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2011年08月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


青空のある朝に

  泉ムジ

 医者は、手がないからいけない、そう言った。途端、電話が切れ、二度と繋がらなくな
った。たとえ手がなくとも、医者なのだから、僕の手でよければ、さしあげても構わない
から、呼んでこよう、そう決意した。

 必ず、医者を連れてくる、彼女にそう言うと、どこにもいかないで欲しい、彼女はそう
こたえた。彼女の手は、まだあるが、弱々しく透きとおり、かわりに、肩甲骨の隆起した
あたりが、パジャマをつき破り、やわらかい羽毛につつまれ始めていた。

 まっ暗な通りをゆく人は、誰もおらず、まっ暗なのは、飛翔する人たちが、膨大な数の
感染者たちが、ひかりを遮っているからだ。そして、未だ手を持つ人たちは、誰もが感染
をおそれ、ひかりさえ漏らさぬよう、戸をかたく閉ざしているのだ。

 医者もまた、例外ではなかった。病院の戸を激しく叩き、僕の手は、金具をこすり、血
を流した。あわれんでくれたのか、若い看護士が一人、細く戸を開き、残念ですが手がな
いんです、そう言って、ほとんど見えなくなった手で、消毒液と、包帯を渡してくれた。

 駆け戻るあいだ、ぎゃあぎゃあと、まるで年老いた、赤子のなくような声が、何千何万
と降りそそぎ、建物に、地面にこだまし、通りに充溢し、空へかえっていった。耳をふさ
いでも、その声は、僕の内側で反響し、僕の口をついて、漏れた。ぎゃあぎゃあと、なき
ながら、僕の手がなくなっていく、透きとおっていく。

 転ぶように飛びこんだ、部屋には、もう、彼女はいなかった。薄いカーテンが、無数の
羽ばたきが巻き起こす風に、ちぎれそうに揺れ、ベッドの上で、彼女から抜け落ちた羽毛
が、くるくると舞っていた。消毒液が、床板にはねてこぼれ、包帯が、開いた窓から外へ、
どうしようもなく、流れていった。


糞迷宮

  大ちゃん

激しい雨が降っていた
土曜の昼下がり
娘を塾に送る車中
便意をもよおした

「お父さんお前の塾のトイレ、借りてもいいかな。」

「絶対ダメ。却下。キモイ。」

年のせいなのか
若き日の男色行為のせいか
僕のバタフライバルブは
待ったなし
したくなったら
すぐ緩む構造だった

塾に着くと娘は
すばやく降り
「ウザイ、行け。」って
力任せにドアを閉めた

仕方なく家路についたが
すでに限界が来ていた
意識が遠のいて行く
なぜこんな目に遭うのか

猛烈な雨の中
苦し紛れに
アクセルを踏んだ

出る 出る 出る 出る 出る

もやの中に
白い建物が見えた
引きずられるように
その駐車場へと入って行き
来客用スペースに止まった

シートから立てなかった
完全な金縛り状態だ

その時
お尻に風を感じた
僕の下水管から吹く
生温かい滅びの風

初弾は蛇の頭ぐらい
ニュルッと飛び出してきた
蓋が取れた感じ
この時
少し圧力が
下がった気がした

動ける
よし
ここで止めてみせる
いや止めるんだ
トイレを借りて
そこでするんだ
僕は腰を浮かせた

ああダメだ
止まらない
バタフライバルブは
酸欠のイソギンチャクみたいに
大きな口を開けて
ベロンベロンにめくれあがった

次から次へ
いやらしい音を立てて
汚臭のする半固形物が
パンツの中に溜まっていく
同時に僕の尊厳が
崩れていくのだ

ほとんど出し切ったところで
降りしきる雨の中
外に出た
いきなりずぶ濡れになり
さざんかの垣根に飛び込んだ
少し泣いた

すると非常ドアの影から
一人の老婆が
おいでおいでと
手招きをしている

垂れ下がった
ジーンズを揺らしながら
彼女について行った

部屋に招かれると
僕はトイレを借り
後始末を始めた
幸いにもパンツの
タイトな形状と
ヒートテック素材のおかげで
外には漏れていなかったが
ジーンズのその部分には
汚いシミが広がっていた

パンツを脱ぎ
裏返して
汚物を便器に捨てていると
パシーンと
ケツを引っぱたかれた

「よしお、このウンコたれが。」

老婆だった
顔に僕の糞の
跳ね返りが付いていた

「こっちに来い。」

彼女は僕を風呂に連れて行った

「つらかったやろ。悲しかったやろ。」

柿渋石鹸で隅から隅まで
念入りに綺麗にしてくれた
排水溝に昨日食べた
ニンジンのカス混じりの
便が溶けては消えて行った

老婆はパンツも
洗ってくれて
おまけにジーンズのシミも
全力でふき取ってくれた

「よしお、次はいつ来るんや。」

「おかあさん、またすぐ来るよ。」

僕は泣きながら答えた

手渡された
大人用のオムツを
キュッとはいて
その白い建物を後にすると
何食わぬ顔で
塾に娘を迎えに行った

僕は、よしおじゃないけどね


後日お礼に行ってみると
そこは介護付きマンションだった
管理人に適当な理由を言い
例の部屋に案内してもらうと

「ここはもう半年、誰もいないよ。」
との事

鍵を開けてもらい
中に入ると
がらんとして何もなかった

ただ
トイレにはかすかに
僕独特の油っぽいウンコの
匂いが漂っていたし

お風呂の排水溝には
ニンジンのカスと
磨り減った柿渋石鹸が
ピッタリ
へばりついていたんだ


夏日

  鈴屋


遊ばない夏
炎天にネムの花は動かず
うつむけば汗の二雫、舗石に染む

葉かげに座り、なにゆえの苛立ちか
指先をふるわしタバコのひと吸をいそぐ 
靴の先のそこかしこ、蟻の巣穴の出入りせわしく
俯瞰する村は蝉の解体に祭りの賑わい
ひととき人を忘れる

人を忘れ
荒れ野に踏みこむ
背丈に余る夏草に囲われ、動物じみる
小便をする
草いきれと尿の臭気がまじりあい
見えるがごとく中空へ立ちのぼり
仰ぐ顔のまま、くらりと傾くのを
踏みとどまる

街道に出る
渡ろうとしてガードレールをまたぎ、足許に
ヒャクニチソウとユリの花束を見つける
「おーいお茶」が添えてある
人は壊れやすい
ぶつかってみればわかる
瞬間だが、こうやって自分は壊れるのだな、と
苦痛がくる前にまざまざとわかる
難しくない

灼熱に息苦しくなる
見渡す限りの水田、白い道の交叉、光る積乱雲
叫びのような明白さ
もしかしたらこれは暗黒ではないのか
まったく人影を見ない
ずっと見ていない
世界が人を失っているのは歓迎すべきことだが
私がいる

ヤブガラシの花の上
一羽の黒揚羽がランダムに飛ぶ
顔の汗をぬるりと手で絞れば
遠い希望のような
ひとすじの蛇口の水


姉のいない夜に書かれた六行

  泉ムジ

 詩人をうめよう、姉とふたり、森の奥の湖のそばの、やわらかな土を掘ると、草の汁が、はねた泥が、私たちの手を染め、汗でまとわりついたシャツが、姉のふくらんだ乳房を強調し、前髪を小指でそっと耳にかけ、しゃがんで姉は、静かに泣きはじめた、

 こんなに蝉がざわめいていたかしら、ね、私たちが、詩人を初めて見つけた日、まるで何も食べず、眠りもせずに、3日は経ったというような顔で、小屋から這い出してきた詩人を見て、姉はうれしそうに笑い、湖で顔を洗う詩人にハンカチを差し出した、

 にじんでくる水を、土と一緒にすくって、こんなに湿っぽいと、詩人のからだは腐敗してしまう、私は、たくさんの紙片を、詩人に見せるために書いた、けれどたった一度も見せることがなかった、できそこないの私の詩を、まんべんなく穴に敷きつめた、

 姉だけが、詩人の書いた詩を読んだ、毎晩のように、私が眠っているのを確かめてから、姉はひとり、小屋へ行き、次の朝食のあいだ、両親の耳にはとどかない声で、どれほど素敵な詩だったか、でも夜だから、あなたは連れていけないわ、とささやいた、

 森はたちまち暗くなり、湖面がかえす明かりを頼りに、姉とふたり、詩人を穴に降ろし、とりかえしのつかない速さでかわいてしまう汗が、急いで土を被せなくてはいけない、そう思わせても、汚れた私の手は硬直し、わたし、詩人をうめる、姉は言った、

 あらゆるどこかで、詩人がうまれるなら、やっぱり私が詩人になることはなく、永遠にできそこないの詩を書き続ける、あれほどさわがしかった蝉の声が、ぴたりと止む、姉のいない夜、冷たいベッドに触れながら、私はまだ、終わりの言葉を探していた、


インファントフロー

  村田麻衣子

#She is fine.

あのこは、からだを「く」の字にして眠っている。胎児の
翳がある、ただ どの部位にいるかわからないのでからだ
をていねいにたたんで眠った ぶかぶかのバレエダンサー
が身につけるような ソックスだけを履いたあのこが、か
らだを売ったベッドでひからびたティッシュだらけになっ
て、あれでドレスメーキングされる。粘膜をひたひたにし
てさわられたいけど 大概が乱暴な手つきだから、破れた。 
踊らないマネキンの腕はとれ、あたまどこだかわかんない 
し、誰かの匂いがするけど、誰のか知らない。誰の腕なの
、手首なの わたしのおんぼろの毛布 とりあげたパパも
いないママもいなくなった

さわられなれた雛鳥は、ある周期の乱れみたいに、#Fが
鳴り途切れたところで 平衡を、踊りながら下手なりに顔
立ちすら端整に見えて 玩具箱をひっくり返すしゅんかん
、鳥篭からいなくなる。ひたひたの神経回路に浸かってて
羽毛よりやわらかい 溺れるまでもないのに、暗い淡い翳
がありましたが そこごと羊水をわたしの肺に撒き散らし 
憶えていないあなたの浅はかさがあったので、洩れなく溢
れた酸素がルームエアーでひかるひかる、それほどにまで
美しくひかる

パパはいませんママもいません ママにあらう順番を教え
てもらったのに やぶってムービーヒロインみたいにてき
とうに石鹸でからだを洗ってたから 土曜日の朝の映画の
色彩は、弧に。視線を、めりこませ 弧から弧を。二つめ
の海を錯覚するように。そらごとにひらかれた午後へ、漣
に繋がる白黒以前に、やけにはっきりと意識に残る。そし
て、やわらかくふやけるもっと内部で、

黒い薔薇の皮膜の中で眠った 重なりあう音域にある熱量
、37℃で 常軌を逸して高ぶるわたしたち ぶれた瞬間 
貪欲にやせっぽちだから、だとか皮膜越しにでもあなたを
映した細胞わたしのだからもっともっと内部へ めりこん
だ視線みたいに欲した弧を。やわらかくふやけ 起きたら
ガーゼをまとっていたあのこの手や足を見つけては わた
しがやさしく包みこんであげるから、


LET THERE BE MORE LIGHT。

  田中宏輔



画布(カンヴァス)の中に
(夏目漱石『三四郎』三)

海がある。
(詩篇一〇四・二五)

海辺のきわまで
(エリノア・ファージョン『町かどのジム』ありあまり島、松岡享子訳)

雑草がびっしり生い茂っていた。
(フォークナー『サンクチュアリ』22、加島祥造訳)

亀が
(スタインベック『怒りの葡萄』第六章、大久保康雄訳)

草の中から
(夏目漱石『草枕』十)

音もなく出てきて
(フォークナー『赤い葉』4、滝口直太郎訳)

日向ぼっこをして
(ヘンリー・ミラー『暗い春』春の三日目か四日目、吉田健一訳)

甲羅を干している。
(夏目漱石『野分』三)

日にあたりにでてきたんだ。
(エリノア・ファージョン『町かどのジム』大海ヘビ、松岡享子訳)

そうだろう?
(ロジャー・ゼラズニイ『光の王』1、深町眞理子訳)

いままで気がつかないでいたことだ。
(ヘンリー・ミラー『南回帰線』終楽章、幾野 宏訳)

気持ちいいかい?
(メアリー・モリス『嵐の孤児』斎藤英治訳)

手をのばせば届くところにいる。
(ポオ『モルグ街の殺人』丸谷才一訳)

こつこつ
(トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』第八部・第二章、望月市恵訳)

階段を登っている妹の足音が聞こえる。
(ポオ『アッシャー家の崩壊』富士川義之訳)

亀が
(スタインベック『怒りの葡萄』第六章、大久保康雄訳)

人間のような顔をして
(コクトー『美女と野獣』釜山 健訳)

ぼくの方を振り返った。
(アドルフォ・ビオイ=カサレス『烏賊はおのれの墨を選ぶ』内田吉彦訳)

つくづくと
(ヘンリー・ミラー『南回帰線』終楽章、幾野 宏訳)

僕を見つめる。
(ガルシン『あかい花』三、神西 清訳、句点加筆)

どう?
(レイモンド・カーヴァー『ナイト・スクール』村上春樹訳)

目がさめていて?
(トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』第八部・第三章、望月市恵訳)

しっ!
(バルザック『恐怖時代の一挿話』水野 亮訳)

コーヒーが運ばれてきた。
(トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』第一部・第八章、望月市恵訳)

おいしいトースト toaste を作ってさしあげてよ。
(プルースト『失われた時を求めて』第二篇・花咲く乙女たちのかげに、鈴木道彦訳)

たべる?
(ヘミングウェイ『誰がために鐘は鳴る?』38、大久保康雄訳)

彼女は
(J・G・バラード『スクリーン・ゲーム』浅倉久志訳)

ベッドのそばのテーブルの上に置いた。
(シャーウッド・アンダスン『兄弟たち』橋本福夫訳)

ねえ、
(ヘッセ『メルヒェン』アヤメ、高橋健二訳)

また
(ホーフマンスタール『小説と戯曲における性格について』中野孝次訳)

詩を書いてる?
(レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』24、清水俊二訳)

しっ、静かに。
(シェイクスピア『リア王』第一幕・第四場、大山俊一訳)

亀は
(萩原朔太郎『亀』)

そそくさと
(パインソウウェー『夢の河』南田みどり訳)

草の中に入っていった。
(スティーヴ・エリクソン『黒い時計の旅』93、柴田元幸訳)

ぼくは泣きだしたいような気持ちになった。
(バーバラ・ワースバ『急いで歩け、ゆっくり走れ』吉野美恵子訳)

ごめんなさい。
(シェイクスピア『ロミオとジュリエット』第二幕・第五場、大山敏子訳)

いや、
(カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』5、伊藤典夫訳)

もういい、
(サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』愛らしき口もと目は緑、野崎 孝訳)

しかたがないさ。
(モーパッサン『ピエールとジャン』8、杉 捷夫訳)

だいじょうぶ?
(テネシー・ウィリアムズ『欲望という名の電車』第十一場、小田島雄志訳)

いいよ。
(ジョン・ヴァーリイ『さよなら、ロビンソン・クルーソー』浅倉久志訳)

気にすることなんかない。
(ラディゲ『ペリカン家の人々』第十二景、新庄嘉章訳)

いまさらどうにもならないんだから。
(ラディゲ『肉体の悪魔』新庄嘉章訳、句点加筆)

それより、
(ポオ『アモンティリャアドの酒樽』田中西二郎訳)

もう何時になるだろう?
(シェイクスピア『マクベス』第二幕・第一場、福田恆存訳)

まもなく雨だろう。
(トマス・ピンチョン『スロー・ラーナー』秘密裡に、志村正雄訳)

そろそろ行くよ。
(レイモンド・カーヴァー『ヴィタミン』村上春樹訳、句点加筆)

いったいどこへ行くの?
(ジェイムズ・エイジー『母の話』斎藤英治訳)

どこへでも行きたいところに。
(ヘッセ『メルヒェン』詩人、高橋健二訳、句点加筆)

どこでも?
(カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』4、伊藤典夫訳)

ああ、そうだよ。
(ラリー・ニーヴン『太陽系辺境空域』小隅 黎訳)

行かないのかい?
(ウィーダ『フランダースの犬』4、村岡花子訳)

バスに乗って。
(ジャン=フィリップ・トゥーサン『浴室』直角三角形の斜辺、野崎 歓訳、句点加筆)

バスに乗って?
(マイ・シェーヴァル、ペール・ヴァールー『笑う警官』6、高見 浩訳)

だって、
(コレット『青い麦』一五、堀口大學訳、読点加筆)

雨が降ったら濡れるだろ。
(夏目漱石『草枕』七)

