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2011年09月分

月間優良作品 (投稿日時順)

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


PASTICHE。

  田中宏輔



 Opus Primum


鳥籠に春が、春が鳥のゐない鳥籠に。
(三好達治『Enfance finie』)


I. 初めに鳥籠があった。

II. 鳥籠は「鳥あれ」と言った。すると、鳥があった。

III. 鳥籠はうっとりとこの鳥を眺めた。

IV. 鳥はうち砕かれた花のような笑みを浮かべていた。

V. 鳥籠から生まれる鳥は日が短く、悩みに満ちている。

Vl. 鳥はその日のうちに出かけて行って、大型活字の新約聖書を買って来て読み出した。

VII. しかし、神を信ずることは──神の愛を信じることはとうてい鳥にはできなかった。

VIII. すると、ある朝、鳥はこつぜんと姿を消してしまった。

IX. 鳥籠には、何ひとつ残っていなかった。

X. 鳥が鳥籠のことを忘れても、鳥籠は鳥のことを忘れない。

XI. 鳥籠はすっかり関節がはずれてしまった。

XII. かわいそうに、鳥籠は、きょうの午後、死んじゃいました。




 Opus Secundum


鳥籠が小鳥を探しに出かけた
(カフカ『罪、苦悩、希望、真実の道についての考察』一六、飛鷹 節訳)


I. いまや、鳥籠は、自分自身のもとへ帰って来た。

II. 世界は割れていた。鳥籠は探していた。

III. 鳥籠は鳥籠のなかを、ぐるぐる探し廻る。

IV. 鳥籠は奇妙にもあの童話のぶきみな人物にも似て、目をぐるぐるまわして自分自身を
 眺めることができる。

V. しかし、鳥はいっかな姿を現わそうとはしなかった。

VI. 聞こえるのは、鳥籠の心臓の鼓動ばかりだった。

VII. 鳥籠は鳥籠のなかを、ぐるぐるともっと強烈に探し廻る。

VIII. 突然、鳥籠のなかに無限の青空が見えてくる。

IX. 鳥が見える。そして、鳥しか見えない。

X. 鳥籠はどこにいるのか。

XI. 鳥籠の鳥は、実は鳥籠自身だった。

XII. 鳥は籠のない鳥籠である。




 Opus Tertium


吊り下げられた容積のない鳥籠
(高橋新吉『十姉妹』)


I. 鳥籠は、ひたすら鳥の表象として、鳥に向かい合って存在している。

II. ということは、かりにそのたった一つの生物が消滅でもすれば、表象としての鳥籠もまた
 同時に消滅するということなのだ。

III. 鳥が空想的になる場合にも、鳥籠はやはり同様に漸次希薄になる。

IV. 鳥籠は、何よりもまず、鳥の意識的認識の反響である。

V. その鳥籠は、しばらく宙に浮いていた。

VI. イエスの心というのが、その鳥籠の名前であった。

VII. この鳥籠は、あまり鳥の鳥籠にはならない。

VIII. 鳥は未練なく、その場を離れた。

IX. 鳥が鳥籠から出たとき、雨が少し降っていた。

X. 鳥籠の胸の奥に、死んだ鳥と眠っている鳥とがひそんでいた。

XI. 鳥籠をつくったのは、鳥である。

XII. 鳥はふと、鳥籠に置き忘れて来た自分の姿を振り返ることがあった。








References


Opus Primum


I. 初めに言があった。
(ヨハネによる福音書一・一)

II. 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
(創世記一・三)

III. 僕はうっとりとこの都市を眺めた。
(福永武彦『未来都市』)

IV. 妻はうち砕かれた花のような笑みを浮かべていた。
(原 民喜『秋日記』)

V. 女から生れる人は/日が短く、悩みに満ちている。
(ヨブ記一四・一)

Vl. 彼はその日のうちに出かけていって、大型活字の新約聖書を買ってきて、読みだした。
(トルストイ『愛あるところに神もいる』北垣信行訳)

VII. しかし、神を信ずることは──神の愛を信じることはとうてい彼にはできなかった。
(芥川龍之介『或阿呆の一生』五十・俘)

VIII. するとある朝、彼はこつぜんと姿を消してしまった。
(ラーゲルクヴィスト『バラバ』尾崎 義訳)

IX. 村には何ひとつ残っていなかった
(セリーヌ『夜の果ての旅』生田耕作訳)

X. 鳥が罠のことを忘れても、罠は鳥のことを忘れない。
(マダガスカルのことわざ『ラルース世界ことわざ名言辞典』)

XI. 世の中はすっかり関節がはずれてしまった。
(シェイクスピア『ハムレット』第一幕・第五場、大山俊一訳)

XII. かわいそうにバンベリーは、きょうの午後、死んじゃいました。
(ワイルド『まじめが肝心』西村孝次訳)



Opus Secundum


I. いまやわれわれは自分自身のもとへ帰って来た。
(ルソー『エミール』第三編、平岡 昇訳)

II. 世界は割れていた。僕は探していた。
(原 民喜『鎮魂歌』)

III. 僕は僕のなかをぐるぐる探し廻る。
(原 民喜『鎮魂歌』)

IV. 天才は奇妙にもあの童話のぶきみな人物にも似て、目をぐるぐるまわして自分自身を
 眺めることができる
(ニーチェ『悲劇の誕生』秋山英夫訳)

V. しかしきみはいっかな姿を現わそうとはしなかった。
(ギュンター・グラス『猫と鼠』高本研一訳)

VI. 聞えるのは自分の心臓の鼓動ばかりだった。
(シュトルム『みずうみ』高橋義孝訳)

VII. 僕は僕のなかをぐるぐるともっと強烈に探し廻る。
(原 民喜『鎮魂歌』)

VIII. 突然、僕のなかに無限の青空が見えてくる。
(原 民喜『鎮魂歌』)

IX. 空が見える。そして空しか見えない。
(カミュ『異邦人』窪田啓作訳)

X. あなたはどこにいるのか。
(創世記三・九)

XI. 大工のヨセフは実はマリア自身だった。
(芥川龍之介『西方の人』4・ヨセフ)

XII. 彼は知恵のない子である。
(ホセア書一三・一三)



Opus Tertium


I. 世界はひたすらわたしの表象としてわたしに向かい合って存在している。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第二巻・第十八節、西尾幹二訳)

II. ということは、かりにそのたった一つの生物が消滅でもすれば、表象としての世界もまた
 同時に消滅するということなのだ。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第一巻・第二節、西尾幹二訳)

