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2008年06月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


転校生

  みつとみ

引越をした日は、
青空だった。
近所の空き地の、
壁に、ボールをぶつけ、
グローブで受けとる。
ひとりで遊ぶわたしに、
アキラとリョウが、
笑みを浮かべ、声をかけてきた。

初登校の日、
授業が終わり、
放課後になる。
わたしは、
クラスの男子たちに呼ばれ、
体育館の横で、
列をつくって、
ドッチボールを投げ込まれた。
一人、二人目のボールは、
受けとった。
五人、六人目の、
ボールは、足にあたり、
指にあたり、
転がった。
つき指をして、うずくまり、
わたしは唇をかむ。
群がる同級生たちの、足しか見えない。

わたしは、壁に向かって、
ボールを投げつづけた。
白いボールが、音をたてて、
転がり、グローブに収まる。
近づいてくる、
アキラとリョウの、
三人で空気銃をもって、
林にでかけ、
駆けまわりながら、
夕方までうちあう。

雪の残る林の中、
三人で、貯水池に行き、
空に向け、ひきがねをひく。

リョウの父が亡くなり、
制服のまま、
通夜にアキラとでかけた。
顔もよく見えない夜、
引越をしていったリョウの、
言葉は暗がりに消えていく。

わたしは、白いネクタイをして、
何年もあっていなかった、
旧友の、
披露宴にでかけていた。
ビールを、つぎにくる、
友人の知り合いに、
愛想笑いを浮かべ、
少ない言葉を交わしながら、
席にだされた、料理を、口に運び、
新郎に拍手した。

わたしは、心の中で、
壁に向かって、
ボールを投げる。


青い魚

  りす

部屋に水槽のある
暮らしがしたいと
僕は希望する
木目が清しい
床板で跳ねる
葉書大の
青い魚を
硝子の小部屋へ還したい

魚は
水を渇望すると自ら
腹を割いて披瀝する
泳げなければ
自負から自由になり時間に
抗議する権利があると
鱗の鎧で
半身を防御しながら
弱い腹を誇示する

飛び出した浮袋は
人目に触れても
容易に破裂には走らない
汚れた床を転がり
粘性の
もどかしい光を曳いて
あした浮かべる体を求める
落命しないのなら
周遊しなければならないと

溺れない
華奢な保証に宛てて
今日も一枚の魚が
この部屋に配達される
水槽が無い
想像もできない不始末が
魚を苦しめるとしても

君は
片膝をついて
床の汚れを拭きとる
ウェットティッシュが三枚
魚の内臓のために消費される
君はため息をついて
暮らし向きなど尋ね
足早に部屋を出て行った
きれいな床と
魚の青い部分だけを残して


ママとパパのこと

  ミドリ




カウンターにはママがモデルだったころの写真が額縁に入っている。白色の照明灯の下で、妖精のように笑っているママ。

ママがパパにプロポーズを受けたのは烏丸御池の駅の入り口の傍だって。
階段の前でお別れしないといけないんだ。
パパはママと離れたくなかったのよ。ママは鴨川を見つめながら言った。
でもママはパパだけじゃなかったとも付け加えた。
パパは写真家だから、ずっとママの傍にいるわけにはいかなかったの。

ママはどこにいるか知れない人のことを思い、心を痛めるのが嫌なの。
そういう女って、どんどん下品な顔つきになってくものだから。
ママはパパに三つの約束を守るように言ったの。
写真家を止めること。私たちを孤独にしないこと。それから三つ目は、子供の私にはまだわからないよと言って笑った。ママのいじわる!

松原通りの角でパパの車を待った。パパはコンビニでタバコをワンカートン購入し、ママの機嫌を損ねた。男のひとが女のひとの機嫌を損ねて、オロオロする姿ってかわいいと思う。
ママにそう言うと、そこに愛が存在するうちはねと言って、きゅっと片目を瞑った。
ママは時々、哲学者になる。

パパはママをエスコートしている時が一番楽しそうだ。
まるでママのしたいことをみんな知っているみたいなスマートな身のこなし。リビングでパンツ一枚になってテレビを観ている時とは大違いだ。
車の運転はいつもパパがする。
ママは助手席で憂鬱そうに頬杖をつき、時々パパが口にするジョークに笑う。

ママが私を産んだ日の夜。パパはずっとママの手を握っていたんだって。そしてパパはママにありがとうって言ったんだ。それはママがパパにもらった、永遠を誓う約束なのよ。そう言ってママは私のおでこにたくさんのキスをくれた。
パパがママに誓った三つ目の約束の意味がその夜私にははっきりわかった気がしたの。

だから私はパパに言ったの。我が儘なママのことを宜しくねって。パパは少し顔を歪め、ママは我が儘なんかじゃないよと言って、私をぎゅっと強く抱きしめた。
タバコの匂い、男のひとの哀しみに少し触った気がしたその日の夜。私は、ママより少し早めに、眠りについたの。


二百十日の祭

  殿岡秀秋

天井が黒くしめり
水がしみでて
凸面ガラスのように膨れる
水の中を泳ぎまわる妖精が
透明な壁に穴をあけると
眼薬のように
ぼくの顔に落下してくる

畳を這ってくる音

顔を青白くした母が
バケツを置く
単調な金属音の
テンポが速くなっていく

子どもたちは
天井に描かれる地図の変化で
どこから新しい妖精が
顔をのぞかせるか
指さして
当てようとする

板と板との境目に現れた
玉がはじけて
柔らかな飴が落ちてくる
母は走っていって鍋で受ける
はじける音

天井に黒雲が広がり
部屋が滝になる
薬缶
牛乳瓶
コップ
お碗が
打楽器の演奏をする

器からあふれそうな雨水を
台所の流しに捨てにいくのさえ
ぼくの遊びだ

母が座布団にビニールをかぶせ
こどもたちを
濡れていない島に集める

酔っ払いのように家の戸を叩いていた
風がいなくなる
ぼくは雨戸をおそるおそる開ける
扉があくのを待っていたのは
日の光だった

街は川になっていて
ボートを引いて歩く人がいる
街路樹は
身をかがめて髪を洗う
庭は紅茶色のプール
海水パンツに着替えて
飛びこもうとするぼくを
母が抱きとめる


Allergie

  はらだまさる

遠くへ、じりりりと
八条口が大きく広がって
宇宙のノドちんこを官能的に触るように
水に溶けた塩のような関係性の匂いを嗅ぎ分けて
グローバリズムが歩いているけれど、
立ち止まる方法を知らない文庫本のうえに転がる、
使い古された漢字の数々が靴擦れして
巻き爪と魚の目の打楽器が「光った」と思うと凝固して
空に消えてゆくよ、待ってくれ。
俺はそんなに早く演奏出来ない。


昨年付けで鳥獣戯画のバイトをクビになったママに、
分裂は優しさと教えられて苦虫を噛んだが、
永遠でないことに至極安心する。
こうなったら玉砕覚悟で嘘泣きを記号化して、
モンマルトルに葉書を書こう。


土の匂いは美しさだけで生きてゆける、
ありとあらゆるものに相似しており、
意識していないとすぐに違うものに結合してしまうから、
取り扱いには注意しなければならないらしいからね。


向かいの席に座っているどこか古臭い、
しかし齢にして僅か五歳にも満たないであろう若者の
イヤホンから漏れる音質の悪いCジャムブルースのことは、
どうやら忘れることが出来ずに、俺は孤独に厭きた、
孤独に厭きたとぶつぶつ呟きながら
ハンドクラップでスウィングを楽しんでしまう始末の悪さ。
おいおい、しかし勘違いしないでおくれよベイビー。
俺はただのパラノイアじゃないぜ。


先月の朝一番、
最初のセッションが終わって携帯電話の電源を入れると、
留守番電話センターからたくさんのコールが。
ひとつずつ聴いてみると、ジーザス。
それらは関空の検疫からで、なんと赤痢菌が検出されたとのこと。
要約すると「ファッキン野郎、折り返し電話下さい」だった。
消毒、隔離、入院など色んなことを考えて落ち込みそうになってしまった。
戦時中じゃないんだぜ、いい加減にしてくれ。
イエプルの水がすぐに思い浮かんだ。
しかし深刻になってはいけないな、いけないよなベイビー。
調子はよくないがよく見えるよ、この世界がさ。
人生の縮図そのものだよ、
笑えてくるじゃないか。


ママ、俺たちにはいつだってきのこ料理が必要だ、それとカレー。
欲望と云う欲望にくるまれて不幸の幸福のまま死にたいと云うようなことを
新潮文庫の百八十六頁でハリー・ハラーは告白するが、
君の歩幅で歩いてくる死はどうだ?


