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2006年01月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


nagaitegami

  一条

長い手紙を書いている途中に私は眠ってしまった。男は長い手紙を読もうとした。長い手紙はこの国の言語で書かれていた。長い手紙を読了するのには想像以上の体力と知力が必要であった。残念ながら男にはそのような体力と知力はなく長い手紙を読了することは出来なかった。私はそれでも長い手紙を書いた。書いている途中に眠ってしまった。テーブルの上には書きかけの長い手紙があった。男は首を傾げ書きかけの長い手紙を読んだ。長い手紙はこの国の言語で書かれてはいるが後半部分は空白と不可解な改行により読み進めるのには相当の我慢が必要だった。私は長い手紙を書いている途中に眠り男はすでに読み始めていた。男はひとかたまりの空白に出会うと息を飲み不可解な改行には奇声を発した。しかし長い手紙が書きかけであることに男は最後まで気付かなかった。あるいは男はこの長い手紙を読了してしまったのかもしれない。長い手紙を書いている私は眠り男には少しばかりの休息が必要であった。男は長い手紙を読み始め私は長い手紙を書き始めた。私は男の様子をうかがいながら時折筆を休めることにした。長い手紙は書きかけであるが果たして私以外の誰にとってその事実に意味があるのだろう。男は首を傾げ私が意図的に作成した巨大な空白は男を飲み込んだ。不可解な改行は繰り返され私は眠ってしまった。テーブルは倒れ同じように男は倒れた。長い手紙を読了するのには想像以上の体力が必要であったのだ。男は長い手紙を読み始めたようだ。私は長い手紙を書き始めた。いつものように私は眠るのだろう。私のそばでは知らない男が倒れている。男はきっと私の長い手紙を読もうとしたに違いない。私は長い手紙を書いている。知らない男が倒れている。テーブルは倒れ同じように男は倒れた。繰り返される不可解な改行は長い手紙を飲み込み果たして空白には意味があるのかもしれないが私は頭痛、奇声を発した男はテーブルと同じように倒れ仰向け、長い手紙のほとんどが空白であることを知り、この国の言語か、意味はあるのかもしれないが、長い手紙は、不可解な改行と同じように私は男は私は、読んだに違いない後半部分を、きっと眠るだろう、不可解な改行は飲み込み、テーブルは同じように倒れている。私は長い手紙を書いている途中に眠ってしまった。今では誰も長い手紙を書きたがらない。誰も書きたがらない長い手紙は私を書き始めた。仰向けのまま男の奇声を発した。さて、私を今から長い手紙は書かなければいけない。イッタイ長い手紙が誰なんて読むというのだ。書いてはいけない。同じように私を仰向け手紙を書いている私を眺めアイツハおかしくなったテーブル倒し改行、奇声と頭痛、ソレデハkochirakara連絡サシアゲマス


中田島砂丘

  りす

海鳴りが聞こえると姉さんは踊りだす
白いソックスを脱いで両手にはめて
籠目籠目を調子っ外れに唄いながら
日めくりを無闇に破りはじめる
跳んできた婆さんが首根っこ押えて
騒がしい屋根に雷は落ちるんぞと叱るが
姉さんは体をよじって婆さんをほどき
縁側から跳びおりてサンダルをつっかけ
海に向かって一目散に走り出す

婆さんに急かされてゴム草履をはいて
姉さんの赤いサンダルを追いかけると
南の空にはもう黒い雲が集合している
叫び声のように曲がった松の防風林が
半島にある人柱塚へ向かう参列に見える
山村生まれの婆さんは段々畑がふるさとで
半世紀を海辺で暮らしても未だに海を疑い
防風林の向こう側はあの世だと思っている

道が果てて砂丘に入っても海はまだ遠い
散在する流木が這い出してくる腕のように白く
踏んづけても飛び越えてもぐにゃりと手招きする
日が落ちた何もない砂丘で海を目指すには
流木の間を蛇行しないで手招きに身をまかせ
地形の記憶など捨ててしまったほうがいい

不意に赤いサンダルがふたつ宙に舞って消えた
姉さんの背中が近づくにつれて潮の匂いが濃くなり
姉さんの肩に手をかけたとき波が足元を洗った
うしろの正面 だ、 あ、 れ、と低く呟いて
姉さんは振り向きもしないで海を見ている