それに、
(バルザック『谷間のゆり』初恋、菅野昭正訳)

バスでなければ間に合わないんだ。
(オネッティ『ハコボと他者』杉山 晃訳)

わたしの顔にも、それが感じられるわ──
(J・G・バラード『永遠の一日』浅倉久志訳)

顔だって?
(トム・リーミイ『ハリウッドの看板の下で』井辻朱美訳)

ええ。
(マルグリット・デュラス『愛』田中倫郎訳)

そうよ。
(モーリヤック『テレーズ・デスケイルゥ』五、杉 捷夫訳)

それ、聖書の文句かい?
(スタインベック『怒りの葡萄』第二十八章、大久保康雄訳)

さあ、
(コクトー『美女と野獣』釜山 健訳)

どうかしら?
(カポーティ『草の竪琴』1、大澤 薫訳)

わからない。
(シェイクスピア『ヴェニスの商人』第三幕・第二場、大山敏子訳)

そう?
(サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』バナナフィッシュにうってつけの日、野崎 孝訳)

まあいいさ。
(ジュリアス・レスター『すばらしいバスケットボール』第一部・1、石井清子訳)

ぽつぽつ雨が降りはじめた。
(カフカ『観察』騎手の反省のために、本野享一訳)

雨がぽつぽつ降り始めたようだった。
(ナボコフ『賜物』第1章、沼野充義訳)

雨だわ。
(サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』25、野崎 孝訳)

そうとも。
(ロバート・ニュートン・ペック『豚の死なない日』3、金原瑞人訳)

さあ、これをごらん。
(ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』経過報告11・四月二十二日、稲葉明雄訳)

なあに、これ?
(レイモンド・カーヴァー『羽根』村上春樹訳、読点加筆)

ハンカチの切れはし?
(クリスティ『アクロイド殺人事件』8、中村能三訳)

わかるだろ。
(サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』4、野崎 孝訳)

僕が
(コクトー『怖るべき子供たち』二、東郷青児訳)

書いた詩の一節だ。
(ヘンリー・ミラー『暗い春』春の三日目か四日目、吉田健一訳)

それをつまんだ瞬間に、
(フィリップ・K・ディック『ユービック』9、浅倉久志訳)

バス停で、
(マ・フニンプエー『同類多数』南田みどり訳)

バスというバスが
(マ・フニンプエー『同類多数』南田みどり訳)

爆発する。
(ロジャー・ゼラズニイ『ドリームマスター』2、浅倉久志訳、句点加筆)

戦争かな?
(ヘッセ『知と愛』第十三章、高橋健二訳)

戦争には、こういうことは、いくらでもあるんだ。
(ヘミングウェイ『誰がために鐘は鳴る?』43、大久保康雄訳)

僕はそこに、僕の頭文字をつけてやりたかった。
(ラディゲ『肉体の悪魔』新庄嘉章訳)

もちろん、
(シェイクスピア『マクベス』第五幕・第九場、福田恆存訳)

ばらばらだ。
(ナディン・ゴーディマ『隠れ家』ヤンソン柳沢由実子訳)

それに
(ドストエフスキイ『白夜』第二夜、小沼文彦訳)

ほら、
(フィリップ・K・ディック『去年を待ちながら』7、寺地五一・高木直二訳)

ぼくの生れは山羊座なんだ。
(サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』バナナフィッシュにうってつけの日、野崎 孝訳)

美しいひびきをもっているだろう?
(カロッサ『美しき惑いの年』われらのプロメートイス、手塚富雄訳)

それに加えて、
(カミュ『異邦人』第一部・四、窪田啓作訳)

パパは
(ナボコフ『ロリータ』第二部・1、大久保康雄訳)

まったく職業というものについたことがなかった。
(ジュリアス・レスター『すばらしいバスケットボール』第一部・1、石井清子訳)

何時間も
(フィリップ・K・ディック『最後から二番目の真実』28、山崎義大訳)

ふわふわ浮いていた。
(エリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』5、柳瀬尚紀訳)

これは関係なかったかな?
(ギュンター・グラス『猫と鼠』XI、高本研一訳)

ね、いいと思うかい?
(ナボコフ『ベンドシニスター』7、加藤光也訳)

嘘つき。
(ラディゲ『ペリカン家の人々』第五景、新庄嘉章訳)

でたらめ。
(エリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』8、柳瀬尚紀訳)

おい、おい、
(モーパッサン『ピエールとジャン』6、杉 捷夫訳)

ぼくが
(ポオ『不条理の天使』氷川玲二訳)

嘘をいったことがあるかい?
(ハーラン・エリスン『満員御礼』浅倉久志訳)

まるで子供のような口をきくのね。
(コレット『牝猫』工藤庸子訳)

嘘はいけないことだってママに教わらなかったの?
(カポーティ『夜の樹』川本三郎訳)

どうして? いけないか?
(ロバート・A・ハインライン『夏への扉』2、福島正実訳)

駄目よ。
(ラディゲ『肉体の悪魔』新庄嘉章訳)

だめだめ。
(アリストパネース『女の平和』高津春繁訳)

でも、
(ジェイムズ・エイジー『母の話』斎藤英治訳)

本物の詩ってものは、もっとも嘘だらけのもんだからね。
(シェイクスピア『お気に召すまま』第三幕・第三場、阿部知二訳)

自然界でも芸術でも、一番魅力的なものはすべて人をだますことで成り立っているんだ。
(ナボコフ『賜物』第5章、沼野充義訳)

兄さん?
(夏目漱石『三四郎』十二)

あんまり馬鹿なことは言わないでね。
(オー・ヘンリー『最後の一葉』大津栄一郎訳)

とにかく詩なんてもううんざり。
(サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』テディ、野崎 孝訳)

たくさんよ。
(ドストエフスキイ『白夜』第四夜、小沼文彦訳)

それより
(ヘミングウェイ『フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯』大久保康雄訳)

コーヒーのお代りは?
(ロジャー・ゼラズニイ『ドリームマスター』1、浅倉久志訳)

コーヒー?
(ロバート・B・パーカー『約束の地』12、菊地 光訳)

いや、いらない。
(カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』5、伊藤典夫訳、句点加筆)

泣いてらっしゃるの?
(マルグリット・デュラス『愛』田中倫郎訳)

ああ、
(ラリイ・ニーヴン『太陽系辺境空域』小隅 黎訳)

そうさ。
(モーパッサン『ピエールとジャン』3、杉 捷夫訳)

そのとおりさ。
(J・G・バラード『たそがれのデルタ』浅倉久志訳)

いいかい、ぼくは忘れないからね。
(ロジャー・ゼラズニイ『燃えつきた橋』第四部、深町眞理子訳)

それは
(カフカ『城』16、原田義人訳)

こんなふうに
(フォークナー『クマツヅラの匂い』3、瀧口直太郎訳)

海辺のうららかな午後だった。
(トム・レオポルド『誰かが歌っている』26、岸本佐知子訳)

乾いた
(ジュネ『花のノートルダム』堀口大學訳)

砂の上を
(ミルハウザー『イン・ザ・ペニー・アーケード』第二部・太陽に抗議する、柴田元幸訳)

はぐれた
(ロジャー・ゼラズニイ『ドリームマスター』1、浅倉久志訳)

波が一つ、
(ゴールディング『ピンチャー・マーティン』3、井出弘之訳)

ひと
(ロバート・A・ハインライン『夏への扉』7、福島正実訳)


(ヘッセ『メルヒェン』ファルドゥム、高橋健二訳)

──迷子になったのかい?
(メアリー・モリス『嵐の孤児』斎藤英治訳、罫線加筆)

そうとも、
(シェイクスピア『ロミオとジュリエット』第一幕・第五場、大山敏子訳)

そうさ。
(テリー・ビッスン『時間どおりに教会へ』3、中村 融訳)

そいつは
(キャロル『鏡の国のアリス』6、高杉一郎訳)

波だった。
(ピーター・ディッキンンソン『エヴァが目ざめるとき』第二部、唐沢則幸訳)

迷子になった
(フリッツ・ライバー『ビッグ・タイム』12、青木日出夫訳)

さざ波であった。
(泉 鏡花『怨霊借用』三)

誰かが、うっかり置き忘れていったのだ。
(サリンジャー『シーモア─序章─』井上謙治訳)


JAPAN?

  進谷

1、あこがれ

『わたしは日本に行くことに決めたわ
 お金を貯めるの
 そしていっぱい送るわ
 わたしも良い生活をするの
 テレビも買って 車も買って
 ここに大きなお家を買うの
 みんなで幸せになるのよ
 素敵な日々を暮らすのよ      』

2、労働
 
 マルクスおじさんと毛沢東おじさんが本の中で喋っている隙に、また電車が停まる。機械は人間の労働を減らすこともなく、機械が人間に近づくことはなく、人間が機械に近づいている。

 間違いかな? 
 
 むかしむかし、人間は機械を造ることにした。人間の代わりに労働をさせるために。奴隷が担っていた労働を機械にやってもらうために。そして、労働から解放された奴隷たちは、勉学に励み、友達と遊んで、詩を書き、絵を書き、楽器を弾き、まるでイルカみたいに愛を確かめあう。

 間違いかな?

 美しい女の子だった。その店で一番の、その街で一番の、その国で一番の、その世界で一番の。

 間違いかな? 

 ここに来る前はファミレスで働いていたの。その前は百円ショップ。一番最初に、この国に来た時は病院で働いていたのよ。きっと次は風俗店ね。と日本語みたいな言語。そんなことない。大丈夫だよ。と嘘。そうね、きっとうまくいくわよね。と嘘が重なりあう。
 
3、逃走

 嘘は酒を飲んだ。嘘は卑怯だ。嘘と卑怯は海へ逃げたが、辿り着いたのは海ではなかった。
 
4、物語

 青と黒の箱
 マッキントッシュが鳴く
 キーボードを叩く 
 詩や小説でもなく
 ショートショートでもなく

 街中でも
 喫茶店でも
 ベットの中でも
 キーボードを叩く 

 間違いかな?


MOVE

  進谷

  1、

 ひさしぶりに街まで出てみると、なんだかすれちがう女の子たち、みんなが可愛くみえた。日の出ている間から夜の香りがする子も、自分が女の子だということをまだ知らないちょっと太った子も、おでこで小川がながれ目の下でくまを飼っている子も、みんな可愛かった。奇跡だ。こんなことが起こるなんて。だれのおかげだか分からないけど、ありがとう。
 僕はその中でも、青山通りをあるいている女子高生に目をつけて、そして後をつけた。くろい髪に、黒いギターケースをしょって、しろい制服に、しろい足。白い足。探偵になった僕は、彼女を尾行した。対象者は人混みとは反対方向に、細い道、狭い道へと、歩いて行った。渋谷の急な坂道は、場末の酒場に変わり、商店街の大通りに変わり、北関東の田畑が広がる道へと変化していった。探偵はマルボロを呼吸に加えながら、尾行を続けた。対象者が角を曲がり視界から消えるたびに、早足になって距離を縮め、直線では歩速を戻し、一定の距離を保った。対象者はどこまでも一定の速度で歩き、一度も振り返ることなく、歩いて行った。まずい、この場面はたしか村上春樹さんの小説の中で観たことがある。この後、追っている方が酷い目に遭うんだ。でも白い足に取り付かれていた探偵の足取りは止まることなく、黒い時計を右へ、左へと進めていった。あらゆる人生の大抵の場合と同じように、探偵は全てが過ぎ去った後で、全てが思い出に変わってしまった後で、自分の歩いていた道が間違いだったという事に気が付いた。
 荒野が広がる砂利道を右に曲がると、そこは行き止まりだった。女子高生は消え、代わりに白猫が目の前で熟睡していた。正面の石壁にはA4サイズくらいの白い紙が張付けてあった。『愛とは一つの衝動である』とワープロ字で書かれてあり、『衝動である』という部分がマジックの斜線で消されていて、その横に『欲望にすぎない』と書きかえられていた。あぁ、騙されてたんだ。後方から足音がして、探偵が振り返ると、そこには一人の男がたっていた。彼が本物の探偵だった。偽物は追っているのではなく、追われていたのだった。本物は真っ黒なスーツを着て、真っ黒なサングラスをかけていた。ちなみに偽物の方は『YOUTH MEET CAT』と書かれたTシャツを着ていた。

 誰だ?
 誰でもない。
 なんで僕を追うんだ?
 仕事だよ。ロベール・デスノスのところから来たのさ。
 探偵ごっこはもう終わりだ。
 
 本物はスーツの中からピストルを取り出した。銃はピンク色だった。

 娘がイタズラしてね。
 塗っちゃったんだ。まだ六歳だからさ。
 仕事道具はしっかり管理しとかないとダメですよ。
 
 本物はピンクのやつの先を標的に向けて警官になった。偽物はピンチだった。これが絶体絶命ってやつか。絶体絶命。偽物は学生服を着ていた頃のことを思い出した。黒板に白い文字。絶体絶命と国語の先生は書いた。カマキリみたいに細くやせていて、丸眼鏡をかけていた。彼は絶体絶命について熱くかたっていた。偽物は斜め前の方の席にすわっている女の子の横顔をずっとみていた。彼女は春風みたいに自転車にのっていた。彼女の足はあんまり白くなかった。たしか、陸上部だった。偽物は彼女とつきあうことになった。そして、三日で振られてしまった。三日でふられてしまった。そうか、これが走馬灯というやつか。カマキリは今でもぜったいぜつめいについてあつくかたっているんだろうか。



   2、

 囚人になった偽物は警官に手錠代わりに、手を握られ、パトカーで連行される。

 どこへ行くの?
 海

 穏やかな海。波とカモメの音楽。そこに水着の女神たちがやってきて、その中の一人と仲良くなる。抱きしめあう。いや、もしかしたら、ヌーディスト・ビーチに行くのかもしれない。
 車道には車道以外なにも無い。それは記憶の道だった。あなたが今まで歩いて来た道は数知れないだろう。あなたはこれまでの旅の中で、とても多くの道を歩いて来た。その中でも、あなたが一番戻りたいと思う場所。それは制服を着て、女の子と自転車を押しながら歩いた無駄に長い坂道かもしれない。それはあなたが仕事帰りに傘も差さずに歩いた雨の夜道かもしれない。それは男同士、お酒を飲みながら肩を抱き合い語り合った酒場かもしれない。それはあなたが女の子を初めて抱きしめたベットの中かもしれない。パトカーが進んだ道はそんな場所に似ていた。
 朝食にカツ丼が並んだ冬を右に曲がると、少年が一人、車道の端で片手を挙げ、親指を立てていた。サボテンの隣に並んでいるような憧憬が彼には漂っていた。
 
 乗せてやりなよ
 なぜ?
 きっと、きみの娘とお似合いだぜ
 
 ピンク。

 冗談ですよ

 警官はパトカーを停め、少年を保護する。
 
 名前はなんて言うの?
 無い
 無い?
 うん、無いんだ
 どこまで行くの?
 アイデス(iDEATH)って知ってる?
 知らない
 とても静かなところなんだ そこは全部、西瓜糖っていうのでできてるんだ、家とか橋とかさ
 そこへ向かうの?
 いや、違うよ これからそのアイデスに似たものを作るんだ、みんなで
 みんな? 
 僕と僕の友達と、みんなでね
 女の子は居る?
 居るよ、少しね
 面白そうだ
 うん、砂遊びに似ているんだよ

 空はどこまでも続き、雲はどこまでも自由だった。知らない音が車内には流れている。悪くはなかった。大抵のことは、そう悪くはないのだろう。きっと。

 この辺で良いよ
 まだ遠いの?
 うん
 でも、しょうがないよ
 どんなに遠くたって進むしかないんだ 



   3、 

 着いたぜ 行きな
 逃げますよ
 逃げ場なんて無い
 ここにあるのは海だけだ

 警官はラッキー・ストライクを吸い始め、囚人にも一本分ける。囚人はライターを借り、火をつけた。一口、煙を吸い込み、吐く。それからライターを返し、車から出た。
 海は囚人の想像した海ではなかった。風は強く、波は高く、砂利が口の中を侵入して来て、海は全てを拒んでる。砂浜には海から拒絶された流木がカラスたちのベンチになっていた。ベンチに座ったカラスたちは少年少女合唱団のように鳴いていて、渚には一人の女性が立っている。白いワンピースを着て、黒の日傘を差していた。
 囚人はラッキー・ストライクをなびかせながら、彼女の元へと歩く。

