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sample - 2013年分

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


森を読む人

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草を踏む
表紙をひらく
頁をめくる

一行目に木洩れ日
天使が羽を
休めている

睫毛が落ちる
ふっ、と息を
ふきかける

濡れたたてがみ
あたたかい
蹄の音
まだ、息は白い


泥濘

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弟が、壁に短い線を引いている。
それをくりかえしている。
何を書いているの、と訊ねる。
雨、と答える。
わたしは傘をさす。

テレビは激しい雨音。
大雨、洪水、注意報。
誰かが言った。
チャンネルを変える。
人が大口を開け、笑っている。

壁に向かう弟の手が、止まっている。
雨は止んだの?と訊ねる。
まだ、止んでいないよ。
傘の下で
弟の、冷たい足を撫でる。

映りの悪いテレビ。
電源を落とす。
弟の、鼻をすする音と
衣服の擦れ合う音だけが聞こえる。
もう、夕食は済ませている。

飼いならした天人鳥。
黒く、細長い尾を立てて
朱色のくちばしを水に付ける。
水浴びがはじまり
小さな体を震わせる。

水しぶきが、弟の顔にかかる。
手の平で拭い、弟は言った。
雨も、こんなふうに冷たいのだろうか
そうして少しだけ皮膚の上にとどまったら
いつのまにか、消えてしまうのかな。

わたしは傘を閉じ
少量の水を飲んだ。
カーテンを半分開けて
濃い雲を探した。弟は眠っていた。
壁に描かれた雨。
胃の底に
水が溜まってゆくのを感じた。


ぼくらの七日間幻想

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ファミリーレストランで、家族が蟹を、食べていた。母が、父が、姉
が、蟹を。脚を砕き、殻を剥き、みそを啜り。時折、ウェイターが空
いた皿を下げにやってきたが、それに目もくれず、蟹を、食べていた
。それを、僕は国道からずっと見ていた。携帯が鳴った。とても誰か
と話す気分になんてなれなかった。

夕暮れに、吠えない動物を買いにゆく。からだは石鹸できれいに洗い
、爪はみじかく切りそろえる。水色のサンダルを履いて、商店街をあ
るく。卑猥な風が、人の首の数をかぞえてゆく。猫背になりながら、
走る子どもの影を目で追う。手の甲に鼻を近づける。石鹸の匂い。吠
えない動物を買いにゆく。

雨の日に喫茶店を拾った。よく効いた冷房が完備され、よく冷えたウ
ェイトレスが働いていた。傘立てへ無理やり突っ込まれた傘とそれに
よく似た花瓶の花。アイスコーヒーをひとつ注文したが、ウェイトレ
スは午後四時ぴったりにタイムカードを切って帰ってしまった。ひと
りになった。やがて、雷がなった。

理髪店のハサミは夢見る。うまれたての赤ん坊の小指を切り落とした
いと。けれど、そんな爪切りみたいな妄想はわすれて、今日十四才の
誕生日を迎えた、弓道部の男の子の後頭部を刈りあげている。前髪は
どうしますか?「長めで。」少年のひだり眉の上には小さな傷があっ
た。きっと、それを隠したいのだ。

二段ベッドを買い、一階はどうぶつ園、二階は空港に改築した。夜中
にもかかわらず旅客機はたくさんの人と荷物を乗せて、蛍光灯の光の
下、飛び立って行った。それを柵の間からニホンオオカミがまっすぐ
な目で見つめていた。僕は床にふとんを敷いて、ながい眠りにつこう
と思う。どこにも行きたくない。

ファミリーレストランで、蟹が家族を、食べていた。母を、父を、姉
を、蟹が。脚を砕き、殻を剥き、みそを啜り。時折、ウェイターが空
いた皿を下げにやってきたが、一瞥して、また家族を、食べていた。
それを、僕は国道からずっと見ていた。携帯が鳴った。とても誰かと
話す気分になんてなれなかった。

僕は今とても憂鬱だからサキソフォンを吹いても土から掘り返された
ばかりの手首を抱えている気分です。指使いは絡まった縄跳びの紐を
解いている仕草に酷似していて肺を患った犬の咳払いみたいな演奏し
か出来ません。近所の園芸愛好家が花を届けに来ました。その腐った
土の匂いを手向けないでください。

霊柩車と救急車のあいだに子どもが産まれた。射手座のかわいい女の
子だった。名前は天使といった。天使にするか悪魔にするか大変悩ん
だが、よく笑う子どもだったので天使と名付けた。しかし大人になる
と多感な季節にさかんに泣くこともあった。黒猫を見るだけで遠い父
のことを思い出す日もあった。

とても面白いことがあったので腹がよじれて耳がただれそうなほど笑
い転げた。白い歯をこぼしすぎてあごの噛み合わせが悪くなったので
病院へ行った。余命はあと一年から百年だと宣告された。医師は「余
生は好きなだけ笑い、天寿を全うしなさい。」そう言って手から鳩を
出す手品をして見せてくれた。

歯が生えたお祝いに友人を招いてパーティーを開いた。風船ガムをみ
んなで膨らますだけのささやかなパーティーだった。ガム風船がなん
ども音を立てて割れた。みんなのガムの味がなくなったのを確認した
あと虫歯にならないことを祈って解散した。でも本当は僕のガムだけ
ずっと甘かった。言えなかった。


ぬけがら

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ふるさとが肺を患い
転移する酩酊は
葉桜の色をねぶり
胃壁を食む、蛇が
赤い絵の具を射精する
その、ぬけがら、父の唾液
残滓に海の香り
帆を張る空に
幼い、空腹を晒す

鉄橋、どこまでも
灰と星くずを敷きつめて
寝返る背中に、光を配管する
中庭の芝生は水を舐め
半熟の色彩を投棄する
ビニール袋が風に殴られ
吐き出すものは何もない
すべて消費されてしまった
下書きのような午前

寒色を重ねる廊下に
人の足音が滴ってゆく濃淡
うわずみを掬う手
繁茂する祈りとさざなみ
堅牢な窓に
街並みは歯をたてて
白く、晴れわたる空の下
裸足で日没を待つ

沈黙を均等に切り分け
精緻に並べては光をあてる
沈黙の未熟児が
明日に運ばれる
渇いた草の上で口を開け
水が、汲みあげられるのを
待っている、午後
帰る場所を忘れて


コインランドリー

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天国のコインランドリーで
布団を洗っている

乾燥機を回しているあいだ
少年紙を読んでいた

しかし、ふきだしはすべて空白で
内容がうまく飲み込めない

明日は傘を買いに行こう
雨の日が楽しみになるような

それにしても
人がどこにもいないや

本当にここ
天国なんだろうか

文学極道

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