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2008年10月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


カナブン

  如月

「あ、カナブンが死んでるね」

夏に冷たく落とされた、
ひだまりのとなりで
もう、動かなくなったカナブンを見つけて、
君があまりにも淋しそうに言うものだから
命には限りがあるもんさ、と
ありきたりな事を言うと
君は背中を丸くして、
動かなくなったカナブンを見つめていた

例えば、
この手を繋いだ先で
小さく笑う君がいて
その後ろには、
大きく突き抜ける空が広がって
木々がささやかに揺れていて
木の葉がくたびれて紅く燃やされ
季節にそっと背中をおされ、
僕らは長袖を着て
君と小さな手を繋ぐ

そうしているうちに、
いつのまにか
僕の背中は
小さく丸くなって
くたびれた僕も燃やされて、
長袖を着た君の、
手を繋いでいるその先で、
きっと、
新しく産まれた君が
大きく、
笑っているだろう

夕日はいつも傾いて
足音も立てずに去っていく、
無数の影の先端で
ぶらさがっている僕は君に

やっぱり、
ありきたりな事しか言えないものだから
君はまた
小さく背中を丸めて
もう、
動かなくなったカナブンを淋しそうに
見つめるのだろうね


眠り(a)

  疋田

指で作った覗き穴の向こうで
かなぶんがひっくり返っている
そのうちにかなぶんは足の付け根や
頭と胴体の隙間から伸びだした雑草に包まれて
まるでゴムボールみたいになると
ひたすらに同じ場所をころころと転がっていた
誰もいない隣の部屋では
確かアシクケリブが再生されていて
誰かがぼそぼそとしゃべる声がここまで聞こえてくる
(1)
月曜日。ゆがき過ぎて味の抜けたほうれん草を三角コーナーに捨てると、青臭さに混じってどこからか線香の香りが流れこみ、追って、引き戸のすれる音がした。おもむろに首をひねれば、ぼやけた視界の端で押入れが開いているのに気付く。僅かに開いた押入れからはこっちに向かって蟻の行列が伸びている。
(2)
月曜日。詳しくは知らないが、平和を訴えるために銀行強盗をやったという女が逮捕された。女の口元にはつけぼくろでない大きなほくろがあり、それは姉のほくろと似ている。姉はいつも障害者手帳を紐に括り付けて首から垂らしており、二十六になる今でもあいうえお、のほかをうまく言えない。姉はいつも姉の知らない人に罵られ、姉の知っている人に罵られた。そんな姉が言うには、押入れには幽霊がいるらしくて、台風が近づくと懐中電灯を持ち込んでは一日中籠もっていた。
(3)
月曜日。三角コーナーからほうれん草があふれ出し台所を埋め尽くす。いつやって来たのか、私の隣では、体育座りする姉が不自然に長い腕を伸ばして、隣の部屋の押入れを開けている。押入れの中にある懐中電灯の光線がやけに眩しい。そのせいであね、
の顔が見えないのが怖くて
がちゃん
とつぜん鉢植えが割れる音がする
窓ががたがた揺れる
「風が強いからね。」
「台風。」
「14号だってよ。」
一瞬、心臓が止まった
その声は姉のものだった
同時に綺麗な声だとも思った
もしかしたら始めから、あね、はこんなふうに話せたのかもしれない。だけど一筋の光線を残して部屋は真っ暗になり、その後は姉も私も、何一つ喋らなかった。
(4)
月曜日。大きな積乱雲が重そうに垂れている。あね、は美しいものが好きなんだと、母親がよく言っていた。あね、は、夏の真っ昼間、のぼりきった太陽に金平糖をかざしていた。あね、はすっぽりと壷に収まった祖父の骨を、じっと見つめていた。いつやって来たのか
気が付くと
姉が押入れの前に立っている
あね、が
ゆっくりと引き戸を開けると
その隙間から
"完全な"晴れ間がはみ出してきて
姉やその裏っ側を
くっきりと存在させていく
そして不在させていく
晴れわたる空が
絨毯のように敷き詰められ
た頃には
私たちは傾い
て傾いていて
"完全な"東京、に散りばめれた葱畑に倒れ込み、鬼のいないかくれんぼをいつまでもしている。金平糖を握りしめていつまでも泣いているあね、の頭をなでて、いつまでも、強く生きるとはどういうことなのかを考えていた。


gloom

  5or6

新宿の交差点で女をスカウトして
その女の彼氏に殴られた
その僅か数秒の焦燥
走馬灯の一歩手前

格好悪くてもバカにされても生きていけばいい

そんな声が聞こえた
誰に向けて
自分にか
自分にだ
その声と同時に左頬に硬いシルバーの指輪付きのコブシがめり込む
奥歯が内側の頬に突き刺さる
でも大切なものを無くしたらどうやって生きればいい
さっきの声に心で反論した刹那
立っていた自分が地面から浮いて放り投げられる
柔道家か
もっと高校の時に柔道の授業出ていれば良かったと後悔する
意識は過去に飛ぶ
家を出ていく母
幼い頭で説得しきれず泣き叫ぶ子供
背中を向けたままの父
脳みそが焼き切れるくらいに引き止めようとしたあの時の思い

今は

無い

去っていくカップルを倒れこみながら見つめる
もう一度
ゆっくりと倒れて
早くなる
うぅぅぅん、

前のめりで
目の前のアスファルトに倒れこむ
鼻に火薬詰められ爆ぜる
火花が耳穴から
こめかみから
溢れだし
その光は額の中心を貫通する

一人

一人で起き上がる前に道路の石を眺めた
それは二つの石が支えあっていて
なんだか人の形をしていた
後ろで立てよと背中を押してるみたいに見えた
前の石は偉そうだな
でも
この感情が溢れ出したら
また昔のように
みんなが寝静まる時に起きている羽目になる
都会に住めば住むほど
いつ眠ればいいのか分からなくなる
絶えず街には人がいるのに
金払うわけでもないし
ましてや金貰えるわけじゃないから
こうして無様にしていても
周りの靴は乾いた音で
かつかつかつかつ
行っちまう
暫くして鼓動の音が明確に左頬に響き
熱く痛い現実がやって来る
意識を体に戻し
立ち上がって赤い唾を吐く
その時に
もう一度あの声が聞こえた

格好悪くてもバカにされても生きていけばいい

そうだ

あの声は父だ

後ろ向きで背中の曲がった父の声だ

母に見捨てられた父が上京時に告げた言葉だ

格好悪くてもバカにされても生きていけばいい

確かに
まだ
俺はここにいる

見上げると
高いビルから
不平等な形の人が見える
それはすぐにネオンの光に反射して消えた
クラクションが鳴る
もう信号は変わっている
わかってる
わかってるよ
歩くよ
だから急かそうとクラクションを押すな押すな解ったから押すなちくしょう押すなクソ野郎うるせえ押すな

押すなクソ野郎っ!


