#目次

最新情報


2005年10月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜が来るまえに

  ケムリ

崩れ始めたりんごのふちで
濃紺の羽根の虫たちが 灯りはじめた街灯を
水面をわずかに冷やす風にのせて
雑貨屋の紙袋抱えて 家に帰ろうよ みんな帰ろうよ

迷子の影が抱きついてくる
焦げたにおいが遠のいていくさみしさに
ロングピースくゆらせて
枯れ始めた庭ははっかの匂いがする

はだかの猫たちが路肩で震えてる
笑えるなら笑えばいいと
ポケットの煙草の葉っぱ撒き散らして
無邪気な影が重たすぎるんだ 

ただ 夜になると いつも 落ちていく
穏やかな朝を呼んで来ると言うけど
この世の果てで眠り続けてる
あなたは想像の果てで待っていると

ぼくらは家に帰れる
歩きつかれた虫の温かさで
ぼくらは家に帰れる
洗濯機の中で乾いていく星たちに

西日を嘘にしたセーターの匂いが
立ち枯れた指先が世界に触れていく
あなたはすすきを揺らす風に疲れて
僕らはそこで再び出会うだろう

疲れた靴底を優しく重ねて
落ちていけるやわらかさ
あなたはそこで笑って
きっと 何度でも


空腹と痩せた猫

  アメ

晴れた日の海沿いの路地には猫が落ちていて
3秒見詰めるとにゃぁと鳴くのだ
と 君が言う

言われたとおりに歩いてみたら
やはり沢山の猫が昼寝をしていて
しかし見詰めたら順番に逃げられた

君は隣で微笑んでいる


この陽だまりの裏側で
わたしは痩せた黒猫を食べ
黒猫は良いよ良いよと鳴く
ちらりと君のことを
海沿いの路地を思い出して
わたしは切なくなるけれど
痩せた猫と一緒に良いよ良いよと喘ぐのだ
何度も何度も
良いよ良いよと喘ぐのだ


さて陽だまりの中

君の髪は金糸の如く日に透けて
この肩を抱き寄せる腕は力強く温かく
ああなんて満ち足りた気分だろうと
わたしはうっとり目を閉じる
しかしなぜだかお腹が空くのだ

黒猫はいつかわたしに咬み付くに違いない
その痩せた腹に飲み込んでしまうに違いない
今は良いよと鳴くだけだけど
いつかは海沿いの路地も崩れて消える


しかしなぜだかお腹が空くのだ
君の横でもお腹が空くのだ


寝顔

  ミドリ



リモコンで冷房を止めると
舞はサングラスを外し
主食のサプリメントを口に入れる

白いタンクトップの下の
ブラを外すと僕は
乳房をつかみ
強くキスをする

そのまま二人はベットから落ち
椅子で頭を打ち
テーブルの下で
パンツを下ろして
古本のように積み重なる
アルファベットのBみたいに
強く抱く

抑制の効かなくなった体がふたつ
互いを求め合い
ギュッと抱きしめあって
キスばかりしている

電話台で
ファックスの音がして
咳き込む舞が
身を離した瞬間

僕らは群集の中にいた
排気ガスを吹き付けるバス
交差点で立ち止まり
広告の看板の文字が
人々の行動をレイアウトしていく
ローティーンの少女たちが
アヒルのように
ミスタードーナツに入っていく

レジスターがあき
つり銭をジャリと掴む
店員の指
カフェバーでコンサバの女が
薬入りのカクテルを飲まされ
便所で輪姦されている

ソープランドで働き始めた舞は
帰るなりヒールも脱がぬまま
座り込んで泣いている

僕は舞の着替えを手伝って
身体を拭いてやる
タバコを吸った後
少し吐いた舞を
ベットに寝かしつけ
灰皿の上で
火をもみ消した

防音ガラスの中で
ビリビリと耳を這う
地下鉄の工事が
束ねた髪の
舞の寝顔を
乱暴に寝かしつけている


黒い豆

  一条



百足のスパゲッティの茹でる夏
無常のからまりが
ラの音をソのように鳴らしながら
すべてのメロディの半音を下げている

ぼくが受信する
一日に百を超える得たいの知れないアラートは
プログラムされた奇妙な音声を
繰り返している

「色は二歩へと」

「色は二歩へと」

「色は二歩へと」


**


ある日
白球の高く舞い上がるグラウンドの
中央で
ぼくたちはどうにも落ちてこない白球を待った

いつまでも落ちてこない白球に
観客は呆れ
やがて審判はゲームセットをコールしていなくなった
しかしぼくはあれが落ちてくるのを待つしかなく
テレビはコマーシャルばっかりで
ぼくはいつもアウトだった



ある日
公衆電話のボックスの前で
ぼくは待った
中では恋人同士がいちゃついている
ぼくはやはり待つしかなかった

やがて恋人同士は疲れ果て
ぼくには愛想もくれず
ボックスを後にした
ぼくはいそいそとボックスの中に入り
濡れ濡れの受話器を手にした
そして全国に散らばるぼくの縁戚者に
片っ端から電話した
だけども誰にも繋がらず
テレホンカードがピーピーっと
鳴り止まない



百足のスパゲッティの茹でる夏のある日
爆発するレコード屋の
レコード針を買いに
久しぶりに市場へ出かけた
そこでぼくが目撃したものは
花を売る少女が大人たちに
次々と買われ
道端のあちこちに置き去りにされた花
なぜかぼくは空腹を感じ
ぼくにふさわしいランチが食える食堂を探した
お子様にふさわしいお子様ランチが
いくつも陳列された店の前で
ぼくは立ち止まり
雨が落ちてくるのを、待つしかなかった


そして

無限に近い時間が過ぎ

無数の黒豆が

落ちてきた

ぼくが待たされ続けた世界の

閉ざされた

天上から

 
  black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black beans are falling from the ceiling..black bea


  紅魚

 
水が流れるから
行かなくちゃ。
呼んでる、
哀切のジンタ。
秋風が運んできたんだよ
ご愁傷さま。

青い青い青い空の青い巻き上がるよな螺旋の感覚に頭の天辺から急速に絞られるようで泣きたいのだか笑いたいのだったかそれさえもう判らない其処にあるのは反作用の重力だけ。左廻りに浮遊する重力――。

