蝶に追われるのは
わたしのからだが
あまいものでみたされているからだろう
半日おりたたんでいた指をのばすと
そこから朝がはじまるから
光に飢えた子どもたちが
とおくの空より落下する
あしの使える者は走って
使えぬ者ははらばいになって
わたしのもとへとやって来る
けれども彼らは
乞い方を
学ぶまえに再生してしまったから
わたしの指先を
ながめるだけしかできない
街のほうでは
檸檬の配給がおこなわれていて
半裸の女が
うつろな目をして順番を待っている
いますぐにでも駆け出して
あなたたちのうしなった
子どもはここにいるのだと
伝えたいけれど
檸檬のにおいがただよう街のなかに
蝶をともなっては行けない
もういちど指をおりたたんで
あたりを夜にする
わたしのだ液は
蜜のようにあまいから
いちめんに咲く花のうえに吐き出して
視力のよわい蝶をだます
生まれたかった、と
声をあげはじめた子どもに
光をあたえることはできない
けれども彼らのために
あしたもあさっても
女たちは檸檬を待ちつづけるのだと
告げることはできる
あちら側から風が吹いて
瞬間
ただよった檸檬のにおいに
子どもたちは顔をしかめた
蝶に気づかれぬよう
わたしたちはしずかに
街のほうへ行く
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2006年12月分
堕胎
Dという前提
じんるいはみなひっこしをしてください
ふいにラジオから流れてきた声
母は
食器を新聞紙でくるみはじめる
姉は
要らない洋服を袋に入れる
姉は
忘れていた写真をゴミ箱に入れる
わたしは慌てて
宝石箱をあける
父だけが
所在なさげに
釣り糸を庭にたらす
宝石箱のなかには
将来もらう結婚指輪や
蛙のブローチや
たくさんのロザリオ
そのなかでみつけてしまった
Dという刻印
じんるいはいっこくもはやくひっこしをしてください
墓場に置き去りにした
友達のことを考える
落とし穴に落ちたら
棺桶の遺体と入れ替わるのだ
そんなことを考えてしまい
気付く
置き去りにされたのは
わたし
はやくはやくはやくはやくひっこしをしてくださいはやくはやくはやくはやくひっこしを
ラジオが息絶えた
街には引っ越し先を探す
ひとのむれ
父だけが所在なさげに
アスファルトに倒れている少女の
ぽっかりあいたくちに
釣り糸をたらす
お父さん
それ、わたしなのよ
Dという刻印をもらってしまった
わたしは
それがほんとうのわたしの名であるのか
できそこないの印であるのか
頭を抱えて
釣り糸をくわえている
「わたし」の面影がぞろぞろ釣れる
そうしてからっぽになる
いきつくさきは墓場である
みんなてをつないでねむる
わたしはぽっかりと口をあけて
Dそのものになっている
ちきゅうのふもとで、犬と暮らす
君の柔らかな陰毛の生える
丘のふもとに
小さな家を建てて
大きな犬と暮らしたい
そして毎日、朝から晩まで
絵を描いて暮らしたい
君のなだらかな肌の起伏は
いつも僕の霊感を刺激して
つきる事のない創作意欲に
駆り立てられた僕は
飽きることなくキャンバスに
絵筆を走らせるだろう
朝には朝の君がいて
夜には夜の君がいて
君のちきゅうを中心とする世界は
1秒も止まることなく変化を続け
いつも、いつでも
黄金に輝く君の肌に、僕は
黄色い絵の具をたくさん使うだろう
ヴァン・ゴッホと名付けた僕の犬は
君の柔らかな肌の上を
ぽんぽんと跳ねながら
てんとう虫なんかを追いかけ回すだろう
そして時には気晴らしに
あの遠くに見える二つの山に登って
その頂上から湧き出るミルクを汲みに行こう
おへそと呼ばれる
小さな凹みに降りていくのも良い
そこでお弁当を広げて、陽が沈むまで
鱒釣りなんかをしても良い
リチャード・ブローティガンと名付けた僕の犬は
その時の僕の最高の
サンドイッチとなるだろう
そうだ、君の左の鎖骨のあたりに