とうりゃんせが鳴る
広い横断歩道を
前を向きながらみんな歩いている
クラクション鳴らした車に怒鳴り
乗っていたヤクザにまた殴られて
とうりゃんせが鳴る信号の柱の横で
倒れたまま見ていた

今日の女はみんな同じ顔をしてる

収穫無いまま
そのまま薬屋に行き
個室ビデオに入って
男臭いソファーに座り
電源オフのテレビの画面で腫れた顔の痣を見て
シップを貼ってそのまま寝た


スカウトは顔が命だ


Trick or Treat?

  黒沢




潮流には兆しがあるのよと
きみがいったか
他人のせいなのか
なみ打ち際で声が聞こえて
とお浅の舟をあらそう
みよ子の呼び名が浚われていく
そうして瞼がよるとなり
丘がうす曇りの冬の朝となり
うち寄せてくる波濤はいきものの首のようで
それらを抱きかかえて
きみはふざけた



いち枚のカードがあり装飾文字の表はうらで裏は間違いで気がかりな紙面のどこかにはさち或いはその反対と記されている。険しくなったきみの鼻梁に新月のどよめきが投射し件のそれはもはやここにない。又ぞろ次のカードへと指をよせるとふたりのうち独りはすでに人でなく褐色の倒れこむ燭台いな光りのきょう声。手元のとりたちはひき離されていく。宙がえる。うき対比される。わたしは安逸のためなおも試みをくり返すけれど背伸びした風が浅ましく窓枠をこえ真水のその先はふきつな揺り籠みたいで壁や床下にシュガー塗れの渦がまよい込む。横から見たきみのゆくりなくも自傷するにの腕。HareでもないKeでもない花のない食卓にざわざわとあのカードが降りかかるのに気付いたのは何時のことだったか或いは。



くち移しに
弓に手をかけて炎を
くぐって

下から
見あげた乳ぶさは雨のよう
草やきん類で麻酔したここ
ねつの母屋は死びとみたいだといわないで欲しい
嘘まねに似ている
そんなことはいわなくて良いから
もう白蝋の傷のりょう線を
惜しまないでほしい
ああ魚たちが
血みちを喪い葉牡丹のかきねをこえて登攀していく
一斉にたたみかける動悸はふと日かげの繰りごとに似て
見なくていい目を逸らしてと
いま上へとかえされる逆に
よこ揺れを圧しあてていく私はよいんに
過ぎないけれど液を渡しあいシュガーをうばいあう
いがいな表の
その狭間
懐かしいくるおしさに名前を与え
消しさっていい



あれはすい星かしら。いや熱気球だよ。

沖へ周えん部へと架線のあとをふみ締めては止めうず高く派生する潮の気配だけをたよりに根雪が汚らしいうす曇りの下を歩いた。みよ子これで何度めだろうか。わたしはまがった口調でいい直すけれど後ろ手にふたりを損ない棚引くばかりの偏西風に眉をひそめている。重い爆音。永ながと通りに投げだされたしき石からは力ない排水がわき複写されたそらの内奥で燃えそうなだ円の輝きが又ひと回り傾斜をつよめた。どこかで遮断機が腐りかけるのをうごく頭の片すみで感じ現れては姿をかくす顔のないのら猫。みよ子これで何度めだろうか。よきせぬ港湾のクレーンに行く方をきり取られた時きみは泣きだすのかと思った。ぺらぺら濁った波頭がかなた他人ごとのように見えてくる。みるみるうちに喫水線が歯がたになっており畳まれ又もきびしく定位していく。誤報かしら。そうした周期がゆくりなく変奏されるたびふたりの間近を泥だらけの輸送コンテナが掠めふと我にかえるとさらに水位が埋ぞう量が呆れるほどの執拗さでせり上がるのを確かめていた。

Trick or Treat? よつ角で誰かがふざけ合っていてこちらを見返してくる胡乱な眼つきが秘めごとみたいだと思って声をあげた。


ムルチ(『帰ってきたウルトラマン』より)

  Canopus (角田寿星)


アナタハ ダレデスカ

身寄りも帰る場所もなく来る日も河川敷を掘じくる佐久間少年ですか
地球の汚染大気に蝕まれ余命いくばくもないメイツ星人ですか
ふたりきり
河川敷の工場跡で
下水道に住む食虫動物のように
体を寄せあい
日々の食を求め
地中に隠された円盤を探し
メイツ星に還る日を夢みて
ひっそりと
誰にも知られずに生きていたかった

アナタハ ダレデスカ

商店街のシャッターは閉まってなかった
家々の窓は開け放たれていた
朝には子どもの挨拶がひびき
陽が傾くと夕餉を呼ぶ母親の声がきこえた
おつゆが さめるわよう
昭和40年の貧乏ったらしい東京で
煤煙と排ガスにまみれ額に汗して働き
善良であれば幸せになれると誰もが信じていた
同じ人々の同じ笑顔だった 違うものを悪と憎んだ
無関心な雨が
時代を洗い流していった

アナタハ ダレデスカ

あなたは誰ですか
少年のささやかな夕餉を踏みつぶす腕白どもですか
お前にやるものは何もない と
少年を突きとばすパン屋のおやじですか
こっそりと売れ残りを少年の懐に押し込む看板娘ですか
少年に理解を示し円盤を一緒に探す郷隊員ですか
街角の電柱からそっと顔をのぞかせる一介の虚無僧ですか
ただ通り過ぎていくだけの人の波ですか
表情もなく降りそそぎ洗い流していく雨の瞬間ですか
来る日も掘じくりかえされる存在の糞ったれな砂の一握ですか
あなたは

金曜日の夕暮れ真空管が描出するぼんやりしたフラグメント
ガキの頃はウルトラマンが出て来さえすれば何もかも解決するのに と
なすすべもなくうたがいもせずやがて雨がとおりすぎていくのだろう

