#目次

最新情報


2006年05月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


土底浜で

  軽谷佑子

わたしはきちんと
めをとじてよこたわっている
かおにはぬのがかけられ
うえをひかりがすぎていく

うみはしずかにひき入れ
ではいりをじゆうにしはいいろにしろく
あおくさやく

かつてわたしをはずかしめたひとの
手が近づいてきてすこしこわい

土底浜のくいはゆうがたを苦しく呼吸する
うみはしずかにひき入れ
とりは一日中鳴いて
まだ鳴き足らない

ほんとうはなにも
こわくはなく手はすこしも触れずに
わたしのうえをすべる

帰宅すると
寒さがなくなっていて
知らすべき終わりもすでにおわっていてほんとうに
なにもこわくないとおもいながらほのおがいくつもまわる
ほしをみている


先生の道具

  一条

病院のベッドで死んだぼくの匂いを消す風に揺れるカーテンが原因不明の失踪を繰り返したにも関わらず病院側に落度はなくただ消されてしまったぼくの匂いを其処彼処に残しカーテンの行方は未だ判らないのだが面会謝絶という状態は続行しぼくを頑なに謝絶する肉親は花瓶を何度も落とし花を毎日新しいのに入れ替えそのような比較的軽度な失策を咎める医師を駆逐できなかったぼくと同じ匂いを持っているのは肉親ではなく担当医師かあるいは土曜日の深夜に隣室に運ばれた救急患者を治療するのが医師ではなくぼくでつまり全ての患者たちの消されてしまった匂いはこの病院という場所では永遠に誰かの脳に移植され保存され続けるのだがぼくは堪らず気分の不調を訴えつまり看護婦のユリコのへたくそな点滴が原因でカーテンは不明したのか風が揺れ花瓶が砕けた音はナースコールと混同され慌てて駆けつけたユリコは誰もいないぼくさえいない病室で点滴を繰り返し打ってみるが点滴を失敗したのはユリコではなくだってわたしたちは誰にも逆らえないのよと面会を謝絶しているのがぼくであるのだろうか花瓶の水を入れ替えてくれているのは本当は君だったんだねところでぼくの命はいつまで持つんだいこんなくだらないことを君に訊いても仕方がないんだけどさとぼくとユリコは学校の教室で病院ごっこをしている最中に先生に見つかってしまい先生はすっかり医師みたいな口ぶりでメスメスメスと連呼しユリコは言われるままにぼくは寝転がって寝転がりながらきっと全国の学校の教室では同じような儀式が行われ先生が出来損ないの生徒を無理やり治療しているんだろうなと想像し頭がくらくらしているきっとユリコは学校を卒業したら看護婦になるんだろうなと想像し頭がくらくらしている先生はぼくが死んでしまったらユリコと付き合えばいいのにと想像し頭がくらくらしている頭がくらくらしている頭がくらくらしている病室の空気は薄く窓際の花の名前を想像し頭がくらくらしているユリコはもう見舞いには来ないと思うと頭がくらくらしているぼくは担当医師を呼んで面会謝絶の続行を命じこれで誰もぼくの病室には入れない風はカーテンさえ揺らさない花瓶が落ちても音のしない世界にひとりぼっちだと想像し頭がくらくらしているやがてぼくに対する緊急手術はそそくさと行われ失敗し日曜日の朝に妻が駆けつけた時にはぼくたちはすでに死んでいたようだ


恋人

  しょう子

魚の眼をした彼氏が「愛してる」と言った
愛ってなんだろう
それってチョコレートより 美味しい物?
少女に成りすました私は そんなことを言ってみたりする

「僕の足が無くなるのと君と別れるのだったら、僕は君と別れるよ」
ある日彼はぷかぷかと煙草をふかしながら そんなことを言った 
「魚には足が生えていないじゃない!」
私は思わず言ってしまい あっと口を噤んだけれど
魚の眼をした彼は それ以上何も言わず
吸いかけの煙草を残して
煙だらけの部屋を一人で泳いで帰ってしまった

次の日目を覚ますと
まだ部屋は縹色をした朝だった 
ピーっと遠くで何か鳥の鳴いてる声がして
ふと隣を見ると 彼はちゃんと私の隣にいて
魚の眼を見開いたまま 静かに寝息をたてていた

―――何処まで泳いできたんだろう
心なしか尾びれが濡れて シーツに染みが出来ていた


私がバターを塗りたくったモーニングパンをひと齧りし
冷めかけたブラックコーヒーに口をつけようとした時
彼は重そうな尾びれを引きずって起きてきた
そして まるで「おはよう」の挨拶をするように「愛してる」といった
ぷくぷくと口から卵のような泡が零れ落ちていて
日に日に彼は魚らしくなっている


そしてその晩 ついに私は寝静まった彼を 
綺麗にさばいて食べてしまった
魚の眼をした彼は ずっと魚の眼のままで 
生臭くて チョコレートよりも美味しくなかった

鱗のへばり付いた手を洗剤とタワシで擦りながら
ふと三角コーナーに目をやると
魚の眼をした彼が じっと私を見ていた


―――愛ってなんだろう?
大人になった私も まだわからないでいる


機関車

  まーろっく

白い喘ぎ声は夕立のように降ってきた
公園の木立は身じろぎしてざわめき
回転をやめた遊具は聞き耳をたてる

母の横顔からあらわれる機関車
黒煙と蒸気のなかを進む黒い質量
線路の盛り土の上 貨車を牽いて

わたしの手はとうに風を孕んで
振られていた 母の背中で
汽笛を鳴らしてくれた 青い服の機関手

貨車の幾頭もの牛の目玉に
幾人もの母とわたしがいて
どこまでも赤い夕焼けを進んでいった

わたしが生まれた古びた二階家も
まちの菓子屋のガラス鉢も
水晶玉のなかで転がっていた

言葉はまだ見あたらず
にぎやかな音だけが耳にあふれていた
夜はまだどこにも訪れていなかった


No Title

  浅井康浩

ほら、意味のない渦を巻き込みはじめて、浸透が始まったよ
ほら、透過性そのものとなった人だけが見ることのできるあまいあまい変化たちだよ



降ってくるシュガーロールのようなしろい粉をあつめては
やわらかな時計仕掛けにふりまいてあるこう
あのとききみが見ていたひんやりとした地形図の青い果樹園にみとれて
とろける蜜に包まれた僕の舌があまい予感にふるえている



だって、
きみの声帯をまねするのはいつだって
半音階をかすれていってはのぼる発音が
どのような輪郭でさえももつことのない幻想をだれもかれもの想像のなかに
抱かせるからだし、
きみの
その感じやすそうな発声を聞くたびに
みずからの存在の稀薄さの濃度そのものが
みずからの輪郭をはからずも規定してしまっている呼び名へと
にじりよってしまうことにかすかないらだちを隠すことさえもできないこのぼくを



円環状の流れ、しかも支流そのもののひとつとなって
水質へと寄り添うようにすべりだしていくことはなんとしても避けたかったのだし
溶け込むように、包み込まれるように、などといって
ゆっくりと、そしてしなやかに滲みだしてゆく甲殻の表面の変化なんかに
うっとりと魅入られてしまう、なんて素振りは、できるはずもなかった
どのようなかたちであったにせよ
繊維質からなる身体の機能の、その逸脱からはじまる変容そのものとは
いつだって
甲殻の模様のかたちというものを
すこしずつ変化させてゆくことなのだが、
生身としてのみずからの言葉をその模様へと託すことへと繋がってゆく兆しもみえず
また、そのかたちから、何かを語ることではじまる、などということさえできないのだから
変容する甲殻にそっくりと覆われてしまうであろうわたくしの繊維質の身体そのものよりも
変容しているわたくし自身をどこまでも覆ってしまっているであろう液体とのつながり、
まといつくはずの透けた気泡との肌触りを、
滲み込もうとするだろうその浸透圧のなめらかさを、
そして、わずかに触れ合う箇所と、そのすべての余白との関係を
液体でさえ包み込むだろう空間へと共振するための「響き」へとむかって吹き込んでゆくということだけを。



