気がついたら星に届いた虫取り網
終わった帝国の掃除夫が 崩れかけたビルに昇っていく
ひび割れた窓枠から 四つ羽根の鳥どもが飛び立って
もう祈らない そして離れていく大陸
上昇速度の匂いに蒸せて 誰もがコクピットを閉めた
ロープで回したプロペラが落っこちてきて
ガレージで眠る 生まれなかった猫について
もう祈らない そして割れていく空
林檎のうたを歌う老婆が
車椅子で海に沈んでいこうとしている
三等星が香る夜の隅っこで
気の狂ったような坂を越えて
神よ 祈らないでくれ ぼくらのために
誰もあなたのために祈ることは許されない
シーワズ ビューティフル
それ以外に正しいことなんてないから
スポンジで空をこすったら
煙草のやにまみれで嬉しくなった
複眼の子供たちが羽根を広げる夜に
誰もが空に近づいていく
次々に落ちていく爆撃機を俯瞰して
ぼくは次の閃光を待った
それはいつまでも訪れなくて
あなたはかつて美しくて これからも美しいとよかった
ぼくは次の閃光を待ち続けた
その度に新しい歌が生まれるような気がして
飲み込まれるべき閃光を待ち続けた
それはいつまで経っても訪れなかった
落ちる飛行機の祈りについて
それ以外に考えるべきことなんてなかった
シーワズ ビューティフル
それ以外に正しいことなんてなかった
あるいは落ちていく光に
そして離れていく大陸に
願わくば終わった帝国に
無限に近い時間が過ぎて
崩れかけたビル群の真下
やわらかなカーヴを描く川を双頭の魚が泳いでいく
四つ羽根の鳥は電線の上で絡み合って
新しいくず星を産み落としていく
忘れ去られた歩兵の群れが
雪のシベリヤを前進していく
優しく磨がかれたピストルの温みで
彼らはどこまでも行進していける
神よ 救わないでくれ
誰もあなたのために祈ることを許されない
あなたは美しかった これからも美しくあって欲しかった
終わった世界に そして 終われなかった世界に
崩れた街並みはいつか蔦に覆われ
もう描写を必要としないあなたが
そこにそっと足を降ろす
救いの名のもとに
畸形の花々に無数の始原生殖細胞が輝いて
誰もが普遍に繋がっているから
その時世界は接合を始める
描写されないあなたが足を降ろしたその場所から
目のない魚の群れが
受精のあわ立ちを世界に巡らせていく
思い立ったように大陸が繋がって
もうあなたは描写を必要としない
スクラップ置き場のメシアが
両足を広げて世界を笑っていたけれど
それでもなお
ぼくらは繋がろうとする 繋がっている 繋がっている
最新情報
2006年03月分
月間優良作品 (投稿日時順)
- 繋がっている(She was beautiful.) - ケムリ
- 斜面 - りす ~ ☆
- I can't speak fucking Japanese. - 一条
- パン屋昇天 - まーろっく
- 先鋭 - 橘 鷲聖
- 蓮華 - りす
- 水の属性 - 望月悠
- アンドロイドのアーリー - ミドリ ~ ☆
- 夜半に - fiorina
- カン・チャン・リルダの夜 - まーろっく ~ ☆
次点佳作 (投稿日時順)
- よく陽のあたる場所にて - 樫やすお
- 音信 - ku-mi
- 早春 - fiorina
- 無常の - 樫やすお
- 夢 - he
- 三月の晴れた日に - リリィ
- せかい(最後のけものに) - ケムリ
- 朝霧の満つる浜辺 - angelus-novus
- 季節のスペクトル 〜果物〜 - 望月悠
- 白い象 - コントラ
- アイ・ヘイト・イット - ケムリ
- 殲滅せよ!悪のフラワー軍団(Mr.チャボ、鬨の声よ高らかに) - Canopus(角田寿星)
- 佇立 - 軽谷佑子
- チャンス - 一条
- 難破船 - 野本英舜
- バイクのある情景 - まーろっく
- 13時の太陽 - メイ
- わたしの青い手 - 藍露
- 残響のように - 声
- 赤い傘の中で - ミドリ
- 夜の水槽 - りす
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
繋がっている(She was beautiful.)
斜面
青みはじめた土手
たぶん名前くらいはある草
いちいち葉をめくって
不安でも隠してないか調べる
何しろ ここは急な斜面だ
君は相変わらず眼鏡で
フレームだけが季節ごとに変わる
どうやら君にも春が来たらしい
レンズと瞳の間で
たくさんの蕾が揺れているよ
ダンボールのソリで滑るのを
頑なに拒む理由はなんだろう
珍しくスカートをはいているから?
珍しくパーマをかけているから?
それとも ありふれたことは悲しいから?
草を摘み取ってポケットに詰める
青い匂いを君に着せておく
緑に染まった爪
太陽にかざして
ここに置き忘れていいような
たぶん名前くらいはある手
I can't speak fucking Japanese.
にっぽん企業が中国に作った製造工場の社員食堂でぼくは働くことになった。成田に向かう電車の中、真っ白な肌の青年がひとりでしゃべっている(だれかに聞いた話だが、ああいう連中はどうやら神サマとしゃべっているらしい)。ひこうきはぐんぐん加速して、にっぽんを飛び立った。日本料理のレシピを乱雑に書き込んだマイノートブックをめくりながら、ぼくは、にっぽんのことを考えた。だけども客室乗務員はこくせき不明で、仕方なく機長との面会が可能かどうかをかのじょに訊ねてみた。「機長はあいにく操縦中でして」。機長はあいにく操縦中で、客室乗務員のこくせきが不明である場合においても、ぼくたちを乗せたひこうきは空を飛ぶというのに。やがて、上映されている映画が終わると同時に、乗客は席を立ち踊り始めた。かれらがにっぽんじんであるかどうかはわからないが、かれらはひどく滑稽に踊り始めた。ああいう光景にも、神サマが介在しているのだろうか。いつまで経っても、ひこうきは空を飛び続けるような気がした。かれらの踊りが最高潮に達すると、こくせき不明の客室乗務員は「キチョ」「キチョ」とにっぽんごのようなものを連呼し、するとキチョのようなものがパーンと破裂し、その断続的な破裂音によって、かれらの踊りはいよいよ最高潮さえ突破した。そして、かれらの踊りに合わせてぼくの身体までもが勝手に動き始めた。中国に到着するまでぼくたちは踊り続けるのかもしれない、と誰もが思ったに違いない。相変わらず、キチョのようなものは破裂し、こくせき不明のかのじょたちは、にっぽんごのようなものを連呼している。