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選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


八月二十六日 八女

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全て乾いて
回り続けた
車窓に滲んだレールの錆が
鵲の群尾に一つ文字を願い 回る
回って、それは
草みどり 瓦屋根
白熱灯と傘 老女の舌先
流れてゆくのは
車窓に滲んだレールの錆が

県道三○一号線の朱に解ける午後
欄干をはだかの少年がバランスよく渡る
矢部川の支流に飛び下り
透明な太陽が飛沫を上げ
耳納連山の痩躯を揺する
棚田の幾つかは人手なく涸れて
コブラの飛行演習だけが盛んで
発電所はいつの間にか送水管を無くし
遠く街の方から巨大な煤煙が見ていた
レーダーサイトに反射して
あなたは それが美しいと言って泣く

問い掛ける
回り続けて
何かの沈黙に
竹を割ってゆく
熱風に静かな墨を滲ませ
問われたそれに
ひやっとして
あなたは それが美しいと言って泣く

裸布、筆痕、蕎麦の匂
山猫、産婆、黒雲の精
眼底に熱写された童唄の世界
枯れ果てた因習に耳を澄ますと
全て乾いて
剥き出しにされたそれ
私は神社の外で玉虫が割れて
ダムは日々懐をヘドロが膨らませていた
あなたは底々の家が魚に住まれ
水は足を膝まで歪ませ
凌霄花が道に垂れ
背中は鳴き続け
土葬の賑わいの裏で訪問者が
立ち尽くし帰れないでいる
深い谺に侵されてゆく廃屋
届かないもの
夏は今年も本当の姿を見せぬまま
空は真空で敷かなく蒼でない
通り雨が土間を這うそれが
白い筋が闇に浮ぶそれ
骨を濡らし始める
遠ざかるもの

豚舎の娘が宿題の絵日記を抱え込んだまま
明日を考えることもなく活かされ 許され
仔牛は干草の重さで 諸事の芯を嘗め取り
命の短さを嵌めあい 眺め尾を振る
饒舌で無血な
陰りない陽光
赤子の夢見
線虫の蠕動
へそのおに静かに湛える
爛れたアスファルトに砂を敷く

全て乾いて
回り続けた
車窓を震わす孤りきりの汽笛
マンホールに僅かな塵が降り 回る
回って、それは
団扇風 蚊屋遊び 梟の密会
山火事 腐った畳 蛍の葱灯
歪んでゆくのは
あなた 遠く手招く遥かな海






  鵲=かささぎ
  朱=あけ
  解ける=とける
  矢部=やべ
  耳納=みのう
  凌霄花=のうぜんかずら
  諸事=もろごと
  無血=むけつ
  蠕動=ぜんどう
  葱灯=ねぎあかり


断想 十二

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断想 十二


こどもの頃棄てたはずの手が
壁の中で指をならしている

むかし山の小川に浮かべた舟が
朝のトイレの水面をはしっている

出会った人も別れた日々を憶えずにはいられない日々
雀たちの六月が、アルコオルと骸骨の中でざわめくと

眠っていたことに
雨音で気がつく

 *

黒猫が何かを狙う夜の仕草が
籠のむこうの見えない何かに
背中を丸めて準備する
病院の鉄柵にからまり
鉄線の静かな発情に沿って
東に流れる霧雨の音で

 *

小蝿の前足はうつくしい…男より
ハンバーガーよりずっと内緒話で
乾いてゆくレタスの組成
挟みこんだ…プレパラート
はさみこんで
悦ぶよりもずっと大きな器官で

いつまでもこの温もりを噛み砕いている
てのひらのジャンクフードに染色体
ケチャップが拭いきれない唇の女
そしていっぱいのビール
これらはどれくらいの憂鬱を詰め込んだものか
教育科学番組がさわぐ
世界はひとつの生命帯だ

