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∧ ∨ 12160 : せんたんが欠けていく アンダンテ '20/10/14 11:59:40
かなしいほど
お天気なのは
ユーミンだけ
じゃないから
かんじょうは
ちりぢりにも
一線をこえる
よそものたち
おらだけれど
おらでない
おらでないけれど
おまえでもない
あしたの午後はあるのだけれど
おらはいない
あたいをゆらして
あしたにどんどんやせてくる
方法よ
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201014_709_12160p
コテ :
かなしいほど
憎しみは相手じゃなくて、原因がかなしいとか怒りで、
かんじょうは
「あ、私ってこんな感情あるんや」ノートに、かなしみやいかりの中で、ペンを刺し
真っ直ぐな気持ちを書くためにも
炎の中で書き記す
何かを憎しむ事かなしんだり怒り狂ったりする事が一番苦しい
内面を磨くと言うけど、苦しみを表現するには苦しみの事をわかってないと、自分にはねかえる。原因を自分の内面(お腹)に入れる。
すなわち、魂をクリアに、透明にする。火も涼しくなる。その嫌悪から始めるレベルでほんまに仲良い人がいると、
感情や何かと向き合う事が出来ればお腹が無駄に減らなくなる。 ('20/10/14 13:09:12 *1)なまえをたべたなまえ :
ありえないほどしょうもないから、すぐ削除したほうがいいレベルだと思うよ ('20/10/14 18:52:34)アンダンテ :
コテ様、おはようございます。
ご意見、うけたまわりました。 ('20/10/15 07:32:11)アンダンテ :
さまなまえをたべたなまえさま。
そうです、信じられないほど方法がないのです。 ('20/10/15 07:34:21)
∧ ∨ 12161 : 黒子 李 明子 '20/10/14 15:12:29 *3
対岸の半島がなだらかに尽きる辺り、真っ赤に熟れた夕日が落ちようとしている。アキは、かついでいた鍬を砂浜に下ろし、その上に汗ばんだ野良着をふわりとおいた。背中には一面にあせもがひろがっている。ゆっくりと海に浸かる。足裏に柔らかな砂を感じながら、目を閉じて潮の香を鼻腔深く吸い込んだ。たゆたう波の上に夕日に向かって一筋にオレンジ色の道がのびている。その海を静かに掻き分けて沖へ進んだ。仰向けになる。一切の音が包み込むように絶えた。それからまた夕日を追う。穏やかな波も、今日のように少し荒れた海も好きだ。腕を波の少し上に、浮かすように突き出して、両手をぐいと分ける。アキだけの秘法で、こうして寄せてくる波に顔をぬらさずにどこまでも泳いだ。と、大波が破れて、あざ笑うように頭から襲いかかった。しょっぱい水にしたたか顔を濡らしたのを潮時に、きびすを返した。入り江に沿った細道を、野良仕事を終えて家路につく人影が小さく動いている。アキは鍬に乗せた衣類を眼で確かめ、ゆっくりと岸に向かった。
祖母と姉が寝ている横で、祖父と弓が寝る。祖父は毎夜弓が寝付くまで、いくつでも物語をしてくれた。吉四六さんの笑い話や桃中軒雲右衛門の継子いじめの話に、笑ったり泣いたりしながらいつしか眠りに落ちた。「部屋」と家族が呼んで子どもが入ってはいけない一室に、父母が寝ていた。時折どちらかが苦しそうに咳き込む。その声を四人は黙って聞いていた。姉は寝相も寝付きもよかったが、弓は夏には蚊帳の中をゴロゴロと寝返りを打ってじっとしていない。
眠れないわたしが 転々とする
蚊帳のなか
おばあちゃんがいった
じっとしてたら 暑うないけん
そして
うちわのぬるい風を送ってくれた
とおい夜
そうだ
わたしは
寝返りをうちすぎたのだ
囚われの人が
いたずらにもがいて
身に
縄を食い込ませていくように
じっとしてたら あつくない
じっとしてたら いたくない
うまれなかった日のように
*
昔祖父を慕って、家に寝泊まりしていた若い衆の中でも一番腕のいい漁師で、網繕いも誰よりも早く、学校の成績も性格もよかった弘を、一人娘の養子にもらったのだが、三人の子がまだ幼いうちに、弘が結核を患い、夫婦二人で激しく咳き込みながら、ひっそりと「部屋」で寝起きするようになって、二人分の負い目を母は両親に感じているのであった。
胸の病が重くなるとは弘は「部屋」から出て鉄道の二駅離れた療養所に行く。子どもたちへの手紙に短歌を書き込んでは送り、肩身の狭い境遇をどこかのんきに暮らしていた。母は、家のわずかな蓄えを持って愚痴も言わずに見舞いに行った。病状が落ち着くと弘はまた家に帰ってきた。祖父母は黙々と働いていたが、夜、祖母のアキが土蔵で仕込んだ様々の果実酒を皆が少しずつ盗み飲んで、食卓に集うときには一触即発の気配に包まれる。
天井から下がっている蛍光灯の
頼りないひもを見つめる癖があった
その下に食卓があり
斧のような働き者の祖父がいた
誇り高い祖母と
養子の父と痩せた母がいた
療養所から時折戻ってきて
食卓に加わる父の
人のいい饒舌に
胸がどきどきしてくると
ふっと子どもの息を吐いて
箸を握ったまま
蛍光灯の頼りないひもを見上げていた
祖母が小さく名を呼んで私をとがめる
父の饒舌はやまない
気がつくと流しに立った母が
うつむいたまま
臆病なとがった目配せを父に送っている
私は
その母の眼を憎んだ
****
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201014_717_12161p
一輪車です :
こんにちわ。
わたしの書く詩には下手なりにさらに致命的な欠陥があって
登場人物(他者)がまずいないか、少ない。
これは、ほんとうはダメなんじゃないかとおもっています。
この詩は祖母のアキから、祖父の弘、弓など、多彩な顔ぶれで
複雑な家族の在りようが、
心理的なからみの配分も含め、家庭環境などもよく描かれている
ので、うらやましいといってはなんですが
わたしにはできないことなので、興味津々に読ませていただきました。
内容は、ここに出てくる子どもへの昔話がされていた時代の日本社会の
質素な庶民の生活が描かれているわけですが、
そういう時代のある傾向性をもった暗さや重さといったものが巧みに表現されていて
かなり、リアルな"時代の色彩"を感じ取ることができました。
その色彩はおそらく書き手の心のなかにしまわれている色彩なのでしょうが
いつまでたっても消えることない思い出なのでしょう。
わたしのような者の感想などあてにはならないと思いますが、たぶん、
散文と詩の配置も悪くないと思います。 ('20/10/14 16:39:11 *5)李 明子 :
一輪車さん、ありがとうございます。
うれしく読ませていただきました。
詩は暗い、重いと人にも言われ、自分でもそう思っていましたが、
今は、生い立ちや時代は、貧しささえも、書く際の授かり物であると感じる日々です。
孤独な生い立ちならではの、色彩もすごくあるだろうと想像しています。
今回の投稿作は父・弘を心の中心に据えたものにしたかったので、弘だけは実名にしました。
>散文と詩の配置も悪くないと思います。
よかった!
もしかしたら長いものになるかもしれませんが、
手探りで書いていきたいと思いますので、
よろしくお願いいたします。 ('20/10/14 17:50:40)なまえをたべたなまえ :
その上に汗ばんだ野良着をふわりとおいた
ふわりって何?
たゆたう波の上に夕日に向かって一筋にオレンジ色の道がのびている。
こういう中学生レベルのステレオタイプの描写に自己の大切な記憶や生い立ちを還元して、「書いた」事になるなら、書かないほうが良いんじゃないかな。本当に大切な事なら、中学生レベルのステレオタイプの描写に還元なんてできないはずだと思うんだよね。 ('20/10/14 18:50:57)一輪車です :
ふわり
も
たゆたう
も
ステレオタイプなんてことはだれでもわかってるんだよ。笑
詩にとって大事なことはそんなことじゃなく
それがステレオタイプだろうと なかろうと、
他のことばとの関係性や
全体の構成のなかでそのステレオタイプがむしろ
生かされているかどうかだ。
"ふわり"という通俗的な形容は、
描写の対象である農婦が汗ばんでいることと、
背中にあせもができていることと関連して、
むしろ詩的にはそのことばが
生きているのだ。
"たゆたう"もそう。どこがどうして生きているか
そのイカの墨のような真っ黒な脳みそで
考えてみろ。笑
まったくこいつは
いつもステレオタイプな文句しかつけられない
flexibilityの欠如した
哀れな終わったやつだとおもうね。
つくづくこんな愚かなやつに師事するネット投稿女性たちの
頭のなかをのぞいてみたい。 ('20/10/14 18:54:57 *5)李 明子 :
なまえをたべたなまえさん、一輪車さん
コメントありがとうございます。
ちょっと興味深い展開です(笑。
むかし、『サンダカン八番娼館』という、確かルポルタージュのような小説のような本を読んだことがありました。「からゆきさん」と呼ばれる境遇に生きて、晩年、故国に帰り、一人逞しく老いてゆく女性を、一時期、居候としてともに暮らした若い女性作家が、リアルな体験として綴ったものでした。
その後、からゆきさんを描いた、ある女流詩人の小説を読みました。詩人の書いた散文は、美しいけれども、ひどく読みにくいものだな、という感想を持ちました。一語一語のイメージが豊かすぎるように、感じられたのです。
私は、作品を仕上げるときに自分なりのかんな(鉋)を持っています。そのかんなは、作品によっても変えます。その鉋が何でできているかは秘密ですが、今回は少し幼く荒削りなものにしたいと思いました。
一輪車さんが他の方のコメントでたまに言われる、「いい作品だが上手すぎる」という言葉も念頭にありました。洗練された詩文ではいけないのです。何よりも私の家族が住めない家になってしまいます。
ただ、風景は非常に美しい場所ですので、そこには今後力を注いでいきたいと思っています。 ('20/10/14 19:51:26 *1)なまえをたべたなまえ :
洗練された詩文をかける人があえて、そう出ないふうに書くなら分かるけど、こう書く以外に能力がないならただただダサいだけだよ 単純につまらん あなたには大切な記憶や家族かもだが読み手には関係ない ただのつまんない描写の羅列だから 貴方の意図なんてどーでもいい ただただつまんない 言い訳はいらないわ ('20/10/14 21:59:18)李 明子 :
なまえをたべたなまえさん
コメントありがとうございます。
ダサい、つまらん、は甘んじて受け止めたいと思います。 ('20/10/14 22:45:34)白犬 :
好きでした。私を含め、頭の中だけで書かれたような何処までも自分自分自己主張な詩文が多い中(それが必ずしも悪いこととは思わ無いが)、木訥だけれど的確にある家族の風景を切り取った文に、ほっとしたし、主人公?である私(子供)の視点に素直に共感出来ました。仄暗さや倹しさ等、少し私自身の子供時代の環境の雰囲気に似ているからかもしれない(読む者にそう思わせるということはやはり巧い文なのか)ある意味、意味を求め無い淡々とした文章で、だからこそもっと大きな意味が炙り出されるような気配を感じたり。昔中勘助の銀の匙という小説が好きだったのですが、それも思い出しました。あなた様の文章は、びれびゅからずっと好みだと感じて居ます。 ('20/10/14 23:07:07 *1)李 明子 :
白犬さん、激励ありがとうございます。
ネットニュースのような記事や、週刊誌の短いコラムなどを読んでも、プロが書かれるものは、平易であってなおかつぐいぐいと読ませる何かが、必ずありますね。
現代詩の新たな表現に意欲的な文極の皆さんの詩は、アマチュアであることの冒険心に満ちていると思うのですが、私の作風では、言葉のプロの基本や心構えが不可欠にもかかわらず、その心はどこまでもアマチュアだというところが、作品に現れているのではないか。
とはいえ、自分がそこにいた一つの場所、時間を、これからも書いていきたいと思っています。 ('20/10/15 00:02:57 *1)一輪車です :
>ただのつまんない描写の羅列
という
なまえをたべたなまえ=いかいかの指摘は当たらないと思うぜ。
"凄い韻律になればいいのさ"といったのは吉増剛造だったか。
韻律というのはまさに詩の生命線だが、
できあいの韻律で
恥ずかしげもなく詩もどきを書く自由美学という御仁もいれば
いかいか=なまえをたべたなまえ君のように、
同じ韻律の多用で、つまりこすりすぎて笑 もうぼろぼろになっているやつもいる。
ぼろぼろになった韻律をいつまでも使う、"もったいない"の精神は見上げたものだが、
それじゃ先がない。読むほうもいい加減あきる。
それがわかっていて韻律を更新できないのはそこで精神が停滞しているからだ。
精神が停滞すると更新できないばかりか、
そこに安住して居座ろうとする。
現フォの木立悟なんかがそうだよね。もう病気なんだが病気だと気がつかない。
(*ちなみに、またおもねっているようにとらえられるかも知れないが田中宏輔さんの
詩は、書けばそのまま新しい韻律になっている。これは天性のものだろう)
李さんのこの詩は、つまんない描写の連続にみえるかもしれないが、
底のほうに、みえない韻律が流れている。
あえていうならちょっと大袈裟だけど「祈り」の韻律とでもいうのかな。
じっとしてたら あつくない
じっとしてたら いたくない
うまれなかった日のように
こういう"祈りの韻律"が基調になっている。
少なくとも、できあいの韻律を恥ずかしげもなく使う自由なんたらとか、
同じ韻律に安住固執して、すり減ってるのに使いつづける船場吉兆の老女将みたいな
なまえをたべたなまえ=いかいかの韻律より
よほど新鮮であることは確かだ。 ('20/10/15 03:46:40 *6)李 明子 :
一輪車さん、
作品という事実は、投下の時に決まっているので、
コメント欄はいわば後の祭りでしょうか。
でも、この後の祭りがネット詩の華。
