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黒沢 - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ホオズキ笛

  黒沢




夜おそく
妻が購ってきた酸漿の花

市には露店がたち並び
ひとつの庇は
別の傾きへとさし換えられるようで
見ているそばで胸が苦しく
包装紙は
濡れていたという

私は食卓に持ち込まれた
黄色く
つましい明るみを
不思議な橋のように感じた



手のひらを
そっと打つのだが
果たしてどちらが鳴ったのだろう

兎に角ふるい設問なんだと
私は
既に萎れかけている花をはじき
化粧をおとす
耳飾を解いていく
ちがう時刻へと
通り抜ける
妻の気配を近くにしながら
くり返してみた




季節の変わり目は
いつも
何故だか俯いてしまう

酸漿は
花でなくなり
とても現に思えないのだが
紅く壊れやすい紡錘形
器用に中身を縒りだすことができると
いき返るから
妻がいう
私は応えなかった

次の市がひらく迄に
雨は降り止むのかも知れない


迷宮体

  黒沢





そう、帰結となる印象は、永さ…、まるで無限ともいえる永さだ。どれほどの永い時間、ためらい逡巡しながら、ここの沈黙に堪えてきたのか判らない。この迷宮は、誰の手によるものなのか。粉っぽく、湿度を孕んだ砂まみれの石畳には、大規模なわたしの影が写り、ゆるやかに伸び縮みする。きわめて制約され、繁殖力を殺された若い多年草が、地面の割れ目から、ちょうど踝の高さまで、茎を生やしている。ぴったり、同じサイズ。同じ嵩のひらいた葉。視界は、荒れ果てた壁にぶつかり、紆余、曲折する。

壁についても、いいたいことがある。堪えがたく、迷宮の迷宮たるうんざりする悪夢を、絶えず、海鳴りのようにもたらす、脱色された煉瓦の壁。その色は白というべきか、黒とよぶべきなのか。比喩すら難しい暴力によって、内側から破壊された感のある、全体の判らない伽藍の蓋い。光はさしてくる。むき出しの梁の間から、確かにそらや風の気配が見えるが、もう何百年も、わたしをじらし続ける上からの光は、迷宮の輪郭を嫌にはっきりさせ、ここの空間を計りなおしている。機械的に、捕捉し続ける。

この迷宮に、夜がないのかといえば…、違う。ありとあらゆる割れ硝子の間から、顔を覗かせ一時停止している若い多年草。ちょうど、一日の三分の一だけ、辺りのそれが、突然死する。そらから、風が一撃で奪われ、まるで津波の気配に似て、見果てぬ悪意と予感において、上からの光がいっせいに衰微する。このような仕打ちに、永遠の昼と、夜の刑罰に、堪えられる存在があり得るというのか。崩れ落ちた梁の一本が、わたしの不安定な寝床を脅かしている。おそらく、前任者のものと思われる意味不明の道具の類い、布や、石や、紙の表面に、星の光が降りそそぐ。



さて、何十万の文字と、何万の改行でなる日記を、わたしがここでものにしたか、判らない。迷宮は、今も、今に至るこれまでの間も、とても静かだ。なおも脱色している煉瓦の壁と、意図の知れない梁の破壊。ためらい傷に似た足跡だらけのこの構造体の向こうに、つまり、悪意に満ちた闇のそらに、らせん状星雲が見え隠れする。大きなリングを、二つ垂直に重ね合わせた設計のはずだが、わたしの視角からは、丸い、ぼんやりとした真円にしか見えない。理論上の振動ベクトルと、特定周波数の不可視の光に、侵食され続けるのは大いなる慰めだ。

わたしの日記は、らせん状星雲を写し取るだろう。比喩、としての修辞でなく、文字と、改行でなるその内部では、星雲が死に、膨大に渦巻くだろう。まもなく…、周囲の多年草が起き、息を吹き返す。もはやこれが、何度目になるのか判らない。昼がきて、上からの光がこの迷宮を照らしだす。わたしは再び、永さ、永さと、喚き散らすばかりだ。見覚えのない坂路が現れ、わたしの伸び縮む影の近くで、生きたように全く動かない。わたしの迷宮は、つまりこんな具合だ。こうなのだ。



