#目次

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2005年12月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


グルグル

  大覚アキラ

グルグル回って
いつの間にやら元通り
ピンクと緑のストライプ
グルグル回って
薄気味悪い茶色になって
食べてみたら
結構イケるぞオイ
と思ったら腹がグルグル
地獄の一週間が始まるのである

 月曜日は耳鳴り地獄
 火曜日は歯磨き地獄
 水曜日はヘソから蟲がわいてきて
 木曜日に人面瘡ができて
 金曜日はチェーンソーを買いに
 土曜日はハルシオンを買いに
 日曜日は●●●を買いに

愛とか恋とか
そんな定食メニューみたいな言葉
豚の餌にもならない
そんな言葉で詩を書くヤツには
おれが呪いをかけてやる

そしてまたグルグル回って
贖罪の一週間が訪れるのである

 おそらく
 雨は夜通し降り続いたのだろう
 砂浜は湿って重く
 遠い記憶の中の接吻を思わせる
 季節外れの海辺には
 あたりまえのように誰も居る筈もなく
 打ち寄せては消え
 消えてはまた打ち寄せる波だけを
 ただ眺めていた月曜日
 魔除けのお札をプリンターで出力し続けた火曜日
 それをフリマに売りに行った水曜日
 それを海辺で泣きながら燃やした木曜日
 それで大火傷した金曜日
 それぞれの土曜日
 ソ連邦に行ってみたくなった日曜日

気が触れたフリなんか止めるよ
ゴメン
おれが悪かった
昨日の夜中
酔っ払った勢いで
ライフ・イズ・ビューティフル観ちまった
泣いちまった
大泣きしちまった
泣いた後で気付いたんだけど
グルグル回ってたのは
おれじゃなくって
オマエだったんだな

* メールアドレスは非公開


柿を採りに行く

  りす

重ね着する理由を 問いかける間もなく
君は白いコルテッツに履きかえる
土間に脱ぎ置いたタイトブーツの空洞に
答えはあるのかもしれない

柿の葉は落ち あかい実だけが落ちあぐね
今年は豊作なのよ という君の
見上げもしない視線には 
黒い幹が 漢字の前触れのように
見えるのかもしれない

マフラーで隠した首筋に棲む
慎重に閉じ込めた台詞が
ボタンを外して胸を開き
乾いた柿の葉のように割れるのは
今日ではないのかもしれない

農協に出しても安いのよ 
梯子を架けながら揺れる腰に
ぶら下がっている手鋏を
慣れた仕草で指に収め
懐かしいはずの上目遣いは
一瞬の交わり残して角度を変え
柿の品定めに逃げてしまう

厚手のスカートを手で押さえながら
久しぶりだな 
弾みの悪い言葉と一緒に
君は梯子に足をかける
押さえてようか と問いかける間もなく
君はするすると梯子を上り
これでいい?
と手鋏で柿を示す

これでいい?
これでいい?
これでいい?

頷けば頷いた数だけ 落ちてくる柿の実

籠が一杯になっても 君はマフラーを外さない
その温度を持ったまま 
汗ばんだ冬を やり過ごすつもりなのだ

これでいい?
これでいい?
これでいい?

頷きが止まらない
食べきれない柿の実を抱えて
冬を越す 人もいる


漂着

  光冨郁也

    


 揺れている。揺れている船の上、喉が渇くので、ペットボトルの口を開ける。ミネラルウォーターを飲む。
(ひたすら漂いたい気分だ)
 わたしは退院後、船で島に向かっていた。誰もいないところに行ってみたかった。風が吹いている。甲板の椅子にすわり、海を眺める。曇った空に波立つ海。わたしは立ち、手すりに近づき、そこから薬を海に捨てた。錠剤の入った銀や金のパッケージが風にあおられ、光っては波間に消えていった。

 その日の午後に港に着き、民宿に泊まった。簡素な料理を出してもらった。赤い刺身に、白いご飯。
 見たこともないバラエティ番組、地元のローカルTVを見ながら食事をとった。霧の日に無人島が現れ、そこでマーメイドが出没するという。タレントの驚いた顔。フロに入ると、窓から海が見える。波の音を聞く。
 天井を眺めていた夜、薬を飲まなくても、いつしか眠っていた。

