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2006年04月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


斜線ノ空

  みつとみ

カーテンのすきまから、
むかいの住宅の屋根のうえ、
うすくもり空を見上げる。
幾本もの電線が斜めに走っている。

窓を開けると、
わずかに残されたうすい青から、
凍えた風が吹きこむ。
手をさしのばすと、
ふいに、指先が切れる。
見えない有刺鉄線が、
空と街とを区切っている。

(ソノ先ニ手ヲノバセバ、
(光ニ触レラレルダロウカ。

わたしは、さらに空に手をのばす。
透ける世界の縁をつかんだ。
(傾イテイル。
指先に力をいれると、傷口から血がにじみでる。


(光冨郁也)


花風

  軽谷佑子

ともなわれ手を引かれて花畑
を転々としたわたしはこちらがわ
でありむこうがわ

手をしばり
つなぎあって死んでいく互いを
さしてばたばたととりが死がいをついばみに来る

いっせいに開いた
中心に立ちかこまれる顔は
ののしりのかたちに裂けて

後列から引かれいちまい
いちまいが回転をもつわたしをするどく
のける花風

手をしばり
つなぎあって死んでいくからだは水浴び
のあとのかたちとりが死がいをついばみに来る


私の名は、スタヴローギン!

  atsuchan69

まばゆい時間の 小刻みにゆれる青さ
珊瑚礁を覗かせて萌える 艶やかな森の木々
哀しみも知らず どこまでも陽気にうかぶ島々。
歓びにあふれる光
しろい砂浜と椰子の木と影
涼しげな風、
美しい女奴隷や ワインとチーズ 
いにしえの牧歌を口ずさむ碧緑の瞳の男娼たち
小指一本ほどの贅沢なくらし。

ここはタクスヘブン 地球のどこか
薬と皆殺し すべての悪のもたらす対価の景色 そのもの。

指先は ふるえながら、
針の痛みにつづく濃密な空気や 恐れ 
滲みだす 底なしの虚無の力と気配に、
落ちてくる巨大な隕石 やがて
まぶたの裏側に容赦なく描きだされる 至高の瞬間、
もはや錯覚と悟らせぬほどの
みごとな色付きの 勝手に動きまわる影、
私の抑えきれない想いを
一滴の肉汁も漏らさず たっぷり含んだ影。

待ちわびた夢の訪れ
突然の眼も覚めるような幻覚、
あいつだ!
あいつが今そこにいる!
燃えたつ地獄、
 私のビジネス
おびただしい数の銃弾 劣化ウラン、
悲鳴
走り泣く子らのさけび。

バナナの葉で巻いた甘い紫煙、
ちがう
私は詩人だ、天使ウルトビーズ。
<君の画策する未来において詩人たちの処遇を知りたい>
ああ、そうさ。ウルトビーズ。 彼らは最上位の
祭司階級に他ならない、異論はない。

――この世界は幻である――

と、つよく確信すればこそ出来た あの殺戮 あの悲劇 あの惨事。

映画「ドッグヴィル」を観たあとのような、
後味のわるさのつきまとう なんだか嫌なかんじ。
いやこれは夢なのだ。

そして父は死んだ、
夢想家特有の 緻密すぎる長い文章が致命的だったのだ。

彼の死後 つかの間おとなしくしていたが、
マルクスの耳元でささやくと
ついに 彼は筆をとった。
つぎにトロッキーを扇動し、レーニンを手なづけ
スターリンを誘惑した。
やつらは 皆(トロッキーは失敗した) あの高い山の頂に連れだすと
ほくそえみ、
すぐさま頷き すすんで魂を売った。

私の名は、スタヴローギン。
詩人である、
だがしかし ビジネスで扱う武器のほとんど すべてが
OEM生産された、
ナチスだ!

聞け、宇宙を夢見る力こそ真実なのだ。

ビキニ姿の唇奴隷がカクテルを運ぶ。
彼女は自分の身分について 何も 何も 知らない。
その天真爛漫さが 愛らしく
私の手が
彼女の尻に伸び、
やわらかく弾力のある感触 湿り気をおびた砂まじりの肌
潮風のいざなう匂い 微かな恥じらいをともなった 
あの悦びの 場所を たしかめる。
言葉をうしなった唇をみつめながら
ついに私はそれ以上の行為をはじめようとしていた。

同時刻。
地球の反対側 とある国にて。

未明に
イナゴの群れがおとずれて村を焼いた。
燃えおちる藁葺の屋根 また燃えおちる 燃えおちる
イナゴは旋回し、また もどってくると
村から森から一斉に機銃掃射を行った。
逃げまどう村人に口封じの射撃を無差別につづける
将軍に、
ささやいたのは もちろんこの私
新兵器の 単にテスト 
が目的だった。

同様に、社会構造を操る目的で
私は
「ルーチンワーカー」「ノンルーチン」の言葉をひろめはじめる。
やがて訪れるだろう新時代!
奴隷 管理者 超人
この枠のなかで 人はもはや人ではない。

私はこれらの悪の所業によって神々に等しく、
恐れるものもなく 安穏とした日々に歳をかさね
一本の指先でこの星をもてあそぶ。

未来も 過去もなく
ただ、
映画「ドッグヴィル」を観たあとのような、
後味のわるさのつきまとう なんだか嫌なかんじ。
          
いやこれは夢なのだ。


サーカス

  一条


誰もが、いつかは、いなくなるのよ、
という言葉を残して
妻は蒸発した、わたしは、いつも仕事帰りに
移動遊園地に立ち寄り
サーカス小屋の裏で煙草をふかすピエロを見た、
冷蔵庫には大量のキムコが残され
妻がベランダに干したままのわたしたちの洗濯物が
風に揺らされている、


ピエロは煙草の火を象の尻でひねり消し
わたしたちのにおいはキムコが消臭する、
明日になると、移動遊園地は隣の街へ移動するのだ
と、わたしはキム子に言った
あなたも隣の街へ行けばいいのよ、とキム子は
冷蔵庫から冷えたビールの缶を取り出し
わたしの目の前に置いた、


  そんなに簡単に隣の街へ行けるのなら、とっくに行ってるさ


ピエ朗がパジャマ姿で居間に現れ
冷蔵庫を開ける、
翌年に受験を控えたピエ朗は最近、ますます無口になった、
未成年にも関わらずピエ朗は煙草をふかす
キム子が、わたしの顔をちらと見やるが
わたしは、ピエ朗を叱ることは出来ない
また停学になっちゃうわよ、
洗濯物が風に揺れ
うるさい、とピエ朗は部屋に戻った


サーカス小屋では陽気な団長が
いつものようにこどもたちを虐待している、
わたしたちの教育が間違っていたのね
わたしはビールの缶をキム
子に投げつけた
こどもたちは怯えている


  ぼくたちは、明日になると、隣の街へ連れて行かれるんだよ
  隣の街は、どんなところなんだろう
  この街より、もっと恐ろしい街に違いないよ
  だって、この街は、この前の街よりもっと恐ろしかったから
 

それがわたしたちの最後の夜だった
わたしは、仕事の帰りに移動遊園地に立ち寄った
団長は、幼いピエロを虐待し
ピエロは、助けを求めるようにわたしを見ている
このわたしを見ている

 
  もう誰もいないから、怯える必要はないんだよ


わたしたちは、もう、隣の街にいるんだ
そして、いつかまた、わたしたちは、いつものように
隣の街に行く


めざめ

  まーろっく

母猫はやせて、乳を与え続けるのだ
暗がりで大事に抱いた三匹の仔猫に
なかば閉じた目はもうなにも見ていない
死んでいるのといっしょなのに
それでも乳を与え続けるのだ

そうして今日、仔猫の目が開いた
米粒より小さな目が
深いブルーの宝石を沈めていた
それはわたしたちの世界に新しく開いた
六つの、小さな穴なのだ

外では桜がすっかり花を落として
舗道で雨に濡れている
四月の明るい雨雲の下で
若葉が声もたてず萌え出ている

そうして今日、世界は小さな六つの穴に
わずかずつ滴り落ちはじめる
母猫はやせて、それでも乳を与えるのだ
六つの穴の中にある暖かい暗黒を
やさしく前肢で抱いて


灰桜

  苺森


ぽつり ぽつり、アスファルト叩く雨
最後に笑ったのはいつだろう


お茶をするなら桜の下
紙コップに浮かんだ花びら
ゆらゆら、と
永遠に解けない夢の様
おまじないかけて

絵空を泳ぐわたし
仄めく青の
絡まり滑る、遠い呼吸

包んだ掌のなか滲んでゆく桜色
淡いぬくもり、ひらり
ほわり、
芳しい波に乗る若いたましい


魚だった

わたしのコップに落った花びら
汚いと泣いた
はらはら、涙の鱗、
幼い瞼に弾かれて
飲み干しなさいと母が云うのに
解かれた魚になり、
花びらは綺麗になる子だけに落ってくるのだと
お前は選ばれた子なのだと謳う、謳う、
柔肌撫で上げる風―母は謳う風だった

