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山人 - 2014年分

選出作品 (投稿日時順 / 全13作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ショッピングモール

  山人


郊外の田は収穫のあと放置され、新しくイヌビエがすでに生い茂り、晩秋の季節特有の屈強なアメリカセンダングサが雨に打たれている。
ときおり雨脚は強くなるが、大雨になることはなかった。
 雨はすべての世界を狭窄してしまうほど憂鬱だ。この雨の中、透きとおるような横顔で通り過ぎる男女の車があり、幼いやわらかな面持ちの子供たちの横顔もみえる。
 バイパスの近くの高校ではなにかのイベントがあるらしく、多くの父兄やらが傘を差し校門に入るところであった。
低山だが、鬱蒼とした連山が峰をつくり出し、少しづつ色合いを増している。それぞれの色、数々の色合いの車たちが峠を越えて街並みに吸い込まれてゆく。

二人きりで出かけることなど今までどれだけあったであろうか、そう思いながら助手席にすわり、雨の街を眺めている。
行楽の季節なのに、台風の到来で遠出は無理とあきらめ、家族連れたちは近くのショッピングモールでやり過ごそうとしているようだ。
むかし、私たちもあんなふうに子供たちの手を引き、あるいは抱きかかえて、店の中に入ったものだった。たぶん君も同じように、遠い記憶をたよりに昔の記憶に寄り添っていたのだろう。
普段あまり会話しないのだが、すこしばかりの安堵と久々の休日で、少し饒舌すぎるのではないかと思うほどしゃべってしまっていた。

広い川に架かる大橋を渡ると、新興都市らしい病院や建物が見えてくる。
巨大なショッピングモールで車を止め、君は買い物があるのだと出た。傘を差して雨の中を小走りに向かっていく。
 いつもそうして何かに向かう君がいた。
夏の、まいあがる草いきれと土ぼこりの中、甲高い声がありきたりな日常をふるわせて生活の時を刻んだ。
未来は少しずつしなだれてゆくけれど、何かを数えるでもなく、君の声はふくらんだ突起物をけたたましく刈り取ってゆく。
そのひとつひとつが、私たちの日々だった。

壮大なイマジネーションがひとつの光源となり、しだいに明確になってゆく。こまかい事柄がさらに複雑な数値をたずさえて、ひとつふたつと入道雲のようにふくらんで熱量を帯びてくる。屈折のない光と直線と空間、とり憑かれたうねりの渦に次々と人々が巻かれてゆく。はじけてころがされた鬱屈が其処此処に黙って潜んでいる。
巨大な建物の中をあらゆる空気が風となって吹き渡る。織り成す生活の地肌がにおいを放っている。

君はいくつもの買い物袋をぶらさげて帰ってきた。ひとつの行動が終わり、次へと向かう時のふと漏らす息遣い、そのようにいくらかの不満を口にし再び運転席に座る。
 雨は少し小降りになる。
私たちの後部には、買い物袋のささやきが聞こえる。
かつて、後部座席には私たちの子供たちが乗り、行くあてのない旅のことも知らず、名もない歌をうたっていた。