 朝、霧の中、ペットボトルを持って、島のまわりを歩き回った。さまよって、海岸を歩く。ぼんやりと岩の上で海を眺めた。
 わたしは服を着たまま、ひとりで海に入っていく。漂いたかった。手を拡げ、しばらく浮かんでいたが、潮に流される。ペットボトルもどこかへいってしまった。もう必要ない。水を吸い、ジーパンが重い。体も冷えてきて、自由がきかない。わたしはじきに沈んでいってしまう。

 海の底では時間が滞っているのだろう。沈んでいってしまう。それでもいい。海水を飲む。ふいにだれかが、わたしを抱きかかえた。大きな尾びれが、わたしの体を海面へと引き上げた。わたしは水で咳き込む。
 女だった。女の緑色の目が、わたしに泳ぐよう、うながしている。女はわたしに手を回して、島とは反対の方向の沖へと向かった。彼方に別の、小さな島の影が見えた。例の無人島かもしれない。女の手を握り、わたしも力なく、泳ぐ。海水が目にしみる。

 どのくらいか進んだのだろうか。霧に島の影が消えている。空がやけに低い。雨が降りそうだ。振り返ってみたが何も見えない。方向を見失ったらしい。次第にかったるくなる。漂いたかった。
 わたしは握っていた女の手を離した。女は振り返ってわたしの顔を見ていたが、しばらくして無言で潜っていってしまう。愛想をつかれたのか、それとも島を探しに行ったのか。波が来るたびに、浮かんだり沈んだりを繰り返す。まばらな雨粒が顔に当たる。仰向けになり、ぼんやりと雨空を眺める。冷たい風が吹く。弧を描く水平線に囲まれている。わたしはひとりだ。さびしいが、それもいい。

 霧が晴れたころ、海面に尾びれが上がる。回転し、再び顔を出した女が、現れた島を指さす。女はわたしに、もう片方の手を伸ばした。それもいい。
 わたしは女の元へと漂着する。


最初の子ども達へ

  ケムリ

ブランコを漕ぐ子の足元に
光る羽虫の大河が揺れて
彼らはひかりの中で
まぶたを失うところから生まれて来た

崩れかけたビル群の屋上で
背中のない風が群れている
無線機のコールサインを思い出せずに
ずっと落陽を続けている

目のない魚の背びれの数だけ
星と星を麻糸で繋いでいく
珊瑚のふりをして目を閉じたのは
あたたかだったときを思い出すひと達

化石になった羊歯の葉が
時計塔の丘で揺れている
地平を小さくノックしたなら
終われない子ども達の影ふみが聞こえて

羽根で泳ぐひかりの虫
子ども達を抱いて流れていく
あの子の足元に
落ちる光の交差する場所に

ひかりの果てへ 最初の子ども達と
背中のない風の群れを抱いて
まぶたのない夜に眠れ
世界はあどけなく それでもひかっている


スカイライン

  光冨郁也

手で、ずれた眼鏡をあげる、八月の、水をふくむ、曇り空。閉鎖された父の勤務先、N社の自動車工場の脇を通り、母の自動車で、霊園に向かう。いままで納めることのできなかった、父の灰が、眠っている。わたしは、新しい眼鏡をかけて、暑い日の、風が、短く切った髪に、距離を教えてくれる。昔、山口から離れて、転々とし、三人ではじめて来た、神奈川の小さな町、住宅地に変わった、かつての田舎道を走る。

走る。風が、熱い。買ったばかりの半ズボンに、袖なしのシャツが、風にはためく。地平の彼方には、見えないものがある。耳に風が音をたてる。母は目の前の車が遅いと、ハンドルを握りながら、怒っている。わたしは黙って、頬を支える手の脇から、外の流れる市街を見る。

 団地の狭い部屋、
 母は、わたしに声をあげ続けていた。
 その夜、母は、
 トイレで、
 嗚咽しはじめる。
 動けないわたしの、
 手の汗で、布団が濡れる。
 わたしは、近所にあずけられた。