小鳥をはなしてあげましょう、
孤島、葉脈、分泌液。あなたのくちびるへとのぼる、そのささやかな息づかいで
そっと ねがいのなかに やさしさをふきこんでゆこうとする
そんな かよわく ほつれやすい祈りの行為を
くちびると舌さきのふれることない [e]音の隙間へと
ひそませてゆきましょう
そして
しずかに祈りへとたどりつくそのまえに
言葉は声をうしなうのでしょう


ディオニソスの宴

  atsuchan69

雨あがりの 虹 ユメの様につづく 昼さなか
なだらかな坂道を ものがなしい 暗い絵を えがいて
ころがる 酒樽。意味を 多重に含ませながら
メタモルフォーゼ し(詩)、よろこびとともに 現はれる
濡れた紫陽花 葉の上に かたつむり。

世俗へと 砕け ほとばしり、恋する 成りゆきの カラダ。
豊満な乳房 ゆれる 揺れる ブランコ 影も また
ゆれる 雑踏 にぎわう街の 裏通り すえた匂い
不潔な記号 さげすまれた 愛は びっこをひき、
せむしの遊女たち 女装の男たち
つかの間の 愛、許されぬ 愛たち すべての 愛に
薔薇の花びら 散らす 笑み 爛漫な 瞳 眩しく
花弁を いっぱいに溜めた 籠には、春の日ざし
おおらかな空気 許しとキス 自由の歌を 解き放ち、
のろいを 熔かす 秘密の ことば 口から くちへ。

野に咲く 意味もなく 忘れられた 花 咲くこともしらない
草や 無言の木々 沼の浮草 岩肌の苔 種から芽吹いた さかんな衝動、
これら 大地の精を 絶やしては いけない。
と、彼は言った。

ことばを 思いつくままに 歌い
剥きだしの 欲望 そのままに
踊る 彼につづくのは さげすまれた 愛
せむしの遊女たち うつくしく 哀れな
女装の男たち つかの間の 愛、許されぬ 愛たち
罪深き 遊女らとともに、歌い 踊り、
まるで 疲れることを知らぬ 幼子のように。

雲は水に 滲む インクの文字さながら、
蒼く ため息を 漏らして たなびく空に
ただ一度 あはあ。と、あえぎ 声を のこした。
やがて 詩人たちの参列 つづく大群衆 おびただしい 歌と踊り、
昼も 夜もなく 繰りひろげられる 性愛の乱。

武器をもたぬ Revolution カオスの氾濫は、ついに堰を切り、
もはや 諸国の王たちは 逃げだすほかに 術はなかった。


【シャルロットの庭】

  fiorina



英国キューガーデンの一隅に
夏季だけその扉を開く小さな庭がある
広い園内を歩き疲れた頃 偶然たどり着いたのだ


入り口に置かれた木の長いすに
銀髪の婦人が斜めに腰掛けて 新聞を読んでいた
古い手紙を読むにふさわしい 夕暮れの
人気のない庭


痩せた少年の庭師が
紫の花株を手に
花をおいてはすこし離れて眺め
新しい場所を物色していた


一足踏みいるごとに 私は胸そこからの感嘆の声を呑み
足の疲れを忘れていった


流れていない音楽が
詩人の瞳が
死んだ恋人たちの 笑い ささやきが
一刻ごとに訪れては
去っていく


花のいろの沈んだ華やぎ
門柱
白いオブジェ
藤棚のトンネルを抜けると 小径は小高い丘へと続き
ふいに凍てついた遠景を見せる
重い雲が彼方の光りを包んでいた


2001年9月12日
新聞を読む人の眼が 何を見ているかしっていた


私たちを襲うもの


その予感も
起きてしまうことへの戦慄も
不意に自身がその渦中に置かれることも
遠く知ることも


此処でなら
私は・・・


いつか最も美しい場所も瓦礫になる


此処でなら
わたしはいい


ひとに用意された惨劇を知りながら 何一つ変えることができないとしても
それが起きるに相応しい 最も美しい場所をあらかじめ用意すること


此処でなら と死者が思い
あなたとなら滅びようと 場所がほほえむ
私の庭を領土として拡大する
そこに生きる時間を注ぐ


それが私の報復だ


うらら

  蝿父

春の径でタタとはしる

待っての声は風にふかれ
さくらいろのワンピース
ひらひらゆらして
ふりかえると
はなびらがとまってみえるんです

ふりむいちゃいけないのよ
桜のしたには
おじいちゃんが眠ってるの
だから起こしちゃだめよ

頷くあたまから
ひらひらおちる春の死は
待って待ってと囁くようにわたしの喉元をしめあげ
小さな一枚は
すべての時間をのみこんで
わたしの膝でよこになり
たおやかな寝息

アダージョ

すこし空が低くみえます


カイン

  Nizzzy


「水の中に落とされる、彼女の命名。
傷痕の赭に、朽ち錆びる時計。」   沈黙の、  
こごまった「水深の中で、娑羅の、 「二人に科せられた名前。
太陽に背いている。白い、腕「咲き」の
二人には、ふるえる、水。」     盲目の花。」

シフォンのたなびいた、ひとつの、失効。 赤すぎてしまった花。
ほつれていく、「心音と    「その狂花の中の砂塵に、
                似た名前。」
写しこんでいく。」光線をとりあつめて、     
       「そこは海だったのだと、あなたは言った。  
きざまれる、秒針に、私は換えていく。」  

「散沫に乱されていく、        
あなた」の肌の隙間から、じきに、 「望まれぬ夕べ、子供のころの、
「暗い砂の交叉にかき消されていく  彼女の「咲き」。
 僕らの、一握する呼吸。」 私たちの街に、世界が焼けていった。
「僕らは、左手にいたのだった。 枯れ果てた名前を、摘むように。
 シオンの園に眠りながら。」

もう、「見ることのできない、 「地平線の、腕のなるときに、
光彩の深い、波打ちぎわに咲く。 それは偏差となって、河となって、
盲目に赤すぎてしまった花、沈黙。」 微笑と軸とに、
空-殻の層に落とされていく。」  金属の、響く周波に、私は換えていく。
「二人に科せられた名前、   「いくらかの罪を、
 あなた」は知っていた?    赤砂の振動へと分けて、」
 ふるえる、水。

「僕らの、堕胎する言葉たち   彼らは、心音を分けてしまった。
剥き出しのまま執行される、  水抄を、船の後方へと。
時効なき名前。」    巡る砂塵を、体温を、遠ざけるように。」
「海であった、二人の、「呼吸する交線、その先がふれ合って、
散らばってゆく、ひとつ。  停まり、また沈んでしまう。」
              記名なまま、太陽に背いて。」

握り合うままに、消えていった、」  「焼ける、その煙を吸って、
僕らの、赦しあう子供たち。  「肺の中の痛みを覚えている。
                私は秒針を換えていく。」
微傷に侵されていく、 「水につけられた肌の延長を、
波ぎわを、保存するために。   科せられた花の名を、摘むように。」
「いくらかの罪を、
 私たちのザイオンへ分けるように。」