チャールズ・ミンガスの弾くベース音が
淫靡な雨音と、終わりの美学のない人類の会話の中で止まらない、
宇宙へと届く、音楽。


風の音

  草野大悟

輝きは
ダンナが浮気したとかで
離婚じゃ、離婚じゃ
と、涙して
眸を引き連れ
海から跳びだしてくるし

光は
負けず嫌いが高じて
頭に
記憶の塊をため込むし

夢は
生徒の獲得と
焼酎のコレクションと
光の見舞いに
跳び回って
入れ墨背負ってるし

今年の暮れは
みんな
なかなかに忙しく

おれは
おちおち
病気にもなれない

から


潮の匂いのする河口で
きみが釣り上げた秋は
キラキラと
ヴァーミリオンの鱗を煌めかせ

すっぽりと
きみの心に還っていった


ぼくはといえば
あいかわらず
仕掛けを
空にたらし
風を釣ろうとするのだけれど
いつものように
あたりひとつない現実に
妙に満足している

日焼けした
ふたりの竿の先に
赤トンボが一匹ずつ
とまっている
夕まずめ
遠くで
風の音がする


だから
ぼくがひざをいためたら
すかさず
ひだりひざをいためてみせる

ぼくが
あたまに
未破裂動脈瘤をつくったら
すぐに
6センチの髄膜腫を
つくってみせる

きみの負けん気の強さは
中学2年のころと
すこしも変わらない

雲たちが
あきれはてている

温泉で
ぽかぽかにあたたまって
負けず嫌いが
すやすや
ねむっている

あした
入院する
負けず嫌いが
ほんのり
ねむっている


<<青い鳥の羽を>>

あしたは
きみが入院する日だから
ぼくは
青い鳥の羽を洗おう

すこしばかり疲れた
青い鳥の羽を
洗おう

ざぶざぶ
ざぶざぶ
なんども
なんども
洗おう

そしてそれが
小春日和の
きょうの空のように
鮮やかなブルーを
とりもどしたなら

明日
きみを
送っていこう

明るい顔して
青い鳥の
きみを乗せて

  @@@@∂∂∂


行って来るね
にっこり笑って
きみは
手術室に消えていってけれど

ぼくは
きみの笑顔が
太陽のように
また輝くものだと
信じていたけど

宇宙の闇に
飲み込まれたように
きみは
眠って
そして
眠って


眠る光


ぼくのひかりは
うでや
はなや
せいきを
いっぱいのチューブでつながれ
これでもかと
つながれ
えがおも
なみだも
ことばも
みんな
みんな
うばわれ
あたまの骨を
奪われたまま
やみのなかを
さまよっている

きこえているなら
まぶたを
うごかして

きこえているなら
ぼくのなまえ
よんで

ひかりをなくしたかげが
こごえるこころかかえながら
あしたへの炎を
もやしている

瞳を
きみが閉じたあとも
きみの携帯に
お知らせメールが届く

手術前のぞの日
ベッドのうえで
毛布から半分顔を出して
泣き出しそうに頼りなげに
きみは自分を写していた

心細かったんだ
怖かったんだ
側にいて欲しかったんだ
ほんとは
ほんとは
こんな手術なんか
受けたくなかったんだ

平成17年12月8日
きみが
闇の中に迷い込んだその日
きみの
光を取り戻す
ふたりの闘いが始まったのだ。。。。。。


☆☆☆☆☆△☆


ほんのりと
さくらいろに
咲くのです

闇をさまよい
脳をうばわれ
それでも
トクトク
トクトク
ちいさな鼓動をつづけてきた
ひまわりが

ほんのり
さくらいろに
咲くのです

 ささやき天使

爽やかな春風の中で
生まれたばかりの瞳して
きみは聞くのです

今日は何日?
今何月?
何曜日?

くっきりと
二重瞼を見開いて
きみは
ぼくを
見つめるのです

ねえ、今何時
お水飲みたい

きみの食事は
三食
チューブから
直接胃に流し込まれ
喉を通ることはないのです


ねえ
ささやくように
きみは
喋るのです

ねえ
頭かゆい

きみは
うまれたばかりの赤子のように
懸命に
言葉を紡ごうとするのです
懸命に
見舞いに来た人たちを
接待しようとするのです


ねえ
きょう
てんきいいね
うれしいな
てんきいいと
うれしいね
あめ
いやだね

ようちゃん



よいしょ
よいしょ

よいしょ
よいしょ

ちいさく
ちいさく
そよかぜが
ふく

よいしょ
よいしょ

よいしょ
よいしょ

かぜが
ささやいている

手を握り
うたた寝していた
ぼくが
目を開けると
きみは
かろうじて
動くようになった右足で
足元のシーツを
引き寄せようとしている

よいしょ
よいしょ

よいしょ
よいしょ

真剣な顔して
引き寄せようとしている

よいしょ
よいしょ
よいしょ
よいしょ

あの日から突然
どこかに行ってしまった自分を
呼び戻す」かのように

よいしょ
よいしょ

よいしょ
よいしょ

ちいさな
ちいさな
かぜが
ふく

泪のなかに
かぜがふく



!!!!!!!んがが





風の音がする
夜明けが近い


あなたの行方(1〜5のうち1・2・3)

  鈴屋

1 広場


五月の透明な日差しには純白のワンピースがよく似合う
あなたはわたしとの約束の場所、広場のとある片隅に佇んでいた

雑踏のなかにわたしを見つけたときの微笑のために口許をととのえ
ビーズのストラップを下げたケイタイを右胸のあたりで握りしめ
ときには舞い立つ鳩のゆくえを追って
ビルの稜線に狭められた青空を仰ぎ見ることもあった
あなたはあなたという少女の見かけほどに幸せであり、あなたからすれば
目のまえの人々の行き交いも同じていどには幸せなはずだった

あなたがぼんやり眺めているおびただしい頭の群れ
メガネ、ピアス、ケイタイ、開いたり閉じたりしている唇
振られる手、つないでいる手、ザラザラ過ぎていく靴の右左
たえまなく吸われ、吐かれる空気
あなたがぼんやり眺めているおびただしい群集、黄色い人種の多彩な休日

その言葉は
あなたではなくあなたの唇の唐突な発見だった
「あなた方を愛さない」
あなたの眸が広場のすべての人々と数羽の鳩、そしてあなた自身をかき消した
  
あなたはどこへ消え去ったのか
いつの日もハンカチを干していたあなたの小さな窓を
わたしが訪れたときにもあなたはいなかった



2 雨期


あなたは雨が降りつづく内陸を旅していた
水漬く草と森、髪と皮膚、ひとすじどこまでも伸びていく道を
ぬかるみも厭わずあなたは歩きつづけた
降る雨が昼も夜もこんなにも銀色に光るものとは
たえず濡れていることがこんなにも清潔なこととは
前方のぬかるみの輝きを見つめ、空を仰ぎ、顔に水の粒を打たせ
歩いていくことがこんなにもすがすがしい所作とは・・・