 翌朝、父がわたしを迎えにくる。
 はれた目をこすり、
 わたしは、強く、父の手を握る。

(お母さんは帰ってこなかったお父さんも会社からまだ帰らないぼくしかいない部屋ぼくはひとりで窓の外の明かりかわいたおにぎりをかじるひとつだけもつあとは鏡台の裏に隠す味がないだれもいないだれもなにも言わないぼくだけ鍵が落ちるぼくは息をひそめる雨の音がしはじめる外の明かりでぼくはコップの中の水を飲む)

 母が退院して、
 引越をした。
 日がさしこむ、床。
 三人の、青空に、
 部屋は、広く、明るくなる。
  
 父と並んで、
 グローブと、ボールをもって、
 キャッチボールをしに行く、
 たてに長い公園。
 一球だけ、父を驚かせた、
 速球の、重い音の響きに、
 わたしはグローブを、
 胸にあてて、笑う。
 ボールを投げ返す、父の手。

 一年後の、折れた春。
 わたしは、ふすまの陰から、書斎を覗く。
 原稿用紙に、
 向かう父は、
 机に万年筆を叩きつけ壊した。
 病室に移る前の、
 部屋とともに残る、背中。
 髪をかきむしる、手。

クーラーもろくに効かない、車の中、わたしは、母と違う方向を見ながら、朝そった無精ひげの、残りを手でさすっている。丘をのぼる、地平線の先、その光景を、わたしは見たくなり、身を起こす。

二十二年目の遅い夏に、セミが鳴く。せっかちに先に歩く母と、後ろからつく施主のわたしは、父の、墓に、名前を認める。母は石を見て、繰り返し聞く言葉を、独り言のようにつぶやく。
「いままでお墓を建てる力がなかったのよ」
母の手の傍らで、線香の煙がそよぐ。
わたしは、眼鏡をシャツでふいて、胸にあてる。
水の底にいるように、自分の息づかいだけが聞こえる。指先の汗が、レンズを濡らす。湿った風が、緑を、光る波に変える。

(お父さんと本立てをつくる「いいできだろう」とお父さんは言う右と左の形が違うぼくは首をかしげるお父さんは「いやならいい」本立てを、手にとり壊す
/ぼくは)

わたしは、ひっそりと、三人だけの、青い空を呼びよせる。

(父さん、手は、痛くはないですか)


熱帯アメリカ

  コントラ

乾いた空気をつたって波の音が聞こえる。真昼の日差しは街をアルミのように白く光らせる。道端の日陰で空を見上げるホームレスの老婆。ダウンタウンの7番街を過ぎると、電車は雑居ビルと人影の真下をとおりぬける。

光がまばゆい車両の内部では、歴史を選ぶことに特別の意味はない。ジャンパーにくるまって宙をみつめるエルサルバドルの少年、手をひざのうえに置いたまま、彫刻のように動かない黒人の男。等間隔につづくレールの継ぎ目の音なかで、ひとびとはまだ夜が暗かった、密林のなかの小さな窓辺を想い出す。

地上は正午をむかえていた。風がつよい日に道を渡る国境の労働者たちは、砂ぼこりに目を細め飛ばされないように新聞をかざす。彼らの手はいつも、褐色の聖母像を握りしめている。ドーム屋根の市場に入ると、フロアはいつも湿っている。赤や黄色のセロファンを透かして陽が差す天井に気化してゆく歌声。汗とガラスのモザイク、遠いインディアスの空。

「熱帯アメリカ」シケイロス 1932年。上空で獲物をさがすアメリカン・イーグル。熱帯雨林の中央で十字架にはりつけられたインディアンは、論争を呼んで塗り潰される。回収できない歴史の余剰。プラカードめがけてぶつかりあうさまざまな腕。電気技術者と女たちは、流れる虹を映す立体壁画のなかで革命の理想を表現する。

