南西から、
深い雨が、
始まった、
長い、乾期の、
終わり、
ここは、沼地の、
中にできた、
ひとつの、瞳、
―砂で、
瞳を洗うようにして、
清められるもの―
唇を、
噛み切った、
言葉の、
始まりから、
多くの夢を見た、
人たちの、
声に、
口を開くようにして、
耳を開いて、
私たちは繰り返す、
ふるいまじないを、
新しい言葉で、
日曜日がくるたびに、
(一つの、祝祭が、投げ込まれた、
ここからは、多くの野が、
水浸しにされて語られ始める)
不思議と、
明るさが、
増した、
私たちは、
この世に、
落ちた、
千の亡霊を、
一人残らず、
すくうようにして、
唇を、
噛み切る、
この世を、
渡る、
一つの、
端が、
均衡を、失い、
消えかかっているのを、
見つめている、
瞳が、手を、
映し出した、
今日、私の、日本語から、
一切のかなしみがほろびる、
(ここで、ルビを降らせる)
真新しい黒いカーディガンや、
白い、シャツに、
降る、ルビの、数々が、
開かれて、
落ちていく、
そして、
発話が、
始まって、静まった、
息は白く、
かなしみは、もはや、
遠い、
今日、私の日本語から、
ほろびた、悲しみの、一切が、
体に宿る、
千の、
亡霊の、
首が一斉に、とび、
私は、
唇を噛み切るようにして、
言葉を、
かなしみに分け与える、
最新情報
いかいか (残念さん) - 2009年分
選出作品 (投稿日時順 / 全9作)
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今日、私の日本語から一切のかなしみがほろびる
ラピダ
(散文の雨)
女は唇から言葉を吐き出して、身を震わせてから犬のように町に消えていった。消えたことが、ありのまま残り実った。果実は収穫され、男の口に含まれて、歯の間で荒く噛み砕かれ果汁を出し尽くすと喉の奥に最後の墓所を見出した。墓所は、爛れた神々の陰部のように開き、女の唇から再度言葉を奪ったまま煙をはき、煙から二十日鼠と人間が生まれ両者は接吻と不似合いな性器を見せびらかしながら岩でお互いの領土を隔ててしまった。海上の出来事は、すぐさま大陸に上がり足を生やし人間の間を駆け回った(まるで二十日鼠のように)。ビルケナウへ向かう猫の足取りは軽く、まるで僕らの描く何の面白みもない散文のようだ。そして、唇からは汚濁。流れ出したものがとまらずに、口々にあらゆることを押し流し、創世の七日間のように、あらゆる細部も大枠も放り出され、言葉すらも流された。墓所は開く、何度も、爛れた神々の陰部のように。
散文の雨(反転)
散文の雨(反転)
(ハツカネズミは故郷を思い出し、
オレンジを切る手から逃げる)
セーターをたたんだ、冬からは遠く、夏からは遠く、
ひらがなのセーターはちぢんだまま、
知らぬ人に送り、
返りを待って、踵を打つ、
水平に、
体は、横にならずに、
口から七日間の雨、
傘を差したまま、
燕は巣をつくり、
軒先では、蛙が、
セーターを着込む、
オレンジを切る手から、
ハツカネズミが、
故郷を思い出して、
季節に返る、
朝がまぶしくはなかった、
カーディガンを洗う、
蛙と一緒に、
回る洗濯機の中で、
泳ぐ、緑の、
一匹が、手のひらに、
つかまるまで
ふじさん
まばたきなき、
散乱するのは、まばたきではなく、いつも朝食。狼たちは南下し、薪を火にくべる―私たちが手を温める(そこ、底は)―災厄を、
「火はない、あるのは、まばたきのみ」と、線世界に設定された、父がくる、母が来る、英語からも遠く、日本語からも遠い、故郷が、
国境線を(国を教える)、君に分け与える、詩のない世界を、歩く、人の背中から切断する―批評が乳房を満たし、貴方の頭に垂らした―、(
まばたきが、この世からは遠くにあることを、まばたきがこの世にはないこと、振り下ろす)
―キナキタバマ、と、黒い瞳をもたなかった彼は、同時に、彼女ももたずに、砂を洗いながら、キナキタバマは夢見を見る。
キナキ、タバマ、と別れたままの、瞳が、「まばたき」をせずに、水しぶきをあげる―神話を洗い流そう、創世の洪水で―
キナキ、タバマは、まばたきをしないための、灰を拾う―かまどを掃除する、隠れ住むために、煮えた鍋の地平線上で、コロンブスが、
