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菊西夕座 - 2012年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


荒浜

  菊西夕座

がさつな海が人気のない浜に重たげなローラーをかけている
寝静まった街の片隅でいびつな音を引きずりながら清掃車両がゆっくり道を渡るように
整然とした深みを果てしなくひろげながらもその足もとはかき乱されている
なぎ倒された松の防潮林が廃屋に至る小径を荒々しく塗りつぶしている
打ち砕かれた海岸堤防は数キロの距離を一枚の薄い塀となって切り立っている
堤防と防潮林の間を縫うように車輪の跡が長々と刻まれて固まっている
押し戻された漁具や靴や雑貨類の氾濫がいたるところで厚い砂に埋もれかけている
行き場もなく重なり合う星形の消波ブロックには群れを離れた渡り鳥の影

 
枯れた木立の残骸と流木とわずかな足跡がさびしそうに入り交じる
法線は太陽の沈む彼方まで荒涼とした汀に延びている
越境した辛い水は飛び地に貯留池をかまえて海の版図を広げている
家と仲間を失った家族が臨海線の手前に建てた慰霊碑に祈りを捧げにやって来る
かたわらを通り過ぎる雪まじりの風に波の乱れた息づかいがおしかぶさる
空疎な痛みは重くはかなげに灰色の砂へと足を沈ませた
いまだ乱れを均すことができない浜で海が重たげにローラーをかけている
だれかを探しつづける足跡を辿りながらだれもいない荒地に親しみを寄せていた


つまはじきの円環

  菊西夕座

おとぎの國からかえって来ると、子どもじみた妻の妹が爪切りに缶詰を咬ませている。
円く平べったい銀色の頭頂をきつく脇に抱え込んでねめつけながら
妻がスピンして命を失った第4コーナーあたりのごく浅い溝を咬ませている。
あのとき妻の血はその溝をサークリングして円筒最上面の周縁部を一着で彩った。

派手に振られたゴールフラッグは奇しくも白と黒の市松模様で葬儀にぴったりだった。
缶詰の頭頂部から吹き飛ばされても律儀な回転をやめることなく空に飛んだ妻は、
みっともなく逆走して周回から回収に至るコースをとることもなく未だ還ってこない。
破れたレースのカーテンが窓辺で揺れるたびに妻のレースが呼び込んだ生活費のことを想う。

優勝トロフィーとして贈られた銀色の缶詰を妻の代わりに抱えて俺たちは帰宅した。
骨がないので骨壺の代わりにその缶詰を仏壇にすえて線香をあげることが日課になった。
線香の煙が銀色にすましかえる平べったい頭頂の円周に沿ってゆるやかにたなびくとき、
俺たちは軽く一礼してからレースの開始を告げる椀状の鈴を鳴らして目を瞑り合掌する。

深く祈りを捧げると、俺の前にはおとぎの國が靄をまといながら朧気な輪郭を現してくる。
それは水も涸れ涸れの赤茶けた小川にはまりこんでいる突っ伏したドラム缶のようだった。
蓋はなく、円形の口をだらしなく広げ、筒状になった内奥へとひと筋の汚泥を敷き入れていた。
両岸を覆いつくす丈の長い葦の群れが、ドラム缶の方へと全身で手招きするらしく一様に揺れ動く。

そうやって合掌しながら船をこいでいた俺が目をあけると、缶詰の蓋が掌をみせるようにパッカリと開く。
中からまっすぐな太い煙を思わせる十本のやや透きとおる白い爪がいっせいに迫り上がってくる。
あのときハンドルを切り損ねたのは、俺がまともに妻のことを見てやれていなかったからだろう。
運転にさしつかえるほど長く伸ばしていた爪は、ほったらかしにされた「妻」を示唆する暗喩だったのだ。

おとぎの國からかえってくると、なにも知らない妻の妹が爪切りに缶詰を咬ませている。
姉さんが夢の中で爪をかんで悔し涙をながしていたからと義理の妹も泣いている。
その涙が脇に抱え込んだ缶詰の頭頂を縁取る溝に落ちて銀色に輝きながらゆるやかにサークリングしはじめる。
俺はその終わりなきレースにすっぽり頭がはさまって、未だ缶の中身を詰め切れないでいた。