秋の空は嫌い、
秋の空は嫌い、
何処かに行ける気になるからね、
本当は何処にも行けないのにね、

彼岸花が咲いてます。
空気に流れだす紅色がまるで焔みたいで
一等好きな花なのに
僕は恐くなってしまったりもする。
あのね、
ごんぎつねの葬列を思い出すんだ。
これは内緒の話。

風のゆるやかが髪を揺らすのが水に巻かれるのと酷く似ていてその重苦しい安堵にうんざりしそうな自分が嫌い飛ぶ夢を見なくなったあの日を思い出したくなくて必死で藻掻いている。喪失が僕を酷く不安にさせる――。

見世物小屋が出ている。
猫娘がしきりに手招き。
祭りの住人になりたくて、僕は、
カルメ焼きの馨で生きているつもり。
金魚と一緒に泳げる、つもり。
ペロリと出した舌先は
林檎飴の紅。

水が流れるから
行かなくちゃ。
あれはビイドロの音色。
真っすぐ行くんだよ、
間違うな。

見渡せ過ぎて怖かった。
烏瓜が揺れていて、
百舌鳥が啼いたりしていた。
右を向いても秋で、
左を向いても秋だった。
何処までも、秋、だった。
青い空と彼岸花と、
昼の月。  
 


  ミドリ



窓をあけ
洗濯物をサッととりこむ

旧式の黒電話を
ガチャンと切る

髪の毛を
ポニーテイルにしてみたり
変な格好をしてみたり
古びたノートの上に
点々と
「なぁに?」と書き込んでみたり

フレアスカートのポケットに
砂糖を入れ
くもったカフェの隅の席で
そっとカップの中に
塊りを半分落とす

私はそうやって
少しずつこの街を
占領していく

カップにミントを入れ
踏み倒した公団住宅の家賃の
架空の領収書に数字を入れる

私はそうやって
この国を
少しずつ占領していく

扉があくと
関係に区切りをつけるように
新幹線の扉は
またみんな閉まる

品川から列車は
私とヘブンスモーカーを乗せて
煙をたなびかせて運ぶ
男は
セブンスターを
背広の内ポケットから取り出し

差し戻すように
名刺入れに重ね
隣の女の手を握ったあと
また唇にはさむ

壊れたプライドが
打ち消していく言葉を
手のひらで持て余すように
唇から煙を吐き出す

日常の殺風景な景色の中に
消し込んでいくSOSの発信機が
ブルブルとテーブルの上と
椅子の下と
膝の間でふるわすように

女のガーターベルトをたくし上げ
そしてズッキーニを突き上げるように
男は私の中で
果てる


淡水魚

  光冨郁也

七月の雨、
アルバイトの休日、
自らの髪をかきあげる。
爪から指の間に、流れる。
部屋には、青い光の点滅がある。
わずかに開けた窓からは、水の音がする。
身体を曲げて、寝返りをうつ。
手を伸ばし、コロンのビンをとる。
なめらかなビンの感触。
指をからめる薄い幅の形。
青いコロンを、
胸にかけ、手を床に落とす。
微かに霧が、空中をただよう。
白いカーテンから、もれるのは、ぼやけた光。

テーブルの上の、水槽に、
一匹だけの、ベタが、
長いひれを、ひらめかせて、青い。
水草の気泡がゆれる。
ガラスのケースに、水滴がついている。

外は雨音。うたたねを繰り返す。
自分の肌に頬をつけ、
寝返りをうつ。風がある。

ベタが水面から空気をとるため、
顔をだす。
ゆっくりと、息をして、
水槽の底に沈む。
ほかのベタと一緒だと、
一匹になるまで争う、
闘魚。

水草に隠れて、
泡だけがこぼれるように、
水面に向かい、小さく壊れていく。

目を開けると、外は夜の激しい雨。
わたしは、自分の肩を抱いている。
先日の、入庫のアルバイトで、
知らずに痛めた肩が、はれている。
フロアで、
わたしと視線を合わせる女が、ちらつく。
(何でわたしを見る)
喉が渇くので、
氷水をつくりに部屋をでようと、
ベッドから起き上がる。
そのまま、腰かけ、
息を吐く。
指先で筋肉のほてりを押さえる。
肩からしびれる指先までの、
輪郭が、青い光の点滅で浮き上がる。
拳を握る。
窓から雨が降り注ぎ、床にはう。
わたしの夜の、静かな、沈黙。

足元が濡れている。
女の形の水草が、頭を上げる。
足首をつかむのは、
あふれてくる、水草の手。
腰に、水草の脚があたる。
わたしの肩に、水草の腕がまわる。
わたしの首に、顔をうずめる。
唇の形を確かめたく、
わたしは、水草のあごに指をかける。

紅に塗られた輪郭に、爪がすべる。
水草の目を見つめる。
水草の透明な瞳を通して、
夜の風だけが、覗ける。

ひんやりとしたコロンの、
ビンの中に、
わたしはやがて、閉じ込められる。
指をからめられ、
水草と結ばれるように、
長いひれをなびかせて、
水面から顔をだし、
わたしは、息をするために、歯を見せる。


