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bananamwllow (DNA) - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


河川

  DNA

夜がひしゃげてしま  もう忘れてしまった
ってぼくは路上のマ  春だったかもしれな
ンホールに耳をあて  い きみは花見だと
る真砂から 眠る河  というに桜の幹の黒 
川を辿って自転車を  さの夜に溶けだす瞬 
駆る 月明かりだけ  間にしか興味をしめ
をあてにして一九九  さない あのときも
九年の十月へと旅に  たしか自転車がぼく

「世界が五月と十月だけならいいのに」* 

一九九九年の十月に  たちの唯一の動力だ
行き先など無かった  ったから 繰り出し
確定された袋小路の  た 五月はどこにも 
ために ぼくは好き  いなかったが 構わ 
な星と嫌いな星をひ  ず河の跡をたどれば
とつずつ分けてもら  五月にたどり着くこ
い けれど 月明か  ともあるだろうと
りのかわりにと差し  玉川 は所々で ち
出した二つの星をチ  ぐはぐに息を吹き返  
ルリルとミチュリル  すこともあったから
が無言で貪り それ   土管のなかですら
から 八回ずつやっ  きみは透明だった     
てきたぼくの五月と  散った花びらが水面 
十月は全て夜がひし  に集い腐臭を放ち始
ゃげていて眠りにつ  めても なお透明だ
いた氷川に 復讐さ  った 再会しよう 
れつづけている    いつだかの十月に

二つの星に名をつけたおまえ 集った花びらに吐き気を催し 凝視 靴さきをじっと見つめ続け 擬態した昆虫 が弦楽器を奏でる 幸福な (風はもうどの河からも吹きゃしません) 姿をもたぬものどもですらもはやただの反響する透明な壁ではなく 当然の哀しみ の凝固隊がぞろぞろと這い出し からだを消去せよと おまえとともに 消去せよと 唄いだすなら それをトキオの唄とともに 無数の便所から響く数え唄 の濁り 濁流に からだは巻き込まれる から 濁った河川は五月にも十月にも 支えられて きっかりと計測する測量士に 返してやろう おまえのものはおまえに おれのものはおれに 各人の唄に応じて 返してやろう そしてぽっかりあいた光の穴のなかで 暮らせばよい 月が満ちることに理由があるなら 暮らせばよい 離ればなれになったおれの足の指先も 左耳も 寸胴も ひび割れたイルカと桜の模様の描かれた 木製の黒い指輪も 砂利も 眠りについた河の水面で 揺れ続けているのなら 暮らせばよい その縁で 宛先不明の手紙を 兎や蟹が喰い散らかそうが 暮らせばよい 月面には 孔ぼこがあって そこにうちらの河川が 漂着することもあることを 教えてくれたのは うちらと暮らしたこともある 独りの測量士だったのだから 


*岡崎京子『TAKE IT EASY』あとがきより引用


風底

  DNA

        風が、風が吹いているのだ、
         と不意につぶやいたなら
             きみは風たちを
       一歩遅れて知ったというのか

                たしかに、
        風は吹いているのであった
           台所の窓をあけると
               白い物体が
       滑って流しにおちたのだった

          きみはもう風にのって
     風が吹いているのだという手紙を
          風たちの色の自転車で
     風が吹いているのだという手紙を
            運んでくることに
     まっすぐな〈嫌悪〉をむける術を
          身につけてい たから

(細かくふるえながら
ぼろきれと
なっていく左手

     気が違ってしまった老いた犬と発
情、悪い情熱が次の(/)熱を呼びよせる三
度目の乾いた性交のあと、風の吹かない時間
を逆さまに思い出して、その左の手で弱々し
くぼくが作り上げた北斗七星の影絵に、きみ
が、蛇口から降り注ぐ、愛とか哀しみとかの
透明な水と砂まじりの海水とを注いでくれた 