ちょっぴり栄えた街があるから
ウィスキー片手にのんびりと
ヒッチハイクでもしながら街まで行って
さびれた酒場で
一日を台無しにしてみるのも良いかもしれない
ジャック・ケルアックと名付けた僕の犬は
僕のくだらない冗談にも
快活に応えてくれるだろう
君のおっぱいの山の谷間に
夕陽が沈み
部屋の中いっぱいに広がる
オレンジ色の夕陽の中で
ロッキンチェアーに揺られながら
僕はお気に入りの詩集を読もう
そして簡単な夕食のあとは
気の向くままにギターを弾こう
歌を歌おう
その時の犬の名前は
ボブ・ディランにしようか
ミック・ジャガーでもいいな
君の柔らかな陰毛の生える丘に
柔らかな風が吹き
そうやって何年も、何十年も
過ぎたあと
君のその素晴らしいちきゅうの上に
僕と犬とで、寝っ転がって
黄金の午後の陽を浴びながら
子供の頃、母親が指に刺さったとげを
すっと引き抜いてくれたように
死神が
僕の魂をそっと引き抜いて……
そんな風に僕の命が終わればいい
君のその永遠のちきゅうの上
寝っ転がった僕と犬は
永遠の日なたぼっこで
僕も犬も気がつかないうちに
そうやって、静かに
僕の命が終わればいい
あなたがいる
そしてすべての昨日が
無数の羽のように降り続けている
ますます積み重なり
高まりゆく闇の真白へ
時があなたを投げ放つ―
記憶の水底に散る花よ
その額に灯る孤独のように
ひとつの火種がかすかな響きを立て
やがて
燃えうつる朝の波間で
しずかに始まるあなたがいる
ほんのう
毎月二十日は
わたしの子供が流されるころあいです
月に叩かれ伸ばされるままに
天球の中をぐるぐると周るころあいです
わたしはより一層裸になり
ぼやけて見えない幽霊の粒に触れ
過剰に気持ちが湧き立ちます
触れた部分は乾燥し
あまのじゃくな粉が飛ぶ
性を含まない花粉の旅立ち
あの人は未だに駅で待っているだろうか
無言の手紙が三日置きに来ているけれど
素敵なお母さんなら周りにたくさんいるわ
わたしはもう半分以上 魚になってしまったから
今夜ばかりはふるさとの
大きな川が恋しくなります
だからわたしは三合炊ける
すいはん器を抱いて眠ります
肌色の海のなかを
ゆっくりと旋回し
季節はずれのカーネーションを咲かせる
たとえ一人でも 独りでも
寄り辺へ
そうして人々は眠りだした
耐えがたくなった神との契約は断たれた
行進は行き先を定めて
知りうる際限の果てに幸福を得て
その智彗と記録だけを山にした
ただ我々がどこから来たのかを
白紙にして
あゝ
心は疲れてしまったのだ
自由や祝福を競い合うこと
冷徹なまでに理性に裁かれること
愛を疑うこと
そして男と女を変哲のない人間に直すことに
見よ
あの火のような活動も追従も
あらかたの繁栄の象徴も
化石のようになって
雨風に抱かれるままになった
推し量るときには空と鳥を見るばかりとなった
国境線の監視塔から星空を見上げた
果てから果てまで遮るものはなかった
刑務所の高い要壁から地平線を眺めた
重い荷物を担いでどこまでも歩いてゆく背中を視た
港に繋がれた戦艦から大洋を見た
勝ちとったいくつもの栄光より夕日に輝く海は眩しかった
だから人は泣くのかもしれない
悲しみの本質はそこにあったのかもしれない
いまはまだ誰も話そうとしないけれど
詩人たちはいずれ謳う
何もない丘の草原で
どこから来たのか知れない女と
言葉を使わずにそんな話をしている
ビニール
