘が一人、怒り狂いながら泣き叫んでいる。そして、彼女は農場の空き地を指差して。「今日、父があそこから這い出て、私を犯しにやってくるわ!」、と、罵りまじりに言って、また泣き叫ぶ。そして、父は、夜、一人、地面から這い出て、狂った娘を抱く。壁にかかった一枚の絵の中で子供たちが笑っている。

#君の見た夢の中、だが、

 暗闇の中で犬が椅子を押している。外は雷が鳴り、それ以外は何も音を立てない深夜。犬、それでも尚、椅子を押し続け、部屋の中をぐるぐる回っている。子供たち、扉を開けて、犬を蹴飛ばして、椅子を粉々に打ち砕く。犬が痛みを叫んでも彼らはやめない。そして、大人たちが、犬を解放し、椅子を新しく与える。犬、また、椅子を押し、部屋の中をぐるぐる回る。そしてまた、子供達にぶたれ、椅子は打ち砕かれ、大人たちがすべてを元に戻す。犬、今日もまた、同じように。

#カモメの後ろで、人々は、

 灯台守の座る椅子が盗まれ。打ち砕かれて捨てられているのが見つかる。多くの村人が疑われる。青い舌のネズミ。隅に居場所をみつけ居座る。喪服の人々が、ギロチンを囲むが、殺されるべき人は未だ着ていない。誰も来ない事を問題とする判事、怒り狂って、盗まれた容疑で灯台守がギロチンに。子供達、それを見て喜ぶ。青い舌のネズミの舌はまだ苦い。そして、カモメが一匹、灯台守の頭上を越える。
 


きみが生まれるずっと前から、ぼくはその国境線を知っていた

  葛西佑也

セイヘロートゥー。。。セイヘロートゥー。。。片言の英語で、伝わるかどうかも分からない相手に、何か伝えようとする。伝言は、頼んだ時点で、効果を発する、セイヘロートゥーいつかの親友/セイ、いつかの帰り道、何だかよく分からないけれど美しいものたちでみちている(気がする/した、昔母親だった女が捨てられた小犬に母乳を与えていた。ふるえる小犬の口まわりがみるみるうちに濃い白に染められていった!/のでした、それは、きんじょ の はたけ こううんき の 
けた たましい こうかおん(と一緒に、ぼくの頭から離れてはくれない、れない、られない、れ、ない、いい。目の前は真っ赤になった! 小犬、小犬が勢いあまって、強く噛み付きすぎた、せんけつ。いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?/あのひとは無痛病だった/かもしれない。ぼくは、あなたの側にいたい、いたい!

病院のベッドの上、という自由のために、いつかの親友が死んでいった。あの日。前日は雨でしたから、踏み出す地面踏み出す地面、水分が水分が水分が、あふれ あふ
 あふれ 過ぎていた。
   じめじめ じめじめ じめじめ/ん
   そこからたくさんの生物たちが、
   (うまれて)
  のどが渇いているのか、
 捨てられた小犬は夢中で、水たまり
に顔を突っ込む。きりのいいところで、水分補給はやめにして、「きみは そうぞうにんしん で うまれた子さ きみは そうぞうにんしん で うまれた子さ きみは そうぞう そうぞう、そう」と、小犬がつぶやいた。そうぞうにんしん そうぞうにんしん そうぞうにんしん? そうぞう/力豊かな小犬を、いつかの親友にも、見せてあげたかった/な、いてる? にんしんせんを指でなぞっていった先には、いつもいつかの親友、そうきみがいたんだ。ぼくはきみと一緒に毎日のように渋谷で遊んだし、原宿で買い物もしたし、同じ女に恋もしたし、近所の公園(通称三角公園)で暴走バイクが通過するのを見届けたりもしたし、したし、したし、したし、した、し? きみは、地理が大好きだったから、学校で配られた地図帳に、少しの迷いも無く、国境を書き入れて、これがにんしんせんだと教えてくれた。/から、毎日まいにち、指でなぞってたから、にんしんせんが薄くなったのかもしれない。 ごくまれに国境が書き換えられ                           
てしまうと、
   ぼくたちは もう一度 うまれる        
    というのも
   きみが 教えてくれたことで、
で、
 病院のベッドの上で、きみは、もういちど、もういちど、もういち、、何度もつぶやきながら、人さし指で真っ白いシーツの、
あっちをこすったり 
こっちをこすったり
          何度もいったりきたりさせていた。やがて、それは、にんしんせん、まだ開かれていないにんしんせんになって、そこからうまれた。

