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橘 鷲聖

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  橘 鷲聖

一枚の葉落ちを見るために
俺はここに来たんだろ
秋だった
せせらぎが清涼なフレーズを飛び落ちる
目を瞑ると
円の中心が点である故円周率は無限数であると知った
せつないほどに澄んだ
青空を見上げると
まだ土砂降りだった
アスファルトに飛沫をあげ
圧し潰されそうな動悸を真っ白い息にした
ずぶ濡れの俺は
そこに押さえ込まれ
手の甲に突き立てられたナイフは
熱くて
ねぇ
おまえはかならずねぇと云う
ぎこちなく鍵盤に触れた固い手に
そっと手を添える
傷跡を隠すような
俺は気恥ずかしくなり
目を瞑る
また秋だった
失ってきたものを思い出すと
何も失ってはいなかった
そして落ち葉は降り積もり
歩くたびに音をたてた
おびただしい葉落ちの描く螺旋が
楽譜に見える
まだこの世界に顕れていない
旋律を
俺はじっと耐えるように聴いている
冷たくなったその手を俺はじっと耐えるように握っている
病室の窓から
朝焼けが
燃えるような
はじまりが
滲んでしまっていた
俺は
歩き疲れて
また
おまえが子供のように追い越してみせて
微笑むときが来た
秋だった


月の海

  橘 鷲聖

月の海は明ける空の冷たさの中
彼方
探している透明な航路の終わりに
姿勢の祈りの正しさだけが
新しい
悲しみに暮れる人の弱さを愛した人は
許されることを許している君のような
ここに碑は無く
厳かな空だけが続いている


先鋭

  橘 鷲聖

越境の朝
忘却の旅団が空を渡るために
なんと悲しい
列車は森を走る
突き出した小テーブルに散らばるトランプ
神秘學書の一節を
向かいの座席で眠る彼女のか弱い首筋を
インクで書いている静かな
神はまだ死んでいる
香水を一筆で落書きすると
匂って消える
魔術のような明暗を山稜が縁取ってしまった
おまえたちはもう白昼の星
この命運を守護していればいい
喧噪が
賑やかな恋が
艶やかな欲望の戸口に
携帯用のグラスにウォッカを落とした俺に
嫉妬しろ
辞書をナイフで広げたのは誰か
表面張力が弾けてしまって
インクが滲み
彼女が夢の中で
あ、と声を漏らす
噴水に俺が落ちたからだ
そのままよじ登った円柱に
青空が架かっていた
どうかあの子を救ってあげてください
酔っていた
森を抜けると鉄橋がある
誰も居ない連結車両の
遙か眼下の渓流を見つめたまま
窓に額を押し当てて冷ますように
思い出している
雨という雨が夢のようで
アダージョを出ても傘が無かった
破れたポスターの下に古いポスターがある町で
おまえは陽気な
雨を両手で抱き上げたのだ
感動ばかりしていたんだよいつも
印象画を並べて
指折り数えた幸福がもうわからない
裸足を投げ出し
積まれた本を崩して
愛欲がちぎれ飛んでいった季節に
一輪挿しは枯れ
だから水をくれと云った
詩人さ
テーブルを乗り越えた俺を
学究派らが一斉に壇上で押さえ込んで
こんな雨を待っていた
土砂降りの
叩きつける何度も
激情を奮う両手で抱き上げた
あの日のおまえと重なった俺は
神聖なひとりぼっちになり
これは失恋だと書き殴った
彼女は流れる風光ばかりになり
微笑んでいる
最後まで


ヤングシャンク

  橘 鷲聖

青褪めたモダンサロンで俺は炎を吸っている(吸っていた)海賊旗のZippo(鳩)水瓶座水瓶座と水瓶座と(ポスターを丸めて置いた)とにかく気持ちが良ければ良ければ(花瓶)それは一時間十三分と一秒、俺だ(ソファーから)つまり神がふたりに対して禁断を促したという(叙述)がトリック(ロジック)だった。フォント(A)彫刻、シーツの皺、対立する(それから鍵をかけた。音をたてないように)瞑った、新雪が窓硝子に(5)なんだ(ラ)現代は死に(吸いさしの(ヴォルメ)は(赤)だったし)さよなら、創造しなければならない(海岸のベランダから)言葉は予め話されているよ(お)まえは信じていないので許されない(愛)直立する雨が朝が拳銃が舌が(2)殺されて(ドープ)生まれなさい()新しい(才能)太陽、おお、おお、おまえたちを慰みものにして尚(金の栞を)静かな、温かな、閃きの石、または原罪についての、遺跡、耳、砂(感覚の濫用によって)死ぬのか(または超克され)世界はそのようにはじまり、怒り(ネ)ヴィジョンは螺旋によって、唾液の(梯子)蘇生する、予感の、風光と月の(炎を吸っていた)吸ってい(0)おんな(ラ)光たちだ、上陸の、俺は足を組み変え、た、()は硝子を伝う雨を見ていた、の、炎を吸っていた、かのようだ()