昆虫図鑑を求め赴くも、学生仕様の物品しかなく。人間図鑑へと移る。ビニールが。どの人間図鑑にも被されており、破く。女体が、捲れど捲れどあり、もう一冊破く。店員がやって来て、お客さん!とか云っているが、もう一冊破く。やはり女体であり。毛もあり。もう一冊破くと、もっと濃い毛で。ビニールが乗り、蝶のようにウインディーで舞い。でかい透明な蝶が窓を越え、ダッタンカイキョウを越えてゆくんですね、と隣の女性客が云って、携帯にて撮影。見せてもらう。ビニールが生き物のようであり、ビニールが生き物のようでもあり。ビニールのニールの所をニーーーーールと引き延ばして、店員にぶっ飛ばされる。ビニーーーーールを昆虫図鑑にも被してよ(24回くり返す)。ビニーーーーーーールを昆虫図鑑にも被してよ(24回くり返す)。ぶん殴られる。携帯にて撮影。見せてもらう。ほら、行くぜ、ビニールが。ビニールを剛毛から解放してあげてよー!(24回くり返す)。ほら、行くぜ、ビニールが。もう一冊破く。ひとりぼっちじゃつまらねーだろ。ほら、行くぜ、ビニールが。店員が、てめー、とか云っている。けれど、もう一冊破く。ビニールを毛から解放してあげてよー(24回くり返す)。ほら、行くぜ、ビニールが。店員に好きなようにやられる。けれど、もう一冊破く。ほら、行くぜ、ウインディーな午の空へと、皆よ、みなよー、つまらねえー、ちんけな空へでかい羽がゆくんですね、と隣の女性客が云って、撮影。見せてもらう。ビニーーーーーーールを昆虫図鑑にも被してよ(24回くり返せ!)。店員に好きなように殴られる。餓鬼のくせに、いっちょまいに。やりたい放題なんだろ。顔面に拳なんゾーを。ムシの息だぜ。ビニールをその男にも被せてよ。携帯にて撮影。見せてもらう。皆よ、みなよー、行くぜ、でかい男の魂が。魂の國へと、一直線に。あんたは。誰を。殴り。殺したんでしょう。ビニーーーーーーールをあの魂に被してよ!(24回くり返す)(24回くり返せ!!)。
* メールアドレスは非公開
n.d.
クリーム色の廊下を歩いていた。クレンザーの匂いがする、つややかにひかるエナメルの、窓のしたに黒い制服が集まる、午後。溝の底を金属でさらう。飛行船が音も無く飛んでいる、空。2年生の色は黄緑で、目の細い彼は机を蹴飛ばし、小さなネジが幾つも飛び散った。ロッカーの鉄板はゆがんでいて、マーカーで印をつける。細い目。いくつもの細い目が僕を見ていた。教壇にはチョークの粉が飛び散っている。紅潮した頬。林檎のよう。窓ガラスがピリピリしている。忘れ物をした。空っぽの弁当箱。
ブレザーをこすった。肩に手を置く。髪の毛を引っ張る。廊下に集まる。ゴム製の靴底。ニスに濡れた黒い廊下、の奥に見える非常ベル。白い扉。角を曲がると、ポケットに手を突っ込んで、にやりと笑う。僕の前に立つ、意味は、なんなのだろう。ぼんやりと校庭を見ていた。マンガ雑誌の付録の、中学生の作文。水道がもれている。雑巾を絞る。踊り場の天井。斜めの校庭が見える。すれ違う。廊下が、すべる。クレンザーの匂い。教室の扉は開いていて、誰かがもたれている。笑い声。落ち着かない視線。
階段を上がると、壁際に立っている。女の子たち、が笑う、ガラスが揺れている、ドアは、真鍮のノブ、少し開いている、目の細い彼が近づき、長い足で僕を蹴った、とき、僕は、昨晩のおかずのことを考えていた。テーブルに並んだ、目玉焼きと、温野菜と、台所の向こうで仕度をする母と。かみ殺していた。すべて。子供部屋で、僕は、何も考えることができなかった。ただ、どうにか、そのお椀にもられた味噌汁を、こぼさないように。そう、母さんはいつも僕にそう言っていたっけ。手をはたいて、立ち上がる。目を合わせない。誰とも、目を合わさないで、僕は、生きていくんだ。きっと何年たっても、大人になっても。
だから僕は、船に乗るのか、乗らないのか、いつもすぐに考えなくちゃならなかった。荷物をまとめて、出発するのか、どうか、ということ。
南極縦断鉄道 中央駅前 寿司バーにて
フィットネスクラブの一室に設けられた部屋に
ペンギンの赤ちゃんが預けられていて
マナチンコを見たいあまり 胸の気持ちが抑えられなくなり
まなみはいつの間にか
ペンギンの紙オムツをといていた
前つんのめりに
揺りかごに頭を突っ込む まなみ
それはまるで煮込みすぎた肉じゃがのようであり
まなみは将来
きっと皇帝ペンギンのいっぱしの男前を捉まえて