 久しぶりね

 彼女は足音に気付き、振り向いて、微笑む。

 わたし結婚したの
 知ってる
 子供も居るのよ
 知ってた?
 知らなかった
 娘 もう六歳なの
 うん
 ねぇ
 ぼくらなんで三日で別れたんだろ
 やっぱり映画のせいかな?
 映画?
 タイタニック
 いっしょに観に行ったろ
 ひどいえいがだったね?
 覚えてない
 そっか
 じゃあ なにかおぼえてる?
 たいくつだったわ ずっと
 だって
 なにも話してくれなかったじゃない
 そうだっけ?
 たまに口がうごいたとおもったら
 なにか飲む?
 なにかのむ? っていうだけ
 そういえば そうだったかも
 ねぇ そろそろいかないと
 そっか
 そうよ
 じゃあ
 
 囚人はラッキー・ストライクを、一口吸い込み、彼女が去るのを待った。
 
 ねぇ いく  あなた
 え ?
  とこ さる の
 こう  と 
 そ 
 
 すべてが陽炎みたいにゆるやかに消えていった。僕は僕に戻り、街は街へと戻っていった。人波をさけたしろい猫が、くろいゴミ箱のとなりで夢を観ていた。
「これから、どこに行こうか?」
 目を覚ました猫はなにも答えず、ビルとビルの間をするすると走っていき、追いかけようにも、彼女が通った道をすすんでいくには、僕のからだは大きくなりすぎていて、ラッキー・ストライクの煙だけが、右手のさきから上空へと、いつまでも消えることなく、風のなかで踊りつづけている。


  ズー




海に帰る男の子がふえている。海に帰る途中で冬になった東京に寄り、からだを売り飛ばす男の子がふえている。海猫がコロニーをつくるビルを、非常口を確認するように稼いだ金を数えながら、のぼる。うにゃんと鳴きながら旋回を繰り返す海猫のこどもが眠る。塩分の含まれている、からっ風に乗り、海猫は屋上にコロニーをつくる。36階で毎分、お茶くみを頼まれている、くみちゃんがうにゃんと泣いている。旋回を繰り返す、海猫はこどもが眠れるようにコロニーをつくる。海に帰る途中の男の子がビルをのぼる。係長にお茶を頼まれた、くみちゃんがうにゃんと泣いている。海に帰る男の子がふえて、からだを売り飛ばす、海猫がふえている。こどもが眠りながら、からっ風に乗り、屋上に旋回を繰り返している。冬になった東京に寄り、裸になった男の子がコロニーをつくる。稼いだ金を数えながら、コロニーで眠る男の子がふえている。売り飛ばした、からだを買い戻すために非常口を確認している、海猫がふえる。冬になった東京の36階で、くみちゃんがお茶をいれている。うにゃんと鳴く海猫のこどもは係長になる夢を見ている。コロニーのある屋上までのぼる。くみちゃんに、商品を届けるために、のぼっている。旋回を繰り返す、からっ風に乗り、男の子は海に帰っていく。
海に帰る男の子の背中で、くみちゃんが、うにゃんと。


LET THE MUSIC PLAY。

  田中宏輔



ヘミングウェイが入ってきた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』32、清水俊二訳)

元気そうじゃないか。
(チャールズ・ウェッブ『卒業』1、佐和 誠訳、句点加筆)

プルーストは
(コクトー『阿片』堀口大學訳)

いつものきまりの席で、原稿を書いているところだった。
(ボリス・ヴィアン『日々の泡』56、曾根元吉訳)

君がよく引用した文句は何だったっけ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』14、木村 浩・松永緑彌訳)

ひとは他人の経験からなにも学びはしない。
(エリオット『寺院の殺人』第一部、福田恆存訳)

いや、まったく同感だ。──さしあたりはね。
(コレット『牝猫』工藤庸子訳、読点及び句点加筆)

まさに詩人のいうとおりだ。
(グレン・ヴェイジー『選択』夏来健次訳)

しかし、このことをほんとうに信じ、実際そうだと思うのは難しいね。
(ホーフマンスタール『詩についての対話』富士川英郎訳)

コーヒーが運ばれてきた。
(トーマス・マン『ブッデンブローグ家の人びと』第一部・第八章、望月市恵訳)

それにしても、
(モンテルラン『独身者たち』第I部・2、渡辺一民訳)

いまだにみんながきみの愛について語ることをしないのは、いったいどうしたことなのだろう。
(リルケ『マルテの手記』高安国世訳)

誰もが持っていることさえ拒むような考えを暴き出すのが詩人の務めだ
(ダン・シモンズ『大いなる恋人』嶋田洋一訳)

しかし、
(ノーマン・メイラー『鹿の園』第四部・18、山西英一訳)

世間の普通の人は詩など読まない
(ノサック『ドロテーア』神品義雄訳)

誰も詩人のものなんて読みやしない。
(コルターサル『石蹴り遊び』その他もろもろの側から・99、土岐恒二訳)

もちろんそうさ。
(テリー・ビッスン『時間どおりに教会へ』3、中村 融訳)

もう詩を書く人間はひとりもいない。
(J・G・バラード『スターズのスタジオ5号』浅倉久志訳)

詩作なんかはすべきでない。
(ホラティウス『書簡詩』第一巻・七、鈴木一郎訳)

じゃ
(サバト『英雄たちと墓』第I部・12、安藤哲行訳)

いったいなんのために書くのか?
(ノサック『弟』4、中野孝次訳)

 詩人の不幸ほど甚だしいものはないでしょう。さまざまな災悪によりいっそう深く苦しめられるばかりでなく、それらを解明するという義務も負うているからです
(レイナルド・アレナス『めくるめく世界』34、鼓 直・杉山 晃訳)

詩とは認識への焦慮なのです、それが詩の願いです、
(ブロッホ『ウェルギリウスの死』第III部、川村二郎訳)

やれやれ、何ぢやいこの気違ひは!
(ヴィリエ・ド・リラダン『ハルリドンヒル博士の英雄的行為』齋藤磯雄訳)

詩人を理解する者とては、詩人をおいてないのです。
(ボードレールの書簡、1863年10月10日付、A・C・スィンバーン宛、阿部良雄訳)

確かかね?
(J・G・バラード『地球帰還の問題』永井 淳訳)

どんな霊感が働いたのかね?
(フリッツ・ライバー『空飛ぶパン始末記』島岡潤平訳)

ともすれば、悲しみが喜び、喜びが悲しむ。
(シェイクスピア『ハムレット』第三幕・第二場、市河三喜・松浦嘉一訳)

いちばん深く隠れているものが真っ先に見つかってしまう
(エミリ・ディキンスンの詩・八九四番、新倉俊一・鵜野ひろ子訳)

ああ、あの別の関連の中へ
(リルケ『ドゥイノの悲歌』第九の歌、高安国世訳)

新たな知覚は新たな語彙を必要とする。
(デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル』下・第三部・53、酒井昭伸訳)

ぼくは詩が書きたかった。
(ロジャー・ゼラズニイ『伝道の書に薔薇を』2、大谷圭二訳)

詩作は一種のわがままである
(ゲーテ『粗野に 逞しく』小牧健夫訳)

今ではわたしも、他人のこころを犠牲にして得たこころの願望がいかなるものか、
(ゼナ・ヘンダースン『なんでも箱』深町眞理子訳)

それを知っている
(ノーマン・メイラー『鹿の園』第六部・28、山西英一訳)

私という病気にかかっていることがようやくわかった。
(エルヴェ・ギベール『ぼくの命を救ってくれなかった友人へ』8、佐宗鈴夫訳)

私というのは、空虚な場所、
(ジンメル『日々の断想』66、清水幾太郎訳)

世界という世界が豊饒な虚空の中に形作られるのだ。
(R・A・ラファティ『空(スカイ)』大野万紀訳)

詩は優雅で空虚な欺瞞だった。
(ルーシャス・シェパード『緑の瞳』4、友枝康子訳)

やっぱり芸術は、それを作り出す芸術家に対してしか意味がないんだなあ
(ロバート・ネイサン『ジェニーの肖像』8、井上一夫訳)

でも、
(ポール・アンダースン『生贄(いけにえ)の王』吉田誠一訳)

詩のために身を滅ぼしてしまうなんて名誉だよ。
(ワイルド『ドリアン・グレイの画像』第四章、西村孝次訳)

そんなことは少しも新しいことじゃないよ
(スタニスワフ・レム『砂漠の惑星』6、飯田規和訳)

人生をむだにややこしくして
(ダグラス・アダムス『さようなら、いままで魚をありがとう』34、安原和見訳)

ばかばかしい。
(フィリップ・ホセ・ファーマー『気まぐれな仮面』13、宇佐川晶子訳)

そうだ、
(原 民喜『心願の国』)

君はどう思う、戦争なんてものも、いい思い出になるものなのかな?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

どうかしてるよ、
(コクトー『怖るべき子供たち』一、東郷青児訳)

アーネスト。
(ワイルド『まじめが肝心』第二幕、西村孝次訳)

戦争がいいなんていえるのは、
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳)

気が狂っている。
(使徒行伝二六・二四)

なんだよ、そのいいがかりは?
(ハーラン・エリスン『ガラスの小鬼が砕けるように』伊藤典夫訳)

まあいいさ。
(ジュリアス・レスター『すばらしいバスケットボール』第一部・1、石井清子訳)

で、これからどうするんだ?
(ギュンター・グラス『猫と鼠』XIII、高本研一訳)

道楽者のアーネストは、どうするつもりだい?
(ワイルド『まじめが肝心』第一幕、西村孝次訳)

あ、
(ジョン・ダン『遺贈』篠田綾子訳)

そうだ。
(ミラン・クンデラ『ジャックとその主人』第一幕・第五場、近藤真理訳)

ブーローニュの森へ散歩に行ってみたら?
(ボリス・ヴィアン『日々の泡』13、曾根元吉訳、疑問符加筆)

気に入ったことを言うじゃないか。
(モリエール『人間ぎらい』第三幕・第一場、内藤 濯訳)

ポケットには、何がはいっている?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』32、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ヘミングウェイは嬉しそうに笑って見せた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

そこには
(ハーラン・エリスン『満員御礼』浅倉久志訳)

コンドームの包みがあったからである。
(ギュンター・グラス『猫と鼠』VII、高本研一訳、句点加筆)

二人は
(ラーゲルクヴィスト『バラバ』尾崎 義訳)

少し離れたバスの停留所へ向かった。
(カミュ『異邦人』第一部・5、窪田啓作訳)

バス停には、ごたごたと行列がいくつも並んでいた。
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』34、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

うしろで、もそもそやってるのは、だれの禿頭(はげあたま)だ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

そう言いながら、
(サリンジャー『フラニーとゾーイー』フラニー、野崎 孝訳)

ヘミングウェイはポケットからハンケチを出して、顔を拭いた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

バスがやってきて、彼の前でドアがあいた。
(トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』井辻朱美訳)

マルセルは
(バタイユ『眼球譚』第一部・物語・衣装箪笥、生田耕作訳)

そのハンケチほど汚いハンケチをみたことがなかった。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』5、清水俊二訳)

バスはいつもと違うコースをとった。
(リサ・タトル『きず』幹 遙子訳)

どこでもいい ここでさえなければ!
(ロバート・ロウエル『日曜の朝はやく目がさめて』金関寿夫訳)

ただ、この世界の外でさえあるならば!
(ボードレール『どこへでも此世の外へ』三好達治訳)

定義し理解するためには定義され理解されるものの外にいなければならない
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・28、土岐恒二訳)

ハンカチだ。もちろん、ハンカチがいる。
(エドモンド・ハミルトン『虚空の遺産』11、安田 均訳)

まるで金魚のようだ
(グレッグ・ベア『永劫』下・57、酒井昭伸訳)

それ、どういう意味?
(J・G・バラード『逃がしどめ』永井 淳訳)

一匹の魚にとって自分の養魚鉢を見るのはたやすいことではありませんね
(マルロー『アルテンブルクのくるみの木』第二部・三、橋本一明訳)

ぼくも以前は金魚鉢が大好きでした。
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・27、土岐恒二訳)

それ以来、幾年かが流れすぎた。
(シュトルム『大学時代』大学にて、高橋義孝訳、読点加筆)

さて、そのハンカチは、いまどこにあるだろう?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』84、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ありあまるほどの平和。
(ハーラン・エリスン『眠れ、安らかに』浅倉久志訳)

自殺がいっぱい。
(ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』25、井上 勇訳、句点加筆)

自殺が。
(三島由紀夫『禁色』第四章、句点加筆)

僕タチハ、ミンナ森ニイル。
(G・ヤノーホ『カフカとの対話』吉田仙太郎訳、読点加筆)

僕タチハ、ミンナ森ニイル。
(G・ヤノーホ『カフカとの対話』吉田仙太郎訳、読点加筆)



*



一ぴきのウサギが、小さな薮のかげから飛び出した。
(ロジャー・ゼラズニイ『ドリームマスター』3、浅倉久志訳)

 兎は、われわれを怯えさせはしない。しかし、兎が、思いがけず、だし抜けに飛び出して来ると、われわれも逃げ出しかねない。
 われわれに取って抜き打ちだったために、われわれを驚嘆させたり、熱狂させたりする観念についても、同じことが言える。
(ヴァレリー『倫理的考察』川口 篤訳)

人間の通性が不意に稀有なものとなる。
(ジェフリー・ヒル『小黙示録』富士川義之訳)

慣れ親しんでいるためにかえってその深さが見えにくかったその単語の下に、突然過去の深淵が口を開ける
(プルースト『美の教師』吉田 城訳)

何もかもがとてもなじみ深く見えながら、しかもとても見慣れないものに思えるのだ。
(キム・スタンリー・ロビンスン『荒れた岸辺』上・第三部・11、大西 憲訳)

たましい全体が単純なひとことのまわりにたわむ
(イーヴ・ボンヌフォア『苦悩と欲求との対話』2、安藤元雄訳)

quum res animum occupavere, verba ambiunt.
物(内容)が精神を占有するとき、言葉は蝟集す。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』より、セネカの言葉)

わたしの世界の何十という断片が結びつきはじめる。
(グレッグ・イーガン『貸金庫』山岸 真訳)

断片はそれぞれに、そうしたものの性質に従って形を求めた。
(ウィリアム・ギブスン『モナリザ・オーヴァドライヴ』36、黒丸 尚訳)

記憶が、各瞬間に、それぞれの言葉(、、)を介して参加する。
(ヴァレリー『詩学序説』コレージュ・ド・フランスにおける詩学の教授について、河盛好蔵訳)

きみの中で眠っていたもの、潜んでいたもののすべてが現われるのだ
(フィリップ・K・ディック『銀河の壺直し』5、汀 一弘訳)

言葉はもはや彼をつなぎとめてはいないのだ。
(ブルース・スターリング『スキズマトリックス』第三部、小川 隆訳)

そして風景が整えられる。(……)ひとつの言葉のまわりに。
(ジャック・デュパン『燃えさしの薪・距たり』多田智満子訳)

すべてのものを新たにする。
(『ヨハネの黙示録』二一・五)

すべてが新しくなったのである。
(『コリント人への第二の手紙』五・一七)

家造りらの捨てた石は
隅のかしら石となった。
(詩篇』一一八・二二─二三)

「比喩」metaphora は、ギリシア語の「別の所に移す」を意味する動詞metaphereinに由来する。そこから、或る語をその本来の意味から移して、それと何らかの類似性を有する別の意味を表すように用いられた語をメタフォラという。
(トマス・アクィナス『神学大全』第一部・第I門・第九項・訳註、山田 晶訳)

新しい関係のひとつひとつが新しい言葉だ。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

森はどこにあるのか。
(ホフマンスタール『帰国者の手紙』第二の手紙、檜山哲彦訳)

一匹の兎が
(ランボー『大洪水後』小林秀雄訳)

一つの言葉が
(ル・クレジオ『戦争』豊崎光一訳)

森だ
(ノサック『滅亡』神品芳夫訳)

あらゆるものがあらゆるものとともにある
(ホルヘ・ギリェン『ローマの猫』荒井正道訳)

あらゆる事が生ずる土地である
(プルースト『ギュスタヴ・モローの神秘的世界についての覚書』粟津則雄訳)

なぜならこの場所こそ(……)さまざまな想いを、かくも長く、かくも静かに、
散逸させずに保っていたところなのだ。
(フィリップ・アーサー・ラーキン『寺院を訪ねる』澤崎順之助訳)

あらゆるものの発端、効能、胚種が、一つ残らず収まっている。
(ホイットマン『草の葉』さまざまな胚種、酒本雅之訳)

森が待っている。
(フィリップ・K・ディック『報酬』浅倉久志訳)

森じゅうが待っている。
(ジュール・シュペルヴィエル『昨日と今日』飯島耕一訳)