読み物としての生命力、魅力、端正な横顔が必要なのだと思います。
つたない作品に何度もコメントいただけて、ラッキー!の気持ちです。
今更ですが、私の場合、
(現代)詩の知識で言うと徒手空拳でして、詩の師は主に自然や幼年期の痛覚です。
それらに潜んでいる「すごい韻律」を探し出すだけでも、大きな課題ですね。
ありがとうございました。 ('20/10/15 07:38:35)
∧ ∨ 12129 : (無題) 屑張 '20/09/30 00:29:54
舌足らずなサンバで 街中を徘徊している初老の男性に 傘を折られたので 冷静に折れた枝を突き返しても 給湯室の蛇口から 一滴の牡丹が垂れるばかりで 文節は機能しない 後ろの影で誉め言葉が 顔を埋めている 死に化粧の事務員が 湿ったpianissimoをふかしている有限会社 タンブリング・ダンス(弁償してください)
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20200930_254_12129p
黒羽 黎斗 :
シャキシャキ区分けしようとしてる感じがするなぁと思いました。 ('20/09/30 01:50:22)完備 :
似たような作品を誰でもいくらでも作ることができる. ('20/10/04 20:35:19)自由美学 :
これ、不思議と惹かれます。理屈じゃなく好き。説明できません ('20/10/06 17:44:40)屑張 :
黒羽 黎斗さん
レスありがとう。空白で文をちぎる意味は一定以上あったのではないかと思った。
完備さん
レスありがとう。
正直なところ、だからどうした、という突っ込みしか返事として思い浮かばなかった。
自由美学さん
レスありがとう。理屈ではないところで、楽しんでいただけたというところで嬉しく思う。 ('20/10/06 22:34:12)GROWW :
文章の跳躍と捻じれ方にセンスの良さを感じます。>>死に化粧の事務員が 湿ったpianissimoをふかしている有限会社
の妙なリアリティに引き付けられました ('20/10/09 20:03:12)なまえをたべたなまえ :
つまらん パンチラインが作れない奴はこういう作風には向かない ('20/10/11 08:08:02)屑張 :
GROWWさん
レスありがとう。引用箇所については、説得力が出たらいいなと思いながら書いていたので、リアリティがあると評価していただいた点について感謝申し上げる。
なまえをたべたなまえさん
レスありがとう。確かに、一フレーズ毎の強度が弱いと、単純につまらない読み物になってしまうだろうという事は想像に難くない事実であると思うし、また、本作ではそれが達成できていないという指摘については、返す言葉もない。
これ自体、習作として書いている側面があるため、今回提出してみて自身の課題がより浮彫になった。どこまで伸びるかは分からないが、修練は続けていくつもりだ。 ('20/10/14 22:32:51)
∧ ∨ 12162 : 絵夢 玄こう '20/10/14 21:17:10
、
朝に夕、夢うつつが醒め
控えめな気持ちで
今日見た夢のこと
わたしを見つけたこと
それに昨日、
財布を無くしたこと
何度も振り返り
手足をぶらぶらさせて
人さし指の先からのびる道
視界の奥に見え隠れする穴
呼吸する、足裏が
↑↓ 開いたり、
閉じたり、開いたり、している
それに今日、
また同じ夢をみた
朝(あした)も
また同じ夢をみる
絵・詠・花歌しながら
落ち葉をカラコロ鳴らして
同じ夢が何度も
わたしを、見つけた
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201014_734_12162p
∧ ∨ 12158 : 弔い ネン '20/10/13 16:20:37
改めた所で
夜は生き返らないと
分かってるけど
思い出の中に蘇る夢を
抱き締めては
永遠について考えた
悲しみが打ち寄せて
涙が止まらない
悼んでいる
故知らず決別した
私と羊達との弔いを
世界は肯定した
死に思いを馳せた
先人の道のり
人差し指で100光年
辿って笑うから
子を捨てる底無し沼
お腹が空かなくなった
むやみに強い愛を
再びの旅路と迎えて
荒天をことほぐ神様の歌
また生きてしまう
新しい昨日の繰り返し
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201013_693_12158p
玄こう :
こんばんは、
「良い夢を」「昼下がり」そしてこちらの「弔い」、それぞれの三作を続けて読ませてもらいました。 書かれているテーマが(おおよそ)一貫していて、通して読めば、なにか、みえてきそうな気がして。
個人的には、「良い夢を」(ポップな語り口ではじめは うたい、終盤ではだんだんと静かな哀しみが連や行から感じとれた ) 「昼下がり」(二行連で纏め、冷蔵庫の扉に張った遺書、二人の若いツーショット、 生き別れた人との遺物や現物を詩に織り交ぜている。 非常にベタな書きかもしれないですけれど、読者の知らないこの書き手も、その相手も、そうした点でコミットできる ) 「弔い」(死別した相手への直情の詠嘆がもっと書かれてあれば弔詩として読んでみたくなる。 非常に観念的で、雑多な書きに感じた。 四連で丁寧に纏められているが、起承転結として読んだとき、流れがこれで良かったのかどうか些か迷った。 三連の末文〜四連の冒頭文、この二文の行間 距離感は個人的に読んで、ここは少しく面白く思い、共鳴した )
以上です。 またいつか、レス感想送りますね。 ('20/10/14 20:19:12 *15)
∧ ∨ 12159 : 凡庸と鬱が飽和するミッド・ナイトに俺は 澤々 '20/10/13 17:48:22 [Mail]
魔法使いとなった夢の中でさえ
消費税を払うような所業を忘却したくて
いつもより深く舌を入れる
節足動物と化した指が柔肌に蠢いて
秋なのに熱帯夜のワンルームで
地獄のような天国のような暗渠の中を
盲目の二人は殺しあうように愛し合う
生首が踊るベランダをバックに
開けっ放しのトマトの缶詰が震える
意思を司るパドルが濁流に飲まれて
脳を食われたバッタが狂気飛行の電波塔
受信せよ! 菱形の惑星から飛来する者
手のひらに「ゐ」の焼印の入った蛙の子
心肺停止のアラームと産婦人科の産声が
飽和するガイアは生きたまま凍結されて
若狭のラブホテルの受付に飾られているから
コンドームの中で踊るシルエットクイズに
答えなくても別にいいよ
友達の友達の友達の友達のバイト先の先輩の大学の後輩の妹の部活の顧問の前勤めてた高校のとある生徒の親のいとこの二番目の子どもが最近性的暴行の罪で捕まった慶応大の元ミスターだったと知ってもカラオケオールに行かない理由にはならないし録画したドラマが映ってないとちゃんとキレるし俺はお前が嫌いです@hayakushindekure.svg
「あっ、イク…!」
暑くもなく寒くもない秋夜の風俗街を
縦横無尽に走り抜けるのがタクシーなら
路肩に停車してるのもタクシーで
今まさに俺が乗り込むのもタクシーだ
後部座席のドアが開いて
誘われるがままそれに乗り込む
どこまで? と問われる前に
月まで、と答えて
え? とタクシーの運ちゃんがバックミラー越しに俺を怪訝な目つきで見ている気がする
俺はもう一度「月まで」と小さく呟いた後
「宜野湾市我如古」と返事した
がなるエンジン音が月に溶けて
凡庸な夜は凡庸に暮れゆく
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201013_696_12159p
北 :
地域や生活、自然現象、等々、民放のテレビ番組が取り上げそうな、身近な事柄に密着した匂いのする言葉を使い、直喩の対象と対象、(〜のような)が、徐々に距離(意味)の間を広げてゆき、(異国の存在を認知しているような現実を離れていない)現実離れしてゆくのを感じます。
その距離(意味)の間の中に、暗喩されている詩情の表面に映っているのは、夜の営みなんだけど、その営みに没頭させない、女性の特有の現実的な目線が、時折、眩しい視線の光として、底なしの闇を、ピカッと照らしているように感じます。その効果は、夢と現実を対比させ、読者を、更に夢の深みへ誘おうとする意図なのか、いやはや夢の奥の底の表は現実なのか、、作品に使用された、様々なモチーフから、その筆跡を感じました。
冒頭の三行が、「これは夢の話でございます。」と、この作品の宣言になっているので、その三行が月の営みに、さらっと不時着した読後感でした。
追記です。
1、友達の友達の友達の友達の〜から「の」のnoのoの音がテンポを作っているのに気がつきました。あと、句読点が少ないのに、見えないブレス記号が、入ってるように感じること。(普段使っている方言よって、人それぞれ異なる。)僕も、ちょっと前に、そういうのを試していたので、たまたま気になったのかも知れません。作者さんが意図的にやってるのかどうかは解りません。
母音と子音について
http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=666;uniqid=20200807_050_12045p#20200807_050_12045p
句読点を使わないで
http://bungoku.jp/ebbs/pastlog/661.html#20200608_846_11944p
2.ゐの焼印って、昔、流刑かなんかになった人が、押されてたような話が、あったような、なかったような...? 聞いたことがあるような?ないような?です。
そのような読み方をしていくと、百科事典のページを、目を瞑って、パッと開くみたいな、遊びになってるようにも思えてきて、ちょっとわくわくしてきました。 ('20/10/13 19:58:27 *9)一輪車です :
これまでずっと
詩を掴もうとして掴めきれないこの作者の焦りといらだちが如実に浮き上がっている
ような気がしました。
一連目は、ワンルームでだれかが愛し合っている、ただそれだけのことが書かれている。
二連目は、タクシーに乗って行き先を告げる、ただそれだけのことが書かれている。
たぶんまあ、愛し合った後、だれかがタクシーで帰ったのかもしれませんね。
この詩はそれ以上も以下もない、ただそれだけのことなんですが、笑
まさに凡庸と鬱が交差する真夜中に書かれた心境ということになるのでしょうか?
(さっぱりわやですわ)
類型的なイメージを多用しながら
類型的なイメージに堕していないというてんでは評価できますが
しかし、一種のめくらましという手法ではそれが目一杯ぎりぎりのところ
ではないでしょうか。
余談
北さんの解説がわたしには非常にウケました。
久しぶりに愉快に笑いながら読みました。これでぐっすり眠れそうです。
おやすみなさい。 ('20/10/14 03:27:36 *12)コテ :
「イク…!」生きてる人間っていうの仏にはなれない。女性の方が想像的精神が高く、何でも経験している。男性は自分がどうしてほしいかを女に伝える、言う。
「月まで」というのが、人のきざな態度を(さらに)ニヒルってて可笑しい、人を笑顔にします。
澤々さんが何を感じられたのか、誤解を残しつつ、完璧に解く試みも素晴らしいと思います。
人を驚かせよう、びっくりさせようという意識が高い、舌を入れる…周りの目を気にし管すぎ。
ここに書きますが、神秘的な無秩序さっていう発見がすごい。
自惚れのようなコメントですが、確かな作者(佛)で、植物学者(南方熊楠)みたい。
どこにも行きたくない、でもこれからどこかに行かなくてはならない、人と同じようにではなく、人と並ぶことは、人が人とか関わるという意味として、対比して凡庸というのが、腹立だしい。
亜熱帯の夢を見ました十数年前ですが、女の子が本を、「自分で行動して渡してくれた」約束と夢と啓示がいくらあっても自分の行為で流動するから、今そしてそれがここにあってこの掲示板に
何度でも試させてあげよう
何度でも聞いてあげよう
今回はそういう言葉を口に出すことが出来た「作品…」。 ('20/10/14 06:31:16 *13)
∧ ∨ 12136 : ワークス 自由美学 '20/10/01 07:13:26
親父のメッシュキャップには
きまって球団のロゴ刺繍か
「漁協組合」って文字が入っている
野球も観なけりゃ漁師でもない
なんでもないただの親父なのに
あのキャップの主張がなんなのかは
いまだによくわからない
いくつもの鋏ケースを腰からぶら下げ
親父は今日も庭いじり
公道に自慢のワークスをめいっぱい広げては
日がな一日チョキチョキやっている
そんな親父の横顔が
時々JISマークに見えてしかたない
庭の片隅でひん曲がっている親父を
せむしの懸崖五葉松が笑う
サビた一斗缶から垂れ下がる枝は
バカになったマジックテープのようだ
安全靴がゆらりと転がって
苔のうえにあっさり投げ出される親父
まばゆい日差しは
ありとあらゆる主張をひっぺがしていく
野良猫はすぐにのりしろをはみ出したがる
我が家の玄関マットにどっかり乗っかって
目には縦長の切り込みを入れ
胴は山折り
しっぽは谷折り
おでこをお腹にのりづけして
やがてはマットの毛になる
テンプレートでくりぬかれた宿命
そいつを俺にしっかりと貼っつける
瓶詰めにしたそれらを
会社と役所に
そして実家に送付したら完成だ
紙パッキンできっちりホールドされながら
俺は社会になる
なんでもないただの親父になるために
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201001_274_12136p
イロキセイゴ :
息子が親、父親を観察ている詩のように思えました。野良猫を描写した第4連目が印象的でした。まるで折り紙のような猫。 ('20/10/02 01:26:31)自由美学 :
☆イロキセイゴさん
コメントありがとうございます。
学研の紙工作キットをイメージしました^^ ('20/10/05 06:52:13)深尾貞一郎 :