吹き抜けの連接部にはEMERGENCY ONLYのサインがゆれていて、通り抜けることができない。OTRO BAILE MAS? (もう一曲ダンスはいかが)壁のポスターが語りかける。電車はまもなく減速して、明るく照らされたプラットホームにすべりこむ。ステンレスの車体に赤いランプが点ると一斉にドアが開く。眠りから覚めた遠い昔、アジア人たちがやわらかい足音で歩いた土地の、固いプラットホーム。銀色に光る長距離エスカレーターは地上へと続いている。


残酷!怪人スミレ女(愛と哀しみのMr. チャボ)

  Canopus(かの寿星)

ふたつ先の しずかな私鉄の駅でおりて
ふたりは歩いた チャボとスミレ
おだやかな秋の風がふいていた

さほど高くない丘を見上げるように
さほど広くない その公園はあって
まばらな紅葉が申しわけ程度に秋の日を染める
人出は意外に多く ひびく子どもの嬌声
路駐の車の迷路に挟まれそうになって
ふたりして頭を ひょこ と上げ ほほ笑み合う
空いているベンチが見つからないまま
ふたりは歩いた

チャボの差し出した右手に
さりげなくスミレが寄り添う

スミレがチャボのオンボロアパートに越してきて
挨拶がわりに 切らした醤油を借りにきた
お礼といってはなんですが 豚汁の差し入れ
弁当をつくってもらった時は感激した
メザシをめぐる 小谷少年との壮絶な一騎打ち
スミレの部屋でふたり ソーメンをすすった

「食べ物の思い出ばっかりだなあ」
「だってチャボさん いつもお腹すかしてたから」
「泣いて歓んでたっけ 俺」

ふたりは 仔犬のように
黄色がかった芝生を走り回らなかった
林のどんぐりを拾い集めなかった
裸足になって足を池にひたしたり
寝っ転がって空をながめたりしなかった
ふたりは歩いた
さほど広くない公園のおなじ道を
ぐるぐるぐる 何回も 何回も 何回も

そしてこれからのことは 一言も語り合わなかった

ふたりは歩いた
おなじ改造人間 手と手をかたく組み合わせ
ふたりは歩いた チャボとスミレ
おだやかな秋の陽が ただただふたりを照らした

今日は どうもありがとう
さほど高くない丘のてっぺんで
ふたりは見つめあう
スミレの頬が上気しているのは
瞳が潤んでいるように見えるのは
夕陽のせいだろうか
チャボの表情は翳になってて分らない

じゃあ
チャボとスミレ 絞り出すような声で

闘おうか


夏風邪

  光冨郁也

 わたしは失業し、夏を迎えた。記録的な真夏日が続いている。ここしばらく風邪をひいていた。咳が出る。寒気がする。頭の中に響く女の声は聞こえなくなっていた。冷蔵庫が空になったので、久しぶりにアパートから外へ出た。いつも通う空き地の車は知らないうちに撤去されていた。薬を飲むが、いつまでも治らない。午前中はベッドで過ごし、昼空腹になると外出した。浜辺を歩いていたら、どこかで神話の本をなくしたことに気づいた。あの本には思い入れがあったのに。図書館、マンガ喫茶、アパートの道のり、いつもの浜辺をさまよった。読むべき本を探すが、わたしのために書かれた本はどこにもなかった。買ってみたけれど、携帯電話には、迷惑メールばかりが百通以上届いている。
 風邪をひく前は三度、倒れた。内科医に相談すると、神経のせいではないか、と言う。まわりに光の筋がいくつも見えはじめる。その光に囲まれ、わたしは倒れる。わたしはいっとき空白になる。精神科医は首をかしげる。
 空き地の車がなくなり、本をなくし、わたしに話しかけるものはなくなった。わたしは誰にも相手にされなくなり、抗不安剤が一種類増えた。言葉を忘れてしまいそう。生活のため毎日、少しずつ預金を切り崩して、そのうち何もなくなるのだろう。わたしは携帯電話の受信メールをすべて削除した。

 マンガ喫茶の帰り、薬局で風邪薬をまた買って、空き地によった。空き地、真ん中にタイヤだけがある。いつものようにタイヤの上に座る。もう女の声はしない。波の音も風の音もしない。自分の呼吸の音さえ聞こえない。日が照りつけているのに、わたしは寒い。捨てられた車の中で見た、女の姿を思い出す。思い出すが、どうにもならない。