春、春の瞬きに踊る
こころ踊る
黒髪の海 さんざめき

仰いだグレイに抜ける春
きらきら昇るプリズムに似て
透けてゆくあの日―少女だった

雨だった


きれいでなど

月日は流れ散りゆく桜も煙草の灰
白々、くすんで見えた四月の公園
木々の向こうの暗き横顔
乱立するホームレスのビニールテント

まだ憂えて 春待つ魚

誰とも笑えなかった
何もが
きれいでなんかなかった
きれいでなんかなかった


呑まれないでどうか

この街、巡る季節
わたしでまた泳げるといい


やわらかに 軽やかに
時の波を
ひらひら、ゆらり 舞い踊り
悪戯な春風のなか
洗われるような花吹雪
新芽の芳り 青々と

泣いてないで

ぱらぱら、鱗を落としながら
薄らぐ記憶の表皮を 空
泡沫、沈む、夢剥がれる音


いつも雨だった
わたし


きれい

きれい、笑えるといい
こんな こんな
何をも

笑ってしまえたら
もう笑ってしまえたら


泥道

  Tora

六畳の墓に供えられたアルメリアを
ムシャムシャと食べた
鉄分の赤が鼻にツンと抜け
「そろそろ行かなければ」と
俺は墓から這いずり出た

腐った六腑を落とさぬように
軽く酒をあおり 軽くお辞儀をしながら 
賑やかな商店街に辿り着く
「いらっしゃい。新鮮な五臓はいらんかね?」
ああ 新鮮ならば きっと思い描いていた場所まで行けるかもしれないと
ぬか喜びしそうになるが 俺にはもともと五臓が無い
「五臓は欲しいが入れる場所がどうもないのだ」
すると店主はこういった

「その六腑を捨て そこに五臓を入れたらよろしい」

俺は「ソレを捨てる事はできないよ」と店主の肩をポンと叩き 商店街を後にした



腐った六腑を落とさぬように
歩く表通り 歩く歩調そろえ
赤煉瓦の病院に辿り着く
「顔色が悪いようだ。六腑を検査しましょう」
ああ 道理で体がだるく 目に入る文庫本が全て小型犬に見えるわけだと
六腑を差し出そうとしたが そういえば俺には保険証が無い
「明日の雨空に虹を見たいのだが保険証が無いのだ」
すると医師はこう言った

「いや明日は快晴に違いない。きっとそうだ」

俺は「青空の下の泥道もいいかもしれないね」と医師の両肩をポンと叩き 病院を後にした


ぐねる ドプンと

泥道に 六腑が落ちる


そういえば俺は何のために此処まで来たのか 思い出そうとしたのだが

ぐねる ドプンと

赤絨毯の上に 記憶が落ちる

いつのまにやら辺りは大観衆 歓声に応えようとしたのだが
良く聞くとそれは 罵声だったのだから

ぐねる ドプンと

六畳の墓に辿り着いた俺は
ヌルリと穴に這いずり込んだ
大勢の大観衆が歩調美しく去った後
見たことのある少女がやってきた
彼女が添えたアルメリアが
どんな味だったのか思い出すことは出来ないが
彼女のまるで恋人に見せるかのような虹色の涙は
俺の五臓六腑に染み渡った


大観衆が去っていく途中の
雑草すら生える事を許されていない泥道で
彼らは不思議そうに 朽ちた六腑を眺めている


「ラフ・テフ」番外編 ゆっこのキリン(プリントアウト用)

  ミドリ



シャワーの栓を戻し
前髪を上げ
ゆっこはコンタクトレンズを外した
ブラのホックも外し

彼女は浴衣を脱いで
素肌のまま布団に滑り込む
見知らぬ男の前で
裸になるのはこれが初めてだった

ホテルの一室は
まるで火袋を滲ませて浮かび上がった 
焼け爛れたソウルのようだった

ぼくは部屋の窓を開け
引絞った弓矢のように夜天に放たれて
漆黒の星屑を 蹴散らしながら跨いでいく とても大きな
キリンの滑空を見ていた

「きれいね」って言う
彼女の声で振り返ると
もう ゆっこは
布団を頭に深く被って
眠りに就いていて
うわごとでそう言っているのだ

真紅のベロアの椅子に腰を掛け
ぼくはタバコを吸っていた

もう窓の外に
キリンなんてみたりはしない

きっとあんまり大きな声で
それも寝言で
ゆっこが彼のことを何度も言うものだから
キリンはどこかへ隠れてしまったらしい

「キリン キリン」って
また彼女がまたうわごとで言う

一晩中 窓を開け放して
おきたい気分だったが
ゆっこが風邪を引くようなことが
あってはいけないと思ってやめた

その代わりぼくは
ホテルの部屋の南側の白い壁に
キリンの絵を描き始めた

それから バスタブや天井にだって
テーブルの上にも 湯のみ茶碗の裏っかわにさえ
腕の力がなくなるくらい
フェルトペンで描き殴った

朝 ゆっこをゆすった 夢の中でみていたキリンが
実在するんだって証明するために
ぼくは力の限り描き殴った

街ん中のビルとビルの隙間から
朝陽が差し込むころ

ひとつのベットの真ん中で
ふたりは部屋中に描き殴られた
キリンたちの絵を見て笑いあった

「アホやな 仕舞いにおこられるぞ!」
「でもほら あのキリン 目が三つもあるじゃない」

「主体の形成をめぐる 重大な露呈だな」と
ぼくがいったらば
ゆっこは僕の太股をギュッとつねる
「イテっ!」

「それは客観の形成をめぐる 重大な汚点だよ」と言って
ゆっこは ぼくの額を軽く小突く

彼女はベットの上にある
受話器を取り上げて
フロントへダイヤルをまわす

「すいません!アフリカのサバンナから
5匹もキリンがこの部屋に逃げ込んでいますっ
どうか・・・今すぐ・・」

すっぴんのゆっこの唇にぼくは指をさし伸ばし
唇を押し開け 人差し指でそれ以上しゃべれぬように
彼女の舌をギュッと押さえ込む

それからふたりは背筋と首をギュッといっぱいに伸ばして
とても高い木の上の 赤い実でもついばむようにして
抱き合った

「いま キリン居る?」
そう言ったゆっこの髪が ぼくの頬にさらりと触れて
胸ん中のとても堅いとこに
ドンドンって何度も 何度も

サバンナを駆けるキリンの蹄みたいに
土くれを蹴っ飛ばしてくる


嫁の夢

  狩心

浮気とかもあったみたいでさ
東京タワーは家にも寄り付かず
家庭を顧みない砂糖が多すぎる牛丼なんだよ
何年か前に富士山が大噴火したせいで
僕は東京と静岡を行き来するようになったんだ
それ以来  永遠と続く騒音と共に呪文が流れてくるだけなんだ

疲れたよ母さん  マザコンファックだよ
恐ろしいよ  気持ち悪いよ  夢で見たんだ
東京タワーと富士山を足して二で割った
大きなお婆さんに
夢なんて無いよって言われる嫁の夢
嫁は眠れなかったんだ  いつも陰口ばかり叩く婆ぁのせいで
寝静まる深夜  婆ちゃんの歯軋り
爺ちゃんのイビキ  夫の寝言で大合唱
ビデオカメラで録画して町内会で発表したんだ
そうやって夢の中で仕返ししている嫁の夢
見たんだ僕  夢なんかじゃないよ母さん
僕の前に今  母さんがいる事が夢なんだよ
母さんは死んだんだから  母さんがいるってことは・・・
これは夢なんだよ  早く夢から覚めたいよ
僕は男なのに  なんで嫁の夢を見るの母さん
突然  東京タワーと富士山を足して二で割った
大きなお婆さんが現れて
あんたは変態なのよって言いやがって  
僕は包丁を握り締めていて
やっぱり僕はおかしいんだって分かった
母さんを助けたかった  婆ちゃんが母さんをいじめるから
嫁の夢を見るなんて  僕は男の子じゃなくて
女の子でお嫁さんなのかしら
そうよ  思い出したわ  将来の夢はお嫁さんなの
昨日は徹夜で料理の練習をしたから
夢の中で一睡もできなかったの
でもね  一睡もしてなかったのに
自分の子供が婆ぁを殺しちゃう夢を見た嫁の夢
見たんだ私  夢じゃないよ私  だから  たぶん私
夢の嫁になるのはやめることにしたの
だから  約半分の私  嫁に優しい夢の男になろうと決めたの

婆さんは実の子への愛を金で示す悪の権化
その人の血が僕に混ざっている事が悔しいよ
父さんも母さんも大嫌いだから  反面教師で
でも  二人のこと  愛してるから
やり切れない気持ちで  呪文は流れ続けるんだ
嫁の夢は普通の幸せを掴む事
普通の幸せだったら楽に手に入るって思っていた嫁が
浅はかだったんだよ
常識と理想まみれの嫁が最後はロボットに見えたんだ
家庭を顧みない砂糖が多すぎる牛丼と同じだなって
勝てない現実から  好きなだけ逃げればいいさ
だから  嫁の夢はいつまで経っても夢の嫁のままなんだ