いのちの情景

  前田ふむふむ

たえず流れゆく虚飾で彩られた十字路たちの、
過去の足音が、夜明けのしじまを、
気まずそうに囁いている。
燃え上がる水仙の咲き誇る彼岸は、
すでに、水底の夢の中に葬ってある。
落下する時をささえ続ける幼子が、
やさしく言葉で綾とりをする聖職者の午後が、
さりげなく黄ばんだモノクロの映像で充たされてゆく。

わたしは、溢れ出る、そして枯れてゆく出自が、
白骨のように、潔いまなざしで、
真夏を咀嚼する荒野を駆け抜けてゆくとき、
今日も、当て所も無く、
氾濫する炎をもてあます道化師のように、
偽りのみずうみをさ迷っている。
そして、爪垢ほどの重さの無いわずかの名声は、
絶えず枯葉のように舞い落ちて、
都会の妖婦に、いつか埋もれてゆくのだ。

静寂が波打っている。― 赤い血はまだ居るのか。
混沌が朽ち果ててゆく。― 青い息は、まだ聞いているのか。
わたしは、まだ、此処にいる。

見捨てられた世界の
止め処なく、沈みゆく地平線のはてに、
置き忘れた栞の一行のきらめきの中で、萌え出す、
手を差し伸べるあなたが、津波のようにどよめきを上げて、
押し寄せてから、凪いだ鬱蒼とした森の灯台になり、
垂直に横たわってゆく。

わたしは、運命が軋みをあげて、綻びる古城の季節に、
たとえ、抜け出せない寂寞とした厳寒の沼地のなかで、
もはや言葉を失った棒状の鉄杭になった足を束ねられても、
あなたの手を、しっかりと抱きしめて、
このいのちの絶えることの無い激痛を携えて、
瞳孔の暗闇の中に広がる、赤く染まる夕暮れを、
いつまでも、諦めることなく歩いていくのだ。
生まれ変わる瑞々しいいのちが一滴の源泉を射抜く
黎明の大鳥が訪れる、その時のために。


モモンガの帰郷のために

  りす

モモンガが森に帰る朝
謝るとは何を捨てることなのか
すまない。
わたしはモモンガにそう言ったのかもしれない
なぜ、謝る?
家内が君のことをずっとムササビと呼んで、
いいんだ、慣れてる


レガシーのサイドミラーに自分を映し
女生徒のように丹念に毛づくろいしている
長旅になるのだろう
モモンガは鏡が好きだ
モモンガは断言する
これが人間から学んだ唯一のことだ、と


餞別のつもりで
三日分のバナナチップスを渡そうとした
モモンガは現地調達で行くから心配するなと呟き
振り向きもせず毛並みを整える
長い距離を飛ぶのは久しぶりなんだ
そう言って薄い飛膜を朝陽に透かす
きれいだな、とわたしは言ったが
モモンガは相変わらず
きれい という言葉を理解しない
わたしは 現地 とはどこだろうと
気になったが尋ねなかった


たとえば、とモモンガは言う
例えば、あの人はムササビをなんて呼ぶと思う?
ムササビはムササビと呼ぶだろう
そこには モモンガ が抜け落ちている
まちがい、ではないんだ
ただ 抜け落ちているだけだ
あの人を責めてはいけない


コンクリートジャングル という言葉を
わたしは初めて理解した
電柱を飛び移るという行為を
わたしは想像したことがなかった
想像する前に実行する生き物もある

電柱を飛び移るとは
繁った枝に飛び移るような
曖昧な着地を許さない
モモンガはここ数ヶ月 猛練習をしていた
モモンガの目撃情報が
朝日新聞の夕刊にのったのはその頃だ
「大都会でたくましく生きるモモンガ君」
そんな見出しだった
「君」をつければ誰でも仲間になるのかい?
モモンガは皮肉も上手かった


飛ぶことよりも着地が難しいんだ、モモンガは言う
友人のANAのパイロットも同じことを言っていた
教訓のような 常識のような
モモンガの言葉は いつもそんな印象だ


妻がパジャマのまま庭に出てきて
あら、どっか行くの? と尋ねる
モモンガに言ったのか わたしに言ったのか
判然としないうちに
どっか行くなら、ついでに燃えないゴミ出してきて、と言う
妻が差し出す半透明ゴミ袋に わたしが手をかけると
いいよ、俺が持っていくから、とモモンガが奪いとる
すまない、わたしはまた謝る
いいんだ、慣れてる

モモンガはひょいと物干し竿に飛びのると
手足を伸ばし 飛膜をいっぱいに広げ
一番近い電柱に飛び移る
ムササビってお利口さんね、と妻が微笑む
そうだな、わたしは相槌を打つ
ゴミ袋をぶら下げて 
モモンガが電柱から電柱へと遠ざかる
せめて ゴミ袋ではなく バナナチップスを
持たせてあげたかった
いつも何か抜け落ちている
謝るとは何を捨てることなのか
すまない、モモンガ。


  Ar

ふしぎに嘴を洗う水鳥のそのさきで
わたしがたわわに木になって
美味しくもぎとられる青さに
さわさわと躰をねじらせる

すこし寒くて浅い空気が
頭の中心と茂みの隙間をするするとかけてゆく
昔に使われたランプの横に廃れた回転木馬が沈黙していた

わたしはわたしの中心で母を孕み 水分のだいたいがそれを保つためにきえていったように思う

髪が波打ってみどりに沈んでゆく
水々しい肌が青く染まり 瞳がちからなく黒く鈍る
そのさき

石造りのアーチに咲き
低く飛びついばむミルクの掌 瞬きが出来ない開け放った綻びがひかる

口からプラチナの雫がぽろぽろこぼれ落ちて 照らされはしないちいさな靴のあとに 垂れていく熱のいくあて

わたしがたわわに木になって
さわさわとなじられる感触に
はねかえるあおさに
わたしは小さく呼吸する


NO TITLE

  ケムリ

 五月の雨の片隅を、ヘッドフォンつけたまま、俺は歩いていく。
役目を終えた言葉の群れが、街並みを走り抜けて死んでゆき、雨
はただ強くなり続けている。アルカリ電池の切れ掛かったノイズ
を、回遊道路の光の群れが揺らし、乾いた赤ん坊の指先のように
五月の雨は俺を撫ぜる。

ねぇ、リンパに転移があったの。
ステージスリーって言うらしいんだけど

 真っ赤なスーパーカブの単眼の灯火が、二つ目の巨大魚をすり
抜けていく環状線のほとりで。レインコートの小さな子どもが俺
の小指をこっそり掴んでいる空想と連れ立って。携帯電話の電源
を入れられないまま、俺は歩いていく。誰のせいでもなくオルタ
ネイトピッキングはつまずき、誰もがFのコードを押さえ損なう。

お医者さん、はっきりモノを言わない人なんだ
それで、辛いこととか、ない?