あなたは自分の肉体の重みを憎んだ
たっぷりとタールを内蔵しているような重みを憎んだ
憎みきって、頭蓋を開き、胸を開き、腹を開き
豪雨に打たせ隅々まできれいに洗い流してしまえば
身は軽くいよいよ旅は快適となり
丘陵の上の雲間の明るみから
草はらの上に淀んでいる巨大な黒雲に至る大空の繊細な諧調
その美しさをこころゆくまで楽しんだ

あなたは丘陵の頂から頂へと伝うひとすじの細い道を歩いていた
霧雨なのか霧なのか
それ自身光の粒を含んでいるかのような
明るい乳白色の大気が眼下から濛々と立ちのぼり、あなたを包んでいた
永い旅の末、疲労はあなたのなにを蝕んだろうか
頬はこけ、眼差しは呆け、先の定かではない道の危うさを気づかうでもなく
ふわりふわりと浮いているような足取りは影も曳かず
消えかかり、やがては消え失せる幻影と化して・・・
だが、あなたは
視界を閉ざし染み入るようにまとわりつく大気の温みのなかで
生きることに深々と染まり満ち溢れ、
やはり歩を進めていった



3 革命


それは蜃気楼のようにも見えた
地平線に長々と横たわる群集の帯

委員会はいつも風が吹きすさぶ大地で開かれた
紙もペンも押さえるより速く
テーゼも戦術も討議も声になるより速く吹き飛ばされ
あなたはあなたでサンバイザーとサングラスとスカートの裾を交互に押さえていなければならなかった
評議会はいつも地平線まで伸びている鉄路の上で開かれた
レールがカツンカツンと鳴りはじめ警笛が聴こえるたびに
あわてて椅子とテーブルを両側に運び出さなければならなかった
通過する車輪の隙間に、なにやら怒鳴っているアジテーターの振りかざす拳が見えたことも
あなたの片方のパンプスが運悪くレールの上に脱げ落ち、轢かれたこともあった

あなたの真摯な眸とキイロスズメバチとママコノシリヌグイの花束が革命に向かった
あなたの尖った剥きだしの乳房とヤマカガシと廃線の電気機関車が革命に向かった
地平線の果てまで落ちている硬いもの柔らかいもの、石や瓦礫や寝具の類
地平線の果てまで立ったり並んだり倒れたりしているもの、電柱や杭や広告塔の類
それらすべてが革命に向かった
あなたは電気機関車のデッキに立ち、それらすべてに向かって叫んだ
「われわれは名もない遍在であること、名もない孤独であること、
名もない日常、名もない事物、名もない死であること
それら名もない集積の名もない革命であること・・・」


星が落っこちて

  裏っかえし


あたしの苔桃は
ぺちゃんこだから
いくらでも
飲み込むことができる
もっと もっと
そんな嘘を 呼吸みたいに
散々ついて歩く夜の家路は
たいてい両耳にイヤホンを
突っ込んでる連中とすれ違うから
なにを聴いているんです
そう尋ねてみるけど
案の定 答えは返ってこないから
あたしは誰にも星を貰えないのだと
心底理解できる
歩きたばこは嫌い
自分でやるのが好きだから
ホイールをバカみたいに回して
救急車があたしを背後から
ふっ飛ばして あたしが
曲がるつもりだった角を先に曲がる
それから 何台もの救急車が
あたしのうえをいったりきたり
いよいよあたしはぺちゃんこにされて
そのくせ苔桃だけは
星に向けて吹きかけるつもりだった
たばこの煙を飲み込んで
猛烈に熟れていく
落っこちてきて
落っこちてきて
両手を組みあわせて
そう 祈れたら
適当なところで
あたしは立ちあがって
あの角を曲がれるはず
なのに


空ばかり見ていた

  はるらん



電車を3つ乗りかえ
坂道をトボトボ歩き
季節の花束を抱えて
会いにきてくれる少女に
僕は何がしてあげられるだろう

君が来る前の日には
いつもモカを200g求め
3本99円のポンジュースを
カゴいっぱい買うことに僕は
何のためらいもなかった

八百屋で奥さんと呼ばれると
君はテレくさそうに笑い
その笑顔はミモザの花が
咲いたように明るかった

ボブ・マーリーの歌なんて
わからないと君は言ったね
僕の好きなものすべてを
好きにはなれないと

それじゃあ君は何が好きで
何になりたいのかと聞けば
自分にもわからないのよと
君はクスッと笑ったね

あの日 最後に君を抱いた日
何かが ちぐはぐだった
君を抱いた瞬間
何かがいつもと違うと感じた

2階の開け放した窓から
見える青空に浮かんだ
白い雲がキレイねと君はいい
どこか遠くを見ているようでもあった

こんなことが前にもあった
初めて君を抱いたとき
君はやはり四角く切り取られた
この青空を眺めてそう呟いたのだ

君の中で果てたあと僕は
本屋に行くからと君を
ひとり部屋に残した
いつものことだから
気にも止めなかった

本屋でカメラ雑誌を見て
今月のコンテストもボツだった
ことに大して落胆もせずに
けれど僕はなぜか急な
胸騒ぎがして部屋に戻ると

君はもういなかった
いつものことじゃないか
けれどそれ以来君が
僕の部屋を訪れることは
二度となかった

君がいなくなって3ケ月後に
カメラ雑誌を手にすると
僕の写真が初めて載っていた
「空ばかり見ていた」

それは君が初めて
僕に抱かれた日
空ばかりみていた
君の物憂げな顔を撮った
あの写真だった


八十八夜語り ー晩春ー

  吉井

一夜
 若いつぐみの屍が 勝手口に上がる踏み石の上に 抜け落ちた蒼い
 梅の実と一緒に 載っていて、発育不良な蟻が つぐみの脚につま
 ずきながら 五、六匹忙しげに働いている。台風4号が去って行っ
 たあと 庭の雑草の葉先は 一様に北北東に傾き、一瞬 見てはな 
 らない方角に 顔を手向けてしまった胸騒ぎが 過って、無色無臭
 の大気が 大人しく大人しく 揺らいでいる。

二夜
 夕暮れの色に春が染まり 二ヵ月前に植えたアマリリスの球根が
 花茎を伸ばしていて、やぶけた蕾から 横向きに礼をした 花たち
 が出だした。刈り過ぎて 他所よりも二週間ほど遅れて 狂い咲き
 した梅の木の 枝という枝に 実が数個かたまって纏わりつき、転
 がる雪の玉が大人になる速度で 成長して行くものだから、尻すも
 うに負けた果実が 糸を張った蜘蛛もろとも 落下し出した。

三夜
 枇杷色に化粧した下弦の月が 東方の空壁に 仕掛けられていて、
 地上の大抵の静物よりも遠くにあるはずなのに 今日はよく透き通
 る夜半の下り坂を ゆっくりと歩いて来るのだった。使い回されず
 に済んだ白いバニラアイスクリームと 使い回されようとしている
 胡瓜と小茄子とラディシュの粕漬けが、船場吉兆の冷凍庫とチルド
 室の中で起きだして、虚実皮膜論を語り合っているのだった。

四夜
 ぼんやりと色付き始めた 初雪蔓の影が 昨夜から降り続く雨の溜
 まりに 浮いていて、伸びすぎた松の新芽を 見上げながら 震え
 ていた。クロネコヤマトの兄さんが U字溝埋め立て工事の まだ
 終わっていない市道を 走り去った午後、ネットで買った5L綿た
 っぷりブラキャミソールを いつまでもうれしそうに手に取ってい
 る 妻の姿があって、父の死を知らせる電話が ずっと鳴っていた。