卵を割る―eggは、ニワトリから早く逃げ出したから、殻―残り火の平原、ノコリ、ビー、と、喜ぶ、
わかれ、横臥する人
羊たちの雨を飲む―神々が天気を開き、私たちがそれに滑り込む―、骨を、投げる、
別れからは遠く、涙を、千に砕き、横臥する、人に、垂らすのは、神々の、天気、
繰り返し、ここは墓石の庭、昼に人は横切り、夜に、入る、
アボガドをむしる、緑の宇宙船、UFOの刺客、横臥する人を横切る、
誰にでも読める平易な物語で
物語のない、物語が読みたい、ことばをくちをうごかさないで、
真っ暗な部屋ではなく、真っ白でもない部屋で、「くちをうごかさないことばを」と、
白い人はいうが、
夢日記
ひとつのスピーチが終わった。会場にいた、コロン達がざわめく。男が一人、壇上に上がり、ステップを刻む。僕はそれを、観衆の中で見ているが、男はずっと僕を見つめたまま踊っている。男が踊っている時、男の口は一つの言葉を声なく言い続けている。隣にいたコロンの女性が私の手を引いていく。小屋の中には、三人の黒い肌をした子供がおり、「貴方の子供よ」と言う。「肌の色が違うじゃないか。」と僕が言うと、女は裸になって陰部を見せる。ここを舐めれば、貴方も黒くなる、と言って笑う時の歯が白い。
架空の小説の話を考えながら歩いていると一人の少年がやってきてとおりゃんせを歌っている。今時の子供でもこんな歌を歌うのか、と思いながら、その子供を見ると、一つ目だ。片目がつぶれ、まるで小泉八雲のように、覚えたての歌を歌うようにして、彼とすれ違う。少し歩くと、20歳を超えた女がはしってやってきて、「私の夫を知りませんか?一つ目の!」というので、「一つ目の少年ならさっきみましたよ。」と言う。「それが夫です。」「でも、年はまだ10歳ぐらいだと思うんですが、、、」女はそれを聞いて怒る「あれは一つ目なので私の夫なんです。」と。
友人の結婚式にきている。花嫁はなぜか、顔を伏せている。花嫁が泣きながら、「私は今から双子になるんです」と言っている。友人も延々と泣いている。
「この、まさに今、妻となろうとしている人は、双子になるんです」と。すると、彼女のスカートの下から小さな女の子が出てきて挨拶する。「私がこの
今から結婚する女の姉です」と、そして、友人にキスをする。友人は泣きながら嫌々そうにそれを受け入れる。彼の花嫁はそれを見て泣き喚く。
ニューシネマパラダイスで唯一泣ける場面があるとするなら、「ここは俺の公園だ!」と喚きながら忌み嫌われる彼の真剣さとその光景の陽気さ。このことを、目の前にいる女性に話す。女性が立ち上がって、乳房を出し、「小さいでしょう」と突然言って笑う。
周りには白人ばかりがいる。ここはどこの国ですか、と聞くと、「日本だよ。」と日本語で返ってくる。君は、スコットランド出身だろう。その黄色い肌、がまさにそうだよね、と、隣の女性が言う。目の前では、同じ黄色い肌をした老人が、浮世絵を描いている。
女性と映画館に来ている。上映されている映画では、陽気な田舎で人々が歌を歌いながら田植えをしている。隣に座った夢の中で恋人である女性が、「クリムトは口笛がふけないそうよ」と言う。「へーそうなんだ」と軽く答える。女性が突然泣き始める。「口笛がふけないってことは、カモノハシを見たことがないからなのよ。」と。映画の中では、未だに田植えが続いている。
来た事もないレコードショップでレコードを掘っていると、店員からこれがいいよ、とレコードを紹介される。それは見たこともないレコードでジャケットにはなぜか、デリダの写真が貼ってある。「これは何のレコードなんですか」と聞くと「HIPHOPさ、それもデルタブルース以前のね。年代ものだよ。プレス数かって少ない」と言われる。
01
(ハツカネズミは影絵を抜け出しパリで求婚する。)
巣の中には、二人の娘が残り。一人は赤い髪の毛を結ぶことを当の昔に忘れてしまったかのように放り出したままぼんやりと外を見ている。もう一人は、黒い髪の毛を幼馴染のように優しく手の指くるくると回しながら床を見ている。二人がいる部屋にはいくつもの絵が飾ってありどれもこれも肖像画で一人の男性の顔が描かれている。男性の顔は旱魃で喘いだ土地のように深い皺で満ちており今まで一度も水の恵みを受けたことのないような乾ききった肌に大きい黒い瞳がその土地に雨が降らないようにまるで監視するかのように鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