フライング・キャット

  海恋

まるいフルムーンの夜

空を飛ぶ猫の行列をみた
茶虎、ヨモギ、三毛
黒猫も白猫もいる

それぞれ前脚を
ふにゃりと広げて
尻尾は風に任せる儘に

恍惚とした

満たされた表情で

次から次へ
それは壮大な光景で

群れて

あたしの上を
ゆっくりと
ゆっくりと

雲が遊ぶように

おごそかに

飛んで行く

そしていつか
遠くに
見えなくなった

* 掲載にあたり 携帯端末での折返しを改行として復元


剥製

  鈴川夕伽莉

うさぎの体表から柴が覗いている
短くて白い毛に混ざってびっしりと
柴箒だかタワシだかに似て

「どうしてですか」と問うても
うさぎは小馬鹿にするように
充血した瞳を光らすだけでした

昼には弟が帰ってきました
うさぎと話せるのは彼だけだというのに
奴隷のように押し黙り草刈るばかりです


夜になればきょうだいで肩を寄せ合い
裏の離れに寝ます
妹がようやく闇から帰ります

めずらしく「独りでは眠れない」と
重く伸び過ぎたマッシュルームボブに涙を滲ませる
私は落ち着くまでと抱き締めるのですが

彼女は一晩中叫び続けました
あああああああああ波が 来るんだよ
あああああああああみんな 死ぬんだよ

妹を抱く手に力を入れるほど
弟が怪訝な顔をしてこちらを睨みます
眠れないのはそいつだけじゃないんだ


私の念仏は子守唄でした
教えてくれた人はかつてこの家に居たのか
それとも認識自体が幻であるのか


潮騒の音で目を覚ますのでした
昨日まで田園風景の広がっていた
離れのぐるりを海が囲みます

黒潮だから黒い水なのだね
むこうの岩壁に打ち寄せては牙のように高く
波を躍らせ砕き散らすのです

それは当然の如くにこちらまで押し寄せ
昨日耕した畑もうさぎの食糧も離れの古びた畳も
ざらりと嘗めて向こうの用水路まで流れ込む

本当だね
あれだけ耕した畑も明日までに干乾びて
塩が噴出してしまうのだろうねえ


ふたたび昼が訪れると
うさぎの柴の謎が解けました
彼はずるりと脱皮をしたのです

柴が骨の役割をするので
即座に立派な剥製が
出来上がるのでした


アスワン=ハイダム

  コントラ

砂粒の記号は砂漠気候を示していた

油田地帯の真昼
地図帳で見ると
デルタの首都から南下する河は
ダムの南でふた手に
わかれていた

地理の授業は午後4時から
ビルの5階の教室ではじまった
大きな窓からは
観覧車と
弧を描くぺディストリアンデッキ
その上をひとびとが移動してゆくのが
まるで電子のビットのように
ちいさく見えた

青ナイル川/白ナイル川

港湾の排気ガスがのどを
つきさす
学校帰りの遠い舗道
陽のあたらない
切通しのプラットホームで

チャットするたび揺れる
彼女たちのスカート
耳を澄ませると
丘陵地帯の長いトンネルを
抜けてくる電車の轟音が
ずいぶん前から聞こえていた

どこにいるのかはわからない
ただ銀の扉が開くたび
聞こえてくる短いメロディと
フロアを流れてゆく
つややかな電光

ファーストフードの
飽和したゴミ箱
臨海地帯の芝生に3人
僕たちが行き着きたい
どこでもない場所は
ここしかないと
目で合図しあった

たった一人だけで
ぺディストリアンデッキをあるいていた
観覧車の光の輪が燃えて
凍るような12月の風
暗い夜空のドームにはなにもみえなかった

細長いビルの5階の教室で
まぶたの裏にはりつく
蛍光灯の光
白・マイナスの残像
黒板にチョークで記した
アスワン=ハイダム
青ナイルと白ナイルが交差する
ラテライトの大地に

青と白の二色の旗を立てて
薄闇/白粉を塗った少女たち
パゴダの遺跡がある
村の夕暮れに
僕たちを招待してくれる

真昼のつよい光を
ビーズの刺繍の入ったキャップで
目を細めて
写した記念写真がいま
僕の手のなかにある

5階建ての予備校の教室で
いつからか
僕たちは砂粒をコンテナに詰めてはこぶ
港湾の労働者だった

冷たく青い冬の空の下
襟をたて
視界を閉ざすヘルメットから
決して見上げることなく

模試の順位がプリントされた
小さなブックレットを下敷きに
して眠りこんでいた


枕を探して

  りす

猫の背中をハードルのように跨いで妹の家へ向かう
枕に調度いい曲線が見つからない
埼玉の猫の質も落ちたもんだ
玄関を塞ぐ妹の背中は 跨ぐに跨げず
つんつん押して 先をうながした
太っているほど 徳が高いのよ
地層プレートがずれる時代
郊外のアパートメントに住む女子労働者にも
高級な思想が滑り込むものだ
高級な妹には高級なお土産
コージーコーナーのデラックス苺ショート
苺がのっているだけでなく スポンジの階層の中に
苺のスライスが織り込まれている 崩れやすい一品
食べるの下手ねえ、育ちが知れるわ
育ちは一緒の筈だが 曲がった角が違ったのだ
おっ、いい枕があるじゃないか
ソファで丸くなるアメリカンショートヘアに顔をうずめる
ああっ、ジュピターに何するの!
ジュピターの背中は香水の匂いがした
昼間は一人でいるの?
誰が?
ジュピター。
持ってくの?
何を?
ジュピター。
猫のマークのダンボールが 壁画のように並んでいる
仲良く二匹 同じ方向を向いて たぶん同じスピードで
五年と三ヶ月かな
ふくよかな五本の指が意外に素早く折り畳まれ
ゆっくりと時間をかけて元に戻る
最初の一歩が早いのに 戻るうちに追い越されてしまう子
狭い場所に車庫入れするように いつも腰のあたりが戸惑っている
やっていけるか?
ジュピターなら大丈夫、適応能力があるから。
猫の背中をハードルのように跨いで家に帰る
埼玉には何でこんなに猫が多いんだ
跨いでも跨いでも夜になると 並んでいる
人が捨てた枕の数だけ猫がいるのだ
だから適当なのを持ち帰って 枕にして
寝てやるのだ
ジュピター、君は枕のように
夢の染み込んだ猫になっちゃだめだ


流星雨の夜(マリーノ超特急)

  Canopus(かの寿星)


海上を突っ走るマリーノ超特急は
どこまでも青い廃虚やら波濤やらが
混じりあったりのたうちまわったりで
車輌の隙間から
夜が入りこんでくる頃には
俺もアンちゃんもいい加減しょっぱくなる。
こんな夜にはどこからともなく
子どもたちの翳がやってくるんだ。
ひとり またひとり。
いつしか客車は
子どもたちの翳でいっぱいになる。

客車の最後尾は
夜になっても灯りが点らない
俺とアンちゃんは
錆びた義肢がやたらに疼いて
この時刻にはすっかり眼がすわっている。
痛みはアルコールで散らすのが
大人のやり方
子どもたちの翳がやかましくてしずかで
どうしようもない星空だ。

あ 流れ星。
夜空にまんべんなく降り注ぐ流星群に
子どもたちの翳は歓声を喚げる。
また流れ星。またまた流れ星。
天をつらぬく光線はそれにしても多すぎて
ケムリがのぼりそうなくらいの勢いだ。

夜空に投影される子どもたちの翳。
祈りはとどまることなく続けられ
流星をすくおうと両手を伸ばして
さっきまで暗やみに泣いてたカラスが
どいつもこいつも
瞳を輝かせて笑っていやがる。

ああ そうだ。

俺もアンちゃんも知ってるんだ
こいつは流れ星なんかじゃない。
空にかつてひしめきあった人工衛星のかけら
そいつの迎撃に発射されたミサイルのかけら
遠いそらの向うで繰り広げられた
過去の無色な戦闘の成れの果て だ。
そいつらが毎晩のように地上に降り注ぐ。

ぼくの手みつかんない。もげちゃった。
ママ どこ? ママ?