すでにバイパス近くの高校のイベントは終わり、郊外に入る。雨はおだやみ、帰化植物のアメリカセンダングサは季節はずれの花を持ち、君の振る舞いのように揺れていた。


種屋

  山人

 その店はあった。
丘の上にポツリと立ち、遠く工場の白い煙がもくもくたなびいている。
小さな木製の看板に無造作に書かれた、種屋、の文字。周りはトタン板で覆われ、回りには見たこともない草が生えている。
奇妙な芋虫がずるずると這い回っており、そこにはおちょくったようなカラス達がのそのそと動き回り、夥しい数の芋虫を啄ばんでいる。
  怠惰を発散させるような午後の陽射しは重い。
そんな陽射しが訪れ始めると、客が動き始める。
客はごく普通の人に見えた。
客が店に入ると、中からひらひらした店主が出てきて、それぞれに応対を始めた。
 何の種なんだろう、店に入ると種などどこにも売られていなかった。
ガラスの瓶には臓物がグラム単位で売られており、骨や血液、眼球などが所狭しと置かれている。
別な場所には、干からびた木の葉や枯れ枝、瘡蓋などの比較的乾燥系の品が置かれている。
臓物を購入した人は臍の穴を千枚どうしでさらに広げてねじ込んでいるし、店主に手伝ってもらいながら頭蓋を外し、透明な脳味噌を入れてもらったりしている。
瘡蓋を買った者は、ぺしゃりと皮膚に擦り付けて揚々と引き上げていくのだった。
 乾いた風を一つ・・
という客に、店主は向こう側の戸を開け、巨大なビニール袋を掲げて客に渡した。
客はあまりの嬉しさに、顔の皮膚がぱらぱらと土間に落ちていくのだった。
 最後は私の番になった。
店の奥にある大きな麻袋が目についた。
アレは何ですか?
と訪ねると、店主はおどけたように首を傾げ、
アレは ちょっとした非売品だよ
そう言った。
どうしても欲しいという人には相談させていただいているが・・・
口を濁した店主であった。
およそ一〇キロほどの重さであろうか、どしりとテーブルに置くと、中から菓子の乾燥剤のような小袋がたくさん詰められていた。
ひらひらした顔の皮をめくり、店主は饒舌に話を始めた。
うちの客は見てのとおり変わった客だが 普通の人でもある むしろうちの店が変わっているのだ だが 最近はあまり売れなくなった 乾いた風・・・などは 以前は飛ぶように売れたが 今は半値でも売れない 次から次へと新しいものが生まれていっては死んでゆく 今は非売品だがこれを売るしか生き残る道はないのかもしれない
そう店主は言った。
 見るとその小袋には、ガムテープが張られていて、商品の名前が隠されているのだ。
ただ こいつはね あまり多く使うと本当にやばいことになるかも知れない つまり適量を用いるってこと 折角だからあんたに一袋あげるよ
ここいらで もうこんなものを売って行くしかないのかもしれない
そう言ってガムテープを剥がすと、○○○乾燥剤、と書かれてあった。


ジニア

  山人

初夏のような空気が立ちのぼる街並みを歩いていた
振り返ると古い大きな病院がある
病院の入り口付近には大きな桜並木があり
自転車置き場には夥しい花弁が散りばめられていた
小枝の先からはなれていった いくつかの一片
桜は 木であることも知らず立っている


医師の話を他人事のように聞いていた
治療するのだという
「治療」という言葉がずっと頭にこびりつき
廊下はひかり
ベンチシートの老人達は喫茶店の客のように寛いでいた

初夏ような風は心地よかった
風が顔にあたり 額に髪をなびかせる
真っ直ぐに遠くを見つめながら髪を耳にそっとかける
ふと足をとめ ジニアの種を買う
ダリアのような鮮烈な色合いが
戸惑う血液を溶かし 未来をひらかせる気がした
ジニアの花が見たい そう思った

小さな花壇にしゃがみこむ
しっとりとした土のにおいが なにかを育もうとする力を感じる
きっときっと 花を咲かせてみせる
あの鮮烈なジニアの花を見たいから
土のにおいを嗅ぎながら額の汗をぬぐった


夏の横断歩道

  山人


空気がゆがんで見える夏の日
その横断歩道には
日傘を差した若い母親と
無垢な笑顔で話す少年
ひまわりが重い首をゆらつかせ
真夏の中央で木質のような頑丈な茎をのばしている

山間の盆地町
遠くの山々に
乳白色の入道雲が
かなしいほどの青に浮かんでいる

指差すむこう
そこに何があるのだろうか
果実のような少年の笑顔のうえに
おだやかな母親の日傘があった

一部始終 あらゆるものがあらゆる目的で存在し
そうしてたたずんでいる
仕切られた建物も
道ばたの草も虫も
道路をへだてた小さな町工場も
交差点の端に構えられたコンビニも
まぶしい青空の下の少年と母親の存在も