あなたは
堪忍袋の緒を切らし少年を排斥すべく暴徒と化した
八百屋ですか薬屋ですかスーパーのレジ係ですか大工の棟梁ですか
「その子は宇宙人じゃない 宇宙人はわたしだ!」
少年を救おうとたまらずに正体をあらわしたメイツ星人に
善良な市民たちの平和を守るため立ちあがり発砲した
正義感あふれる純朴なお巡りさんですか
メイツ星人の封印がとけて
すべてのかなしみとにくしみと怒りをこめて目覚め立ち上がる青き怪獣
ムルチですか
それとも

「勝手なことを言うな…怪獣をおびき寄せたのはあんたたちだ…」
「郷!街が大変なことになってるんだぞ…わからんのか?!」

そう
愛らしき人類の平和を守るべくはるかM78星雲よりやって来た
正義の巨人
ウルトラマンですか

燃えさかる炎はすさまじい豪雨をよび対峙するウルトラマンとムルチを洗い流す
ムルチのブルー
ウルトラマンの銀
ムルチの流した涙
ウルトラマンの流した涙
ムルチの頚部から噴出したみえない鮮血の飛沫
豪雨は
洗い流し
そして三十年がたちました
誰ともなくつぶやいて

少年は父親になり
道のまんなかに立って
うつむいて
みえない雨に打たれるように
両肩から湧きあがる自問の声をこらえている

ボクハ ダレデスカ


ビオトープ

  ゆえづ

庭は母があらたに植えた花々で賑やかだったけれど
ガーゴイルと仲良く膝を抱える花壇脇
日がな枯れたヒナゲシを眺めて過ごした僕は
言葉に忘れられた詩人のよう
横たわる風景に多くを望まなくなって
ただじっとひそかな企みを抱いている
くすぐったさが底から込み上げてくるような腹の中で今日も
君と僕が生み出した大きな悲しみを育てている

ひとりきりの夜は眠った
破かれる事もない白紙を抱いて
休まる時を知らない秒針だけがチクタクと笑っていた
僕のありったけを押し込んだ寝床で
こころというこころを殺しながら

こっそり君と待ち合わせた放生池へと
パン屑を片手に迎う真夜中には
目を細めた月が僕を見逃した
いつの日もたくさんの鯉が僕らの影を待っていた
君の黒髪に光るヘアピンが夜の森に走り消える星のようだとか
透けて見える静脈が街灯に浮かび上がる水中の河骨そっくりだとか
とりとめのないお喋りに夢中になっている僕を
虚ろな返事を水鏡に濁しながら
プリンのシール蓋を剥がす時の軽やかな手つきで君は
ヒナゲシの実をひらりと裂きちいさく笑った

そうして時間がどこまでも透けてゆくのを待った
二人して石像のように青ざめて
やがて息を殺した朝靄の中
鯉が水面に散らばる言葉を縫ってゆく
千切れる顔は掬うもたやすく舞い落ちて
音もなく沈みゆくパン屑のひらひらと招くその息づきを
死んでいるように見つめ合う池端
野犬の一吠えに水面が凍る

こぽりと洩らした君のあくびが
水面に伸びやかな円を描いてゆくのをただ
薄い胸びれの隙で待っていたんだ
眠たいフロストガラスに響き渡る声
胸びれに見え隠れして
ためらいがちに揺れる光彩の中
夢見のままに華やいで君
静寂の青さにくすぐられていた夏休み

(いつしか僕の庭は見慣れぬ花でいっぱいだった)

ちょうど吹き抜けた風に乗って
少年の胸ポケットへするりと忍び込んできた君を
僕はまた大層大事に育て始める


島の女

  ミドリ

砂糖黍畑の間を
女と歩いた思い出がある
二車線の道路に
茶や緑の葉っぱがせり出し
そよいでいる
陽光に放たれたその道は
とても荒れていた
一時間歩いても
車は通らなかった
サングラスを外したぼくは
女に言った
戻ろうよ
待ってもう少し
一時間だぜ
時計を見た
もうすぐ東シナ海だから
汗が頬を伝う

女は
町で働いていた
いわゆるホステスだ
昔は農協で働いていたの
声を潜めるように言った
あぁ農協な
面倒なところだ
女は眉間に皺を寄せた
夜の女の
言葉は信用ならない
昼間食べたソーキそばが
腹にもたれはじめる
麺の上に乗っかってた
生焼けの肉のせいかもしれない

すべてに嫌気が差したころ
海が見えた
ほらね
女は子供のように
目をくりっとさせて言った
あぁ海だ
間違いない
するりと腕を回した女が
ぼくの手をぎゅっと引っ張った
海風よりも強く
確かな感触だった
放置されたユンボやブルドーザーが
浜の近くにあり
ぼくらは幾度か植物の根っこに躓きながら
浜へ出た

スニーカーを脱いだ
ホットパンツからするりと伸びた
女の白い足が
はじめて目に入った
ねぇ綺麗でしょ!
ここから見る眺めが
一番スキなの!
ぼくはサングラスを掛けなおし
女に言った
確かにオジサンにも
悪くない景色だ
なんだ
ノリの悪い人!
そう言うと
ぼくにくるりと背を向け
女は
裸足のままで海に近づいて行った

拝所の中に眠る
まだ陽の昇りきらない朝の
白いコーラルの道に
海風に塵埃がパッと散る


非詩

  はらだまさる

   1.旅

おまえは、旅。45Lサイズのバックパックには、散乱したジグソーパズルみたいな外国語が所狭しと詰め込まれ、オルゴールのように甘美な絶望が丁寧にパッキングされている。猫の前足みたいなスニーカーのおまえで、歩いていく。洗いざらしのヘンプのシャツと、ベルボトムのジーンズ。どこか遠く、知らない町へ行きたい。ボランティアにも、少し興味があると、おまえは言う。パリ、ロンドン、NY、ローマ、プラハ、アムステルダム、ニューデリー、ダッカ、バンコク、香港、東京 ―― そう、おまえは、町でもある。おまえは、おまえという飛行機を、おまえの柔らかな滑走路から離陸させ、おまえ自身である融通の利かない空を飛んで、この傾いた惑星、即ちおまえを周遊する。眼下に広がる、あおい海。みどりの大地。の、おまえ。おまえは、恋をする。おまえに、恋をする。異国で出会う、おまえ。孤独を愛する、おまえ。絵葉書を書く、おまえ。世界遺産の、おまえ。ポプラ並木の、おまえ。横断歩道の、おまえ。庭先を舞う蝶、その鱗粉、吸い上げられた花の蜜、その蜜を味わう器官の、おまえ。その信号を脳に伝達する、おまえ。その全てを俯瞰する、おまえ。誰も知らない、おまえ。おまえは、旅。本質を、そしてフィクションを、おまえは、旅する。そして、おまえは、本質でも、フィクションでも、ない。おまえは、旅。おまえは、まだ何も知らない。この惑星がひと回りした後のことなど、誰にもわからない。


