#目次

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2008年09月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


 八十八夜語り ー晩夏ー

  吉井

十八夜
 埃をかぶったオクラの
 しっぽ
 守宮

 So...good Good... Yes,use your tongue Great Yes,that’s it
 Great Don’t stop,that’s it... Great... You’re great Great
 Don’t stop,that’s it...

 そう
 やもりのような
 奴

 Great...You’re great You’re cute That’s it Yes,that’s it
 Great Great Great Great... Yes... Great... Yes... Great... Great
 Great Great... Yes... Great... Yes... Great... Yes,that’s it
 Yea... Yes... Another side,yes,lick it Yes... Yes...

 冷麦の
 ずんだ色に沈みこまされた
 紐

 Great... Think of it as a tasty thing It’s tasty! I’m so
 excited Is it hard It’s so hard What? The fluid is ouit
 It’s all wet I’m going in It’s in It’s in,isn’t it?
 
 冷麦の
 クリトリスに冷水浴びせた
 紐
 
 Spread your legs Yes,that’s it So good Can you feel it?
 Do you know it’s inside? Yes Really? I’ll go in more
 It’s so tight You’ll know as long as I’m in I’ll work
 hard

 冷麦の
 塩基に浸したコフキカラクサゴケの
 紐

 You just feel it and you’ll feel great It so tight Great You
 can feel it,can’t you? Enjoy it Enjoy being hit by a dick Do
 you know? Come on

 お祭りなんて大嫌い
 「そんなこと言ったって」「そんなこと言ったって」
 はやくあっちへ行って

 I can take an objective view of myself I’m different from you


とんぼ

  丘 光平


あなたの庭から
昨日が
 あそびにきます

わたしは 少し
赤くなって
 ことばをたたむと

昨日は
とんぼのように
 飛んでゆきます―


(無題)

  fiorina


【PARIS】



中世クリュニュー美術館で
膝小僧を抱いて床に座り
女性館員の説明を聞いている小学生の一群れがあった


 質問はありませんか?


促されて少年が金色の頭を傾けて何かを問うと
めがねの奥から女性館員が静かに答える
少年の甲高い声が中世をゆく
わたしは彼らに背を向け 羨望のパリを旅する
そして問い続ける
旅の間中わたしを幸福にし不安にしている美について


美術館の外で 明るい光を浴びるともう少年は問わない
彼が見たものを
けれど 夕暮れのまちまちで 公園で
無言の解答が彼を包む
郊外で 一つの庭や窓で 木洩れ日で
・・・・音楽で
駈けてくる少女の髪飾りの軽やかさで
レースのカーテンがやさしい重みで訪れを待つ部屋の
密やかさで

     
彼に囁く


 「美は怖るべきものの始めにほかならぬ」*


彼はゆっくりと目覚める
膝小僧を抱いて考える
ここに自分が付け加えることのできるものの
あまりに小さいこと
愛するほか 何も残されていないことを


彼は愛する
この人生を


いつかもっとも小さな断片が
苦悩と甘美さにまみれた彼の生涯として
少年の日に見た一角獣の不思議さで
街の尖塔にそっと付け加えられる日を


夢見る

        *註リルケ「ドゥイノの悲歌」から




【青い村の物語】


スイスとフランスの国境に
名の知れぬ青い花が咲き乱れる村がある
それはどの国にも属していない
わたしの村だからである


わたしが村長であることは誰も知らない
わたしが囚人であることは誰も知らない


「すべてのソリューション(解決)を美を持ってせよ」
これが村のただひとつの法律である


そこでは一日のうち3時間だけ人々が働く
労働人口の90パーセントは庭師
彼らは村内を遠慮がちにめぐり
家人とともに
花の手入れをし
樹の下で
たとえば新しく村に建つ家の
窓の形について議論する
窓辺にどの木を植えると
木洩れ日が最も美しいかについて


ある日
青い花の散る一本の小径を
郵便配達の自転車が一冊の本を積んでやってくる
すべてのソリューションを正義をもってした人の
わたしがそれを読み解くには
一生を2回生きねばならない
そんな本を
作者はわたし以外の人々のために
それを書いたのである


かつてわたしは
ベートーベンの恋人を羨望した
あえない時間に
音楽という贈り物を受け取り続ける幸運を


あるいは
辞書を編纂する言語学者の愛人であったら
と願ったことがあった
未知の言葉に遭遇するたび
辞書のページに彼が現れて
生真面目に講義をする


今わたしは
音楽よりも辞書よりも
幸福な待ち時間を受け取った


わたしの村では
みんな何かしらそのようなものを持っていて
待っている時間は決して腐らない
誰も忘れようとしなくていいのだ


いつか
わたしの愛する正義が深い疲労を感じるとき
この村に
わたしを訪れることがあるだろうか
村の入り口で車を乗り捨て
郵便配達に案内されて


その日のためにわたしは探す
千一夜の女のように 明日に命をつなぐうたを


いや彼はわたしを忘れ
一通の訃報だけが届くだろう
そして
村に青い花が咲き乱れる次の季節のために
わたしは明日生きることを欲するのだ


もいっぺん、童謡からやりなおせたら

  Canopus (角田寿星)


詩 って なんだろうね?
君がぼくに訊ねる
ぼくは 脱いだばかりの
クツ下のにおいを無心に嗅いでいて
君の問いに答えられない
君の目とぼくの目とが ゆっくり重なる

たとえば 早朝の草野球
主将どうしが試合前に握手しながら
詩 って なんだろうね?
という会話はしないだろうし
あるいは 帰りがけのコンビニ
店員のおねえちゃんが
付けまつ毛をパチクリさせて釣りを渡すとき
詩 って なんだろうね?
と話しかけはしない

思えば 結婚して10年になるけど
君とぼくが
詩について話したことは一度もないんだ

詩 って なんだろうね?
君は ぼくに今すぐにでも訊ねてほしい
その時ぼくはきっと
足の裏のにおいを嗅ぐふりをして
困ったような笑顔を君にむけるだろう
詩は たぶん
読んだり暗誦したり歌ったりするものなんだ
と 思うんだけど
ぼくはやっぱり君の問いに答えられない