手向けられなかった花

  菊西夕座

過ぎし階段には
弓なりの
くたびれはてた薔薇
折れ曲がる
矢のような
かぼそい一輪
しおれた
赤黒い花びらの
内側にくるむ
瀕死の雨の匂い
鞭をうたれ
水気で重くなった
黒ずむ静脈と
おなじ色の茎
固く短い棘が
弧の先にこわばり
階上へと向き合う
彗星が窓ごしに
光のキスを投げるとき
薔薇は足に踏まれ
盗人の泥を宿す
咲き栄えた庭の
群れなす思いでが
泥のなかに流れ
届きあぐねた天上の
木星のぬくもりを
踏み板に見出し
花びらの下顎呼吸で
雨が残した一滴を
深くしみこませる
雲がわだかまりをとき
半月は高くのぼり
薔薇の影はのびて
階段を駆けあがり
眠る恋人の待つ
とこしえの夜を包む


WIFE

  菊西夕座

大漁の釣りからかえってくると
妻が竿を3本くわえ込んだまま
「おハイり」とうれしそうにいう
「ただいま」と返せるはずもなく
まっ青になって立ちつくしていた

棒立ちになった夫にむかって
くぐもる声で「おハイり」となおもいう
その口にまっサオが入れる隙はもうない
地上に釣り上げられた魚のように
ぴくぴく震える唇を干からびさせていた

痴情にめざめたお盛んな妻は
縛らせた両足を潮でぬらしながら
一糸まとわぬ下半身をひらめかせ
人魚が踊るしょっぱい海面よろしく
シー(SEA)カップの乳房を波うたせている

その胸にはなんどか突っ伏したことがある
大量の悲しみを受け止めた大皿の胸
傷口からあふれる痛みを吸い尽くす海綿体
顔を上げればほほえむ瞳が視界を照らし
どんな不幸にも沈まない太陽に見えた

だれにもその秘所は隠されていなかった
すべての穴場が大公開されていた
垂れた竿なら猥婦(WIFE)が夢中でしごいてくれる
夫がひきつりまっ青になるころには
糸引く竿が彼女の口から水揚げされた

目くじらを立ててみても涙がこぼれてくる
やはりクジラには塩水が必要なんだろうか
とめどなく流れて集まる涙を見ていると
目クジラがやるせなく水底へと沈んでいった
意気地のない眼差しがこちらを見返している

不漁の海から顔をあげると
妻が舌で3本の糸をまきとりながら
「おカワり」と噴水泉をおしひらく
「ただいま」とすがるように飛びついて
この雌クジラだけは逃がすまいと突っ伏した


滅そうもない

  菊西夕座

「お客様、閉店でございます」
―俺様がお客様に見えるか
「俺様、閉店でございます」
―俺様は俺様でも俺様と呼べるのは俺様だけなんだよ
「お気の毒さまです」
―なに言ってんだよ
「孤独、なのかなと思いまして」
―孤独イコール気の毒ということは同じドクなのか
「字がちがいます」
―俺様もちがうんだよ
「折れ様でしょうか?」
―骨、折られてぇかてめえ
「閉店ですので『居れ』とはいえないですし」
―居座る気はねえよ
「イスは悪くなくても席は立って頂かないと・・・」
―イスは確かに悪くねぇな
「スイス製のイスです」
―2つもイスはいらねえよ
「それひとつだけです」
―じゃ『ス椅子』にしとけや
「イスラエル製のイスもあります」
―イスもラエルイスもあるってか
「もらえません」
―買ったんだろが
「買いました」
―金だしたんだろが
「出しました」
―俺様にもだせよ
「逆です」
―なにが逆だ
「お勘定がまだです」
―俺様を何様だと思ってるんだ
「逆さまでしょうか」
―ピンポーン
「ラストオーダーは終わりました」
―注文の合図じゃねぇ
「なんの合図でしょうか」
―正解の合図だよ
「なにか当たりましたか」
―俺様は逆さまなんだよ
「客でなく逆ということでしょうか」
―貴様が俺様の客なんだよ
「これはなにかのギャグでしょうか」
―客だよ
「特に注文はありませんが」
―さっき注文しただろうが
「閉店のご挨拶の件でしょうか」
―当店のご閉店の件だよ
「当店は来来軒です」
―名前なんか知るか
「来来とは来い来いという意味です」
―来てやったよ
「残念ですが閉店の時間です」
―客じゃねんだよ
「逆でしょうか」
―そうだ
「逆様、閉店の時間です」
―逆さまだろうが
「閉店の時間です、逆様」
―倒置じゃねえんだよ
「すでんかじのんていへ、まさかさ」
―なに言ってんだ
「どなた様も閉店でございます」
―貴様が出ていけや
「後始末がございますので」
―金の始末はつけたるわい
「めっそうもない」
―滅するに決まってるだろ
「というと」
―まだわかんねえのか
「とんと」
―とんとでなく盗っとだよ
「盗人は昨日3人入りました」
―バイトみてぇに雇ったか
「雇ったではなく盗ったのです」
―なにを盗った
「店の売り上げです」
―それでどうなった
「零零軒と揶揄されました」
―俺様は遅かったってわけか
「店じまいです」
―逆さまもいいところだ
「署までご同行願えますか」
―何様だ貴様
「いかさまです」
―なんだそりゃ
「囮捜査です」
―てめえサツか
「貴様がサツです」
―となると俺様はまた・・・
「逆さまさ」
―貴様、俺様を返せ
「貴様は貴様でも貴様と呼べるのは貴様だけなんだよ」
―偽物め
「ピンポーン」
―いますぐ俺様を返せ
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
―帰る
「毎度ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
―自作自演はやめてくれないか?
「めっそうもない」
―滅しろ悪魔め
「貴様が悪魔です」
―となると俺様はまた・・・
「逆さまです」
―俺様が逆さまに見えるか
「お気の毒さまです」
(以下、延々とつづく)


