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2008年11月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


露光

  DNA

岸辺に充填されるはずであった夜からもはぐれて きみは 銀波の行く末を案
じることにも倦み疲れ テトラポットのなかで窒息した柔らかい書物に手をの
ばす 月のひかりの届くことはなく にがい螺旋をくだりはじめ
  
  (血、のしたを流れるましろい河川

水の流れ 水脈のかけらは散らばり
  (あるいは 冬のなかで滞 留し

完全な護送などなかった
  (きみはつねに冬の午後の弱い光を擁護してきたはずだ

見透かされた葉脈に再度、〈非〉を突きつけ 行き違った鈍いこどもたちのほ
うへ歩み寄る 地下には地下の向日性。があって 白い綿毛の飛び交い 

見/遣るな
  (作業員は作業をし ことばはことばをする

区切られた領海ではなにひとつ獲れやしない
  (頷き、をひとつひとつ否定していき 

「残余は食べられますか」
「いいえ」

ミンダナオからの船には交わることのない希望が積載されていた 

 *

乾ききったゆびのさきで水面のへりを撫で 狂うことのない磁石に黒い布を被
せる 銅線はそこかしこに張りめぐらされており  

                               机のうえ
                              宛名はなく                                            見/遣るな
                                 箱は
                              忘却された
                               鼓動、の
                              運ばないで
                                 海を
                              突き立てて
                                 きみ                                             露光する


地平線

  雨宮

 
 
小さい頃、海の向こうには恐竜がいるものだと思っていたのだと、
夕色にぼやけた海の方を向いたまま、こっそりと打ち明けた。
隣に座る妻は小さく笑いしばらく黙った後、もしかしたら今もいるかもよと、
本気なのか冗談なのかわからない口調で言った。
海の彼方のどこかに?
そう。海の彼方のどこかに、
わたしたちの知らないどこかにいるかもしれないよ。
恐竜が?
うん、恐竜さんが。
 
 
海の方からは絶えず、波音だけが確かなものとして、胸元に生まれては消え、生まれてはまた、消えていく。
それを飽きもせず眺めている僕と妻と、数羽の海鳥。
どこか遠くへ行きたいと言い出したのは妻で、海へ行こうと行ったのは僕だった。
なにをするわけでもなく、ただ、海を眺める。
僅かに交わした言葉は、気づかないうちに波音になって、ぼくたちはすぐに言葉を見失う、生まれては消えていく、そのくりかえし。
車で片道三時間の小さな逃避行は、もうすぐおしまい。
果てのない遠くへと続く海の青の先に消えていく太陽は、とろとろになって、下の方から融けていく。
海、半熟卵みたいだね。
妻が呟く。
僕はそれには答えず、海鳥が帰路についた辺りから思いを巡らせていた、太陽の生まれてくる場所について妻に聞いてみた。
すると妻は迷いなく、白く小さな人差し指を真っすぐに海の方に伸ばした。
もしかして海から?
ううん、地平線から。
太陽は地平線から生まれて、地平線に帰るの。
 
 
夕陽に染まる妻の眼差しは、橙色にゆれる地平線の遥か、だれも知らないどこか遠くを見つめているような、そんな気がした。
不意に不安を覚え、頬に触れ名前を呼んでみる。
こちらを向く丸く小さな瞳、少しだけ口角の上がったやわらかな表情。
なんでもないと頭を撫で、もうほとんど融けてしまっている太陽に目を戻した。
 
 
地平線から生まれてくる太陽、海と融解し生まれ、そして再び、海と融解しきえていく。
妻の見つめる先と、僕の見つめる先は繋がっているのだろうか、そんなとりとめのないことばかりが頭をよぎる。
海鳥たちが消えていった遥か、その先にいるであろう、恐竜、
妻は、何を、
思っているのだろう。
風が強くなってきたせいかさっきよりも寒く感じる。妻も膝を胸に抱きしめ寒そうにしている。肩に上着をかけてやると、ありがとうと、小さく笑った。
帰ろうか、
うん、もうちょっと、もうちょっとだけ。
太陽が地平線に帰るまで?
うん、うんそう。太陽が帰るまで。
だからもうちょっと、と、そう言った妻の瞳は既に、地平線の先遥か彼方をみつめている気がした。
僕は妻の肩をそっと抱き寄せて、喉元まできていた言葉の向かう先を決められないまま、妻の見つめている先、地平線に帰っていく太陽に思いを重ねた。
 