夢と嫁と婆さんのやり取りは35年間続いた
婆さんが病気になって死ぬ間際に嫁にこう言ったんだ
実の子たちは金が欲しいだけで
あっしの面倒を見たがらない
みんな冷酷だよ・・・
あっしの事を本当に心配してくれるのは
あんただけだよ・・・
信じられるのはあんただけだよ・・・

みんなに嫌われていた意地悪な婆さんが死んだ
母さんも父さんも泣いてた
先に天国に行ってた爺ちゃんもそこに居た
その日は夜になっても太陽が沈まなかった
僕はその日を境に嫁の夢を見なくなった
そして僕は家を出て自立したんだ

婆さんは気付くのが遅すぎた
そのせいで  嫁はもう老人になろうとしていた
夢は一度も嫁を助けてなんかくれなかった

母さんが僕を誤解しているように
僕も母さんを誤解していた
そんな行き違いが生い茂っている草原を
僕は大好きな恋人と手をつないで走っていった
          


新芝川の散歩者

  まーろっく

新芝川は表情もなく澱んでいるばかりだ
かつて川口にコークスや鋳砂を運んだ
船のにぎわいをわたしは知らない
それでも住んで7年にはなるのだった
さえない小店主であるよりも
この土手の散歩者であることはよいことだ

わたしは煤けた灰色の作業衣を着て
昼休みには滴り落ちる汗をぬぐいながら
川の上空を見上げていた若い男であったことはない
今わたしが耳にするのはAMラジオの赤茶けた音声
錆びたトタン囲いの町工場に残っている
遠ざかりゆく20世紀の騒音

菜の花がまじる土手の斜面の草いきれ
わずかばかりの川原には葦が枯れたままだ
水門がある上青木で川筋は北に大きく向きを変える
川の西の地域には木造モルタルの古い住宅が密集し
その先の空間を褐色の外壁が断ち切っている
真新しい古代の建築としてそれは現れる

三つの銀のドームを持つ、それはしかしモスクではない
天文台とNHKアーカイブの複合施設なのだ
科学による占星術と映像の図書館
それを所有する王の横顔をわたしは知らない
そこでわたしたちの運命が予測され
そこでわたしたちの生死がつぶさに記録されるとしても

新芝川は古い一本のフィルムとなって流れはじめる
キューポラが吹き上げた赤い火の粉は咲くだろう
見知らぬ記憶に住む工員と家族はまだこちらを見つめている
旋盤は回転し金属の糸を永久につむぎ続けている
古い工場主の夜空には少年時代に見たB29が美しく燃えている
モノクロームの川面にはやがてわたしの影も映るだろう

高層ビルとセキュリティマンションが屹立する地平を
流れと澱みの速度で離れてゆくことは心地よいことだ
川口のうららかな春の午前は忘却ののどかさだ
古い一本のフィルムとなったわたしは問うだろう
流れ着く海はあるか?


  fiorina

さようならの せなかを押した

 海がいってしまった
  魚たちがのこされた

そこに 海が あったことを
かなしいめがおしえる

ごめんね
どうしてやることもできない
 ふるえを止めること
 乾いた目をとじること


せめて 
魚よ

おまえに声があればいいのに
記憶があれば

そのちいさな頭に満ちている海

さいごの痙攣がやむまで うたうといいよ


  むかし ここに うみがあった
   いつか しぬことをしらずに
     わたしは うまれた


桜舞う

  平川綾真智

―切り裂かれる烏の血が
空一面に固まり夕焼けとなる
解るだろう? そうだ、世界の終わりが訪れたのだ
ああ しかしこの赤銅の風景
なんと滑らかに 今日を導いて来たのだろう!
敷かれた線通りに遂に
訪れたのだ 終末が
劇場を出てからも未だに 劇中、男優の叫んだ台詞が
耳の中で響き続ける。
青信号の音楽は 叫びを掻き消すことなく途絶えて
横断歩道の向こう側 無邪気に手をひかれ歩く幼児の
ハシャギ声も遥か遠い。
私は歩道に沿う街路樹を見て いつも通りの今日という日を
その風景の中、噛み締める


 一枚一枚、陽を透かし眩い 無骨な茶を押す花弁の淡紅
 支える背景と白じむ空へ 雲は輪郭を無くして溶け入る
烏が枝の茶に分け入り止まると
子供はハシャギをカン高くした

世界が終わる日の風景は
今日と同じであるに違いない。
何の伏線もあるもんか
誰かが叫ぶことなどなしに
突然終末は訪れる
滑らかに赤銅に染まりなどせず 解る間も無く訪れるんだ
いつも通りに沿う今日を 
噛み締める風景のその中で

信号を渡るとすれ違い様
―バイバイ。 カン高い声が聞こえた
振り返り見れば、母に手を引かれ
はしゃぎは信号の音楽に混ざる。
街路樹が風に擦れ、散り行き音を増やす花弁
耳から消えた劇の叫びに
私は今来る終末を思う。
眼前桜舞うこの瞬間 不安は切り裂かれずに固まり
飛び立って行く烏の羽音が
音を溢し、
耳の中に響いていく


ヤングシャンク

  橘 鷲聖

青褪めたモダンサロンで俺は炎を吸っている(吸っていた)海賊旗のZippo(鳩)水瓶座水瓶座と水瓶座と(ポスターを丸めて置いた)とにかく気持ちが良ければ良ければ(花瓶)それは一時間十三分と一秒、俺だ(ソファーから)つまり神がふたりに対して禁断を促したという(叙述)がトリック(ロジック)だった。フォント(A)彫刻、シーツの皺、対立する(それから鍵をかけた。音をたてないように)瞑った、新雪が窓硝子に(5)なんだ(ラ)現代は死に(吸いさしの(ヴォルメ)は(赤)だったし)さよなら、創造しなければならない(海岸のベランダから)言葉は予め話されているよ(お)まえは信じていないので許されない(愛)直立する雨が朝が拳銃が舌が(2)殺されて(ドープ)生まれなさい()新しい(才能)太陽、おお、おお、おまえたちを慰みものにして尚(金の栞を)静かな、温かな、閃きの石、または原罪についての、遺跡、耳、砂(感覚の濫用によって)死ぬのか(または超克され)世界はそのようにはじまり、怒り(ネ)ヴィジョンは螺旋によって、唾液の(梯子)蘇生する、予感の、風光と月の(炎を吸っていた)吸ってい(0)おんな(ラ)光たちだ、上陸の、俺は足を組み変え、た、()は硝子を伝う雨を見ていた、の、炎を吸っていた、かのようだ()


「インスタントクラブ」と記されたチラシ

  樫やすお

(車輪をつめてゆく土手で)

水面を繊毛が波うっている
よく見ればそれは日に焼けて日だまりをすいすいと持ち上げて
後ろからついてくる
船べりは岸辺に乗り上げてしまって
「腹減ってない?」と独り言を私は言った
このとき地元の青年団は結婚式を終えたばかりで
豊満な黒目から
たのしみがつきないように
少しずつ残されてきた男たちをあやし
立派な箱に入れられた杯をうけとらせていた

 *

これでもう安心立命大丈夫
地表から払いのけられたのだな私
すこしでも
「わらいたいところだが」
こんなことだったらそそくさと筋骨隆々たる男たちをつれてきて
殺すために持って行かせればよかった

(スカートにこびりついているよ塩が)

大写しにされた塩が
何かひとつでも疑問をもちかけてくると
私はふんふんと頷いてやった
電信柱に貼られてあるこれらのチラシには
電話番号と時間が記載されており
ほんとうのことは教えない

ちょっとでも郊外に出て行くと通過して行く
自動車は無数に
尽きることがない
スニーカーに泥がこびりついていて
私はそのことも知らずに橋桁のそばにしゃがんでほおっと上を向いていた
陸橋の上を細い腕があらわな女たちが素通りし
船底を抜けてくる海水みたいな音がして
私は落ちていた雑誌を傘の先に引っかけて手繰り寄せていた

顔をあげると背骨がぱきぱきした
隣にいたまだ若い男が降ろしたザックからガスコンロを引っぱり出してお湯を沸かしはじめ
石と石のあいだの雨水が溜まっているペットボトルにぽつぽつと
再び雨が降り
それはどこまでも足をのばして


「死んだか死んでないかはわからないけどさ(と男は会話する
  明日のこの時間には
  単独登攀するんだ
  俺もどこまでもついてくよ
  だからおまえにもとっといてほしい(と男は私のしゃがんでいるそばにコーヒーを置いた


「最後くらい軽やかに決めてくれ(と私は橋の裏を仰ぎながら言っていた


いつしか私たちは浮かばれるんだろうか
と聞かれ
私は頷いた

(それはいつなのかわからない、時間との約束だった)