   2.宗教画2008

身体を掻き毟る肌の赤い少年、不透明なクリームの川が流れている。遍くひかりが水墨画の濃淡のように黒い色彩で描かれ、水飴状のカーテンの襞のようにうねる海の、緑色を写し取った光沢のある空には、シルクスクリーンで刷られたような幾何学模様の雲が、ぺたりと張り付いている。コンクリートの大きな食卓に並べられた窓、窓、窓・・・。その窓から侵入する不気味な顔をした天使達が様々な楽器を鳴らし、その音楽を聴いた人々の顔は、快楽と苦痛に歪み目は虚ろなのだが、狂ったように笑っている。その姿は禍々しいひかりよりも醜く、黒い。息子を燃やす母親、大きな鍋には半分が機械になった動物たちが煮込まれている。ヒエロニムス・ボス(*1)が描いた世界を髣髴とさせる。遠くには、巨大なビル群がキミドリやピンクに発光して、壁面に飾られた数千枚ものレントゲン写真が曼荼羅図を描き、現代科学の礎となった著名な科学者達は磔刑に処せられ、ピエロが壊れた人々のためのその絵を、灰になった息子に読んで聴かせる。

『ガム噛む、お腹がへ ったよ 足りひん ねん、全然 水み たいな 否、水 ぶくれみたいなポケットから、不思議なポケットを叩くと、ぶ〜ふ〜、シンドロームがふたつ、どうでもい いじゃねぇか【doudemoiijyanexeka】症候群とい う、シンドローム、俺、健康に、なりたいねんけど、お前にも、健こ うになってもらいたい、健康になりたいねんしんどろーむ、何でお前は、健康になりたいか、考えろ、(さぁ、ここで少し考えてみてください)ばーか、聞け、つって、手 紙より、切り裂いて、メールく れろ、携帯メ ールくれろ、あれも 欲しい、これも欲しい、もっ と欲しい、もっ とも っと欲しい、と 大好きなブルーハーツが歌う、若さ、というのは、素晴らしい過ちを犯すことだ、間接照明の やわらかいひ かりの中に浮かぶ、わたしの天鵞絨の びろー どの 下着に滲み た愛液、ほら、あなたは裏側を丁 寧に舐めるでしょ? ぶ〜ふ〜、お前の住 む街、都市、国家、新聞、政治家に、発 話され、書き記された言葉が放電す る、空の 汚れ、飛散す る汚れ、闇を、宇宙を汚 す放縦なひかり、その速度、速過ぎ るんじゃないのか、再生、健康に なってさ、そらのよごれをながめ、ぶ〜ふ〜、宛名のない絵葉書を 拾いあつめ、お前は繰り 返す 拝啓、と 敬具、を 窓の 外 側に並べ、手紙・テガミ・tegami・tE/Ga/Mi・て、が、み、出すよ、びょう いん、ってびょうきを売っ てんだぜ、ぶ〜ふ〜、馬鹿は、喜んで、びょう きを、病 やまいをたくさ ん買っていく、なぁんにも知ら ないで ありもし ないものに 名前つけ るだけの 錬金術 わたし最近、全然眠れないの、不眠症、俺は、止めどなく水道から出てくる 水が怖いんだ、精神病、呼吸できない壁、ぶ〜ふ〜、隙間がない、息が詰まるぜ、贅沢だよ な、腰が痛い、関節痛だ「はい、じゃレントゲン撮りましょう」被曝(*2)するんやって、レントゲン、被曝、CTも、被曝、ぶ〜ふ〜、腰痛なんて「基本的に」レントゲン撮ってもほとんどわからへんねん、でも、俺ら、自然被曝(自然界からの被曝)してんだぜ、でも、乳癌の検診は大事よね、マンモグラフィも、被曝、大丈夫よ、微量なんだから、それよりも検診しない方が、危険よ、ピンクリボン運動よ、じゃあ、何で癌になるの? 食生活? 肥満? 喫煙? 年々増える乳癌の死亡者、昔は少なかったってこと? 欧米人に多いってホント? ぶ〜ふ〜、関係ないっぺよ 気にする方が 身体に悪ぃよ、気持ちわ りいぜ、何かありゃ、すぐ病院行って、ハイ、レントゲン、ハイ、なんだかわかんねぇけど、みんな飲んでる薬を毎食後に飲んでくださいね、老いて癌になりました、白血病になりました、当たり前だ ろ、医者 丸儲け、どっからが詐欺で、どっからが愛ですか? 馬鹿、最近の医者は忙しい割りに、全然儲かんないんだよ、あんなにリス キーで大変な仕事が、お金だけで続けら れると思うのか? 外野は黙ってろ、ぶ〜ふ〜、誤解するなよ、ぶ〜ふ〜、お医者さんを悪く言うつもりはないの、もう一度、言う、お医者さんを悪く言うつもりはないんだよ、病気を欲しがる お前らが 肉 喰って、チョコ レート 舐めな がら、大好物のアイ スクリーム、ニコ チン、カフェ イン、アル コール、無理ばかりして、背伸びして、やっほー、健 康なんてどうでもいい、なんて言ってられるのは若いうちだけ、大人になって言ってりゃ、ただの馬鹿か、社会性が異 常に欠落してる だけだろ、病気して、金さえ払ってりゃ 他人に 迷惑かけてないと思ってるのか、タニンにメイワクかけてないとオモってるのか、どっ ちにしても目出度いねぇ、フラッシュメ モリをガムのよ うに噛んで、くちゃくちゃ 類人猿、って果物や木の 実食べてんね んで 牛 乳って、牛の飲みモンやん 何で人が飲むの? 不思議じゃ ない? 予防医学って言葉すら知らない、猿ども、あ、俺もその言葉、昨日知りましたぁ、春夏秋 冬、ギンギンに冷え たビール、内臓が冷え るやろ、裸足、ぶ〜ふ〜、頭寒足熱って知っ てるかい、お前、アト ピーやろ? 肌が荒れて、敏 感肌、チン ピー痒いやろ? ケ ツの穴、痒いやろ? マン ピー痒いやろ? 内観しなさい、感じなさい、(さぁ、そして、何が正しくて何が嘘なのか考えなさい)再び、ばーか、お前の体内の こえ、聞けよ、頭が痛いで す、偏頭 痛、クラッシ ュ、脳味 噌、ぶ〜ふ〜、花 粉症、贅沢病、贅沢 病、ぜいたくびょう ぶ〜ふ〜、自分の子供なら、手術はさせません、手術はさせません、とお医 者様はおっしゃ いました、最近のステ ロイドは安全です、半透明の、クリームが ぼくらの口から どんどん溢れてくる 副作用の研究は、どこまで進んで るか知ってますか? ぶ〜ふ〜、安全でス? 皮膚組織が 真っ黒になりました、そうさ、プロパ ガンダ機械、蘇れ、プロパ ガンダム(爆)っす、何れは、皮膚を金属に したいよね、よろしく、薬三種類の副 作用なんて、誰も知りません、エビデンス(*3)、エビデンスって馬鹿の一つ覚えみたいに ぶ〜ふ〜、どこまで信頼出来るんだよ、カール・ポパー(*4)の謂う「反証されえない理論は科学的ではない」ということば、突き詰めれば どんなに信頼出来る科学的論理も 反証出来ちまうんだよ それが科学だ、医学的根拠に基づいて 科学的にある程度証明されてるんで、じゃあ、睡眠薬と 胃薬と 安定剤出しと きますね、毎月高い社会保険料 払ってんだから、お医者さまにかからなきゃもっ たいないわ、倫理って何? 目出度いね、♪だぁれも知らない、知られちゃいけぇーない〜 デビルマンがだぁ〜れぇ〜なのーかぁ〜♪(*5)健康がブー ムだってさ、いつからだ ろうね、ずっとずっと昔 からさ、何でだ ろうね、にんげんって馬鹿だから、異性に好かれるためなら、何だってするのよね、「煙草吸う男の人ってセクシーよね」とか、「細い人がかわいい」とか、「太ってる方が貫禄がありますね」とか、「よく食べる人って大好き」とか言われると、調子ぶっこいて、マジ、馬鹿ですみません、俺、わたし、ぶ〜ふ〜、自分の ため、家族の ため、社会の ため、健康は 楽しいよ、どんなドラッグよりも 健康であることが 一番、気持ちいいんだよ ぶ〜ふ〜、健康は 快楽 だ 健康を保つ スリ ル、ふふ、健康になり たいね、「健全な精神は健全な肉体に宿る」(*6)んだよ、多分 って、奥さん、痩せ細って 筋肉がない んだね、ぶ〜ふ〜、誰のため? 自分のため? ぶ〜ふ〜、人の目が気になるの? ほら、わたしってテレビ見過ぎだし、情報過多で、知らなく てもいい情報ばっかり、君の脳 味噌は、ぶ〜ふ〜、ぶ〜ふ〜、そろそろ記憶容量を 使い果たし、作動し なくなる罠、ぶ〜ふ〜、かわいい孫娘は ゲームのし過ぎと、漫画本の 読み過ぎで、ぶ〜ふ〜、眼鏡っ子の仲間入り、電磁波で何か壊れて なけりゃい いけどね、あなた、何で健康になりたいの? ぶ〜ふ〜、否、不健康になりたいんだ? 生きるの 苦手だろ? ぶ〜ふ〜、ぶ〜ふ〜、』

