外で寝れってか
そんなこと言ってないでしょ
さっ、起きて一緒にたべよっ
32ワットの丸型蛍光灯を被せる笠が異様な大きさで迫ってくる。
透かした枇杷肌の豆電球から零れでる光の気配が淋しい。
きのう退院してきた みり は
放っておくと一日中寝そべっていて
食べるいとなみを休眠させているのだ。
どして..かな
えっ なんていったの
口づけしても濡れることのない みり の唇から這い出す言葉が
吐切れる意識の中で殺されていく。
采々や から届いた無添加の弁当を満面の笑みをうかべてほうばる。
みり の右の頬にある粉瘤が菱形にシェイクして
良人の視界の奥を当てどもなくさまよう。
二匹の種類の違う子犬を長いひもでつないで
少女が一緒に散歩している
赤い線描画のプリントされた白いトートバックがあった。
郵便貯金通帳と銀行預金口座通帳、運転免許証とパンチされた古い
免許証、
一円玉と五円玉が一杯詰まった巾着、湯上りタオルと顔ふきタオル、
糸楊枝四本と印鑑が一本、
じかに畳に寝ていた みり の足元にいつも立ってあった。
みり オレ誰だかわかるか
わかんない
おさむ、みりの旦那さん
さっきからあなたに似たような顔した人達が出はいりしている
そんなことないよ みんな俺 おさむだよ
これ以上なにを解れと言うの 体がうごかなくて具合わるくて寝ている
のに 虐待よ
それからまもなくして みり はいなくなった。
あしびきの山にも路を隔てたわたつみの沖にもおなじ雨が降り
おなじ雪が降りそして又おなじ雨がふった頃
一組の夫婦乞食をありきたりの喧騒が眠っている路上に見かけるよう
になった。
をんなは
片方の布の取っ手が千切れ
赤く滲んだ灰色のトートバックを右手に持ち
日焼けした顔には乳白色にひかりを帯びた粉瘤が碇泊している。
をとこは
伸ばし放題の髪にふつりあいな
まばらな無精髭を生やし
そうも古くはないリュックを背負い
両手には何にも持たず
雨上がりの空のけだるさと後姿から飛んでくる妻の臭いを拾い上げて
いるように見えた。
やがて
こっちのみーずはあーまいぞ
あっちのみーずはにーがいぞ
と、一頻り雨粒が落ちてきて
夫婦乞食は雨霧の中に消えていった。
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夫婦乞食
現代の絵巻 (1)秋
日覆いの破れ目に射し込む秋風
日当たりのいいコンクリートの割れ目には
道草している名のしれない草花
ただひとり羅生の門をくぐる僧侶
夢を昨日に仕舞って身動きできずにいる私
その起立した影がわずかに西にかたむき
豊やかに風の息にゆさぶられながら敷石に染まっていく
そしてその敷石と影との間には
実存の剥がれた憩室があって
そこでは銀色のウインターコスモスが萌えそめ
人の感覚をふるい落としている
私は海水の砂摩で
光色の衣をまとって埋まる世捨て人のように
言葉を喪ってしまっていた
私から抜け落ちた母音のかたまりが
吹き迷う秋風にずいぶん遠くの風下まで運ばれ
表音仮名が表意漢字に化けて
あちこちで私を凝視している
ーーーーーーーーーー
以前冒頭の部分を投稿しましたが、続きを再投稿させてもらいます。
本来は縦書きでルビも数箇所振ってあります。
青い壁 5
青い壁 5
蝉が
腹這いになって動かない道に
白いランニングシャツの影が
つきさされていた
わたしの名を呼ぶ
か細い母の声が
空になった吸い口から
きこえてくる
飛行機雲のなかから
形状記憶の時の切り粉を
なげているわたしを
わたしは見ていた
青い壁 6
思えることが存在できることではない
わたしの乳房が空とふれあっているのは
それは。思えることだからではない
くだけ散った感情が錘鉛をゆらすのは
ありもしない感覚が狂おしくさわぐからだ
すずめがなんひき鳴いていても
わたしがいきているあかしにはならないだろう、
青い壁 7
ジス イズ ア ペンというほど
ペンは具象的ではないから
わたしはこわばった抽象性を明らかにつかみだす
パトスを持とうと思った
地平線をはるかに越えたところにある
星の青白さのことを
なすび色のグラスに注いだココアのことを
人知れずタンポンにふさがれている空洞のことを
わたしは葛のうらふく秋風のもとに晒した
ミドリの影 (1)
転がり落ちている慰安を踏みつけながら
私は冬の陽が射しこむ空の影の中をあるいていた
青年がうつむき加減につぶやいた
ロバート・プラントをロバータ・フラッグと間違えてしまった
ロンドン帰りの留学生はこうして音大生の彼女にふられた
深爪が化膿する恥しらずの時がめぐり
ごじかん前にのんだ幻聴のくすりが切れ始めた
とんでもないことだわとんでもないこちだわ
あした着く筈の新しい服がいつまで経っても届かない
靴底ごとに戸籍が変わって私は動けずにいるというのに