III. 意志が空想的になる場合にも、自己はやはり同様に漸次希薄になる。
(キェルケゴール『死に至る病』第一編・三・A・a・5・α、斎藤信治訳)

IV. エウリピデスは、何よりもまず彼の意識的認識の反響である。
(ニーチェ『悲劇の誕生』秋山英夫訳)

V. その言葉はしばらく宙に浮いていた。
(ギュンター・グラス『猫と鼠』高本研一訳)

VI. イエスの心というのがその教会の名前であった。
(ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』第I部、高本研一訳)

VII. この偏見はあまり文学の助けにはならない。
(ロジェ・カイヨワ『文学の思い上り』II・第一部・第九章、桑原武夫・塚崎幹夫訳)

VIII. 僕は未練なくその場を離れた。
(セリーヌ『夜の果ての旅』生田耕作訳)

IX. 彼らが劇場から出たとき、雨が少し降っていた。
(カフカ『審判』断章(断片)、原田義人訳)

X. その胸の奥に、死んだ妻と眠っている子供とがひそんでいた。
(ウラジミール・ナボコフ『ベンドシニスター』加藤光也訳)

XI. 作品を作ったのは人間である。
(ロジェ・カイヨワ『文学の思い上り』II・第三部・第二一章、桑原武夫・塚崎幹夫訳)

XII. 彼はふと、家に置き忘れて来た自分の姿を振返ることがあった。
(原 民喜『冬日記』)


休日のすごしかた

  泉ムジ

 東京の雨には
 どくぶつがまじっているから
 と、母は、

 どの窓から、こぼれているのか、ピアノ。いけない、また眠っていた。生け垣に、から咳。蝶を飲みこんだに違いない。信号が変わる。ペダルを踏む、しろいスカートのひるがえり。よぎる。かけ足で、横断歩道を渡れ。雨が来るぞ。奥歯に挟まる触角が、もどかしく、みじかい舌でとれない。あじさいにふかく埋もれる、しろい点を追うと、あたりが、和音につつまれる。のどを摘んで、から咳。横断歩道の白に落ちたのは、間違いなく、羽だ。ひときわ高く、ピアノ。ね、どこから。クラクション。いけない、また眠って。かけ足で、雨だ、どくぶつまじりの雨だ。でこぼこの口蓋に痛いくらいはりつく夏。

 そのうちね
 仕事もあるから
 と、こたえて、帰るつもりはない。


でたらめ

  泉ムジ

 猫のにゃん太郎は鳴いた。不愉快である、と。ひっきりなしにベランダに降りこむ雨に、
ではない。彼は、ひなたぼっこなどというお遊戯に興味がない。彼のもっぱらの楽しみは
のぞきである。向かいのアパートでは、最近越してきたばかりの若い男が一心不乱にポエ
ムを書いていて、それがまったく気に入らないのだった。前に住んでいた女はよかった。
昼間は仕事でほとんどいなかったが、夜は一人暮らしの孤独を慰めようと必死になって、
安いワインに溺れてみたり、だれかれ構わず電話をかけてみたり、時には名前も知らない
男を引きずりこんでみたり、あげくの果てには風呂場で手首を切ってみたり。それでも、
次の朝になれば平気な顔で仕事に出かけた。のぞく楽しみに満ちあふれていた。ところが
今のヤツときたらどうしようもない。邪魔っけだったレースのカーテンがなくなったのは
いいが、何の起伏もなく馬鹿みたいなスピードでポエムを書き続けている。ただそれだけ
である。いや、ポエムかどうかはわからないが、どうせ気づかれまいと、いちど近くまで
忍びよってみたら、でたらめを書きつけているだけだったので、こんなものはおそらくポ
エムに違いないと判断したのだった。しかしこの男、飯も食わずに眠りもせず、トイレに
立つことさえせずに、朝から晩までもう3日間こんな生活を続けている。不思議と言えば
不思議だ。こっちだって限界すれすれまで生理的欲求を抑制して、ほとんど看守のような
気分で見張っているし、まさかそれに気づいてこっそり済ますことなどできるはずがない。
そこまで考えて、彼ははたと気づいた。そして顔をゆがめ、鳴いた。不愉快である、と。
途端に降りしきる雨が雨でなくなり、みにくい文字列となって、次第に消滅していった。
あわてて彼がベランダから跳躍すると、間一髪でベランダがラベンダーにならび変わり、
落ちついた芳香を漂わせながら消滅していった。空中を落下しながら、彼は鳴いていた。
私はにゃん太郎である。どうかイメージして欲しい。一点の曇りもないつややかな黒毛、
サファイアのように冷徹に透きとおる青い瞳、かたくぴんと尖った元気いっぱいの短い耳、
それと対照をなす、やわらかく気品のある長い尻尾。こんなでたらめは許せない。にゃあ。
男はポエムを書き終えた。息を詰まらせながら伸びをすれば、もう3日くらい書き続けて
いたような気がした。無精ひげをさする手のひらが心地いい。いつの間にか雨はすっかり
止んでおり、今年の梅雨はもう明けてしまったかねえ、などと凡庸な感慨をつぶやきつつ
窓を開けると、猫が飛びこんできた。うわあ、なんだ、かわいい黒猫じゃないか。よし、
お前は今日からにゃん太郎だ。にゃん太郎、何か食べるか。愉快きわまりないという顔で、
男は笑った。にゃん太郎と名付けられた黒猫は、目を細め、ごろごろとのどを鳴らした。