 コンビニエンスストアの庇の下へ、二人乗りの自転車が駆け込
んでいく。星はただひとつも見えず、掻き回されるシュガーシロ
ップの断層へ俺は歩き続けている。眺め疲れた月が落ちたビル群
に強すぎる光が群れて重なり、太陽のたてがみが軒先で乾いてい
る。笊に積まれた金柑は甘く腐り、肺の中へととろけていく。

例えば、何か一つ提案してよ
それで、きっとなにもかも上手くいくはずなんだよ

 指先がちぎれるくらい、その空想の小さな、何もかもを掴もう
とするてのひらで。街並みのすみっこに、それとも四番バス停の
暗がりに、ひょっとしてショールームの光の中に。家に帰りたい
なら、まずポケットの中を探って、そこに鍵があったらもう、あ
なたは幸せなんだよって。

 そして、雨は降り続ける。赤茶けて錆びた街灯を痛むように。
俺が見下した世界の、遥かな、高みから。


夏休み

  ユーマ

 塩屋神社の赤い鳥居は、濃紺の闇におぼろげに立ち昇り、明るい期待で人々をみおろしているように思われた。提灯は淡い光を壁面に映し、水木山のふもとに広がる光の群体は、遠く、防波堤におぼろに見える灯台にも光の残像を映した。こぼれる光壁は、うつろに歩く人々の足元に残り、いつまでも蠢く影を広げている。
 出店に目を移すと、金魚の屋台が美しい。透明な裸電球の光が水底に立ち上がり、金魚の影がその動きにあわせて、やわらかについてまわった。赤の残像は、相当数が乱舞をやめない。回転する水の戯れが、時おり差し込まれる白腕をかろやかにすりぬけて、そよぐ水に身体をもたせているようだった。
 私は、いつもこの光景をさわやかな音楽のように感受している。携帯のなる音を無視して、乱舞の水像に目をこめると、そっと清音が耳に流れるのだ。その刹那、手元には新鮮なぬくもりがまみれていた。それは、今しも金魚の彫像を暗やみから引き出して、手にもち、さらには振り回すような妄想が、この手の血流を昂ぶらせたのだろう。
   *
祭りの屋台では、さわがしい交錯があった。人々の黒い影が、流れるように引かれていき、神社の脇で携帯のメールを打ちながら、文字列がさわやかに祭りの影響を受けていることに気付いた。それは、そっと凭れる身体が、神木のぬくもりにまみれて、鬱蒼とした暗がりの跳ねたまろみに、私の手が戸惑ったのだ。

 潮風が神社をかけぬけて、遠くの灯台の光がここまで届いた。回転する光線が皮膚をつらぬき、神社の窓にも光はひろがり、そっと持ちかけた空気がやわらかな崩壊を見せているようなそんな気がしたのだった。
 波は、やわらかな砂浜にいつまでもあたり、筆跡を見つけたように、砂浜の白線をいつまでもなぶった。波が引くと、いつでも新たな筆跡がその姿をあらわしたが、それは次の波にのまれることで、またふり出しに戻る。その筆跡の変化が、祭りの光で余計に露わになったのだった。満潮の水のたわむれは、そっとまろやかな砂地に、浮かんだ月明かりを、祭りの淡い提灯の光壁とまぜて――それはやわらかに流れていき、いずれ消える。


ニュートロンをかきわけてしまえ
消えてしまえば、何でも同じなのだ。
ハマユウは含みすぎた水を滴らせて、北湾に光像を成した。


メアリー、メアリー、しっかりつかまって

  一条



ちょうど南の角を曲がって適当にうろついていると、何十周年だかを迎えた
美術館をかすめた。入り口脇に並んだ屋台の主人は、ひどく退屈そうだ。ず
っと西に戻ると通り沿いのクラブに偶然出くわし、店の中には入らず、そこ
での行列と服装チェックの様子をしばらく見物することにした。供述による
と、この時すでにぼくは殺されていたようだ。行列の中間では、若者同士の
小競り合いが始まり、それを仲裁するために低賃金で雇われたガードマンが
駆けつけた。やがて、低賃金で雇われたガードマン同士が小競り合った。彼
らに不動産を売りつける奴が後を絶たない理由が、これだ。入店拒否された
連中は、そのまま南下し、この街を流れる一番大きな川に架かる橋に集合し、
みな欄干に整列し、右から順に飛び降り始めた。ぽしゃんぽしゃんと続けざ
まに人間が吸い込まれる光景を眺めながら、誰が誰を愛しているかなんて今
は知りたくもないと思った。ましてや、この世の中には、おぼえることも出
来ないことがたくさんあるのだ。供述によると、このあと、吸い込まれるよ
うにぼくも飛び降りた。太陽はすっかりと落ち、ねずみ花火がシュルルルル
と夜の空を散らばり始めた。ちょうど、手を伸ばせば届く距離に、ひとつの
ねずみ花火が旋回していた。そいつは、一番シュールなねずみ花火だった。
一番シュールなねずみ花火がシュルルルルと旋回し、火の粉を散らしていた。
そして、そのまま垂直に上昇し、夜の空に吸い込まれてしまった。供述によ
ると、この時すでにぼくたちは、巨大なサークルを形成していた。それは取
り返しもつかないくらい巨大で、誰にも責任が負えないようなものだった。
サークルの中心にいる人物は、無垢に煙草をふかしながら、ただ南の方向を
狂いなく指差していた。しばらくすると、指の先っぽが二つに割れてしまっ
た。彼は退散し、彼の役割を他の人間が引き継ぐこともなかった。そして、
このまま朝までまっすぐ過ぎてしまった。目覚めたばかりの子どもたちが、
眩しい日差しがふりそそぐ街に現れ、ちょうど南の角を曲がって適当にうろ
ついている。供述によると、誰が誰を愛しているかなんて誰にもわからなか
った。ましてや、この世の中には、おぼえていないことがたくさんあるのだ。


No Title

  浅井康浩

やさしさを帯びてはあふれだす蜜という蜜のただよいのなかで交わされていった
質感としてではなく透過性そのもののやわらかさとなったあなたへの糸状の思い巡らしの
その内実へと、ありったけのファムな香りを含ませておけ
                       眠らないことでつぐなおうとする夜に
              あなたの呼気につつまれて、うっすらとあおくなりながら
           わたしはわたしの呼吸をあふれさせてゆくことになるのでしょう



青に満たされた空間にあって
蜜の蕊を震わせて、しかしまだ響きだけがかすかにきこえていることの
その不思議さになじみはじめるわたくしがいて
あるときは音のぬくもりなんかに抱かれて
甘ったるい体温へかたむいてゆくことの不思議さをゆるすわたくしがいる



いつかの気象図面がここいらの時間軸との交わりによって
いらいらと泡立ってゆくのが見えるよ
ここの地形図の一点からの風景は
平面としての図の想像を越えた高低の差でいっぱい
いつかのヘクトパスカルも
ここでは質量を四方にはりめぐらせたラウンドスケープそのものとなって
生成してしまうのだから
ときに土砂となり
ときに果樹園の果実となって
みずからが高低の差として現されるべき斜面をころがりおちたりもするのでしょう



また、ほつれることではじまってゆく変化をおもえば
最後に、濡れ尽くしたものたちへ、もうなにものでさえ
濡らすことのなくなってしまった水そのものたちへと
いまひとたびのささやかな感謝を。



どうしたって きみの眼と蜜とあおさに浸されてしまう
きみだったなら「海洋」なんてそっけないひとことで言い表してしまうはずの領域で
明るさやその翳りをもなくして
けれど色彩を忘れ去ってしまったものたちだけがみたすことのできる透きとおった哀しみだけが
かつて世界が青色だったころのなごりのように 遠くへ


レインフォール

  月見里司

 区画整理された綺麗なニュータウンの公園には滅多に人が寄り付かない。今も当たり前のように公園は無人で、手入れだけは充分な植え込みのツツジが褪めた色の花をつけている。雨が降っていて、辺りは青い薄闇に包まれている。敷き詰められた赤レンガ風のブロックは水が滲み込むこともなくただ濡れ、曇った鏡のように周囲の風景をおぼろに映し出している。大きい雨粒が落ちるたびに風景は歪み、割れる。雨粒は傘も打ち、雨音は鼓膜を打つ。雲は厚く、鏡が割れる音が届くことはない。