重くなりがちなテーマを工作キットなどをモチーフにし、あえて軽く書こうとしている工夫があるように感じました。 ('20/10/07 09:59:19)自由美学 :
☆深尾貞一郎さん
コメントありがとうございます。
まだまだ工夫が足りないことは自覚してます。精進します! ('20/10/09 07:15:24)ネン :
正しい散文詩のあり方と言うか、自由な中に明らかな文型が読み取れる、楽しい詩でした。いつの間にか自分も親父になっていく所がとても好きです。一体、親父とは。 ('20/10/12 21:49:54)一輪車です :
現代詩フォーラムはむかしは通俗的なポエムばかりでダメだったが今や
かなりいい書き手がトップ10にならぶようになった。
中岡慎一郎、ななし、田中恭平etc.....山人もよくなっている。(各氏敬称略)
それにひきかえ、
ここは
かつてポエムサロンだった現代詩フォーラムにすら10周以上の周回遅れにみえる。
ビーレビならこれでも詩として受け入れられるかもしれないが、
ここは幼稚園じゃないんだから
東やいかいかがいうように、ほんとこのままじゃチンボツしてしまう。
場が残っても中味が、これじゃ悲惨を通り越して滑稽だ。
わたしも来月からは
本来の地を出したものを投稿しないといけないと反省しているが、ここは、
正直、あまりにも
現状ひどすぎる。なにが「正しい散文詩のあり方」を学びましただ、
神経、大丈夫かとしかいいようがない。
ひとつだけとりあえず指摘しておくなら、詩はなによりもまず
語り口なんだ。
それが翻訳調のワンパタ文体では、少しでもことばに敏感な人だったら
それだけで顔をそむけるレベルだ。
全部予測できる。次のフレーズが! そんなもの恥ずかしく思えない
連中、詩なんか書く資格があるのかと本気で首をひねる。
とにかく、いますぐアラガイさんを復帰させるべきだ。 ('20/10/13 00:30:56 *5)自由美学 :
☆ネンさん
コメントありがとうございます。
この度は私の自慢のワークスを掘り起こして頂き恐縮です。
なんともはやまったくもって非常にこそば嬉しさでほくそ痒いです(←表現が独特なのかヘタクソなのか微妙なやつ)
なんというか、もう、書き手としての自分には何が正しいのか、何がポエムなのか、親父って何なのか、そんなものさっぱりわからないのです。すべてが問い。
たぶん、読み手の中にしか正解はない。どのようなものであれ読み手の声は貴重ですね。
☆一輪車さん
あら。どうも^^コメントありがとうございます。
まあ、いろんな人間いますんで。ははっ
色々とお悩みがあるようですが、文極の一参加者に過ぎない私にどこだかの内輪事情を熱心に訴えられても応えようがありませんので、文極さんに直接相談されるか、該当する場所で処理してくださいな。うはっ☆ ('20/10/13 03:22:19)一輪車です :
いや、ついカッとして横柄な言葉使いになったことは反省し
みなさまえへもお詫びます。
しかしねえ、
アルフなにがしなど、この掲示板に思い入れがあるからこそ
一人の投稿者を排除したわけでしょう。
アラガイさんを排除したのは、ここを愛し、ここで書きたいからでしょう。
大事な投稿者の一人を排除したなら、なをさら責任を感じて
素晴らしい作品を投稿すべきなのが、
気にさわる投稿者を排除したら、あとは知らんふりしている。
いまどきは詩など書いているくせに
こんなやつばかりなのに腹が立つのですよ。
そもそも
ここで大賞などもらったら、少なくともそこで活躍すべきなのに、
大賞をとったら田中宏輔さんは別にして、どいつもこいつもその瞬間から
まったく知らんふりだ。
ここでの大賞なんてのは当人の活躍や成長を願ってのものだろうに、
少なくとも、すこしの期間くらいここに書けよ。
ここの大賞とったからといってどこにいっても相手にされないとしてもだ。
いくら詩書きなんてもともと外れ者だといっても、どいつも人間性がクソすぎる。
これでどんな詩が書けるというのか。
クソが集まってクソまみれになってクソのような幼稚で愚かな語りをして
クソを投げあってどこが愉しいのか、さっぱりわからないのですよ。
そんなことを思いますと、つい、カッとしましてね、
考えてみると
そんなことをわたしが心配したり他人に向かってどうのこうのいう立場でも
なんでもないのですわなあ。
いや、考えてみるとつまらない怒りを爆発させてしまった。
心からお詫び申し上げます。 ('20/10/13 03:44:39 *1)自由美学 :
☆一輪車さん
なるほど。なるほどです。あなたの熱さは好きです私(*´ω`*)
ちょっと語りますが、
文極ってこの世でいちばん誠実で温かい場所なんじゃないかと思うことがあるんですよ。
ここで何らかの賞を取った、優良作品に選ばれた、そのことを誇りにするのはもちろん良いことなんだけど、意識高めで参加するのは全然悪いことじゃないんだけど、
名前すらイカつめだけども文極は、ものすごく情け深く寛大。それは作品への評価にしてもそうで。非常に甘い。どこかの詩誌なんかと比べればぐんと敷居もハードルも低いはずだと私は思うんですね。
そのことを理解しておかないと、いつかどこかでポキンとあっけなく鼻を折られる悲劇が待っていることだろうと。そんなことを思いながら私の文極愛はとどまることを知らないのだった。うふ☆
文極はまず、場のクオリティ自体がすごい。
ここには生きた人間がいる。怒り、悩み、もがき、泣き、のたうち回って笑う人間がいる。投稿詩のなかにそれぞれのリアルな生きざまを見る。セックスやドラッグなんかじゃ味わえない喜びがここにはある。確かにある。
文極にしばらくログインのない人って、単純に、私生活で時間に余裕がなくなったというのが一番の理由だと思います。自分みたいな働き世代の一般庶民であれば、ほんとこんな貴族趣味に割いてる時間なんかほとんどありません!
そして、こんなユーザーも珍しくないんじゃないかなと思うんですが、ブランクこそありますが私も過去数回出入りしています。最後に出入り禁止処分を食らい(笑)、そこからしばらく遠のいてましたけどね。正確には10年弱か
なんか長々と変な話になりましたね。フォーラム行けっ!とか怒られちゃうかな(´д`|||) ('20/10/13 04:24:58)一輪車です :
ひとりで なにをよがってるのかしらないけど、
気持ち悪い。
まずは、
こんな愚劣な雑文を投稿しないことが肝心だとおもうが。
また、ここをよくしたいのなら、
こんなものを評価しないことが一番大事なことだと
おもうのだが。
恥ずかしいほどの定形であること、わかってるのだろうか? ('20/10/13 05:13:18 *1)自由美学 :
こらみんな出てくわ(´д`|||)
怖ぇぇ ('20/10/13 07:18:38)自由美学 :
一輪車は嫉妬と猜疑心のかたまりみたいな人間やなあ。たいした文才もなさそうなのになぜここで自分の存在意義を探ってるのか、それこそ滑稽だわ。
お前の悪意のこもったコメントこそ雑文やろ。まともな詩の一つすら書けないくせに定型とか笑わせんな。その定型すらお前には絶対書けないからやってみて一回ぜひ! ('20/10/13 08:25:04 *1)一輪車です :
わたしを嫉妬させるような詩が投稿されれば、どれほどうれしいか。
それと、
まともな詩が投稿されなくても、何度もいうように稚拙でも
下手でもいいから、
こんなワンパタ・モノマネの定形文体で書くことを批判すべきだし、
反省すべきだといってるんだ。
下手だから非難してるんではなく、
また、文才があろうとなかろうと詩のすばらしさとは何の関係もないのだ。
詩ってものを根本から勘違いしている。
いかいかと寸分かわらない
どうしょうもないその根性を叩き直して出直せ!
ありがとうだのコテだの耕だの玄こうだの、おまえだの
いかいかだの 完備だの
これではもはや
ここは巨大なクソ溜め以外のなにものでもないだろ。
自覚してる人はいないのか?笑
結局、運営が悪いわけでも、だれが悪いわけでもない。
しょせん、ネットの詩投稿者は、似たようなのが群れる。
ここがこういう人たちの巣窟になるのも自然といえば自然なのかもしれない。
文句をつけるだけ不毛だ。 ('20/10/13 11:24:30 *2)耕 :
余計なお世話かもしれませんが、一輪車です 様には、マインドフルネスという思考方法、考え方をお勧め致します。
今、この瞬間に意識を向け、嫌なこと上手くいかないことは受け止めるだけにし、そこからあれこれ想像することを止める。
どうやら、考え過ぎる方なようにお見受けしたので。
では、仕事へ行って来ます。 ('20/10/13 14:08:31)一輪車です :
耕くんに説明したところで一ミリも理解できないでしょうが、
いちおう、ここは文極なので
たとえ相手が中学生であるかもしれない滑稽さを承知のうえで
理路をとおして説明しておきますとね。
わたしがなぜ、この詩に怒りを覚えたか。こんなものを評価するきみたちのような
詩のことなど一ミリも真面目に考えたことのない人たちに怒りを覚えたか。
説明しておく必要があるでしょう。
これから述べることの理路を理解できないのを承知で。
まず、この詩は、
感性の定型、フォルムというものが先に信じられているわけです。
こういうものは、こういう書き方をすれば、こんな風に読むものに感じさせるという、
イメージの型枠がまず最初からある。
それはじぶんのものではなくて、広く世間一般に認められた実績のある通俗的なフォルムです。
この詩は、ことばがそこに向かってイメージを集中するように、フォルムがイメージであるように、
そのイメージに向かって言葉を集中させるようにつくられている。
といっても耕くんには理解できないでしょうから
わかりやすくいえば
天才は嘘をつかない
ということです。
そういう言い方でいえばこの詩は100%嘘なわけです。
まず作者が一ミリだってこの詩に書かれたことをやっているわけでも信じているわけでもなく
らち外にいるわけです。ぜんぶ嘘です。
しかし、世間にはすでに出来上がった感性の定形というものがあって、それにタクシーのように
乗っかれば、
アホな連中を感心させることができるわけです。
NHKの朝ドラなんかもそういう感性の定形のひとつです。
わたしはそういうものが詩であってはいけない。巧い下手は関係ないといってる。それより
そんな出来合いの定形に乗っかってじぶんを誤魔化してはいけないといってるんです。
それじゃビーレビの投稿詩と同じになる。
わたしの量見では、現代詩フォーラムの投稿の半分は嘘です。また、ビーレビの投稿の95%
は嘘です。それから田中宏輔さんの詩は嘘はゼロです。わたしの詩は30%がまだまだ嘘です。
わたしが怒っているのは
嫉妬からではなく、嘘に平気なその鈍感な感性をなんとかしろってことです。
文極はたしかに衰退して客足が遠のいているかもしれませんが、
少なくとも、いくら稚拙でも嘘だけはない場にしたいということです。
こんな詩をかくやつが横行したら、それだけでもうその場はコロナが蔓延したようなもので
おしまいですよ。
ま、きみにいったところで、まったく理解できないでしょうが。
こういう問題は詩の本質にかかわることで、あらゆる詩論や批評に先立つ問題だとおもっています。 ('20/10/14 04:31:20 *1)自由美学 :
一輪車さん、
一つでも面白い詩を書いてから物言えっつってんだよ
あほかこいつ ('20/10/14 05:17:20)一輪車です :
自由美学くんよ。笑
そういうのは、わたしの意見に正面から反論してからでしょう。
いかいかと同じで、
反論できないから、ステージの違うところで陰口叩くなんて
(いかいかの場合は「こいつ、どこでも相手にされてない」だったけ。)
どこでも相手にされてないと陰口叩けば、わたしの論に反駁したことになるなら
世話ない。
きみのように、きみの気に入る詩を書いてないからといってわたしの意見に
反論したことになるのなら、世話にゃーぞなもし。笑
こんなことは、
腐った女の......あ、これは差別か。笑 腐ったゴボウのすることです。
だから、ほれ。いかいかなんかに師事してるやつらは、いつまでたっても
ほれ、見栄えだけ派手だけど、中味ゼロの投稿つづけてるでしょうが。
なにをやっても
だめだねえ、あんたも。 ('20/10/14 07:50:22 *3)自由美学 :
これはこれはまたおいでくださいまして、ご苦労なこってす。一輪車様。
あっち行きこっち行きとキョロキョロ顔色をうかがってまあ大変やねえ。
こいつの目的はこれだ。裏切るゴはいねえがーとナマハゲ並みのおどろおどろしさで始終文極んなかを見回って、反抗的なゴを見つけては、凄みをきかせつつなかば脅迫的に承認させ、そうやってヤクザの手口で皆を懐柔していく。
こうやってパワハラまがいの洗脳でもって場を仕切ろうとするが、そこまでの人望も統率力もない。
こいつには、けしてこの場を、文極をより良いもの(質的にか?)にしようという頭などさらさらない。
それに引き換え、文極創始者のダーザインさんは違った。彼は人材育成を第一に考える人だった。彼が厳しかったのは投稿者にではなく常に作品に対してだった。
私は書き手としてはもうすべてやり尽くしたから、あとは後進に道を作ってやることぐらいしかできないと、そんなことを彼はいつか言っていた。ダーザインさんは当時40代で、その若さにして文極の将来を担う人材を育てようとしていた。
文極衰退って概念こそがそもそも相当ヤバい妄想だと思うんだけど、
揉め事が三度の飯よりも大好きで、人間の潰しあいに情熱を傾けるだけが生き甲斐のこんなジジイがはびこることこそが衰退のなによりの原因だ。
まあ、久々に文極を訪れて抱いた感想としてはそんなところですな。ぶほっ☆ ('20/10/14 08:01:46 *1)一輪車です :
そう考えるのは自由美学くんのかってだからわたしは反論しないが、
で?
わたしの意見には反論できないのですかねえ。笑
いかいかもそうだけど、
わたしに対する下世話な陰口を叩けば、じぶんが承認され、わたしの批判が
ホゴにされるとでも錯覚しているのでしょうか?