ある朝、小犬はぐったりしていて、口からは真っ白いのが逆流していた。全く動かなくなった小犬を抱き上げて、あったかい、あったかい、あったかい! ぼ、ぼ、ぼにゅう が まだ あったかいよ! ぼくたちは、想像する。もういちど、うまれてくる日。/は、小犬かもしれない、異性かもしれない、外国人かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、
/? 、小犬の死骸に、母乳をあたえる、昔母親だった女

/に
「セイヘロートゥー
いつかの親友
  /セイ、
ほら、こぼれた母乳があたらしい白地図を描き出しているよ。もういちど、もういちど、もういちどだけ、いっしょに指を動かして、国境を描こう?
セイヘロー セイへロートゥー 
           いつかの親友
             /セイ、


キャベツ畑

  疋田

(1)
キャベツ畑に放り込まれた日の暑さが、まだ幾らも遠くにいかず。油絵具の擦り切れたような渇きを、私はいつだって恐れている。延延と続く畑に、農薬を撒いている農夫が一人、二人。昨日も一昨日も、ただそればかりを見ていた。そして散布された農薬の飛沫が顔に振りかかるたびに、私は、車椅子で微笑む祖父を思い出した。祖父が何事かを呟いて立ち上がろうとすると、目の前の農夫達は、何十年も忘れられていたかのようなぼろぼろのカカシへと変わり。カカシとカカシの間、厳しい渓谷の向こうに海が現れる。そこでは一艘の船舶が警笛を鳴らし、もっと向こうだ、と言わんばかりに私を待ち構えている。遥かな海が視界を埋め尽くし。青から、青へ。青、へ。青。と、毎回そこで視界は破裂し、次の瞬間には背を向けた農夫が相変わらず、どれも同じようなキャベツに向けて農薬を撒いているのだ。今日もまた日が暮れようとしている。

(2)
いつしか私は、立ち上がろうとする祖父が何を呟いているのか知りたくなった。思えば思うほど、どうしても気にかかる。キャベツ畑に夜が訪れて、農夫達がみんな居なくなってしまっても、私はそれだけを考えていた。そんな調子だから、誰とも分からない三人と、一つのキャベツを囲んでババ抜きをしている自分に気付いたころには、三つのうちのどの顔をも見上げることが出来なくなってしまった。目のやり場に困って、中心に鎮座するキャベツばかりを見つめていた気がする。そうしてババ抜きはいつまでも続き、私は、決してババを引かなかったが、一つも数字は揃わなかった。誰もがカードを捨てられないし、きっとババだって引いていない。カードのこすれる音だけが辺りに響いている。結局、思い出したことと言えば、祖父がいつも砂埃を気にしていたということだけだった。

(3)
明け方、ひんやりとした土壌に仰向けになっていると、厚い曇り空から数匹の鳥が落ちてくるのに気が付く。コマドリにスズメ。ハト。オームやキュウカンチョウなんかまでいる。鳥達は一つのきれいな円を描くように地面に落ちていた。私は何食わぬ顔で一羽また一羽と土の中に埋め、近くのものからちぎったキャベツの葉をその上にかぶせていった。そして最後の一枚を土にかぶせ終えたとき、空からはまた何かが落ちてきた。目を凝らしてみるとそれは、ハンドリウムの折れ曲がった車椅子で、祖父が使っていたものと似ていた。いや、恐らく同じものだろう。と、そう思うが早いか。「さあおいで。飴玉をやろう。」そんな声が、私よりもずっと近いところからあふれてきた。同じようにあふれてしまいそうな数の飴玉を両手に抱えながら、今度は私が何処かに向かって落下している。飴玉は幾つも、幾つも、空中に氾濫していくものの、決して掌から尽きることはなかった。横手にはさっきまでいたはずのキャベツ畑が延延と広がっており。私に頭を向けるかたちで農夫が農薬を撒いている。何人も何人も。ひたすら農薬を撒いている。農夫は見えなくなり。また現れる。キャベツ畑は延延と続き。農夫も。続き。ババ抜きだって。終わらず。不意に一人の農夫が飴玉を拾って空を仰げば、いよいよ私だけが見えなくなる。


