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選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


田へ

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わァじゃわめぐ、じゃわァじゃわァするじゃ、
なァ、がァどごさいだっきゃ、どごさ、



ざらついてたから、月面に触れるみたいな胸の空砲とか、とてつもない熱風に遠ざけられてく無数の、

名前も知らない、小さく小さくひび割れてくときのからだのさざめき、

いずれ遠くの後ろの方から近づいてくる擦音も、街頭に引き延ばされた髪の歳月に寄り添いながら、耳元でふるえる装飾具を連れ、鳴らして、

手をひいて歩く、地面が目を覚まして急に起き上がる、朝でもないのに、ひんやりとうなじの辺りを、ゆっくり逆撫でていく、動物の感触に、尖った嗅覚が、脳髄を通り抜け、べろりとはみ出した舌先から、熱のかたまり、

月、

月面から、光に濡れる、浮遊する瞳たち、いくつもの、地上で姿勢を低くするものたちが、瞬間、いっせいに襲来する、草藪に千の虫が湧き、いっせいに北上する、走る足の親指から破裂、破裂の、掻き乱れ隆起する皺が、祖母のからだを北上していく、

点々とした染みが、地平線上を、一群の象の群れになり、幾度も踏み潰された記憶の皮膚から、大きな大きな耳を揺らして、長い鼻から、水浴びでもするように、水しぶきが舞い上がる、いくつもに飛び散って、たとえ砂のようになっても、もう誰ひとり消えてなくなるな



わたし帰る場所がない。帰る場所がないのに、帰りたい場所があるから、あるような気がするから、お母さんにごめんなさいと言わなくちゃ。言わなくちゃって口ごもって、地球が無数に太陽を身ごもって、朝、目玉焼きを、冷蔵庫に並べられたパックの中から、卵と卵を、エプロンしながら、おはよう、おはよう、おはよう、



ガードレールを越え聳えかかるような山林のなかを一時間ほど走ると、その家はある。くねくねとした道沿いにぽつ、ぽつと、民家が点在し。方々に生い茂る手つかずの草むらに隠れ、ひっそりと渓流が。川のわきには、風呂敷ほどの田畑が様々に広がり。いい時分には、その中にぽつんと、青いつなぎを着た人が見える。おーい。色褪せてくたびれた帽子の。こんな山地じゃ誰がほんとうに生きてるか死んでるかなんてわからない。ガラス越しに見えるあのフィギュアみたいな人も、見えない汗をからだに浮かべてる。生きていれば、何だって、同じように。

ハンドルを切って角を曲がり、ドアを開いて車から降りる。玄関を開け、色褪せたつなぎが壁に静かに垂れ下がっている。ここには涙がいくつあっても足らない。


コーヒータウン

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あ、あ、あ、

人通りの多い市街地で、交差点を歩く人のショッピング袋から鳩が。羽根をばたつかせて空へ飛び去っていく。数羽がもつれてぶつかり合いながら空へ昇ると、めいめいに空を滑空。それを見上げ、ぽかんと開いたいくつもの口に

耳障りなクラクションが響き、変わった信号に追い付こうと車が流れ出す。輸送トラックの車体にディスプレイされた「毎日が楽しくなる!ハッピー…」に目を奪われた人の横で、女性が手を上げてタクシーを停めると、ハザードがカチカチと点滅を繰り返すリズムに、通行人のお尻も蛍みたいに光り出す。歩いてる本人は気付かずに。

ケータイに着信したら、ちょっとはしゃいだ声を出して話しかけて。言葉がわかんないからうまく聞き取れないけど。あーとかうーとかでもさ、そこにいる気配を感じるんだよ。元気にしてんの?

もしもし、バスが来たんでまたかけ直します」ドアが閉まると、バス停から人はいなくなった。残された時刻表には不規則に数字が打ってあり、離れ合ったバス停は、見えないバスの運行でようやく一つの星座をなす。これがこの街の神話の一つです。

オープンテラスのパラソルの下で、香ばしい香りを漂わせながら、開かれた本に並べられた活字は飲み込まれ、声になり、会話となって、テーブルの上を飛び交う。顔と顔を合わせて、しわの一つまで黒い瞳に焼き付けるように。

あ、あ、あ、
この声が聞こえますか?