*



ヘミングウェイが入ってきた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』32、清水俊二訳)

元気そうじゃないか。
(チャールズ・ウェッブ『卒業』1、佐和 誠訳、句点加筆)

プルーストは
(コクトー『阿片』堀口大學訳)

いつものきまりの席で、原稿を書いているところだった。
(ボリス・ヴィアン『日々の泡』56、曾根元吉訳)

君がよく引用した文句は何だったっけ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』14、木村 浩・松永緑彌訳)

ひとは他人の経験からなにも学びはしない。
(エリオット『寺院の殺人』第一部、福田恆存訳)

いや、まったく同感だ。──さしあたりはね。
(コレット『牝猫』工藤庸子訳、読点及び句点加筆)

まさに詩人のいうとおりだ。
(グレン・ヴェイジー『選択』夏来健次訳)

しかし、このことをほんとうに信じ、実際そうだと思うのは難しいね。
(ホーフマンスタール『詩についての対話』富士川英郎訳)

コーヒーが運ばれてきた。
(トーマス・マン『ブッデンブローグ家の人びと』第一部・第八章、望月市恵訳)

こつこつ
(トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』第八部・第二章、望月市恵訳)

あ、
(ジョン・ダン『遺贈』篠田綾子訳)

上の人また叩いたわ
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・28、土岐恒二訳)

二つ三つ。
(ジェイムズ・P・ホーガン『仮想空間計画』プロローグ、大島 豊訳)

このつぎで四度目になるが、
(デイヴィッド・ブリン『スタータイド・ライジング』下・第十部・125、酒井昭伸訳)

きみにいたずらをした男かい?
(ルーシャス・シェパード『緑の瞳』3、友枝康子訳)

よく覚えているよ。
(ロッド・サーリング『ミステリーゾーン』機械に脅迫された男、小菅正夫訳)

なにもかもがわたしに告げる
(ホルヘ・ギリェン『一足の靴の死』荒井正道訳)

神がそこにいる。
(ベルナール・ウェルベル『蟻の時代』第2部、小中陽太郎・森山 隆訳)

と、
(アルフレッド・ベスター『願い星、叶い星』中村 融訳)

神だって?
(ロバート・シルヴァーバーグ『ガラスの塔』31、岡部宏之訳)

神を持ち出すなよ。話がこんぐらがってくる
(キース・ロバーツ『ボールダーのカナリア』中村 融訳)

そうだ、
(原 民喜『心願の国』)

君はどう思う、戦争なんてものも、いい思い出になるものなのかな?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

どうかしてるよ、
(コクトー『怖るべき子供たち』一、東郷青児訳)

アーネスト。
(ワイルド『まじめが肝心』第二幕、西村孝次訳)

戦争がいいなんていえるのは、
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳)

気が狂っている。
(使徒行伝二六・二四)

なんだよ、そのいいがかりは?
(ハーラン・エリスン『ガラスの小鬼が砕けるように』伊藤典夫訳)

まあいいさ。
(ジュリアス・レスター『すばらしいバスケットボール』第一部・1、石井清子訳)

で、これからどうするんだ?
(ギュンター・グラス『猫と鼠』XIII、高本研一訳)

道楽者のアーネストは、どうするつもりだい?
(ワイルド『まじめが肝心』第一幕、西村孝次訳)

こつこつ
(トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』第八部・第二章、望月市恵訳)

あ、
(ジョン・ダン『遺贈』篠田綾子訳)

上の人また叩いたわ
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・28、土岐恒二訳)

二つ三つ。
(ジェイムズ・P・ホーガン『仮想空間計画』プロローグ、大島 豊訳)

このつぎで四度目になるが、
(デイヴィッド・ブリン『スタータイド・ライジング』下・第十部・125、酒井昭伸訳)

きみにいたずらをした男かい?
(ルーシャス・シェパード『緑の瞳』3、友枝康子訳)

よく覚えているよ。
(ロッド・サーリング『ミステリーゾーン』機械に脅迫された男、小菅正夫訳)

過去はただ単にたちまち消えてゆくわけではないどころか、いつまでもその場に残っているものだ。
(プルースト『失われた時を求めて』ゲルマントの方II・第二章、鈴木道彦訳)

一つ一つのものは自分の意味を持っている。
(リルケ『フィレンツェだより』森 有正訳) 
 
その時々、それぞれの場所はその意味を保っている。
(リルケ『フィレンツェだより』森 有正訳) 

おかしいわ。
(ウィリアム・ピーター・ブラッティ『エクソシスト』プロローグ、宇野利泰訳)

どうしてこんなところに?
(コードウェイナー・スミス『西欧科学はすばらしい』伊藤典夫訳)

新しい石を手に入れる。
(R・A・ラファティ『つぎの岩につづく』浅倉久志訳)

それをならべかえる
(カール・ジャコビ『水槽』中村能三訳)

人間というものは、いつも同じ方法で考える。
(ベルナール・ウェルベル『蟻』第2部、小中陽太郎・森山 隆訳)

個性は思い出と習慣によって作られる
(ヴァレリー全集カイエ篇6『自我と個性』滝田文彦訳)

霊はすべておのれの家を作る。だがやがて家が霊を閉じこめるようになる。
(エマソン『運命』酒本雅之訳)

存在を作り出すリズム
(アーシュラ・K・ル・グィン『踊ってガナムへ』小尾芙佐訳)

人間ひとりひとりを永遠と偏在に参与せしめるリズム
(アーシュラ・K・ル・グィン『踊ってガナムへ』小尾芙佐訳)

あらゆる言語的現象の奥には、リズムがある。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩・リズム、牛島信明訳)

I would define the Poetry of words as The Rhythmical of Beauty.
私は、詩の定義をリヅムをもって美を作り出したものとしたい。
(E.A.Poe:The Poetic Principle. 齋藤 勇訳)

リズムはわれわれのあらゆる創造の泉である。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩・リズム、牛島信明訳)

言葉の詩とはつまり「美の韻律的創造」だと言えよう。
(ポオ『詩の原理』篠田一士訳)

論理的には全世界が自分の名前になるということが理解できるか?
(イアン・ワトスン『乳のごとききみの血潮』野村芳夫訳)

ほかにいかなるしるしありや?
(コードウェイナー・スミス『スキャナーに生きがいはない』朝倉久志訳)

言葉以外の何を使って、嫌悪する世界を消しさり、愛しうる世界を創りだせるというのか?
(フエンテス『脱皮』第三部、内田吉彦訳)

具体的な形はわれわれがつくりだすのだ
(ロバート・シルヴァーバーグ『いばらの旅路』28、三田村 裕訳)

創造者であるとともに被創造物でもある
(ブライアン・W・オールディス『讃美歌百番』浅倉久志訳)

形と意味を与えられた苦しみ。
(サミュエル・R・ディレイニー『コロナ』酒井昭伸訳)

きみはこれになるか?
(ロバート・シルヴァーバーグ『旅』2、岡部宏之訳)

認識する主体と客体は一体となる。
(プロティノス『自然、観照、一者について』8、田之頭安彦訳)

どちらが原因でどちらが結果なのか、
(アラン・ライトマン『アインシュタインの夢』一九〇五年六月十日、浅倉久志訳)

原因と結果の同時生起
(ブロッホ『夢遊の人々』第三部・七、菊盛英夫訳)

人間とは、言語を創造することによって自己を創造した存在である。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩・言語、牛島信明訳)

詩人は詩による創造であり、詩は詩人による創造である。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩的啓示・インスピレーション、牛島信明訳)

窮迫と夜は人を鍛える。
(ヘルダーリン『パンと酒』川村二郎訳)

孤独、偉大な内面的孤独。
(リルケ『若い詩人への手紙』高安国世訳)

おそらく、最も優れたものは孤独の中で作られるものであるらしい。
(ヴァージニア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)

作家は文学を破壊するためでなかったらいったい何のために奉仕するんだい?
(コルターサル『石蹴り遊び』その他もろもろの側から・99、土岐恒二訳)

きみはそれを知っている人間のひとりかね?
(ノーマン・メーラー『鹿の園』第六部・28、山西英一訳)

そのとおりであることを祈るよ。
(アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』第一部・4、福島正実訳)

それが傑作でないというのなら、本など書いていったい何になろう?
(エルヴェ・ギベール『楽園』野崎歓訳)

本が、知識のあらゆる部門に亙って激増したことは、近代の悪弊の一つである。
(ポオ『覚書(マルジナリア)』本の濫造、吉田健一訳)

mediocres poetas nemo novit; bonos pauci.
平凡なる詩人を何人も知らず、良き詩人を少數者のみが知る。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』より、タキトゥスの言葉)

人間は見かけ通りであるべきです。
(シェイクスピア『オセロウ』第三幕・第三場、菅 泰男訳)

まさか見える通りの、そのままの人間ではあるまい。
(シェイクスピア『ヘンリー四世 第一部』第五幕・第四場、中野好夫訳)

あるいは、その逆かもしれない。
(アヴラム・デイヴィッドスン『眠れる美女ポリー・チャームズ』古屋美登里訳)

そうだ。
(ミラン・クンデラ『ジャックとその主人』第一幕・第五場、近藤真理訳)

ブーローニュの森へ散歩に行ってみたら?
(ボリス・ヴィアン『日々の泡』13、曾根元吉訳、疑問符加筆)

気に入ったことを言うじゃないか。
(モリエール『人間ぎらい』第三幕・第一場、内藤 濯訳)

ポケットには、何がはいっている?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』32、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ヘミングウェイは嬉しそうに笑って見せた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

そこには
(ハーラン・エリスン『満員御礼』浅倉久志訳)

コンドームの包みがあったからである。
(ギュンター・グラス『猫と鼠』VII、高本研一訳、句点加筆)

二人は
(ラーゲルクヴィスト『バラバ』尾崎 義訳)

少し離れたバスの停留所へ向かった。
(カミュ『異邦人』第一部・5、窪田啓作訳)

バス停には、ごたごたと行列がいくつも並んでいた。
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』34、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

うしろで、もそもそやってるのは、だれの禿頭(はげあたま)だ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

そう言いながら、
(サリンジャー『フラニーとゾーイー』フラニー、野崎 孝訳)

ヘミングウェイはポケットからハンケチを出して、顔を拭いた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

バスがやってきて、彼の前でドアがあいた。
(トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』井辻朱美訳)

マルセルは
(バタイユ『眼球譚』第一部・物語・衣装箪笥、生田耕作訳)

そのハンケチほど汚いハンケチをみたことがなかった。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』5、清水俊二訳)

バスはいつもと違うコースをとった。
(リサ・タトル『きず』幹 遙子訳)

どこでもいい ここでさえなければ!
(ロバート・ロウエル『日曜の朝はやく目がさめて』金関寿夫訳)

ただ、この世界の外でさえあるならば!
(ボードレール『どこへでも此世の外へ』三好達治訳)

定義し理解するためには定義され理解されるものの外にいなければならない
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・28、土岐恒二訳)

ハンカチだ。もちろん、ハンカチがいる。
(エドモンド・ハミルトン『虚空の遺産』11、安田 均訳)

それ以来、幾年かが流れすぎた。
(シュトルム『大学時代』大学にて、高橋義孝訳、読点加筆)

さて、そのハンカチは、いまどこにあるだろう?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』84、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ありあまるほどの平和。
(ハーラン・エリスン『眠れ、安らかに』浅倉久志訳)

自殺がいっぱい。
(ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』25、井上 勇訳、句点加筆)

自殺が。
(三島由紀夫『禁色』第四章、句点加筆)

僕タチハ、ミンナ森ニイル。
(G・ヤノーホ『カフカとの対話』吉田仙太郎訳、読点加筆)

僕タチハ、ミンナ森ニイル。
(G・ヤノーホ『カフカとの対話』吉田仙太郎訳、読点加筆)

やがて思い出に変わる この
瞬間とは何だろう
(ヒメーネス『石と空』第一部・石と空・8・思い出・1、荒井正道訳)

一切がことばになりうるわけではない。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第三部・日の出前、手塚富雄)

われわれは、自分のすべての回想を、自分に所有している、ただそれの全部を思いだす能力をもっていないだけだ、
(プルースト『失われた時を求めて』第四篇・ソドムとゴモラII、井上究一郎訳)

もみの樹はひとりでに位置をかえる。
(ジュネ『葬儀』生田耕作訳)

いち早く過ぎる日々こそ最も美しい
(L・M・モンゴメリ『麒麟草の咲く日に』吉川道夫・柴田恭子訳)

美しい?
(J・G・バラード『希望の海、復讐の帆』浅倉久志訳)

マベル、恋をすることよりも美しいことがあるなんて言わないでね
(プイグ『赤い唇』第二部・第十三回、野谷文昭訳)

おお
(ボードレール『黄昏』三好達治訳)

愛よ
(ノヴァーリス『青い花』第一部・第九章、青山隆夫訳)

愛の与える知識の深さよ!
(ホフマンスタール『世界の秘密』川村二郎訳)

お前は苦痛が何を受け継いだかを知っている。
(ジェフリー・ヒル『受胎告知』2、富士川義之訳)

それ自身の新しい言葉を持たない恋がどこにあるだろう?
(シオドア・スタージョン『めぐりあい』川村哲郎訳)

ことばはわれわれ自身の存在である。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩的啓示・インスピレーション、牛島信明訳)

深い森のなかで孤独を楽しもうとしたって、無駄な話さ。
(ポオ『マリー・ロジェの謎』丸谷才一訳)

ubinam gentium sumus?
我々は世界の何處にゐるか。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』より、キケロの言葉)

恋をするにふさわしい場所。
(ペトロニウス『サテュリコン』131、国原吉之助訳)

人生には、恋をしている人々が常に心待ちにしているような奇跡がばらまかれているものだ。
(プルースト『失われた時を求めて』第二篇・花咲く乙女たちのかげに・I・第一部、鈴木道彦訳)

きれいな花ね。
(ジョン・ウィンダム『野の花』大西尹明訳)

花がなんだというのかね。
(ホラティウス『歌集』第三巻・八、鈴木一郎訳)

花じゃないの?
(ブライアン・W・オールディス『唾の樹』中村 融訳)

かつてはこれも人間だったのだ。
(ハーラン・エリスン『キャット・マン』池 央耿訳)

過ぎ去ったことがどのように空間のなかに収まることか、
──草地になり、樹になり、あるいは
空の一部となり……蝶(ちょう)も
花もそこにあって、何ひとつ欺くものはない
(リルケ『明日が逝くと……』高安国世訳)

凄いわ
(サバト『英雄たちと墓』第I部・9、安藤哲行訳)

花だ。
(ネルヴァル『火の娘たち』アンジェリック・第十の手紙、入沢康夫訳)

すごく大きいわね!
(ブライアン・W・オールディス『唾の樹』中村 融訳)

だまっててよ、ママ。
(フリッツ・ライバー『冬の蠅』大谷圭二訳)

なにがいけないっていうの?
(ジャネット・フォックス『従僕』山岸 真訳)

もうたくさん
(ジェイン・ヨーレン『死の姉妹』宮脇孝雄訳)

こつこつ
(トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』第八部・第二章、望月市恵訳)

あ、
(ジョン・ダン『遺贈』篠田綾子訳)

上の人また叩いたわ
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・28、土岐恒二訳)

二つ三つ。
(ジェイムズ・P・ホーガン『仮想空間計画』プロローグ、大島 豊訳)

このつぎで四度目になるが、
(デイヴィッド・ブリン『スタータイド・ライジング』下・第十部・125、酒井昭伸訳)

きみにいたずらをした男かい?
(ルーシャス・シェパード『緑の瞳』3、友枝康子訳)

よく覚えているよ。
(ロッド・サーリング『ミステリーゾーン』機械に脅迫された男、小菅正夫訳)

どんなものでも、人間の思考の焦点に入ると、魂を持つようになる。
(ナボコフ『賜物』第4章、沼野充義訳)

完璧だからこそ横柄なこれらの幻像は
純粋な精神のなかで育った。だが、もともとそれは
何であったか? 屑物(くずもの)の山、街路の塵芥(ちりあくた)、
古い薬缶(やかん)、古い空瓶(あきびん)、ひしゃげたブリキ缶、
古い火のし、古い骨、ぼろ布、銭箱にしがみついて
喚(わめ)き立てるあの売女(ばいた)。
(イエイツ『サーカスの動物たちは逃げた』III、高松雄一訳)

皆ちりから出て、皆ちりに帰る。
(伝道の書三・二〇)

あとは卑猥な文句ばかりがつづいているが、
(ボリス・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』II・第10編・4、江川 卓訳)

こうしてアリスはとっかえひっかえ、一人二役で話をつづけていた。
(ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』4、矢川澄子訳、句点加筆)