明日に会いにゆく

  藍露

1.
喪失した大地から声が聴こえる
掬われた足元のもっと遠くから 遠くから
太陽が剥き出しで引き上げられる
黄色い光の溢れる場所へと

2.
すべての鳥は還ってゆく
深い青色の空の中心へ
羽根の生えた赤い蛇が渦巻いている
雷を落とされたような衝撃に満ちて

3.
揺れる湖面が呼んでいる
葉を散らして 引き裂かれた森の枝
湖底に沈む生物が騒いで 波が起きる
けだものは朝を食べていた

4.
蝶々が割れた爪から生まれ出した
再生した花から花へと飛び移る
蜜を集めて 時間を吸収してゆく
指と指の間には 残された鱗粉

森の奥で なにものかが 蠢いている 光るものを全て集めて その光るものに自らを映し込む そっと覗き込んで 瞳を閉じる 見てはいけない 見てはいけない 見てしまったら なにもかもが 終わってしまう そんな予感がして 静かに断片を 集めている 手のような部位で覆いながら 鋭利な断片 突き刺してしまわないように

5.
地球が振動している
新しい惑星が生まれる、その時に
爆発する宇宙の彼方、胎動
あらゆる動植物が嘶いている

地球の音は小さく 大きく 小さく 大きく を 繰り返し 彼方の胎動は続いている ブラックホールに吸い込まれてゆかないように 漂っている宇宙船 子宮のなかを流れるいくつもの細胞のようだ 分裂する場所を目指して どくどく、と波打っている ミトコンドリアが喋っている ひそひそ ひそひそ 耳を澄まして 宇宙船はお喋りを聞く

6.
唇が痺れて 蟷螂(kamakiri)の音色に反応する
口笛を吹けば 空から足が伸びて
すらりとした美しい足
それに纏わりついている 紫の蜥蜴(tokage)

7.
帽子が風に飛んでゆく
空の変動に頭の先端が気付いて 
長くて黒い艶やかな髪がなびく
しゃなり、しゃなり、と時間は過ぎて

8.
深い青色の空で雲が移動する
桃色の雨が降る
人々は色とりどりの傘を裏返しにする
濡れた服、溜まった水滴は傘の色と呼応して

9.
剥き出しの太陽から雫が垂れてくる
絹の布で拭いて 湿る成層圏
太陽が海に落ちてきて
あたりは漆黒の闇に包まれる

10.
寝静まった世界
紫色の絵の具で 線を引くように
日付けが塗り替えられて
その線を飛び越えて 明日に会いにゆく


A・K  夏の椅子

  りす

子供があんまり見上げるので
座っていた椅子を踏み台に
ちょっと つま先立ち
夏蜜柑 ひとつもいで
白いブラウスの袖できゅっとひと拭き
A・Kは白が好きで
白を汚すのも好きで
「重曹かけて召し上がれ」
ツバキの垣根を越えて
夏蜜柑 ごろり
おっきいねえ
おっきいよ
すっぱいかねえ
すっぱいぞ
ジューソーカケテ メシアガレ

おかーさん、
ジューソーが必要だよ、ジューソー
ほらほら、夏蜜柑
あ、
あーあ、 重曹 ね。 しゅわしゅわ ね。
暗い戸棚の奥から小さな箱
ほんと 見事な夏蜜柑
これが あの、
うん これが あの、


カミキリムシ
蜜柑の枝から飛んで
黒と白が滲みあう硬い羽
カミキリムシ
A・Kの白に止まり 
羽に閉じ込めた あと さき
ブラウスの二の腕をのぼって

A・K
カミキリムシが、

呼びかけてもそよともせず
木を食べて暮らしてきた虫が
もう肩にまで迫って触覚が
白い首筋をくすぐりそうで
触れたなら A・K 笑うといい 
ギシギシと機械の音を鳴いて
ほら、カミキリムシ、侵入して、


A・K
眠って
いるのか。

初夏
夏蜜柑の白い花を無闇に摘んで
椅子の足元に敷きつめて踏んで
その香りたちのぼる
夏を隔離して ひとり
摘めば摘むほど
残された花は大きな実を
と知るまもなく
誰もが仰ぐ果実を
仰がないで
A・K
夏を椅子に仕舞ったまま


A・Kが椅子にいない日
ツバキの垣根を越えて
重曹の箱をポケットに
椅子を踏み台にして
ちょっと つま先立ち
届かない 
子供は
もう少し背伸び
椅子はよろめき
できない
夏蜜柑
届かない
A・K
夏の高さ


トーキョー

  ケムリ

 街路樹の先に、無数の靴下が垂れ下がってて、俺はその真ん中、ヘッドフォン耳に突っ込んで、なるべく他人の呼吸に触れないように坂道を歩いて下っていく。焼けた杭が道路の左右に突き刺さって悲鳴をあげ、芳しい春の香りがラーメン屋の軒先で腐っている。

 坂道には教会があって、俺は胸に林檎が入った紙袋抱えて、踵を履き潰したバスケットシューズ、ペッタンペッタン言わせて歩いてる、子どもはみんな車のタイヤにねじ込まれてクルクル回ってるし、鳥は軒並みアスファルトに嘴から突き刺さってて、パチンコ屋からは洪水みたいに玉があふれ出し、どいつもこいつもドル箱でそいつを掬うのにやっきになっている。

「ねえ、なんであなたは上下さかさまなんです? 」
なんて聴かれても、おれには相変わらず答えようがなく、俺は大事な林檎を取られないようにしっかり胸に抱いて、ヘッドフォンの音量をマックスにしたのに一向に街は静かにならない。路上喫煙の取り締まりは激化して、鞭打ち刑が採用された旨を親切な通行人が教えてくれた。結局のところは
「なのに私は染色体が三本足りないんです。鳥に持ってかれちゃったんです」
とか言って、俺の林檎を奪い取ろうと走りよって来たけれど、残念ながら上下が逆だったので俺の胸元までは手が届かなかった。

 質素なプロテスタント教会のガレージにはスカイブルーの爆撃機が停まってて、そいつはエンジンの匂いがとても素敵で、俺はそいつの尾翼に林檎を一個置き去りにしてみる、すると神主だか神父だかわからない奴が走り出てきて、「林檎がメタファとして機能してますね」なんて言いやがった、俺はめんどくさいのでヘッドフォンをそいつにガチャっと嵌めて、音量をマックスにしてみるが、そいつもやっぱり上下逆さまだったので、素晴らしいロックは下半身にしか響かない。

 音楽が響かなくなると、俺の耳からは無数のきしめんが飛び出してきて、税務官やら警官やら自衛官やらが寄ってたかってそいつを啜ろうとした。真っ直ぐに落ちるきしめんは三分ほどで打ち止めになり、それが食い尽くされるのにも五分とかからず、俺は相変わらず靴擦れが治らない。

 俺は真っ直ぐ坂道を降りて、平和公園のベンチに座り、噴水の前で流しのウッドベースに聞き惚れた、Cの次にBm7が来るくらい良い演奏だったのに、ウッドベースの中にはみっちりと子どもが入っていて、全く喧しくてたまらない、マイナーコードが響く度にソプラノの不平不満が立ちこめ、いつのまにか俺は単音だった。

 演奏が終わると、無数の神父が駆け足で公園をよぎり、空はどこまでもスカイブルーで、その中から真っ赤な林檎が一つ落ちてきて、やっぱり爆撃機は物凄い音で噴水に突き刺さって、俺はここしかないと心に決めたが最後、腹式呼吸を繰り返して高らかに歌い、そこいらじゅうのさかさまに林檎を配って歩いた。おい、さかさまども、と文学史的大演説を一丁かましてやろうとしたが、林檎のメタファは上手に機能せず、割れたウッドベースのクソガキどもに俺の大事な金髪は片っ端から抜かれ、そいつらを一人ひとり正座させてブン殴ってる間に爆薬に火が移り、吹っ飛ぶさかさまに最後の林檎をダンク・シュート。

俺は空っぽになった両手ぶらつかせながら、また坂道を下っていった。そろそろ新しい靴を買わなきゃいけない。


エミリアーノ・サパタ

  コントラ

カフェのガラスの向こうでは
カーニバルの飾りつけがはじまろうとしている
彼女は前の日に時計が止まった話をしながら
手首を裏返してみせる

教会前で待ち合わせたのは12時
正午の太陽は僕らの頭上から
街を炭酸水の無色透明に還元する

大通りでは
クリスタルというラベルが貼ってある
炭酸水の群がトラックの荷台で
街の北から南へはこばれてゆく

カルラ、あなたは白く乾いた路地が
交わる88番通りの角の雑貨屋で昼間
うず高く積まれたカートンのむこうから
眠たそうな目だけをのぞかせて
往来を眺めている

バスが地面を揺らせながら
狭い通りを通過する
フロントガラスに白いペンキで書かれた
行き先は「エミリアーノ・サパタ」
それはメキシコ革命の英雄の名では
あるけれど