 


祖母の葬式

  シンジロウ



母親からの電話で
あなたの死が近い事を聞き
週末に礼服を買いにいこうと思った

あなたの葬式を思い浮かべると
俺はニヤリとせずにはいられない

互いに陰口を叩きあい
それでも馴れ合いながら暮らしている
田舎じみた親族の者達が
あなたの遺体の前では
ツンムリとついぞ見せたことのない
静粛さでもって子供のように並ぶのだろうから
祖父もあなたの死の前では
見栄も虚栄も捨てるだろう

母親が俺の女関係について一言も聞けないのに
「あんた彼女できたんな」と素っ気無く聞いてきた
母親と俺の荒れた生活に
遠慮の欠片もなく怒鳴り込んできた
祖父の会社が倒産しようが
いつもと変わらず
タオルの上に二つの伏せ茶碗を置いていた
俺と兄の名前を
いつも平気で間違えていた

あなたはどんな女よりも古めかしい習慣を
どんな女よりシャアシャアと明るく生きた

スタイルだけはやたらと良い
都会のキレイなね〜ちゃん達より
都会にコンプレックスを持っている
田舎のかわいいね〜ちゃん達より
俺とSEXした
若い男とヤリたいだけの中年の女どもより
彼氏持ちでも平気で
チラチラと俺を盗み見る若いだけの女どもより

あなたが死んだら
また俺はしばらく独り身だろう
俺はあなたに自分を笑うことを教わった
俺はあなたから明るさと度胸を教わった
俺の底にはわずかながらにも
あなたから受け継いだ
おおらかな良心と
本物の慎ましさが残っている

あなたの葬式には
俺はあなたの遺体の側で
あなたと一緒に笑ってやりたい
ツンムリとならぶ神妙な人々の顔を
あなたと一緒に笑い飛ばしてやりたい


気狂い

  ぱぱぱ・ららら

蛍光灯の電気が切れそうだ
でも
取り替える気力はない
 
夢を観た
二人の娼婦と仲良く遊んでいる
一人は上に
一人は下にいる
二人とも
とても綺麗だ
僕らは楽しそうにやっている
 
映画の中で
十六歳の女の子が死んだ

と友人から聞かされる
自殺だそうだ
永遠が見たい
吐き気がする
僕は冬の海に飛び込む
 
子供の頃
ただ漠然と
大人になれば
素晴らしい人間になれると思っていた
救済され
喜びの祝福を受け入れた
美しい僕
 
点滅する蛍光灯を眺めながら
哀しげな女に
裏切られて
殺されたい
と僕は願っていた
 


autumn

  泉ムジ

夏は背を裂きかろやかに
飛散してふり返らず
最早 私は
何も抱かない/抜け殻
斜光が冷たく昨夜の灰を崩す
ためいきに似て
コップの汚濁から
折れた首を差し出す向日葵だけが
耳を傾けているようだ

脈の乾いた枯れ葉に
たちまち閉塞する狭い通りで
君は思想を持つべきだと
友人がくれた本を
売り棄て/一頁も読まなかった
最後に会った時
髪切れと笑う
新しい背広を着た彼の
ひどく痩せた顔を思い出す

路上に仰向けで少しずつ
死んでいくふりをする私は
半ば狂って
いるだろうか/友人よ
軒下の野良猫がつまらなそうに
あくびを噛んで
本の代わりに得た
チョコレートを割り投げてやっても
足早に跨いで逃げた

水のほうが温かく
解れる指先から
細く尾をひく泥が流れた
コップに秋桜を灯し
見惚れ/きっと明日も美しい
子供が生まれたという
友人の葉書へ
今度私にも抱かせてくれと
向日葵の種子を添えた返事を書く