踊りに熱狂しすぎたあまり、これはある種の乱交パーティであると勘違いした男と女たちが、互いの衣服を剥ぎ取りあい絡まり合っている。「これはある種の乱交パーティなんですかね」と白髪の老人が隣の席の女に尋ね、「これはある種の乱交パーティですわよ」と女は答えた。それにしても中国というのはひどく遠い国のように思われる。それは、ぼくたちが未だ踊りを止めず、そこから派生した乱交パーティへの参加者が徐々に増加していることと無関係ではない。そして、未だ機長が姿を見せず、かのじょたちのにっぽんごが反復され、このひこうきが操縦されているということと無関係ではない。ぼくたちは踊り続けた。踊りに疲れ眠りに落ちる者もいたが、ほとんどの人間は踊り続けた。はっきりとはしないのだが、ぼくたちを乗せたひこうきは、中国には辿り着けなかった。とにかく最後に機長が現れ、その理由を小声で説明し、興奮した乗客のほとんどがかれに罵声を浴びせ、こくせき不明の客室乗務員が泡をふき、にっぽんごのような罵声が永遠に終わらない、そんな光景だけを、ぼくは記憶している。
パン屋昇天
評判のいいパン屋だったがその男はある朝、日めくりの白
い裏側に消えていたのだった。からっぽの調理服が仕事場に
立っているのを女房は見た。机のうえでまっ黒いパン生地が
イースト菌で膨らんでいた。
そのパン生地こそ彼だった。三十年。パンに彼が練りこん
でいた密かな憎悪がとうとう消尽したのである。小心な男ら
しいやりかただった、じつに、母を父に殺された男らしいや
りかただ。
きまじめに狂っていったので、女房にも町の住人にも気づ
かれはしなかった。赤い月が消え残っている朝だけひび割れ
た心から熱い笑いを吹き上げていたが、都会の朝焼けの音に
かき消されてしまいその声を聞いた者はいない。
町は、三十年かけて人も建物も黒ずんでいったがあまりに
もわずかずつだったので自然に汚れたように見えた。ある日、
母親のまぶたの裏がまっ黒なのを見て幼児が怯えたが、その
幼児の舌もまた黒ずみはじめていたのである。
女房は亭主の体温と同じ高さで発酵したパン生地をオーブ
ンに入れた。そうしてできた黒パンを早朝の白い光があふれ
ている店の棚に並べ終えた時、町の住人たちに撲殺されたの
である。買い物かごのかわりに棍棒を手にした人たちによっ
て。
飛び散ったショーウインドウのかけらには、消えた男の朝
が美しく結晶していた。まぶしいほどの忘却のなかで起きた、
それが惨劇のすべてだった。
先鋭
越境の朝
忘却の旅団が空を渡るために
なんと悲しい
列車は森を走る
突き出した小テーブルに散らばるトランプ
神秘學書の一節を
向かいの座席で眠る彼女のか弱い首筋を
インクで書いている静かな
神はまだ死んでいる
香水を一筆で落書きすると
匂って消える
魔術のような明暗を山稜が縁取ってしまった
おまえたちはもう白昼の星
この命運を守護していればいい
喧噪が
賑やかな恋が
艶やかな欲望の戸口に
携帯用のグラスにウォッカを落とした俺に
嫉妬しろ
辞書をナイフで広げたのは誰か
表面張力が弾けてしまって
インクが滲み
彼女が夢の中で
あ、と声を漏らす
噴水に俺が落ちたからだ
そのままよじ登った円柱に
青空が架かっていた
どうかあの子を救ってあげてください
酔っていた
森を抜けると鉄橋がある
誰も居ない連結車両の
遙か眼下の渓流を見つめたまま
窓に額を押し当てて冷ますように
思い出している
雨という雨が夢のようで
アダージョを出ても傘が無かった
破れたポスターの下に古いポスターがある町で
おまえは陽気な
雨を両手で抱き上げたのだ
感動ばかりしていたんだよいつも
印象画を並べて
指折り数えた幸福がもうわからない
裸足を投げ出し
積まれた本を崩して
愛欲がちぎれ飛んでいった季節に
一輪挿しは枯れ
だから水をくれと云った
詩人さ
テーブルを乗り越えた俺を
学究派らが一斉に壇上で押さえ込んで
こんな雨を待っていた
土砂降りの
叩きつける何度も
激情を奮う両手で抱き上げた
あの日のおまえと重なった俺は
神聖なひとりぼっちになり
これは失恋だと書き殴った
彼女は流れる風光ばかりになり
微笑んでいる
最後まで
蓮華
夜の音を束ねた髪
指でとかして
わけ入って光を
つかむ、あれは
蓮華畑の、
クローバーの、
ふくらはぎの、
駆け抜ける午後
舞い上がる緑の虫を追って
青い堤防を刃渡りする少年
触れば鳴り出すような四葉を
見つけた土手から
少女は跳んで
落下傘のように着地するスカート
そこは
仰向けで空を見る場所
赤い屋根の水防倉庫が
ちぎれ雲を引きとめて
長い歌を聞かせている
裏返りそうな声を
空の重さでおさえて
ひとり言のような
長い歌を
少女の首を持ち去る
鋼鉄の首飾り
開きかけた襟元を隠し
しずくの喉を、
霧の汗を、
芽吹きの匂いを、
逃がさないまま夜に連れ去る
街灯の光を集めて
断ち切られた路地をつないで
夜の地図を作る少年
ちぎった四葉を落として
青い匂いを散らかす少女
カバンに閉じ込めた蓮華を
置き忘れるような仕草で
曲がり角に葬る
少年は地図を塗り潰して
余白の少ない路地を曲がる
鋼鉄の首飾りが街をくるんで
夜の終わりは明日へ
先回りしている
名前を呼んでも黒髪の闇
足首をつかむ蓮華の群れ
いつしか仰向けで見ている空
ちぎれ雲を剥がしても何かある青
空を見ながら作る首飾り
茎を束ねても鳴り出さない午後
鍵の壊れた水防倉庫
錆ついたドアのきしみ
すきまからすきまへ逃げる風の音
首飾りの中
丸い空に
ひとり言のように
走っている傷
水の属性
雨だれの音を聞きませんか。匂いで感じるのです。目を
閉じれば全てが視える。桜色の木の下で俯く紫陽花の悲
しさがわかる。あなたは手をふりあげて、そうして、ふ
りおろすまでのわずかな時間、雨だれの音を聞きません
か。
「海辺にねっころがって、芳子は肌を焼く。海峡のぬく
もりが肉体を包み、肉感が光線を結晶化する。ふれがた
い水気が、たとえばコバルトブルーの海を深海からもち
あげて、芳子の鼻先の白肌へと続くなめらかな稜線を、
しっとりと濡らす。芳子は持ち上げたなめらかな指から
ひきはなした透明な砂を魚群へと今、放つ。」
*
「翔は、小さなポケットに千代紙で出来た鶴をいれると、
雨に濡れたジャングルジムをのぼる。翠の鉄がつくる造
形物を翔はやわらかに包み、子どもらしい笑みで立ちす
くむ。ジャングルジムの鉄はところどころ錆びていて、
水の揺れる音がする。」
水脈をたどるシンメトリーの人影が、揺れ動く自由の回
