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Tora

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


六畳の墓

  Tora

仕事を早く終わらせて無言のお帰りの待つ殺風景な部屋へ
途中寄ったコンビニでビールを買う
無関心なTVのスイッチを押し
4000円で買った中古のソファーに座る

酒に強いことを熱帯魚にまでも自慢していたのは昔
熱帯魚は死んでしまったし
俺の手足は痺れちまっている

痺れた手足が伸びていき
もしかしたら
君の手のひらまで届きそうだと
錯覚しても 注意してくれる奴はいない

酔いが醒めて 手足が縮み
現実を見つめれば
俺の手のひらには何の感触もなく
君の香りもあるわけがない

「夢は夢でいいじゃない」と
誰かの慰めにはっと息を呑む
いつのまにか俺の愛は
慰められる対象になっていた

情けない

握りつぶした空き缶を投げ捨てて
裸足で部屋から飛び出した

外は熱帯魚の死骸でムンとしていた


泥道

  Tora

六畳の墓に供えられたアルメリアを
ムシャムシャと食べた
鉄分の赤が鼻にツンと抜け
「そろそろ行かなければ」と
俺は墓から這いずり出た

腐った六腑を落とさぬように
軽く酒をあおり 軽くお辞儀をしながら 
賑やかな商店街に辿り着く
「いらっしゃい。新鮮な五臓はいらんかね?」
ああ 新鮮ならば きっと思い描いていた場所まで行けるかもしれないと
ぬか喜びしそうになるが 俺にはもともと五臓が無い
「五臓は欲しいが入れる場所がどうもないのだ」
すると店主はこういった

「その六腑を捨て そこに五臓を入れたらよろしい」

俺は「ソレを捨てる事はできないよ」と店主の肩をポンと叩き 商店街を後にした



腐った六腑を落とさぬように
歩く表通り 歩く歩調そろえ
赤煉瓦の病院に辿り着く
「顔色が悪いようだ。六腑を検査しましょう」
ああ 道理で体がだるく 目に入る文庫本が全て小型犬に見えるわけだと
六腑を差し出そうとしたが そういえば俺には保険証が無い
「明日の雨空に虹を見たいのだが保険証が無いのだ」
すると医師はこう言った

「いや明日は快晴に違いない。きっとそうだ」

俺は「青空の下の泥道もいいかもしれないね」と医師の両肩をポンと叩き 病院を後にした


ぐねる ドプンと

泥道に 六腑が落ちる


そういえば俺は何のために此処まで来たのか 思い出そうとしたのだが

ぐねる ドプンと

赤絨毯の上に 記憶が落ちる

いつのまにやら辺りは大観衆 歓声に応えようとしたのだが
良く聞くとそれは 罵声だったのだから

ぐねる ドプンと

六畳の墓に辿り着いた俺は
ヌルリと穴に這いずり込んだ
大勢の大観衆が歩調美しく去った後
見たことのある少女がやってきた
彼女が添えたアルメリアが
どんな味だったのか思い出すことは出来ないが
彼女のまるで恋人に見せるかのような虹色の涙は
俺の五臓六腑に染み渡った


大観衆が去っていく途中の
雑草すら生える事を許されていない泥道で
彼らは不思議そうに 朽ちた六腑を眺めている


ララパルーザ

  Tora

日射病の前頭葉をハンカチで拭いながら
反り返ったガザミの匂い縫い込んだサラリーマンが垂らす竿の
その先280km一日遅れで新聞を読む人々の住む孤島から
おいこらせとやってくる老婆の背負い籠は80kg
魚は全て死んでいるのだし
仲間も皆墓石のように冷たい
いつものように3番目の街頭の下に風呂敷を広げ
潰れたカサゴのような体をはめ込み終えると
老婆は項垂れたまま小さく「買わんねぇ」と息を吐いた

老婆には脛が無かった

時折爆風のような排気ガスが老婆を襲うが
茶菓子にもならんばいと言いたげな眠そうな眼で
薄らぐスモッグめがけてただ「買わんねぇ」と語りかけるだけだ
若いカラスミ売りが時々やってきて
老婆のテリトリーを犯す
露出狂の乳房の谷間には札束が埋もれて
老婆が3度まばたきする間には 意気揚々と帰っていくのだが
老婆のつり銭籠が満杯になる日は決してなく
いつものように7本目の街灯の前 ファーストフード店の
割引チケットを手にした行列が 途絶えることも決してないのだ


俺は遠く280km先の郵便局員にも聞こえるように
すう はあ すう

うまか魚ばくれんねぇ!