 (レインコートを着た少女が踊っている。見えない相手の腰に腕を回して、三拍子のステップを踏んで踊っている。レインコートは小学生の傘のような眩しい黄色で、辺りの青い薄闇から一段浮き出ている。目深にフードをかぶっているのでその表情はわからない。背は高くない。レインコートを着た少女が笑っている。踊りはやめぬまま、時折体をふるわせ、片手で腹部を押さえて笑っている。離れているのでこちらに笑い声は届かない。傘は差していない。風が吹く。ブランコを揺らし、滑り台を降り、シーソーを傾け、運梯を渡り、ジャングルジムをすり抜け、私の傘を飛ばし、少女のフードを取り払う。長い長い髪が一瞬だけ広がり、濡れてしなやかに体にまとわりつく。黄色に絡む黒。少女は笑うのをやめる。少女は踊るのをやめる。少女が私の傘を拾う。少女がこちらを向く。私は少女の顔を)

 随分と強くなった雨はチャンネルの狭間のような音を立てている。数本だけ植えられた背の高い広葉樹がノイズ混じりの風に煽られてざざ、と震え、鏡像はうつろな目でこちらを見る。傘を差し、灰色と濃青の緞帳に背を向ける。側にあるベンチの下に段ボール箱が置かれていた。口は開いていて、汚れきった青い薄手の毛布が敷いてある。中身は、入っていない。


駅前

  


たくさんの後ろ姿が笑ったけれど
その古い服はいつまでも真面目な顔をしていた
腐ったポットを片手に持って
駅前であなたを待っている午後

地から天へ魚の破片が流れる
呼吸をし損ねた丸い跡
見えているのは多分
わたしが欠点だらけだから


その透明なくらげのような言葉で顔を洗う
バイオリンの斜光
春と夏のあいだで歌う白い人
ふいに訪れる区切れを追いかける


フラフープの中で死を指折り数える
無理したピンクが世界から浮いて泣いているように
わたしも駅と駅の間で割れそうだ

その罅が現実を映せたら


急行に乗って帰ってくるはずの季節
酸素も無いその空白の穴の中で
乾いたお湯を流し続ける


昔のレントゲン写真を見れば
胸のかたちは何も変わっていない
偶然と鐘が泣くときに
足元にぽつりと雨が降る

意味は神様が食べてしまったけれど
少しだけ保温しておくよ
もう一度生きたいと思ったときのために


この愛に満ちる星たちへ

  ミドリ



あの人の店のそばにあった
公園の緑の匂いがとてもつよく
茶色のオフタートルにジーパンの
彼女はいつも笑っていた

窓ガラスを揺らす
バスの後部座席にふたりで腰を掛け
曇った朝の日の通勤の
つよい風を窓の外にみていた

静かに沈んだ声で
「なに考えてるって」って
彼女が言うものだから

今日は会社をサボって
このまま海へ行きたいと言った

ちょうど私も
そう考えてたところって
ウインクで返す彼女は
ちょっとおませな
小学生みたいに見えた

5秒くらいぎゅっと手をつかんで
キスしたい衝動を抑えながら
僕らはバスを降りた

街に暗闇が落ちてきて
ポツリポツリと雨が降り出す
手を離すと
ふたりは離れ離れに
はぐれてしまいそうな気がして

サンドイッチみたいに肩を寄せ合い
傘を立てた

スクランブル交差点をすり抜け
街の頭上でヘリコプターの音がする
世界にぎゅっと詰まった力が
体中に押し寄せる

この星に愛が生んだ奇跡だと
ジンと体の奥で感じる

「海まで行ける」って
そう 耳元をそばだてる彼女の声と
ブラウスの袖をまくる
体温の弾んだ感触

僕らは街と海を結びつける
グレイの瞳を奥に引き締め
それぞれの職場に向かう

ワイングラスに
時の甘い声を響かせるような
ローヒールの彼女の足取り

街は恋人たちを遠回りさせ
孤独に押し込み 外の世界を
明るく照らし出す

それが僕らが生まれるずっと以前から
なにひとつ変わりやしなかった
ただ一つの メッセージ


Hyper Slum

  苺森


オーライ、面倒なことになってきた
無頼なライヴで fly,
訝しいフライデーにレッツゴー破天荒

ブッダ ブードゥー 縋って坊主
輝かしい過去ばかりぶら下げて dope
殴るど真ん中 星が飛ぶ
歯茎を隠せ
オレンジの宙で覚醒ダンス


申し分ないほどの自由の日々
まだ願いは尽きることなく
手のひらかざして空を掴んだ
奪えはしない太陽
弾き潰されるのはおまえだ ye


どうぞ、

ありがとうと泣いて
さようならと笑え


煩い生、精の神が売るソウルはsin
情景、心の臓のシンジケート join
ジンバック番狂わせの人生そのまま、3,2,1,,,
ゼロで寝ゲロって逃げろってニグロ
土曜の晩には揃いの合図でブッ飛ぶ ニトロ
冴えない面子でいつも通りのtripper
吹き溜まりで引きこもりが弾き語りでニートロック

黙れ ヘイメン、背面飛び
蹴り上げた勢いで跳ねっ返れ ループ・ザ・ループ
多少の粗は体よく塗り固めてハイファイ,fine
引きずって腹這い、今日もアップandダウンで瀕死

私と私とは裏側までも明日
脳天召しませ キャンディシスター
いつしかシャバダバ、どしゃぶりランデヴー
どう転がろうが知れてんだってばロリポップ
程度の問題だったりして全部似たり寄ったりニッポン人
行き当たりばったりハッタリばっかり、ギリギリでいつも生きていたいから青酸カリお守り、
爺は芝刈り、服部薪割り、日帰り西日暮里、マハリタマタハリペスギマリ

出動ピーポー!救えないアリス
下衆って people
ナンセンスな真実こそ美


凍てつく月ごと抱き締めて
溶かしてダーリン、なまぬるい夢のなか
何を忘れてみても束の間
叶いやしない、叶いやしない
フォーリンフォーリンドリーミン
嫌いじゃないと言ってプリーズ 隣人

都合のいい、むずかしい世界よ
あたしにはあたしにはどこだって何だって
それでも、

いつだって馬鹿みたいな日々が、ありえない展開が、
ややこしい奴が、日々みたいな馬鹿が、気狂ったラヴが
面倒臭いむさ苦しいすべてが好きよ 好き


floo-floo,flow,fall down

あくまで似合いの宇宙へ
schwaa a


月童

  ケムリ

夜の淵が濡れている
窓枠からこぼれるひかり
みんな、窓枠から解け始める
サイレンが鳴り響く 木々が鳴りざわめき

濡れるような翠髪
裸足の上に月を重ねて
全ての窓枠のひかり 折り重なる場所で
月童は踊る 夜の淵を滑るように

星と星の連なり
名前の無い風の群れ
夜にしか飛ばない鳥のざわめき
そのまんなかで踊り続ける

ひかりは通り抜けられなくて
網膜を焼きながら重なっていく
落ちていく眼球を
優しく舐めとる舌に触れて

伸ばした手が分解されていく
ひかりの粒に還りながら
カーテンを引けない大人のまぶた
そのまんなか 月童は踊り続ける

滑らかなかかと 細い指先
ときおり覗くルビイの舌先
あなたのこめかみ静かに糸引いて
夜の淵は毀れはじめる

なめらかな風 寂しい人たち
夜に群れて ひかりに集うゆびさき
手を伸ばした窓の先 全てのひかり 折り重なる場所
月童は踊り続ける 優しく終わる月の夜

幼い官能をたおやかに広げて
だれもが伸ばすその腕の先
ひかりと音が溶け合う夜
誰もがほどけた粒子に満ちて 


パトリシア先生

  コントラ



パトリシア先生は今日も
ハンドバッグを持って学校にやってきた
Buenos Dias (おはようございます)と
三度復唱させると
生徒たちにノートを開かせて
ひとつひとつ中をのぞいてまわる