路で、自殺します。光源を睨む自殺でしたから、水がふ
きだした食性のある生き物達が、シンメトリーの輪郭に
あつまりはじめて、そっと口付けをする。水を絶やさな
いように。あなたのための水を絶やさないように。
「芳子は、水平線のゆるやかな風をはねた立体から眺望
する。それはプリズムからの散光をわずかに含み、時に
は、ふりあげた手にやさしい空間を与える。今、押し寄
せた波に続く直線に、ささえられた芳子の四肢が水と一
体化する。接線が滲み、たしかに水は芳子となり、芳子
は水となった。」
*
「ジャングルジムから聞こえる音は、海の音のようだっ
た。翔はおそるおそる近づく。ぬくもりのポケットに入
っている折鶴をそっと握る。飛翔を阻害するように、あ
るいは、翔の光景をまさぐる視線が手の中で浮かぶよう
に。ジャングルジムの中からは、たしかに海の音がして
いた。」
石英を木の小箱に入れて、そっと持ち歩いています。わ
たしは、紅葉の美しい清流のせせらぎを望む。木の葉は、
はらはらと降ってきて、石英を握る手から血が滲みます。
ほんとうは、こんなもの子ども達に与えてやればよかっ
たのに、遠い昔、子どもなどというものは絶滅してしま
った。今は、水のひとつが石英の光を磨きます。子ども
の進化系があらわれている現代。
「芳子が眠る水平線に垂れ込める己斐山の裾野からは、
四季、紅葉の色彩がこぼれおちる。芳子の白肌には、そ
の折、色彩が念写され垂れこめた波の水は、そのたびに
浮かび上がった芳子の色を洗い流す。冷たい感触が触れ
ては逃げてしまって…」
*
「ジャングルジムの中に海があるのだろうか。翔は考え
る。ジャングルジムの翠の鉄にそっと耳をあてると、波
の音が聞こえてくる。温かな音が。そして時おり、汽笛
の音が聞こえ、沖のほうから漁船の戯れが広がる。ジャ
ングルジムに海があるのだろうか。翔の中でこぼれた笑
みは、水たまりに映った。」
地下街は、雨の日には、人の足音を吸収します。ネオン
がともり始めた夕暮れ時、こうこうと灯る地下街の中を
数え切れない人影が横断する。たとえば、やわらかな湯
気をあげながら、ほかほかの肉まんが出来ると、ひとび
との笑顔が咲きます。あなたは、蒸したての肉まんを握
った男が、雨だれの曇り空を見るために、地上へとのぼ
っていくのを不思議には思いませんか。雨がふっても、
地上は希望なのです。
「芳子の白浜の向こうから、蝉の声が聞こえてくる。夏
の水は暑い。だからこそ芳子の皮膚はふれると立ち込め、
それを隠すやすらぎがここにはある。波の音を聞いてい
ると時々、汽笛の音も聞こえてくる。芳子は沖に目をや
ると、やわらかな陽光をさえぎる黒い影が一艘だけ、ゆ
れている。」
*
「ジャングルジムにのぼる。翔の肌は今は夏の装いだ。
雨上がりの公園には、ユリカモメが旋回している。遠浅
の公園はどこまでいっても、コバルトブルーの海が広が
っている。ブランコにのると水しぶきが足に触れ、美し
い瑠璃色の魚がふざけて、根元の鉄をつつく。」
あなたにとっての地上は希望ですか。たとえ、雨がふっ
ている寂しい夜でも。あなたにとって、あたたかい人影
の映る窓のぬくもりの手ざわりが、希望ですか。それな
らば、濃密な空に口を開けたまま、雨を飲もうとする人
が、地下街から、曇った空への階段をかけあがる過程を
否定してはいけない。
「芳子は知っていた。いつまでも海の前にいると、いず
れは海にのまれて海の一部になることを。貝殻を手にと
ってそっと耳にあてると、かたわれの姉妹にふれた悦び
と同じ気持ちを受け取る。そっと白砂にうずめていく貝
の手ざわりは、遠い母の記憶と同じである。」
*
「公園は海だ。翔は悟った。ジャングルジムから望む木
は珊瑚で、やわらかな桜色の水は透明度を高めている。
シーソーは、片方が水をつつき、コバルトを潜める。そ
うして、貝殻を壊したはかない音を交互たてている。水
はどこまでも広がって、ジャングルジムの下部は、海水
で沈んでいる。」
深海で、そっとこぼれる貝殻をリュウグウノツカイは、
美しい動きでそっと包み込む。尾がなめらかに水脈をさ
ぐる残像をふれて立ち込めるのです。海峡のなかでわず
かに上気した魚群の筆跡が、波頭にひとふでがきで影の
筆跡を書き込むときがあります。リュウグウノツカイは
立ち込めた筆跡で、こぼれた貝殻をつかんでいます。
「芳子は、白浜に長い四肢を投げ出して、たとえば港町
にひろがる海の香りをあつめる。なぎさの光をこめて、
手つきは波に広がり、規則的な音階を成す。そろそろ、
太陽はまわり、陽光が鈍い金属音をたてている。」
*
「翔は、ジャングルジムから周りを見渡す。自分は船長
で公園を航海している。翠の船にのって、翔は出航する。
やわらかな雨上がりの太陽が、決死隊である翔の首筋に
ふれて匂いを立ち上げ、ジャングルジムの船舶にゆるい
音楽を流している。」
たとえばこの風に色をつけるなら、あなたは何色にしま
すか。木々の隙間で装飾された風が、頬を染めた顔をな
でていく。冬の動画がこれからはじまります。つるされ
た風景をあなたは手を振って避ける。あなたにとって、
風景はわずらわしいのですか。それでも写真にこぼれた
雨だれの水滴を、あなたは取り除くことが出来ない。
「芳子は、そろそろ傾いた夕暮れの浜にねころんで最後
の寝息を立てている。やわらかな光をさえぎる薄い皮膚
のそこで、波が広がっている。肉体が抜け殻となり、ふ
れた音律はそっと雲隠れする。海はひろがり、コバルト
ブルーは翳り、色素を落とす。」
*
「ジャングルジムに出来た小さな鉄の穴は、錆びて出来
た穴だろう。翔は、そっと穴を覗きこむ。穴の向こうに
は海が広がり、青と白が交互にふれてくる。そうして、
白浜が広がり、そこにはひとりの女が寝転んでいる。翔
の覗くジャングルジムは、そこで映像を途切れさせてい
く。刹那、波しぶきは消えて、航海していた公園は、海
を失う。ただの公園となる。」
雨が降った日には、傘をさして展望台までいきませんか。
ぬかるんだ道を万華鏡のようにはらはらと枯れ葉が振っ
てきて、木枯らしの季節だと気付く。あなたは手を見つ
めて恒常的な色彩の風景を偽造だと云う。傘を捨てます。
あなたは傘を捨てます。雨に濡れるために。
「肌を引き締めて、雨から逃げてはいけません」
「あなたは、ジャングルジムから海へと出航しますから」
そっと広がった音律は、雨だれの音を膨らませた。
――受音の瞬間だった。
雨だれの音を聞きませんか?