 わたしが運んだ流木の林がある。はじめ引き上げたときは黒く濡れていたのに、みな白く乾いている。林の向こうには鈍い色の海があり、その上には空白がある。手を伸ばせば空白に届くかもしれない。そう思っていたときもある。咳をしながら、浜辺まで歩いていった。女の声を思い出す。言葉にならない声。閉じた空間に、風が響いているような声。本はあるだろうか、どこへ行けば見つかるだろうか。空き地、道路、砂浜、波、水平線。空の空白と海の深さが混じり合うところ。わたしの胸の空白からも、とぎれとぎれの咳が出る。


喫茶店「ハル」

  ミドリ



喫茶店のカウンターをデスクに
宿題のドリルをする女の子の指先から
ミサイルが5発飛ぶ
床に敷きつめられた石肌に落下
爆撃地は女の子の
スニーカーのつま先5センチ先

女の子の髪はピンクで
コットンキャンディー色の服と
なすびのようなぽってりとした身体
カウンターでモカを
彼女の母は挽いている

消しゴムでこする音と
モカをかき混ぜる音と
客のくわえタバコにともる火
冬には
誰かしら わかるはずもないけれど
なにかしら「わけ」を瞳の中に持ち
肩をすくめている
ひとときがある

カフェの名前は「ハル」
出窓には精巧なヨットの模型
ガラス磨きのクレンザーが
フタの開いたまま立っている
目を瞑ると
会社帰りの勤め人も
宿題をする学校の女の子も
店の看板を切り盛りする一人の女も
なにかしら「わけ」を
抱えて生きていることがわかる

今日もつま先で
爆撃がくりかえされた後
レコードから針を下ろすように
町は静かにターンし
闇をダッフルコートに包んでいく


コロニア・ペニンスラル

  コントラ


コロニアの低い屋根、一直線にのびる道は暑さで少し歪んでいて、クロームメッキのように日差しをはじく。はるか向こうに、赤いボンネットバスが停まっているのが見える。粉塵を巻きあげながら、バスはほぼ5分おきにこの道をとおって、中心街の映画館の前までコロニアの住民をはこんでゆく。家々のドアは開いていて、タイル張りの廊下の奥にはハンモックが揺れている。コンクリートの裏庭、洗濯ロープごしの空。角の小さな雑貨屋にはいると、店番をしている少女が涼しげな笑顔で僕に話しかける。カウンターにならぶ曇ったガラス瓶のなかには飴玉や袋菓子が入っていて、蓋はかすかに古い油の匂いがする。

日曜日の朝、カンティーナがならぶセントロの南、サンフアン公園のまえでカルラと僕は待ち合わせる。大きな籠を持った女や、パナマ帽の男たちのかたまりが市場の方角へ動いている。生身の空気をつたって流れる、きざんだ野菜や吊るされた生肉の匂い。

休日なのに遺跡公園には誰もいない。入場券を買わずに鉄線をまたいで登る7世紀のピラミッド。石段に腰かけると濃い緑の森がどこまでも広がっていて、街は見えない。遠い土地に移り住む記憶が手を重ねる、湿気をふくんだ曇り空の下、地平線を背にして笑うカルラ、そして僕もやがて静かに背を向けてこの半島を離れてゆく。底の広いズボンを履いて鏡をのぞいていた聖人祭の朝。植民地時代の教会が立つ広場で、6月の日差しにゆらめく花柄の白い衣装。アイスクリーム売りの鐘の音。

乾期の陽は早くも傾いている。荒れ野のなかの一本道を、近くの村にむかって歩く。空は冷たく澄んでいて、鳥の鳴き声が聞こえる。空も空気もエナメルのように艶やかで、手を触れることはできない。公園の傍の壊れそうな椅子のうえで、僕らはなかなか来ないバスを待つ。ネクタイをしめたモルモン教の青年たちが村の人と握手しながら別れを告げている。日が暮れかけている、汚れたシャツの子供たちが鬼ごっこをして走りまわり、僕に気がつくとはにかんだ表情で笑う。