わたしは元気です。


ざりら

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ゆんわりとした坂道をのぼるともなく転がっていく、いつかTVで観た指の長い超能力者のスプーン曲げ。あんな風に影がおかしくなって、ざりらはぶっ倒れた。

2012年2月15日。椅子は傾かない。黒いピアノだって、逆さになって海底へ沈んでいったりしない。部屋に差し込んだ陽の光が、遠くへ引いていくのを見たくらいで、海のペンキを体中に塗りたくって、ぐるぐる巻きのダイナマイトに着火しなくたっていい。飛ぶように沈んだ。だだっ広い砂浜へ砂を燃やして。太陽第342号。

風の強い日だった。エンジンがなかなかかからず、嫌がったセルモーターが何度もいなないた。路上でめくれ上がったビニールから、骨組みが何本か飛び出して。細長い銀色の甲殻類が数匹。次から次へガラスを叩く水滴の広がりと一緒に後ろへ流れていく。

ひとけのない体育館は平和だった。ブレーカーが下がっている。道路に木が倒れて、スクールバス来れないんだって。朝の体育館は広くて薄暗い。床に友達の体育シューズが映っている。だむど。だむどと鳴り始めて、その影がたわんで揺れた。続くようにかごのボールに手を伸ばす。指先から離れて浮かんでいくバスケットボール。千の天使と遊ぶのだ。これから、飽きるまで。

住処へ張り巡らされたワイヤーと。ピアノに向かう老人の背中は小さい。厳粛な鍵盤の配列の上で、裸木は活けられている。白、白、黒、白黒白黒白白。遂には裁断される音の断崖を。指は戸惑い、宙をさ迷う。思い出すように。垂直に裂かれていく、この震えをどうか止めずに。指先から記憶を開いて、それから音はひん曲がる。

間違いだ。間違えられた。ポケットからアルニコを取り出して、束になって逃げ出そうとするワイヤーをアンプにぶち込む。膨れ上がった暗箱から幾つもの管がそこらじゅうをのた打って、脳ミソを蹴り上げる。もつれ合う脚の群れ。まだ空は青いのか。赤いのか。入り混じってるのか。ざりら、踏み付けられた靴底の模様と。何色の涙が、最後の目頭を溢れたんだろう。


waterproof

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雨が降っている
空から雨が降っている
地面に雨が降っている
マンションの5Fの一室で雨は降らない
窓ガラスにおでこを付けている
私の上に雨は降らない
私の上には天井が
天井の上には誰かの足があって
私の下には誰かの天井が誰かの頭上に降っていない
窓ガラスは雨を通さない
だからマンションの5Fの一室の
私と床は雨で濡れていない
私と床は水で濡れていた
水が止まらなくて4Fの私の天井から水が
白い天井は白くて水が落ちても雲ではない
雲にランプシェードはぶら下がってない
雲の下の天井の下のランプシェードと床の上の私
私が見つめる通信衛星からの雲のシグナル
雲の下の私たち
点滅を続ける画面から水は流れ出してこない
窓ガラスにおでこを付ける
私と床は濡れていない
雨は地面を流れている
傘を差した誰かが帰ってくる
今はまだマンションはマンションで
今のところ5Fは5番目の階
見ている雨は何番目だかわからない
数える必要もない
数える必要もないものに呑み込まれていく


Re:

  WHM

たとえば裏通りから近づいてくる犬の嗅覚。遊び飽きた後の野良猫の行方。あるいはドアの閉められた隣部屋。背伸びした銀色のラジオアンテナがつかまえる混声。おじいさんのおじいさん。人のいない家を窓から射し込む光が角度を変えていく日々。いつかあった街。そう、おじいさんのおじいさんが何歳まで生き、どんな表情で笑い、どんな思いで怒ったのか、日常がふと途切れる瞬間、幾度とない夜と朝の静寂のなかで、何を見つめ何を考えたのか。角を曲がった先の、見たことのない煙草屋の小ささや、考えることもなくあったはずのこと。

田舎のおじいさんはもう、ほとんどしゃべらなかった。黒い瞳の視線の先に何を見ているのかも、もうよくわからなかった。黙って傾いたままの背中は、樹木の放つ輪郭に近いものがあった。「点には大きさがない。」大きさがないなら何があるのか?ついぞ聞けないままでいる、おじいさんの背中はおじいさんのおじいさんのことを思い出している。「つねに逆転せよ。」木から落ちる、いが栗が道路の端で割れている。葉が色を変えていく。樹木はすっかり葉を失い、次々に埋れていく白い雪のなかで黒い枝を咲かすだろう。雪の重み、雪を見て雪の含む水分量の違いを言い当てるおじいさんのおじいさんのおじいさんたちの。軒先から延びていくつらら。わらぶき屋根、柱と柱、またがる梁、引き戸、その下に広がる土間、並ぶ長靴。木と土と水の、家屋が辿って来た様式、ある時代のある場所に建ってきた時間。小さな音がずっと響いている。何かが、ゆっくりと軋んでいくせいで。

