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アラメルモ - 2017年分

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


緑衣のレースに被われた切り箱

  アラメルモ


君、きみね、収集した言葉なんて本棚に飾って置くものじゃないんだよ。

あれは食べた後からトイレに座り込んでは流される、つまり消化するものじゃないのか?

次の日の朝も快晴だった。いや、もう少しで昼時を迎える時刻だろう。
理由もなくだらだらと夜更かしが続いていた。
眠らないのではなく、眠れないのだ。
きまって食事の後には居眠りをしてしまう獣のような癖。
充満する一酸化炭素に雨上がりの湿気。この重苦しさは誰かが祈祷する呪いの黒煙に違いない。
昨日の夜は心臓に違和感を感じてまた神に誓ってしまった。
目覚めればきっと喫煙を止めるでしょう。
「山積みにされた粉塵」を、と
箱書きにはそう記してある。

人混みの中を行く快感は何かべつのモノを身に付けているからだ。
虚栄心に満たされているときほど私の周囲も明るい。
賑わうデパートの階段を、パリッとした詰め襟の学生服で歩いている。
白いひかりに包まれた世界の、挿し挟む闇を支配する旅人である。
洋服売り場の混雑を比較すれば、古本市の催し場はまるで戦場の跡だった。
さっそく物見遊山と上下左右に眼が翻る。
古い函に収められた書物の前で立ち止まるが、漢字が読めない。外国語で書かれたモノも多かった。
ルイ,アラゴン、19世紀末、巴里、ランボウetc.
どうやらここが詩集や思想史のようだ。
このような書物には何故か魅力を感じてしまう。
何冊か手当たり次第に掴み出した。
持ちきれないのでどうしたものかと迷っていたら、傍に果物入れを横に切ってある箱が置いてあった。
本を斜めに積み重ね、そのままレジに持って行こうと起き上がれば、一人の紳士が私に声をかけてきた。
(おやおや、これはまたお高い書物をお買い求めなさる。)
値札をまったく気に留めてなかったことに気がついた。
改めて見れば一桁数が多いではないか。
一瞬あたまから汗が引いたが、私はその箱を紳士に授けて逃げ出してしまった。
北向きの風は強く、翌朝も快晴だった。
何かに追われるものも無いと悟る。いや、悟ってもいない。
忘れ去るだけで、何も残ってはいないだけだろう。
そう、考えれば考えるほど手元に置いておきたくなる遺物を
、持て余すのはオレンジ色の網目。
神に誓う度にまた同じ嘘を吐く。
珈琲が喉元を過ぎる頃には煙草に火をつけていた。


公園「トランプ少年と量子論的な現実」

  アラメルモ


やがて波が砂を浚う
鬱蒼と草が生い茂る辺り
廃材を蹴散らせば土砂が降り積もるだろう
唾を吐いては石ころを投げてみた
願いもしないのに
そうして街は雲に包まれる
ベンチに腰をかけ久しぶりに外で煙草を吸ってみる
僕らはただ風景の小さな泡に溶け込んでいたのか
少年は泥の穴を少し掘り続けては場所を変えていた
一体何を探しているのか、誰も少年を知らない
煌びやかな金髪で、少年は髪を染めていた
街のあちらこちらに凹みの跡が残りともに移動する
怒った住民のひとりが少年を問い詰めた
「空き地に記憶を埋めたよ、ここの何処かに、」
アイス一ケ分/真面目な話しだよ
蠢く細胞は崩れる巨大な壁を築いてはまた食い潰し
石像を這う蟻が
瞼を閉じると大きな黒にみえた。

追い出してしまえ
いや、気がふれたのだろう
誰も本気で少年を止めさせようとはしなかった
掘っては住民の誰かが埋め戻し
少し掘っては粘土で固める守人たち
少年は頂きに黄金の杭を打つ、その繰り返しがずっと続けられ
海沿いの街には活気が戻っていった/至って簡単に思えた
夕焼けに沈む薔薇色の壁を
裏側で気づかなければ北極星も位置を変えて見えてはこない
いつか年老いた少年は泡の正体を知らずに死んだ
垂直に輝く廃材を泥の中に埋めた
やがて地下と天上はつながれ
波に飲み込まれた砂場
見下ろせば街は人々の記憶からも消えた軌跡
きみが腰をかけた、もう半世紀も前のことだった
いまでは海の底に眠る断層のプラント
いい加減な話しだけど「眼を閉じてごらん、いつでも甦るんだ」
0と1のGap=奇数の雨
空き地を減らせば記憶も増え
穴からわき起こる音だけが静かに響いていた。


アイリス(虹は陽に架かる)