瞳をめぐる物語をしよう。瞳がまだ開いていないころ、月の裏側には水銀の海があった。それは決して、観測されえない地図として、私たちの手元にあった。水銀の海では、多くの人々がいまだ分かれない形で留まったまま深く潜っていた。潜っていた瞳は、開かれないまま水銀に浮いていた。瞳を与えられた、人の中に、瞳を開いた人がいた。それは、初めて重力の喜びを知った思い出として、いつまでも私たちのまぶたの裏にある。瞼の裏に地図を描くこと―地図は鉛筆とコンパスでは示されない海を眺めていた―。初めて開いた瞳を閉じたとき、そこにはいくつもの影絵が見えた。暗闇の中で動く無数の影が踊っているのを、何がそれらを照らしているのか僕にはわからなかったが、優しく神が僕の肩を噛んだ。そしてその記憶を忘れた。
(二匹のハツカネズミは求婚するために逃げたオレンジを探すために穴倉から外へ出る)
男の乾いた土地を渡る風の間を二匹のハツカネズミが歩いていく。二匹の足取りは重く、足はあっちこっちへと方向を定めずに行ったりきたりを繰り返し、一向に先に進まない。雨の降る気配はなく、二匹の舌は最初の乾きを感じてからすでにもう、ゆっくりとこの土地の印を刻み始めていた。小さく裂けて、ひび割れていく舌の上に、またひとつ土地が開かれようとしている。男の目がその土地を見てさらに鋭さを増し、少しだけ喜び満ちる。農奴達が遠くからやってきて、二匹の舌の上で開墾を始める。男の瞳はそれを見つめている。一人の農奴が舌の上で死に、舌のひび割れた大地に帰っていった。その農奴の焼かれた骨をやさしく包む二匹のひび割れた大地に、男の瞳が閉じられた最初の月にようやく雨が降る。ハツカネズミは一匹となり、すべてを忘れる。初めての雨にハツカネズミの毛は濡れ、丹念に雨粒に折りたたまれていく。
祝祭を祝う人々の群れの中に、一人の神が姿を現し、髪の毛を洗っている。神の髪の毛を洗う女たちがひそひそ声で、「今日、この方は結婚される。」と言っているのが聞こえる。「人間の男と、、、。」。神はその話を聞いていないかのような姿で髪の毛を洗っている。ところが、その神は男で、まさにこの男神は今から人間の男に抱かれるために、髪の毛を清めているのだと、僕はそれを見てひどく安心すると同時に、言い知れぬ恐怖に打ちのめされ、吐き気を催す。
(ハツカネズミは一匹になりお互いのことを忘れる)
スターバックスの緑の香り。アメリカの赤も、日本の白も、グアテマラの水色も、含まれていない緑の中に、一人椅子に座り、外のとおりを眺めている。椅子の一つ一つから湯気が沸き立つのは、使われている木材がすべて亜熱帯のジャングルから切り出されてきたものだろうか。息を吸い込む。隣に座る男女が笑顔で話している。二人の会話の甘い香りが鼻に入って、耳で噛み砕かれて言葉になる。外は突然の雨、多くの人が走り出し駅に向かっている。水は歩道をすべり排水溝へと行き着く間に、駆け出された足に踏まれるのではなく、その足を包むようにして、少しだけ地面から浮かばせる。雨が人々の足をやさしく包んで、少しだけ空中へ押し上げるとき、僕らは気づかないうちに重力を信じなくてすむ。
ブレードランナーのように、と、昨日友人が話していたことを思い出す。その友人は、ワーグナーをなぜか信じている。それを日記に書き始めようとするがうんざりする。
つまらないやめた
遠い国で中国女と出会う夢を見た。そこがどこの国かはわからなかったが、女はいかにもなアジア人のとんがった目つきで服を脱いでベッドに横たわっている。それを見て、僕はその女の肩に「狐が憑いている」と突然思う。女から離れて、椅子に座ると、女はそのまま眠りこけてしまう。すると、女の右手が突然上がり、手招きをしはじめる。扉が開く。男が入ってきて、中国女の布団にもぐりこむ。女が大きな声で言う。「この狐憑きめ!」と男を罵って、男は逃げ出すかのようにして退散する。
祝祭前夜
一日目