 *

空腹で忙しかった放課後のこと
雨が森の奥の人気ない神社に少年達を誘い込み
繰り返される禁じられた遊び

単眼と複眼に思想はない
砂を浴びせかけられる蟻をする
蟻は人を憎むことも憐れむことも知らされないまま
紙切れのようになってゆく

通り過ぎたことに振り向くことは
足をふみならして帰り道をゆけば
ことばもない空に似合いの
墓石に刻みこむをする遥か

 *

冷たい風の和音
耳をすまし混ざる銭湯の湯
女に握られた櫂でゆられる気泡をながめ

川岸 電線
あちらとこちら

蝶々 遊々
いきつもどりつ

鏝絵師が虎を
細視し彩帯し

脱獄犯は古里に
再会し最限る

 *

労働が塗るのは空
雲でいっぱいの夢
風の中は
晩酌の肴
鰯のすり潰された
それはきらりきらり
影が砂底に届かなく腐り
生命のスープに溶けてゆく

 *

本当の歌を謡いながら家の鍵を探しても間に合わない
瓦礫の前で積み重なった懐かしさ
酔っぱらいの千鳥足

輝きのみに生活を忘れるならば
幸せの裡に今日の悩みをばらまけた
クレーンの旋回に触れた初雪のように

けれど濡れているアスファルトの下で
土は乾いている
内側からひからびてゆく屍体のように

 *

ぐらうんどにとんぼをかけるあのこは
ぼくのものでも
きみのものでも
だれのものでもないことば
しらずしらずのいのりとねがい

さらりいまんになれなくて
そういってわらってこっぷをつつんだ
おじさんはさけくさいこまをぱちりとならした
みすみすかくをとられるみちが
さんてさきにあるのもきづかず

だれもしらないきおくのにっき
ひらかれずよまれず
もやされるためだけにあるもじがささやく
きまってまよなか
みてはならないゆめのあと

 *

モウクタバッテイイカイ
ナレタウソハコレイジョウツケナイ
コドクナフリモ
ワラウエンギモ
シズカニホウムリサッテ

モウユメダケノゾンデモイイカイ
ジョウダンニナサレ
ヒゲキニミナサレ
キドアイラクハコレイジョウフカノウ
ダレニモハダカヲミセハシナイ

ナゼッテウチュウノハテニトドクノハ
ヒトノカゲキノカゲツキノカゲ
ウミニアルノハナミバカリ
ナミガナミトカサナリアッテ
トビラノムコウデマッテイル

 *

教会が見える喫茶店の窓の隅で
珈琲を眺め飲むこともせず
自分の死に方を悩む男

惨く
しかし痛みなく
どうせなら美しい方法を

思いついた
それはカップの死臭に
微笑みながら唇を触れた

 *

昨日釣りそこねた魚が
今どの辺りを泳いでいるのか
もう誰かに釣り上げられてしまったのか
それとも火山島に背を向け腮をひそめ
仄暗く浮かびあがる海嶺まで‥‥
思いを語りに沈んでゆくのか

台所で刺身とバッハが重なって見える
換気扇の中のジェット機は
午後をゆっくりと這って
‥‥茫洋と舞う
ひかりを浴びた塵も私かに
黒髪に降り震えている

たったそれだけのもので
逃れられない生と死の密想に気づく
優しい言葉は諦めたことへの言い訳だろうか‥‥

 *

それでも飽きることなくカーテンが翻る
吊るされた緑が水を失う時と睦む遍在を綴りなさいと
街角の迷路に変容する為に痴れなくてはなりませんと
銀のポットと金の皿と石膏にされた少女の上で

北向きの一枚の画に最後の筆を加える
いなくなったはずの男
腹を縫われ鼻に綿を詰められ紅をひかれ
十字架の前に現れ‥‥ひとつ心臓を響かせ

片羽根のニケがおろおろと首を探す
それから病葉がくるくると落ちてくる
すると蛇口からひと雫こぼれるあなたとのこと‥‥


しいっ‥‥‥ほら、

雨が‥‥‥

なんて‥‥‥

甘美な幻‥‥‥


枯れた花を存分に抱いて
私はもう眠ってしまったが‥‥‥

‥‥‥雨はどこへゆく
豪奢な夕暮れを雨が降りゆく


乾いてゆく風があった

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乾いてゆく風があった
薄れてゆく光もあった
綺麗にされた夏だった

目の前に拡がる
どこか懐かしい景色
なぜかふるい歌を思い出し
海に腕をさし入れる
かなしみが群れているのは
きっとあの雲を抜けたあたりで
のこされた魂も
そのすこし上あたりに舞っていて
よろこびがうまれたのもあのあたり

動きはじめた手足があった
赤ん坊を抱きかかえる友に
父親の顔というものを
はじめて見た気がした
世界を積み上げてゆく
欺かないことば
あまい息が陽に焼けてよりにおう
寝床にほおづえをついて見ている
ぼくのこのいくぶん打ち疲れた
心臓の音が聴こえているかい