何年か後にこの土地で、天井の高い家に住むことを考えていた。海を渡ってきた荷物をほどきながら、たくさんの学術書を本棚に整理してゆく。空は晴れていて、どこかで聖人祭の行列がねり歩く音がする。街の通りは青い水で満たされてゆく。その青い水のなかで手を振る父や母、そして僕。団地の下の傾いた時計塔、砂場にささったままの積み木。

コロニア・ぺニンスラルの午後は洗濯物がゆれていて、太陽は街をアルミのように白く光らせる。



1.コロニア(西語)=街区
2.セントロ(西語)=街の中心部、ダウンタウン。中南米の都市は碁盤の目のところが多く、たいていその真ん中にカテドラル、市庁舎、広場などがあつまっていて、その一帯をセントロと呼ぶ。
3.カンティーナ(西語)=酒場。労働者が集う場所という含みがある。


不毛の軌跡

  かさ・やす

    噂で聞いた 彼の訃報

  あの男の整頓されたアパートの
壁に掛けられた 盗掘された古墳の写真

    別れたのは何時だったか
       忘れた

   膨らんでしぼんだ風船ガム
     濃いルージュの 
      唇にからまる


木と破片

  丘 光平


立ち続けている
かなしい女の形で
冬の木は。

暗い額の
うす皮のうらうらを
流れる水の
赤らみ、しんしんと。

そして
あられもない
素足のしたに咲き散る
雪の絵皿の
こまかな破片。


slime

  樫やすお

交尾する植物
わたしは牧草をたべる
木化する皮膚
凋む闇を握る
陽が昇っていた

岬の
墓場の空白を埋めるように
やさしく膨らんだ花
季節は
仄かに息づいている

爛れた海女の頬を撫でる
泣いているのは
わたしではなくて
どこかの遠い中心だった

恐怖を待つ
静かな森
都市に生きる虫の
あたたかい笛の音

無数の四肢が再生する
枯れ木はわたしを愕かせ
山の輪郭がこぼれた


改札

  一条

改札口でおまえは
熟した果物が落下するダンボール箱を見る
そこには数々の物が閉じ込められ
空港から市街地へ向かうバスの中
リクライニングシートにおまえは沈み
やがてバスは橋の上で立ち往生し
乗客は窓から飛び降りる
会議は休憩後に再開され
それぞれが円形のテーブルに座る
あたかもそこには中心というのがなく
ありふれた意見に賛成するしかなく
そもそも議題はなく
しかしこれはどこかに通じているのだ
奇妙な手品でおまえは人々の足を止め
犯罪者がうろつく物騒な通りで
おまえの仲間がチョメチョメを勧誘する
少しの美しさに安住する者たちが
円形のテーブルに座り
ところがどいつもこいつも
おれたちの交換可能性については言及しない
そしていつだって雨樋を流れていきそうなおれたちは
蓄熱性に優れたホットプレートの行列が
紋首台へと続くのを
さっきから眺めている


たったひとつの冴えたやり方

  りす

あなたの肩はスムースな浅瀬を求め
雑踏の隙間を測り始める
伊勢丹の温かい黄金電飾が
零れ落ちては流される明治通り
広告塔に見とれるふりをして
その先の空を探す

五年前この上空を飛んだとき
あなたは眼鏡をかけていなくて
見えないから怖くはないと強がった
薄い機体にくるまった固い体温
このまま堕ちたらラッキーかも
そんな言葉を東京湾に落とした

眼鏡をかけたあなたは
ルーラーで雑踏に升目を引き
薄い肩を滑り込ませる
背中を見せないこと
あなたの好きだった言葉
たったひとつの冴えたやり方

世界堂で青いボールペンを買う
新宿通り
言葉が溝であるような
暮らしの始まり

アフタヌーンティーで来年の手帳を買う
甲州街道
日付が鍵穴であるような
暮らしの始まり

風にめくれるコートの裾を
手で押さえる接触も冷めて
空に逃げていく体温を追って
西口の長い歩道橋を上る

あなたが跨いだ残り火が
街に馴染んで消える時刻を
空に近い場所で
待つことにする


デッド・ベース

  ケムリ

煙草咥えてビール片手に突っ走っていく
二塁はきっとギアナ高地の向こう側
ホームベースの代わりに置きっ放した資本論
ロングピースフィーバー(いっつびゅうてぃふぉー!)