仔鹿

  りす

引き摺っていた仔鹿が抵抗するのだ
細い前脚を踏んばって前へ
前へ前へと歩み求める
張り切った臀部の若い筋肉
いま、一本の針があれば
仔鹿の表皮は破裂する
裂けた勢いで生まれた風は
想像力の遥か前方へ
千切れた仔鹿を運ぶ動力だろう、破れ、
破ってくれ、破れ、と
アスファルトを掻き毟る耳障りな命よ
仔鹿よ 
私はまだ迷っている
いま、一本の縄だけが
仔鹿と私を繋いでいる
ある少々の手応えの為に
私はこいつの首に縄をかけ
どこへでも引き摺って歩いた
これは何という動物かと
人々は尋ねたが
見ればわかる
という答えが逆に
問いかけになるのかいつも
人々の顔は不満そうだ
そんなとき私は
仔鹿を偽善的に道から抱き上げて
足早に街を去るのだ
仔鹿の名前は
アー、とか 
ウー、とか
およそ価値のない反射の集合で
恥ずかしい結合を実現している
恥ずかしくて走り出したい
そうなんだろう、仔鹿よ
前へ前へと逃げたい仔鹿よ
あいにく
そっちは後ろなのだ
さいわい
仔鹿が重荷なのか私が重荷なのか
誰にもわからない
したがって
どちらが前なのか後ろなのか
決める自由が残されている
おや、角が、と言って
仔鹿の頭を指さす他人がいて
その一本の指によって
私の蒙昧は破られ
破れ目から時間が鋭く流れ込む
角は何度も生えかわるが
仔鹿はいつまでも仔鹿のままだ
角は生えかわるたびに違う角度を持ち
何かをしきりに狙っているようだが
狙っているという構えが
仔鹿を仔鹿のままに留め置くのか
いつの日か仔鹿はその角で
私を破裂させるのだろうか
仔鹿よ、お前もまだ迷っているのか
私はいつまでもいつまでも喋っていたい
この少々の手応えがあるうちは
お前と私は離れられない
お前が抵抗を続ければ
お互いに消耗もするが
逞しい筋肉もつくだろう
筋力と想像力を天秤にかけて
どちらの膨張に賭けるべきなのか
そんな勇ましい決断を
私とお前の軽いユニットで分かちあう頃には
私の頭にも一本の角が生えて他人が
おや、角が、と指をさしてくれたらいいと思う


 言葉のない世界に

  殿岡秀秋

もし言葉のない世界に言葉があるのなら
木は長い物語を
語るのではないか

小学校の塀の近くで
葉を落とす銀杏の木は
ぼくに見つめられて
幹の窪みの視線を返した
もし目のない世界に目があるのなら
木はぼくを見守っているのではないか

鬼ごっこの
鬼に追われて
クスノキの陰に隠れる
肩で息をする少年の汗
もし鼻のない世界に鼻があるのなら
木は少年の匂いを嗅いでいるのではないか

木の幹に触ると
掌が紙やすりでなでられる
働き続けた手のひらのようだ
もし手のない世界に手があるのなら
木の幹はゴツゴツと触りかえしてくるのではないか

雨水が
葉に滴る
木肌を流れ
根に落ちる
もし舌のない世界に舌があるのなら
木は柔らかな葉の舌で
水を味わっているのではないか

森が深くなるにつれて
沢が見えなくなり
木の根の間を
重いリックを背負って
荒い息をしながら登る
もし耳のない世界に耳があるのなら
木は登る者の息遣いを
木霊のように
聴いているのではないか

中学校をサボって
雑木林の奥深く
そこだけ木々がまばらなひとところ
紅い落ち葉の絨毯に
かばんを枕に仰向けに寝転んで
水鳥やコッペパンやアザラシが
浮いているのを見る
ぼくもその仲間になりたい
木々に囲まれて
空を見ていると
幹や葉に濾過された
空気が香り
枝から離れる葉が
かすかな音楽が奏でる
木々はぼくの身をつつむように
透明な蛹を作る
もし形のない世界に心があるのなら
木々がかもしだすのは
木の心ではないのか


P・S ジャスミン

  ミドリ



ある晩のことです。リビングの戸がすっと開くと、一匹の猫がわたくしの顔をじっと見てこう言うのです。
「貴方、おやすみなさい・・・」

カーニバルは終わったばかりでした。家々の窓や露台に人々がひしめき合い、町を騒々しく染め上げたお祭り騒ぎも終わり、樹蔭の多いわたくしのアパートメントの建つ通りも閑散とし、少し虚しく思っていた夜でした。

猫は扉をパチンと閉めると楚々とにじり寄り、わたくしの肩にもたれ掛かりこう言うのです。
「旦那様、寂しい夜ですね」

よくよく見ると、猫は上半身裸でスカートを一枚穿くのみ、肉付きの良いムッチリとしたフルーツのような艶やかな肌を寄せ。
「旦那様は罪を犯すのが怖いのかしら?」と、小指を絡ませてくるのです。
わたくしは少し疲れをおぼえ。読んでいた本をパンと閉じると、猫の耳元で囁きました。
「君は誰だい?」
猫は目をパチクリとさせ、しじまに流れる沈黙の重さに耐えるように目を閉じ、わたくしの背にノシっと頬をあずけるのでした。