わたしはこれまで何度もここに投稿しているが、バカだの死ねだのいわれても
投稿に対する感想にだけは
低姿勢で拝聴してきた。ここもそういう基本すらできないやつばかりだ。
いかいかのような、あらゆる意味でもう終わっており、ここでしか優位を示せない
あわれなやつと同じになるなよ、
自由美学くん。 ('20/10/14 08:13:02 *2)自由美学 :
>本来の地を出したものを投稿しないといけない
>翻訳調のワンパタ文体
>ワンパタ・モノマネの定形文体
>この詩は100%嘘なわけです。
>嘘に平気なその鈍感な感性をなんとかしろ
>文極はたしかに衰退して客足が遠のいているかもしれませんが、
少なくとも、いくら稚拙でも嘘だけはない場にしたいということです。
一輪車さんのこの評に対してコメントを返させて頂きます。
「極道」と言えば家田荘子の『極道の妻たち』で、作者がヤクザと生活を共にし、体当たりでもってリアリティーある描写に挑んでます。
小説や映画でもノンフィクションものやドキュメンタリーなどは私自身もよく手にとってしまうジャンルなんですが、鑑賞する側のチョイスは自由なわけですよね。
詩に限っても、必ずしもそこに真実が必要というわけではないと私は思っています。
私は読み手を選ばない詩を書きたいと思っています。そのためになるべくエゴを排除し、フィクションと割り切って作ってます。私達は『獄中記』を書くワイルドやサドでもないわけで。環境やの主人公やのストーリーやのそんな設定は完全に自分と切り離して書いてます。
これを読むのは学生なのかお婆さんなのか外国人なのか私には知るよしもないので、どんな人にも確実に読んでもらえるようにするため、平たい言葉で、慣用句や常用漢字を使いつつ自分が望むような表現に迫らないといけないと常々思っています。
もちろんそこにも多少のリスクは伴います。脚色にこだわるほど、表現に走るほど、そこにまた個性を帯びさせるほど作りものっぽくなり、言葉だけが一人歩きし、どちみち独り善がりの語りを弄することになる。
それが成功するか失敗するかは経験で判断するしかないと、私はここでその経験を積みに来ているわけです。
これでレスになってますかねっ?長々と失礼しました(´o`; ('20/10/14 09:01:48)一輪車です :
"嘘"の意味がまったくわかってない。
詩だろうと小説だろうと虚構に決まってるわけだ。
そんなことをいってるんじゃないんです。
このはなしはもうこれで終わりです。
不毛な議論は時間のムダ。 ('20/10/14 12:18:15)耕 :
一輪車です 様
やはり、考え過ぎですね。一輪車です 様は、ペルソナをご存知ですか?人は顔を使い分けるもの。虚像だろうが演じる本人にとってはそれもまた本当である。
テキストとして割り切って書くというのであれば、作者の背景は関係なくなると言えるでしょう。一輪車です様もご自身で仰っていたでしょう?作者の意図なんぞ読者には関係がないと。
本物や、嘘などという思考そのものが経験や歴史に依存している。テキスト論は、そういった思考から離れたものである筈。
ただ、私は、この御作品好きになれませんが、好みとは別の話です。
御作品を本物か嘘で論じようとするなら、テキスト論の立ち位置は取れないのでは?
では、一輪車です様は、実存主義なのかというとそうでもなさそうですし、批評でその辺がブレていると余計な摩擦を生みそうで大丈夫かなと、他人ごとながら心配ですが……。 ('20/10/14 12:28:28)深尾貞一郎 :
「もし実在(リアリティ)が感性や意識と直接に接触し得るものとしたら、芸術は無用であろう、いな、むしろ、われわれすべてが芸術家となるであろう。芸術家たちの見るこれらのものは、すべて、現にあるものである。だのに、われわれにはそれが見えない――というのは、だが、なぜだろう」
「何人も熟知している事実だが、常人は事物をそのあるがままには見ないで、ただ或る「固定した類型」を見るにすぎない。まず第一に、事実として、現にあるのは単に色彩の連続した濃淡の移り行きほかならないことを、百も承知していながら、われわれはそこに、明確な輪郭をそなえた別別の事物を見る」
「われわれの多くは、ものをそのあるがままに見ることなく、ただ、言語として具象化せられている有り合わせの諸類型を、見るのみである」
(T.E.ヒューム「ベルグソンの芸術論」『ヒューマニズムと芸術の哲学』[訳]長谷川鑛平:法政大学出版局)
僕たちは物事を観念において理解し思考しています。観念のみにおいてつくられた詩。それは実にぼやけた像しか結ばない。出来の悪い漫画みたいなものだ。
ですからせめて、詩を書くときは「観察」して書くことが実存にせまるひとつの手法だと思いますよ。 ('20/10/14 12:54:18)一輪車です :
耕くん、もうしわけないが、笑
そういうのは、きみの、その、中学校の詩のサークルとかで
子どもどうしてやってくれないか? ('20/10/14 13:40:06 *5)自由美学 :
ますます何を言ってるのか意味不明になってきましたね一輪車。いつもこうですね。引くに引けなくなって八方塞がり。笑
このオヤジは俗に言う「あるある」の事を言ってますか?>しかし、世間にはすでに出来上がった感性の定形というものがあって、それにタクシーのように
>乗っかれば、
>アホな連中を感心させることができるわけです。
読者が作品に入り込めるかどうかは、「あるある」感にかかってると私は思ってんですがね。
その「あるある」センスこそが作品の出来を左右するんじゃないかと。
アメリカのベストセラー推理作家は、謎解き難易度をあえて中学生IQ程度に設定するんだそうで。
それが一番読みやすいとされる文章だからで、もっと難解に複雑に書けても理由があってわざと書かないわけです。
誰もてめえの雑文読みに行かねえよわざわざ。一輪車こそあるあるセンス磨き直して出直せや ('20/10/14 14:23:39)耕 :
一輪車です 様
あら、光栄です。女子中学生っぽさが出ているのなら、私自身の詩のスタイルの賜物ですね。幼女っぽさを売りにしているスタイルですので、純な感じに見られているのなら嬉しいことです。JS辺りまで落として頂いて結構ですよ。
('20/10/14 14:33:33)自由美学 :
☆深尾貞一郎さん
なるほどです。芸術なぞは所詮自然の模倣に過ぎないと言いますが、深尾さんの言う観察力と、対象を忠実に描写するデッサン力は、確かに詩を作る上でも必須かもしれませんね。
何事も先入観を持って判断すれば、一輪車のナマハゲみたいに、気に食わない投稿者の何を読んでも粗探しにしかならんわけで。
観念的になりすぎて失敗することもあれば、逆に描写に囚われすぎて失敗することもなきにしもあらずですかねっ。バランスが大事なのかしらん ('20/10/14 15:15:05)一輪車です :
まず、ひとの話をちゃんと理解してからコメントしてはどうか?
耕くんも自由なんたらくんも。 ('20/10/14 15:31:23)自由美学 :
☆耕さん
私にはボロ一輪車のポンコツ走行がさっぱり読めませんので、解読して頂き本当に助かりました。
マインドフルネス流行ってますが、私も試みるべきかなと。そんな気になりました今回。
ありがとうございました! ('20/10/14 15:35:42)自由美学 :
一輪車は、中学生にも「読ませる」ことができないてめえの力量不足を嘆けと言いたい。
もう、それか、満帆さんが言ってたニーチェの名言やな「愛せないなら去れ」
夜から仕事やし寝るわ。おっさん遊んでくれてありがとう☆またな! ('20/10/14 15:47:12)一輪車です :
しょせんは己の撒いたタネか。
おれに人望がないから、知性もへったくれもない、
こんな低劣なのしか寄ってこない。
これは傲慢なおれへの、なにかの罰かもしれないな。 ('20/10/14 15:56:39)自由美学 :
おいおいおいおい、おっさんちょっとまてー
寄ってきたのはあなたの方ですよね?笑笑
私や玄こうみたいなわけわからんのはこれからは一切無視しますって言ってたのも、ついこないだの話ですよね。
あなたの記憶、大丈夫?笑
そんでまあ、なに一人でよがってんすか一輪車さん。こんなところで。自意識過剰にも程がありますね。
見下してる連中に散々からかわれて、全員ぶっころレベルに怒ってますか?
あほくっせー☆ ('20/10/14 18:17:03)自由美学 :
>いかいかのような、あらゆる意味でもう終わっており、ここでしか優位を示せない
あわれなやつと同じになるなよ、
これ、お前やん。お前はただの年食ったいかいかじゃ! ('20/10/14 18:49:09)
∧ ∨ 12155 : (平屋に住んでいると) 田中恭平 '20/10/10 17:02:44
平屋に住んでいると
背が縮みます
秋雨が身に染みる、とは
このことなのですね
安心を得る為に骨を捨てました、
しかし法悦には満足しております
ぜんしん、が脱臼して
髪は煙草の灰のように白いです
満ち欠け、と
いえば月 けして年齢によりませんが
一度、礼に向かいますので
そのときに その不思議なお尻をお見せください 敬具
味のしないガムのような念仏、
法悦はもう無い、くすりの服用によるさっかくか
副作用は日々強くなる
さいきん 嚥下ができなくなった
ペヤング ペヤング ペヤング 週五
胃袋から全身へペヤングソース焼きそばが送られ
わたしはもう人間ではない
かといってダイナマイトにはなれない
平屋に住んでいると
背が縮みます
秋雨が身に染みる、とは
このことなのですね
また 手紙を書き直している。自然法爾に、放流、
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201010_578_12155p
ありがとう :
拙評を失礼致します。コロナ禍、そして憂鬱な長雨と、現代の精神的にまいってしまう状況がありありと伝わってきます。しかし「平屋」からは、如何にも前時代的な懐古趣味に浸ってしまうせいか、あまり現状の圧迫感を感じませんでした。しかし、「秋雨」や「月」といった自然物が逃避先の一例として挙げられていて、圧迫感からの解放を謳っている、という解釈も可能だと気づきました。 ('20/10/10 21:51:47)なまえをたべたなまえ :
とても良い ('20/10/11 07:40:22)なまえをたべたなまえ :
二階に上がる階段はもはやなく、あるのは浄土への希求とそれが失われつつある不安。二階へ上がる、つまり、階段がない、平屋は自己がすでに悟りへ到達不可能な状況にあるのを語っている。ゆえに、強く浄土は希求され、それは、自己の力ではもうどうにもならないという―他者に頼るしかない。自然法爾に至る。そのものどかしさが、ダイナマイトにように爆発してしまいという、という感情の爆発、いら立ちへと向かう。
安心しろ。仏教は、否定の先に、キリスト教的な上(神への突破)では、下へ下へ、自己を掘り下げて、自己すら消失する先へ突破していく宗教だ。親鸞には深い挫折がある。釈迦にも深い挫折がある。何より、釈迦は血便たらしながら食あたり死んだ。まさに、
ペヤング ペヤング ペヤング 週五
胃袋から全身へペヤングソース焼きそばが送られ
わたしはもう人間ではない
かといってダイナマイトにはなれない
だ。宗教的な作法が習慣化される―念仏―とそれが、意識しなくても作品に書き込まれてくる。こういう作品は少ない。馬鹿みたいに、自己の心理を薄っぺらく描写するだけの作品にはうんざりで、そういうのは書けない人やできない人がやればいい。 ('20/10/11 07:57:20)一輪車です :
平屋に住んでいると
背が縮みます
ではじまる冒頭の一連4行
でこの詩は決まりでしょうね。 ('20/10/11 09:48:48 *7)无 :
田中さんの作品は現代詩フォーラムを含めてけっこう読ませてもらっているけど、この詩は現時点で最高傑作じゃないかな。初連の掴みも見事だし、その後も息切れしていない。
個人的に心の病や宗教って、詩に限らず創作にとってプラスになることがあまりないと思っています。キリスト教に傾倒してた時期のボブ・ディランとか、宗教が創作者をダメにする典型的な例だと考えています。文学極道だけでなくネット詩では心の病を前面に出す形で詩を書く人がけっこういるけど、そういう作風での成功例をあまり知りません。コメント欄できちんとした対応ができない状態で書かれた詩が名作とか、それこそマンガの世界です。
しかし今回の田中さんの作品では、その病気や宗教といった要素が絶妙なバランスで配合されて作品に強度を与えている。森見登美彦的なユーモアと悲惨さが感じられるペヤングの連が特に分かりやすいけど、一般人が抱く詩というもののイメージとはほど遠い単語を使ってここまで仕上げるとは本当に見事です。
この完成度が一時的なものなのか、それとも田中さんの達したいとつの境地なのかは次の作品を読まないと判断できないけれど、少なくともこの詩が高く評価されるべきなのは間違いありません。 ('20/10/11 16:36:14)なまえをたべたなまえ :
宮沢賢治は神智学の影響を受けていたし、ボブディランやジョンレノンのイメージは本人が語らずとも宗教的伝統のイメージだしねぇ。そもそも、宗教が社会の根底に強くあった欧米で、宗教的でない、と語れるものはある意味でない。マルクスが宗教はアヘンだといったけど、そのマルクスの経済学も宗教的なキリスト教的なイメージが根底にあるともいわれてるしねぇ。本当に、この元運営は、知識がないんだな。漫画とJPOPしか知らないんだろうね。
社会には、本人が意識せずとも宗教でなくても宗教的なことは多々あり、またそれらの影響を常に受けているわけ。宗教画良い影響、悪い影響以前に、宗教の影響を受けてない、ないものはないよ。本当に馬鹿なんだな。そもそも、詩が宗教的なもので、その根幹だったのにそれすら知らないんだね。
poemの語源って何か知ってる?年齢だけあって頭悪い人は本当にかわいそう。
('20/10/11 16:45:10)一輪車です :
ただ、自然法爾(じねんほうに)なんていう言葉を
不用意に使ってはいけないとわたしは個人的には思います。
せっかく哲学思想まみれの仏教学的理知の世界から
信仰という、人間の生身の身体性が直結した世界に詩のことばを
とおして入って行けているのに、これで興ざめになります。
ほれ、
さっそく一知半解の御仁が賢しらに親鸞があーだ、こうだといいだした
でしょ? そうするとせっかくのすばらしい詩の余韻も台無しです。
こういう言葉を
ぽろっと書いてしまうところがこの作者のもっともダメなところだと
わたしはおもっています。
ただ、他の方もいうように、この投稿者さんが新しい境地をみせてくれた
ことはとてもうれしいですし、
よく仕上がっているとおもいます。
独り言。(それにしても"なまえをたべたなまえ"という心的変質者、なんとか
ならんのかな。笑 こいつひとりでここを腐らせている。また、こんな
心的変質者にぶらさがっている女流の投稿者も大勢いる。とんでもない世界だ。) ('20/10/11 16:52:08 *5)なまえをたべたなまえ :
自分が書いている、詩、というジャンルの成り立ちや語源、すら知らなくてどうやって他人の作品を評価できるんだろう。詩は形式だから、その形式には限界があるし、その形式から零れ落ちるものは絶対にある。それをデリダは残余とかいろいろいったけど、そういうものを読んで、また創造するのがまさに批評的行為なんだよね。俺はこの作品において、平屋、の象徴的意味が本当に良い、と思っている。それは、作者の宗教的な習慣の中から生まれ出たものだと思っている。生活や思想や精神とレトリックがどこかで、同化する地点があるんだけど、まさに、この作品では平屋がそうだと思うな。これは強度のある、といえる。ただ、これは、書けなる人じゃないとわからないし、その地点を経験した人または、読むことをとおして理解してる人でないと無理。対して本も読んでない、たいして技術もない人には無理だよ。
そして、他者を評価する行為をとおして、読む側、評価する側も同時に読まれてるわけで、最近は読めない奴ばっかだよな本当に。そういう奴ほど、自分が読めなくて書けなくて馬鹿だという自覚がないんだよね。かわいそうに。 ('20/10/11 17:05:25 *1)一輪車です :
>自分が書いている、詩、というジャンルの成り立ちや語源、すら知らなくて
>どうやって他人の作品を評価できるんだろう。
↑
じゃあ、聞くがジャズはどうやって発生し、発展していったのだ?