点には大きさがない。たとえばどこまでも遠ざかっていく舟のように。見渡す限り海、の上にぽつんと一艇浮かぶ舟、そこで深い深い海の上で揺られ始めた途端、地球が闇のなかを静かに漂流する姿が身に迫るように。つねに逆転せよ。あの星々の光で宇宙が満たされないのは途方もない暗さが広がっているからだと、わたしたちは真昼間に目を瞑って、いっせいに街を行進する。ヘレンケラーの手のひら。W-A-T-E-R、触れる指の先が、順番に一文字一文字、なぞる線は折れ曲がり、離れ、手のひらに消えた感触の尾ひれをつかもうと見えない意志で前進する。手のひらに触れた点が、シナプスの端に着火し瞬間疾走する光の条。STARS AND STRIPES。国旗に火が放たれ、ネックの上を躍るジミヘンドリックスの長い指。火が火を呼び、手が手を継承する。だから、わたしたちは目を瞑って思い出そうとする。震える鉄の塊が、ケーブルで機械に繋がれ破裂寸前まで膨れあがる爆発力で空間を裂こうとするように。わたしたちの内側の発光、それが線になって延びるのならば。

狭いくぐり戸を抜けると、仄かにお茶の香りが広がっている。お湯を注ぐ音がし、小気味良い音が束の間続くと、香りが湯気とともに立ち昇り、ほどかれてゆっくりと舞い降りてくる。手を添えると、茶碗は、お茶を含んでそこで奇跡的に立っていた。風で葉の擦れる音が重なり合って続く。伐られたばかりの木の匂いがする。活けられた枝には、目を凝らすと、蓑虫が眠っている。見つけられたこと、見つけられないでいること、続いていくこと、埋れたままのこと、この土地、このとき、今はまだ眠っている誰かが、おじいさんのおじいさんの聞こえない声や、見たことのない夢を見る夢。


La Pensee sauvage

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野ざらし
軋んだ(骨を
皮膚を(かすれた
転がる(軋んだ
弦が(転げる
割れ(亀裂
六本の爪(マニキュアで
アザラシの(体温を
ヒゲに(野ざらし
剥製(宙へ
猫背で(行こうぜ
脱臼(骨ごと
皮膚の(洋服は
置き去り


lighter

  WHM

書いたって何にもならない。言葉が降ってくる。雪みたいに。ページが埋まっていく。溶けたら何にも残らないのに。空がそこにあった。色を変えていく。何色だった?何も残らないのに。忘れてしまった。確かにそこにあったのに。地球が回り続けるせいで。何もかもが軌道のなかに。冷たい熱となって。消えていくのか。

ピンクとジャンクが婚姻して、シャンパンとパンクは頭から液体が。次々と倒れていくだらしない体。ようやく玄関を開きながら飲み過ぎたワインを吐き出し、そのまま卒倒する君の。右の頬が赤いキリストの血に浸る。今日も水が透明だということに感謝しよう。真白い肌で、ヴァージンロードを歩むマリアの、鳴り止まない頭痛に祈りを捧げよう。パンとワインの、口から産まれた子どもたち。毛布と錠剤にくるまれて、愛は何色だったか?お前たちが産まれる前に。お前たちが産まれた後に。あの時何色の光に包まれていたか?駅前のドラッグストアで、煙草屋の跡地に、優しさはわかりやすく棚に並んでいるから、他人が並んだだけの僕たちは、並べ間違えてしあわせと口にした。

30歳まで生きるな。冗談みたいに笑う。笑うしかないみたいに笑う。お腹が筋肉痛になって、喉が潰れるくらいに、体を捩らせながら笑う。意味がわからなかった。わかるのが怖かった。笑い続けながら黙っていた。終わるのが怖かった。わかんねえー!わかんねえーわ!もう浩輔なんか隣で笑いながら怒っていた。叫んでいた。血が噴き出すみたいに。嗚咽した。何にもできなくなって背中を抱きかかえた。バカだった。聖書にだってこう書いてある。この本は燃えるゴミだ、海を越えて汝の土に埋めよ。ああ、今日って、何曜日だったっけ?

書いたって何にもならない。言葉が降ってくる。雪みたいに。頭のなかで。ひとつひとつが、落ちて溶ける瞬間の発光。小さな。言葉を燃やすための体。白いページ。君の頬。柔らかな。空がそこにあった。いつもそこにあった。いつもあったせいで忘れた。駅前の煙草屋はずいぶん昔になくなった。なんだか煙草が吸いたかった。君の指を思い出した。

文学極道

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