と叫ぶのだが
やはりつり銭籠は満杯にはならないし
老婆にはもう背びれが生えてしまっている
一瞬ぶるっと背びれが震えたのは確かだ





玄関の扉を開けると
遅かったねと母が俺から魚を受け取る
3畳ほどの台所で腐った魚と泥を煮る母の
両の足に脛は無い


ガリレオと八王子駅前で

  Tora

午前と午後が見事に溶け合って タバコを買いそびれた深夜に
八王子駅前の雑貨屋のシャッターを思い切り蹴った
振り子のように行き来する列車に
乗車拒否されたような気がして 泣いた
涙しても顔が引きつる事は無く 
汚い 汚い
コインランドリーでグルグルしたい

待ち合わせの時間が近づく頃
歩道は首輪のついたヤギで溢れかえり
「銘々がメィメィ」とうまいことを思う
感情は大聖堂の鐘のように左右に振れ
いつでも ご陽気だ

久しぶりの再会だったのだから
喫茶店ぐらいには入りたかったが
車道を渡るのが面倒くさくて
二人して ヤギに紛れて駅へと向かう

「明日へ向かったのだから 過去に向かうのは自然な行為だ」

「生きる意味を求めたのだから 等しく死をも求めるのかい」

「いっせいのせ」で駅員を振り切り走り出し
3番線ホームまでのその見事なフォーム
見とれる観客を尻目に二人はダイブ
勢いあまって反対側ホームに着地
「そういえばさっき面白い事思いついてさ」
俺の話に彼は大いに笑い
「くだらないね」とつぶやいて
俺たちはフサフサとしたヤギになって
快速列車に乗り込んだんだ

雑貨屋のへこんだシャッターは翌日には綺麗になっていたし
3番線ホームには「ダイブ禁止」の立て看板
どちらが底へ早くたどり着くかの競争も意味を無くした頃
午前と午後は再び綺麗に分かれた

とても良い日だ


ガリレオと横浜駅裏で

  Tora

あなたの幸せと交換にくり抜いた私の右目は
ガリレオの描く放物線で見事にホールインワン
翌朝の新聞では
「リラックスして臨んだのが良かったと思います」
嘯く彼にも新聞にも真実はない
そんなこと よく わかってます

本日私は自分の幸せの為に左目をくり抜きます
自ら描く放物線は深いラフの焼却炉の中へ
心細くも繋がった黄色い視神経は
チリチリと燃えながら 遠い穴を眺めている
やがて闇となる私の脳内では
「結局これって穴の中と同じなんじゃないか」
「それよりもソメイヨシノを見に行こう」
等などと答弁が続き
結局採択された答えは「眼科へ行こう」だったので
20%OFFの革靴を履いて外に出たのですが
ポッカリ空いた両の眼窩に注がれる
恐怖や哀れみに私は少し 身を縮めるのです

「シュウマイでも詰めんさい」
そう言ってガリレオは しゃ しゃ しゃ と 笑う

ひゃ ひゃ ひゃ
彼のようにうまくは笑えない

だけども私は今生きている
そんな事が幸せと呼べるのか
彼に聞いても 笑っているだけで





それにしてもまあこのシュウマイは遠くまで良く見える 
という事は言わせていただきます


祈り

  Tora

私のこの手首は 燃えるゴミなのか燃えないゴミなのか
資源ゴミではないという事
そして もうすでに異臭を放っているという事だけが
隣人にまで知れ渡る
今日とはそういう日なのです





電信柱の影 黒く煤けたお地蔵さんに手を合わせて
「明日はUFO見れますように」と祈りを捧げたり
坂を転がり来るオレンジを拾い上げ
「ずっと前から転がり来ると思っていたよ」と
彼女を弄ぶような事が少し恥ずかしく 面倒にもなった頃には
電信柱の影からお地蔵さんは姿を消していた

皆が皆 UFOを見てしまった という事なのだろう

祈る事が無くなったのだから お前にもう用はない

腐敗が進む手首を切り落とし
私は少しの安堵感を得た


異臭絡みつく電信柱を曲がり
狂信者集う安アパートの
不釣合いなエレベータのドアが開く
中には好々爺
「お前は命の重さを何だと考える!」と怒鳴り散らしている
私はさらりと「重力なら感じることができますけどね」と
5Fのボタンを押した
好々爺は屋上を目指し 私は部屋で 飯を食う
コンビニの弁当をさもさもと食べる
TVでは「安心安全」のオンパレードで少し胸が焼ける

タバコに火を点けようとしたが そうだ私には手首がない
「もう一度くっつくかな」と部屋を出てエレベーターに乗り込む
安アパートの玄関先には潰れた好々爺
「どうでしたか?重かったですか?」と尋ねると
「いやいや。リンゴと同じ重さだったよ」と
破れた声帯を押さえながら 好々爺は嘯(うそぶ)いた

電信柱の影 そのゴミ置き場にたどり着きはしたが
そこには見ず知らずの少女が 黒く煤けた私の手首に祈りを捧げている
私の両目は 私自身の所有権を決して認めぬ涙で溢れ
「禁煙するなら今しかないか」と 私もまた 嘯いてみる

安アパートに引き返し
私は好々爺の手首を切り取り
屋上へと駆け上がり
「UFOなんかいねぇよ!!」と叫びながら手首を投げ飛ばした

それを少女が追いかけてはいたが
「どうか未確認のままで」と
私は久しぶりに
祈りを捧げた



                              Tora

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