※この作品を機に投稿はしばらくお休みします。
有難うございました。
アンドロイドのアーリー
晴れた午後の
プールサイドに僕らはいた
ここの海岸は砂が白く
夏の一時期
それなりに賑わうのだけれど
町には人が少ないのだ
仕事場にはチャリで通っている
いつも真帆ちゃんという
同僚を後ろにのっけて
急な坂道をうんと強く
お尻を上げ ぐいぐい踏み込んでいく
真帆ちゃんは35歳で
いつも浮かない顔をしていて
ときどき笑うときも
少し首をかしげる癖がある
でもその腫れぼったい目は
どうやらいつも 寝不足のようだ
仕事場には
アーリーという
マンチェスターのアンドロイドがいて
僕らはほとんどこの3人で
野菜の出荷をしている
真帆ちゃんはお昼休みには
決まって焼却炉の近くにある
クローバーの咲く場所があり
そこでいつも一人でお弁当を広げている
アーリーと僕は
近所のコンビ二までチャリで行き
お弁当とお茶を買い
海の見晴らせる高台で腰を下ろし
しばしそこで物思いに耽る
アーリーはお昼ご飯を食べた後
いつもタバコを一本吸い
そして仰向けになってぐぅぐぅ寝てしまう
僕は額のジトッとした汗を拭いながら
両腕に軍手をぎゅっと嵌める
そして持ってきたドライバーで
寝息を立ててるアーリーを分解し始めた
一つ一つネジをほどいていく
30分ほどでアーリーは胴体だけになった
肝心の首を取り外すのに
少し手間取りはしたが
一時間もすれば
アーリーはただの部品の
鉄くずの山になった
解体したアーリーを
リュックにぎゅうぎゅうに詰め込むと
僕はチャリに乗り
町に一つだけあるプールに向かった
夏の避暑地になっているこの町の
観光客とちらほら すれ違いはしたが
誰も僕に奇異な目を向ける者はなかった
プールに着くと
真帆ちゃんがいて
潮風に長いフレアスカートを翻しながら
セミロングの髪を押さえ
「ほら」って
四葉のクローバーを僕の鼻先にツンと差し出した
ガチャガチャと鳴るリュックを肩に担ぎ
真帆ちゃんの手を引っ張って
コンクリートのプールサイドを歩いた
僕ら汗ばんでいた
真帆ちゃんはなぜかしら空を見上げている
きっと失望よりも安堵にに近いんだろう
この町に存在する
最後のアンドロイドの アーリーを
真帆ちゃんとふたりで
もう使われなくなったプールの水底に
「ドボン」って
リュックごと思い切り沈めた
ブクブク泡立つ気泡が
水面に消えるのを待って
ふたりはチャリに乗り
再び仕事場に向かった
いつもよりうんと強く背中にしがみつく
真帆ちゃんの腕の力が
なんだか愛らしくってさ そんでもって
とっても痛かったよ
夜半に
いさかいのあと
夜半に林檎をむいて
夫と食べる
少し傷んでいて甘い
にんげんも
この方がおいしいかしらって言ったら わらった
一九年いっしょに転がっていて
わたしたち
すこしだけおいしくなったのか
あなたにも
傷や汚れを厭う季節があって
あのころはふたりして
沈黙の しぶい果汁をなすりあった
傷んだ林檎のとなりの林檎が
触れあった一点から
いつしか損なわれていくように
まろやかになってしまったね
耐えきれずに
今夜
変色したその一切れを
黙って口に運ぶ
あなたのなにげなさは
わたしが
獲得したものなのか
うしなったものなのか
いさかいのさなかに
忘れられない記憶の夜をたぐり寄せて
わたしが黙りこむと
すさんだ視線のさきをそらす口調で
(いつか観た映画の)
「死の棘」みたいだねっていったりするから
わたしは
表情をくずせないまま
和んでしまう
そんなわたしたちの棘は もう
死を孕まない?
なじんだ暮らしの舌に
ときおりしみる記憶のように
とがった夜の先端が
そっと触れているものが
歳月という厚い実に抱かれた種子のような
かなしみと やさしさを
思い出させるなら
皮膚のうちがわに棘を包んで
すこし病んでいること
すこし傷ついていることは
わたしたちの希望だ
カン・チャン・リルダの夜
路線図に無い鉄道を跨線橋で渡り、誰かの暗い夢に通じてい
る湿った複雑な路地を抜けると、そこがカン・チャン・リルダ
だ。胡弓弾きの女の歌や奇術師が吹き上げる炎に泡立っては消
えてゆく町さ。
羊皮紙とともに朽ち果てた国や、逃げ水のなかで燃え尽きた
村から、何かが欠けちまった人間が廃れた街道づたいにここへ
やってくる。歪んだベッドに横たわる青い目の、褐色の肌をし
た女の寝息のなかにだけある町さ。
首都のターミナルの、F番ホームから列車に乗せられて、カン
・チャン・リルダの駅でお前さんたちは吐き出される。みな一
様に妻と三人の子供を持ち、みな一様に痩せた性器をぶらさげ
て。流浪者や女衒や乞食の数千の手がお前さんたちを触る。老
いることができないここの住人たちがお前さんたちの頭髪に混
じりはじめた白髪を欲しがって。
カン・チャン・リルダだ。忘れるな。標識につかまって立っ
ている片足の少年がいたら、傷口を触ってほどこしをするなら
わしだ。もしその子が立ったまま死んでいたら、ほおずき色の
かざぐるまを買って、供えてやることだ。影だけが残っていた
ら、コートをかけてやることだ。
見事なキャタピラの跡がついている影を飾った未亡人の店で
飲んだあと、お前さんたちは夜の底にいくつも開いている娼窟
へ降りていく。そこにはどんなかたちの夜もあるが、みな等し
くどこか欠けている。腕や大腿や乳房や、あるいは顎と唇を欠
いた女を抱きながら、癒えた傷の、飴のように艶やかな断面に
やつれ果てた自分の顔を映すのだ。
お前さんたちの肩に、いまや川原の石のように積み重なった
生活の記憶をもしその断面に取り落としてしまったとしても、
憂うことではないかもしれない。夜もすがら影を失ってカン・
チャン・リルダをさまよい歩く男たちの恍惚の表情を見るがい
い。
何もかも見失って誰かの夢に迷い込みたくなったら、首都の
ターミナルのF番ホームをたずね歩いてみるといい。
カン・チャン・リルダだ。忘れるな。俺が影を失くしてから
十年が経つ。
よく陽のあたる場所にて
朝霧のなかを
葉のさきをすべる つめたい
雫のように
流れた
天井の水 あれは私の
カナリアの飲み水だ
ぶわぶわとふくれだした
トースターのうらの
ものの影から
カナリアは死んだ
床のうえで
あわの実がちらばって
あなたは羽を焼かれ
カナリアは
うすい翼のさきに風をうけて
明けきった空に鈴の音を聞いた
あのときも
あなたは露で身をぬらし
古い土に寝ころがっていた
瀬のきわでは蛙たちはもつれあい
一匹は石のうえでないていた
私は私で昔のオルゴールのぜんまいを回し
なんだかうれしくなっていった
あなたはとても重く
籠の中でぼそぼそと
ちいさな影を揺すって
しゃらしゃらと目でわらう
鈍く漂っているように
籠の底にしがみついていて
もう昔のあなたのようには
うつくしくない
たたみのうえに糞をして
陽の中で死んだ
あのときのあなたのようには
うつくしくない
音信
一筋の夢
指で先を足していく
空には届かない
私の背伸びでは届かない
そのまま
ぷつん と途絶えた
音信
首元がさむざむするから
結っていた髪を切った
ただそれだけのこと
今朝の陽が
梅の花を咲かせたわけではないように
近所の子供のはしゃぐ声
2重飛びの縄音
夕刻を告げるサイレン
進むことしか出来ない時間の中で
私はずるをしたくなる
懐かしい小道を歩きながら
「いらっしゃい」
裏口から顔を出した祖母が
そのしわしわの手で
おかっぱ頭を優しくなでた
早春
水脈が 震えながら
その行方を探している
私は迎えに行った
小さい夜に
ー私は感じる
大地はどのように春を耐えるか
月光を誘う
密やかなざわめきを宿して 梢は
どのように眠りに触れていくか
輪郭を持たないおまえの季節を
憧れが
どのように苦しめているかーー
無常の
公園のトイレのガラスのない窓で
固い土に生えた松がゆれ
一羽のカラスが枝を越え
ボートを押した浅瀬
私はそこで足を止め
糸雨を浴びる
目をぬらし
捨てられた傘がばたばたと動くので
動くので、私は足を止め
追い立てられたように
顔を赤くする
★
踏み固められた地べたの
ブランコの下
が見えた
リボンは夜闇に赤く
もっと長くのびる
便器で圧された尻
を這うギョウチュウ
白い生き物の巣を一つ抱えた
窪地が 木が
不思議に怖かった
★
(ばばに乳を吸わされた)
箪笥のつめたい錠前を舐めた舌で
御前の傷口にキスして
やろう
引き出しの十円玉は
御前に全部
呉れてやる
★
仏壇の障子に穴を開け
空は明け
薄い窓のモザイクを漏れた
それは夕日
赤ん坊のようにして
足を止め
黒い金具ばかり見つめ
私はたしかに
死んだひいばばの声を聴いていた
私はすぐに襖を開けて返事する
「なにー」
――聞こえますか?