言葉を知らない灰になった息子はぼーっと天井をみつめて、不意に声を出して笑う。ピエロは美しい化粧を落とし、失った視力で灰になった息子を、泣きながら掻き集めている。その上空を、金属の鳥が不快な羽音で飛んでゆく。


   3.メタ・秋


 秋雨前線を、溜め込んで
少し下っ腹の出てきた 秋に
顔をむん ずとうずめて
 皺のない、つる
  んとした国道を
    私は散り 歩く

爆破された、脳味噌をす
っぽり被って
 記憶の、ドン ・チェリー
  聴きながら
   眼鏡に ぶら下がった坊主が、
      丸坊主、
    で説教する、ビジョン
   攻撃的ミッドフィルダーの、
    眠気がしょん
     べんみたいな
      ヘディングして
    絶望的に 達観する
ああ、
やっぱ、記憶
 ってのは ぬれてんだ

   どこにも行かないんだ ここから
  今から もう ずっと前から
    行ってる 直感
  存在が回転し、
   停滞する、ラプソディ

  黒ラベル空けて 餃子喰いながら
 テレビの スイッチ入れると
   相撲取りが、手刀を切り
    心を描いて 褒賞金かっさらう
     「あっ」
  ふと、スポーツ新聞
   的な見出しが 思いつく
   「肥満、募る
   不満」(昨今の相撲界の不祥事に対し)
 「メタ・メタボリック・
   ドリーム」(外国人力士のジャパニーズ
  ・ドリームを揶揄して)
そうさ、このくだらなさ
メタボリックもメタミドホスも、
  メタアンフェタミンで愛して
      あなたをがぶ
     りと食べちゃいたい

  あなたの、血が欲しい

   ああ、食欲の
  秋


   4.吾唯知足(*7)、または絶対矛盾

秋分の日、私は精進料理をいただいた。薪で炊かれた白米とお豆腐や蒟蒻の入った具沢山の汁、がんもどきの煮付け、山葵がちょんとのったごま豆腐、ほうれん草とお揚げのごま和え、つけもの、昆布の素揚げが朱色の器に盛られ、運ばれる。渡された箸には「一日不作一日不食」(*8)と書いてある。心を静め、一口一口に感謝しながら最後に白米を食べ終わると、その椀に茶が注がれ、足るを知る、とはどういうことか思念する。琴棋書画図の襖絵、枯山水の庭園に降り注ぐ木漏れ日を眺めながら、茶を啜り、私は思念する。また茶を啜り、思念する。啜り、思念し、そのうち思念を啜りだすと、腹いっぱいだと気が付く。

食という字は「人を良くする」と書くんだよ、とどこかで聞いたが、実際は「良」という文字は、穀物を盛ったさまを表し、上部は、人、ではなく蓋の意味なんだってね。文字としては「穀物などを器に入れて蓋をし(手をくわえ)柔らかくして食べる」という意味から、現在のように食べること全般を意味するようになったそうだ。

医食同源、私が食べたものが、私の身体をつくり、私を治す。至極当然のことわり。知らなくていいことばがあると、私は思う。必要のない情報が山ほどあると、私は思う。それでも、私はいつもどこかへ出かけ、ことばを探している。生きてる限り足りれば、また減るのだ。例えば、この過剰な情報量の散文のように。私は、まだ何もわかっていないのだと痛感する。それと同時に、何かがわかろうとしていると感じるのだ。