横断歩道を静かに渡る
車いすの少年と母親
炎天の中
ふたたびおだやかに夏は浸透して
蝉時雨はふと現実に戻っていた


  山人

 一日の襞をなぞるように日は翳り、あわただしく光は綴じられていく。
万遍のないあからさまな炎天の午後、しらけきった息、それらが瞬時に夜の物音にくるまれる。光のない世界のなかで、何かを照らすあかりが次々と灯される。
夜に寄り添う生き物たちは鼻を濡らし、唾液を充填していく。

何も見えない世界を夜と呼び、それは黒と決められていた。たがいの眼差しさえもみえない世界で、あかりを求め確かめ合う。夜の孤独に耐え切れず、すがるものを求めてはやがて沈んでいく。多くの魂が浄化と沈殿を繰りかえし人が生まれ死んでいった。今日も夜はしんしんと黒くあたりにたち込めて新しい物語を埋め込んでいく。

それぞれの夜は静かに語られていく。
黒い沈黙の中、一匹の蛍が飛ぶ。やがて、少しづつその数は増え始め、蛍は乱舞する。
鼓膜のどこからかかすかに湧き出す水、チロチロとよどみなく、あらゆるものを通り抜け濾過された水。透きとおる、やわらかな羽根のこすれる音が、草つゆの根元から沁みだしてくる。赤銅色に焼けた棍棒のような腕で燐寸を擦れば、白蝋にともされた一縷のともし火。
ぼとりぼとりと吐き出されてゆく、燻っていた滓。次第に重量は軽く、その手の中に一匹の蛍が立ちどまり入念なやわらかな光をひとつふたつと輝かせている。ふと風が動きろうそくの炎を揺らした、そのとき、君の顔が少し揺れた。


乾いた少女達

  山人



少女達は駅の回りでたむろしていた
少女達は皆乾いていた 
全てのものが無機質な情景の中で
既に前からそこに居たように乾いていた

見えない虫の魂がボウと浮かび上がり
それはまるでカゲロウのように切ない

時代が怪物のようにゆっくりと動き出していた
全てが病み 
あらゆるものがあらゆる事柄に飽きていた

私も同じように乾いていた
まるで湿り気を帯びていない骨や肉を
軋ませながら動いているにすぎなかった
私が乾いているから少女達も乾いて見えたのだろう
そう思いたかった

少女達はモノクロームのチラシのように
あちらこちらに散乱し引き千切られている
時代の老廃物とともに外に弾き出され
皆乾き切ってしまっていた
回りの情景は少女達と同化し
皆それぞれただ時を止め
やはり乾いていた


  山人

崩落したコンクリート構造物には異型鉄筋が露出し錆びついている
鬱積されたすべてのものがついに限界を迎え、一瞬にして広大な大気圏の天辺に分厚い雲が浮かび、ゆがんだ紫色の空間から雨が降り出した
得体の知れない有害な気体と油脂が雨に混じり、いたるところに降り注ぐ
多くの無機物は熱を帯び、たたかれた雨により冷却され蒸気を上げている
雨が上がるとコンクリートの熱気があたりに充満し、空気がゆがみ陽炎が立ちのぼる
太陽はただ照り続け容赦がない
やがて空は次第に赤く染まり
夕暮れの時が来る
何かが不意に爆ぜる奇妙な音があちこちから聞こえてくる
星星は闇雲に光り輝き、宇宙は平和の坩堝を造形している
風が吹く
風によって薄い紙のようなものがひらつき、かすかな物音が不穏に音鳴る
星星は風によってかき消され、朝方また雨が降り出した
さび付いた異型鉄筋は腐食がすすみ、やがて強風により剥がれて風に飛ばされてゆく
頑なな強度を保持したもの
あらゆるものが劣化を辿り風化していた
とある日の昼下がり
腐食した異型鉄筋の先に一匹の蝿が留まって羽根を休めていた
何かを祈るように手をすり合わせ、ほんの数秒そこで向きを変えた後、不意に飛び去った
蝿の向かう先々にはおびただしい菌類が蔓延り、風にあおられた胞子が煙となって空へと立ち上がっていた