アンちゃんが眼を閉じたままつぶやく。
ごめんな。
どうやら俺たちはお前らに
世界をそのまんまで渡す羽目になっちまった。

歓声が遠のいていく。
流星雨がやんで
子どもたちの翳は
騒ぎ疲れて眠りにおちる。
ひとり またひとり。
冷蔵庫のような体型の車掌が入ってきて
窮屈そうに背中を折り曲げながら
眠った子どもたちの翳ひとりひとりに
一枚づつ毛布をかけていく。
子どもたちの翳は
夜に暖められて消えていく。
ひとり またひとり。

車掌が子どもたちの翳にちいさな声で
抱きかかえるように
なにごとかささやきかけるが
よく聴き取れない。


メランコリック・ブラウニー

  藍露

【某月某日】

知っている。

ぐつぐつと鍋がかきまぜられる午後。大きな体が鼻歌のリズムで得意げに揺れる。カリフォルニア出身のバーバラは具だくさんのスープを作るのが上手で、定番はクラムチャウダーである。そばかすだらけの老けた赤ら顔をしわくちゃにして、お気に入りの本でも読んでいなさいと棒立ちの一人娘を笑う。彼女の瞳にはいまだにブラウニーを急いで頬張る少女が映っているのだろう。五年前に結婚したメアリーはほとんど料理をしたことがない。せいぜい材料の買い出しを頼まれるぐらいだ。

かつて家族が囲んだ食卓は空席が目立つようになり、椅子はたった三つになってしまった。大学時代のパーティーで知り合った年上のジュードは、「ママの味」をおおげさに喜ぶ。食事はそれなりに美味しいのだけれども、いつしか均一な味になっているような気がしてならない。それとも私が味覚に鈍感なだけだろうか。夫は毎晩、満足そうに眠り、台所では洗い終わった鍋や食器が定位置におさまる。

暗い海水の下で引き上げられるのを待っている養殖貝。取り引きされるのは、柔らかで弾力のある身。大切に守られた中身だけが調理可能なのだ。ここは何重にも網が張り巡らされている。手足の出ない終身刑のクラムスクール。

知っている。同じ味のするスープが並べられる食卓で、舌に何も語らせてはいけないことを。秘密は個体によって静かに咀嚼するもの。

わたし、はまだ産まれてはいない。



【某月某日】

知っていた。

ダブルベットの右隣。寝息を立てる男は結婚前までは優しかった。いや、一見変化のない風景のように今も優しいと言えるだろう。心臓が弱い妻を労り、負担となる出産を無理強いはしない。仕事が終わるとすぐに帰宅して、家族との時間を大切にしてくれる。休日はショッピングモールでの買い物にも付き合い、軽快なおしゃべりでママのご機嫌も取ってくれる。これといった不満はない。なにひとつ不満はない。夜中に目覚めた時にいなくなっていることを除けば。あの扉から漏れる光の先にあるもの。早朝、初老の女がよそのひとに見えるのは台所の逆光のせいだ。

ダッドはもう家に帰ってこない。数年前に子供が生まれて、別の家庭の父親になったらしい。ママは「あの人は仕事が忙しいから」と自分に言い聞かせるように呟いた。年の離れた兄さんたちは就職して東部の都市に住んでいる。何度か転職したと聞いたが、連絡はめったにない。いつ帰宅してもいいように、常に大きな缶には等分に切り分けられたブラウニーが入っている。一番に食べて欲しい者はチャイムを鳴らすこともなく、古いオーブンは甘ったるいチョコレートの匂いがこびりついてしまった。

知っていた。可愛がられた一人娘は「ひとり」ではなかったことを。自慢の庭に咲き誇る花々に与えられたセカンドネームが呼ばれることはない。

わたし、はまだ孕んでもいない。



【某月某日】

思い出す。

万年筆のインクが切れていて、もう何年も買い替えていないこと。輪郭を執拗になぞっていただけで、いつまでも中心には辿り着けないのだ。中心、それはすでに最後の晩餐として調理されてしまったのかもしれない。記憶として記録される物語。表面にしか口をつけていないピーピングトムの沈黙。

ワッフルにパンケーキ、シチュー、野菜のキッシュ、ポークビーンズ、ミートローフ、マカロニチーズ、シーザーズサラダ、タコス、トルティーヤチップスにサルサソースと手作りディップ、ターキーの丸焼きにスタッフィング(詰め物)、クランベリー(こけ桃)ソース、パンプキンパイ......昼下がり三時半の憂鬱。ブラウニーのひとかけをローファットミルクで流しこむ。喉をつめたフォアグラの微笑が売買されている。

思い出す。家中に溢れるレシピの洪水に溺れて、一滴に値する得意料理すら持たないことを。
無知の人体模型 は 既知の空洞 を クローゼット に 閉じこめた。


--------------------------------------------------------------
(m e m o)
--------------------------------------------------------------
[brownie/名詞]
--------------------------------------------------------------
1. <伝説>ブラウニー
   夜間ひそかに家事の手伝いをするという小妖精。
--------------------------------------------------------------
2. (米)ナッツ入りチョコレートケーキ。
  一口大に切り分けて食べるアメリカの定番おやつ。
  (豪) ブドウパン
---------------------------------------------------------------






目の開かない妹は地下水脈でABCの歌を習う
─表面張力と容器、そして無数の種子たちよ─
わたしたちは 次世代のデザートを求めて    
見果てぬ言葉を探し続けている