*



きみはわれわれがどうも間違った兎を追いかけているような気はしないかね?
(J・G・バラード『マイナス 1』伊藤 哲訳)

もちろんちがうさ。
(ゼナ・ヘンダースン『月のシャドウ』宇佐川晶子訳)

そんなことはありえない。
(フランク・ハーバート『ドサディ実験星』12、岡部宏之訳)

いいかい?
(シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』大久保 譲訳)

そもそも
(ウィリアム・ブラウニング・スペンサー『真夜中をダウンロード』内田昌之訳)

現実とはなにかね?
(ソムトウ・スチャリトクル『スターシップと俳句』第三部・19、冬川 亘訳)

なにを彼が見つめていたか?
(ガデンヌ『スヘヴェニンゲンの浜辺』20、菅野昭正訳)

このできごとのどこまでが現実にあったことだ?
(グレッグ・ベア『女王天使』下・第二部・54、酒井昭伸訳)

人間はいったい何を確実に知っているといえるだろう?
(フィリップ・K・ディック『時は乱れて』6、山田和子訳)

言葉とは何か?
(フィリップ・K・ディック『時は乱れて』4、山田和子訳)

いったい、御言(ロゴス)とは何なのだ?
(フロベール『聖アントワヌの誘惑』第四章、渡辺一夫訳)

以前知らなかった一つの存在を認識したために思考が豊かになっているので、
(ノサック『滅亡』神品芳夫訳)

 すべていままで私の精神に統一なしにはいってきた要素が、ことごとく理解されるものとなり、明瞭な姿をあらわしてきた、
(プルースト『失われた時を求めて』第四篇・ソドムとゴモラ、井上究一郎訳)

今こそわたしにも、世界がなんでできあがっているかがわかった。人間とはどんなものかがわかった。
(フィリップ・K・ディック『あなたをつくります』13、佐藤龍雄訳)

なぜそれに気づかなかったのだろう?
(ワイルド『ドリアン・グレイの画像』第二章、西村孝次訳)

 心は、実のところ、忘れるのがとても上手だ。それも単にどうでもいいことを忘れるだけでなく、すばらしく貴重な感覚を忘れて、それを再発見させるほどの知恵を備えている。
(ブライアン・ステイブルフォード『地を継ぐ者』第一部・1、嶋田洋一訳)

天は汝等を招き、その永遠(とこしえ)に美しき物を示しつゝ汝等をめぐる、
(ダンテ『神曲』淨火・第十四曲、山川丙三郎訳)

濃い緑と青
(ランボー『飾画』平凡な夜曲、小林秀雄訳)

眼下に広がるのは、生命に満ちあふれた世界だった。
(アーサー・C・クラーク『3001年終局への旅』プロローグ、伊藤典夫訳)

有限なものとなったのは無限のものだった。
(イヴ・ボヌフォワ『大地の終るところで』II、清水 茂訳)

魂だけが魂を理解する
(ホイットマン『草の葉』完全な者たち、酒本雅之訳)

愛の道は
愛だけが通れる
(カルロス・ドルモン・ジ・アンドラージ『食卓』ナヲエ・タケイ・ダ・シルバ訳)

愛を理解し得るのは愛だけ
(ポオの書簡より、一八四八年十月十八日付、セアラ・ウィットマン宛、坂本和男訳)

 芸術のただ一つの起源は、イデアの認識である。そして芸術のただ一つの目標は、この認識の伝達ということに外ならない。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第三巻・第三十六節、西尾幹二訳)

兄弟よ。しかするなかれ、汝も魂、汝の見る者も魂なれば。
(ダンテ『神曲』淨火・第二十一曲、山川丙三郎訳、読点加筆)

 作品とはけっしてさまざまな特殊な資質を見せびらかしたものではなく、われわれの生のなかにあるもっとも内的なもの、事物のなかにあるもっとも奥深いものの表現
(プルースト『シャルダンとレンブラント』粟津則夫訳)

われわれは事物の精神を、魂を、特徴をつかまえなくてはならない。
(バルザック『知られざる傑作』一、水野 亮訳)

古びてゆく屋根の縁さえ
空の明るみを映して、──
感じるものとなり、国となり、
答えとなり、世界となる。
(リルケ『かつて人間がけさほど……』高安国世訳)

自然の事実はすべて何かの精神的事実の象徴だ。
(エマソン『自然』四、酒本雅之訳)」

わたしたちの言葉の中に それはひそんでいる
(ホフマンスタール『世界の秘密』川村二郎訳)

言葉は現実を表わしているのではない。言葉こそ現実なのだ。
(フィリップ・K・ディック『時は乱れて』4、山田和子訳)

言葉はそれが表示している対象物以上に現実的な存在なのだ。
(フィリップ・K・ディック『時は乱れて』4、山田和子訳)



*



ヘミングウェイが入ってきた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』32、清水俊二訳)

元気そうじゃないか。
(チャールズ・ウェッブ『卒業』1、佐和 誠訳、句点加筆)

プルーストは
(コクトー『阿片』堀口大學訳)

いつものきまりの席で、原稿を書いているところだった。
(ボリス・ヴィアン『日々の泡』56、曾根元吉訳)

君がよく引用した文句は何だったっけ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』14、木村 浩・松永緑彌訳)

ひとは他人の経験からなにも学びはしない。
(エリオット『寺院の殺人』第一部、福田恆存訳)

いや、まったく同感だ。──さしあたりはね。
(コレット『牝猫』工藤庸子訳、読点及び句点加筆)

まさに詩人のいうとおりだ。
(グレン・ヴェイジー『選択』夏来健次訳)

しかし、このことをほんとうに信じ、実際そうだと思うのは難しいね。
(ホーフマンスタール『詩についての対話』富士川英郎訳)

コーヒーが運ばれてきた。
(トーマス・マン『ブッデンブローグ家の人びと』第一部・第八章、望月市恵訳)

 男にもし膣と乳房があれば、世の中の男はひとり残らずホモになっているだろう、とシルビア・リゴールは口癖のように言っていた。
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』変容の館、木村榮一訳)

ヤコービは、彼の数学上の発見の秘密を問われて「つねに逆転させなければならない」といった。
(E・T・ベル『数学をつくった人びとII』21、田中 勇・銀林 浩訳)

みるものが変われば心も変わる。
(シェイクスピア『トライラスとクレシダ』V・ii、玉泉八州男訳)

心のなかに起っているものをめったに知ることはできないものではあるが、
(ノーマン・メーラー『鹿の園』第三部・10、山西英一訳)

隠れているもので、知られてこないものはない。
(『マタイによる福音書』一〇・二六)

そのような実在は、それがわれわれの思考によって再創造されなければわれわれに存在するものではない
(プルースト『失われた時を求めて』第四篇・ソドムとゴモラI、井上究一郎訳)

一体どのようにして、だれがわたしたちを目覚ますことができるというのか。
(ノサック『滅亡』神品芳夫訳)

だれがぼくらを目覚ませたのか、
(ギュンター・グラス『ブリキの音楽』高本研一訳)

ことば、ことば、ことば。
(シェイクスピア『ハムレット』第二幕・第二場、大山俊一訳)

言葉と精神とのあいだの内奥の合一の感をわれわれに与えるのが、詩人の仕事なのであり
(ヴァレリー『詩と抽象的思考』佐藤正彰訳)

これらはことばである
(オクタビオ・パス『白』鼓 直訳)

 実際に見たものよりも、欺瞞、神秘、死に彩られた物語に書かれた月のほうが印象に残っているのはどういうわけだろう。
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』世界一の美少女、木村榮一訳)

言葉は虚偽だ。
(ヴァージニア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)

芸術作品はすべて美しい嘘である。
(スタンダール『ウォルター・スコットと『クレーヴの奥方』』小林 正訳)

詩は優雅で空虚な欺瞞だった。
(ルーシャス・シェパード『緑の瞳』4、友枝康子訳)

といってもそこにはなんらかの真実がある。
(プルースト『失われた時を求めて』第四篇・ソドムとゴモラI、井上究一郎訳)

どんな巧妙な嘘にも、真実は含まれている
(A・E・ヴァン・ヴォクト『スラン』10、浅倉久志訳)

このうえなく深い虚偽からかがやくような新しい真実が生まれるにちがいない、
(ブロッホ『ウェルギリウスの死』第III部、川村二郎訳)

どんな人間の言葉も真実ではない。
(ペール・ラーゲルクヴィスト『星空の下で』山室 静訳)

ぼくだってどこに真実があるかなんて知っちゃいないさ。
(コルターサル『石蹴り遊び』41、土岐恒二訳)

そも人間の愛にそれほど真実がこもっているのだろうか。
(エミリ・ブロンテ『いざ、ともに歩もう』松村達雄訳)

単純な答えなどない。
(アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』第二部・14、中田耕治訳)

人間はいったい何を確実に知っているといえるだろう?
(フィリップ・K・ディック『時は乱れて』6、山田和子訳)

そもそもこの世の中で、他人のことを気にかけている人間がいるのだろうか?
(P・D・ジェイムズ『ナイチンゲールの屍衣』第四章・2、隅田たけ子訳)

愛情深い人間なんてほんとうにいるのでしょうか。
(モーリヤック『ホテルでのテレーズ』藤井史郎訳)

人間が真実の相において愛することができるのは、自分自身なのであり
(三島由紀夫『告白するなかれ』)

愛とはそれを媒体としてごくたまに自分自身を享受することのできる一つの感情にすぎない。
(E・M・フォースター『モーリス』第四部・44、片岡しのぶ訳)

 おまえはいつも愚かな頭のなかで、ありもしない人間の間の絆を実在するかのように考えてしまうらしいな。それがおまえのすべての不幸のもとなんだ。
(マルキ・ド・サド『新ジェスティーヌ』澁澤龍彦訳)

つきつめて分析すれば、人はみな他人とは隔絶されている。
(フィリップ・K・ディック『ジョーンズの世界』10、白石 朗訳)

自分の皮膚のなかに、独りきりでいる。
(D・H・ロレンス『死んだ男』I、幾野 宏訳)

何事も頭脳の中で起こる。
(ワイルド『獄中記』田部重治訳)

すべては主観である。
(マルクス・アウレーリウス『自省録』第二章・一五、神谷美恵子訳)

 われわれは孤独に存在している。人間は自己から抜けだせない存在であり、自己のなかでしか他人を知らない存在である、
(プルースト『失われた時を求めて』第六篇・逃げさる女、井上究一郎訳)

私はふいに、はっきりした理由はわからないけれども、十年の間、自分を欺いていたことを知ったのである。
(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)

われわれにもっとも暴威をふるう情熱は、その起原についてわれわれが自分を欺いている情熱なのである。
(ワイルド『ドリアン・グレイの画像』第四章、西村孝次訳)

愛は何物でもない、苦悩がすべてだ
(ラーゲルクヴィスト『愛は何物でもない……』山室 静訳)

苦しみをこそ、ぼくは愛している。
(デュラス『北の愛人』清水 徹訳)

わたしの神よ、わたしの苦痛よ、
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四部、手塚富雄訳)

不幸は俺の神であった。
(ランボー『地獄の季節』小林秀雄訳)

不幸は情熱の糧なのだ。
(ターハル・ベン=ジェルーン『聖なる夜』9、菊地有子訳)

情熱こそは人間性の全部である。
(バルザック『人間喜劇』序、中島健蔵訳)

魂の他のどんな状態にもまして、悲しみは、人間の性格や運命を深く洞察させる。
(スタール夫人『北方文学と南方文学』加藤晴久訳)

増大する苦痛が苦痛の観察を強いるのです。
(ヴァレリー『テスト氏』テスト氏との一夜、村松 剛・菅野昭正訳)

地上の人生、それは試練にほかならないのではないでしょうか。だれが苦痛や困難を欲する者がありましょう。
(アウグスティヌス『告白』第十巻・第二十八章・三九、山田 晶訳)

人間がときとして、おそろしいほど苦痛を愛し、夢中にさえなることがあるのも、間違いなく事実である。
(ドストエフスキー『地下室の手記』I・9、江川 卓訳)

たしかに
(ジョン・ブラナー『木偶(でく)』吉田誠一訳)

あらゆる出会いが苦しい試練だ。
(フィリップ・K・ディック『ユービック : スクリーンプレイ』34、浅倉久志訳)

その傷によって
(ヨシフ・ブロツキー『主の迎接祭(スレーチエニエ)』小平 武訳)

違った状態になる
(チャールズ・オルソン『かわせみ』4、出淵 博訳)

何もかも
(ロバート・A・ハインライン『悪徳なんかこわくない』上・1、矢野 徹訳)

 悲しみは、一回ごとに一つの法則をわれわれにあかすわけではないにしても、そのたびにわれわれを真実のなかにひきもどし、物事を真剣に解釈するようにさせる
(プルースト『失われた時を求めて』第七篇・見出された時、井上究一郎訳)

苦しみは人生で出会いうる最良のものである
(プルースト『失われた時を求めて』第六篇・逃げさる女、井上究一郎訳)

世界はすべての人間を痛めつけるが、のちには多くの人がその痛めつけられた場所で、かえって強くなることもある。
(ヘミングウェイ『武器よさらば』第三四章、鈴木幸夫訳)

苦悩(くるしみ)は祝福されるのだ。
(フロベール『聖アントワヌの誘惑』第三章、渡辺一夫訳)

苦痛の深部を経て、人は神秘に、真髄に達するのだ。
(プルースト『失われた時を求めて』第六篇・逃げさる女、井上究一郎訳)

愛することもまたいいことです。なぜなら愛は困難だからです。
(リルケ『若い詩人への手紙』高安国世訳)

多感な心と肉体を捻じり合わせて愛に変えうるのは苦しみだけ
(E・M・フォースター『モーリス』第四部・42、片岡しのぶ訳)

おそらく、苦悩はつねに最強のものなのだ。
(マルロー『アルテンブルクのくるみの木』シャルトル捕虜収容所、橋本一明訳)

不幸はしばしばもっと大きな苦しみによって報いられる。
(ルネ・シャール『砕けやすい年(抄)』水田喜一朗訳)

もっとも多く愛する者は敗者である、そして苦しまねばならぬ──
(トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』高橋義孝訳)

 愛が單なる可能性にすぎない以上、それはしばしば躓きやすいものだ。いや寧ろ、躓くことによつて愛は意識されやすいのだ。
(福永武彦『愛の試み愛の終り』愛の試み・情熱)

愛していなければ悲しみを感じることはできない
(フィリップ・K・ディック『流れよわが涙、と警官は言った』第二部・11、友枝康子訳)

現実とは、愛の現実よりほかにないのだ!
(ブロッホ『ウェルギリウスの死』第III部、川村二郎訳)

人間であることはじつに困難だよ、
(マルロー『希望』第二編・第一部・7、小松 清訳)

おお、ソクラテスよ、なんの障害もあなたの進行を妨げないとすると、そもそも進行そのものが不可能になる。
(ヴァレリー『ユーパリノス あるいは建築家』佐藤昭夫訳)

いかなる行動も営為も思惟(しい)も、ひたすら人を生により深くまきこむためにのみあるのだ。
(フィリップ・K・ディック『あなたをつくります』7、佐藤龍雄訳)

そもそも苦しむことなく生きようとするそのこと自体に一つの完全な矛盾があるのだ、と言ってもよいくらいである。
(ショーペンハウアー『意思と表象としての世界』第一巻・第十六節、西尾幹二訳)

苦悩はいとも永い一つの瞬間である。
(ワイルド『獄中記』田部重治訳)

ひとは、幸福でしかも孤独でいることができるだろうか?
(カミュ『手帖』第四部、高畠正明訳)

窮迫と夜は人を鍛える。
(ヘルダーリン『パンと酒』川村二郎訳)

孤独、偉大な内面的孤独。
(リルケ『若い詩人への手紙』高安国世訳)

おそらく、最も優れたものは孤独の中で作られるものであるらしい。
(ヴァージニア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)

苦しみは焦点を現在にしぼり、懸命(、、、)な闘いを要求する。
(カミュ『手帖』第四部、高畠正明訳)

苦しむこと、教えられること、変化すること。
(シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』不幸、田辺 保訳)

創造する者が生まれ出るために、苦悩と多くの変身が必要なのである。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部、手塚富雄訳)

変身は偽りではない……
(リルケ『月日が逝くと……』高安国世訳)

意志と思惟はいっさいを変容させた。
(アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』第二部・15、中田耕治訳)

おれは変わった……「おれ」の意味が変わった……
(シオドア・スタージョン『コスミック・レイプ』23、鈴木 晶訳)