街の南の、環状道路の交差点をこえて
刑務所の長い塀をすぎてゆくと
木立と鳥の鳴き声に混じって
セメント造りの低い家が点々とする
コロニア

あそこは以前、べつの村だったんだ
マルコスは言っていた
街の南の、それでも少しは街の中心に近い、
ハンモックが揺れる
タイル張りの床の台所で

夜が更けて
テーブルに肘をつく僕らの横を
何台ものフォルクスワーゲンが
通り過ぎていった

午前0時
僕らは
売春婦が客待ちする黒く汚れた
塀の角から
エミリアーノ・サパタヘくだるバスに乗る
薄明かりの電球に照らされ
電灯の減ってゆく家並みを網膜のモザイクに
焼きつけながら


磨かれた合奏

  he

角が生えた
僕は髪のない少女の爪を
食べる
少女はひとつの裸足
沈黙は溺れる船の鉛の錨
乾音が寝静まった気配に傷痕を信じた

磨かれた合奏のように
塞げない清らかさが
少女は水面に映る顔を
見ようとはしない
傷ついた水を
同じ仕草で
織り交ぜ続ける

月はバラ線
赤くなった
少女は
指、

まだ見えなくていい
ずっと先に延ばしていた
少女はひとつの物語
僕の角は欲した
それなのに少女の爪を
唾液で溶けしんだ指先を翳して
睡蓮のこわばりのように
少女はすっと前を睨む
夜光虫は色とりどりの夢を見る
僕の角は欲されている
動物の皮のように滑らかな
それは
悠然と宇宙を見つめている
その先にある終わりを
少女の指は綺麗だったのに
僕の角は始まりに
踏み入れる
進化でいいと思う
取り戻しているのだ
肩の高さまで両腕を持っていき
ずいとふり下ろした時のことを
音が沈む速さで辺りは永遠と化し
僕と少女しかいないことを
まるで誓うかように
踵にへばりついた泥を切った

少女は老化しない
美しい知らせを受け
髪の毛の全てが抜け落ちたけど
僕が少女の横顔を眺めている間
腹の中では狂おしく少女の爪がシュッ
シュッと半円を描いている

たまらなく
少女は薄いほっぺたを膨らまし
僕の角を落ち着いた動作で取り払い
赤い月はまじまじと鬩ぎ合う
ゆっくりと僕の内部に踏み入れる
陰影を啜る音
赤い月から伸びた赤い棘を背に受け
そして僕は少女の透明な髪を見た
バラ線が包囲しているのだ
頭へと水が急速な高鳴りで流れ込み
少女には無音の靴が訪れる
僕と少女とか細い腕は
続かないと続いていく少女
振りほどくこともない
角も少女も超越する
思慕は見る間に融解し
推古するように

再現された指が何本もちらつき始める
少女の映像が脳水と触れ合う
はかれない距離感が
やっと爆発する
そして傷ついた水を織り交ぜ続けるに等しい無音

楕円形の口内に
宇宙がとじこめられ
水滴は最後まで事理も許さずに滴り落ちた
黙ってバラ線に透きとおるよう
横たわる愚か

顔は
浮んでいる
ほうぼうに顔が浮んでいる
余白


黙契

  樫やすお

人の影が
また私を迎えた朝だった

「さようなら」

朽ちたベンチが
おまえの居場所だ
だがそうやって目が覚めたときに
おまえがいつもそこにいた


(ここから消えてしまえ)
おまえはもはや肉声しか聞こえない
鉄柱をこする陽の音がする
おまえの行く先もまた
反転し続ける


(外部ではなくて内部から)
すがりついてくる肉声が
水上でわれた
それまでの視線から逃れでた私が
すでに包まれていた
それまでのほんの数瞬の間を穏やかな陽にあたり
おまえは
池の底に身をたくわえている魚類の皮を剥いでいた


(それは銃声だ)
足跡にそっと触れる 
地べたでもがきそこなった人間が互いの背中をさすりあっている
おまえを呼んで
皮だけでかろうじてつなぎとめられていた右手がぼたりとおちた熱を
おまえは感じた
ほらそこに おまえの足許に
窓の床がある
尾びれを
木陰で休ませてあげなさい


(わずかな位置をずらしあい)
吹き消された
水面に静もる雪のように
覆いかぶせてくる森の
繁殖がたまる
雨にぬれた羽がほぐれたときに
それもまた陽にあたる
葉をふるう薄靄の中を歩く
土にこぼれおちた何もないようなひしめきが
やさしいステップを踏んでいた


春の手紙

  ゆま


どなたか手紙を下さいませんか
見知らぬ私へ、届けて下さい

花びら一枚息もて吹けば
それが私の手紙です

あなたの眉間に、ほら今ついた
それは私の恋文です

お返事は、

大山桜の木の下に
私が見上げるその時に

間に合うようなら届けて下さい
私のゆるんだ口元に


祈り

  fiorina



かまどの火がはぜる 早朝のくりや(台所)で
家のあちこちに祭ってある神と仏に手を合わせる

ご飯が炊きあがると
真鍮の高台の小さな器に六つ
こんもりと盛り上げ
朝ごとに供えた
おなかの空かないらしい神様たちの残りを
温かいおひつの隅に戻して食べるのが
祖母と母の朝食だった

一年に一度
神や仏の道具はていねいに縁側に運ばれ
父の手で白い液体をかけて磨かれる
子どもたちも手伝った

傾いていく家で
思いがけない現金が残った年、仏壇だけが豪華になった

そんなにまでしても
不運は次々と家を襲った
世代が代わって明るい兆しのように生まれた子どもも
二つになったばかりで海に浮かんで発見され、
傍らにいた小さい兄が、心を病んでいる
暗い影は今も、大きな瓦屋根を覆っている
その周辺で諍いを重ねた大人たちは
皆仏壇の中に入って
祈りは形ばかりが残って

朝夕に遠く近く
手を合わせ続けた祖母と母
あれは何処に届いたのだろう

甘えん坊で怒りん坊だった私の兄は
悲しいほどやさしくなった


  *


異国の町で
私のあだ名は「ひとりぼっち」だった
バスの窓から家々の庭に見とれ、終点で降りると
決まって山道に一人取り残されている

けれども
木々の間から
深い瞳のような空が現れるとき
祖母や母の祈りが
祈りを知らずに育った私の上に
ふいに降り下るのを知った
走り過ぎるバイクの群れが
「ボン・クラージュ!(頑張れよ)」と声をかける

夕暮れの町におりると
行き過ぎる若いふたり連れが
「ひとりぼっち」と、ささやいては振り返る
優しくもなく 冷たくもなく


職人とブタ

  ミドリ



湾岸を行く高速道路を 車で5時間くらい走っていた
後部座席ではブタが眠っている

100円ショップで買ったブタだが
カフェオレもトーストも 毎朝きちんと食べるし
寝巻きと着替えの服と 歯ブラシを
いつもリュックサックに入れている

海峡を横断するあたりで彼のケータイに着信があり
ちゃんとブタには彼女だっているのだ

しかしブタには帰るところがない

サービスエリアで トイレの脇にあるゴミ箱に
ブタを右手で深くつかんで 投げ捨てようとしたが
丸顔のくせにけっこうヤツは 恐ろしい目をして

「俺をそのゴミ箱に投げ捨てるのはいいが
 それにあたって俺にもさ
 ちゃんとした十分に納得する説明や
 それを受ける義務と権利がある
 つまり インフォームド・コンセントというやつだねと」

マルボロを吹かしながら ゴミ箱の上で
ブタは上目使いに僕を見上げながら言うのだ

サービスエリアのレストランで
僕らは向かい合わせになって昼食をとった

嫌な食べ方をする
ブタはまるでポリタンクだ

食後のコーヒーを飲んだ後
僕らは再び車に乗り込んだ

バックミラーでブタを確認すると
彼はヘルメットを被っていた
そこにはゴシック体の文字で
「安全第一」と そう書かれていた

160キロほど出ていた車のスピードを
アクセルを少し緩めると
彼は再びヘルメットを脱ぎ
ぐうぐうと物凄いイビキを立てて眠り込んだ

目的の街に着いたのは
予定より遥かに遅かった
陽はとっくに暮れていたし
メインストリームの商店街のシャッターも
ほとんど閉まっていた

車を止めると僕は眠っているブタを担いで
知り合いの工場に向かった

油のしみついた店の壁と
乱雑に転がるいくつものコイルのある工場
施盤やボール盤 グライダーや金型などがあり
立てかけてある壁の試作品

「すまんが コイツを”溶接”してくれないか?」
僕は担いでいるブタを 背中で揺らしながら
知り合いの職人の男に頼み込んだ

「不可逆的で絶望的で 世界との繋がりに遮断された断絶
 死の観念だけが残り 意思や感情が 完全に消えうせ
 信仰や疑いすらもない つまりそいつを俺に ”溶接”
 しろってことかい?」