わたくしは猫を摘み上げると窓の外に投げ捨てました。

そしてガン!と窓ガラスを閉じると、パチンと鍵を閉め、やれやれした気持ちになりました。

そうです。あれはちょうど3年前のあの夜のことです。町に行き倒れの猫がいると大騒ぎになり、地元の新聞は一面の大見出しでそのことを報じました。
わたくしは翌日、電車の中でその記事を読みました。

猫はアンダルシア出身の修道院の娘で、名はジャスミンと言い、ジプシーだったそうです。

昨晩、寝つけずにわたくしは部屋を出て、通りを眺めながら煙草を吹かしておりました。立木にもたれ、向かいに建つ花屋の真紅の薔薇を見つめていたのです。
いつ果てるかしれない長い夜になるな、そう思ったことを憶えています。

ふと気づくとあの猫が薔薇の花束を抱えこちらにやってくるのが見えました。わたくしを見て、震える手つきで猫はその薔薇の花束をわたくしに差し出しました。

人影のない通りトハープの町、月が雲に隠れ真白な猫の顔はよく見えませんでしたが、わたくしは花束と一緒に彼女の体をヒシと抱きしめていたのです。
そう、ジャスミンを。

そこから先のことはわたくしの口からは申し上げることはできません。
ジャスミンは元気でしょうか?
せめてこの手紙だけでも彼女に届けて下さい。

P・S ジャスミン。もう、間違ったりはしないから。


jazz

  5or6

一日中詩を考えてたら
ジャズを聞きたくなったんだ

青いアルトサックス
穏やかなイエローハーブ

そんなことしか思いつかない

格好良いのも悪いのも
毎日だから
どうでもいい

オイル塗れでCD探して
ハービーハンコック発見

聞きながら携帯打って
会った事の無い仲間に気遣う
会ってないのに

ないのにね

寝ちまったよ
夜勤明けの朝風呂で
笑っちまったよ
溺れかかってやんの

俺は髭を生やしたかった
サービス業じゃできないから
バックレたよ
上司にブン殴られて
飛び出したんだ
深夜のドリーム号
東京から大阪へ
三角公園で寝たりして
頼りもなくて
ルンペン体験
金が無いとぼやいてさ
たこ焼きばっか食べていた
最後の金で電話して
両親来さしてやんの

あー
親父がすげー小さくて
頭に電気流れてた
パーキンソンって聞かされて
震えて帰ろう言われたよ
そりゃなんも言えんわな
実家に帰って叱られて
兄貴のつてで工場勤め
ブラジルさんが大半で
日本人二人だけでやんの

そんで髭を生やしたよ
やぼったいねと刺されたよ

うるせーよって言いたいわな
ポルトガル語はちっともわからん
音は耐えずプレスする

うるせーよって言いたいわな
だけどいつも笑ってら

俺笑ってら


一日中詩を考えてたら
ジャズを聞きたくなったんだ

ただそれだけなんだ

それだけで
詩を書きたくなるんだ

唸るくらいに


団欒

  ともの

わたしは咳をしている
風邪の症状ははすぐに消え、咳だけ残るのは、相変わらずの体質だ
日曜日
止まらない喉のかゆみを携え、部屋から抜け出る


国道をのぞむ駅近くのカフェ
外を眺めている2階
高校生はおしゃべりに夢中
隣の人は台本のせりふ覚えに没頭
今日に限っては 強く感じる
大きな窓のもったいなさ

雨に濡れた路面、統一感のない傘の動き
看板の字を読み始めればきりがない
咳が出始めればきりがない
ココアを喉に染ませ、べったりと、砂糖の膜を張ってやれ

だれかに偶然会うことなどない街で
だれかに偶然会うことを期待して
だれかに偶然会ったら困る普段着の自分
だれかなんて特定多数を描いてみれば嘘
だれかなんて特定少数にすぎないという真
だれかに偶然会うことなど決してない街の
カフェの椅子に腰掛けても 相変わらず
思い出さないと決めたことを思い出す
肺とは違う 胸の奥のどこかしらがが緊縛され
また咳をする
深すぎる雨雲が導く強大なマイナスの力 
追い詰められて
逃げよう 席を立つ 逃げる 

