折れた 爪 破れた 膜 割れた 唇 かき混ぜて
こどもの輪郭を形作ろうとしても
流れ出す泥のようにとめどなく
もう還れないとわかっていて
それでも尚、巻き戻そうとする
ねじ式クロニクル
鍵穴を覗いたのは あの子
樹海へと続く 道
幼い蜜蜂を呼んでいる 花園
柔らかな肌は誘惑に弱い
知らないことを知らない秘密、は
甘酸っぱい味がする
底のない沼があるという
それは少年少女を呑みこんで
ずぶずぶと成長していく おとな
おおきなものがちいさなものを食べる
食物連鎖、の一部
あちこちに散らばった 羽根
毟ったのは 後ろ向きに堕ちたものたち
飛び立てない駝鳥の舌
卵の殻は 固い
岩にぶつけても 皹が入るだけで
中身を見ることはできない
いくつもの頭が泡の向こうに消えていきそうで
沈んでは浮かび、浮かんでは沈む
カメレオン、カメレオン、
きみはどうして隠れているんだい
いいえ、隠れてなんかいないさ
周りと同化してるのさ
帰り道はない
風の音色になった見えないこども
ひゅうひゅう、と吹いている
ひとり、ふたり、さんにんー途絶えることはなく
次から次へと鍵穴は作られて
見つめる瞳が待っている
もう還れないとわかっていて
それでも尚、巻き戻そうとする
ねじ式クロニクル
金属質の鈍色、
ぽろぽろと耳から零れ落ちている。
最新情報
藍露
選出作品 (投稿日時順 / 全10作)
- [佳] ねじ式クロニクル (2005-04)
- [佳] 眼球体 (2005-04)
- [優] あおい砂 (2005-05)
- [優] 記号としての名前 (2005-05)
- [優] メランコリック・ブラウニー (2005-10)
- [佳] 触角としての、唇、の (2006-02)
- [佳] わたしの青い手 (2006-03)
- [優] 明日に会いにゆく (2006-04)
- [佳] 小詩集『鳥、蝶、蜂〜言葉を語り出す時〜』 (2006-08)
- [佳] イルカの背に咲いた傘 (2007-01)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
ねじ式クロニクル
眼球体
曇り空、雲の行方、煙る世界、窓に指をあてる。意味のない 形 と 文字。
ぱしゃぱしゃと打ちつける 音、流線形を描く水滴。眼球の動き。
すれ違う電車の速度 と 交差する 視点。無言のサイン。
色とりどりのパラソル 紫陽花が咲いた。
かたつむりを見つめる子供の時間は止まっている。
透明な室内は水槽のようで
赤い服を着た少女はスカートの裾を
ひらひら
ひらひら
金魚の残像がまぶたの裏に
水草のような観葉植物
濡れて 揺れて
揺れて 濡れて
静かな時間の空気。浄水器からコップへと注がれる 水、溢れる しずく。
ほとばしる、ほとばしる、光の粒。眩しそうにまばたき、せわしない睫毛のはばたき。
手に目があったのかと
身体中にあったのかと
こんなところにも
あんなところにも
ぐるぐるとしっぽを追いかける犬のしぐさ
で
回る
めまい、かすかな音が聴こえる。すべてに通じる耳の奥底から、何かを知らせるように。
頬を撫でる風の気配。誰もいない部屋で 深く息をする。
めまい、かすかな音が近づいてくる。美しい痙攣を奏でる楽器、それは四肢を震わせて。
全身は眼球に吸いこまれて
あるいは
眼球が全身に埋めこまれて
見つめる
雨は降り続いている。
あおい砂
朝露。ちいさなつぼみから 柔らかにひらかれる 花。その一秒、一秒を写真におさめても 流れる時間は揺らめいて きらめいて 眩い。せき止めることのできない水のように 飛沫を上げて 透明な粒は飛び散っていく。反射する 光 と 影 が 作り出す 模様。広がる 波紋。ぱっと目を見開いて 反転したネガが転がり落ちる。
つるん、とこの世界に産み落とされた わたしたちは たしかに 動いているのだ。前へ後ろへ上へ下へ左へ右へあらゆる方向へ。どくどくと赤い血を滾らせて 泣き叫べ。おぎゃあ、おぎゃあ、と脈打つ 魂の叫び。静かなる胸のうちに刻まれた 慟哭。おおきな子供が顔を上げて 凛とした背中を見せる 日。影がどこまでも伸びて。
とどめることはできない。とどまることはない。生まれた日から 一歩一歩死に近付いて それでも一握の砂をつかもうとする てのひらの力。指先にこめた 願い。零れ落ちる 時間のすきま、すきま、すきま、そしてそこに何をみる。砂漠に這いつくばる 手足。枯れ果てた大地に生えるわずかな植物を慈しみ、美しいと思ふ。
墜落。海で発見された行方不明の飛行士の破片。青いほしの青い空から語りかけてくる 数十年にわたる 声。それは言葉でも数字でもなく暗号でもなく 何億もの石を砕いた砂のうた。耳を澄ませてごらん。空気が震えて 教えてくれる。宇宙の彼方から降り注ぐ流星群。きらきらとつかめそうで つかめなくて 望遠鏡。まぶたの裏で 数をかぞえる。