ぼくら もいっぺん
童謡からやりなおせたらいいね
ぼくら幼稚園のスモック着て 手をつないで
廃墟に腰かけて空を見上げて
体験した戦争とかの
記憶をすべてうしなったままで
そして君とぼくは 詩の話をしよう
今ここには 君とぼくと詩しかいないから
夢や木の葉の話でも
故郷の大きな火山の話でもいい
そうだぼくは ぞうさん とか
みかんの花咲く丘 とか
それいけアンパンマン に
比肩しうる詩をいつか書くんだ
わけのわからないたたかいにわけのわからないまま参加させられて
今この瞬間に世界のいたるところで叫びごえひとつあげることなく
消えていくいのちがどれくらいあるのだとしても
それでも詩は必要なんだと
できるかぎり胸をはって

ねえ
詩 って なんだろうね?
ぼくは君に
ひとりごとのようにつぶやいてみる
君は子どもたちの世話とか
夕食の支度に忙しくて
ぼくの問いに
答えられない


勝手に埋めろ、人生

  DNA

わたしたちがいまだミシシッピ河で石投げしていた頃 きみがすでに埋め始めていた遠さのボールに記述される詩

1.

ねえさん、今日もぼくたちの波止場で一羽の記号が息をひきとったね

幾何学の身振りで生きながらえてきたきみのからだに 年老いた砂がまとわりつき

道行き、それは疾うにぼくたちの岸辺では役目を果たし終え

綴じられた<>のほうから穏やかな<>がまた漏れだしていく

(これもまた生/活なのだ)

ミジンコの眼球にぼくたちの一切の希望が映るはずもなく

ねえさん、死んだ記号の亡骸にそっとあの石を供えてやってくれ

2.

」空転する さかさまの硝子ペンで

縁どられた空には きみのねりあげた碧 がいまにも崩落しようとしている

(危うさ、とは無関係に交 差する二本の白線)

行き止ま/りはどちらですか?

記号の振り返ったさきで小さな性交が終わりを告げ

埋められたボールのほうで哀しみの羽化する音をきいた気がした

3.

中野の線路沿いの喫茶店で 向かい合っていたきみたちは 白いシャツのうえに 白さを溢した

夏の午前の陽光でぼくには何も判別がつかず

路上ではもう一匹の白さが干からびていた

(風はときに残酷な行いをし)

ちいさきものども、きみたちの悔い改めた翌日に記号は死/ぬだろう

ならば、せめて密航せよとねえさん あなたは云うのか

4.

見よう見まねで始められた分散する思考たち

きみからの短い手紙には一本の記号が杙を突き立てられ

「露出せよ」とただ叫んでいる獣の群れ

あまりの静寂のなかぼくは雨のさかさまに降るのをみた


流れ星のうた

  丘 光平



たとえば
一筆の白が
つみかさねてきた黒を
燃やしつくしてしまう そのように

のこり香もなく身投げした夜
あなたは 
あなたを辞めたのではなかったのだと


ひとつはふたりに分かれ
ふたつがひとりに帰らぬまま
なにが起こらなかった
なにが聞こえなかった


 かわいた夜半の
しずかな皮膚のした
張りつめた水のように
あなたは流れていた


胎動

  如月

 
海が広がり続けている
 
その細い指先で
海と空の間に
白い境界線をなぞって
あなたの鎖骨から
ささやかに流れる
沈みかけた太陽の裏側で
まぶたをとじている
星たちの、
さらさらとした温度で泳ぐ
木々のざわめく音によく似ている
波の揺らぎの
やわらかな呼吸で
結ばれていた、
ものたちの声とともに
遠くの海で
いつかまた
いつまでも
あなたの中で
眠っていたいと
 
広がり続けている
 
 
 


赤い鶴

  

深夜
窓辺で
キョウコの唇に
新しい色の紅をぬってやる
わたしの人さし指で
ちょくせつ紅をぬってやる

「ねえ、あたし、きれいかしら」

机の上に手鏡はあったが
指のないキョウコには
持つことがあたわない
窓にうつった
自分の醜い顔を見る

紅は
ちらと見えたキョウコの舌と
おなじ色をしていた

キョウコは
不思議な女だった
朝になるたび再生し
ゆうべのことをすべて忘れる

そんなキョウコにとっては
あらゆることが奇跡の連続で
不完全な身体であるにもかかわらず

「あたしは、なんてしあわせなのかしら」


こちらに向ける笑顔もひどく醜い

歯がないのは
退化してしまったからで
キョウコは
なにも食べずに成長できるのよ
不潔ね

そう思いながら
折り紙を折る







さまざまな色の花が
わたしの手のひらで咲く
さまざまな色の獣が
わたしの手のひらで産まれる
そしてわたしの意のままに
花が枯れる
獣が死ぬ

キョウコの身体は不完全だったが
そのために完全でもあった

わたしは
キョウコとは違い
完全な身体をもってはいたが
その
完全な身体にたいして
劣等感をいだいていた

キョウコは
衣服が汚れれば
誰かが取り替えてくれる
尿がもれたら
誰かがぬぐってくれる

そんなキョウコを貶めるために始めたのは
折り紙だった
指をもたないキョウコは
なにかを
咲かせることも
産み出すこともできない

キョウコは
わたしをうらやむだろう
自分の不完全な身体の放棄を
望むだろう

キョウコの希望により
わたしは赤い
鶴ばかりを折った
鶴は紅と同じ色をし
そして
鶴はキョウコの舌と
同じ色をしている

来る日も来る日も
わたしは鶴を折りつづけた
キョウコが
自分の身体と
わたしの身体との差異に気がつくまで

産まれつづける鶴
いつになっても
キョウコはなにも気づかない

赤い折り紙
赤い紅
赤いキョウコの唇
赤い紅に染まるわたしの指
赤いわたしの指が赤い折り紙を赤く染める
赤い紅に染まったわたしの指が折る赤い鶴
赤い鶴を染めた赤い紅
赤い紅に染まった赤い鶴
赤いキョウコの赤い唇に塗りたくる赤い紅

赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴

「指が五本あるからなのね」

もうこれ以上わたしに
鶴を折らせるのはやめて頂戴

気づいてしまった
キョウコが醜いのは
わたしを見ているから
わたしだけを見ているからよ
不潔

キョウコのまぶたが閉じられる
再生の合図だ
あしたもまた
わたしは鶴を折らなければならない
そしてそれをキョウコは
奇跡だと呼ぶのだ

キョウコは美しい
わたしは自分の不完全な身体に紅をぬる
キョウコ
どうか
どうか
どうかその完全な身体で
わたしを鶴にしてくれないか
そして
キョウコの意のままに
わたしを産み
わたしを殺してくれないか

そうなればキョウコ
わたしはキョウコに
奇跡と呼ばれるにふさわしい

キョウコ

キョウコ
キョウコ

キョウコ

はやく
再生はまだなのか
わたしの不完全な身体を染め上げるには
紅が足りないかもしれないのだ


祈り

  Tora

私のこの手首は 燃えるゴミなのか燃えないゴミなのか
資源ゴミではないという事
そして もうすでに異臭を放っているという事だけが
隣人にまで知れ渡る
今日とはそういう日なのです





電信柱の影 黒く煤けたお地蔵さんに手を合わせて
「明日はUFO見れますように」と祈りを捧げたり
坂を転がり来るオレンジを拾い上げ
「ずっと前から転がり来ると思っていたよ」と
彼女を弄ぶような事が少し恥ずかしく 面倒にもなった頃には
電信柱の影からお地蔵さんは姿を消していた

皆が皆 UFOを見てしまった という事なのだろう

祈る事が無くなったのだから お前にもう用はない

腐敗が進む手首を切り落とし
私は少しの安堵感を得た


異臭絡みつく電信柱を曲がり
狂信者集う安アパートの
不釣合いなエレベータのドアが開く
中には好々爺
「お前は命の重さを何だと考える!」と怒鳴り散らしている
私はさらりと「重力なら感じることができますけどね」と
5Fのボタンを押した
好々爺は屋上を目指し 私は部屋で 飯を食う
コンビニの弁当をさもさもと食べる
TVでは「安心安全」のオンパレードで少し胸が焼ける

タバコに火を点けようとしたが そうだ私には手首がない
「もう一度くっつくかな」と部屋を出てエレベーターに乗り込む
安アパートの玄関先には潰れた好々爺
「どうでしたか?重かったですか?」と尋ねると
「いやいや。リンゴと同じ重さだったよ」と
破れた声帯を押さえながら 好々爺は嘯(うそぶ)いた

電信柱の影 そのゴミ置き場にたどり着きはしたが
そこには見ず知らずの少女が 黒く煤けた私の手首に祈りを捧げている
私の両目は 私自身の所有権を決して認めぬ涙で溢れ
「禁煙するなら今しかないか」と 私もまた 嘯いてみる

安アパートに引き返し
私は好々爺の手首を切り取り
屋上へと駆け上がり
「UFOなんかいねぇよ!!」と叫びながら手首を投げ飛ばした

それを少女が追いかけてはいたが
「どうか未確認のままで」と
私は久しぶりに
祈りを捧げた



                              Tora


折り鶴

  緋維

懐かしさに購入した千代紙で、ツルを折ってみた
きれいにとがった側をしっぽにして 最後に羽を開く
手のひらに転がる一羽のツルは まるで見慣れたそれで
  それでも、
幼い頃は感じなかった思いが 傷口に染みて 眠らせていく 遠くへ

くっきりと手折られたツルに 何をおもうのだろう
ツルの背中に とすり、 大切な 大切な 何かが 乗っていて
飛び立つのですか
あなた、
飛び立つのですか
私を 置いて
あなたと私
その 時間的な隙間の中で
どれだけの 思いを 乗せそびれたろう

夏の暑さは それさえもが 隅に追いやられてしまうのは
手のひらに転がるこの一羽のツルが あまりにも 軽いから
決して 飛び立ちは 致しません
この、 手折られた、 私の、
そこに、 何を、 見たのですか

窓の外に広がるのが、どうか青空でありますように
手のひらに無責任に転がっている一羽のツルに、終わる夏の意味はありますか



  ――ねえ きっと
     彼女は美しくなることなんて望んでいなかった
    ただ 彼女はそうして 感じていたかった
                   それでも、 


夏のパレード

  はるらん


手術しますか、しませんか?

夏のパレードは
いまを盛りと
銀のシンバル打ち鳴らし
白い入道雲が湧き上がります

じいちゃんに三度目の
腫瘍が出来ました
今度は首です

まだ何も知らない
稲穂たちはその
背丈を揃えようと
束になって緑の風に流れます

鉄塔の向こうに湧き上がる
白い入道雲にセミの
精一杯の泣き声が重なります

セミを捕まえては逃がす
子ども達の歓声に
医師の声は重なって
よく聞き取れない
本当は彼を連れて
帰りたいのだけれど

手術しますか、しませんか?
私は帰っていつものように
彼の着替えを
洗うでしょう

今日はじめて
じいちゃんから
娘と呼ばれました
私が嫁いでから
はじめてのことでした

夏のパレードは
いまを盛りと
銀のシンバル打ち鳴らし
白い入道雲が湧きあがります

手術しますか、しませんか?
明日の夜には電話を、
明日の夜には返事を、


喪失の仮面

  四宮

しめった風が頬をなでるのをやめ、
埃のような雲霧が二人の呼吸を失わせていく
白くかすんだ記憶の中で
街灯だけは飴玉のように赤く潤んでいたが
  
  私はそこにいるはずなのか
  そうでなければいけないのか 
                 
前面に立ちふさがった君
が手向けた傘は、小刻みに震えている
君は何か言ったのかもしれない
今も
むかしも
誰かを待ち続けていた肩は少し濡れ
ヒヨドリの甲高いさえずりが
響いていた、という概念だけの残存
そういうサイレンス

  名前を呼ぶのは
  そこにいる証拠なんて何もないからなのに         

寒くないよ、そう言いながらも
思わず両腕を抱いていたら、
記憶にはない君、の体が触れてきて
硬く結んでいた腕がいつの間にか、ふり解かれている
生きていると感じるのは
つなぎ目がないと分かった時