駅の上の高いビルの展望台にのぼろうか
高いところから見下ろして
雨の街に動いているものを見てみようか
思案した
国道がわかれる三叉路を 小雨の日曜を
俯瞰しようか
ひとりで

ひとり高い所に行くのが好きだったことが
過去のものになってしまったように思えた
手を添えて喉を鳴らした 一度で終わった
展望階ゆきのエレベーターには 乗らない

 
 あのときのあそこは 三叉路どころか 六叉路だった
 行く先がわかれすぎていて 惑わされてしまったのだ
 
 あのときの風邪は何も残さず
 由来不明の風邪が咳を残した

 
救急隊員がひとり、ふたり、走っていった
年季の入った白いヘルメット
わたしはゆっくりと、歩いた
余白と区別のつかない、手帳の今日のページ


傘を差す手はこごえたが
部屋に帰れば頬は熱く 熱があるようだ
また咳をして 
止まらず 止められず 腹が筋肉痛だ
ほおっておくほかないので
抱き枕を抱えてPCに向かい

団欒をした
日曜日

わたし 抱き枕 PC 

今日は咳を招いて

いつものみんなと 団欒をした


喉が渇いたのでソーダを飲んでみた

  滝沢勇一

かどの自動販売機でオレンジ色のソーダを買ったボタン押した落ちてきたら瓶だった
自動販売機付属の栓抜きで蓋をもいで歩きながら飲んでいたらオレンジ色の高圧ナトリウム灯のした道端に乾いた蝉の死骸
乾いた蝉の死骸
乾いた蝉の死骸を見ると乾いた蝉の死骸のことを思い出す。
夏の日、太陽、ヒル十時
ぼくのなつやすみ
蝉は乾いて死ぬ。
という趣旨の絵日記
昼間のテレビ教育番組、子供たちおにいさんおねいさんメルヘン色のスタジオセット
声に違和感、画の異物感
蝉の声が降ってくる
ガラス鉢(バチ)金魚二匹と水と気泡、乾いた餌草焦げ茶色
道端の蝉、半分砕けてこなっごな
金魚が水面にはらを浮かせていたならそれはしんだ証拠、腹は白に近い銀色
半分の蝉の死骸、飴色の昆虫粉
南部鉄器製の風鈴、ゆれて鳴る高音
ゆれる
ゆれる
個人的には、
夏の半そでの白い制服のまま、群青の深夜からオレンジ色の明け方にネオンイエローと黒の工事現場色ロープでくび吊って死んだ3つ違いの小麦色のいもうとのゆれを思い出す。
スクール水着型に白い肌小麦色の首
にのうで指先太ももあし
あさの透明な青白いひかりに透けて硬い白い乳房とピンク色の乳首が透ける
夕涼みの午後と同じ硬くて白くてピンク色
夕涼みの午後、いもうとは寝ていてひとの濃い体温の匂いがした。

嘘です。
いもうとはいません。

妄想というより白昼夢、時刻は午後の3時過ぎ
買ったソーダを飲む
オレンジ色のソーダ、気泡がつぶつぶ
熱帯の海に放り投げられたとき、深く深く群青に吸い込まれそうになりながら上を向いたらオレンジ色の液体のなか、気泡身体からのぼってってきらきらきらひかりが砕けたやつが降って刺さってくちのなか合成甘味料に似たひとの濃い、体液のあじがした
夏休みを思い出した。
残ったオレンジ色のソーダを乾いた蝉の死骸にかけた
空き瓶は道端に捨てた
余計に渇いた喉
くちのなかに合成甘味料のあじが残った
甘ったるいサッカリンナトリウムだった。


そら

  水瀬史樹

おいらじゆうだ

あまりにじゆうなんでかたちをうしなっちまった
ふよよとひろがったままもどりゃしないのよ

ひとのはらのうえやら
あしのさきっちょなんかを
ふうんわり
ゆんまり
くもがねころがりながら
いったりきたりしてら
やつらもじゆうだ
おいらほどじゃあないがじゆうだ

やつらなかなかにじゆうなんで
いろをうしなった
やつらめだちたがりなやつらなんだな
じぶんをおもいだしてはときどきむせびなく
ざばざばざんばとおもたいものまきちらしては
にんまり
ふんわり
ゆんわぁり
またひとのはらやらくびやらにのたまってんだ
ああ
すきなんだなあ

なあなあ
おいらひとのかたちにもどりてぇよ
はじけちまったんさあ
あちやらこちやらきにしなさすぎってんだな
いつのまにやらういてういて
ふよよとひろがっちまったあ
もうかんじのひとつもかけねえや
ひきざんのしかたもおもいだせねえよ

ああなあ

おいらじゆうだよう


「 蛇。 」

  PULL.