夏の骨〔詩童話篇〕

  今唯ケンタロウ

                   1

 どことなくうすぼけたひかりのてらす、砂浜だった。
 ここには、風のふくけはいがない。うち寄せる波もない内海がひろがる。海は、あるいは死んでいるかのようにしずかすぎたけど、海面はわずかにゆれうごいている。
 海も、砂浜も、とおくのほうになるとしろっぽくにごって、よくけしきがみえなかった。町のかげもない。
 ちいさなあしおとがとてもよくひびいて、何人かの子どもたちがかけてきた。
 すがたは影法師のようで、顔は、しろいひかりにあてられ、よくみえない。話し声もぼそぼそとしてききとれないけど、ただほんのかすかに笑い声がききとれる。



 やがて子どもたちは、砂浜にしずみこむようにうずまった、なにか得体のしれないおおきな骨を見つけるのだった。



                    2

 はるか、くものうえで……

 星たちは、今にもやって来るなにかに、おびえていた。

 ――のみこまれる……
 ――のみこまれるの……?
 ――のみこまれるよう……
 ――そうなんだ。ぼくら、のみこまれるの……
 ――こわい…… ――いやだ…… ――……

 星たちは、ふるえはじめていた。



                    3
                                   
                 ……ぼくはいそいでそのゆめからのがれようとした。おそろしいスピードでとけてゆく、肉のかたまりが、ぼくをおいかけてきたんだ…… とけながら、肉はおおいかぶさるようにして、とうとうぼくのゆくてをふさいだ。ぼろぼろこぼれおちる肉のはへんは、あおじろい足元にすいこまれて、とてもしることのできないふかいあおのふかさまで、おちていくみたいだった。肉はとけつづけながら、とけつづけながら…… ……ぼくは肉がこぼれおちていく、その、とてつもないスピードが、かなしかったの…… ……



                    4

 そのちいさなビンのなかにつめられていた手紙のもじは、ほとんどがきえさってしまって、よみとることはできなかった。
 ビンのそこにすこしだけちらばっている砂のつぶのようなもの。
 ビンにはかわいらしい貝がら、それに死んだひとでが付着してひからびていた。


 からっぽだっていうことは、もうかなしくなくて、ただそのビンをにぎりしめたとき、よくわからないけどたぶん、いとしいというきもちがこころのどこかでうまれてしまったのだった。






 だれかの旅がおわった。



                    5

 夜の砂浜で、チカチカ、キラキラと、かがやいて舞っているものがあった。
 それは、たくさんのちいさないきものがパーティをしてはしゃいでいるようにも、いっぴきのおおきなひかるけものがおどっているようにもみえた。
 なにひとつ音がなく、風もなく、波のうごきもくらくてみえない夜の砂浜で、そのダンスはいつまでも、つづけられる気がした。



                    6

 星たちは、ぶるぶるぶるぶるふるえるばかりだった。ちいさなてとてをとりあい、だきあってうずくまるものもあったが、やがていっぴきにひきと、しんでいった。星は、しぬと、ひかりをうしない、まっしろくなった。



                    7

……ビーチサンダルをしりませんか、わたしの、ビーチサンダルをしりませんか。という、声が、がらんとしてさむい感じのする部屋にひびいていた。かべにかかったまま忘れられた一枚の絵に、そっと、耳を近づけてみる。すると、そのなかでざわめきのような音が鳴っているのを感じ、胸さわぎをおぼたが、たったいっしゅんのことだった。もう部屋のなかにはどんな音もなく、しずけさがいたかった。

