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破片 - 2009年分

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


友人、夏にて

  破片

光が、
そこかしこに、
砕け散る正午の、
潮を孕んだ声を、
返した。
燻る先端が滲み、
煙は、塩水に、
溶けて、
破片は目にみえず、
血が流れる、
僕には、見えない。

花のような、
頬だった、
直視できず、
木陰に逃げ、
抱いてもらった。
掻き抱く、
無数輪の香り、
よりも、きみは。

眩い、一条で、
白い太陽は、
ひろく、まろび、
その中で、
破片は深々と、
みえずに。
煙もろとも、
揺らぐ、
揺らぐ。

空っぽの、
圧する青は、
焦げた防波堤から、
歯軋りで、
高く、
浮かばされ、
ねぇ、きみ、
この両手では、
送れないよ、きみを。

潮含みの声を、
ここから、
投げつけて、
指の間、するりと、
落ちた火、
僕の背にわだかまる、

言葉、
思い直して、
吸い殻を、拾い上げた、
きみと、
同じように。


メークレイン

  破片

まっしろな、
日の下を、自覚した、
旅している真昼に
飽きないか、と聞くと
飽きてはない、慣れただけさ、
と流暢な言語をくれ、
足元の、
歩みを見やると、
君と同じか、という
呟きが、
裏側へと、降り注いだ。

かつて、歌は鷲になり、
はるかに、
緑の稜線を、越えて、
境をなくした、
真昼は、それをみてこう言ったという、
「何度、同じ、翼が焼け落ちたことだろう」
そう感じるなら、
まひる、お前は姿を消せ。

ゆっくりと、夜が、
明るく感じられる、
ことばたちは、
月を、
なりきれない贈呈とは思わない、
ところから生まれ、
その裏側には、
ニセモノを、悪く言わない、
象徴が、
それならせめて、
何もかもを盲いたほうがいい、と
明るい、夜を、照らし出した、

統べた鷲の翼が、おちてくる、
かがやかしさは、
点々、と、覆っていく、
恵みと呼び、
両手に着地した、
うすく、むらさきの、
大気はあたたかく、湿されて、

潤いを求め、
けれども、
雨を欲さない生物、
突き動かしようもなく、
濡れてしまう、
そして、雨に
屈辱させられ、
もらう、溢れだす潤い、
手一杯の量、以上を見ない。
憂いは同調するのに、
思惑が、次元を分かつ、

雨が降るのだ、
降ってくるのを、見つけた、
ビルの屋上、精一杯、柵を越えて、
私は待っていようと思う、
雨を降らせる者、
を。

鉄扉の、錆びた、動作と、

小刀の、生れた、閃光は、

とうめいなひとかげを、
待ち望んでいた、
雫の質量を、こわし、
真っ赤なあたたかみが、
ぬけていく頃、
雨は降りしきる、

わたしが、雨を、ふらせて、


ハロウィン(中身のない南瓜)

  破片

煙草の不味さで胸からえずく。味のないような、薄っぺらな毒はひどく不快な気分にさせる、空腹の所為だろうか。葉を半分も残したまま、にじり消した。燻っている小さな灰まで、慎重に。なかなか溶けてくれない煙やにおいが、しつこい。デスクに佇んでいるディスプレイには目もくれず、右手は、抽斗を引く。

君の目は空っぽである、と。
指を伸ばすと、
べったりと、絡み付いて落ちる、
夜が、
毛細の器官にまで
溶け込む、そして呼吸し始め、
滴るようにして
音が抜けていき、
聞えたら、現像してもらえないことばが
待っている色彩、イメージでしかない飛翔
と共に、囁く。

へこんだ部分に手をかけ、そのままの姿勢で、何も入っていない抽斗の隅々まで舐るように焦点をめぐらせる。蓋をした灰皿、無酸素のはずの吸殻が静かに再燃を始めて、直方の木箱が焼失していく。当然、消火など、しない。

空っぽで
あること
の暗闇から、
手探りで掴めるだけを、
引っ張り出す。
現像していく、
捻り出す色はいつも
似通っていて、
空虚を表現するのに黒色しか
使えないけれど、ましろい光が
絶対に
山脈の向こうまで届くとは限らない、とうたい、
かみのない月を狙って
やってくる精霊たちが、
すると指先は彼らと踊り、
ギリシャの言語で
「見つけた」と。

何もなかった抽斗にはファンシーな包み紙がしわくちゃのまま放置してあり、ほのかな甘い匂いが漂ってきていた。まるで自らの脳髄が叫んだような方向から「とりっく、おーあ、とりぃと!」
近隣の子供たちが全員集合し、仮装して練り歩いている。