カエルちゃん

  山人


パパはお魚釣りに行ったよ!
君はカエルのような平べったい声で言うと
真っ直ぐ僕を見て、おしっこおしっこと喚いた
汲み取り式の便器が怖くて一人で行けないから
君のママが居るのに僕を便所に連れて行った
なにかぐちゃぐちゃおしゃべりしながらジャーっておしっこすると僕があそこを拭いてあげていた
君は本当にカエルのようで、山の中の一軒家でぴょんぴょん遊んでいたんだ

君はやっぱりカエル顔でメガネをかけていて
顎鬚を蓄えた若い男とパパとママ
今はなんだか書類上はそうでないらしいけど
一応将来の家族でってことでやって来てくれた
カエルはお腹が張ってるけど
君もやっぱりお腹がぷっくり膨らんでて
やっぱりカエルだったんだなぁって思った
なんだか、よその娘さんのようで、僕はあまり話しかけられなかったけれど
帰るときに、カエルちゃんだったっけ?って言うと
君はやっぱりカエル顔になってあの頃の笑顔を向けてくれた
不思議なのかな、自販機にくっ付いたオオミズアオを綺麗だなんて言ってデジカメに撮りこんでいた
パクリっとかしないでよ!
するするっと縦に伸びたカエルちゃん
まだまだあの頃のまんまの心なのかも知れないね
君の家族のことは解らないけど、カエル顔をいつまでもね


火と水

  山人


火が燃えている、火はささやかに舞い、わずかな黒煙を伴い燃えている。
すでに燃え尽きようとしているその男は、小さなともしびに油を注ぐ。
日が燦々と差す部屋の片隅の小さな戸棚を開けると、油の瓶が並んでいる。
乾いた土毛色の喉に、ためらうこともなく、思考もせず、ただただ油を注ぐ。
火の食指が動き、油に引き寄せられ、火は鼓動を強め、赤く血流を促し、血は滾りその命はとめどなく火と共に乱れながら狂乱の宴を開始する。はらわたから油が噴出し、乾いた口は言語で濡れ、ぬらぬらと言語は男を包み込みその濁音と怒声が新たなる炎を引き寄せ舞い狂う。


かつて静かに水は流れ、健やかに時を育んだ。やすらかな闇と風の仄かな舞いが億年の岸壁の側面をなで、星屑はその間隙を埋めるようにかがやきだし、世界を包んだ。
世界はいま閉塞し、広がりをなくし、薄味の日毎を繰り返し、ただ時間とともに発泡している。根拠の裏側すらもなく、炎のように走る光線のような人々だけのために世界は存在し、吐き捨てられた生き物の発話さえも置き去りにされている。
 遠い水のささやき、貝殻の遠方から奏でられる響き、いつか水は意志を持ちあなたの頬をなでるのだろうか。


男と冬

  山人


煙突の突き出た丸太で作られた小屋。
男は荒砥、中砥、仕上げ砥をそれぞれ一枚抜きの板におき、刃物を研ぎ始めた。
小屋の中には丸いストーブがごうごうと燃えている。
小屋の一角には一昨日捕らえた鹿が横たわる。
男は外の雪を目で追い、ほんの少し窓を開ける。
むせるように風雪が窓を打ち、男の喉に入った。
山は昨日から荒れ、本格的な冬が来たのだ。