波打つ草原をはしり
泡立つ都会でおよぐ
そこに生きる人達の
きっとくる明日を信じていたいから
空を眺めていると
ふと願わずにいられない
いつの日かこんなぼくを
感傷が成長してゆく輪にするだろう
それも罪から研ぎ出された
九月の影にうかされただけの
忘却に過ぎないものだとしても

静かに樹皮が冷えていった
穏やかに砂漠が拡がっていった
そして秋は今年つばさがなお空高い


包まれて

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水はグラスに包まれ
グラスは両手に包まれ
あなたを包むのは誰ですか
水が包むのは、何

泣いているのは
瞳だけ幼い老人
その掌に
日溜まりのような優しいぬくみ
あなたの額に新しい水を注いで
泣いている
枯れながらも匂いをなくさない花を

あなたはふと考えこんで

それから、また忘れて
あした窓からくる朝のひかりが
その眉に美しい橋を掛けるだろう

 お前、もう枯れるね
 水は汚れ
 花器にも拒まれ
 お前、死んでしまうんだよ

 とてもきれいだ
 あと少し
 夕日でかがやいた姿を
 描かせてくれ

傾いた虹の
開け放ったその窓に舞い込んだ
ペイントナイフにとどまって

人は花に包まれ
花は世界に包まれ
遠くにあるのは、海
あなたが駆けてゆく海


書簡より

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夢の径がいくつかに枝わかれして
闇は星運きに尋ねられるくらい澄んでいたから
どこを昇れば神さまに会えるのか思いあぐねる

うまれ始めの虹のいくつかを過ぎて
きのう歌を唄う夢
大気をよく知る樹々のものに還る
乾きの奥を進む水はささやく

目覚めてからもよろこびに包まれたまま
もうこれ以上考えられぬからと考える
何故か人は何故を
静止画のように思って太陽を見ている
そんな男のおごり
退屈そうな鴉がどこまでもついてくる
さみしさが何故か僕の何故

 ・

花をたくさん
飾ってあげて と
テラコッタを願って削り積まれた花壇
日暮れを待って水をあげたの

虹掛かるから
指をくみあわせると
そこに蜂にも蝶にも見とれない
まるでニンフの笑みがあったから
水があふれて唇に
涙がふれるまであげるの

しおざいがするわ
すると一瞬もっと陰って
体育館の表でバレーボールの練習生が
わっと風を受け止めたわ
それから幼い街路樹の前で
佇むルソーの亡霊を見たの

幻は都会にだってすこし探せば
お互いを祝い合って生きているのよ
真夏の氷のように
短い今を生き延びながら

 ・

老女の乳房がそよ風にのんびり垂れるから
すっかり珍しくなった停電を待ちながら
すり減りだした歯でくわえたシエスタ
透けた寝巻きが切なくて
朗らかにきゅうりを齧りことばを磨く
片方の足の裏であそぶ小蝿と共に

お前も
いつか
この裸のように描かれてくれるか
居室で洗濯物たたみながらおしっこ溜めたまま
時おり驟雨で目を覚ます
夜のオーネット・コールマンのようだ
何も残さない玉葱の皮を剥きながら
何も隠さない惚けた目の色しながら

かけて感情を出し尽くしてもなお眠りのようにからっぽ
ことばで満たすことはきっとできない
真実の先っぽのすき間が気になるんだ
たまにはてのひら
ひっそり重ねてくれないか

 ・

足りているの
コバルト
ルフランは擦り硝子のパレット
いつ剥ぎ取っても構わないけれど
チューブをするようにからだも絞って
あなたの好きだった色達が待っているから
わたしだって好きに並べる

花だって望んで枯れてゆくもの
さびしくなってしまった部屋に理由はないわ
向こうの教会でずっと祝われていたかったけれど
今日のわたしのキュロット
窓辺にひとつかふたつ干してくれれば
線いっぽんだけ選んで
きっと描いて

 ・

いいさ音がやたら響いて後味も豊かすぎるから余計に威を張って
チャ−#4がこれ以上薄まる前に片づけようか
話はお前の拙いキトリが塑像される前のこと
いつの間にか誰もいなくなった客室で
何のために飲むか忘れた酒に倦んでゆく前の
濯い忘れた布の汚れっぷりが心地いい