おまえ、ジャズのような新しい音楽の分野が創造された根拠が
どこにあったのかわかってものいってるのか?
南北戦争が終わって奴隷から解放された黒人たちが、軍楽隊が戦場に
放棄した楽器を拾ってきて、(とうぜん、統制のとれてないばらばらな楽器だわな
トランペットばっかりだったり、太鼓ばっかりといったこともあっただろう)
その上、かれらは音符も読めなければ、クラシックを聴いたことすらなかった。
だからかれらは、なにもわからないところから自由に音を鳴らしはじめたのだ。
詩でいえば詩論も知らない、現代詩も読んだこともない、まして
デリダなどクソ喰らえだ。寝ぼけたこと言ってるんじゃねえ。
それがあの自由で即興性に満ちた音楽が生まれた根拠だ。
かれらが無知でなければあのとてつもなく自由な音は生まれなかった。
しかし
かれらがおまえのように一知半解の賢しらなやつらだったら理論にこだわり、
クラシックにこだわり、おそらく自由なセッションは生まれなかっただろう。
なにが詩の語源を知らなければ他人の作品が評価できないだ。
こういう頭の硬直したやつが詩なんかやってるんだから、もはや
いまどきのネット詩もとことん堕ちてとうぜんだわな。笑
デリダなんか出てくるはなしじゃないんだよ。>俺はこの作品において、平屋、の象徴的意味が本当に良い、と思っている。
〈平屋〉なんてものについて、なーーーーーーーんにも知らねえくせに
一知半解の寝ぼけたことをよくいえるよ。笑
おまえ、〈平屋〉の何がわかってるんだ。聴いてやるから、いってみろ!
日本の〈平屋〉にどんな象徴的意味があるのか、わかりもしないくせに。
いってみろ。ちゃんといえたら飴玉のひとつもくれてやる。
そういうことを踏まえてなければ詩のなかにでてくる平屋という概念ひとつ
ちゃんと味読できるのかよ。
ひとつだけヒントをくれてやる。
日本の〈平屋〉てのはな、西洋建築とは違って、天空から俯瞰してその規模が
測れるように成っているんだ。
西洋の建築がどこまでも立体化して上に伸びるに比べて、日本の平屋なるものは
どこまでも平面にのび、
それを空からふかんして、居間の位置、寝所の位置がわかるようになっているんだ。
つまり西洋建築の顔が玄関なら、日本の平屋の顔は屋根なんだよ。
そういう基本的なことをふまえなければ
〈平屋〉なんてものについてなにもいえないんだよ。
これはあくまでもたったひとつのヒントだ。さあ、おまえのいう平屋の
象徴的意味なるものをいえるものならいってみろ。ったく、なにも知らねえくせに
能書きばっかりだ。こいつは。 ('20/10/11 17:19:56 *6)一輪車です :
ああ、またやっちまった。笑
こんな愚かなやつを相手にしても不毛だとわかってるんだが。 ('20/10/11 17:43:35)无 :
>なまえをたべたなまえ
>宮沢賢治は神智学の影響を受けていたし、ボブディランやジョンレノンのイメージは本人が語らずとも宗教的伝統のイメージだしねぇ。そもそも、宗教が社会の根底に強くあった欧米で、宗教的でない、と語れるものはある意味でない。マルクスが宗教はアヘンだといったけど、そのマルクスの経済学も宗教的なキリスト教的なイメージが根底にあるともいわれてるしねぇ。本当に、この元運営は、知識がないんだな。漫画とJPOPしか知らないんだろうね。
>社会には、本人が意識せずとも宗教でなくても宗教的なことは多々あり、またそれらの影響を常に受けているわけ。宗教画良い影響、悪い影響以前に、宗教の影響を受けてない、ないものはないよ。本当に馬鹿なんだな。そもそも、詩が宗教的なもので、その根幹だったのにそれすら知らないんだね。
>poemの語源って何か知ってる?年齢だけあって頭悪い人は本当にかわいそう。
この人、本当に私のことが大好きなんだな。「終わっている場」や「かわいそうな人」に延々と執着して時間とエネルギーを使うのって、良く理解できない心理だけどね。
他人を必死に読めない書けないと言っている割りに、あんな短文コメントも理解できないとかコントみたいだな。面倒くさいけど私が書いたことを曲解されて広められると困るから、その点は書いておくわ。要はバランスが大切だって話。ボブ・ディランが宗教色を前面に出した時期のアルバムはどれもファンから酷評されたし、その評価は今も変わっていない。その一方で、アルバムの曲を変化させてライブで演奏したバージョンは一定の評価を得ている。マンガ家でも宗教色が前面に出てきてダメになった人がたくさんいる。宗教なんて根っこの部分にあれば良いんだよ。今回の田中さんの詩は、そのバランスがすごく良いって話なんだけど理解できたかな? いやできなくても知ったことではないけど。
あとアク禁になった某氏もそうだったけど、この人もマンガとアニメの区別すらつかないタイプじゃないの? 誰がJPOPしか知らないって? そもそもJ-POPなんて私が一番聴かないジャンルなんだけどね。この人にとっては自分がくだらないものは何でもマンガとJ-POPなのかな?
もうさ、「いい歳して詩が書けない読めない可哀想なクズ」だと思うなら、いい加減スルーしておけば良いのに。私のどこにそこまでこの人を惹きつける魅力があるの知らないけど、ここまで粘着されると正直すごく気持ち悪い。まあ死ぬまでワンパターンな罵倒を続けるのは本人の自由だけど私の詩はこれまで複数の詩誌に掲載されてきたし、きちんとした実績のある詩人たちから賞をもらったり数十万単位の掲載料や賞金も受け取ってきた。どちらの言葉を重んじるかなんてわかりきっている話だからね。何の実績もない上に本人が言うほど良いものを書いているとも思えない人の批判なんて、今までもこれからも聞く気はないですわ。これからも鏡を見ながら「俺の詩かっけー、時代を先取りした曲を評価できる俺かっけー」って言っていれば良いんじゃないかな。
まあ一輪車氏が言うようにこの人の相手は不毛だから、これくらいにしておきます。 ('20/10/11 18:07:36 *2)なまえをたべたなまえ :
個人的に心の病や宗教って、詩に限らず創作にとってプラスになることがあまりないと思っています。キリスト教に傾倒してた時期のボブ・ディランとか、宗教が創作者をダメにする典型的な例だと考えています。文学極道だけでなくネット詩では心の病を前面に出す形で詩を書く人がけっこういるけど、そういう作風での成功例をあまり知りません。
バランスどころか。成功例は少なく、プラスにならないと言い切ってるけど?。
アメリカではそれこそ世界トップクラスのアーティスト
10月25日、カニエはクリスチャンヒップホップアルバム『ジーザス・イズ・キング(Jesus Is King)』をリリースする[32]。アルバムはビルボードのクリスチャンアルバムチャートやゴスペルチャートでも全米1位を記録する[33]。12月25日にはカニエが総合プロデュースを務めたSunday Service Choir名義でのゴスペルアルバム『Jesus Is Born』をリリースした[34]。
なんてあるけど、バカ売れアイドルのジャスティンはキリスト教に救われたとか言いまくってるし、お前本当に馬鹿なんじゃない?アメリカじゃ、キリスト教全面に出した音楽を、クリスチャンメタルやクリスチャンラップ、ゴスペルラップなど言って、ちゃんと成立してそこから売れてるやつも出てるんだわ。お前の視座ってすげけ狭い日本の視座でさらにその中でも何も知らない馬鹿の視座だよね。かわいそうに。何も知らないかわいそうなおじちゃんなんだね。そら、年下の俺に馬鹿にされるわな。作品もかけない、詩も読めない、頭も悪い、知識もない、そいで、たぶん仕事もできないだろ?。リアルで人を管理する側にいたから見ててわかるよ。リスクヘッジできねーもんなお前。 ('20/10/11 18:25:19)なまえをたべたなまえ :
一輪車ってさぁ、たしかアクセス禁止食らってたよね?または、食らう予定でいたよね。それでも、しつこく書き込んでさ、そいつと元運営がつるんでるって最高に笑える。あのさ、一輪車なんて誰からも相手にされてないし、こいつがまさに不毛だし、都合の悪い質問には答えないし、お前も同じだよね?都合の悪い質問には答えないのか、または頭が悪すぎてまともに読むことすらできないのかわからないけど情けなさ過ぎて可哀そうだわな。年下の俺にこんな風に徹底的にいつも馬鹿にされてね。 ('20/10/11 18:33:36)ネン :
何を表現したいか作者さえも意図しない(恐らく)混沌とした投稿の中で、穏やかな詩情を感じ取ることが出来ました。平屋って空から見るのですね。 ('20/10/11 20:15:40)无 :
仕方ないなあ。相変わらず都合良く曲解してしているから、訂正するしかないな。>なまえをたべたなまえ
>>個人的に心の病や宗教って、詩に限らず創作にとってプラスになることがあまりないと思っています。キリスト教に傾倒してた時期のボブ・ディランとか、宗教が創作者をダメにする典型的な例だと考えています。文学極道だけでなくネット詩では心の病を前面に出す形で詩を書く人がけっこういるけど、そういう作風での成功例をあまり知りません。
>
>バランスどころか。成功例は少なく、プラスにならないと言い切ってるけど?。
その後に「この作品ではちゃんとバランス取れてプラスになってる」と言う意味のこと書いてるけど?>アメリカではそれこそ世界トップクラスのアーティスト
>
>10月25日、カニエはクリスチャンヒップホップアルバム『ジーザス・イズ・キング(Jesus Is King)』をリリースする[32]。アルバムはビルボードのクリスチャンアルバムチャートやゴスペルチャートでも全米1位を記録する[33]。12月25日にはカニエが総合プロデュースを務めたSunday Service Choir名義でのゴスペルアルバム『Jesus Is Born』をリリースした[34]。
>
>なんてあるけど、バカ売れアイドルのジャスティンはキリスト教に救われたとか言いまくってるし、お前本当に馬鹿なんじゃない?アメリカじゃ、キリスト教全面に出した音楽を、クリスチャンメタルやクリスチャンラップ、ゴスペルラップなど言って、ちゃんと成立してそこから売れてるやつも出てるんだわ。お前の視座ってすげけ狭い日本の視座でさらにその中でも何も知らない馬鹿の視座だよね。かわいそうに。何も知らないかわいそうなおじちゃんなんだね。そら、年下の俺に馬鹿にされるわな。作品もかけない、詩も読めない、頭も悪い、知識もない、そいで、たぶん仕事もできないだろ?。リアルで人を管理する側にいたから見ててわかるよ。リスクヘッジできねーもんなお前。
そんなこと言ったらバッハやヘンデルの時代からキリスト教に関する優れた音楽とか絵画とか芸術とかは存在するけれど、そういった光の裏でキリスト教がどれだけの人間を殺してきたか、ご本をたくさん読んでいるなら知らないわけないよね? 宗教というドラッグは使い方を間違えると、とんでもなく悲惨でグロテスクなものになる。エヴァンゲリオンにおけるミサ曲の使い方とか、まさにそういう解釈でしょ。神様バンザイと歓喜の歌声を響かせる一方で、大統領が神のご加護をと言いながら戦争してきたのがアメリカという国ですよ。あなたが大好きらしいカニエ・ウェストも、ゴスペルのアルバムを出す前に過去のキャリアやラップそのものを否定する発言をしていたと思うけどな。その変化を進化と見るか堕落と見るかは、一人ひとりのファンが判断することだけどね。
あなたが宗教というものを評価するのは自由だけど、例えばキリスト教会はアフリカから黒人を奴隷として連れてくる行為を容認していたし、聖書を引き合いにして奴隷制度の正当化すらしていた。まあ黒人奴隷の多くがキリスト教に救いを求めたけど、アメリカ人は黒人教会系に関しては徹底的に迫害していた。一方、イスラム教を信じることでキリスト教とそれを信じるアメリカ人への敵意を剥き出しにした黒人たちもいた。こちらも基盤は宗教ですよ。結局、イスラム教派で過激なマルコムXも、平和的だと言われたキリスト教側のキング牧師もああいう結末で人生を終えている。それにキングに関してはキリスト教的な平和主義的な顔の裏で私生活はああいうものだったし。
別に今さら共産主義とか支持しようとは思わないけど、宗教に依存しすぎた創作を私は信用しないよ。その上で、田中さんの作品は宗教とか心の病の問題をうまく作品に取り込んでいる。宗教とか思想信条というのは、これくらいの配分で良いんですよ。 ('20/10/11 20:30:17 *2)耕 :
……札(ふだ)ではなく、礼(れい)が、イメージ的にも美しい……のに。 ('20/10/11 20:33:09)玄こう :
“敬具” “手紙を” という語は、書かれていないほうが良かったかなと思いました。 誰かに宛てて手紙にしたためるような綴りや文体ではない気がしました。 むしろ、“独白”。 そちらのほうが近い詩に思いました。 細かいことですけれども。
(余談)
わたしも平屋に住んでいるためか、読んでてなしか親近感もわきましたけどね。
以上です。 ('20/10/11 20:45:31 *1)なまえをたべたなまえ :
くそ笑った。
俺は、この作品について語っているわけじゃないってわかる?だから、詩の語源から、宗教の影響について語ってるわけ。心の病や宗教が作品に悪い影響を与える、とか、それが強いと良い作品が生まれにくい、というお前のクソみたいな認識を批判してるって文脈で読めない?だから、賢治を出したり、宗教的または宗教が全面に出てなくても、宗教の影響化(本人が否定しても)があるよね、だから、簡単に、お前が言うみたいに、お前の狭い知識と頭の悪さで決めるの間違いじゃないと言ってるわけ。お前、本当に文脈読めないよな。それでよく他人の作品評価できるね?近代文学を作り上げた一人の漱石は精神疾患の回復の意図で子規にすすめられて小説を書き始めたしね。
それだったら、科学がどれだけ人を殺してきたか知ってるよね?って話で、なんでもそういえるのよ。あのさ、お前本当に馬鹿だろ?何の教養も知識もないだろ。だれもそんなこといってねぇしな。
科学も宗教も、それ自体が悪いわけじゃないし、事実お前のくそみたいな作品よりも多くの人を救ってるよ。お前のあの誰でもかけそうなごみみたいな作品ね。つーかさ、科学が何で発展してか知ってる?インターネットはもとは軍事目的で作られたし、人体実験の果てに今があるわけだしね、お前もその恩恵受けてるじゃん。
お前が批判しようがしまいが、俺達は、俺たちの社会は、世界は、あらゆる悪を飲み込んだ上で成立してるの。宗教が信用できなくても、俺たちはその宗教の影響下にあるし、人を殺しまくってる科学のおかげで楽しく生活できてるし、お前が単に無知なだけだろ?