妊婦の腹が引き裂かれ、光が漏れた。多くの人たちがそれを見つめ。頭のおかしくなった、アリス気取りがこけて階段で頭を強く打ったまま頭蓋骨が割れまた光が漏れる。光、光、と、数を数える。あちこちで、誰も彼もが腸を引き裂いたり、頭を打ちつけながら光が漏れることを望んでいる。
そして静かになった。後には、腐乱していない新しい死体ばかりが並び。すべての死体からは光が漏れている。眼球を失った空洞からも、引き裂かれた腹や頭からも、僕はこういう光景の中にいるのが一番落ち着く、と、思うと、背後から誰かに強く殴られる。何度も殴られていく内に、僕の頭からも光が漏れ始める。あ、光、だと、また光の数が増えたと喜んでみるが鈍い鈍器の音が止まらない。それが嬉しかった。
二日目
文字の読めない女の子が物語を求めて歩いているのを見る。彼女は、文字が読めない、ことを物語るための物語がほしいという。そんな物語はもうこの世にはないよ、と告げる。それでも、彼女はほしい、といい、僕の後ろでニヤニヤ笑っていた男がその女の子に物語を教えてあげよう、といって、彼女に「不幸」や「悲惨」という言葉を教えては書かせる。それを見て周りの人々が、手をたたき始めて次に「誠実」や「切実」の言葉を教える。これで物語を作れるだろう、と男が笑って言う。周りの人々は彼女が男に習った単語を使って物語を物語るのを聞いてなき始める。男は、それを見て、周りの泣いている者達を全員殴り始める。お前らはいつだってこんな物語がほしくて、ずっと飢えていたんだろう、と、男が笑いながら、自分にアルコールをかけてライターをつける。燃える男が大きな声で言う。「これで、さらに物語がつくれるだろう」と言って。文字の読めない少女は男に習った言葉で男の物語を作る。そして、まるで男などいなかったかのように、皆その話を聞いて泣き始める。
三日目
掟の門をくぐることができない。門の内側にいる人々の光が見える。もうすでに、葡萄は破裂して、流れ出ているばかりだと言うのに、雪の中を裸足で踊る。踊る人たちの間から喜びばかりがもれて、楽しい、と、掟が降りてくる。掟が、門をくぐる。次から次へと倒れていくのは人ではなくて、葡萄の木だと気づいたとき、街路樹には人々が実り。口々に、収穫を待っている、と微笑んでいる。
渋谷、新宿、と、籠を背負って収穫していく。笑顔で挨拶しながら、都市の気候は温暖だから、と、隣の女性が言う。駅の構内、列車に乗る人々の靴があさってには売り払われ、誰もがもう踊らなくていいと、彼女が囁いて、街路樹に実った一人の男性が微笑みながら収穫を待っている。手を差し出して、男を摘む。
四日目
肌が焼けて、白くは無かった。蛙が実をむき、秋が焦げる。鉄道沿いに並んだ花火。笑い焦げる人。ここからは、もうどうでもよくなった、と、思いながらテレビが投げつけられ、次に、燃やされた服が飛んでくる。偽りでも、物語がほしい、と言った少女から、ずっと遠くに来た気がする。すがすがさしさばかりが残り、後は晴れ渡る何かが僕を押し広げる。唇は石灰を含み、体が螺旋上に翻る。裂けた、と、声がして、光が漏れる。
ブロードウェイで踊るタップダンスのことをなぜか思い浮かべる。ハイヒールが蹴りあげられて、遠くに飛んでいったのを思い出したり、しながら、物語を一つ残らず世界の外へ追いやって、ようやくわけもわからないなにかが飛び込んできてから窓を開く。
notitle
2009-10-20
ひとつ、ふたつ、みっつ、と転がるようにして指折り数える。何を数えているかは誰にもわからない事。指折り数えながら、折れていったことの多くが、よみがえって挨拶をするかのようのして、今は去っていく。その事は悲しくもなければ、嬉しいことでもないが、何故か清々しい。昨日、山道を抜けて神社にいった。といっても、この山道を知っている者はほとんど誰もいない。この道は役目を終えてしまっているのが分かる。木々が倒れ、道は途中から分からなくなっている。それでも、出口に近づけば、一応の道はあって、なぜ、そこだけ残されているのか、もしくは、今後もずっと残っていくためにそうあるのかもしれない。境内は、秋祭りも終わり、しまいこまれた神輿の蔵に、本殿。出張神主が時々やってきていろいろしている。古い人々の名前が刻まれ、再建もしくは、補修のために寄付をした人々の名前がある。埃だらけの名前の中に、聞いたことあるような、無いような名前がいくつか。石を手に取る。放り投げる。落下して音を立てる。また、知らないことが増え、知っていたことを忘れる。石段を降りるとき、村が一望できる。家々には、家々の、そして、道々には道々の、と、くだらないことを考え始めるが、それらすべてが何の意味も持たないことを確認してから、下る。