この子のようなペンギンの赤ちゃんを 産みたいと思った
まなみの母親は言った
これからの時代
女の一生もやっぱり
自分の力でバリバリと切り拓いていった方が好いのだと
転勤願いはいつか 海外にしょう
できれば南極支局がいい
関西生まれの彼女は下町で育ち
渋谷の一等地に いま勤める彼女は思う
どうせ悲しいことや 辛いことがあるのなら
もっと楽しく過ごせば好いのに この人たちって
東京の人たちは
やっぱり 冷たいところがあるから
昨年買ったばかりのマンションに
仕事から帰ってベットに入るとき
どこか胸のあたりがズキズキとする
空気がうんっと綺麗な
ゼラチンの中のような南極で
皇帝ペンギンの彼と暮らし
広い庭には野豚や烏骨鶏を放し飼いにし
南極縦断鉄道 中央駅駅前の
小洒落た寿司バーで
まだ小さなペンギンの赤ちゃん連れて彼と3人で
トロやアナゴや セロリの軍艦巻きを食べながら
彼はこう言うだろう
やっぱ俺はチャーハンが好かったって
「帰ったら作ってあげるよ!ねっ」
なんて言うようなものなら 彼はきっとこういうだろう
「お前のチャーハンはマズいからな」って
大体
家にはフライパンもないじゃないかって
そしたら私はこう言うんだ
この間 ヒルトンホテル前に百貨店ができたんだよ
チラシが入ってたから
オープン記念セールで とっても安いんだよって
そしたら彼はそんなことに興味を失って
息子のハルとジャンケンをしている
ふたりはペンギンだから
グゥーとかチョキとかは出せないから ムリだから
ずっとパーばっか出し合って
「あいこでしょ あいこでしょ」って やってる
それが私には
「愛はこうでしょって」「愛はこうでしょって」
何度も胸のずっと奥でつんざくように 聞こえるんだ
月光
秋のおわりを告げる夜空へ
あかるくかざした手のひら、
枯れ葉のくきで
きつく結わえた誓いを
私らは忘れてしまうだろう、
しずかな黒髪に
降りそめる雪のように
ああ、私らは
なにを持って来たのだろう、
人生という
ほの暗い冬へ―
愛をつましく灯しては
散りいそぐ夢のひとひら、
枯れ木の背なで
こまかにふるえる歌ごえを
私らは忘れてしまうだろう、
月夜の黒髪に
降りつもる光のように
そして私らは
ひとり、
またひとり
なにを持って出て行くのだろう、
人生という
冬のひとときから―
砂漠となる
冬の空は乾いている。車のデジタル時計を見る。空腹で気持ちがわるく、くらみを覚える。午前9時。いや10時だったろうか。昨夜、車の周りにいた狼らはいなくなっていた。車の外に出る。眼鏡のフレームを人差し指で上げる。ライターをジーンズのポケットに入れる。荒れ地を歩く。だるい。ふらつく。空を仰ぐと、ただ青い。風が吹くたびに、錆びた色の草が波打ち、地平まで広がっていく。草原という海原でひとり漂流している。空っぽの胸のなかまで、風が音を立てて、吹き込んでいく。
歩く。スニーカーがこんなに重いなんて。歩く。ざわつく肺に、吐き気がして、腰に手を置く。頭が熱くなる、視界に光の尾がいくつも回り出す。身体が固いものに押しつけられたように傾く。意識が渦のなかにのみこまれる。地にひざを付け、わたしは倒れた。
寒い空の下で、わたしは汗をかいている。額から流れた汗がこめかみをつたう。幼子のように体を丸める。枯れた草がわたしを包み込む。ずれた眼鏡の位置を直しながら、眠る。草の端が口の中にはいる。乾いた味だ。
仰向けになる。地べたから見上げる空は、きれいだ。透明な青い色。眼鏡のレンズ一枚分隔たっている、距離。手を差し伸ばしてみる。何もつかめないけれど、空へ。薄ぺらい雲の隙間から、太陽が現れてくる。ゆっくりと。そして雲に隠れる。風が地を這ってわたしの顔を撫ぜる。空には何もないのはわかっているのに。風にさらされ、わたしはゆっくりと冬の砂漠になる。
のどが渇く。水を飲みたい。口を開ける。虚空に向けて。水の代わりに乾いた風が口のなかに吹きこむ。
