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Kolya - 2016年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


越冬

  Kolya

越冬のことはなにもいえない
あれから僕の身体には青空が広がっていて
雲もない
なにもない

誰にもなにも
いいたくなくなってから
人の言葉が
まるで湖のようにきこえる
僕は両手を
いっぱいに広げて
湖面すれすれを横切るすがら
青空がまた広がっていくのをかんじる
そして僕ははなすというよりうたう
意味というより音のために

青空の高いところでは
強い風がふいて
僕は両手いっぱいに広げて
バランスをとる
減速し
翻り
加速する
加速するたび
僕の中で青空が広がる
そして僕は加速して
なにもいえなくなり
なにもきこえなくなる


地獄に雪が降っている そして俺は踊りだす

  Kolya

地獄に雪が
降っている
地獄に雪が
降っている
そして俺は踊りだす
すると

雪が
天に
降っていく
雪が
天に
降っていく
すると
俺は
踊りだす

俺に踊りが
降ってくる
地獄の雪に
降っていく
地獄の雪に
降っていく

すると
天が
降ってくる
すると
雪が
踊りだす
俺は地獄に降っていく
俺は地獄に降っていく

地獄の雪が
踊りだす
すると俺は降っていく

俺が天に降っていく

踊りが地獄に降っていく

俺は地獄に降っていく
俺は地獄に降っていく

地獄に雪が
降ってくる
地獄に雪が
降ってくる
すると

俺は
踊りだす

地獄に雪が
降っている
地獄に雪が
降っている
そして俺は踊りだす


ポカラ

  Kolya

そして夢から醒める。ひどく蒸し暑い。ファンは回っている。外は風が死んでいる。上等な部屋だが、エアコンは無い。夜のポカラは闇に沈んでいる。俺はベッドから出る。昼間見た、湖に行こうと思った。外は暗い。光が、無い。なるべく気をつけて、メインストリートのほうに出る。人はいない、と思う。確か、こっちのほうだと歩いていくと、前の方になにか、とてつもなく大きなものが横たわっている、そんな気がした。近づくと、どんどんそれが大きくなり、視界にもうはいりきらないくらいだ、と思ったとき、それが湖だと気づいた。ガードレールを挟んで、目の前に立つと、それは完璧に凪いでいて、だんだん目が慣れているのに、そこだけとてもとても暗く、黒くて、まるで大きな穴に思えた。それはなにもみえないほど底深く、すべてを飲み込むほど大きい。俺はその穴のことをよく思い出す。それはこんな風に。とてつもなく大きい。とてつもなく大きい。穴に行こうと思った。光が、無い。光は、無い。闇は上等なベッドから出る。外は死んでいる。とてつもなく、昼間見た風は死んでいる。そんな気がした。それはなにもみえないほど底が深く、すべてを飲み込むほど大きい気がした。穴だけとても暗く、黒く、光が、無い。光が、無い。光が、無い。すべてを飲み込むほど、横たわっている、どんどん大きくなる。ひどく大きくなる。だんだん目が凪いでいるのに、光が無い。闇だ。死んでいる。大きい。大きい。底が深く、とても暗く、黒くて、横たわっている。それが湖だと気づいた。それはなにもみえないほど底深く、すべてを飲み込むほど大きい。俺はその穴のことをよく思い出す。それはこんな風に。蒸し暑い闇は、底が深く、死んでいる。人と光は、前の方に沈んでいる。とても上等で、風が暗くて、黒くて、光が、無い。死んでいる風を飲み込む。歩いていくと、ひどく大きくなる。人がいない昼間と夜が、前の方に歩いていくと、ガードレールを挟んで、横たわる。ひどく暗くて、暗くて、暗くて。すべては飲み込まれている。ファンを飲み込み、湖を飲み込み、ポカラを飲み込み、俺を飲み込む。死んでいるを飲み込む。それはこんな風に。そして夢から醒める。ひどく蒸し暑い。ファンが回っている。俺はその穴のことをよく思い出す。それはこんな風に。それはこんな風に。それはこんな風に。


明暗

  Kolya

鴨居港は南に向いて、あちら側にはとりあえずは空のように果てしない海で、光だけが群れて棲んだ。近辺に友達がいて、一軒家をシェアした。

友達がある日、夢をみた。なんでも眩しい海岸にいたそうだ。なにかキラキラするものがたくさん埋まっているなと思うと、黄金の観音像だった。
俺はその光景を見に、よく海に向かったが、あるのは言葉にすらされない宗教的な閑散だけだった。
俺はたぶん絶望していた。男や、女、街、家族、国、祖母のこと……。
地獄はどこか別の次元にあるわけではなく、いつでもそこにあったことに気づいた。