突然の曲がり角に会うと、わたしの内部で水がわき、涸れるのが…、判る。やがて、わたしは死ぬだろう。わたしの髪の毛の一本一本が、星雲の細やかな光を形づくるだろう。


星の氾濫

  黒沢

ねむれないよるは星座をつくる
ひとつずつ折り紙を指で折りこむように
まっさらな空に定規をあて
残酷でもいいから疵やすじを残していく

ねむれないよるは星座をつくる
ひとつずつ有り得ない生きものの夢を見る
点線が呼び出すおどろきの闇の新星
形を写すことはいのちを奪うことだろうか

ねむれないよるは星座をつくる
父親に似た沈黙のひつじが
ひとつずつ柵の呼び名を無限に数えていく
喩えの数だけわたしは太る

ねむれないよるは星座をつくる
みじかい寝息に引かれながらわたしは
星の氾濫をゆくりなく耐える
ひとつずつ折りこまれる折り紙のように


プラタナス

  黒沢



その夜、いえに帰って、おれは妻にせんこくしたのだ。
おれが、
さきに死んだら、
くちを、きけなくなった物質のおれを、
けっしてだれにも、神さまにもみせるな。
それが、おれの遺言だ。

おれは、酔っていたのか。
ふだんなら、そんな不吉にもとれることを、
この世でいちばん、こころが、
弱いであろう妻に、
いうはずもないのだが、
おれは、我慢ができなかった。



妻にせんこくを、おこなう前、
おれは、
恵比寿でのんでいた。

仕事のしり合いが、ろくにん、ほど居て、
ひとりは、
海外で商業デザインの仕事をしている有名じんで、
ひとりは、そこの営業まんで、
ひとりは、そこの子がいしゃの社長で、
他は、おれのかいしゃの部下たちで、
おれの隣りには、末っていう、
この世の終わりみたいな名前の、
気まじめな部下が酔っ払っていて、声がおおきい。

どんどん、酒をくみ交わし、うまい素材を、
うまい調理で、
つまり、カウンターの向こうの、
いちりゅうコックの手ぎわの鋭さで、
はらいっぱい食って、
夜はどんどん、ふけて熱っぽくなった。

おれは、それなりに快活に、みせて、
ばかもいったし、
それなりに、危なかしいことをいったつもりだが、
本当のことは、何もいわなかった。



さしみや、
しゃぶしゃぶは、淋しい。
どんな快活なおしゃべりをしていても、
くちにするのは、淋しい。

おれは、てかてか光る、
箸を、
まるで、器用にすべらせながら、
時おり、外の、ぷらたなすの樹をみていた。
まどから、さんぼん指のような、
みつ葉が、
みえて、緩やかにうごいていた。

かきが、出てきた。

話しは、
その、物質のけいたいに関係なく、
わかい、おんなとの火遊びについての、
ものとなったが、
おれは、遊びにん、のふりをして、おおいに食い、
のんで、おもい切り笑った。



おれは、ほうこく書でも、せいかつでも、
おしゃべりに見えて、本当にいいたいことは、
決していわない。

生きていると、言葉が、
にじむように、
湧きあがって、こみ上げてきて、
それを堪えるのは、なかなかに、辛いことがある。

いいたいことを、いわなくなったのは、
何時からなのか。
おれは仕事のせかいで、箸さばきほどに、
それなりに、器用になったし、
これでも、抜けめないやり手にみえるらしいが、
おれが、本当のことを、いいはじめたら、
こんなもんじゃない。



こころの弱い妻よ。

いいたいことを、我慢できなくなったおれが、
本当のことを、
いいだすのが、こわい。
生きているおれは、いわない言葉に、
みちていて、いわばそれは、
おれを生かしている内圧のようなもので、
おれの、おれなりの、
バランスなんだ。

くちを、きけなくなった死体のおれを、
だれにも、みせないでほしい。



ぷらたなす、というのは、
アメリカから輸入された、街路樹らしい。
この国では、いほうじん、なんだね。
しらなかった。

まどの外の樹を、話題にしたおれは、
部下の末のおおきな声に、
いらいらする。
売り上げを、ろく倍にした社長さんのくしゃみに、
いらいらする。
ぷらたなす、といって、それきり、
大きぎょうの悪ぐちに話題をかえたおれは、
品のいい、
僅かばかりの炊きこみご飯を、くちにしている。

