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yuko - 2011年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


着床痛

  yuko

とても遠い丘で
横たわったわたしは
したばらに針を刺し
水を抜いていきます
草原の羊たちの
やわらかい角は
生まれたての
うつくしいままでしょう
まだ生まれていないあなたのために
月かげさやく

目をとじ
耳をすませると
羊飼いの笛が
辺りを
振るわせるのがわかります
そして星ぼしが
ささやく宙のしたで
生んだはしから忘れてしまう
ことばの
えいえんを抜き差しする
指先にかびが生えて

幼子は
いつだってかんたんに負けてしまうことを
そしてわたしたち、
ほとんどがみずで
それがなければ生きてはいけないのだと
知っていました
から
だれか
足を(角を)
折ってください

まなざすとぶよぶよと
揺れる天球は
粛粛とまぶたを落とし
熱を帯びた
わたしのからだは
溢れんばかりの
水を抱いた草原です
すべてのきざはしに
耳を空向けながら
よわい角が脱皮して
赤い伽藍を
破る

日が
昇るその前に
笛の音とともに去ってゆく
羊飼いはさようです
わたしはここで
手を振り
すべての海が
今ここに
集う
遠心される
呼び声を軸索にして
まだ生まれていないあなたと
わたしだけが残る
頬をみずが伝う


春と双子

  yuko

雪解け
の真みずを飲みほす母は
耳もとに咲いた
花をついばむ嘴で
ちいさな足に
生年月日を刻印する

とんとんと、
角灯を倒していく
降り立った
ベランダで冷たくなった
少女たち
網膜の欠損した
わたしたちの眸

閉ざされた境界に
集約された嘔吐の
王国
ごくごくとのどを鳴らして
雪がれていく
残照
わたしたちは、
花の名前を知らないまま

春が来ます
しあわせの羽を落として


どこにも行かないと答えた

  yuko

あなたの暗がりから流れ出した
川が
ひたひたと
部屋を出て広がっていく
酸素呼吸をつづける
さかなたちの鰓が
開いた
やわらかさを知らないままに

まなざしと真みずの
接合面
に、ふれて。
聞こえてくる芽吹きの音を
吸い上げるまるい
おなか
(こぼれる、
撫でていく手のひらの
数をわたしだけ覚えている

排水溝から溢れだした
ひかりを
瞼ごと捨ててしまって
ベランダでたばこをすう
たなびく粒子たちに
手首の青みをあげる
真夜中の台所
包丁の刃線に
感光するフィルム
露出度をあげた
のは、
(わたしではない、)
わたしで。
気がつけば
足の爪さえひとりで切れない

アイラインを細く引いて
まなざしから生まれてくる
はだは鱗に覆われていて
どこにも行かないと答えた
春を踏んで歩いていく
ここは一面みどりです
あなたの
水脈を吸って


ギロチン

  yuko

ここはとても静かで
足先をつたが這う
ふいに
吹く風に
あなたの
くるぶしが露わになり
血管が脈打つ
その
とき、


にならない文字が
空間を壊して
耳元に咲く花に
口吻を差し入れた虫たち
風にこぼれていくスカート
せわしない羽音と
振動が重なり合って、
速まっていく
予感、

ひかりを、
反射する水面は
氷壁に覆われていく
ざくざくと
歩いては
爆弾を埋めた
足に
絡まりあうつたのような


からだじゅうを
流れていく冷たい
血液
が泡立って
わたしは
地平線よりも低い
眠りにつく


などしないのだ
よ、きみ
に弾け飛ばされた眼球が
ぐるりとあたりを見回し
て、
いる(切れた血管と
はだかの真昼
)壊れて、
倍音の夢をみる
夜明け


もげた両足を
結わえ
きっと誰も悪くないのだと
死ぬ
ごとにわたしの
水位が下がり
あなたには
もう瞼すらなくて
なにもかもが明るい、
夜を、
待ち望んでいる

ここはとても静かで
足先をつたが這う
あなたの
スカートをまくりあげた、
爆風
を、掴んで
飛んでいく虫たちは
きっと
春の身振りで
氷壁を溶かす
艶やかな髪先を落としていく