海を見つめていると、心に踊り手が現れて、節を付けて踊った。
ときにちぎれるほど激しく。ときに止まったように静かに。
俺はそれを見つめていた。

浦賀は黒船がやってきたところだが、ゴジラが初めて上陸したところもそうなので、京急線の始発はゴジラのテーマが流れる。
ゴジラ、ゴジラがやってきた。そんな歌詞が思い浮かんだが、本当にそんなものがあるかは分からない。
電車のドアが閉まる。これから、鵺のような街に行く。
街の内臓は光の塔だった。人は贄で光だった。
俺はゴジラがやってくればいいな。と思った。

ゴジラが海からやってくる。
ひとびとは逃げ惑い、街とただの燃料になって。
夕焼けと混じって、世界は黄金と結婚する。

祖母が死んで、(俺はゆっくりと目を瞑り、)心の踊り手がとまった。
(死んだ踊り手をみつめた。)


神学

  Kolya

神様に全部返すつもりだった。僕が持ちうる世界のすべてを。だから紙飛行機を折ったし、賛美歌もつくった。ほら、あそこに見える、遊園地の廃墟は、神殿のつもりだった。たくさんの精霊が凍ったままの表情で暗がりにたっている。いずれ宝石になる虫たちが、光のない街灯に群れている。電車はいつまでも走り続けるし、線路は果てない。それなのに誰も乗っていない。デパートのマネキンたちは、紳士服売り場と、婦人服の売り場の、中間の踊り場で待ち合わせして、つぎつぎとサマーソルトでフェンスを越えていく。つま先が月を擦って弧を描く。人びとはみんな記憶になって、閲歴だけが透明になって、ウィンドウショッピングしていた。どこかで笑い声がきこえた。振り向くと、たくさんの子どもたちが、僕の身体をすり抜けていった。

言葉はだんだん空に盗られていった。もうすぐ僕も何も言えなくなり。何も聞こえなくなるだろう。そうすれば、きっと全部奪われ、僕は動物になり、どこまでも駆けていけるだろうから。その時が来るのはいつだろうか。世界が滅んだのに、雪が降るなんておかしな話だ。いくつかの透明人間たちがそれを見上げる。そして、すこし手をかざしたあと、またどこかに向かう。マンションからはTVの音が聴こえる。言葉がもうすくないので日がな波音を放送している。

駅前からもってきた自転車に乗る。下り坂を全速力で漕ぐ。ペダルが空転して、ああ苦しい、僕は笑う。賛美歌は口笛にしたんだ。そしたら鳥になっても歌えるからね。


2010年を、すくうため

  Kolya

空からあなたの好きな花びらが降ってくるような
とりとめのない季節から潮騒がきこえています
ぼくは元気です
あなたは元気ですか
あしたは天気ですか
小鳥の話をしましょう
もう飛べずに
路地裏で溶けるように
雨にうたれる
小鳥の話を

この前
2016年の女と会いました
美容のためと
かの女はこの2日絶食しているらしく
口にできるものは2リットルの黄色の飲料と
空のように透明なスパークリングウォーターのみで
口にするのはわたしはギャルじゃないしという主張であり
なぜか線香灰の色に染髪した
魔女のような格好をした女でした
ヨガを本気でやってるそうでした
ぼくは笑いました
そしてなにかを思い出しました
2010年の女をあなたは思い出しますか
2010年の友達をあなたは思い出しますか
あしたは天気です
ぼくは元気です
あなたは元気ですか
あしたは天気です

さよならはこのよのどこに咲くでしょう
あしたは天気です
2010年は死にました
路地裏でした
雨にうたれました
彼らは二度と戻りません
さよならはそんなところに咲くでしょう
でもそれだって潮騒になり
あしたは天気です
彼らは死にました
そしてあなたも雨にうたれますか
ぼくは元気です
あしたは天気です
ぼくは元気です
あなたは元気ですか
ぼくは元気です
とりとめない潮騒の季節の空から
あなたの好きな花びらが降ってくるような
天気はあしたです


空言

  Kolya

川に行こうと、誘った。
男は疲れていた。
もう終わりだろうと、いうことは分かっていた。
女は頷いた。
知らない街は、古い色紙で継いだみたいに寂れている。
疎らな人の行き交い。湿気に煙った商店街。ゆるく手をつないだ女に、男は語り始める。
「過去の数度の大戦で、地球の総人口は最盛期の10%にまで減った」

女は不思議そうに男をみていたが、薄く、頷いた。
男たちは、途中のセブンでお茶とコーヒーゼリー、アイスクリームをひとつずつ買って、また川へと歩き出す。
さびれた路地を抜けると土手に出る。
広い河川敷。
薄曇りの空は透明な晩夏のフィルターを重ね、そのままなくなってしまいそうな色をしている。
男が「広いね」と言うと、
女は「うん」と言う。
ゴウンゴウンと鉄球が転がるような音がする。
すぐ頭上に渡されている高架では赤色の電車が走っている。
それ以外では遠くから微かな蝉の声。広場の脇にある公園の、なんの役にたつとも思えない遊具では、少年誌が仰向けになっている。
舗装されていない道。背の低い灌木。藪。飛び出すひとり猫。
「右手の方の野球場に行こう」
水の気配はするけど、川面はまだ望めない。