五夜
 須雲川の水かさが急激に増したのは ビルマにナルギスが上陸した
 二週間後のことで、西湘バイパスに 高波が押し寄せ 多くのサー
 ファー達が波に浚われたのだった。露天岩風呂に流れ込む湯はぬる
 く 肩にタオルを当てて半身浴していると、イキノコッタダケデモ
 シアワセダトオモイナサイ、テンガロンハットを被った 全裸のマ
 ダムが お洒落なメガネを陰毛で拭きながら 入って来たのだった。

六夜
 ママの広場で買った寿司茶を飲み 豊島屋の鳩サブレーを頂き メ
 ビウスの輪に中央線を書き込んでいたら、面なしメビウスが現われ
 て心情告白した。面にたよって ばかりもいられないので 矢は線
 の軌跡を足場にして やっぱり 急には方向転換できないから、ま
 してや 中央線をふみこえるなんぞ とっても とてもかなわんわ、
 そうなんだって そうかひと筆書きだもね うん納得した。

七夜
 白米と塩だけで 飯を握る あと一晩寝ると夏が来るとは とうて
 い思えないのだが、額紫陽花のつぼみが 白味を増して すでに衣
 替えを 終えている。義援金箱の傍に一円玉が なんの自己主張す
 ることもなく こぼれていて、自分の一生分の重みよりも重要であ
 るかのように 小銭にもならぬ 重さ1g足らずの塵芥を 汗ばん
 だ指でぎこちなく掴み、初老の男が ポケットに仕舞い込んでいる。


河川

  DNA

夜がひしゃげてしま  もう忘れてしまった
ってぼくは路上のマ  春だったかもしれな
ンホールに耳をあて  い きみは花見だと
る真砂から 眠る河  というに桜の幹の黒 
川を辿って自転車を  さの夜に溶けだす瞬 
駆る 月明かりだけ  間にしか興味をしめ
をあてにして一九九  さない あのときも
九年の十月へと旅に  たしか自転車がぼく

「世界が五月と十月だけならいいのに」* 

一九九九年の十月に  たちの唯一の動力だ
行き先など無かった  ったから 繰り出し
確定された袋小路の  た 五月はどこにも 
ために ぼくは好き  いなかったが 構わ 
な星と嫌いな星をひ  ず河の跡をたどれば
とつずつ分けてもら  五月にたどり着くこ
い けれど 月明か  ともあるだろうと
りのかわりにと差し  玉川 は所々で ち
出した二つの星をチ  ぐはぐに息を吹き返  
ルリルとミチュリル  すこともあったから
が無言で貪り それ   土管のなかですら
から 八回ずつやっ  きみは透明だった     
てきたぼくの五月と  散った花びらが水面 
十月は全て夜がひし  に集い腐臭を放ち始
ゃげていて眠りにつ  めても なお透明だ
いた氷川に 復讐さ  った 再会しよう 
れつづけている    いつだかの十月に

二つの星に名をつけたおまえ 集った花びらに吐き気を催し 凝視 靴さきをじっと見つめ続け 擬態した昆虫 が弦楽器を奏でる 幸福な (風はもうどの河からも吹きゃしません) 姿をもたぬものどもですらもはやただの反響する透明な壁ではなく 当然の哀しみ の凝固隊がぞろぞろと這い出し からだを消去せよと おまえとともに 消去せよと 唄いだすなら それをトキオの唄とともに 無数の便所から響く数え唄 の濁り 濁流に からだは巻き込まれる から 濁った河川は五月にも十月にも 支えられて きっかりと計測する測量士に 返してやろう おまえのものはおまえに おれのものはおれに 各人の唄に応じて 返してやろう そしてぽっかりあいた光の穴のなかで 暮らせばよい 月が満ちることに理由があるなら 暮らせばよい 離ればなれになったおれの足の指先も 左耳も 寸胴も ひび割れたイルカと桜の模様の描かれた 木製の黒い指輪も 砂利も 眠りについた河の水面で 揺れ続けているのなら 暮らせばよい その縁で 宛先不明の手紙を 兎や蟹が喰い散らかそうが 暮らせばよい 月面には 孔ぼこがあって そこにうちらの河川が 漂着することもあることを 教えてくれたのは うちらと暮らしたこともある 独りの測量士だったのだから 


*岡崎京子『TAKE IT EASY』あとがきより引用


アフリカの匂いがする

  ミドリ



フランスというのはダチョウの名だ
ダチョウは車のサイドミラーの角度を直すと
振り向いてぼくにこう言った
慣れたか?
えっ?!
この土地に慣れたかって訊いてんだよ
車のキーをまわすと彼はマクドのドライブスルーで買った
フィレオフィッシュバーガーにかぶりついた そして
コーヒーを一気に飲み干すとダチョウは アクセルを踏み込んだ
車は穏やかに加速していった 9号線

この時間はまだすいている方だよ
信号で止まると彼は振り向いて言った
しきりにフライドポテトの塩のついた指先を舐めている
鴨川が陽の光を浴びて反射している
彼はサングラスを掛けた
どこに向かってる?
ぼくが座席を乗り出して訊くと
ダチョウはこともなげに言った 俺んちだよ
車はあきらかに 動物園の方へ向かっている

通学鞄を背負っている子供の傍を通り過ぎた
結婚しているのかい?
何?
結婚しているのかい?
野暮なこと訊くなよ 嫁さんと子供は故郷に残してきた
出稼ぎだよ 俺が京都に来たのもつい2年くらい前さ
日本語がうまいな
大学で勉強したからな
ちょっとガソスタ寄ってくよ
彼はシビックのハンドルを切った
ダチョウは給油口の位置を間違えて 車を二度ほど切りかえした

やれやれだな
彼はレギュラー満タンっと ロン毛のアンちゃんに言うと
カードを手渡した

ケータイが鳴るとダチョウは聞いたことのない外国語で
ぺちゃくちゃとしゃべった

受話器の向こう側で年増の女の声がした
きっとそれは長距離に違いない
ダチョウの逞しい首筋から
ポロシャツの襟首からポロリと 

アフリカの匂いが ツンとした


かえらない

  草野大悟

両手で azayakani
Vサイン wo siteいた
太陽のカガヤキは、二度と
かEらナい

海の上を
走り抜けていった翼が
sukkari
oritatamarete
いびつに
ネジマゲラレテイルいま

カエらnai
太陽の笑顔

★、月、蛍、麦酒
汗、走る、田圃、蛙
向日葵、青空、海
風、雲、木々、光
輝き、純

かえらない
カエラナイ
戻れない
nidoto

あの
なんでもない
普通の暮らしに


日々のささくれとやさぐれと春一番

  eug

有楽町駅三田線に乗り換えるエスカレーター下から3段目
必ずぐらっと後ろに体がかしぐ場所があるのをご存知か
私は毎朝そこでそのぐらっと感を楽しんでいるのだが
それはじっと待ち構えなければわからないかすかなかしぎで
今日はうっかり数歩ばかり段をのぼってしまったため
ああと思ったところで時すでに遅しぐらっと感のないまま
後ろ髪ひかれる思いでたったかと三田線に乗り換える
もしも子どもであったならきっと大人に嫌な顔されながらも
「おっといけない」といいながらエスカレーターを逆走し
一番下からやり直していただろうにこんなとき大人は

その一歩が踏み出せない大人は

昨夜は夜中過ぎに電車に乗り込んだところで
朝からヨーグルトとパンしか食べていないことに気がつき
コンビニはもうこりごりだが米炊く気力もなしまあいいかと
いつもの夕食抜きモードでとぼとぼと歩いていると
ふと寿司屋の看板が目に入りなるほどそうかそうか
そういう手もあったかと思い切って引き戸を開ける
らっしゃい・寿司折りください・へい折り一丁
おまたせしやした・はいどうも・ありやとざいやした
片手に寿司折りという大人感に酔いしれる家路
いそいそと吸い物を用意して夜中の寿司とあいなり

