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りす - 2005年分

選出作品 (投稿日時順 / 全9作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


蛮族のいる風景

  りす

 幼稚園のスクールバスには カーナビがない
 かわりに
 「男か女かわかんねえなあ」 
 と園児に言うのが口癖の 私という名の運転手が付いている
 園児という蛮族を乗せるのに 行き先なんてどこでもいいのだ
 いつだって めちゃくちゃなリズムで踊っている君たちの
 その軽快なステップのルールを 私に教えてくれないか

 
 バスの車体に描かれた巨大なひまわりは 
 週末には「じゃあな」と言って 激務で疲れた体を鉄板からひっぺがし
 赤羽あたりのストリップにもぐりこむ
 ウーロンハイを舐めながら年増女の裸を丁寧に批評し 心のケアを怠らない


 「ひかる」という名札をつけた園児のお父さんは私の隣人で
 妻と家庭内別居中なので ベランダにテントを張って寝起きしている
 ベランダ越しに彼と世間話をしていると 
 ときどき「ひかる」ちゃんが顔を出し コンニチワ と 
 私たちに かわいい挨拶をしてくれる
 「ひかる」ちゃんが男か女か わからない
 彼も知っているかどうか

 
 今日は遠足なので 保母さんの不安は増大している
 お弁当を忘れた子供が何人いるだろう?
 彼女は園児のトラウマを最小限に食い止めるために
 早起きして予備のお弁当を10個作ってきた
 ムーンサルトをキメたのに 着地する地面が無い感じ?
 と彼女は不安の種類を説明してくれた
 彼女も週末には不安を蹴飛ばして合コン女王に変身し
 男のたくらみにも体勢を崩さず 自信を持って見事な着地をキメている
 「普通の女です」とのことだ 

 
 学校法人 きぼう  ひまわり幼稚園
 この部分を特に念入りに洗うように ワックスもかけてね
 君もマーケティングの一翼を担っているのだから
 と園長先生から言われている
 蛮族には きぼう という不細工な言葉がよく似合う
 蛮族=希望 私は希望を乗せて走っているから疲れやすいのだ
 それにしても 洗車する週末に ひまわりはいつも留守なので
 彼はいつも埃まみれだ
 たまには 空っぽのバスで ひまわりを迎えに行くのも いいかもしれない

* メールアドレスは非公開


夏のへだたり

  りす

水道の蛇口をひねると
秒針がざっくりと出てきて
洗面台を埋めてしまった
仕方がないので 
それで顔を洗った朝
君に会いに行く

紫外線の指揮する音符が
足元に絡み付いて離れず
歩くたびに 電柱を数えろ と命令する
電柱の数だけ嘘がある
電柱の数だけ権力がある
電柱の数だけ争いがある
そんなデタラメを吹き込まれながら
君に会いに行く

ハンドバッグにいつも
銀色のストップウォッチを忍ばせている君
正確さと意地悪さが双子だとは知らずに
僕の脚力を値踏みしている

夏だというのに蝉は鳴かないし汗もかかないところをみると夏ではないのかもしれない
都会の蝉は声が悪いから追放されたのかもしれない
汗は外側ではなく内側に流れる仕組みに変わったのかもしれない
夏が個人的に語りかけてくる時代はもう終わったのかもしれない

長すぎる時間軸と 短すぎることばの射程距離は
生来 肌が合わないから
いくらデートを重ねても
つないだ手の冷たさに いつも少し
うろたえてしまう

プール帰りの子供たちの 日焼けしたうなじに
走る風はすみやかで 少し濡れている髪の重さを
未来の方向に運んでいる


はばかり

  りす

現代では便器中の排泄物の詳細な観察が可能になり
色艶 形状 サイズを容易に調べることができ
その気になれば写真に収めて持ち歩き 「最近俺に似てきたな」などと
まんざらでもない笑みを浮かべる生活もできるのだが
まだ便所が汲み取り式であった時代 排泄物というものは
肛門から落とした途端 深い暗闇へと消えていくものであり
わたしたちに姿を晒すことなく密かに存在するのものであった
しかしその存在は決してわたしたちの追跡をくらますことはなく
時が経てば大きな柄杓で汲み取られ畑の土に撒かれることで
肥料となり 茄子となり胡瓜となり わたしたちの体の養分になるという
見事な循環の足跡を残していった
もちろん水洗トイレから流された排泄物の行方にしても
下水道を通って下水処理場へという分かりやすい履歴を辿ってはくれるが
まさか下水処理場で待ち伏せするわけにもいかず 水洗レバーを押したら最後
穴に吸い込まれ匿名の存在に変わり果てるのを わたしたちはただ 見守ることしかできない
さらに最近では 望みさえすれば肛門を洗って乾かしてもくれるという厚遇に浴することもでき
不覚にも まるで排泄行為など なかったかのような錯覚を覚えてしまうこともあるのだから
わたしたちと排泄物との断絶は はなはだ深刻であるといえるし あの
汲み取り式トイレの黒い穴に無防備に直面し 不安に震えていた
あの お尻の表情がもう永久に戻ってこないという事実については
もう少し真剣に驚いてみる価値があると思うのだ
記憶を辿ってみれば あの時のお尻の 宙吊りにされたような不安定な姿勢
時おり股下を通り抜ける冷たい風 次第に痺れてくるふくらはぎ
そもそもなぜ こんな不自由な姿勢をしているのかという疑問さえ持たず
ひたすら排泄物を奈落に落とすことだけに集中していたあの瞬間
排泄行為というものが 不安と快感を同時体験するものだという始原へと
わたしたちを導いてくれたあの時を はばかり という名前とともに
もう一度 蘇らせたいと思うのだ