「なにー」
――聞こえますか?
ワタシノコエハキコエマシタカ?
★
なにが聞こえます 残響は
ピアノを弾いているのは
私です とどめることは
できません
叩きつけられた音で
河畔がゆらめいて見えるのは あれは
私です とても長いあいだ枯れ葉に
圧されているのです
★
身をゆすり そうしてあなたは
世界のなかを
閉じました 私の傍へきて
たちなさい
――響きは、
聞こえますか?
ガラスのない ガラ
スのない窓で松がわれわかれ私は
死んだひいばばの声を聴いていた
ボートを押した浅瀬
私はそこで足を止め
糸雨を浴びて
目をぬらす
夢
ビルを真横に倒してみたいし
燃えないごみとして集配場に置き去りにされたい
トーストに出発を垂らすと蜜雨が降って
その瞬間は世界は木製の瞬き
に変わるから僕は便所で本を読む
押し寄せる人の川で制服を着たまま泳ぐ
ハニートーストを半分に折ればひとさし指が
汚れること以外を
三十九度五分の熱が出て声だけが
光が
包丁で切られたような僕は「あっ」とか「いっ」とか
言葉を君を地べたにそう並べている見ている
虫眼鏡を片手に行き先を四等分したのにこういう
時に限って鼻血を拭く用のティッシュをきらした
黙っていれば僕もいつかあんな風に
なってしまうんだろうか?呆れるほど青
朝日や読売や業界や
新聞を集めてくしょくしょにする
この国のことをちょっと思って直ぐに破いて燃やしたら
遠くで蟻がスキップをして僕も嬉しくなって
もと来た道をひきかえし。始める。
じりじり。
に薄くなったサンダルを燃やして。
ぼう。青く歩いて来る青い人が青白いぼう。
ひとが燃えてぼう。波をぼう。ルイセン。
ぼうっ。錆びた自転車の鍵。ぼうっ。
洗面所をビー玉で埋め尽くしているのに。ぼう。
くるま。ぼうっ。くるま。ぼうっ。スポーツカー。ぼうっ。ぼう。
ぼうっ。ハレーションを。ぼうっ。燃えるごみ。
ぼうっ。燃えない。ごみ。ぼう。
雨の日に拾った子犬の気配が気管を伝って心の奥に入ってく。
ぼうっ。僕。人種。ぼうっ。
楽しくなって
何か特別ないちにちになりそうな
薄い膜の内側から眺められているような
変な人に見られた
蛍さん
陽炎さん蟷螂さん
死ぬ牛さん
豚のような太陽と理想
意味を成さないアドリブ
ビロードのフリル
潜れない醜態
鈍い感覚をこわい
蟻さんこんにちは
ぞうさんこんにちは
チーターさん
茶封筒さん
時間と
時間の継ぎ目
影の人は
影の人に、ぼうっ
行き難い死に難い第二の希望
青い人。青くて赤くて紫の人
背中が太った人は臭い人
心が太った人。なめくじの恥ずかしさ
変わってしまうものをこわいと思った
何してんだろう。髪の毛を切った。
タクシーの朝、待っている
送り出されるごみ。なまごみ。光り。
燃えないごみ。資源ごみ。毎日、そして日常
満員電車に乗ったらみんな死んでいた
そんな夢を見たよ忘れたくなかった
三月の晴れた日に
爪が伸びています
一つの花を掴みます
揺らぐ蜃気楼がそれを阻みます
肩が気に入りません
掴むと硬い骨が気に入りません
ですから
関節を溶かす夢を見るのです
この地にはいつ夏が来るのでしょう
桜の花びらがベランダに干した布団に焼き付いて離れません
向こうに梅が散っています
昨夜の雨で乱れた丸く白い花びらを
網戸越しに眺めるのです
春がやって来たのでしょう
車の排気ガスの何処にも
花火の煙は見当たりません
貴方は
向日葵の上に手を伸ばしました
それを微笑ましく見ていたはずなのに
思い返すと切なさと空しさが瞼にのし掛かります
三月の日差しは
貴方の入った小さな箱を
仄かに暖かく照らすのです
せかい(最後のけものに)
時折の結末に揺れたかがり火が
歩きすぎた並木道の終わりに
洞窟の中で彫り続けたせかい
あるいは 歩き出した前足
海沿いを走る最後のけもの
大陸が分かたれていくリズムで
たゆたう熾火の陽炎に絡み合う
歩く人の足元にはいつも
解き放たれた手のひらがこぼれるのを
ぼくはいつも見ていた
なんどもなんども
そうやって 重ねた
頼りない歌が 海を越えて小さく響いている
痩せたベースラインにつかまって
フラメンゴが片足立ちするみたいに
空がやわらいでいく
ジャスミンの葉が燃えている
香炉に浮かんだ分かれ道の辺で
最後のけものは足を止めて
海はそうやって繋がっていく
子供たちがいっせいに風船を飛ばそうとしている
原色のシャツが溢れた海辺で
歩き出した最後のけもの
せかいは描かれていく
本当は絵が描けたらよかった
ひかりが重なって透明になるみたいに
そうやって解けていければよかった
星を繋げていった人たちみたいに
くちびるが分かたれて
子どもたちの重ねたサンダルの跡を
最後のけものは追いかけていく
どこまでも透明に近い花を添えて
朝霧の満つる浜辺
朝霧の満つる浜辺、
脊椎たちの群が入水してゆき音、音、水の音またひとつ、
鳴る度に閃光、霧を夢想家の子の服の色に染めてすぐ消える。
紅葉の音、イヌガシの音、
すみれ、白詰草、ラベンダー、一輪の薔薇、
みんなみんな身投げする音の群、やがて谷底から光になってあちらこちらへ。
ぼくは椅子に座って空を見ていた。
それを君が、白痴のようだと笑った。
ぼくは何だかとても恐ろしくなって、君にしがみついた。
ぼくは君に頭をなでられて、それきり動かなくなった。
季節のスペクトル 〜果物〜
1
堕胎のあとの
肉のひろがりを
どうして揉み消すひつようがあろうか
樽にうかぶ
林檎や梨の色彩が
あられのように手に絡みつき
湿りけのあとの
出産のうぶごえが
樽の響きの底から浮かんで
しまって
肉を掻きわけて
掻きわけて
わたしはなにを望めばよいのか
林檎にふれて
たちこめる香気に
樽が変容し
飛行船のように影の空を飛ぶ
そのプロセス
わたしはとうとう俯く
既婚の果物のもとに走った
かの人は
堕胎の悦びをあじわったのだろうか
樽のそこで
冷えた気配を隠し
しのび目でこえてきたこの日々
わたしはもうなにも