その晩餐は大人のというよりオヤジの

今朝会社に来てみれば窓のあかないこのフロアにも
そこはかとなく春が漂いそういえば昨日は春一番だったとか
風の洗礼なく迎えてしまった春が後頭部にラビットパンチ
窓があかないだけでなくブラインドも閉じ気味なこの部屋では
季節どころか朝昼夜の移り変わりさえないということに思い至り
時間も季節も奪われたようないいようのない喪失感にしばし呆然
すっかり風を忘れていた自分が悲しくもあり俄然風が恋しくなり
そうじゃ仕事もどうにかめどが立ちそうなのだからして
今日の昼ごはんは何が何でも外に食べに行こうと思い
思ったところで同じことを考えていた女子に誘われ
くふふと笑う女子はまるで春一番みたいで







タイカレー食べた


夜の空になる

  結城森士

振り返れば、蒼ざめた空
眩しすぎる光が、あたしを責める
光が、眩しすぎる





5年もの歳月
あたしはずっと
ひとりぼっちで
部屋のなかで暮らした
外に出ることは極稀で
それも大抵、深夜になってから

あるひ、
あるひのおひる
あたしは目覚めた
あひるの目覚まし時計が
急に鳴ったのだ
それは、小学校の頃にお父さんが
誕生日プレゼントに買ってくれた
あたしの大事な目覚まし時計だった
でも、4年も前に電池が切れていた
電池切れのあひるの目覚まし時計が
可哀想なあたしを起こしてくれた
そう思った途端、
あたしは自分の犯してきた 罪 に気づいた
具体的に何の 罪 を犯したのかは
分からなかったけれど
とにかくそれは
取り返しのつかない大きな 罪 に違いない
こんなところでのんびりしている場合ではない
早く外に出て 罪 を償わなくてはいけない
だからあたしは
ジャージを身にまとって5年ぶりに真昼の外に飛び出した

あたしは俯いて街を歩いた
とぼとぼ、とぼ
きっとこんな擬音語が似合う
白線の内側を
行儀よく歩いた

真っ昼間の住宅街を歩くことなんて
ずっと長いこと、無かった
どうして誰も
あたしを外に誘い出してくれなかったのかしら
いつも家の中から見なれているはずの街並みに
奇妙な違和感と居心地の悪さを覚えた
幼稚園児の頃に感じていた
お昼休みの草木の匂いや
溢れる光
そんな温もりや安心感が
ほんのすぐ傍にあるような気がする
なのに、あたしは
失った 何か を感じないように
知り合いに会わないように
時間から逃げるように
早足で歩き続けた

閑静な住宅街からは
赤ん坊の声一つしなかった
全くの無言で、あたしを責める
無口なジュウタクガイがあたしに話しかけた
「こんなところで一体何をやっているんだ」
そうか、あたしには居るべき場所も無いんだ

後ろを振り返れば、蒼ざめた空
何処まで行っても
その後ろめたさから、逃れることは出来ない
だけど、歩くほかに何をすれば良いのかも分からない
どこに行けばいいのか分からないまま
早足で歩き続けた
「こんな所には居られない。一刻も早く何処かへ向かわなくては」
けれど何処へ向かえば良いのだろうか
外はこんなにも静かで白く眩しいのに
心は闇のような影が
今にもあたしの思考回路を覆いつくし
全てを奪い去ろうとしている

あたしは俯いて街を歩いた
ひたひた、ひた
きっとこんな擬音語が似合う
白線の内側を
行儀よく歩いた

あまりに短絡的に
外に出てきてしまったことが
急に怖くなって
単純なあたしは
馬鹿な自分を責めた
涙が出てくるのを
堪えようとして
目を擦ると
ふいに、沙織ちゃんの横顔が
思い出された
「沙織ちゃん。」



小学校の頃だったろうか
沙織ちゃんはあたしの一番の親友だった
彼女はクラスメイトからイジメを受けていた
あたしと沙織ちゃんは
何があっても絶対に二人で助け合って
悲しいことがあっても決してくじけないって
固く約束していた
よく二人で、ひとけの少ない公園の
手入れされていない花壇に行って
二人で生めたヒマワリの種に
水をやっていた
ヒマワリは順調に育っていって
きっと夏になれば
太陽のような花を咲かせるね
そう言って二人で楽しみに待っていた
沙織ちゃんと
いろいろな話をしながら
水を撒いていたら
ふいに、沙織ちゃんの頬に
きらりと、光るものが走った
傾きかけた太陽の光に照らされて
あたしは思わず息を呑んだ
その瞬間から
彼女はあたしにとって
世界で一番美しい少女になった

けれど、
二人で埋めたヒマワリが咲く前に
あたしは悪い大人に悪戯をされ
その日から一歩も外へ
出られなくなってしまった
沙織ちゃんは
一度もお見舞いに来てくれなかった
あたしは
沙織ちゃんが来てくれるのを
ずっと待っていたのに



忘れかけていた土地の
忘れかけていた学校の
下校のチャイムの音が
街中に響いた
授業を終えて家に帰る生徒達の声で
賑やかになっていく街並みを尻目に
あたしはただ
公園へ続く道と
沙織ちゃんの横顔を辿りながら
人目を避けるように歩いていった
散々道に迷いながら
公園についてみると
公園は潰れていて
代わりにマンションが建っていた

目の中に汗が入り、瞬くと太陽が空一杯に滲んだ
斜陽はいつだって、過去の思い出と共に、傾いていってしまうんだ

「生きることは堕落していくことだ」
とは坂口安吾の言葉だっただろうか
あたしはあたし自身に確認し
言い聞かせながら
4階建てのマンションに遮光された太陽を背に
また当てもなく歩き始めた
太陽は、少女の涙と共に沈んでいった





やがて血の気が引いていくように、夕暮れは夜に変わっていく
何をしたのだろう、あたしが
何をしたのだろう、あたしは
何者だろう
あたしの中であたしに語りかける
この声の主は

空は徐々に姿を変えながら、執拗にあたしを責めつづける
何処まで行こうとも、空はあたしの背後にある
疲れたから、人の来ない路上に横たわって目を閉じた



         *  *  *

時折、ふと正気に返り冷静に自分の行動を分析するけれど、自分のとってきた行動を信じることが出来ずに、そんな時よく考えることといったら、何故沙織ちゃんはあたしを迎えにきてくれなかったのだろうか、とか、何故5年もの間、何一つ行動しなかったのだろうかとか、そんなことばかりで、
     
      実はあたしは正気になることから逃げ続けているのかもしれない。
     だからあたしは、罪を償わなくてはならない。
         あたしは被害者。
         あの日、男たちに廃墟に閉じ込められた日。
         あたしは被害者。
     だけどあたしは、未だに罪を償ってもらっていない。
         あたしは被害者。
 
 沙織ちゃんは今のあたしを見たらなんて言うだろうか。
         あの頃みたいに泣いて、
         あたしの傍にいてくれるだろうか。
    それとも、あたしのことなんか興味ないんだろうか。
     きっと、 今ごろ綺麗なお姉さんになっているんだろうか。
       今のあたしのことなんか、目にも掛けてくれないんだろうなぁ。
          悲しいなぁ。一緒に埋めたヒマワリは、咲いたのかなぁ。

         *  *  *



一体どれほどの時間、眠っていたのだろうか
目を開けると夜の闇が、視界から光を奪っていた
何も感じなかったし、何も思い出せなかった
光は何処にも無かったが、心の中は澄み切っていた
意識が闇の中を自由に広がっていった
どこまでもどこまでも、あたしはあたしではなく、何者でもなく、ただ夜と一体化していった
あたしは再び目を閉じて安らぎに身を任せた





何処かで、
鎖に繋がれた番犬が、
沙織ちゃんに向かって
執拗に吠え続けている
心の中で
沙織ちゃんが囁いた気がした
「開放されることは、とても悲しいことなのにね」
って