人間であるというのは、いつもいつも変化しているということなんだ。
(ソムトウ・スチャリトクル『しばし天の祝福より』6、伊藤典夫訳)

そうだ、
(原 民喜『心願の国』)

君はどう思う、戦争なんてものも、いい思い出になるものなのかな?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

どうかしてるよ、
(コクトー『怖るべき子供たち』一、東郷青児訳)

アーネスト。
(ワイルド『まじめが肝心』第二幕、西村孝次訳)

戦争がいいなんていえるのは、
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳)

気が狂っている。
(使徒行伝二六・二四)

なんだよ、そのいいがかりは?
(ハーラン・エリスン『ガラスの小鬼が砕けるように』伊藤典夫訳)

まあいいさ。
(ジュリアス・レスター『すばらしいバスケットボール』第一部・1、石井清子訳)

で、これからどうするんだ?
(ギュンター・グラス『猫と鼠』XIII、高本研一訳)

道楽者のアーネストは、どうするつもりだい?
(ワイルド『まじめが肝心』第一幕、西村孝次訳)

あ、
(ジョン・ダン『遺贈』篠田綾子訳)

そうだ。
(ミラン・クンデラ『ジャックとその主人』第一幕・第五場、近藤真理訳)

ブーローニュの森へ散歩に行ってみたら?
(ボリス・ヴィアン『日々の泡』13、曾根元吉訳、疑問符加筆)

気に入ったことを言うじゃないか。
(モリエール『人間ぎらい』第三幕・第一場、内藤 濯訳)

ポケットには、何がはいっている?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』32、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ヘミングウェイは嬉しそうに笑って見せた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

そこには
(ハーラン・エリスン『満員御礼』浅倉久志訳)

コンドームの包みがあったからである。
(ギュンター・グラス『猫と鼠』VII、高本研一訳、句点加筆)

二人は
(ラーゲルクヴィスト『バラバ』尾崎 義訳)

少し離れたバスの停留所へ向かった。
(カミュ『異邦人』第一部・5、窪田啓作訳)

バス停には、ごたごたと行列がいくつも並んでいた。
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』34、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

うしろで、もそもそやってるのは、だれの禿頭(はげあたま)だ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

そう言いながら、
(サリンジャー『フラニーとゾーイー』フラニー、野崎 孝訳)

ヘミングウェイはポケットからハンケチを出して、顔を拭いた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

バスがやってきて、彼の前でドアがあいた。
(トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』井辻朱美訳)

マルセルは
(バタイユ『眼球譚』第一部・物語・衣装箪笥、生田耕作訳)

そのハンケチほど汚いハンケチをみたことがなかった。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』5、清水俊二訳)

バスはいつもと違うコースをとった。
(リサ・タトル『きず』幹 遙子訳)

どこでもいい ここでさえなければ!
(ロバート・ロウエル『日曜の朝はやく目がさめて』金関寿夫訳)

ただ、この世界の外でさえあるならば!
(ボードレール『どこへでも此世の外へ』三好達治訳)

定義し理解するためには定義され理解されるものの外にいなければならない
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・28、土岐恒二訳)

ハンカチだ。もちろん、ハンカチがいる。
(エドモンド・ハミルトン『虚空の遺産』11、安田 均訳)

まるで金魚のようだ
(グレッグ・ベア『永劫』下・57、酒井昭伸訳)

それ、どういう意味?
(J・G・バラード『逃がしどめ』永井 淳訳)

一匹の魚にとって自分の養魚鉢を見るのはたやすいことではありませんね
(マルロー『アルテンブルクのくるみの木』第二部・三、橋本一明訳)

ぼくも以前は金魚鉢が大好きでした。
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・27、土岐恒二訳)

それ以来、幾年かが流れすぎた。
(シュトルム『大学時代』大学にて、高橋義孝訳、読点加筆)

さて、そのハンカチは、いまどこにあるだろう?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』84、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ありあまるほどの平和。
(ハーラン・エリスン『眠れ、安らかに』浅倉久志訳)

自殺がいっぱい。
(ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』25、井上 勇訳、句点加筆)

自殺が。
(三島由紀夫『禁色』第四章、句点加筆)

僕タチハ、ミンナ森ニイル。
(G・ヤノーホ『カフカとの対話』吉田仙太郎訳、読点加筆)

僕タチハ、ミンナ森ニイル。
(G・ヤノーホ『カフカとの対話』吉田仙太郎訳、読点加筆)



*



またウサギかな?
(ジェイムズ・アラン・ガードナー『プラネット・ハザード』上・5、関口幸男訳)

兎が三羽、用心深くぴょんと出てきた。
(トマス・M・ディッシュ『キャンプ・コンセントレーション』一冊目・六月十六日、野口幸夫訳)

誰にも永遠を手にする権利はない。だが、ぼくたちの行為の一つ一つが永遠を求める
(フエンテス『脱皮』第三部、内田吉彦訳)

というのは、瞬間というものしか存在してはいないからであり、そして瞬間はすぐに消え失せてしまうものだからだ
(ガデンヌ『スヘヴェニンゲンの浜辺』25、菅野昭正訳)

きみが生きている限り、きみはまさに瞬間だ、
(H・G・ウェルズ『解放された世界』第三章・3、浜野 輝訳)

一切は過ぎ去る。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部、手塚富雄訳)

愛はたった一度しか訪れない、
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

自分自身のものではない記憶と感情 (……) から成る、めまいのするような渦巻き
(エドモンド・ハミルトン『太陽の炎』中村 融訳)

突然の認識
(テリー・ビッスン『英国航行中』中村 融訳)

それはほんの一瞬だった。
(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『一瞬(ひととき)のいのちの味わい』3、友枝康子訳)

ばらばらな声が、ひとつにまとまり
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

すべての場所が一つになる
(ロバート・シルヴァーバーグ『旅』2、岡部宏之訳)

すべてがひとときに起ること。
(グレン・ヴェイジー『選択』夏来健次訳)

それこそが永遠
(グレン・ヴェイジー『選択』夏来健次訳)

一たびなされたことは永遠に消え去ることはない。
(エミリ・ブロンテ『ゴールダインの牢獄の洞窟にあってA・G・Aに寄せる』松村達雄訳)

いちど気がつくと、なぜ今まで見逃していたのか、ふしぎでならない。
(ドナルド・モフィット『第二創世記』第二部・7、小野田和子訳)

一度見つけた場所には、いつでも行けるのだった。
(ジェイムズ・ホワイト『クリスマスの反乱』吉田誠一訳)

瞬間は永遠に繰り返す。
(イアン・ワトスン『バビロンの記憶』佐藤高子訳)

かつて存在したものは、現在も存在し、これからも永久に存在するのだ。
(ロバート・A・ハインライン『愛に時間を』3、矢野 徹訳)

人間は永遠に生きられる。
(ドナルド・モフィット『創世伝説』下・第二部・12、小野田和子訳)

人間こそがすべてなのだ。
(エマソン『償い』酒本雅之訳)

愛は僕らをひきよせる。
(ジョン・ダン『砕かれた心』高松雄一訳)

in omnibus caritas.
萬事において愛。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

omnia vincit amor.
愛は一切を征服す。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』より、ウェルギリウスの言葉)

愛することは持続することだ。
(リルケ『マルテの手記』高安国世訳)

生きのこるものは愛だけである、と。
(フィリップ・アーサー・ラーキン『アーンデルの墓』澤崎順之助訳)

幸福も不幸も、魂に属すること。
(デモクリトス断片一七〇、廣川洋一訳)

自分の魂など、どうにでも作り変えられるものさ。
(マルキ・ド・サド『新ジェスティーヌ』澁澤龍彦訳)

もはや存在しないようにさせることも可能なのだ。
(ジュネ『葬儀』生田耕作訳)

おまえの幸福はここにあるのだろうか、
(リルケ『レース』I、高安国世訳)

単純な答えなどない。
(アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』第二部・14、中田耕治訳)

人間はいったい何を確実に知っているといえるだろう?
(フィリップ・K・ディック『時は乱れて』6、山田和子訳)

しかし、わたしは幸福を感じていた。
(シャルル・プリニエ『醜女の日記』一九三七年一月二十四日、関 義訳)

ubinam gentium sumus?
我々は世界の何處にゐるか。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』より、キケロの言葉)

恋をするにふさわしい場所。
(ペトロニウス『サテュリコン』131、国原吉之助訳)

深い森のなかで孤独を楽しもうとしたって、無駄な話さ。
(ポオ『マリー・ロジェの謎』丸谷才一訳)



*



ヘミングウェイが入ってきた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』32、清水俊二訳)

ヘミングウェイが入ってきた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』32、清水俊二訳)

ヘミングウェイが入ってきた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』32、清水俊二訳)

元気そうじゃないか。
(チャールズ・ウェッブ『卒業』1、佐和 誠訳、句点加筆)

元気そうじゃないか。
(チャールズ・ウェッブ『卒業』1、佐和 誠訳、句点加筆)

元気そうじゃないか。
(チャールズ・ウェッブ『卒業』1、佐和 誠訳、句点加筆)

プルーストは
(コクトー『阿片』堀口大學訳)

いつものきまりの席で、原稿を書いているところだった。
(ボリス・ヴィアン『日々の泡』56、曾根元吉訳)

君がよく引用した文句は何だったっけ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』14、木村 浩・松永緑彌訳)

君がよく引用した文句は何だったっけ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』14、木村 浩・松永緑彌訳)

君がよく引用した文句は何だったっけ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』14、木村 浩・松永緑彌訳)

ひとは他人の経験からなにも学びはしない。
(エリオット『寺院の殺人』第一部、福田恆存訳)

いや、まったく同感だ。──さしあたりはね。
(コレット『牝猫』工藤庸子訳、読点及び句点加筆)

いや、まったく同感だ。──さしあたりはね。
(コレット『牝猫』工藤庸子訳、読点及び句点加筆)

いや、まったく同感だ。──さしあたりはね。
(コレット『牝猫』工藤庸子訳、読点及び句点加筆)

まさに詩人のいうとおりだ。
(グレン・ヴェイジー『選択』夏来健次訳)

しかし、このことをほんとうに信じ、実際そうだと思うのは難しいね。
(ホーフマンスタール『詩についての対話』富士川英郎訳)

コーヒーが運ばれてきた。
(トーマス・マン『ブッデンブローグ家の人びと』第一部・第八章、望月市恵訳)

光とは何だろうか。
(イヴ・ボヌフォワ『エロス城のまえのプシュケー』清水 茂訳)

光?
(アレクサンドル・A・ボグダーノフ『技師メンニ』第IV章・2、深見 弾訳)

あの待ち伏せをしている光
(エミリ・ディキンスンの詩・一五八一番、新倉俊一・鵜野ひろ子訳)

すべて真の詩、すべての真の芸術の起源は無意識にある。
(コリン・ウィルソン『ユング』4、安田一郎訳)

自分であり自分でないもの
(シェイクスピア『ロミオとジューリエット』第一幕・第一場、平井正穂訳)

ことばを介して、人間は自らの隠喩となる。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩・言語、牛島信明訳)

ことばは誰に呼ばれなくても、やって来て結びつく。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩・リズム、牛島信明訳)

真の原動力とは、快楽なのだよ
(デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル』下・第三部・50、酒井昭伸訳)

事物や存在を支える偶然
(イヴ・ボヌフォワ『詩の行為と場所(抄)』宮川 淳訳)

芸術は偶然の終るところに始まる。しかし芸術を富ませるのは偶然が芸術にもたらすすべてのものなのだ
(ピエール・ルヴェルディ『私の航海日誌』高橋彦明訳)

世界は花でいっぱいだ。
(ナンシー・クレス『プロバビリティ・スペース』8、金子 司訳)

すべての花がそろってる
(ナンシー・クレス『プロバビリティ・スペース』23、金子 司訳)

詩人はテーマを選ばない、テーマの方が詩人を選ぶのだ
(P・D・ジェイムズ『策謀と欲望』第五章・36、青木久恵訳)

内容は形式として生まれてくるほかない
(オスカー・レルケ『詩の冒険』神品芳夫訳)

重要なのは形式なのである。
(P・D・ジェイムズ『ナイチンゲールの屍衣』第四章・8、隅田たけ子訳)

ひょっとして、文体のことですか?
(ナボコフ『賜物』第1章、沼野充義訳)

言語はその本質上、対話である。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩的啓示・インスピレーション、牛島信明訳)

引用だけで会話を組み立てられると思いこんでいるんだがね
(ルーシャス・シェパード『戦時生活』第三部・10、小川 隆訳)

コラージュを作っていた
(P・D・ジェイムズ『正義』第三部・37、青木久恵訳)

詩なんだ
(P・D・ジェイムズ『神学校の死』第一部・3、青木久恵訳)

その詩なら知っている
(P・D・ジェイムズ『黒い塔』2・4、小泉喜美子訳)

'Tis better to have loved and lost
Than never to have loved at all.
愛せしことかつてなきよりは、
愛して失えるこそまだしもなれ。
(Tennyson:In Memoriam,xxvii, 齋藤 勇訳)

人生なんて何があったところでジョークでしかないのさ。
(ルーシャス・シェパード『戦時生活』第二部・6、小川 隆訳)

諦観は、それが苦痛に対する自覚に変わるのでなければ卑劣である。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩と歴史・英雄的世界、牛島信明訳)

いやいや
(ナボコフ『青白い炎』註釈、富士川義之訳)

単純にして明快な事実だよ。
(チャールズ・プラット『バーチャライズド・マン』第一部・暗闇、大森 望訳)

 路傍の瓦礫の中から黄金をひろい出すというよりも、むしろ瓦礫そのものが黄金の仮装であったことを見破る者は詩人である。
(高村光太郎『生きた言葉』)

そうだ、
(原 民喜『心願の国』)

君はどう思う、戦争なんてものも、いい思い出になるものなのかな?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

君はどう思う、戦争なんてものも、いい思い出になるものなのかな?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

君はどう思う、戦争なんてものも、いい思い出になるものなのかな?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

どうかしてるよ、
(コクトー『怖るべき子供たち』一、東郷青児訳)

アーネスト。
(ワイルド『まじめが肝心』第二幕、西村孝次訳)

どうかしてるよ、
(コクトー『怖るべき子供たち』一、東郷青児訳)

アーネスト。
(ワイルド『まじめが肝心』第二幕、西村孝次訳)

どうかしてるよ、
(コクトー『怖るべき子供たち』一、東郷青児訳)

アーネスト。
(ワイルド『まじめが肝心』第二幕、西村孝次訳)

戦争がいいなんていえるのは、
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳)

戦争がいいなんていえるのは、
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳)

戦争がいいなんていえるのは、
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳)

気が狂っている。
(使徒行伝二六・二四)

気が狂っている。
(使徒行伝二六・二四)

気が狂っている。
(使徒行伝二六・二四)

なんだよ、そのいいがかりは?
(ハーラン・エリスン『ガラスの小鬼が砕けるように』伊藤典夫訳)

なんだよ、そのいいがかりは?
(ハーラン・エリスン『ガラスの小鬼が砕けるように』伊藤典夫訳)

なんだよ、そのいいがかりは?
(ハーラン・エリスン『ガラスの小鬼が砕けるように』伊藤典夫訳)

まあいいさ。
(ジュリアス・レスター『すばらしいバスケットボール』第一部・1、石井清子訳)

で、これからどうするんだ?
(ギュンター・グラス『猫と鼠』XIII、高本研一訳)

道楽者のアーネストは、どうするつもりだい?
(ワイルド『まじめが肝心』第一幕、西村孝次訳)

道楽者のアーネストは、どうするつもりだい?
(ワイルド『まじめが肝心』第一幕、西村孝次訳)

道楽者のアーネストは、どうするつもりだい?
(ワイルド『まじめが肝心』第一幕、西村孝次訳)

あ、
(ジョン・ダン『遺贈』篠田綾子訳)

そうだ。
(ミラン・クンデラ『ジャックとその主人』第一幕・第五場、近藤真理訳)

ブーローニュの森へ散歩に行ってみたら?
(ボリス・ヴィアン『日々の泡』13、曾根元吉訳、疑問符加筆)

気に入ったことを言うじゃないか。
(モリエール『人間ぎらい』第三幕・第一場、内藤 濯訳)

気に入ったことを言うじゃないか。
(モリエール『人間ぎらい』第三幕・第一場、内藤 濯訳)

気に入ったことを言うじゃないか。
(モリエール『人間ぎらい』第三幕・第一場、内藤 濯訳)

ポケットには、何がはいっている?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』32、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ポケットには、何がはいっている?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』32、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ポケットには、何がはいっている?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』32、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ヘミングウェイは嬉しそうに笑って見せた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