海は石炭のように黒く冷たい腹を見せて横たわり
火を点ければぐらぐらと煮えたぎりそうにみえて
だから姉さんは赤いサンダルを海に放ってみたのかと
口に出しても仕方のない問いかけが喉元で燻っている
雷鳴と同時に竜のような稲妻が黒い空に走り
青光りの瞬間姉さんの白いソックスをはめた両手が
灯台のように空高く突き上がっているのが見えた
もうすぐ巨大な二本足が上陸するよ
姉さんは優しい声でささやいてじっと海を見ている
後ろを振り向くと遠くに婆さんの姿が見えた
拾った流木を杖にして砂の斜面を突つきながら
ゆっくりと海のほうへ近づいてくる


  橘 鷲聖

一枚の葉落ちを見るために
俺はここに来たんだろ
秋だった
せせらぎが清涼なフレーズを飛び落ちる
目を瞑ると
円の中心が点である故円周率は無限数であると知った
せつないほどに澄んだ
青空を見上げると
まだ土砂降りだった
アスファルトに飛沫をあげ
圧し潰されそうな動悸を真っ白い息にした
ずぶ濡れの俺は
そこに押さえ込まれ
手の甲に突き立てられたナイフは
熱くて
ねぇ
おまえはかならずねぇと云う
ぎこちなく鍵盤に触れた固い手に
そっと手を添える
傷跡を隠すような
俺は気恥ずかしくなり
目を瞑る
また秋だった
失ってきたものを思い出すと
何も失ってはいなかった
そして落ち葉は降り積もり
歩くたびに音をたてた
おびただしい葉落ちの描く螺旋が
楽譜に見える
まだこの世界に顕れていない
旋律を
俺はじっと耐えるように聴いている
冷たくなったその手を俺はじっと耐えるように握っている
病室の窓から
朝焼けが
燃えるような
はじまりが
滲んでしまっていた
俺は
歩き疲れて
また
おまえが子供のように追い越してみせて
微笑むときが来た
秋だった


ジルコニア

  椎葉一晃

1 試作


巨大な高架を支える橋脚の柱石に
落ちている赤いライターを
右折車線の窓外に見る

 (あっちの崖でさ)
 (うん)
 (あの山の、海に突き出してる・・・)

下校する高校生 ベビーカーを推す女を
田舎の道で
フロントガラスの向こうに見る

 (一番大きい?)
 (そこらしいよ)
 (じゃーあれ嘘だったんだ)
 
ガード下のうらびれた公園の脇に落ちる階段
その真裏の支柱を背に車を停め
買ってきたハンバーガーを食べる

 (多分)
 (あたし海いきたいなー、家やだ)
 (あの崖のカーブ、海に突き出した・・・急な)

夕暮れの空に カーステレオが鳴る
ホルダーのシェイクに手をつける
空席のナビシートには目を遣らない

 (いこうよ)
 (海?) 
 (うん)

夜 山麓を川沿いに抜ける国道を走る
あの時と同じ景色
もう一度 海へ
 
 (行こうか)



川?
うん
川沿いなんだな

 (黎明の野に鬱勃する森の影
  遠景の稜線に朝陽が留まる
  静止した分暁の空)

暗いねぇ
夜の山だから
んー 

 (女は森へ その歩行に呼応し湧出する大理石が
  彼女の蹠を受け止める 歩揺する長い黒髪は
  その一揺れに束と落ちる)

やばい眠い、危ない
川がきれいだ       

 (女を追う 大理石の経路には
  瘢痕に蝕まれた肢体の残片が
  縷々と連なり重なっている)

見えるの?
ううん
ん?

 (ウッドソールと大理石の衝突に
  明滅する言葉らが、
  足元に散る肉塊を整複していく)

見えないけど
どっち
きれい

 (歩一歩と 致命的な歩み)



色石を展べた渥美の肌に
とりどりの華辞が彫金される

 (ここはシルバーでなく
  イエローゴールドで)

削りだされる浮文の四肢に
恍然と浅笑する女

 (シトリンを埋めて 半貴石がいい
  濁った石が好きなの)

肉体を失った言葉の幽霊が
逸遊する この際涯

 (虚辞の海風がまた私の肌を磨く
  この石も あの風も 一体誰の言葉なのだろう)
 