  ねえ、君
  過去の概念もない、未来が食い込んだ今も
  全て超えて、
  仮面を外さずに私は、見えない部分の表情だけが
  いつも変わるのを知っている

錆びた青い鳥籠が店の窓辺に飾ってあって
灰色の羽毛は細かくうねりながら、啼いている
捨て去る事の出来なかった名残だけが
たまっていき、薄汚れていた

  仮面の上だけに私はいると思っていた
  移り変わる事しか知らない過去を、
  私だというならば
  私はもうどこにもいない

ぼんやりと雲の中に日が籠り、
足下を薄い影たちが通り抜けていった
波状をなして飛ぶ鳥たちは
壊れた電燈をこえて、記憶の幻影が
瞳の中を悪戯しているようで

  誰かを愛すれば、他の人は愛していない

  たったそれだけの分類に、
  言葉を奪いとられた

こんな沈黙はいつも、雨あがりの小路で
君とこうやって手を握り合っている時
手と手の隙間さえなくて
まるで元から一つのようだから
二人のうち、
どちらかの存在が嘘のような気がする

悲しい表情をしようとして
まったく悲しくないのが分かる
いつも悲しみは泣かない
すべからく私も泣かない
どこまで忘れていくというのか
それすらも分からない

ヒヨドリという名前だけが
私の檻にかろうじて残っていた


彼岸マデ

  DNA

卒塔婆に置き去りにされ
産道を走って
おまえの 
狂いの顔を
特売日に
売っておきました

昨日の
彼岸テレビでは
ジブリールが
髭のおじさんの
耳元で
何か
囁いていたんですって

夕焼け小焼けで
日が暮れた日の
帰り道では
丘、と
タイヨウに出くわします

おかあさん
わたし
お家に帰らなくとも
よいですか

異なる
ふたつの
乳房を
ベランダで
虫干しすると
わたしの
生まれた日
のことを
想いだす
そうです

むず痒い胃の突端で
おまえが
溺死するまで
わたしは泳ぎ
を習い
続けます


ぬくもり

  榊 一威

横から下へ
飛んで
風が

夜の月に
瞳に
浮かぶ
そして
吹けば

人のカゲは
見ていないところで
動きはじめる

洗脳されないように

柔らかい
タオルケットに
くるまる

ゆっくりと

笑う
頭を抱えて
ぬくもりを思い出す
だから

そんなとき

君のところへ

すごく すごく
行きたくなる


ロッキー山脈

  ミドリ


アラームが鳴った
クマはスヌーズボタンをポチっとな押すと
結論から言うとどうなんだ!と部下に迫った
青年は手元の資料にじっと目を落とし
固まってしまった

窓の外はすっかりと暗くなっていた
湿った強風は渦巻き
ロッキー山脈にぶつかってすでに南下していたが
積雪は例年と変わらない
クマは目を閉じ腕を組んだ
ピッタリと閉じられたブラインドをさっと上げ

数字がないなら所感だけでもいいと
クマはゆっくりと青年の肩に手を回した
震えているのがわかる
この男には無理かもしれない
そう思った刹那クマは自分の若いころを思い出した

猛吹雪の中
スリップした車を押して顧客を回った
本社に何度も電話し教えを乞うた
会社の前で立ち止まり言い訳を考えた
不器用だった俺が
今こうして部下の肩を叩いてる
そう思えて笑えた

青年の不安げな顔がさらに歪む
何一つ無駄じゃないさと
咽喉元まで出かかった本音を
ゴクリと飲み込む
もう一日やる!
そう言ってクマはオフィスをバンと出た


  祝祭

 雨季

 手のひらの上に、雨が降る、雨季の中に湿度、友人の下で、野が眠る、寝返りを打つ、ニシキヘビは私、と、彼女が言う、彼女の天気は晴れ、君たちは結婚しないでしょう、と、笑って、言う、隣で、友人が、寝返りを打って、その下で、静かで小さな虫たちが

 乾季

 貴方は歴史、彼女が言う、友人の寝起き顔が、こちらを見ている、君たちは結婚しないでしょう、と、笑って、いう、歴史には本が必要でしょう、と、いって彼女が布団に入ってまるまる、寝起きの友人、僕たちは結婚する、と、笑っていう、

 森

 私たちはやがて、森、知らない言葉で話し始めるわ、と、彼女が言う。ヨーク、トーラム、テチュン、ナキャン、君たちは結婚しないでしょう、と、笑って、いう、歯を磨く友人の隣で、手を洗う彼女、友人が、鏡に向かって言う、僕たちは結婚する、と、言って笑う、手を洗う彼女が、友人の手を洗い始める

 川

 私たちは何も食べない、彼女が机に座って言う、おなかをすかした友人が、ナイフとフォークを持っている、君たちは結婚しないでしょう、と、笑って言う、彼女が、からっぽの皿に彼女のおしっこをたらす、おなかをすかした友人、彼女のからっぽの皿に彼のよだれをたらす、友人、僕たちは結婚する、と、笑って、いう

 トイレ

 ここは、私たちの寝室、と、彼女が言う、トイレのなかの友人、扉にかけられたカレンダーをめくりながら、天気を書き込んでいく、君たちは結婚しない、と、笑って言うと、トイレの中の友人が、水を流す、トイレから出てきて、僕たちは結婚する、と、笑って、いう
 


プラハの午後

  佐藤洋平

骨董品のボヘミアングラスを透かした光に
川面が鈍く、深い輝きを放っている
くぐもった心配を秘め、
ちょうど、あなたの瞳色をしている

カレル橋を左にくだり
河岸の大きな敷石の上
淡いトレンチコートの切れ目から
君の白いドレスが羽ばたく
ブルタヴァの河はカンパ沿いに流れ
君の右手と僕の左手が漂う

あなたの傍らを風が掠め
ふと切れた傷口の中
心の最も美しい欠片が
生々しく、そこに残っている

天気雨の光が二人を笑わせ
儚い滴が二人を走らせるから
鳩の足が波紋を織り成す水たまりに
僕達の精神が映っている

人生という不安定な台座の上
生活という果て無き反復作業の途上
疲れた二人が映っている
恋愛に洗われた美しい眼差しに

くしゃくしゃに丸められた青春の中に、あなたは
書き綴られた時代を覚えてるかしら
情熱の谷を熱にうなされながら駆け抜け
その後に延々と広がる、ほろ苦い愛の草原を
絆の様にうねりながら流れた