ヘミングウェイは嬉しそうに笑って見せた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

ヘミングウェイは嬉しそうに笑って見せた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

そこには
(ハーラン・エリスン『満員御礼』浅倉久志訳)

コンドームの包みがあったからである。
(ギュンター・グラス『猫と鼠』VII、高本研一訳、句点加筆)

そこには
(ハーラン・エリスン『満員御礼』浅倉久志訳)

コンドームの包みがあったからである。
(ギュンター・グラス『猫と鼠』VII、高本研一訳、句点加筆)

そこには
(ハーラン・エリスン『満員御礼』浅倉久志訳)

コンドームの包みがあったからである。
(ギュンター・グラス『猫と鼠』VII、高本研一訳、句点加筆)

わたしたちは
(フリッツ・ライバー『ビッグ・タイム』3、青木日出夫訳)

少し離れたバスの停留所へ向かった。
(カミュ『異邦人』第一部・5、窪田啓作訳)

バス停には、ごたごたと行列がいくつも並んでいた。
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』34、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

うしろで、もそもそやってるのは、だれの禿頭(はげあたま)だ?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』7、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

そう言いながら、
(サリンジャー『フラニーとゾーイー』フラニー、野崎 孝訳)

ヘミングウェイはポケットからハンケチを出して、顔を拭いた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

ヘミングウェイはポケットからハンケチを出して、顔を拭いた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

ヘミングウェイはポケットからハンケチを出して、顔を拭いた。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』33、清水俊二訳)

バスがやってきて、彼の前でドアがあいた。
(トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』井辻朱美訳)

バスがやってきて、彼の前でドアがあいた。
(トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』井辻朱美訳)

バスがやってきて、彼の前でドアがあいた。
(トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』井辻朱美訳)

マルセルは
(バタイユ『眼球譚』第一部・物語・衣装箪笥、生田耕作訳)

そのハンケチほど汚いハンケチをみたことがなかった。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』5、清水俊二訳)

そのハンケチほど汚いハンケチをみたことがなかった。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』5、清水俊二訳)

そのハンケチほど汚いハンケチをみたことがなかった。
(レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』5、清水俊二訳)

バスはいつもと違うコースをとった。
(リサ・タトル『きず』幹 遙子訳)

どこでもいい ここでさえなければ!
(ロバート・ロウエル『日曜の朝はやく目がさめて』金関寿夫訳)

ただ、この世界の外でさえあるならば!
(ボードレール『どこへでも此世の外へ』三好達治訳)

定義し理解するためには定義され理解されるものの外にいなければならない
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・28、土岐恒二訳)

ハンカチだ。もちろん、ハンカチがいる。
(エドモンド・ハミルトン『虚空の遺産』11、安田 均訳)

それ以来、幾年かが流れすぎた。
(シュトルム『大学時代』大学にて、高橋義孝訳、読点加筆)

さて、そのハンカチは、いまどこにあるだろう?
(ソルジェニーツィン『煉獄のなかで』84、木村 浩・松永緑彌訳、読点加筆)

ありあまるほどの平和。
(ハーラン・エリスン『眠れ、安らかに』浅倉久志訳)

自殺がいっぱい。
(ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』25、井上 勇訳、句点加筆)

自殺が。
(三島由紀夫『禁色』第四章、句点加筆)

僕タチハ、ミンナ森ニイル。
(G・ヤノーホ『カフカとの対話』吉田仙太郎訳、読点加筆)

僕タチハ、ミンナ森ニイル。
(G・ヤノーホ『カフカとの対話』吉田仙太郎訳、読点加筆)



*



ここにはもう一匹もウサギはいない
(ジョン・コリア『少女』村上哲夫訳)

どうして?
(ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』5、矢川澄子訳)

認識は存在そのものとはなんの関係もないのだ。
(ロレンス『エドガー・アラン・ポオ』羽矢謙一訳)

まさかね。
(ガートルード・スタイン『アイダ』第二部、落石八月月訳)

人生のあらゆる瞬間はかならずなにかを物語っている、
(ジェイムズ・エルロイ『キラー・オン・ザ・ロード』四・16、小林宏明訳)

人生を楽しむ秘訣は、細部に注意を払うこと。
(シオドア・スタージョン『君微笑めば』大森 望訳)

ほんのちょっとした細部さえ、
(リチャード・マシスン『人生モンタージュ』吉田誠一訳)

ひとつぶの砂にも世界を
いちりんの野の花にも天国を見
きみのたなごころに無限を
そしてひとときのうちに永遠をとらえる
(ブレイク『無心のまえぶれ』寿岳文章訳)

魂は物質を通さずにはわれわれの物質的な眼に現われることがない、
(サバト『英雄たちと墓』第I部・2、安藤哲行訳)

われわれのあらゆる認識は感覚にはじまる。
(レオナルド・ダ・ヴィンチ『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』人生論、杉浦明平訳)

われわれにとって自分の感じていることのみが存在している
(プルースト『一九一五年末ごろのプルーストによる小説続篇の解明』、鈴木道彦訳)

おそらく認識や知などはすべて、比較、相似に帰せられるだろう。
(ノヴァーリス『断章と研究 一七九八年』今泉文子訳)

なにものにも似ていないものは存在しない。
(ヴァレリー『邪念その他』P、清水 徹訳)

明白な類似から出発して、あなたがたはさらに秘められた別の類似へとむかってゆく
(マルロオ『西欧の誘惑』小松 清・松浪信三郎訳)

自然界の万象は厳密に連関している
(ゲーテ『花崗岩について』小栗 浩訳)

一つの広大な類似が万物を結び合わせる
(ホイットマン『草の葉』夜の浜辺でひとり、酒本雅之訳)

あらゆるものがあらゆるものとともにある
(ホルヘ・ギリェン『ローマの猫』荒井正道訳)

たがいに与えあい、たがいに受け取りあう。
(ヴァレリー『ユーパリノス あるいは建築家』佐藤昭夫訳)

順序を入れかえたり、語をとりかえたりできるので、たえず内容を変える
(モンテーニュ『エセー』第II巻・第17章、荒木昭太郎訳)

res ipsa loquitur.
物そのものが語る。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

 そしてこの語りたいという言語衝動こそが、言葉に霊感がある徴(しるし)、わたしの身内で言葉が働いている徴だとしたら?
(ノヴァーリス『対話・独白』今泉文子訳)

万物は語るが、さあ、お前、人間よ、知っているか
何故万物が語るかを? 心して聞け、それは、風も、沼も、焔も、
樹々も蘆も岩根も、すべては生き、すべては魂に満ちているからだ。
(ユゴー『闇の口の語りしこと』入沢康夫訳)

 魂は万物をとおして生き、活動しようとひたむきに努力する。たったひとつの事実になろうとする。あらゆるものが魂の属性にならねばならぬ、──権力も、快楽も、知識も、美もだ。
(エマソン『償い』酒本雅之訳)

魂と無縁なものは何一つ、ただの一片だって存在しないことが分かっている。
(ホイットマン『草の葉』ポーマノクからの旅立ち・12、酒本雅之訳)

匂い同士は知りあいではない。
(ヴァレリー『残肴集(アナレクタ)』一〇〇、寺田 透訳)

煉瓦はひとりでは建物とはならない。
(E・T・ベル『数学をつくった人びとI』6、田中 勇・銀林 浩訳)

なぜ人間には心があり、物事を考えるのだろう?
(イアン・ワトスン『スロー・バード』佐藤高子訳)

心は心的表象像なしには、決して思惟しない。
(アリストテレス『こころとは』第三巻・第七章、桑子敏雄訳)

ああ、あの別の関連の中へ
(リルケ『ドゥイノの悲歌』第九の歌、高安国世訳)

物がいつ物でなくなるのだろうか?
(R・ゼラズニイ&F・セイバーヘーゲン『コイルズ』10、岡部宏之訳)

人間と結びつくと人間になる。
(川端康成『たんぽぽ』)

物質ではあるが、いつか精神に昇華するもの。
(ウィリアム・ピーター・ブラッティ『エクソシスト』プロローグ、宇野利泰訳)

書きつけることによって、それが現実のものとなる
(エルヴェ・ギベール『ぼくの命を救ってくれなかった友へ』75、佐宗鈴夫訳)

言葉ができると、言葉にともなつて、その言葉を形や話にあらはすものが、いろいろ生まれて來る
(川端康成『たんぽぽ』)

ぼくは詩が書きたかった。
(ロジャー・ゼラズニイ『伝道の書に薔薇を』2、大谷圭二訳)

詩だって?
(ロジャー・ゼラズニイ『心は冷たい墓場』浅倉久志訳)

詩人のそばでは、詩がいたるところで湧き出てくる。
(ノヴァーリス『青い花』第一部・第七章、青山隆夫訳)

すでにあるものを並び替えるだけで
(ロジャー・ゼラズニイ『わが名はレジオン』第三部、中俣真知子訳)

順序を入れかえたり、語をとりかえたりできるので、たえず内容を変える
(モンテーニュ『エセー』第II巻・第17章、荒木昭太郎訳)

新しい関係のひとつひとつが新しい言葉だ。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

ふだん、存在は隠れている。存在はそこに、私たちの周囲に、また私たちの内部にある。
(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)

 感情が絶頂に達するとき、人は無意識状態に近くなる。……なにを意識しなくなるのだ? それはもちろん自分以外のすべてをだ。自分自身をではない。
(シオドア・スタージョン『コスミック・レイプ』20、鈴木 晶訳)

無意識に存在する物のみが真の存在を保つ、
(トーマス・マン『ファウスト博士』一四、関 泰祐・関 楠生訳)

これがどういうことかわかるかね?
(ウォルター・M・ミラー・ジュニア『黙示録三一七四年』第III部・25、吉田誠一訳)

意識的なものの考え方が変わっても、意識出来ぬものの感じ方は容易に変わらない。
(小林秀雄『お月見』)

意識的に受け入れたわけでもないつながりを、自分自身の中にもってるから
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

 ぼくらがぼくらを知らぬ多くの事物によって作られているということが、ぼくにはたとえようもなく恐ろしいのです。ぼくらが自分を知らないのはそのためです。
(ヴァレリー『テスト氏』ある友人からの手紙、村松 剛・菅野昭正・清水 徹訳)

彼らは、人間ならだれでもやるように、知らぬことについて話しあった。
(アーシュラ・K・ル・グィン『ショービーズ・ストーリイ』小尾芙佐訳)

ぼくが語りそしてぼくが知らぬそのことがぼくを解放する。
(ジャック・デュパン『蘚苔類』3、多田智満子訳)

 まさに理解不能な世界こそ──その不合理な周縁ばかりでなく、おそらくその中心においても──意志が力を発揮すべき対象であり、成熟に至る力なのであった。
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

今まで忘れていたことが思い出され、頭の中で次から次へと鎖の輪のようにつながっていく。
(ポール・アンダースン『脳波』2、林 克己訳)

わたしの世界の何十という断片が結びつきはじめる。
(グレッグ・イーガン『貸金庫』山岸 真訳)

あらゆるものがくっきりと、鮮明に見えるのだ。
(ポール・アンダースン『脳波』2、林 克己訳)

過去に見たときよりも、はっきりと
(シオドア・スタージョン『人間以上』第二章、矢野 徹訳)

なんという強い光!
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』昼夜入れ替えなしの興行、木村榮一訳)

さまざまな世界を同時に存在させることができる。
(イアン・ワトスン『知識のミルク』大森 望訳)

これは叫びだった。
(サミュエル・R・ディレイニー『アインシュタイン交点』伊藤典夫訳)

急にそれらの言葉がまったく新しい意味を帯びた。
(ジェイムズ・P・ホーガン『仮想空間計画』34、大島 豊訳)

そのひと言でぼくの精神状態はもちろん、あたりの風景までが一変した。
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』女戦死(アマゾネス)、木村榮一訳)

変身は偽りではない……
(リルケ『月日が逝くと……』高安国世訳)

ひとつの場がひとつの時間に
(R・A・ラファティ『草の日々、藁の日々』2、浅倉久志訳)

記憶は、うすれるにしたがって、相手との絆をゆるめる、
(プルースト『失われた時を求めて』第六篇・逃げさる女、井上究一郎訳)

べつのなにかになってしまうのだ。
(E・M・フォースター『モーリス』第二部・24、片岡しのぶ訳)

時はわれわれの嘘を真実に変えると、わたしはいっただろうか?
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』18、岡部宏之訳)

詩によって花瓶は儀式となる。
(キム・スタンリー・ロビンスン『荒れた岸辺』下・第三部・18、大西 憲訳)

優れた比喩は比喩であることをやめ、
(シオドア・スタージョン『きみの血を』山本光伸訳)

真実となる。
(ディラン・トマス『嘆息のなかから』松田幸雄訳)

われわれはなぜ、自分で選んだ相手ではなく、稲妻に撃たれた相手を愛さなければならないのか?
(シオドア・スタージョン『たとえ世界を失っても』大森 望訳)

光はいずこから来るのか。
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』第二幕・第五場、石川重俊訳)

わが恋は虹にもまして美しきいなづまにこそ似よと願ひぬ
(与謝野晶子)

ある時は隠し、ある時は露わに見せる一本のポプラの木の下の兎の足跡
(ナボコフ『青白い炎』註釈、富士川義之訳)

ぼくらは罠を作る。
(アゴタ・クリストフ『悪童日記』堀 茂樹訳)

自分が自分に仕掛けた罠に気づくだろうか?
(アルジス・バドリス『隠れ家』浅倉久志訳)

 人間はその生涯にむだなことで半分はその時間を潰(つぶ)している。それらのむだ事をしていなければいつも本物に近づいて行けないことを併せて感じた。
(室生犀星『杏っ子』家(第四章)・むだ事)

 いままでに精神も徳も、百千の試みをし、道にまよった。そうだ、人間は一つの試みだった。ああ、多くの無知とあやまちが、われわれの肉体となった。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第一部、手塚富雄)

われわれはつねに、好便にも、失敗作をもっとも美しいものに近づく一段階として考えることができる。
(ヴァレリー『ユーパリノス あるいは建築家』佐藤昭夫訳)

 不完全であればこそ、他から(、、、)の影響を受けることができる──そしてこの他からの影響こそ、生の目的なのだ。
(ノヴァーリス『断章と研究 一七九八年』今泉文子訳)

彼はそのようなせまいまがりくねった道をたどったからこそ、愛の真実に近づいていたのである。
(プルースト『失われた時を求めて』第七篇・見出された時、井上究一郎訳)

なんだいそれは?
(フィリス・ゴットリーブ『オー・マスター・キャリバン!』12、藤井かよ訳)

ことばである、
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』エピローグ・回転する記号、牛島信明訳)

光と花とは おまへのためのものではない、
(テニスン『イン・メモリアム』2、入江直祐訳)

アリスは笑った。
(P・D・ジェイムズ『策謀と欲望』第六章・52、青木久恵訳)

愛ね。そんなに重要なものかしら。
(P・D・ジェイムズ『策謀と欲望』第二章・15、青木久恵訳)

詩人らしくロマンチックだこと。
(P・D・ジェイムズ『策謀と欲望』第二章・18、青木久恵訳)

花と
(テニスン『イン・メモリアム』39、入江直祐訳)

光だけがあればいいと思っているの?
(イヴ・ボヌフォワ『夢のざわめき』III、清水 茂訳)

好きな花は?
(ナボコフ『賜物』第3章、沼野充義訳)

愛には、たいして理由などいらない。
(ルーシャス・シェパード『戦時生活』第三部・11、小川 隆訳)

意志の力で愛することはできない
(P・D・ジェイムズ『殺人展示室』第三部・7、青木久恵訳)

セックスは好きかい?
(ルーシャス・シェパード『戦時生活』第二部・7、小川 隆訳)

性的なことだけが全部じゃないわ。
(ナボコフ『青白い炎』詩章第二篇、富士川義之訳)

あんなの現実じゃない。ほんとにあったことじゃないもん。
(オーエン・コルファー『新銀河ヒッチハイク・ガイド』下・第10章、安原和見訳)

欲しいのはただ、ほんのささやかな、人間らしい人生よ
(P・D・ジェイムズ『黒い塔』3・4、小泉喜美子訳)

一瞬がある、それはいままで存在していなかった。つぎの瞬間には、もう存在しないかもしれない。
(イヴ・ボヌフォワ『大地の終るところで』IV、清水 茂訳)

やっぱり、電話してみようかな?
(ナボコフ『賜物』第3章、沼野充義訳)

置いてあったサンドイッチに手を伸ばした。
(ナンシー・クレス『ベガーズ・イン・スペイン』5、金子 司訳)