比叡山の麓に少しばかりの開墾をし、農に生きた松井浄蓮がこんな言葉を残している。

【あらゆるものの再出発は、自分の喰べるものは自分がつくるところからという、若しも他に向かってこれをいえば一笑に附されるであろうような素朴な考えを不動の信念とし、世事一切に目をつぶって親子八人、自ら限定した面積 ―― 開墾地三、四反に鍬の柄を握り、ひたすらにこのことに没頭した。】萬協三六号 一九五五年(*9)

愚かであることを承知のうえで、私は私の欲しいものを私の手で描く。詩でないとか、ポエムだとか、散文であるとか、日記であるとか、随想であるとか、面白いとか、面白くないとかどうでもいい。私は、今も昔も詩を描いてるつもりはない。詩が読みたいのなら、現代詩手帖を買えば良い。詩は、ここにない。


   5.文学極道

  したいのか、
 それを
それとも、
    破壊、
   したいのか

 液晶なるものよ、
  強く、邪な
 唯一の、高貴なるもの
透過し、偏光され、分裂し、解体され、
 流動、また差延し、消滅する、
 おまえよ、極道よ

    電脳桟敷のものよ、
   涅槃の、耳には入らない
    行者にのみ、響く
     真実の鐘、

勃起する、

【L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois
Du ciel viendra un grand Roi deffraieur
Resusciter le grand Roi d'Angolmois.
Avant apres Mars regner par bon heur.

1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アンゴルモアの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために。】(*10)

光の王(*11)が、暗黒を
喰い尽くすとき、

 羽のない鳥が、
  空を飛ぶ



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脚注
*1・・・ヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch/本名:Jeroen van Aken、1450年頃- 1516年8月9日)は、ルネサンス期のネーデルラント(フランドル)の画家。<ウィキペディアより部分抜粋>
*2・・・放射線はその電離・励起能力によって、生体細胞内のDNAを損傷させる。レントゲン、及びCTの被曝は有名な話だが、被曝量が少量のため(一回のレントゲン撮影で年間の自然被曝の千分の一程度と云われている)人体に影響はないとされている。しかし、検査する部位によっても放射線量は異なるし、特に妊婦などは胎児への影響などにも注意する必要があるのではないだろうか。DNAの損傷により癌や白血病、遺伝子の異常による遺伝障害なども考えられる。
〈参考〉http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/Housyasen0908Asa.shtml
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3
*3・・・「科学的根拠」と訳されることが多いが、日本では医学業界でよく使われている。
*4・・・カール・ライムント・ポパー(Sir Karl Raimund Popper、1902年7月28日 - 1994年9月17日)は、オーストリア出身イギリスの哲学者。純粋な科学的言説の必要条件としての反証可能性を提唱。<ウィキペディアより部分抜粋>
*5・・・『今日もどこかでデビルマン』(作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一、編曲:青木望、歌:十田敬三)
*6・・・デキムス・ユニウス・ユウェナリス(Decimus Junius Juvenalis, 60年 - 130年)「風刺詩集 (Satvrae)」の第10編第356行にあるラテン語の一節;
"orandum est, ut sit mens sana in corpore sano"
は「健全なる精神は健全なる身体に宿る」(A sound mind in a sound body)と訳され、「身体が健全ならば精神も自ずと健全になる」という意味の慣用句として定着している。しかし、これは本来誤用であり、ユウェナリスの主張とは全く違うものである。ユウェナリスはこの詩の中で、もし祈るとすれば「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」(It is to be prayed that the mind be sound in a sound body)と語っており、これが大本の出典である。<ウィキペディアより部分抜粋>
*7・・・「吾唯知足」(われただ、たるをしる)は、釈尊が説いた教え。通解として「足ることを知る人は、心は穏やかであり、足ることを知らない人の心は、いつも乱れている」と言われている。
*8・・・「一日不作一日不食」(いちじつなさざれば、いちじつくらわず)は、唐の時代の有名な禅僧、百丈懐海(ひゃくじょうえかい)の言葉。「働かざる者食うべからず」という意味ではない。
*9・・・『百年の食―食べる、働く、命をつなぐ』渡部忠世著。93頁「浄蓮のことば(一)」参照。99頁より部分引用。
*10・・・16世紀の占星術師ノストラダムスが刊行した『予言集』(百詩篇)のうち、第10巻72番の、日本でも有名な詩の俗訳。
*11・・・『光の王』ダーザイン(武田聡人)著。
http://members.at.infoseek.co.jp/warentin/hikari.htm


秋の散歩

  鈴屋

ネコジャラシが風を批判している

 *

こいびとよ
秋はあなたのひかがみのさびしみ 
日の当たる縁側をあなたの足うらはひそかにかよい
綿ぼこりはまろび、ドアのむこうは青空 
崖上からふみだす歩のかるさ
秋は散歩のたのしみ 
通りすがりの一つ家の孤独な火災をやりすごせば
爪ではがした昼の月と恋の瘡が煙にさらわれ
失うことのさわやかさ、見返り美人をこころみる 
秋は花と血のたのしみ 
すすきをなぎ曼珠沙華をふみしだき 
日がな一日肉を斬りあう無頼が二人 
一人がかなしく死に
一人がかなしく生きのび
二つながら 
あなたの恋がまたはじまる、こいびとよ
踏切の警報機が鳴り
黒と黄の縞々模様の棒が横たわるむこうで
ガス器具販売店の幟旗がはためき 
郵便配達の赤いバイクがジグザグに遠ざかり
老婆が門扉のあたりを掃くそれらのながながしい時、時
鉄の車輪が瞬き、去り、棒があがり
人けのない道に、黄金の
金木犀一樹
二秒、一秒
あなたは世間から醒める
こいびとよ
秋は角を曲がる、秋は全体的に角を曲がる、秋は軋む、秋は軋みながら全体的
に角を曲がる、秋は傷つける、秋は軋みながら全体的に傷つけ角を曲がる、秋
は現世を運ぶ、秋は軋みながら全体的に傷つけ、現世を運びながら全体的に角
を曲がる、こいびとよ 
縁側の陽だまりはうつり 
帰宅したあなたの足うらはひそかにかよい 
綿ぼこりはまろび 
あなたはふるび、ふるび色づくあなたの 
秋はさびしみひかがみの秋
こいびとよ

 *

雲とコスモスと
「マー君」という叔母の犬


括弧の中が遺書です。

  S.