知らないというわけでも
なかった
そろそろ肉がはらはらと降りはじめて
果物のうえに降りつもり
不幸になることを
願うわたしは
堕胎のリズムをそこなうことなく
晴やかな足取りで
すすむ
人々は
そっと手をあてて
歯車をとめる
肉の海峡をこえてしまい接線がきわどい
降りつもった肉の山が
まえぶれもなく崩れ落ちると
透明な青空がみえた
幸せってなんですか
2
双子のよこで
ひっそりと息をとめると
果物の視力がなくなることがあります
手さぐりの影がうつろで
わたしは
寂しさをまぎらわせて
水を睨む
双子の義眼をもてあそび
視力を舐める
夕日が暮れていくのです
ぷかりと
義眼が水面上にうきあがってくると
双子のかたほう
おそらくは爆音をたてて崩壊する
3
林檎に抱きすくめられて
人工的な愛をはぐくむ
あのとき
ふたりは手をつないで
どこまでもいけるものと
テンペラメントあふれる季節
握られた手は
果実のなかでつぶれるかのごとく
プラスティックの
冷たい
ぬくもり
4
肉をください
肉がなければといいながら
果実の首をしめる
あのとき西のそらに
大蛇の影がうかび
みなで涙をながすことになった
だから金勘定は
絵空事にとどめておけと
あれほど言い聞かせていたものを
5
桜のきせつ
そっとさしのべた手が
まえぶれもなく柔らかく崩れて
電鉄で南下している
ながいながい旅のとちゅうに
あのひとはいなくなってしまった
車窓でながれていく風景をみながら
額縁のように
記憶するわけでもなかった
桜はそれでもはかなく散っていく
さようなら
そっと叩いた名前が
固有名詞として働くうちに
あなたは
別の世界へと旅立ってしまった
もうなにもいらない
各駅停車の美しい風景に
額縁をあてる
冷凍蜜柑を買った駅に
そっと置いた手紙
は
雪の季節までのこっている
6
林檎のなめらかな体をなぞり
そっと影にたれこめる山脈にいきつく
その手つきをあらため
値札をはがした傷跡からは
果実の香りがたちこめる
ねえ
君は値札をはがした傷跡を
男の女の勲章だというけれども
君のような果実には
性別はないだろう
たとえばキュウイならば
雄木と雌木があるが
キュウイの実には
男も女もないんだよ
そういうと
果実はしばらくだまりこみ
いずれ季節の変わり目には
そっと自殺する
7
コタツに蜜柑
そうして日が暮れる
8
娘が着物をきこなすようになると
街道をあるく
父はそれをそっと見守る
そうして家にかえると
梨の実をもぎ
妻といっしょに食べる
夜には
野球中継をみてから
風呂に入り
歯磨きをして
寝る
しかし、ときどき
歯磨きをしないこともある
明日も
娘が着物をきこなして
まっしろな道をすすむ
9
インスピレーションが
林檎や梨を樽から呼びつける
雪は道路わきにかきわけられ
薄汚く変色する
肉のひろがりが
ひとりよがりで展開されて
幸せが音楽のように
ながれはじめる
つらいこともあるよ、と
人生の師がいったことを思い出して
方位磁石を握りしめる
わたしの方位は
狂っていませんか、と
林檎や梨に問いかけても
返答はなし
あのときから体から逃げていくものが
増えているような気がした
幸せって何ですか
もういちどあなたに聞く、ボイスも覚醒して
駅を歩きだす、
「なんなら各駅停車がいいナ…」
白い象
僕はそのとき、半島を南に向かう急行列車のデッキにつかまって眺
めていた、養殖場の白い灯りを思い出していた。12両編成の客車は
大きな砂袋を担いだ男たちで混み合っていた。開け放たれた窓、暮
れてゆくモンスーンの稲田が果てるあたりには、送電線が走る低い
山の影が国境へ連なっている。列車が州都の駅の低いプラットホー
ムに着くと、餅米や、葉でくるんだ焼きバナナの入った籠を頭に載
せた女たちが、列車の窓の真下に集まりはじめる。
川向こうの病院から橋をわたると、黒く濁った運河と、白く干上が
った路地が幾本も交わる界隈の奥に、ドーム屋根のターミナルがあ
る。その駅からは、一日5、6本の普通列車が空っぽの客車を何両
も連ね、音もなく発車していった。日なたでは片足を負傷した兵士
が、生々しい傷口を太陽にさらしている。薬はどこの店にも売って
いなかった。テワナ風のブラウスを着た彼女は午前中ずっと、酷暑
の街を歩いていた。無音の路地から路地へ、そして僕を見つけると、
遠くから名を呼んだ。[・・・・・]
スタンドの柱にもたれて女たちが踊る歓楽街で、暗褐色のビール瓶
の内側に炎がゆれ動くのを見た。一本杉の丘から、牛車がぬかるみ
の道を進んでいき、小さな点になり、やがて見えなくなる。政府の
緑化政策は農薬の使用量を増大させ、低い山並みのあいだには真新
しい高速道路の高架が見えるけれど、この村へ通じる出口は無い。
バナナ会社は、栽培地を鉄柵で囲い、立入禁止の白いプレートを等
間隔で貼りつけていった。蒸し暑い雨期の午後、筵を敷いた床で横
になったまま痩せてゆく、都会帰りの娘の顔を、親戚たちは黙って
見おろしていた。
21号運河の駅を出ると、列車はスピードを落とす。線路のまわりに
空き缶を拾いにくる子供たちが、機関車の巨体の隅で背をかがめて
やり過ごしているためだ。線路際の青空市にならぶ鍋や薬缶が、真
昼の日を受けてきらきら輝いている。運河の水の底ではいつも、現
金支払機が札束を数える音や、レストランでフォークやグラスがぶ
つかり合う音が聞こえているのかもしれない。列車は分岐器を渡り
ながら、ターミナルのドームの影に吸い込まれてゆく。林立する信
号機の腕木はすべて、空を指している。
アイ・ヘイト・イット
切り抜かれた白紙の上で 夕暮れの光が焦げている
林檎が置かれたテーブルで 夜の虫が息づいている
ゴムのピストルで太陽をおっことして
誰かの背中で新しい歌が始まっている
水気のない夜の生き物が
足の数を数えながら低く唸っている
指先弾いて終わった一日の
バスケットシューズの中に隠した言葉
生まれたことの無いあなたが スクラップ置き場で笑っている