二人がまだ若かった頃
開け放たれた窓から、そよ風と共に忍び込んだ小さな種子よ
窓辺に飾られた花の様に
時を経て、二人は赤い花を咲かせた
枯れかけた花弁の杯に
二人の心持ちが余韻となってこだまする程

魂の大樹に寄り掛かり
ふんだんに舌の上に落とした二人が
光り輝く雫を共に・・・

恋の行く手、人生の行き先
君は知っているだろうか
裸体の愛の形は
支流の様に複雑に分かれ行く

モールス信号の応答を二人で
永遠に待ち続ける様な足並みで
黄金色に波立つ河を
今来た道へと戻り行くのに

優しい夕暮れが次第に傾き
天文時計の針の様に長く、長く
佇む二人の影を、鍵穴の後ろへと牽いて行く
さながら白黒映画で描かれる
擦り切れた灰色の夕方の中を

カレル橋を左にくだり
河岸の大きな敷石の上
淡いトレンチコートの切れ目から
君の白いドレスが羽ばたく
ブルタヴァの河はカンパ沿いに流れ
君の右手と僕の左手が漂う

短くなった吸殻を揉み消そう
香水瓶の奥深く
残り香の様な思い出に

あなたの黒い手が薬指に届き
壁に描かれた二人の影は抱き合い
一つの黒い愛の彫刻と成って
遠い、黄昏の闇の中
ゆっくりと沈み、溶けて行く迄

窓の外では街灯が夕闇をまとい
やがて、冷え冷えとした星々を指し示す
そして僕達が真夜中の鐘を鳴らす頃
君の涙は朝露と成って消えて行く

人生という不安定な台座の上
生活という果て無き反復作業の途上
疲れた二人が映っている
恋愛に洗われた美しい眼差しに

* メールアドレスは非公開


四角い朝

  はらだまさる

あおい海とあかい空を かけ算したものを 拳でかち割ったような 朝 その割れた朝の 何とか云う罅割れから ヒステリックなぽえむが 次々と飛び出して ああ そうだった ひろがれ 勇敢なる俺の 愛 粉々に愛 ラヴリー般若波羅蜜多心経 観自在菩サツギョウジンハンニャハラミッタジ――と適当に仏々念じる、ネンジルと ぽえむたちがよだれを垂らしながら びくびくと痙攣を起こし ヨジレル 俺は 巨大な便器のあおい海に 柔らかい水牛を 二三匹落としてやった そいつらは ぽえぽえ と泳いで 激流にのまれていく カモメがないている 座礁した漁船 トビウオの群れがキラキラとかがやいて飛んでゆく ああ そうだった バリ島土産の酒 アラックだ アラックで酩酊して ケチャを聴く ケチャチャケチャチャチャ 百人を超える男たちの ケチャ 二日酔いで浴びるぽえむは ケチャ 最低だ 機嫌の悪い朝 間抜けなぽえむは突然 電話してくる 俺は金儲けを怠らないから 早速 ケチャ 駅で会うことになった 見ず知らずのぽえむだから チャ どんな出で立ちか聞くと 六十間近にもなって「色白の好青年です」だとよ 洒落のつもりなのか ケチャ 正真正銘のアホなのか「ああ そう」とだけ チャチャ 返しておいてやった くらくらする俺は 幼馴染みのぽえむを裏返して キスをしようとした ああ そうだった こいつ 昨日死んだんだ ッチャッチャ

ベッドルームで育児休暇中の現代詩があたらしい旅をしていた 育児休業基本給付金と育児休業者職場復帰給付金の イクジキュウギョウキホンキュウフキントイクジキュウギョウシャショクバフッキキュウフキンの支給を受けることができるのは 実際は出世に影響しないぽえむだけよ バカな現代詩 ほら 勇気を出してそのドアを開ければ どこにだって行けるのよ 彼が飼い慣らしている金属の猫が 死神みたいなあほ面で ゴウゴウといびきをかいてるすぐそばの BOSEの中古スピーカーから ボーナス・トラックが積載量をオーバー気味に左折して 横転しながら点滅する信号機にぶつかっちゃって クラクションがずっと鳴りやまないの 世界がバイヴみたいに振動して ぞくぞくするわ 死神のポケットからしろい虫がいっぱい浮かんで 舌をだして笑っている 現代詩はアジアの小娘たちが黒人にぶち込まれてる写真集を舐めながら コカ・コーラ飲んでチンコを弄くっているんだけど ぽえむが パッションピンクのぽえむが エルムの木のうえで助けを求めてるの 怪しいでしょ? あいつらの目は どうも信用出来ないのよね そしたら漢詩が ディック・リーの歌を歌いながら酔っ払って遊びにきたってわけ 現代詩はチンコを収縮させつつ 遠くを眺めてニヤニヤしながら ひとりでブツブツ言ってるし 私 大好物のチーズケーキ食べながら火照ってたの 古代湖みたいに もうずっと前からそうだったの バカな現代詩 私を一人ぼっちにした罰よ 憲法第25条第1項の生存権には「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ってかかれてあるの 知ってる? SEXのない生活なんて不健康そのものよ