 部屋を出て、絵になにが描いてあったのか、わからなくなってしまった。でもそれをそれでいいと思えた。

 出たさきは、もう、部屋じゃなく、ただくらくせまいかいろうが、つづいているのだった。



                    8

 海上を、手のひらくらいの大きさの幽霊船が漂っていくのに出会った。



                    9

 いくつのもの、きょだいな魚のかげが、はるか頭上をながれていく。

 あれは死体なの?
 死んでいるものなの……
 女の子は気にした。
 男の子はなにもいわなかった。
 ただ、やがて魚のむれがゆきすぎたあと、女の子がそれを追って行ってしまうことが、男の子にはわかっていた。男の子はすこしさびしいのだった。


 男の子のすいとうはからっぽで、それにもう……(くたびれた、もうほんとうにくたびれたんだ……)
 男の子はなにかいいかけたけど、こんどはもう女の子がしゃべらなくなってしまった。




 のこっているビスケットを女の子にあげようと思った。けど、もうとなりに女の子のすがたはなく、空は、とてもしずかで、うすぼけて見えた。



                    10

 砂浜で、子どもたちの話し声がした。
「これは……
「……世界の……食べ残し……
「……これは、いすだよ。……これは……
「……だれもほしいと思うひとのないまま、うち捨てられた宝物だよ……
「……
「……たのしい……
「……たのしいね……
「……うん……うん……
 …………
 まっ青な空がひろがり、波の音が高い。
 子どもたちのすがたは、小高い砂山にかくれて、みえなかった。
 ここちよい風がふいて、子どもたちはふとだまった。
「……あっ」
 かけ落ちたとりでの一塔のような、くものかけらがうかんで。
「……



                    11

 つめたいまっくらやみの中で、とてもとてもしずかに、なにかあたたかなものをふき出している場所があった。やわらかなとっきみたいな……
 つめたさと、あたたかさのまじいるそこは、たどりついたあらゆるものたちの、やすらぎだっただろう。
「はるか遠い地で、別れをおえてきた者……」
 そう、声が、ひびいたとき、とつじょ、おおきなうねりが、ゆらめきが、ゆれが、その一帯に広がった。
 なにひとつみえないくらやみのなかで、目鼻や耳、口や、手足、なかには頭ぜんぶを、うしなってここへきたものたちがいっせいに、さけび、なきだしたのだった。声にならぬ声で……いきものたちが、ひとしきりなきわめくのがおわったころ、再び……
「ねむりのとき……



 やがてまたせいじゃくがきて、つめたさに包まれていくせかい、とじられることを受け入れた……







                    12

 だれかの旅がおわった。






                    13

……という、声が、がらんとした部屋にひびいていた。ただ一枚だけ、かべにかかっている色あせた絵、なにが描かれているのかよくわからないそれにふと耳を近づけてみる。すると、そのなかから、たしかになみの音、がきこえるように感じた。

 入ってきたのと反対方向の戸口に、風の手がみえて、わたしを誘う手招きをした。こわくない、もうこわがるひつようはなにもないのだとわたしはわたしに言い聞かせていた。











                    14

 港町を一望する夕やけの丘に、ひとりぽっちの女の子がすわりこんで、とおくの海をながめていた。
 いくつか、のこりかすみたいな雲が、海と夕やけのとけあうとこへとながれていくのを、みつめている。


 一昨日、海のむこうの国へいってしまった男の子のことを、女の子は思い、ビスケットをひとくちかじってみた。
「また会えるかも……しれない……

 女の子は、丘の下に広がる情景に目を向けた。
 そっと夜にくるまれていく時刻、港町は、赤やピンク、みどりや白の灯かりをともしだし、方々で人たちのざわめきが、ベルや車の音が、うすくひびいている。ちいさな湾にかえってくる、漁船のいくつかのひかりが、きらめいている。そろそろ、