憂欝な週末の夜

  ぱぱぱ・ららら

一、
 
「さあ、皆さんお待ちかねの憂欝な週末の夜がやってきました」
 そう言われてやって来た、憂欝な週末の夜。
 僕は憂欝な週末の夜の為に、原油高のせいで高級食材へと昇格した野菜達を使ってクーリムシチューを作った。
 そしてクーリムシチューを僕と憂欝な週末の夜は、テーブルで向かいあわせになって食べた。他には誰も居なかった。
「確かに、なかなか美味しいクーリムシチューでしたな」
 と食後に憂欝な週末の夜は小学校の校長先生のように言った。ちなみに僕の通っていた小学校の校長先生は、性的な犯罪を犯した、と卒業後に風の噂で聞いた。
「しかし、憂欝な週末の夜にクーリムシチューというのは、どうも違うように思えるんですが……」
 と小学校の校長先生は続けた。
 僕は何も言わなかった。黙っていた。そうかもしれない、とも思ったし、むしろ憂欝な週末の夜だからこそクーリムシチューなんだ、とも思った。
 
二、
 
 クーリムシチューを食べた後、僕らは二つ三つの当たり障りの無い話をした。近況とか、そういった種類の話。僕はいくつかの当たり障りの無い嘘をついた。帰り際、憂欝な週末の夜は嘘つき、と僕に言った。クーリムシチューのお礼にしては、少しだけ冷た過ぎた。
 憂欝な週末の夜が帰った後、僕は文字通り一人になった。ワンルームの狭い部屋、青いカーテン、青いベット、青い目覚まし時計、黒いアコースティックギター、そして僕。
 僕は青いベットに行き、ベットの下に隠しておいた古びた木箱を手に取り、中から拳銃を取り出し、自分の右のこめかみにあてる。それから、引き金を引いた。
 
三、
 
 ここは日本だ。僕の様な普通の生活を送っているような人間には、拳銃なんて手に入れる事は出来なかった。僕の右のこめかみに存在する、僕の拳銃には殺傷力なんて無かった。それでも僕は引き金を引き続けたが、窓から見えるはずの本物の月は、どこにも見当たらない。
 
四、
 
 僕は余っていたクーリムシチューを温め、もう一皿食べてから眠りに就いた。


グロウズの祝祭

  田崎


グロウズの祝祭は偽者である。蝶々が途々に緑雨を付着
させる。旅の財布は藪裏の跳梁と合奏していて、毛羽だ
ち、ハロウを描いていく。
雪唄のような雷光が、むしろ黒土地の数メートル上で出
現し、白い光を世界のうちのこの一角に補給したあと、
非常に穏かに消滅するのが望める。広場までの道を森は
遮り、入り組んで行く私の体に、何かを媒介しようと干
渉している、その植生は飛去した。
広場の輪郭が顕かになってくると、うすい労働者と祭司
とが、各々の罪状を独りで反芻する上空を、涙目の蛾が、
幾匹も幾匹も揺蕩っていた。
冤罪のため、根拠は順々に回想されると思っていたが、
産道から生まれ落ちる間、復位は常に成し遂げられ、マ
ントルに乗っている内に、述懐と悔恨の仮想訓練をして
いた。
丘陵表面は広大な斑をかぶり、孕んでいるようなその上
を、葬送が跡を付けていく。そのような暴行が、あちこ
ちで行われると、かつての前髪の残滓を見遣る眼差しが、
徐々に黄ばんでいく。


よそ見

  ともの

夏の嵐、というにはまだ早いけれども、
今日ここに、また嵐の予感がある。
ビルの窓から見える西の空、
雲が黒く、渦巻いてきている。
黒い雲の間隙をぬって、
時おり明るみがのぞく。

蛍光灯の白さがいやらしいオフィスのデスクで、
ゆっくりとキーボードを叩きながら、
空が、移り変わる様子を、盗み見ている。

墨で硯を摺って、
薄墨色の雲を、もっと黒く、
ぬらぬらと、黒くして。

そこから、
雷(いかづち)が届くのを、待っている。
鬼が慰みに刃を振り下ろすのを、
剣を突きつけてくるのを。

鋭利な、鏃のような雨が放たれる。
攻められるその場所で逃げ惑う人々を、
眺めている。

空気の濁った室内で、
ひぃ、ふぅ、ひぃと息を吐きながら、
外が、掻き乱されるのを、見ている。

雨水が、溜まってゆく。
この街が水槽になる。
街路樹が水草になり、揺れる。
建物の隙間から水が滲みこみ、
わたしもいつしか水に取り囲まれている。

やがて水槽に蓋がかぶされて、
世界が真っ暗になる。

もう、逃げられないね。
もう、逃げられないよ。

けれども、
わたしは、変わらずPCのディスプレイに向かう。
勤務時間が終わるまで、
ここに、このまま座っている。

それが、仕事なのだから。


エデン(改)

  はらだまさる

金木犀が鼻先をくすぐる秋も終わりを告げようとしていた。

真夜中の事だった。
全裸の鳩は、全裸のうさぎに馬乗りになって首を絞めていた。
ラヴ・イズ・オーヴァ。

笑えない話。しかし、うさぎは危機一髪で命をとりとめた。鳩はうさぎの首を絞めて、本当に殺そうと思っていたが、ふと頭の片隅に母鳩の顔が浮かんだ。
その途端に、鳩は正気を取り戻すことが出来たのだ。
奇跡でもラッキーでもないような気がする。うさぎと、そして何よりも鳩を救ったのが所謂、愛ではないのだろうかと思った。それ以外、鳩には考えられなかった。

自分のそんなおぞましい姿を客観視した鳩は、その場から後ずさりして、地べたにペタリと座り込んだ。完全に腰を抜かして、バタバタバタバタとその現実に震え脅え切っていた。裸で仰向けになっているうさぎに視線をやると、大声で笑いながら泣いていた。
洒落にも何にもならないオチである。ハゲタカにも愛を伝える伝書鳩にもなれない、最低最悪の中途半端な鳩の成れの果て。

富士の樹海では方位磁針が効かない、というのは出鱈目らしいが、鳩の人生の方向を示す針は、どこに向かっていたのだろう。

そんなうさぎは、お互いの自由恋愛という、言葉にすればかっこいいが、今から考えれば実際ちょっとなんだかな的な契約を鳩と交わして付き合ったのだけど、結果的に強度の共依存の典型だった。
「死んだほうが絶対楽だ」とか「死にたいから焼いて食べてくれ」とか「殺されるより殺さなければいけない方が辛いから勇気がある方が殺すべきだ」とか「じゃあ串焼きにして食べてやる」とか「やっぱり食べたくない」とかうさぎに角、じゃなくて、兎に角、事あるごとに何でもかんでもアホみたいに、全てを
「死」に結び付けてしまっていた。

何度、切れた電線を自分の首に巻きつけただろう。精神の苦痛から逃れるために自分の鳩胸をカッターナイフで切りつけた事もあった。薬と煙草と酒を飲み続け、気が付いたら鳥年齢で、当時二十三歳の鳩は、うさぎ小屋でウンコをもらして十二指腸潰瘍になっていた。
鳩は正常でうさぎが狂っていると信じ込んでいた。うさぎを正気に戻すには、平和の象徴である鳩という生贄が必要だと真剣に考えていた。それが鳩の信じていた正義、だった。うさぎを助けたい一身だった。だけどうさぎはそんな鳩の優しさを尻目に、そんな糞みたいな信用する価値もない正義を振りかざして、私が正常になれると思うならやってみなさいよ、と云う具合だった。鳩なんて信用する方が馬鹿なのだと。それがうさぎと鳩の戦い。