ぷらたなすのみつ葉は、
にんげんの指にくらべると、欠けている。
それが、
おれの内がわで、何時までもうごいている。



生きる、にあたり、
いちばん辛いこと。

死を、いたむこと。
名まえのある、ペットの死をいたみ、
名まえのない、野良犬の死をいたみ、
妻の死をいたみ、
しり合いの死をいたみ、
しり合いでない、すべての死をいたむこと。



話題がかわっても、
ぷらたなすは、ぷらたなすの、ままだ。

その、うごく、
みつ葉にみえる指のあいだから、
表皮の、剥がれた幹がみえていて、
それは、しろい、
くもった色をしていて、
いよいよ、街灯のじんこうの光りをうけ、騒いでいた。

部屋のなかは、どんどん熱っぽく、
熱っぽくて、おれは、はらが痛い。

おれの妻は、なぜあれほどに、
こころが、
弱いのだろうか。



恵比寿のみせを出ると、
そらの雲はものすごく、流れていて、
星がみえなかった。
とうきょうの明かりは、
おれの想像をいつも遥かに、うわまわるばかりだ。
商業デザインのその有名じん、とやらに、
おれはそっと耳うちする、
お、うえん、していますよ、と。

その夜、いえに帰って、おれは妻にせんこくしたのだ。
おれが、
さきに死んだら、
くちを、きけなくなった物質のおれを、
けっしてだれにも、神さまにもみせるな。

おれの遺言をきかされて、
思ったとおり、妻は、不安がったけど、
いがいにも、泣き出さなかった。

わかりました、と、
だけ、約束してくれたのだ。


Trick or Treat?

  黒沢




潮流には兆しがあるのよと
きみがいったか
他人のせいなのか
なみ打ち際で声が聞こえて
とお浅の舟をあらそう
みよ子の呼び名が浚われていく
そうして瞼がよるとなり
丘がうす曇りの冬の朝となり
うち寄せてくる波濤はいきものの首のようで
それらを抱きかかえて
きみはふざけた



いち枚のカードがあり装飾文字の表はうらで裏は間違いで気がかりな紙面のどこかにはさち或いはその反対と記されている。険しくなったきみの鼻梁に新月のどよめきが投射し件のそれはもはやここにない。又ぞろ次のカードへと指をよせるとふたりのうち独りはすでに人でなく褐色の倒れこむ燭台いな光りのきょう声。手元のとりたちはひき離されていく。宙がえる。うき対比される。わたしは安逸のためなおも試みをくり返すけれど背伸びした風が浅ましく窓枠をこえ真水のその先はふきつな揺り籠みたいで壁や床下にシュガー塗れの渦がまよい込む。横から見たきみのゆくりなくも自傷するにの腕。HareでもないKeでもない花のない食卓にざわざわとあのカードが降りかかるのに気付いたのは何時のことだったか或いは。



くち移しに
弓に手をかけて炎を
くぐって

下から
見あげた乳ぶさは雨のよう
草やきん類で麻酔したここ
ねつの母屋は死びとみたいだといわないで欲しい
嘘まねに似ている
そんなことはいわなくて良いから
もう白蝋の傷のりょう線を
惜しまないでほしい
ああ魚たちが
血みちを喪い葉牡丹のかきねをこえて登攀していく
一斉にたたみかける動悸はふと日かげの繰りごとに似て
見なくていい目を逸らしてと
いま上へとかえされる逆に
よこ揺れを圧しあてていく私はよいんに
過ぎないけれど液を渡しあいシュガーをうばいあう
いがいな表の
その狭間
懐かしいくるおしさに名前を与え
消しさっていい



あれはすい星かしら。いや熱気球だよ。

沖へ周えん部へと架線のあとをふみ締めては止めうず高く派生する潮の気配だけをたよりに根雪が汚らしいうす曇りの下を歩いた。みよ子これで何度めだろうか。わたしはまがった口調でいい直すけれど後ろ手にふたりを損ない棚引くばかりの偏西風に眉をひそめている。重い爆音。永ながと通りに投げだされたしき石からは力ない排水がわき複写されたそらの内奥で燃えそうなだ円の輝きが又ひと回り傾斜をつよめた。どこかで遮断機が腐りかけるのをうごく頭の片すみで感じ現れては姿をかくす顔のないのら猫。みよ子これで何度めだろうか。よきせぬ港湾のクレーンに行く方をきり取られた時きみは泣きだすのかと思った。ぺらぺら濁った波頭がかなた他人ごとのように見えてくる。みるみるうちに喫水線が歯がたになっており畳まれ又もきびしく定位していく。誤報かしら。そうした周期がゆくりなく変奏されるたびふたりの間近を泥だらけの輸送コンテナが掠めふと我にかえるとさらに水位が埋ぞう量が呆れるほどの執拗さでせり上がるのを確かめていた。