(無題)

  debaser


その浴槽で母親と父親が半身を交換する夕日のまぶしい午後だった
近所に住む妊婦は世界初の信号無視小説を書いた
ぼくはなんてこともないあだ名でも受け入れるつもりだったし
教室から姿を消したものを追いかけるつもりもなかった
ただ消されたものがやせっぽっちなので
いなくなった二人目が帰ってくるのを待っている


リビングでは母親が体操着の代わりに洗濯するものを探しながら
はだかでふるえる夏は一方的に終わろうとしている
まだはっきりとはしないが父親の会社の秘書の
伝言メモに書かれた魚の三匹と一匹がいずれも行方不明となり
とーりをねり歩く児童はえんうりどるかいを連呼しながら
駅の出口からふくれあがるウィルスのいっしゅるいになった
どちらかというとアーとかウーとかそのような物体に近いと思う
たしかに昨日投函されたあて先のない手紙の中の覚えのない文章は
それが果たしてこれからどうなるかは見当もつかない
ましてやそんなものにもちゃんとした意味があるとは考えなかった
今思えば秘書と母親が同じようなものだったころ
そのころが一番愉快だったなァ
それなのにへんなとこから父親のひとさしゆびが発見され
ひとさしゆびみたいなやつからぼくのおやゆびは作られた


街で一番巨大なマンホールに百人には満たないがたくさんの人が落ちていった
そいつは母親のでべそと一緒に今年の夏こそ海水浴に行きたいと言うので
いろあでやかな水着に着替え
取的が四股を踏む海岸のすみっこでぼくたちはすることもなく日焼けした
近くの国際空港から飛びたった飛行機数機の影が
みんなの街全体を覆い隠し
円塔の傾いた方向にみんなの手をさよならにする
それはさいわい鉄かなにかで出来ていて
コンクリートミキサー車についての同じような解説にもそんなに退屈しなかった
ここから歩いて数分の公民館が蛮族に占領されたというニュースも
今はまだ信じるに値しないかどうかはわからない
なによりも教室からの長い裏道をランドセルの大群がラッパを吹き
小型の核爆弾がやまづみになった空き地はあしたになったら天国になあれ
二人目が帰ってこないと知った舌先が塩ビをまぶされたようにしびれ
でも本当のことはまだ明かされていない


やっぱりでも帰ってこないと思う
寝室の電気が消灯し夢が始まるとぼくの住んでいる街は
すっかりとリノリウムで覆いつくされ猫犬百太郎その他の三千を超えるあるいは
それよりもっとおおくのものものに火がともされ
天皇陛下万歳が土管をはいつくばる非電極界のひとつになられましたので
明後日は体育座りみたいなもんでございます


風切羽

  yuko

そう、散らかった部屋。僕の体重に沈むクッション。回転する夜の底から、聞こえてくる羽ばたきの音。反響するサイレンと、赤い光に祀られた地球儀。骨の浮きそうな、肩。世界をデッサンする指先が、背中に子午線を引いて。ねえきみ?こんな夜に生まれてくる、僕の半身。

暗がりで数を数えているだれかの指が、絶えまなく折られ、開かれ、瞳の奥底を流れていく赤い河が擦り切れたフィルムを焼いた。記憶され、失われ続ける思考が、自らの尾羽を引き抜いていく。川面には、数えられるものだけが浮かび上がって見える。湿った堤防をずり落ちていく足跡。あらゆる名前と、その内包する断層が、象徴を結実していく夜。ベランダで星を弾いて遊ぶ、足元が見えない。

暗闇に溶け込んだグラス。机の上に投げ出されたコンパス。地図上を広げられ痛む羽は、僕のものではない。彼のものでもない。腱と紐が断たれ、崩れていく線形。はずされた意味のくびき。

計量線が揺れて。増殖していく、影に境目はなく、一人ではない、二人でもない、細胞のかたまり。動的な平衡に抱かれ、柔かな心臓を握り潰した、両親は雪像になっていく。触れた指先の熱い、溶けだした水を飲み込むこれは、僕か。流れる体液の甘みは、誰のものだったか。名前が僕たちを裁断して、排泄された永遠。雹が窓を叩く、その音が神経を焼き切っていく。だれでもいいからはやく!僕たちの名を呼んで?ください!

暗がりで数を数えているだれかの指が、絶えまなく折られ、開かれ、回り続ける映写機はだくだくと流れていく。焦点が浅い写真と、欠損した完成図。粉々になったガラス。冷えた惑星の記憶を、辿る指先。地図に方角は記されておらず、これは僕か、君か、人間のレプリカがふたつ、涙を模して並んでいる、窓辺。飛び立つものだけが生きている。

羽ばたきの影が裂けて!さかしまの傷口を、象った護岸。質量だけ窪んだ部屋に、流れこむ密度。点滅する血飛沫の音。両腕を重ね、その骨を折り、朝が来るたび祈りの形を真似た。冷たい対称から、たなびく甘い煙。鬣の白い馬が、音もなく翔け上がっていく。雪解けを待たずに産まれ、死んでいった、僕。


makura

  01 Ceremony.wma

まくらからのいんようは
いつだってさばくでおわる

限りなく、青に近い、
罵声の数々が、
砂漠に雨をもたらした、

(貴方の絶え間ない信仰が、
 私達を引き裂いた日に、
 狭き門をこちら側から
 閉じることへの、)