('20/10/11 20:55:59)なまえをたべたなまえ :
これで、一人の人間の父親なんだな。ぞっとするわ。
カニエは好きじゃないねぇ。彼こそ精神疾患持ってるし、それが原動力で作品作ってるしね。宗教よりも、お前みたいなやつのほうが信用できないね。例えば、初期のユダヤ人の幹部は自分たちが隔離されて移動することをナチの幹部と話し合って決めていたしね。その後、過激になっていくわけだ、キリスト教は裏で奴隷が、とか、そんなの言い始めたら本当に全部そうだしね。お前が生きて、ごみみたいな作品書いてるのも、どこかで誰かが経済的な格差の中でひどい目に合ってるからだしな。
俺が言ってるのは簡単じゃん。宗教、心の病、は全く作品の質に影響しない、むしろ、それがあるからアウトサイダーなアートや音源は生まれたし、多くの文学者は精神疾患持ちだったし、過去の文学者なんて経験な宗教信者腐るほどいる。お前の狭い視点で、成功例が〜、とか、プラスが〜、とか、それこそまさに、日本人特有の国家に訓練された共産主義や宗教アレルギーそのものだよね。本当によく国家権力に訓練されてるねぇ。だから、脳みそも馬鹿なのかな。 ('20/10/11 21:03:23)なまえをたべたなまえ :
マジで、一輪車と同じレベルだな。文脈がガチで読めないのか、意図的に都合よく解釈してるのか、そして、それが俺よりもだいぶ年上だという。こんなんばっかだよな詩の世界って。書けない読めない、その上、頭も死ぬほど悪い。こいつらって本当に可哀そうだよな。 ('20/10/11 21:06:20)なまえをたべたなまえ :
やっぱ萎えるばかりだな。馬鹿の相手も仕方ないな。もういいや。 ('20/10/11 21:22:18)无 :
>なまえをたべたなまえ
はいはい気が済んだかな? 済まないよね? あなた、どれだけ私が好きなの? そろそろ自分のやってること冷静になって見返した方が良いよ。あなたは作品も罵倒もワンパターンで面白くないんだわ。屁理屈と揚げ足取りとクネクネ逃げ回る芸風自体、もう昔からインターネットでは似たようなのいくらでもいたから。
最後にもう一度だけ言うけどさ「頭の悪い馬鹿で死ぬほど可哀想で詩を読めないし書けないごみ」に、いつまで執着するつもりなの? そんなくだらない存在さっさと見限って無視して、先に進めば良いじゃん。でもあなたは劣等感と不満を抱えて同じ所をグルグルグルグル回ってるだけだよね? その虚しさと滑稽さにそろそろ気付きなよ。悪いけど、こっちはあなたみたいな人間を相手にするほど暇じゃないんだわ。少ない残り時間を大切にしたいんでね。これ以上、付き纏わないでくれないかな。
「俺は、この作品について語っているわけじゃないってわかる?」とか言うんなら、さっさとフォーラムに移動して好きなだけ罵倒していれば良いじゃん。私は付き合うつもりはないけどね。田中さんに迷惑だから、これで本当に終わり。もう餌は出ないよ。 ('20/10/11 21:29:23 *1)なまえをたべたなまえ :
一輪車と同じ。最後は、内容のない批判。本当にくだらない。劣等感と不満、だって笑ってしまう。リアル充実してるよ?やること毎日たくさんあるよ?はは。そうなるわな。ここまで言われたら、俺を劣等感や不満ある人間として理解するしか、貴方自身の中での落としどころがないもんね。付き纏わないでくれるかな、以前に、俺くらい簡単に黙らせるような脳みそと作品みたいねぇ。貴方が、まともな人間性とまともな脳みそと作品書いてればこうはなってないと思うよ。ただそれだけの話なんだよね。かわいそうにね。 ('20/10/11 21:34:09)一輪車です :
なまえをころころかえるなまえ君。
きみの弁解、必死すぎてみてられないレベルだが。
とにかく〈平屋〉について何も知らないのだけはよーーーーくわかった。笑>二階に上がる階段はもはやなく、あるのは浄土への希求とそれが失われつつある不安。
>二階へ上がる、つまり、階段がない、平屋は自己がすでに悟りへ到達不可能な状況にあるのを語っている。
日本の平屋というか、日本の和風建築てのはもともと二階なんてないんだよ。笑
二階なんかが出来たのは明治以後だ。
時代劇を見てみな? 武家屋敷に二階があるか。町人長屋に二階があるか?
ただし吉原遊郭や五重塔など、ある種の建築物には二階があった。
吉原でも五重塔でもそうだが、二階から上は住居ではなく「あの世」、世俗とは
切り離された冥界として措定されていたんだ。
いや、
そもそも、この詩の書き手は「自然法爾」ということばを使っているから
真宗の信徒であるか、親鸞の教えに共鳴している者と考えられる。
とすれば真宗がどうして「悟り」などひらく必要があるのだ。ばかたれ。笑
親鸞の教義も知らないくせに、なにを寝ぼけたこといってるんだ。
他力なんだから、自力による「悟り」を否定していることくらいわからんのか。
もちろん、真宗は仏像も寺院も修行も否定して、ただ南無阿弥陀仏の称名を唱えること
だけを教義の中心にそえた。
それが浄土真宗。親鸞の教えだ。
これをすべて覆したのはのちにあらわれた中興の祖、蓮如だよ。
蓮如があらわれなければ親鸞の教えなどこの世から消えていた。それが、親鸞の
究極の目的だったのだ。
なにが「平屋は悟りが不可能なことを語っている」だ。笑
自然法爾といってるのだから、書き手はむしろ他力による救済を願っていると
読むのが自然だろう。
何から何までトンチンカンな解釈だが、なに詩だからいかいかの解釈もいいだろ。
しかし他人をバカ扱いしているひまがあったらてめえの顔を鏡に映して、
その愚かな寝ぼけ顔をみることだな。 ('20/10/11 22:19:21 *6)コテ :
考えるとすれば、何を考えないかと言うことで、宗教から民族を守るのかも知れない。そういうのって生きてる間、足の付く間に身につくことだからあんまり語られないです。
インターネットがメール用だとは初めて知った。
人間が宗教をつくっているんだから宗教は嘘だ…いヤ、本当に人間が作るのやろうか?
玄こう様の認識は固いのだなと考えたりしてるわけですが、これって、想像力が書くとしたら答えたい気持ちです。関東の方はゼロ歳の時住んでましたが気が短いと言われてますが関西と比べるととても長いと思いますし、その分温かいと思います。裏で動ける気風と清貧のようなものがあるけどあつかましさがないです。
馬鹿者は本当に居て心強いです、それが男女だと仲を決め込んで「私」を全て話したくなる。
「人間何かを感じてるだけで良い」という躾が自分にはあって、大分悠長をこうして例えばしているのですが、何を考えないでいるかを大事に思ってます。人体実験などは、お前よ悪を抱えるのであれば今だ行け!って昔の人は思ったかも知れません、真っ暗ですがまだ希望が若し有ります。そう思うと今の方が絶望ですよね、や、怒っていて良いんですよ、絶望ってでも少なからず惹かれていて、悲しみとかの悪い状況じゃない。
宗教と思想を混同した私は立ち眩みました。
逆に何もないことってありがたいですよね、でも、何もないことは何もないんじゃなくて、何らか今だ形(つく)られていない、精神上、今だ哲学がみえない、花はそんな「無」の感覚です。 ('20/10/11 22:38:39 *3)耕 :
……読み違えた。礼(れい)で合っているなら尚更……。
〉一度、礼に向かいますので
〉そのときに その不思議なお尻をお見せください
何故、……ここまで軽薄?
ここにいらっしゃるレッサーが、この御作品にここまで肯定的な意味が解らない。
どなたでもよい。何故、この御作品をここまで手放しで褒めるのか、馬鹿な私にご教授下さい。お願いします。 ('20/10/11 22:51:02)玄こう :
ジャズに纏わるレスがありましたが、昨日ラジオで聞いていた番組。
https://nhk.jp/radio/?p=0167_01
64分〜、
ジャズの音楽について、専門的理論、譜面が読めなくとも、聞きつづけること、なんだか話し聞いてて、なんかわかった気になってしまうが、聞いてて凄かった。
音楽を演れん、演ってもないど素人が、わかってる気でジャズなんぞ語られてもね、 詩だってここで語られるくらい追求されてるはず。詩学として 音楽の理論も。 それは今の時代にあって当然、さもないと、これからの詩も音楽も出てこないでしょうね。
詩学から詩をレスされているレッサーが、誰もいませんね。 ('20/10/11 23:07:31)一輪車です :
詩学から......???