大津の夕焼け空がやけに低い日 大嫌いな全国チェーンの中華料理屋へ食べに行く ソーハンイー コーテーリャンガー 歯に詰まる 葱が漢詩の歯に詰まる 詰まったまま 六杯目のなまぬるい焼酎を飲み干し 世界中の幸せに向かってゲップする 黒いパッケージのアル・カポネに火をつけ 使い古した炒め油の匂いと 大蒜と 葱と ドイツ葉巻のけむりが 漢詩を男にしてゆく 素人童貞のまま 死ねる訳がないじゃないか ああぽえむ抱きたい 恐怖で硬直したぽえむの 乳房のうえに埋没したい 漢詩はぐらぐらになった前歯を 指で引き抜いた その痛みで顔が歪むが 餃子工場を辞めさせられた 悔しさと怒りで 徐々に笑いがこみ上げてくる いっひひ 来週の頭には 職安まで失業保険の申請に行かなきゃなんねぇよ ああぽえむ抱きたい そうだ現代詩に金を工面してもらおう アイツはドラッグの密売で――あの金属製の猫め!うまくやりやがるぜ――そうとう懐が温もってるらしいからな ああぽえむ抱きたい ああぽえむ抱きたい ああぽえむ抱きたい【回首五十有余年 人間是非一夢中 山房五月黄梅雨 半夜蕭蕭灑虚窓】*1 良寛はこう謂うが 俺だって 良いことのひとつやふたつ 経験したっていいじゃんか なんでアイツだけが なんでアイツだけが 全てを手に入れることが出来るんだ 現代詩の女がいいなぁ アイツがいい ジーザス アッラー ゴータマ・ブッダ 誰でもいい 残りの人生 全て捧げるから これから犯す罪を許しておくれ

・・い ・前ら・何し・る 俺・目は まだ黒・ぜ そ・つは・・のプ・シーだ/へへへ うるせーバカ 今が一番いいとこなんだ なぁ Mrs.ぽえむ 気持ちいいだろ? 【ビッグライト】*2要らずの 俺の自慢の【黒星】*3はどうだい? 刺青入りだぜ はぁはぁ・・・うっうっうっ・・・/・前 死・た・のかぁ?/・・・うっうっうっうっ・・・イ・イグっ! ■×※◎△!!(同時に甲高い銃声が響く)・・・・

ひと仕事終えて バリ島のウブド北部にある フォーシーズンズ・リゾートで ハネを伸ばして帰国した後 【トレインスポッティング】*4のレントンよろしく いい気分で やわらかい床に深々とめり込んでいた俺は 強烈な殺気を感じて目を覚ましたんだ おいおい またかよ 現代詩君 お前の その計画性のなさには うんざりだぜ えらいこっちゃ ぽえむちゃんが死んでるよ ほとぼりが冷めるまで また旅に出るからな 勝手にしやがれ こんちくしょうめ また 近代詩に怒鳴られるぞ

30口径のちいさな穴から飛び出した弾丸は 漢詩の左腕をかすめ ぽえむの腹部を貫通した その場に居合わせた三人と一匹の 時間が止まる 現代詩の左手に握られた中国製の54式拳銃から硝煙が漂い その目はギラギラと輝き ぽえむの流す血で 赤黒く汚れてゆくシーツを じっと眺めている 漢詩は腰を抜かしたのだろうか ぽえむから【黒星】を引き抜くと がたがたと震えながら床に座り込んで 立ち上がることが出来ないでいる 動物的勘で 身の危険を感じたのか 二日振りに目覚めたヘロイン中毒の金属猫は すぐさまポケットから【通り抜けフープ】*5を取り出して 部屋から逃げ出し それを見て我に返った漢詩も 四つ足で這うように 恐怖に逆立った弁髪を フープの輪にひっかけながら いそいそとくぐり抜けて出ていった 近代詩がいれば こんな惨事には至らなかったはずだが 百年前に彼が一念発起して立ち上げた教育事業は ここ数年で 大きく見直され すばらしい業績をあげることとなり その代表として日本ユニセフ協会大使に任命されるほど 多忙を極めていたのだ

死んだ幼馴染みのぽえむと 俺が並んで シンガポールの まあたらしい飛行機を見上げ 下品な言葉を 当然のように排泄する 放散虫の誕生と 散文するペニスの いかがわしい音楽を てめえのケツの穴で比較してみろ と 偉大なる殺人者が 脳味噌に蛆の湧いた学者や政治家 文化人どもを天井から吊るし 素粒子物理学と 遺伝子工学と 哲学と 文化人類学と フランス現代思想と アニメと あと何とかとかんとかが 腰砕けの摩擦熱で 結合するまで お前らは脅える河となり 泥岩 砂岩 花崗岩なんぞを運んで 硝酸イオン 亜硝酸イオン 一酸化窒素を死ぬまで運んで とにかく死んでくれ 是が非でも 死んでくれ ああ そうだった 勇敢なる俺の 畑を耕すんだ この女が好きな 薩摩芋と 茄子と オクラと 西瓜を栽培するんだ おい アンパンマン 何とかしろよ 庭先の葱に 如雨露に貯めた ぽえむの血を 注ぎながら 俺は昇ったばかりの太陽に 消えゆく飛行機雲を 眺め 四角い朝に 唾を吐いた




脚注
*1・・・良寛(1758年11月2日〜1831年2月18日)の七言絶句。

『半夜』良寛

回首五十有余年
人間是非一夢中
山房五月黄梅雨
半夜蕭蕭灑虚窓

〈書き下し文〉

『半夜』(はんや)良寛(りょうかん)

首(こうべ)を回(めぐ)らせば五十(ごじゅう)有余年(ゆうよねん)
人間(にんげん)の是非(ぜひ)は一夢(いちむ)の中(うち)
山房(さんぼう)五月(ごげつ)黄梅(こうばい)の雨(あめ)
半夜(はんや)蕭蕭(しょうしょう)虚窓(きょそう)に灑(そそ)ぐ