ずだばばばずだばばば
「もし、殴りたい作家がいたら?」
「ジッド、ダンテ、ヘミングウェイに、サリンジャー」
「なんで?」
「あいつらは世界を焦土にしたから」



夏の日盛り庭では、光が飛び跳ねては、無邪気に転げまわっている。子供達が、それに混じっていく。いすに座って、それらを
眺めている。私の隣の椅子は、空席のまま、朝顔が、蔦を伸ばし、花を咲かせている。庭の隅っこで、多くのアジサイ達が、日差しの強さに敗れて、死体のように色あせ始めている。足元に群がる野草、の、中で、生きる、虫達の、静けさ。
夜、空に輝く星の中で、星達は夜におぼれている。窒息しそうなぐらい輝きを放つ。世界中の酸素がこの夜に、吸い上げられて、すべての人々が、酸素ボンベを背負いながら、挨拶をする、冬の日。

電車の中で、歌を歌う、女の子に話しかける男の、背中に、羽が生えている。頭にはわっかがのっていて、輝いている。
それを、見つめる。

ここは、雨の中の、砂漠、
砂の中で、呼吸することの、
大げさな、
しぐさに、
笑う、貴方の、
顔、

そして、
雨季をふんだんに含んだ、
ソファに座って、
ゆっくりと、
ジンジャーエールに、
世界地図を沈めていく時の、
顔も、また笑っている、
泡が、地図を飲み込んで、
そして、この部屋もいつの間にか、
飲み込まれて、
すべての、
家具や、本が、
浮かんで、

手紙を、送ること、
丹念に、折りたたんで、
決して開封されない、
手紙を、
埋めること、
そして、
呼吸させないことで、
その手紙の、
内容が消えうせていくこと、

街を見下ろす、
あらゆる、街頭に、
上って、
さかんに、
叫ぶ、
すべての、
人の頭に、
氷を、落とす、

「この世界を、焦土にした、
 大竹さんは、先日無くなった」
「ええ、おしいひとをなくしました」
「彼が、鳩にエサをやっている姿が
 もうみられないなんて」

砂漠、そして、
砂漠、貴方の瞳から、
溢れる、砂が、

そして、
雨、

天気は、
いや、天気のことは、
秘密だろう、

全部、ぶん殴る、
この、終わりの無い、
罵声と暴力、
の、真っ只中で、

貴方が、天体の、話を、する時、
そして、それが、
記憶に刻まれる時、
星座の多くが、
ずっと昔に名づけられたものだとするなら、
それは、もう忘れ去れるべき、
ものかもしれない、

ずっと、まくらから、
すながながれていて、
おわらない、
おとがやまない、
みみをふさいでも、
きこえてくる、
頭を、腕で支える、
動作の間に、
混じる、雨の、
におい、

指を、
見つめる、
まくらを、
ひっくりかえす、

また、
すながあふれて、
おとがやまない、
みみのなかで、
すながもれていく
おとがやまない、

お前、
に、ふる、
挨拶の数々が、
たった、
一人の、
貴方を、
浄化して、

お前、
この、世界、のなかで、
足を速め、
痛めた、
まま、
歩む、
ことへの渇望、

まなざし、
ここは、積乱雲の、
終わり、

(一つの夜が、明け渡された)

わたしたちは、夜の間近にいる、
この、閉ざされた、空間の中では、
私達は、お互いを、捉えきれない、

名前を、閉じる、
ことで、開く、

叫ぶ、笑う、
罵る、
すべてが、暴力的に、
行われて、
この空間を、
裂く、

私が、お前が、
雷雨でなかったのなら、
この土地は、
溺れていた、

名前を、
埋める、
何度も、
深く、
言葉に出さないために、
言葉にならないために、

僕の、お前の、血は、
この、土地を、
からすために、
流されて、

悲しい言葉は、明るい
このぼんやりとした、
あかるさのなかで、
生きることが許されない、
ことばのための、
からだ、

幽霊が燃えている、
ずっと遠くで、
それが、愉快で、
悲しい、

幽霊が燃えている?
そうだよ、ずっと燃えているんだよ、
たった一匹?一人?で燃え続けているんだよ。
この、人通りの多い街の中央の噴水の前で、
ただただ燃えているんだよ、
俺にだけしか見えないのかもしれないが、
真昼間も、真夜中も、ずっと燃えているんだよ、
みずをかけてやれば?
かけてやったが、燃え続けていたよ、
たったまま燃えているんだよ、
燃えているから、俺は安心するんだ、
真昼間から、人ごみのど真ん中で、
燃え続けている、あいつを、見ると、
安心するんだ、
悲しくって安心するんだよ、

寒気、
眩暈、
この、
作品の、強引な終わらせ方、
う、う、あ、い、


仲直り

  美裏

きりんちゃんに噛まれた
かぷりって
わたしの頭がすっぽり収まった
目の前に広がる暗黒
きりんちゃんの口内だ
ぶひいぶひい生ぬるい風がわたしの両耳を通り抜ける
唾液まみれのわたし
(ねえ、きりんちゃん出して)
でもその声は届かない
ねっちょりした舌がわたしの顔面を舐め回した
きりんちゃんがモグモグし出した
こらあ
わたしは草じゃないよお
でもきりんちゃんはモグモグをやめてくれません
やめてくれー
わたしは外界に残されている手のひらできりんちゃんの頬をぺちぺち叩いた
だせー
そしたらきりんちゃんはわたしが食べ物ではないことにようやく気づいたらしい
わたしの頭をぺっと吐き出した
はあ…………はあ…
やっぱシャバの空気はうまいわ
ねとねとの顔面でたった今まで自分の頭を頬張っていたきりんちゃんを見つめた
きりんちゃんは言いました
「すみませんでした」
なかなか立派なきりんちゃんじゃないか
「たべものとまちがえました」
それにしては随分とモグモグしてたよねえ
わたしはきりんちゃんと仲直り
きりんちゃんはわたしに美味しい葉っぱが生えてる場所を教えてくれた
それはいらないけどさあ
ケンカしたってわたしたちは仲直り出来る
「ごめーんねっ」