眼を開けると、冷めたい太陽が空一杯に広がっていた。まぶしい。砂となったわたしの身体を、風が吹き飛ばしていく。
*平川先生のご指摘の点、検討して修正しました。ダーザイン校長のご指摘の件は、この板では修正は無理です。冬休みの宿題ということで、いつか詩集にするときまでに考えておきます。
ピンクのリップ
机に足を投げ出して
エスプレッソを飲みながら
ぼくはタバコを咥えてる
日曜日の夕暮れ
気だるい西日が ブラインドの隙間から
射し込んでくる
缶ビールをパキッと開け
キッチンの妻の姿を
ちらっと 横目で見つめる
6時を過ぎたが
彼女はまだ遠いところを踏み抜くような
冷たい床に
スリッパも履かぬまま
テーブルにうつ伏せになっている
黒猫のような
ペロンとした素材の
プリントのワンピースを着ている彼女
ピンクのリップをそばだてる
生温かい息が
彼女の肩から 唇から漏れている
ぼくは思う
ポットの中の保温された熱湯
冬の外気の
冷たく
ツンと鼻をつく匂いが
窓ガラスにへばりつく
いつも胸が痛くなって
帰ってきた後の
2人きりの
マンションの一室
ぼくらいつも繰り返す
真新しい白い靴下を履いている
彼女の足元で
ゴディバの箱がへしゃげてる
ひっくり返されたままの
つぶれたチョコレートにへばりつく
キッチンの床と
まだ真新しい彼女の 白い靴下
嘘
ありよ
命を守るために
おまえに与えられた毒は
そんなもので よかったのか
わたしの指先を
小さく刺しただけで
バラバラになったおまえ
おまえの不意打ちを ゆるす暇さえ
わたしに与えず
一度の嘘を
あのひとは ゆるさなかった
寂しさのなきがらになるまで
わたしに与えられた毒を
使ってはいけなかったのだ
どんな命も
そこにつながる 弱いところを持っている
その傍らに
ひかる武器がおかれているのだ
少量の毒が
おつかい
と囁くように
あなたの指先を
小さく刺しただけで
バラバラになったわたし
わたしの不意打ちを ゆるすひまさえ
あなたに与えず
『アイベツウサギ』
転びました
擦りむいた傷口に
くちびるの感触
夕日は沈んだし
帰らないと
さようなら
離れた手のひらは
僕のそれとそっくりです
赤い目をしたウサギが
道路の真ん中で寝転んでいる
起こさないと
ピアノの音が充満する
大通りを歩く
可哀想ですね
振り返るとウサギが座っている
気がつけば町中ウサギだらけで
もう泣きそうだ
どれが僕のウサギか
見分けがつかないのだ
さようなら
また会う日まで
小学生がそんな挨拶を交わしている
山が遠くに見える
そこへ帰るのだろう
黄色い帽子を被った少女が角を曲がる
疲れた仮面を被った僕も
追いかけて角を曲がる
そこは新宿のビル群
電球がやたらとチカチカだ
ため息をついてわたった橋の上
中央線の真ん中に
投げ入れた指輪のヒカリ
ソング
ダウンジャケットに
タバコつけてごめん
溶けちゃったねごめん
毛が出て来て 毛だらけで
電車に乗ってる君がかわいい
君は鳥の使いとして 老婆に拝まれて
うれしい 誇らせてくれ
永遠に立ちすくむ君の穴
から 一枚ずつ毛を抜いて行く
人達 それを赤く塗ろうと
青く塗ろうと 嘘っぱちだから
君が辿り着きたい駅など 伝説だから
陶酔のうちに抜かれて行く 毛
は もう 偶然の産物じゃないんだ
ぼくは君の味方だよ
だから タバコで穴を増やそう
宙ぶらりんの電車のなかで
夢を語りながら 指で抜いて行く
指諸共穏やかじゃないんだ
揺られて
辿り着くべき駅で やっと
辿り着いた
と お辞儀して降りる 現実達
そんな気がしてさ
君はもう歌ってんだろう
穴だらけのからだで
もう君は歌ってんだろう
まだ毛は残っている
押し込めようとする指
がない事に 絶望
なんかしちゃいけない
だって 君が辿り着きたい駅
なんて 伝説なんだから
身を細らせて歌を
歌う
君は もう
偶然の産物じゃないんだ
へブン