僕はゆっくりとブタをコンクリートの上に下ろした
そしてブタの体に
愛や真実が この工場の中で
溶接され 溶かしこまれていく様を

深夜の2時頃に至るまで
横で一緒に 付きっ切りで見守っていた

仕事を終えた職人の男は
「明日の朝
 こいつが ブタが目を覚ますまで
 俺たちも少し眠ろう」

彼はうす汚れた軍手をギュッと脱ぎ捨てながら
こちらに顔や目さえ向けずに
僕にそう言い放った


東京/シリウス

  Nizzzy


目は覚めているか?
東京 この都市のどこかで
紫の服を着た聖母が歩いている
黒ではなく赤く
 濡れた 路上の端で
寒椿の花がひとつふたつ 
落/堕下している
東京の、
一番高いビルが審判だ ここは
法廷だ 自由法廷だ
その中で山手線の動く音
が、骨音だ
サラ地に生き残した断罪者があげる 六腑
 のシシュウだ
メトロのドアを開けるんだ
腕の無いエイズ患者にどうしてみんな気づかない?
雨だってこうやって降りしきっている
丸ノ内の地下のパイプラインに
彼らの血がはいっていない
 と誰が言えるのか!
魂とクビキのある法廷の中では
曇り空の方が、真実よりも青く醒めている
皇居の庭にコンビニのビニール袋が 
風に舞っている
なにかひとりの鬼になる だれも
 いない
そうだ、すべては胴体の中に
 あるフィルム・センターだ
鼓膜と虹彩をモンタージュしろ
民族の記憶とやらをペーストしてしまえ!
群青/像を重ね合わせて、行間をアジテートするんだ
そこがマドだ 全ての日比谷ビルディングスの
ガラスを粉々に砕いてしまえ!
それを飲み込んで涙にかえてしまえ
シリウスだ、3つの
 シリウスだ
局所に点在する(身体)を反乱/氾濫せよ
シリウス、シリウスなのだ!
それは都庁の影に隠された数多くのシリウスなのだ
審判に向かえ 本当に空
 があるうちに
そのドアは明けのうちに開かなくてはならない
見るがいい、
道脇の安全柵は逆立っている
まるで機械にうばわれた海の呪いだ!
その呪いの下で黒い犬が1匹
 腐りかけている
雨だってこうして降りしきっている
聖母の左手が金を握っている
腕の無い患者たちがビルディングのマドに
 写/移っている
覗き込むがいい、
アスファルトの上で、土に還ることのできない
子犬の瞳を 青醒めた腐肉の
中を舞う にごったビニール袋を
それは鬼のような俺だ 篝火だ!
シリウス、
 シリウスなのだ!
すべての骨に降るシシャの雨だ!
すべての涙に塗られたウィルスの空/殻だ!
すべてのシリウスだ!
すべてが東京に流れる記憶の
 動/胴乱なのだ


月とドーナツ

  

銀河鉄道999の定期は 地球-アンドロメダ 無期限 である
だからどこかのターミナル駅で途中下車し 
銀河鉄道の別列車222の通勤列車に乗ってもよい
それでメーテルと別れてしまっても
メーテルは実際 何かを言っているようで 何も言っていない
だからと言って メーテルを責めるわけでもないけど
長い金髪のメーテルはヨーロッパ人でもなければ革命的なアメリカ人でもない
母さんでもないし だいいち殺された母さんの仇はとっくに討っているのだ
いまさら地球に戻る理由もない
銀河鉄道999はそもそも機械の身体を手に入れるために乗っているのだから
そんな非人間的な野望を抱いたばかりに鉄郎はかえって命の危険に直面するのだ
だいたいどうして列車の食堂にラーメンがないのか?
鉄郎はラーメンを食べることこそ偉いことなのだとどこかの惑星の人間味のある男に教わった
彼の言ってることは味だったがそれは自分でラーメンくらい作れということだった
そこで 鉄郎は 
地球-アンドロメダ 無期限 の定期を売り払い
地球-アンドロメダ 800年 の定期に替えてもらった
それでもお金はずいぶんと余ったので
銀河鉄道666の各駅停車に乗って
のんびりとして景色のよい田舎に家を買った
昼過ぎに庭の手入れをした
そこから採れたハーブを自家製のカレーに入れ母さんを思いだした
沁みわたった牛肉とともに
夕闇に涙してすこし懐かしいと思った
女の子が来たら紅茶とドーナツをふたりで食べた
むかし別のある女の子はシュークリームをくれると言った
その女の子はけっきょく通勤列車に乗って別れてしまった
鉄郎はハープの草を嗅ぐとき
その別れてしまった女の子が作ってくれたかもしれない
きつくて甘いバニラエッセンスをたまに想った


ほころぶひとみ

  樫やすお

ペダルを返してく
橋の下で車輪が転がって
そのままうろうろと水草が揺れているあたりまではまりこむ
固い手すりにこすれた手でもちあげようとしても
あがらない
水辺が日と移り
絶え間なくマンホールに転ぶひとたちが
朝に
私んちの木を折ってった
水がしみてきて
これもまた
立ちあがろうとしなかった


(古い牛乳瓶を拾う)


そのかすれた緑色の文字は
夏に歯を見せあって
私の知らない遊びが
ぶちわっているオタマジャクシの
目のない顔を
少しだけわらい
思いがけず集められた河原でながいこと
殴りあっていた


(ペンキのしたの廊下でぽしょり)


すたすたと歩く先生の跡から
ふるえている
土管のなかでのように輝くしずくを点々と
しぼり
すべて干されてしまうまで
音がする

見送った


(夜が近づいているよと言われた)


胸がすっと
風にのり おくれ
遠くのガレージで
シャッターのしまる高い「音がする」

私がハッとして
見ていた


「ラフ・テフ」の晩餐

  ミドリ



「オイ!お前 バナナを鍋に入れたのかね?」
カンガルーは僕に 偉そうに威張って尋ねた

いま厨房の隅っこで うずくまっているエプロン姿のメンドリが
彼女がさばいて入れたのだけど
「はい 入れましたよ」と 僕は答えた

すまないが俺も一緒に その鍋に入れてくれないかと
カンガルーは僕の目をまっすぐ見つめて言った

「構わないがアンタ 体重は幾つだ?」というと
カンガルーは目を伏目がちにして
自らフライパンの縁に足を掛けた

「ちょっとスマンが お尻を押してくれないか」と カンガルーが言ったので
僕はボンって カンガルーのケツを踵で蹴飛ばしてやって
鍋の中に押し込んでやった

バナナの皮に包まれたカンガルーは
サラダ油にまみれ グツグツと煮込まれて目を瞑っている

メンドリがコンロの傍にツタツタとやってきて
火力のつまみを右手でギュッと全開にひねった
ボウっと上がる火の前で
メンドリは僕の目をみて キュッとウインクしている

その晩
「ラフ・テフ」の住人たちに振舞われた料理は
「バナナとカンガルー」のソテーだった

「ラフ・テフ」の 大きな施設の中庭で
動物たちの歓談に 華が咲いている

僕は見ていた
アルマジロがカンガルーの背肉にナイフを
起用に差し入れて
パクリと口に運ぶのを

そして建物の中央玄関のガラスドアーの前で
メンドリとテリア犬が女同士 額を寄せ合って
何かをコソコソ 話ししているのを

カフェバーでピアノ弾きたちの椅子係を務めていた
あのカタツムリが
ノソノソと僕の傍にやってきて
耳たぶ裏側で 舌打ちのようにつぶやいた

「サイコーだろ 彼女って」
「へっ?」て 僕が振り向き 訊きかえすと
カタツムリはあの厨房で働いていた
エプロンのメンドリのあどけない顔を 遠い目で見つめながら
なんだか にやついていやがる

「妊娠してんだよ アイツ」と
カタツムリはそう言ったあと
少しうつむいて 「今の仕事じゃくっていけないんだ」と
奥歯をかみ締めるように 悔しそうに言った

建物の前で
メンドリと別れたテリア犬が
中庭の芝生を突っ切るように
まっすぐ僕に向かって走ってくるのが見える

僕の胸にボンって彼女はぶつかり 跳ね上がった
前髪を上げて「ごめん」って言った

「何だいって」僕が訊きかえすと

昨日のクジラのことと それからカンガルーのこと
まだ みんなに「シーっ」てしててほしいの

彼女は僕の顔も見ないで
複雑な瞳の中に照りかえる光の
中庭に一面に広がる 青い芝生を

瞼の裏側に閉じ込める様に じっと
少しも動かないで ずっと うつむいたまま
黙り込んでしまった

中庭の中央に目をやると
さっきのカタツムリがアルマジロに
グゥーでみぞおちあたりに 軽くボディーブローを入れる真似事をしている

「アイツ等 飲みすぎなきゃいいがなー」と
誰かが僕の後ろで 肩に手を置いてそう言った

振り返ると
あの背の高いカンガルーが スモークを斜に咥えながら
煙たいものを 僕の鼻の頭に 
プッハーと撒き散らすように吹きかけいく

カンガルーの
彼の目の奥の表情は 濃いサングラスの中で 何を見ているのかしれなかった
ただ お腹のポケットの端っこから サラダ油がヒタヒタと零れ落ちる音が
乾いた音で 芝生を鋭角にヒタヒタと叩きつけていた