陽の埋葬

  田中宏輔



わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。
(ルカによる福音書五・三二)



目がさめると、アトリエの前に立っていた。

──子よ。                                        *01

扉の内から声がする。

──わたしの子よ。                                    *02

死んだ父の声がする。

──わたしはここにいる。                                 *03

どこにいるのですか。

──子よ、わたしはここにいます。                             *04

ここにあるのは、絵と骨のオブジェばかり。

──子よ、近寄りなさい。                                 *05

おまえは死んだ鸚鵡、ただの剥製の鸚鵡ではないか。

──わたしです。                                     *06

おまえが父だというのか。

──わたしがそれである。                                 *07

父の霊が、おまえに取り憑いたとでもいうのか。

──わが子よ、今となっては、あなたのために何ができようか。                *08

おまえに何ができる。わたしに何をしてくれるというのだ。

──あなたがすべてのことに恵まれ、またすこやかであるようにと、わたしは祈っている。    *09

そのようなことを告げるために、わざわざ、わたしをここに呼び寄せたのか。

──子よ、わたしの言葉にしたがい、わたしの言うとおりにしなさい。             *10

おまえの口が語る、その言葉とは何か。

──目をさまして、感謝のうちに祈り、ひたすら祈り続けなさい。               *11

いったい何のために祈れというのか。

──信仰に基づく神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。 *12

なぜ、キリストのうちに自分を見いださなければならないのか。

──新しいいのちに生きるためである。                           *13

おお、おまえは、死んだ父のように、聖書にある言葉を繰り返す。

──あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。                *14

いいや、一度として、愛してはくれなかった。愛してなどくれなかった。

──心のねじけた者は主に憎まれ、まっすぐに道を歩む者は彼に喜ばれる。           *15

これを見よ。この指を見よ。父の手によって折られた、このねじくれた指を見よ。

──むちを加えない者はその子を憎むのである。子を愛する者は、つとめてこれを懲らしめる。  *16

その言葉を耳にするたび、わたしの父に対する憎しみは、ますます増していった。

──わが子よ、わたしの言葉に心をとめ、わたしの語ることに耳を傾けよ。           *17

ああ、もういい。もう、たくさんだ。おまえは、聖書にある言葉を繰り返すだけではないか。

──わたしの子よ、あなたはイエス・キリストにある恵みによって、強くなりなさい。      *18

むしろ、ユダの恵みにこそ、あやかりたいものだ。

──愛する者よ。悪にならわないで、善にならいなさい。                   *19

わたしのこころは、肉の欲に満ちている。その肉の欲は大いにはなはだしく、欠けるところがない。

──御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。         *20

わたしのこころが癒されるのは、ただ肉の欲に満ち足りたときのみ。

──肉の欲を満たすことに心を向けてはならない。                      *21

まだ女を知らぬ、美しい少年たちよ。その美しさは、わたしを虜にしてやまない。

──あなたは女と寝るように男と寝てはならない。                      *22

むしろ、その美しさを前にすれば、わたしの方が女となるのである。

──わが子よ、悪者があなたを誘っても、それに従ってはならない。              *23

誘うのはわたし、つねにわたしの方から誘うのである。

──子よ、わたしの言葉にしたがい、わたしの言うとおりにしなさい。             *24

わたしには、この古釘で、おまえの腹をかき裂くことができる。

──罪を犯してはならない。                                *25

きっと、おまえの腹のなかには、聖句がぎっしり詰まっているに違いない。

──ここから出て行きなさい。                               *26

いま、それを抉り出してやる。

──立ってこの所から出なさい。                              *27

この紙屑は何だ。聖書ではないか。聖書のページを切り取って丸めたものではないか。

──手を引きなさい。                                   *28

この聖書の切れっ端は、父がおまえの腹のなかに詰め込んだものだな

──それだけでやめなさい。                                *29

こんなもの、みんな取り出してやる。それでもまだ、おまえは口をきくことができるだろうか。

──もうじゅうぶんだ。今あなたの手をとどめよ。                      *30

おお、父よ。父ではないか。なぜいまさら、そのような姿で現われるのか。

──あなたは愚かなことをした。                              *31

愚かなこととは何か。

──あなたはしてはならぬことをわたしにしたのです。                    *32

いったい、わたしが何をしたというのか。

──自分の父または母をのろう者は、必ず殺されなければならない。              *33

世には、呪われるべき親もいよう。あなたは、わたしにとって、呪われるべき父親であったのだ。

