雪を踏む
いきものたちのあし音と
音もなく湧く
いずみの色を記憶して
降雨により添う
雨に飽和された言葉たちが
寝返りをうつたびに
雪が降り
いきものたちが、また
雪を踏む、
積もる雪が
髪に宿るように
ひび割れる指先は、いつか
深い皺にかわるのだから、と、
まだ、荒れていないひとの手のひらは
新雪の匂い
雪の下には
降り積もった灰があるから
あたたかい、と
口ずさむ恋人の頬はあたたかく、わたしは
砂に埋もれる多くの土地に
灰が降る日を夢に見る
わたしたちの、緑の田畑は
犬たちが駆ける雪原の下、わたしは
こごえをとかさないように
遠く夏草のさざ波に
手をひたし
古い窓の
ふるえをとじて
、
雪原にたつ
この家のスープ皿にも、雪が降る
夢を見る、
最新情報
Lisaco
選出作品 (投稿日時順 / 全8作)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
最後の、
観測
くちびるに孕んだ熱を
溶かすように
冬の朝の
湿地帯には
多くの鳥が飛来して
こごえるほど
反射する水面の下
暮らしをたしかめる
落葉に
印された時は
かぜが空へ
とどけようと
ほほえむように、
いつか
あなたの墓守になる、といった
恋人から手わたされた
花束すら呼吸する
小さな器から
水が減り
減ることの
ただしさ、と
枯れることの
ひとしさ、を
名付けられた
昨日
、
読みかけの本は
鳴らない電話の向こうに
ひらかれたまま
声をとじて
ページをめくる
指先に
明日が
もう
降りはじめて、
覚書
深夜、愛情から一番遠い場所で犬の瞳をのぞく
眼球は真冬の夜空にとけそうに蒼く澄んで
眠れないままいつしか眠り
パーティが台無しになる夢を見る
恋人の手が背中に当てられたところで目覚める
毎晩、駐車場で待っていた子猫がいなくなった日を誰も知らない
そんな世界で
わたし、たちは
黒く降る雪を白く隠喩する
(きっと明日の朝も)
食卓ではミルクがつがれ
仔牛たちの瞳からこぼれたひかりをのみこむ
埋葬される無数の春から
凍土の上で眠る冬までを、
金色に実る穂が続く道に
家があると信じていた
今よりも10センチ背が低かった
雨の日には雨音が
少しだけ世界の輪郭をやわらかくして
うそとほんとうの狭間に
泥濘ができていた
愛情から一番遠い場所で
届かない祈りを祈る
朝には小鳥のさえずりが
少しだけ一日を明るくして
(やさしい乾きとちいさな日陰を)
平原に咲く花
白く息が凍る
あの朝と同じように
この朝も
雲のない空を見上げれば
梢の先には
まだ生まれない
朝が宿って
生まれる前に
母が埋葬された冬の平原に
咲く花を植えたい
少女の手のひらに
にぎられた種から
発芽する春のように
あなたの瞳に灯る色の
あなたじゃないあなたの瞳にも
等しく灯る
数式の外にある輪環
あるいは、花環
そのなかで、
冬の平原に咲く花の名を知らない
誰も知らなくていい
春の座標
、
都会から片田舎の町へ引っ越した十年ほど前のこと
車で通勤する途中に梅の花が見事に咲く家があった
その家がある通りは
片側に冬枯れした田畑が続き
もう片側は山の斜面になっていた
所々樹木が覆いかぶさるような道は
対向車とやっとすれ違える道幅で
いくつものカーブを抜けた先に
湖畔に面した県道があった
田圃の遥か向こうに見える湖面は
いつもまばゆいばかりの光が湛えられているように見えた
狭い道沿いの家々は山側の僅かな平坦地に点在し
どの家も古びてひっそりとしていた
梅が咲く家は日当たりの悪い山影に位置し
今にもモノクロームな景色に溶け込んでしまいそうだったが
よく見れば荒れているわけではなく
寧ろ整然とした佇まいから
人が住んでいることがわかった
梅の木は玄関が見える板塀に沿って植えられ庭へと続いた
庭には数十本の梅の木が植えられていたと思う
その紅白に咲いた花だけが
寂れた一帯に射す冬の日差しのようだった
急にそんなことを思い出したのは
立ち寄ったホームセンターで桃の苗木を買ったからだった
店の入り口付近のガーデニングコーナーには
開きはじめた蕾をつけた苗木が何本も入荷していて
透きとおるような純白の花をつけた一本が目に止まった
ラベルには寒白桃と書かれており
小さなポットの中で
生きるエネルギーに溢れるような苗木だった
その輝かしいほどの花を見た時に
不意にあの家の梅の花を思い出し
その家の主が梅の木を植えた理由を想像した
勝手な想像ではあったが
十年前には想像すらしなかったことだった
翌日、庭に苗木を植える時に
その想像は私自身のものとなっていた
来年も、再来年も咲く、
自分の背丈よりも大きく育ってゆく苗木を植える
いつか
鳥が訪ねて来るかも知れない、と
、
もう何年もあの道を通っていないのに
もう何年もあの道を走り続けているような気がする、
ショートストリーム
細かい雨が降る朝に、
伝えたいことが
何もなくなって、
笑えなくなる
小向の厩舎では追い切りから戻った馬たちの
水を含んだ体温が
空へ向かう
そうして、また
雨が降る
そんな朝を
かなしい、と
傲慢に思っても
何も思わなくても、
また、
朝が来る
顔を入れた飼葉桶から
草を食む音がきこえる
世界で一番やさしい音階が
雨音を消して、
多摩川が静かに流れる
海へ向かって、
晩夏
萌えたつ一面の緑、を背景に
倒れかかった古木が花を咲かせている
睡連鉢のちいさな魚が身を翻えし
水面がゆらめく
わたしは爪先を赤く染めて
素足で歩く床板を磨く
ほおずきに宿る晩夏の静寂を
明日、と名付ける
枕元にある災いと幸いに
昨日、と名付け
真夏の陰翳に揺蕩う灯り、を
今日、と名付けるなら
戸口に立ち
かぜにそよぐたてがみを、今朝
うた、と名付けた、
夏の断片
ちいさな森のここそこで
寄りあうみたいに
虫たちが
惜しむように夏をうたう、
そんなふうに
きこえる、
**
目を閉じると
風にそよぐ稲田の青さと
やがて黄金色に輝く稲穂が見える
耕作を止めて久しい
葦と背高泡立草に埋め尽くされた
田圃の跡地で、
*
低い山並に囲まれた
今ではもう人も車も行き交うことのない道の
葦原のずっと向こう
灯るような赤紫色が点在する
広やかな沼地に群生する蓮が
雲ひとつ翳りのない光景に
時の花を咲かせて、
*
見知らぬ場所で車をUターンさせる
道を戻るということは記憶に似ている、と
何となく思う
もう戻れない時間の道筋にいた
誰かを見つけて、
**
そうしていつも
家路につく、
森に息づく夏の日を
秋風が
さらって行って
しまう前に、