(そっと
置いていかれる
裸子植物の
小さな種子

歩くことと息を継ぐことを
同じ
低さの営みとする
その習俗に触れ

もうずっとぼくらは下手になってしまった

           うっすらくぐもった
              視界の内奥に
             とどまっている
               ひらかない
               風色の草原

(むきだしの生、半裸の棕櫚

             遺体の整列した
      安置(/息)のための体育館で 
      いつまでも鉛筆を削りつづける 
              百草のような
             ぼくときみとの
         おわらない会議が開かれ
              そこにも、風

                 たとえ    
                  /ば
          柔らかい夕刻の腐臭や
           オールドバザールで
             少年たちの齧る
            フルーツトマトは
           風たちの色に乗って
          やってくるということ
                 それを
           信じてきたのだから

「どうか恐れずに」
 
                風たちの
                吹いた、
             たしかに吹いて
            いるの、であった


(無題)

  DNA

おそらく手足を伸ばしたその先には届かないほどの視野のなかで見出されることを待
っていただろう深い森の水面 小さな鳥たちは隊列を組み 閉ざされた光のなかでタ
イヨウを目指すことなどとうに忘却していた昨日までの 

  (雲、のように孤立、し)

三日三晩だった わたしたちの霧を正常でない位置から見定める死に体の

  (狂い、のたたき売、り)

はじめる はじめよう 届かない 「いいえ」 
燃えることのない葉書など 届かない 「いいえ」 

桟橋の下の光を喰った魚の腹のなかには一匹のゲンゴロウがいまも呼吸を続けている
 ときみからの手紙には書いてあったね わたしはイモリの生態について研究する少
年の 助手であったからイモリの写真を収めること以外になんら興味はなかった 

  (残酷、な青が到来、し)

明けない夜はあった
橙色の灯は霧を
最後まで
裏切ることはなく
浮かび上がる
三人の
影と水滴 
そして

露になった
背中に
イモリの
写真はゆっくりと
焼きつけられ 
正しいやりかたで
おこなわれた
小さな追悼の

  チョコレイロ ディス ロ
  口のなかに
  転がる
  チョコレイロ ディス ロ
  摩耗しきる
  その前に

たとえばわたしたちは円卓を囲んでひとつひとつの記号が周遊するじかんを計測した
のだった 測ろう 測れない 「いいえ」 あの湖には イモリのやってくる季節が
失われることのなく 


彼岸マデ

  DNA

卒塔婆に置き去りにされ
産道を走って
おまえの 
狂いの顔を
特売日に
売っておきました

昨日の
彼岸テレビでは
ジブリールが
髭のおじさんの
耳元で
何か
囁いていたんですって

夕焼け小焼けで
日が暮れた日の
帰り道では
丘、と
タイヨウに出くわします

おかあさん
わたし
お家に帰らなくとも
よいですか

異なる
ふたつの
乳房を
ベランダで
虫干しすると
わたしの
生まれた日
のことを
想いだす
そうです

むず痒い胃の突端で
おまえが
溺死するまで
わたしは泳ぎ
を習い
続けます


勝手に埋めろ、人生

  DNA

わたしたちがいまだミシシッピ河で石投げしていた頃 きみがすでに埋め始めていた遠さのボールに記述される詩

1.

ねえさん、今日もぼくたちの波止場で一羽の記号が息をひきとったね

幾何学の身振りで生きながらえてきたきみのからだに 年老いた砂がまとわりつき

道行き、それは疾うにぼくたちの岸辺では役目を果たし終え

綴じられた<>のほうから穏やかな<>がまた漏れだしていく

(これもまた生/活なのだ)

ミジンコの眼球にぼくたちの一切の希望が映るはずもなく

ねえさん、死んだ記号の亡骸にそっとあの石を供えてやってくれ

2.

」空転する さかさまの硝子ペンで

縁どられた空には きみのねりあげた碧 がいまにも崩落しようとしている

(危うさ、とは無関係に交 差する二本の白線)

行き止ま/りはどちらですか?