──どうぞ主がこれをみそなわして罰せられるように。                    *34

何という言葉を口にするのだろう。父よ、それが、わたしに聞かせたかった言葉なのか。

──あなたは死にます。生きながらえることはできません。                  *35

父よ、わたしの言葉を聞いているのか。

──神はあなたを滅ぼされるでしょう。                           *36

父よ、わたしの言葉を聞いているのか。

──地のおもてから、あなたを滅ぼし去られるであろう。                   *37









References


*01:創世記二七・一、罫線加筆。

*02:テモテへの第二の手紙二・一、罫線加筆。

*03:創世記二七・一八、罫線加筆。

*04:創世記二二・七、罫線加筆。

*05:創世記二七・二一、罫線加筆。

*06:サムエル記下二・二〇、罫線加筆。

*07:マルコによる福音書一四・六二、罫線加筆。

*08:創世記二七・三七、罫線加筆。

*09:ヨハネの第三の手紙二、罫線加筆。

*10:創世記二七・八、罫線加筆。

*11:コロサイ人への手紙四・二、罫線加筆。

*12:ピリピ人への手紙三・九、罫線加筆。

*13:ローマ人への手紙六・四、罫線加筆。

*14:マルコによる福音書一・一一、罫線加筆。

*15:箴言一一・二〇、罫線加筆。

*16:箴言一三・二四、罫線加筆。

*17:箴言四・二〇、罫線加筆。

*18:テモテ人への第二の手紙二・一、罫線加筆。

*19:ヨハネの第三の手紙一一、罫線加筆。

*20:ガラテヤ人への手紙五・一六、罫線加筆。

*21:ローマ人への手紙一三・一四、罫線加筆。

*22:レビ記一八・二二、罫線加筆。

*23:箴言一・一〇、罫線加筆。

*24:創世記二七・八、罫線加筆。

*25:エペソ人への手紙四・二六、罫線加筆。

*26:ルカによる福音書一三・三一、罫線加筆。

*27:創世記一九・一四、罫線加筆。

*28:サムエル記上一四・一九、罫線加筆。

*29:ルカによる福音書二二・五一、罫線加筆。

*30:歴代志上二一・一五、罫線加筆。

*31:サムエル記上一三・一三、罫線加筆。

*32:創世記二〇・九、罫線加筆。

*33:出エジプト記二一・一七、罫線加筆。

*34:歴代志下二四・二二、罫線加筆。

*35:列王紀下二〇・一、罫線加筆。

*36:歴代志下三五・二一、罫線加筆。

*37:申命記六・一五、罫線加筆。


志向

  ゼッケン

' 水素60% 酸素26% 炭素11% 窒素2.4% その他
' ぼくの身体を構成する原子は宇宙の始まりから在る
' ぼくの身体を構成する原子は宇宙の終わりまで存る

ラスコーリニコフは
身体を道具主義的に
鍛えようとは思いつかなかったのだろう
誰にも身体は生まれたときから貸与されている
真昼、おれはパチンコ屋の景品交換所を襲う

国家X

景品所の小窓に向かって包丁を突き出したおれを見て
ばあさんの表情筋が垂直に落下した
もう、うんざり
窓に防弾仕様のシャッターが降りる
おれはダイナマイトで壁を爆破後、侵入して50キロの金庫を担ぎ上げる
筋肉がおれの中に快感を放出した
真昼の繁華街ではあらゆる種類の警報音が錯綜している
サイレンと悲鳴と火災を知らせるアラーム
ジャンジャンバリバリッ ジャンジャンバリバリッ
若い男が婆殺しをする場合、それは経験を積むことへの嫌悪だ
経験は同じ顔をしているからだが
経験と同様にダイナマイトも選り好みをしない
経験にとってはおれもばあさんもただの巻き添えだ
おれはマンホールの蓋を引きずりあげる
逃走経路は地下だ
下水道を走って張り巡らされた非常線の外を目指す

朕は国家なり。名前はまだない

おれには
人語を話す猫にしか見えないが
と思った、膨れ上がった胴体は暗渠の行く手を阻んでいる
下水道に流された猫たちの恨みがわたくしなのです
コッカは自らの由来を簡潔に説明した
下水でワニの養殖をしています
とも、つけ加えた
おれは超常現象に巻き込まれている
おまえたちは運命を横領している
横領するぐらいなら強奪すべきだ
横領犯は犯行後も居座り続ける
図々しさを我慢してはならない、おれが金庫を下ろすと
腐臭のする薄い流れは嵩を上げて左右をすり抜けていく
おれは金庫の前に演出を意識してどかりと胡坐をかき、右肘の位置を慎重に天板上の一点に定める
腕相撲で決着をつけてやる
コッカは前足をのそりと差し出した、おれの熱い蒸気を吹き上げる掌を
ひんやりとした肉球がぎゅっと包み込む
ムフ、朕はやさしいです
コッカはおれの右掌を握りつぶした

全身の皮膚を引き剥がされワニ革を移植されたおれに
下水道の国民にはワニの強力な免疫が付与される
とコッカは言った
宰相となったおれは捨てられたマネキンたちの軍閥を打倒し自在につながる暗渠に帝国を建設する
地下に埋められた膨大なコンクリートを叩くチューブエンパイアの行進が
すぐに直下型の激甚衝撃波となって地表の都市に永久浮力を与え、
区民たちは磁力船で互いの区を行き来するようになる
新たにむき出しになった地表はかつての下水からあふれたワニたちに覆われ
関心の欠如した垂直なやさしさを保持しつつも
強力な免疫をもった帝国が水平に跋扈する
コッカはおれを教育した、おれは腕相撲の決着を握りつぶされた右手の代わりにワニ革の財布のようになった下品な左手でつけるために
左手にもったダンベルを上げ下げするのが日課になった

' 借りていたので
' 返す、それだけだ

おれの筋肉が膨れ上がるたびに
ワニの皮がぎゅっぎゅっと音を立てている


「明眸」と名付けられた少女の肖像

  鈴屋


顔の裏側は灰色
誰でもそうなんでしょう?

去っていく人だけが信じられる
少しは賢くなった九月

菜園の向こうには
給水塔とメタセコイアの森
いつも同じ窓の風景を見ているのに
少しも飽きない
心静かな九月

時おり
誰とは知らない女の人が
庭で摘んだ花を活けていく
美しいお婆さんです

わたしを十五秒ほど見詰めてから
瞼を閉じて
そのまま、じっと眉根をよせている
お婆さん

瞼を開いて、眸が
ぱちんと明るく晴れて
窓の外の空をしばし望むのは
きまりごとのよう

花瓶の鶏頭花は
二日も経つと
黒い小粒の種がテーブルクロスに散らかり
それからまた二日
花首が曲がり
色あせる

月夜には
窓辺に子猫がやってきて
ケッ、ケッ
銀色の粘液にまみれた魚の骨を
吐いた
口を濡らし
半分膜がかかった眼でこちらを向くと
あるところで光った
わたしの友だち