少年非行を憂いたぼくらは
金属バット片手に交番の前でリンボーダンス
ドッグ・ファイトを始めよう
グレネード・ランチャーに詰め込んだ発泡酒

打ちあがったフライの軌道で
四億年後の太陽が輝いている
キャッチャーミットを覗いたら
尻尾のない犬が笑っている

没個性の全身黒タイツが予告ホームラン
金属バットに極彩色の愛と平和
チアガール規制に怒った奴らが
七色のアンダースコートで空を飛んでいく

イージーライダーを知らない世代が
チョッパーハンドルで三遊間を駆け抜けて
コールサインはガンホー・ガンホー
誰もが三塁へ走る朝がある

全身黒タイツの全力疾走
高らかに叫ばれたボークにジーマの瓶が空を砕いていく
月面宙返りするヘビー級ボクサー
金メダル放り投げてモッシュ・アンド・ダイブ

煙草咥えてビール片手に
風船にくっつけてこっそり飛ばしちまえばいいんだ
遊撃手が墜とした女の子のみつあみ
息を切らして駆け抜けていったんだ


発熱

  川 英

闇にまぎれる事もできるのに、輪郭をさらけ出してしまっている 孤を描くトンネルの向こうからあきれ返った地下鉄が、ホームの端へ進入した ゴゴゴゴゴゴゴゴ 車両の中の照らされた人々は、その瞬間だけストップモーションに支配され、高速でホームを押し流されていく 電車が連れてきた風がホームを吹きぬける 白線の内側の人々は、一陣の風に規則正しく揺れた 

「プシュー、いらっしゃいませ」 車両を見回し、僕は中東からやってきた男の横に腰掛けた 僕の舌だけがちろちろと赤くうごめいている 舌先で炎が燃えている 口をつぐみ、僕はむっつりとした風を装い、唾を呑込む

サンチアゴからやってきた男の背負う籠には、今摘んできたばかりのタバコの草がごっそりと山盛りだ。ウラジオストックからやってきた女は、僕のかぶってるハンチングが気に入ったらしく、しきりに視線を投げかけてくる。パプアニューギニアの男は、釣り針を磨くのに忙しい。アウグスブルクの女は、駐車場の図面を広げしきりに隣のブタペストからやってきた男と自動車の回転半径の大小について議論している。

やがて車両の反対側で、突然火の手が上がった ドゥバイからやってきた女が突然発狂し、ルラ、ルラウゥゥゥゥと踊りだした やばいかも 僕の体毛は逆立ち、非常口のありかを確認した 「今日も寒いけど、どこまで?」 となりの中東人が、まるで何事も無いように話し掛ける 「イギリス式庭園の風を見にゆくのです」「すると、あさっての方向ですね?」

その庭園は、まるきりあきれ返った四角だった。去年の今頃、僕は彼女の仕事が終わるのを待って、ぼんやりとフィッシュアンドチップスを頬張りながら、木立の奏でるその風の音を聞いていたのだった。その午後の方角だった。

「いえ、右斜めすこし4度の方角です」「溶解質ですね」「ええ」

女は、涎をたらしながら踊り続けている。髪は波打ち、白髪の混ざったソレは白濁して車両を満たし始めた。もう既に首の下まで満ちてきている。ナイロビから来た黒人が、ステレオのスイッチを入れ、ラップを流し始めた。すると、ドゥバイからやってきた女の座っていたブースの人たちまでがまるで何かに感染したかのごとく発狂する。
ウラウルラルガァ
  ルラルラアガルラァ