風車小屋のわら屑から生まれるのよ なんて
主を忘れた野生の影が
街並みをどこまでも間延びさせていく
ページを繰って生まれた風が
オーブントースターの中で腐っていく
星空にくゆらせた指に
窓辺から飛び立とうとする若いシャツに
カンバスからこぼれたものたち
本当は絵が描けたら良かった
風船を渡す女の子の絵が
今はとても書きたい
靴箱の中で眠る 解き放たれた花束
限りない花弁はあまりに苦痛で
それでも 幸福だと
背中にぶつかった歌を齧る
花束を抱いた骸骨 肋骨の隙間
痩せこけた風が走り抜けていった
ジャンクドロップの色の一つ一つが
窓枠からこぼれはじめて
ロバがこっそり羽根を広げる夜更け
眠りをクロールする子ども達 部屋を誰かがノックする
ヘッドフォンを外してお気に入りの靴で
新しい歌が始まっている そこで ここで どこかで
殲滅せよ!悪のフラワー軍団(Mr.チャボ、鬨の声よ高らかに)
夕焼けの空き地で
空を見上げてひとり泣いてた
ヤツの名は
怪人ヤグルマソウ
いちめんの夕焼けに動けなくなって
風にゆられて
沈みゆく夕陽をみつめて
ヤツは泣いてた
ヤツの影が
うすく長くのびていた
ヤツは明日死ぬ
悪の組織 フラワー団の幹部として
ヤツは激しい戦闘の末に
茎も花弁も折れ果て 敗れ
たぶん爆発とかするだろう
そしてヤツを殺すのは
この ぼくだ
世界のどこかで誰かが誰かを
わかりやすい悪に仕立てあげようとして
そして世界のどこかで誰もが
悪を倒すヒーローを待ち望んでる
何の疑問もいだかないまま
高笑いしながら悪をやっつける
ぼくは
正義のヒーローだ
ながれる涙を拭おうともせず
ひとり口笛をふいてた
ヤツの名は
怪人ヤグルマソウ
ヤツの口笛はぼくよりはるかにうまくて
その美しいメロディを
ぼくはまだ少しだけおぼえている
今日は どうしてだろう
みんながぼくにやさしくしてくれる
ぼくを抱き起こす みんなの手は
働き者の あったかい手で
よく見ると
血に汚れていない
佇立
陽がさして
暮れて生活するひとの
せなかは満足して
いる
夜のとばりが
おりてうつくしい夢ばかり
みる遠景はどれもおなじ
かたち
火はあつく
わたしたちは鎮火する
小春日和のために最も
古い方法をつかう
鎮めるわたしたちは燃えながら
夜のとばりが
おりて内がわは明るく
外がわだけ暗く
なるこわいものはこない
遠景はどこまでもおなじ
ゆるされなかった
小春日和に近づいていく
境界をおかす
チャンス
あたしの学校に
チャンスというあだ名の男子がいたんだけど、
すっかり忘れてしまった
チャンスは男子からも女子からも
ついでに校長先生を含む学校中の全ての先生から
チャンスって呼ばれてたんだけど
それは蔑称で
だけどもチャンスってあだ名は
なんて素敵なんだろうって
今さら、あたしは思う
あたしの学校にはぺちゃんこのカバンで
必ず遅刻してくる子が何人もいて
オキシドールで染めた金色の髪が
なびいてやがんの
でもさ、あのぺちゃんこのカバンの中には
弁当箱が入る隙間もなくて
あたしたちは、
昼休みになると消えていなくなるあいつらの後をつけて遊んだ
チャンスは、裸にされて
廊下を逃げ惑い、
大事なとこの毛を燃やされて
本当にぺちゃんこなのは、カバンじゃなかった
もう、あたしたち全員ぺちゃんこだった
先生が忘れたのは
夏休みは、とても長くて
プールで溺れたら
助けてくれるのは誰かしら
あたしたちは、逃げ惑い
大事なとこの毛を燃やして
もう、あたしはぺちゃんこで
チャンスもぺちゃんこで
先生も校長先生もみんなぺちゃんこじゃんか
カバンの中には何が入っていますか
先生、カバンの中に何を入れたらいいですか
先生、カバンの
とてもとても長い夏休みがやっと終わって
これからだって
きっと
あたしたちはぺちゃんこで
あたしの学校に
チャンスというあだ名の男子がいたんだけど
すっかり忘れてしまった
助けてくれるのは誰かしら
チャンスは裸にされて
逃げ惑い
あたしはいつもぺちゃんこで
カバンの中には隙間がない
あたしたちのカバンの中に
あたしたちは
何を入れたらいいですか
難破船
色青ざめた海流の
その眼に映るものは
流木の数々
死者たちの破れた着衣
その折り目に刻まれた人生の情景
蝶の舞う、ふるさとの思い出
恋は
千変万化する時の潮流に流される
旅人たちの寄港地
彼の地には
魔物の棲む薄汚れた街が眠り
あの地には
しあわせを紡ぐ少女らの
夢が
何かを引きずっている
風は問う
成功と栄光と名誉と繁栄は
あなたがたの信じた生活の中で
どれほどの腐敗を友としたかと
波は問う
苦悩と悔恨と喪失と貧困は
あなたがたの愛した生活のなかで
どれほどの快楽を必要としたかと
真実は
薄っぺらい言葉の壁紙に装われて
なにも語ろうとしない
野心は脱皮して
白い蝶になったろう
しかし
誰もが漂流の果てに見失ってきた
青春を海流に濯ぐのではないか
蛆虫は堕落することがなかった
それが唯一の誇りだった
守り通してきた信念がある
そういい残すかもしれない
白鳥は潔癖だった
人を裏切ることがなかった
それが私にとって生きることだった
辛い道のりだった
そう呟くかもしれない
言葉は
波に飲まれてゆく
ふりかえることはない
ただ、波にとって
真実はどこにあるか
そんなことは問題ではなかった
みな、流木とおんなじだった
海流に流されてゆく木切れとおんなじだった
寄港地では
エーデルワイスの花が咲く
嘘と真実が入り混じった街で
遭難者の弔いが厳かに行われる
風が吹きつける港町で
少女が赤いパラソルを揺らせる
難破船は
遠い海の底に眠っている
その証拠を
誰も探そうとはしなかった
バイクのある情景
夜勤あけの若者がいて、溶接の閃光とプレス機の打音
の果てに漂着した土曜日の午後遅く目覚める。そこにあ
る彼のからだがもはや半獣神になっていたとしても、コ
ップに溢れ出た液晶に映りこんだ幻だと言えるだろうか?