麻地のワンピースに
エナメルのベルト
その下には
色とりどりの宝石のように
お腹の臓器があって
これは誰もご存じないこと

ちゃんと子宮もあります
青磁の色の

給水塔に
茜の雲がかかり
この日も暮れ

五十年、昔
「明眸」
ひと言、そう告げた男の人は去り
窓辺に
こちらを向いて立つことは
二度とありません


蝮のピッピ

  大ちゃん

ピッピの鳥篭に
とぐろを巻いた蝮が
静かに佇んでいる
消化が進まないので
脱出できないでいる

昔抱いた女の
内股に彫られていた
タトゥーのそれと
良く似ていた

ああなんて
可哀想な俺
唯一の話相手を
丸呑みにされてしまった

いつも
「ピッピ、俺のこと好きか?」
て聞くと
「ピッピ ダータンノコト トゥキ トゥッキー ピヒョルルリラー。」
て鳴いてくれてた
そんなピッピを食らいやがって

糞垂れ蛇め!
篭ごと燃やして
分子レベルで
リサイクルしてやる

険しい顔で
蝮を覗き込むと
蝮のほうでも
俺を覗き込んでいた

「大ちゃんノコト、トゥッキー シャシャシャシャシャー。」
「ピッピ、生きていたの。」
「大トゥッキー シャシャシャシャシャー。」

それからまた
俺とピッピの
愛の暮らしが始まった

俺は生きている蝿の
手足と羽根をもぎ取り
舌の上に盛って
口移ししたり

ネズミの煮汁を
筆一杯に含んで
乳首に塗りたくって
舐めてもらったりした

「大ちゃん、ウレシー シャシャシャシャシャー。」
ピッピも喜んでいた

仕事が辛い時でも
ピッピのあの
愛しげな眼を見ると
みんなぶっ飛んでしまった

ある日
逆鱗に触れぬよう
優しくワンウエイに
背中を撫でていると
うれしい変化があった

「もうすぐ羽根が生えて来るよ。うまく飛べるといいね。」
ピッピは少し戸惑っていた

「明日お祝いに、あそこにピアスをしてあげる。」
「・・・大ちゃん、ウレシー? シャシャシャシャー。」
「ついでにタトゥーも入れてあげるね。」
「・・・・・・・・・・。」
ピッピも喜んでいた

次の日の朝
ピッピはいなくなってた
きっと
ドラゴンだとか
スカイフィッシュになって
飛び立って行ったんだ

大空の自由を堪能したら
また帰っておいでよ

それまで俺は窓辺で
口をアングリコ
ピッピの大好きなアレ
メガ盛りにして
いつまでも待っています

日本晴れの空から
君の声が聞こえるようだ
可愛いピッピ
俺のピッピ
小鳥のピッピ


彼の鞄

  瀬島 章

試みに彼の鞄を持ってみる
革製のそれは大きさばかり目立つが相変わらず軽い
きっといつものように家族が入っているのだろう
そのことは彼から聞いている
彼は信用するに値する人物なのだ
だから中身の真偽を詮索する気はない
もっともわたし自身に詮索の方法がない
なぜなら彼の鞄にはクチがないのだ
ジッパーもなければ留金もない
ナイフで切り裂くと言う手段があるが
それはやり過ぎというものだろう

          
          
             ジュクジュクト融ケル鞄
       
          ワタシノ視野カラ逃レモシナイ


彼は毎日と言っていいくらい
その鞄を持ってわたしの家にやって来た
夕食を終えてぼんやりテレビを見ていると
玄関でいやに元気な声がして、彼である
ある日は午前中にやって来て、訳を聞くと
「ネクタイが今朝なくなった 出勤はひと先ず止めです」
と裸足のままジャンプする

               
          口臭カ
          
        臭イハスルノダガ

          ワカラナイ


彼は何かのセールスマンらしい
しかし何物も売ろうとせず
いわば苦労話のようなものをするが
そんなとき 彼はいかにも嬉しそうだ
いやわたしは彼の不機嫌や憂鬱を見たことがない
「首を絞めたって買わないやつは多い」とか
「挨拶をしたら殴ってきた不動産屋と飲みに行った」
という話をしている彼はジッとしていることはなく
笑い転げたり目玉をぐりぐり回している

                  
動悸ガ高マル
            
       遅スギタ後悔ガ鞄ニ伝ワリ
               
        ユックリ揺レテイル

その彼がまったく来なくなってしまった
彼の方から一方的に来ていたこともあるが
誰も彼の何者かを知らない

                    
          音スル鞄

      シカシ聞クベキ音デハナイ


彼が置き忘れて行った鞄がもう一年近くも
わたしの寝室の隅にある
毎日ほこりを払ってやるが
わたしはなぜかそれ以外のことが手につかず
彼そのものになった鞄のかたわらにしゃがんだまま
寝室の隅から動けないでいる


これは批判ではありませんという嘘をつくための詩

  01 Ceremony.wma

る、と、り、
と、ら、
をあわせれば、
ぱらぱらと、
貴方の髪に、
まとわりついた、
透明な音、

大きな鳥を
まねて、
砂浜を横切る、
後姿を、
カモメが追う、

大丈夫?
貴方が私を振り返って、
言葉をかける、
頭が、痛いんだ、

かもめは、弱いから、
きっと空を飛んでいるのよ、
この地上では、
かもめの言葉は通用しない、
だってかもめは、
私達よりも、卑しくて、
貧しい言葉の中で、
生きているから、

る、と、り、と、
ら、に、る、を
たして、
やっぱり頭が痛い、
大丈夫?