父うさぎは共産党の党員だった。思想を貫くために、という理由でうさぎが小学三年生のときに離婚した。母うさぎはその行為が理解できずにアルコール中毒になった。小学三年生のうさぎが帰宅すると、その母うさぎはうさぎにお金を渡し酒を買いに走らせた。
うさぎは鳩と出会ったとき、透き通るような真っ白な肌で赤い目の、少女のあどけなさが残った容姿だったけれど、精神はすでに傷だらけでボロボロで、最初に交わした会話が「私、二十八歳で死のうと思ってるの」だった。初対面の鳩に言う台詞としては、不正解である。
鳩は「そんな馬鹿なことはやめろよ」と、ふざけつつも熱心に生きることのすばらしさを、うさぎに無邪気に語っていた。そんな鳩もいつの間にか「俺が焼き鳥になろう」とか「うさぎを殺さなくては」なんて考えるようになっていた。ミイラとりは簡単にミイラになっていた。東京でひとりで暮らすうさぎの父うさぎが、そんな僕等の関係をみかねて、わざわざ新幹線に乗って神戸までやってきた。しかし、その父うさぎのとった行動に、当時の鳩は唖然とさせられた。
父うさぎは言葉を濁らせながら、鳩に一万円札を渡し「娘と別れてくれ」と言った。

そのとき、こんな男がこの国をダメにしてるんだ、と鳩は強く思った。娘を思う親の気持なんて、わかる訳がなかった。


だだっ広い工場の資材置き場に、深夜に二人で侵入して「もう殺してくれ」と、うさぎにその気もなく頼んでみた。ひとつの賭けだった。するとうさぎは何も言わずに、両翼をだらりと垂らした無抵抗の鳩の首に手を伸ばし、ゆっくりと力を入れる。その冷え切ったつぶらな目で、無表情なままのうさぎをじっと見つめていると、押さえ切れない涙が流れた。もうどうすることも出来ない自分とこのあまりに不幸なうさぎは、絶望の淵で戯れているだけだった。首にかけられた手を握り離し、うさぎを目一杯の力で抱きしめて工場の空に木霊するくらいの大声で、鳩は鳴いた。



楽園と、どん底。
どこって聞いても誰も教えてくれないし、教えられない。「最果て」ってことばにも似てる。それは、大晦日にこたつに入って、蜜柑を頬張る感じとあまり変わらない。


ネズミの上司

  はるらん

「おい、青酸カリをよこせ!」と、さっき捕まえたばかりの会社のネズミが叫んでいる。悪く思うなよ、俺がそう眼鏡の奥から声をかけるとネズ公は、茶色に錆びた鉄格子を両手で捕まえて鼻をヒクヒクさせた。俺はネズミ捕りを車に乗せて薄闇の河川に降りるだろう。
「お隣さんは帰りが早いのにどうしてあなたはいつも遅いの?同じ主任なのに」、と妻は味噌汁を吹きこぼしながら唾を飛ばす。俺が休日出勤する日曜日に、お隣の主任の彼は上司とゴルフに行き、俺はパソコンの前で冷めたコーヒーをすすり机には資料が堆く積まれる。
「青酸カリをこっそり作業着に入れても、誰にもわからないよ」
お隣の第一工場の主任はいつも俺とすれ違いざまにそう囁く。そいつは白く輝く結晶で、ドラム缶の中に裸のまま眠っている。ただのドロップじゃないか、カラッポのネズミ捕りからアイツの声がしたとき、お昼のサイレンが鳴り弁当屋のおばちゃんが軽トラックで配達に来た。

「そうそう、第ニ工場の主任さん、こないだ川原でネズミを殺したでしょ?」
振り向きざまに、食堂に飾ってあった花瓶がスローモーションで割れる。
床に広がる水と、散らばるユリの白い花びら。
飛び散る黄色い花粉は拭いきれず、その中でおばちゃんは動かない。
何だ、今の音は!
昼休みで工場から帰って来た社員達がエイリアンの目で後ずさりする。
頭を抱えて床に倒れたおばちゃん、血の滲む白いユリ。体中の血が逆流する。
「俺じゃない!」と叫びながら外へ飛び出すと、飛び出た俺の前を一台の軽トラがクラクションを鳴らす。
「ありがとうございました〜!」と、さっきの弁当屋のおばちゃんが笑顔で走り去る。まさか・・・
食堂の入り口に戻ると、粉々に割れた花瓶も広がる水も、白く散らばったユリの花も花粉も、そのままだった。弁当屋のおばちゃんだけが、そこにいない。
掃除のパートのおばちゃんが床をモップで拭いてくれている。
ケガは無かったかね?黄色い花粉は、なかなか除かないねえ、と笑いながら。

次の日、人事異動の発表があった。お隣の主任は工場の次長になり、おめでとうの花束を受け取る。俺は明日から人事部の主任に異動、と掲示板に告示されていた。
帰り道に広い構内を自転車で周り、人事部の一番窓際の机を確かめると、今日で早期退職する人事部の主任が堆く積まれた彼の私物の本をダンボールに詰めていた。彼は四季の主任と呼ばれ、来る日も来る日も窓際で本を読み、春には窓の外の桜吹雪を眺め、夏には木陰で昼寝をして、秋には枯葉を集めて焚き火をし芋を焼いてみんなに食べさせた。冬には構内の雪かきを日がな一日、ひとりでただ、黙々と。
窓の外から彼と目が合い、俺は思わず会釈した。
彼は軽く微笑み、また荷物をまとめ始めた。

作業着のポケットの中の青酸カリは戻しておけよ、
檻の中から数え切れない数のネズ公が親切に忠告してくれる。
明日からネズミ捕りをするのは誰だろう?
俺は掲示板に告示されていた第ニ工場の新しい主任の名前を思い出そうとしていた。


漂流する箱

  右肩良久

 作業着の尻ポケットから小銭入れを取り出して、自販機でタバコを買おうとしていたら、視界の右側にゆっくりと何かが入ってきた。気にもとめなかったけれど、マイルドセブンの販売ボタンを押したときに、それがコツンとこめかみあたりに当たったんだな。蓋を被った黒い箱だった。やばいね、これ浮いちゃってるよ。面倒なことにならなきゃいいけど。僕は箱を睨みながら屈むと、自販機からタバコを取り出した。箱に手を触れようなんてもちろん思わない。得体が知れないからじゃなくて、箱の中には猫の死骸が入っているってことがなんとなくわかっていたからね。こういうの、関わらない方がいい。
 宙に浮く箱から目線をそらさずじりじりと数歩後ずさり、追いかけてこないことを確かめて前を向いたら、その後は早足で工場に戻った。それが午前十時半のこと。シフトの関係でちょっときつい時間帯だったから、係長の林さんに断って外に出させて貰っていたわけ。嫌なものを見た。正門の裏側でタバコ一本を半分くらい吸うと、安全靴で踏み消し、早々に仕事に戻った。
 暑い夏の日だった。薄曇り。風少々あり。昼休みに、コンビニで買った焼き鮭のおにぎりと、シーチキンマヨの手巻き寿司、ペットボトルのお茶が入ったレジ袋を下げて二階から屋上へ上った。あ、あとさっきのタバコも持ってね。給水タンクの影を選んで、手すりにもたれて坐った。割と涼しい。で、むしむしと噛んでお茶で飲み下していくわけよ、おにぎりと寿司の格好をしたものをさ。やれやれ。腹がふくれて眼を閉じてみた。この下の玄関の脇でプラタナスの大きな葉が、がさがさ鳴っているのが聞こえる。植わっている三本ぶんのね。黒い箱は今、その二本目の木の辺りを漂っている。張り出した一番下の枝のすぐ脇ぐらい。目をつむったまま僕はタバコを出してライターで火をつける。器用なもんだろ?煙が肺をぐるぐる回りはじめると、箱の下を近藤さんと筒見さんが通るのがわかる。こないだ経理の女子と合コンした男子四人のメンバーの中の二人だ。もう一人は高校の後輩の菊池。残った一人が僕だ。近藤さんたちは少しも箱に気づいていない。瞼の裏の光を曇らすように吹き出す煙の中で、僕が気になったのは、箱、臭うよ、って。少しだけど。べっとりして吐き気がするほど甘くて、酸っぱくて、鈍い刺激も含んだ、そんな臭いがするよって。気づかなければそれが一番いいんだけど。
 タバコがフィルターまで燃えてきたので、もみ消して目を開いた。グレーの雲の下を、またグレーの雲が流れ、太陽が輪郭もなく背後に染みついている。一旦立ち上がって、下に置いたゴミの入ったポリ袋を掴んだら、プラタナスの葉と同じようにがさがさと音がした。その音を聞いた途端、何かがわかった。僕には。
 四年も前のことだ。だからね、一体何がわかったのか、今はすっかり忘れてしまった。
 