なお正確に言うなら彼の下半身は獣ではなくV型4気筒
1200CCのバイクであり、それは馬という馬の腹を裂
き終わった時代のごくあたりまえな神像であるかもしれ
ない。
彼は驚愕と共に未知の言語を口走るが、それは例えば前
世紀にたっぷり血を吸った雲が聞き耳をたてるような類の
言葉だった。たとえ見開かれたまなざしの下にある彼の
暗黒の口腔からカムやクランクの回転音だけがしていたと
しても。
彼は傾きかけた太陽を追って走らなければならない。都
市の1万の窓をよぎる影として。地図の盲点を貫通する一
個の弾片として。危うい軌道を描いて墜落する太陽がゆら
ぎ、彼の上半身は外野手のように背走する。 あらゆる秒
針をくぐりぬける彼の後ろで、外壁をはぎとられた欲望は
赤茶けた印画紙に崩れ落ちる。ハイウエイは蛇のみごなし
のうちに緩やかに倒壊する。
かつて友人を埋葬した丘陵の頂上で、彼は未知の海を目
にするだろう。その時、人間の歴史のうえではじめて発せ
られたある問いを叫喚しつつ、彼は太陽を飲み込んで沸騰
する海へと駆け下る。
せりあがる水平線の一端に、火傷と切り傷の夥しい痕が
ついた、そこだけが人間として残された手のひらをかけるた
めに。
13時の太陽
どこであの子を落としたんだかネェ。
アタシは よしこが好きですから
あいつのからっぽポケットをまさぐりまくる真似は
手っ取りばやく
にこやかな下水に流しといてやったよ
多分
1キロ先の
大好きなやさしいバカみたいに染み渡る
緑色で埋め尽くされてるフィールドの中に
1cm程の
光る入りぐちがありまして
もうその入りぐちが
昨晩からよしこの心肺機能を
きーこらきーから
やってくれてまして
でも寝て覚めたよしこは
13時の太陽の下での
瀕死や孤独よりは
安堵感いっぱい。
やがてよしこは
その入りぐちから出てきた生ぬるい風をおびたら
とある魚とけむくじゃらのかわいそうな犬の逸話の続きのことが
気になりだして
どうしようもないぐねぐね女になりまして、
アタシとのことは
80パーセント程わすれたそうです。
わたしの青い手
水槽の中に砂漠が広がる
わたしの青い手から
ぽとり、ぽとり、と
雫が垂れる
あなた、に染み込んでゆく
渇いたあなたは空を持っておらず
ずっと砂の上で俯いている
溶け合う境界線
傾く太陽
わたしの空を鳥が飛んでゆく
羽根を落としながら
その緑の羽根を拾って
あなた、に差し出す
震える指先
振動する水槽
あなたの指先から
双葉が生えてきて
風に揺られる
わたしの青い手から
ぽとり、ぽとり、と
雫が垂れる
あなた、に染み込んでゆく
双葉から若草色の小人が顔を出して
砂漠を緑に染める
水槽にはヒビが入り
あなたがこちらの世界に飛び出してきた
窓から光が射し込む
春色のカーテンが揺れる
渇いていたあなたの瞳は海のように潤んでいた。
残響のように
夕暮れの波頭が残響のように聞こえる海だ
いま遊歩道の人影が石レンガに染み込まれていく
様々な影は様々な影だ
気になれば影はどれも元気に動いている
少し怖かったのは黙って石に染み込んでしまった影だ
それは本当に年とった人の影だろう
高みからとんびが餌を狙っている
とんびだって飛行機の真似をする
それを情けないと思うと
とんびは慌てて水平飛行を止めて
蠢く波をなじるように
海を覗くのだ
魚は 魚はと
その問いかけは誰にとっても涙ではない
海の漂着物にはオブジェのようなものもあった
どこから来たのかとその可愛い靴を返してみると
小さな靴なのにゴムに彫りがしてある使い物の靴だ
飾り物ではないのなら
これは涙と思うしかない
赤い傘の中で
「あなたの体温計になってあげる」
そう言って彼女は 僕の脇の下の 隙間に入り込んできた布団の中
「37度5分」と 僕がそう言うと
ふたりは笑った
ふたりは服をするすると着て
雨の町の中へでた
赤い傘は彼女のもので
僕は彼女の耳元で
傘の柄をぎゅっと握り締める
なんの迷いもなかった
町は軽やかな心地よい刺激に溢れている
想像していた
彼女が僕の幸福のすべてだった
赤信号を無視して渡るとき
ぎゅっと手首を握り返して 怒っている彼女の顔も
駅の改札口で
切符をなくしたと
大袈裟にあわてて振り乱す彼女の髪も
”恋愛映画が観たいよ”
”いやホラー映画にしようぜ”と
断固対立するふたりの深刻な
価値の亀裂の狭間で
結局「ドラえもん」を観にでかけて
ポップコーンを食べながら
ラストシーンで泣けているふたり
家が欲しいと
彼女が言ったとき
僕はためらった
30年のローンを抱えながら
こいつのために まるで馬車馬のように働かされるのか?
あなたってやっぱり変よ
「おかわり」も「ちんちん」もできない子犬をたしなめるように
彼女は言った
「もうこれからは キスの仕方の巧いだけの 男じゃダメよ」と
赤い唇の彼女の口から ふわりと開く未来
まるでドラえもんのポッケのように
なんでも出てくるふたりの気持ち
「結婚しようぜ 君と同じ道を歩きたいんだ」
「はん なにそれ?また新しいギャグのつもりかい?」
冷たいコートの彼女を 両肩で抱きよせる街路樹の下
息をしていない ふたり
「笑っていいよ 今のは新しいギャグだから」と耳元で囁くと
笑えないし 泣きたくなるの 変なギャグだよって 彼女は言うんだ
雨の町の下の 赤い傘の中では
いつもこんな風な
ためらい合う愛や
未来をゆるし合おうとする とても小さな一歩たちが
肩を寄せ合い 今も抱き合っているんだ
夜の水槽
月明かりの夜だ
水のないプールで自転車を漕ぐ
湿った枯葉の上をゆっくりと回遊する
眠れない夜だ
飛込み台に立つ六本の白い影
かつて泳いだヒト
いずれ泳ぐヒト
水に抱かれた記憶をなくし
前傾
のまま固まって
車輪
カラカラ回って
潜れない夜だ
白い影を順番に
荷台に乗せて遊泳する
矩形 円形 八文字
交代してゆっくりと反復
終わった影から渦になって
排水溝に消えていく
ここは沈めないヒトが浮遊する水槽
地上に落ちた月面
満ち欠けの水脈を辿る二人乗り
冷たいペダルが発動して
明けてしまう夜