眠れバオバブ

  ケムリ

如雨露の淵で溺れる蚊トンボに
乾いた骨の擦れる音がする
塩化銅の水辺に真っ赤な葦の啓示が咲いて
子ども達は靴底に優しさを隠した

如雨露がポケットに入らなかったから
みんな両手に青い水を掬って
梳る世界に虹がかかればいいと
やわやわと溶け合うことを夢見ながら

無脊椎の魚が煙の中を
無色透明な友達の影を連れて
補助輪の付いた自転車の音色が
地平の果てに嘘を運んでいく

大人たちはクロールする 
地平の中 かすかに沁みる夕暮れの甘さに
脱ぎ捨てたシャツの彩色の海から
子ども達の寝息が聞こえる

緑の蔦が痛みを連れて 子ども達を抱きとめていく
大人は交わっていく ほどけかけた靴紐を気にしながら
原初の魚が揺らした緑の水面に
青い大人が降り注いでいる

緑の眠り 子ども達は真っ直ぐに空へ
青の循環さえ断ち切るパオパブの午睡で
彩色の海は緑に喰われて行く
青い大人は交わり続ける 緑に終わる循環の果てへ


雨の日

  鈴川夕伽莉


空の大きなバケツがひっくり返ったら
広いはずの世界も一度に水浸し
神様の大きな腕によって
洗い流されるべきものについて

あなたは数え上げるだけ無駄だと笑うけれども

雨が洗い流せるのは
せいぜい側溝に逃げ込んだ落ち葉くらいのもの
それすら鬱積すれば
水の流れを堰き止めるだろうと

あなたは傘を投げ出して行こうとするけれども

こんな日は偉大な循環について
考えるべきだと思うの
つまり
決して乾くことのない戦場から
せめて血液の匂いを洗ってやれないかと
バケツはひっくり返るが
水は一般市民の遺体で目詰まりした街から
流れることが出来ず
神様は次の手を打つ
わざとらしく雲を蹴散らして
血液もろとも蒸発させるわけ

それらを
少しも傷つかないふりをしている
街の空に降らす
つまり
平和ボケしたから次は戦争がしたいと
望んでいる人の需要を満たせないものかと

あなたの

口を開けて歩く癖が
直らなければいいと思っている


愚感

  かさ・やす

    (1)
赤錆た非常扉のハンドルを回したら 
  ことわざのあるに出た
    傾斜する時間のベクトルは復元力を失い
    秒刻が路線地図の上をはいずり回る

    (2)
壊れた交信機から雑音がこぼれ
  地面をはいずり
  鳴きみみずになって耳鳴りを奏でる
     一輪車の少女が
         逆さまに覗いた望遠鏡の地平線を横切る

    (3)
振り子は語り尽くされた物語を繰り返し
中心で繋がれた長針は再び同じ位置にたどり付き深い溜息をつく
秒刻の微小なベクトルは遠心力を得ず
円周から垂直に離脱する幾何学を夢想する

    (4)
時計台の針が横一直線になった日に
星が真下に流れたのを合図に
木は根を大地から抜き出し  
      みごとに茂った枝葉を羽ばたき
        ゆうべ月の昇る方向に飛び立っていった

    (5)
すれ違う灰色の馬が「謙遜したって駄目」だと
教えてくれた時刻に
対岸の岡村と言う町のあたりの灯が
湖面に揺れだしたので
家に帰って鮎の仕掛けを作らなければ


風土

  樫やすお

今朝、飼犬の、黒い、目を見ていたら
撫でるのをやめてしまった

私らの風土は、砂漠に発生した、
畸形ブナの性別だ

閉じられた窓辺の夢が、今日もまた尾をひいて
――ソラ、飛ンデイク
夢が
風景から風景へと過ぎ去り
もう私はただ、ひとをおもいだす
いつかは一日でも私の世界で死にたい

私らの風土は、ほら、
それすらが夢だった

  *

私は一人の藁
咆哮と華麗なオーケストラのどまん中で
自分の尻を握りしめて勃起した
そして
空ではないどこかへ吹き消える


高原に草々が次々と遠くへなびく
狂想曲をぶちまけながら
風が張り裂けるのだ
灰色の霞にある太陽はほんとうに赤い
何か不変のものがあるような気がして
今日も私らはどこかで愛撫しあう

こうなったら合葬してくれればいい
木の歌を聞くひとなどやりきれない
あのひとは、どうしたらいいだろうか?

 (今、坊主が崖から俺をぶん投げようとしている)
 


海を見よ

  

モスグリーンの葉に
茶色がかかり
その樹を見る私も老ける
どういうわけでもないけれど
空を見上げると
雲の合い間から
エメラルドグリーンの海のような
その雲の縁どりはやや黄金色にひかっている岸辺
それは美しい海のような
地表に目を下ろすと
小さな子らが2、3人
砂遊びをしている
私は思った
きっとこの子らは
海辺で砂遊びをしているんだと
しばらくすると
また空に目を遣ってみる
今度は雲は雪の港になっている
輝く白のSNOW
ここは北国の最果て
海を見よ