赤い酒

  soft_machine



 (仮面ライダーに)


今日も日が昇ると家を出て
さっきまで怪人と戦っていたんだ
背中のジッパーつまんで下ろす
場末のバーで仮面を外す
嫌なことだってあらぁな
空気が背中に当たると
もうすぐ給金だから
ツケにしといてくれないかい
イエローローズオブテキサス
好きでポーズしている訳じゃねえ
こっちも色々大変さ
ともだちが
小学校一緒に通った友達が
借金抱えて行方不明になってよう
何を思ったか今じゃ黒タイツの一員さぁ
あのこうるさい下っ端
高校じゃ遠くまでバイク飛ばして
浅間レースの話になると
ついつい熱くなっちまう
語ったことばがお互い人間だった頃の
あの時のアイツにはまだあった
最後の夢になっちまってよう

どうしてこんなことになっちまったんだろうなぁ
何が正義で何が悪かなんて誰が決めてくれるんだ
いつもなら気にもかけない
末期の息が
語りきやがってよぅ
何となくマスクひっぺがしたら
元気かって
人相も変わってやがったから
最初分かんなかったんだぜえ
けれど唇の片っぽつって目尻ぐっと下げる
笑顔で思い出したんだ
これが飲まずにいられるかってんだ
トノサマバッタの脚力で
思いきり蹴り上げた下ッ腹がやぶれて腸が
はみ出た体支えながら言ったんだ
(俺は元気だぜ)
アイツはまたニヤリしてさぁ
(キィ)
幽かに呟いて逝っちまったよぉ
随分と会ってなかったけれど
決して忘れたことなんてなかったぜえ
だってずっと友達だったんだぁ今でも

ねぇ、マスター
人間と虫を行き来する定めってナンだろうなぁ
バッタ屋だって真面目に人生演じてるってのに
俺はいつでもはぐれ虫さぁ
赤をなくして
緑にされた血で見る景色は凄ぇ穏やかで
バッタ物と言われても複眼に映る空には
今も大陸の渉る風が吹いてるんだぜえ
悪人を退治したヒーローが近所の公園に寝ころんで
草を噛む時も気をつけながら
誰にも口の動きを見せないように背中丸める
あしたはきっと今日と似た一日だろうけど
だから全く違う一日とも言えるんだろうなぁ
早く梅雨が明けねぇかなぁ
朝イチからデパート屋上で営業だよ
それでもいつも空はでっかくて
ガソリンもすっかり高くなっちまったけれど
マスターは相変わらずパイプなんだねえ
オールドパルおごらせてくれねぇか
もう客もこねぇだろうし看板仕舞って
やっと人間に戻れたアイツのために
真っ赤に冷えた酒でも飲もうや


無題

  プラスねじ

書きだしをしくじる
消しゴムあとが黒ずんで
いちページ破けば
その切り口が主張して
ノートをごみ箱にたたき込む
わかってる/なにも書かないに越したことは
ないわ/あたしのためじゃなくてね
ところで、
バスの裏側ってどうなってるんだろう
とり返しがつかないくらい
錆びてたら良いのに
それに乗って
全米ナンバーワンの
泣ける映画を見に行きたいわ

おすもうさんに
正常位でやられる夢を見た
次の朝、
折れまがったノートに
氏名/生年月日/身長/体重/スリーサイズ
/メールアドレスを書いてみる
「おねがい
 きれいなかっこしてきてね
 かなしい映画が
 だいなしになっちゃやだから」
そのページを破りとって
外に飛びだして
あおむけになってるから
おもいっきり突っ込んできてよね


無題

  マキヤマ

 
都に
ハトがいて
うなじには虹色のすじが
走る

円をえがき
むこうへ
延びていくのか、

ハトが飛ぶ
一羽から、二羽へと
彩られ、
やわらかな
ものたち

燃えて
顔のないものたちの
傷口が

都に色濃く
のこる

花や
町並みの色たち
 


はらり (改)

  ともの

ずり落ちたキャミソールの、白い肩紐を直さない。
ナノの単位の動きさえ鬱陶しい今ならば、
砂利を食んでも眉さえ動かさずして、
泥水を飲んでも吐き出すことはないだろう。
生活時間の表層は、剥落する雲母片岩のようなもので、
行動様式という波状堆積は、はらり、はらりと落ちてゆく。

いなかの山、ひとり頂上を目指したことがあった。
高い木々に囲まれた細い道を、慣れない足取りで進んだ。
中腹に東屋を見つけて腰を掛ければ、
黒い大きな鳥が一羽、頭上を高く飛んでいった。
登りきった山頂には古墳の址があり、複製の埴輪が並ぶ。
そのひとつひとつを丹念に眺め、
戯れに蹴飛ばしてみるが割れはせず、
古代の人への冒涜が、疼痛となって撥ね返る。

この地における他人の不在がよろこびに思える。
大きな円筒形の埴輪に抱きつき、耳を当てて音を聞いた。
埴輪は黙っているばかりで、かわりに鳥が一声あげる。
覆うものは何もない山頂を、太陽がやわらかく炙っている。
拾い上げた石ころをひとつ放り捨てれば、
木の幹に当たり、その葉がはらり、はらりと落ちていった。

そのときわたしは、生への気概を持っておらず、
石棺の中の御仁に一緒に眠らせてくれと乞うたが、返事はなく、
埴輪の横に立ち続けたがそれもまた昼間の夢でしかなく、
あきらめて山を下った。
時に振り返り、山の木々を、山肌を見つめてみた。
ひとり歩く細い道の上で、みたび鳥が姿を見せ、声をあげた。
上滑りする人間の言葉ではない、動物の叫び。
黒い影が山道を、天から隠していた。

あの山の日は、いつのことだったか。
薄暗い部屋の片隅、壁にもたれてじっとしている。
カーテンの向こう、朝のひかりが薄く近づいている。
投げ出した両脚の剥げたペディキュア。
生への気概が、また今ここにない。
読み上げた字が声になって、耳底にまとわりつく。
くさったヘドロのように。

面倒さに目をつぶり、ペットボトルの水を飲む。
しばらく口に含み、おもむろに喉に通す。
飲み込んで首をゆすれば、前髪がはらり、はらりと落ちてくる。

掬い上げた時間がこぼれてゆく。
拾い上げた空間が転がってゆく。
掴めず。
封を切った封筒が、白い紙切れが床に横たわってこちらを見据えている。


夢をかなえる

  軽谷佑子

シャッターが風で鳴る
どうして
みていなかったの
いつも歩いていた

駅へ行って
夢をかなえる
高架をつくる
鉄骨のなかときおり
吐き出されるほのお頭が
のぞく

おおぜいの
一部になる温かい
まだいきているとりをくちに
ふくむ

シャッターが鳴る
したに吹きこむ風が奥の
ひとの気配をつれてくる
目のまえをとび交う
名を知らない

駅へおいで
壁を這う大きな
虫の背にふれるすこしも
恐くない という

文学極道

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