俺はどこから来たのかもう分からないからいいんだ
熟れ崩れた果実を日常に忍ばす枝絡まっていいんだ
自由はどうしようもなく退屈なもの
何故だろうお前が笑顔だけ残していった
仕方ない昨日まで突きつけてくる道をゆく
返すものなど…無くていいんだ

 ・

ひさしぶりの風に
かなしみを思い出してみたの
柔らかく日差しをゆらすレース越しに見れば
あなたの笑顔だけは、今朝もフライパンの中で元気

忘れないと決めていたの
この不思議な鮮やかさの灰いろ
興奮したかと思えばまたすぐ疲れて
ベランダの隅っこでする独り言が好きな
あなたはねぐらを洞に探すこうもり

あなたとわたし土から産まれて
ながい時間かけて灰に還る
恐ろしい朝と希望の、海へ

生活の網のすき間に指を挿すおんなね
いつも泣くたびかわいた何度も
求められてわたし
神様だって気持ちいいのが好きなの
その名前の前で産まれたてのはだか
胸の尖に甦るのどうしようもないの

 ・

緑の歓声一面に群れ
雲はどこまでもはぐれ
俺はどこにも鍵を掛けない

一日一度の許された打鐘
会わなくなっても
こうして感じる
お前は晴天に似合うきっと今も
ぽろぽろこぼれるニゲラの種も
赤土の荒野を吹きぬける
おなじ酒をおなじ口でひとり
よろこびひとつ朔すまで
降りそそげ
鮮やかに
いまだ摂氏三十度
アルタミラで復活し
蜃気楼すら陰る秋の日
お前と一緒に音楽を聴くと
不思議な一致がたくさんあって
ケニ−・ドリューの技の衰えは
山鳴りとなまめかしく混ざり
記憶の中では
かえって瑞々しいくらいだ

寂しいか 這い出る瞬間
懐かしい の問いに包まれる

 ・

擦り剥けた膝からのぞくの骨
唾すりつけてなおす高校生の人
幕前でふるえながら台詞を詠って
私だけに向けた眼差し演じ続けたこと
知ってるわ
みんな嘘だってこと
嘘が実はやっぱり本当で
本当の答えはこれっぽちも嘘にできないって
あなたのことばと
わたしのことばで
たったひとつのいのちになるの
訳はしらない
訳がわかるのは退屈だから
花屋さんが好きなの
あの沈黙が好きなの
湿った空気の中で誰もが溶けてゆく感じ
それは優しさではなくて
祈りでもない
まして迷いで騙る
愛の名なんかじゃない
そう、どうでもいいような
ふと飛びたつ小鳥の欲しいままの空
どこまでも歩きつづける雨の犬の軒先
そんなたくさん選べる中からほんの少しだけ
大切にしているもののひとつ
生きるだけのことのほかのあなた
何が欲しいの
わたしはどうしたって謎をあげたい
すこし寒くたって
わたしは見上げつづけるわ
そうすればきっとなれるわ
いつまでも空になれるわ


胎動

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土と肉の熱を計る
なかば眠りながら
蝉の幼虫がさくらを吸っている
土をほじくり返し
あやしたすずめをその手ずからうずめ
いらなくなった枝を突けば
まるでそこだけが日溜まりのようです
一度は捨てた日めくりのしわをのばす
男の皮膚に重ねて綴るメモ
妖しく絡みつき熟れる山帰来
時が山姥の節た五指のように
爪づきかなしく見上げる空
水辺にひろがる

襟を立てて私の庭から去った人は
木もれ日の影になり日なたになり
二度と帰ってはこない
しかし花はやがてくる
ゆるい南風と手を取って
蜂が壺いっぱいの蜜を吸う
残された者はふるい瘤々のようです
動かなかった物が
動きはじめる
苔むす岩肌
食卓に並ぶ草の実
沖に漕ぎ出す少年の舟
黒を割り芽吹くチューリップ

忘れ去られたもの達がありました
今も土深く今を眺める
餌食にあふれ
子らに踏まれ
私のあって燃え尽きる夢を見た燐も
胎動は 春
火と雨に曝され
君のものになれ


赤い酒

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 (仮面ライダーに)