圏点を打たれた黒髪が号してる
シフォンの海 鉄の海畔 布と金属の海景

 (でも、どうしよう)
 

2 君へ

いつか、あの女との海へのドライブを、
記憶の捏造によって再開する為に。
そして君と、
意識の上に偽造した世界で再会する為に。

そう思っている。


東京で暮らす君への手紙

  ミドリ



君は多分 いまキッチンで
3時間保温した炊飯器の中から
おばあちゃんが出てきたものだから
きっと驚いたことだと思う

しかもジャージ姿で
NHKの朝のラジオ体操を
踊りながら出てきたものだからね

それもそのはず
それはまだ君のよく知らない
君の父方に当たるおばあちゃんなのだよ

僕もおばあちゃんを
うっかり炊いたままにして置いたことを
君に謝るよ

しかし昨晩
君が和式のトイレに流してしまったものも
また君のよく知らない
君の母方の方に当たるおばあちゃんなのだよ

君はまたいつもの癖で
いま僕の手紙を
ハイライトに火を点しながら読んでいるここと思う
しかしいま
君の部屋の片隅に流れていった
あのベージュのカーテンの袖に隠れていった紫煙も
実はまだ君のよく知らない
父方のおじいちゃんなのだよ

そして君がこれからバイクで向かおうとしている
コンビニエンスストアの
駐車場にあるコンクリート製の車止めも
実は母方のおじいちゃんであることを
よく覚えていて欲しい

君が家賃4万円のアパートで
一人暮らしをしたいと言ったとき
僕はいつもそのことを考えていた

君が僕の家から出て行ったときに履いていた
あのスニーカーのゴム底で
いつもしっかりと
君の故郷を踏みしめていられるようにと

僕は東京タワーのてっぺんから
僕と君を生んだものたちの記憶について
まるでポリバケツでもひっくり返すみたいに
すっかりとばら撒いておいたのだよ


Fake

  t,




突風に霞む草花


大漁の蟹が、水素の風船を抱え

窒息した正午


舞う無数の、紅白の吹雪く凧


蒙古斑が赤く濡れる



突風に浮いた車体

糸を引き急ブレーキに集る

熱い天道虫


檸檬に指輪をはめて


ぶれるおつむ
側溝にはまる



大気の

煎じた白眼

突風に浮いた前髪に超され

雨が走る



突風に空は一面の蛍


偽りの禁煙で霞む
白線の内側で


燃える温室の子午線



浅い水辺で


府抜けた広島は
積もっていく


しんしんと



しんしんと


泉川 1986年

  コントラ


露がついた二重の窓は
水のなかの液晶画面のように
白樺の林を映す
午前7時、灰色の空
国鉄式ディーゼル列車の客室内は
暖かくて、かすかに軽油の匂いがする
靴からはたいた雪が
木の床に滲んでゆく

トーストが焼ける匂いを憶えている
僕が住んでいる工場町の
小さな家のテーブル
六畳の暗がりは遠く
祖父が遺したニス塗りの木箱
三菱鉛筆の工場や
焼け野原だったころのこの街に
続いている

その日もヘリコプターの音
が聞こえていた
校庭の隅の百葉箱には
遠い日付の日誌が入っている
砂利の上に足を伸ばすと
空はひろくて午後の路地は
静まり返っている
開基70周年
プレハブの校舎
鉄製の階段を降りてゆくと
雨のしずくが音をたてる
土曜日の正午
イギリス帰りのあの子は
赤と白の傘をさして
通学路をたどる

泉川、1986年
ガラス戸からは3月の淡い光
がこぼれている
待合室の円筒ストーブ
午前の列車が出てゆくと
駅員たちは切符売り場のカーテンを
おろして姿を消した

厚い氷のプラットホームを
踏みしめ
まっさらな雪の上に
足跡をしるしてゆく
つららの降りた0番ホーム
改札口のガラス戸は
一日三度だけ開かれる
朝8時、午後4時
そして、まだ陽は落ちない
最終の6時

オルゴールが短く鳴ると
列車は雪原のなかに
停車する
粉雪が降り続いている
小さな板張りのホーム
と看板だけの乗降場
はなれた集落では
黒い家々が点のように滲み
防風林が吹雪にかすんでいる