男の愛用しているマグカップに、琥珀色のウイスキーが注がれ、乳白色のランプが灯された。
刃物を研ぎ始める男、入念に丹念に、荒砥から中砥と研ぎ、ランプに刃先を照らし見つめている。
刃を爪に押し当て、スッと刃先を動かすと爪の表皮が刃に食い込んでいく。
刃が着氷したのだ。
喜びを得たい、切りたいと疼いていた。
鹿をビニールシートの上に乗せ、ナイフをぶすりと入れる。
左右に切り開かれ、筋、関節、などを知り尽くした男のナイフは妖艶に赤く光り、肉にのめり込んでいく。

解体は一人では未だ終わらない。
乾燥や塩漬けであと数日は加工する必要がある。
背骨に沿った肉を切り取り、塩を塗る。
鉄板に鹿の油を塗りつけて、塩味だけのソテーだ。
血がまだ踊り、そこに在りし日の鹿が弾んでいる、命の味がする。
確かに鹿は躍動し、跳躍していたはずだ。

雪は本降りになり、また長い冬がやってくる。


初雪

  山人

朝方は雨に近いみぞれだったが、いつのまにか大粒の牡丹雪となり、真冬のような降りとなっている
誰にけしかけられるでもなく、雪は味気なく空の蓋を開けて降り出したのだ


すべての平面が白く埋め尽くされる前のいっときの解放
空間が大木の樹皮に触れるとき、水気を失った葉がさざめく
観る人の感傷を骨にしみこませるように、晩秋の風は限りなく透明だ

山が彩りを始めると、人々はこぞって目を細め、その色合いを楽しみに山域へと繰り出す
さまざまな出来事を、はるか彼方の空に浄化させ、廃田に生える枯草のように佇む老夫婦がいる
車は寂れた国道の脇に停車され、すでに水気を失ったススキはかすかな風になびく
ただ二言三言のありあわせの言葉を交わしあう
やがて散りゆく様を美しいと形容するのは、最後にきらめこうとする光と色である
年月の隙間に湧き出したオアシスのような思いがひとつずつ膨らんで、感情を刺激する
刻んできた時間を、他愛もない好日に、老夫婦は車を繰り出して秋深まる此処に来たのだ
それは、微かに自らの終焉の黒い縁取りを飾る行為のようでもあり
膨大な重い歴史に身を縮まらせるでもなく
ふわふわと綿あめのようにそれを背中に背負い、浮遊しているかのようであった
国道のカーブの突端に記念碑がある
その眼下には放射冷却の湖面から浮き出した霧が覆い、蒼い湖面と峰岸のモザイクな彩が静かに交接していた


気がつくと薬缶の水が沸き、蓋を押し上げる湯気の音が厨房に響いている
朝からこのように、厨房仕事をしているのはいつ以来だろうかと、記憶をたどる
見えるものが、一様にすべて白く塗りつぶされていく
そこに何かがあった痕跡は突起としてわずかに感じられる
それは三つの季節を流れた時のひらきなおりとあきらめであり
どこかの土の一片の微粒子として存在し続けているであろうあの老夫婦の所作を思い出していた
むしろ、雪は終わりの季節ではなく、はじまりの季節なのかもしれない


詩人四態

  山人

春になったら握り飯をもって山に行こう
ほつほつと出狂う山菜たちの
メロディーを聴きに
ポケットの中には手帳と鉛筆をねじ込んで
いただきに立てば、ほら
風が眠りから覚めて
息吹を開始する
虫たちもよろこんでいる
だから僕は鉛筆を舐めて
もくもくと詩を書くんだ
蝶々が飛び始めると
詩ができあがる
ほら、できたよ
詩ができた
だまって樹皮を舐めるカタツムリに
僕はそうっと詩を見せる
ほら、ぬめりのある皮膚が
よろこんでいる
僕の詩をよろこんでいるよ