平日の昼間。
いくつか隣接している野球場にはプレイヤーの姿はひとりもなく、陽炎が忘れていった野球の玉が転がっている。
それを拾う。
「前世紀の遺物だ。
ここは、ヤキュウ、と呼ばれる球技専用のコロッセオの遺跡だ」
男は硬式の野球ボールを宙に投げる。
キャッチ。
投げる。
球は空中で宙返りし、陽光を一閃、照り返し、落下。
キャッチ。投げる。リフレクション。キャッチ。
女はそれを無表情にみている。
男は語り続ける。
「なんでも旧時代のひとびとは、この球を投げ、棒でひっぱたき、追いかけまわし、叫び、喜んだり、悲しんだりしていたそうだよ」
「野蛮なものね」と女が言う。
男は笑う。
「その野蛮人の巧者に、イチロー、という名の者がいたそうだ。
伝説いわく、彼の全盛期には、棒をスイングしただけでハリケーンを起こし、
投げる球はレーザービームと呼称されるほどの破壊力を持ち、地球の地表程度なら軽々と破砕したそうだ。
オデュッセウスが如き英雄だ」
「聞いたことがある、イチロー・スズキ。
プリインストールされた私のオリジナルの記憶データに残っている」
女のほうもだいぶ興が乗ってきたようだ。

キャッチボールをする。
すこししたら飽きる。
球場のベンチに腰掛けて、ぬるくなったゼリーと、スープになってしまったアイスを匙ですくう。
対岸に並ぶ高いビル群。
遠くの土手で自転車を漕いでいく中年。
見渡せるものはどれも作り物でミニチュアのようにみえた。
「ごらん彼岸の街を。
あちらが人間の街だ。
こちらは偽物の街。
いまではアジア連邦のひとつの省でしかない、この日本という地は、大戦中、一貫したナショナリズムとゆくりなく結合した全体主義を、半ば国民の本来の性向に則する形で体現した。
人びとは心を失い。
挙句、ほとんどが死に絶え、あるいはサイボーグ化、デジタル化した。
にもかかわらず情報技術の先鋭化の粋である社会コンピューターのOSの優位性は皮肉にも未だに証明されている。
これでも海の向こうに比べればまだ幸せ、だそうだ」
男は偶然に通った京急線の鈍行列車を指さす。
「人が乗っているだろう。
しかし彼岸の街とこちらの街をこれだけ頻繁に行き交う車両には、生者はおそらく、ひとり乗っていればいいくらいなもので、
乗客に見えるものどもは幽霊という名の立体ホログラム、AIによる人型ロボット、そんなものたちばかりだ。
生身をまだ保っているオリジナルな人間たちは、あちらの高層ビル。
無論あれもデジタル影像の照射に過ぎないが、本当は地下ドームのシェルターにいまだ篭っている。
システムだけがゆくりなく稼働しつづけているが、それから益をうけるものは誰もいない。
それらの存在理由は欠落している。
それだけがエラーを起こしつづけている。
ただしそのビープ音は誰にも聞かれることはない。
ここは、」
男と女は広場をなにげなく見渡す。
「誰もいない」

煙草に火を点けると、咎めるように女が男を見ている。
「前時代的な嗜好ね」
「うん。俺たちはクローンだが、オリジナルのすべてが定量化した後にトランジットしてある。
身体的データ、個人的経験、そして、もちろんこういった日常の習慣もダウンロード項目から除外されるものではない」
女は顔をしかめて、すこし離れた水飲み場まで歩いていく。
男は煙草の煙を眺める。
蝉の声が定量的に、まるで録音されたもののように、飽きもせず、ワンリピートされる。
煙草をもみ消し、女のほうに向かう。
女は手を丹念に洗い終わって、男の側に寄ってから「やっ」と指先の水しぶきを男の鼻めがけて弾く。
「冷てー」と言うと、女はやっと笑う。
男は駆けて、蛇口をひねり、手を洗うふりをしてから、女のほうに戻って、同じように水を弾きとばす、女は逃げる。
男は追う。
わっと女を捕まえる。
不思議だ、ぜんぶ偽物なのに。
と男は思った。
顔と顔を近づけようとするが、女は避ける。
「忘れたの。もうそんなことはできない。すべてが監視下にあるの。もし私達が禁を犯せば、この世界は崩落するわ」
と女は言った。

そしてなにも定量的でない夕暮れ。
SFごっこのネタも付きて、沈黙していた。
かいた汗も乾いて、男と女は川岸にたっていた。
向こう側に林立する死者たちのビルのいくつかは、
すでに儀式的に崩壊し、
紫の火炎につつまれ、
音のない仮想のエラー音があてもなく広い空に延焼していく。
川は黄金色をしていた。
ぜんぶデタラメだと、思った。
デタラメになってしまったのだった。

文学極道

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