六畳の墓

  Tora

仕事を早く終わらせて無言のお帰りの待つ殺風景な部屋へ
途中寄ったコンビニでビールを買う
無関心なTVのスイッチを押し
4000円で買った中古のソファーに座る

酒に強いことを熱帯魚にまでも自慢していたのは昔
熱帯魚は死んでしまったし
俺の手足は痺れちまっている

痺れた手足が伸びていき
もしかしたら
君の手のひらまで届きそうだと
錯覚しても 注意してくれる奴はいない

酔いが醒めて 手足が縮み
現実を見つめれば
俺の手のひらには何の感触もなく
君の香りもあるわけがない

「夢は夢でいいじゃない」と
誰かの慰めにはっと息を呑む
いつのまにか俺の愛は
慰められる対象になっていた

情けない

握りつぶした空き缶を投げ捨てて
裸足で部屋から飛び出した

外は熱帯魚の死骸でムンとしていた


勤続

  りす

勤続十年で表彰された
女の子の
深海のような笑顔
頭上から降り注ぐ
「当社への多大なる貢献」は
すりきれたパンプスに踏まれ
窒息している

冬瓜のようなふくらはぎを走る
ストッキングの伝線
辿ってごらん
伝線を道なりに行けば
スカート 群青の丘を越えて
ブラウス アイロン皺を突っ切って
おかっぱ 掻き分けて再会する
「全社員の模範となるべき」
深海のような笑顔

タイムレコーダーのジジッ
ていう音が好きなの
いたずらっぽくウィンクした
永遠に勤続する
女の子


セメンダイン

  Nizzzy


かあさんが言ってた、樹がはえたんだって、
私のぬけたところに、彼女はうごけないんだって

セメンダイン、平行線、彼女の筆跡、
はりつけてしまったら、水晶みたいにみえた

雪原、からだの、何もないところ
流れでて、うばいあって、うめあった場所

私がいる、からだの、何もないところ
セメンダインくっつけて、霧のなか、
なんだってかまわなかった、水晶みたいにみえた

かあさん 僕らから、オオカミは翔けていった
並びたつ木々が、ひとつずつ、とおく、黒く、流れていった

遠ぼえはいってしまった、どこかで、煙のにおいがした

赤い樹、彼女の、うごけないところ、
からだのぬけたところに、私がうめた場所、
セメンダイン、平行線、彼女の、筆跡

そして冬になって、僕らから、なにもなくなって、
むかし樹のあったところには、雪のおとだけがしている

しみこんでいく、セメンダイン、かたくなってしまう
はがそうとして、爪のばした、低くうなりながら

うごかない、彼女の、思いだせなかった場所、
流れでて、うばいあった、私のところ

彼女の、からだの、なかったところ


静止

  軽谷佑子

野を更地に剥き
木をたおし眠っている
こどもはたおす木の
もと

知らぬことをみずにつみあげる
鳥がわずらわしくひどく気にさわる

またたきのうちに
うばわれる日踏み
つぶすはなふさ

縛りをはずし
切り刻みわたしはよく
うたう知りながら吹く


野を更地に剥き
身をもどせ眠っている
こどもは木の
もと


地の船

  樫やすお

地底はあつく盛りあがり覗きこむようにしていた
船室のカーテンがどのようなリズムで揺れるのかそれだけが心配だった
うずしおを手の中でまるめ
私は更地にこぼされた砂粒をふみつけた

まあたらしいジャブローの水を
爪の先にあてがっておくと
ひとりのゆるがしたまなざしが
遠くもってゆく
もちこたえて
泥から与えられた尖った指先が
水上に描かれた文字がこぼれるとき映しとるほどに
精密な「水浴」について
囁きかけていた

私は線上に転覆してゆく船腹の横に隠れて息を継いだ
そのときは見つめ返すだけだったから
色の抜けた水面がうち混じれて
重なり合ってくる
空と空
に耳を傾けて落ちていた

額に息を吹きかけるように
めくれあがる葉のうらの一枚一枚が
流れにひたされて
魚類の粘液がその気孔から洩れている
私の虹彩にすりこまれてくるこれらの残像が後からするすると抜け出して
波の上を濁らせた

複眼レンズで捉えられた穴のない裸体のようなものが浮かびあがり
喫水線を呑みあげて
粗い光がその隙間を埋めている


(わるい思い出でなければいいのだが)


もう動けないくらい私は足を地面に差し入れて
たなびいている桃色の花弁を
鼻先に吸いつけた
新聞紙が燃えつきてゆく速度で滝を啜る遺伝が私に与えられ
ほんとうにそういうものがあればいいのだが
いまはそれも洩れてしまうから仕方ない
いつかの浜辺に打ち上げられていたまだ腐肉のついている鯨骨がそのときに現れて
その眼の在った部分が赤くひん曲がり
私をよこめで睨みつけて
風の中に消え去った

こうしてテレパシーというものがレールの軋む音の後に感じられ
私のような受体に垂れ流されてくる
これらの喚声が
次々に波の上を濁らせた
それらは黒い浮腫のように水面で詰まり
時折森の鳥たちが啄ばみにやってきた


(めずらしい歌声を持っているな)


鳥たちの囀りに気づくまで
私は立ちつくしていたのだが
いつしかこのうすい胸の動物を強く握り締めたいと思いだし
一足毎に重心を移動させていた
そのたびに土塊が植物を纏いつけてえぐりだされ
私の叫び声の代わりに喉の奥から多くの原油が溢れ出した


 *


鳥たちの眼は黒い沼のように吸い込まれている
憔悴した後の足がさらさらと水をたどり
樹木のようになった私は
鳥たちの屍を上空に繁らせた


夜の転移

  りす

送電線を渡っていく黒い片肺
夜を濾過するために眠りを捨て
置いてきた片肺を遠い声で呼ぶ
のっそりと玄関から出てくる私
たわんだ電線の間に身動く文字が
震えて声になる唸りを呼吸する
思い出した腰の下が夜を歩きはじめる


バス停 電話ボックス 私
似たような三体の空洞は
似たような三つの夜を迎える
時刻表 電話帳 新鮮な後悔
その近似値に光がさせば
正しく平等な朝がやってくる
それまでは夜の偏った濃度を舐めて
喉を湿らすしかないのだ


鼓動にあわせて手折る鉄塔
硬い先端はすみやかに嗅覚の蕾となり
香ばしい心室を串刺す針となる
シャーレに落ちる予め赤ではない血
私の標本が街に散らばる展覧される
電線をだらり垂らした押し花
枯れないための枯れたふり
仮死
私は理科室を内包して貧しい


欄干に頬を寄せて聴診する
岸と岸が交わす伝心の波
佇む影が残した熱のありか
河を抱いて私を抱かず
水をいつくしむ橋を蹴る蹴り
蹴らなければ
金属は私のように眠らない
金属は私のように甘受しない
軋みながら馴れて離れて
しばらくは人肌になる金属と私


遠く河口をふちどる光の粒
清潔な夢が海に落ちる港
幾千の眠りがのぼりつめて裂け
胸骨の裏側へ出航していく
汽笛が鳴ったか 鳴らなかったか
誰が乗ったか 乗らなかったか
振ったり 振らなかったりする手が
指紋を飼育する手であったと
忘れずに
冷たい欄干に言い含めておけ


輝く痛点を繋ぐ架空線を走り
船は波を潰しながら沖に出る
凪いだ水面に垂らした糸は
深海魚が不意に接吻してくる
懐かしい触りに震えている
深海でひいたルージュは光を借りず
つまり過去を返さない者の唇の強さで
声の門番として発光している
回遊している

  今こそ
  水揚げ 

唇を割って 
何が、
何を、
震わせるのか
私の閉じて尖った唇は
知りたがっている


港の灯が消えれば闇の遊びもない
視線が滲む温度の蓄えも尽きる
河は送電線から溢れた唸りを喰らい
向き合う岸を裂いてたしなめる
背骨に残る肉片のように橋にはりつき
私はあした聞きたい声を橋に刻む
赤く錆びて隆起する声を


ボンペイ・ブルー

  ケムリ

あなたが陸に上がると言うのなら
そんなの止める気なんかないのだけど
その時から海はジュネバーベリーの香りになって
手を繋いだ幼い二人が落っこちてきた

枯れた歌が針葉樹から降り注いで
福音の中戦ぐ獣たち もう花は咲かず
醒めた体温を泳いで 白骨を砕いて呑むのなら
それはきっと正しさに それはきっと正しさに

海辺を走る最後の獣
大陸が離れていくリズムで
もっと光をと深海へ落ちていく
あなたが陸に上がるなら

千切れた緑の匂いに蒸せて
そのまま走り出してきてしまったんだ
針葉樹の香る酒を飲み干して
青空の結晶をポケットからこぼした

塩化反応の燃える海の
離れ小島であなたが眠っている
声も無く沈んでいく歌を
繋ぎとめるみたいに

枯れた手のひらで滅ぶ獣たち
落陽は声もなく 音もなく
空に掻き抱かれ眠るひかりさえ
それはきっと悲しさに それはきっと悲しさに

あなたが陸に上がると言うのなら
ぼくは優しく滅んでいこう
もっとひかりを もっとひかりを
それはきっと愛しさに それはきっと愛しさに


対話

  蝿父

 
小春日和に叫びたい沈黙が溶けだした琥珀のように木々のあいまから
わたしの体を塗り固め身動きがとれない幸せに肌をあわせて気付きました

寒空から見上げた
どしゃぶるの中
深々と鳴るの中
あなたは叫ばず黙々と
いつの日か空へ飛び立つために両手を広げてらっしゃる
長い年月をかけ悠々とした足取りで休まず歩いてらっしゃる
仏頂面に隠された
その胸のうちをなんぴとにも知られず今日も森々としてらっしゃる
幾世、幾月。当たり前のように今日も森々としてらっしゃる

ひとつの
はな房を芽吹かせる為に
どれだけの山を削り
悠かな大河を飲みこみ
眩暈のする億年の刻をかけて
何光年先の小宇宙から黄金律を捻りまげ観せたいの一心で辿り着いた蕾に震える両手
この日を迎えて頬を染めながらも仏頂面はやめないのですね
たまには慌てて飛び退いてみなさい!