恋が聖なるものなら、
それを言った、
男はろくでもない、
脳なしだと思うわ、
突然何を言うんだよ、
その男の言葉なんて、
誰でもつけるものよ、
それにきづていないだけ、
誰にもできない、
言葉を彼は吐くことができないの、
だから、みじめ、
まるで、かもめ、と一緒だね、
だから、地上に降りこずに、
空からわかったふりをして、
かもめであることを、
ばら撒いている、
それは一体何のため?
みつがとんで、
頭もとんでいるのよ、
蜜が飛んで?
富んでいるのよ、
みつが?
そうよ、
この世界を堕落させる、
私達の欠如を、
受け入れることのできないものたちが、
作り出した蜜が富んでいるだけ、

秩序と、完成、
そんなものはもうまっぴらごめんよ、
零れ落ちるものを、
ばらばらにこぼして、
何も与えないために、
何も芽吹かないために、
ばらまくだけ、
暴力的だね、
そうそれでいて、星座的、
星の輝きは、ばらばらと、
輝いて、何も残さないけど、
まだ光っている、
独立したまま、他の輝きとは、
関連せずに、

ひかりは、何も見えないものたち、
をてらすだけで、役立たずよ、
ひかりが、ひかりをみえていなんだから、
闘争を開始するための、
優しい笑みは準備できてる?
夜の果てまで闘争するのよ、
まるで、逃げまくってなきわめきながら、
周りの暗闇をみないようにして、
あらゆるものを無視して、
ひたすら逃走するために、

海の比喩は要らない、
きっとそれは、
全部が、僕らの、
我侭な空想の産物でしかないから、
僕らは、
比喩に描かれるような、
優しくて、同時に、残酷で、
我侭で、苦悩の中にある、
ようなりっぱな人間じゃない、

人の比喩はいらない、
都市の比喩もいらない、
涙の中に、
貴方の体があるなら、
なおさら、
僕は、いらない、

鴎の比喩も、
いらない、
混ざっていって、
解き放たれることのない、
僕らの生活には、
飛ぶことも、
落ちることもない、
そして、決して撃たれることもない、

女の比喩もいらない、
男の比喩もいらない、
貴方の、比喩もいらない、
そして、僕の比喩ももういらない、

いとう貴方に、
消えていったね、
そうだね、
いとうお前に、
見事に消えたね、
だって、何も無かったんだから、
いとうことなく
消えてしまうのはあたりまえだろう、
それがいいのよ、
女のカタカナの名前は、
嘘をつくばかりで、何も、もたらさない、
畑も、まるで石だらけよ、
はじめからそうなら、耕さなければ、
何もみのらない、
いや今も実ってないわ、
見てみなさいよ、あの畑を、
相変らずの石だらけ、

もたつ、いた、
ままで、言葉も、も、た、つ、いた
ままのあの人を、
愚鈍だね、そうね、
日常を繰り返していくことでしか、
彼は生きていけないの、
そうやって己を縛ることはまるで、
宗教的だけど、なまぬるさと、
同時に、本当の、ろれつの回らない、
舌をうまく隠しているだけね、

田んぼ中に、
言葉がばら撒かれているわよ、
畑の話?
いえ、今度は田んぼよ、
ああ、あんなに、囲い込んで、
まわりを寄せ付けようとしないばかりか、
でも、目立とうとして、
カカシだけはたくさんたってるよね、
あのカカシは
人を寄せ付けないために、
同時に、人に見てもらいたいがために、
立てているのよ、
じゃ、人が寄ってくるんじゃないの、
それで、あの囲いを通って、
中に入れば、
皆して泣き虫よ、
まるで、かもめだ、
そうね、かもめよ、
でも、地上にいる、
そう、囲われた地上に、

川はいつか干上がってしまう、
それも違うわ、
もともとこの大地は干上がっていたの、
そこに川が出来たのだから、
川のほうが後よ、
でも、川は僕らの生活には必要でしょう、
勿論ね、だけど、
暴れ川にしろ、整備された川にしろ、
そのどちらでもない川は、
必要とされてないわ、
暴れ川なんて、いらないじゃん、
いいえ、あれはあれで、
豊穣をもたらすのよ、
整備され川は、それはそれで、
私達に安らぎをもたらすけど、
どちらでもない、淀んで、
流れもとまりっぱなしの、
川はただ悪臭がたちこめるだけ、
そうだね、そういう川が、
清浄に戻されるといいね、
いいえ、それは違うわよ、
川が川であるために、人間に、
媚を売るようになったら、
川は川のために生きてはいないわ、



たった、ひとつの、
さくらんぼを、バスタブに、
浮かべて、雨を待つ、
日、
忙しさの中で、
部屋を作ることを忘れて、
この、バスタブは、
むき出しの中、
雨を待って、
そこにつかる、
貴方が、首にかけている、
メノウの、首飾り、
が、雨の匂いと混ざって、
火花を散らす、

歴史としての、時間、
そして、私のいる場所、
から、遠い、
トイレの中で、かかとが、
温かい、水につかる、
まるで、流動する、
その、体を、
形式は捉えきれない、
いえ、カモメのような、
痴呆、の中では、
捉えきれない、

詩人は、天才?
いいえ、それどころか、
ただの、抑圧を抱えた、
美学の人、
まるで、滑稽な芸術だね、
ブラウン管にうつる、
僕等よりも、灼熱の、
太陽に打たれて、
青ざめている、

それじゃ、闘争はできないわね、
世界の悲惨さを、描くことが、
闘争じゃないわよ、
この世界の中で、生きている私、
今ここから、この場所から、
この場所でいきる私、もしくは貴方、
私達からしか考えることは出来ないのよ
だから私にしか闘争は出来ないのよ、
貴方は、未来に逃げようとしたね、
貴方も、過去に逃げようとしたじゃない、
どちらにも逃げられないのにね、

こんな長い会話を、
私達にさせないでほしいわね、
でもしちゃう僕らもどうかと思うよ、
しなくてもいいことなのにね、
でも、しちゃうわけだ、
早くこの世界が炎に焼かれればいいのに、
そしたら、最高に楽しく踊り狂えるのに、
ジャズでスイングするどころじゃないわよ、
そうだね、

そういえば、大丈夫?
いや、やっぱり、頭が、
ずっと痛い、

文学極道

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