Trick or Treat? よつ角で誰かがふざけ合っていてこちらを見返してくる胡乱な眼つきが秘めごとみたいだと思って声をあげた。


新宿三丁目で思うこと

  黒沢

ムンクの舌のような月
それには直接
関係ないが
新宿のビル群の向うに
引き伸ばされた塗り絵みたいな夕陽がはり付いている



ホームレスといわれた男
はやりの言葉なら
ワーキングプア
自己責任
といった所か

名前を
持たない
鳥類を思わせる初老の男が
地下鉄出口の
階段のそば
縁石に腰を下ろして
通りを見ている
ぞろぞろ事象が溢れ出す雑多なものの光景を見ている
スタイリッシュな外車なのか
しり軽女なのか
奇蹟なのか
大都市の風が砂っぽく吹くのか

妻がいった
とても不安そうで
空気の動きにもびくびくして
少し
震えていたって



私はいう
かつてインドを旅したころの話

カンガーのそば
巡礼者がふり撒いていたピンクの花びら
黒い足裏が次つぎに踏みつけて
水辺では嗚咽する人もいて
けれども組合の
乞食の少年は
親方に
両手両足を切断されたからだで
ダルマみたいにもの凄く這いよってきて
涎をたらし
言語ではない唸り声を上げながら
ひとりひとりに
金銭をせびる

体温のような熱い
熱い
汚れた河が
その背景で厳かにかがやく

インドのあれが二十年前なら
日本にも中世はあった
一休和尚は
自業自得
見るも汚らわしい
つまり穢多
そういって棒切れを振り回し
気違いみたいに
はげしく打据し続けた
恐らく一生涯かけて



ホームレスが居る
ムンクの舌と
直接
関係のないあの
厳然と集合論的滑らかな手触りとしてある温い夕焼け

堕ちるのか
のぼるのか

のぼるのか
堕ちていくのか



世界の裏側で誰が
何にん死のうが知りようがない

たとえば今生
この地球のうらぶれた路上で
施政者や無為の小市民や
にく親が
どれだけ他人を苛もうが
私には何も分からない

飢餓にもさちの偏在にも
社会システムの人類規学的挫折にもインターネットにも



ホームレスが居た
それは

形而上の想像不安
いってみればムンクの舌などを持ち出してみた
書かれた
書きものの

表記や作者
対象や
比喩のあいだの乖離や肉薄と
まったく無関係な話だ



いま新宿三丁目の地下鉄の出口で
縁石にすわり込んでいたひょろ長い
影のような男が
コンビニ袋を左手に持ちかえ
陽も混沌もない終夜の活動期を目前にして
ビルや立体交差や
ひと混みや信号機の向う
惰性というほかない大都市の化学照明のさなかに
浮きあがるような心細さ
饐えた矜持のなお残るせわしさのまま
吸い込まれていく

しなびた顎鬚にはり付く
無言の履歴
それを参照する外部の話者も与えられず

輪廻転生や
宗教論的裏づけにすら言及されず
どうにもムンクの舌としかいいようがなかった月
なのか
塗り絵の名残であったか
遠のきうすくなる胸板の暗部
だぶだぶのシャツの継ぎめや綻びに
忍ばせたまま



ホームレスでも
ワーキングプアでも
滑稽でも
自己責任でもべつに構わない

そういって私は
妻を
恐らく怖い目で睨みつけたはずだ


オフィーリア

  黒沢





人に会うのが目的だった。

その日、湧きたつような照り返しのなか、渋谷周辺のデパートの外壁に、オフ
ィーリアのポスターを見かけた。暗い緑を背景にして、よどみに浮かぶ水死人
の似姿。服飾ブランドの意匠らしく、引き伸ばされた絵画のふちに、凝った幾
何学模様のロゴが配置され、このようなものが何の宣伝になるのか、ふいの日
陰へ迷い込むような感覚がした。