 わたしは夜、蛇になって男の躯にもぐり込みたいと願うことがある。わたしは細くしなやかな蛇になり、わたしよりもごつごつとした男の肛門を掻き分けにゅるにゅるとからだをくねらせもぐり込み、この肌の鱗で、ざらざらと腸を擦り粘膜を剥ぎ胃から食道へと抜け男を、突き破るのだ。

 この男はいつもわたしのからだにもぐり込むことを得意としている。そしてざらさらとしたわたしからだの中の様子を、事細かにわたしに話して聞かせるのも得意だ、だからきっとわたしもこの男に、この男の躯の中の様子を事細かに話して聞かせうんざりとさせるのだろう、いや、ひよっとすると男の躯の中の方が居心地が良くなってわたしは出てこなくなるかもしれない、そうしたらこの男はどうするだろうか?内蔵の中でざらざらと動くわたしを宿したままいつもの仕事をし、普段通りの生活を続けるのだろうか?結婚もしていない男の躯の中に宿ってしまったわたしを、果たして母は許してくれるだろうか?また男は自らの躯の中に棲み着いてしまった女を、愛してくれるのだろうか?もし男が他の女と浮気をすればわたしは、男の射精と共に排出されてしまわないだろうか?そうしたらわたしはその女の子宮の中で、宿るのだろうか?やがて生まれてくるだろうわたしはその女とこの男を母と父と、呼ぶのだろうか?そもそもわたしは夜、蛇になれるのだろうか?。

 からだの中は夜だ。わたしのからだの中に太陽はなく、月に一度赤くなる月しかない、男の躯の中のことはまだ知らない、わたしはまだ蛇になったことはなく、もちろんどの男の躯にもぐり込んだこともない、わたしは父も知らない、確かに父の躯の中に宿り排出されたわたしであるはずなのに、わたしにその記憶はない、幼い頃父のことをしつこく訊くわたしに母はただ一言、冷たいひとだったと、言ったのだった、以来わたしの中の父は冷たいひとになった、冷たい、この男の冷たい躯は父を想わせる、わたしは二つに裂けた舌を這わせ男を奮い立たせようとする、男の肌は青く氷のように冷たい、わたしの舌が男の太陽の皺をちろちろと舐める、男が冷たく奮い立つ、なめらかにもぐり込んだ男がわたしの中の月を突き上げる、やがて冷たいものがわたしの中で弾ける、なまあたたかいものが月に、かかる。

 男が来るのはいつも夜だがここの外が本当に夜なのかわたしには解らない。男はわたしをここから出そうとしないのでわたしはわたしのからだに訊いてみるしかないがわたしのからだの中はいつも夜なのでやはりわたしは解らないでも、男の来ない間は昼で男が来るのは夜だと思うことにしている、何故なら男は必ず夕食を持って現れるからだ、夕食は男の食べるものと同じなのでわたしにはいつも少し物足りないがそれを男に言ったことはない、男は傷付きやすい存在で父もそうだったと母が言ったからだ、わたしは母のようにはなりたくなかった、母のようになることはわたしが蛇になれないということだった、蛇になれなかった母は父の体の中に宿ることもできず棲むことも叶わなかった、わたしは母のようになりたくない、わたしは母になりたくない、母になりたくないわたしは男に囚われここにいる、だからここにいるわたしは母ではありえなかったがそれでも時折、男が何故わたしを外に出そうとしないのかと思うこともある、男はわたしを恥じているのだろうか?母になれないわたしを男は、恥じて隠しているのだろうか?ならばわたしも隠さなければならない夜が、男が来る前に。