赤錆にこんがり焼かれた玄関扉のポストでむせかえる夕刊
押し寄せる感傷が、パキパキと付け爪や錠剤シートを踏みつけながら廊下を徘徊する
新聞を取り出し口からごそっと抜き、そこから僅かに突いた引き締まる外気に窒息する俺
煙草を吸おうとライターを手にするも、空気はすぐにも引火しそうなアルコール濃度
うなだれる陽に染まるカーテンを伸びをしながら捲りあげる
その向こうに見るガレッジには拉げた影を落とす自転車
ひからびた空ろなオレンジを仰いでいる自転車は俺と同じ顔だ
力任せに扉のチェーンを引きちぎれど走れやしない、やはり俺にはまだ足りない
そいつで継ぎ足すには、明日をまるごとくるむには足りないのだ
テレビ画面に写し出された白昼、こびりついた景色から剥がれ落ちる輪郭、どこにもいけない熱、フラッシュバック、なまぬるい酔い、
でたらめだらけで でたらめだらけで――床に転がった酒瓶やビデオ、食べ残しのジャンクフード、体液の染んだティッシュ、手足やネジも
酷使したためビデオからべろりと飛び出たテープは、俺のだらしないハラワタそっくりだ
夕暮れは中がひどく渇いて痒い、蠢く毛穴、肌をぱっくり開けば這い出てきたのはシリカゲル
やがて記憶の処理を始める、部屋中の一切のプラグを引っこ抜き、黄ばんだ過去を束ねるための紐をつくる
そうして幾つもの夜明けが過ぎていった、無限に続くテープ上をいつまでもループして 夜毎、
明け暮れた―どうにかなりそうで 死にたくなるほど―、流転、
使えない本能、またひとつ積んで 酸っぱいコーヒー啜ったなら、朝は晴天
ああ あいつを見つけた、疲れた冬空の下、顔色の悪い廃品回収車
待っていた、まるごと持っていってくれ!
何もが似ていて、いつもどこか似ていて可笑しい
会社へ行く時間だとお前を急かしにくる朝までが
しみったれた古新聞を漁り始める
おお ろくでなし天国
風がにじむ
その石は (いまも)
波動になりひとをこえて (化石の音が)
木々の梢をこえて (あなたの)
遠くの、水蒸気をゆらす (耳の奥で)
鉱石風(OreVestavindsbeltet)に (ひびく)
なるのです (風の(音化))
その風が (闇という文字を)
その風が (密かにほどく)
わたしたちの (病みのほどき)
透明なてのひらを (それらを)
焼き尽くしてしまっても (校庭の)
わたしたちが (青い影に)
幸多かれと祈る (ひとつ)
いのりに (ひとつ)
みのりはありますか (並べること)
おそらく百葉箱のかたわらで (時間の)
しっかりと耳をふさいでいても (純粋結晶が)
それは、どうしようもなく (悲しみである)
やってきてしまうでしょう (と知ること)
だから (それでも)
なつかしいあなた (虹見の丘で)
さようならを言うために生まれてきた(風がにじむ)
なつかしいあなた (虹無時代だから)
永遠を聴いたのは (一億年の沈黙が)
いつでした? (あなたを呼んでいた)
洞窟
住宅地に立っていた
豪雪のために傾いたフェンスの奥から
ぼろぼろに凍りついた飼い犬が
わたしを見ていた
夏が終わってから
ろくに散歩にもつれていってもらえなくなった
冬になると弱った足を引き摺って
小屋の周りを歩き続けた
誰にも相手にされなくなっていた
いま
その飼い犬は
わたしの目の前で死のうとしていた
毛の抜け落ちた糞まみれの体が
雪を汚していた
飼い犬の死んだ瞬間が
わたしにはわかった
すこしだけ
犬の両目が沈み込み
結晶を流れていくような気がした
路上には
また別の犬が死んでいた
胴が自動車に切り裂かれて
動転していた
腸がはみ出して腐り落ちている
まだかすかに息づいていた
わたしは犬の胴を背負って
冷たい空気を吸い込んだ
背負った犬は
わたしの背後にすぐにしみこんだ
わたしは歩き始めた
路はどこまでも延びていた
その先は白くかすれてはいたが
わたしにはどこまでも続いているように思われた