石畳とペンキで塗られた家並みのむこうに
なだらかな火山が煙をあげている
金網で仕切られた屋上の教室では
遠くでバスの車掌が連呼するリズムが
風をかすかに震わせている

欧米人が歩く街に散りばめられた
鮮やかなテキスタイルの色が
今日も民芸品屋の店先を飾る
青い空の盆地にすっぽりとはめこまれた
この街に内戦時代の痕跡はない

万国旗がならぶオープンエアのカフェテラスでは
旅人たちが濃厚なコーヒーの匂いに酔いしれる
軽やかなサルサは、それぞれの瞳に映りこむ
ユートピアの表象と溶け合い気化してゆく

デコボコの道の先に見える火山が
今日はすこしゆがんで見える
褐色の農民たちはいつも道の片隅を歩いている
彼らはほとんど足音をたてず、示し合わせたように
一列になって通り過ぎる

2トントラックがヘアピンカーブ
を曲がりきれずにブレーキを踏む
その狭い路肩でじっと身を寄せながら
彼らは街の外のコロニアに帰る
そこではきっと降りやまない雨が今日も
とうもろこしの芯や
ちいさなマリアやイサベルのおもちゃを
グレーの濁流に飲み込んでいる

パトリシア先生は「インディオ」の話になると
いつも困った顔をする
彼らは森の木立の奥深くにいて
教会に行くことを知らない
それだけだ

そしていつものように話を変えると
「安楽死」は正しいと思うか、と
黒板に書いた

昼休みになると
パトリシア先生はバッグから携帯電話を取り出して耳に当てる
相手は年下の恋人で
来年の春には結婚する予定だ

そのあと、このにぎやかだけれど実入りの少ない
外国人にスペイン語を教える仕事を
続けるのかどうかは
まだわからない


青い機械

  今唯

花びらの堆積の下で ウゴメイテイル
         ―ユラメイテイル
機械
それはきっと青い 機械

  子どもの頃 ぼくが創った
  オモチャだったあの小さな機械
  なくしてしまった
  いつか彷徨い出して
  たくさんのぼくが捨てた
  ガラクタや残骸を体にクッつけて
  引き摺っていった機械
               …何処へ?
        …ぼくの知らない深海へ…

あれから数多の花びらが降った

きみが去った海底までを埋め尽くし
花びらが降った

花は皆散ってしまった 今 ぼくは何処に?
        …だれも知らない部屋に…

(落ちて ぼくは探されないまま落ちて)



花びらタペストリィの裏で ウゴメイテイル 
            ―キラメイテイル
機械よ
ぼくは祈り続けるのだ
この一面壁掛で閉ざされた牢獄で
(そして祈り疲れて死ぬのだ)
花の死骸に心地よく囚われたぼくの霊魂が
肉塊を抜け出し
きみの中で目覚めることを
花びらタペストリィの裏で ウゴメイテイル
青い 機械


銀と赤

  苺森


天窓から睨む月の鋭い眼光
コンクリートの醒めた肌
薄明かりの白粉叩く鏡の前
流動体のゆらゆらする夢を頬張れば
牙を剥いた苛立ち、
硝子が口の中で鈍く鳴って
水銀の粒が唇を零れ落ちる、美しく

ときには砂のように
ときには水のように
若いリズムを刻みながら踊る踊る、

掌の上を踊る


まるでそれは生きていた


砕けた破片
噛み締めたら流れだした


美しく銀と赤


黒い涙、マスカラの睫毛でぱちんと弾けば
夜の孤独に滲みゆく
奥で潰れた声の破片が
舌の上
もつれあい転がる銀、銀、銀の

滑る滑る、
赤を

赤の


零さないで

乾いた
砂のように

こころは死んでいた
張り付いたいのち
内を剥がれ落ちるそれは
干涸びて


ふざけた血が 嗤う
ああ、

もう崩折れそうに
祈り疲れた
ねえ、なんて痛わしい空
なんて怠い未来


石女と体温計


ララパルーザ

  Tora

日射病の前頭葉をハンカチで拭いながら
反り返ったガザミの匂い縫い込んだサラリーマンが垂らす竿の
その先280km一日遅れで新聞を読む人々の住む孤島から
おいこらせとやってくる老婆の背負い籠は80kg
魚は全て死んでいるのだし
仲間も皆墓石のように冷たい
いつものように3番目の街頭の下に風呂敷を広げ
潰れたカサゴのような体をはめ込み終えると
老婆は項垂れたまま小さく「買わんねぇ」と息を吐いた

老婆には脛が無かった

時折爆風のような排気ガスが老婆を襲うが
茶菓子にもならんばいと言いたげな眠そうな眼で
薄らぐスモッグめがけてただ「買わんねぇ」と語りかけるだけだ
若いカラスミ売りが時々やってきて
老婆のテリトリーを犯す
露出狂の乳房の谷間には札束が埋もれて
老婆が3度まばたきする間には 意気揚々と帰っていくのだが
老婆のつり銭籠が満杯になる日は決してなく
いつものように7本目の街灯の前 ファーストフード店の
割引チケットを手にした行列が 途絶えることも決してないのだ


俺は遠く280km先の郵便局員にも聞こえるように
すう はあ すう

うまか魚ばくれんねぇ!

と叫ぶのだが
やはりつり銭籠は満杯にはならないし
老婆にはもう背びれが生えてしまっている
一瞬ぶるっと背びれが震えたのは確かだ





玄関の扉を開けると
遅かったねと母が俺から魚を受け取る
3畳ほどの台所で腐った魚と泥を煮る母の
両の足に脛は無い


蝶々

  樫やすお

また私の、悲しい試みが笑われたそれは私が
ちゃくせきしていると僅かな沈黙を隠すため
に仕方なくわき起こるものなのだが私はそれ
に耐えなければならなかった、沈黙に
                 遠く及
ばない地点から海がはじまっている」そこか
ら水源までの距離を踏査しつくしたものは誰
一人としていないしかし「かつての地上」か
らそれを絵に納めようとした何人かの見知ら
ぬ友人たちが歩きはじめたのもあるいはこの
地点であったかもしれない。


見つからない
      一つの木陰ががやつれた私には
必要だったのに/(多くの時間を費やして蹲
っている最果てで)結局むすばれることのな
かったむなしい宙を埋める試みに「沈黙であ
ったがゆえに」跳梁する私たちは電線に引っ
かかっていた……


「朝起きたときにはもう朝は過ぎていて、そ
の日の朝刊にはたくさんの事件のことが載っ
ているのだが私は構わない何が起ころうと、
私を助け出すか他人を助け出すかそれはどち
らもふさわしく思われるのだが、」何より大
切であったのはこの蝶/ここを自由に行き来
する

  
羽音に合わせてりんぷんが部屋に満たされた
私の呼気はやがて高まってベランダでたばこ
を吸っていた見知らぬ友人が砂を一握り下さ
った。


リジーの農場

  ミドリ




農場のメンドリは 
疑いようもない事実で
彼女は家庭におさまるような タイプではない
タマゴの産み手としては一流だが
誰の助けも借りずに彼女は 一人でタマゴを産む