〈通解〉

思い返せば、自分の生涯も五十余年過ぎ、この世の良いこと悪いことの出来事は一つの夢のようにしか感じられない。この山の庵に五月の梅雨がしとしと降りしきり、真夜中に自分しかいない部屋の窓をしとしと濡らしている。

http://www.saitama-u.ac.jp/kanshi/<無断参照>


*2・・・漫画『ドラえもん』に登場する拡大ビームで物体を拡大する懐中電灯を模した架空の道具。

*3・・・軍用自動拳銃『トカレフTT-33』とそのライセンス品、コピー品の俗称。グリップの色と星のマークから『黒星(こくせい)』と呼ばれる。

*4・・・『Trainspotting』1996年イギリスで制作されたダニー・ボイル監督の映画。

*5・・・漫画『ドラえもん』に登場する架空の道具。形状はフラフープで壁やドアに設置すると、その向こう側へ抜けられる。


思い事

  雨宮


風が
流れて
流されて 
肌に、
指先に、
包み込むしぐさで
くるり、と
やさしく触れて
そうして
そのまま
遠い南の
どこまでも青い
空を呑み込んだ海のある
遠い南の
やわらかな砂の上に
ふわり、ふわり
降り立ちたいと、
たとえ
形を無くして
砂の一粒に
消えたとしても
降り立ちたいと、
そう、
願う心ごと
風は、
するりすり抜けて
遠いところへと
流れてしまうから
思い事
ひとつ、ふたつ
抱きしめたまま
わたしは、
人よりも
ほんの少しだけ
小さな歩幅で
過ぎ去っていく季節の
か細い声に
寄り添いながら
灰色の
まあるい空がまたひとつ
せかいの器に
重なっていくのを
手を振って
見送っている
 


みんなあげちゃうモノガタリ

  右肩良久

謎々をあなたにあげる。決して解けない謎々をあげる。
春と秋しかなくても、割れた秋のかけらをあげる。細かなかけらを一つか二つあげる。それはイキモノのかけらかもしれない。
眠ったら眠りきれない過去をあげる。六本木の交差点でスピンターンしたマセラティの助手席。きりきりと見開いたブルーの瞳をあげる。
幻想とわからない幻想をあげる。すべすべをあげる。消えそうな猫はあげない。腕をあげる。脚もあげる。耳をあげる。爪をあげる。だから。

だから。

開かれたものを開く。サイレンの中の微光をあげる。スカーフに包んだ、小さいけど重いものをあげる。振り向いたらあげる。あっ、と叫んだらあげる。あなたからあなたにあなたをあげる。

ミシェルをあげる。ミシェルがタイトスカートの採寸に使った巻き尺をあげる。その時ガラスの扉の前を通った片足のひと。

(秋のツバメは
 掌で眠らせたまま
 もう、あなたにあげてしまった。)


わたしが歩いていく

  鈴屋


電柱が並んで立っているのはわかっている
灰色の円筒形を給水塔とよぶこともわかっている
ガードの上をいずれ電車が通ることもわかっている
そこまではわかって、そのあとがよくわからない
見えているのに、だ
 
風景のなにもかもがよく見えている
よく見えてはいるが金属的に光っている 
金属の平たいピースを嵌めこんだようだ
そのひとつひとつが独自に光っていて
それらを何々と名指すことができない
そのことについては
ふむふむと頷きながら事実としてわかっている
  
女の部屋に向かっている 
別れてくれ、と云われるのはわかっているし
それはそれでかまわないし
好都合だとも云える
未練がないわけではない、とも云える

彼女の像はすぐ思い浮かぶ
へんなものだ
それが女の肉体であるというのはすぐわかる

歩きながら
壁、とか、電線、とか、反射、とか
瞬間的にそんなふうにわかることはたまにはある
梅澤眼科、とか、漢字が読めてしまうこともごくたまにはある

目のまえのなにもかもがよく見えている
なにもかもがよく見えているとき
おもいだす昨日が無いのがわかり
自分が他人だ、ということがつくづくわかり
歩いていくが
なにひとつ名指せない


闇の子供たち

  5or6

子供たちの肝臓
子供たちの心臓
子供たちの脊髄
子供たちの視線

大人たちは無表情のまま拳を握り締めて道路でうずくまる少女の腹を殴り
服を脱がし
陶器を物色するような目をしながら白いトラックの荷台に放り込む
大人たちは大人たちにお金を貰います

ここは

何処ですか

お腹が

痛いです

始めから守るものがいなかったから助けを求められないように足の腱を切られたんだね
さぁ
好きな事をしてやろう
きみじゃなく私の好きな事をしてやろう
何だその目は
本当に白い目にしてやろうか
私はお前の未来なんてどうでもいいんだよ私は来世なんて信じないんだ悪いことをしても死ねば終わりだ罪は償いたい奴が償えば良い
だからきみはここに居るんだ
きみは大罪を犯した
それはきみが大人になるという事だ
大人は汚い
罪を積み重ねて生きているきみは子供のままでいいんだよ
永遠という言葉を信じるかい
神様はいると思うのかい
そうだ神様はいる
だからきみは私に会えたんだ
キャンディーは好きかい
テディベアを知っているかい
知らないのかい
こういうものを知っているかい
先ずはこれをきみにあげよう
光が点滅し始めたら

始めようじゃないか

ペド野郎
ヤシの木に吊された子供たち
ペド野郎
ゴミ捨て場で食事をする子供たち
ペド野郎
エイズのまま放置される子供たち
ペド野郎
インターネットで取引される子供たち

全てを関与する者
傍観する者
媒介する者


ペド野郎

子供たちの肝臓
子供たちの心臓
子供たちの脊髄
子供たちの視線

陶器を物色するような目をしながら金を払う大人たち
それをつぶらな瞳で見上げる子供たち
白い瞳で
それをつぶらな瞳で見上げる子供たち
白い瞳で
それをつぶらな瞳で見上げる子供たち
白い瞳で
それをつぶらな瞳で見上げる子供たち
白い瞳で