「帰ろうかな。」



                    15

 日が暮れる直前、港におとなたちがそっと、子どもたちに知れないようにつどう。何人かの漁師が、今日、だれかの旅がおわった、それを確認した、わたしも確認した、と口々に、あつまった人々へ告げた。
 おとなたちはしずかにうなずきあうと、いっそうの、ちいさな、手のひらくらいしかないほんとうにちいさな船を海へとながしだすのだった。
 そうするとあしばやに、めいめいのうちへ帰った。
 その夜、港町のあちこちで、やさしい歌がひびいていた。



                    16

 空にまた星たちがかがやき始めていた。



                    17

 砂浜には、もうだれのすがたもなかった。

 あいかわらず砂浜の景色はうすぼけて、海面は、うごいているのかいないのか、わからない。風も、よくわからない。



 うちに帰りついた子どもたちは、だれにも知られずに、ひんやりしめったとこにつき、そしてきづくのだった――夏がおわったことに。

 自分が、今はもうまぼろしであるということには、ただ、もう少し、きづかないふりをして。


                    *


 子どもたちはまた明日も、砂浜で骨をみつける。


鶏鳴

  黒船

最近ね 私 スピリチュアルカウンセリングを受けたの そしたら カウンセラーが言ったの あなた 他人の心がわかるでしょ 他人と自分の境界が薄い人ですね だって

私はカウンターで独り 焼き鳥を食べている 渋谷道玄坂の居酒屋 金曜の夜は若者で賑わっている 左隣 金髪を長く垂らしたピンクのミニスカ女 そのまた隣 漁師のように日焼けしたドレッドヘアの男は首を上下に振っている 女は話を中断すると レバーを食べ始めた

エリちゃんレバー好きなの?
別に好きじゃないけど 今日のラッキーメニューはレバーなの
なにそれ 星占い?
そう 今日は素敵な出会いがあるっていってた
え それって俺のことじゃね

この店の鶏は放し飼い しかも朝引きした肉を調理している 歯応えが強い 空を飛ぶ 夢の内に縊られた鳥の肉 目の前に串を掲げ先端を見つめる ムネ スナギモ ボンジリ ナンコツ あらゆる部位を食べつくしたら 復活する 胃の中で再生された鶏が と その時 

オマエ バカダロ オマエハ オス ジャナイカ

皿の上に目を落とすと 最後に一本残ったレバーに 鳥のくちばしが生えている ほう 味なまねを レバーに塩を振り掛ける オイ ペッ ヤメロ ペッ ペッ カライ! モウヤメロ エンブントリスキダ そうか お前も塩が好きか 焼き鳥は塩に限る む かけ過ぎたようだ レバーは死海にプカリと浮かんでいる これは食えたもんじゃないなと いつのまにか 隣の席が沈黙している 視線を首ごと左に向けると 怒髪天を衝くフィリピン系の女が ドレッド男を見下ろしている

ダレヨ コノオンナ
え いや知らない人
ソンナワケ ナイデショ
ほんとだよ たまたま隣に座ってたんだって
フザケンナヨ コロシテヤル コノオンナ
だから知らねーつってんだろ!

逆切れドレッド男はビールをぶちまけ 私の顔にまで降りかかる雨 水滴が口に入って苦い死の味がする ナニスルダヨ! コロシテヤル! ソーリー お客様 お静かに願います おろおろする若い女の店員 と その時 調理場の奥から 淀んだ空気を切り裂く悲鳴が響いた 一時停止 静まり返った店内 ジャズだけが鳴り続けている なによあれ 鶏の声かしら やーね 殺したのかしら ひそひそ 再生 泣き喚くフィリピーナと なだめるドレッド エリちゃんは十字架のネックレスを両手で握って 口元に寄せ 何かつぶやいている エリ エリ レバ タベタノニ その瞳は虚ろで 視線は中空を彷徨っている 探している そこに誰かいるのか? 壁にかかる時計はあくまで無言で 11時 終電が近い やれやれ 私は席を立つ オイ マテヨ タベナイノカヨ レバーが口を尖らせている お前 うるさいよ 串壷にレバーを突っ込む ヤメロ ダセ コノヤロ くわばら くわばら 私は店を出て ネオンの煌く坂を下りはじめる その直後 店中から複数の鶏鳴が上がり 振り向けばビルの谷間に浮かぶ満月 鳥の群れが影絵となって空に映り 吸い込まれるようにして月に消えていった