またたく星は見ている
あなた、とあなた、の瞳
あなた、とあなた、の手
あなた、とあなた、の足
つないで
つなげて
今日も地球は廻る
ぐるぐると自転しながら
歩いていく
記号としての名前
十年間同棲していた男には名前がなかった。
佐藤でも田中でも鈴木でも振り返るかと思えば、いくら呼んでも返事がない夜。最初は耳が遠いのか、聞き間違いが多いのか、それともふざけているのか、単に面倒くさいのかと考えました。わたし、は「渡辺幸子」です。三十年間、<わたなべ さちこ>として登録されていました。相手に繰り返し繰り返し、わ、た、な、べ、さ、ち、こ、と教えるのですが、自分で言えば言う程、他人事のようで、あいうえお遊びをしているみたい。用事がある時は無言で肩を叩くか「おーい」だけです。決して名前を読んではくれません。教えてもくれません。
喫茶店で会った日。急に真っすぐに見つめては、視線をクリームソーダのぶくぶくに沈めて、ストローで弄び、また沈める。溶けていくアイスクリームの中に二人の暮らしはありました。泡、そして泡、泡にまみれた手。濡れた髪。乾かないテーブル。ひっくり返ったグラス。混ざり合って、溶けて、混ざり合って。薄まった時間が床にだらりと零れ落ちました。風呂場の鏡は拭っても、またすぐに水蒸気で曇ります。顔がよく見えません。でたらめな文字を書いては、消して、きゅっきゅっきゅっ。
書類の束
空欄を埋める文字が紋白蝶になって
ひらひらと飛んでいく
たくさんの名が風にかき消された頃に
男は荷物を処分して出ていきました
(そもそも持ち物はあったのだろうか)
あなたになまえはありますか。
わたしになまえはありますか。
あなた、はわたし、ですか。
わたし、はあなた、ですか。
区別する記号は小学校で習いました。
天気図を覚えるように
これは晴れマークね
これは曇りマークね
晴れ ときどき
これは 予測不可能 だったわね
(そもそも名札はあったのだろうか)
くっきり見えていた境界線はマンションに置いてきました。
取り替えられた鍵穴
張り替えられた壁紙
入れ替えられた住人
(そもそも視えていたのだろうか)
十年間同棲していた女には名前がなかった。
メランコリック・ブラウニー
【某月某日】
知っている。
ぐつぐつと鍋がかきまぜられる午後。大きな体が鼻歌のリズムで得意げに揺れる。カリフォルニア出身のバーバラは具だくさんのスープを作るのが上手で、定番はクラムチャウダーである。そばかすだらけの老けた赤ら顔をしわくちゃにして、お気に入りの本でも読んでいなさいと棒立ちの一人娘を笑う。彼女の瞳にはいまだにブラウニーを急いで頬張る少女が映っているのだろう。五年前に結婚したメアリーはほとんど料理をしたことがない。せいぜい材料の買い出しを頼まれるぐらいだ。
かつて家族が囲んだ食卓は空席が目立つようになり、椅子はたった三つになってしまった。大学時代のパーティーで知り合った年上のジュードは、「ママの味」をおおげさに喜ぶ。食事はそれなりに美味しいのだけれども、いつしか均一な味になっているような気がしてならない。それとも私が味覚に鈍感なだけだろうか。夫は毎晩、満足そうに眠り、台所では洗い終わった鍋や食器が定位置におさまる。
暗い海水の下で引き上げられるのを待っている養殖貝。取り引きされるのは、柔らかで弾力のある身。大切に守られた中身だけが調理可能なのだ。ここは何重にも網が張り巡らされている。手足の出ない終身刑のクラムスクール。
知っている。同じ味のするスープが並べられる食卓で、舌に何も語らせてはいけないことを。秘密は個体によって静かに咀嚼するもの。
わたし、はまだ産まれてはいない。
【某月某日】
知っていた。
ダブルベットの右隣。寝息を立てる男は結婚前までは優しかった。いや、一見変化のない風景のように今も優しいと言えるだろう。心臓が弱い妻を労り、負担となる出産を無理強いはしない。仕事が終わるとすぐに帰宅して、家族との時間を大切にしてくれる。休日はショッピングモールでの買い物にも付き合い、軽快なおしゃべりでママのご機嫌も取ってくれる。これといった不満はない。なにひとつ不満はない。夜中に目覚めた時にいなくなっていることを除けば。あの扉から漏れる光の先にあるもの。早朝、初老の女がよそのひとに見えるのは台所の逆光のせいだ。