お嬢さん 日傘を忘れないで

  りす

お嬢さん 日傘を忘れないで
届かない残暑見舞いの差出人は
黄金比に似合う言葉が
もう見つからないそうです
葉書の四角い無地が
映画館のスクリーンほど妬ましく
西日にさらして 放置しているそうです

太陽の未練は 偵察飛行しながら
お嬢さんの白い肌を狙っています
白と黒がせめぎあっては許しあう
テキトウなこの世界で
俺は お嬢さんのためなら 台風の夜
ポンズダブルホワイトを買いに
ドラッグストアまで走ってもいいんだ

お嬢さん 日傘を忘れないで
受け取った名刺の数だけ
日焼けの痕が複雑になるから
花の刺繍が美しい その日傘で
名前の散弾を しのいでください
俺は その名前をリュックに詰め込んで
はとバスに乗るから


なにも書かずに投函したそうです
最近は 青いポストもあるそうです
白い葉書の軽さは
残暑のGに逆らって
太陽の隙間をくぐりぬけ
ふわりと舞っていくような
そんな気持ちになったそうです


お嬢さん 日傘を忘れないで
陽射しをさえぎった小さな世界は
街を移動しながら 裏切っていく
影の エージェントの 俺の
道しるべになるのだから


挟み撃ち

  りす

団地の砂場で アメリカザリガニを見た
子供たちの輪の中で 大きなハサミを
低い空へ 突き上げていた


団地の集金当番が回ってきた
住人たちは ドアの隙間から 腕を突き出し
無言で自治会費を手渡す
そそくさと部屋に引っ込む姿は あの
アメリカザリガニ得意の すばやい後方移動に似ていた

アメリカザリガニの背中が 赤く色づく頃
僕たちの平熱は上がりはじめ  夏が来る
ハサミウチ! を合言葉に
僕たちは 前と後ろに網を仕掛けて 
アメリカザリガニを捕まえるのが 作戦だった

集まったお金を見て
「このお金持って逃げちゃおっか」なんて冗談をいう妻の顔は
「このザリガニ茹でるとおいしいよ」とバケツを覗いていた
母親と似てきたようだ

アメリカザリガニの赤い背中を追いかけて
用水路を辿っていたら 隣の町に来ていた 
僕たちは 重たいバケツをぶら下げて
街灯に光る用水路の 青い筋を頼りに
家に帰った


誰もいない砂場に アメリカザリガニがいた
小さな背中をつまんで 持ち上げてみる
体のわりに大きすぎるハサミが
重そうにたれさがっていた

アメリカザリガニは狭いところが好きだった
水草や岩の間
僕たちも狭いところが好きだった
押入れや納屋の奥

アメリカザリガニを帰す場所がないので
部屋に持ち帰ることにした
妻はおそらく アメリカザリガニを 知らない


かえりみち

  りす

ゆるんだ眼差しで 育てられた子供は
しだいに 通学路を 塗り替える
眼にうつる 建築の ちがいの 少しずつ
寝床のありかが 匂わなくなる

鉄屑を積んだ リヤカーについて行く
汚れた手拭いを 首にかけた老人 
振り向いては 諭す
 帰れるところで帰りなさい
やさしく揺れる荷台に はこばれる
たりない くらしの 言葉
 これは 人が乗るもんじゃあ ないよ

雑木林の 枝のさやぎが誘う
行方しれずになる 予兆
戸をたてる音がするたび
求めるように首を回して

細葉の垣根の向こうで
人を呼ぶ声がする
親密に丸められた名前の
遠くまで届く 頼もしさ

踏み慣れない ドブ板の形
はじめての道で吸った空気は
吐いても吐いても
おなかの底で 青く燻っている

陸橋を渡ると よその町になる
 押してくれや
坂道のはじまりで 老人が振り向く
冷たい鉄枠に手をかけ 力を込める
 おう おう いいぞ おう 
嗄れた声が弾んで 夜がどんどん軽くなる