電入操作官

  菊西夕座

ケータイ潜入操作官、略してケー官が、いきなりケーッと吹き出した。正面から自分を撮ろうとした矢先のことだった。吹き出した拍子に、ケー官の声があたしの額にモロに突き刺さった。硬い骨片のような声だった。ケー官は、あたしがカメラを向けたとき、メダリスト気分で自分の銀バッジ(正確には、バッジの尻のところだから、バッ尻、噛みつかれたバッジにとっては、とんだとバッチリ、なんちゃって)にかじりついてみせたから、おそらくケーッと吹き出した拍子に、噛み砕かれたバッジの欠片が一緒に吹き飛んだのだろう。あたしは自分にカメラを向けたのに、なんでアイツがポーズをとるんだ? しかも得意げにバッジなんか咥えて? アンテナが7本(通話GO=II+0[輪]+五=7、これがあたしたちの秘密の合図、どう? やかましい?)立っていることを確認してから、この件について、ケー官に電話してみた。すると彼はこう言った。「瞳の蛍が君の光」。

瞳のケーがあたしの光・・・・・・。
あたしは夜通しかけて読了した本を閉じるように、ケータイを静かに折りたたんだ。唇からはかすかに満腹後のようなため息が漏れていた。折りたたんだケータイを綿ジャケットの内ポケットにしまった。そうして、ケー官が潜入に成功したというきらびやかな双眸を閉じた。もう逃がさないぞと誓った。もう一生、『彼』を逃がすもんかと固く決意した。胸が、ふるえている。ヴァイブレーションだ。マナーモードで揺さぶりをかけてくるなんて、感激するほど紳士的。胸のふるえがいっこうに止まらない。官能的な着心音。たっ、たまらないわっ! あたしは内ポケットに手を突っ込んで、『彼』を取り出す。うれしさで身震いしつづける『彼』を両手でつまんで、股間を広げるように、観音開きでウヤウヤしく歓迎する。瞳のほうはまだ閉じたままだ。この幸せな瞬間を写メに残そうと思う。その想いを悟ったかのように、指先の震えがピタリと鎮まる。以心電信。さすがはケータイ操作官。手探りで通信端末をカメラモードに設定する。厳かに内蔵された『彼』を正面に据えて、目蓋を上げる。『彼』が銀バッジの端を咬んでにんまりしている光景が脳裏に浮かぶ。こんどこそ、確実にシャッターを切らなケーッと音がした。シャッター音よりも早く、ケー官が吹き出した。またしても、早撃ちだ。硬い骨のような声がほてった額を突き抜ける。なんでアイツはあたしと正対する途端に吹き出すんだろう? あたしの顔面がそんなにバカみたいにマズイのだろうか? 苛立ちながらじれったく指を動かしてこの一件をケー官に電話してみた。相手はすでに潜入操作を開始したらしく、電話に出ない。代わりに出たのは、あたしの執刀医、オペレーションドクターだった。ドクはこう言った。「今日こそは君の頭にめりこんだ異物を取り除こうじゃないか」