 この頃は昼も、鱗が生えるようになった。わたしは包丁の背で、魚でするように腕の鱗をこそぎ落とす、ざりざりと鱗が浴室のタイルの上に落ちる、わたしは一枚を摘み電球に透かす、鱗の向こうで眩しく、歪んだ電球が眼球のようにぶら下がってわたしを見ている、大きな、ぐろぐろとした眩しい眼、細長い瞳孔がきゅっと縮まる、見られている、わたしは恐くなり眼をつむりきつく、さっきよりも強い力で包丁の背でからだの鱗をこそぎ落とすざりざりと、鱗が残酷な音を立てて落ちる、次に眼を開けたわたしには鱗ひとつなく、眼球は電球に戻り、つるりとした肌が待っている、わたしは念入りに鱗を拾い集め浴室の排水溝に一枚また一枚と落とす、排水溝は音もなく飲み込みわたしの鱗を吐き出さない、だけどわたしはそれでは安心できなくて排水溝に詰まった髪を溶かす薬品をさらに流し込む、こんなものでわたしの鱗が溶けてしまうのかどうかわたしには解らない、とにかくわたしは安心したかった、一秒でも早くわたしの鱗とあのぐろぐろとした眼のことを忘れて溶かしてしまいたかった、排水溝の向こうからつんとするものが立ち上がる、鼻の奥が痛くなった、なまぐさいものがわたしの胸を通り過ぎた、ざらざらと喉の奥で擦れ溶けてゆく鱗の感触がした、わたしは酸っぱいものが込み上げる口を押さえ逃げるように浴室を出た、鱗の落ちた裸足から伝わる冷たいタイルの感覚が、夕べの男の躯を想い出させた。

 眼が醒めると男の胃の中にいる。長いわたしの尻尾はまだ男の腸の中にいて引き抜くと、腸の粘膜が剥がれる感触がした、上の方で男の呻く声がして胃が揺れる、少し男が気の毒になったが毎晩わたしのからだの中の粘膜をさんざん引っ掻き回しもぐり込む男のことを考えると、それも当然の報いのような気になった、尻尾の先で胃壁を突くとさらに激しく男の躯の中が揺れた、胃の内容物が降りかかるどろどろと、夕食の肉じゃがのじゃがいもの横で見覚えある鱗が一枚、溶けていた。




           了。


舵取りの神

  殿岡秀秋

浮きもすれば
沈みもする
家は
波に乗る
船ではないか

カミサマ
またの名を
オカミサン
のからだを甲板で
マッサージする
恐れ多いから
肌には触れずに
電動マッサージ機で
パジャマの上から振動を与える
朝起きたときと
夜寝るときに行うのが
ぼくの勤めである

カミサマは気持がいいと
猫みたいに喉をならして
四肢を伸ばす
ぼくの役目は
言葉のいらない時を作ることだ

「何をやらせても駄目ね」
と言われても
口が動くだけ元気であると
観察する気持でいる

しかし甲板にロープを張り
洗濯物を吊るしたのに
干し方が悪いと言われると
ぼくの砲口が開く
「そんなに言うなら見本を示せ」

親の悪口をいわれると
神経の瘡蓋が剥がされ
塩水を塗りこまれる痛みとともに
ぼくの顔が歪む

長い航海
逃げ場のない船の中
針の鱗を持つ言葉は
牙のある口となって還ってくるから
ぼくは気持を裏返さないで
凪いだ空を見る

漁に出る船と同じで
家の床下には魔物が棲む
舵取りと船乗りの息が合わないと
座礁する

舵取りに言われるままに
甲板で働いていると
いつのまにか
帆がふくらみ
海の風をはらんで
家という船は大海原を進んでいく

人使いは荒いが
いつもぼくの隣にいる
カミサマは
舵取りの名人である


青い葡萄

  小禽


乾いた靴がまた濡れ始める頃
少女はもう一度溜め息をついた
外では雨が降り続いている

柔らかな毛布が本当に好きで
夕方が来る前には眠っていた幼少の頃

いつの間に踏んだのだろうか
青い葡萄がそこら中で潰れているのだ


 八十八夜語り ー秋小寒ー

  吉井

二十三夜
 まだ生あたたかい人型の栞が、投射された光の帯の中を漂っていた。蝉の羽
 ばたきの空き間をくぐり抜ける自由中性子が運動量を失って120億年経った
 朝のことである。

   また見えてる。
   なにが?−永遠さ。
   太陽と番って
   煮え滾る海のこと。(*1)

 誰も気づかぬように

   じっと見守る魂よ、
   そっと打ち明けようか
   欠落した夜と
   炎と化した白昼のことを。(*2)

 お前らが沈み込む

   人の世の欲目から
   まわれ右の浮かれ騒ぎから
   お前はおさらばして
   揺れる炎に身をまかせるのだ。(*3)

 あの地平線から

   お前だけしかいない、
   サテンの燠火よ、
   ただ黙々と身構えて
   音をあげもせず燃え続けるのは。(*4)