「今日はついていないですね」「ええ」「じきに私たちも感染するでしょう」
ウラウルラルガァ
  ルラルラアガルラァ
まるでとりかえしのつかないことのように中東からやってきた男は呟き、既に膝はリズムを取っている
ウラウルラルガァ
  ルラルラアガルラァ
あちらこちらから手拍子が鳴り始める やがてそれは一つの旋律を描きだし、線路をゆく車両の騒音をかき消していった 僕の身体は発熱しはじめ、汗が溢れ出す 「すいません」  そういうと、僕は一枚一枚、服を脱いでいった 熱い・熱い・アチィーあひぃーccぃぃx 僕が最後のパンツ一枚までも脱ぎ捨てると同時に、ナイロビから来た黒人のCDが轟音ともに炸裂した
ばちん!!
それを合図として、僕は発火していた 僕の身体は隠れる場所さえ発見できず、轟々と炎をだして燃え尽きた 黒い炭と成り果てた僕 聴覚だけはかろうじて生き残り、車両のさざめきが聞こえてくる

次の停車駅へ滑り込んだ車両の扉をこじ開けて入ってきた駅員が中東人へ尋ねる
「この人ですか?発火してしまったという人は?」「ええそうです。溶解質だそうです」「まるで呆れてしまいますね」「ええ、せめてマナーくらいは守って欲しかったですね」「ええ、本当に」

人々は口々に何かを囁き続け、僕を取り巻き、相変わらず恥ずかしげもなく蛍光灯に照らされたままだ 僕一人黒い輪郭をくすぶらせたまま、相変わらずブスブスと焦げ続けている


ONE LINE(TWO STYLE)

  ケムリ

星空の下の教室で黒板に書かれた動詞活用は一つも理解出来ない。アンダーパスを燃え上がる男が歩いていく、目が覚めたらバースデイケーキになって飛び去っていくような目つきで。三角眼鏡でスーツの女は黒板に教鞭を叩きつけ、それをあらゆる国の子ども達が見ている。俺以外の全てが新しい言語で語り始めようとしているのに、未だに俺はそれが理解出来ない。月からチェロキーが落ちて来て、鉛筆の刻みは数え切れず、爪楊枝理論のすみっこにしがみ付いて男はアンダーパスを歩いていく。ありふれたモチーフ、月が食まれていく、椅子を斜め倒しにするのは危ないとパキスタン国籍の少年に語りかけるが、もはや誰も黒板からは目を離そうとしない。

ずぶ濡れのドレスで女の子が踊っている。
あるいはそれは転調の合図だった
世界は確実にコード進行を違えて
俺は星を見上げるが もう誰も見上げない

燃え上がる男がアスファルトと抱擁する傍で、左利きの猫が深海魚を食べている。誰か踏み鳴らせよそのバスケットシューズで、あるいは土踏まずの深い柔らかな足で、踏みつけないでくれその従順さで、スーパーノヴァについて馬鹿馬鹿しい話をしよう、チェロキーのエンジンにこっそりジッポ投げつけて。昨日までハッシシを売っていた男がコーランで暖を取り、ドラムカンにはナンが貼り付けられていく。チョークの粉が焼けた男の唇だった場所に注がれ、俺は葡萄酒の不在に涙する。

星を隠そうとする掌が
あるいはそれを優しさとしているような
女の子はずぶ濡れのドレスを広げて
子ども達の消えた路地裏で 俺は独りでそれに拍手を送った

子ども達の指先が一つになっていく、引き剥がそうとするのは俺一人で、男は立ち上がって家への道を思い出そうとする、しかし猫の尻尾は相変わらず鍵形に折れていて、子ども達はどうしてもそれに触れたくて仕方がない、良く見てみれば女のスーツは微細な繊維で縫い合わされてそこには鉛筆の通る隙間はなく、あるいは俺が生まれて来る余地さえない。

造花の消臭剤が星を吸い込んでいく
避難標識を探す燃える男の群れ
あるいは解けていきたい人々の
教育はいつも夜に行われる

ガイドラインを女は宣言し、教鞭の先端で俺の左の目をつきぬいた、気づけば男の子のミサンガは全て切り離され、相変わらず俺は時代遅れで、動詞活用をノートに纏めたいのに鉛筆の論理はいつも破綻している。燃え上がるチェロキーの左ハンドル、そして抱擁を続けても消えない炎、あるいはバースデイケーキになって四つ割にされた月まで

文学極道

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