2009-09-29
白さが駆け足で巡る。女たちの戦いばかりか、そこには何の香りもしない空間がありそれを引き裂くための奇声も喜びもない。集いあった患者の親族たちが談話室で話を待っている。僕も祖母の白内障の手術の終わりを待って談話室に居座っている。片手にはボルヘス。暇つぶしに読んでいたが、三十分程度で手術が終わり、大きな眼帯をした祖母が奥の手術室と病棟を隔離した扉から出てくる。祖母の瞳は回復して昔と同じような光を反射させて世界を見るだろうが、ボルヘスは暗闇へ降りていった作家だった。ボルヘスに与えられた暗闇は、膨大な書物に覆われた暗闇。祖母はすぐさま病室に帰ると寝てしまったので、私もそれに応じて帰宅した。帰宅途中、何気なく車を運転しながら思い浮かんだ物語を書こうとするが嫌になる。更級日記を読みたくなるが読み始めると止まらなくなりそうなので無理やり抑える。それにしても、病院ってやつは、ああも無駄に清潔感を出そうとしてことごとく失敗しているのだろうか。そもそも、なぜ、白が基調なのか理解できない。ナース服の女性はそらいいものですけど、なぜに白なんだ。真っ赤を基調とした病棟とナース服の看護士達が点滴するような、そういう今までにないボケ老人に色で刺激を的な病院希望です。
2009-09-09
秋月を喜ぶ。甘露を受ける杯はないが、散歩する足並みはいつにもまして軽やかだ。まるで夢の世界を闊歩するかのようにして、町並みを朝へと見送る間だけの心踊る時間。懐かしい感じがするが、これはきっと何かの錯覚だろうというのは分かっている。昼間の戯言を洗い流すかのようにして、影ばかりがこの土地を支配していることが心地よくどこまでもいける気がする。裸足の辱め、を都市では受けるが、真夜中の田舎は誰も人がおらず、裸足で歩いてもすれ違う人々の顔が気にならない。
都市構造を分断する―秋月の沈む海原を想起し、いろいろと考え込むが思考はすでに言葉になることをやめて夜の明るい風景を楽しんでいる―幽霊の歩幅。歩くたびにスニーカーがずれ、ハイヒールがずれ、服もずれ、薄らぼんやりと立ち尽くす若い女や男の幽霊。けばけばしい化粧が必死で人間であることを訴えようとして失敗しているような、そんな陽気な夜を考える。また、躯の多くから光が漏れ、幼い子供たちが、その光を採取し、小さく歓喜し、人の死を、血の、肉の腐敗からは遠い場所で楽しむかのような。墓場は寝室と同じで、朝になればハムエッグを焼いて、フライパンを叩き鳴らす神々によって幽霊たちは起こされ、一日の始まりだと言わんばかりに瞼をこすりながら、幼い子供が学校に行くのを嫌がるようにして、だらだらと列を作り食卓に着くような。
怪奇を反転させる。躯から漏れる光―そこには血もなく、腐敗した肉も、死臭もなく、この世界の生物学的、微生物学的、時間的な、ものとは違う世界を想定して―を採取し、観測する子供の情景をよく考える。彼らはこの世界とは違う世界で、その世界には死の醜さはなく、ただただ、満月の夜に珊瑚礁が一斉に卵を産卵するような一種の神秘的な光景として。採取された光は決して魂でもなく、死者の遺産でもなく、単に蛍が光りそれを見て今僕らが喜ぶような者として。死後、発光する何かを生み出す死者の世界。これは僕が考えた空想でもあり、現実の死からの逃避であるとか、腐敗や醜さを伴っていない死は存在しないのだからそういう風に描くのはだめだ、という批判であるとか、そういったこともどうでもいい。
2009-09-08
また、公民館に夜通し火がともっている。誰か死んだということだ。人々が集まり、告別式の間読経が聞こえてくる。寝ぼけた感じで聞いている。ちょうど、『ソラリスの陽のもとに』を読み終えたところに。車のサイレンとともに、死者が連れ去られる。今日、夜の散歩の途中に墓場に行った。静まり返っている墓場の中に新しいものが入る、と、思いながら墓石を眺めるが何も応答はない。先祖の墓に前でタバコをプカプカしているが何も起こらないばかりが、起こらないことが当たり前のようにして徹底されたこの空間で、人々は埋葬された後の生を生きていく。墓場の前に広がる田畑では稲刈りが始まり、騒々しさが戻ってきているというのに、相変わらずここは何も語らないための空間として口を閉ざしたまま暗闇の中にある。