  アラメルモ


庭の白菊に水をやりましょう
永遠をすれ違う人々のために
欲望の根を絶やさないように
堕天使の矢を掴み、悪魔が背中で囁いても
霧は沈み、ぼやかされずにはいられない
アイリス
人は虹に出会い
天気雨を予想している
池を照らす丸木橋が耐えている
支柱を支えた満月の夜
きみの影は花弁の芯を写しだす
それは裸体をむしり取る
雲を掴む夢
陽に触れて、虚しさが消え去ることはない

なんときみじかな春よ
アイリス
まあるく輝いた、玉葱の薄い皮
きみのしなやかな腕が微笑に暮れた日を
僕はじっとみていた
陽炎に浮かぶ虫たちの淡い季節
ヒマラヤから零れくる水の冷たさ
日めくりを追うように
寡黙な外濠の縁からそっときみの肩に触れた
その麗しき唇か黒い羽根筋
黄昏に萌ゆる袖紫の撓り
水の底、ただじっと眺めていた
掴むことのない、雨上がりの薄い虹
いつかきみはまぼろしと消え
夢は空へ、夢のままに残るだろう


温泉なまタマゴ

  アラメルモ


ひとつの料理を覚えるとそればかり作り続ける母親がいる。これは飽きるよね。そうと知りながらも20世紀の母親たちは天国へ逝った。
もともと日替わり定食の好きな人は同じ食事を好まない。毎日が違う材料で味も違う。そのほうが身体にもいいのだ。
21世紀に入ると俯いてばかりで動けない人たちが大勢いた。
動かないのか、動けないのか、よくわからない。だからお腹も空かないと言う。季節は蒸し風呂のような毎日。口にするのはほとんど飲み物ばかり。それも乳酸菌入りの甘いやつ。何か固形物を咀嚼しないとよけいに動けなくなるよ。栄養失調が心配になってくる。21世紀の食べ物を差し出したら、少し噛んではすぐに吐き出した。
なんと傲慢なやつだろう(昼夜を問わず一度歌舞伎町界隈を散策してみたかったのだが、)
彼女、昨日食べたからもう飽きたと言うのだ。この夏は特に蒸し暑いよ。
それならば、と滅多に食べたことのない喉越しのいいタマゴを出してみた。冷たい温泉。白身の固まらない半熟タマゴ。
初日は旨いと言って素直に食べたよ。これで栄養不足も少しは解消できると僕は安堵した。次の日も無表情な面持ちでするすると口に運んだ。旨いとは言わなかった。次の次の日からはすぐに口にはしなくなった。
そうして六日目の夕方、
21世紀の動けない人はとうとう温泉タマゴに飽きてしまう。
あと何日食べないで生きていられるのだろう。目下をうろちょろする蟻さんに聞いてみたいな。死ぬよ、じゃなくて死ねよ、だったら部屋数を譲る。ふたつに割れば溶け出してきた黄色の海。
。生タマゴは古くなれば危ういし、いまは半熟タマゴで相性もいい世の中だから、未来には茹でタマゴだらけの社会になってしまうかも、、なんて、考えているとまたお腹が空いてきた。
不思議だね。蒸し風呂の部屋の中でも汗をかかない人たちが居る。
けれど熱心に蟻さんは動いてる。女王を食べさすために。酸化した身体の持ち主だ。あたまを冷やせよ。
アルバムに写る。季節のない食べ物。番号を探しだす。
動けなくても動かなくても、人は生きていけるんだ。まる。


ジライグモ

  アラメルモ


凧をあげる/鳶がまわる
反発に向き合いながら胸と背中
大空の夢をみなくなって久しい

(おや、また出てきたな、、)
家の中を片付けているといつもおまえはどこからかやってくる
どこに隠れていたのか、じっとして動かない
慌ただしく呼び出されたのに違いない(みつめている)
、(そう、きたのか)、容赦なく叩きつけてやろう
おまえにはわかっているはずだ
こうなることが、運命だと、

風呂から上がり、ドライヤーで髪の毛を乾かしていると不意に何者かの気配がする
今夜あたり白い影をみることになるのかもしれない
南西/東から北へ
旋風がやって来て、括りつける強い紐がない
布地の切れ端や、カラフルな細糸、いくらでも箱の中には収まっているのに

大型の車が通る度に家の梁が軋む
正月には誰かが空き地で凧をあげる
夜になれば糸を張らない蜘蛛が家の壁を這う
明け方、括りつけた糸が切れて風にのるだろう
それを鳶がじっとみていた
予報通りに雨は降り続くが、地面は揺れているのか、
ぺしゃんこに潰れた躰
おまえが、そっと動きだした。

文学極道

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