当分蝙蝠はいない、散らばれば光になれる と思
って、ふらふら飛んでいても放物線をなぞるわた
しの指が黒くなるたびに かみさま、それはどう
しても透けてしまうので、わたしをつぶした目の
日の輪郭が肌を隠すのは、たとえばわたしが死ん
だあとのことです。 


すごい色をした空は曇っている。肌が、いつのま
にか病んでばさばさしてくるので、大袈裟に(あ
なたは知っている)つぶやいた。紫外線を色素に
変えるらしい、しょくぶつのあたらしいKSってイ
ニシャルを指と指の間に書いて、翳してもまた隙
間から目の奥でまっくろに浴びせて  返ってく
る時の詩のように、騒々しくその日は 眠れない

( )
()

くさはらのあいだで、浴び過ぎた日の しょくぶ
つが転んでいてひどくつちふまずが凹んで、ねこ
ろんだわたしは、生まれて初めて死んだふりをし


(無題)

  マキヤマ

今日は春 春の日のあさ
私たちのとおる
とおり道に
道ゆくものは


脅し すかし
言いはずかしめて
興じた
いとけないものたち

春の背に
道ゆくゆるやかに
よぎるもの

よぎったのは
私たち
肩という肩だった

金を手に赤く
手のひらを葉に 花つみ
掘る穴に怯え また興じた
お前たち

お前たちの春
歌う口もまた のばす舌もなく
道ゆく道に色めき
奪い
よぎった

残されたものに
耳すます
私たちの耳は
長い


こことよそ

  ぱぱぱ・ららら

ねぇ、わたしのこと好き?
好きだよ。
本当に?
本当さ。
じゃあどれくらい?
どれくらい?
そう、どれくらい?
難しいな。
もう、ちゃんと答えてよ。
愛してるよ。
 
ねぇ、人が殴られてるところって見たことある?
喧嘩とかのこと?
そうじゃなくて、なんて言うか喧嘩とかボクシングとかじゃなくて、もっと一方的に殴られてるような……。
リンチとかってこと?
そう。
うーん、たぶん無いかな。少なくとも今は思い出せないな。
 
ねぇ、わたし昨日の夜見ちゃったの。
リンチを?
うん、仕事の帰りにおじさんというかおじいさんのような男の人が殴られてたの。一人からじゃないわ。もっと多く。四人か五人くらい、いや、もしかしたらもっと居たかも。恐くてあんまり見てなかったの。ねぇ、殴る方の男たちはずいぶん若かったの。
学生?
たぶんそう。きっと殴られてる男の人と父親と子供ぐらいに離れてるような、ねぇ、言ってること分かる? 殴ってる方は自分の父親と同じぐらいの年の人を殴ってるのよ。ずっとよ、ずっと。
うん、分かるよ。
 
それでどうしたの?
えっ?
きみはそれをずっと見てたのかい?
そうね、ずっと見てたわ。もちろん、警察に電話しようと思ったわ。でも、できないの。恐かったとかじゃないの。いや、もちろん恐かったんだけど。でも、恐くて電話できなかったんじゃないの。電話しようとしたけど番号が出てこないのよ。三つよ。たった三つの数字が出てこないの。わたし、思い出そうとしたわ。でも、その間中ずっと男の人は殴られ続けてるの。それを見てたら、頭からなにも出てこないのよ。たった三つの数字が。だからってわたし一人で止めに入る勇気なんて無かったの。無いのよ。ねぇ、わかる。
わかるよ。うん。……それで男の人はどうなったの?
わたし、結局警察の番号思い出せなくて、それで、恐かったし、だから……。
逃げたの?
……そうよ、ねぇ、わたしのこと嫌いにならないでね。
ならないよ。
 
今朝のニュースでやってたの。一人のホームレスが暴行されて亡くなったって。犯人は捕まってないの。でも、きっと高校生だろうって。
そう。
ねぇ、わたし以外にも目撃者が居たらしいの。で、その人が警察に電話したらしいんだけど、でも男の人は助からなかったわ。
わかるよ。きっときみがちゃんと警察に電話してたって、その人は助から無かったよ。
ええ、きっとそうね。でも、わたし……、わたしはなにもしなかったの。なにもよ。きっとなにかできたのよ。叫び声をあげるだけでよかったかもしれない。
そんなに気にすることないよ。本当に。
 
ねぇ?
なに?
愛してるわ。


朝の路傍で

  丘 光平



朝の路傍で
ことりは眼をつむる、
ことりから飛びたった羽音は 
もどってこない

空は黙っていた
空がみたものをことづけるには
まだ
秋が若すぎるからだ

走りさる車や 
行きすぎる学生たちの 
影をつまびく朝の路傍で

 ことりは眼をつむる、雨降るように
おまえをついばむ明るみが 
しずかに鳴いている


めくるめく角質

  ゆえづ

世界中のぬるみがピンヒールの尖先に削られて
壊れたスピーカーから途切れがちに
繰り返される気疎い脈動
カンカンカン
踏み切りの向こうには昨日がいる
明日とまったく同じ顔の

カラスが飛び立った電柱では
剥がれかけたチラシがひらりと揺れる
コンタクトをつまんで視界を剥がすが
なおも空は濁っている
ガリガリ
強ばる呼吸を追いかけ
スケジュール帳で割かれている
この不都合な身を
ひときわ四角い我が家へ再び押し込める

マンションの門扉には切れかけた灯り
夕闇のなか白々と
不規則に明滅するエントランス
剥き出しのコンクリートを一層不気味に見せて
体温は
階段のそれぞれのステップから
したたるように次々と
腕時計の秒針に刎ねられて次々と
ずり落ちる
ぬめらかに夜は肌へ垂れさがり

少し内側にへこんだドアを開けると
ブシュッと音をたて飛んでいく物
換気扇のフィルターか除湿剤か理性か
ゴキブリの一匹すら見かけぬこの部屋だ
はたして健康的なんだろうかね
クローゼットに本棚にはらわたと
あらゆる収納の中身は
すべてがゴミだったというのに

パソコンの隣で
ついにはサボテンがひからびる
メールの文字がパラパラと崩れ落ち
バランスを失った角質層みたい
くたびれた三十女が一人笑う
笑うも一層ひび割れて
褪せて乾く秋口の
スキンコンディションは最悪だ

だから一つ
ネズミの通路にも使えないその隙に
正しい言葉を一つ挟むなら
なるべく軽くて薄いものをと
じわりじわりと漏洩する私を
多い日でも安心ですと
両腕を広げて迎えてくれるような
そんなしなやかな朝を
腫れぼったい目でシュレッダーの中
今夜も探している