ソナチネ

  深田 青

雨が降り続いている夜半に
街灯の光を受け煌きながら落下してゆく雨滴の群れが
黒いアスファルトに散り再びと輝かずに夜の闇に沈み
あとは沈黙するばかりでいる。
取り残されるもの悲しい街灯の立ち姿に
僕の、震える指先が、何かを求めて触れようとするが
唾を飲んで拳を握りなおす。

///雨が降り続いている
植物達の葉を叩き強さを増すばかりの雨の重奏が
この夜にまとまりをもたらす

  春も終わりだというのに息が白い。


いつまでも/継続し続けるかのように思われる/夢の/やわらかい皮膜
を /単調に切断するスタッカートがつけた/小さな裂け目から/じわり
と滲み零れだす/羊水に濡れながら発された/新たなる旋律は/極まれ
る高音 /穢れを知らぬ音は/白い譜面上の涙の滲み/そのドロローソに
/柔らかな音を編みこんで/悲哀と歓喜のtonalityを図る///

  息が、息がやはり白い。


忍び込んだ駅のホームで小さく蹲って慟哭する
悲哀を顕わにした僕の孤独を全て、
コンクリート上の鍵盤に託し
透過する旋律までに昇華させる、
演奏によって奏者が清められてゆくのは真実なのだと、
僕がそう感じ喜びを憶えるまでに
数本の貨物列車が通過した。
蝋石で鍵盤を書いていたから朝が来る前にそれを靴で躙り消す。
強く吐き出された息の色が何色かなんてことには目もくれず。
  
  けれども息は、白い。
  変わらず白い、が――


駅舎から出ると雨はまだまだ闇中から降り続けていたので
暗い雨空に一つ咳払いをして、指揮棒を振り上げる 。
落下する雨滴に洗われる清い大気をうねらせる風の音を
また其れに素直にざわめく木々の音を、
雨の、
雨の歌を、
新しく躍動を始めた僕のこの心音と共に奏でてゆくと
それに応えて何処か木陰で鳥も啼く。


夜気を大きく振り切って
僕はいま生を奏でるマエストロとして濡れたアスファルトの闇に立つ。

  
  指揮棒を振りながら思う
  少しばかり悲哀に翳り
  しっとりとした曲だけれど  
  きみはいつものようにくるくる踊ればいいよ、と///


ペガサス

  m.qyi

ペガサス



馬鹿なお馬がモンゴルの草原をぱかぱか走っていました。みんなが巡礼の旅でした。でも馬鹿なお馬は相変わらずぱかぱか走っていました。みんなが草原で仲良く食事しました。そんなときも馬鹿なお馬はぱかぱか走って遊んでいました。白い脳味噌の馬でしたから。みんなは草原のような緑色の脳味噌でした。いななくと時々白い脳味噌が耳や鼻から垂れるのでした。それでも元気にぱかぱか。聖地への長い旅を続けて青い丘陵に来たとき、そこは、緑の絨毯一面にオハジキを撒いたようにお花が咲いていました。みんなは旅路を急ぐために草を食み食みいきました。馬鹿なお馬はお花を舐め舐めいきました。みんなは遠くの聖地を眺めて歩いて行ったのに、馬鹿なお馬さんはぱかぱか出鱈目に駆けていたのでした。そしたら、突風嵐の吹き降ろし、馬たちをみんな空へ吹き上げてしまいました。みんなどんどん青い空へ舞い上がり、それから、みんなすうーと落下して、そして丘の草原にボカボカ落ちました。みんな大怪我をしました。しかし、馬鹿なお馬さんはあんまり驚いたのでガンバッて空でぐるぐる夢中で走りました、逆さまにジグザクにパカパカ走り、落ちているのか、駆けているのか、それとも昇っているのかなんかわけがわからずパカパカ走り、白い雲を鼻から吸って、ゼイゼイ言って走りました。ヒンメルヒンメルといなないて。どうしていいかどうしてもよくわからなくて、空の水を漕ぐように雲の波をかくように空を駆けているので、なかなかおっこってこないのかいかないのか。みんなはそれを下からからも上からも見上げて(まだ空のずっと上から落ちてくる馬もたくさんいました)、怒りました。神様を冒涜していると。あんな奴がいたから、嵐が起こったのだと。でも、墜落して足が折れてしまった馬たちは草原に寝そべって恨んでいるだけでした。馬鹿なお馬さんはわけもわからずあんまり走りすぎてもう気狂いになって走り回っています。モンゴルの草原の夕日は沈んでも、草原はいつもとても緑だぞ、だから、草原はいつもとても緑だぞ、緑だぞ、と夜の闇をずうっとどこまでも蹄の音が続いていくのです。オレンジの月光が光る草原の空をもう気がふれて叫びまわって、聖地とは逆の方向へどこまでもどこまでも走っていったそうです。海を渡ったときにそれをギリシャ人が見たそうです。