やさしいひとをふみました。

  中村かほり

やさしいひとをふみました。

やさしいひとの
たゆたう精神がつくりだす
いっしゅんのすきをついて
いっしょに落下する

なるべくやわらかい場所を選んで
やさしいひとをふむのです。

痛がる、でしょうかきみは
痛がり、ますよねもちろん
痛む、ようにふむのだから
痛ま、ないと困ります


「にんげんだからいたい?」


やさしいひとの
やわらかい場所をふんだら
やさしいひとが
きのう食べたものや
じょうざい
たばこ
ぎたー
なんかが
あふれてひろがる

痛いよ、
落下したままの格好で
やさしいひとは
言うのです

それでも
私の足は
やさしいひとをふみつける


いたい?
とてもいたい。

「あのね」

にんげんだからいたいのですよ。


やさしいひとをふみました。
土曜日の朝に
月曜日の深夜に

いまとなっては
やわらかい場所は
もうあらかた
ふみおえていた

私の足もとで
あふれるきみ
ひろがるきみ

もしあした
きみが人間でなくなっていたら
きみをふむのを
やめようと思う

きみから
あふれでたもの
ひろがりつづけたものを
捨てに行かなければならない

きみから
あふれでたもの
ひろがりつづけたものが
私を人間だと
気づかせるまえに


おさるさん

  井上千芳

小学生の頃
「こっくりさん」が流行って
毎日の様に放課後
やっていたなぁ
『あなたの好きな人は誰?』とか

あなたの好きな人は誰?
大人になって
「こっくりさん」に聞かなくても
あなたに直接聞く事が出来るわ

冷めた言葉で私を傷つけようとしているの?
本当は熱い何か、引きずり回して走っているのに

私はあなたにまだ傷付かない
傷付きたいと思っているのに

もっと一緒にいて
もっと手を繋いでいて
もっと傷つけ合って

それとも

あなたの大好きなおさるさんになるの

私を檻に入れて
首輪を付けて
時々爪を切って
時々体をとかして
毎日一回は檻から出して
だっこして

そしたら
あなたがたとえ人間の女の人を
好きになっても

私が一番だもの

人間の女は
口うるさくて
しつこくて
わがままで
退屈で
お顔もお化粧で
嘘つきだから
期待したらだめよ
あなたの本当に大切な事の
邪魔をするわ

おさるの私は
あなたが独りで居たい時には
檻の中で静かに座ってるよ

何か迷っていても
道が五つも六つにも分かれていても
直感を信じれば良い
そのまま行けば良い
おさるの私を肩に乗っけて
自分の歩幅で歩けば良い
生き急いだりしちゃいけない
たまには足を止めて
コンクリートの割れ目から伸びるタンポポに
夕暮れ時の東の空と西の空の違いに
カラスでもスズメでもない鳥の鳴き声に

海へ行って波に揺られて
山へ行って息をひそめて
青から白へ、白から灰へ
灰から土へ、土から緑へ
そして耳を澄ませば体全体が耳となって
何でも聴こえる
遠い遠い海の、人魚のおしゃべりも


眠り

  丘 光平


  降りやまない霧の両腕にやわらかく抱かれ
  岸辺の草むらに浮かんでは消えてゆく
  秋桜の額に不吉な星がそっと灯るころ
  澄んだ水底から聞こえてくるいくつもの寝返りは


  初めから櫂を与えられていない小舟と
  帰る場所も行く当ても知らない川とが
  やがて互いに互いのなかへ織り流れてゆくその空を
  夜は吹き抜けてゆく何ごともなかったかのように


  きびしい星座の胸はやぶれ水と水はあふれ
  眠りようのない眠りを送り届けてくれるのだ
  そしてひとつの右手が紅の氷雪を受けとるだろう
  そしてひとつの左手が手渡すだろう地上の悲歌を


       


川辺にて

  

川辺を歩くことにした
遠くから女の人が自転車の音で
せせらぎを運んでくれた
空には白い月が
バニラアイスのような待ちわび人
川をのぼる
つがいのカラスが餌をついばみ合っている
それを野草の小さな赤い花が祈るように見つめる
橋に着くとやきとりの匂いが鼻に付く
カラスに食わせてやればよかった
橋を折り返し地点にして
川をくだる
やがて森にさしかかると
ある筈もない銀杏の匂いがする
やきとりより腐った木の実を食べていたい
民家のあたりで
はっとひきしまった白い犬の目
口から舌を出しよだれを垂らす
食べたいのだろう
そして下流のほうへ
たくさんのすすきの穂がなびいている
が、私はちっとも寂しくない
そこに自生する柿の木の数多の色づき
川の散歩の終わりどき
夕日に胸が染まる


まさゆめ

  キメラ

ガードレールしたから日輪の渇きがきこえる
大日本中央玄関から地下室の銅線は溶けず
人波の側線でゆめのひびを考えていた
逢瀬の恐怖と喚起をもたらした10月の秋風に
センテンスの膨大な夕闇と声色をしたため
黒いワンピースが視界のなか揺らめく
脳髄から瞬間にセピアはめくり挙げられ
ゆびさきが冷たさを失った

秋風の御壕 スワンが餌付けをねらっているのだろう
対照的な時間枠や波紋を散らす数枚の落葉が
水面下のこどくな屈折ににじりこんでくる
物語のように焼きつき幾度となくふきあがる
噴水イオンの涼しげ
泣き出しそうな雨を待っていた
かたから冷たさがふるえながら
まるで跨ぎの小川に無邪気の足枷
痛々しくも頼もしくひかりに流れる

真っ赤な可憐 肖像を色彩の果て
ここまで連れてきたというのか
赤い花壇遠目の天使 はねにふれながら
オレはもう始まりを覚えずにはいられない
銀座的虚構 包み始めのメロディーが
退廃ではない音律を間引いては
間隔なんてものをカタルシスに委ね
ぼろぼろだったから伝わりはしなかった
エントランスに逃げ込む愚見
下方からの吹き上げる狂叫詩は弾き
耳が囚われている 裸足のまま開かれること
変態奇知外の性行為や滅裂陶に
ステップを鳴らし 心音が空間を媒介し始めた
罪びとだったプリミティブは空白をとびこえながら
かさなる二個のへや影をあそばす 

ほんとうに弱いにんげんなのだった


大きすぎて手に負えない星のこえをきく
かなしみ
かなしかったから
丸の内が
燃えた
きみがないた 血流にあたたかで
すべてを砕き
かなわないくらいのもの

オレもう生きるのだめなんておもっていたよ
きみにあうまではずっと


落下する、衝動

  葛西佑也

空気が抜けてしまって
フニャフニャの
タイヤ
自転車は思うように進まず
空だけが移動していく
ぼくは
取り残されて
夕日は
水平線に足を入れはじめた
秋は落下の季節だった

焦りを感じ始めると
向かい風が
妙に強く感じられた
幸いこの日は
雨ではなかったけれど
世界はどうしても
ぼくという存在を
認めてはくれない
世界に逆行していると
気が付いたときにだけ
ブレーキを握る

今か今かと
紅葉を
待ちわびているのは
何もない日常に色を
添えて欲しいという
ほんのわずかな
わがままで
移り行く日々は
季節感を感じさせはしない
雨に濡れたブレザーの
独特なにおいにも
季節感はなかった

雨が降ったときのために
自転車に挿してある
ビニール傘は
柄が錆びはじめて
穴が開きそうだった
通いなれた道は
いつになく
無味乾燥で
目を離している隙に
全て
落下していく