ダッドはもう家に帰ってこない。数年前に子供が生まれて、別の家庭の父親になったらしい。ママは「あの人は仕事が忙しいから」と自分に言い聞かせるように呟いた。年の離れた兄さんたちは就職して東部の都市に住んでいる。何度か転職したと聞いたが、連絡はめったにない。いつ帰宅してもいいように、常に大きな缶には等分に切り分けられたブラウニーが入っている。一番に食べて欲しい者はチャイムを鳴らすこともなく、古いオーブンは甘ったるいチョコレートの匂いがこびりついてしまった。
知っていた。可愛がられた一人娘は「ひとり」ではなかったことを。自慢の庭に咲き誇る花々に与えられたセカンドネームが呼ばれることはない。
わたし、はまだ孕んでもいない。
【某月某日】
思い出す。
万年筆のインクが切れていて、もう何年も買い替えていないこと。輪郭を執拗になぞっていただけで、いつまでも中心には辿り着けないのだ。中心、それはすでに最後の晩餐として調理されてしまったのかもしれない。記憶として記録される物語。表面にしか口をつけていないピーピングトムの沈黙。
ワッフルにパンケーキ、シチュー、野菜のキッシュ、ポークビーンズ、ミートローフ、マカロニチーズ、シーザーズサラダ、タコス、トルティーヤチップスにサルサソースと手作りディップ、ターキーの丸焼きにスタッフィング(詰め物)、クランベリー(こけ桃)ソース、パンプキンパイ......昼下がり三時半の憂鬱。ブラウニーのひとかけをローファットミルクで流しこむ。喉をつめたフォアグラの微笑が売買されている。
思い出す。家中に溢れるレシピの洪水に溺れて、一滴に値する得意料理すら持たないことを。
無知の人体模型 は 既知の空洞 を クローゼット に 閉じこめた。
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(m e m o)
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[brownie/名詞]
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1. <伝説>ブラウニー
夜間ひそかに家事の手伝いをするという小妖精。
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2. (米)ナッツ入りチョコレートケーキ。
一口大に切り分けて食べるアメリカの定番おやつ。
(豪) ブドウパン
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目の開かない妹は地下水脈でABCの歌を習う
─表面張力と容器、そして無数の種子たちよ─
わたしたちは 次世代のデザートを求めて
見果てぬ言葉を探し続けている
触角としての、唇、の
唇は生まれ変わる。触角としての。
研ぎ澄まされた輪郭をなぞって、
指がふるふると震える。めくれた
皮は粉雪のように舞っては、落ち
てゆく。夜明け。朝を感知する。
カーテンの間から射し込む光。赤
い突起物が鮮やかに浮かび上がり、
時間のお知らせがやってくる。生
まれ変わる、新しい感覚たちへと。
まるで剥きたての太陽みたいに。
触角としての、唇、敏感な、それは覚醒した惑星。
長い夜を超越して、渇いた空間を
潤してゆく。舞い落ちた粉雪は溶
けて、川になる。さらさら、と流
れる煌めき。眩しい、ひとつの線
になって。瞼の裏で反射する音を
聴く。唇は成長する。触角として
の。感覚、津波のように押し寄せ
る感覚。とめどなく、とめどなく。
ぴんと張ったバイオリンの弦。ど
こからともなく音楽が溢れ出す。
触角としての、唇、敏感な、それは眠らない楽器。
満月を齧る、朝。夜の足跡を掻き
分けて、きのうの忘れ物を拾う。
酸性の汁が飛び散る。クレーター
を舌で踏みならして、黄色い水滴
が垂れる。唇は変化する。触角と
しての。酸性とアルカリ性を分別
して、変色するリトマス試験紙の
ように、赤味を増す。口先を尖ら
せて、丸みを帯びたちいさな林檎。
じりじりと蟻の行列を呼んでいる。
触角としての、唇、敏感な、それは転生する果実。
わたしの青い手
水槽の中に砂漠が広がる
わたしの青い手から
ぽとり、ぽとり、と
雫が垂れる
あなた、に染み込んでゆく
渇いたあなたは空を持っておらず
ずっと砂の上で俯いている
溶け合う境界線
傾く太陽
わたしの空を鳥が飛んでゆく
羽根を落としながら
その緑の羽根を拾って
あなた、に差し出す
震える指先
振動する水槽
あなたの指先から
双葉が生えてきて
風に揺られる
わたしの青い手から
ぽとり、ぽとり、と
雫が垂れる
あなた、に染み込んでゆく
双葉から若草色の小人が顔を出して
砂漠を緑に染める
水槽にはヒビが入り
あなたがこちらの世界に飛び出してきた
窓から光が射し込む
春色のカーテンが揺れる
渇いていたあなたの瞳は海のように潤んでいた。
明日に会いにゆく
1.