雪の交信

  田崎

真昼のひかりのねつによって
融解熱をあたえられたぶぶんは
しとやかにほろほろ溶けていたので
わたしのからだが転がるにつれて
悦ばしいくらい暖かいわたしのコートは
雪を起毛にとらえていき
わたしがまわりながらとおったあとは
フラクタルの曲線をもつくものように
説明のつかないうつくしさで
これからこの一帯はかげりゆくけれど
うつわとなってひかりのけつらくをためる
この窪みのかたちがうっすらと
じっとこらしているとわずかにわかるていどの
やみばかりのなかでこそひかえめな陰影を
それとわかるひとがいなくとも
かたちづくっておいてほしいとおもう
いまはまだ猶予がある
やけにくすんだこの雪原だけれど
ちからをぬくようにねころんでいると
みみのうちがわはるかかなた
そらがあたらしくつくられている作業場のおとが
きこえるようなきがして
雪の下かおもたい雲のなかにいる
はかない交信設備と通信士を夢想する


不実録でも遊山

  ユカ

砂嚢堆く積み上げられたデニーズの末席で
ニシン好きのロカビラーは
木彫りのマリア像を前にうなだれている
ふとマリアに話しかけたりもするが
返事はない
マリア その顔つきたるや純和風でおてもやんで
「アルカリ臭立ち込めるのも俺のせいか」
とロカビラーは腕をぶるぶるいわせ
怒りは増大し
周囲の客は怯えていた
もはや作詞どころではなく
乾物屋になるにも
職人のスペースは削られ どうにもならない
というのも
高級庶民たちは飯屋に列をなし
淫猥ポップスのBGM
ここはスラム街であったかと
心入れ替え一念発起
した振りもできず
昨日はなじみのデリヘル嬢に嘲られた
「わて、麦踏んでまんねん」
とでたらめな関西弁を口ずさむが
「このアパートに遺恨でもあるのか」
と大家の女房に叱られるばかりで気は晴れず
ガスパン遊び 港湾労働者ごっこ
杏の花も散ってしまったが
そもそもどれが杏か知らず
せめて親孝行でもするかと思ったが
もう家には戻ってくるなと言われたんだったなぁ
最後に実家に帰った時は
愛犬のペスも俺に吠えたなぁ
とマリア像を手にデニーズをでた

世間は七夕
通りには露店が並び
人々は笑みを浮かべているが
時折聞こえる怒声罵声
悪徳の尊大自転車
彼はかろうじて笑顔を作り
「彦星織姫も嬉しいだろう。
 普段は悲しいだろう。
 感動をありがとう」
とつぶやいて
ボクサーパンツと木綿豆腐を買って帰る帰り道
ささくれて
マリアをペスに改名して


犯す月

  草野

娘といる。
犯している。
後ろからふかぶかと。

娘の尻は
お前の尻に
そっくりで
ぎょうてんしながら
腰を動かし続け
病院でvに固まった左手を
突きつけられ
思い出し
なおも
娘の尻を犯している。


笑う満月がある。

文学極道

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