神隠し

  スルー

掻き分ける ちくちくと細かい葉に引っ掻かれる 見えない 苛々する
木々の隙間 根につんのめる ここは道か 馬鹿な質問を繰り返している
いつの間に走っている 裸足であることに気が付く 暗い 擦り切れていても見えない
目的は何だと尋ねる 数秒前の永遠に まやかしの五感と距離に
断線する 繋がりかけてストンと落ちる 見えない奥歯の間 致命的なモノが挟まっている
頭上が開く 丘の魚のように喘ぐ 死んだものを生かす「 」を求める
白黒の極彩色の中にいる 嘘のように明るい これが嘘でないと俺には言えない 術が無い
此処と其処という極点 青白い何か 俺とまやかしを浮き彫りにする何か
奥歯のモノが僅かにずれる 脳髄に羽虫が閃く あれは月 これは光だ


ならば俺は 此処は 一度目を閉じる 俺も此処も消える 失う 意味を
月に 月に向かう この間際 あの光 俺の実存を肯く光
走る 理由がある 何かが堰を切る 走る 理由が 理由がある
痛い 腕と脚を思い出す 痛い 擦り切れている 見えずともわかる 今は

急ぐ 急ぐ 俺をここに攫った何か 背後に 俺の意味を奪った何か ひたひたと
追ってくる 息が続かない 転ぶ 恐い 四つん這いで走り抜ける 
俺は森にいる 本当はここではない森にいる 俺はここにはいない 向こうへ
此処と月 二点がある 座標がある ここでない場所がある 確かに
奥歯のモノに手が届く 辿り始める 掴んだ 大切な「 」 確かに


  俺が在り始める 

               追ってくる何か

        もう 少し で


                         「 」に


            


(無題)

  tony


 僕は君を愛したい。いや、それは願望かもしれないが、それでもそういう願望を抱いておくことは、つまり自己の内部に留保しておくことは、非常に大切な情操教育なのかもしれない。それは箱庭療法のように、僕の中に固まってしまった煮凝りのような、現代に対する虚無感に、稲妻のような亀裂を生じさせて、目に見えるものを、まったく別の次元に変えてしまう、ひとつの出会いだからだ。

 君の足音が88光年彼方からひたひたと迫ってくるのが、僕には聴こえないが、その予感を大切にしたい。運命ってのは、羽音のようなかろやかさで、僕の中の自足したパラダイスを、『パラダイス千葉』に変えてくれるからだ。

 『パラダイス千葉』には、23人のパーティーコンパニオンが在籍している。その中でもトップなのは、パピルコだろう。彼女の媚びは、世界コケテッシュ選手権、連続二位だ。それほどの媚びをもってしても、僕の中の軍艦マーチには浸透しないのだから、僕の中の肩こりはいつもサロンパスにまかせるはめになるのである。

 「この前のデートは、どうだった」と訪ねてくる友人は、はるか遠くのケンタッキー州から店を構えてやってきたとあるチキンを売る飲食店で、アルバイトをしている書道五段のつわものだ。「全然、ダメだった。彼女は、僕のポッケの中に入っている、給料袋についた、ジャコウネコのよだれの跡しか興味がないからさ」彼に、僕は恥ずかしながらに答えるのだ。「そのジャコウネコは、どうしているんだい」ときいたので、「記憶の彼方へと飛翔したよ」と答えておいた。

 僕はいつだって、君のことを予知している。どこかで、君の微笑が僕の心を水銀から、ダークマタ―にまで質量をレベルアップさせることを願っている。僕の先に待つのは、恐らく地獄のような天国だと思うのだ。半値になった神様が、冥界を案内してくれるだろう。そこにはブラックホールが、ビリヤードを楽しんでいるに決まっている。それは確実に、地獄にも似た天国なんだ。極楽の白い墓場から逃れるために、僕は地獄産の人参を鼻の先にぶらさげたオグリキャップになろう。

 ひひん。
 ひひひひひひひん。

 そして、君は、僕に連番で、自分の全財産を賭けるのだ!1等は僕じゃないよ。僕はいつだって、2等なんだ!君は、僕を2等、そしてあいつを1等にするに決まっている。あいつの名前を教えてやっても良いが、それによって君の人生が変ってしまっても、俺は責任がもてないぞ!いいか、教えるぞ。あいつの名前はな。。。。

 そう。

 オグリキャップさ!!