人知れず、夜出歩く時、月明かりばかりが地表を照らし、何もかもがうすらぼんやりと見える。だから秋月の散歩は楽しい。影から影へ比喩や隠喩が飛ばない。この風景を見ているだけで感動できる。この感動を決して言葉にしないための言葉を用いて表現するそれが「感動する」であったり。
2009-08-19
昨日の夕方から公民館では、葬式の準備が行われ、いつものように儀式がはじまり。夜通し、公民館に明かりがともる。親族の誰かが、死者と共に一夜を過ごす。公民館の目の前にある我が家。我が家の私の部屋も明かりが消えることはなく、夜通しオーウェルの『1984』を読む。死者と競うようにして、明かりを消さないこと、なんて、くだらないルールを自分に設けてよむ。朝早く、父がおき、朝ごはんと犬の散歩にいくので、それよりも早く家を出て散歩。
2009-08-16
今日も、いつもの散歩。外に出ると、祭囃子が聞こえる。あぁそういえば、盆踊りか、と、それでは、と思い。一人墓地に向かって歩く。家々に帰る多くの祖霊達の騒ぎ声や足音が聞こえそうになるがすべて、祭囃子にかき消されていってしまう。生きている人々は、寺の境内に集まり、死んだものたちは家々に帰り、墓地には今この時期、一体何が残っているのだろうか。この張り詰めた死者達の共同体、疎外された一つの記憶。墓石を一つ一つ見ながら墓地の中を歩く。時折、電灯の明かりを受けて、輝くものから、ずっと暗い影の中でじっとしているものまでのすべてが規格化されたモノとして直立している。墓場の墓石を一つの社会と考えれば、まさに、モダン建築さながらの機密性と厳格なプライバシーに貫かれていて、一切の他のものをその内に引き入れまいと強固に閉じられた石の扉。この扉を開くためには、墓石に名前を刻まなければならないが、それは、常に他者―未だこの世に残った者たち―の仕事で、死者自らは開くことができない。まるで、丁寧に手紙を折りたたむようにして、私たちは死者を規格化された家が立ち並ぶ疎外された共同体へ追いやる、または、そこで意味を与える。新しい村の始まりを告げなければならない、と、多くの人は黒い服を着て集い、このふるい共同体で積み上げられた彼ら彼女らの記憶から昼を抜き取るようにして夜の体に備えるために洗い流す。
2009-08-15
うつらうつら、と夜の散歩。右足を出せば、勝手に左足がついてくるものだから、この不都合な動作にうんざりしつつ、煙草を意味もなく吸っている。吐く息も白くならない季節なもので、調子に乗り友人に電話などしてみるが、話の内容は相変わらずだ。蛇が目の前を横切ろうとしている。とりあえず、踏んでみるか、と思い、思いっきり踏んでみる。足をかまれそうなるが、このままかませてしまおうかと思い、蛇をじっと見つめている。どうせ毒蛇の類ではないのだから、せいぜい歯型の一つでももらっておけば明日の話のねたにはなるんじゃないかと、くだらないことを考えるが、そこまでしてねたがほしいかと思い、しかたなく、蛇の首裏をつかんで、田んぼに放りなげる。蛇の夜間飛行なんて、ちっとも面白くないなと、イブをそそのかしたように、俺もそそのかしてくれることを少しは期待したい。その期待は、蛇の放物線と一緒に田んぼに落下して、どうせ実らないままなんだろうぬぁ、と、くだらないことを考えて散歩を続ける。
防波堤(連作)
01
霧の、静かな日、
ゆれるものは、
すでになく、
02
息の低い日、
断末魔への、
愛情が、人知れず遠のく、
揺れることへの、
ためらいが、
魂を早産する、
03
空を飛んで、立法する、
そしてやさしい数学
のはじまり
04
憂鬱の有袋類、
やわらかくなった、
危機、
05
雨の危篤、
古い物語の、
傷
遮った、
ばかりの、
手から、
06
唇の天気、
サンダルを
足に上げる、
机から、
転ばない
椅子
07
怪談前夜、
言葉の喪した、
世界、