街灯の光に 輪郭を取り戻す 鉄の部品 
たがいには接合しない 断面をぶつけあって 
にぎやかに立ち騒ぐ 濡れたような油の匂い
 
 もういいぞ てっぺんだ

遠ざかるリヤカーを 坂の頂上で見送る
 くだるほうが難しいんだ
残された言葉の 辿りたい手触り
振り向けば もうひとつの くだり


枕を探して

  りす

猫の背中をハードルのように跨いで妹の家へ向かう
枕に調度いい曲線が見つからない
埼玉の猫の質も落ちたもんだ
玄関を塞ぐ妹の背中は 跨ぐに跨げず
つんつん押して 先をうながした
太っているほど 徳が高いのよ
地層プレートがずれる時代
郊外のアパートメントに住む女子労働者にも
高級な思想が滑り込むものだ
高級な妹には高級なお土産
コージーコーナーのデラックス苺ショート
苺がのっているだけでなく スポンジの階層の中に
苺のスライスが織り込まれている 崩れやすい一品
食べるの下手ねえ、育ちが知れるわ
育ちは一緒の筈だが 曲がった角が違ったのだ
おっ、いい枕があるじゃないか
ソファで丸くなるアメリカンショートヘアに顔をうずめる
ああっ、ジュピターに何するの!
ジュピターの背中は香水の匂いがした
昼間は一人でいるの?
誰が?
ジュピター。
持ってくの?
何を?
ジュピター。
猫のマークのダンボールが 壁画のように並んでいる
仲良く二匹 同じ方向を向いて たぶん同じスピードで
五年と三ヶ月かな
ふくよかな五本の指が意外に素早く折り畳まれ
ゆっくりと時間をかけて元に戻る
最初の一歩が早いのに 戻るうちに追い越されてしまう子
狭い場所に車庫入れするように いつも腰のあたりが戸惑っている
やっていけるか?
ジュピターなら大丈夫、適応能力があるから。
猫の背中をハードルのように跨いで家に帰る
埼玉には何でこんなに猫が多いんだ
跨いでも跨いでも夜になると 並んでいる
人が捨てた枕の数だけ猫がいるのだ
だから適当なのを持ち帰って 枕にして
寝てやるのだ
ジュピター、君は枕のように
夢の染み込んだ猫になっちゃだめだ


柿を採りに行く

  りす

重ね着する理由を 問いかける間もなく
君は白いコルテッツに履きかえる
土間に脱ぎ置いたタイトブーツの空洞に
答えはあるのかもしれない

柿の葉は落ち あかい実だけが落ちあぐね
今年は豊作なのよ という君の
見上げもしない視線には 
黒い幹が 漢字の前触れのように
見えるのかもしれない

マフラーで隠した首筋に棲む
慎重に閉じ込めた台詞が
ボタンを外して胸を開き
乾いた柿の葉のように割れるのは
今日ではないのかもしれない

農協に出しても安いのよ 
梯子を架けながら揺れる腰に
ぶら下がっている手鋏を
慣れた仕草で指に収め
懐かしいはずの上目遣いは
一瞬の交わり残して角度を変え
柿の品定めに逃げてしまう

厚手のスカートを手で押さえながら
久しぶりだな 
弾みの悪い言葉と一緒に
君は梯子に足をかける
押さえてようか と問いかける間もなく
君はするすると梯子を上り
これでいい?
と手鋏で柿を示す

これでいい?
これでいい?
これでいい?

頷けば頷いた数だけ 落ちてくる柿の実

籠が一杯になっても 君はマフラーを外さない
その温度を持ったまま 
汗ばんだ冬を やり過ごすつもりなのだ

これでいい?
これでいい?
これでいい?

頷きが止まらない
食べきれない柿の実を抱えて
冬を越す 人もいる


たったひとつの冴えたやり方

  りす

あなたの肩はスムースな浅瀬を求め
雑踏の隙間を測り始める
伊勢丹の温かい黄金電飾が
零れ落ちては流される明治通り
広告塔に見とれるふりをして
その先の空を探す

五年前この上空を飛んだとき
あなたは眼鏡をかけていなくて
見えないから怖くはないと強がった
薄い機体にくるまった固い体温
このまま堕ちたらラッキーかも
そんな言葉を東京湾に落とした

眼鏡をかけたあなたは
ルーラーで雑踏に升目を引き
薄い肩を滑り込ませる
背中を見せないこと
あなたの好きだった言葉
たったひとつの冴えたやり方

世界堂で青いボールペンを買う
新宿通り
言葉が溝であるような
暮らしの始まり

アフタヌーンティーで来年の手帳を買う
甲州街道
日付が鍵穴であるような
暮らしの始まり

風にめくれるコートの裾を
手で押さえる接触も冷めて
空に逃げていく体温を追って
西口の長い歩道橋を上る

あなたが跨いだ残り火が
街に馴染んで消える時刻を
空に近い場所で
待つことにする

文学極道

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