通話接続バッチGOO。バッジGOO? どうやら潜入に成功したらしい。
『彼』はいつかきっと、真のオペレーターが何者かを証明するだろう。


それがすべてじゃないさ。

  菊西夕座


鷺山動物公園のてっぺんに「ゴリラ」と銘うたれた檻がある
(空には星屑、ニヒリスター。)
外縁に堀をめぐらせ灌木を張り渡し数本の石柱を突きたてて芝を植えた箱庭の
(地には砕石、ニヒリストーン。)
野ざらしにされた角切りのコンクリートボックス内をのぞきこめば
自販機サイズのでくの坊が黒い毛むくじゃらで気だるくうずくまっている
(無言の宝石、ニヒリストパーズ。)
ロケットランチャーのような肥大化した腕をはちきれそうにもてあまし
ぶっとくいかつい短足を 片いっぽうは投げ出して もういっぽうを抱え込み
俺にいわせりゃ――「ゴリラ」だ?「檻ラ」だ。――「野獣」だ?「隷獣」だ。

階段を上って爬虫類館のまえにせり出す手狭なバルコンが雌「檻ラ」の観覧席
(夜空にまたたくニヒリスター。)
視界の中途にかかる蜘蛛の巣さえ気にしなければ絶好のビューポイントだった
(地には転がるニヒリストーン。)
まるで狙撃手にでもされたようなうしろめたい気持ちが兆すのを見逃すならば

「檻ラ」はガラス張りの電話ボックスにホモサピエンスが収まるすがたを連想させた
といってもそのボックスは横倒しにされ彼女は壁にもたれ片ひざを抱えこんでいる
手にもつのは緑色の受話器ではなく『藁にもすがる想い』の小さな藁くずだった
藁くずをピチャピチャ舐めながら彼女が通話している相手は上の空だろう
(たゆまぬ煌めきニヒリストパーズ。)

うつろな目が蜘蛛の巣越しにもうお前を見飽きたという単調なシグナルを投げかけてくる
(彼女と見合いしたのはこれが初めてなのに一瞥で俺を見限ったのか)
「檻ラ」の重く沈めた土手っ腹は爆弾を巻く殉教者のように悲壮さを帯びて硬くふくれあがっている
(首に巻きつくニヒリストール。)
箱庭に入るかわりに彼女が観衆からとりあげたのはゴリラそのものではなかったか?
(足を滑らすニヒルスロープ。)
あるいは「ゴリラ」という名の檻に入ることさえ彼女は拒絶しているのかもしれない
だからこそ檻の中に置かれた冷たいコンクリートの箱で二重に囚われてみせるのか?

ならばその腹が爆裂し「ゴリラ」という名の檻を高々と粉砕する日を夢見よう
(空にこぼれるニヒリスター。)
爆風は箱庭に張り渡された太い灌木を裂き石柱をなぎ倒し水のない堀をのり越えるだろう
(地には飛びちるニヒリストーン。)
強化ガラスを打ち砕き厚い胸をいからせバルコンに躍り上がり狙撃手をひねり潰すだろう
もう手の届かないところに消え失せた恋人の声を待って永遠に受話器をもちつづけ
その受話器をマイクロフォンに代えて美しい歌を痛切にうたう道化師もひねり潰すだろう
得意げに山を下りた人間はそのときまで野生の真性を「ゴリラ」で騙りつづけるにちがいない
(黙せる宝石、ニヒリストパーズ。)

「もしもし、あなたはもう安らかな天上に羽をのばして暮らしておりますか?」
「おかけになった電話番号は現在つかわれておりません」
胸をたたいて閉じこめた思い出をいっせいに呼び起こしてもあなたの声は響かない
いつまでこうして期待に輪をかけていれば途切れた糸がもういちど結ばれるのだろうか
荒れた湿地でいたずらにのびる瓶子草のような影をひきずったまま同じ世界をのぞき続け
ふたたび振り向く姿を射とめるためにあなたが視界をよぎる日を待ちこがれている
(ニヒリスター・・・ニヒリストーン・・・ニヒリストパーズ。)
鷺山動物公園のてっぺんに「我ら」と銘うたれた檻がある

文学極道

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