 俺は生れ出るのだ

   絶望の空の裂け目から、
   二度と陽は昇るまい。
   くたびれ儲けの銭失い、
   何処も彼処も地雷は踏まれたまま。(*5)

 Nous ne sommes pas au monde.(*6)

   また見えてる。
   何が?−永遠さ。
   太陽と番って
   煮え滾る海のこと。(*7)
 
 まだ生あたたかい人型の栞が、投射された光の帯の中を漂っていた。同一の
 正六面体が無限大の空間にぎっしり詰まっていた。同一の立方体の数は無限
 数だったか。同一の立方体の数は、その辺の長さが増せば数は減り、辺の長
 さが減れば数は殖えた。無限数が増減する。無限数の絶対的安定が崩れた朝
 のことである。




☆註解☆☆☆☆☆
(*1)Arthur Rimboud(アルチュール・ランボー)の詩[L’Eternite]  (『永遠』)
の第1連。訳詩は吉井。原詩は以下の通り。
  Elle est retrouvee.
  Quoi? ― L’Eternite.
  C’est la mer allee
  Avec le soleil.
(*2)第2連
  Ame sentinelle,
  Murmurons l’aveu
  De la nuit si nulle
  Et du jour en feu.
(*3)第3連
  Des humains suffrages,
  Des communs elans
  La tu te degages
  Et voles selon.
(*4)第4連
  Puisque de vous seules,
  Braises de satin,
  Le Devoir s’exhale
  Sans qu’on dise:enfin.
(*5)第5連
  La pas d’esperance,
  Nul orietur.
  Science avec patience,
  Le supplice est sur.
(*6) [Une saison en enfer] (Delires-?) 『地獄の一季節』(「錯乱-?)からの引 用。訳すと“俺
たちはこの世にいない。”
(*7)第6連
  Elle est retrouvee.
  Quoi? ‐L’Eternite.
  C’est la mer allee
  Avec le soleil.


てつづき

  はなび


さまざまなてつづき
くりかえす
あたらしくはじまるやくそくや
くりかえす
すぎさったおわりのしょうめい

なにもかかれていない
ようしにしるす
ひづけやなまえ

こころはしずかにてつづきをうけいれる
ゆっくりとおりたたむてのしぐさは
そのだいじなぶぶんをかたがわりする

ふうとうにたいせつにしまうまでの
うつくしいじゅんばん
そのじゅんばんはようしのらんに
おぎょうぎよく
いさぎよく
たたずんでいる

てはやわらかにものごとをおこしつづける
つづいてゆくものごとの
はじまりやおわりのしるしをかきとめながら


狙われた街/狙われない街(メトロン星人)

  Canopus (角田寿星)


こんな日はめったにないけど

たとえば
なにもかもが真っ赤に染まる絵のような夕焼けの日

空は思いのほかよごれてしまって
あるいは記憶のなかの夕焼けとどこかちがっていて
こんな日はほんとうにめったにないけど

そんな見事な夕焼けの真ん中で
すきとおるように立っている虹色の何かがいたら
それはメトロン星人なのだ と
あきおさんが教えてくれた

そんな日はタバコを喫ってはいけない
タバコに仕込まれた毒が頭にまわって
誰かを傷つけたくなる
それはメトロン星人のしわざなのだ と
これもあきおさんが教えてくれた

子どものぼくはタバコを喫わなかったが
母子家庭の生徒をいじめる教師
何かと絡んでくる不良もどき
傷つけたいヤツはいくらでもいた

ぼくは体をきたえた
背は一年に30センチも伸びた
大人になって タバコの味をおぼえて
それで
多分
きっと
誰かを
傷つけながら
生きて

それはメトロン星人のしわざなのか
あきおさんは教えてくれなかった

あきおさんは逝ってしまわれたのだ
2006年11月29日午後11時45分 享年69歳
あきおさん最後のウルトラ作品で
メトロン星人は地球を去っていった
こんな星いらん 捨て台詞をのこして
あきおさんもこの日本を
去っていった

折にふれてぼくは
今もさがしてしまうんだろう
あきおさんのおもかげを
いつか視たはずの
記憶のなかの
あの夕焼けを
そんな日は
めったにないのだけど
そして
夕焼けの真ん中に
蛍光色の影をおとす
メトロン星人の
後ろ姿を
今も 

ぼくは。

文学極道

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