シンディという名前のそのメンドリに
メロメロになっているのがリジーだ

リジーはやたらと態度がデカくて
ヘビや昆虫を捕まえるのも 得意だったが
農場の責任者に就いたその晩
リジーはシンディーを酒場に誘ってプロポーズした

彼女は態度を保留し
その場で不用意な発言を慎んだが
リジーをじっくり観察していた

「まるで何事にも無頓着な ヒツジみたい・・」
シンディーは心の中でリジーの事をそう思っていた

リジーは農場の経営を
ライバル会社から守った手腕を買われ
異例の抜擢をされた

大手には出来ない事をやる
リジーはジンの入ったコップ強く握り締め
シンディーの目を見つめた


農場で深刻な問題が持ち上がったのは
効率的な経営の為の戦略づくりに のめり込むあまり
農場を営んでいく 本来の目的を忘れてしまったからだ

ある日の午後
労働省から来た役人と
リジーは接見した

農場で悪質な違法行為が行われていると
匿名の通報があったと 役人は語った
通報が事実であるとすれば
場合によっては重い処罰が科せられる事でしょうと
役人は重々しく言った

それまで一言も口を開かなかったリジーが
ソファーから立ち上がって言った
好いでしょう
全てをオープンにしますよと 両腕を広げて言った

気の済むまで農場を見て行って下さい
農場の経営は
法を遵守した上で
すみやかに行われています

彼は晴れやかな顔で
役人の目を見つめ返してそう言った


夕方 執務室のドアをノックしたのは昼間の役人だった
「ミスター 通報は全てデマだったようです
 大変 失礼しました」

リジーは役人のその言葉に背を向け
窓の外に 西日の集まる畑を見つめていた
「今度 もし どこかでお会いするご縁あるとしたら
 もっと 好い話をしたいもんですね」
役人は
恐縮して頭を垂れて 部屋を出て行った

リジーはすぐに内線で秘書のクィーニーと連絡を取り
全従業員を今すぐ会議室に集めるよう
指示を出した

リジーの机の上には バラの花瓶と一緒に
シンディーの写真が 一番目に届きやすい場所に置いてある

彼女は シンディーは
俺がどんなことをすれば 喜んでくれるだろうか
そしてあのプロポーズに
いつかその承諾を与えてくれるだろうか

彼の頭の中のドライブ回路が
ブンっと強く回転し始める

仲間と親しい人たちを守りたい
それがまだ 街のゴロツキに過ぎなかった頃からの
今も変わらぬ
唯一無二の リジーの信条だ


リリィ

  キメラ・ル・グランティーヌ

虹色をきみにこぼした
そらを云うほどは見上げてなかったから
ことばが透明な箱の中とうとつにうまれた
星色の媒介をみおくる
海をきくほどは閉ざしていなかったから
瓶をゆらした琥珀のひかりがまっくらに
散らばり
足跡を消しさった永遠としおさい
こえを澄ましたままの清流が
桃色に染まりきったように
リリィ
こゆびつないで

どこかしらまでは
木々のざわめく暗い森を観て
いなくなってしまったの

かぜはうらぶれず恋人
スカーフをたなびかせ
ひやりのさすままに
どのくらいの硬直からたすけよう
リリィ
可憐で儚き一輪の

うえにはきっとひろがる
すませばまだなってる
とけこんだペルー糖のいろけ
ねいろが瞬時に死んだあの
あの街角で


まぶたのそばで夜をおさえて
リリィ

もうすぐたくさんの星のまんなか


ロシータ

  コントラ



ローサは表通りのブライダル用品店で
働きはじめて2年になる
頭上にそびえるオフィスビルの
硬質ガラスに跳ねかえる
朝日を見ながら、店の前の道路に水を撒いている

青ざめた空気の向こうに地下鉄
のランプが点灯している
オフィス街の谷間に残された
インナーシティには古びた
がらっぽのビルがいくつも
ならんでいる

そんなビルのうちの一つの
細長い壁面には
巨大なマラソンランナーがゴール
のテープを破っている
オリンピックの年に
つくられた壁画だ

最近、ハリウッドにある
夜間学校に通い始めた
そこは1学期3ドルという無料同然の
金額で、来たばかりの移民たちに
英語を教えている
木の床にならべられたイスに座り
夜の9時まで先生の課すテーマ
について英語で書く

朝、店の前を掃除しながら
ローサは「書く」ことに
ついて考ることがある

バスに乗って街のなかを
移動してゆくとき
目のなかのモザイクを
流れてゆく交通信号やテールランプの帯
あるいは
船底のようなスーパーのキャッシャーで
メキシコ人のパートタイマーたちが
ドル札をさばいてゆく指先

蛍光灯の下で削るようにペンを
走らせてゆくと
ありふれた風景の断片も
離れた土地に移り住んだ人々の生の表出を
いくつものレイヤーに
刻み込んでいることに気づくのだ

仕事を終えてバスを待つ時刻
日はかたむき、クレーンが吊りさがった空は
ファーストフードの広告塔や
ラジカセを持って歩く黒人たちを
鍋底のような闇夜のコントラストに
徐々に落とし込んでゆく

追伸

夜間学校で出会う日本人や韓国人は
感じのよい人たちで
ときどきスペイン語で話しかけてくれる

この国に来る前は
(アジア人といえば)
アルトゥーロの雑貨屋の
暗い棚の奥に座っている
無愛想な中国人しか知らなかったけれど


春、翼燃す 春

  椎葉一晃

能う全てを
走る そこで別のお前 恭しく擡ぐ疾走の春
おはよう川の神 その能う全てを お前の全て
の力をだ お前の望むように 俺はもたぐ物 
かい走する明日のその影に産まれたんだ 燃え
る女のリネンのケープ燃えながら走る女が「い
いえあなたは川の神、番う者、辺縁の全ての」
糜爛した辺縁の全ての皮膚まとい 俺は まと
う女が その春の燃えながら体燃えながら駆け
る女の消火するため後追い駆ける男(そうだ彼
は体焼き燃す女を消火するために女の後追う鉄
の男だ!)
壊乱する明日の痕跡に一輪の薔薇挿した(彼が
)挿した一輪の
ある日、駅前の一等地 都市の大商業地区に一
輪の薔薇が現れた。それは
それです、体焼き燃やし走る女 あたし出現し
ました。あたし一人阿鼻地獄!同時に彼は川の
神と番う者、俺は 待て女!「街を商業地区に
する気か!」
足跡を踏み出す 一歩 おはよう川の神 その
水面を私たち全てはすべった 子供たちの投げ
出した石の打つ水紋を 吐瀉された眼があふれ
る羹の上を、いつか海へ出てしまう いいえ私
は「川の神、と番う者」ですか?
都市の大商業地区 梅田のファッションビルを
焼身の女が駆け、男が「追っている、あの女を
消火するつもりで、リネンのケープが灼き付く
前に」
あなたはそれでいいだろう、だが私はどうなる
?この知らせ知らす私は?
「ほら」街を街たる意味に殺ぐ 太陽が我々を
切り分けるもう少し手前、線状に交錯するあの
激烈なる微笑の断面にガラスのように辱められ
るその前に 街だ、お早う川の神「あたしは身
を燃し焼き上げる女」お気に召しまして、川の
神、おはよう川の神、その能う全てを、お前の
全てだ、産まれたんだ、リネンのケープ燃して、
壊走する明日の影の痕跡に、お前は消火するん
だ、俺たち燃え回る子供を、のたうち傷開く、
予定されたあらゆる傷開く─美しい子供たちだ
! 