荘厳主義II

  橘 鷲聖

物盗りが入ったか
大規模な秘儀が行われたあとのような書斎で
不可能言語が埋め尽くした本を
庇にして眠っていたのだ
しかもテーブルの上の書き物は
詩と、ダキニのデッサン、見当も及ばない計算、航海術のような、または神々の御名、未曾有の書き出し
俺はぼんやりとだが煙草とウォッカの銘柄を云える
ただし型崩れたシャツやコートのブランドは知らない
今日のスケジュールと夕食の約束も
ほぼ忘れている頃合いだろう
暁の居間に着いても勿論
髭を剃る気配も否や
見えない図を天空画に顕わしたまま
かろうじて寝癖を発見したくらいだ
おまえからの事務的な電話が律儀に入らなければ
おそらく煙草の空き箱を覗いた正后まで
手探っていただろう俺が
夕方までにせめて寝癖を直すはずはない
そうしておまえと花束が訪れ
ようやく今日の日付を確かめる様子を
一番期待していたようなおまえは
ちょっとイタズラな笑みを赤らめて
赦したつもりは無いんだが
心尽くしの花束を抱かされて
せめても寝癖を直させたおまえの
真心がそうさせたと云ってしまえばそれまでだし
控えめなおまえが薔薇を選んだ理由を
どんな思慮でも気紛れでも容易にさせてしまったのは
普段のように靴を揃えて見せない顔や
小さな仕草と整った隅々
グラスに注ぐ月の氷解
その叙情さえ気につかないほど
澄んだ暗黙を共有していたせいだろう
程なくして書斎の扉が軋んだ
それはどういった経緯か
料理店で程度の知れない洋酒を一本きり空けても
気が済むはずもなかった以後
それは確かだ
椅子に凭れる新しい一節と暗唱
静物の囁きも影も夜気に冷め
ようやく見開いた予感の一閃が
筆先や星の暦でなくまさかおまえが胸中より洩れる
淑やかな酔いの口寄せ
後戻ることのできない断崖を以て
スピカの譫言なら
ついに俺に掬わせた
生来より遠い静脈を辿り
果てしのない余韻を曳いた虚ろで
おまえは見つめた
降りしきる羽が初雪の月影であることを
俺は伝えない
アルコールより長く続く瞬間
余白は流れた水滴で焦げた
永遠に引き伸ばされてゆく
コロナを掲げた雪上で
悦びを星天ほども縫いつけて
おまえはその嗜虐を知っている
または臨界の向こうにある祈り
積乱する指先とインニヒス
速記される脚本は追いかけるように消え


寄り辺へ

  橘 鷲聖

そうして人々は眠りだした
耐えがたくなった神との契約は断たれた
行進は行き先を定めて
知りうる際限の果てに幸福を得て
その智彗と記録だけを山にした
ただ我々がどこから来たのかを
白紙にして

あゝ
心は疲れてしまったのだ
自由や祝福を競い合うこと
冷徹なまでに理性に裁かれること
愛を疑うこと
そして男と女を変哲のない人間に直すことに

見よ
あの火のような活動も追従も
あらかたの繁栄の象徴も
化石のようになって
雨風に抱かれるままになった
推し量るときには空と鳥を見るばかりとなった

国境線の監視塔から星空を見上げた
果てから果てまで遮るものはなかった
刑務所の高い要壁から地平線を眺めた
重い荷物を担いでどこまでも歩いてゆく背中を視た
港に繋がれた戦艦から大洋を見た
勝ちとったいくつもの栄光より夕日に輝く海は眩しかった
だから人は泣くのかもしれない
悲しみの本質はそこにあったのかもしれない
いまはまだ誰も話そうとしないけれど
詩人たちはいずれ謳う

何もない丘の草原で
どこから来たのか知れない女と
言葉を使わずにそんな話をしている


四つの讃歌

  橘 鷲聖



巻き貝、昼下がりの秋色の、テーブルクロスを、広げた庭のあたりに、ふたりきりの甘く重たい、窓があって、積み荷は、宇宙を見ていた、きみたちは、花嫁がいつか白い春を孕んで、王女になるだろうといったが、それは雲水に読み解いていた、あのことだろう

銃殺、を風の言葉は知らない、ただ赤い嘴が、散らかった光と夜の痛みを、印している、ひとは、マリアと、知恵の猫の、数ヶ月をひたすら祈り、また雨になり、古い書物のなかに、両肘をついたまま、あのものの顔を覆うのですか

胸壁、冬の泥濘に、靴を忘れても、そこをしあわせが通り往き、運河は人々の、切り石をどこかへ運び、歌もそのように届けられ、子供たちの赤らんだ頬も、巡礼に勤しむなら、なんという希望か、飲み干された夕空とは

男は、すっかりやめてしまう、それを見ていた空が、ようやく男を造ろうと思い、星を落としたが、それには十分ではなく、左右がわからなくなり、深い緑の渓谷ができて、妻はそこを避暑地にした、たくさんの葡萄酒と余暇が、石を滑らかに研いて、男はそこに腰をおろし、はじめようかと呟くと、初めて笑った

文学極道

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