 そうやって、僕の中の僕はいつだって、栄養素のない苦い青汁のように、役に立たない自分の妄想を市中消化し続けるのさ。君の中の君は、ジャコウネコのような届かない額を明らかに高らかに天空に向けて、犬のような遠吠えを済ませてしまえば、満足なのだろう。そうやって、たどり着くのは、他でもない、あの場所で、天国のような地獄のような天国のような地獄のような天国のような地獄のような地獄のような天国のような地獄のような地獄のような天国のような地獄のような天国のような………。


希望/運命

  ミドリ



目を閉じてみても
時の奥では
果てがないんだね
いつもそばに居てくれて
ありがとう

高すぎるビルディングに
だんだん僕らの背丈は
猿に近づいてくるようだ
潔くえっちしたいと
彼女に言おう
戦うことは
守ることだ

心が決まったら
運命が僕たちを飛びこえて
走り出してくるかもしれない
だからほらもっと
先へ走り出さないと

商店街を駈けぬけて
高崎さんちの垣根をこえて
公園のスベリ台でジャンプ
砂場の団地妻
703号室の女のキャミソールを
トゥーと跳びこえ
晴れわたった
君との約束で
運命を待ちましょうか

傘なんかいらないさ
雨が一番
僕らの優しい
希望なんだから


夜の行列

  キメラ

ビイ玉のまるみには
ひろい海があった
王珠水の波にたゆたう
憧れがあった
退屈なリゾートは
檸檬かぜの詩を
憔悴の日だまりに届け


無声にて泣いていました
すこしふくざつな梟も梢にて
銀粉雨が降りやまぬ
小指どうしの間隔に白昼通さず
唯々そのさよならが
ずぶ濡れの足元
陽光の残り影を
つめたい月に暴きます

だからわたし
夜の行列に独りで佇みました

ずいぶんと色々な
夢幻も手に踊る
綿のように彩づいたゆき
埋もれて
きのうを投げた
その霞みのアモーレよ

蒼い抜け殻を真澄の心室にひたし

そうでした

とおい昔
及ばぬほど真裏に
窓を見下ろしては
わたし


真夜中のせせらぎ
ちいさく波状する水鏡のいびつ

あんなにもいとおしく
ありさまを零したりもしたものですから


空虚

  雀絽



   僕たちは
   頭を空に
   託して

   足を
   地面に
   さした


   何億のマッチ棒が
   頭をさすり
   転びながら
   這いつくばりながら
   
   いずれは
   死に
   小さくなっていく
   ことを 悟りながら
   


   僕たちは
   空があおいと知り 
   海があおいと知り
   鳥はとべることを知った

   
   頭ばかり 空に向かい
   足は 頭がぶっとぶのを とめた

   どこかにいってしまうんではないかと 
   いつか あの空の星になってしまうんではないかと
   いつも 頭を なだめて  
   

   僕たちは
   いずれ死ぬことを知り、
   自分の死んだ場所に
   花が残ることは知らない まま


冬の雨

  樫やすお

猫は町に行く途中に殺されるであろう
雨後の漁港に繋がれて
少女に手を引かれながら殺されるであろう

私はガードレールの下で歩き疲れて長い間眠っていた
日本海に目を瞑った深夜だった
地下茎は凍てついて
再構成される記憶の中で
今夜も夜行列車が新潟に向うな、と
レールの軋みが聞こえて目を覚まし
列車がフミキリにさしかかると
眠りの中に、
ぼそぼそと低く呟きながら揺すられる人々が現れる

ぼやけた私たちは海底のゆるみに走り書きされた
港町に住む少女のピアノ線は
明け方に張りつめて、
膨らみあう両目を向け
水平線を押し殺そうとしている
少女ははらはらと熱を重ねて
誰にも見られないように舌を噛み切った

なにげなく小刻みしている波頭に
しなだれていく私の影も何度も死んだ
次々と思いに換えられてしまう
沖に奪われてしまった
ガラスのような色

何かを残されていったような気がして
私はたくさんの貝殻を蒐集した

電柱の重い骨格だけが空にかかり
ベランダに隅なく日が射した
海浜をめぐる裸足が
曙光を踏み分けて進むと
猫は強熱にうなされて
今朝、
工場のドラム缶の上で轢死した

文学極道

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