夢を
追いかけていたこと
本気で
恋をしたこと
孤独を
さみしいと
感じられたこと

すべてはほんの一瞬で
それも気が付かないうちに
日常に
溶け込んでいく

外れてしまった
天気予報を
恨みながら
穴の開いた
ビニール傘を
気休めにさして
落下してくる雨と
一緒に
あらゆる衝動が
落下していく


おしっこ

  一条


教会はおしっこで浸水しているのにオルガンを演奏する日曜日は消えなかった。ぼくは学友の傷ついたひざ小僧を手当てする遊びに興じ、突き当たりの三角公園にてアイスキャンディの溶ける甘い水溜りを作った。赤組は赤い帽子を目深に被っている。日当たりの悪いアパートに住む年老いた夫婦は倒壊したビルディングの残骸が地面を叩く音に、覚醒した、紫色の野菜を朗らかに齧りながら愉快に口笛を鳴らしていた。白い帽子を目深に被った白組はどうやら苦戦しているようだ。赤か白の子供たちが日射され、ばたばたと転倒する。ぼくは追いすがるトラックの車輪に轢断された、ハンドルを握りしめた、ついでに正確に乗算された円周率を誤解した。あらゆる走路は妨害されている。日当たりの悪いアパートの南側の窓に貼られたステッカーを剥がす時、ぼくの滑稽を遠望する馬が馬らしくステップした。ぼくは投げやりにアップルパイを焼いている。失禁しているぼくの近くで鞭はしなりながら、乳母が赤子をぐるぐる巻きにした。目深に被った赤か白の帽子からは黒煙が立ち、やがて子供たちは全員窒息死する、トラック野朗が乗り捨てたトラックは高速道路を快調に走り抜けている。あらゆる走路は妨害されているのに。倒壊したビルディングの付近では様々な格好にコスプレした年老いた夫婦の集団が互いのアイスキャンディを舐め合っている。世界は真暗闇だ。ぼくは赤いボールペンを分解し元通りに組み立ててみたが、どうにもハンドルが握れない。オルガンの鳴っている遠くの教会を浸水しているのはきっとぼくのおしっこに違いない。じょろじょろじょろじょろ。


草むら

  ゆま


わたしはいつでも好きなように
やわらかな道を選んでる

草ぐさ埋もれるその道は
やんわりと足が沈みます

もたげる葉先のその先の
針が一本刺さります
もたげる枝のその腹の
刺が一本擦りつけます

傷だらけになる足元は
わたしの作った道になる

やんわりと沈む足元に
朝露がゆら 冷たくって
夜露がわら 染みていって
私をためす もういいかい
もういいよ

もういいよ

わたしの選ぶその道は
ひとり淋しく通る道

わたしはいつでも好きなように
やわらかな道を選んでは

足をとられて転けるでしょう
足をすくわれ滑るでしょう

やわらかく見えるその道は
決してやさしくないくせに
わたしが死ぬまで続きます
わたしは死ぬまで選びます

H17.8.26


虹とコスモス

  ヒズム

サイダー瓶の陽だまりには
ホログラム地図が浮かんでいて
虹をモチーフに設計された
7層ミュージアムにたどりつけるんだって

そしたら僕はどんな服着て行こう
そしたら君はどんな服選ぶ
旅立つならば
少女コスモス 咲く前に
そう言って 西日で顔を覆った少年


ハロー/ハロー 内緒の話
新しいスカート 真っ赤なスカート
それがいいよ

ハロー/ハロー 少女コスモス
ハロー/ハロー 咲きたいのなら
今日してくれた未来の物語
少しでもいい きっと忘れないで



1層目には水族館
2層目にはコンサートホール
3層目にはギミック絵本
4層目にはクッキーカフェ
5層目には宝石展
6層目にはプラネタリウム
7層目はほら、何だか分かる

少年は苦笑
虹とコスモス



気づけばすっかり虫の音サラウンド
辺りはすっかり虫の音サラウンド


ハロー/ハロー 内緒の話
ジェット音ヒュッと水面めくる
真っ赤なスカート それでいいよ

ハロー/ハロー だけどコスモス
ハロー/ハロー 聞こえているなら
昨日してくれた未来の物語
少しでもいい そっとささやいて


思春期の梦

  紅魚

見えたのは白でした。
風が酷く温(ヌル)かったのです。
彼の人の背(セナ)は虚ろに細く
軟水のように緩やかで
そこで溺れることも出来ません。
有り得ない桃源の底
拡散の手足が百八つ

汽車の律動が遠くからやってきます。
ピィルリと軋むのは瑠璃鳥の聲です

意味もなく駆ける
水を得たように、はしゃぐ
あの背(セナ)に触れたら
呑んで貰えると夢想したのです。

静かに降るあれは何でしょう
何だかとても生きている心地がしないのです

何處かで萌芽の音がします
夜が明ける、
空には月二つ
尾鰭のある赤いのと
鱗のある白いのと
滴るようについてくる
まるで
そう、
眼球のようです
標本にしたいような。

口を開けば
りろりろと音がする
夢ばかり見るから
とうとう入り切らなくなったのです
困ったことにあたしは
雑音を抱えたまま
世界地図を指差して
彼の人に尋ねなければならない

「これはあなたの落とした卵ですか、」

彼の人の笑みは
きっとメサイヤのようです。

水滴が落ちて
空気に波形の動揺が押し寄せる
何處かで萌芽の音がします
砂時計とメトロノゥムが張り合えば如何なるのかを
あたしは知りません


かえりみち

  りす

ゆるんだ眼差しで 育てられた子供は
しだいに 通学路を 塗り替える
眼にうつる 建築の ちがいの 少しずつ
寝床のありかが 匂わなくなる

鉄屑を積んだ リヤカーについて行く
汚れた手拭いを 首にかけた老人 
振り向いては 諭す
 帰れるところで帰りなさい
やさしく揺れる荷台に はこばれる
たりない くらしの 言葉
 これは 人が乗るもんじゃあ ないよ

雑木林の 枝のさやぎが誘う
行方しれずになる 予兆
戸をたてる音がするたび
求めるように首を回して

細葉の垣根の向こうで
人を呼ぶ声がする
親密に丸められた名前の
遠くまで届く 頼もしさ

踏み慣れない ドブ板の形
はじめての道で吸った空気は
吐いても吐いても
おなかの底で 青く燻っている

陸橋を渡ると よその町になる
 押してくれや
坂道のはじまりで 老人が振り向く
冷たい鉄枠に手をかけ 力を込める
 おう おう いいぞ おう 
嗄れた声が弾んで 夜がどんどん軽くなる