色彩のカラダ

  みつとみ

わたしのカラダ。
植物のツタのようにほそくねじれて、
せかいの天蓋にむけて、
のびていきます。

くるぶしまでのひたる水。
は さざなみのように、
わたしをすくめ。

日のひかりいっぱいにあびて。
風 にふかれて葉がゆれる、
色彩のカラダ。

ゆれる紅の花を咲かせます。
おおきく手をそらいっぱいひろげて。
色彩のカラダ、
せかいの天蓋をこじあけます。


(光冨郁也)


冷たい春

  前田ふむふむ

どんよりとした鉛色の雨が、わたしの空洞の胸を
突き刺して、滔々と流れてゆく冷たさが、
大きなみずたまりを溢れさせている。
みずたまりには、弱々しい街灯の温もりによって、
歪んだ姿のわたしの言葉が、硬直して映りこんでいる。
それは、無造作に鋏で切り抜かれた真冬の風景―― 、
コンクリートを覆うスクリーンで青白く燃えている。

わたしの内壁をわずかに点滅する、もがくような灯火が、
あっけなく消える一瞬に、
予告のない、手の届かない充たされた時間が
多くの歓喜とともに、強引に過ぎてゆく。
羨みながら、濃厚に、
かなしみの旋律の色を染めてゆく、わたしは、
骨だらけの過去を引き摺りながら
唾さえ出ない口で、乾いた砂粒を噛もうとしている。

幼かった頃、失われた純白の月が、
かならず見えた懐かしい場所に立って
悔悟のおもいを、行く先の見えない脳裏に、描いても、
槍のように尖った雨は、
わたしの衣服を突き破り、冷えている青ざめた肌を
滲んだ血で書いた古びた日記の切れ端の紙に変えてゆく。

わたしは、この春を、
美しく雨の中に咲く桜の花を
溢れる涙のはく膜で、ろ過しながら、
挫折した春を今年も見なければならないのか。

未来の呼吸を頑なに遮断している、春の雨を
この細く、やつれきった手で、掻き分けても
わたしの手には淀んだ赤い血液すらも掴めない。
唯、もがくばかりの、指先に
すれ違うわずかの暖かい季節の眼差しが、諦めるなと呟く。


五月 突風

  まーろっく

五月

わたしのなかを突風が吹き
新しい枝を揺らし
葉はいっせいに翻る

いく筋もの空行が草を分けて進み
口唇のかたちのみが記述を続ける

わたしは書きかけた一通の弔文を
部屋のテーブルに残してきた
開け放った窓のように
青い切手には雲が飛んでいた

南へ!
白い上着に風を孕み
目には光の痛みを突き刺す
それが5月の旅の始まりだ

街の角ごとに渦を巻く
人々の夥しい会話から
聞こえてくる夏の遠雷

きのう、安アパートの大家が死んだ
遠ざかりゆくすべての白い背中に向けて
棺の蓋は音高く槌打てよ!
       (父ちゃん七十三だったわ
         (お風呂で死んだのよ
             (ギュッとなって 
                 (ギュッと 

南へ!
葬列とともに心は北へ去れ
われさきに駆けてゆくわたしたちが
投げ捨てた重い鞄のように何も語るな!

五月
翻る数千の上着に
投げ込まれる夏の広告

五月
張り裂けた鯉のぼりが
数兆の精子を放つ夕焼け

華麗な客船のように五月は難破する

おお 叫喚のあとの全き沈黙
わたしたちの背を押し
この季節から誰もいなくなるまで
吹き荒れよ 突風!


OL

  山内緋呂子

「結婚しないの?山内さん」
とは セクハラなんやけども
小さい都市なのでまあ
お茶菓子とともに 語り合い
娘がおりますけど あんたら 話したらひきますやんかあ
アチラが立っても こちらは立たずですわ
最近は 女がいかに下ネタを
おしゃれに おもろく言うか
研究してますわ
コピーコピー言うて複写
それは腹射でおますか?
「山内さん、先週の議事録、どこ?」

 私のかいた 売上報告の
 
 上に    乗っています


ストッキングはまともにおしゃれが出来ひん
会社帰り用 黒のレッグウォーマーは
昨日 別れたお友達の
「靴下が 切れてるで」
ということで納得

路面コスメ店で
光らへん口紅など探したくはないけれども
フェイスパウダー「舞妓はんの おしろい」のパンフレット
透明感に惚れ惚れどす
崩れにくさは お墨つきどす
絹パウダーは お肌のうるおい守るさかい
嬉しおす

自分は大阪どす

おしゃれなカフェなどに一度寄っても
二度とは寄れへん
何やら おかしな外見らしく
ここは一回目
コーヒーにバナナなどのって
大人の女性は ブルーチーズのパンやろう やっぱり

酒粕やんか

雀荘前で ミニスカートの女の子が
ティッシュを配るようになったのは
「何や 都会になったなあ」思うけれども
若者のファッションビル前の
ホストやらホステス訓練士やらがあかん
仕事で女を見るんやろうけど
誰でもかれでも見てやるな
お前らは
面接で
「趣味はマン・ウオッチング」言う女子学生か
羞恥心は美徳なんじゃ
日本の美を守る一翼を担え
腐っても鯛
草津でも体位じゃ


バス停で 皮のコート着てるんはみんなおばはん


フェンスに直貼り
3月26日 於)県民体育館
デューク本郷など知らんわ


「移転作業 成功させよう」
ダンボール 選挙事務所
成功さしてや




夜道を歩いても
平気かも知らんがそうでもないお年頃であって
公園の近くなどは

健康の為ウォーキング
善良なおっさん

犬の散歩をしています
魚屋のジャンパー


一人目
携帯を出して
通報の用意を認知さす
二人目
犬の金鎖外して
飛びかかってきよったので
「何しとんじゃ あほ 散れや ボケェ」
ということで 落ち着く


あられもない姿
というのは 裸ではなく


おみやげの
クリームパンとベリーデニッシュを
全部 歩き喰いする私

前から来る男の腹のふくらみ
パンを含んだ頬


アパートの先で
肌色のストッキング 白のコート
茶色い髪のOLさんが
彼氏に送ってもらったらしい


パンが おいしかったです


電柱の下

  ひるのひ


瞬きね 一瞬/の
いっしゅん(揺れて)
夜光
虫/
群生/
顕ビ鏡/白地/
散って/ //


  瞬き/鼓動/
  鼓動/動悸/
  鼓動/

しろ
しろ
つき
飛ばす
舞う 離す よ。

壁に触れて 歩いて
振れて 血潮の呼吸で
かかと乗せて 支点崩さないで


飛べたらいい
こんなにも


灯ると集まる
ユリイカを羽音をころさなきゃ
あそこの輪に
放物線を置いてきて
点線は
盲目に語るけど
それって
たったの一割でしかない
不自由ね
こんなにも
不自由ね
光って
箱にしまえば
見ずにすむのに
それって


羽根がいい
透けていて
グッバイって言えば
こんにちは
ああ 違うよ
こんなんじゃない

電柱になる
遠退いて ハロー
それがさよなら


水の旅

  ためいき

水で作られた駅から
街の下層に眠るもうひとつの街へ
幾つかの顔が消えていった

そのひとつが見上げた空
青黒い雲の層の上に
放射状に光の線が広がる
夏の終わりだった

交差点の
古いハイヤーの社屋にだけ
雨が降り続いている
「雨竜」という地名にふさわしく?
ひとつの顔が首を横に振る

顔のただれた娘を抱いて
「新十津川」の漢方の治療院へ
ひとりの母親が、
そこでハイヤーに乗った
雨の声に追われるように

寄り添うように流れる
雨竜川は
水の列車
交差できなかった
時を遡るように
窓に浮かぶひとつの顔は
思い乱れるようにうつむいていた
秋の空の高さを抱いて
雨の声に声を重ねて

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.