やがてゴミ山でのた打つ朝が
バインダーのとじ具から逃れ
やっとのことで這い出してきた本能
まだかろうじて使い物になるだろうそいつでもって
私の日常をめぐる
世界のメンテナンスは行われていた

胸につかえた昨日は
ぬるいエビアンで流し込み
くすんだ鏡の前
きゅっとリップクリームを一塗り
入り組んだ雑踏の中
携帯もタバコも砂利銭も
この皮膚のようなポケットに
よく馴染むってことの
何が悲しくて泣かなければならない

 飛んでいったペットボトルのキャップは
 誰かの日常を挟んでいただろうか

仰いだ空は晴れあがり
飛行機雲がただ白い
背筋をぴんと伸ばしたまま
今日も私は健やかで
プリーツスカートのまっすぐな折り目を
それは美しく歩く


クマの名前はヘンドリック

  ミドリ



クマは冷蔵庫をパチっと開けると
缶ビールを取り出し
プルトップを上げた
裸足で踏むキッチンの床はとても冷たく
クマがノコノコ歩くたび嫌な音がした

「ベルト買わなきゃ」

クマはぼくに言った

「お前みたいな腹回りのやつに
ピッタリくるベルトなんてないだろ」

クマはポッコリと膨らんだ自分のお腹を見つめ
悲しげな指先でそっとお腹を撫でた

「ダイエットしなきゃ」
「その前に昼間からビールは止めろ!」

クマと暮らして3年になる
彼の名はヘンドリック
免許証にそう記されていた
性格は悪くないが
役に立たないのがたまに瑕だ
何しろ炊事洗濯が全くできない
皿を洗わせりゃ しょっちゅう割ってしまうし
炊飯器の保温と炊飯のボタンの
区別もつかないありさまだ
但し
アイロン掛けはべら棒に巧かった
襟の皺をささっと伸ばし
袖口をすっとあて
袖のラインをパッチリと合わせ注意深く
皺にならないように
繊維に合わせすすっと伸ばしていった
ステッチのラインも綺麗に作った
誰にでも特技があるもんだ

昔クリーニング屋さんで働いていたことがある
ヘンドリックは遠い目をして言った
五月の海に二人で行ったことがある
二羽のカモメが遠くで鳴き
人は誰もいなかった

「泳げるか?」
「ああ よく晴れた気持ちのいい八月の海ならね
アメリカ大陸にタッチして戻ってきてやるよ」

ヘンドリックは自信たっぷりに言った
どうせデマカセだろう
ぼくは彼の横顔を見た

夜中 冷蔵庫の唸る音が聴こえる
ぼくはベットを這い出してキッチンへ向かった
クマがチルド室に頭を突っ込み
中の野菜を漁っている いやヘンドリックが
明かりをパチンとつけると
「何してるんだ!」と怒鳴った
「ビールは?」
ふやけた顔をしてヘンドリックが頭を上げた
「明日にしてくれ!何時だと思ってんだ!アル中かお前は!」

ぼくはプリプリして寝室に戻った

キッチンの床を裸足で踏むたびに思う
そこはとてもひんやりとしていて
そしてジンジンするくらい・・・イタイ


失語

  fiorina


どんな言葉にも
哀願のような声がか細い手を伸ばしてくるから
私は青草の一つさえ
手折ることをあきらめる


もうひとりの私が
切り通しの道を空にむかって歩く頃
読みかけの本のページで
きみが不幸になっていく
何世紀も前の私を救おうとして


花巻

  5or6

紅に覆われた月が揺らめき
波紋が湖に広がります
照らされた柳梅は顔を下げ
庭園に慎ましく咲いています

そこに俯いた少女を細い葉のような指で
燃えるような思いと共に気高い少年が唇を重ね
まだ蕾の花を守るように抱きしめていました

紫紺色の着物の帯を緩めて
風はほんの少し強く
紅く
残香に少女は溜息を落とします
体に満ちた餘寒に堪えながら
舌先で決意を紡ぎ
少年は平打ちかんざしを抜いて
髪を
うなじを
かなしみを撫でました

何回も繰り返す
名前の復唱に
少年の思いが
届いた気がしました

少女は優しく
その瞳を見つめて頷きます

そして
二人
湖に消えていきます

ほろほろと
ほろほろと

渦のなかに消えていきます

しなだれた枝から離れた梅の花と共に

ほろほろと
ほろほろと

桃色の渦のなかに消えていくのでした


夜中に娘がひどく咳き込み

  yaya

夜中に娘がひどく咳き込み
目を開けないままで引きつるようにして泣きだした。
妻は娘を抱きかかえ居間に移動し
コップのお茶をストローから飲ませようとしているのだが
娘は泣いたままでストローを口に含もうとしない。
僕は先ほどから耳元で飛びまわる蚊の羽音が気になって
手で振り払いながら、そんな妻と娘の姿を眺めているのだけれども
そのうちに指先が急に痛痒くなってきて
イライラしている。

熱い夜
妻は先程まで裸で、恍惚とした表情を浮かべていたのだが
抱きかかえた娘の背中を叩く音が次第に
きつくなっていくのが分かる。
月のものが終わりかけで
さっきまで食べていたチョコレートの残りが
テーブルの上にそのまま置かれていて
僕もひとつ食べてみたのだが、それはもう甘く溶けかけている。
すぐにナッツの違和感が舌にでこぼこと伝わってきて
これをこのまま噛み砕いてしまってよいものか
しばらく口の中でもてあましている。
チョコレートを包んでいた透明なフィルムが
夜中につけられた蛍光灯の光をキラキラと反射し
さっきまでの恍惚とした妻の顔を僕に思い出させる。

ふと見ると、僕の人差し指に溶けかけたチョコレートがついていた。
きっとフィルムをはがした時にでもついたのだろう。
チョコレートのついた人さし指を静かに舐めると、
忘れかけていた指先のかゆみが僕の手の全体を支配した。

娘はまだ泣きやまない。
喘息の娘は時折こうやって、私たちの生活に無造作に入りこみ
居座る。何かを守るように。
そのうちに妻は、僕の方を黙って見て
娘を僕に手渡した。
僕は右手で娘の背中をトントンと叩きながら
その右の手のかゆみと、
口の中に残ったナッツチョコレートとを、
今もどうしたものかと思い悩んでいる。

文学極道

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