街灯の光に 輪郭を取り戻す 鉄の部品 
たがいには接合しない 断面をぶつけあって 
にぎやかに立ち騒ぐ 濡れたような油の匂い
 
 もういいぞ てっぺんだ

遠ざかるリヤカーを 坂の頂上で見送る
 くだるほうが難しいんだ
残された言葉の 辿りたい手触り
振り向けば もうひとつの くだり


  キメラ

起きたての薄ぼやけたひかり
ひとつまたひとつと現れては消える
いつもの窓から朝焼けは時をしらせ
人が死んだ世界で誕生する
彼にはそんなことはどうでも良かった

彼の名前は誰かに知らせる為には存在しない
通りを歩く楽しげな笑い声
海辺のショッピングモールでごったがえす
買い物客の喧騒や心地よさも
彼は流れ逝く全てを対象とし
世界の外側から絶えず見つけ
流れ逝く全てを愛した
初恋の甘さもなく
愛する人の腕の中で見る
永く柔らかい夢もない
ただひとつ間違えなく云えること
彼は決して恨んではいなかった

まだ彼が小さい子供の頃彼には父がいなかった
彼の父は幼い頃白血病を患い若き死を迎える
彼には父親の記憶があまりない
彼は独りで遊ぶことが好きな少年だった
まだ誰も知らないであろう場所まで自転車をこいでは
見つけ出す全ての新しさを好んだ

広い空き地で彼は
一人とても冷たい風を受け
心だけが風を受け入れられぬまま佇んでいた

夕暮れ
空一面を彩るその荘厳に
彼は自分の足元が少しだけ立派になった気がした
夕闇に風がシャツを心地よく揺らす時刻
片隅に捨ててあるひとつの玩具を見つけた
それは電池式であり
繊細な赤や緑の糸が幾つも施されており
電池を入れると内部の電極を通した糸が光り
点滅を繰り返すといった玩具だ
しかし彼には電池がない

どうしようもなくそのひかりが彼の心にひろがる
ひかり・・の点滅がほしい
えいえんにきえないひかり・・・

彼は自転車に乗り家路を辿った
ひかりの玩具は空き地の片隅の樹の下に隠し
何となく見つからないと彼は確信していた
それは紛れもない彼自身だったから

家に着き二階の陽の少ない部屋へと進む
そこには時折思い出したように
薄笑う彼の顔が在る
彼は両腕を天井の方に向け歌う

ピカピカ、ピカピカ、僕のお手手に赤い街・・
ピカピカ、ピカピカ、僕のお手手に青い森・・・


ひどくつかれていた
完全にひとつの運命のようなものが
灼光した炎のように彼の中にひろがる
彼はまだ気づいてはいなかった

あらゆる朽ち果てしモノの中で
大気すらもいとおしく彼の表情をなぞったことさえも


心理を疑獄する狐の疑惑

  樫やすお

ブナの森には雨が降る
白い蛾の何匹もすれ違う中
いつの間にか、そこにある
手に取ることができるのは緑に染まった雨の色

埋葬された密林の奥深く
残されていた いつかの冬の白雪は
雲雀の声に甦る
海面の亀裂
光が洩れる蒼の襞

風景の その風景の霞む森
ここが
森なのだ
と 触れる霧

枝を払って進んだ先で 白い蛾を五匹つかまえた
指の間の雫のように 零れて風に浚われた

不思議な声がする
「私はここにいる、分らないだろう? 」

この硝子のような森と雨
遠くからの印象は
確かにそれと知れたのだが
 


朝に満たない朝に

  丘 光平


空が不吉に破れてゆくのを聞いたことがあった
まだ朝に満たない朝に

私は知らない それがどうしてなのかを
しかし気づいている 
このすみれの咲く泉にも似てきりきりと澄みわたる場所に
冬の国があるということを 

そこでは
住人はみな延々と立っている 
高々とかかげた両手の器を凍らせ やがて出来上がるだろう 
樹氷の群れは

陽のかけらの数が足りないのか それとも
月の分け前をつかみ損ねてしまうのか  

いや彼らは
起こりうるすべてを引き止めようとする最後のくさびなのかも知れない
おとずれのない誰かを守り続けようとした墓標のように

そしていま
降りくだる霧雨はもの静かにその赤らみを増し
もはや遠く 
羽ばたきの定かでないあの白鳥たちの
足という足に焼きついた手形の答えはすべてこの私だ


朝の光の中へ

  丘 光平

私は立っている 夜と朝の波打ち際の
樹海の小さな家に倒れている
一本の老木よ

あなたの流すほんのわずかな熱いものを
あなたの羞恥と恐れとともに洗い流してくれるだろう
崩れた屋根から注がれる雨の光の中へ

そばで見届ける私は
かつて緑の陰るあなたに寄り添い苦しい胸を整えたあの男です
鮮やかすぎる真昼の月を浴びないように

そして
不平ひとつ漏らすことのないあなたの
硬くて薄いベッド 遠い故郷にひざまずくものたちにも似て
この褐色に湿る落ち葉という落ち葉は

やがて時は折れて
私があなたの少し乱れた胸の辺りに
あなたの節くれた手と手を重ね合わせたなら
ひとつの山脈が現れる朝の光の中へ

私は聞くだろう いっせいに立ち昇る
風の形をしたこどもたちを この谷という谷から 梢という梢から
羽ばたいてゆくきみたちは朝の光の中へ


那覇

  ミドリ



国際通りを歩いていたら
みるみる空が曇ってきて
あわてて喫茶店へ駆け込んで
濡れた髪のままコーヒーを飲む

待ってる間に電話を掛けて
那覇で待ち合わせできる時間を答えて
平屋の吹きぬけの
畳の気持ちの良い部屋でハジメと会う

海とか空とか太陽とかに
すっごい魂が混じっている気がするんだ
死んだり病気したりすることが
この空の下で
生きてことが感じられるんだ

ミサトから電話が掛かってきたのは
ひめゆりの塔と首里城を見て
ハジメと一泊する民宿の窓
気持ちの良い風の中

週末はナイトマーケットになる
色とりどりの屋台の道
立ち食いのブラジル料理をふたりで食べて
小さなゲップをした後
生ぬるい夜風の中
ハジメの肩にもたれかかって

公設市場の棚の上にある
ゴーヤーを一本掴んで
タンクトップでサンダルの
私の見えない心を掴む


そしてハジメとふたりでトイレに入って
好ましくない格好で抱き合い
ガンガン ビールをあおって
本能の行方を追うような
濃厚なキスをした後
ミサトの着信へリダイヤルする

言葉にできるほどの
いま確かなものがここには無くて
さらに遠くなっていく気がする

<さよなら私の街 ミサト>

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.