白い瞳を無表情のまま眺める

大人たち


鉄輪

  右肩良久

 お前は邪悪な娘だからね。眼を細めて迷いなく腹を刺すんだよ。自分を女の子だなんて思わなくていい。結構な力が出るよ。そいつが悲鳴を上げたぶん、それだけお前は気持ちよくなるからね。嬉しくてにやにや笑うのさ。唇だけになった顔で。倒したら馬乗りになって踊るようにまた刺そう。どうせならそのままそいつの眼を抉っちゃおうか。瞼を切り落としてから眼球をくじるとうまく丸いのが出てくるけど、そんなことこだわるなよ。ちゃっちゃっとやっちまったほうが快感が脳まで登ってくるのが早いからな。それが終わったら、だ。血がべとべとするのを喜びながら、頭の皮を剥がせよ。「でっかいメロン」の歌を即興で作りながらかつ歌え。楽しく歌え。次には肺から空気を抜くことにする。肋骨と肋骨の間に、横向きに寝かせた刃をすっと入れるぞ。吹き出した鮮血と空気の奔流をだな、お前はお前の顔に浴びる。目も口も開いたまま浴びる。それからどうだ、そいつのポケットから携帯を抜き出して、メールとかさ、声に出して読んでやれよ。「今日、あんなこと言われてちょっとうるっときちゃったよ」とか「今夜は食べてから帰るよ。迎えヨロシク。駅からtelする」とかきっと書いてあるからね。甲高い声で笑ってやれよ。それから後は、もうどうでもいい。心臓とかはうっちゃって置こう。お前は全裸になって商店街へ飛び出せ。
 解放されるんだよ。恍惚として涙が出るんだよ。「ワタクシはカミである」とか叫んでみるか?いかにもいかにも馬鹿臭くて愉快だなあ。まったく君は大活躍だね。
 でもまだいい。まだいいから。今は静かにおやすみ……。

 私は十日前の月曜日に、JRの貨物基地の奧へ連れ込まれ、停まっている貨車の鉄輪に身体を押しつけられて、誰かにこんな暗示を掛けられたのだ。暗示を掛けた人の顔は思い出せない。夢で見る時にも恐ろしくて眼を上げられないから、たぶんもう二度と思い出せない。私のコートのポケットには、今も裏蓋に蛇の線刻がある銀側の懐中時計が入っている。あいつが入れたのだ。この時計が何日後かに、何時かを指したら暗示が発動してしまう。私はそれがいつかを知らされていないが、確実なことだ。その証拠に私は毎日、何回も時計を取り出して蓋を開け、時間を確かめる。秒針の音を聞く。
 御徒町の裏路地のショップで三日月型に反り返ったナイフを買ったときには、下半身から昇る性的な快感にうずうずと脊髄を震わされた。声が出そうになるほど、喜びに濡れて……。この興奮は店を出ると途端に冷めた。風音と生臭いカラスの叫びで二月の空は隙間なく満たされていた。温かいものを飲みたくても小銭の一枚も残っていない。道には誰もいなかったが暗い光の中、あいつの残像が薄赤い影になって私のすぐ横に立っていた。今もおそらく立っている。
 それからというもの私は顔を真っ直ぐに向けたままで暮らしている。右にも左にもどうしても動かせない。時々、肩の上でゴキブリがカサコソと音を立てる。それでも顔を横に向けられない。
 通勤の駅のホームに立って、正面のビルの電光掲示板を見る。このごろニュースのテロップの中に、人の轢死の記事が頻繁に混じるようになった。毎日、必ず一本はある。私は覚えていないが、子どもの頃一緒に轢死事故の現場を見たことがある、と亡くなった父から教えられた。だからかどうか、記事を目にすると、鼻の奥に生臭い酸化鉄のにおいが溜まる。急ブレーキで鉄輪のきしる音が聞こえる。心臓が高鳴り膝が震えてくる。それなのに私はニュースで読む轢死者の名前と年齢を一字一句間違えずに覚えてしまう。それが消えない記憶として堆積し続ける。あの暗示を受けた日からだ。
 ホームに立って列車を待つ大勢の人々はみんな、やがて私が恐ろしい殺人鬼と化すことを知っている。血まみれになって、抑えきれない興奮に高笑いすることを。全裸で飛び出すのなら、せめて裸を美しく見せようと、あれから私が値段の高いボディソープを使い、毎夜ダンベルを振っていることも。
 悲劇が起こる前に私を殺してしまおうとする人も出てくる。今日も香水の強い中年の女から、列車が入るホームの端で背中を押された。あの女に違いない。かろうじて踏みとどまると、後ろで舌打ちの音がした。当然誰もが知らぬ振りをしているのがわかる。私は振り向くどころか隣の人へ顔を向けてみることもできないけれど。

 どうしようもない。しかたがない。列車はどんなに急制動をかけても走り続ける、鉄輪とレールの間に火花を散らして。固く軋んで、巨大な力が働く。暗示は行くところまで行かないと絶対に解けない。悩ましい。私はスターバックスの片隅でコーヒーを飲みながら「でっかいメロン」の歌を呟くように歌う。
 めろめろメロン、虫の息
 すやすや子猫、お尻小さな子猫たち
 だけど、でっかいメロン、でっかいメロン
 ふたつに割られて、あおいきといき
 お汁こぼれてびしょびしょに
 猫さんまあるくねむんなさい
 首が取れてもねむんなさい
どうせ、私が殺人鬼になって歌うときには歌詞もメロディも違っているだろう。それはよくわかっているけれどやめられない。やめてやめてと心の中であらがってもみるけれど、やめられないで歌っている。私の歌声は小さくてか細くて、ひょっとしたらかなり美しいかも知れない。しかし。

 わたしはもうすぐわたしでなくなる。だからこのうた、にばんはあなたがつくりなさい。


八十八夜語り ー風舞ー

  吉井

十九夜
 火色に沈着した
 妻のクリトリスに
 藪蚊の夫婦がとまって
 交尾している
 円卓の縁の辺りには
 平皿に盛り付けられた
 鮎並の唐揚げが置かれてあって
 掛け時計の振り子に捕まって
 飛べずにいる塩辛とんぼが
 ダビンチコードを解いている
 破れ網戸のむこうでは
 日焼けした
 名代生姜焼きの親父が
 自分のいがぐり頭を掻いている
         もう秋だというのに

         L’automne de ja! ― Mais pourquoi regretter un eternal soleil,
        si nous sommes a engages a la decouverte de la clarte divine,
        ― loin des gens meurent sur les saisons.
                         (Une Saisons en Enfer;Adieu)

         もう秋だというのに!俺たちは―― 季節にうずもれ果てて行く人々
         から袂を分かって ―― 此の世にない光の源に辿り着こうとしていた
         はずなのに、相も変わらぬ陽の光を懐かしんでいるのは一体どうして
         なのだ。               (地獄の一季節 別れ)

 あなたが鳥でない理由
 わたしが人である理由
 そんな理由はどこにも無い

文学極道

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