数日のち、四ツ谷を経由して銀座へいそぐ。
位置が定かでない交叉点をわたるとき、地下へと沈むコンコースの壁いちめん
に、寸分たがわぬ同じデザインか、或いは何かの展示会であったのか、あの死
美人のモチーフを目にした。



以前のこと、オフィーリアの図像を探したことがある。

ジョン・エヴァレット・ミレィ、ポール・ドラロージュ、アレキサンドル・カ
ヴァネルなど…。
十九世紀の後半に、偏って幻視されたこれらハムレットの作中人物は、どれも
原作からの逸脱がすくなく、今では時代がかった印象だ。

// オフィーリアは、周りのきんぽうげ、いら草、ひな菊、シランなどを集め
て花環をつくり、その花の冠をしだれた枝にかけようとして、枝は運わるく折
れ、花環もろとも流れの上に。すそが拡がり、まるで人魚のように川面の上を
ただよいながら、祈りの歌を口ずさんでいた。//(福田恒存・訳)



空港に着いたとき、いつものように携帯電話が鳴り、受け取ったメモに誘引さ
れるままリンクをたどる。発信者は知人。メモを送り返すと、アポイントメン
トについての話題は次第になおざりとなり、閲覧したテートギャラリーのサイ
トから、仄白いオフィーリアの消息、回路を越えてなお止むことのない、デー
タを呼びだし反芻していた。

広場でラジオが鳴っている。何かの演説のような、お笑いタレントのがなり声
が聞こえる。



霧のような雨がふり始め、いき過ぎる自動車は粒だった水滴に、精確に濡らさ
れている。昼間なのに、ヘッドライトが灯され、細かい連続のすじが、蚊柱の
ようにうごくのが分かる。

世界は、雨だ。
水のような粒子の乱れだ。

成田から虎の門、霞が関周辺、神田からまた恵比寿へ。
とある駅前の広場には、ラジオではなく、巨大な吊り上げテレビジョンがある。

埃っぽい広告画面に、ニュー・リリースの音楽映像がさし込まれ、楽曲は扇情
的であったり、予定調和的であったりして、プロモーションビデオは人びとの
群れの真うえで炎上し、あまたの信号を増幅してよこす。何かがはしる。記憶
は圧し返されていく。白濁した光の揺れ戻しのようなものが挿入され、画面の
枠を、撹拌し続けるひび割れしたサ行の爆音は、べつの意匠へと置き換えられ
ている。雨は小ぶりになる。いずれそれらは止む。

眠りや待望は、縁どりされた吐しゃ物のようなもので、この街も、いま見えて
いる火祭りに似た人びとの行列、都市計画も考えぬかれた商業広告も、オフィ
ーリア、お前のむごさには敵わない。



待ち人がきて、またも話題をなわ抜けしていく。ティー・カップがうち鳴らさ
れ、ロゴスではなくもっと直接的なものを、掘削機のようなものをと議論をか
さねた。ウェイターは歩きさり、違法建築めいた明るい陽光を通して、電飾の
消えた東京タワーの立像が見えてくる。

それでは明日は、歴史の一回性について。



倦怠といっては違う。
たぶん、それは異化され過ぎている。凡例をくみ替え、配列された用語たちが
ふいに、想定していなかったそれぞれの怨嗟や、声の不在を突きつけてくるこ
と。

// 暗く
淵になった川の表

半ば
くちを閉ざし
いろ味のない唇は前後の緑を映すようで
半ば
うわ向いた瞳から
出てくるはずのない言葉をとどめ

水死体は流れていく//

オフィーリア、意味を聞かせてほしい。
斜面の上手には、勿忘草が咲き、下手のくぼ地には、野薔薇やミソハギの群生。
きみが嬰児さながら手くびをひらく、闇のような日陰には、すみれ、芥子、バ
ンジー、撫子などが、かつて花環だった余韻を残し、柔らかく、ときに気がか
りな生々しさで、水を吸いつつ裏むけられていく。



韻律になったその希薄さ、親密で疾しげなふる舞い。時代がかった濃紺のドレ
スと、未知の職人のパッチワーク。終わりなき腐敗…。

私の揺らぎ、オフィーリアよ。

文学極道

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