寂れた地下室の中で、男たちは裸になり、互いの性器を見せ合っている
その大きさを競うわけでもなく、ただ柔らかな手やごつごつした手で互いの性器に触れたり撫でたりしているのだ
だが、同性愛ではなく、あくまでも無機質に観察しながら触れている
性器の触手観察会が終わると、次に脳を見せ合う儀式が始まる
エナメル質の頭蓋を取り外し、粗脳だよ、とか、少し弾力は薄れているね、とかの話し合いの場がもたれる
血液検査もよく行われるようだ
骨粗鬆症の話も出てくる
それらの観察会が終わると、つぎは思考の競争が行われる




詩人が街を歩いている
シャツはチェックで
手にはソロバンを持ち
麻のマフラーを首に捲き
ひょろ長いキセルを咥えているのだ
頭全体が薄い樹のウロで出来ていて
所々に苔を生やしている
目玉は無く
その部分から
靄がふわふわ漂い
ゴミ虫がするすると蠢いている
頭頂には宿木が実り
四十雀がジャージャー鳴いている
詩人の頭の中には
一本の線が針金のように曲がり
その先に枯葉がついている
枯葉の真ん中に
虫食いの痕が残っている
脳など無く
一枚の古い皿が置かれ
そこにちろりと蝋燭が灯され
皿の端には
魚の骨が置かれている
ちなみにキセルを咥える口は無い


男が詩を書いている
満遍なくちりばめられた言葉の群落、それは豊かな水辺をささやきあう野鳥の群れのようでみずみずしい
大きな言葉の背中に小さな野鳥がのる
遠くから隊列をなした、水鳥が水しぶきを上げながら着水する
水のように言葉は自由さを得ている
空は押し黙り、やがて来る悪天に身じろぐことなく、湖面は言葉を続ける
詩は拡張する、重さ、軽さを自由にあやつり、時の流れまで操作してしまう
男はうたう、そして発狂する、その発狂体が粒子となって湖面を浚い、詩は離陸した


流木

  山人

昨日から降り続いた雪は根雪となった
近くの川は冷たく骸のように流れている
どこかで枯れた木の枝が
石と石の間で水流にもまれ
とどまっている
流木の体の中までしみこんだ水気が
さらに流木を冷やし
もう、意識もなく
ただ、そこにとどまっているのだろうか

ひとつぶの意志が
たとえば団栗となって地上に落ち、とどまる
意識の隅をつつくように
促されるように何かが疼きはじめると
意識は上部へと押し上げられる
上へ上へと双子葉となって
日ざしを受容する

ふと気づくと風が吹いている
まだ芽吹いたばかりの若葉のからだを
いとしく愛撫する
体中の樹液がおびただしく水気にあふれ
勢いよく音を立てながらめぐってゆく

ねむりのとき
かさり
甲虫の羽音がするのを黙って聞いている
月の光の残片が甲虫に照らされ
抑揚のある刻み音が穿孔する
さまざまな毒や弊害から免れることはできない

立つ、という意義を忘れたことはない
それは使命にも似て
己はいつも上を見て立つことで
確かな命を定義づける

森の匂い
その空気に浮かれ
万遍の笑みを繰り広げた
笑みは他の生き物に和を与えた

天体の自転から繰り出される
様々な無機質な暴力が森を蹂躙した
その圧力に耐え
赤黒くその生きざまを刻む
年輪はただ生きてきたわけではない

ただ、立っている
その認識に老いを感じたころから
それを根城に病のコロニーが集る
病とともに謎解きが開始される
不変、とも言おうか
老いと病は新しい命へのジョイントかも知れない

嵐の前の静けさに酔い
満月は夜を装飾する
暴かれた真実は宇宙に凍り
ただ、その時を待つ

意識は直立し
まだ上昇している
しかし、ゆらりと揺らめいたかと思うと
空気は揺れ川面に炸裂
ぼんやりと木はかつて居た位置をながめ
その天空にはおびただしい星が
拍手するように笑った


紐をほどくように
流木は何かを思考した
根雪となった寒空を
カワガラスがびびっと鳴き
一片の流木を気散らし

流木のすでに壊れかかった体の中に
一粒の団栗がくい込んでいた

文学極道

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