喪失した大地から声が聴こえる
掬われた足元のもっと遠くから 遠くから
太陽が剥き出しで引き上げられる
黄色い光の溢れる場所へと
2.
すべての鳥は還ってゆく
深い青色の空の中心へ
羽根の生えた赤い蛇が渦巻いている
雷を落とされたような衝撃に満ちて
3.
揺れる湖面が呼んでいる
葉を散らして 引き裂かれた森の枝
湖底に沈む生物が騒いで 波が起きる
けだものは朝を食べていた
4.
蝶々が割れた爪から生まれ出した
再生した花から花へと飛び移る
蜜を集めて 時間を吸収してゆく
指と指の間には 残された鱗粉
森の奥で なにものかが 蠢いている 光るものを全て集めて その光るものに自らを映し込む そっと覗き込んで 瞳を閉じる 見てはいけない 見てはいけない 見てしまったら なにもかもが 終わってしまう そんな予感がして 静かに断片を 集めている 手のような部位で覆いながら 鋭利な断片 突き刺してしまわないように
5.
地球が振動している
新しい惑星が生まれる、その時に
爆発する宇宙の彼方、胎動
あらゆる動植物が嘶いている
地球の音は小さく 大きく 小さく 大きく を 繰り返し 彼方の胎動は続いている ブラックホールに吸い込まれてゆかないように 漂っている宇宙船 子宮のなかを流れるいくつもの細胞のようだ 分裂する場所を目指して どくどく、と波打っている ミトコンドリアが喋っている ひそひそ ひそひそ 耳を澄まして 宇宙船はお喋りを聞く
6.
唇が痺れて 蟷螂(kamakiri)の音色に反応する
口笛を吹けば 空から足が伸びて
すらりとした美しい足
それに纏わりついている 紫の蜥蜴(tokage)
7.
帽子が風に飛んでゆく
空の変動に頭の先端が気付いて
長くて黒い艶やかな髪がなびく
しゃなり、しゃなり、と時間は過ぎて
8.
深い青色の空で雲が移動する
桃色の雨が降る
人々は色とりどりの傘を裏返しにする
濡れた服、溜まった水滴は傘の色と呼応して
9.
剥き出しの太陽から雫が垂れてくる
絹の布で拭いて 湿る成層圏
太陽が海に落ちてきて
あたりは漆黒の闇に包まれる
10.