そんな愚かな人はどこにもいないでしょ。
いくらなんでも詩学からだって。
噴き出すようなこというものじゃないよ、
いくら、サロンでパイプふかして文人を気取ってるからと
いって、
いくらんなんでも、し、詩学からレスって、あー、
背中が痒くなってきた。ああ、恥ずかし。
「詩学からレス」したければご自分がやられては?笑
きっと見ものだと思いますよ。
しかしまあ、こんなのをみていると「なんでこんなバカばっかりなの」
って連呼しているいかいかの気持ちも少しはわかるよ。 ('20/10/11 23:23:26 *5)一輪車です :
おそらく詩の理論を用いてレスしろということだとおもうが、
膨大な領域、あらゆる偶然性や思想や体験や観念や感情などの集積集合である詩が
もし、
詩の理論で包括できるとすれば、現存する文学理論や中途半端で独りよがりな
詩論ごときでとてもおいつくものじゃない。
そんなものでなにか偉ぶりたいのならそれもいいが、真摯に詩の鑑賞や感想を述べたければ
むしろ一人一人の読者の体験や思想からくる生の声のほうがどれほど豊穣であるか。勉強になるか。
「詩学で詩を」なんていってるのは、まともな詩の理論を学んだことのないあほうのいうことだと思うね。
なぜなら、そもそもすべての人はその人の「詩学」で詩の感想を述べたり鑑賞をたのしんでいるんだから。
そんなこともわからないこと自体、
ほんと恥ずかしいやつだ。出てくるたびに、いつも思うんだが。笑 ('20/10/11 23:47:08 *4)耕 :
詩学からとは、アリストテレスが述べた詩の始まりから……辿って、論を作り上げるという意味だと私は、思いました。詩の起源が、古代ギリシャだとするなら、詩の起源は、哲学の始まりでもあります。
……つまり、詩は、心を哲学しようと人が試みてから始まったと私は、思考致します。古代ギリシャよりも前の文明から詩が存在したのなら、音楽が先か、言葉が先かとそういった話になるのではと私は、馬鹿ですが、想像致します。人が本能的な行動しか取れない存在から理性や知性を手に入れた時、そこに言語が存在したのだとしたら、それは、音楽が先ですか?言語が先ですか?心の起源とは、声(音)なのか
文字(記号)なのか?そういった話に繋がり、答えは出ない問いだ。でも、詩を書かれる方ならば、問い続けてもよい問いだと私は、思考致します。 ('20/10/12 00:05:13)一輪車です :
あと、タイトルが()で囲まれているというのもおもしろくおもえました。
つまり本文全体がきわめて内在的な極私的なつぶやきですよと言っているよう
でもあるし
いっぽうで、同時に、おれはカンケーねえからねといってるようでもある。
こういう二重構造を立てたというところがおもしろく感じられた。
もちろん、作者の意図なんか鑑賞者にはどうでもよくて、
投稿された作品が読者におもしろく味わえればそれでいいことなんです。
この投稿者の方はおれの意図を察してくれという気持ちが強いようですが、そんなことは
読む方にはカンケーねえんです。笑
詩の意図を察してもらいたい投稿者がいて、その意図を解説する感想者がいる構図なんて
そんな構図が詩の成り立ちとしてあるなら、もう詩なんか現代に意味ないと思っています。
そんなものはインテリのただの自己満足にすぎない。 ('20/10/12 05:00:53 *5)コテ :
え、人間ってそんな悪かったの。って言うのが、この詩にも伺えて、白い月がどこにあるのか中に探したりします。煙と添えてあって非常に美しい。その元で絶望だっいう噂をする。ペヤング ペヤング ペヤングと云って帰って行く「無常」の。その方向にいつもの常の、周りのおろおろしさを読みます。
親を思って胸がきゅんとじわっと痛くなったりする暇がなかった。親を忘れるとそこに魔が入って来て、
人の神は、佛が親だったり、母が親だったり、
詩が親だったりするわけで、
(人間は)少なからず夢を見るものです。親から一度捨てられる事はあっても、こちらには親を捨てる権利が無くて、自由はそんなに自由じゃない。なまえをたべたなまえ様には年上ながらに色々考え(感じ)て欲しいと思いました。
私は音があるところ言語だと理解し思った、恋が始まりで、ノウボウ アキャシャキャラバヤ オンアリキャ マリボリソワカと云うのは、タラークで、何て言うか、言語に意味があるのではなく、意味に愛があってニュアンスで言語が伝えられたのが、音があるところ言語だと理解し思ったのが言語如来の空の起源。これが中々続かなくて。ソワカという、「です」は、古ではなく、古来の品を伺え美しいと思います。菩提を離れてペラペラ喋ると、
「おお、坊や強なれや!わたしキャラもんや、…道頓堀にて。」でも密教って言っちゃいかんのですよね。真言は詩ではないけど、骨格ではある。何故なら、乳がどこから来たのかを私は思う、考えると云う事を単に思考ではなく、感受と云うのなら大した事だと思う。マントラが詩を超えて居て、我らを叩き落とすために「真言」の梵字(詩)が光る。故に周りの人がどうあれ愛(恋)の向こうに行けるんじゃないかと思う。学ぶことが一杯ある。 ('20/10/12 06:39:39 *4)耕 :
一輪車です 様
初めまして。>もちろん、作者の意図なんか鑑賞者にはどうでもよくて、
>そんなものはインテリのただの自己満足にすぎない。←? ('20/10/12 05:00:53 *5)
例えば、俳句は、筆者本人の意図も大事になってくるが、詩の場合、構造主義や、実存主義、記号論、シュルレアリスムなど多様な解釈が存在する為、テキストを重要視するというのならば、テキスト主義だが……(他にテキスト主義以外のよりぴったりとした主義が存在するのならご指摘して頂きたい)猶更、『テキスト主義として』『記号的に』『どう読まれるか』という視点は必要なように思えるが、テキスト主義の中で、バルトも自律している作品上での『作者の死』を述べたが、それは作者の背景とは切り離したテキストとしての自律を指していたと理解していた。つまり、『記号的な』『テキストの自律』自体は否定しておらず、テキスト主義の立ち位置をレッサーが取るのであれば、猶更、『テキストとしてこの作品はどのように読まれるか』という研究は必要だろうと思考していたのだが、一輪車です 様の仰っていることは、(私自身が理解していると思っていた)完全なテキスト主義者でも無いように見受けられて、端的に言って、意味が解らない。
※テキスト論は、馬鹿な私には手に余る程に難しい為、私自身の理解が誤っているのならば、それも合わせてご指摘頂き、徹底的に馬鹿にして頂いて構わない。寧ろ、私の認識が勉強不足により誤っているのなら罵倒して頂きたい。私自身は、テキスト論に対しての正しい理解を深めたい気持ちがとても強い。
レッサーとして、一輪車です 様は、どのような立ち位置から論を展開なさっているのか馬鹿な私にご教授願いたい。
お願い致します。
他のレッサーの皆様へ
言葉の使い方は、文字だけ見れば記号のようなもの。……こちらは、テキスト主義だと思っていたのだが、そうではないのか?レッサーの方々の批評する立ち位置はどのような所にあるのか伺いたい。そうでなければ、滅茶苦茶な主張が飛び交うような場でのテキストなんぞ怖くて投稿出来ない。 ('20/10/12 10:30:51 *7)コテ :
耕様
何かと遮られた私たちです。
危ない川に顔を突っ込むのはあなたで、水はもともと流動してます。 ('20/10/12 11:00:03)耕 :
コテ様
初めまして。
私は、荘子の逍遥遊の思想は好きですが、私は凡な為、流動しているその様が、常とは思えず度々疑問を感じ、問いを発します。
……私にとっては、その危ない状態の川ですら、知の集合に見えてしまう為です。凡であり、無学故、無様に見えるかもしれませんが、それが私自身の自然です。
……出来れば、また話しかけてくださると有難いです。 ('20/10/12 11:37:55)一輪車です :
耕さん
申し訳ないですが
わたしは「構造主義」だの「テキスト」だのという言葉を聴いただけで
尻の穴がこそばゆくなって悪寒がするので、
そういう"宗教"が好きで、そういう"宗教"を信じている方とお話なさって
ください。
まことに申し訳ない。わたしがここで作品にレスするときは、じつは
わたし自身の考えを確認するために書いているのであって、
いかいかや玄こうのように、
知を自慢するためでも、承認を得るためでもないのです。ですから、
あなたがわたしのコメントに疑問を生じても、
わたしの関心や興味を引くものでない場合は、申し訳ないですが、逐一、
それに返事することはありません。
いちおう一般的な構造主義も、一般的なテキスト論も勉強はしてきましたが、
まったくのタワゴトだと思っています。また、どこがタワゴトであるかは
わたしの問題であって、この場で人さまと議論する気はありません。
もし、わたしの関心を引くことをあなたが語ったときは、お誘いがなくとも
わたしの意見や感想を述べますが、
以上、ご理解くださいますよう、お願い申し上げます。 ('20/10/12 12:56:30 *2)深尾貞一郎 :
耕さんへ
ためしにこの詩を構造主義の批判手法で解説してみたらどうですか? ('20/10/12 14:23:40)ウトイ :
いい詩だと思います。
システムのようなものを感じさせつつ、そこを逸脱していくような仕草をとても好意的に思いました。 ('20/10/13 01:33:19)耕 :
深尾貞一郎 様
初めまして。
ここ一週間程は、この時間帯に仕事が終わる為、今、お言葉に気づきました。私の中で最優先の返信に思えたので、先にレスします。
※統一したいので、様呼びで失礼致します。
>ためしにこの詩を構造主義の批判手法で解説してみたらどうですか? ('20/10/12 14:23:40)
そのようなことが望まれるのであれば、他の方にレスをした後、私が思う構造主義の批判手法で解説を試みてみます。独自なやり方になるので、確認された後、罵倒なさるのであればされて下さいませ。では、暫くお待ち下さい。
**
(※下記は、まだ途中です)
? 硫餐任隆囘世?ら]
ローマ字表記
hiraonisunndeiruto
segatijimimasu
akisamegainisimiru,toha
konokotonanodesune
annsinwoerutamenihonewosutemiasita,
sikasihouetunihamannzokusiteorimasu
zennsinn,gadaltukilyuusite
kamihatabakonohainoyounisiroidesu
mitikake,to
iebatuki kesitenennreiniyorimasennga
itidoreinimukaimasunode
sonotokini sonohusginaosiriwoomisekudsai keigu
ajinosinaigmunoyounanennbutu,
houetuhamadanai,kusurinohukuyouniyorusaltukakuka
hukusayouhahibituyokunaru
saikinnenngegadekinakunaltuta
peyanngu peyangu peyanngu silyuugo
ibukurokarazennsinnhepeyannguyakisobaso-sugaokurare
watasihamouninngenndehanai
katoiltutedaiyamaitonihanarenai
hirayanisunndeiruto
segtijimimasu
akisamegaminisimiru,toha
konokotonanodesune
mata tegamiwokakinaositeiru.jinennhouni,hourilyuu,
→音素表記に直して
※眠くなったので、下記の続きは、4:39分現在からみて、明日以降に書きます。
平屋に住んでいると
背が縮みます
秋雨が身に染みる、とは
このことなのですね
安心を得る為に骨を捨てました、
しかし法悦には満足しております
ぜんしん、が脱臼して
髪は煙草の灰のように白いです
満ち欠け、と
いえば月 けして年齢によりませんが
一度、礼に向かいますので
そのときに その不思議なお尻をお見せください 敬具
味のしないガムのような念仏、
法悦はもう無い、くすりの服用によるさっかくか
副作用は日々強くなる
さいきん 嚥下ができなくなった
ペヤング ペヤング ペヤング 週五
胃袋から全身へペヤングソース焼きそばが送られ
わたしはもう人間ではない
かといってダイナマイトにはなれない
平屋に住んでいると
背が縮みます
秋雨が身に染みる、とは
このことなのですね
また 手紙を書き直している。自然法爾に、放流、
('20/10/13 02:54:12 *4)耕 :
一輪車です 様
ご返信、有難う御座います。
>わたしがここで作品にレスするときは、じつは
わたし自身の考えを確認するために書いているのであって、
>逐一、
それに返事することはありません。
>どこがタワゴトであるかは
わたしの問題であって、この場で人さまと議論する気はありません。
一輪車です 様のレッサーとしてのスタンス理解致しました。創作は、自身の為にしている私自身の向き合い方もあり、他人様のそれを批判する気はありません。不躾な質問申し訳御座いません。お答え頂き感謝致します。
私側への罵倒、批判、非難、ご助言、ご指摘、他、どのようなお言葉も全て、歓迎致します。
('20/10/13 03:09:11)深尾貞一郎 :
田中恭平さんがこのような詩を書くようになっていたことに衝撃を受けました。
現代詩フォーラムも数作を確認しました。
初読したとき、町田康の作品を思い浮かべ、これも書き方のひとつだろうと思ったのですが、考え違いのようです。生き様が描かれているようです。
大正期の文人のような生き様を田中恭平さんはされているのでしょうか。そのくらいの迫力に満ちた文章です。
佛教への帰依も決して冗談ではないようです。また、真に体調の不安もあるのでしょう。
詩としては、実存を表すものだと思います。
そしてこの詩は、上流階級の人たちが仕切っている詩壇が、いかに空々しいかを僕に暗示してくれました。 ('20/10/13 21:39:47)
∧ ∨ 12157 : pistols 白犬 '20/10/12 18:58:24
rhythm 渦 のくたーん 僕は何処? 肉に封された夢魔の数々 嫌だな もっと解放しろ 「僕は無責任に笑う」 君達の愚かなだんす、笑えるよに。 花を撒く 蒔く また、笑えるように 九官鳥 dead copies 鳥達が地平を翔ぶとき 射精されたみたいな赤い夕陽がさ それをさ 穢さないようにそっと食む
意味の無い夜に
意味の無い言葉を
「あたしを殺して」
せっくすとあるこーると煙
優しさを撒き散らす
獲物のtaboo
退屈だなー。
愛があるから愛があれよ
理屈を積み上げては交われよ
鏡、断面、断層、愛しき獣面
だんす
疲れきった
君のこうがんを絞り上げて笑うのさ
僕はまだニンシン出来無いよ。
「僕はここだよ」
犬の目玉に赤く燃える丸点
睫毛が伸びて
君を屠った
赤い陽を浴びて僕は裸で立ってる
小鳥達、いつでも会えるよ?
退屈な人達。
でぃーぷきす。
何も産まないから
遊んでるんだろ?
もっと
深く、
落ちて来て
「まだ出来無いよ」
白いびーと 夜の魂を抱いて
したい
もっと
傷口に花を
もっと
深く、
落ちて来て
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201012_673_12157p
ネン :
息が出来ない位ぎゅうぎゅうに性行為の詰め合わせ。下品にならない所に好感を持ちました。どんなに愛を着飾ったとしても、要は原始人みたいに単純な子作りだって事は変わらないよな、と思いました。 ('20/10/13 16:18:30)澤々 :
真偽は定かじゃありませんが、射精時の男のIQ3になるという話があります。
その詩には、随所にそういった幼児退行した脳から放出された言葉が見られ、読者が疑似体験できるような作用があると感じました。理性の皮を脱ぎ捨てて、剥き出しになったとき、人はこうなるのでしょう。そんな不気味なリアリティーを感じつつ、物語の文脈に沿って、性の一部始終が描かれていて、私は素直に好きな詩でした。
間違っていたらすみませんが、男同士のセックス? いわゆる異性同士の「セックス」ではない、神秘的な無秩序さを感じました。 ('20/10/13 17:41:10)玄こう :
言葉を読み聞きしながら、
お芝居を想像させてくれました。
(場面、場面での顔つき 表情、所作など想像しながら )
演者の肉声もまた、とてもハキハキとしていて、
ステージから、文から、よく届いて聴こえてきました。 ('20/10/13 19:07:00 *6)
∧ ∨ 12141 : some pieces of us 完備 '20/10/03 21:02:49
殴られるのが好き殴り返すのも
陰毛をひと毟りずつで許し合う
きみの脇毛の白い毛根を噛む
ペニスがあれば鴨川に放尿したい
老人の手に受験用参考書
障害者手帳でフリーパスのバス
令和二年 千本鳥居でピースする
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201003_350_12141p
コテ :
障害者手帳でフリーパスのバス
から、廃人を連想しました。怠け。
もしまだまだ書きたい、描かれるならば、
もうちょっと明るく筋力で、流しても良い気がしました。 ('20/10/04 07:52:13 *2)なまえをたべたなまえ :
見事に失敗してるな! ('20/10/04 09:26:22)完備 :
たくさん書く気はない.