脳裡

  破片

声は
その音を、
探して
広がる
空白の中
ひとりぼっちなの
という呟き

そこには
流れている
血が、
空調を保ち
海のない
ところを
船の
帰れない
渡航だけが
こだましていて
きっと、
また作り出せる
その手は
何処から生まれたか
知らない

船頭は
船首には
いない
見送るとき、
いつも拍子抜け

波に
右往左往しながら
舵は動かない

足元から
揺れている
けれど
すぐに凪いだ
誰も知らない
燃えている
船の
血化粧を
飲み込んでいくのだ

小瓶一つ
帰ってこない
船は
もう、青白い
ここに
叫ばれて
破砕し、
溶けていく

帰ってきている
のを知らず、
船を作る
根元の
見えない手に
遮られて、
「ひとりなの」
声は、
広がらない


小品(抜け落ちているもの)

  破片

 海が見えている。
 くすんだ緑にも見える、という形容を聞いた。その人は、同じように探し物をしている人だったのだろう。そして海は、空を探している。断絶の果てにはきっと鏡があると信じている。動揺は沖の僅かな海流で、少しずつ膨れ上がり、打ち上げられた時に外向という性質を含み、まるでほんものの声であるかのように泡へと、また泡へと砕け溶けていった。これは、海の感情であると。その発露であると。考えることは自然なのだろうけれど、右隣から声が投げつけられた。
 そこに、誰もいなかったはずの空間が埋まり、佇立するひとかげが生まれ、声が波の音に乗り、旋律じみた流れを持つ。
「、感情を描かない。描けない。描けるのは、そうぞうする感情だけ。所詮言語を能動的に持たない何かを言語で表現しようという試み自体が―――」
 まるで筆談しているかのような口調の声は、笑いながらためらった。途切れた言葉、その続き、行方を捜すも灰色に溶け込んでしまったのだろう、欠片も掴ませなかった。
 ひとかげに、質量はなく、それは影なのだから当然なのかもしれないが、とにかく存在していると認識させる要素が希薄で、しかし目か首を右に回せば、ずっと見えている。視認できるということ、最大の認識をおぼえているにも拘わらず、その影は見えているのに、見えなくなりそうで、瞬きを意識するのだがそのひとかげは嘲笑っている。
「、実体がない。、たとえば筆をとることもない。、お前に見えているのか」
 答えようとした。最後の言葉は質問だった。だから応じようとした。海だけを見て。安心させてやるかのように、不安に揺れる海を見ながら、純度の高い綿に抱擁されているような色彩の世界で、わたしは、首を向けた。
 何故、見えなくなったのだろう。ほんの何秒か前までは視野の右隅で、あなたを捕らえていたのに。今では両の目で正面きって見据えようとも、空振りでしかない。ずっと昔に感じられる、空白に、私の右隣の時間は戻ってしまったようだった。けれど、とうめいなひとかげは、確かに存在していたのだと、私の視覚器官が、葛藤し揺れる脳細胞に必死に訴えていた。
 どれほどの時間を、海を見て立ち尽くすという行為に傾けていたのだろう。何時間前かもわからない天気予報では今日いっぱい、雨は降らないまでも、雲は飛んでいかないと伝えていた。しかし、目の前の海には一条、また一条と日が差し始めてきていた。目に見える光線を何本も、数え切れなくなるまで見ていた。背中に通っている道路からも、時速四十、五十キロ程の速度で滑っていく視線を感じた。迂遠に言い回すことも、婉曲に言い並べることも必要なく、ただ、壮絶で荘厳であると。そう呟いていた。
「見ろ、あれほど淀んでいた海の緑が晴れていく。サファイアのような青が光りだしていく」
 声は唐突だった。しかし首はおろか目すらも回すことはなかった。ひとかげは、消えてしまったのだ、行方も掴ませないまま。躊躇ったままに置き去った言葉に倣って。しかし、声は続く。聞こえ続ける。姿が見えていた時よりも饒舌に、かつ色濃く存在して。
「わたしは、かがやくために、あなたを、さがしていたのです」
 私は弾かれたように、首を、目を巡らせた。
“わたしは 輝くために 捜していたのです”
 海は、捜し物が見つかって、凪いでいた。雲は、じきに晴れるだろう。胸を軽く膨らませて、すっと肩を落とす。わたしは、胸ポケットから煙草を取り出した。金色の箱にPeaceとあるパッケージが、遅れて出勤した太陽の寝癖を指摘した。

文学極道

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