記号の振り返ったさきで小さな性交が終わりを告げ

埋められたボールのほうで哀しみの羽化する音をきいた気がした

3.

中野の線路沿いの喫茶店で 向かい合っていたきみたちは 白いシャツのうえに 白さを溢した

夏の午前の陽光でぼくには何も判別がつかず

路上ではもう一匹の白さが干からびていた

(風はときに残酷な行いをし)

ちいさきものども、きみたちの悔い改めた翌日に記号は死/ぬだろう

ならば、せめて密航せよとねえさん あなたは云うのか

4.

見よう見まねで始められた分散する思考たち

きみからの短い手紙には一本の記号が杙を突き立てられ

「露出せよ」とただ叫んでいる獣の群れ

あまりの静寂のなかぼくは雨のさかさまに降るのをみた


露光

  DNA

岸辺に充填されるはずであった夜からもはぐれて きみは 銀波の行く末を案
じることにも倦み疲れ テトラポットのなかで窒息した柔らかい書物に手をの
ばす 月のひかりの届くことはなく にがい螺旋をくだりはじめ
  
  (血、のしたを流れるましろい河川

水の流れ 水脈のかけらは散らばり
  (あるいは 冬のなかで滞 留し

完全な護送などなかった
  (きみはつねに冬の午後の弱い光を擁護してきたはずだ

見透かされた葉脈に再度、〈非〉を突きつけ 行き違った鈍いこどもたちのほ
うへ歩み寄る 地下には地下の向日性。があって 白い綿毛の飛び交い 

見/遣るな
  (作業員は作業をし ことばはことばをする

区切られた領海ではなにひとつ獲れやしない
  (頷き、をひとつひとつ否定していき 

「残余は食べられますか」
「いいえ」

ミンダナオからの船には交わることのない希望が積載されていた 

 *

乾ききったゆびのさきで水面のへりを撫で 狂うことのない磁石に黒い布を被
せる 銅線はそこかしこに張りめぐらされており  

                               机のうえ
                              宛名はなく                                            見/遣るな
                                 箱は
                              忘却された
                               鼓動、の
                              運ばないで
                                 海を
                              突き立てて
                                 きみ                                             露光する


(無題)

  DNA



〈ギリギリと舞落ちている真昼のハマユウを右目と左の目のあいだで受け止めて/よ「愛しています すべてが黒い海の表面で反目しあっていた 岸辺の 先端では引き裂かれた無数の花弁たちがもはや浮上することもなく、陽光を薄めつづけて 応答せよ。こちらは一昨日より底冷えする夏、がしなり続けいまだ森という森をグラウンドに描写することにしか興味のないきみの真昼をぼくはハマユウの馨りとともに強奪し、まとめてガソリンを放ってその渦潮の中心部で、凍りついています〉


※ 応答せよ。と命じられたので応答するしかし彼方への手紙への返信とは本来的にすれ違いを演じ続けることを「義務」づけられているのだ


三年前の舗道で朽ちていたハマユウがいま
わたしの鼻先で香っている、燃しつくした
はずの灰のほうから

ざらついた白黒で構成されたあの真昼は恐怖や
酸っぱいクリームを呑込む暇をあたえず
「夏、わたしは殺させない なぜならわたしは 夏、
見つけ出せはしないから 夏、底冷えのする
夏、のひきちぎりそこねた末端。たとえば
きみの耳たぶをわたしはひきちぎりそこねたのに夏、
はいつになればしなり続けるのを止めるのでしょうか、

三年以上も真昼の白黒の繁茂する

グラウンドにはミドリやアオの角の伸びた宝石が息づきはじめ 
真昼の鐘の音が底でしつこく反響し続け(ている 
狂わないのは時の刻みではなくあなたの 頬に刻まれた皺のほうであった/から 
赤子がひとりで、いま真昼の
短い物体を噛み砕いている

文学極道

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