マアマア成功したかと思ったんだがなア. ('20/10/04 13:27:43)なまえをたべたなまえ :
合作しようぜ そいで、ビーレビあたりにぶっこもうぜ ('20/10/07 21:49:51)一輪車です :
>合作しようぜ そいで、ビーレビあたりにぶっこもうぜ
いかいかはいいところを突いているが、言ってる本人自身が
じぶんが何を言ってるか
ちっとも ことの本質がわかっていない。
これから巨大IT企業の巨人たちGAFAが目指すものがまさにそれだ。
googleやアマゾンだけじゃない。
パソコンにおけるGPU開発の一方の雄、NVIDIAすらも今秋から
数千万人のデザイナー、建築家、その他のクリエイターが、場所を問わず
いつでもどこでもネット上で出会い、双方の共同制作が可能となる
リアルタイムコラボレーションプラットフォームを立ち上げた。
NVIDIA Omniverse
これはおれが仕事にしている3DCGの世界でのことにすぎないが、
未来の方向性はきまっている。
なにがビーレビだ。
たしかにビーレビは門前になにやら威勢のいい看板を掲げているが
やっていることは詩だけではなく映像や音声などを投稿種に追加しただけ。
たんにコンテンツの量を増やしただけだ。質は何も変わってない。
つまり何の発展も進歩もない!
しかしこの文学極道はどうだ。いま、世界の巨大IT、通信、PC開発企業が
やろうと目指していることを先駆けて
すでにこの掲示板自体を十年以上もまえに
漠然とした雛形ではあるとしても、
リアルタイムコラボレーションプラットフォームとして立ち上げていただろが。
これだけ自由に何者かが集まって好きなことを言い合える場がどこにある?
おれがいちいち、
コメントを丁寧に、コンマの打ち方から、てにをは まで何度も
執拗に修正するのは
ここでのコメント発言をコラボ作品だと思っているからだ。
つまりダーザイはすでに十年以上も前から本質的に新しいプラットフォーム
の雛形をここにつくっていたのだ。
本人はじぶんが何をしているのかわからなかっただろうが、
おれにはわかっていた。
だから、音声のほうでそれが発展的につくられるのは必然だったのだ。
それが文極のツィキャスだ。
これはたまたまそうなったのではなく、もともと先端的な未来の
プラットフォームの萌芽がここに生まれていたから
あのような場がネット空間に作られるのは必然だったのだ。
あの人がいるからやーだなんて幼稚な血迷いごとをいってるやつは
さっさと去って時代遅れのビーレビのようなプラットフォームで
音を立てないで屁をこく練習でもしておればいい。
いかいかのような、この場の先進性を使ってコラボ詩をつくり
それを時代遅れのビーレビに投稿しようぜなんて、失笑ものの倒錯だ。
なにからなにまで
いってることが転倒してるんだよ、おまえは。
ビーレビでは、アク禁者の解除を提言コメントしただけでイエローカードの
お伺いを立てるような禁圧した空気になっている。
そんなところでコラボなんかできるのか。笑
この場がおまえの望むような先進性をもっているからコラボも
できるのだろうが。
その場から投稿者に向かって、こんなとこ出ていこうぜ
と空気をいれつつ、この場だけは利用しようとする。
なんと吐き気がするような低劣な御仁であるか。笑
いかいか、完備のお笑い芸人さまにはいつものことながら
笑わせていただいておりますが、吉本興行にでも入門してはどうか。 ('20/10/08 13:20:55 *5)小西 :
才能はあるんだから今はゆっくり休んだ方がいい。からまわってる ('20/10/08 14:11:59)完備 :
ビーレビは面白くないからなア……
小西さん,そんなに駄目か.ショックだ.今読み返しても,定型の上でマアマアいい感じに踊れたと思えてしまう. ('20/10/09 21:14:50)なまえをたべたなまえ :
面白くないからやろうぜ、どうせ暇だろ まぁ、ビーレビは本当に下手すぎて読めたものじゃないのはまじだな 衰退して死滅しつつあるここより質が低いのはやばいな ('20/10/11 08:12:33)東 :
>衰退して死滅しつつあるここ
フォ−ラムの訪問者を確認してみると
[ Administrator ]および[ Moderator ]がここ一カ月以上サイトを訪れていませんから
たしかに死滅しつつあるかも。その日は、突然?
投稿作品を保存していない方は、いまのうちに保存したほうがいいかも。
もちろん、存続を希望してはいますが。さて。 ('20/10/11 10:58:25)一輪車です :
東>フォ−ラムの訪問者を確認してみると
>[ Administrator ]および[ Moderator ]がここ一カ月以上サイトを訪れていませんから
>たしかに死滅しつつあるかも。その日は、突然?
>投稿作品を保存していない方は、いまのうちに保存したほうがいいかも。
>もちろん、存続を希望してはいますが。さて。
東くん、
そういうデマは投稿者に不安を植え付ける犯罪行為なんだよ?
ただの荒らしじゃなく、運営に対する管理妨害でもある。
真に受けて作品を引き上げる人がいるかもしれない。
そうなったらこれはれっきとした犯罪だよ。
それから、
東くんだけではなく、完備もいかいかも、そういうことはフォーラムで
語ってもらいたいね。
三人とも立派な大人なんだろ? ('20/10/11 11:12:00 *9)一輪車です :
投稿者と運営に謝罪すべきじゃないかな。 ('20/10/11 16:33:10)耕 :
混じりあうそれを履き違えている……気がした。一文字ずつ踏み外している。 ('20/10/11 20:27:53)玄こう :
鈴木いずみ
と似たところが作者さんの書きに、
もしかしたらあるか、も。 とふと思った。
今の人には、おそらく古いんだろうな。
むかし読んで好かったのを思い出した。 ('20/10/12 20:44:31 *1)一輪車です :
>鈴木いずみ
>と似たところが作者さんの書きに、
>もしかしたらあるか、も。 とふと思った。
鈴木いずみって.....ほんとうは読みもしないくせに
文章のくせも覚えてもいないくせに
どこが似ているかちゃんと具体的に指摘しないと
そんなもの、まったく、なんの意味も意義もない
ボケ老人のタワゴトでしょうが。
いい歳をしてもっとしっかりしろよ!
若いのに混じってその若さの許容性に爺が甘えてんじゃねえ! ('20/10/13 00:07:44 *1)コテ :
すいません、かなり読み違えていました。
好きな感じです。 ('20/10/13 16:27:30)
∧ ∨ 12156 : あい ありがとう '20/10/10 22:37:29
わたしは
きづかない
めが
さめてから
みえなくなった
すいしょうに
あなたは
きづかない
みみが
すんでから
きこえなくなった
かたつむりに
だれも、だれも
きづかない
ちきゅうは
いまも
あいの
なか
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201010_594_12156p
玄こう :
はじめまして、こんばんは。
文字の映えが縦に波打つ美しさを、少し感じつつ、それをもっと詩の内容に生かしても良かったかと。 “わたし”、“あなた”と繋ぐ、詩の流れがあまりにもありがちに読めてしまい、もっと独特の要素が欲しい気もしました。
. ('20/10/11 21:52:02 *2)ありがとう :
玄こう様、お久しぶりです。今年の4月に、この場でお会いしました。この機は、些か息苦しさが感じられ投稿するのを躊躇いました。しかし、大事なことがございます。拙作のご批評を戴くことに代えまして、伝えたい想いがありました。それは、「ありがとう」です。皆様の心に少しでも蘇りますことを希望しまして、ここに参りました。これからも、玄こう様のままで、皆様のままで、いらっしゃって下さい。
黄葉さと ('20/10/13 10:07:29)
∧ ∨ 12148 : 金のいらない知性だ コテ '20/10/05 16:52:13 *15 [URL]
躋(のぼ)せ、暗いくびわの付いた、偬お笑い者。やァ、偬に少し有るほてりが躋せ、
思い、父おらずと云う女の明るさつて虚しい、藍が綺麗い、と云うが、額のうちは自由で良いけど空を撮ろうにも足が愛に着くこともなく、此こう幸せと云うのは…。例えば女が、美しい箇所に身を置きたいと云う、書物が、女を好きと云う、
偬は美しさを知らない、此れは牛乳に包まれた暗闇であり、かなしみ毎夜、粗相のないよう詩を書いて、狂わずに何が楽しいか? んん違う、偬たちはひととひとと暮らして居て、
、大きな黄色の蝶をはんだぞ!!
き あなたを認めましたわけが私にはわからなくて、待ってもし、私の手を握れば、
中で止まったままの私を亦、あなたは、女の幸せは良いけど
す 二番目がないって、あの頬に偬は崩れ、
堕ちて行く事 考えないことが出来ない、どうしても、それだけの女に為り、
詩は良い自己療養。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201005_423_12148p
GROWW :
>>詩は良い自己療養。
詩作にそういう側面があるのはよくわかりますね。
ただ、セルフケアとしての創作は、自己完結的で読まされる方にとってはキツイという印象もあります。
ですが、作者個人にしかありえないような内的な感覚を表現した言葉の異物感が私にとっては好ましかったりします。 ('20/10/11 12:08:15)コテ :
GROWW様
読ませる相手が不明、もしくは居なかったりして、読みづらい詩を書くのかも知れません。ここでお詫びします。この自己療養とは、この場合この詩に限った言葉でして、自己完結、を普段から真ん中に置いてるわけではありません。もっと完結できるように取り組みたいのですが、ここでは後から読むと抜かした言葉が多く、失敗ばかりでした。言って頂けて嬉しいです。私も人間的な、にはこだわってまして、こうなったと思います。ご感想ありがとうございました。 ('20/10/11 20:37:54)コテ :
耕様
こちらに書きますね。
はー、中国詩を。えー常に思えないのはどういうわけですか?
耕様へ今いい文を知っておるのですが、載せようと思った時に、
それは良い言葉の並びだと思うのですが、この文、学を受ける事に対して、詩人は違うのだ、。文と詩との違いではなく、文と詩人との違いだとうたっているのだ。と、私が知るのですが、本当に恐ろしゅうあります。そしてそれを書いた方は難しいことを理解できかねるので気軽に載せないようにしようと思うのです、載せない、と決めたのは私ですが、それさえ不明で。そのたった一人を一切逃さずに、無明と言う感性は、めちゃくちゃハイやけど、 そこまで上がれないのが現状(今)で、しかもその事をあまり嫌っておりません。
流動と、揺れている、が、同じ。あとに、私は教えられる者ではありませんが、えと、感じられた流動という言葉は「躍動」の事…ではありませんか?、ご理解できますか? ('20/10/12 13:37:28 *9)耕 :
コテ 様
ご返信有難う御座います。
いいえ。私は、流動という言葉を、「躍動」という意味で捉えておりません。流動とは、日常の流れをイメージ致しました。
当たり前で当然だとその流動する様を日常と捉えてしまえば、それは、変化ではない。変化だと感じ取らなければ、問いが生まれることもありません。
私自身は、当たり前な流動など存在しないと常に考えている為、疑問に思えば問いを発します。川の流れが怖かろうと、それが自らの知らない知の集合ならば知りたいと考えます。
>文と詩との違いではなく、文と詩人との違いだとうたっている
>無明
……無明……ですか……。大層な言葉を使われますね。
罰当たりなことを申しますが、私は、私自身が一つの命しかないという事実を陳腐な結論だと思考する感性の持ち主です。
死の淵にある時でさえ、創作の中、死の意味を忘れていることを望み、それが、最高に自由な一瞬であるという無意味な楽しさこそが堺のない何者にも弑されない自由である。と思考し、その自由さは私はたった一つの命であるという陳腐な結論よりもずっと高尚でより重要だと考えております。
つまり、私にとっては、たった一つの命しかないという陳腐な結論よりも何者にも弑されない自由を追求することの方が価値が上です。
文と詩人の違いというお言葉の意味は全く解りません。ご教授頂ければ幸いですが、気がすすまれなければ特に答えを求めません。
私個人的には、学を受けることに対して、詩人は違うというお言葉の意味の裏側に奇妙な揺らぎを思い、少し気味が悪いなと思いました。 ('20/10/13 03:50:58 *1)コテ :
返信ありがとうございます。
文と詩人が違うとは、他の云うことなので、私も本当にはわかりません。本当にわけのわからない事で、こまっているのですが無明と云うからにそれなりに良くない事が御座いました。言葉を見出した後は非常に安心で、更に無明がこういう意味なんだ、とかを強く噛み締めてます。
ただ学を受ける事と詩人は違う、とは私の思うところで、何を云いますかというと、
無意味(キャンパスと一体になること)と、時間を無にする事は全く異なる、これ私の詩の師が云って居り、
すなわち「無心
」は良い意味での孤独だと私の解釈ですが感心し、気遣う術として、そのテキスト主義が有るのだと思います。そこに仰る自由があるからです。
流動することが日常とは皆言いませんよ。そう捉えるひとの方があまり居ないと思います。やはり私は躍動のイメージを致します。「死の淵で死の意味を忘れる」、私にとって良い話でした。 ('20/10/13 08:47:42 *10)森井森 :
>躋(のぼ)せ、
『躋』の字は「高いところに『のぼる・のぼらせる』」という意味のようですが
「長湯に『のぼせる』」の方が想起されました>偬お笑い者。
この偬は『そう』と読ませたいのでしょうか
『せわしい』『あわただしい』という意味ですが
他の作品でも出てきますが「?」となります
下記の使い方からすると「私」や「拙者」などの自称なのでしょうか>やァ、偬に少し有るほてりが躋せ、
「ほてりがのぼせ」とは熱が体から頭部に移行するということだろうか>父おらずと云う女の明るさつて虚しい、
父がいないと言うことがなぜ明るさに繋がるのか(逆説的?)>、大きな黄色の蝶をはんだぞ!!
一瞬「はんだぞ」って何だ?と思いましたが「食(は)んだぞ」ということですね
ここだけは好きです
抜粋しましたが、全体的に意味がつかみにくいです
「骨灰」「揚巻」の中の他人の描写は読んでいて分かりやすいのでその『差』を
ご自身でどの程度把握されているのでしょうか
'20/09/23 22:53:36 *21の返信に書かれているところは「やりすぎ」で読めないと感じます
『差』を利用すれば良作が書けるのではと思いました
「揚巻」はその『差』がある程度成功している作品と思います ('20/10/14 19:54:21)
- ealis 3.0.10 + BUNGAKU GOKUDOU -