今日のサンドイッチの具はなに?
(オーエン・コルファー『新銀河ヒッチハイク・ガイド』下・第12章、安原和見訳)

言葉、言葉、言葉。
(シェイクスピア『ハムレット』第二幕・第二場、野島秀勝訳)

いろいろ私が書き並べた、言葉の数々は何であつたか。
(テニスン『イン・メモリアム』16、入江直祐訳)

いったい何に駆り立てられてぼくは詩作をしているのだろうか。
(ナボコフ『賜物』第1章、沼野充義訳)

そんなことに一体どんな意味があるのか?
(カミラ・レックバリ『氷姫』V、原那史朗訳)

書くことに意味などない
(ナボコフ『賜物』第1章、沼野充義訳)

意味のあるものはない。ということは意味のあるものは無なのだ。
(ジェフ・ヌーン『未来少女アリス』風間賢二訳)

無常も情である。
(紫 式部『源氏物語』竹河、与謝野晶子訳)

でもね、真実かどうかは誰にも分からない
(カミラ・レックバリ『氷姫』V、原那史朗訳)

ぼくだってどこに真実があるかなんて知っちゃいないさ。
(コルターサル『石蹴り遊び』41、土岐恒二訳)

まあ、そういったようなこと
(P・D・ジェイムズ『黒い塔』8・1、小泉喜美子訳)

あなたは人生をその手からこぼしてるのよ。こぼしちゃってるのよ。
(T・S・エリオット『J・アルフレッド・プルーフロックの恋歌』岩崎宗治訳)

そうだ、
(イヴ・ボヌフォワ『別れ』清水 茂訳)

人間にとって大切なことはなにか。
生きること、生きつづけることであり、幸せに生きることである。
(フランシス・ポンジュ『プロエーム(抄)』VII、平岡篤頼訳)

もはや詩が具現されるのはことばにおいてではなく、生きることにおいてである。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩と歴史・小説の曖昧性、牛島信明訳)

指一本で花にさわってみる。
(ナンシー・クレス『ベガーズ・イン・スペイン』2、金子 司訳)

アリスは声を上げて笑った。
(P・D・ジェイムズ『策謀と欲望』第六章・52、青木久恵訳)

この花がいちばんいいのね
(紫 式部『源氏物語』竹河、与謝野晶子訳)

あなたは本物よ。
(ヘンリー・ジェイムズ『エドマンド・オーム卿』平井呈一訳)

もちろんさ。
(アイザック・アシモフ『ミクロの決死圏』5、高橋泰邦訳)

もちろんよ。
(ヘンリー・ジェイムズ『エドマンド・オーム卿』平井呈一訳)

でも
(ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』1、米川和夫訳)

わたしには、どっちだって変わりはないわ
(アイザック・アシモフ『ミクロの決死圏』5、高橋泰邦訳)

私の過去はすべて虚構だもの。これも一つの新しい話、
(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第一部・4、青木久恵訳)

たぶんバスでまた会えるわね
(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第一部・10、青木久恵訳)

アリスはいない。
(P・D・ジェイムズ『策謀と欲望』第六章・52、青木久恵訳)

花はなかった。
(P・D・ジェイムズ『黒い塔』7・1、小泉喜美子訳)

バスもなかった。
(P・D・ジェイムズ『黒い塔』7・2、小泉喜美子訳)

それで、そのあとは?
(ナンシー・クレス『プロバビリティ・スペース』15、金子 司訳)

物事はそんなに単純じゃないさ。
(カミラ・レックバリ『氷姫』III、原邦史朗訳)

どの真実が?
(デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル』下・第四部・72、酒井昭伸訳)

何もいうな、何もいうな、何もいうな
(ナンシー・クレス『プロバビリティ・スペース』7、金子 司訳)

人間はことばである、
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』エピローグ・回転する記号、牛島信明訳)

Verba volant,scripta manent.(言葉は消え、書けるものは残る)
(ナボコフ『青白い炎』註釈、富士川義之訳)

The rest is silence.
このほかは無言。
(Shakespeare:Hamlet,v.ii.369. 齋藤 勇訳)

さ、あの音楽をお聴き。
(シェイクスピア『ヴェニスの商人』第五幕・第一場、中野好夫訳)

言葉ではあるが、言葉でない
(シェイクスピア『ヴェニスの商人』第三幕・第二場、中野好夫訳)

あの音楽を。
(シェイクスピア『ヴェニスの商人』第五幕・第一場、中野好夫訳、句点加筆)


ラブソング

  01 Ceremony.wma

僕は夜の闇の中を、
駆けずり回った、
まるで逃げ出すかのように、
呪詛の言葉を、
優しく、
花にささやくように、
そして、消えていった、
唇と、それをぬらしたであろう、
唾の間を、
何度も、何度も、
怒り狂いながら、
駆け回った
すべての死んだ人々の、
唇の、温かい、記憶
と、体液の、生ぬるさの、
中で、
もだえ苦しみそうな、
地獄のような、
天国を、
見つけた、

皮膚と皮膚が、
こすれあって、
なまぬるい
熱を放出する、
それがどんどん、
この世界を覆い始める、
振動するたびに、
気温が上がり、
誰も彼もが、
眩暈の中、落ちる、

 
酒場の隅で、本をめくる
少年を蹴飛ばす
たびに、歓声が起こる
「ここじゃ、そんなものは何もうみださねぇ!」
罵りと酒と唾が入り混じって、
熱帯を呼び込む、
朝からのみっぱなしの、
親父どもの、頭の上に、
熱い雨、
雨の成分は、濃いアルコールと、
少量の汗と、堕落で、
「うちのかかあのののしりったら
 天使さまもびっくりおっかないぐらいなもんだ」と、
すきっぱの間から笑い声を響かせる、
―そしてようやくここで、初めて名前を持つ登場人物が現れる
「よう、ラクリ!、てめぇんとこのかみさんは未だに祈ってやがるのか?」
「聖母様、聖母様、と、まるで病気みたいにのたうちまわって一日中いのってんのか?」
「ここらじゃ、イカれちまうときにはイカれちまうのさ。いかれないために酒をのむんだよ。
 かかあどもは、いかれないために俺達を罵り、小娘どもはいかれないために、ガキどもと
 こっそり会うのさ。」
「ラクリ!てめぇもイカレちまわないように酒を飲めよ。」

―ラクリのよめ、ファトナの一日
 彼女の部屋は一日中いすの上に座り。天上を見上げて、手をこすり合わせながら祈っている。
湿気となまぬるさに満ちた部屋の中で、すべての扉と窓を閉め切って、彼女は、何十年も前から
祈っている。彼女は一切の家事も、一切の交流も持たない。ラクリと口を利くことも無ければ、
勿論、ラクリの畑仕事で鍛えられた体を舐めることも、彼の太く固い陰茎を勃起させて、口に
ほうばることもしない。彼女の祈りは声を発さない。

カラスが屋根の上で、池で水浴びをしている。黒い色は決して落ちることが無い。
水面を揺らがしてそれを見つめては喜ぶ。

雨の中、ラクリがテニスラケットを持って、畦道を歩く。彼の足取りは、いつだって泥に汚れている。
天気は彼のためにあり、彼は雨の中で、テニスラケットをいつも握っているが、彼は一度も、テニスを
したことがなければ、ルールもしらない。テニスラケットは彼が、街の市でなんとなく買ったものだ。
その日以来、ファトナは祈り始めたのだ。

昨日から、ラクリのテニスラケットに蟲が繭をはった。白い繭がちょうど、テニスラケットのガットの
中央にはられており、ラクリはそれをわざわざひっぺがえそうとも思わなかった。ラクリには、テニスラケット
などそもそもどうでも良いのだ。

ファトナは、昨日から、以前よりまして激しく祈り始めた。あまりにも祈りが激しいので、それはほとんど、
呪詛のようになって、言葉にならない声で、うなっているだけ。彼女は癲癇の発作のように、何度も体を、
反ったり、ねじったりしながら、一日を過ごしている。

(どいつもこいつも皆イカレちまえ!)
(ろくでなしどもを世界に呼び込め!)
(俺達の醜い笑い声で満たしてやろうぜ!)

矮小な悪魔が一匹、天使に化けようとして失敗する。同じように、傲慢な天使が悪魔に化けようとして失敗した日。
テニスラケットの繭は裂けた。しかし中身は空っぽだった。そこには何も詰まってはいなかった。ラクリは、それすらも
気にしない。繭にもテニスラケットにも興味が無いのだ。
ファトナは、いすから立ち上がり、雨の中にいた。ラクリは雨の中テニスラケットを持って畦道を歩く。
二人の足には、泥がついている。
泥から、手が無数に沸いた。
手が二人の足を引き止める。
ラクリは家が見える場所まで来て、ファトナとであった。
「狂っている!何もかもが!」
そして、ラクリはファトナをテニスラケットでぶん殴った。何度も。
ファトナは、負けじと爪を立てて彼をひっかいた。
爪あとからは血が流れ、テニスラケットに殴られた場所は青く内出血した。
二人は、雨の中を、殴ってはひっかきあった。

雨が上がる。
矮小な悪魔が一匹の天使に化けようとして失敗する。傲慢な天使が悪魔に化けようとして失敗する。
二人の間に、穴が開く。
疲れた二人が、ずぶぬれの服を掴んだまま、穴を見つめる。
穴がじょじょに大きくなる。
二人は掴んだ手を離す。
穴はどんどん大きくなり、しまいに、二人はお互いを点としてか認識できなくなるほどになった。
穴の中に、ひざを抱えて落ちていく人が無数にいる。数え切れないほどの人が落ちていく。
二人はそれを見下げる。
ひざを抱えていた人たちが、落ちながら起立して、二人を見上げる。
雨上がりの太陽が、二人のずぶぬれになった服や髪をなでて、ゆげをたてさせる。
湿度があがり、髪の毛は静かにうなだれる。

二人はまっさかさまに落ちていく人々を見つめる。
落ちていく人々は二人を見上げる。
全員がはにかんでいる。

(まっさかさまにおちていって、すべってころんで)
(ろくでなしどもが笑う、笑う)
(おいこら聴け、全世界のろくでなしども!
 この世界をろくでなしどもで埋め尽くそうぜ!
 いくら気取ったところで、もうお前らはろくでなしだ!)

隠喩を閉じる、
多くの濁音から、言葉が抜かれる、
貴方の韻律は、夜に始まる、
君/冬に凍える、手に、
瞳は凍らなかった、眼差しを、
たたえてて、
孤独は、涙を呼ばない、
その、手、
多くを掴むには、
小さすぎた手
君/その手を、開く、
小さいものたちのために、
何度も
君の手/その手は、多くをつかめなかったが、
小さなものを、掴むために、ある手、

僕の、魂は、今、どこへ行けばいいか、
何をすればいいか、
秋に、落ち葉を踏みしめるように、鳴る、
魂の音、
ぱちぱちと、燃え上がって、
君と僕を焼き尽くす、
この炎を、
どうやって、
凍えさせればよいのか、

君/その手を、
僕に、
小さな、
魂しか持ち得ない、
僕に、
少しだけ、
僕の魂を凍えさせるために、
その手を、


旅路

  yuko

予め
蕾は刈り取られていた

頭上を
越えていった
鳥の名前を知らない、
車輪のあとに立ち尽くす
わたしの肩を抱いて
そっと
目を伏せたあなたの

手と、
手を
重ねると
波の音がするね
ほら、
あなたのうなじから
流れ出した川が
ゆるやかに大陸を二分していく

わたしを
蝕んでいったものたちを
みんな同じだけゆるしたい、
いつわりの
切符を切る
たび
サファイアの花に
指先がきれてしまうけれど、

真夜中の台所で
針を刺し
縫いつけた子宮で
夜明けに
開く花を捨てた
先は
果てのない海で、
わたしは
人間の
空どうに根を
はり
空をおよぐさかなでした、

足元の
泥が
やわらかく
あたたかく
湯気のなかをほどけていく
わたしたちの瞼に
そっと
ひかりが落ちる

蕾を
刈り取る指先の
止まる
たび
おかあさん、
それでいいのだと
扉をあけるしぐさで
何度でも呼びかけたい

耳元の窪みに
ぴたり
張りついた
水脈はゆたかで
初夏のみどりが
またたいて
揺れる
遠い夏がかおる、


とんぼ達と

  砂木




今年の初雪に白く染まった林檎畑
ついこの間 葉にしがみつき隠れていた
とんぼも地面に落ちて
死骸になってしまっただろう
あれはまだ私がずうっと若い頃

バシャバシャという音が
霜の降りた朝の畑に響いていた
ジャージに長靴をはいて
林檎もぎのため畑の中を歩く
聞きなれない音にあたりを見回すと
とんぼが何度も繰り返し
草の上を上下に飛んでいた
その必死な様子にひかれて
側に行くと とんぼは逃げ
そして のぞきこむと

霜柱に凍った草の中に
別のとんぼが 動けなくなっていた

とんぼが とんぼを助けようとしている
そう感じたので 霜柱の草むらから
羽をつまんで とんぼをだして
近くの安全そうな草むらに落とした
とんぼは抵抗したけれど動けないので
落ちた場所でぐったりしていた

あとは知らないよ
それっきり忘れて
りんごもぎに集中した

そして陽も射し暖かくなった頃
畑の中で休憩をとった
お茶を飲みつつぼーっと青い空をみていたら
しっぽにつかまって 一組になっていたとんぼが
ふらふらと飛んで来て
私の眼の前でぴたりと止まった

お互いを認識してみつめあったのは
一瞬のようだった気がする
助けたとんぼの夫婦かどうか
確かめるすべもない けれど多分

あの細い手足で何度も助けようとしていた
あんなに悲痛な羽音は 悲鳴はきいた事がなく
私が去ったあとに かけつけたあのとんぼは
きっと つがいを助けるために
全力で暖めたのだろう
敵かも知れない私に わざわざ姿をみせたのだろう
なんて思ってしまって

毎年 終わっていく者が季節と共に過ぎる事に
少しづつなれてきたけれど
忘れられない熱さは 過ぎ去る事はない


蜂塚さん

  case

蜂塚さん




添乗員は無駄に喝采して 本朝に埋ずまる蜂に似ている
このバスの乗客は あたしだけだったはずなのに
すべての補助席に空白が充填されていて 息苦しい とても

あたしが飲む
酔い止めの薬は添乗員のお姉さんが運転手さんから預かったものとのこと
「蜂塚さんっていうのよ」
耳たぶの黒子を避けるようにピアスをしている
目の下の隈が濃いお姉さんのハンドクラップ

パチ  パチ  パチ

  パチ  パチ  パチ

    パチ  パチ  パチ

蜂塚さんは一言も喋らずアクセルを踏み込み
あたしは 胸のスカーフをそっと緩めて
ぼんやりした風景の残像一つ一つに
黒子を添乗させていくお姉さんに似た脚の長い蜂を パチンと


**


高校生のころ
休みの日、視聴覚室の前にある広い
廊下で 
あたしたちはお互いの耳たぶにピアッサを噛ませた

髪の毛の絡んだお互いの耳たぶを
ピアッサは噛み砕き
いつしか視聴覚室の扉が開いても聞こえてくる音はなくなっていた
だけどあたしの耳たぶを針が貫通することもなく
運動部はいつも走ってばかり
あたしはずっと膿んでいた



大学生のころ
旅先の宿、脱いだ靴のなかで
あたしは刺された
人差し指の爪の生え際から産卵管の抜けない蜂が脚をばたつかせている
あたしは刺されたままにしておけなかった

されば脚を掴み地面に叩きつけるも
あたしのことを見向きもせず
蜂は白樺を抱く山の稜線に沿って
飛んでいった
あたしはたちまち赤黒くなった脚先を見つめながら
充電の切れかけたケータイを開いた
そしてアドレス帳の「わ行」に
メールを一斉送信した
しかしMAILER DAEMONさんからしか返事が来なくて
そのうちディスプレイの明かりが消える



本朝に埋ずまる蜂に似た社会人になったころ
あたしは無口な運転手の運転するバスの添乗員だったり
そのバスのなかで運転されたりしていた
すべての補助席を倒して
誰もいないバスのなか 押し倒される
蜂塚さんに脚を舐められながら
なぜかあたしはセーラー服を着ていて
皺にならないように畳まれた二人の制服を見ている
誰かが添乗員の服装で 手を叩いていた
耳たぶの黒子みたいなかさぶたを甘噛みしつつ
蜂塚さんは突き入れてくる



すると

激しく前後に揺さぶられ

ぼんやりした風景の揺さぶりが

これまであたしに刺さってきた何もかもを

世界に向かって逆流する陽光みたいな蜂にしてしまうと同時に

パチン

文学極道

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