旅路

  yuko

予め
蕾は刈り取られていた

頭上を
越えていった
鳥の名前を知らない、
車輪のあとに立ち尽くす
わたしの肩を抱いて
そっと
目を伏せたあなたの

手と、
手を
重ねると
波の音がするね
ほら、
あなたのうなじから
流れ出した川が
ゆるやかに大陸を二分していく

わたしを
蝕んでいったものたちを
みんな同じだけゆるしたい、
いつわりの
切符を切る
たび
サファイアの花に
指先がきれてしまうけれど、

真夜中の台所で
針を刺し
縫いつけた子宮で
夜明けに
開く花を捨てた
先は
果てのない海で、
わたしは
人間の
空どうに根を
はり
空をおよぐさかなでした、

足元の
泥が
やわらかく
あたたかく
湯気のなかをほどけていく
わたしたちの瞼に
そっと
ひかりが落ちる

蕾を
刈り取る指先の
止まる
たび
おかあさん、
それでいいのだと
扉をあけるしぐさで
何度でも呼びかけたい

耳元の窪みに
ぴたり
張りついた
水脈はゆたかで
初夏のみどりが
またたいて
揺れる
遠い夏がかおる、


風切羽

  yuko

そう、散らかった部屋。僕の体重に沈むクッション。回転する夜の底から、聞こえてくる羽ばたきの音。反響するサイレンと、赤い光に祀られた地球儀。骨の浮きそうな、肩。世界をデッサンする指先が、背中に子午線を引いて。ねえきみ?こんな夜に生まれてくる、僕の半身。

暗がりで数を数えているだれかの指が、絶えまなく折られ、開かれ、瞳の奥底を流れていく赤い河が擦り切れたフィルムを焼いた。記憶され、失われ続ける思考が、自らの尾羽を引き抜いていく。川面には、数えられるものだけが浮かび上がって見える。湿った堤防をずり落ちていく足跡。あらゆる名前と、その内包する断層が、象徴を結実していく夜。ベランダで星を弾いて遊ぶ、足元が見えない。

暗闇に溶け込んだグラス。机の上に投げ出されたコンパス。地図上を広げられ痛む羽は、僕のものではない。彼のものでもない。腱と紐が断たれ、崩れていく線形。はずされた意味のくびき。

計量線が揺れて。増殖していく、影に境目はなく、一人ではない、二人でもない、細胞のかたまり。動的な平衡に抱かれ、柔かな心臓を握り潰した、両親は雪像になっていく。触れた指先の熱い、溶けだした水を飲み込むこれは、僕か。流れる体液の甘みは、誰のものだったか。名前が僕たちを裁断して、排泄された永遠。雹が窓を叩く、その音が神経を焼き切っていく。だれでもいいからはやく!僕たちの名を呼んで?ください!

暗がりで数を数えているだれかの指が、絶えまなく折られ、開かれ、回り続ける映写機はだくだくと流れていく。焦点が浅い写真と、欠損した完成図。粉々になったガラス。冷えた惑星の記憶を、辿る指先。地図に方角は記されておらず、これは僕か、君か、人間のレプリカがふたつ、涙を模して並んでいる、窓辺。飛び立つものだけが生きている。

羽ばたきの影が裂けて!さかしまの傷口を、象った護岸。質量だけ窪んだ部屋に、流れこむ密度。点滅する血飛沫の音。両腕を重ね、その骨を折り、朝が来るたび祈りの形を真似た。冷たい対称から、たなびく甘い煙。鬣の白い馬が、音もなく翔け上がっていく。雪解けを待たずに産まれ、死んでいった、僕。


Detritus

  yuko

帰り道を失くした
舳先が
おびき出される
夕暮れに
糖蜜色に光る髪
ひとさじの嘘を垂らして
とろとろと
煮詰められた瞼

擦り切れた文字を
めくる指先
かつて、
翼のない鳥たちが
打ち上げられた浜辺を
洗いあげるために
花は捨てられる

足首に
浮かび上がる痣の
かたちを
地図と呼んで
折りたたまれた襞の
ひとつひとつを
ほどいては
やわらかなたましいの
所在を探した

韻を踏み
しだく足元に
揺れたくさり
沈められた心臓を
覗きこむ
舟上で
喉元を引っ掻いていく
やさしい風に
胸がすく

水面に
閉じ込められたひかりで、
反射された夜、
岩上から
飛び去った白い鳥たちの
長い長い尾羽が
波間に消えていく、
紅い花弁の
ひとひらひとひらを
数えては千切って、
折り重なった
死骸が
海岸線を滅ぼしていく


波打ち際を
歩いていく影を
踏んだ
なにもかもを愛したかった
海底に沈む
錨の夢
死んだ秘密を孕んで
涙の
透明度が失われていく

文学極道

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