わたしはわたしだ
この先、あなたが土塊になったとしても
わたしはわたしだ

と聞えてきそうな叫びたい沈黙は溶けだした琥珀のように木々のあいまを伝い
わたしの体にとめどなく降り荒び泣きじゃくる最初のひとしずくを戴きました

桜樹の下にできた真空地帯で

 
 


陽だまりのマリー

  atsuchan69

英国式庭園の花たちのいろは 乱暴
きいろ うすむらさき 赤、 アカン 
うちはもう 戻られへん あんたの所為や。
マリーは そう言って、立ち上がる、
白いタープ 木陰のテーブル 高価な陶器に秘められた 
インド行きの船 渋く涸れた紅茶と 焼きたてのスコーン、
きらびやかに香る 自家製ママレード たっぷり。
まるで僕には 不条理な 問いそのもの しかし、
ミルクが先か 紅茶が先か 答えはついに
判らなかった。それでも 去年の春、
土筆のはえる なだらかな丘の斜面を からだが火照り、
ふたり 転げて、あおいだ 空。
そよ風の愛撫 僕のイゾルデ とささやくと あまい息
名も知れぬ 草花の数ほど たくさんの口づけ くりかえし
マリーは僕の胸 やがて小鳥が囀るように、
わたしの トリスタン 死なないでね そう言った。
(そのとき、僕は 落とされた ダントンの首 をイメージした)

コンバーチブル、ふたり ならんでサングラス。
君はフェルトの帽子をふかく かぶり、
ナイト&デイ ♪口元の笑み 謎めいて
高速道をひた走る 異教の信者 ふたり この世界をはなれて
すぐそこに きらめく漣(さざなみ)が 見えていた、
自由が かけがえのない夢が
うちよせている 彼方・・・・

眠気をさそうほどに つづく 言葉のられつ
まだそこに陽だまりがあった、
クォーツの秒針をきざむ 胸の鼓動
マリーは泣いた 泣きじゃくり、やがてしくしく
泣きながら 僕じゃなく きっと 別の何かをみつめていた。

マリーは家にもどり 権威ある
ウインチェスターM73 を連れてきた。
撃つわ、覚悟して!
砕かれた ウエッジウッド ふきとんだ格式、
こっぱ微塵。午後のけだるさは あえなく 舌をながく垂らし、
神よ!
ああ、ここは特に【mediocrity】凡庸な表現です、お許しを・・・・

――穏やかな 陽だまりに くっきり 青い影をのこして 死んだ――

そして僕は とっさに、やむなく 紅茶が先だ と答えたのだ。

連れ去ったんじゃない、きみが僕を 連れ去ったのだ。
ああ マリー、ずいぶん 遠くまで来てしまったね、
もう サングラスも 帽子もいらないよ、
最初から、この愛に  隠すものなど要らなかったんだ。
その時、合成された音声 ナビのささやき、

 この先 700メートル前方 海です

ああ、すぐそこに ほんのすぐそこに
途方もない ひろがりと、あらぶる大波のしぶきが襲う 自由 が見えていた。
どこまでもつづく 砂浜 さまよう足跡
乱暴な想いが 寄せては引き 果てしなく うちよせている。
つよく輝く マリーの瞳に映る 僕じゃない 別の何か
そう、ただそれはあまりにも儚い 「永遠」
一瞬のことば 詩 ごときもの。


一つ屋根の下

  ミドリ




星が普段どおりに頭上にあって
いつもと変わりのない夜だった

カモミール茶のために お湯を沸かしていると
キッチンで女が 後ろから抱きついてきた

「子供を産む」と 彼女は俺の背中で言った

南の島で出会ったこの女と
俺は自然に 終われればいいと思っていた

素朴な暮らしがいいと
ワラビーの目みたいにこちらを見つめ

女は
「もう お腹の中にいるかもしれない」と言った
彼女がいつも胸に突きつけてくる問いや疑問は
俺にとっちゃ いつもささいな問題であり

適当にあしらっておけば
その会話の流れは また自然な時間を見つけ出し
納得済みの日常へ
いつでも心軽く 帰れることができた

世界がきっぱりと
ある時点から変わることがある

女の体調がどうもおかしい
営業事務の仕事も休みがちになり
昼ごろまで布団に入っていることが多くなった

仕事が生き甲斐で
いつもきちんと部屋を片付けていた彼女が
ある日を境になにもしなくなった

部屋から出てこない
激しく吐くような嗚咽が
何度も部屋の奥から聞こえてくる

女は
これまで何を考え 思い生きてきたのだろう
とても辛かろうことや
人のにはとても真似のできないことを
易々とこなしていくような女だった

その彼女が
いま部屋から引きこもり出てこない

会話を交わすことさえ
困難になり
この先 人生をともに過ごすつもりもない女との
こうして一つ屋根の下での暮らしが
始まりを告げていった


華カマキリ

  紀取

花は群れて咲く
実は地面の下で繋がってる
だから花は安心して空も人も陽も

ハナカマキリ 独りで生きる
根無しは肉を求めにうろつく運命
蝿を噛んだ顎の動きを再開しよう

花は散る
疲れたら美しさを脱ぐ
草木としての本質が花も美も花

ハナカマキリ 死ぬまで咲く
幾千の屍が彼を花に
幾千に食われた幾万肉が彼が花か
前脚をだそうか

マレーシアとかで
うるさいのか しずかいのか
誇りで生きる

独りで生きる


すみれの歌

  angelus-novus

あなたに向けてはなします……
あなたはだれかしれるものではありません
それでもあなたに向けてはなすほかにしようがありません
それは
呪い

した

すみれが傷んでいきます……
だれも知れる事はできません
ふか
のう
せい
はとてもとても、とても強く、存在がな
くてはどうしようもないと
誰も知れません
知れないのです
誰も
誰も……

すぎさりませば誰も彼もがふり、
かえって誰も糸にむすばれていました
きってもきってもきれないのですが
ときはすぎさってしまうので
みんなが
唖になりま


(あの人は旅先で死にました。
 浮かれていたら自動車に轢かれたのだそうです。
 最初の手紙を待っていたらそれが死の知らせでし
 たので
 こんら
 んしま
 したた
 るちが
 おもいうかんで
 ないぞうがとび
 ちっていったの
 でしたらばあの
 人の恋人は、ただ戦後の詩ばかりを読み始めました。
 せまかったしことばがとじないので
 かのじょはむりやりことばをとじて
 しまいまし
 た
 。)

すぎさりませばだれ彼といわずに
いたんだすみれのうえをおどって
至るまでのときを白い疵のついた
いつまでも枯れないすみれの上で。


ストロベリィ・オートマチカ

  今唯

―体内仔ども 死んだから―
く だ さ い 」        クル…
廻され           (悦びです…
   やわらかに         クル…
        廻され  (気持ちいい…
           とけてゆく クル…
                廻され
                 クル!
わたしのからだの深部に     (だれ?
聖龕現れ           (だれの?
ストロベリィの予感して     (わっ
                 クルー
まきこまれ         (酔います
     廻され         クルー
ください    とりこまれ  (吐くっ
もう           廻され クルー
クルクルクルクルクルクルクルクルクルクル
わたしの            (……ウ
体内仔ども 死んだ        クルウ
か  クル              !
 ら  クル             ?
  だ  クル            ?
   奥で聖龕膨らみ     (だれの…
廻され わ  クル      しめやかに
 廻され た  クル      安らかに
  廻され し  クル      密かに
       老いてゆく、老いてゆく、老
           クルクルクルクルク
            クルクルクルクル
             クルクルクルク
機械を想像妊娠した
そこ 体内仔どもが居た場所に
聖龕現れ 奥で膨らみ ストロベリィの予感
そう
だれとの性交もなかった
永遠の自慰 それは
機械の楽園を絶え間なく整備すること
?失われた仔ども
帰ってくるかもしれない?
ストロベリィ・オートマチカで 秘密の……
              クルクルクル
               クルクルク
                クルクル
                 クルク
                  クル
「つ ぶ し て           !

文学極道

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