寝静まった世界
紫色の絵の具で 線を引くように
日付けが塗り替えられて
その線を飛び越えて 明日に会いにゆく
小詩集『鳥、蝶、蜂〜言葉を語り出す時〜』
1、鳥、色彩、言葉を語り出すとき
熱帯夜を飛び越えた極彩色の鳥よ
色を射抜く朝の光
拡散する粒子、艶やかに
丸く切り取られた水の器
夜の名残りー火照った翼を浸し
色彩が螺旋状になって
幾重にも染み出してくる
鳥は夜の言葉を深く語り
朝の言葉をまだ知らない
鳥よ
蟋蟀のように震わせる羽根よ
濡れそぼり 美しい音色は聴こえないままに
水は水のままで 透明感を失わない
色が溶け出しても
水は水の容器としてあるのだ
豊潤なる空から
菱形に連なる光の帯
鳥の眼はそれを鋭く捕らえ
咀嚼してゆく
こどもが言葉を覚えてゆくように
すこしずつ すこしずつ
鳥は時折、苦しそうにもがく
言葉の意味が死んでゆくのだ
それを弔うように
深層で白い花を咲かせる
溶け出した色彩は昇華して
水はまた水に戻った
水は水としていろを持っているのだ
朝の光で羽根を乾燥させて
崩れそうな円柱の周りを鳥が舞っている
鳥は朝の言葉も語り始めた
聞いている者はどこにもいない
円柱が崩れて 発音された夜の言葉は墓になった
色彩が抜け落ちた鳥
鳥もまた鳥として原始のいろを持っているのだ
2、蝶、おまえは花を知らない
前翅を燻らせている揚羽蝶よ
おまえは花を知らない
蜜を吸っているその塊は
もはや死んでいる
息をしていない
青い呼吸をしていない
聖火が灯り
炎がごうごうと夜を燃やす
儀式が執り行われ
たくさんの花が生け贄になる
生きている花は言葉を喋るのだ
香しいリズムを放って
くすぐったい音を漏らす
蝶は傘を持たない
まだらな雨を遮る傘を持たない
水滴の嵐に打たれるときも
もはや花でない花の周りに群がる
花々のお喋りを聴くこともなく
それを花と信じ 疑わない
蝶よ
黒い揚羽蝶よ
立ち尽くした夜を携えた羽根よ
鱗粉が零れ落ちて
鱗翅類がしきりに羽根を動かす
儀式の向こう側
朝がまたやって来るのだ
蝶は柔らかな(造花)に群がり
今日も蜜を吸う
蜜は死の匂いがする
蝶は歌う
覚えたての朝の言葉で
3、蜂、言葉を集めて
夕陽に収束されようとしている蜂よ
まだ一言も言葉を発せずに
運び込まれてゆく群がりよ
蜂は羽根を震わせて
あかく染まる言葉を集めていた
言葉の連なりは巣を揺るがせ
発音することはない
無言で溜められてゆく文字
蜂はその意味も知らずに
六角形の中で激しく動き回る
深く切り裂かれた夜が訪れる
切れ目から 夜の言葉が零れ出す
あらゆるものの上に注がれる
ぽろぽろ、と ぽろぽろ、と
熱い単語たちが分かれたり 結合したりして
地球に話しかけてくる
蜂は夜の会話を聞く
それはとろり、と甘く
女王蜂が痙攣する甘美な誘惑だ
月と星が聴いている
宇宙を駆け巡る夜の会話
蜂は熱の冷めやらぬ言葉を休むことなく集め出す
夏を焦がすような熱さで
蜂は羽根をじりじり、と燃やす
夜明けが近づいている
隆起する山の間から太陽が顔を出す
単語の熱は明け方に冷めてゆく
灰になって ぼろぼろ、と崩れ落ちる
蜂は灰になった単語の山をぶんぶん、と飛んでいる
蜂は言葉を発しない
巣の中に集めて
語るときを待っている
イルカの背に咲いた傘
まいにち生まれ
まいにち死んでいる。
黄ばんだ天井からはひどい雨漏り
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん、
壷に入った水
溢れては流れてゆく
雨は止まない
この部屋にはイルカが棲んでいる
留守番電話にメッセージ
「生きている?/生きていない?」
イルカは赤い壁紙に身を寄せて
伝言を聞く
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん、
イルカが跳ねる
赤い壁紙はびしょびしょに濡れて 剥がれてくる
下にはイルカの赤ちゃんの絵が描いてある
雨漏りで滲んでゆく
イルカの背に咲いた傘
白いマーガレットの花弁で出来ている
染み込んでくる
染み込んでくる
絵の具をぶちまける
滲んだ絵も垂れて混沌として
部屋に棲んでいるイルカも騒ぎ出して
歌をうたっている
眠らない花冠を作ろう
マーガレットをたくさん集める
その間にも花弁は散ってしまって 流れてゆく
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん、
りゅう、りゅう、と世界の果てへ流れてゆく
イルカは留守番電話のメッセージを繰り返し聞いて
歌をうたっている
床は水浸しになって
フローリングが解体されてゆく
螺子、neji、と螺子、neji、をつなげる
つながらない
つながらない
溶接する
切断する
溶接する
切断する
真新しい板が用意される
青いビニールシートが散乱していて
ところどころ破れている
乾いた板に水玉模様ができてゆく
開けっ放しの玄関
宙ぶらりんのとんかちが揺れている
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん、
まいにち生まれ
まいにち死んでいる。
雨は止まない。