今日も日が昇ると家を出て
さっきまで怪人と戦っていたんだ
背中のジッパーつまんで下ろす
場末のバーで仮面を外す
嫌なことだってあらぁな
空気が背中に当たると
もうすぐ給金だから
ツケにしといてくれないかい
イエローローズオブテキサス
好きでポーズしている訳じゃねえ
こっちも色々大変さ
ともだちが
小学校一緒に通った友達が
借金抱えて行方不明になってよう
何を思ったか今じゃ黒タイツの一員さぁ
あのこうるさい下っ端
高校じゃ遠くまでバイク飛ばして
浅間レースの話になると
ついつい熱くなっちまう
語ったことばがお互い人間だった頃の
あの時のアイツにはまだあった
最後の夢になっちまってよう

どうしてこんなことになっちまったんだろうなぁ
何が正義で何が悪かなんて誰が決めてくれるんだ
いつもなら気にもかけない
末期の息が
語りきやがってよぅ
何となくマスクひっぺがしたら
元気かって
人相も変わってやがったから
最初分かんなかったんだぜえ
けれど唇の片っぽつって目尻ぐっと下げる
笑顔で思い出したんだ
これが飲まずにいられるかってんだ
トノサマバッタの脚力で
思いきり蹴り上げた下ッ腹がやぶれて腸が
はみ出た体支えながら言ったんだ
(俺は元気だぜ)
アイツはまたニヤリしてさぁ
(キィ)
幽かに呟いて逝っちまったよぉ
随分と会ってなかったけれど
決して忘れたことなんてなかったぜえ
だってずっと友達だったんだぁ今でも

ねぇ、マスター
人間と虫を行き来する定めってナンだろうなぁ
バッタ屋だって真面目に人生演じてるってのに
俺はいつでもはぐれ虫さぁ
赤をなくして
緑にされた血で見る景色は凄ぇ穏やかで
バッタ物と言われても複眼に映る空には
今も大陸の渉る風が吹いてるんだぜえ
悪人を退治したヒーローが近所の公園に寝ころんで
草を噛む時も気をつけながら
誰にも口の動きを見せないように背中丸める
あしたはきっと今日と似た一日だろうけど
だから全く違う一日とも言えるんだろうなぁ
早く梅雨が明けねぇかなぁ
朝イチからデパート屋上で営業だよ
それでもいつも空はでっかくて
ガソリンもすっかり高くなっちまったけれど
マスターは相変わらずパイプなんだねえ
オールドパルおごらせてくれねぇか
もう客もこねぇだろうし看板仕舞って
やっと人間に戻れたアイツのために
真っ赤に冷えた酒でも飲もうや


おとずれる時

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朝がくる
今生きる日を照らしながら
遠いどこかの仄めく闇から
篝火の列びが灯されるように
それを私は今日と呼ぶ

それが晴れでも曇りでも
朝は今もどこかで
夜の間に澱した人の哀しみを
綺麗に振り払いながら

それを私は、今日と呼ぶ

 *

木漏れ日の中を落ちる金色の葉が風に口づけ悦びに回る

川の流れに身をまかせる少年の鞄でおにぎりが冷えてゆく

地雷の上を鳥が渡る行き先の国で扉がバタンと閉じられる

老人の背中が真っ直ぐしていた頃の手紙が机の奥でひとり開く

色褪せながら卵を産み落とした蝶からこぼれた鱗粉の付いた蜜柑がテーブルに転がる

 *

全ての物には
時が訪れる

花に雨が降る
雨が花になる

街の上に街が築かれ
静かに砂漠が拡がる

男が銃を構え
暗闇に光る瞳に狙いを定める

女が菜箸で
大根を返す

 ・

時は自分の心に気づいたあの日
見えない筈の真昼に流星を見る
時は君の子どもの名前を共に探した
私達を名付けた親が流したなみだの意味を気づく

あの日空に返した風船の赤も
途中どこかに落ちたとしても
時がくれば
いつかまたこの空に帰ってくるのを私は見るだろう
人にあしたがある限り
あかるい結晶になって

夜毎祖母の夢となって枕に滲む時は
予期しえぬ報せで誰かを傷つけた時は
時に自信を失い立ち尽くし
しかしその時に屈することなくまた歩みはじめる

 ・

時は破壊を司りながら
愛のことばを囁く

鏡の中で向きも変えず
それを私は今この瞬間に例える

まだ見ぬ笑みの子
着床する卵

星の生と死
神々が兆す

遠く拡がる

雨垂れのね

文学極道

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